THE DUELIST GENESIS -明日へ立ち向かう、翼-

製作者:真紅眼のクロ竜さん






傷つく事を恐れなくても

痛みは必ずやってきてしまう

強がりを言っても弱さは隠せない

傷ついた羽根では翔べない事ぐらいわかるよね?

I have a dreams. I can do it.

願いを持つのなら

I believing my heart.

抱えた痛みもいつか強さに変わるよ…



『あったらしーいあさがきったー♪ きぼーのーあーさー♪』
 朝。いつもの時間にフルボリュームで鳴り響く目覚まし時計のメロディ。
 私は最初のメロディで目が覚める。師匠さんは起きない。居眠り大王である。
 部屋の隅にある目覚ましのスイッチを止めて、テレビの上に置く。そして、テレビの上に既に置いてあった五個の目覚まし時計を手に取り、それぞれ1分おきにベルが鳴るよう、5分後スタートにセット。
 それから台所に向かって薬缶に水を入れて火にかける。私の朝の仕事はこれでお終い。
 後は五個の目覚まし時計が時間差で絨毯爆撃のように鳴り響く後まで待てばいい。

 5分後。五個の目覚まし時計は次から次へと鳴りだし、目覚まし時計の弧の中心部にある布団の塊が少しだけ動く。五個目が鳴る頃には、布団から手が伸びて一つ一つ止めて行く。
 そこで私は声をかける。
「師匠さん、おはよう! 朝だよー!」
「………朝かよ。ああ、朝だよな。朝だ」
 布団の塊から師匠さんがゆっくりと這い出て来た後、ちょうど湧き始めた薬缶の火を止めてポットに移す。眠そうな顔をしている割にはちゃんと作業は出来ているのが不思議な所。
「美佳、おはよう。今日はなかなか……わーお、見事な天気」
 師匠さんは窓から見える天気が晴れである事に気付き、眩しそうにそう呟く。どうやら寝るのがまた遅かったのか。
「あー、そうだ。テレビ点けてくれ」
「はーい」
 師匠さんに言われてテレビを点けると、ちょうど朝のニュースのお時間。
 スポーツコーナーで昨日の野球やサッカーの試合の結果が終わった後、場面は切り替わって中継画面へ。
 見慣れた海馬ドームが映っており、どうやら今日はデュエルがあるようだ。
『えー、今日も朝早くから多くのファンが二時間後の開場を待っています。流石、人気の高いデュエリスト同士の対戦と言いますか。そしてそれ以上に! 子供達も大興奮のようです! デュエリストプロリーグのランキング上位のエド・フェニックスと万丈目準の対戦、そしてそのエキシビジョンマッチとしてあのデュエルキングが丸藤翔選手と対戦する事が決定しています! エド・フェニックスと万丈目準はまさしく因縁の対決ですからね、学生の時から何度となく対戦しているまさに宿命のライバル同士という対戦で…』
 レポーターはエド・フェニックスさんと万丈目準さんについて熱く語っているが問題はその前哨戦であるエキシビジョンマッチである。
 プロリーグの試合に於いてエキシビジョンマッチが行なわれる事は少なからずあるが、その場合大抵エンターテイメントが前面に打ち出されている。
 いかに観客とファンを楽しませるか、という事である。もっとも、形式上はエキシビジョンマッチでも真剣勝負の一つとして真摯に戦うデュエリストもいれば常にエンターテイメントを打ち出しながらもデュエルにも真面目に戦うという天才もいる。
 そして今日エキシビジョンマッチでその名前があげられた、デュエルキング。

 なにを隠そう、私の師匠さんの事である。
 宍戸貴明、二八歳独身。十七歳の時に開催された第2回バトル・シティで優勝を果たしてその称号を手にして以来、世界最高のデュエリストとしてその名前を知られるようになった。
 ちなみにデュエルキング以外にもサイバー流師範代という肩書きもある。何でも先代がプロリーグで大スランプを経験した時に当時の師範に「ちょうだい♪」と要求したけど「破門した君にはあげられませんね」と断られたので「おい、デュエルしろよ」と戦い勝利してせしめたもの、だそうである。
 ちなみに先代さんは昔はヒール役として世間を賑わせていたが今は親友共々アイドルとして楽しませているらしい。
 やっぱり師匠さんも不思議だけど周りの人も不思議。

 師匠さんはニュースを見ながらのんびりとコーヒーを飲み、そして一言。
「おっとそうだ、今日は試合の日だった。美佳、お前も来るんだぞ」
「はーい」
 まぁ、今日の試合に関わっている人は皆知人と言っても過言ではない。
 デュエルキング故に顔の広い師匠さんは色んな人と知り合いだ。




 朝ご飯の後、師匠さんが運転する車に乗って街の中心部にある海馬ドームに出発。
 師匠さんはデュエルキングと呼ばれるだけあってデュエルに詳しいが他の話題にも詳しい。観戦中のおやつとして家から持って来たポテチを見た師匠さんは懐かしそうに口を開いた。
「そういや、そのヒゲのおじさんが書かれてるポテチなんだけどな。俺が子供の頃は、おじさんのデザインが少し違ったんだ」
「そうなの?」
「おう。ちょっと口が開いてて眉毛が垂れててな。さながら『食べたかったなぁ…』って言ってるようなデザインでさ、空っぽにするのが気の毒で少し残してたりしてたな。『これはおじさんの分』って」
「なるほど……師匠さん、見掛けによらず優しかったんですね」
「今でも優しいってーの。うちの母さんは滅多にお菓子とか買ってはくれなかったけど滅多に買わないお菓子が殆どそのポテチになったのはいい思い出だ。ま、今じゃおじさんのデザインは可愛くなっちまったけどな。昔のデザインも味があって良かったと思うぜ」
 師匠さんは懐かしそうに呟く。師匠さんは、私と一緒で親が無い。
 厳密に言うと師匠さんは父親の顔は知らずに母親はデュエルキングになる前に亡くなってしまった、との事。私の場合は……まぁ、本当は存命だが無いも同然なだけだ。
 師匠さんがいなければ、私もこの世界から消えていってしまっていたかも知れない。
 三日月型という変わったカタチをした橋を渡ってしばらくすればもう到着。プロリーグ以外にもデュエルモンスターズの主要な大会などは全国各地にある海馬ドームで行なわれるが、それでも決して数はそう多く無いので家の近くに海馬ドームがあるというのは便利だ。
 海馬ドームに到着してからは私は師匠さんにくっついて選手控え室へ。前は師匠さんが席まで連れてってくれたがその度にファンがやってくるので安全の為に選手控え室で観戦する事にしている。
「宍戸君、遅いよー」
「待ちくたびれたぞ。お前と翔の試合が終わらなきゃこっちも始まらん」
「別に慌てなくても試合がすぐに始まったりはしないだろう万丈目……やぁ、宍戸貴明。相変わらず元気そうだね」
 上から丸藤翔さん、万丈目準さん、エド・フェニックスさんである。
 三人ともプロリーグで活躍する立派なプロのデュエリストだ。
「おいーす。どーも、お待たせっと」
「こんにちは」
「やぁ美佳ちゃん! 今日も元気そうだね。よきかなよきかな」
「美佳。翔先輩は幼女が大好きだからお前も気をつけるんだぞ」
「宍戸君、いたいけな幼女に何を吹き込んでるっスか……」
「いや、美佳はもう十三歳だろ。幼女って歳でもないだろ」
 師匠さんの言葉にエドさんが脇から口を挟んだ。
「単にモラルの問題だ。それに、バトル・シティで十四歳相手に『お持ち帰り宣言』をしたのは誰だ?」
「それは雄二だっつーの。勝手に人の所業にするな」
 師匠さんはそう言って笑うと、私の頭を軽く叩く。
「ま、今日は美佳にも付き合ってもらうけどな」
「付き合うって何を?」
「デュエル」
 師匠さんは平然とした顔で言い放つ。
「え? ええ!?」
「今日のエキシビジョンマッチはちょっと趣向を凝らしてあるんでな。お前も参加してもらうのさ。心配するな、デッキは持って来てるだろ?」
「うん」
 まぁ、ちゃんとデッキは持って来ている。だが、相手がプロのデュエリストの翔が確実にいるという事になる。
 勝てるかどうか、いや、勝てる確率どころかまともに戦えるのだろうか?
「おいおい美佳、何も怖がる事は無いぞ。今回のデュエルは2対2の勝ち抜き形式なのさ。先鋒が負けても二人目が残り二人を倒せば問題ない」
「………」
 それって、私が先鋒に入れば最初から戦力としてアテにされてないのだろうか。
 まぁ、プロデュエリストに勝てるような実力が無い事ぐらい解ってはいるが。
「……で、翔先輩。翔先輩の相方は誰だっけ?」
「もうすぐ来るっスよ。ほら」
 翔さんが手で示した時、ちょうど選手控え室の扉が開いて体格の大きい男性が入って来た。
「むぅ、一番遅かったかも知れないドン」
「…………ティラノ剣山、だっけ、か?」
「翔先輩、いきなりデッキもって海馬ドームに来てってどういう事ザウルス、仕事放り出し……あ、サンダー先輩もいたんだドン」
「万・丈・目、さんだ! ……おい翔。お前仕事中に呼び出したのか? 剣山は今化石の発掘で忙しいんじゃなかったのか? そもそもプロデュエリストでも無いだろ」
 体格の大きい男性――――ティラノ剣山さんはどうやらプロデュエリストでは無いらしい。だが、デュエリストであるのはデュエルディスクを点けている事からちゃんと解る。
「いいじゃない、エキシビジョンマッチだし。美佳ちゃんだってプロじゃないし」
「まぁ、そうだが……」
 万丈目さんもそれ以上何も言わないのか、黙り込む。
「美佳ちゃん紹介するよ。ティラノ剣山、僕と万丈目君の一年後輩だったんだよ。見掛けはこれだけど凄くいい人だよ」
「よろしくお願いします」
 剣山さんは翔先輩に言われてようやく私とデュエルする事に気付いたのか、嬉しそうに頷いた。
「悪いけど、手加減しないザウルス!」
 大人って時々汚いと思う。





