とある英雄の決闘伝2

製作者:クローバーさん





目次


 ――プロローグ――
 episode1――始まりの不協和音――
 episode2――歪み始めた日常――
 episode3――せめて笑顔でサヨナラを――
 episode4――優しい夢の中で――
 episode5――あなたが笑顔でいられるように――
 episode6――俺達の世界は――
 ――エピローグ――



――プロローグ――




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 そこは、真っ暗な世界でした。
 光は一切なく、自分の体の色だけがはっきりしている。
 辺りを見回しても、目に留まるようなものは何もなくて……。
 あるのは、黒い世界だけ。
『マスター……起きてください』
 また、この声です。
 最近……いえ、学校での事件から聞こえるようになった不思議な声です。
 少し大人びていて、綺麗な声。けど知り合いの大人に、こんな声の人はいません。
「いいかげん教えてください。あなたは、誰なんですか?」
『私は――――』


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 ピピピピピピピピピピピピッ!


「ふぁっ!?」
 耳元で鳴り響いた目覚まし時計の音に驚いて、飛び起きました。
 すぐにスイッチを押して、近くに置いておいた眼鏡をかけます。
 ぼやけていた視界が鮮明になって、辺りを見回します。

「真奈美ー、そろそろ起きないと遅刻するわよ〜?」

 お母さんの声です。
 今いるのは自分の部屋。あの真っ黒な世界ではありませんでした。
「はぁ……」
 溜息が出てしまいます。
 もうどれだけあの夢を見てしまったのでしょう。
 いつもいつも、あの綺麗な声の正体を聞こうとすると目が覚めてしまいます。
 悪い偶然なのでしょうか? それとも何か別の理由があるのでしょうか……?
「真奈美ー! 本当に遅刻するわよ〜!」
「う、うん! すぐ行くよ!」
 パジャマを脱いで、星花高校の制服に着替えます。
 事前に準備していたバッグを片手に、リビングへ降ります。
 そこにはお母さんが準備してくれた朝食がありました。
「もう……最近、寝坊が多いんじゃないの?」
「ごめんなさい。なんだか変な夢見ちゃって……」
「なぁに? 思春期特有のなんとかかな?」
「からかわないでよお母さん」
 割と本気で悩んでいるのになぁ……。
 お母さんには、あんまり私の悩みの深さは伝わっていないみたいです……。
「もういいです。さっさと学校に行きます」
「はーい。行ってらっしゃーい」


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 現在、午前8時。
 ライガーが机の上で溜息をつく中、雲井忠雄は必死に登校の支度をしていた。
『まったく、貴様は支度をするのが遅いな』
「うるせぇよ。いつもは前日の夜に準備するんだけど、うっかり寝ちまったんだから仕方ねぇじゃねぇか!」
 学校に遅刻しないかどうかギリギリの時間だ。
 くそったれ。なんでよりによって教科書が多い時間割の木曜日なんだよ。えーと、数学の参考書と古文のノートに……。
『先に行くぞ』
「あー! てめぇ待ちやがれ!! カード状態じゃねぇのに一階に降りるんじゃねぇ!!」 

 必死で支度を終えて、ライガーと一緒に走る。
 急がないと、遅刻しちまうぜ。
『なぜ我まで走らねばならん』
「うるせぇ! 走るのが嫌だったらカード状態になればいいじゃねぇか!」
『我に指図するな小僧』
 全力で走りながら、俺とライガーは言い争いをする。
 朝からこんな体力消費をして、木曜日のキツイ時間割を乗り越えられるか分からねぇ……。
 まったく、今日はもしかしたら厄日なのかもしれねぇな。

「あっ、雲井君!」

「ん?」
 曲がり角を曲がって学校まで真っ直ぐの道を走る俺の後ろから、本城さんが呼びかけてきた。
 彼女ももしかしたら遅刻しそうなのかもしれねぇな。
「珍しいじゃねぇか。本城さんも遅刻しそうなのかよ」
「え、えぇ、最近ちょっと色々あって……」
『小娘……』
「あっ、ライガーもいたんですね。ごめんなさい。走るのに必死で気が付きませんでした」
『ふん。別に構わない。それよりも最近、何かおかしなことがあったか?』
「えっ、ええ? そ、そんなこと、ないですよ?」
『そうか……まぁいいさ』
「なに無駄話してんだよ。遅れちまうぜ?」
「あっ、そ、そうでした!」
 俺達はさらに足を速めて学校へと急ぐ。
 本当にギリギリだな畜生。あぁ、こんなときに魔法でも使えたらいいってのに……!
「おいライガー。先に言って学校の時計を破壊しておいてくれよ」
『馬鹿か小僧。我が時計を壊しても、世界の時が止まるわけでは無い』
「けっ! 本当に使えねぇな!」
「雲井君、いくらなんでもそのお願いは無理があるような……」
『まったく本当に馬鹿な主人を持ったものだ……』
「2人そろって俺を馬鹿にしてるだろぉ!」
 まさかライガーだけじゃなく本城さんにまで言われるとは……。
 誰だって一度くらいは思ったことあるだろ? 時間を止めたいとか魔法を使ってみたいとか。
 そりゃあ高校生にもなってアレだとは思うが、切羽詰っているときにそう考えるのは別に恥ずかしいことじゃねぇだろ?
「それにしてもよぉ、ライガーてめぇ、ずいぶんと本城さんを気にしてるみたいじゃねぇか」
「え、えぇ!? あ、あの、なにか私、気に障るようなことをしてしまったでしょうか?」
『それはもちろん――――』
「あっ! 学校が見えましたよ」
 ライガーの言葉を遮って、本城さんが指を示した先に星花高校が見えた。
 これならギリギリで間に合うぜ。助かった〜〜〜〜。




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 星花病院特別治療室。
 そこでベッドに横たわるスターのリーダー薫は、目の前にいる男に睨み付けられていた。
「えっと、そんなに睨み付けられても反応に困るんだけど?」
「別に反応しなくても構わない。ただ、名誉の負傷というものに興味があってね」
 そう言って小さく笑みを浮かべる男の名は市野瀬(いちのせ)遥斗(はると)。
 遊戯王本社の幹部で、薫とは同業者にあたる。
 役職に関しても闇の組織に関する情報収集や殲滅を主としているが、白夜の力を持っていないため殲滅は難しいらしく、情報収集を主としている。
 ただなんとなく、薫は市野瀬のことが苦手だった。
 思想の違いというべきか、性格の違いというべきか。ことあるごとに事件を解決している薫を、市野瀬はまるで”英雄”であるかのように称えていた。
 特別な存在として祭り上げられるような他人の態度が苦手なため、薫は市野瀬に対して苦手意識を持っている。
「名誉の負傷なんかじゃないよ。これは私が自爆しただけなんだもん」
「謙遜することない。600人近くの生徒を救出したのはあなただ。まさしく、”英雄”と呼ぶにふさわしいじゃないか」
「うーん……前から言ってるけど、そういう風に英雄扱いしないでほしいな。私は、称えられるために戦っているわけじゃないもん」
「そうか。気を付けよう」
「そんなことより何か用事かな? 本社への連絡はちゃんとしたはずだけど?」
「あぁいや、純粋に様子を見に来ただけだよ。スターのリーダーがどんな具合かなと思ってね」
「事件から2週間くらい経ってるからね。なんとかギリギリ歩けるくらいにはなってるけど、当分は動けそうにないかな」
「それは残念だ。新たな英雄の誕生を祝ってほしかったんだがね」
「え?」
「いや、こちらの話だ。是非ともリハビリを頑張ってほしい。その分、俺が世界を守って見せよう」
「う、うん……? 無理はしないでね?」
「ああ。ご忠告ありがとう」



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 午前の授業が終わって昼休み。
 近くのコンビニに昼食を買いにきた俺は、支払いを終えて学校へと向かう道を歩いていた。
 隣には子犬モードのライガーがいる。外を出歩くときは、ライガーはほとんど子犬モードで行動するようになったな。
「いやぁ、なんとか朝は間に合ったぜ……」
『まったく。これからはもう少し計画性を持つべきだな』
「うるせぇ。それより本城さんを気に掛ける理由ってなんなんだ?」
『あぁ、さっき言いそびれたな』
 視線の先に女子グループが会話しているのを一瞥した後、ライガーは静かに意味ありげな溜息をついた。
 って……おいおい、まさかライガーのやつ、本城さんのことが……?
『まったく。本当に貴様はどういう星のもとに生まれたのだ?』
「あぁ? どういう意味だよ?」
『我自身の事といい、この前のサバイバルといい……どうにも貴様は厄介ごとに巻き込まれるのが得意らしいな』
「だからどういう意味だよ?」
 俺の問いに、ライガーが足を止める。
 自然と俺の歩みも止まって、ライガーの言葉に耳を傾ける。
『小僧、あの本城真奈美という小娘は……』

 ザァァと、強い風が通り抜けた。
 それはまるで、これから話される言葉の重要性を物語っているような感じがした。


『あの小娘は……”永久の鍵”の持ち主だ


 思えば、ライガーのこの発言がきっかけだったのかもしれない。

 だけどその時の俺は、まったく考えもしなかったんだ。

 ………1人の少女の命を救うのか、世界中の人を守るのか………

 そんな理不尽で、正解の見えない選択肢を迫られるような事件が、目の前に迫っていたことに。





episode1――始まりの不協和音――



「はぁ?」
 突然のライガーの言葉に、俺は間抜けな返事をしてしまった。
 本城さんが永久の鍵の持ち主? 何を言ってやがるんだ?
『どうした? 首を傾げて?』
「何言ってるか分かんねぇよ。永久の鍵ってなんなんだ?」
『詳しくは我も分からん。もう少し力を取り戻せば、何かわかるかもしれんがな……』
「なんだよ使えねぇな。とにかく本城さんに教えてやらねぇと――――」
『待て小僧。少なくとも今は教えない方が無難だ』
「どういうことだよ?」
『余計なことを言って混乱を招く方がまずいからだ。永久の鍵が何なのか分からない以上、こちらも下手に動けまい』
「…………」
 言い返す言葉が見つからなかった。
 その永久の鍵ってのがなんなのか分からねぇけど、名前からして貴重な鍵なんだろうな。
 俺が下手に本城さんに言って、他の人を経由して鍵を狙っている奴にまで情報が届いちまったらまずいか……。
「ちっ、分かったよ。とにかく他の誰にも、永久の鍵って物のことは言わなきゃいいんだな?」
『ああ。もちろん、スターにも言うな』
「どうしてだよ?」
『とにかく言うな。余計に面倒なことになりかねんからな』
 そう言ってライガーはカード状態になってしまった。
 腑に落ちなかったけど、俺はライガーを拾い上げてデッキケースに入れる。
 誰にも言うなって……だったら最初から俺に話すんじゃねぇよ。あんまり口が固い方じゃねぇんだし……。
「はぁ、仕方ねぇか」
 溜息をついて学校に戻ることにする。
 うっかり口を滑らせちまわないように気を付けねぇとな。



