Error Children

製作者:ラギ



アニメ遊☆戯☆王ARC-Vの二次小説です。
カード効果はOCG効果に準拠しています。
なお、流血表現等ありますので、苦手な方は注意してください。



<目次>
1.HIGH FEVER (sweetest thing)
2.STAIN (A perfect day)
3.Scavenger
4.Forgive An Angel
5.Armeria





 その日は、嫌になるほどの蒼い空だった。

 いつもは、燃え崩れる廃墟の煙がそのまま広がった様な曇り空だと言うのに。

 あまりの吹き抜ける様な蒼に、思わず私は呆けたように見とれてしまった。

 その時、見たのだ。黒い鳥を。

 地に広がる地獄をものともせず、空を行く1羽の鳥を。
 
 それを見た私は、目の奥が締め付けられるような、奇妙な感覚を覚えたのだ。


1.HIGH FEVER (sweetest thing)


 デュエルにおける技術、経済形態に特化した街、舞網市。

 そんな舞網市にはプロデュエリストへの道として、大小さまざまなデュエル塾が乱立していた。
 その中でも1番の規模を誇るのが、市の中心的な存在である巨大企業、レオコーポレーション直営のデュエルスクール、LDS(レオデュエルスクール)。
 巨大企業直営だけあって設備も最新式、召喚方法ごとにコース制による整ったカリキュラムなど、他のデュエル塾を圧倒するスケールを誇っている。

 そのLDSのシンクロジュニアユースに所属する少女、正木蓮花(まさき れんか)は、今現在、少々困っていた。

「……あの……デュエルを……」

「あーらゴメン。ご遠慮させてもらうわ。アクションデュエルも出来ない癖に、ひいきしてもらってる蓮花さん?」

「アタシもね……フン、記憶喪失の悲劇のヒロインとは、良く出来たお話よね。皆同情してくれると思ってんなら、大間違いなんだからサ……」

 デュエル実習の相手を探しているのだが、けんもほろろ。
 それどころか、わざと聞こえる様にイヤミを言ってくる始末。
 こういう扱いは普段からだが、こういうときには迷惑極まりない。

 蓮花は、LDSの中では浮いた存在だ。
 デュエル自体の実力は高いものの、とある理由により「質量を持ったソリッドビジョン」、リアルソリッドビジョンを利用したアクションデュエルを行う事が出来ない。
 今現在、デュエルの公式戦のほとんどはアクションデュエルによって行われているため、蓮花にとってはプロデュエリストは一層の遠い道だ。
 蓮花自身はそれを気にした様子は見せてないし、実際あまり気にしてはいない。だがその態度が癪に障るのか、こうして険悪な様相を見せる輩も存在する。
 
 蓮花は1人を苦にしない気質なので、普段の無視される様な扱いは別に気にしていないのだが、流石に今回はイライラしている。
 デュエル自体は好きなこともあり、こういうハナから闘おうとしない姿勢は、どうにも好きになれない。

(もぉ、面倒くさいなぁ……いっそ、はっ倒してやりたい……)

 蓮花がうんざりしながら溜息をついた所に、1人の少年が現れた。

「へぇ……面白そうな話してんじゃねぇか。俺も混ぜてくれよ」

「と……刀堂くん……」

「いや……その……」

 ぼさぼさの長い茶髪、背に負うのは竹刀。
 シンクロジュニアユースの主席……刀堂刃(とうどうやいば)が、不敵な笑みを浮かべていた。

「さて、暇なら俺と闘うか?! 俺としては歓迎するぜ!」

 威圧するような、強い口調。
 その様子に、女生徒2人は明らかに怯えを見せた。

「な……勝てるわけ……!」

「わ、私達は先約があるから……じゃあね!」

 そういうと、イヤミを言っていた女生徒2人はそそくさとその場を離れていく。

「ケッ……口ばっか達者で、気にくわねぇ奴らだぜ。ここで挑んでくるなら、まだいくらかマシだったんだがな」

 吐き捨てる様に言う刀堂の言葉に、軽く頷きながら蓮花も続く。

「……あの人たち、負けるのが余程嫌だったんだろうね。だから、ああやって遠くから喚いてるんだ」

「……ハハッ! なんだ、意外に言うじゃねぇか、正木! あんまりお前と喋ったことはないが……もっと、お上品な奴だと思ってたぜ!」
 
 こりゃ、余計な手出しだったかな……と、刃は笑い交じりに呟いた。
 
「さて、正木。相手がいないんだったら、どうだ? 俺と決闘らねぇか? なんだかんだで、お前とやったことはなかったろ?」

「ん……そうだね……」

 小さく言いながら、蓮花はやる気になっていた。
 刀堂はアクションデュエルばかりに取り組んでいたため、蓮花とデュエルしたことがなかったのだ。
 主席である刀堂刃、彼のデュエルはどんなものか……その時である。

「正木先輩! やっと見つけた……って」

「あ……戸倉くん……」

 同じシンクロ召喚コースに所属する、戸倉紬(とくら つむぎ)だった。
 蓮花の1つ下の学年で、同じ学校の後輩に当たる少年だ。
 
 去年まで小学生だったからかあどけなさが残る、どちらかと言えば可愛らしい印象をうける。
 LDSからの帰り道が一緒だったことから知り合い、自然と話す様になった。
 今現在の、蓮花の数少ない話し相手である。

 そんな彼が息を切らして蓮花の元に走ってきて……蓮花と、刃の顔を交互に見た。
 
「どうも、刀堂先輩……正木先輩、もうデュエルの相手、決まってましたか……」

 声のトーンが明らかに落ちる戸倉。
 その様子を蓮花は「?」マークでも浮かべそうな顔で見やる。
 一方の刃はニタリと含み笑いを湛えて「ははーん……」と何かに気がついた様に呟いた。
 
「あ、そうだった! 俺もデュエルの先約があったんだったわ! 忘れてたぜー」

 どうにもわざとらしい、棒読みに近い口調で刃は2人に言う。

「悪ぃな、正木! 俺とのデュエルはキャンセルだ。ええと……戸倉、だっけか? よかったら正木とデュエルしてくれないか? コイツ、相手がいないみたいでよ」

「え……あ、はい! 正木先輩が良ければ……」

「ん……私は、構わないよ……」

「話しは決まったみたいだな! じゃ、俺は行くわ!」

 そう言って、刃は2人とすれ違い去っていく。
 ……と、戸倉の側で「ガンバレよ、少年♪」とからかいの口調で、戸倉に耳打ちした。
 戸倉は一瞬ポカンと呆けた後、「……うぇえ! き、気付いて……?」と顔を赤くしてうろたえていた。

「……? どうしたの、戸倉くん……?」

 蓮花から声がかかり、戸倉は弾けた様に振り向いた。

「うぇぁ! いえ……な、なんでもないです! えーと、その……デュエルの相手を……」

「……うん、いいよ。やろっか」

「!! あ、ありがとうございます!」





 かくして、2人のデュエルが始まった。
 互いのソリッドビジョン展開に不足がないよう距離を取る。先攻は戸倉だ。

「俺のターン! まずは《ドラグニティ−ドゥクス》を召喚! そして、ドゥクスに装備魔法《ドラグニティの神槍》を装備! ドゥクスの効果と合わせて攻撃力が800アップします!」

 戸倉の場に呼び出されたのは、鳥を模する覆面を被った戦士。
 竜をかたどった巨大な槍が現れ、戦士はそれを抱える様にして構えた。
 通常召喚可能なレベル4モンスターを出し、装備魔法で強化……一見すれば様子見ととれる、なんてことはない初手だ。
 だが、こんなことでは終わらない……蓮花はそれを知っていた。

「神槍のもうひとつの効果を発動! この効果でデッキから《ドラグニティ−ファランクス》をドゥクスに装備します!」

 装備魔法《ドラグニティの神槍》にはデッキから“ドラグニティ”チューナーを装備状態で引き出す効果があるのだ。
 戸倉が選んだのは《ドラグニティ−ファランクス》。装備状態を解除して、自身をフィールド上に呼びだす効果がある。
 そしてファランクスは“チューナー”でもある……ともすれば、次の手は当然……。
 
「ファランクスの効果を発動! 装備状態を解除して、自分フィールド上に守備表示で特殊召喚! レベル4《ドラグニティ−ドゥクス》にレベル2《ドラグニティ−ファランクス》をチューニング! 旋風引き連れ、敵を打て! シンクロ召喚! レベル6《ドラグニティナイト−ヴァジュランダ》!」

 やはり、シンクロ召喚。やはり、ヴァジュランダ。
 光輪の中からシンクロモンスターが呼び出される様子を、蓮花は冷静に見つめていた。

 戸倉の呼びだした竜を駆る騎士のモンスター《ドラグニティナイト−ヴァジュランダ》。
 あのシンクロモンスターには墓地のドラゴン族の“ドラグニティ”モンスターを装備する効果がある。
 今、戸倉の墓地にある条件に該当するモンスターは《ドラグニティ−ファランクス》のみ。そして、そのファランクスは装備解除で自身を場に戻す効果……。
 【ドラグニティ】デッキ特有のシンクロギミック、それはまだまだ終わりそうにない。

「ヴァジュランダの効果発動! 墓地のドラゴン族“ドラグニティ”を装備扱いで装備! そしてファランクスの効果で、装備解除! 再びフィールド上に特殊召喚! そのファランクスを墓地に送ることで、このカードを特殊召喚します! 《ドラグニティアームズ−ミスティル》! ミスティルの効果で墓地のファランクスを装備! またまたファランクスの効果を使い、自身をフィールド上に特殊召喚!」

 今度は場の“ドラグニティ”モンスターを墓地に送る事を条件とする特殊召喚モンスター、ミスティルを交えての更なる展開。ミスティルにも墓地の“ドラグニティ”チューナーを装備する効果があるため、またしても現れるファランクス。
 今、戸倉の場にはレベル6のドラゴン族モンスターが2体、そしてレベル2のチューナーが1体。
 ここでレベル8のシンクロが来るか……と蓮花は考えたが、それは次に紬が手札から出したカードによって間違いだと気付かされた。

「墓地の風属性モンスター、ドゥクスをゲームから除外して、手札から《風の精霊−ガルーダ》を特殊召喚! レベル4《風の精霊−ガルーダ》にレベル2《ドラグニティ−ファランクス》をチューニング! 旋風巻き込み、駆け抜けろ! シンクロ召喚! レベル6《ドラグニティナイト−ガジャルグ》!」

 先程のヴァジュランダとは違う竜騎士が現れる。
 今度はファランクスを装備する効果はないが、代わりにサーチ、手札交換の効果を有している。

「ガジャルグの効果発動! デッキからレベル4以下のドラゴン族か鳥獣族のモンスター1体を手札に加えます! 俺が手札に加えるのはレベル2《霞の谷の幼怪鳥》! その後、効果の続きで手札からドラゴン族または鳥獣族モンスター1体を捨てます! 捨てるカードは、さっきサーチした《霞の谷の幼怪鳥》……だけど、幼怪鳥は手札から捨てられた時、自身の効果で特殊召喚できます! レベル6《ドラグニティナイト−ヴァジュランダ》に、場に現れたレベル2《霞の谷の幼怪鳥》をチューニング! 衝撃と共に、力を振るえ! シンクロ召喚! レベル8《ギガンテック・ファイター》!」

 サーチしたモンスター、その自身の効果を利用しての更なる展開……そして最後に呼び出されたのは、戦闘で破壊されても蘇る事が出来る不屈の戦士《ギガンテック・ファイター》。
 かくして、戸倉の場には攻撃力2400の竜騎士、攻撃力2100の竜戦士、そして攻撃力2800を誇る巨大な戦士が揃うことになった。

「カードを1枚伏せて、ターンエンドです!」

 全力で盤面を整えた戸倉は、油断なく伏せカードの守りも敷き、蓮花にターンを渡した。


【戸倉紬】LP:4000 手札:0枚
場:ギガンテック・ファイター(A2800)ドラグニティアームズ−ミスティル(A2100)ドラグニティナイト−ガジャルグ(A2400)
場:伏せ×1

【正木蓮花】LP:4000 手札:5枚
場:−
場:−


「ん……私のターン、ドロー」

 戸倉の場に並んだ高レベルモンスターに気押されることなく、蓮花はカードを引く。
 そして、手早く手札の魔法カードを選びとった。

「……手札から、《名推理》を発動」

「う……! 《名推理》……ですか」

「……一応説明するね。相手側……この場合、戸倉くんがレベル数を宣言。私はデッキをめくっていって、宣言されたレベルのモンスターが出れば、そのまま墓地へ。だけどハズした場合は、そのモンスターは私の場に特殊召喚されるよ」
 
 蓮花の使ったカードは一種のギャンブルともいえる効果を有していた。
 戸倉は、少し顔をしかめる。どの数字を宣言するか悩むのもそうだが……あの《名推理》は蓮花のデッキのキーカードの1枚だと知っているからだ。この場合、使われたこと自体がマズい。

「……俺は、“1”を選択します!」

「ん……わかった、1だね。じゃあ、カードをめくるよ」

 そう言って蓮花がめくった1枚目のカードは……レベル1のモンスターだった。

「当たった! ……って、あー……」

 一瞬喜んだ戸倉だが……そのカード名を見て、それは落胆に変わる。

「……ん、わかってるみたいだね。これは《インフェルノイド・シャイターン》……レベル1モンスターだけど、通常召喚できず特定の方法でしか特殊召喚できない“特殊召喚モンスター”……なので、このまま墓地に送って、効果処理を続けるよ」