『皆様、お待たせ致しました。ただ今より、エキシビジョンマッチ、丸藤翔とデュエルキング宍戸貴明の対戦を始めたいと思います』
 アナウンスとともに、海馬ドーム全体が拍手で湧いた。
 その拍手が、いつもとは何か違うように思えた。
 私が小さく身震いすると、師匠さんは笑いながら肩に手を於く。
「心配するな、いつも通りにデュエルすればいい。ただ、ギャラリーがたくさんいるかいないかの違いさ」
『本日のエキシビジョンマッチは趣向を凝らしまして、それぞれ一人ずつのチームメイトを連れてのタッグマッチとなっております。皆様、盛大な拍手で選手達をお迎えください』
「…出番だ、行くぞ」
 師匠さんに促されて、門をくぐる。
 盛大な拍手が巻き起こり、翔さんはともかく剣山さんも照れているのか、頭を掻きながらも一歩一歩進んで行く。
『まずは、丸藤翔のチームメイト、ジュラ紀・白亜紀などの恐竜研究に於いて高い功績を持つ王真大学講師、寺野剣山さんです! 学生時代はデュエル・アカデミアを首席で卒業したほどの腕前を持っています!』 「剣山だ剣山だー!」
「お前の帰りを待ってたぞー!」
 周辺から多くの歓声の中に、剣山さんの事を懐かしむ声があったからきっと剣山さんはその将来を期待されていたのだろう。
「来たからには、負けるつもりはないザウルス!」
『続きまして、デュエルキング宍戸貴明のチームメイト、デュエルキングが最初にして最後の弟子だと言い切る立花美佳ちゃんです! 十三歳にしてその腕前は未だ未知数! しかし! その愛くるしさに早くも万丈目選手がメロメロです!』
「勝手に付け加えるな! ……まぁ、否定しないが」
「万丈目さん!?」
 思わず驚いた時、歓声が一斉に爆発した。
「可愛いー!」
「頑張れー! 二人まとめて倒したれー!」
「デュエルキングもそのまま倒したれー!」
「今ここでファンクラブ作らせろー!」
 なんか、凄く不穏な言葉が聞こえた気がする……。
 だけど、私に向けられた、私の為に向けられたこの歓声を受けた時。
 なんというのだろうか、心が震えた気がした。

 そう、なんというか。
 ドームにいる全ての人の注目が自分に向いている。
 数えきれない数の人なのに、それでも全世界の何百万分の一にも満たない人数。
 でもそれなのに。
 ああ、そうか。初めて理解した。

 たった一度でもいい、これだけの人でもいい、期待されたい、見てもらいたい。
 そう思う衝動があるから、皆どこかを目指すんだ。

「……えへへ。頑張ります」
 手を軽く振りつつそう答える。
 歓声がもう一度だけ爆発し、アナウンスがもう一度流れる。
『それでは、デュエルを始めたいと思います。ルールは、ライフポイントは4000。前衛を倒されたら後衛に交代し、勝利した前衛はライフポイント、フィールドを引き継いでデュエルを行ないます。後衛が倒されたら敗北で、デュエルは終了です。では、両チーム、前衛を残して下がって下さい』
「つーことだ。行ってこい」
 師匠さんは私の頭を撫でると、ステージの隅へと下がって行く。
 翔さんも剣山さんを残して下がって行き、前衛はどうやら私達二人のようだ。
「えーと……よろしくお願いします」
「負けないドン。全力で来るザウルス」
 剣山さんは悪戯っぽく笑うと、距離を取った。

 デュエルが、始まる。

「「デュエル!」」

 立花美佳:LP4000 ティラノ剣山:LP4000

「先攻はもらうドン! ドロー!」
 最初は剣山さんのターン。ティラノ、というあだ名から恐らく使用するデッキは…。
「キラーザウルスの効果を発動! このカードを墓地に送って、デッキからジュラシックワールドを手札に銜えるドン!」

 キラーザウルス 地属性/星4/恐竜族/攻撃力1800/守備力1100
 手札のこのカードを墓地に捨てる。
 デッキから「ジュラシックワールド」1枚を手札に銜える。

 ジュラシックワールド フィールド魔法
 フィールド上に表側表示で存在する恐竜族モンスターは攻撃力・守備力が300ポイントアップする。

「そして、フィールド魔法、ジュラシックワールドを発動! 恐竜さん達の楽園だドン!」

 一瞬にして、フィールドが切り替わった。
 過去の、大自然の太古の時代。まさしく恐竜が闊歩する時代に飛ばされた来たようにも見える。
 モンスター強化のフィールド魔法と、くればこの後に来るのは……。
「猛進する剣角獣を攻撃表示で召喚する! ターンエンドン!」

 猛進する剣角獣 地属性/星4/恐竜族/攻撃力1400/守備力1200
 守備表示モンスターを攻撃した時、このカードの攻撃力が守備力を越えていれば相手に戦闘ダメージを与える。

 猛進する剣角獣 攻撃力1400→1700

「さて、美佳ちゃんのターンだドン」
「え、あ、はい」
 恐竜族デッキの使い手は初めて見た。正直、その速度の速さと恐竜の大きさに圧倒されかけたが、このデュエルを負けるとは思っていない。
 だって、剣山さんに恐竜がいるように、私にもついているモノがいる。
 自信を持って、前に進め。
「私のターン! ドロー!」
 早くも、それは来ていた。
「……行きます! 手札に存在する、WF-急襲のフォックスハウンドの効果を発動!」

 WF-急襲のフォックスハウンド 風属性/星5/鳥獣族/攻撃力2000/守備力1200
 自分フィールド上にモンスターが存在しない時、手札を1枚捨てる事でフィールド上にこのカードを特殊召喚する。

 WF。その名の通り、白い翼を駆って敵を追いつめて行く鳥獣。
「ホワイトフェザー……初めて見るカードだドン」
「その白き翼を駆り、敵を追いつめ、そして最後まで折れない心がこのカードの目印! フォックスハウンドの効果発動! 自分フィールド上にモンスターが存在しない時、手札を1枚捨ててこのカードを特殊召喚できる!」
 狐を狩る猟犬、という名を持つ翼がフィールドへと舞い降りる。
「攻撃力は2000……剣角獣の攻撃力を上回り、リバースカードは無い!」
 そう、だから何も恐れずに攻撃する事が出来る。だが、それでは終わらない。
「まだ、通常召喚の権利が残っています……私は、WF-雷光のビゲンを召喚!」

 WF-雷光のビゲン 風属性/星2/鳥獣族/攻撃力700/守備力1000
 このカードが戦闘で破壊された時、デッキから「WF」と名のつくレベル4以下のモンスター1体を手札に銜える。

 これで2体。
 ひとまずは安心だが、相手だって黙ってはいないだろう。次のターンから繰り出して来る何かに備えるべきか、それとも奪えるだけ奪っておくか。
 師匠さんだったら「自分を信じろ。奪える時に奪っとけ」と言いそうだけど、師匠さんの言う事を全て鵜呑みにした所で、変わるものは何も無い。
 デュエリストなんて生き物は、十人十色。
 師匠さんは口を酸っぱくして私に言っている。明確な教科書なんて無い、人によって違うデッキがあるし、違う戦術がある。
 それを探したり理解するのは結局デュエリスト本人なので、教科書みたいなものなんてのをアテにするなと言っている。
 まさにそのとおり。だからこそ、私はこのカードを選んだ。

「フォックスハウンドで、剣角獣を攻撃! スピアタックル!」

 だから、戦って倒せ、奪えるだけ奪え!

