伝説の騎士(ギルフォード・ザ・ライトニング)の秘密

製作者:表さん




序章.バトル・シティ終了。そして…

「おじーさん、おはよーございまーす!」
 よく晴れた日の朝、制服を身にまとった少女の元気な挨拶が響く。
「ん…おお、杏子ちゃん、おはよー。遊戯かい?」
 遊戯の祖父、武藤双六は、自らの経営するゲーム店の前を、竹ボウキで掃いていた。
「あいにく、遊戯は今、出かけておってのう…もう帰ってくると思うんじゃが」
「え…こんな朝早くにですか?」
 怪訝(けげん)に思い、杏子は携帯電話を取り出して時刻をチェックする。まだ朝の8時である。
「何やら、誰かと約束があるそうでの。決闘盤(デュエル・ディスク)を持って、出かけていきおったわい」
「決闘盤を…? あ、そっか」
 決闘盤と聞いて、杏子は合点がいった。そうだった、遊戯には、バトル・シティが始まったときから、ずっと果たさなければならない約束があったのだ。
 海馬コーポレーションが主催した、カードゲーム・M&W(マジックアンドウィザーズ)による決闘(デュエル)大会。それは、遊戯や杏子たちにとって、熾烈を極める、過酷な闘いであった。
 それから一晩を経た今日、昨日までの非現実的な闘いとは打って変わった、穏やかな日和であった。
「ところで杏子ちゃん。アレはもう見たかい?」
 唐突に、双六の目がキラリと輝く。
「え? アレって?」
 訊き返されると、双六は年甲斐もなく、興奮して答えた。
「アレじゃよ、アレ! 遊戯がバトル・シティで手に入れてきた、三枚の神のカードじゃよ!! 全く、遊戯の奴ときたら! 三枚もあるんじゃから、一枚くらい分けてくれてもバチは当たらんと思わんか!? M&Wの新パックのBOX、10箱と交換でも、首を縦に振ろうとせん!! 祖父を何だと思って――」
 そのまま、手にした竹ボウキををへし折ってしまいそうな剣幕である。
 流石はバトル・シティの覇者、決闘王(デュエル・キング)の祖父である。とんだカードオタク…。
「…アハハ……」
 杏子は苦笑いしながら、数歩退いた。

「ふぁぁぁ…ねむ……」
「あれ? 杏子だ。杏子〜っ!」
 しばらくすると、遊戯が帰ってきた。
 その隣には、約束の相手と思しき男、城之内もいた。
 バトル・シティ開始時、二人は約束を――誓いを交わしていたのだ。城之内が自身を真の決闘者(デュエリスト)として認められたとき、闘うという約束を。
 二人は今まさに、その誓いを果たし、帰ってきたところであった。
「おはよ〜、遊戯〜っ! …と、ついでに城之内も」
「ぐっ…オレはオマケかよ」
 杏子が悪戯(いたずら)っぽく笑う。
「…それで? どっちが勝ったワケ?」
「ぐ、そ、それは訊くな…」
 城之内は、体裁悪げにヘコんでみせる。
 やっぱりね〜、と、杏子は意地悪く笑ってみせた。
「う、うるへ〜! 遊戯は決闘王なんだぞ!? そう簡単に勝ててたまるかっつーの!!」
「ハハ…。でも、すごくいい決闘だったよ。もう一人のボクも、とっても楽しそうだったし」
 城之内をフォローするように、会話に介入する遊戯。
「…ま、いいわ。二人とも、お疲れ様」
 クスリと笑うと、今度は綺麗に微笑(わら)ってみせ、二人を労う杏子。
「待っててあげるから、さっさと準備してきなさいよ」
「…準備?」
 杏子のことばに、顔を見合わせ、首を傾げる二人。
「…準備って、何の?」
「何言ってんの、学校に決まってるでしょ」
「学校!!?」
 二人の顔が一斉に青ざめる。
「ちょっ…オレたち、あれから寝てないんだぜ!!?」
「今朝までデッキ調整してたし…」
 今日って平日だったっけ、と、顔を見合わせる二人。
 全く、決闘バカなんだから、と杏子はため息を吐いた。
「とにかく、今日は平日で、学校がありますっ! ホラッ! 五分で支度してくるっ!!」
 遊戯と城之内は仲良く、大いなるため息を吐いた。



第1章.最大の謎??

「ふあああああああ……」
 遊戯が、何とも長い欠伸をしてみせる。
「…大変そうねえ……大丈夫?」
 遊戯を気遣いながら、横をゆっくりと歩く杏子。
 ただ、一晩寝ていないというだけではない。昨日は本当に大変だったのだ。帰宅してすぐに眠ってしまってもおかしくなかったというのに。
「…もう一人の遊戯も眠そう?」
 ふと、もう一人の遊戯のことが頭に浮かぶ。眠たげにしているもう一人の遊戯、ちょっと見てみたいかも、とか思ったりする杏子。
「…もう一人のボクなら寝てるよ……」
 仏頂面で、すこし恨めしげに言う遊戯。
「エ…別々に寝られるの?!」
 思わぬ返答に、大いに驚く杏子。
 何とも便利なお話である。
「城之内くんとの決闘が終わったら、急に眠っちゃったんだよ。…まあ、仕方ないよ。昨日からずっと、闘いっぱなしだったんだし」
 眠い目を擦りながら、遊戯はもう一人の自分を気遣う。本当にこの二人は仲が良いのだなと、杏子はすこし妬けてしまった。
「あ…そういえばさ、城之内くん」
「…ん……あん?」
 先程まで、眠りながら歩くという器用なことをしていた城之内。
 …の○太か、オマエは……
「実は、もう一人のボクがずっと城之内くんに訊きたがってたんだけど…」
「ん…もう一人の遊戯が?」
「うん。昨日の準決勝戦、対マリク戦で最後に出したカード……」
「ああ、ギルフォード・ザ・ライトニングのことか?」
 カードの話になると、すっかり目の覚めた表情になる二人。
 城之内はカバンの中のデッキから、一枚のカードを取り出してみせる。

ギルフォード・ザ・ライトニング /光
★★★★★★★★
【戦士族】
3体の生贄を捧げてこのカードを
生贄召喚した場合 相手フィールド
上モンスターを全て破壊する。
攻2800 守1400

「ずいぶん強力なカードよね」
 横から杏子が覗き込む。
「へっへ〜、そーだろ〜?」
 自分のカードを褒められて、悦に入る城之内。
「うん。でもこのカード、一体いつ手に入れたの? バトル・シティ開始以前には持ってなかったと思うんだけど…」
「そういえばそうね。こんな凄いカードを持ってたなら、城之内の性格からすると絶対自慢するのに……」
「…オイ。それってどういう性格だよ……」
 けなされた気がして、城之内はジト目で杏子を睨めつけた。だが、杏子は気にも留めない。
「これって、真紅眼に負けない超レアカードだよ。予選中にアンティで手に入れたカードなの?」
 遊戯は事前に城之内から、バトル・シティで誰と闘ったのかを聞いていた。…というか城之内が自主的に喋ったのだが。おしゃべり城之内……
 遊戯が疑問に思ったのは、その三人(絽場・羽蛾・梶木)のいずれもが、そのカードを持っていそうな決闘者に思えなかったからである。
「ん。ああ、こいつはな、バトル・シティ初日の夜に手に入れたんだ」
「初日の…夜?」
 杏子が首を傾げて訊きかえす。
「ああ。初日のトーナメントが終わって、部屋に戻った後でな。お前らがグースカ寝てる中、聞くも涙、語るも涙のマル秘入手裏話があったってワケよ」
 フフン、と鼻で笑ってみせる城之内。
「…何よそれ……」
 呆れた様子で、杏子は冷めた反応をしてみせた。
「そうなんだ。ボクはまたてっきり、DM6の宣伝……」
「あん? 何だ、ディーエムって?」
「あ、ううん、な、何でもないよ。それで?」
 すこし慌てた様子で誤魔化す遊戯。それに頓着することなく、城之内は胸を張る。
「フッフッフ、知りたいか?」
「…もったいつけてないで、早く教えなさいよ…」
 杏子は、じれったそうに聞き返した。
「実はな……」
 と、その時。
 
 キ〜ンコ〜ンカ〜ンコ〜ン

「大変! 今の、始業5分前の予鈴よ!?」
「わ! 走ろう、二人とも!」
「お、おい!?」
 不意をつかれた城之内を尻目に、全速力で走り出す二人。
「ちょっと! 何やってんのよ、城之内!?」
「急がないと遅刻しちゃうよ〜!?」
 すこし減速しながら、振り返って叫ぶ。
「ちょっ…オ、オレの話は!?」
「そんなの後回しに決まってるじゃないの!」
 そ…『そんなの』って……
 二人のおかげで、城之内は遅刻せずに済んだ。
 しかし、ちょっぴり心が傷ついた城之内であった……。



第2章.真夜中の訪問者

 それは、バトル・シティ初日の夜のことだった。
「…ねえ、起きてよ、お兄ちゃん」
 素晴らしく乱雑な寝相で寝ていた城之内の体が揺すられる。
「ん…何だ静香、トイレかぁ?」
 寝ぼけ眼で応じる城之内。
「…トイレくらい、もう一人で行けるよぉ…」
 そう言って、城之内の妹、静香は軽くむくれた。
「そ、そんなことより、さっきから誰かが……」
「…何?」
 コンコン
 誰かが、部屋のドアをノックしている。
「…誰だぁ? こんな夜中に……」
 気だるそうに、目を擦りながらドアに近付く城之内。そのまま無防備にドアを開けようとしたが、すんでのところで思いとどまった。
 この船内には危険人物――マリクがいる。ノックの主が遊戯たちなら問題ないが、もしマリクなら、危険極まりない。
 今、室内には自分だけでなく、静香もいる。恐らく、静香がすこし怯えた様子なのも、そういった危惧のためなのであろう。
 かといって、開けないワケにもいかないので、覚悟を決めて、ドアのロックを解除する。
 もしかしたら本田たちが、舞が起きたという朗報を持ってきたかも知れないのだ。
 ……もっとも、彼ならもっと荒々しく、ドカドカ叩きそうだが……
 ドアの向こうに立っていたのは、意外な人物だった。
「……イシズ?」
「……夜分遅くに、申し訳ありません……」
 イシズは、本当に申し訳なさげに一礼した。
「いや、別にいいけど…何か用か?」
「ええ。実は、お話しておきたいことがありまして……」
 イシズが、ちらりと静香を一瞥する。
 要するに、静香には聞かれたくないということなのだろう。
「静香、ちょっと出てくるから、構わず寝ててくれ。それから、また誰か来ても、出なくていいからな」
「う、うん…わかった」
 妹を独り残していくのはいささか不安だったが、ドアさえ開けないように言っておけば大丈夫であろう。それに、マリクには静香を狙う理由がない。
(…いや、待てよ。静香があんまりにもカワイイからという理由で襲う可能性も……)
 要らぬ危惧をしてみる城之内。
 ……兄バカ……
 とにかく、早めに戻ろうと思いつつ、部屋のカードキーを掴む。
「…決闘盤も持ってきてもらえますか?」
「……? 決闘盤を?」
 城之内は首を傾げた。
「はい…。そ、それから……」
 イシズは何かに気付いた様子で、かすかに赤面しながら顔を逸らす。
「…ズ、ズボンもお願いします……」
「……へ?」
 城之内はトランクス一丁であった。
 ……セクハラだ……


「う〜っ、さ、さぶ……」
 スボンを履き、ガクランを着た城之内は、イシズに連れられ、天空決闘場までやって来ていた。
 夜も更けて、試合の時よりさらに冷え込んでいる。
「…で? 何なんだ? 話ってのは」
「…はい。話というよりはお願いなのですが…城之内さん」
 イシズは、予想だにしないことを言った。
「明日の準決勝戦…棄権していただけませんか……?」



第3章.イシズの提案

「き…棄権だってぇ!?」
 予想もしなかった話に、城之内は唖然とした。
「明日の準決勝戦、あなたはマリクと闘うことになるかもしれない…。もし負ければ、あなたも彼女のようになってしまう。非常に危険です…だから……」
 顔を伏せがちにして話すイシズ。
 彼女というのは、舞のことであろう。
「…‘危険’だから、‘棄権’しろってのか…?」
「…はい…その通りです……」
 ……オヤジギャグのつもりだったのだが、無視された。
 流石はイシズ(ぇ)
「冗談じゃねえ! そんなことしたら、舞を救えねえじゃねえか!! 危険だからって…見殺しにしろってのか!!?」
 城之内は憤慨した。
「何も、そんなことは言っていません! ただ、あなたは退いて、遊戯と瀬人に任せてほしいと言っているのです!」
「何…!?」
 城之内は顔をしかめた。
「オレじゃ、奴には勝てないってのかよ!!?」
「そんなことは言っていません! …ただ…確率の問題です……」
「……確率……!?」
 苦手科目な数学分野の名称が出て来たことで、すこし落ち着きを取り戻す城之内。…まあ、得意科目といったら体育くらいしかないんだろうケド(失礼)。
「マリクが神のカード、『ラーの翼神竜』の所持者であるのと同様に…遊戯は『オシリスの天空竜』、瀬人は『オベリスクの巨神兵』を所持しています…。しかし、あなたは……」
「…つまり、神のカードを持ってねえオレは、マリクにゃ勝てねえってのか……!?」
「…そうは言っていません……。ただ…確率の、問題です……」
 イシズは辛そうに、そう呟いた。
 イシズは先程、杏子を通してマリクから話を聞き、リシドをかくまってきたところであった。
 病室で今も意識を失ったままの、罪の無い女性。そして、今も命を狙われているリシド。それだけではない、‘あの’マリクは、あらゆるものの破壊を望んでいるのだ。
 全ての原因はマリク、自分の弟なのだ。たとえそれが、マリクに宿った邪悪な意思によるものだといっても、それが自分の弟のためであることに、違いは無かった。
(…もう誰一人…犠牲者を出させはしない……!)
 それは、身体を奪われ閉じ込められた弟のために、姉としてしてあげられる、せめてものことだった。
「…とにかく、オレは明日の準決勝、そして、決勝戦に必ず出るぜ! オレは遊戯と誓ったんだ。このバトル・シティ・トーナメントで、あいつと闘うってな…!」
 そう言うと、そのまま城之内は立ち去ろうとした。だが、
「…お待ちなさい…城之内さん、いえ、城之内克也……!」
 イシズの柔らかな口調が、鋭利なものに変わる。
 その変化に反応し、城之内は立ち止まる。
「…私がこの話をするために何故あなたをここに呼んだか分かりませんか……? それも、わざわざ決闘盤をつけさせて……!」
「…………!」
 イシズも、左腕に決闘盤をつけている。そこから予想される答えは、一つしかなかった。
「…これから私と、決闘をして下さい…! もしあなたが勝てれば、あなたをマリクに勝ち得る実力者と認め、先程の暴言を撤回し、謝罪します…。しかし、もしあなたが負けたなら…明日の準決勝戦は、辞退していただきます……」
「…あんだとぉ……!?」
 “決闘”と聞いた以上、城之内も黙って立ち去るワケにはいかなくなった。
 無茶な話であることを、イシズは重々承知していた。
 だがそれでも…これ以上マリクの犠牲を増やしたくない。たとえ、どれだけ城之内に恨まれることになろうとも。
 それだけの強い想いが、イシズにはあった。
「面白ぇ…! 受けて立つぜ!!」
 そう言うと、城之内は決闘場に上った。
 バトル・シティ開始時、城之内は自身に誓ったのだ。どんな時でも敵に背は向けない、と。



第4章.城之内v.s.イシズ!!