 そう、《名推理》の効果の制約、ある意味裏技ともいえる部分……特殊召喚条件が定められている“特殊召喚モンスター”がめくられた場合、無視してそのまま墓地に送り、効果処理を続ける事になる。
 蓮花の操る“インフェルノイド”達は、ほとんどがこの特性を持っている。そして、もうひとつ……このデッキは、墓地を肥やす事が他のデッキの比較にならないほど重要な要素であり、最大の武器となっているのだ。

 かくしてさらにカードがめくられ、レベル8“特殊召喚モンスター”《インフェルノイド・アドラメク》、魔法カード《煉獄の消華》、レベル2“特殊召喚モンスター”《インフェルノイド・べルゼブル》、罠カード《遡洸する煉獄》、レベル3“特殊召喚モンスター”《インフェルノイド・ルキフグス》……次々とカードが墓地へ送られていく。
 だが、その次のカードで蓮花の手が止まった。

「……残念、ハズレたね」

 めくられたのは《カードガンナー》。レベル3の通常召喚可能なモンスターだった。

「じゃあ、《カードガンナー》を特殊召喚して……その効果を使うよ。デッキの上から3枚墓地に送って、攻撃力を1500アップ」

 《カードガンナー》にも墓地を肥やす能力がある。
 さらに肥えていく墓地を見ながら、戸倉は動揺を顔に出さないようにするのが精いっぱいだった。

「さて……じゃあ、まずは……伏せカードを破壊しようかな」

 そういって、蓮花が手札を1枚選び出す。
 その瞬間、墓地のカードがはじき出され……それを糧とする様に、蓮花の場に真空管の様な光る管を身体からはやした、機械じみた悪魔が現れた。

「墓地の“インフェルノイド”1体を除外して、手札から特殊召喚……レベル4《インフェルノイド・アスタロス》」

 これが“インフェルノイド”の特性……手札・墓地から同朋を犠牲に出現する。
 逆にいえば通常召喚できず、特定のカードが手札か墓地になければ、場にモンスターを出すことすらままならないわけだが……今は違う。
 《名推理》と《カードガンナー》によって蓮花の墓地は潤っている。“インフェルノイド”達の、本領発揮だ。

「アスタロスの効果を発動。攻撃権を放棄する代わりに、戸倉くんの伏せカードを破壊するよ」

「う……な、なら破壊される前に伏せカードをチェーン発動! 《禁じられた聖槍》を先輩の《カードガンナー》に対して使います!」

 アスタロスの右腕からアンカー状の武器が射出され、戸倉の伏せカードを狙う。が、戸倉は逆に伏せカードの槍を打ちだし、攻撃の構えを取っていた《カードガンナー》を打ち抜いた。
 これで《カードガンナー》の攻撃力が800ダウン、攻撃力は1100となった。

「…………」

 それを横目でながし、蓮花の視線は墓地と手札を巡っていた。
 もう、相手の伏せカードは気にする必要はない……彼女は、もはやトドメへの算段に動いていた。

「……墓地の“インフェルノイド”2体を除外して、墓地から《インフェルノイド・アドラメレク》を特殊召喚」

 墓地からの現れたのは、《インフェルノイド・アドラメレク》……攻撃力2800を誇る、大型モンスター。
 鈍い青と金に彩れた巨大な体躯、蝙蝠型の翼を広げたその姿は、まさに機械の大悪魔。
 “インフェルノイド”の上級モンスターは、コストが下級より重いものの、墓地からの特殊召喚も可能なのだ。

「手札からチューナーモンスター《インフェルノイド・デカトロン》を召喚」

 ここで蓮花が通常召喚したのは、レベル1の“インフェルノイド”のチューナー。
 通常召喚が可能な、“特殊召喚モンスター”でない“インフェルノイド”だ。

「デカトロンの効果、発動。デッキから“インフェルノイド”1体を墓地の送る。……私は《インフェルノイド・ルキフグス》を墓地に送る」

 蓮花がデッキからカードを選び出し、墓地に送る……と、デカトロンの真空管のひとつに、鈍い光がともった。

「デカトロンは墓地に送ったモンスターのレベルと効果、名前を吸収する。よって、デカトロンのレベルは3加算されて4となり、攻撃権放棄によるモンスター破壊効果を得た。その効果で……戸倉くんの《ギガンテック・ファイター》を破壊」

「う……!」

 有する効果により戦闘破壊には耐性のある《ギガンテック・ファイター》だが、効果破壊には無力。あっという間に砕け散る。

「そしてレベル4《インフェルノイド・アスタロス》にレベル4、ルキフグス扱いとなっている《インフェルノイド・デカトロン》をチューニング……瓦礫よ、集いて竜を模れ……シンクロ召喚、レベル8《スクラップ・ドラゴン》」

 蓮花の手はまだ続く。
 攻撃権を放棄した2体を素材に、シンクロ召喚。単純に考えても、攻撃力2800の攻撃できるモンスターが1体増えたわけだが……屑鉄の竜の力は、それだけではない。

「《スクラップ・ドラゴン》の効果、発動。自分フィールド上のカードと、相手フィールド上のカードを1枚ずつ破壊する。私のカードガンナーと、戸倉くんのガジャルグを選択、破壊」

「……!!」

「で……《カードガンナー》が破壊されたので、その効果が発動。カードを1枚ドローして……と」

 攻撃力の下げられた《カードガンナー》を犠牲にする形での、更なる相手の排除。
 加えて、その《カードガンナー》の破壊時の効果を利用して、ちゃっかりと手札を1枚増やしている。

 ドローしたカードを確認した蓮花は、すぐさま戸倉に向き直した。
 ……もはや、止められる者はない、と言わんばかりに。

「……じゃあ、バトルフェイズに入るね。アドラメレクで、ミスティルを攻撃」

【戸倉紬】LP:4000→LP:3300

「戦闘破壊に成功した事により、アドラメレクの効果発動。もう一度攻撃できる。アドラメレクで、次はダイレクトアタック」

「ぐ……!」

【戸倉紬】LP:3300→LP:500

「最後。スクラップ・ドラゴンで、直接攻撃」

「う……わぁぁぁああああ!!」

【戸倉紬】LP:500→LP:0





「はー……まいった。やっぱり、先輩は強いですね……」

「ん……今日のは、よくデッキが回った方だからね。墓地が肥えないと、あっという間に負けることもあるし……」

 塾の帰り道。
 蓮花と戸倉は2人伴って帰路についていた。

 後攻ワンショットキルを決められた戸倉は、蓮花に喰らいつけなかった悔しさを滲ませているものの、感心しきりと称賛の言葉を贈る。
 しかし、蓮花も今日のプレイは運に助けられた部分が大きいともわかっていた。とにかく“インフェルノイド”は墓地を肥やさないと始まらないのだから、初手で《名推理》を引けて、その効果で《カードガンナー》を呼びだせたのは、行幸だったのだ。

「それに……戸倉くんも【インフェルノイド】デッキを研究してきてたみたいだからね。《名推理》でレベル1を宣言したのも、そうだからでしょ?」

「え、ええ……まあ……」

 ズバリ言い当てられて、頭を掻く戸倉。
 その通り、“インフェルノイド”モンスターの中で《名推理》の効果にひっかかってしまう、通常召喚可能な普通のモンスターなのは、レベル1のチューナー《インフェルノイド・デカトロン》のみなのだ。
 加えて蓮花は、相性の良いレベル1モンスターを数枚デッキに投入していたのでレベル1宣言は《名推理》での特殊召喚を防ぐためには的確な選択だった。

「まあ、その通りです……先輩に勝とうと思って、自分なりに研究してみたんですが……」

「……ちなみに、徹底的に対策するなら墓地対策を重点的にすればいい話なんだけど……」

 【インフェルノイド】デッキは墓地に“インフェルノイド”を貯めて、それをコストに展開するデッキだ。
 だから、楽に勝とうと思うならそこを狙えばよい。
 例えばゲームからの除外行為そのものを禁止してしまう《王宮の鉄壁》、そもそも墓地にモンスターを貯めさせず除外させてしまう《次元の裂け目》の様なカード弱点となっている。
 
 それを言われて戸倉は「それも考えたんですが……」と、苦笑の笑みを浮かべた。

「俺の【ドラグニティ】デッキのギミックも、墓地のカードを結構利用するんでアンチシナジーになるので……」

「……対策用に、まったく別のデッキを組むって方法もあるよ?」

「いや、でも……やっぱり、俺の一番のデッキで勝ちたいなって。そうすれば、先輩に告白する踏ん切りがつくかなって……」

「なるほど、コダワリだね……告白?」

 その瞬間、戸倉はピタリ、と止まった。
 あっという間に顔が真っ赤に、その表情は「しまった!」と言わんばかりの驚愕顔となる。

「あ、え、と、その」

 しばらくわたわたとしていた戸倉だったが、やがて覚悟を決めた様に蓮花に向き直った。

「すみません、こんな形になってしまいましたが……俺、正木先輩の事が、好きなんです! できたら、こ、こお、恋人に……なりたいです!」

「……あー、あー、なるほど」

 戸倉の言葉を受けて、1人納得する蓮花。
 デュエルを申し込んだときの戸倉の様子、そして刀堂刃の様子。そうか、刀堂は戸倉に気を使ってデュエルの相手をゆずったんだな……と、遅まきながら蓮花は理解した。
 一方の戸倉は、もはやいっぱいいっぱい。
 顔どころか身体全体が朱に染まらんばかりの緊張具合だ。

「そ、それで……その……」

「?」

「あの……先輩の、返事は……」

「……あ、そっか。うーんと、ゴメン。私、恋人とかよくわかんないし……今すぐは、ダメかな」

 その瞬間、赤かった戸倉の顔から血の気が引いた。
 「そ……そですか……」とか細く呟いて、今にも倒れそうになる。
 が、「……今すぐ?」と蓮花の最後の単語を反芻した。

「え、えと! 先輩!」

「?」

「今すぐはダメって……その、俺、完全に恋人としてダメってことは、ないんですか?」

「あー、うん。恋とかはよくわかんないけど……戸倉くんのことが嫌いってわけじゃないし……」

 実際、戸倉の素直で感情豊かな様子を、蓮花は気に入っていた。
 ただ、それが所謂恋人としての好きなのかよくわからない、とも思っていたが。

「じゃあ! あの……と、友達から始めるってことで! ……い、いけませんか……?」

「んー……いいよ」

「! ほ、ホントですか!! やったぁ!!」

 狂喜乱舞する戸倉。
 本当に今にも踊り出しそうな様子に、蓮花も思わず微笑んでしまう。

「……あ、そうだ。戸倉くん、私のこと好きなんだよね?」

「え!! ……は、はい!! 大好きっす!!」

「じゃあ、私とセックスしたいって、思う?」

「はい!! ……はい?」

「うん。セックス」

「……いやいやいや!? え、う、お!? い、いきなり何言いだしてんですか、先輩!?」

「ん……ちょっと、ね」

 そう言って蓮花はふい、と視線を戸倉から逸らした。
 戸倉がその先を追うと……そこには、クロ焦げになった廃墟。「keep out!」と書かれた黄色のテープが周りを囲んでいる。

「……ここは……」

「ん……そう。私が、発見された事故現場」

 今から数か月前に起きた、レオ・コーポレーションの関連会社があった区画にて起こった爆発事故。蓮花はその現場で見つかった。
 蓮花は事故の影響なのか記憶を失っており、自分の名前くらいしか覚えていなかった。
 加えて、どういう訳か血縁関係者も見つからず、現在も捜索が続いている状態なのだ。

 レオ・コーポレーションは事故の責任、彼女への償いを果たす手段として、LDSに彼女を特待生待遇で迎え入れた。
 寮を住処として提供し、授業料も無料。生活費等の工面も行われた。
 その好待遇が、補償策とはいえ贔屓と取られて、他の生徒との確執にも繋がったのだが……。

「その時の傷跡は、かなり大きくてね……幸い、顔とかはそれほどじゃないんだけど。肩とか、胸とか、今でも結構ぐちゃぐちゃなんだ」

「……」

「だから、そーいうことになった時、男の人は引いちゃうかなって。ちょっと思っただけ」

「お、俺は!!」

「?」

「俺は、そんなの気にしないです! というか、蓮花先輩と出来るなら、死んでもいいほど嬉し……って、何言ってんだ俺ぇーー!!??」

 カッコつけて啖呵を切ろうとして、自分の言葉に動揺して。
 わちゃわちゃと騒ぐ戸倉を見て、蓮花はまたしても微笑んでしまった。

「ん……ゴメン、ゴメン。変なこと、聞いちゃったかな」

「そ、そーですよ!! 往来で……女の子が、そーいうこと言うのはダメです!」

「ん……そうだね……」

「もう……あんまりからかわないでくださいよ……先輩?」

「……誰か、いる」

「え?」

 そう言って、事故現場に入っていこうとする蓮花。
 それを見て、戸倉は慌てた。

「ちょ、ちょっと、待ってください! 先輩、ダメですよ!」

 肩を掴み、蓮花を引きとめる。

「いろんな所が崩れそうですし……危ないですって! それに立ち入り禁止なんですから、誰もいませんよ!」

「でも……」

「ほら、誰もいないでしょう?」

 そういって廃墟を見やる2人。
 あちこちクロ焦げの柱やら崩れた壁板らしきものが散らばっているが、少なくとも人の姿は見当たらない。

「……見間違い、だったのかな」

「そうですって! ……もう、帰りましょう? だいぶ日も落ちてきましたし……べ、別にオバケが怖いとかじゃないですよ!?」

「何も言ってないよ?」

 言いあいを続けながら、事故現場から遠ざかっていく2人。
 その場には静寂が訪れ、戸倉の言ったように誰もいない様に思える。
 だがしかし、蓮花の言ったことは正しかった。
 事故現場の瓦礫の陰には……薄汚れた黒い外套を見に纏い、防塵マスクとゴーグルで顔を覆っている少年が身を隠していたのだ。