 猛進する剣角獣が破壊され、フィールドから姿を消した。

 ティラノ剣山:LP4000→3700

「続けて、雷光のビゲンでダイレクトアタック! サンダー・ストーム!」

 ティラノ剣山:LP3700→3000

「……ふぅ、驚いたドン。下手に気を抜いたら、秒殺されそうだドン……ここは、本気で行くしかないザウルス!」
「カードを1枚伏せて、ターンエンド!」
「ドロー!」
 剣山さんはカードをドローし、そして即座に言葉を続ける。
「恐竜さんの力は、その攻撃力ザウルス……今から、それを教えてやるドン!」

「魔法カード、ダイノ・エンチャンターを発動!」

 ダイノ・エンチャンター 永続魔法
 1000ライフポイントを支払う事で、手札に存在するレベル5以上の恐竜族モンスター1体を生贄無しで召喚可能。
 このカードの効果で召喚されたモンスターがフィールド上に存在する限り新たにモンスターを召喚する事は出来ない。

「ダイノ・エンチャンターは1000ライフポイントを支払う事で、手札の上級の恐竜さんを召喚するカードザウルス! ただし、この効果で召喚されたモンスターがフィールド上にいる限り新しくモンスターは召喚できないザウルス……でも、それだけで充分だドン! この効果で、暗黒恐獣を召喚!」

 ティラノ剣山:LP3000→2000

 暗黒恐獣 地属性/星7/恐竜族/攻撃力2600/守備力1800
 相手フィールド上に守備表示モンスターしか存在しない時、このカードは直接攻撃を行なう事が出来る。

 暗黒恐獣 攻撃力2600→2900

 フィールドに、巨大な黒の恐竜が降り立った。
 暗黒恐獣……そう言えば師匠さんから聞いた事がある。劣勢に立たされた時、守備表示でモンスターを配置しがちだけど、その中で一番怖いものがある。
 守備モンスターを必ず破壊する効果持ちか、もしくは守備モンスターを飛び越えて攻撃してくるモンスター。そのどちらかだと。
 そう、まさに暗黒恐獣は守備モンスターを飛び越えて攻撃してくるタイプ。
 まだ守備モンスターがいなくても、フィールドに出ている2体では抑えきれないのは事実。
「暗黒恐獣の攻撃! 雷光のビゲンを、倒させてもらうドン!」
 声とともに、強烈な一撃がビゲンを襲う。
 白い小さな白鳥は無惨にも鮮血に染まり、黒い恐獣の牙にかか…る寸前で、その姿が消えた。
「姿が消えた!?」
「手札の、WF-凍空のファルクラムの効果、発動!」

 WF-凍空のファルクラム 風属性/星3/鳥獣族/攻撃力1500/守備力300
 自分フィールド上に存在する「WF」と名のつくモンスターが相手モンスターの攻撃対象になった時、発動可能。
 対象となったモンスターを手札に戻し、このカードをフィールド上に攻撃表示で特殊召喚する事で攻撃対象をこのカードに変更する事が出来る。

「フィールド上のWFが攻撃対象になった時、対象とこのカードを入れ替える事で攻撃対象をこのカードに変更出来る!」
「だけど、暗黒恐獣の攻撃は停まらないドン!」

 ビゲンに変わってフィールドに降り立った燕(ファルクラム)は先ほどビゲンが辿る筈だった運命をたどり、霧散消滅した。

 立花美佳:LP4000→2600

 ライフポイントを600ポイント分、多く助かった。
 身代わりにファルクラムを失ったが、まだフィールドにはフォックスハウンドが残っているし、剣山さんは暗黒恐獣が残っている間、新たなモンスターを展開出来ない。
「ターンエンドン!」
「私のターン……」
 ドローをしようとしたその時、ふと気付いた。
 注目が集まっている。否、私だけを見ている人がいる。

 それも、恐ろしい目で。

 海馬ドームで行なわれているエキシビジョンマッチという場所に相応しく無い、目で見ている人がいる。
 ……わかる。そう、わかってしまう。私には。
 人の悪意に晒されてたから?
 いや、今はそれは気にするな。
 今は、こっちに集中するべきだ、こっちに……。
「美佳ちゃん、大丈夫ザウルス? 顔色悪そうだドン」
「平気……やれる」
 そして、デッキからカードを引く。
 顔色が悪いのも多分嘘じゃないと思う、視界が少し歪んで見える。
 でも、まだ立っていられる。
「ドロー……この瞬間、ドローしたカードを捨てる事で、手札のWF-俊速のハリアーの効果を発動」

 WF-俊速のハリアー 風属性/星2/鳥獣族/攻撃力900/守備力800
 ドローフェイズ時にこのカードが手札に存在する時、ドローしたカードを捨てる事でこのカードを手札から特殊召喚する事が出来る。
 この効果での特殊召喚に成功した時、このカードの攻撃力は500ポイントアップする。

「……ドローしたカードを墓地に捨てて、俊速のハリアーを特殊召喚!」

 白い翼を持つ、小さな鳥が舞い降りる。しかし、その素早さならどの相手よりも早い。
「暗黒恐獣の攻撃力は2900、この二体ではまだ及ばないドン……でも、それで終わりそうには無いザウルス」
「その通り―――ハリアーとフォックスハウンド、フィールドに2体が揃う事で、リバース罠、ゴッドバードアタックを発動!」

 ゴッドバードアタック 通常罠
 自分フィールド上に存在する鳥獣族モンスター1体を生贄に捧げて発動する。
 フィールド上に存在するカード二枚を選択して破壊する。

「この効果で、ハリアーを生贄に捧げる事で、ダイノ・エンチャンターと暗黒恐獣は破壊されます!」
「あ、が……!」
 ハリアーが墓地に消え、剣山さんのフィールドに存在する二枚が破壊される。
 これで、彼を守るカードは無い為、フォックスハウンドの直接攻撃に晒される。
 そして、その攻撃力は2000。
「フォックスハウンドで、剣山さんにダイレクトアタック!」
「あちゃー!」
 フォックスハウンドがその突進力を活かした一撃をぶつけ、ライフポイントを削りきった。

 ティラノ剣山:LP2000→0

「やった!」
 小さくVサインを決めると、観客達が一斉に歓声をあげる。
「よくやったー! あの剣山を倒すなんて大したもんだー!」
「可愛くて強いは正義よー!」
「是非とも俺と結婚しよう」
 ……何か不穏な単語が聞こえたけど聞こえなかった事にしよう。
 でも、ともかく。
 剣山さんを倒した!
「流石だドン! 美佳ちゃんは立派なデュエリストザウルス! 後は翔先輩に任せるドン」
「任されたよっと。さて」
 剣山さんと交代するように翔さんがフィールドに降り立つ。
「悪いけど、プロとしてのプライドにかけて全力でいかせてもらうよ」
「受けて立ちます! 師匠さんの名にかけて!」
 とはいったものの、ライフポイントは削られているしフィールドにはフォックスハウンドのみ。
 それに、翔さんもなかなかの腕前のデュエリストだ。
 おいそれと、終わらせてくれる筈が無い。
「僕のターン。ドロー!」
 デュエルは続く。