 ルールはバトル・シティ同様、スーパーエキスパートルールである。お互いのライフポイントは4000。
「行くぜ! オレの先攻! ドロー!!」
 叫ぶと同時に、城之内は勢い良く、デッキからカードをドローした。

 ドローカード:人造人間サイコ・ショッカー

「オレはワイバーンの戦士を攻撃表示で召喚!」
 モンスターを召喚すると、城之内はイシズを一瞥した。
(…イシズの主戦術は、対海馬戦を見て分かっているぜ…! 狙いは恐らく、『現世と冥界の逆転』を使ったデッキ破壊戦術…! うまく決められたら一巻の終わりだ!
 だが、あの罠カードには発動条件がある……!)

現世と冥界の逆転
(罠カード)
ライフを1000ポイント払う
自らの墓地にカードが15枚以上
ある時に発動する。互いのプレイヤー
の山札と墓地のカードをすべて
入れ替える

(…オレは海馬のアホみたく、自ら相手の墓地のカードを増やすようなマネはしねぇ…! どんどん攻めて、一気に決着をつけてやるぜ!!)
「さらに、リバースカードを一枚セットし、ターンエンドだ!」
「私のターンですね…。ドロー」

 ドローカード:ケルベク

(……城之内さんは恐らく、『現世と冥界の逆転』を恐れ、短期戦に持ち込む気のハズ……)
 イシズは、ドローカードをそのまま盤にセットする。
「ケルベクを守備表示!」
(…しかし、それも私の狙い…! 私のデッキのコンセプトは、デッキ破壊だけではありません。短期戦を意識し過ぎれば、手に無理が生じる…。隙を見せれば、私は逃さず攻め込みます!)
「場にカードを二枚伏せ――ターン終了です」
「オレのターン! ドロー!」
(…イシズの壁モンスターの守備力は1800か……)
 短期戦を決め込んだ城之内は、迷わず手札から一枚のカードを取り出す。
「ならこいつだ! オレは手札から装備カード『覚醒』をワイバーンの戦士に装備させるぜ!!」

覚醒
(魔法カード)
地属性モンスターの攻撃力400ポイントアップ!
守備力200ポイントダウン!

 ワイバーンの戦士の身体に、力がみなぎていく。
「この効果によって、ワイバーンの戦士の攻撃力は1900! 行け、ワイバーンの戦士!! 竜の剣でケルベクを破壊しろ!」

 ズバァッ!

 冴えた音とともに、ケルベクが両断され、場から消える。
「よっしゃああ! オレはこのままターン……」
「…………」
「…エ!?」
 ふと、城之内の言葉がとまる。自分の手札がいつの間にか、一枚増えていたためである。
 手札に、先程出したハズのワイバーンの戦士が加えられていた。そして、場に出ていたハズのワイバーンの戦士は、忽然と姿を消していたのである。
「こ、これは…!?」
「……ケルベクには隠れた特殊能力があったのですよ、城之内克也……」
 城之内の疑問に答えるように、涼しげな表情をつくったイシズが口を開く。
「……特殊能力……!?」
 城之内の方はというと、まるでハトが豆鉄砲を喰らったような表情だ。
「ケルベクを攻撃したモンスターは……その直後、強制的に手札に戻されるのです……」

ケルベク  /地
★★★★
【天使族】
このカードを攻撃したモンスターは
持ち主の手札に戻る。ダメージ計算は
適用する
攻1500 守1800

(…油断したぜ…! まさかそんな特殊能力を持っていたとは!)
「――だが、別に破壊されたワケじゃねえ! もう一度召喚し直せばいいだけのことじゃねえか!!」
 そう言うと、城之内は再び、ワイバーンの戦士を場に出す。しかし、一度場を離れてしまったため、『覚醒』は既に墓地である。
 城之内が若干、損をした面は否めない。城之内は内心、舌打ちをしていた。
(…今の私には、千年タウクで未来を見通すことは出来ない…! しかし、私はこの決闘、必ず制してみせる……!)
 決意を込めた眼差しで、イシズは場を見据えた。

 城之内のLP:4000
      場:ワイバーンの戦士,伏せカード1枚
     手札:4枚

 イシズのLP:4000
      場:伏せカード2枚
     手札:3枚



第5章.攻め合い!!

(『覚醒』は失っちまったが…イシズの場のモンスターは倒せた! 状況はさほど悪くはねえ…!)
「ターン終……」
「あなたのターンのエンドフェイズに――場の永続罠カードを発動させます!」
「!! 何!?」
 さっきから驚いてばっかの城之内……ちょっと無様かも;
「永続罠カード発動! 『神の恵み』!!」
(!! 神の恵み!?)

神の恵み
(永続罠カード)
自分はカードをドローする度に
500ポイントのライフポイントを得る。

「この罠カードが場に存在する限り…私はカードをドローする度に、ライフポイントが500回復します……」
(…くそ…! ターン数を重ねるごとに、イシズのライフは上がっていく…! 急いでケリをつけねえと!)
「私のターンですね…。ドロー」
 同時に、カードをドローしたことでイシズのライフが上昇する。

 イシズLP:4000→4500

 ドローカード:天使の施し

「…私は魔法カード、天使の施しを発動させます。このカードの効果により、カードを三枚ドローし、二枚捨てます…。そして、場の永続罠の効果で、私のライフポイントはさらに500上がる……」

 イシズLP:4500→5000

「くっ……!」
 イシズのLPがまた回復した、というのもあるが、それ以上に、レアハンターのエクゾディアに瞬殺されたことが思い出され、顔をしかめる城之内。
「…この二枚を墓地に送ります…。さらに、巨大ネズミ召喚!」

巨大ネズミ /地
★★★★
【獣族】
このカードが戦闘によって墓地へ送られた時、
デッキから攻撃力1500以下の地属性モンスター
1体をフィールド上に召喚(表向き攻撃表示。
レベル5以上でも生け贄不要)してもよい。
その後デッキをシャッフルする。
攻1400 守1450

 ちなみに、原作のルールだと、何を捨てたか見せる必要は無い模様。OCGだと見せるケド。
「巨大ネズミで、ワイバーンの戦士に攻撃!!」
「!! 何!?」
 驚く城之内。何故なら、巨大ネズミの攻撃力は1400、ワイバーンの戦士には100及ばないのだ。
 突進してくる巨大ネズミ。それを、ワイバーンは難なく葬り去る。

 ズバァァッ!

 イシズLP:5000→4900

「……いったい……!?」
 イシズの自滅攻撃に、ワケがわからず、呆然とする城之内。だが、イシズも無論、狙い無くそうしたワケではない。
「…巨大ネズミが戦闘で破壊された時…私はデッキから、攻撃力1500以下の地属性モンスターを一体、場に特殊召喚できます……」
「!」
 イシズは決闘盤からデッキを取り外し、速やかに一枚のカードを選び出す。
「その効果で私は…このモンスターを召喚します。ムドラ!」
 一本の、シンプルな剣を手にしたモンスターが場に出現する。
(! 攻撃力1500! ワイバーンの戦士と相殺する気か!?)
 能力値を確認し、城之内は身構えた。
「…いいえ、城之内克也…、ムドラはワイバーンの戦士の攻撃力を上回るのですよ…。私の墓地に眠る天使族モンスターの数に合わせて、ムドラは攻撃力を上げる……」

ムドラ /地
★★★★
【天使族】
自分の墓地に存在する天使族モンスター
一体につき、このカードの攻撃力は
200ポイントアップする。
攻1500 守1800

 城之内はギョッとした。二ターン目、城之内はイシズの天使族モンスター『ケルベク』一体を破壊してしまっている。
「…ってことは…ムドラの攻撃力は1700……!?」
「それは違います…私は先程の天使の施しで天使族モンスター『ケルドゥ』を一体墓地に送りました…。よって、ムドラの攻撃力は1900……!」
「ちょ…ちょっとタンマ!」
 城之内が手を挙げ、イシズを制止する。
 本田曰く、真の決闘者はヒトのターンにタイムをかけないという。……名言である。
「た、たしか、さっきの対海馬戦、ムドラの攻撃力は上がっていなかったハズだぜ!?」
 ……イタイところをついてくる……
「…それはKONA……いえ、I2社が、効果なしではこのカードがあまりに弱いため、救済措置として、効果つきモンスターとして復刻したのです……」
 ……んなこと言ったら、守備力の低いワイバーンの戦士が可哀想だ……
「で…でもよ! さっきの試合から、数時間しか経ってないぜ!?」
「……それは言わないオヤクソクです」
「オ…オヤクソクぅぅ!??」
 澄ました表情で言うイシズに、混乱の坩堝(るつぼ)へと叩き落される城之内。
「と…とにかく、ムドラでワイバーンの戦士を攻撃!」

 ズバァァッ!

「くっ!」
 今度はワイバーンの戦士が両断され、城之内のライフが削られる。

 城之内LP:4000→3600

「…さらに、私は場に伏せカードを置きます……」
(…ムドラは墓地に眠る天使族モンスターが多いほど攻撃力を上げる…。しかし、今はまだ1900、戦闘で破壊される恐れもある…。そのため、私は今、このカードを場に伏せた……)
 それに、イシズは軽く目線をやる。
(そのカードは…最強の威力を誇る防御系罠カード、『聖なるバリア−ミラーフォース−』! 攻撃してきたモンスターは、この罠の効果で返り討ちに出来る…。そうなれば、ムドラで追い討ちをかけ、一気に勝負を決められる!)
「ターン終了…」
 さきほど考えたことを微塵(みじん)も表情に出さず、ポーカーフェイスでエンド宣言するイシズ。
「オレのターン! ドロー!!」

 ドローカード:クイズ

(! よし!!)
 ドローカードを見た城之内は、内心でガッツポーズを決めた。
「いくぜぇ、イシズ! リバースカードオープン! 墓荒らし!!」
「!!」
「このカードの効果で、アンタの墓地に眠る魔法カード、天使の施しを使わせてもらうぜ!!」
「く…!」
 自分のカードを相手に利用されるというのは、中々気分のよろしくない話である。
「デッキから、カードを三枚引くぜぇ!」
 これで現在、城之内の手札は8枚である。
(さて、この中から二枚を選んで、墓地に捨てるワケだな…。一枚はもう決まってるとして…もう一枚は……)


 ……で、五分経過……


「…あのー…城之内克也、まだですか……?」
「ぐっ…決闘中に相手を急かすのはマナー違反だぞ! 今決めるから、ちょっと待ってろ!」
 貧乏性の城之内、どのカードも役に立ちそうな気がして、捨てるカードを中々選べないのである。
 嗚呼、哀しいかな、貧乏……(泣)
 ちなみに、1ターンの思考時間は5分(磯野曰く)らしいので、城之内、公式戦なら失格負けだったりする。
「ええい! このカードに決めた! カードを二枚、墓地に送るぜ! ――そして…手札から魔法カードを発動! 『クイズ』!!」
(!! ク…クイズ!?)
 思わぬカードが出てきたことで、動揺するイシズ。
「このカードは、互いの墓地の一番上にあるモンスターカードを言い当てるんだ。正解すれば何もないが…間違えれば、そのモンスターを場に特殊召喚できるぜ!」
「……!!」
「オレから答えるぜ…さっきのターン、アンタは巨大ネズミの自滅攻撃によってムドラを特殊召喚させた…。ズバリ、アンタの墓地の一番上のモンスターは、『巨大ネズミ』だ!」
 確認するまでもなく、正解である。
「正解だな! 次はアンタの番だぜ!」
「く……!」
 してやられた、と、苦虫を噛みつぶしたような表情のイシズ。
(前のターンで、私は彼の『ワイバーンの戦士』を葬った…。しかし、彼は今、私の『天使の施し』の効果によって、新たに二枚のカードを墓地に送った…! その二枚の正体は、私には分からない……!)
「早くしろよ、イシズぅ〜。あと5秒な〜♪」
 対照的に、この上なく愉快げな城之内。
「4、3……」
「なっ…ちょっ、ちょっとお待ちなさいっ」
 …城之内…さっき自分でマナー違反とか言ったばっかなのに、アータ……
(落ち着きなさい、イシズ…冷静になって考えるのです…!)
 自分との対話を試みるイシズ。
(…彼は、私の天使の施しを使った上で、クイズを発動させた…! 恐らく、墓地の一番上にあるのは、強力な上級モンスター…! とりあえず、私の場の『ムドラ』より高い攻撃力を備えたモンスターと考えるのが妥当でしょう…! しかし、どんなモンスターが来ようとも、私の場のミラーフォースで返り討ちに出来る! …待てよ……)
 イシズはふと、千年タウクを通して見た、城之内対リシド戦を思い出した。
(彼はあの決闘の中で、強力な攻撃力を備え、かつ罠破壊能力を持つ上級モンスターを出した…! この状況で出されて私が不利になるモンスターといえば、あれしかない。ならば、イチかバチか、そのモンスターの名前を言っておくのが得策。たしか名前は……)
「…わかりました…。あなたの墓地の一番上のモンスターは…『サイコ・ショッカー』です!」
 イシズの宣言とともに、城之内の動きが一瞬とまる。当たった、とイシズは思ったのだが……
「ぶっぶーっ! 残念だな、イシズぅ! ハズレだぜ!」
(! 外れましたか…! しかし、これで私の場のミラーフォースが破壊されることはない。攻撃してきても、返り討ちに出来る…!)
「よって、アンタのモンスターは召喚されねえが――アンタの間違えた、このモンスターは召喚されるぜ! 出でよ、サイコ・ショッカー!!」
「ええっ!?」
 城之内が叫ぶとともに、場に、グロテスク(特に頭)なモンスターが出現する。それは正に、イシズが千年タウクで見た、対リシド戦で城之内が出したモンスターに相違なかった。
「ちょっ…お、お待ちなさいっ!!」
 ガラにもなく、わたわたとうろたえまくるイシズ。
「…あん? 何だよ、イシズ?」
 自分の専売特許、『タンマ』を奪われ(ぇ)、とぼけた顔で訊ねる城之内。
「わ…私は今、たしかに『サイコ・ショッカー』と答えたではありませんか。正解でしょう!?」
「…何言ってんだ、よく見ろよ」
 そう言うと、城之内は決闘盤から、そのモンスターカードをとり、カード名のところを指差す。同時に、そのモンスターはいったん、場から消える。
「ほれ、たしかに書いてあるだろ? 『人造人間サイコ・ショッカー』って」
「…………」
 キツネにつままれた気分のイシズ。
「……つまり、『人造人間』の部分を言っていないから不正解、と……?」
 平然と、当然のように頷く城之内。
 ……イシズの中で、何かが切れた。
「それならそうと、普段からちゃんとフルネームで呼んでおきなさいっ!! 覚え間違えていたじゃないですかっ!!」
 逆ギレのイシズ。
 キャラが違うよ……
「んなメンドクセーことできっかっ!!」
 ちなみに、OCGだとどう処理されるか知りません、あしからず。
「とにかく! 出でよ、サイコ・ショッカー!!」
 改めて、城之内の場に攻撃力2400の電脳モンスターが出現する。
「いっくぜぇぇ!!」