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「あぁ……午後の授業とかすんごい退屈なんですけどぉ……」
 雫ちゃんが机の上で項垂れながら、深い溜息をつきました。
 私と香奈ちゃんは呆れ笑いを浮かべながら、彼女の頭を優しく撫でます。
「もう、そんなんでこれからどうするのよ。冬休みまであと少しだからって……」
「だってだってー、教室に暖房効いてて眠くなっちゃうし……香奈だってときどき眠そうにしてるじゃん」
「そ、そんなことないわよ」
「ホントに真奈美が羨ましいよ。どんな教師が相手でも眠らずに授業受けられてさぁ」
「私だって眠くなる時くらいありますよ?」
「嘘だぁ〜〜〜。だってあたしが起きてる時に真奈美が寝てるの見たことないもん」
「単に雫が寝てる時間の方が多いだけじゃないの?」
「あー香奈ヒドーい。あたし拗ねちゃうかもよ」
 そんなやり取りをしながら、私達は笑います。
 学校での事件が終わって2週間が経って、クラスのみんなも少しずつ元の生活が送れるようになっているみたいです。香奈ちゃんも雫ちゃんも相変わらずで、2人といると本当に心が安らぎます。
 ただ1つ、私には気がかりなことがありました。
 あの夢の事です。学校サバイバルの時に見て以来、あの不思議な声が毎日のように夢の中で語りかけてきます。
 もしかして精神的な病気にでもかかってしまったのかと思うと不安になってしまいます。
 相談は………しないほうがいいですよね。二人に迷惑をかけたくありませんし、私自身の問題ですから自分で解決するしか道はないでしょうし。
「ん? どうしたの真奈美?」
「へ? ど、どうしたって、どうしたんですか?」
「なんかボーっとしてたから気になっただけだけど……なんでそんな動揺するわけ?」
「し、雫ちゃんが変なこと言うからですよ」
「変なのは真奈美の方じゃん。もしかして悩み事でもあるわけ?」
 その言葉に、私の心臓は鼓動を速めました。
 雫ちゃんはときどき鋭い洞察力で、友達の悩みを聞き出したりしています。
「ほ、本当に大したことじゃないですよ。冬休みの事を考えていただけですから」
 嘘をついてしまいました。
 少しだけ罪悪感が生まれてしまいます。せっかく心配してくれたのに……。
「そう? それならいいんだけど――――」

 ……キーンコーンカーンコーン……

 昼休み終了のチャイムが鳴りました。
 午後は体育と、遊戯王の授業です。



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 午後になって体育の授業が終わり、クラスの全員が遊戯王のデッキの準備をしていた。
 今日はいつものように自由に対戦するのではなく、担任が指定した組み合わせで対戦を行う予定らしい。
 いつも好きな相手と対戦するより、いろんなタイプのデッキと戦うのが経験を積めて良いからって山際は言っていたが……。
「さぁ、そろそろ始めるぞ。席に着け」
 山際が教室に入ってきて教壇に立つ。
 クラスの全員が着席して、担任の言葉に耳を傾ける。
「言っておいたと思うが、今日は俺が決めた組み合わせで決闘してもらう。仮に気に入らない奴が相手でも文句は言うなよ?」
「「「はーい」」」
「じゃあまず……曽原と黒瀬……次に朝山と片瀬……」
 次々と組み合わせが発表されていき、そして――――。
「次……雲井と雨宮」
「っ!?」
 思わず動揺してしまった。
 雨宮って……あの雨宮か? マジかよ。あいつ、ほとんど初心者みたいな実力じゃねぇか。
 使うデッキもどうせおかしなデッキに違いないし……さっさと終わらせてやるのが無難かもしれねぇな。


 すべての組み合わせが発表されて、いよいよ対戦のときになった。
 教室の中心で、俺と雨宮が対峙する。
「いやぁ、まさか雲井と対戦することになるなんて思いもしなかったなぁ」
「俺もだぜ。ていうか雨宮、決闘できるようになったのかよ?」
「まぁね。香奈や真奈美にレクチャーしてもらったし、おねぇちゃんのバイト先でも何度か決闘してるから」
「へっ、じゃあ全力でいかせてもらうぜ!」
 お互いにデュエルディスクを構えて、距離を置く。
「雫! 頑張りなさいよ!」
「雫ちゃん! 練習通りにやれば大丈夫ですよ!」
 香奈ちゃんと本城さんが応援する。
 雨宮はそれに笑顔で答えながら、デッキをセットした。
「雲井ー! 負けんなよぉ!」
「少しは手加減してやれよー!」
 半分の野次と半分の応援が入り混じった声が届く。
 さすがに俺だって、ほとんど初心者である雨宮に負けるわけにはいかないぜ。
「じゃあそろそろ始めようぜ」
「うん」



「「決闘!」」



 雲井:8000LP   雨宮:8000LP



 決闘が始まった。
 デュエルディスクの青いランプが点灯する。俺は後攻からか。



「あたしの先攻! ドロー!」(手札5→6枚)
 雨宮は勢いよくカードを引く。
 さーて、どんな戦術をしてくるんだ?
「えーと……モンスターをセットして、カードを1枚伏せてターン終了だよ」
 静かな1ターン目。
 相手の場に裏側表示のカードが2枚表示された。


 そして、俺のターンになった。
「いくぜ! 俺のターン、ドロー!!」(手札5→6枚)
 さすがに1ターン目じゃ相手がどんなデッキを使うかは分からねぇか。
 だけど関係ないぜ。どんなデッキが相手でも、俺は俺の戦術を貫くだけだぜ。
「手札から"ミニ・コアラ"を召喚するぜ!! 効果で自身をリリースして、デッキから"ビッグ・コアラ"を特殊召喚だ!」
 場に現れた手の平サイズのコアラが急激に成長し、教室の天井に届くほどの大きさのコアラに変化した。


 ミニ・コアラ 地属性/星4/攻1100/守100
 【獣族・効果】
 このカードをリリースすることで、デッキ、手札または墓地から
 「ビッグ・コアラ」1体を特殊召喚できる。


 ビッグ・コアラ 地属性/星7/攻撃力2700/守備力2000
 【獣族】
 とても巨大なデス・コアラの一種。
 おとなしい性格だが、非常に強力なパワーを持っているため恐れられている。


「うっ……いきなり上級モンスターか……」
「それがどんなモンスターだろうと、こいつなら一撃だぜ! バトル!!」
 俺の場にいるモンスターが拳を振り上げて、雨宮の場に伏せられているカードへ向けて攻撃する。
「させないよ! あたしは伏せカードをオープン!」
 次の瞬間、コアラの振り下ろされた拳の前に鉄でできた人形が現れた。


 くず鉄のかかし
 【通常罠】
 相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
 相手モンスター1体の攻撃を無効にする。
 発動後このカードは墓地に送らず、そのままセットする。


「この効果で、その攻撃は無効! さらに"くず鉄のかかし"は発動後に再びセットされるよ」
「っ……さすがにそう簡単に攻撃は通さないってか。けど、そんな守りじゃ突破するのは時間の問題だぜ! カードを1枚伏せて、ターンエンドだ!」

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 雲井:8000LP

 場:ビッグ・コアラ(攻撃:2700)
   伏せカード1枚

 手札4枚
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 雨宮:8000LP

 場:裏守備モンスター
   伏せカード1枚(くず鉄のかかし)

 手札4枚
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「あたしのターン! ドロー!」(手札4→5枚)
 雨宮は引いたカードを手札に加え、すぐに1枚のカードをデュエルディスクに叩き付けた。


 アームズ・ホール
 【通常魔法】
 自分のデッキの一番上のカード1枚を墓地へ送って発動する。
 自分のデッキ・墓地から装備魔法カード1枚を手札に加える。
 このカードを発動するターン、自分は通常召喚する事はできない。


「あ、アームズ・ホール……!?」
「そう! これであたしはデッキの上から1枚墓地に送って、デッキから装備魔法"幻惑の巻物"を手札に加えるよ!」
 そう言って雨宮はデッキトップから1枚を墓地に送り、そのあとデッキの中から1枚のカードを手札に加えた。
「あ、ちなみに墓地に送られたカードは"ADチェンジャーね"」
「へっ、そんなのなんだっていいぜ。それで、次はどうするんだ?」
「んーと、とりあえず雲井のモンスターをもらっちゃうね」
「……は?」
「まずは手札からさっきサーチした"幻惑の巻物"を"ビッグ・コアラ"に対して発動するよ! 宣言するのは闇属性!」


 幻惑の巻物
 【装備魔法】
 属性を1つ宣言して発動する。
 装備モンスターの属性は宣言した属性になる。 

 ビッグ・コアラ:地→闇属性

「俺のモンスターの属性を変えて、どうするつもりだよ?」
「こうするよ! あたしはモンスターを反転召喚!」


 闇霊使いダルク 闇属性/星3/攻500/守1500
 【魔法使い族・効果】
 リバース:このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
 相手フィールド上の闇属性モンスター1体を選択してコントロールを得る。


「なっ、れ、霊使い……!?」
 よりによって、雨宮が使うのは【霊使い】デッキかよ。
 ていうか【霊使い】って、ちゃんと戦えるのか?
「あっ、さてはあたしのデッキ見て心の中で馬鹿にしたでしょ?」
「そ、それは……」
「ふーん。別にいいよ。香奈と真奈美からアドバイスをもらったあたしの霊使い達は、一味も二味も違うから! とにかくダルクの効果発動! 闇属性になった"ビッグ・コアラ"のコントロールを得るよ!!」
「なっ!?」
 しまった。さっきの"幻惑の巻物"はこのためのカードだったってことか。

 ビッグ・コアラ:雲井から雨宮へコントロールが移る。

 漆黒の霊使いが杖を振るうと、俺の場にいるモンスターがフラフラと雨宮の場へ移動した。
 くそっ、よりによって攻撃力が高いモンスターを奪われちまった。
「さぁバトル! まずは"ビッグ・コアラ"で攻撃!!」
 コントロールを奪われた俺のモンスターが、何の躊躇いもなく攻撃してくる。
 防御する術もないため、その攻撃をもろに喰らってしまう。

 雲井:8000→5300LP

「ちっ…!」
「さらにダルクで攻撃!!」
 漆黒の霊使いが杖を振るうと、黒い電撃が俺に襲い掛かってきた。
 当然、その攻撃も喰らってしまった。

 雲井:5300→4800LP

「っ……!」
 予想以上のダメージを喰らっちまったな。
 たしかに霊使いだからって、馬鹿にしちゃいけないみたいだぜ。
 けど、霊使いのコントロール奪取は霊使いが場から離れれば解除される。次のターンにいくらでも―――。
「そしてメインフェイズ2! あたしはダルクと闇属性のコアラを墓地に送るよ!」
「なっ!? "アームズ・ホール"の効果で通常召喚はできねぇぞ!?」
「ふふん。そんなの初心者のあたしだって分かってるさ。霊使いは進化するのさ!」
 雨宮の場にいる2体のモンスターが、漆黒の魔法陣に包まれて一つになる。
 するとその魔法陣から黒い稲妻が走り、中から成長した霊使いが姿を現した。


 憑依装着−ダルク 闇属性/星4/攻1850/守1500
 【魔法使い族・効果】
 このカードは自分フィールド上の「闇霊使いダルク」1体と闇属性モンスター1体を墓地へ送り、
 手札またはデッキから特殊召喚できる。
 この方法で特殊召喚に成功した時、デッキからレベル3またはレベル4の
 魔法使い族・光属性モンスター1体を手札に加える事ができる。
 また、この方法で特殊召喚したこのカードが守備表示モンスターを攻撃した時、
 その守備力を攻撃力が超えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。

 闇霊使い−ダルク→墓地
 ビッグ・コアラ→墓地
 幻惑の巻物→破壊

「成長したダルクの効果発動! デッキから"光霊使い−ライナ"を手札に加える!」(手札4→5枚)
「なぁ!?」
 俺のモンスターを奪って墓地に送っただけじゃなく、モンスターを特殊召喚してデッキからサーチまで行いやがった。
 霊使いのくせに、こんなにアドバンテージを稼げるのかよ……。
「さらに魔法カード発動だよ!」


 泉の精霊
 【通常魔法】
 自分の墓地から装備魔法カード1枚を手札に加える。
 その装備魔法カードはこのターン発動できない。


「この効果で墓地から"幻惑の巻物"を手札に戻すよ」(手札5→4→5枚)
「っ! これでまた、相手のモンスターの属性を変えるってことか」
「おっ、物わかりの悪い雲井でもさすがに察したみたいだね。霊使いデッキだからって甘く見てると、痛い目見ちゃうよ?」
「………」
 たしかに、雨宮の言うとおりかもしれねぇ。
 気を引き締めないと、取り返しのつかないことになりそうだぜ。
「あたしはカードを1枚伏せて、ターン終了だよ」