 立花美佳:LP2600 丸藤翔:LP4000



「うーむ……」
 宍戸貴明は、美佳のデュエルを見ながら何となく考えていた。
 ゴッドバードアタックで除去して殴る、というのは鳥獣族使いの基本だ、とかつてプロデュエリストだったという女性は言っていた。
 まぁ、実際美佳の戦法はフォックスハウンドで奇襲をかけ、もう1枚、下級モンスターを並べて盾とし、稀にゴッドバードアタックのコストとして使用してフォックスハウンドで殴る。
 決して間違ってはいないが相手モンスターや魔法・罠の数がゴッドバードアタックで対処出来る数を越えてしまえば対応出来ない。
 例えモンスターを破壊したとて、モンスターが1体以上。しかも攻撃力2000以上が残ればフォックスハウンドでは手も足も出ない。
 WFがBFと違う点は打撃力の差で、その点に置いてはWFは圧倒的に劣る。
「まぁ、俺とか雄二みたいに相手を殴る事しか考えてなかったら戦略としてキツいもんなー」
 貴明がそう言って笑う。
 懐かしい親友の事を思い出す。今、彼はどこで何をしているのか知らないけれど、でも一つだけ信じている事は。
 いつだって、きっと彼は何処かにいるという事だ。
 そう、例えば……。
「で、お前は幼女を弟子にとって何をしているのかね、デュエルキング?」
「噂をすればなんとやら、か? お前は本当にどこからでも来るな」
 貴明が呆れていると、黒衣を身に纏った、少なくとも11年前から全く容姿の変わっていない親友は力なく笑った。
「しょうがねぇだろう。そういうモンになっちまったのさ。で、だ」
「なんだ? お前がいるっつー事はまたなんか起こったのか?」
「おう」
 貴明の問いに彼は笑う。
「厄介な奴がココに潜んでいるみたいだぜ」
「厄介な奴? どいつだ?」
「始まりはいつも突然だった……時は遥か千年の昔、どこぞの王国で王様の相談役として仕えていた時の事、カード魔神がやってきました」
「いきなり変な話だなオイ」
 貴明の言葉に彼は構わず続ける。本当だろうと嘘だろうと平気で喋る男である。
「カード魔神は王国の総力を結集したデュエルで倒したはいいが問題はカード魔神の手下、その名をオネイロスといった。知ってるか? ニュクスの息子でヒュプノスやタナトスとは兄弟に当たるギリシャ神話の神様の」
「夜の子供が死と眠りと夢の兄弟ってのも変だけどな……で、そいつがどうかしたのか?」
「ヒュプノスやタナトスも本当は一緒に逃げ出したらしいんだけど誰かがぶっ倒したらしくて見つからなかった。だから残るはそいつだけ」
「ふぅん。じゃあさっさと済ましてくれや。美佳をそんな事に巻き込みたくはねぇし」
「バカ。それで済んだらわざわざお前ん所にも姿現したりはしねぇ。ここに潜んでるっぽいからわざわざ来てんの」
 彼の言葉に、貴明は思わず固まった。
「お前なぁ……なんでわざわざそんな事をしにくるのかね」
「冗談だ。流石にカード魔神云々ってのはたった今思いついた」
「……冗談かよ」
 貴明は息を吐く。
 まだ若いし、美佳を引き取って数年とはいえ、自分の子供と擬似的に思えるぐらいにはなってきた。そう、それだからこそ大切に思えてしまう。
 或いは、親に見捨てられた彼女を、親を失った自分を支えてくれた友人達のように支えになってやりたいと思ったのかもしれない。
 だからこそ。
 かつての自分達のように、壮大すぎる運命なんざには巻き込みたく無い。
 あれだけの大きな所業で支払った代償は大きすぎたのだから。
「まったく、平和が一番だっつーの。あー……和むなぁ」
 貴明はそう呟いた後、ふと気付いた。待て、何か引っかかる。
「おい」
「なんだ貴明?」
「今、お前カード魔神云々は冗談って言ったよな?」
「ああ」
「……で、そのニュクスの息子の三兄弟は?」
「ああ。本当の話だよ? そうでもなければ来てないって今言ったぞ?
 親友は肩を竦めつつ言い放つ。前から思っていたがこの親友は時々重要な事項ですら平気で茶化してしまうという悪い癖がある。
 肝心な所で詰めが甘くてドジを踏むという悪い癖も会わせればこのダブルコンボでどれだけの窮地に陥って来た事か。
「……お前、いっぺん表出ろ。シメるぞ」
「心配するな。出て来る素振りが出て来たら速攻で噛み付いてやるから」
「少なくとも会場の連中は巻き込むな……よ?」
 貴明がその気配に気付いた時には、もう遅かった―――――。

 そこには、巨大な砦が鎮座しようとしていた。





 強烈な衝撃の後、視界は闇に包まれた。
 ステージから大きく飛ばされた後、何処かに叩き付けられたまでは解ったけど、何処かは解らない。
 明るかったステージは暗闇に包まれ、数メートル先も見えない。
「……いつつ」
 身体を起こしてみる。怪我が無いか、慎重に触って確かめてみる。大きな出血とかは無さそうだ。
 ついでに痛みもしばらく待っていると引いて来たので、さほど重傷では無さそう。
 だが、そこで私は気付いた。
 あれだけ歓声に包まれていた海馬ドーム全体が静まり返っている。ただ、照明が落ちただけならもっとざわめきとかだって聞こえる筈なのに。
 それなのに、まるで時間が止まったかのように、静まり返っている。ぞっとするほど。
「……え?」
 そして、それと同時に。
 凍り付くような寒気が、周囲を覆っていた。誰の気配も感じられない。人がいない。
 怖い。
 純粋にそう感じた、身震いする。寒い。怖い。

 私が立ち上がった時、目の前に、何かが鎮座していた。
 いや、何か、というより、誰かというのが正しいのだろうが、何か、としか言いようが無かった。
『…気がついたか?』
 人のカタチをした其れは、ゆっくりと口を開く。
 全身真っ黒。闇に溶けたような其れは、額についた七つの目玉とその下についた歪んだ口を動かして私を見た。
 こいつだ。
 間違いない、さっきからの視線はこいつだ。こいつが原因だ。
『永い間、この世界に潜んでいたが、ようやく出会った』
「…………」
『お前のような人間にだ』
 其れはニヤリと口をゆがめて笑う。
『我が名はオネイロス』

『我、この世界を変えようとするもの』

「世界を…変える……」
 私がその言葉を理解するより先に、其れは言葉を続ける。
『是。かつてこの世界には夜があった……そう、一人の夜が神に近づいた時の事だ、神は其れを否定し、奪い去った。しかし夜には子供がいた。死、眠り、そして……夢』
 自分自身の事を差しながらそれは笑う。
 オネイロスという名前はなにかの本で見た事がある気がする……なんだっけ。
『夜の願いを叶える為に我らは世界へと散った。しかし……我が醒めた時にはもう死も眠りもいなくなっていた』
「………何を言ってるのか解らない、けど……何か、怖い」
『当然だ。夜が望む世界は』
 オネイロスと名乗った其れはそこでニヤリと笑った。
『己が神に。そして、かつて地上を追い出された仲間達を戻す為の戦いなのだから』
「地上を、追い出された……仲間達?」
『人がこの太陽の下を歩く前に行きて来たもの達……我らはその生き残りよ。そして、我らの代わりに貴様らを地底へと葬る為に我はここにいる!』
 オネイロスの叫びが、一瞬で私の全身を駆け抜けた。
 寒気がする。怖い。今すぐ逃げ出そう、そうだ。師匠さんがこの暗闇の何処かにいる。助けを求めなきゃ、助けて。
 いつの間にか、またステージにへたりこんでいた。
 立て、立たなきゃ。逃げなきゃ。足に力が入らない。言う事を聞け―――言う事を聞いて!
『恐怖で立つ事も出来ないか?』
 オネイロスはあざ笑い、一歩近寄る。
 手が伸びてくる――――何をされるか解らないけど、恐怖だけは感じた。
 純粋に怖いというだけは――――だから私は―――――。
「――――っ!」
 咄嗟に手で弾き、這ってでも逃げるべく、両腕で逃げる。
 だが、オネイロスは顔色一つ変えなかった。
『たとえ恐怖で怯えていようと、身を守る意志は残ってたか。ますます面白い』
 オネイロスはそこでふと視線を周囲へと向けた。
『ふむ。うるさい外野がいそうだな。ここはお前を使うか』
 オネイロスの腕が伸び、私の首へと架かった。
 そのまま腕が一周して文字通り太い蛇のように、ぎゅうぎゅうと締め上げて来る。
「っ!」
 抵抗しようにも、腕を掴むのが精一杯。
『外のお前らは手を出すな。無惨に殺されたく無かったらな』
 しばらく締め上げた後、急に拘束がほどける。
 苦しかった。
『死への怯えはあるか。否、死への恐怖を、前にも覚えがあるようだな……』
 オネイロスの手が暗い黄緑色の私の髪に触れてからオネイロスはそう言い放ち、数歩距離を取る。
『死は、怖いか?』
 ……怖い。
『ならばそれで良し。我がこの世界を支配するのにちょうど良い依り代が必要でな。貴様のような心の持ち主はまさにぴったりだ』

『理由は何故か? 第一に動きやすい身体であること、第二にお前の中に渦巻く感情の一つに恐怖があること、そして第三にお前は一度絶望を見て来ているという事だ』

『一度でも絶望を見た人間はまた絶望を見たく無いと怯えるようになる……そう、その恐怖こそ我らが最も操りやすい人となるのだ』

『理解したか? 己の親に殺されかかった、立花美佳?