「ちくしょう! なんてひどいことを……!」

 その少年は、激昂しながら地面を叩く。

 彼の目の前には、彼の友人が変わり果てた姿で転がっていた。

「……指の爪が全て剥がされている。歯も1本も残っちゃいない。こりゃ、拷問にかけただけじゃない。憂さ晴らし目的か……リンチにされたな」

「ってことは、コイツ、死ぬ前にこちらの情報を喋ったってことか?」

「わからんが……デュエルディスクが奪われている。こちらの情報は漏れてしまってるだろうな」

 上官たちは眉をひそめながら話していたが、今の彼にその内容は耳に入っていない様だ。
 ギリギリと歯を食いしばり、今にも血が滲みださんばかりである。

「……ぜってぇ許さねぇ……大人しく狩られてりゃいいものを……! 皆殺しだ……皆殺しにしてやる……!」

 その後、彼は転属願を出し更なる激戦区に向かったらしく、私の隊からはいなくなった。

 数ヵ月後、彼が配属された隊が待ち伏せの罠にかかり、隊長を残して全滅したとの報があった。

 憎しみを叩きつけていた手も、憎しみを噛みしめていた歯も、何も残らず、彼はこの世からいなくなった。 


2.STAIN (A perfect day)


「はい、お疲れ様。今日の検査は終わりよ」

 その声で、蓮花は目を覚ました。
 気だるさを感じながらベットから起き上がり、目をこする。

 蓮花の主治医である見原女医が、カルテを片手に話しかけてきた。

「今のところ、変化なしね。これからも普通に生活を送る分には問題なし……でも、激しい運動はまだ厳禁よ」

「ん……そう、ですか」

 検査着を着替えながら、蓮花は生返事。以前に言われた事と同じだったからだ。
 
 蓮花には事故の後遺症が残っている。曰く、身体の外の傷はふさがっているが、体内の傷……内臓や筋組織などはまだ治っていないらしい。
 そのため、こうして今も継続して治療を受けている。

「無論、アクションデュエルもまだ禁止よ。貴方としては、公式戦に出られないのは残念でしょうけど……」
 
 蓮花がアクションデュエルも行えないのは、この事故の後遺症が原因である。
 リアル・ソリッドビジョンを用い、実体化したモンスターと共に地を駆け宙を舞うアクションデュエルは、身体への負担が大きすぎるのだ。

「いえ……それは、仕方ないです」

「うん。まずは、完全に治すことを優先しましょう。それじゃあ、受付で薬を貰ってから帰ってね」

「はい……ありがとう、ございました」





「お……正木じゃねえか」

 薬を受け取り、帰ろうとした蓮花。
 病院の入口付近で、刀堂刃と出会った。

「あ……こんにちは。刀堂君、どうしたの? 病院に来るなんて……お見舞い?」

「いや、そうじゃねぇ……いや、そうなるのか……?」

 要領を得ない言葉に、蓮花は首をかしげる。
 その時、病院の受付で言い争う声が聞こえた。

「お願いです! マルコ先生に会わせて下さい!」

「い、いえ……ですから、その方は当病院には……」

「落ち着け、真澄! ここで言い争っても……」

「北斗は黙ってて!」

 余裕のない必死さで受付に詰め寄っているのは、「真澄」と呼ばれた、褐色の肌で長い黒髪の少女。
 それを何とか落ち着かせようとしているには、特徴的な髪形をした「北斗」と呼ばれた少年だった。

 蓮花は、その2人に見覚えがあった。
 確か「真澄」はLDSの融合召喚コースの主席、「北斗」はエクシーズ召喚コースの主席だったはずだ。
 そして真澄の口にした「マルコ先生」……ややあって、蓮花はその人物の事を思い出した。

「マルコ先生って……確か、融合召喚コースの先生だよね? 先生、病気なの?」

 そう刃に聞いたのだが……彼の返答は、またも要領を得なかった。

「いや、病気じゃなくて怪我だろうな。だが、このLDS所有の病院にもいないようだが……」

「……? ねぇ、さっきからなんだか、どういう状況なのか、よくわからないんだけど……」

 それに刃は少しだけ考えたそぶりを見せた後、蓮花に問いかけた。

「正木、LDSの生徒が襲われたって話、知ってるか?」

「……あー、聞いた覚えがある。確か、沢渡君が襲われて、怪我したんだっけ?」

 また聞き状態だが、蓮花も覚えのある話だった。
 確か、どこかのデュエル塾の生徒が闇討ちを仕掛けたのでは、とかなんとか。
 
「ああ、エクシーズ召喚を使うデュエリストにな。で……その襲撃犯がマルコ先生も襲った可能性があるんだ」

「……? 先生を襲った? デュエルで? アクションデュエルでってこと?」

 確かに、アクションデュエルは走りまわり飛びまわることが必要なデュエルであり、怪我を負う可能性も少なくない。
 レギュレーション的にも甘い部分があり、ラフプレーすれすれの行為すら出来てしまうこともある。
 だが、仮にもLDSの講師を務めるほどのデュエリストを、そうやすやすと倒せるものだろうか?

 その疑問に、刃は意外な答えを返してきた。

「いや、沢渡の話じゃあアクションフィールドの展開をしてないはずなのに、風圧や衝撃が起こったらしい」

「……!? どういう、こと?」

「さあな……今は、噂だけだ。本当の所はまだわからねぇ……と。あいつら、話が終わったみたいだな。おーい、どうだった?」

 受付でもめていた2人が、刃の元にやってきた。

「ダメ……やっぱり、病院にもいないみたい……」

「さーて、どうするかな。他に手掛かりと言えば……襲撃された場所とか? 犯人は現場に戻るっていうし」

「それよ! 冴えた考えね、北斗! 早速行きましょう!」

「ふっ、それほどでもないさ……って、これから!? おい、待ってくれよ、真澄!!」

 そう言うと真澄は走っていってしまい、北斗は慌てて後を追いかける。

「やれやれ……こりゃ、かなり思いつめてるな。真澄は、マルコ先生を慕ってたから、わからんでもないが……」

 一つ溜息をついた後、刃も2人の後を追うべく踵を返した。

「すまねぇな、なんだかドタバタしちまって。じゃあな、正木! お大事にな!」

「うん、刀堂君も、気をつけて」

 そう言って、蓮花は刀堂を見送った。





「デュエルで……襲撃、か」

 帰り道、蓮花は先程の話を思い出していた。
 アクションフィールド内でもないのに、本物の風圧や衝撃を発生させる、謎のデュエリスト。

 デュエルで人を襲うなんて……本当にあるのだろうか? 

「…………」

 その問いは、普通なら「NO」だ。
 今現在、リアル・ソリッドビジョンシステムを作動させるには、それなりの大きな設備が必要だ。
 つまり、1個人がおいそれと所有できる様なものではなく、ましてや携帯できるようなものではないのだ。

「…………」

 だが、蓮花の心の中で「何か」が引っ掛かっていた。
 知っている気がした。
 大がかりな装置を使わなくとも、デュエルを武器にして相手を狩る方法があることを……。

「……狩る?」

 何故そんな言葉を、思いついたのだ?
 蓮花は自分の思考に、驚愕する。
 
 私は何を知っている? 私は何を忘れている? 私は……何者だ?

 その思考は、聞き覚えのある声で中断された。

「《調和の宝札》を発動! 手札のファランクスをコストに、カードを2枚ドロー!」

 建物の隙間、影になっている部分から聞き取れたのは、戸倉紬の声だった。

「戸倉くん……デュエルをしているの? こんな所で?」

 何か胸騒ぎを感じて……蓮花は、その声の方角に歩を進めた。





「《ドラグニティ−レギオン》を召喚し、その効果を発動! 墓地のファランクスを装備!」


【戸倉紬】LP:1900 手札2枚
場:《ドラグニティ−レギオン》(A1200)《風の精霊ガルーダ》(A1600)
地:《竜の渓谷》
場:《デモンズ・チェーン》《ドラグニティ−ファランクス》(装備状態)

【???】LP:3700 手札1枚
場:《RR−フォース・ストリクス》(D2500)《RR−トリビュート・レイ二アス》(A1800)
場:伏せ2枚


 強い。
 戸倉は、目の前のデュエリストの強さを、ひしひしと感じていた。
 
 “RR(レイド・ラプターズ)”と言う、機械の様な鳥獣を操るデュエリスト。
 エクシーズ召喚を操る目の前の不審者を見て、彼はLDS内で流れている噂を思い出していた。

 曰く、LDSの関係者をデュエルで襲う、エクシーズ使いがいると。

 その時は「デュエルで襲うってどういうことだよ」と思ったものだが、実際こうして目の前に現れると乾いた笑いが漏れる思いだった。
 なにせ、リアル・ソリッドビジョンシステムに関する機器が付近にないはずなのに、風や衝撃が自分を何度も襲ったのだから。

「……アンタ、やっぱり最近LDSを襲ってるっていう不審者か? なんでこんなことをする? LDSに恨みを持つ、別の塾の者か?」

 その問いに、目の前の不審者は答えない。
 目元をサングラスで、口元を赤いスカーフで覆い、表情は見えないが……彼からは滲み出る様な「怒り」が感じ取れた。

「……まあどっちにしろ、そんな危険なモン振り回してる奴を、放っていくわけにはいかないな! いくぜ、ファランクスを装備したレギオンをゲームから除外し、墓地から《ドラグニティアームズ−レヴァテイン》を特殊召喚!」 

 レギオンに変わり、戸倉のフィールド上に現れたのは巨大な剣を手にする竜の騎士――《ドラグニティアームズ−レヴァンテイン》。
 攻撃力2600を誇る大型モンスターだが、それだけでは終わらない……このカードは、戸倉の持つ“切り札”を呼ぶための布石なのだ。

「レヴァテインの効果発動! 召喚・特殊召喚成功時、墓地のドラゴン族モンスター1体をこのカードに装備できる! 俺が選択するのは、ファランクス! そして、ファランクスの効果! 装備状態を解除し、自分フィールド上に特殊召喚! いくぜ……俺の持つ、最高レベルのシンクロモンスターを見せてやる! レベル8《ドラグニティアームズ−レヴァテイン》に、レベル2《ドラグニティ−ファランクス》をチューニング!!」

 舞う星の数は、この決闘の中で最高の数。
 それに違わぬ、巨大なモンスターが、光のリングの中で完成しつつあった。
 これこそ戸倉の最強カード……三つ首を掲げ、灼熱を滾らせる、赤き轟炎の巨竜!

「赤き破壊の力よ! 今炎と共に降り立ち、暴虐の限りを尽くせ! シンクロ召喚! レベル10……《トライデント・ドラギオン》!」

 攻撃力3000を誇る、大型のドラゴン族シンクロモンスター。
 伴う炎に鼓舞されるように、戸倉の戦意も高まる。

「このターンで終わらせる……! 《トライデント・ドラギオン》の効果発動! シンクロ召喚成功時、俺のフィールド上のカードを2枚まで破壊し……その枚数分、自身の攻撃回数を増やす! ギガブレイズ・チャージ!」

 戸倉の宣言と同時に、彼のフィールド上の2枚のカードが炎に包まれる。
 その炎はトライデント・ドラギオンに吸い込まれていき、その身を覆う炎がさらに勢いを増した。

「これでトライデント・ドラギオンは3回の攻撃が可能となった! これで、全ての攻撃を通せば、お前のライフを一気に0にする事が出来る!」
 
 だが、尚も目の前のデュエリストは揺るがない。
 その様子を見た戸倉は、RRモンスター達の後ろに置かれた2枚の伏せカードを見やった。

「俺がその伏せカードを見逃してるかと思ったか? 甘いぜ! 速攻魔法発動、《封魔の矢》!」

 戸倉の発動した魔法カードから幾重もの矢が放たれ、RR使いの伏せカードに突き刺さる。

「これでこのターン、お前はその伏せカードを発動できない! これで終わりだ! やれ、トライデント・ドラギオン! まずはトリビュート・レイ二アスを攻撃だ!」

 トライデント・ドラギオンの1回目の攻撃。放たれた業火が、攻撃力1800の機械鳥をあっという間に蒸発させる。
 まずは、これで1200のダメージ……あのRR使いのライフは2500になる……ハズだった。

???:LP3100

「……!? あれ? 計算が合わない!?」

 計算を間違えたか、と慌てる戸倉の視界の隅、いつの間にか相手フィールド上に小さな鳥が現れていた。

「……手札より《RR−ラスト・ストリクス》の効果を発動させていた」

「手札誘発のカードか……!」

 思わず目を見張る戸倉。
 伏せカードを封じた事で安心しており、手札から発動するカードは正直警戒していなかった。

「RRモンスターの戦闘時、このモンスターを守備表示で特殊召喚。そして、俺のライフを俺のフィールド・墓地の魔法・罠カードの枚数×100分回復した」

 RR使いのフィールド上には《封魔の矢》によって封印されている伏せカードが2枚、そして今までの決闘過程で墓地に魔法・罠カードが4枚存在していた。
 よって、ライフが600回復。その分の計算が狂ったのだ。

「だ、だけどその鳥の守備力はたった100! こいつで十分倒せる! ガルーダ! ラスト・ストリクスを攻撃!」

 戸倉の場の鳥人が、小さな機械鳥を易々と葬り去る。

「そして、トライデント・ドラギオンの攻撃権利は、あと2回残っている! 行け、ドラギオン! フォース・ストリクスを攻撃し……さらに、がら空きになった所を直接攻撃だ!」

 三つ首の竜が猛り、業火のブレスを機械のフクロウ目掛けて解き放った。
 守りをとるフォース・ストリクスは、あっという間に消滅。直後、最後のブレスがRR使いに直撃した。

???:LP3100→LP100

 巨大な攻撃をまともに受けることになったRR使い。
 衝撃で後ろに飛ばされたが、軽やかに受け身をとりスムーズな動きで立ちあがった。

「く……倒しきれなかったか……。だが、ライフは風前の灯火だ! 次で終わらせてやる! 俺はカードを1枚伏せて、ターンエンド!」


【戸倉紬】LP:1900 手札:0枚
場:《トライデント・ドラギオン》(A3000)《風の精霊ガルーダ》(A1600)
場:伏せ×1

【???】LP:100 手札:0枚
場:−
場:伏せ2枚


「……戸倉、くん! ここで……何を……!!」

 後ろから聞こえた声に、ハッとなる戸倉。
 振りむいた先にいたのは、蓮花であった。

「れ、蓮花先輩!? なんでここに……!?」

「デュエルしてる声が聞こえたから……その、人は?」

「……! 先輩、離れててください! コイツは、おそらくLDS襲撃犯です!」

「……!」

 なんてことだ、と戸倉は内心焦りまくっていた。
 LDSの襲撃犯、原理は不明だがリアル・ソリッドビジョンシステムを悪用する不審者……彼女を巻き込むことは、絶対に阻止しなくては!