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 雲井:4800LP

 場:伏せカード1枚

 手札4枚
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 雨宮:8000LP

 場:憑依装着−ダルク(攻撃:1850)
   伏せカード2枚(1枚は"くず鉄のかかし")

 手札4枚(1枚は"光霊使い−ライナ")
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「俺のターンだぜ。ドロー!」(手札4→5枚)
 雨宮が真剣に戦っているのは分かった。
 だけど俺だって、男の意地ってやつがあるぜ。
 このまま簡単に勝たせるわけにはいかないぜ!
「手札から"大嵐"を発動だ!」
「え!?」


 大嵐
 【通常魔法】
 フィールド上に存在する魔法・罠カードを全て破壊する。


「これで場にあるすべての魔法・罠カードを破壊する!」
「そんな…!」
 フィールドの吹き荒れる暴風が全ての魔法・罠カードを吹き飛ばしていく。

 くず鉄のかかし→破壊
 血の代償→破壊
 荒野の大竜巻→破壊

「これで攻撃を邪魔するカードは無くなったぜ!」
「うっ……」
「さらに破壊された"荒野の大竜巻"の効果で、雨宮の場にいるダルクを破壊させてもらうぜ!!」


 荒野の大竜巻
 【通常罠】
 魔法&罠カードゾーンに表側表示で存在するカード1枚を選択して破壊する。
 破壊されたカードのコントローラーは、手札から魔法または罠カード1枚をセットする事ができる。
 また、セットされたこのカードが破壊され墓地へ送られた時、
 フィールド上に表側表示で存在するカード1枚を選択して破壊する。


 憑依装着−ダルク→破壊

「あぁぁぁ! ダルクがぁ……」
 落胆する雨宮をよそに、俺はモンスターを召喚する。
 ボクシンググローブをつけたカンガルーが、素早い身のこなしでフィールドに現れた。


 デス・カンガルー 闇属性/星4/攻撃力1500/守備力1700
 【獣族・効果】
 守備表示のこのカードを攻撃したモンスターの攻撃力がこのカードの守備力より低い場合、
 その攻撃モンスターを破壊する。


「バトルだ!」
「きゃぁ!」

 雨宮:8000→6500LP

「うー……女子を殴るなんて男として気がひけたりしないわけ?」
「っ……た、たしかにそうかもしれねぇけど、これは勝負だから関係ないぜ!」
 一瞬、謝りそうになったが思いとどまった。
 あぶねぇ。危うく雨宮のペースに巻き込まれるところだったぜ。
「メインフェイズ2に、カードを1枚伏せて、"強欲なカケラ"を発動してターンエンドだ」


 強欲なカケラ
 【永続魔法】
 自分のドローフェイズ時に通常のドローをする度に、
 このカードに強欲カウンターを1つ置く。
 強欲カウンターが2つ以上乗っているこのカードを墓地へ送る事で、
 自分のデッキからカードを2枚ドローする。


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 雲井:4800LP

 場:デス・カンガルー(攻撃:1500)
   強欲なカケラ(永続魔法:強欲カウンター×0)
   伏せカード1枚

 手札1枚
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 雨宮:6500LP

 場:なし

 手札4枚(1枚は"光霊使い−ライナ")
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「あたしのターン、ドロー」(手札4→5枚)
 雨宮は5枚になった手札を見つめながら、じっくりと考え込む。
 霊使いデッキが厄介だってことは分かったが、それにしたって弱点がたくさんあることくらい俺だって知っている。
 1つ目は霊使いのステータスが全体的に低いこと。
 2つ目は、霊使いの効果は全部リバース効果だってことだ。リバース効果を使うには1度裏守備にしないといけない。だから当然、その隙に攻め込むことができるってわけだぜ。
「よし、決めた!」
 戦術を組み立て終わったのか、雨宮が行動を開始した。
「あたしはモンスターをセット! さらに"幻惑の巻物"を"デス・カンガルー"に装備して炎属性に変更するよ!」


 幻惑の巻物
 【装備魔法】
 属性を1つ宣言して発動する。
 装備モンスターの属性は宣言した属性になる。 

 デス・カンガルー:闇→炎属性

「へっ、この場で属性を変えたって、霊使いが効果を使えないなら怖くないぜ!」
「甘いよ雲井! あたしは墓地から"ADチェンジャー"の効果発動! セットしたモンスターを攻撃表示にする!」
「なに!?」


 ADチェンジャー 光属性/星1/攻100/守100
 【戦士族・効果】
 自分のメインフェイズ時に、
 墓地のこのカードをゲームから除外し、フィールド上のモンスター1体を選択して発動できる。
 選択したモンスターの表示形式を変更する。


「さっきの"アームズ・ホール"で墓地に送られたカードか!」
「そうだよ! 霊使いの効果を使うにはうってつけのカードってわけさ! でてきて! "火霊使い−ヒータ"!!」
 小さな魔法陣の中から、炎を纏った霊使いが現れる。
 さっきのダルクとは違い、その可愛らしい姿にクラスメイトから僅かに歓声が上がった。


 火霊使いヒータ 炎属性/星3/攻500/守1500
 【魔法使い族・効果】
 リバース:このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
 相手フィールド上の炎属性モンスター1体のコントロールを得る。


「ヒータの効果で、炎属性になった"デス・カンガルー"のコントロールをもらうよ!」
「っ!」
 赤い霊使いが杖を振るう。
 俺のモンスターが再び、相手の場へと移動してしまった

 デス・カンガルー:雲井から雨宮へコントロールが移る。

「そしてこのままバトル! まずはカンガルーで攻撃!」
「させないぜ! 伏せカード発動!」


 グラヴィティ・バインド−超重力の網
 【永続罠】
 フィールド上に存在する全てのレベル4以上のモンスターは攻撃をする事ができない。


 重力の網が攻撃しようとしてきたカンガルーを縛り上げる。
 だが体の小さな霊使いは、その網に絡まることなく場に存在している。
「むぅ、だったらヒータで攻撃!」

 雲井:4800→4300LP

「こんな攻撃、痛くもかゆくもないぜ!」
「……とりあえずメインフェイズ2に入るね。ヒータと炎属性になってる"デス・カンガルー"を墓地に送って、"憑依装着−ヒータ"を特殊召喚!!」


 憑依装着−ヒータ 炎属性/星4/攻1850/守1500
 【魔法使い族・効果】
 自分フィールド上の「火霊使いヒータ」1体と炎属性モンスター1体を墓地に送る事で、
 手札またはデッキから特殊召喚する事ができる。
 この方法で特殊召喚に成功した場合、以下の効果を得る。
 このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、
 その守備力を攻撃力が越えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。

 火霊使い−ヒータ→墓地
 デス・カンガルー→墓地

 赤い魔法陣の中から燃え盛る炎と共に現れた霊使い。
 だが成長したことによって、場に張り巡らせた網に縛り上げられてしまった。
「うわぁ……分かってはいたけど、やっぱりこうなっちゃうのかぁ……」
「自分から攻撃できないモンスターを召喚するなんて、プレイングミスじゃねぇか?」
「別に。場に雲井のモンスターを残しておきたくなかっただけだよ。そんなことより、可愛い女の子を縛り上げるなんて、雲井ってそういう趣味があったわけ?」
「ねぇよ! つーかこれはソリッドビジョンが勝手にやってることだから仕方ねぇだろ!」
「そういうことなら、仕方ないけど……これ以上あたしの霊使い達に変なことしたら許さないからね」
「くっ……」
 不可抗力なのに、どうしてこんなに責められなきゃならねぇんだよ。
 こうなったらさっさと決着付けて、決闘自体を終わらせるしかねぇか。
「あたしはこれでターン終了だよ」

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 雲井:4300LP

 場:強欲なカケラ(永続魔法:強欲カウンター×0)
   グラビティ・バインド−超重力の網−(永続罠)

 手札1枚
----------------------------------------------
 雨宮:6500LP

 場:憑依装着−ヒータ(攻撃:1850)

 手札3枚(1枚は"光霊使い−ライナ")
----------------------------------------------

「俺のターン、ドロー!」(手札1→2枚)
 デッキからカードを引くと同時に、俺の場に存在する緑色のカケラが淡く光った。

 強欲なカケラ:強欲カウンター×0→1

「俺は……このままターンエンドだぜ」
 攻めたいのは山々だが、この手札じゃまだ無理だ。
 幸い防御カードは展開してあるし、1ターンくらい大丈夫だろう。


 俺のターンが終わり、雨宮のターンになる。


「あたしのターン、ドロー!」(手札3→4枚)
 雨宮は引いたカードを手札に加えると、すぐさま1枚のカードをデュエルディスクに置いた。
 すると、キラキラした光が溢れ出すとともに小さな魔法使いが場に現れた。


 カードエクスクルーダー 地属性/星3/攻400/守400
 【魔法使い族・効果】
 相手の墓地に存在するカード1枚を選択しゲームから除外する。
 この効果は1ターンに1度しか使用できない。


「「「おぉぉぉぉ!!」」」
 一部の男子から歓声が上がった。
 身の丈に合わない大きな帽子をかぶった魔法使いの少女は、照れたように笑いながらお辞儀をする。
 ……どうにも遊戯王本社は、余計なところに技術を使ってるんじゃねぇか?
「カードエクスクルーダーの効果で、雲井の墓地にいる"デス・カンガルー"を除外するよ!」
 幼い魔王使いが懸命に杖を振る。
 その杖の先から放たれた魔力が、俺の墓地に存在するカードを撃ち抜いた。

 デス・カンガルー→除外

「さらにエクスクルーダーで攻撃!」
 とことこと走ってきた小さな魔法使いは、手に持った杖で俺の脚をポコリと叩いた。
 攻撃を終えて、魔法使いは急ぎ足で雨宮の場に戻って行った。

 雲井:4300→3900LP

「あぁもう可愛いなぁエクスクルーダー♪」
「……なぁ雨宮。確認のため聞いておくけど、お前って真面目に戦っているんだよな?」
「ん? 当たり前じゃん。あたしが真面目じゃないときなんてあんまりないよ。ましてや霊使いデッキを使ってるのに、不真面目なわけないじゃん」
「…………………」
「まぁ雲井の反応も分かるよ。香奈や真奈美だって、あたしが霊使いデッキで戦いたいって言ったときは苦笑いしてたよ? だけどさ。どんなデッキであれ自分が使いたいって思うデッキを使うのが一番じゃないかなってあたしは思うわけよ。使いたくないデッキを使ってもつまらないだけだし、こんなに可愛い霊使い達と一緒に戦えるだけであたしは頑張ろうって思えるしね」
「……それって、可愛ければ別に霊使いじゃなくてもいいんじゃ……」
 その言葉を言った瞬間、雨宮が口を尖らせた。
 しまった。もしかして地雷でも踏んじまったか?

はぁ!? 何馬鹿なこと言ってんの雲井!? あんたって本当に何もわかってないよ!! いい!? 霊使い達はただ可愛いだけのモンスターじゃないの! 色んな可愛い仕草とか霊術とか、たくさんのカップリングを楽しめる最高の6人組なんだよ!? 特にダルライとかヒーウィンとかアウエリとか、場に並んだだけで映える組み合わせもあるんだよ!? 別にあたし自身が海山会長みたいな性癖持っているわけじゃないけど、その組み合わせが萌えるんだから仕方ないじゃん! 可愛いんだから仕方ないじゃん!! あたしは霊使い達と一緒に戦いたいの! 可愛いからって理由だけじゃなくて心の底から気に入っているの! 愛していると言っても過言じゃないかもだし! とにかく可愛ければ何でもいいって訳じゃないの! 分かった!?