「美佳っ! そいつの言葉を聞くな! 耳を塞げ!」
『余計な事を言うとこいつを殺すぞ! こいつの命は最早我の手の中、貴様ら如きに手出しはさせん!』
「っ……」
 師匠さんの声が聞こえた。
 そうだ、こいつが何を言おうと聞こえない。聞こえない、聞こえないったら聞こえない!
 オネイロスがもう一度腕を伸ばそうとしたが、今度はちゃんと足が動いた。いや、もう動ける。
 私は、しっかりと両足で立つと走り出そうとして――――強烈な腕の一撃を受けた。
「がっ…!」
『我から逃れようとするか……だが、逃げ場など無いぞ?』
 オネイロスが笑った。そう、逃げ場なんてない。だけど。
 でも、どうする。
 落ち着け……まずは深呼吸。そして、次にやるべき事は…。

「師匠さん!」

 叫んだ。
 オネイロスが動こうとし、闇の向こうで誰かが叫ぼうとしている。だが、無視する。

「師匠さん! 私は、私は、大丈夫だから!」
「大丈夫って、お前……今助ける! 待ってろ!」
「大丈夫!」
 師匠さんの言葉に、私はそう返答する。
 そうだ。
 世界を変えるだなんだと言ってもそれは所詮自分の為、小物といったら小物のようなもの。
 怖い相手かも知れない、でも。

 私は知っている。
 私が今迄師匠さんから何を学んで来たのかを。
 私は知っている。
 師匠さんが私に隠している事、師匠さんが色々な戦いを経て、デュエルキングとして立っている事を。
 私は知っている。
 師匠さんが歴史にその名前を語られない英雄である事を。だからこそ。

 私はそんな師匠さんの弟子として、大切な事を思い出す。


 デュエリストに大切な三つのコト。
 どれだけ劣勢でも最後まで諦めない、折れない心。
 暴虐で残酷な悪に打ち倒す、強靭な力。
 私は、その二つを持ち得ないのかも知れない。
 でも、最後の一つだけなら、持っていると信じている。否、それだけを学んで来たと言い切れるだろう。

「デュエリストに大切な三つのコト、どんなピンチにも諦めない心、相手を打ち倒す強靭な力、そして最後に――――戦う相手に立ち向かう、ほんのちょっぴりの勇気」

 その、ほんのちょっぴりの勇気を、後押ししてくれる仲間達がいる。
 折れない心も強靭な力も無いけれど、白い翼には勇気が込められているから!

「………行くよ、オネイロス。えーと……あーゆーれでぃー?」
 闇の向こうで「それは俺の台詞だ!」という声が聞こえた。
 まぁ、実際師匠さんが優勝した第2回バトル・シティのDVDに出ていたデュエリストさんの決め台詞なんだけれど。
 ちょっとカッコいいから使ってみたり。
『……ハハハハハハハハハハハハハハハ! 面白い! 貴様が我に挑むか! いいだろう、貴様の身体を貰い受けてやろう! 夢の王、オネイロスが貴様を醒めない夢へと堕としてくれよう!』


 デュエルが、始まる。






 美佳の言葉に、貴明は思わず返事が出なかった。
 そんな貴明を見て彼の親友は「まぁ無理もねぇわな」と思う。
 あの永い死闘の後、貴明は結構変わった。まぁ、人に優しくなった、と言えばアレだがなんというのだろう、共に戦った仲間達以外の人間には例え頼まれたとしてもあの死闘の話だけはしなかったらしい。
 その時に彼はいなかったのだが、彼はどこにでもいつにでもいるので話を聞くぐらいは出来る。
 そして貴明が弟子を取ったのは貴明の師匠の真似かと思えばどうやら違うらしく、複数人ではなく一人だけ、しかも同居で子供の様に面倒を見ている事。
 だけど彼女が辛い想いをしてきたのを知っているから、余計に辛い想いをさせまいとデュエルキングである事以外は殆ど喋っていなかった事。
 ただ、美佳ちゃん自身は知っていた。
 貴明の姿勢から学び取った事を、自らに活かそうとしている。その幼い身体に、出せるだけの勇気を載せて。

 彼は思う。
 頑張れよ、美佳ちゃん。応援してるぜ、と。

「な、なぁどうしよう……美佳を早く助けなきゃ」
「貴明、お前少し落ち着け。美佳ちゃんがデュエルしている間にとりあえず助ける方法探すぞ」





 立花美佳:LP4000 オネイロス:LP4000

「「デュエル!」」

 闇に包まれ、静寂が支配する世界で、デュエルが始まる。
「私の先攻ドロー!」
『フッ……無駄に足掻くがいい』
「無駄かどうかは、私が決める! WF-猛毒のホーネットを攻撃表示で召喚!」

 WF-猛毒のホーネット 風属性/星4/鳥獣族/攻撃力1600/守備力1900
 このカードが戦闘で破壊された時、相手ライフポイントに800のダメージを与える。
 更に自分のデッキから「WF-猛毒のホーネット」を一体、フィールド上に特殊召喚できる。

 ホーネット。
 スズメバチの名前を持つその鳥は、自らの命を引き換えに毒を放つ。
 そして仲間を呼んで、主を守る。
「ターンエンド」
 守備力の方が高いが敢えて攻撃表示にしたのは相手の出方を見るため。
 少なくとも、相手が何を狙って来るかは解らないので様子を見なくてはいけない。
『我のターン。ドロー……Hum』
 オネイロスは何かを考えているようだ。
 腕から文字通りデュエルディスクが生えており、そこから更にデッキを引いている。
 少し、グロテスクに見える。
『ジェネティック・ワーウルフを攻撃表示で召喚』

 ジェネティック・ワーウルフ 地属性/星4/獣戦士族/攻撃力2000/守備力100

 フィールドに遺伝子強化された獣戦士が降り立ち、その腕を振り上げる。
 四本もの腕を振り上げ、ホーネットを威嚇する。
『ワーウルフの攻撃……ホーネットを蹴散らせ』
 ジェネティック・ワーウルフの攻撃が猛毒のホーネットの首を引きちぎった。
 ダメージ覚悟で突っ込んで来るとは、流石である。
「くっ……」

 立花美佳:LP4000→3600

 直後、痛みが走った。
「腕……?」
 左腕に走った痛み。よく見ると、左腕の1部がまるで闇に溶けたかのように消えてなくなっていた。
「え……嘘、私、手…」
 闇から手首から先が浮遊しているというのも何ともおかしな話だが、腕が無い。
『フッ……貴様のライフが削られる度に、貴様の身体の1部を我が貰い受ける。貴様のライフが尽きた時には貴様の肉体は我のものよ』
「…………」
 ライフが減る度に痛みとともに身体が少しずつ削られて行く。
 あまり気持ち良く無いけど、それでも……ぐっ、と唇を噛み締めて我慢する。
「ホーネットの効果で、ホーネットが戦闘で破壊された時、相手のライフに800ポイントのダメージを与え、デッキからもう1枚ホーネットを特殊召喚できる!」

 WF-猛毒のホーネット 風属性/星4/鳥獣族/攻撃力1600/守備力1900
 このカードが戦闘で破壊された時、相手ライフポイントに800のダメージを与える。
 更に自分のデッキから「WF-猛毒のホーネット」を一体、フィールド上に特殊召喚できる。

『ぬぅ…』

 オネイロス:LP4000→3200

『カードを1枚伏せて、ターンエンド』
「私のターン! ドロー!」
 フィールドには攻撃力2000のジェネティック・ワーウルフがいる。
 ならば、こちらは2000以上の打撃を与えるのみ。
「猛毒のホーネットを生贄に捧げ、WF-蒼海のバイパーを召喚!」

 WF-蒼海のバイパー 風属性/星5/鳥獣族/攻撃力2200/守備力1300
 このカードの召喚・反転召喚に成功した時に発動可能。
 手札に存在するレベル3以下の「WF」と名のつくモンスター1体をゲームから除外する事でそのカードの攻撃力分、このカードの攻撃力がアップする。

 蒼い模様を纏う白鳥が舞い降りた。
 蒼い海を背に守る、白き翼は全てを守る空の盾。

「頼りにしてるよ」
 私の呟きに、バイパーは任せておけとばかりに鳴いた。
 いい返事だ。
「蒼海のバイパーの効果、発動! 手札のレベル3以下のWFをゲームから除外することでそのカードの攻撃力を得る事が出来る! 私は、雷光のビゲンを除外!」

 WF-雷光のビゲン 風属性/星2/鳥獣族/攻撃力700/守備力1000
 このカードが戦闘で破壊された時、デッキから「WF」と名のつくレベル4以下のモンスター1体を手札に銜える。

 ビゲンの攻撃力は700ポイント。
 何故ビゲンかというとビゲンしか手札に無かったからだが、仕方ない。

 WF-蒼海のバイパー 攻撃力2200→2900

「これでバイパーの攻撃力は2900……最上級モンスター並の攻撃力なら、ジェネティック・ワーウルフを倒せる! バイパーの攻撃!」
 蒼海のバイパーは翼を大きく広げて体当たりを敢行する。
 しかし相手はオネイロス、ただで済む筈が無い。
『愚か者め! リバース速攻魔法、収縮を発動!』

 収縮 速攻魔法
 フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択して発動する。
 選択したモンスターの元々の攻撃力はエンドフェイズまで半分となる。

『この効果でバイパーの元々の攻撃力が半分、増加分を合わせたとしても及ばぬ!』
「!」
 リバースカードを警戒していなかったせいだ。これはいけない。
 だが、既に攻撃宣言はなされた後。

 蒼海のバイパー 攻撃力2200÷2+700→1800

 バイパーはワーウルフの返り討ちに会い、あっさりと姿を消した。
 そして更に、ライフは削られる。
「っ……!」

 立花美佳:LP3600→3400

 左腕が更に消えかかっていく。痛みを伴って。
 さっきは一瞬のようだったが、今度は痛みが引かない。痛い。痛い。痛い。
『苦しいか? フフフ…』
 苦痛。暗闇の中で、痛みと嘲笑が響く。
「ターン、エンド…」
 とにかく、今は何も出来ない。ターンエンドするしかない。
『我のターンだ。ドロー。魔法カード、高等儀式術を発動』