 城之内のLP:3600
      場:人造人間サイコ・ショッカー
     手札:5枚

 イシズのLP:4900
      場:ムドラ,伏せカード2枚,神の恵み
     手札:2枚



第6章.小さな最強天使!

「サイコ・ショッカーが場に召喚されたことで――その特殊能力が発動するぜ!!」
(!! 罠破壊能力!!)
「行くぜぇ…! トラップ破壊!!」
 城之内が叫ぶと、サイコ・ショッカーの両目からそれぞれ二つの光線が発射される。一つは表側表示の神の恵みに、そしてもう一つはリバース状態のミラーフォースに向けてである。
 確実に破壊できる、そう確信した城之内だったが、このタイミングでイシズの手が動く。
「――そうはさせません! リバースマジック発動!」
「何!?」
 驚く城之内。何故なら、サイコ・ショッカーの特殊能力によって破壊されるハズの二枚の罠カードが、その前に、忽然(こつぜん)と姿を消してしまったからである。
 サイコ・ショッカーの出した光線は虚(むな)しく、何もない地面を焦(こ)がす。
「…罠カードが破壊される前に、場に出してあった魔法カードを発動させたのですよ、城之内克也……」
「……!?」

非常食
(魔法カード)
このカードを除く自分のフィールド上の
魔法または罠カード一枚を墓地へ送る事
で1000ライフポイント回復する。

「この『非常食』の効果によって、私は二枚の罠カードを墓地へ送りました…。よって、私のライフポイントは2000ポイント上がる……」
「バカな…! また回復だと……!?」

 イシズLP:4900→6900

 対する城之内のライフは3600。これで、半分近くのライフ差がついたことになる。
「ぐ…! だが! オレはまだこのターン、モンスターを通常召喚できる! 鉄の騎士 ギア・フリードを攻撃表示で召喚!!」
 サイコ・ショッカーの隣に、全身に鋼鉄をまとった、黒い騎士が姿を現す。
「オレのバトル・フェイズ! サイコ・ショッカーの攻撃! 電脳(サイバー)エナジー・ショック!!」
 サイコ・ショッカーが両手を合わせると、超能力により、不思議な球型のエネルギー弾が練り出される。それが、イシズのムドラに向けて、放出される。

 ドゴオオッ!!

 ムドラが灰になり、イシズのライフも削られる。

 イシズLP:6900→6400

「さらに、ギア・フリードのダイレクト・アタック! 鋼鉄の手刀!!」

 ズバァァァ!

「う……!」

 イシズLP:6400→4600

 ギア・フリードのダイレクト・アタックによって、少々よろけるイシズ。しかし、そのライフポイントはまだ4600も残っている。
(ちっ…まだライフの上では負けてるのかよ…。だが、いま確実に場を制しているのはオレの方だ…このまま一気に押し切れるぜ!)
「ターン終了!」
「…私のターンですね…ドロー」

 ドローカード:ゾルガ

(今…私の場には一枚もカードが存在していない…。さらに、城之内さんの場には高い攻撃力を備えたモンスターが二体…。状況はかなり悪いと言えますが、しかし、対抗手段はある…!)
 イシズは、手札のモンスターカードを一枚とり出した。
「お注射天使リリーを攻撃表示で召喚!」
(! 何だぁ!?)
 イシズの場に一体、身体の小さな、特異なナース姿の女の子が出現する。背中には羽根を生やし、全身で巨大な注射器を抱え持っている。
 ……先程までのバイオレンスなモンスター戦との余りのギャップの大きさに、唖然とする城之内。空いた口が塞がらない。
(…しかも攻撃力は…たったの400ぅ!?)
 何でそんなカード入れてんだ、と、混乱する城之内。
 と、そんな城之内に、少女は可愛らしくウインクしてみせた。
 その行為は明らかに、城之内の精神的混乱状態に拍車をかけ、戦闘意欲を減退させた。
 そんな城之内の心理状態などお構いなく、イシズはゲームを続行する。
「私のバトルフェイズ! お注射天使リリーで人造人間サイコ・ショッカーに攻撃!」
「な、何ぃ!?」
 2000もの攻撃力の差があるというのに、突進してくるリリー。
(ぐぅ…! な、何だかもの凄く罪悪感があるが、仕方ねえ…!)
「返り討ちだ、サイコ・ショッカー! 電脳(サイバー)エナジー・ショック!!」
 城之内の声に反応し、再び黒い球体を作り出すサイコ・ショッカー。小さな羽根を広げ、突進してくるリリーに対してそれを撃ち出す。
 しかし、リリーは突進する速度を緩めることもなく、ひらりと身を翻(ひるがえ)し、軽やかにその攻撃をかわす。
「何ぃぃぃ!?」
 そして、注射器を構え、サイコ・ショッカーの胸にそれを突きたてた。

『お注射よ♪』

 何とも気の抜ける少女の声とともに、サイコ・ショッカーは破壊された。
「バ…バカな!?」

 城之内LP:3600→2600

「…存じませんでしたか? 城之内克也…リリーの持つ、強力な特殊能力を……」
「…へ…?!」

お注射天使リリー /地
★★★
【魔法使い族】
自分・相手の戦闘ダメージ計算時のみ効果発動可
能。2000ライフを払う事で、このカードの攻撃力
はダメージ計算時のみ3000ポイントアップする。
攻400 守1500

「…この効果で私は自らのライフを犠牲にし、リリーの攻撃力を3400にまで上げ、サイコ・ショッカーを倒したのです……」
 気が付くと、イシズのライフポイントも大幅に減少していた。

 イシズLP:4600→2600

 これで城之内とイシズのライフポイントは、ちょうど並んだことになる。
(…何てこった…! 容姿に騙されちまった! ライフさえ払えば、あの青眼だって倒せちまうってのか…!?)
 リリーに青眼を破壊され、「あのれぇぇぇぇ!!」とか激怒してる海馬の顔を、ちょっと見てみたいなぁ、とかこっそり思う城之内。
「…私は場に伏せカードを一枚置き、ターンを終了します……」

 城之内のLP:2600
      場:鉄の騎士 ギア・フリード
     手札:4枚

 イシズのLP:2600
      場:お注射天使リリー,伏せカード1枚
     手札:1枚



7章.最強の死角!

「オレのターン! ドロー!」

 ドローカード:ランドスターの剣士

(…お注射天使リリー…! ライフを払えば、攻撃力を3400まで上げることの出来るモンスターか…! 攻撃力3400なんて、どうやって倒しゃあいいんだ…!? ったく、カワイイ顔して……!)
 心理的に追い詰められながら、リリーを凝視する城之内。
(…そう言えば、昔の静香も、あんな風にカワイかったなぁ……)
 ふと、思考が横にズレ、ぽわんと和(なご)んだ気持ちになる。
 ……つくづく兄バカ……
「……? どうかしましたか?」
 不審に思い、訊ねるイシズ。
「へ…? あ、いや、別に」
 我に返り、慌てる城之内。
 イカンイカン、和んでる場合じゃないだろ、と、城之内は気を引き締めなおした。
(…ライフさえ支払えば、最強になれるモンスター…か。だが、弱点はあるぜ…!)
「リバースカードを一枚セット!」
(その大きなライフコストが問題だぜ。恐らく、今までのライフ回復はそのための準備だったんだろうが…今、イシズのライフは2600! あと一回しか攻撃力を上げられねえ! モンスターを並べれば……)
「ランドスターの剣士を召喚!」
「この瞬間――罠カード発動! 悪魔の天秤!」
「! 何だぁ!?」
 場に巨大な、まがまがしい天秤が出現する。
「この罠カードは相手がモンスターを召喚したときに発動し、私の場のモンスターの数とあなたの場のモンスターの数を悪魔の天秤にかけ、同じにするものなのです!」
 パンドラと全く同じセリフを……
「…オレのモンスターの数は二体…!」
 天秤の皿に、双方のモンスターが乗せられる。
「天秤の裁き!」
 互いのモンスターの数を同じにするべく、天秤が城之内のモンスター一体を破壊する。
 リリーの体重が軽すぎたせいか(ていうか飛んでるし)、その破壊対象は重量があり能力値の高いギア・フリードになる。
 凄まじい金属音とともに、ギア・フリードの身体が砕かれる。
 これで、城之内の場のモンスターはランドスターの剣士だけになってしまった。
「くそ…油断したぜ! ランドスターの剣士は守備表示にし――ターンエンドだ!」
「私のターンですね…。ドロー」
(城之内さんの場のモンスターは、守備表示の壁が一体のみ。ゾルガを召喚して壁モンスターを倒し、リリーで直接攻撃をすれば勝てる……!)
「ゾルガを召喚!」
「!」
 イシズの場に、マントを身にまとったモンスターが出現する。その攻撃力は1700。
(…悪く思わないで下さいね、城之内さん…! これもあなたのためなのです…!)
 しかしその想いは、どこか、自分自身に対してであった。
「バトルフェイズ! ゾルガでランドスターの剣士を攻撃!」
 ゾルガがランドスターの剣士に襲いかかる。
(勝った……!)
「へ!」
「!?」
「甘いぜ、イシズよぉ! リリーの攻撃力を最大限に生かすためにはオレの場の守備モンスターを先に除去しなければならない…。アンタがオレの壁モンスターを倒すために、別のモンスターを召喚することは読めていたぜ! 罠カード発動! マジックアームシールド!!」
「な……!?」
 ランドスターの剣士の装備した盾が変わり、そこからマジックアームが射出される。
 それは的確にリリーの小さな身体を掴み、ランドスターの前に引っ張り込む。
「…リリーを奪われた…!」
「ゾルガの攻撃は止まらないぜ!!」
 そのままゾルガはリリーに対し、攻撃の態勢をとる。
「どうする? ライフコストを払えばリリーは助かるが…そうすれば、アンタのライフは残り600! さらに、ゾルガの受けるダメージで負けになるぜ!」
「く……!」
 そのため、イシズはこのタイミングでライフコストを払うことが許されず、リリーが破壊されるのを黙って見ているしかない。

『破壊風のマント!!』

 ゾルガの攻撃によって、リリーは身体は引き裂かれ、破壊される。
 ……エグいので、想像するのはやめましょう……(汗)

 イシズLP:2600→1300

「くっ……!」
 切り札モンスターを倒され、顔をしかめるイシズ。
(…むぅ…せっかく相手の切り札モンスターを撃破出来たってのに、罪悪感でスナオに喜べねえ……)
 複雑な表情の城之内。
 今、君と僕は全国の決闘者の半分を敵に回したかも知れない……;;;
「…ターン、終了……」
 イシズが苦々しげにエンド宣言する。
(…とにかく、いつまでもヘコんでても仕方ねえ…オレは負けられねえんだ!)
 気を取り直す城之内。これで随分、優勢に立てたのは確かなのだ。
「いくぜ! オレのターンだ!!」

 城之内のLP:2600
      場:ランドスターの剣士
     手札:3枚

 イシズのLP:1300
      場:ゾルガ
     手札:1枚



8章.天空の騎士

 ――イシズは、あせりを感じ始めていた。
 それはゲームの展開が、自分の思い通り進まぬことによるもの。
 それは本来、当然のこと。ゲームは、一人でするものではないのだから。
 しかし、数時間前までずっと、決闘に千年タウクを用いてきた彼女にとって、それは当然ではないのだ。
 千年タウクさえあれば、予期せぬ展開などありえない。
 千年タウク抜きでの決闘……彼女にとって実に、それは数年ぶりのことだった。
 マリクが自分の前から姿を消して以来、彼女はずっと、カードから離れていたのだから。ゲームを楽しむ余裕など、彼女にはなかったのだから――

「俺のターン! ドロー!!」
 城之内の声で、イシズは我に返った。
 ゲームは続行されている。自分には、負けることが許されないのだ。
 ――これ以上犠牲者を出さないために……弟の、マリクのために…!
 そう何度も、自分に言い聞かせる。