 とんでもなく長い言葉を一息で言い終えて、雨宮は頬を膨らませた。
 香奈ちゃんと本城さん、その他女子が唖然としながら苦笑いを浮かべ、一部の男子は拍手すらしていた。
「わ、悪かった。本当に……ごめん」
「分かればいいんだよ。それじゃあ続きね。カードを2枚伏せて、ターン終了!」

----------------------------------------------
 雲井:3900LP

 場:強欲なカケラ(永続魔法:強欲カウンター×1)
   グラビティ・バインド−超重力の網−(永続罠)

 手札2枚
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 雨宮:6500LP

 場:憑依装着−ヒータ(攻撃:1850)
   カードエクスクルーダー(攻撃:400)
   伏せカード2枚

 手札1枚("光霊使い−ライナ")
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「いくぜ! 俺のターン!」(手札2→3枚)
 手札が3枚になって、同時に場にある緑色のカケラが大きく輝く。

 強欲なカケラ:強欲カウンター×1→2

「カケラを墓地に送ることで、2枚ドローだぜ!!」(手札3→5枚)
「……そろそろかな……」
「さらに"マジック・プランター"を発動するぜ!!」


 マジック・プランター
 【通常魔法】
 自分フィールド上に表側表示で存在する永続罠カード1枚を墓地へ送って発動する。
 自分のデッキからカードを2枚ドローする。

 グラビティ・バインド−超重力の網−→墓地(コスト)
 雲井:手札5→4→6枚

 6枚になった手札を見て、勝利を確信する。
 これなら一気に決められそうだぜ!!
「"死者蘇生"を発動して、墓地にいる"ビッグ・コアラ"を特殊召喚だ!!」


 死者蘇生
 【通常魔法】
 自分または相手の墓地からモンスター1体を選択して発動する。
 選択したモンスターを自分のフィールド上に特殊召喚する。


 ビッグ・コアラ 地属性/星7/攻撃力2700/守備力2000
 【獣族】
 とても巨大なデス・コアラの一種。
 おとなしい性格だが、非常に強力なパワーを持っているため恐れられている。


「また出てきた……! どうせ融合するつもりなんでしょ? でもエクスクルーダーの効果で墓地にいるカンガルーは除外されてる。簡単には融合させないよ!」
「へっ! 素材が無いなら、代用すればいいだけだぜ!! 場にいる"ビッグ・コアラ"と手札の"融合呪印生物−地"を素材に"融合"を発動だ!!」
 そう言って俺は手札の1枚をデュエルディスクに叩き付けた。
 場と手札。2体のモンスターが空間に出来た渦に飲み込まれ、融合される。
 やがてその渦の中から、大きなチャンピオンベルトをかかげたモンスターが現れた。


 融合
 【通常魔法】
 手札・自分フィールド上から、融合モンスターカードによって決められた
 融合素材モンスターを墓地へ送り、その融合モンスター1体を
 エクストラデッキから特殊召喚する。


 融合呪印生物−地 地属性/星3/攻1000/守1600
 【岩石族・効果】
 このカードを融合素材モンスター1体の代わりにする事ができる。
 その際、他の融合素材モンスターは正規のものでなければならない。
 フィールド上のこのカードを含む融合素材モンスターをリリースする事で、
 地属性の融合モンスター1体を特殊召喚する。


 マスター・オブ・OZ 地属性/星9/攻撃力4200/守備力3700
 【獣族・融合モンスター】
 「ビッグ・コアラ」+「デス・カンガルー」


「あっちゃー……召喚されちゃったか……」
「こいつで勝負を決めてやるぜ! 手札から"野性解放"と"巨大化"を発動だ!!」
「っ!」


 野性解放
 【通常魔法】
 フィールド上に表側表示で存在する獣族・獣戦士族モンスター1体の攻撃力は、
 そのモンスターの守備力の数値分だけアップする。
 エンドフェイズ時そのモンスターを破壊する。


 巨大化
 【装備魔法】
 自分のライフポイントが相手より下の場合、
 装備モンスターの攻撃力は元々の攻撃力を倍にした数値になる。
 自分のライフポイントが相手より上の場合、
 装備モンスターの攻撃力は元々の攻撃力を半分にした数値になる。

 マスター・オブ・OZ:攻撃力4200→7900→15800

 チャンピオンの拳に力が入り、真っ赤に燃え上がる。
 そのとてつもない攻撃力を持ったチャンピオンに、雨宮の場にいる2体のモンスターはお互いを抱き合いながらガクガクと震えている。
「ちょっ、まさかこんな可愛い子たちに攻撃するつもりじゃないよね?」
「ぐっ……こ、これは勝負なんだぜ!! そんなの気にしねぇよ!!!」
「うわぁ、あんた男としてそれはどうなのよ……」
「う、うるせぇよ! 手札から"デステニー・ブレイク"を発動だ!!」


 デステニーブレイク
 【速攻魔法・デッキワン】
 雲井忠雄の使用するデッキにのみ入れることが出来る。
 2000ライフポイント払うことで発動できる。そのとき、以下の効果を使用できる。
 ●このターンのエンドフェイズ時まで、モンスター1体の攻撃力を100000にする。
  ただしそのモンスターが戦闘を行うとき、プレイヤーに発生する戦闘ダメージは0になる。
 デッキの上からカードを10枚除外することで発動できる。そのとき、以下の効果を使用できる。
 ●このカードを発動したターンのバトルフェイズ中、相手のカード効果はすべて無効になる。

 雲井:デッキの上から10枚除外(コスト)

「さ、させない! カウンター罠発動だよ!!」
「なに!?」


 マジック・ジャマー
 【カウンター罠】
 手札を1枚捨てて発動する。
 魔法カードの発動を無効にし破壊する。

 雫:手札1→0枚(コスト)
 デステニー・ブレイク→無効

「香奈からもらったカウンター罠さ。雲井の厄介なデッキワンカードだって、発動自体を無効にしちゃえば怖くない!」
「へっ! やるじゃねぇか。だけどこの攻撃を防げるもんなら防いでみやがれ! バトルだ!!」
 俺の攻撃宣言と共に、チャンピオンがその拳を容赦なく振り下ろす。
 幼い魔法使いと赤い霊使いは、どうしたらいいか分からずあたふたしている。
「かかったね雲井! 伏せカードオープン!!」
「!?」


 魔法の筒
 【通常罠】
 相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
 相手モンスター1体の攻撃を無効にし、
 そのモンスターの攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。


「あっ………」
「真奈美からもらったカードだよ。これでその攻撃を雲井にそのまま返してあげる!!」
 チャンピオンの拳が、巨大な筒に飲み込まれる。
 同時に俺の真上にも筒が現れた。
「…………」
 敗北を確信し、がっくりと肩を落とす。
 ちくしょう。これで負けるのは久しぶりだぜ………。

 次の瞬間、巨大なチャンピオンの拳が俺に容赦なく叩きつけられた。


 雲井:3900→0LP




 俺のライフが0になり、決闘は終了した。





「やったー! 初勝利!」
「すごいですよ雫ちゃん! 雲井君に勝っちゃいましたよ!」
「まぁ途中は冷や冷やしたけど、私と真奈美ちゃんがレクチャーした甲斐があったわね」
 初勝利を飾った雨宮を女子たちが称える。
 負けちまった俺は、複数の男子に笑われながら慰められた。





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「いやぁ、今日は気分がいいなぁ♪」
 学校が終わっての帰り道。
 私と香奈ちゃんと雫ちゃんは、一緒に下校していました。
 遊戯王の授業で初勝利を収めたことがよほど嬉しいのか、いつも以上に雫ちゃんはハイテンションです。
「そんなにはしゃいでいると転ぶわよ」
「はいはーい♪ それにしても本当にありがとうね。2人がレクチャーしてくれたから勝てたよ」
「そ、そんな……私と香奈ちゃんは少しアドバイスしただけですし、あれは雫ちゃんが頑張ったから勝てたんですよ」
「そうよ。デッキも上手く使えていたしね」
「香奈……真奈美……あぁもう♪ 2人とも大好きだよ♪」
 そう言って雫ちゃんは私と香奈ちゃんを抱きしめてきました。
 他の通行人がこっちを見てクスクス笑っていますけど、本人は全く気にしていないみたいです。
「もう、テンション上がってるからって抱き付かないでよ。暑苦しいわね」
「やだなぁ。寒い冬だからこそこうやって温まるんじゃん♪」
「はいはい。そろそろ分かれ道だから、離れましょうね」
 香奈ちゃんは半ば強引に雫ちゃんを引きはがしました。
 そろそろいつもさよならをする分かれ道に辿り着きます。
 冬の寒さも辛いですし、早く帰ることに越したことは無いと思います。
「それにしても寒いわねぇ。風邪ひかないようにしないと……」
「そうですね――――はっくしゅん!」
 言っている傍から、くしゃみをしてしまいました。
 うぅ、そういえば昨日、お風呂からあがってすぐに布団に入らなかったです……。加えて変な夢のせいで寝不足気味ですし……。
「大丈夫? なんか顔が赤く見えるけど?」
「あ、これは霜焼けですよ。大丈夫です」
 心配かけまいと笑顔で答えます。
 香奈ちゃんと雫ちゃんは少し納得しないような顔をしましたけど、ちょうど分かれ道に着いたのもあってそれぞれの帰路につきました。

「はぁ……」

 なぜか溜息が出てきてしまいました。
 やっぱり、風邪気味なのでしょうか。
 早く帰ってコタツで温まりたいです。


「あっ、すいませーん」


 香奈ちゃんたちと別れてしばらく歩いた後、人通りの少ない道に入りました。
 そこで、後ろから呼びかけられました。
「はい?」
 振り返るとそこには、スーツ姿で眼鏡をかけた男の人がいました。
「すいません。少しアンケートをしているんですが、協力していただけませんか?」
「はい。いいですよ?」
 そう言って渡されたアンケート用紙とボールペン。
 知らない人の頼みでも、丁寧に頼まれると断れない私です。
 あぁ、早く終わらせて家に帰りたいです。
「………あれ?」
 渡された紙には、何も書いてありませんでした。
「あの、これ――――!」
 スーツ姿の男の人が、急に口を手で塞いできました。
 そのまま壁際まで押しやられて、身動きが取れなくなってしまいました。
「んん!? んー!?」
「黙れ。痛い目を見たくなかったらな」
 さっきまでの爽やかな声が嘘のように、暗く冷たい声でした。
 その右手に、カッターのような刃物が見えます。
「さっさと財布を出せ」
「っ!」
 ……これってカツアゲってものですか!?
 そういえば学校で不審者注意の連絡がされていましたけど、どうして私に……!
 それに財布を出そうにも、今日は急いで学校に来たから財布なんか持っていません。
 昼食だって友達からお金を借りて買いましたし……。
 ど、どうしたら……!
「ほら、早く出せよ」
「んんっ! んー!」
 必死で首を横に振ります。
 持ってないのに、出せるわけありません……!
「強情な奴だな。少しぐらい痛い目に遭わせないと駄目か?」
 そんな……! 酷い……!!
「んー!!」
 ジタバタして逃れようとしますが、男の人は手慣れたように私の体を抑えつけてカッターを突き付けます。
 冷たい刃が顔に触れて、怖さで一気に体が硬直してしまいました。
「あんまり舐めた態度取っていると駄目だってことを教えてやるぜ」
「……っ……!」
 心臓がありえないくらい早く鼓動します。
 寒さと恐怖で、どうにかなってしまいそうです。
 誰か……誰か助けて……!

