「……どうやら、ハズレの様だな。下らんデュエリストだ……鉄の意思も、鋼の強さも感じられない!」

 だが、戸倉の思考はRR使いの苛立ちをにじませた声に中断された。
 あまりの怒気にぎょっとして、戸倉、そして蓮花も思わず彼を見やる。

「鉄の……? 一体何を……?」

「貴様は、次のターンで終わらせると言ったな。だが……貴様に次のターンなど、ない!! 俺のターン、ドローォ!!」

 RR使いが、絶叫と共にカードを引く。
 込められた気迫が、まるで突風でも起こさんばかりの勢いだ。

「伏せカード発動、《エクシーズ・リボーン》! 墓地から《RR−フォース・ストリクス》を復活させ、このカードをオーバーレイユニットとする!」

「……! なら、こちらも伏せカード発動、《砂塵の大竜巻》! これで《エクシーズ・リボーン》を破壊する!」

 戸倉はすかさず、RR使いの発動したカードを破壊した。
 通常、発動後フィールド上に残らないタイプのカードは、破壊しても効果を無効化する事は出来ない。
 《エクシーズ・リボーン》もそのタイプ……通常罠のため《砂塵の大竜巻》で破壊しても、蘇生を止めることは不可能。
 だが、これはプレイングミスではない。破壊したことには、十分な意味がある。

「蘇生効果は止められないけど……《エクシーズ・リボーン》の破壊が確定しているため、オーバーレイユニットとなる効果は不発! これで、そいつのサーチ効果は使えない!」

 そう、これで《RR−フォース・ストリクス》はオーバーレイユニットを必要とするサーチ効果を使えない。
 元々フォース・ストリクスは守備力は2000と高いが、攻撃力は100しかない防御、補助向きのモンスターなのだ。
 つまり、今の時点では《トライデント・ドラギオン》の攻撃力3000には及ばない、一時しのぎの壁を用意したに過ぎない。
 
(あの【RR】というデッキ、後続を次々サーチして連続的にエクシーズ召喚して攻め立てるデッキのようだ。後続を呼べない状況なら……このまま、次のターンに倒せる!)

 戸倉はそう考えたが……その考えはあまりにも楽観的だった。

「甘い! 手札から魔法カード、《エクシーズ・シフト》発動!」

「!?」

「フォース・ストリクスをリリースする事により、同じ種族・属性・ランクを持つ異なるエクシーズモンスター1体をエクストラデッキから特殊召喚する!」

「エクシーズモンスターの……入れ替え……!?」

 驚愕する戸倉の前で、RR使いの前に光の粒子が舞う黒い渦が現れる。
 機械のフクロウが光の筋となって、その穴に吸い込まれていく。

「雌伏のハヤブサよ! 逆境の中で研ぎ澄まされし爪を挙げ、反逆の翼、翻せ! 現れろォ! ランク4ッ! RR-ライズ・ファルコン!!」

 光の渦が爆発を起こす。
 その中心に降り立ったは、機械のハヤブサ。
 鋭利な嘴と爪を掲げ、身体の各所からのバーニアから白い火が噴出していた。

「……攻撃力100で、攻撃表示?」

 攻撃的な見た目に反して、攻撃力自体は入れ替え前のフォース・ストリクスと同じ100。
 戸倉は一瞬驚いたが……態々魔法カードで入れ替えを行ったのだ。
 何か攻撃的な効果を有しているに違いないと推察し、気を引き締め直す。

 一方の蓮花は、違う意味で驚いていた。
 
(……黒い、鳥……)

 遠い記憶の中の光景。
 嫌になるほどの蒼い空。
 空を行く1羽の黒い鳥。
 戻り始めている。記憶が……失われた、自分の過去が。

(……私……は……)

「《エクシーズ・シフト》は、入れ替え後のエクシーズモンスターのオーバーレイユニットとなる。そして、そのオーバーレイユニットを使い効果発動ォ! 相手の特殊召喚されたモンスターの攻撃力を吸収する!」

《RR−ライズ・ファルコン》:ATK100 → ATK3100

 ライズ・ファルコンの周囲を浮遊する光が弾けると共に、そのボディが赤々とした燃え盛るオーラに包まれる。
 その姿を誇る様に機械のハヤブサは高らかに翼を広げ、鋭い鳴き声を上げた。

「攻撃力が……一気に……!!」

 その姿に驚嘆を露わにする戸倉。
 RR使いは、それに構うことなく次なる宣言に移った。

「ライズ・ファルコンは相手の場の特殊召喚されたモンスター全てに1度づつ攻撃できる! バトルだ! 《RR‐ライズ・ファルコン》で攻撃! ブレイブクロー・レボリューション!!」

 ライズ・ファルコンが宙を舞う。
 大空を旋回しながら徐々に高度を上げていき、一定の高さから急降下。その勢いのまま戸倉の巨竜、そして鳥人の精霊を引き裂く。
 屠られたモンスター2体の断末魔と共に、攻撃の衝撃波と炸裂音が辺りに響き渡った。

【戸倉紬】LP:1900→LP:1800→LP:300

「ぐっ! ……だ、だけど、これで攻撃は……」

 ライズ・ファルコンが攻撃出来るのは、特殊召喚されたモンスターのみ。
 これで攻撃は終了する……そのハズだった。

「甘いと言っている! 伏せカード発動、《時の機械−タイム・マシーン》!」

「な……!?」

 RR使いの発動した最後の伏せカード、それは戸倉も見た覚えのあるカードだった。
 アレは確か、戦闘破壊されたモンスターを持ち主の場に特殊召喚する通常罠……と、思い出した戸倉は、一気に血の気が引くのを感じた。

「と、特殊……召喚……!!」

「自らの死期を悟った様だな。察した通り、このターン破壊された貴様の《風の精霊ガルーダ》を戦闘破壊された時と同じ表示形式……攻撃表示で、貴様の場に特殊召喚する!」

 戸倉の場に、鳥人の精霊が戻ってくる。
 一見すれば、敵に塩を送ったともいえる行為……だが、これは戸倉にとっての死刑宣告だった。

 《RR‐ライズ・ファルコン》は特殊召喚されたモンスター全てに攻撃できる。
 《風の精霊ガルーダ》は《時の機械−タイム・マシーン》の効果によって特殊召喚された。
 そして、今はまだバトルフェイズ中。ライズ・ファルコンの攻撃権利は残っている。

 つまり。戸倉の残りライフを根こそぎ奪うため、絶好の的として用意されたに過ぎないのだ。

「終わりだ!! 行け、ライズ・ファルコン!! その死に損ないに……トドメをさせェ!!」

【戸倉紬】LP:300→LP:0

「ぐ……わぁああああああああ!!!!」

 あまりの衝撃に、そのまま吹き飛ぶ戸倉。
 身体を壁に打ち付け、そのまま気を失った。

 RR使いはデュエルディスクを構えたまま、戸倉に近づく。
 だが……その前に、ゆらりと割り込む影があった。

「……女、お前もLDSか……」

 それは蓮花であった。
 顔を俯かせたまま、RR使いの正面に立つ形となった。

「仲間を助ける気か? ならば、俺とデュエルだ!!」

 戦意と怒気を漲らせたまま、RR使いは蓮花に対して構えを取る。
 だが……当の蓮花は、息を乱してその場に立ちすくんでいた。

(なにこれ……知ってる……負けたデュエリストは……狩られる……蹂躙される……私達が……やった、ように……)

 半ば意識しないまま、蓮花は右手をデュエルディスクに翳していた。
 そこはエクストラデッキ……そこから凄まじいまでの光が溢れ出した。
 いや……光だけではない。エクストラデッキのカードが、デュエルディスクに干渉している。
 ディスクが、そのカードを読み取り……その、巨大な蛇めいた姿を映し出した。

「何!? 貴様……まさか……!?」

 そこからの事を、蓮花はよく覚えていない。
 もう1人、黒い外套の少年が現れRR使いに何か言い、彼らは撤退していき……ややあって、大人や青年……おそらくはLDSの関係者が現れ、2人の介抱を始めたことを断片的に視認していただけだ。
 
 朦朧とする意識の中で、蓮花はデュエルディスクのボタンを押した。
 どうしても確認したい事があった。急に光を放った、自分のエクストラデッキ……その中に含まれるカードを。
 カシャ、と小さな音がしてエクストラデッキの収納場所が開かれる。
 一目でわかった。白い枠のシンクロモンスターに混じり、投入した覚えのない……だが、確実に覚えがあるカードが混じっていることを。
 
 それは紫色の枠のカード……融合モンスター。自らの故郷を象徴するカードであった。





 私の部隊は奇襲に会い、救援要請もままならないまま、1人、また1人と倒され、カード化されていった。

 私もおいそれと倒されるわけにはいかない。こちらも1人、また1人と打倒していく。

 だが、その抵抗も続かなかった。

 度重なる闘いのためか、それとも他の要因か……私のデュエルディスクはエラーを吐きだし、正常な機能を失った。

 その隙をつき、敵の攻撃が私の足を抉る。

 痛みはなかった。ただ、圧倒的な熱さと他の感覚の消失があった。

 私の動きはそこで止まる。立ちあがることすらできなかった。

 倒れ込んだまま、顔を上げる。

 敵の顔があった。敵の顔があった。敵の顔があった。敵が、敵が、敵が…………。

 敵は、怒りを宿していた。敵は、憎しみを抱いていた。敵は、ありとあらゆるどす黒いものを滲ませていた。

 そして私は、敵達の餌となった。


3.Scavenger


「う……ん……」

 蓮花は眼を覚ました。
 いつの間にやら病院着に着替えさせられており、ベットに寝かされている。

 霞む目をこすりながら、起き上がる。
 部屋は薄暗い。窓の外を見てみると、もう日が沈み始めていた。
 窓から見える建物の様子に、蓮花は見覚えがあった。
 おそらく、ここは自分が定期的に通院している病院、レオ・コーポレーション所有の病院だと、蓮花は気がついた。

 蓮花は、何があったのか、少しずつ思い返し始めた。

 確か……戸倉をデュエルで倒した不審者に割って入り……そのまま、意識を失ったハズだ。
 意識を失った原因は……急激に記憶を取り戻した、その反動であろう。

「……思い、だした。私は……融合次元の……アカデミアの……デュエル、戦士……」

 今居るスタンダード次元とは異なる次元、融合次元。それが、蓮花の生まれ故郷。
 その融合次元に存在するデュエル戦士養成所……それが蓮花の育った場所である。
 アカデミアは次元統一の理念の元、エクシーズ次元に侵攻。蓮花はその尖兵の1人だったのだ。

 最初期の奇襲により、圧倒的優位に立ったアカデミア。
 だが、エクシーズ次元の決闘者達も黙って狩られるままではいなかった。
 奇襲、要撃、罠、鹵獲……ありとあらゆる手を使い抵抗してきた。

 そして、蓮花自身も……。

「……」

 蓮花は部屋の外に人の気配を感じ、ベッドから起き上がる。
 そして、音を立てずにドアの傍まで歩を進めた。壁に耳を当て、部屋の外の音を拾う。

「……しかし、正木蓮花……融合次元時代の記憶を取り戻したらしいとは、本当なのか?」

「確証はない。だが、外傷もなく気を失ったとなれば、何らかの心理的な衝撃があったはずというのが見原女医の見解だ」

「まあ、とにかく記憶を読み取ってみればわかるか……まだ精度は低いが、それくらいはわかるだろう……」

「まったく、忌々しい……融合次元の情報を知るためとはいえ……侵略者の一味なのだろう? 大丈夫なのか?」

「なに、所詮は子供。それに身体の傷の影響は大きい。いざとなれば大人しくさせるさ」

(部屋の外にいるのは2人……この病院の職員、かな)
 