 高等儀式術 儀式魔法
 手札の儀式モンスター1体を選択し、そのカードとレベルの合計が同じになるように自分のデッキから通常モンスターカードを選択して墓地に送る。
 選択した儀式モンスター1体を特殊召喚する。

「高等、儀式術」
 高等儀式術。儀式魔法の一つだとすると、何の儀式モンスターが出てくるのか。
 いいや、違う。確か儀式魔法の中で……。
『高等儀式術の効果により、我はハウンド・ドラゴン、マーダーサーカス・ゾンビ、ヘルバウンドを墓地に送る』
 高等儀式術で通常モンスターを墓地に送り、それを蘇生して並べる戦術があるという。
 なら、それを狙ってくるに違いない。

 ハウンド・ドラゴン 闇属性/星3/ドラゴン族/攻撃力1700/守備力100

 マーダーサーカス・ゾンビ 闇属性/星2/アンデット族/攻撃力1350/守備力0

 ヘルバウンド 闇属性/星1/アンデット族/攻撃力500/守備力200

『この三体の合計はレベル6! よって、我はレベル6の儀式モンスターを召喚する…!』
「あ、儀式魔法……なら、モンスターを墓地に送るだけじゃなくて」
 そう、デッキからモンスターを直接墓地に送るから手札消費が少ないだけじゃなくて、墓地のカードを利用する効果を持つ儀式モンスターを召喚すれば更に無駄が無い。

『ライカン・スロープを儀式召喚!』

 ライカン・スロープ 地属性/星6/獣戦士族/攻撃力2400/守備力1800/儀式モンスター
 「合成魔術」により降臨。
 このカードが相手ライフに戦闘ダメージを与えたとき、自分の墓地に存在する通常モンスターの数×200ポイントのダメージを与える。

 攻撃力2400。
 そのライカンスロープと先ほどから鎮座したままのジェネティック・ワーウルフが並んだまま、私の前に壁は無い。
 そう、二体の攻撃に晒されてしまえば、そのまま私のライフは0だ。

『ライカン・スロープ、ジェネティック・ワーウルフの2体で、貴様にダイレクトアタック!』
「リバース罠、攻撃の無力化を発動!」

 攻撃の無力化 通常罠
 相手モンスター1体の攻撃を無効にし、バトルフェイズを終了させる。

『ヌゥ……迂闊だったか』
 これで首の皮1枚で繋がったが、これでフィールドはカラになってしまった。
 次のターンでなんとかしないと今度こそ倒される。
『……永続魔法、four-leafを発動』

 four-leaf 永続魔法
 フィールド上にモンスターが召喚・特殊召喚される、またはフィールドからモンスターが墓地に送られる度に、このカードにリーフカウンターを載せる。(最大4つまで)
 このカードにリーフカウンターが四つ以上載っている時、このカードのプレイヤーが受ける戦闘ダメージは半分になる。
 このカードに載っているリーフカウンターを1つ取り除くごとに墓地に存在する通常モンスター1体を特殊召喚する。

 フィールド上に、黒く染まったクローバーの葉が浮かび上がる。
『この四枚の葉が色づいた後、また黒に戻る時に貴様の死は浮かび上がるのよ……フフフ』
 four-leaf。
 恐ろしいカードに思えるが、要はリーフカウンターを4つも貯めなければいい。
 速攻で決めれば、それで良し!
『カードを1枚伏せて、ターンエンドよ』
「私のターン! ドロー!」
 手札にレベル4以下のWFがいない以上、手も足も出ない。訳じゃない。
 それなら、手札を変えてしまえばいい。

「魔法カード、手札抹殺を発動!」

 手札抹殺 通常魔法
 お互いに手札を全て墓地に送り、墓地に送った枚数だけ、デッキからカードをドローする。

『フッ……墓地を更に肥やしてくれるか? 助かるの』
 オネイロスは笑っているが、その笑みを凍り付かせてやれるかも知れない。
 何故なら、こっちには凶悪さ加減なら負けない奴がついているのだから。
「魔法カード、死者蘇生を発動!」

 死者蘇生 通常魔法
 墓地に存在するモンスター1体を表側攻撃表示で特殊召喚する。

『ほう、死者蘇生とな』
「この効果で私が蘇生させるモンスターは……覚悟するがいい、黙って見ていろ! WF-戦慄のイーグルを特殊召喚!」

 かつて、大きな戦いがありました。
 鷲を駆る戦士達はイーグルドライバーと呼ばれ、それは勇敢に戦ったそうです。
 そしてそのイーグルの戦いは戦士達を守り続けました。
 そのキルレシオ比率は115.5対0。数十年もの間、散発的に続く戦争の中でイーグル達は一人も倒されずに戦士達を守ったのです。
 イーグルは世界最強と呼ばれました。
 今でこそ、その名前を明け渡してしまいましたが、それでもその強さに変わりはありません。

 そんな鷲の戦士達に、一つだけの願いがありました。

 私を、守って下さい。

 彼らはその願いを、快諾してくれたのです。

 私を守る、鷲の翼が、降り立つ。


 WF-戦慄のイーグル 風属性/星6/鳥獣族/攻撃力2500/守備力1500
 このカードの召喚・特殊召喚・反転召喚に成功した時に発動可能。
 フィールド上に存在するカード二枚をコントローラーのデッキに戻す事が出来る。

『イーグルが特殊召喚された事により、four-leafにリーフカウンターが一つ追加されるわ』
 オネイロスが笑ったが、その笑みを凍り付かせるのは簡単だ。
「イーグルの効果発動! このカードの召喚、特殊召喚、反転召喚に成功した時、フィールド上に存在するカード二枚をコントローラーのデッキに戻す事が出来る!」
『なにぃ!?』
 さしものオネイロスはそれを予想していなかったのか、凍り付く。
「この効果で、ライカン・スロープとfour-leafをデッキに戻すよ!」
『なん……だと……』
「いい判断だ」
「『!?』」
 オネイロスの驚愕の後に響いて来た声に、私は思わず振り返る。
 闇に解けるように、二人の人影が立っていた。
「……! 師匠さん!」
「美佳! 無事……って、腕ねぇ!? おい、雄二! 美佳の腕がねぇぞ!」
「貴明。お前少し落ち着けってーの………なるほど」
 師匠さんの隣りにいる黒衣の人はオネイロスに視線を向けた後、口元をゆがめた。
「なるほど。オネイロスは美佳ちゃんの肉体が欲しいのか」
『貴様……何者だ。ここにまで侵入するとは……』
「怪しいものじゃねぇ。通りすがりのダークネスだ」
「充分名乗りが怪しいぞ、雄二」
 雄二と呼ばれたその人、何処かで見覚えがあった。何処だっけ?
 私が考えていると、オネイロスが言葉を続ける。
『貴様は、次元超越者、だと……? バカな、ダークネスはとうの昔に破壊された筈……』
「あいにくとしぶといんでね。こうして生きている訳だ。あ、続けてどうぞ」
「何をですか?」
 私が問いかけると雄二さんは笑う。
「デュエル♪」
「おい雄二! 美佳を助けに来たんじゃねーのかよ!」
「本当にヤバそうならな。幸いにして、今の美佳ちゃんは大丈夫そうだし。お前も弟子の成長を見届ける為にちょいと観戦しようぜ」
 雄二さんは師匠さんを宥めると、笑いながら私の後ろへと廻った。
 ちょっと緊張する。

 デュエル続行。
 ライカン・スロープとfour-leafを選んだ理由は、ライカン・スロープは儀式モンスターだが蘇生制限は無い。しかし、デッキに戻せばまだ儀式魔法を使わなければ召喚出来ない。
 four-leafはその効果が厄介だからだ。恐らく通常モンスターだらけのデッキだと思うから、その効果を使われたら大量に並べられる。
 そして、ジェネティック・ワーウルフとリバースカードが1枚。
「イーグルの攻撃! ジェネティック・ワーウルフを倒させてもらう!」

 イーグルの強烈な一撃が飛んだ。
 ジェネティック・ワーウルフが姿を消す。

 オネイロス:LP3200→2700

 わずかながらライフを削る。まだ、私の方が有利になっている。
「カードを1枚伏せて、ターンエンド」
『我のターン……ドロー』

『……我を本気にさせたか……行くぞ!』

 直後、オネイロスの纏う空気が変わった。
 そう、確かに本気になったというべきか、だけど。

 さっきまであんなに怖かったのに、今は全然怖いとも思えない。
 師匠さん達が見ているから?
 いいや、違う。私の中にあるほんの少しの勇気が、私を支えてくれている。
 気がつけば、痛みもあれほど痛いと思ったのに、我慢できる痛みになっていた。

 ああ、そうだ。
 私はまだ、頑張れる。頑張れる、だから。負けない。

 倒してやる、オネイロス。

 両手を広げて、迎え撃ってやる!