 デッキからカードを引いた城之内は、とりあえずそれを手札に加えた。
(…今のターンの攻防で、オレとイシズのライフ差は逆転した…! このまま一気に攻め込む、と言いたいところだが……)
 生憎、今の城之内の手札には、ゾルガの攻撃力1700を超えるモンスターがいなかった。
「仕方ねえ…ここはリバースを一枚セットし、リトル・ウィンガードを守備表示で召喚して、ターンエンドだ!」
「…わ、私のターンですね…。ドロー」
 先ほどまでの弱気な思考を振り払い、カードをドローするイシズ。

 ドローカード:天空騎士パーシアス

(! このカードは…!)
 場にはモンスター、ゾルガが一体。
 ライフを大幅に失い、弱気になっていたイシズにとって、願ってもないカードであった。
「…私はゾルガを生贄に捧げ――このモンスターを召喚します! 天空騎士パーシアス!」
 ゾルガを墓地に送り、決闘盤にカードをセットする。
 すると場に空から、一条の光とともに、ゆっくりと一体のモンスターが舞い降りてきた。剣と盾を携え、まるでケンタウルスのごとく四本足の天使の騎士が現れる。ただ、その下半身は、ケンタウルスのものとは異なり、白馬であった。
 その様態は何とも神々しく、まるで全身から光を発しているようだ。
(つ…強そ〜! だ、だが、生贄召喚で攻撃力1900なら、弱いほうだぜ…!)
 自分の『魔導騎士ギルティア』(生贄アリで1850…)を棚に上げる城之内。
「――さらに…この瞬間、私のライフポイントは2000回復します……」
「な…に、2000も回復!? それがパーシアスの特殊能力か!?」
「いいえ、城之内克也…これは生贄に捧げた、ゾルガの特殊能力です…!」

ゾルガ /地
★★★★
【天使族】
このカードを生け贄にして生け贄召喚を行った時、
自分は2000ライフポイント回復する。
攻1700 守1200

 イシズLP:1300→3300

 対海馬戦で、海馬のライフが回復しなかったことに関しては、もはやツッコミ禁止である。
(くそ! 何て回復力だ、また逆転された! イシズのライフはいつまで経っても底を尽きねえ……!)
 あまりの回復量に、不条理なものを感じずにいられない城之内。
 反対に、イシズは安堵し、平静さを取り戻せていた。
「私のバトルフェイズ! 天空騎士パーシアスでランドスターの剣士を攻撃!」
 パーシアスはその四つ足で地を駆け、助走した上で飛びかかって来る。
(ち! その差は700…黙って見ているしかねえ!)

 ザシュウッ!!

 パーシアスがその剣を、ランドスターの剣士に勢いよく突き立てる。普通なら、ここで終わるハズであった。しかし、パーシアスはランドスターを突き刺したまま、その勢いで、城之内に突撃してくる。
「なっ……!?」
 とっさに身体の前に左腕を出し、身構える城之内。浅くだが、パーシアスはそのまま剣で、城之内の左腕を突き刺した。

 ザクッ!

「ぐっ……!」

 城之内LP:2600→1900

 パーシアスはランドスターから剣を抜き取り、イシズの場に戻る。
 その後、当然のようにランドスターは場から消滅した。
「…壁モンスターを貫通して、オレにまで攻撃してきやがった……!? そんなバカな!」
 承服いかない顔の城之内。
「…パーシアスは二つの特殊能力を備えています……一つは、守備モンスターごと相手プレイヤーを攻撃できる貫通能力。更にもう一つは、相手プレイヤーにダメージを与えたとき、カードを一枚ドローできるドロー強化能力……」

天空騎士パーシアス /光
★★★★★
【天使族】
守備表示モンスター攻撃時、その守備力を攻撃力が越
えていればその数値だけ相手に戦闘ダメージ。また、相
手に戦闘ダメージを与えた時カードを1枚ドローする。
攻1900 守1400

「…貫通能力だけじゃなく…カードをドロー出来るだと!?」
「…その特殊能力により、カードを一枚ドローします……」
 これで、一枚しかなかったイシズの手札は二枚になる。
 イシズは城之内に悟られぬよう、小さくため息を吐いていた。
(危なかった…! ここでパーシアスを引けていなければ、私は負けていたかも知れない…!)
 ふと、千年タウクがあれば、と思ってしまう。
 前のターンの罠にしてもそうだ。
 千年タウクさえあえば、あれほど安直に罠にかかることなどなかったのに。
「……? どうした、イシズ?」
「エ…? い、いえ、何でもありません…」
 正気に戻ったイシズは、罪悪感に襲われた。
 あれは本来、勝負の場にあるまじきもの。
 それは、重々わかっていたハズなのに。
(千年タウクがなくとも…この決闘、勝ってみせる…!)
「…私は場にカードを一枚置き、ターンを終了します……」
「……オレのターン! ドロー!」

 ドローカード:融合

 ドローカードを見た城之内は心中で、軽く舌打ちした。
(…パーシアスの攻撃力は1900…リトル・ウィンガードの守備力との差はわずか100、か…)
「…オレはリバースカードを一枚セットして、ターン終了だ」
「私のターンですね…。ドロー」
(…城之内さんは今のターン、場に新たなモンスターを召喚しなかった…。パーシアスがいる限り、迂闊に壁モンスターを増やすことすらできない。恐らく、対抗策が無いのでしょう。今のうちに…!)
「パーシアス! リトル・ウィンガードに攻撃!」
 イシズの声に反応し、パーシアスは再び大地を疾走し、突撃してくる。
(これで城之内さんの場のモンスターは全滅……!)
「…へ。甘いぜ、イシズ! リバースカードオープン! 装備カード、伝説の剣!!」
「! 装備カード…!?」

伝説の剣
(装備カード)
戦士族モンスターの攻撃力・守備力を
300ポイントアップ!

 リトル・ウィンガードの手にした剣が、瞬時に、別のものにすりかわる。
 その新たな剣は『伝説』の名に相応しく、不思議なオーラが宿っていた。装備したモンスターの攻撃力・守備力が300ポイントずつ上昇する。
「うっしゃぁぁ! これでリトル・ウィンガードの守備力は2100だぜっ!!」

 ガキィィィィッ!!

 リトル・ウィンガードはその剣の峰で、パーシアスの突きを真っ向から受け止める。そして、パーシアスの勢いを止めると、そのまま力任せに、宙にはね飛ばした。
「! パーシアス!」
 何とか空中で体勢を立て直し、着地するパーシアス。
 攻撃力1900のパーシアスが、守備力2100のリトル・ウィンガードに攻撃した。そのため、イシズのライフはわずかだが削られる。

 イシズLP:3300→3100

「…く…!」
「まだまだ勝負はこれからだぜ!!」

 城之内のLP:1900
      場:リトル・ウィンガード,伝説の剣,伏せカード1枚
     手札:2枚

 イシズのLP:3100
      場:天空騎士 パーシアス,伏せカード1枚
     手札:2枚



9章.イシズのバトル・シティ

「…ターン…終了……」
「いくぜぇ! オレのターンだ!!」

 ドローカード:ロケット戦士

「よっしゃぁぁ! オレはロケット戦士を攻撃表示で召喚! さらに、リトル・ウィンガードを攻撃表示に変更するぜ!!」
「…!? こ、攻撃表示…!?」
 城之内の場のモンスターの攻撃力を確認するイシズ。リトル・ウィンガードの攻撃力は1700、ロケット戦士の攻撃力は1500である。
「確かに…オレの場のモンスターの攻撃力はアンタの場のパーシアスに及ばねえ! しかし、ロケット戦士には特殊能力がある! ロケット戦士はオレのバトルフェイズ時には無敵になり、相手モンスターにダメージを与えることができる!」
「なっ…!」
 イシズは、自分の手札を急いで確認した。
 今、この状況でパーシアスが破壊されれば、イシズに起死回生の手は無かった。
「…くっ…!」
「さらに…手札から永続魔法カード『勇気の旗印』を発動させ、場のモンスターの攻撃力を上げるぜ!!」

勇気の旗印
(永続魔法カード)
自分のターンのバトルフェイズ中、
自分フィールド上の全モンスターの
攻撃力は200ポイントアップする。

 城之内の場に、複数の旗が掲げられる。

「……何故です?」
 イシズの口から、問い掛けが漏れた。
「…へ?」
 唐突に質問され、何のことか分からずに首を傾げる城之内。
「何故あなたは…明日のトーナメントに、そんなにも出ようとするのです?」
 突発的に、イシズは問いを発していた。
「…決闘を始める前にも言ったろ。オレは舞を救いてぇ。それに遊戯と、このトーナメントで闘うと誓って――」
「……命がかかっているのですよ!?」
 わかっているのですか、と怒鳴るイシズ。
「…彼女を救いたいというのなら、同じく神のカードを持つ遊戯と瀬人に任せた方が確実です! 遊戯と闘いたいというのなら…何も、トーナメントの中でなくとも良いではないですか。いつでも勝負できるハズです…!」
 イシズのあまりにらしくない、動揺した態度に、城之内は目を瞬きさせた。
 少々戸惑いつつも、城之内は口を開いた。
「…オレのバトル・シティ……」
「……!?」
 落ち着いた口調で、城之内は話した。
「…確かに、命を懸けて決闘なんて、とんでもねえと思うよ。けどよ、オレは絶対に退けねえんだ。オレは、決闘者だからな……!」
「…どういう、意味です…?」
 言っていることが抽象的すぎてよく分からず、イシズは訊き返した。
「オレは最初…遊戯と闘いたい一心で、このバトル・シティを勝ち抜いてきた。けどよ、今はそれだけじゃねえ…。色んなヤツと闘って、勝って、ここまで来た…! “だから”、オレは退けねえんだ!」
「……?!」
「色んなヤツらと闘ってきたけどよ、みんな勝って…このバトル・シティを勝ち進みたいと心から思ってるヤツらばかりだった。だから…そんなヤツらを倒してここにいる、オレは絶対に退くワケにはいかねえ…! アイツらに、恥じない決闘をしなくちゃならねえんだ! レアカードだけじゃねえ…オレはこのバトル・シティで、アイツらのプライドや…決闘者としての魂を受け継いできたんだからな!!」
「……!!」
 城之内の覚悟が、イシズにひしひしと伝わってきた。
 城之内の強い意志が、痛いほどに伝わってきた。
(…それが…城之内さんのバトル・シティ……!)
 ならば…自分にとってのバトル・シティはどうだったであろう。
 イシズの頭に不意に、そんな考えがよぎった。
 イシズはこのバトル・シップに乗るため、予選を勝ち抜くために、何人もの決闘者と闘ってきた。千年タウクの示す未来に従って、無機的に、機械的に相手を倒してきた。千年タウクに従えば、まず負けることはない。魂を受け継ごうなどという考えは、微塵も抱かなかった。
(…私は、千年タウクという卑怯な手段を使い…決勝トーナメントに、“確実に”勝ち上がりたいだけだった……)
 無論、相手の決闘者に対し、申し訳ないという気持ちはあった。勝負の場に、千年タウクのようなものを持ち出すことは、この上無く卑怯だと分かっていた。
 でも、それだけ。
 自分が分かっていたことは、それだけであった。
 城之内にとってのバトル・シティは、自身を高めるためのものだった。では、自分にとってのバトル・シティは……?
(……私は……!)
 イシズは感じていた、自分と城之内との間にある、確かな差を。
「いくぜ、オレのバトルフェイズ!」
 城之内がバトルフェイズを宣言したことで、『勇気の旗印』の効果が発揮される。
 リトル・ウィンガードとロケット戦士の戦意が高揚し、それぞれ200ポイントずつ攻撃力が上がった。
 そして、ロケット戦士が変形し始め、名前の通り、ロケット状の戦闘形態になる。
(……私は……!!)
 イシズは、確信してしまった。
「ロケット戦士! パーシアスに攻撃だ!!」
(……私は……城之内さんには勝てない……!!)

 城之内のLP:1900
      場:ロケット戦士,リトル・ウィンガード,伝説の剣,勇気の旗印,
        伏せカード1枚
     手札:1枚

 イシズのLP:3100
      場:天空騎士 パーシアス,伏せカード1枚
     手札:2枚



10章.重なることば

 城之内の攻撃宣言に従い、ロケット戦士はパーシアスに向かって自らを発射した。
 イシズの意志とは無関係に、パーシアスは迎撃体勢をとる。

 ガキィィィィッ!!

 頭から突っ込んでくるロケット戦士に対し、パーシアスは正確に、自らの盾を合わせる。
 だが、無駄であった。
 ブースターで急激に加速したロケット戦士は、パーシアスの盾をはねのけ、彼の左肩を抉る。
 パーシアスは苦痛に顔を歪ませながら、地に倒れこんだ。
 同時に、パーシアスの攻撃力はロケット戦士の攻撃力分、つまり1700ポイントダウンし、たったの200ポイントになる。
「今だ、リトル・ウィンガード! パーシアスに追撃!!」

 ズバァァァッ!!