 病室のドアが開く。2人は台車タイプのストレッチャーを病室に運び込もうとし……そこで、当の蓮花がいないことに気がついた。

「!? おい、対象者がいないぞ!?」

「何!? まさか、逃げ出したのか!?」

 慌てる2人の背後。
 そこに蓮花が瞬時に回り込み、当て身を喰らわせる。
 声すら立てず、2人の職員は崩れ落ちた。

「…………」

 ありえないほどの、鋭い身のこなし。
 融合次元時代の記憶がよみがえったことにより、戦場を駆けていたころの術を取り戻していた。

「……くっ……」

 しかし……身体がそれに付いて来れていない。
 身体に痛みが走り、蓮花は思わず胸を押さえた。
 蓮花の身体は、壊れかけている。
 後遺症を引きずり、運動の制限すら掛けられる、深刻な肉体へのダメージ。
 その原因は爆発事故ではなく、戦場で負わされたもの。あの敵達の、餌食となった時だ。

「……技術的な問題か、もしかしたら意図的に……適切な治療を受けれていない、かな……」

 先程の職員の話からすれば、融合次元のことはレオ・コーポレーションに……少なくとも一定の地位以上の者には知られている。
 情報を引き出すと言っていたあの話しぶりからすると、友好的な関係とも思えない。
 記憶を失った蓮花を飼い殺しにし、情報を集めている可能性が高そうだ。
 ここに留まっていても、蓮花にとって良いことにはなりそうにない。

(どうにか、デュエルディスクを見つけて……ここから、脱出するのが、よさそうかな……)

 そう、思案していた最中に。

「……蓮花先輩!!」

「……戸倉、くん」

 自分を呼ぶ声に、蓮花は振り替える。
 頭に包帯を巻いた、痛々しい姿の戸倉紬がそこにいた。

「先輩……無事だったんですね……よかった……」

「戸倉くんも、大丈夫みたいだね」

「……先輩? その……倒れてる人達は……」

 それを聞いて蓮花は少し俯き……それから、微笑を湛えて戸倉に向き直った。

「戸倉くん……私、行かなくちゃ、ならなくなっちゃった」

「先輩……? 行くって、どこに……?」

 要領を得ない発言に、眉をひそめる戸倉。
 いや、それだけではない。まるで……蓮花が、今にも目の前から消えてしまいそうな……。

「戸倉くんを襲ったあのデュエリスト……彼はたぶん、エクシーズ次元から来たデュエリスト。戦場から来た、復讐者。そして、私もそう。私は、戦場から来たの。今まで、ずっと忘れてたけど……」

「え……先輩、記憶が……? いや、それにしたって、何言ってるか……」

 困惑する戸倉。
 当たり前だ。今まで平和に暮らして来た少年に、こんな突拍子のない話、信じられるわけがない。

「私は……戦場にいたころを、思い出したの。だから、ね。戸倉くん……私は、もう、ここには居られない。行かなくっちゃ……」

「……そんなの、嫌ですよ」

 今なお混乱し続ける戸倉だが、絞り出す様に言葉を発した。

「記憶が戻って……戦場って……そんな所に、いかないでくださいよ!!」

「戸倉……くん?」

「いったじゃないですか! 俺、先輩が好きなんです! 俺、先輩と離れたくない……これからも、先輩と一緒に……! 遊びに行ったり、デュエルしたり、それから……それから……!!」

 必死に言葉を紡ごうとする戸倉。
 ここで引きとめなければ、彼女とは2度と会えなくなる様な気がしていた。

 それだけは、認めれれなかった。

「……戸倉くん、ごめんね」

「え……?」

 だが、蓮花はそれに応えられない。
 自分の本当の居場所は、戦場なのだから。

「……さようなら」

「せんぱ……ッ!!」

 腹部に痛みを感じた戸倉。
 一瞬で接近した蓮花が、自分の鳩尾を殴ったことをおぼろげに理解しながら、戸倉は意識を失った。

 崩れ落ちる戸倉を、蓮花は抱きとめる。
 その刹那、彼女の脳裏に添えられたのは、悲嘆か、未練か、それとも……。

 だが、蓮花はそれに答えを出すことなく、彼を置き去りにして立ち去った。





(……ディスクを見つけられたのは良かったけど、監視、警戒が強くなっちゃったな……)

 既に陽が落ち、街に闇が訪れた中。
 蓮花は警備の激しくなった街中を、身を隠しながら移動していた。
 当初はレオ・コーポレーションの本部に忍びこむつもりだったが、そもそも普段から警備が厳重だった場所。今はアリの子一匹すら通さないと言わんばかりの有様だった。

(……もうひとつ、心当たりはあるけれど……)

 今向かっているのは、そのもうひとつの心当たりの場所。
 蓮花が保護されたと言う事故現場だ。

 そもそも今蓮花がスタンダード次元いるのは、偶発的な事故のせいだ。
 蓮花の所有していた、次元移動機能が付加されたアカデミアのデュエルディスクはエラーを吐きだしていた。修理も行われたが、完全ではなかったのだろう。
 ともかく、今現在レオ・コーポレーション本部への潜入が不可能ならば、次元移動の手掛かりのある場所はそこくらいしか思いつかなかった。
 この次元に初めて来た場所なら、何かあるかもしれない。

(……何かって……なんだろうな……)

 一体、自分は何を求めているのだろうか。
 アカデミアに帰るのか? それともエクシーズ次元に復讐にでも行くつもりか?

 なにより、事故現場は警察……及びレオ・コーポレーションに調べつくされているハズだ。
 次元移動のための手がかりが見つかる可能性は低いと言うのに。

 考えがまとまらないまま、とうとう蓮花は事故現場に辿り着いた。
 防犯カメラの有無を調べながら、崩れそうな黒焦げの廃墟に慎重に侵入する。

「……ああ、これは……ハズレ、引いちゃったかな……」

 廃墟の中、蓮花は背後に気配を感じて振り返った。
 そこにいたのは、2人の少年。
 1人は戸倉と闘っていたRR使い。もう1人は、彼よりも少し背の低い、薄汚れた黒い外套を見に纏った少年だった。

 2人とも、油断なく蓮花の前に対峙する。

「君は……ここに来ていたことを、見たことがある。LDS、だな」

 黒い外套の少年が聞いてくる。
 蓮花は苦笑しながらそれに応じた。

「アレ……知ってるんだ。じゃあ、戸倉くんとの会話も、聞いてた? 恥ずかしいな」

「御托はいい……答えろ。貴様……アカデミアか?」

 怒気を孕んだ声で、RR使いが詰問する。

「……アカデミアなんて知らないよ、と言ったら、君たちは信じてくれる?」

「質問を質問で返すな!!」

 激昂するRR使い。黒外套の少年が「隼、落ち着け」と彼を軽く諌めた。

「……今日の夕方前、隼とのデュエルの時、君のディスクが映し出したモンスター……融合モンスターだな? 少なくとも、この次元のデュエリストの融合召喚とは思えない反応だった」

「……それで、私がアカデミアだったら、どうする?」

 その言葉に、RR使い……隼と呼ばれた男が、怒りを滲ませたまま前に出た。

「やはり、LDSはアカデミアと繋がりがあるのだな」

「……それは、ないと思うよ。私が言って、信じてもらえるかどうか、わからないけど……」

「はぐらかすな!! どの道、アカデミアなら容赦はしない! デュエルだ! 貴様を、殲滅する!!」

 RR使いが、デュエルディスクを構える。
 それを見ていた黒外套の少年も、ディスクを構えて前に出た。

「……オレも、君がアカデミアだというなら、逃す訳にはいかない。聞きたいことは、山ほどあるからな」

「……これは……逃げられない、ね……」

 観念したように苦笑する蓮花。
 自分はデュエル戦士。戦場から離れても、戦場の方が追ってくる。

「なら……やるしか、ないかな。じゃあ……やろっか」

 蓮花も構えを取る。
 デュエルが……戦場のデュエルが、始まった。


【ユート】LP:4000 手札:5枚
場:−
場:−

【黒咲隼】LP:4000 手札:5枚
場:−
場:−

【正木蓮花】LP:4000 手札:5枚
場:−
場:−


「オレのターン! 手札から《幻影騎士団ダスティローブ》を召喚! さらに、場に“幻影騎士団”がいる時、手札からこのカードを特殊召喚できる! 来い! 《幻影騎士団サイレントブーツ》!」

 黒外套の少年のターンから開始されたデュエル。
 彼はモンスター効果を利用し、瞬時に2体のモンスターを並べた。
 そのレベルは、両方とも3。

(彼らは間違いなく、エクシーズ次元のデュエリスト……ならば、次なる手は……)

「オレは、レベル3のモンスター2体でオーバーレイ! 戦場に倒れし騎士たちの魂よ。今こそ蘇り、闇を切り裂く光となれ! エクシーズ召喚! 現れろ! ランク3、《幻影騎士団ブレイクソード》!」

 蓮花が思った通り、エクシーズ召喚が行わる。
 現れたのは、その名の関する通り折れた剣を構える亡霊騎士。

「カードを1枚伏せて、ターンエンド!」

 最初のターンは攻撃できない。
 伏せカードで守りを固め、黒外套の少年はターンを終える。

 その宣言が終わると同時に、RR使いが弾ける様にカードを引いた。

「オレのターン、ドロー! オレは手札から《RR‐バニシング・レイ二アス》を召喚!」

 さっそく機械の鳥を呼びだしたRR使い。無論、それだけでは終わらない。

「バニシング・レイ二アスが召喚・特殊召喚に成功したターン、手札からRRモンスター1体を特殊召喚することが出来る! この効果で、2体目のバニシング・レイ二アスを特殊召喚! さらに2体目のバニシング・レイ二アスの効果で《RR‐インペイル・レイ二アス》を特殊召喚!」

 一気に3体のモンスターが並んだ。
 攻撃力1300の《RR‐バニシング・レイ二アス》が2体、攻撃力1700の《インペイル・レイ二アス》が1体。
 その総攻撃力は、4300。初期ライフ4000を上回った数値だ。

「やれェ!! 3体のRR(レイド・ラプターズ)で、攻撃!!」

 RR使いの怒気を受け取ったかのように、3体の機械鳥が蓮花目掛けて襲いかかった。 
 まず前に出たのが2体のバニシング・レイ二アス。
 鋭利な爪を翳し、抉る様に蓮花を嬲った。

【正木蓮花】LP:4000→LP:2700→LP:1400

「がっ……!!」

 蓮花はその衝撃で後ろに飛ばされる。
 そのまま、後方にあった壁の残骸に背中から叩きつけられた。

 倒れた蓮花を追撃するべく、インペイル・レイ二アスが滑空する。

「……私は手札の、《ゴーストリック・フロスト》の効果、発動」

「何!?」

 蓮花の呼びだした可愛らしい雪だるまの妖怪が、雪を操りインペイル・レイ二アスの視界を奪う。
 うろたえる機械鳥を見て、してやったりと言わんばかりにくすくすと笑いながら、その姿を闇にまぎれさせてゆく。

「この効果で……直接攻撃をしてきたモンスターを裏側守備にして……このカードを裏側守備で、特殊召喚」

「……防御型の手札誘発カードを抱え込んでいたか……」

 ギリリ、と歯噛みしながらRR使いが忌々しいとばかりに呟く。

「ならば、バトルを打ち切りメインフェイズ2に移行! まずは、その目障りな雪ダルマを消してやる! 魔法カード、《抹殺の使徒》を発動! 裏側守備モンスター1体をゲームから除外する!」

 蓮花を守ったゴーストリック・フロストは、あっさりと排除される。
 これで、蓮花のフィールドは再びがら空きとなった。

「続けて、場のバニシング・レイ二アス2体で、オーバーレイ! 冥府の猛禽よ、闇の眼力で真実をあばき、鋭き鉤爪で栄光をもぎ取れ! エクシーズ召喚! 飛来せよ! ランク4! 《RR−フォース・ストリクス》!」

 RR使いは手を緩めない。今がダメでも、次のターンに確実に敵を倒せるよう、牙をとぐようにカードを手元に集める。

「フォース・ストリクスの効果発動! オーバーレイユニットを1つ使い、デッキから《RR−トリビュート・レイ二アス》を手札に加える! これでターンエンド!! 貴様のターンだ!!」

 RR使いはさっさとしろと言わんばかりに、いらついた様子で宣言した。

 
【ユート】LP:4000 手札:2枚
場:《幻影騎士団ブレイクソード》(A2000)
場:伏せ×1

【黒咲隼】LP:4000 手札:3枚
場:《RR‐フォース・ストリクス》(D2000)裏守備×1
場:−

【正木蓮花】LP:1400 手札:5枚
場:−
場:−


「……私の、ターン……ドロー……」

 蓮花はふらつきながら立ち上がり、カードを引く。
 その時、病院着がはだけ、蓮花の胸元が露わになった。

「……!? 君……それは……!?」

 それを見た黒外套の少年が、驚愕の声を上げる。
 蓮花は「……ああ、これ?」と、たいして興味なさそうに応えた。

「この傷、ね……醜い、よね。これ、エクシーズ次元の人達に、やられたんだよ」

「ッ……!?」

「……まあ、憎い敵だから、だろうね。絶好の、仕返しの機会だったろうし……」

 どこか他人事のように言う蓮花に対し、黒外套の少年は動揺を隠せずにいた。
 絶句したまま動きを止めた彼とは対照的に、RR使いは一層眉間のしわを深くした。

「……だからどうした? その傷に免じて赦せとでも言うつもりか? 貴様らアカデミアが何をしたか……!! オレが貴様らを許すことなどあり得ない!! 貴様のその有様も……当然の報いだ!!」
 