『マスター。私に任せてくださいますか?』



 耳に届いたのは、夢で聞いた不思議な声。
 次の瞬間、視界が真っ白に染まりました。



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『まったく、この冬という季節は厄介だな』
 俺の横でライガーが白い息を吐いた。
 真っ白な雪が降り積もる中、真っ黒なライガーの毛並みが妙に映える。
 歩行者によって押し固められた雪の歩道を歩きながら、俺は首に付けたマフラーを付け直した。
「けっ、なんだよ。冬は初めてなのか?」
『まぁな。我は秋に実体として生み出された存在だ。他の季節を知らなくて当然だろう?』
「そんなもんなのか?」
 もう数か月一緒に暮らしているが、いまだにライガーについて分からないことが多い。
 本人はアダムに生み出された存在だと言っているが、食事やその他、日常生活に関わる内容についてまったく知らない。
 聞こうにも、核心に迫りそうになるとカード状態になって黙り込んでしまう。
 まったく、本当に謎が多いやつだぜ。
『それにしてもさっきの決闘はなんだ? 我を無効にされただけでなく、自らの攻撃で自滅させられるとは……』
「う、うるせぇよ! あれは仕方なかったじゃねぇか!」
『ふん。もう少し腕を上げることだな小僧』
 くそったれ。好き放題言いやがって……!
 学校での事件が終わってから、ライガーが妙にツンツンしている気がするぜ。
 まさかとは思うけど反抗期ってやつか?





「ぎゃああああああ!!」


「っ!?」
 大きな悲鳴と共に、脇道から男が1人吹き飛ばされてきた。
 男は雪の上を転がり、吹き飛ばされてきた方向を恐怖に染まった瞳で見つめている。
「な、なんだよあれ、なんなんだよぉ……!!」
 必死に逃げようとする男の両腕両足に、白く光る何かが巻きついた。
「ひっ」
 身動きが取れなくなった男が向ける視線の先。
 俺とライガーも、自然とそっちの方へ目を向ける。

『逃がしません。あなたは警察に突き出します』

 どこかで聞いた声だった。
 そして声の主を見た瞬間、俺は自分の目を疑ってしまった。

 凛とした顔立ちに黒縁の眼鏡。
 短い黒髪が紐で後ろに結んである。
 そして、なにより涼しげなこの声。


「……本城……さん……?」


 俺達の視線の先。
 そこには、右手に槍を思わせるような杖を持ち、星花高校の制服姿で男を見下ろす本城真奈美の姿があった。





episode2――歪み始めた日常――




 目の前にいる杖を持った奴は、間違いなく本城さんだった。
 だけど何かおかしい。彼女の瞳が、いつもは見せないような冷たい視線を放っている。
「ひぃ! す、すまなかった! ほんの出来心で!!」
『許せるわけがありません。マスターを傷つけて、ただで済むと思っていますか?』
 右手の杖の先端を突き付け、本城さんは言う。
 怯える男に対して、ゆっくりと近づきながら杖を近づけていく。
 なんなんだ? 本当に本城さんなのか?
「お、おい! 何があったかは分からねぇけどその辺で―――」
 その声で、本城さんはやっと俺の存在に気付いたようだった。
『あなたは……』
「どうしちまったんだよ本城さん! らしくねぇぞ!」
『……』
 本城さんは杖を地面に付き、怯える男に背を向けた。
 代わりに俺とライガーを見つめ、小さく息を吐いた。
『……そこの男は、マスターにカツアゲを行ったうえ暴力を振るおうとした悪人です。なので私がこうして懲らしめているんです』
「な、何言ってんだよ…?」
 訳が分からなかった。
 なんだってんだ? 本城さんってこんな冷たい口調だったか?
 それに懲らしめるって……一体どうやって……。

「ひ、ひぃぃ!!」

 隙を伺っていた男が、縛られた状態でその場から逃げ出した。
 本城さんは小さく溜息をつくと、手に持った杖を男へと向ける。
『バインドスタン』
 そう呟いた瞬間、男の体を真っ白な光の縄が縛り上げ、バチッと電気が弾ける音がした。
「がっ……!?」
 男は一瞬の悲鳴をあげ、そのまま倒れてしまう。
「な、なにしやがった!」
『少しだけ眠ってもらっただけです』
 そう言うと本城さんは、杖をこっちに向けてきた。
 あの杖から不思議な力が出てんのか?
『あなたから闇の力を感じます。隣にいる動物からは、さらに強い闇の力を感じます。あなたもマスターに害為す敵ですね』
「なっ――!」
『ライトシューター、セット』
 空中に1つの光の玉が浮かぶ。
 さっき男を縛り上げたものと似たような力だと思った。
『いけ!』
 その光の玉が、ものすごい速さで俺へ向かってきた。
 躱すことは出来そうになく、咄嗟に俺は身構える。


 パリィン!


 ガラスが割れたような音がした。
 ライガーが俺と光の玉の間に割り込んで、その光の玉を破壊していた。
『ふん。まったく手間のかかる小僧だ』
「ライガー、てめぇ……」
『勘違いするな小僧。貴様が動けなくなると我も危なそうだから助けただけだ』
「っ! どういうことだよ?」
『どうやら奴には、我々が敵だとしか認識されていないらしいな。話し合いも出来そうにない。ここは逃げるしかないが……このままではな……』
「じゃあどうすんだよ!?」
『……仕方ないな。小僧。我に体を貸せ』
「はぁ!?」
『我も不本意だが、この状況では仕方ない。デュエルディスクを通じた状態では片腕に我の力を宿すのが限界だ。だから小森彩也香の時のように体を貸せと言っている』
 俺の脳裏にライガーに操られていた彩也香の姿が浮かぶ。
 赤い瞳になっていて、衝撃を加えた箇所を問答無用で破壊していたあの姿は、今でも忘れることが出来ない。
「てめぇ。まさかまた悪さしようってんじゃねぇだろうな」
『そうしてやってもいいがな。あいにくそこまでの力を取り戻していない。体を貸りたところで、体と意識の支配権は小僧のままだろう』
「………本当だろうな?」
『信じるかどうかは貴様次第だ。早く決めないと次が来るぞ』
「………けっ、分かったぜ。やってやろうじゃねぇか!!」
 俺が頷くと、ライガーが黒い霧に変化した。
 その黒い霧は俺の体に入り込んでいく。体の内側から力が溢れてくるような奇妙な感覚があった。

『ライトシューター、トリプル、セット』

 本城さんが呟くと、今度は光の玉が目の前に3つ出現した。
 あの速さで3つ同時に襲い掛かられたら絶対に躱せない。だったら――――!
「っ!」
 思い切って前に踏み出す。
 体から溢れる力の感覚。きっと使い方は、以前と同じだろう。
 宙に浮かぶ3つの光の玉をそれぞれ殴りつける。同時にそれらの光の玉が、粉々に砕け散った。
『私の力を……!』
「残念だったな! そんな攻撃効かないぜ!」
『……!』
 本城さんは俺から距離を取って、再び杖の先端をこっちに向けた。
(どうやら、あの杖を対象に向けなければ攻撃できないようだな)
「そういうことなら向けさせないように逃げ回ればいいんだな!」
 横に移動しながら、俺は相手と距離を置く。
 できるかぎり杖の先端に注意を払いながら、逃げるための距離を稼ぐ。
『…………』
 本城さんは動き回る俺に杖を向けられないようで、困っているようだった。
 かなりの距離をおいたことに感心した俺は、少しだけ杖から意識を外してしまう。

『ライトバスター・ミドルレンジ。チャージ完了』

「っ!?」
 遠く離れた本城さんの持つ杖の先端に、光が集まっていた。
 何か、嫌な予感がした。

『シュート!!』

 その杖の先から、光の砲撃が放たれた。
 誰もいない道路を埋め尽くすかのようなその光を躱すスペースはない。
「くそっ!!」
 覚悟を決めて、右手に体重を乗せて前に突き出す。
 光の奔流が右手に触れた瞬間、その光が右手に弾かれて拡散していく。
(このクラスの攻撃を弾くのが今の我にとって限界らしいな。さっさと逃げるぞ)
「んなこと言ったって……!」
 光の砲撃はまだ続いている。
 少しでも手を引いちまったら、ただじゃ済まないのは間違いない。

『っ!』

「!?」
 突然、光の砲撃が止んだ。
 遠くの方では、本城さんが苦しそうに膝をついている。
「な、なんだ?」
(分からん。だがチャンスだ。逃げろ)
「あ、あぁ……」
 何が何だか分からないが、とにかく今は逃げることが先決だぜ。

 膝をつく本城さんを心配しつつも、俺はその場から逃げ出した。
「なにが、どうなってんだ……?」
 訳が分からないことが多すぎて、頭が混乱しそうだった。



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『っ、私としたことが……マスターの体力を考えていませんでした……』
 真奈美の体を動かしていたものは、自身の配慮の足りなさを後悔していた。
 自分の最優先事項はマスターの安全であったにもかかわらず、力を乱用することでマスター自身の体力を大きく削ってしまった。
『私が出ていられるのも……限界ですね。とにかくマスターを……安全な場所に……!』
 そのものはふらつきながら、真奈美の体を動かしていく。
 真奈美の記憶を探り、今いる場所から最も近く、知人がいる場所を探し出す。


 やがて辿り着いたのは、『霊使い喫茶』と書かれた看板のある店だった。



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「はぁ……はぁ……はぁ…!」
 本城さんから逃げた俺は、自分の家の中で息を切らしていた。
 雪道を全力ダッシュで帰ってきたんだ。さすがに疲れたぜ。
『よく逃げたな小僧』
「おう、いつの間に、子犬モードに、なったんだよ」
『貴様は家に入ったときにだ。2回目にしては我の力を上手く使えていたではないか』
「けっ! てめぇに、褒められても、嬉しく、ねぇぜ!」
 乱れた息を整えて、俺は自分の部屋に入る。
 くそっ、なんかすっげぇ疲れた。全力疾走したからってだけじゃなさそうだぜ。
「なんだったんだよさっきの!?」
『……我にも詳しくは分からん』
「あぁ!?」
『だが1つだけ分かったことがある』
「な、なんだよ?」
『あの娘の攻撃を破壊したときの感触。あれは間違いなくだ』
「え!?」
 それってつまり、本城さんは白夜の力を使って俺を攻撃してきたってことかよ。
 いや待て。そもそも彼女は白夜のカードを持っていない。それなのに、白夜の力って使えるんだ?
『分からないことが多すぎるな。もう少し我に力が戻れば、何か分かるかもしれんが……』
「じゃあどうすんだよ?」
『……小僧。たしか明日は学校とやらは休みだったな?』
「明日どころか……3連休だから明日、明後日、明々後日と休みだぜ」
『なるほど好都合だ。明日、スターのところへ行くぞ』
「なんでだよ?」
『ただの娘が白夜の力を扱っていたんだ。白夜の力の事なら、スターに聞くのが一番だろう?』
「……それもそうだな」
 分からないことが多すぎる以上、1人で悩んでいても解決は難しいしな。
 幸い学校の課題も無いし、ここはスターのところへ相談しに行こう。
『ついでに”永久の鍵”についても問いただしてみるか。案外、何か知っているかもしれないしな』
「なんだよ。結局、てめぇは何も思い出せていないのか」
『馬鹿にするな小僧。永久の鍵という存在が、あの娘に不可思議な現象を与えているのは我にだって分かっている。ただそれが放っておいていい物なのかどうかを判断する情報が欲しいだけだ』
「あーはいはい。そういうことにしておいてやるぜ」
 適当に受け流す。
 全力で動いて疲れたし、頭も使いまくって何も考えられない。
 さっさと寝て明日に備えるのが吉だぜ。
『…………永久の鍵………か……』
 ライガーが珍しく考え込んでいる。
 まぁ、どっちみち明日になれば分かることだからどうでもいいぜ。