 イシズLP:3100→1400

「…………」
 パーシアスが破壊されても、イシズは無言だった。
 イシズは既に、戦意を失っていたのだ。
(…よし! これでまた、逆転だぜ!)
「ターンエンドだ!」
 意気揚々とエンド宣言する城之内。
「…………」
「……? おい、イシズ、どした? アンタのターンだぜ?」
 腹でも痛いのかよ、と城之内。
「……私の負けです……」
「……へ!?」
 いきなりのイシズの敗北宣言に、城之内は間の抜けた声を出してしまった。
「…もう…今の私に、この状況を打開できる手は存在しません…。あなたの勝ちですよ、城之内さん……」
 そう言うと、静かにデッキに手を置こうとするイシズ。自ら敗北を認める行為、“サレンダー”のためである。
「ちょっ…ちょっとタンマっ!!!」
 声を張り上げ、慌ててその行為をやめさせようとする城之内。
 その声に反応し、イシズは一瞬、動きを止めた。
「あきらめんのはまだ早ェだろ、イシズ! まだ、デッキからカードを引けるんだぜ!? ドローカードを見てからでも……」
「…無駄ですよ」
「!?」
 イシズは、いやにハッキリとした口調で答える。
「…あなたと私との間には…決定的な差があります。だから、私はあなたには決して勝てない……」
「差…??」
 何のことか分からず、頭上にハテナマークを複数うかべてしまう城之内。
 だがともかく、こんな決闘の幕引きは、城之内には納得できなかった。困り顔の城之内。
「…最後に…こちらからも質問させて頂いてもよろしいですか? 城之内さん……」
「へ? あ、ああ……」
 どうしたものかと悩みつつ、城之内はてきとうに頷く。
「あなたは今…なぜ私のサレンダーを止めようとしたのです? 私のサレンダーは、あなたの勝利を意味する…。そうすれば、あなたは念願の、明日の準決勝にも出られるではないですか。それを、なぜ……」
「え…なぜって、そりゃ……」
 思考を介さずに、城之内は即答した。
「この決闘が楽しいから、もっと続けたいからに決まってんじゃねえかよ」
「…楽しい…!?」
 思わぬ回答に、唖然とするイシズ。
「…しかし…もしこの決闘に負ければ、あなたは明日の準決勝に出られなくなるんですよ? それでも……」
 城之内はゆっくりと、そして、しっかりと応えた。
「確かにそうだけどよ…でも、オレは勝ちたいから決闘してるワケじゃねえ。決闘を楽しみてえから…だから決闘者してるんだぜ」
「……!」
「オレは決闘者になってから、色んな決闘者達と闘ってきた。童実野町の町内大会や、決闘者王国(キングダム)、そして、このバトル・シティ…。色んなヤツらがいてよ…中には、卑怯な手を使う最低な野郎どももいた。確かにやっぱ、楽しむことより勝つことを優先してたヤツもいたかもしれねえけど……でも、それでもみんな、決闘を楽しんでた。イシズ…、あんたは、決闘が楽しくねえのか?」
「……! それは……」
 どうして、楽しむことなどできようか。弟は今も、自らに宿る邪悪な意志によって、暗い、闇の中に閉じ込められているというのに。
「イシズ…もっと決闘を楽しめよ」
 イシズの想いなどお構いなしに、城之内は説得する。
「わらえよ、イシズ」
「!」
 その言葉を聞いた途端、イシズの目の前に、過去の映像がフラッシュバックした。
 それは、まだイシズたちが、昏(くら)い穴の中から一歩も出たことのない頃のこと。
 まだ幼かったマリクが、自分に対して発した言葉。


『わらってよ、姉さん』


(……! マリク!?)
 それは今から、九年も昔のことだった。


 城之内のLP:1900
      場:ロケット戦士,リトル・ウィンガード,伝説の剣,勇気の旗印
        伏せカード1枚
     手札:1枚

 イシズのLP:1400
      場:伏せカード1枚
     手札:2枚



11章.あの日の笑顔

「あ〜っ、また負けた〜っ!」
 そう叫びつつ、マリクは卓上に手札を投げ出した。
 九年も昔、まだ、イシズとマリクが仲良く、ともに暮らせていた頃の話である。
 イシズとマリクは、何度もM&Wを使って遊んでいた。外に出ることの許されない彼らにとって、ゲームは、貴重な娯楽であった。
「フフッ…まだまだね、マリク」
 弟に対して微笑みながら、どこぞのテニス小僧の決めセリフを流用するイシズ。
「どうして、姉さんには勝てないんだろう……」
 真剣な表情で、デッキのカードをざっと見返すマリク。
「そうねえ。マリクの今のデッキは標準型…スタンダードタイプのデッキよね。決闘してみた感想としては、ちょっとモンスターカードが多いんじゃないかしら? もっと魔法カードも入れないと……」
 決闘後にアドバイスを与える姉と、それに、従順に頷きながら聞き入る弟。
 と、そこへ、リシドが部屋に入ってくる。
「イシズ様、マリク様。昼食の用意ができましたよ」
「え? やだ、もうそんな時間?」
 自分のデッキをしまいつつ、急いで席を立つイシズ。
「ごめんなさい、リシド。呼んでくれれば手伝ったのに……」
 食事は、母が死んで以来、イシズとリシドが協力して用意する習慣であった。
「いえ、二人とも、とても楽しそうでしたので」
 つい、声を掛けられなかったのですよ、とリシド。
「リシド! 午後はリシドとも勝負だからね!」
 マリクからの宣戦布告に笑顔で頷きつつ、リシドは部屋を出て行った。
「そう言えば、リシドとの対戦成績はどうなの? マリク」
「へへ、いつもボクが勝ってるよ! リシドの奴、序盤は結構強いんだけど、最後はいつもボクが勝つんだ!」
 得意げに、鼻を高くするマリク。
(フフ…。リシドったら、いつもマリクに花を持たせてあげているのね)
 イシズは、過去に数度、リシドと決闘したことがあった。
 その経験から、少なくとも現時点では、マリクよりリシドの方が強いことを知っていた。
「…でも、私に勝つには、あと十年はかかりそうねぇ、マリク」
 フフッ、と、今度はイシズが得意げに笑む。
「そんなことないよ。すぐに姉さんにだって勝てるようになってみせるさ! だって……」
 無邪気に、マリクは言った。
「ボクはそのうち絶対、決闘王になってみせるもん!!」
「え?」
 イシズは、ドキリとした。
 その言葉に深い意味がないことは、イシズも重々わかっていた。
 しかし、イシズは瞬間的に思ってしまったのだ。
 その夢は弟にとって、決して届かぬものなのだ、と。
 決闘王だけではない。
 自分とマリクは、この昏い穴の中から出ることを、生来、禁じられている。それはすなわち、あらゆる夢が“努力することすら叶わず”、永遠に叶わないということなのだ。
「…姉さん?」
 マリクにはまだそのことが、実感として理解できていないのかも知れない。
 ならば、せめて自分は、微笑い返してあげねばならない。
 そう思いつつもイシズの表情は、自然と、暗いものになってしまう。
「…どうしたの? 姉さん…」
 心配そうに、イシズを見上げるマリク。
 微笑い返してあげたかった。
 けれどそれが、イシズにはどうしてもできなかった。


「……わらってよ、姉さん」


「――え?」
 マリクは、イシズに微笑いかけた。
「ボクね…姉さんと決闘するの大好きだよ。だって、決闘してる時の姉さん、本当に楽しそうだもん」
「…マリク……」
 暗く、沈んだイシズの心に、温かなものが流れ込む。
「だから…ね」
 それは、一片の曇りもない、本当に無垢な笑みだった。


「わらってよ、姉さん」


●     ●     ●     ●     ●     ●     ● 
   

 (…マリク…、私は……)
 戻れないかも知れない、温かだった昔に想いを馳せ、イシズは胸に込み上げてくるものを感じていた。
 イシズは、スッと目を閉じた。


 『わらってよ、姉さん』


 瞼の裏に焼きついた、愛しい、弟の笑顔。
(…あの頃…一緒に決闘をしていた時、あなたは本当に楽しそうだったわね…。そして、私も……)
 イシズは、静かに目を開いた。
 その瞳は、先程までとは、明らかに違う色をしていた。
(…私は…あの日の自分に追いつけるかしら……)
 決闘を、純粋に楽しんでいたあの頃に。あの日の、自分の笑顔に。
「…私のターン、ですね……」
 ゆっくりと、デッキに右手を伸ばす。今度は、サレンダーのためではない。デッキから、カードを引くためだ。
「! イシズ…!」
 城之内は見逃さなかった、イシズの口元がほんのわずかだが、笑みを見せたのを。
(…面白ェ…そうこなくっちゃよ!!)
 その笑みから、城之内は何かを感じ取っていた。
 しきり直しとばかりに、城之内は身構える。
(…あの日の私に、追いつくために……!)
「ドロー!!」
 イシズは、カードを一枚引き、それに目を遣った。

 ドローカード:手札抹殺


 城之内のLP:1900
      場:ロケット戦士,リトル・ウィンガード,伝説の剣,勇気の旗印,
        伏せカード1枚
     手札:1枚

 イシズのLP:1400
      場:伏せカード1枚
     手札:3枚



12章.ちっぽけな光

 ――土の空に、ちいさな穴が開いていた
 その穴から垣間(かいま)見える、ちっぽけな、一点の光
 瞳に、いっぱいの憧れをもって
 少女は、それを見上げるのが好きだった
 ゆっくりと、手をのばす
 それは、決して届かない場所にある
 掌(てのひら)をかざすと、光は簡単に隠れてしまう
 ……不平等だと思った
 上の世界の人間は、もっと大きな“光”を得られるのだ
 自分は、地の底で生まれてしまったがために、それだけのために、こんなちいさな“光”しか得られない
 いつの頃からか、少女は見上げることをやめてしまった――

●     ●     ●     ●     ●     ●     ●

(…手札抹殺…!)
 ドローカードを手札に加えたイシズは、一度、冷静に場を見直した。
(…城之内さんの場にはモンスターが二体…! さらに、モンスター強化の魔法カードが二枚に、リバースが一枚……!)
 対するイシズの場には、リバースカードが一枚のみ。しかも、現状では何の役にも立たないカードである。おまけに、イシズの手札にはモンスターカードが一枚もなかった。
 状況は、考えうる限り最悪だった。
 ハタ目から見れば、城之内の勝ちはほぼ揺ぎないものであろう。
(…それでも…まだ光は消えていない……!)
 心を強く持ちながら、引いたばかりのカードを場に出す。
「私は手札から魔法カード、手札抹殺を発動させます!」
(! 手札抹殺…!)
「…このカードによって…お互いのプレイヤーは全ての手札を捨て、それぞれ捨てた枚数分だけ新たにカードをドローします…!」
 イシズは、現状で役立たない二枚の手札を墓地に送った。
 城之内もそれに習い、たった一枚の手札、『融合』を墓地に送る。
 そしてイシズは二枚、城之内は一枚のカードを引き直した。

 イシズのドローカード:アギド,浅すぎた墓穴
 城之内のドローカード:伝説のフィッシャーマン

 ドローカードを左手に持ち直すと、改めてその二枚を確認するイシズ。
(…スーパーエキスパートルールでは、一ターンに二枚以上の魔法カードを手札から場に出すことはできない…。つまり、私がこのターン場に出せるのは、モンスターカード『アギド』のみ……)
 その能力値は攻撃力1500、守備力1300。
 この状況を打開するには、あまりに貧弱すぎるカードだった。
(…それでも…アギドには隠された特殊能力がある!)
 大抵(たいてい)の人間が、匙(さじ)を投げてしまいたくなる状況だった。
 それでもイシズの瞳の光は、決して消えることがない。
「私はアギドを攻撃表示で召喚します!」
 場には、卵形の身体に、小さな腕と羽根のついた、真っ赤なモンスターが出現する。
 この状況で召喚されると、その見てくれは、どうしても頼りないものに映った。
「そして…アギドで、ロケット戦士を攻撃!」
「! 攻撃!?」
 驚く城之内。
 イシズの攻撃宣言に従い、アギドはロケット戦士に攻撃を仕掛けてくる。
 『勇気の旗印』の効果は、自分のターンのバトルフェイズ中にしか発揮されないため、二体のモンスターの攻撃力は互角である。
(…ヤケクソか…!?)
 ここでアギドを失えば、再びイシズのモンスターは0。次のターン、リトル・ウィンガードの直接攻撃で終わりである。
(…いや! 何かある!)
 城之内はイシズの瞳の光から、それを感じ取った。
「リバース発動! 魔法カード、モンスターBOX!!」
「! これは……!?」
 場に、穴のあいた箱が出現する。ロケット戦士とリトル・ウィンガードは、その箱の中に隠れてしまった。
 穴の数は全部で六つ。二体のモンスターは素早い動きで穴の中から見え隠れし、アギドとイシズを攪乱(かくらん)する。
「…く……!」
 とても、人間の目で追えるスピードではなかった。
 何とか、ロケット戦士の移動パターンを読み取ろうとしつつ、イシズが指示を出す。
「…その穴を狙いなさい! アギド!!」
 アギドが、イシズの指し示した穴を攻撃する。

 ズガァッ!!

 しかしその後、イシズの指したものとは別の穴からヒョッコリと、二体のモンスターがが顔を出した。
「……外した……!」
 イシズの最後の狙いも、不発に終わってしまう。
 残った手札は一枚。それを場に伏せて、相手を警戒させることすらできない。
 このターン、イシズにはもう、選択肢が残されていなかった。

●     ●     ●     ●     ●     ●     ●

 ――それは、4歳のときのこと
 少女は、大切な掟(おきて)を破った
 父と母には内緒で
 今までずっと、望み続けてきたこと
 重い扉(とびら)を開き
 少女は初めて、外の世界へ出た
 外の世界は――美しかった
 壁のない、果てのない景色
 全身に感じる、かすかな風
 そして何より、際限のない光――
 燭台の灯りとも、かつて見上げていたちっぽけなものとも違う
 数えることなどできはしない、永遠とも思える光
 それは少女が、はじめて目にした永遠
 外の世界は、少女が今まで想像したあらゆるものを超えていた
 穴の中は有限、しかし、この世界は無限なのだ
 しばらく外の開放感を楽しんだ少女は、こっそりと元の、暗い世界へと戻る
 きっと、また来よう
 そう、思いつつ


――父はなぜか、少女が外に出たことを知っていた
少女の顔を見るやいなや、激しい叱責(しっせき)とともに、力いっぱい殴りつけた
口内に、鉄の味が染みた
父の気性が荒いのは知っていた
しかし、ここまでの激怒は見たことがなかった
父は、さらなる制裁を加えようとする
第二子を身ごもった母に抑えられ、父は仕方なく、振り上げた拳を下ろす
少女は見た
父の目が、怒りとともに羨望(せんぼう)に染まるのを
――父も、外に出たいのだ

父がいなくなったあと、少女はこっそり母に聞いた
――どうしてわたしたちはそとにでちゃいけないの?
母は一言、悲しげに答えた
――それが、“さだめ”だからよ


●     ●     ●     ●     ●     ●     ●

「…! ターン、終了です!!」
まるで何かを振り払うように、明瞭(めいりょう)な口調でエンド宣言するイシズ。
「いくぜ! オレのターン! ドロー!!」
 城之内が、デッキから勢いよくカードを引く。
(イシズの場のモンスターは一体のみ! このターンで…終わりにするぜ!!)
「オレは、伝説のフィッシャーマンを攻撃表示で召喚!!」
 トドメとばかりに、城之内は三体目のモンスターを召喚する。
 梶木から受け継いだ、シャチに乗り、銛(もり)を手にした人型モンスターである。
 油断は、ましてや、手加減などしない。
 城之内はイシズを、一人の決闘者として認めているのだから。
「いけ! リトル・ウィンガード! アギドに攻撃だ!!」

 ズバァァッ!!