「……!! よせ、隼! それ以上言うな!」

「黙れ、ユート!! 惑わされるんじゃない!! 奴は、あの悪魔共の……アカデミアのデュエリストなんだぞ!!」

「……別に、赦してくれなんて、言わないよ」

 言いあう2人の少年に、どこか冷淡な蓮花の声が割って入った。

「私は……戦場しか、しらなかった。戦場にしか、いられなかった。そこにして……そうしただけ。そうされただけ」

 力を振るい、力を振るわれ……理不尽を与え、理不尽を与えられる。
 そうだ……“正木蓮花”は。そんな場所にしかいられない、デュエル戦士だった。

「……手札から、永続魔法《煉獄の虚無》を、発動。このカードを墓地に送り……融合召喚を行う」

「……!!」

「融合……ッ!!」

 その魔法が発動すると同時に……蓮花の手札全てと、デッキの中の6枚のカードが鈍い光に包まれた。

「《煉獄の虚無》での融合は、相手フィールド上にのみエクストラデッキから特殊召喚されたモンスターがいる場合、デッキから6体まで融合素材にできる」

「デッキから……!?」

 デッキから6体、蓮花の残存手札4枚全て……それが全て墓地に吸い込まれる。

「煉獄の火よ……虚無の元に集いて、今、生と死の境界を越えよ……融合召喚……来たれ……《インフェルノイド・ティエラ》」

 降り立ったのは、巨大な蛇状の悪魔。
 牛の様な角。色の異なる一対の翼。
 光と闇の収束する球体を左右の手に携えた恐るべき存在が、今この地に降り立った。

「ああ……なんて……なんて、恐ろしいんだろうね……」

 自らの大いなる虚無を見上げながら、蓮花は笑うように、泣くように、呟いた。





 …………。

 ああ、目が覚めましたか。大丈夫です、ここはアカデミアですよ。わかりますか、正木蓮花さん?

 ……あ……う……。

 治療は完了しました。酷い有様でしたが、良かった。生き残った貴方だけでも助けることが出来て。

 ……生き……残り……。

 ええ、残念ながら生き残ったのは貴方だけです。他の皆は、増援部隊が付く前にやられたようです。

 ……そう、ですか……それ、で……。

 ああ、貴方がたを奇襲し、貴方に狼藉を働いたエクシーズの残党共なら、既に絶滅しましたよ。よかったですね。

 ……いや、その……。

 さて、しばらくは立つことも出来ないでしょう。まずは、ゆっくりと療養を……。

 ……それで、聞きたいん、ですけど……。

 はい? なんでしょうか?

 …………私は、いつ、戦場に戻れますか?


4.Forgive An Angel


 融合モンスターを呼びだしたせいだろうか。
 蓮花の失われていた記憶は、より鮮明になってきた。

 懐かしい感覚だった。
 身体の芯から冷えていくような、心そのものがなくなるような。

 戦場で共にいた者が殺されても、憤りはしなかった。
 戦場で身を削られることになっても、恐ろしくなどなかった。
 戦場で倒れようと、そこから離れることなど考えもしなかった。

 戦場にいた虚無の自分が、大いなる悪魔と共に帰ってきた。
 
「……《インフェルノイド・ティエラ》の効果は、融合素材とした“インフェルノイド”の種類が増えるほど、その効果を適用できる。今は、10種類で融合しているから……全ての力が使える」

 蓮花はゆらりと、相対する2人を指さす。

「まず1つ目……互いのプレイヤーは手札を全て捨てる。この場合……貴方達2人とも、手札を捨てることになる」

「……!!」

 ユートと黒咲の手札が、炎に包まれる。
 蓮花の手札はティエラの融合素材として全て墓地に送られていたため、影響はない。

「2つ目……互いの除外されているカードを墓地に戻す効果……は、全員除外されているカードがないから、意味はないね。3つ目、互いのデッキの上から3枚墓地に送る」 

 互いのデッキトップのカードが墓地に送られる。
 蓮花の口調と同様に、淡々と効果処理が続けられる。

「そして最後……互いに、自分のエクストラデッキからカードを3枚選んで墓地に送る」

「エクストラデッキのデッキ破壊効果か……!」

 だが、幸い墓地に送ることのできるカードは自分で選べる様だ。
 ユートと黒咲は、デュエルで必要になりそうなエクシーズモンスターを残して墓地に送る。

 が、次の瞬間。ユートの伏せカードと、黒咲のフォース・ストリクスが爆発した。

「何……!?」

「ぐ……!? これも、ティエラの効果か!?」

「ううん……違うよ。これは、私のエクストラデッキから墓地に送られたこの融合モンスター、《旧神ヌトス》の効果……」

 そう言って、蓮花は墓地を見つめた。

「《旧神ヌトス》は場所を問わず、墓地に送られた場合にフィールド上のカードを1枚破壊する。私はティエラの効果で、3枚のヌトスを墓地に送って、その効果を使用した」

「……それで、オレ達のカードを破壊したのか……!」

 更なる融合モンスターに憤慨する黒咲の隣で、ユートはその説明に疑問を持った。
 今破壊されたのは隼と自分のカードが1枚ずつ……だが、彼女がティエラの効果でエクストラデッキから墓地に送ったヌトスは3枚。
 ならば、もう1枚破壊されるカードがあるはず……。

 その疑問の答えは、意外な形で明らかにされた。

「私は……最後のヌトスの効果で、私のフィールド上の《インフェルノイド・ティエラ》を、破壊」

「!?」

「自分のモンスターを!?」

 驚愕する2人の前で、ティエラが苦悶の声を上げながら燃えていく。 
 巨大な炎の塊となった悪魔の大蛇、蓮花はその赤の光を背に、ぽつぽつと紡ぐ様に言葉を続けた。

「ティエラのレベルは11……私の“インフェルノイド”達は、フィールドに展開する場合、レベル・ランク数値の合計8を基準とした制限があるから、高レベルモンスターはずっといると、邪魔になるんだ」

 蓮花の後ろの炎が、幾分か小さくなる。
 その炎の中で……別の、鋼の悪魔がその姿を鋳造させていた。

「墓地の“インフェルノイド”2体を除外し……墓地から《インフェルノイド・アシュメダイ》を特殊召喚。さらに《グローアップ・バルブ》の効果を発動。デッキトップ1枚を墓地に送ることにより、このカードを自分フィールド上に特殊召喚する」

 杖を構えるアシュメダイの側に、眼球付きの種が出現する。 
 そして、それは光のリングとなりアシュメダイを包み込んだ。

「レベル5《インフェルノイド・アシュメダイ》にレベル1《グローアップ・バルブ》をチューニング……鎚振るう獣神よ、炎熱纏いて、鉄を打て。シンクロ召喚、レベル6……《獣神ヴァルカン》」

「シンクロ召喚までも……!?」

「やはり、シンクロを使う融合の手先が……!!」

 蓮花のシンクロ召喚を見て何やら思案するエクシーズ次元の2人。
 だが、当の蓮花はかまわずカードの効果発動に入った。

「《獣神ヴァルカン》の効果。シンクロ召喚成功時に、自分と相手の場のカードを1枚ずつ手札に戻す。私が選択するのは、《獣神ヴァルカン》自身と……《幻影騎士団ブレイクソード》」

「ぐ……バウンス……!」

 その効果に歯噛みするユート。
 《幻影騎士団ブレイクソード》は破壊された場合、墓地の“幻影騎士団”モンスター2体を蘇生させる効果があるのだが、バウンスされた場合はその効果は発動できない。ユートの場はがら空きとなる。
 
 バウンス効果を受けた2体は、どちらもエクストラデッキから特殊召喚されたモンスター。手札に戻ることは出来ず、エクストラデッキに戻ることになる。
 蓮花の場のモンスターも消えたが……それはかえって好都合。
 これで、墓地の“インフェルノイド”を展開できるようになった。
 
「……墓地に“インフェルノイド”2体を除外し……《インフェルノイド・ヴァエル》……さらに2体除外し……《インフェルノイド・アドラメレク》……」

 赤黒い装甲に真鍮色のラインを持つ、攻撃力2600のヴァエル。
 薄い紺の装甲に、鈍い金のラインを持つ、攻撃力2800のアドラメレク。
 高い戦闘能力を誇る、最上級の“インフェルノイド”が2体。どちらも自身の力の巨大さを誇る様に、高らかに翼を広げた。
 
「……《インフェルノイド・アドラメレク》で……裏側守備表示の《インペイル・レイ二アス》を攻撃」

 アドラメレクが、黒崎の場に飛来する。
 その巨体の一撃に、闇の中で守りの耐性を取っていた機械の鳥はあっさりと潰された。

「アドラメレクの効果……モンスターを戦闘で破壊し墓地に送った時、もう1度だけ続けて攻撃できる」

 機械鳥を蹂躙した悪魔は、尚も獲物を狙い蠢く。
 それに黒咲は瞬時に反応した。

「させるか! 墓地から《RR‐レディネス》を除外して効果発動! このターンのダメージを0にする!!」

「墓地から……?」

 アドラメレクの攻撃は空を切る。黒咲のライフポイントは微動だにしなかった。
 あんな罠、墓地にあっただろうか……と蓮花は訝しく思ったが、すぐさま気がついた。
 何せ自分は手札破壊に加え、デッキ破壊までやったのだ。
 防御効果の罠ということは、手札に温存したとも考えにくい。デッキ破壊によって、偶然墓地に送られたものだろう。

「《RR‐レディネス》の効果は、このターン中、続くみたいだね……じゃあ、このターン、もうそちらにはダメージを与えられない、か……なら……」

 ギチリ、ともう1体の悪魔が、ユートの姿を捕える。

「……《インフェルノイド・ヴァエル》で、直接攻撃」

 ユートの元に飛来するヴァエル。その手に構えた槍が、ユートを寸分なく捉えた。

「くッ……! 墓地の《幻影騎士団シャドーべイル》の効果発動! このカードをモンスターカード扱いで、守備表示で特殊召喚!」

 ユートは先程のヌトスの効果で破壊された伏せカード、その墓地で発動する効果を使用した。
 このカードは相手モンスターの直接攻撃時、モンスターカードとなり自らを守ってくれる。

 だが……それは、ユートの元に現れる寸前、炎に包まれて姿を散らした。

「何……!?」

「……《インフェルノイド・アドラメレク》のもう1つの効果を発動。自分フィールド上のモンスター1体をリリースし、相手の墓地のカード1枚を除外出来る。私はアドラメレク自身を生け贄に、シャドーべイルを除外……」

「……!?」

 その炎の出所は、先程黒咲を狙っていたもう1体の“インフェルノイド”であった。
 アドラメレク自身が炎となり、影の鎧騎士を燃やしつくす。
 除外されてしまえば、場に現れることは出来ない。ユートの場はがら空きのまま……ヴァエルの一撃を、まともに受けることになった。

「ぐあ……!!」

【ユート】LP:4000→LP:1400

「ユート! く……貴様ァ……!!」

 黒咲は吹き飛ばされたユートを見、蓮花に対して怒気を強める。
 だが、当の蓮花はどこ吹く風。続けてカードを墓地から選び出す。

「……メインフェイズ2。墓地の“インフェルノイド”3体をゲームから除外し……《インフェルノイド・リリス》を特殊召喚」

 場のモンスターがレベル7のヴァエルのみとなったため、新たな“インフェルノイド”を呼びだす蓮花。
 どことなくティエラに似たその巨体をくねらせるだけで、フィールド上に風が渦巻いた。

「……私はこれで、ターンエンド」


【ユート】LP:1400 手札:0枚
場:−
場:−

【黒咲隼】LP:4000 手札:0枚
場:−
場:−

【正木蓮花】LP:1400 手札:0枚
場:《インフェルノイド・ヴァエル》(A2600)《インフェルノイド・リリス》(A2900)
場:−


「く……オレのターン、ドロー」

 吹き飛ばされたユート、少しばかり苦しそうに立ち上がる。
 その目が、今戦っている少女の姿を捕えた。

 痛々しい傷跡……その原因は、エクシーズ次元の人間……。

「その傷……本当に、オレの仲間たちが……?」

 思わず口に出してしまったユート。
 しまった、と口と紡ごうとしたが、もう遅い。蓮花はしっかりとそれを聞いていた。

「……貴方達の仲間かどうかはわからないけど、まず間違いなくエクシーズ次元の人間、だろうね。私の部隊は奇襲にあって……交戦していたんだけど、私は足を怪我してね。その場で動けなくなって……後は……」

「……ッ! それ以上……言わなくていい……」

 ユートは後悔した。彼女にこの質問をしてしまったことを。
 やはりあの傷は戦闘によるものではなく、無抵抗となった相手を……。

 歯噛みし、俯くユート。心が軋むようだった。
 エクシーズ次元の人間が、そのような行為に及んだ事実に。
 その被害にあった当人が、こうして目の前にいるという事実に。
 そして……そのことを、あまりにも無神経に聞いてしまった、自分自身に。