「忠雄ー! そろそろご飯よ!」


 下から母親の声が聞こえてきた。
 もうそんな時間になっていたのか。
「あぁ! 今いくぜ!」
 考えることを投げ出した俺は、夕食の用意されているリビングへと降りて行った。






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『マスター、目を開けてください』
「ぅん……?」
 耳に届いたのは、夢でよく聞くあの声でした。
 でも今までと違って、その声はとても近くで聞こえた気がしました。
「誰……ですか……?」
 閉じていた目を開けて、私は目の前にいる人を見つめました。
 白いローブに身を包んでいて、なびく白銀の長髪。
 すべてを見通すかのような美しい青い瞳を持った女性が、私に優しく笑いかけていました。
「え、エターナル……マジシャン……?」
『はい。ようやく、私の声が届きましたね』
「えっ、え、え?」
 理解が追いつかず、言葉が出ませんでした。
 目の前にいる人は間違いなくエターナル・マジシャンでした。
 でも、エターナル・マジシャンはカードですし……誰かがコスプレしているというわけでもなさそうです。
「もしかして、また夢?」
『ふふっ、そうですね。ここはマスターと私しか会話が出来ない夢世界。マスターがここ最近ずっと見ていた不思議な夢は、この世界が不完全だったために見たものです。寝不足にしてしまって申し訳ありませんでした』
「え、えっと……はい……」
 話してくれている彼女には申し訳ないですけど、何を言っているのかさっぱり分かりませんでした。
 とりあえず、今いる場所を把握してみます。
 辺りが真っ暗なのは、いつも見る夢とまったく同じなようです。
 ただ一つ違うのは、私の前にはエターナル・マジシャンと名乗る大人の女性が立っていることです。
 ためしに頬をつねってみても、何も変化はありません。
『すぐに受け入れてくれるとは思っていません。ですがいずれ、受け入れてくれると信じています』
「え、は、はい。その……エターナル・マジシャン……?」
『はい。なんでしょうかマスター?』
「えっと、そのマスターっていうのは、私の事ですか?」
『もちろんです。私の主なのですから……もしかして、マスターでは失礼でしたか?』
「い、いえ、そんなことありません。好きに呼んでもらって構いません……」
 あれ? どうして私は、初対面の人にここまで心を許しているのでしょうか?
 それ以前に、初対面の人にこうやって緊張せずに話せているなんて初めての事です。
 香奈ちゃんと初めて話したときも、結構緊張していたのに……。
「毎日、夢の中で話しかけていたのはあなたなんですか?」
『はい。快適な睡眠をさせてあげられず、申し訳ありませんでした。ですが、そうも言っていられない事態になりましたので』
「どういうことですか?」
『……これから申し上げることは、マスターにとって辛い内容になるかもしれません。心して聞いていただけますか?』
 エターナル・マジシャンは真剣な表情でそう言いました。
 なぜか他人事ではないような気がして、私も聞く姿勢を取ります。
『まず私の存在からお話ししなくてはならないですね。私はイブの作り出した”永久の鍵”の力によって生み出された存在です。端的に言えば、スターに存在しているコロンのような白夜の力が実体を持った存在です』
「白夜の力……ですか?」
『はい。マスターがアダムの記憶消去の影響を受けなかったのも、学校で発生した闇の霧の影響を受けなかったのも、闇の結晶を破壊できたことも、すべて私の力によるものです』
 私の脳裏に、今までの事件の記憶が蘇えります。
 アダムとの決闘が終わったあとのことや、学校での事件……それらすべてで疑問に思っていたことが、一気に解消されていきます。
「え、えっと、つまり私も、薫さんや香奈ちゃんと同じように白夜の力を宿しているってことですか?」
『そうなりますね。もっとも、それはダークの事件が終わってからの話です。マスターは、ダークの一味だった時に薫さんと戦った事を覚えていらっしゃいますか?』
「は、はい……」
 できれば忘れたい記憶でしたけど、今でもはっきりと覚えています。
 遊戯王の大会に紛れ込んで一般人を襲っていたところを、薫さんと戦って……それで……。
『そのときにマスターは、薫さんの白夜の力によって正気に戻りました。その際に、”永久の鍵”としての力も受け取ってしまったんです』
「え?」
『”永久の鍵”の力は、あくまでランダムに選ばれた人間に宿るのですが、”白夜の力を扱う素質を持っている”ことが条件になっていました。マスターはその素質があり、”永久の鍵”を持つにふさわしい人間だったんです』
「な、なるほど……なんとなくですけど、分かりました。じゃあ私は、その”永久の鍵”ってものを薫さんに返さないといけないんでしょうか?」
『いいえ。もうその力は、マスターの物として完全に宿ってしまいました。”永久の鍵”がその役目を終えるまで、返すことも、誰かに受け渡すことも不可能です。もっとも、持っているからといって体に別状があるわけではありません。マスターは、自身にも白夜の力が宿ったんだという認識を持っていただくだけでいいです』
「……じゃあ、そういうことにしておきます」
『ありがとうございます。”永久の鍵”は私という存在を介してのみマスターは使用できますので気を付けてくださいね』
「は、はい。その、使用ってことは、その鍵は何か開けるものなんですか?」
『いいえ、その逆です。”永久の鍵”は閉めるための鍵。アダムが作り出した神のカードを封印するためのものです』
「えっ、神のカードですか!?」
『はい。マスターも友人から聞いていると思います。アダムの力の一部である神のカードを倒すことなく封印する。それが”永久の鍵”の役目です』
「倒すことなく、封印?」
『はい。アダムは神のカードに自分の力を分けています。そして神のカードを決闘者に倒させることによってその力を自身へ還元しているんです。完全な力を取り戻したアダムは、誰にも倒すことは出来ない。なので完全な力を取り戻さないように封印しようとイブは考えました』
 アダムは私と雲井君が以前出会った幼い男子のような存在の事でしょう。
 イブというのは分かりませんけど、話の流れからアダムと似たような存在のことを指しているんだと思います。
「封印って……どうやるんですか?」
 それを聞くと、エターナル・マジシャンは静かに首を横に振りました。
『マスター、それは知らなくていいことです。マスターは、今までどおり普通の生活を送ってくださればそれで構いません』
「え? でもそれじゃあ――――」
『お願いですマスター。あなたが一番望む幸せのために、神のカードを封印しようと思わないでください』
「私の一番望む……幸せ? それって――――」
 尋ねようとした瞬間、私達のいる世界がわずかに揺れるような感覚がありました。
 夢の世界なのに、地震……?

『もう時間のようですね』

「え?」
『お別れです。マスター。少しの間だけでしたが、こうして二人っきりで話せて私は幸せでした。それでは、いってらっしゃいませ』
「ちょ、ちょっと待って―――!」




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「ぅん……?」
 蛍光灯の光が、薄らと開けた目の中に飛び込んできました。
「あれ……ここは……」


「あっ……」


 聞き慣れた声。
 お腹のあたりに重さを感じて、視線を移動します。
「雫ちゃん?」
 そこにいたのは、雫ちゃんでした。
 でも彼女は、今まで見たことが無いくらい狼狽えていました。
「えーと……起きちゃっ……た?」

 雫ちゃんはベッドで仰向けになっている私にまたがっていました。
 その両腕は私のYシャツのボタンにかかっていて、ちょうど第1ボタンと第2ボタンが外されています。
 私の近くには、制服とリボンが乱雑に置かれていました。

「………………………え?」
 あまりに突然のことで、状況が理解できませんでした。
 えっと、私はベッドで眠っていて、雫ちゃんは私にまたがっていて、雫ちゃんは私の服を脱がしていて……。
 え? 雫ちゃんが、私の服を脱がせて、え? え?
「あ、あの、これは、その、え、えっと……違うんだよ真奈美。落ち着いて、落ち着いて聞いてね」
「ふっ……わ……!」
「な、泣かないで! お願い! ホントに、ホントに違うんだって!!」
 悲鳴が出るのをギリギリで抑えて、雫ちゃんの声に耳を傾けます。
 だけど少しでも油断したら、泣き出してしまいそうでした。
 雫ちゃんもそれを察したのか、部屋の隅まで移動して両手を上げて何もしないことをアピールしています。
「あ、あのね。真奈美?」
「な、なん、ですか……?」
「あたしは、霊使い喫茶の前で倒れていた真奈美を家まで移動させて、ベッドに運んだの。雪の上に倒れていたから服がびしょ濡れで、このままだと風邪を引くと思ったから、眠っているうちに着替えさせようと思って、それで………」
「私が……倒れていた……?」
「そう。お、覚えてない? おねぇちゃんから連絡があって急いで飛んできたんだけど」
 雫ちゃんが嘘を言っているような感じはしませんでした。
 ようやく少しだけ、落ち着いてきました。
「ご、ごめん! 真奈美を怖がらせるつもりは無かったんだけど、本当にごめん!」
「………私も、勘違いしてしまったみたいで………その、すいません……」





 私も雫ちゃんもお互いに落ち着いたところで、タイミングよく明菜さんがココアを持ってきてくれました。
 ついでに持ってきてくれた厚手の服に着替えて、3人でベッドに腰掛けます。
「びっくりしたよ。雫の友達が店の前に倒れているからさ」
「すいません。何も覚えてなくて……」
「んー、真奈美の家と喫茶店ってまったく逆の方向だよね? どうしてそんなところに倒れていたの?」
「すいません。本当に覚えていないんです」
 あの夢の中でのことは、言わないでおきます。
 エターナル・マジシャンに会ったなんて言ったら、きっと笑われてしまいます。
「今日はうちに泊まっていきなよ。もう夜も遅いしさ」
「え、でも、ご迷惑なんじゃ……」
「いいよいいよ。こんな可愛い女の子を1人で帰宅させることの方が危ないだろうしさ」
 明菜さんはそう言って、頭を撫でてくれました。
 正直に言えば、とても助かる提案でした。
 実は目が覚めてから、上手く体が動きません。
 なんていうか、体がだるくて……さっきまで全力疾走していたみたいな……そんな感じがしていました。
「雫、あんたもあんまり友達からかうんじゃないよ?」
「いやだなぁおねぇちゃん。あたしは友達はとっても大事にするんだよ?」
「へー、とても寝ている友達にコスプレ着させようとしていた人間から出るセリフだとは思えないなぁ」
「……え? 雫ちゃん、私に着替えさせるって……まさか……!」
「や、やだなぁ真奈美ぃ。け、けっしてあたしは、新作のコスプレを真奈美に着させようなんてことは………あっ……」
「…………最低です雫ちゃん。明菜さん、今日は明菜さんの部屋にお邪魔していいでしょうか?」
「いいよいいよー。あたしは妹と違って健全なおねぇちゃんだからねー。おねぇさんと一緒に寝ましょうねー」
「あー真奈美ぃー」
「雫、あんた今日は1人で反省していなさい」
「うー……」
 がっくりとうなだれる雫ちゃんをよそに、私と明菜さんは二人で別の部屋に向かいました。