「…く…!」
 伝説の剣で、アギドの身体は真っ二つにされる。そして、イシズのライフポイントも削られた。

 イシズLP:1400→1000

「この瞬間――アギドの特殊能力を発動します!!」
「! 何!?」
両断されたアギドの身体が、四角い何かに変換される。
「サ…サイコロ…?!」
それは、ギャンブラー城之内(ぇ)の見慣れた相棒――サイコロであった。
「アギドが戦闘で破壊され墓地に送られたとき――サイコロを振り、出た目の数と同じレベルの天使族モンスターを特殊召喚できるのです!!」

アギド 地
★★★★
このカードが戦闘によって破壊され墓地に
送られた時、サイコロを1回振る。自分の
墓地から、サイコロの出た目と同じレベルの
天使族モンスター1体を特殊召喚する事が
できる。(6の目が出た場合は、レベル6
以上のモンスターを含む)
攻1500 守1300

(だが、イシズの墓地にある天使族モンスターは……)
 城之内の記憶にある限り、イシズの墓地の天使族モンスターは4ツ星と5ツ星しか存在しなかった。
「へへ…。やるじゃねえか、イシズ。けど、アンタがモンスターを特殊召喚できる確率はたったの3分の1! そう簡単に、望んだ目は出ないぜ!!」
 ……城之内には言われたくないセリフである。
「…………!」
 二人に見つめられる中、場にサイコロが落とされる。
 その結果、出た目は――『4』。
「…なっ…!」
 唖然とする城之内。
 イシズはホッと、胸を撫で下ろした。
「4の目が出たので……場に、4ツ星モンスターを一体、特殊召喚します」
 ハンカチで掌の汗を拭(ぬぐ)うと、イシズは自分の墓地のカードを決闘盤から取り出す。
(…ぐぅ…サイコロカード、決められるとこんなに悔しいカードだったとは……!)
 自分の十八番(おはこ)を奪わたようで、何やら無性に悔しい城之内。
「……ところで…城之内さん、気付いていましたか?」
「へ?」
 一枚のカードを手に取り、墓地に残りのカードを戻したイシズが唐突に訊ねてくる。
「…今のサイコロ…あなたは3分の1の確率と言いましたが、実質、私がこのターンをしのげる確率は3分の1ではありません……」
「……へ?」
 城之内はチンプンカンプンで、大きく首を傾げた。
「私の墓地に眠るモンスターで最も攻撃力が高いのは、特殊能力を備えたムドラ…現在、私の墓地にはムドラを除いて天使族モンスターが5枚存在しているので、その攻撃力は2500です。しかし、攻撃表示で場に出したところで、ロケット戦士の特殊能力によって弱められ、伝説のフィッシャーマンの追撃で私のライフは0……。守備表示にしても、伝説のフィッシャーマンに除去され、ロケット戦士の直接攻撃でライフを0にされて終わりです……」
 長々と説明するイシズ。ホントに長いな;
「…え、えっと……」
 指折り計算を試みる城之内。
 しかし、途中でパニックを起こしたのでやめにする。
 とりあえず、計算力勝負ではイシズに軍配が上がるらしい。
「…ってことは…アンタは八方塞がりって事か…?」
 先ほど悔しがっていて、損した気分になる城之内。
「いいえ…。一つだけ、私が生き延びる方法があるのですよ…それは……」
 イシズは墓地から選んだ、一枚のモンスターカードを場に守備表示で特殊召喚した。
「なっ…何ぃぃ!!?」
 予想だにしなかったモンスターの生還に、城之内は驚愕した。
「…勝負です…! 城之内さん!」
 再び墓地から生還したモンスター、それは――アギドであった。


 城之内のLP:1900
      場:伝説のフィッシャーマン,ロケット戦士,リトル・ウィンガード,
        伝説の剣,勇気の旗印
     手札:1枚

 イシズのLP:1000
      場:アギド,伏せカード1枚
     手札:1枚



13章.闇(さだめ)をはらう力!!

 ――“さだめ”って、なぁに?
 まだ痛む頬(ほほ)を押さえつつ、すすり泣きながら、少女は母にきいた
 母はやさしく、諭すようにおしえた
 ――“さだめ”は、誰しもが背負い、決して抗(あらが)うことのできないもの
 個々人に、不平等に与えられた、絶対の未来
 だからヒトは、決してそれに逆らってはいけない
 “さだめ”に勝てるヒトなど、どこにもいないのだから
 抗えば抗うだけ、最後には、現実を知ってかなしくなるだけなのだから
 あきらめてしまえばいい
 たとえ、どんなに欲しいものを奪われても
 どんなに、大切なものを奪われたとしても――

 ――それは、やさしいことば
 母が、昏い穴の中で辿り着いた答
 少女が決して泣かぬよう
 つらい想いをせずにすむよう
 精一杯の思いやりをもった
 やさしい、呪いのことば――

 それ以来、少女は外に出ることを望まなくなった

●     ●     ●     ●     ●     ●     ●

「…んなっ……!」
 城之内は驚いていた、イシズの出したそのモンスターに。
 イシズがアギドの特殊能力で特殊召喚したモンスター、それは――アギドだった。
「…驚きましたか? アギドの特殊能力は墓地に送られた後に発動する…。よって、自身を蘇生することも可能なのです……」
 イシズはあえて、焦点(しょうてん)のズレた説明をした。
 倒したモンスターがそのまま蘇った、ということに驚いているのではない。
「…随分、大それたことするじゃねえか、イシズ……!」
 アギドの守備力はわずか1300。城之内の場の、まだ攻撃可能なモンスターは二体。
 つまりイシズは、再びアギドの特殊能力に賭けようというのだ。分(ぶ)の悪い、成功率の低い特殊能力に。
「…無茶は承知の上です…。このターン、私がしのげる確率は18分の1…。百分率にして、わずか5.5パーセントです…。……もしも前のターン、アギドの相殺攻撃が成功していれば、3分の1で良かったのですがね……」
 そう言うと、小さく、自嘲(じちょう)ぎみに苦笑するイシズ。
 無意識のうちに、城之内はツバを飲み込んだ。ここまで分の悪いギャンブルは、自分でもしたことがない。
 イシズはそれを承知の上で、あえてその道を選んだのだ。
「…大したモンだぜ、イシズ…! あんたもとんだギャンブル好きだな」
「ちょっ…べ、別に、ギャンブルカードが好きなワケじゃないですよっ;」
 ギャンブル好き扱いされかけ、慌てて否定するイシズ。
「ただ、私は――他に選択肢がないから、こうしただけです……」
 可能性の低さは知っている。
 普通に考えれば、当たるハズのない確率。
 イシズの表情に一瞬、暗いものがさす。


 ゲームは――人間の生によく似ている
 いつだったか、イシズが感じたこと
 プレイヤーは、与えられた、有限の選択肢の中でしか行動できない
 人の生涯も一緒だ
 世の中には、どうすることもできないことがある
 どんなにがんばっても、決して変えられない“さだめ”が、ある――


「――んなこたぁねえよ」
「……え?」
 城之内のことばに、イシズは顔を上げた。
「…アンタには選択肢がなかったわけじゃねえ。可能性が低いからって…サレンダーすることも、あきらめて別のモンスターを出しちまうことだってできたハズだぜ」
「…! それは……」
 ……イヤ、だったから。
 弟のことばを思い出し、立ち直ることができたのに、
 このまま終わってしまうのは、どうしてもイヤだったから……。
「…サレンダーせずに、的確に生き残れる道を見つけ、実行に移した…。それはまぎれもねえ、アンタ自身の力だぜ?」
 オレだったら、勢いでムドラ出して終わってたかもな、と能天気(のうてんき)に笑ってみせる城之内。
「…知ってっか? イシズ……」
 ひとしきり笑ってみせると、城之内は真顔に戻る。
「…ギャンブルってヤツはな、単純な算数じゃねえんだ。どんなに低い確率だって、当たるときゃ当たる。大切なのは、途中であきらめちまわねえことなんだぜ……!」
 ギャンブルに関して、先輩風を吹かす城之内。
「……!」
 ……大切なのは、あきらめないこと……!
 イシズの脳裏に、昔の想いが去来した。

●     ●     ●     ●     ●     ●     ●

 ――あきらめることに慣れてしまったのは、いつ頃のことだったろう……
 あるとき、イシズはそんなことを考えた。
 千年タウクを手にし、さだめられた未来を直視したとき?
 父が、マリクによって殺されたとき?
 それとも母に、“さだめ”の存在を教えられたとき?


 ――数ヶ月前…千年タウクによって、弟が再び、父を殺した悪魔に支配されることを知った。
 イシズは千年タウクの未来予知を用い、それを阻止する、あらゆる方法を模索した。
 ……しかし、千年タウクは、同じく千年アイテムを持つ者の未来を完全に見通すことはできない。
 弟を救える道は、見つからなかった

 ――“さだめ”に抗ってはいけない
 ヒトは、“さだめ”に勝つことなどできないのだから
 あきらめてしまえばいい
 たとえ、どんなに大切なものを奪われたとしても――

 母の教えが、脳裏をかすめた
 これが“さだめ”というのなら、あきらめるしかない
 そう、思い込もうともした

 ――けど、イヤだった
 他のものは何だっていい
 でも、マリクだけは
 弟を奪われることだけは、絶対にイヤだった


 ――あきらめたくない
 そうした思いから、イシズは行動を起こした。
 海馬瀬人にオベリスクのカードを渡し、このバトル・シティ大会を開かせた。
 やっとの思いで見つけた、マリクを救える、一縷(いちる)の希望。
 それは、希望とよぶには、あまりにちっぽけな光だった。
 でも、あきらめてしまうのはイヤだったから。
 そんな自分は、もう、終わりにしたかったから――

●     ●     ●     ●     ●     ●     ●

「……大切なのは、あきらめないこと……!」
 ほとんど無意識に、繰り返すイシズ。
 そうだ…瀬人も言っていた。
 未来に従う者に、光はないと。
 あきらめないことで――信じることで、“さだめ”という名の闇をはらえるのならば……
(…私は……信じ抜いてみせる……!!)
 今はもう、見ることのできなくなった未来。
 たとえ“さだめ”が、絶望を指し示そうとも。
 未来に光があることを、誰よりも強く。
「…勝負です…城之内さん…!」
「……! ああ、いくぜ……!」
 イシズの心境の変化を何となく感じつつ、城之内が攻撃宣言を出す。
「伝説のフィッシャーマン! アギドに攻撃だ!!」
 右手に携えた銛を、アギドに向かって投げつける。
 それは、守備体勢のアギドの身体を確実に貫き、破壊した。
「――アギドの特殊能力、発動!!」
 ひときわ大きな声を出すイシズ。
 場には再び、サイコロが出現する。
 そして二人の見守る中、それは投下された。
 サイコロがゆっくりと、二人を焦(じ)らすように転がる。

 そして、出た目は――『5』。
「!」
「んなっ……!?」
 イシズの瞳孔(どうこう)が、大きく開く。城之内は、口をあんぐりと開けた。
(…当たった…!)
「5の目が出たので…墓地に眠る5ツ星モンスターを召喚します!」
 城之内の、言った通りだった。
 あきらめなければ……光は消えない。
(――ならば…マリクを救うこともできるのかも知れない)
 自分が、信じることをやめてしまわない限り。
 イシズは意気揚々と、場にパーシアスを攻撃表示で特殊召喚する。
 一方、城之内はというと――空いた口が、いまだに塞がっていなかった;
 あきらめないことが大切、とか言いつつも、城之内はちゃっかり勝利を確信していたのだ。何せ、18分の17の確率、約95パーセントの確率で自分の勝ちだったのである。
(…フッ…見事だぜ。イシズ…ギャンブル王の称号とプライドはしばらくアンタにあずけておく!)
 いりません;;;(後日イシズ談)

 余談ですが、手元にコミックスの31巻がある人は、176ページ3コマ目と見比べてみましょう(謎)

(……とにかく、形勢を逆転されたワケじゃねえんだ…!)
 深呼吸して、気を持ち直す城之内。
「ロケット戦士! パーシアスに攻撃だ!!」
 すでに無敵モードに変形していたロケット戦士がパーシアスの右肩をえぐり、パーシアスは剣を落とした。
 これで再び、パーシアスの攻撃力はたった200ポイントである。
 二回もロケット戦士にやられるとは…哀れな(泣
(これでイシズの場には弱体化したモンスターが一体のみ! 悪いが、このまま押しきらせてもらうぜ!!)
「ターンエンドだ!!」
 状況は、全く好転していない。それどころか、悪化したともいえる。
 だがしかし、このターンを制したのは、まぎれもなくイシズだった。
「…私のターン、ですね…!」
(ライフが0になるまで…私はあきらめない!)
「ドロー!!」
 イシズは、ドローカードに目を遣った。
(!! このカードは……!)
 それは、この状況を打開できる、唯一のカードだった。


 城之内のLP:1900
      場:伝説のフィッシャーマン,ロケット戦士,リトル・ウィンガード,
        伝説の剣,勇気の旗印
     手札:1枚

 イシズのLP:1000
      場:天空騎士パーシアス,伏せカード1枚
     手札:2枚



14章.降雷

(…このカードは……!)
 ドローカードを確かめた後、それを左手に持ち替えるイシズ。
(今…私の場にはモンスターが一体。手札には魔法カード『浅すぎた墓穴』がある…。そして、場に伏せたままのリバース…。これなら…!)
 置かれた状況を正確に認識した上で、イシズは場にカードを出す。
「私は魔法カード、『浅すぎた墓穴』を発動させます!」
「! 浅すぎた墓穴!?」