「ユート! 何を呆けている!? そのままでは、奴に殺されるぞ!!」

 親友の声に、ユートは正気を取り戻した様に顔を上げる。
 そうだった……彼女は、被害者であると同時に加害者。アカデミアの、デュエル戦士……。

「……くっ……! ……オレは、墓地の《幻影騎士団ダスティローブ》の効果を発動! 自身を除外し、デッキから“幻影騎士団”カードを手札に加える!」

「……リリスの効果、発動。《インフェルノイド・リリス》は1ターンに1度、私の場のモンスター1体をリリースし、モンスター効果を無効にできる。リリス自身をリリースし、その効果を発動……ダスティローブの効果を無効に」

「……!?」

 蓮花の場のリリスが、その姿を消す。それと同時に、ユートのデッキに電流が走った。
 ダスティローブの持つ、サーチ効果を無効化……この電流は、デッキに触るなという意味合いか。

「……な、ならば、手札の《D.D.クロウ》の効果を発動! そのリリスをゲームから除外する!」

 反射的に、手札のモンスター効果を使ったユート。
 だがその直後、しまった、といわんばかりに顔をしかめた。
 《D.D.クロウ》は、相手ターンでも手札から使えるカードだ。もっと良いタイミングで発動できるよう温存するべきだった。
 それに、今の自分のフィールド上はがら空き。壁として守備表示で出す選択肢もあった。
 だというのに、暴発気味に効果を使ってしまった。
 動揺と混乱を改めて自覚しながら、ユートは沈んでいく心を持ち直そうと精一杯だった。

「……墓地の《幻影騎士団サイレントブーツ》の効果を発動。自身を除外し、デッキから“ファントム”魔法・罠カード1枚を手札に加える。オレは……《幻影霧剣》を手札に加える……カードを1枚伏せ、ターンエンド」

 うなだれた様にターンを終えたユート。
 その様子を見ながら、黒咲は前に出た。

「……ユート、お前は甘すぎる。戦場において、それは命取りになる。わかっている筈だ」

「……わかっている……だが……」

「だがもかかしもない! 忘れたか……俺達が、このスタンダード次元に来た目的を! 融合次元に対抗するため……アカデミアのプロフェッサー、赤馬零王。その息子、赤馬零児の身柄を確保するためだろう!?」

「……成程、赤馬零児をおびき出すために、LDSの関係者を、襲ってたんだね……」

 会話に割って入ってきた蓮花を、黒咲は忌々しそうに睨んだ。
 
「……その通りだ。それに加えて、LDSがアカデミアと関係しているかどうか見極める狙いもあった。現にこうして、アカデミアのデュエリストが網にかかったわけだがな……」

「だから……私は偶然ここにいるだけで、LDSはアカデミアとは、関係ないよ」

「貴様が言ったところで、証拠にはならない! LDSは……俺達にとっての敵だ!!」

「……だから、LDSを倒して、いいって?」

 心なしか、蓮花の今までの淡々とした様子よりも、強い調子の含まれた言葉。
 だが、黒咲はその違いに気付くことなく怒気を増していく。

「構いはしない!! オレは誓った。たとえ修羅に身を墜とそうと……アカデミアをぶっ潰し、瑠璃を救い出すと!! オレの、タァーン!! ドロォー!!」

 復讐のための力を求め、黒咲はカードを引く。
 まるで、魂すら削るかのように。

「ライフを半分支払い、《RUM‐ソウルシェイプ・フォース》を発動!!」

【黒咲隼】LP:4000→LP:2000

「墓地の“RR”エクシーズモンスターを蘇生し、2つ上のランクのエクシーズモンスターに、ランクアップさせる!!」

「ランク……アップ……?」

 聞きなれない単語に、首をかしげる蓮花。
 だが、デュエル戦士としての勘が、その危険性を瞬時に察知した。
 そして……同時に、その対処法も。

「オレは、墓地の《RR−フォース・ストリクス》を……」

「《インフェルノイド・ヴァエル》の効果、発動。自身をリリースし《RR‐フォース・ストリクス》を除外」

「何!?」

 ランクアップの詳細はわからないが、態々専用の魔法を使って呼びだすなら、それは強力な効果を持っている筈だ。
 ならば、呼ぶこと自体させなければいい。
 幸い、黒咲の使った《RUM‐ソウル・シェイプ・フォース》は蘇生効果を挟んでいた。
 ならば、蘇生するモンスターを除外してしまえば、妨害できるはず……蓮花の読みは、見事当たったようだ。

「チッ……だが、これで……」

 これで蓮花の場のモンスターは全て消えた。
 がら空きとなったフィールドの果てに、アカデミアの少女がぽつんと立っている。

「くそッ……オレはこれで、ターンエンド!」

 憎き敵が無防備のまま目の前にいる……だが、それに届く刃がない。
 その歯がゆさに、苦虫を噛み潰したような気分を味わいながら、黒咲はターン終了を宣言した。


【ユート】LP:1400 手札:0枚
場:−
場:伏せ×1

【黒咲隼】LP:2000 手札:0枚
場:−
場:−

【正木蓮花】LP:1400 手札:0枚
場:−
場:−


「……私のターン、ドロー……」

 蓮花がカードを引く。
 彼女の墓地に残存する“インフェルノイド”は、ヴァエルとティエラの2体のみ。
 蘇生のための糧となる“インフェルノイド”の数が足りなくなったため、もう墓地から蘇えることはない。

 だから……もし。
 まだ、悪魔が現れる手立てがあるとすれば。
 
「私は……ライフを800支払い、手札から、魔法カードを発動」

【正木蓮花】LP:1400→LP:600

 それは、蓮花がこのターンの最初に手にした、1枚のカードのみ。

「……《再融合》。墓地の融合モンスターを蘇生し……このカードを装備する」

「……!?」

 思いがけぬカードに、目を見開く黒咲。
 墓地に残されていた融合モンスター、恐るべき存在……煉獄の火を束ねられし悪魔が、再びその身を滾らせる。

「来たれ……《インフェルノイド・ティエラ》」

 大いなる悪魔を迎え入れる蓮花。
 両手を掲げたその姿は、まるで散り逝く花の様だった。

「……さて、と」

 ギチリ、と首を動かす蓮花。
 彼女の目が、がら空きの場の黒咲を捉える。

 彼は怒りと憎しみを宿した、どす黒く燃える様な瞳で、蓮花を睨み返してきた。

 蓮花は、それに覚えがあった。
 同じだ。戦場で、幾度も見た。
 自分が倒した者達、自分を嬲った者達――復讐に身を焦がす、戦場が生み出した憎悪の権化。
 彼もまた、そのひとり。

 彼の心のベクトルは、怒りと憎しみに振りきれている。あれでは、他の意見を聞きいれるわけがない。
 LDSとアカデミアは関係ないと言っても、聞く耳を持たないだろう。

「……これ以上……戦火を、無暗に広げるつもりなの……? あんたは……」

「アカデミアの貴様が、それを言うか!!」

 ほら、やっぱり。
 彼らはこれからも、LDSの関係者を襲うだろう。
 自分たちの仲間を助けるために……本来、戦場と無関係だった者達に、犠牲を強いて。

 蓮花は、ふいに戸倉の事を思い出した。
 くるくると表情が変わる、あの少年の事を。

 もし、彼が戦場に放り込まれる様な事があったなら。
 目の前の敵の様に、憎悪に支配されるのだろうか。
 それとも、自分の様に心を虚無とするのだろうか。

 それは、どちらも。

「嫌、だな……」

 蓮花の手が、敵を……黒咲を、捕える。
 それに従うように、ティエラの元に炎熱のエネルギーが収束しはじめた。

「《インフェルノイド・ティエラ》で……直接、攻撃」

「……!」
 
 ティエラの砲撃が、今まさに放たれんとしたとき。
 霧を纏った1本の剣が、ティエラに突き刺さった。 

「……《幻影霧剣》を発動した。このカードの対象となったカードは、効果が無効となり、攻撃もできなくなる」
 
 動きを封じられ咆哮を上げるティエラ。
 同時に、霧がティエラを包み込み、その姿が朧になる。

 邪魔なことを、と蓮花が《幻影霧剣》を発動した少年を睨む。
 黒外套の彼の目を見た時……蓮花は、思わず息を飲んだ。

 どこか泣き出しそうな潤んだ瞳……別れを告げた彼も、あんな瞳をしていた。

「……ターン、エンド」
 
 蓮花は、なんだか毒気を抜かれた気分で、ターンの終了を告げた。


【ユート】LP:1400 手札:0枚
場:−
場:《幻影霧剣》

【黒咲隼】LP:2000 手札:0枚
場:−
場:−

【正木蓮花】LP:600 手札:0枚
場:《インフェルノイド・ティエラ》(A3400)
場:《再融合》


「……オレのターン、ドロー」

 ユートが、カードを引く。
 そして、今目の前にいる敵を、しっかりと見据えた。

「……君がアカデミアであることに、間違いはないんだな。俺達、エクシーズ次元の人間を、狩ったのか?」

「うん……そうだよ。それが、私の使命だったから」

「……君は、エクシーズ次元の人間に傷つけられたことを、恨んでいるか?」

「……どうかな? よくわからない、かな……」

 ユートは彼女を憎く思った。
 あまりにも簡単に、自分たちを狩ったことを語る彼女に。

 ユートは彼女を悲しく思った。
 自らの感情にすら無頓着に、戦場に赴くしかなかった彼女に。

「ああ……でも……」

「……?」

「……この次元に来て……私のことを、好きだって言ってくれる人に、あったんだ……。彼とは……彼、とは……敵でも……味方でも……戦場では、会いたく、ないな」

「……そうか」

 その言葉を聞いて、ユートは眼を閉じる。

「おい、ユート……!」

 敵と話しを続けるユートに、黒咲が詰問寸前の口調で呼び掛ける。

 ユートは優しい少年だ。だが戦場においては、敵につけいられる隙になりかねない。
 今も、この女に同情し手が鈍るのではないか……心配半分、苛立ち半分で言葉を続けようとしたのだが。

「隼、ここは任せてくれ。彼女は……オレが、倒す」

 それを遮って、ユートの決意の声が聞こえてきた。
 
「彼女を……2度と戦場には、立たせない!!」

 それを聞いた蓮花は驚き……思わず、笑みをこぼしてしまった。
 微妙に語句が違う。きっと意図する事も違う。だけど……。

 自分の事を好きだと言ってくれた彼と、同じような言葉を、敵であるエクシーズ次元の人間から、聞くことになるなんて。

 そして、わかった。
 やっと、わかった。

 正木蓮花は、あの時。
 戸倉紬に「いかないで」と、言われて。彼が「いかないで」と、言ってくれて。


 ――――私……紬くんに、そう言われて……嬉しかったんだ。
 

「オレは魔法カード《マジック・プランター》を発動! オレの場の永続罠……《幻影霧剣》をコストに、カードを2枚ドロー!」

 ティエラをとどめていた霧の剣が霧散し、その身が自由となる。
 姿が明確になり、今まで動きを封じられていた苛立ちをぶつけるかのように、ティエラは巨大な咆哮をあげた。

 その一方で……散ったはずの霧は、まだ完全には消えていなかった。

「墓地に行った《幻影霧剣》の効果発動! 墓地のこのカードを除外し“幻影騎士団”1体を蘇生する! 来い! 《幻影騎士団フラジャイルアーマー》! さらに手札から《幻影騎士団クラックヘルム》を召喚!」

 漂っていた霧が収束し、そこから鎧の怪物が現れる。ティエラの手札破壊効果により墓地に送られていたカードだ。
 続けてユートは、兜の魔物を手札から呼びだした。その2体のレベルは4。

「オレは、レベル4のモンスター2体で……オーバーレイ!」

 光の粒子の舞う渦に、黒き刃が現れる。
 これがユートのエース……反逆を告げる、黒き龍!