 時間はもう11時を回っていました。
 いつもなら眠る時間帯です。でもさっきまで寝ていたせいか、全然眠くなりませんでした。
「お布団でごめんねー。さすがにお客さん用のベッドは用意できなくて」
「い、いえ、突然お邪魔させてもらっているのにここまで丁寧なおもてなしをしていただいて嬉しいです」
「本当に真奈美ちゃんは良い子だなー。雫にはもったいないね」
 そう言って明菜さんはベッドに横になりました。
 とりあえず私も、用意された布団に横になります。
「あの、聞いてもいいですか?」
「んー? なーに?」
「えっと、私、喫茶店の前で倒れていたんですか?」
「そうだよ。ちょうどお店を片付けようかと思ってたところだったから良かったよ。あのまま気づかれなかったら凍死してたかもしれないよ?」
「縁起でもないこと言わないでくださいよ……」
 思い返そうとしても、まったく記憶がありません。
 たしか私は変な男の人にカツアゲされて、それから…………駄目です。まったく思い出せません。
 恐怖のあまり、一種の記憶喪失になってしまったのでしょうか?
「ねぇ真奈美ちゃん」
「はい?」
 明菜さんがベッドの上から見下ろしながら、口を開きます。
「雫の事なんだけどさ、もしよかったら、これからも仲良くしてあげてくれない?」
「え? それはもちろん、そのつもりですけど……」
「ほらあの子ってさ、あたしの仕事のせいかもしれないんだけど、コスプレが趣味でしょ? そのせいでほら、友達に嫌われたりとかしてない?」
「そんなことありませんよ。みんな、雫ちゃんの明るさのおかげでいつも元気です」
「そう。それなら良かった。なんかさ、星花高校でソリッドビジョンの事件があったときに雫が病院に運ばれたから……その心配がまだどこかに残っていたのかもね」
「…………」
 明菜さんは、学校での事件の真相を知りません。
 あんな大変な事件を家族に教えるべきではないと雫ちゃんは判断したんだと思います。
「我ながら、妹馬鹿だとは思うんだけどね……真奈美ちゃんや香奈ちゃんといるときの雫は本当に楽しそうだから、これからも末永く仲良くしてあげてね?」
「はい……喜んで!」




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 翌日になって、俺とライガーはスターの本部へ向かっていた。
 リーダーである薫さんはまだ入院してるけど、薫さんの家で活動しているらしい。
「どう説明したらいいんだろうな?」
『考えるまでもなく、普通に言えばいいだろう? あの娘が使っていたのは白夜の力だ。我の時と違って力づくにはならないだろう』
「……けどなぁ……」
 なんか嫌な予感がするんだよなぁ。
 ただの考えすぎなのかもしれねぇけど……。



「本当にありがとうございました」



「あ……」
 俺達の目の前で、本城さんがお辞儀をしていた。
 よく見ると彼女の前には雨宮がいて、笑顔で手を振っている。
 なんかよく分からねぇけど、雨宮の家で遊んでいたのか?
『ちょうどいい。わざわざスターに出向くまでもなくなったではないか』
「はぁ? まさか、本城さんに直接聞く気か?」
『当たり前だ。当人に聞くのが一番手っ取り早いだろう?』
 そう言ってライガーは俺より先に本城さんのもとへ駆け寄る。
 そして帰り道についていた彼女を呼びかけた。
『おい、小娘』
「え?」
 振り返った本城さんは、ライガー、俺の順番で姿を確認する。
 話しかけちまったものは仕方ない。俺もライガーと同じように、本城さんに駆け寄った。
「雲井君。おはようございます。ライガーとお散歩ですか?」
「そんなんじゃねぇぜ。朝から悪いんだけど、聞きたいことがあるんだ」
「はい?」
「えっと、その、昨日のことなんだけどよ……」
「……昨日? 何かあったんですか?」
「いや、何かあったって言うか……昨日会ったじゃねぇか」
「……………??」
 本城さんは首を傾げる。
 どういうことだ? 昨日の戦いを忘れちまったっていうのか?
「あの、雲井君。実は私、昨日のことをよく覚えていなくて……もし良かったら、教えてもらえませんか?」
「覚えていない?」
「はい。その、本当に覚えていなくて……」

『貴様は我とそこの小僧に襲い掛かったんだ。手に見たことも無い杖を掲げてな』

「………え?」
 ライガーの単刀直入すぎる言葉に、本城さんは戸惑っているようだった。
「私が、雲井君を……?」
『ああ。なんとかその場は凌いだが、危うく大怪我を負うところだったな』
「そ、そんな……私、そんなことを……?」
 どんどん本城さんの顔が曇っていく。
 直感的にまずいと思い、すぐにフォローを入れる。
「ちょっと待てよライガー! 本城さんは何も覚えていないんだぜ? なにも責める事ねぇだろ!」
『責めてなどいない。我はただ真実を述べているだけだ』
「……! てめぇ、もう少し相手の気持ちを考えやがれ!!」
「だ、大丈夫です雲井君。その、少し、驚いただけで……それより……ライガーの話は本当なんですか?」
「っ………ああ。本当だぜ」
「そ、そうですか……でも、本当に何も覚えていなくて……」
 嘘をついているようには思えない。
 本城さんはきっと、本当に何も覚えていないんだろう。
 クラスメイトを傷つけようとして、その記憶を自分が覚えていないっていうのは、どんな気持ちなんだろうな……。
「まぁ、覚えていないんじゃ仕方ねぇよ。話ってのはそのことだったんだ」
「その、なんて言えばいいのか……」
「気にすることねぇぜ! 俺はこうして元気だし、ライガーもピンピンしてるしな!」
「はい……ありがとうございます……」
 言葉ではお礼を言っているものの、本城さんの顔は暗い。
 友達思いの彼女にとっては、辛いことなのかもしれねぇな。
『小娘、もう一つだけ聞きたいことがある』
「は、はい。なんですか?」
『……”永久の鍵”という言葉に聞き覚えはあるか?』
「!!」
 ライガーが尋ねた瞬間、本城さんの表情が変わった。
 俺もライガーも、その変化に違和感を感じる。
「な、なんで……その名前を……?」
『知っているのだな?』
「はい……」
『話してもらおうか。おそらく、我にとっても貴様にとっても重要な話になる』
「…………その、私自身も、ちゃんと理解できているわけでは無いんですけど、それでもいいですか?」
『構わん。我も出来る限りの情報が欲しいだけだからな』
「はい。その、永久の鍵って言うのは、アダムが作り出した神のカードを倒さずに封印するためにイブが作り出したものらしいです。私に、その、永久の鍵としての力が宿ってしまったみたいで……薫さんみたいに白夜の力を使えるようになったらしいんですけど……あんまり実感は無くて……」
『……神を封印か……。なるほど、アダムに力を還元させないためか』
「あ、でも、封印はしなくていいって言われて……」
『なんだと?』
「わ、私も封印しなくちゃいけないって思うんですけど、でも、しなくていいって言われて……」
『……それは、永久の鍵に言われたのか?』
「はい。あの、ライガーは神のカードだったんですよね? 神のカードって封印しなくても大丈夫なんですか?」
『大丈夫なわけがないだろう。神のカードは闇の結晶以上に強力な力を有していて危険な存在だ。仮に倒したところでアダムに力を取り戻させる。取り戻させないためには、封印できることに越したことはないだろうな』
 そう言ってライガーは本城さんに踵を返し、その場から去っていく。
 隣で話を聞いていた俺は、その内容のほとんどが理解できなかった。
「あ、あの、雲井君……」
「なんだ?」
「その、私、ライガーの気に障ることをしてしまったんでしょうか?」
「ああ、あいつはいつもあんな感じだから気にすることねぇぜ。よく話は分からなかったけど、そういう面倒な話ならスターに相談すればいいじゃねぇか」
「そ、そうですよね。今度、相談してみます」
 本城さんは安堵の息を吐きながら少し笑う。
 少しだけ元気になったみてぇだな。良かったぜ。


「じゃあ俺も帰るぜ。また学校でな」
「はい。また学校で」
 手を振る本城さんを横目で見ながら、俺はライガーの後を付いていく。
 ライガーはどこか不機嫌そうな表情をしながら、何も言わずに歩いている。
「どうしたんだよ。急に不機嫌になりやがって」
『……小僧。貴様はあの娘とクラスメイトだったか?』
「やぶからぼうに聞いてくんなよ。そんなのてめぇだって知ってるだろ?」
『ならば忠告だ小僧。あの娘、放っておくと取り返しのつかないことになるぞ』
「はぁ!? どういう意味だよ!?」
 思わず怒鳴ってしまった。
 ライガーは俺に振り返り、真剣な眼差しを向ける。
『あの娘の話を聞いて、ようやく思い出せた。永久の鍵のことをな……』 
「またかよ。よく分からねぇけど、その永久の鍵ってのは神のカードを封印するために作られたんだろ? だったらその鍵を使って神のカードを封印すればいいって話なんじゃねぇのか?」
『貴様は神のカードを甘く見ているのではないか? アダムの力の一部である神のカードを封印するということは、倒すよりもはるかに困難だ。永久の鍵は、その困難をただの人間に可能とする。あの娘はまだ気づいていないようだが、永久の鍵の力は代償が伴うはずだ。まして神の力を封印するとなると……』
 珍しくライガーが言い淀んだ。
 その先の言葉を、なんとなくだが聞いてはいけないような気がした。
「封印するとなると………なんだってんだよ?」
『……さぁな。貴様には関係ないことだ』
 散々思わせぶりなことを言って、ライガーはカード状態になってデッキに入ってしまった。
 くそっ、逃げられた。
 どうする? 本城さんに伝えたほうが……って、連絡先知らねぇんだよな。
 仮に知っていたところで、何もわかっていねぇのに伝えるも何もないか……。
「ったく、なんだってんだよ………」
 胸によぎる嫌な予感をぬぐえないまま、俺はそのまま家に帰ることにした。





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 冷たい風が吹き付ける中、市野瀬は1人ビルの屋上に立っていた。
 その右手には遊戯王のデッキが握られており、左手には不気味な力を宿したカードが握られている。
『やぁ探したよ。こんなところにいるなんてどうしたのかな?』
 市野瀬の約5メートル後ろ。
 アダムが無邪気な笑みを浮かべながら立っていた。
 冬だというのに防寒具を身に着けず、漆黒の布を1枚だけを羽織っている。
「何の用だ?」
『別に用事は無いよ。でもせっかくボクが渡してあげたカードを使わないのかなぁって思ってね』
「冗談じゃない。たしかにこのカードから凄まじい力を感じるが、俺は本当に必要なときにしか使わないと決めたんだ」
『へー。本当に不思議だね。今までボクが神のカードを渡してきた人のほとんどは神のカードを率先して使うようにしていたんだけど、君の場合は違うみたいだね』
「アダム。お前の好きなようにはさせない。このカードは封印する。お前から世界を守るためにな」
『………それができれば苦労はしないだろうね。まぁ正直な話、ボクは今のままでもこの世界くらい簡単に消滅できそうな気はするんだよ? でもどうせなら、完全な力を取り戻してから悪さをしたいじゃん?』
 アダムはその場をクルクルと回りながら話す。
 市野瀬はそれに見向きもしないで、左手に持ったカードをデッキの中に入れた。
「永久の鍵の在り処は、見つかったのかな?」
『うん。もう覚醒もしてくれたみたいだよ。星花高校に通っている本城真奈美。彼女が”所有者”だ』
「……なぜ、お前が俺にそれを教えるんだ? 神のカードを封印されて困るのはお前だろう?」
『確かに封印されたら困るけど、どうせ封印なんか出来っこないからどうでもいいんだ。それにさっきも言ったけど、仮に封印されたところで今のボクなら簡単に世界を滅ぼせるからね♪』
 アダムはそう言って笑う。
 口調から、それが冗談ではないということを市野瀬は感じ取った。
「仮にそうだとしても、水の神は封印する。どんな犠牲を払ってもな」
『ははっ、ずいぶんと冷酷だね市野瀬さん』
「なんとでも言うといい。英雄になる人間というのは、一般的な思考を持ち合わせていないものなんだよ」
『英雄ねぇ……たしかに、君は英雄になるべき人間なのかもしれないね。まぁ、とりあえずボクは、そんな英雄がどんな風に立ち回るのかを見物しているよ。ボクのあげたカードは、君が好きに使っていいよ』
「言われなくてもそうするさ」
『ははっ♪ "水の神−セルシウス・ドラグーン"……最凶にして最弱の神。君はいったい、どんなふうに使うのかな?』
 アダムはそう言い残して、姿を消した。
 1人屋上に残された市野瀬は、小さく溜息をついて灰色の空を見上げていた。