『リバース罠、DAY DREAMを発動!』

 DAY DREAM 永続罠
 このカードを発動した瞬間、このカードを発動したプレイヤーのライフは半分になる。
 このカードがフィールド上に存在する限り、このカードのコントローラーは魔法・罠カードをセットしたターンに発動でき、手札からも発動可能。
 エンドフェイズ毎にフィールド上に存在するモンスター1体を生贄に捧げなければならない。生贄を捧げなければこのカードを破壊する。
 このカードの発動後、デッキから「Fairy Tales」を1枚、手札に銜える。

『長い悪夢のような白昼夢……それがDAY DREAM』

 オネイロス:LP2700→1350

 恐ろしいカードである。
 魔法・罠をセットして即座に発動可能、手札からも発動可能。
 一時期処刑人マキュラというカードがあって、罠カードを手札から発動してそれはもう暴れていたらしい。
 私は少しだけ背筋が寒くなる。

『ふむ、手札が無いな。ならば構わぬ。魔法カード、天よりの宝札を発動!』

 天よりの宝札 通常魔法
 お互いに手札が六枚になるようにデッキからカードをドローする。

 手札が補充され、オネイロスは笑う。
『ククク………DAY DREAMの効果で、我は罠カードを手札から発動可能だ。罠カード、悪夢の残照を発動!』

 悪夢の残照 通常罠
 墓地に通常モンスターが五体以上存在する時、発動可能。
 墓地に存在する通常モンスターを全て除外する事で手札・デッキ・墓地から「虚神」「虚神の従属神」を一体ずつ特殊召喚する事が出来る。

 フィールドに黒い羊が積み上がって行く。
 オネイロスの墓地に眠る通常モンスターの数だけ、合計で……七体。
 先ほどの手札抹殺で送ったモンスターの分だけ、増えているのだろうか。
『この七体を全て除外する事で……悪夢の数だけ、それは生まれる! 冥界に消えた神の残滓よ、今、幻の姿を借りてその姿を現せ!』
 オネイロスが叫んだ直後、七つの黒い羊が魂の炎へと変わり、地面へと落ちて行く。
 その瞬間、雄二さん達の顔が変わった。
「やばい」
「ああ……雄二、俺にも解るぜ。何かヤバいものが出て来る。そう、解る」
 魂の炎が地面へと落ち、それは黒い影を持って変わる。
 その姿は、まるで。
「あれは……!」
 雄二さんがもう一度声をあげた時、オネイロスはその名前を叫んだ。
『出でよ、我が虚神! 虚神 オベリスクの巨神兵、虚神の従属神を特殊召喚! フハハハハハハハハハハハ!』

 虚神 オベリスクの巨神兵 神属性/星10/幻神獣族/攻撃力4000/守備力4000
 このカードは「悪夢の残照」の効果でのみ、特殊召喚できる。
 このカードは魔法・罠・効果モンスターの効果の対象にならない。
 フィールド上に存在するモンスター2体を生贄に捧げる事で、相手フィールド上に存在するモンスターを全て破壊する。
 この効果を使用した場合、このターンのバトルフェイズでこのカードは攻撃を行なえない。

 虚神の従属神 神属性/星1/幻神獣族/攻撃力?/守備力?
 このカードの攻撃力はゲームから除外された通常モンスターの数×100ポイントとなる。
 このカードがフィールドから墓地に送られた時、このカードは手札に戻る。

 虚神の従属神 攻撃力0→700

「嘘だろ……」
 後ろで、師匠さんの声がした。
「オベリスクの…巨神兵……」
 初めて見る。
 古の三幻神。その豪腕から繰り出される一撃は大地を揺さぶり、敵をなぎ倒す。
 そう、まさに伝説がそこにいた。

『オベリスクの攻撃! ゴッド・ハンド・クラッシャー!』
 イーグル目掛けて、オベリスクの豪腕が迫る。
 とてもじゃないが、ガードなんて効かない。魔法、罠、効果モンスター、全てに対する防御。

 立花美佳:LP3400→1900

 イーグルが引き裂かれて落ちて行くと同時に、想像を絶する苦痛が、襲った。

「アアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァッ!!!!!!!」
 全身が焼け付くような痛みと共に、じゅうじゅうと音と煙を出して両足が消えかかって行く。
 更に続けて、従属神の攻撃が襲った。
 下から突き上げられるような衝撃。能が揺さぶられ、視界が歪んだ。

 立花美佳:LP1900→1200

「美佳っ!」
 文字通り、師匠さんが駆け寄って来た。
「大丈夫か!?」
「平気……」
 小さく咳き込みながらそう返す。痛みが酷く、なかなか立てない。
「無理すんな。俺が、変わる」
「大丈夫、だから」
「けどよ……」
「いいから!」
 私が師匠さんの腕を借りて立ち上がりながらそう答えると、師匠さんは少し哀しそうな顔をしながらも「わかった」と返して来た。
 師匠さんが心配するのも解る。
 痛いのも、苦しいのも、嫌だ。当たり前だ。でも。

 この相手だけは、どうしても倒したい。私がそう願っているから。

『ターンエンドよ……この時、DAY DREAMの効果で虚神の従属神は墓地に送られる……が、墓地に送られた時、虚神の従属神の効果発動!』

 虚神の従属神 神属性/星1/幻神獣族/攻撃力?/守備力?
 このカードの攻撃力はゲームから除外された通常モンスターの数×100ポイントとなる。
 このカードがフィールドから墓地に送られた時、このカードは手札に戻る。

 DAY DREAMで墓地に送られても、その直後には手札に戻る。
 次のターンで通常召喚の枠を使えば召喚出来る。DAY DREAMの維持コストだけではない、オベリスクの効果のコストにも出来る。
 消費するものは、ターン数だがそんなものはおかまい無しに並べてしまえば何でも出来る。まさに。
 生きる、無限コスト。永久機関。
「………」
 大したものだ、と私は思う。だけど。
 これだけの相手を前にしても、勝てると思ってしまうのは何でだろう。心は折れそうになるし、相手を倒せるだけの力も無い。
 何故なら――――私の背中を押してくれる、ほんのちょっぴりの勇気があるから。それを載せた翼があるから。

 そう、背中に翼は無くても、勇気の翼なら、持っている。

「私のターン!」
 胸を張って、戦うんだ。
「ドロー! ……手札のWF-急襲のフォックスハウンドの効果発動!」

 WF-急襲のフォックスハウンド 風属性/星5/鳥獣族/攻撃力2000/守備力1200
 自分フィールド上にモンスターが存在しない時、手札を1枚捨てる事でフィールド上にこのカードを特殊召喚する。

 フォックスハウンド。私の切り込み隊長。
 相手を奇襲する事なら、その突進力で誰にも負けない!
「手札のWF-夜魔のナイトホークを墓地に送る事で、フィールド上にフォックスハウンドを特殊召喚する! 来て、フォックスハウンド!」

 フィールドに狐を狩る猟犬の名を持つ翼が舞い降りる。だが、それでは攻撃力4000には及ばない。
「更に、墓地に送ったWF-夜魔のナイトホークの効果、発動!」

 WF-夜魔のナイトホーク 風属性/星3/鳥獣族/攻撃力1200/守備力1400
 自分の墓地に存在するこのカードを除外する事で自分のデッキから「WF」と名のつくレベル4以下のモンスター1体をフィールドに特殊召喚する事が出来る。

 白い翼のホワイトフェザーでありながら、夜の闇に消える夜鷹はその名の通り、闇へと姿を消す。
「墓地に存在するナイトホークをゲームから除外する事で、デッキからレベル4以下のWFを特殊召喚できる! 私はWF-冷徹のフランカーを召喚!」

 WF-冷徹のフランカー 風属性/星4/鳥獣族/攻撃力1900/守備力1000
 このカードが墓地に送られたターンのエンドフェイズに発動可能。
 手札・デッキ・フィールドから「WF」と名のつくモンスター1体を墓地に送る事で手札またはデッキからこのカードを1枚、フィールドに特殊召喚できる。

 フォックスハウンドに並び、かつてイーグルにも並ぶと言われたフランカーが姿を現す。
 永い距離を羽ばたいて行けるフランカーは一つ落とそうと何度でも戻って来る。
 そう、その名に相応しい戦い方が出来るのだ。

『雑魚を幾ら2体並べた所で無駄な事、更にゴッドバードアタックで消そうにもオベリスクは対象にはならんわ!』
「まさか? ゴッドバードアタックは使うけど、流石にそれじゃ倒せないよ」
『ほう、ならば何をする?』
「リバース罠、ゴッドバードアタックを発動!」