浅すぎた墓穴
(魔法カード)
自分と相手はそれぞれの墓地から
モンスターカードを一体選び、
守備表示でフィールド上にセットする。

「私はこの効果で…このモンスターを生還させます! 出でよ、ゾルガ!!」
「! ゾルガを!?」
 イシズの墓地から、ゾルガが守備表示で場にセットされる。
 ゾルガの出現に、城之内は警戒した。
(…イシズの墓地には、もっと能力値の高いモンスターがいるハズ……! なのに、あえてゾルガを生還させたってことは……)
 イシズにちらりと視線を送る。イシズの手札は残り一枚。
(…おそらく、あの最後のカードは上級モンスター…! 場の二体のモンスターを生け贄に、そいつを生け贄召喚するつもりか…! 厄介(やっかい)だぜ!)
 上級モンスターが出てくるだけではない。ゾルガが召喚の生け贄に使用されれば、イシズのライフはまたもや大幅に回復するのだ。
 せっかくここまで減らしたのに、と、ややヘコむ城之内。
「…あの…城之内さんも墓地からモンスター一体を場にセットできるのですが……」
 なかなか対応してくれない城之内に、少々困り顔のイシズ。
「へ? あ、ああ。えっと……」
 イシズの言葉で我に返り、城之内は慌てて自らの墓地を漁(あさ)りだした。
(えーと…オレの墓地にいるのは、ワイバーンにサイコ・ショッカー、そしてギアフリードとランドスターか……)
 城之内はほとんど迷うことなく、サイコ・ショッカーを場に出した。
 守備力が低いため、このターン内に容易に破壊される恐れはあるが、やはり、攻撃力2400に罠破壊能力は魅力的である。
(これでオレの場のモンスターは四体! どんな強力なヤツが来ようと、対処してみせるぜ!!)
 そう思いつつ、城之内はイシズに目を遣り、身構えた。しかし、イシズは場のモンスターをすぐには生け贄にしない。
「さらに――場に伏せておいた魔法カード、ソウル・テイカーを発動させます!」
「!? ソ、ソウル・テイカー!?」
「…この魔法カードは、相手のライフを1000回復させる代わりに、相手の場のモンスターを一体、私が生け贄に使用できるカード…。このカードの効果で、私は場の二体のモンスターとともに、あなたのロケット戦士を生け贄に使用させていただきます……」
 ロケット戦士が城之内の場を離れ、イシズの場へ移動する。それと同時に、城之内のライフポイントは1000回復した。

 城之内LP:1900→2900

「ま…待てよ…場の二体のモンスターとロケット戦士を…って、それじゃあ……」
 城之内は、明らかな動揺を見せた。
 イシズは3体の生け贄を使用するというのだ。
 三体の生け贄によって召喚されるモンスター――
 城之内は、一つの心当たりにぶつかった。
「まさか――神のカード!!?」
 三枚の神のカードの持つ、恐ろしいまでの強さ。城之内は既にトーナメントの中で、何度も目の当たりにしてきた。
 召喚を許せば、敗北必至の超強力カードである。
「…その心配は無用です。確かに私は三体分のモンスターを生け贄に、手札の上級モンスターを召喚するつもりですが――それは、神のカードではありません」
 神のカードは三枚しか存在しませんからね、とイシズ。それを聞いて、城之内は安堵のため息を漏らした。
「安心するのは早いですよ、城之内さん…。確かに、私が召喚するモンスターは神ではありませんが……」
 イシズはそこで一度言葉を切り、次の言葉を強調した。
「召喚ターンに発揮される特殊能力は――三体の神にも匹敵します」
「!!?」
「いきますよ! 私は場の三体の生け贄を束ね――」
 イシズの場の三体のモンスターが場から姿を消していく。
 ゾルガが生け贄に捧げられたことで、イシズのライフは回復する。

 イシズLP:1000→3000

 そして、イシズは一枚の手札を、天高くかざした。
「いでよ! 稲妻を操る伝説の騎士――ギルフォード・ザ・ライトニング!!」
 
 ズガガガァァンッ!!

「どわっ!!?」
 イシズがカードを決闘盤にセットすると、凄まじい雷鳴がした。
 イシズの場に、雷が落ちる。あまりの眩しさに、城之内はとっさに右手をかざし、光から目をかばった。一瞬、それがソリッドビジョンであると、城之内は認識できなかった。
 落雷とともに、無骨な、巨大な剣士が場に姿を現した。筋肉質なその背には、身の丈ほどもある大剣を携えている。
「…攻撃力…2800……!!」
 モンスターから発せられる威圧感に、城之内は無意識に一歩、あとずさっていた。
 城之内の場にはモンスターが三体存在するが、いずれも、その攻撃力には到底及ばない。
(だが…場にモンスターが複数いる以上、時間稼ぎにはなるぜ……!)
 その間に、何か打開策を打てるハズ、と、自分に言い聞かせる城之内。
「…それはどうでしょうか……」
「エ…!?」
 城之内の思考を読み取ったかのように、イシズが口を開く。
「先程、申し上げたでしょう? この伝説の騎士は召喚ターン、神にも匹敵する特殊能力を発動すると…! それをお見せしましょう! ギルフォ−ド・ザ・ライトニング!!」
 イシズが名を呼ぶと、伝説の騎士(ギルフォード・ザ・ライトニング)は背中の大剣をすっと抜き放った。その剣は、光を帯びており、激しく放電していた。
 相当な重量であろうと思われるそれを、伝説の騎士は軽々と持ち上げ、空に向けて掲げる。
「な…何だ!?」
 剣は放電により、激しく火花を散らしている。
「――特殊能力発動! ライトニング・サンダー!!」
「!!?」
 大剣から、凄まじい稲妻が発せられた。それは三つに分かれ、城之内の場のモンスター全てを襲う。

 ズガガガガガガァァンッ!!!

「ぐっ……!?」
 眩しさのあまり、城之内は再び腕で目を覆った。
 そして、次に目を開いた時――城之内の場に、モンスターは存在していなかった。
「オッ…オレの場のモンスターが!!?」
 信じられない光景に、城之内は目を丸くした。
「…ギルフォード・ザ・ライトニングは八ツ星モンスター…。通常は二体の生け贄によって召喚が可能ですが――三体の生け贄を束ねて召喚した場合、相手のモンスター全てを破壊する特殊能力を発揮します……!!」
「す、全てだと…!?」
 城之内は、その絶大すぎる特殊能力に、耳を疑った。だが、現に、城之内の場のモンスターは残らず墓地に葬り去られている。
「…こ、これが特殊能力ってことは、まさか……!!」
「そう…まだ、このモンスターによる攻撃が可能です…!」
 剣の切っ先を下げると、伝説の騎士はゆっくりと前傾姿勢をとった。
「いきますよ、城之内さん…! 私のバトルフェイズ! ギルフォード・ザ・ライトニングのダイレクト・アタック!!」
 城之内の場には、モンスターも、リバースカードすらも存在していない。
 伝説の騎士は城之内に向かって駆け出すと、一度は下げた剣の切っ先を再び振り上げ、そして勢いよく振り下ろした。
「ライトニング・クラッシュ・ソード!!!」
 
 ズバァァァァァッ!!

「ぐあああああっ!!」

 城之内LP:2900→100


 城之内のLP:100
      場:勇気の旗印
     手札:1枚

 イシズのLP:3000
      場:ギルフォード・ザ・ライトニング
     手札:0枚



15章.稲妻を撃て!!

 ――油断したつもりはなかった。
 だが、ある程度の過信はあった。
 この状況で、自分が決闘に負けることはないだろう、と。
「…ぐ…う……」
 伝説の剣士の直接攻撃を喰らった城之内は、斬られた部分を押さえつつ、顔を歪め、片膝を折った。
 城之内のライフは残り100。形勢は一気に逆転した。
 すでに、崖っぷちであった。
「私のターンはこれで終了…。あなたのターンですよ、城之内さん……」
「…くっ…」
 よろけつつも立ち上がると、城之内は現在の自分の手札を確かめた。
(今…オレの手札は魔法カードが一枚のみ。だが、単独じゃ発動できないカード…モンスターカードを引き当てねえと…!)
 城之内は、場に目を移し、伝説の騎士を睨みやった。
(しかし、ギルフォード・ザ・ライトニングの攻撃力は2800…! モンスターカードを引けてもこれじゃあ……!)
 城之内の脳裏を、“敗北”の二文字がよぎる。そんな城之内の様子を見つつ、イシズは、はっきりと口を開いた。
「…城之内さん、申し訳ありませんでした」
「…へ?」
 不意をつかれ、城之内はキョトンとしてしまった。
「な、何がだ?」
「…決闘が始まる前、私が口にした暴言のことです…。どうか、許してください……」
 そう言うと、イシズは深々と頭を下げた。
「へ…ぼ、暴言?」
 対する城之内は、何のことか分からず頭を捻ひねった。
「…ああ! いや、別に気にしなくてもいいって!」
 しばらくして、城之内はようやく何のことかを思い出した。
 頭を下げたままのイシズを、慌てて許す城之内。
 そして、この決闘が始まる前にしていた約束のことを思い出していた。
(そうだった…この決闘で負けたら、オレは明日の準決勝を辞退しなきゃなんだ……!)
 決闘に熱中しすぎて、すっかり忘れてしまっていた。
 この上なく危機的な状況に、城之内は自分のデッキを見つめつつ、冷や汗をかく。
 だが、城之内の心中とは無関係に、イシズはあることを考えていた。
 この決闘の勝敗がどうなろうと、明日の準決勝、城之内には必ず出てほしい、と。
 イシズはこの決闘を通し、城之内の“強さ”を十二分に感じ取った。単純な、決闘の腕だけではない。城之内は持っている、“さだめ”という闇を振り払える、唯一最大の力を。
(ここで、起死回生のカードを引けなけりゃオレの負け…だけど……!)
 城之内は覚悟を決め、デッキの一番上のカードに指をかけた。
 城之内の目を見て、イシズは小さく微笑む。
(…そう…その目です……)
 城之内は知っている。
 確率が低いとか、そういう問題ではないのだ。
 大切なのは、あきらめない心。
 それこそが、闇を打ちはらうことのできる、最も大きな希望の光。
 する前からあきらめてしまうのでは、光を得ることなど、決してできないのだから。
(オレは…ここまで一緒に闘ってきた、自分のデッキを信じるぜ!!)
「ドロー!!」
 ここまでで一番大きなモーションを伴いつつ、城之内はカードをドローした。
 城之内はゆっくりと、引いたカードを視界に入れる。

 ドローカード:漆黒の豹戦士パンサーウォリアー

「!! いよっしゃぁぁ!! オレはパンサーウォリアーを攻撃表示で召喚するぜ!!」
 城之内は、引いたカードを手札に加えることなく、勢い良く決闘盤にセットする。
 だが、そのモンスターカードの攻撃力は2000。4ツ星モンスターの中では強い方だといえるが、それでも伝説の騎士の攻撃力2800には到底及ばない。
(! 何かするつもりですね…!)
 イシズは、城之内の瞳に灯った輝きを見て、逆転されるかも知れないというのに、不思議な高揚(こうよう)を感じていた。
「いくぜ、イシズ! こいつがオレの切り札だ!」
 城之内は、残った一枚の手札を大きく空に掲げた。
「魔法カード発動! 『稲妻の剣』!!」
「!!」
 いつの間にか集まっていた上空の雨雲から、轟音とともに、稲妻が発せられる。パンサーウォリアーは右腕を挙げ、それを剣で受け止めた。

 ズガァァァァン!!

「……!」
 先程の、ギルフォード・ザ・ライトニングの特殊能力を彷彿(ほうふつ)させる。
「へへ…! 目には目を、稲妻には稲妻を、ってな。『稲妻の剣』は、戦士族の剣に稲妻を落とし、その攻撃力を800ポイントアップさせる。これでパンサーウォリアーの攻撃力も2800ポイントだぜ!」
 パンサーウォリアーの剣は稲妻をまとい、激しく火花を散らす。これで、パンサーウォリアーと伝説の騎士の攻撃力は並んだことになる。
「まだだぜ…! オレのバトル・フェイズ! 永続魔法『勇気の旗印』の効果で、さらに200ポイント攻撃力が上がる! これで攻撃力3000! アンタのギルフォード・ザ・ライトニングの攻撃力を超えたぜ!!」
 今度は、パンサーウォリアーが剣を構え、前傾姿勢をとる。
「行け! パンサーウォリアー! ギルフォード・ザ・ライトニングに攻撃だ!!」
 パンサーウォリアーは伝説の騎士に向け、猛然と駆け出した。


 城之内のLP:100
      場:漆黒の豹戦士パンサーウォリアー,勇気の旗印
     手札:0枚

 イシズのLP:3000
      場:ギルフォード・ザ・ライトニング
     手札:0枚



16章.稲妻の果て

「迎え撃ちなさい! ギルフォード・ザ・ライトニング!!」

 ガキィィィィン!!