「漆黒の闇より、愚鈍なる力に抗う反逆の牙! 今、降臨せよ! エクシーズ召喚! 現れろ! ランク4! 《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》!」

 黒と紫の体躯を持つ、刃で彩られた龍が闇を斬り払うようにその姿を現す。
 暗くも眩しいその刃が、戦場に煌めきを齎した。 

「ダーク・リべリオンの効果発動! オーバーレイユニットを使い、相手モンスターの攻撃力を半減させ、その分自身の攻撃力を上昇させる! トリーズン・ディスチャージ!」

 反逆の黒龍の翼に、牙に、雷光が収束する。
 それがティアラを包み込み、その力を奪い取る。

 ティエラの攻撃力は1700に。ダーク・リべリオンの攻撃力は4200に。
 反逆。その名の関する通り、力関係は逆転した。

「……《ダーク・リべリオン・エクシーズ・ドラゴン》で、《インフェルノイド・ティエラ》を攻撃! 反逆の……ライトニング・ディスオべイ!!」

 ユートの宣言と共に、ダーク・リべリオンが雷光を纏って突撃を仕掛ける。
 もう、蓮花に対抗の術はない。

「そう、か……ここまで、だね」

 時間切れだ。
 黒外套の少年の言う通り、自分はもう2度と、戦場に立つことはないだろう。

 そして……好きだと言ってくれた彼に、いかないでと言ってくれた彼に。
 もう2度と、会うことも、かなわないだろう。

【正木蓮花】LP:600→LP:0

 全てのモンスターのソリッド・ビジョンが消滅していく。
 音は止み、光は潰え……暗闇が戻ってきた。

 その中で、蓮花は空を見上げるように立っていた。

 黒咲は彼女から情報を聞きだすため……抵抗すればカード化を行うために、ディスクを構えたまま前に出る。
 それを、ユートが片手をあげて制した。

「待て、隼」

「何故だ、ユート! やはりお前、奴にほだされ……」 

「……様子が、おかしい」

 その言葉に、再び蓮花に目を戻す黒咲。
 
 暗闇の中、上を向いたままの蓮花……その口が、力が抜けた様に開かれる。
 同時に。その口から大量の血が噴き出した。

「な……!?」

「ッ……!! おい、君!?」

 ユートが、弾ける様に飛び出した。
 血で汚れることも厭わず、崩れ落ちる蓮花を抱きとめる。

「……あなたの、せいじゃ、ないよ……私は……この、傷のせいで、死にかけて……アカデミアの、技術で……延命を……だけど……それが、途切れたから……」

「無理に喋るな! ……なんだ、これ……傷が……!?」

 蓮花の体中の傷跡が開くかのごとく、全身からみるみる血があふれ始めた。
 血が止まらない。息が浅くなる。彼女の身体から徐々に活力が失われていくのが、抱きとめているユートには嫌でもわかってしまう。

「ああ……やっぱり……似てるな……その……目……」

「え……?」

「私に……戦場に、いかないでって、言ってくれた、彼に……優しい……瞳……ふふ……」

「おい、しっかりしろ!!」

 発する言葉すら散り始めた蓮花をどうにか繋ぎとめようと、ユートは必死だった。
 相手はアカデミアだとか、そんなことは考えから消えていた。
 ふざけるな、こんなはずじゃなかった、このままじゃ、彼女は――ユートは、脳裏に浮かんだ言葉を振り払うように、頭をふった。

「ああ……青い……空……きれい……そう……だった……わたし、は……そらを、いく……とり……みたい……に…………」

 かすれた声は、抱きとめているユートにすら聞こえなくなっていった。
 もう、どうにもならなかった。もう、どうすることもできなかった。
 そして、僅かに残っていた力も消え、目の光も消え……彼女の反応の一切が消えた。

 ユートは力が抜けきった蓮花の身体を、優しく横たえた。
 そして、虚ろに開かれていた彼女の瞳を、汚れていない指でそっと閉じる。
 傍目には、眠っているようにしか見えないその顔を見降ろしながら、ユートは立ち上がった。

「……隼……ここを離れよう。先程のデュエルで、おそらくここは感づかれた」

「ユート……そいつは……?」

「……彼女は、もう死んでいる。話しを聞くことも出来ない……カード化する意味もない、違うか?」

 有無を言わさぬ口調で応えるユート。
 さしもの黒咲も、あまりの事態に毒気を抜かれたのか、特に異を唱えずその言葉に従った。
 ユートもその場を立ち去ろうと踵を返し……ふと、赤く染まった彼女を一瞥する。

 彼女はアカデミア、憎き敵の一味。自分たちを狩った悪魔たちの仲間。
 彼女はLDS、ただのデュエリスト、誰かを想っていた少女。
 彼女は1人の人間。青空を行く鳥を見て、何かを感じ、何かを願い……そして、死んでしまった者。

「どうすれば……良かったって言うんだ。オレは……君は……!」

 心の苦しみとやりきれなさを、答えの返らない問いに乗せる。
 虚空に消えたその問いと同じように……彼もまた、闇に溶ける様に姿を消した。





 最初は、変わった人だな、くらいにしか思わなかった。

 記憶をなくした、女の先輩。

 アクションデュエルこそ出来ないものの、デュエルはめっぽう強かった。

 だけど、彼女はいつも1人。

 仲のいい友達も作らず、邪険にされても気にも留めず。

 心ここに在らずと言った感じで、青空を眺めていたのを覚えている。

 そんな彼女と、俺は帰り道が同じだった。

 たぶん些細なきっかけだったと思うが、俺はそこで彼女と話す様になった。

 たまに見せる笑顔に、胸が高鳴った。たまに見せる空虚さに、胸が苦しくなった。

 何か特別なきっかけがあったわけじゃない。

 気が付いたら、彼女は俺の特別になっていた。

 ……彼女の、特別になりたいと、想うようになっていた。

 だから、決めた。

 デュエルに勝って、気持ちにけりをつけて。

 彼女に、想いを伝えようと。

 戸倉紬は、正木蓮花のことが好きだと、伝えようと。

 これからも一緒にいたいと、心から願っているのだから。


5.Armeria


 レオ・コーポレーションの社長室にて。

 LDSにて保護した融合次元のデュエリスト――正木蓮花。
 彼女が先日、初めて発見された事故現場にて死亡しているのが確認された。
 レオ・コーポレーション現社長、赤馬零児は今までの経過報告書と合わせて、その当日の死亡時間までの状態を洗えるだけ洗った報告書に目を通していた。

『――強力な融合召喚反応が検知された区画にて、爆発事故発生。同場所にて少女を発見。爆発によると思われる火傷は軽度だったが、肉体の各箇所から古傷が開いた様子を確認――』

『――舞網市の市民情報と照合したが、該当者なし。所有していたデュエルディスクからの情報から、融合次元の出身者と推定。記憶の読みとり調査を行う――』

『――記憶に障害が出ているとみられ、部分的な記憶喪失となっている可能性あり――』

『――目を覚ました対象者に聞き取り調査を敢行。融合次元時代の記憶は表面上確認できず。名前は「正木蓮花」と判明――』

『――古い傷ではあるが、彼女の肉体の損壊は大きく、通常なら生存不可能なレベルと判明。何らかの器具を体内に埋め込み補助していると推測される――』

『――交渉の結果、正木蓮花の身がらはLDS預かりを確定。寮、LDS受講の無料提供の手続き完了――』

『――正木蓮花の肉体を補助している機器の調査を兼ねた、肉体損壊の治療を継続的に実行。同時に、催眠を利用した融合次元の情報引き出しを実行――』

『――正木蓮花の生活記録に変化なし。積極的に人と交わることはしない傾向が見られる――』

『――同日、正木蓮花は戸倉紬とエクシーズ次元のデュエリストと見られる者(以下X1と呼称)との交戦に遭遇、LDSの部隊が駆けつけた時には、X1は既に逃走。戸倉紬は頭部及び背部に擦り傷、および軽い打ち身を負う。正木蓮花は、外傷なし。ただし精神的なショック状態に陥っていると判断し、両者とも病院へ搬送――』

『――正木蓮花の記憶が戻っている可能性を考慮して、記憶の読みとり措置を行おうとしたが、それ以前に逃走。この後、現場で死亡するまでの足取りはつかめず――』

 蓮花が病院から逃亡、そして死亡してからほとんど足取りを追えなかった事態に、零児は眉をひそめた。
 これは街中の監視カメラの増設と、その情報リンクをより綿密にしなければ……と、考えを巡らせていた最中に。
 
 専用の回線で、連絡が入った。

『社長。見原です。正木蓮花に関するさらなる報告書を、お持ちしました』

「わかった。鍵は空いている。そのまま入ってきてくれ」

 扉が開き、白衣姿の妙齢の女性が部屋の中に歩を進める。
 正木蓮花の主治医を務めていた見原女医は、零児の前で微笑を湛えながら報告書を差し出した。

「社長、こちらが正木蓮花の解剖結果です」

「ご苦労。で……単刀直入に聞くが、死因は他殺か? それとも……」

「いえいえ。彼女の身体の中には特殊な機械が埋め込まれていました。それで、延命を図っていたようですが、それの不具合が大きな原因のようです。まあ、あまりにも進んだ技術が使われていましたからね。今、ここの設備ではしっかりと治療……というより、メンテナンスが出来ていなかったのも、原因の1つですかね」

 正木蓮花の逃走から数時間後、強力なエクシーズと融合の召喚反応が検知された。
 融合の方が蓮花とするならば、エクシーズの方は、今LDS関係者を襲撃しているエクシーズ次元のデュエリストと推測される。
 よもや、彼らに殺されたのかと思ったが、そうではないようだ。零児は、報告書を見ながらそれを確認した。

「しかし、本当にスゴイですよ、この医療技術。サイボーグ技術と言った方が良いかもしれませんが……これを解析すれば、医療の技術が半世紀は先に進むでしょう。彼女の存命中は、ここまで踏み込んだ検査はできませんでしたからね。元々、侵略者の一味だったみたいですし、死んでくれて万々歳ですよ」

 興奮を隠さず言った見原女医の言葉に、零児は眼を鋭くする。

「……見原女医、彼女はまがりなりにもLDSの生徒だった。そういう発言は、控えてもらおうか」

「ああ、すみません! 軽率でした……そうですね。LDSの生徒たちは、社長の貴重な財産ですからね」

 軽く笑みを浮かべながらそう言って、見原女医はもう1枚の報告書を差し出した。

「戸倉紬くんの記憶操作は完了しております。今のところ異常は見られません」

 戸倉紬はエクシーズ次元の決闘者の襲撃に会い、唯一生存している。加えて、記憶を取り戻した正木蓮花と会ってしまっている。
 この一連の事態が漏れれば、舞網市の秩序が乱れかねない……その判断により、零児は戸倉に記憶操作を施した。

「……全ては舞網市を守るために必要な処置だ。何か、不服があるのか? 見原」

「いえいえ、そんな! ええ、社長のお考えはわかっております!」

 不自然なほど自然な笑顔を浮かべ、見原女医はそう言いながら頭を下げた。

「では、報告を終わります。私は病院の方に戻りますね、社長?」

「ああ、ご苦労だった。下がってくれ」

「それでは、失礼いたします」

 そういって笑顔のまま、見原女医は立ち去った。
 再び1人となった赤馬零児は「……まったく、よく口が回る……」と、誰にともなく呟いた。





 執務を終えた零児は、LDS本校に足を運んでいだ。
 校内の様子を見回り、バルコニーに差し掛かったところで、1人の男子生徒を見つけた。

「そこの君、あまり身を乗り出すと、危ないぞ」

 声を掛けられた男子生徒は、はたと気がついた様に振り返った。

「あ……赤馬社長……」

 頭に包帯を巻いた男子生徒……戸倉紬は、少しばつが悪そうに頭を掻いた。

「戸倉紬……くんだったな。ビルの外壁が剥がれて落下した事故に巻き込まれたと聞いている。ケガのほうは、もう大丈夫なのか?」

「ええ、おかげ様で……1日入院しただけでしたし。ありがとうございます」

 戸倉の様子を、零児はさりげなく観察する。
 エクシーズ次元の決闘者と対峙したこと、蓮花に融合次元のことを明かされたこと……それらを覚えている様子は見られない。
 彼への記憶操作は報告通りうまくいっていることを、零児は確信した。
 内心安堵した零児は、ふと、彼の手元に小さな花束が握られていることに気がついた。

「……? その花束は?」

「ああ……、これは、その……」

 どこか気まずそうに、言いよどむ戸倉。

「……転校する先輩に贈ろうと思ったんですけど……その、先輩はもうとっくにいなくて……渡せなくて、こうして……」

「最近転校した者といえば……正木蓮花か」

「ご存知なんですか?」

「優秀な生徒だったと聞いている。それに、わが社が関係した事故の犠牲者でもあったからな」

 零児がそう言うと、戸倉の表情が少し曇った。 

「先輩……その事故で記憶喪失だったんですけど、ひょんな事で、記憶が戻ったそうですね。それで、所縁の人達とも連絡が取れて、本当の故郷に帰っていったって聞きました」

「ああ。その通りだ」

「……あの、赤馬社長?」

「?」

「蓮花先輩の、新しい住所を教えていただく事は……」

「すまないが、個人情報保護の関係から教えることは出来ない」

「そうですか……」

 零児の答えに、俯く戸倉。
 おそらくだが、既に彼は蓮花の足取りを追おうと、色々試みていたのだろう。
 だが、それはことごとく報われなかった。
 他でもない零児が情報統制を言い渡し、それが確実に実行されているからだ。

「……赤馬社長、先輩は記憶を取り戻したらしいですけど、その……記憶を失ってたころのことは、忘れちゃてるんでしょうか?」

「……私が知る限りでは、この数ヶ月間、LDSで過ごした記憶は残っているようだった」

「……そう、ですか……」

 戸倉は、泣きそうな目をしながら苦笑した。
 蓮花の記憶が戻ったのは喜ばしいことだ。
 だけど……戻った過去に、今までの蓮花を取られてしまったようで。
 さよならも言えず、蓮花がいなくなってしまったことが、悔しくて、悲しかった。

「私も、あまり踏み込んだ事情は知らないから、なんとも言えないが……彼女は失った過去を取り戻し、新しい未来を手にしたんだ。祈ってやろう、彼女のこれからを」

「そう……ですね。そうだ、赤馬社長。これだけでも、お願いできませんか?」

「なんだ?」

「せめて……蓮花先輩に、この花を届けてもらえないでしょうか?」

 そう言って、戸倉は抱えていた花束に目を落とした。
 零児はそれをしばらく黙って見つめていたが……やがて、表情を変えないまま、掌を戸倉に差し出した。 

「わかった。責任を持って、彼女の元に届けさせよう」

「……ありがとうございます」

 戸倉は、どこか躊躇うように、花束を零児に差し出した。
 だが、それは零児の手に渡ることはなかった。

「……うわッ!」

 突如として、一陣の風が吹き抜けた。
 その風にあおられ、花束は宙に舞い上がる。
 戸倉の手を離れ、花弁を舞い散らせ。
 空に広がる蒼の中へ飛び去り……やがて、誰の目にも見えなくなった。



 〜fin〜





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