 ゴッドバードアタック 通常罠
 自分フィールド上に存在する鳥獣族モンスター1体を生贄に捧げて発動する。
 フィールド上に存在するカード二枚を選択して破壊する。

「冷徹のフランカーを生贄に捧げて、ゴッドバードアタックで壊すもの、一つ目はDAY DREAM! そしてもう一つは……フォックスハウンドだよ!」
『なにぃ!? 自らの壁をゼロにする、だと?』
 オネイロスが驚く間もなく、フランカーが生贄として消え、DAY DREAMとフォックスハウンドが破壊された。
 DAY DREAMが破壊された事で、手札からの罠カード発動が出来ない。
 恐らく想定していた戦術の1部が崩れたのか、オネイロスは再び驚愕する。
『ぐっ……だが貴様のフィールドはカラ、何もできまい』
「貴方がさっき、天からの宝札を使ってくれたお陰で、手札は困ってないもんね。残念! 魔法カード、リターン・オブ・フェザーを発動!」

 リターン・オブ・フェザー 速攻魔法
 自分フィールドから「WF」と名のつくモンスターが墓地に送られた時に発動可能。
 墓地に存在する「WF」2体を除外し、手札から「WF」と名のつくモンスターを特殊召喚出来る。

「翼よ、再び舞い上がれ。前を見て―――世界を見据えて―――明日を、希望を夢見て! 召喚! WF-覇王のラプター!」

 WF-覇王のラプター 風属性/星8/鳥獣族/攻撃力3300/守備力2600
 このカードの召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時、相手フィールド上に存在する魔法・罠カードを全て破壊する。
 1ターンに一度、1000ライフポイントを支払う事で墓地に存在する「WF」を特殊召喚する事が出来る。
 このカードは相手プレイヤーがコントロールする効果モンスターの効果の対象にならない。

 猛禽の王。空の覇王。
 その戦いに並の翼は並ぶ事すら許されない、例え何が相手だろうと全てをなぎ倒す。
 例え相手が神であろうとも……王は挑む。常世から舞い戻った幻神に。

『覇王のラプター……』
「で、で、出たぁ! WF最強のカード! やるなぁ、美佳の奴」
「お前、自分の弟子を信じてるのか信じてないのかどっちだ?」
 師匠さんと、雄二さんの言葉を背に――――私は、挑む。

『ラプターの攻撃力は3300……だが、オベリスクには及ばぬ!』
「そう、笑っていられるのも今のうちだよ? ラプターの効果、1000ライフポイントを支払う事で、墓地のWFを特殊召喚出来る! 私は、もちろん……WF-戦慄のイーグルを特殊召喚!」

 立花美佳:LP1200→200

 WF-戦慄のイーグル 風属性/星6/鳥獣族/攻撃力2500/守備力1500
 このカードの召喚・特殊召喚・反転召喚に成功した時に発動可能。
 フィールド上に存在するカード二枚をコントローラーのデッキに戻す事が出来る。

 ラプターの横に、イーグルが並ぶ。
 イーグルから世界最強の名を奪ったのはラプター。しかし、その実力はお互いに今も色あせていない。
「バトルするよ! ラプターの攻撃対象は、オベリスク!」
『愚か者め! バカの一つ覚え……に?』
 オネイロスの視線が固まる。
 そりゃそうだ。だって私は、あのカードを発動している。

「バトルフェイズ。師匠さんの十八番、悪いけど、借りさせてもらいましたよっと♪ 速攻魔法、ブラッド・ヒートを発動!」

 ブラッド・ヒート 速攻魔法
 バトルフェイズ中にライフポイントの半分を支払って発動可能。
 そのターンのエンドフェイズまで、選択したモンスター1体の攻撃力は守備力の二倍を足した数値となる。
 そのターンのエンドフェイズ時、この効果を使用したモンスターを破壊する。

『しまっ……!』
「行くぞ、ラプター! イーグルは従属神をお願い!」

 WF-覇王のラプター 攻撃力3300→8500

 攻撃力8500の体当たりが、オネイロスとオベリスクを襲った。

『ふんごぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!!!??????』

 オネイロス:LP1350→0

 更に従属神を打ち破ったイーグルの追撃まで受け、その身体が空へと舞い上がる。
『嘘だ、嘘だ、嘘だ! この、我が、こんな……小娘ごときに……もっと早く本気を出すべきだった、失敗、だ………オネイロス!!!』
 オネイロスは空中まで吹き飛ばされた後、そこで爆発して四散した。
 オベリスクが破壊され、文字通り地面の中に土塊と化して行く。
 あれほど怖いと思っていた相手が、怖く無くなっていた。

 ほぅ、と息を吐いた。
 すると。
「よくやったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
 師匠さんが、文字通り抱きついて来た。
「俺は嬉しいぜ! お前が立派になって……雄二、赤飯を炊くべきか?」
「炊けば? よぅ、美佳ちゃん。やるじゃねぇか、一人であんなの倒しちまうなんて」
 頭をわしわしと撫でられていると、視界が徐々に明るくなって来た。
 闇に包まれていた空がいつもどおりの蒼い空に戻る。
「……大丈夫だったか?」
 師匠さんが声を潜めて尋ねて来る。
「大丈夫!」
「そうか、それは良かった……にしても、美佳、よく頑張ったな」
「師匠さんのお陰ですよ!」
 少なくとも表立って言わずとも、師匠さんは色々教えてくれている。私は知ってる。
「オレ、何か教えたっけ? せいぜいデュエルのルールとセオリー教えただけだぜ?」
「貴明。お前それは師匠として問題アリだ。美佳ちゃんは俺が再教育してやふごぉっ!?」
「お前が再教育したら美佳が人類超越しちまうからやめてくれ。つーか、お前に任せたら美佳の貞操が心配だわっ!」
「ちょっと待て! 幾ら何でも十三に手を出したりしねぇよ!」
「十一年前十四歳にお持ち帰り宣言したのはどいつだ!?」
 師匠さんと雄二さんが騒いでいると、ちょうど周辺がにぎやかになってきた。
 何が起こったのだろうとばかりに、皆周囲を見渡している。
「おっと、皆戻って来たようだな! よし、雄二。美佳。帰るぞ」
「へ?」
 帰るって、確かまだ試合中だった筈じゃ……。
 私がそう思っていると、師匠さんは海馬コーポレーションのスタッフが観客を誘導しているのを指差す。
「一応、異常事態起こったらデュエル中止でその原因を調査しなきゃダメって海馬コーポレーションの運営スタッフからの通達なんだよ」
 なるほど、それは一つ勉強になる。
「んな訳だ。帰るぜ」
 師匠さんは私の頭に手を置いて、すたすたと歩き出す。
 その背中が何処か嬉しそうなのは気のせいだろうか。いいや、気のせいじゃない。

 オネイロスが、どんな思いでこんな事件を起こしたのかは、私には解らない。
 だけど、この事件が決してただの悪い思い出とかじゃないって事だけは、私にも解る。

 今まで背中だけしか見えていなかった師匠さんが、少しだけ近くに感じた。
 どうして距離が縮まったか?
 デュエリストとしての腕前?
 それとも、師匠さんのような折れない心や強い力を手に入れたから?
 いいや、違うよ。
 私に無かったもの、だけど今はあるもの。最初の二つは多分まだ持ってない。
 ならばなに?
 相手に立ち向かう、一握りの勇気。
 翼に載せてやってきた、勇気をもらっているから。

 ほんの少しだけ、胸を張っていける。そんな気がするんだ。

「美佳、嬉しそうだな」
 師匠さんは笑う。
 大きく頷く。いつもと同じ笑顔で。
「そうか。俺も嬉しいぜ!」
 師匠さんはそう言って頭を撫でる。いつもと同じ笑顔で、私を手をつないだ。
「師匠さん……いつか、色々とお話聞いてもいい?」
「答えられる範囲ならな!」
 師匠さんはいつも通りだ。

 駐車場まで辿り着き、車に乗り込む。
 太陽はちょうど南を過ぎたばかり。あれだけ永い時間かのように思えたのに、ほんの数時間の出来事だった。

「楽しかったり、集中したりしていると時間の流れってのは感じにくくなるのさ。不思議だろ? たったあれだけしか経っていないだなんて」
 後部座席に雄二さんが乗り込みつつそう笑う。
「お前、勝手に載るな!」
「いいだろ、減るもんじゃねーし。美佳ちゃんの可愛さ、オレも堪能したいしな。お前は毎晩実かちゃんの可愛い寝顔を堪能しているんだろ?」
「八つ裂きにするぞ! 美佳は俺の弟子だ! 誰にも渡さん!」
「師匠さん、私師匠さんの所持品じゃないですよー」
「あーあ、怒られたー」
「テメェのせいだろ! たたき出すぞ!」
 師匠さんと雄二さんが前と後ろで喧嘩を始めるのを眺めつつ、視界を窓の外に向ける。
 すると、遠くの方に白い翼が見えた気がした。

 その姿は、私のWF達に似ていた。

 私に勇気と、明日の為に翼をくれた、彼らの勇姿を。
 そして今日の戦いを。

 私は一生忘れないだろう。一人のデュエリストとしての、この戦いを。

 私は、忘れない。



 FIN









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