 パンサーウォリアーと伝説の騎士の剣が、正面からぶつかり合う。
 数値の上でいけば、パンサーウォリアーの攻撃力が上をいっている。伝説の騎士を確実に倒せるはずであった。
 しかし、現実は違った。
「!? どうした、パンサーウォリアー!?」
 攻撃力で勝っているはずのパンサーウォリアーが、激しい鍔迫り合いの中、徐々に押され始めているのだ。
 ハタ目から見れば、それは当然だった。二体のモンスターの体躯(たいく)の差は歴然。剣の大きさも然りである。
 しかし現在、パンサーウォリアーの攻撃力は3000、対して、伝説の騎士は2800。この展開は、いささか不可解である。
「…残念でしたね、城之内さん……」
「……?!」
 不意に、イシズから声がかかる。
「ギルフォード・ザ・ライトニングの携えし剣――ライトニングクラッシュソードは、稲妻を操る光の大剣……。稲妻の力で打ち砕くことなどできません……!」
「なっ…何ぃぃぃぃっ!!?」
 寝耳に水な情報に、城之内はただ素っ頓狂な声を上げるだけだ。
「数値の上で勝っていようとも……火は火で消せぬように、稲妻を稲妻で打ち破ることはできないのですよ……」
 ……OCGでは、んなことないのにね……
「…ぐっ…!」
 予期せぬ事態に、城之内は大慌てである。
 もし、これでパンサーウォリアーが破壊されてしまえば――よしんば、生き残れたとしても、このターンで伝説の騎士を倒せなければ、次のターンには『稲妻の剣』と『勇気の旗印』の効果が消え、再び攻撃力2000。確実に負けてしまう。
 城之内はこのターンのうちに、どうしても伝説の騎士を倒しておく必要があった。
「まっ…負けるな! パンサーウォリアー!!」
「そのまま押し切りなさい! ギルフォード・ザ・ライトニング!!」
 それぞれ、主人の言葉に反応し、剣を握る両腕に渾身の力を込める。稲妻を宿した豹戦士の剣が、激しく火花を散らした。
 だが、『稲妻の剣』で強化されたのはあくまで剣のみであり、パンサーウォリアーの身体能力ではない。
 単純な腕力勝負では、どうしても伝説の騎士に分があった。
(小柄なパンサーウォリアーじゃ、真っ向からぶつかっても勝ち目はねえ…! それなら!!)
「一度下がれ! パンサーウォリアー!!」
 指示に従い、パンサーウォリアーは伝説の剣士との鍔迫り合いから、絶妙のタイミングで抜け出し、後ろに跳んだ。その結果、伝説の剣士はわずかにバランスを崩す。
「! 今だ! パンサーウォリアー!!」
 そのとき、城之内の叫びにあたかも呼応するかのように、ソリッドビジョンで映し出された場の永続魔法『勇気の旗印』が強く輝いた。
「助走を目一杯つけて…一気に突っ込めぇぇっ!!!」
 言われた通り、全速力で地を駆けるパンサーウォリアー。
 それに対し、バランスをすぐに整えた伝説の騎士は、手にした大剣を大きく横に薙ぐ。
 しかし、パンサーウォリアーは怯(ひる)むことなく、すんでのところで体勢を低くし、それを回避した。
 そして、勢いを落とすことなく、伝説の騎士の懐(ふところ)に潜り込む。
「いっけぇぇ!! 黒・豹・迅・雷・斬!!!」

 ズバァァァァァッ!!!

 今度はパンサーウォリアーが、火花散る剣を大きく横に薙いだ。
 この決闘中、最も冴えた音が辺りに響く。
 勢いをつけたパンサー・ウォリアーが見事、伝説の剣士の胴体を真っ二つにしたのである。
 両断された伝説の騎士の手から剣が落ち、鈍い音とともに床に突き刺ささった。
「!! ギルフォード・ザ・ライトニング!!」
 次の瞬間、伝説の騎士の破壊が確定し、場から消滅する。

 イシズLP:3000→2800

「いよっしゃぁぁ!! ギルフォード・ザ・ライトニング! 撃破だぜっ!!」
 城之内が、まるで決闘に勝利したかのような、精一杯の歓喜の声を上げる。
「……!!」
 伝説の騎士が破壊されても、その大剣――ライトニングクラッシュソードは床に突き刺さったまま、場に残されていた。
「へへ…! 剣にゃ稲妻が効かなくても、モンスター自体にはしっかり効いたみたいだな!」
「…やってくれますね、城之内さん……」
 イシズは冷静に、今のバトルを省みた。
 単純な稲妻勝負なら、間違いなく伝説の騎士に分があった。少なくとも、稲妻による攻撃で伝説の騎士が破壊されるハズはなかったのである。
 恐らく、先ほどの戦闘での陰の立役者は、永続魔法カード『勇気の旗印』。
 単純な攻撃力アップ効果だけではない。その隠れた効力により、“勇気”を得たパンサーウォリアーは、躊躇なく突進し、正面からの剣の衝突を回避して、伝説の騎士の懐に入ることに成功したのだ。
(…まったく…あなたには、つくづく頭が下がりますね……)
 最後の最後まで、全ては心持ち次第であるということを、はっきりと実感させられる。
「ターン、終了だぜ!!」
 得意げにエンド宣言する城之内。しかし、調子に乗ってばかりもいられない。手札は0枚、リバースカードもない。もし、パンサーウォリアーを破壊されれば、今度こそ本当に対抗手段はないのだ。
「私のターンですね…ドロー!」
 城之内が息を呑む中、イシズはカードをドローした。

 ドローカード:死者蘇生

(! 死者蘇生……!)
 イシズはそのドローカードに、目を見張った。
 イシズの墓地には、先ほど破壊されたばかりの伝説の騎士がいる。『稲妻の剣』の効果は1ターンのみのため、今のパンサーウォリアーは攻撃力2000。
 このターン、イシズが死者蘇生を使い、パンサーウォリアーを攻撃すれば、確実にイシズの勝利である。
「………」
 イシズは、城之内を見やった。
 イシズがどんなカードを引いたのかと、顔色をうかがっているようだ。しかし、普段からポーカーフェイスなイシズからは、それを全く読み取れない。
 使用すれば確実に勝てるカードが手札にある――しかし、イシズはそれを場に出さなかった。
「…私はこのまま何もせずに…ターン終了です……」
 ドローカードを右手に持ったまま、エンド宣言する。
(…私は…あなたを信じようと思います……)
 自分に、大切なことを教えてくれた城之内を。
 城之内ならばきっと、弟を救い出してくれると。
「オレのターン! ドロー!!」

 ドローカード:戦士の生還

(! よし!)
「オレは手札から魔法カード、『戦士の生還』を発動!」

戦士の生還
(通常魔法)
自分の墓地から戦士族モンスター
1体を選択して手札に加える。

「墓地からギア・フリードを手札に加え……場に召喚するぜ!」
 城之内の場に、二体のモンスターが並ぶ。
(…ここまで、ですね……)
 イシズの瞳に、絶望は少しも映っていなかった。
「モンスター二体で、プレイヤーにダイレクト・アタックだ!!」

 スババァァッ!!


 イシズLP:2800→0


 城之内のLP:100
      場:漆黒の豹戦士パンサーウォリアー,鉄の騎士ギア・フリード
        勇気の旗印
     手札:0枚
 イシズのLP:0
      場:
     手札:(死者蘇生)



17章.託す光

「これでアンタのライフポイントは0! オレの勝ちだぜ、イシズ!!」
 嬉々として、自分の勝利に酔いしれる城之内。ギリギリで得られた勝利ほど、人は嬉しいものである。
 …知らぬが仏、とはよく言ったものだ。
「約束だぜ、イシズ。明日の準決勝戦、オレは必ず出る! でもって、アンタの弟もぶっ倒して、目を覚まさせてやるぜ!!」
 そう言うと、城之内は揚々と決闘場を下り、部屋に帰ろうとした。
「…お待ちください、城之内さん……」
 再び、イシズは後ろから城之内を呼び止めた。
「な、何だよ。まだ何かあんのか?」
 勝負には勝ったろうが、と、不服そうに振り返る城之内。
 それに対し、イシズはデッキから一枚のカードを抜き取り、差し出した。
「これを、お受け取りください」
「……?」
 素直に受け取り、それを見る。
 そのカードは、さきほど城之内を苦しめたカード――ギルフォード・ザ・ライトニングであった。
「宜しければこのカードを、城之内さんのデッキ強化に役立てて下さい」
「へ……?!」
 思わぬ発言に、城之内は目を瞬きさせた。
 無意識に、ツバを飲み込む。
 今、城之内のデッキには真紅眼の黒龍がいない。明らかにパワー不足な城之内のデッキに、この新戦力は、ノドから手が出るほど欲しかった。しかし、
「で…でもよ。この決闘はトーナメントの試合じゃねえ。決闘前に、アンティルールの約束もしてなかったし…このカードは受け取れねえよ」
 男はガマン、である。
 城之内の丁重なお断りに対し、イシズは小さく笑んでみせた。
「…別にこれは、アンティカードではありません。このカードは、私があなたを認めた証。私に大切なことを教えてくれた、そのお礼です……」
「……教えた?」
 何のことだか、チンプンカンプンな城之内。
 そんな城之内の様子とは裏腹に、イシズはしっかりと頷いた。
「このカードは恐らく、あなたの戦略に馴染む、私のデッキの中で最も強力なカードです……。明日の決勝トーナメント…このカードも使って、マリクを救い出してほしい…! 私の想いも、あなたのデッキに宿してほしいのです……」
「……!!」
 イシズ真剣な想いは、確かに城之内に伝わった。
 城之内は改めて、その強力な能力値・特殊能力を見た。何とも心強い、強力なカードである。
「よし…! アンタの魂のカード、確かに受け取ったぜ!!」
 そう言うと、城之内は伝説の騎士を自分のデッキに加えてみせた。
「見てろよ、イシズ! オレは明日の決勝トーナメント……絶対に勝つ! でもって、アンタの弟を救い出してみせるぜ!!」
 勢いごんでそう言うと、城之内は今度こそ決闘場を後にした。



終章.並んだ背中

「――で、イシズさんに大見栄きったはいいけど、翌日、マリクさんを倒すどころか、逆に返り討ちに遭い、殺されかけました。めでたしめでたし――と」
 それが、城之内の自称・『伝説の騎士の、聞くも涙、語るも涙のマル秘入手裏話』を聞き終えた杏子の、感想第一声であった。
「……カッコ悪……」
「ぐっ…うっ、うるへ〜っ!!」
 杏子の失礼なからかいに、憤慨する城之内。
「ま、まあまあ、城之内くん」
 それを横から、遊戯が苦笑しつつなだめに入る。
 すでに放課後。三人は一緒に自宅への帰途に着いていた。
「――でもさ、城之内…。そのカード、そのまま貰っちゃっていいワケ?」
「……へ?」
 何気なく、手に持った伝説の騎士を指差して杏子のした指摘に、城之内は目を丸くした。
「だってアンタの話によると、イシズさんはアンティとしてじゃなく、マリクさんをアンタに救ってもらいたくて、そのカードを渡したんでしょ? アンタは結局やられちゃったし、もうマリクさんは救えた…。イシズさんに返してあげた方が良くない?」
「なっ、何ぃぃっ!!?」
 真紅眼に続いて、伝説の騎士を第二の家宝にしようと目論んでいた城之内にとって、寝耳に水すぎる話だった。
「でっ、でもよぉ、杏子、それは……」
 必死の形相な城之内。
 しかし、都合の良い反論が思いつかない。助け舟を求めて遊戯を見やる。
 しかし、当の遊戯はというと、確かに一理あるかも、といった顔をしてしまう。
 ……いきなり追い詰められる城之内。と、そこへ、タイミングを図ったかのように――
「アラ、みなさん。学校帰りですか?」
「ゲッ!?」
 ――背後から、イシズが現れた。
 タイミング良すぎだろ、なツッコミを、即座に心中で入れる城之内。
 世間は、意外とせまいものである。つか、フィクションの宿命だ(爆
 さらにその後ろには、マリクとリシドがいた。
「昨日は本当に、大変お世話になりました。遊戯、杏子さん、それに――」
 城之内の方を向くと、イシズはにっこりと微笑ってみせた。
「私に大見栄きったはいいけど、翌日、弟を倒すどころか、逆に返り討ちに遭い、殺されかけた、カッコ悪い城之内さん♪」
 ことばの刃が、城之内の胸にグサリと突き刺さる。どうやら、後ろから城之内たちの会話が聞こえていたらしい。
 その後、両陣営は、軽く挨拶を交わした。
 しかし、城之内だけは、それどころでなかった。伝説の騎士を手放さねばならないかも知れない恐怖で、汗をダラダラかいていた。
「……ところで、城之内さん」
 イシズに声をかけられただけで、ビクリとする城之内。
 その様子を見ながらイシズは、無言で右手を出してきた。手のひらを上にしたその出し方は、明らかにそのカードを出すことを要求していた。
 堪忍した城之内は、小さくため息を吐き、伝説の騎士のカードを見詰めた。
(…世話になったな、ギルフォード・ザ・ライトニング……)
 心の中でお別れを言うと、名残惜しそうにカードを差し出す。
 しかし、イシズの右手はそれを受け取ることなく、下ろされた。
「フフ……冗談ですよ」
「……へ?」
「そのカードは、あなたに差し上げたのです、城之内さん…。私に大切なことを教えてくれた…そのお礼と言ったでしょう? いまさら返してくれなどと、無粋なことは言いませんよ」
 何を教えたというのか、相変わらず城之内にはチンプンカンプンだった。
 だがその瞬間――、城之内には、イシズが女神に見えたという。
「で…でもよ、ホントにいいのかよ?!」
 希望に満ちた顔で、目を輝かせながら訊ねる城之内。
 ええ、と、イシズは穏やかな笑みで頷いてみせた。
「…! サンキュー、イシズぅ!!」
 城之内は全くはばかることなく、歓喜の叫びをあげた。
「……姉さん、時間は大丈夫なの?」
 伝説の騎士のカードに、いとおしげに頬擦りする城之内をよそに、横からマリクが口を挟む。
「エ…あら、いけない。ごめんなさい、これからエジプト考古局の大切な用事があるのです。ご挨拶はまた改めて、ということで……」
 イシズは一礼すると、踵を返した。マリクとリシドもそれにならい、イシズの後をついていく。
「イシズさん…何だか、バトル・シティの時と、ずいぶん雰囲気が違ったわね」
「ウン…。何だか、とっても幸せそうだった」
 杏子と遊戯は顔を見合わせると、嬉しそうに微笑った。
 …城之内はいまだ、伝説の騎士を手に入れられた喜びに酔いしれていた…。


『ふああ……。よく寝たぜ。ン、ここは……』
 不意に、千年パズルの中から、遊戯だけに聞こえる声がした。
『あ……、もう一人のボク、目が醒めたの?』
 千年パズルからの声の主――もう一人の自分に、同じく、相手にしか聞こえない声をかける遊戯。
『すまない、相棒。今朝からすっかり眠り込んでたらしいな。相棒も疲れてるのに……』
『大丈夫だよ、ボクも授業中、ほとんど寝ちゃってたし…。それより見てよ、もう一人のボク』
『ん…? あいつらは、マリクにイシズ、それにリシドか?』
 もう一人の遊戯は、千年パズルの中から、遠ざかっていく三つの背中を見た。
『…ボク達…バトル・シティで勝って、本当に良かったよね』
『…! ああ、そうだな!』
 さすがは相棒、といったところか。
 もう一人の遊戯は、相棒の言わんとしていることを、寝覚めの頭ですぐに理解できた。
 並んで歩く、三つの背中。
 それはどこから見ても、紛れもなく、幸せな家族のものであった――






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