episode3――せめて笑顔でサヨナラを――




「へぇ、そんなことがあったのね」
 私の隣で、香奈ちゃんが言いました。
 今いるところは星花デパートの近くにあるケーキバイキングのお店。
 雫ちゃんの家にお世話になって自宅に帰った私は、前々から香奈ちゃんたちと約束していたケーキバイキング巡りをするために町に出ていました。
「そうなのさ。いやぁ真奈美が倒れたって聞いたときはさすがのあたしも焦ったね」
「その割には、眠っている真奈美ちゃんにコスプレさせようとしてたんでしょ?」
「な、なんで知ってるの!?」
「雫のことだからそんなんじゃないかなって思っただけよ。まさか本当にそうだとはね……」
 呆れた表情で、香奈ちゃんは皿に並べたケーキを口に入れます。
 雫ちゃんは少しむくれた顔をして、ブラックコーヒーを一口飲みました。
「それにしても真奈美、本当に大丈夫? なんか顔色悪いような気がするんだけど?」
「え? そんなことありませんよ?」
「心配し過ぎよ雫。いくら倒れていたからって、調子が悪ければこんなところまで来れないわよ」
「そうですよ雫ちゃん。私は大丈夫ですから、今はケーキ食べましょう?」
「……それもそうだね! よし! 店員さん! あたしマロンスペシャル3個おかわり!」
 雫ちゃんは空いた皿を机の端に置き、注文をします。
 香奈ちゃんも雫ちゃんも、さっきからすごくケーキを食べていますけど……カロリーとか大丈夫なんでしょうか?
「そういえば香奈。せっかくの3連休なのに中岸とデートとかしなくていいの?」
「えっ、ま、まぁそうね……」
「むー? その反応、何かあるなぁ?」
「え!? い、いやいやいや、そんなわけないじゃない。だ、大助とはどこにも行ってないし、冬は寒いからあんまり外出しないし……」
 なんだか、いつもとは違う動揺の仕方でした。
 まるで何か隠しているみたいな……。
「あ、もしかして、家デート?」
「っ!!」
 雫ちゃんの言葉に、香奈ちゃんは咳き込みました。
 なんていうか……分かりやすい反応でした。
「おー、ついに香奈もそこまで進んだかー」
「ち、違うわよ!! 今日は母さんが仕事で家にいないから、大助のお母さんがうちに来なさいって誘ってくれて……! べ、別に1人で留守番してもいいって言ったんだけど、断るに断りきれなくて……!」
「はいはいごちそうさま。それでいつなの?」
「……き、今日よ……」
「なるほどねぇ。それで微妙な反応していたわけかぁ。ケーキ食べて楽しんだ後は、大好きな彼氏とイチャイチャするってことだね」
「な、べ、別にイチャイチャなんて……!」
「まぁまぁ。2人ともそれくらいで……」
 いつもの私達らしい会話でした。
 とても居心地のいい空間で、できることならいつまでもいたいような感じがしました。










 ケーキバイキングを終えて、今度はゲームセンターに向かうことになりました。
 あまりゲームは得意な方ではないんですけど、せっかくの機会ですし挑戦しようと思います。
「雫ちゃんは得意なゲームはあるんですか?」
「あたしは音楽ゲームが得意かな。香奈はシューティング系のゲームが得意なんだっけ?」
「そうよ。何度かハイスコアだってとったことあるんだから」
「すごいですね。うぅ、なんか緊張します……」
「気楽にやればいいわよ。どうせゲームなんだし」
「そうですね」
 もうすぐゲームセンターに着く一本道です。
 なぜか急に他の人の気配がしなくなってきました。
 休日のこの時間帯なら、いつも賑わっているはずなのに……。
「あれ? ここってこんなに静かな場所だったっけ?」
「そんなわけないじゃない。ゲームセンターが近いんだし、人がいないはず―――!」
 何かに気付いた香奈ちゃんが、私と雫ちゃんの肩を掴んでしゃがませます。
 すると私達の上を、何かが通り抜けて行きました。
「な、なに!? なんなの!?」
「……!」
 戸惑う雫ちゃんを背中に隠しながら、香奈ちゃんは道路の先にいる人物を見つめています。
 黒いスーツに身を包み、ツンツン頭の高身長の男性。顔つきは若くて目はキツネのように細く、オレンジのフレームの眼鏡をかけています。
「あんた、一体何者よ!」
 強気に問いかける香奈ちゃんに、男性はすぐさま答えました。
「失礼したな。俺は市野瀬。本城真奈美に用があってきた。一般人には少々どいてもらった。この辺り一帯にいるのは、俺達4人だけになっている」
「真奈美ちゃんに用事ですって? 何の用か知らないけど、変な力をもっているあんたの話を素直に聞くと思ってるの?」
「少し黙ってくれるか。俺は本城真奈美に用があるんだ。強気なのは結構なことだが、人の話の邪魔だけはしないで欲しいな」
 そう言って市野瀬さんは手をかざします。
 その手の平から大量の水が発射され、私達に向かって襲い掛かってきました。
「な!?」
「きゃ!」
 その水は香奈ちゃんと雫ちゃんの全身を覆い、その場に固定されてしまいました。
 2人は苦しそうに口を塞ぎながら、もがいています。
 当然、空気が遮断されているのでしょう。
「や、やめてください! このままじゃ溺れちゃいます!」
「うるさい口を黙らせるには、これが一番だろう?」
「……!」
 冷酷な視線で市野瀬さんは言いました。
 どうしましょう。このままじゃ2人が……!
 私が……私が、なんとかしないと……!

 ――ドクン――

「ぅっ!」
 突然強くなった鼓動。思わず胸を抑えます。
 ついこの間も、似たような感覚がありました。

 ――ドクンドクン――

 鼓動が早くなります。
 体が熱いです。いったい何が……?
(マスター、私にまかせてくださいますか?)
「エターナル……マジシャン……?」
 頭に直接呼びかけてくる声。
 間違いなく、エターナル・マジシャンでした。
(マスターが許可してくださるなら、この場を切り抜けることくらいはできるはずです)
「っ…はぁ…はぁ…!」
 強くなる鼓動。動悸が止まらない胸を抑えながら、私は答えます。
 胸が苦しいです。体もなんだか上手く動きません。
 でも……2人を助けるためなら……私はなんだって……!!
「お願い…たす…けて…!」
(はい。マスター)
 次の瞬間、私の全身が真っ白な光に包まれました。
 感覚が鈍くなって、視界がぼやけます。
 まるで意識だけが残って、体は別の誰かが動かしているかのような感覚。
 市野瀬さんは若干驚いたような表情をして、一歩退きました。
 私の右手には、いつの間にか槍のような杖が握られています。
『あなたは、マスターに害為す敵ですね』
 あれ。自分の口から出た言葉のはずなのに、自分で言ったような感覚がありません。
 右手が勝手に持った杖を振り回し、地面に先端を打ち付けます。
『クリアバインド』
 そう呟くと、両脇にいた香奈ちゃんと雫ちゃんの全身を覆っていた水が消えてしまいました。
「げほっ! けほっ! ま、真奈美……?」
「ごほっごほっ、な、何が起こったの?」
 2人の視線が私に向けられています。
 私はそれに、何も応えることが出来ませんでした。 
「ほう。それが”永久の鍵”の力か」
『あなたのその力……神のカードの所有者ですね』
「正解だ。ならば、お前がやるべきことも分かっているだろう?」
『っ! 分かっています……ですが、封印はしません』
 口が勝手に動いて、会話をしています。
 私が喋っているんじゃないみたいです。
 たぶん、私の代わりにエターナル・マジシャンが話しているんだと思います。
「封印しないだと? 冗談じゃない。封印を行えば世界中の人間が救えるんだ。永久の鍵はそのための力だろう?」
『しないと言ったらしません。マスターには、何も関係のないことです』
 頑なに、エターナル・マジシャンは封印を行いたくないようでした。
 どうしてそこまで断るのでしょう?
 ただ封印するだけなのに……。
「頑固だな。まぁいいさ。”お前”がどう考えようが、主である本城真奈美が決めることだ」
『マスターは渡しません!!』
 エターナル・マジシャンが杖を振るうと、光の玉が4つ市野瀬さんに向かって放たれました。
 ですがそれは空中に作られた水の壁に阻まれて、かき消されてしまいました。
「なにを焦っている?」
『……っ!』
「そういえば、その力には代償が伴うんだったな……。なるほど、”その姿でいられる”のはあとどれくらいだ?」
『く……』
 どういうことでしょうか。
 あとどれくらいって………もしかして、時間制限みたいなものがあるのでしょうか?
(すみませんマスター。そろそろ限界のようです)
 え? どういう意味ですか?
『朝山香奈さん、雨宮雫さん。少しだけ時間を稼ぎますから、マスターを……お願いします!』
 そう言ってエターナル・マジシャンは杖を地面に叩き付けます。
 すると地面の中から光の縄が飛び出して、市野瀬さんの体に巻きつきました。
「しまった、拘束か……!」
「あ……」
 強くなっていた鼓動が収まっていきます。
 手に持っていた杖も、体を覆う白い光も消えてしまいました。
 エターナル・マジシャンの声も聞こえなくなって、私はそのまま地面に倒れてしまいます。
「真奈美!?」
「どうしたの!? 真奈美ちゃん!!」
 2人が必死に呼びかけてくれます。
 なぜでしょう。呼吸が苦しいです。頭もボーっとして、上手く体が動きません。
 香奈ちゃんの手が、私の額に触れました。とても冷たくて、気持ちいいです。
「なにこれ。酷い熱…! と、とにかくこの場から離れないと……!」
「そうだね! 香奈はそっちの肩持って! あたしこっち!」
 2人が私の肩を担ぎながら、この場から移動します。
 私も出来る限り足を動かして、移動しようとしてみます。
 でも意識が朦朧としていて、ちゃんと足を動かせているかどうか分かりませんでした。















 少し時間が経ったでしょうか。
 私は冷たい床に横にさせられていました。
 すぐそばでは香奈ちゃんと雫ちゃんが心配そうに私の顔を覗き込んでいました。
「あ、気づいた?」
「良かった。途中から返事しないから、心配したのよ?」
「香奈ちゃん……雫ちゃん……」
「無理して喋らないで。熱はまだ下がってないんだから」
「ここは……?」
「廃ビルの中よ。隠れやすそうな場所だったから来たんだけど……とりあえずあの市野瀬ってやつは来てないみたいね」
「そう……ですか……ごめんなさい……迷惑、かけちゃって……」
「そんなことないよ。さっき救急車とスターにも連絡しといたから、もう大丈夫だよ」
「はい……」
 ボーっとする頭で、必死に状況を整理します。
 市野瀬さんは、永久の鍵の力を持っている私に用があると言っていました。
 おそらく神のカードを封印することが目的なんだと思います。でもエターナル・マジシャンは、それをさせまいと思っているようです。
 理由は分かりません。いったい、どうして……?



ここにいたか



 どこか不気味で、迫力のある声でした。
「あんた……!」
「見つかった……!」
 ここからは見えませけど、2人の反応から市野瀬さんだということが分かりました。
 ビルの壁に反響するせいか、声がよく聞こえます。
「ずいぶんと本城真奈美はお疲れのようだな。やはり、力を使うと著しく体力を消費するらしい」
「なに訳わかんないこと言ってんのよ! あんたこそ観念しなさい! もうすぐここに救急車とスターがやってくるわ!!」
「スターか。たしかにバレると面倒だな。仕方ない……」
 途端に辺りから水柱が立ち、私達の周囲を囲ってしまいました。
「俺と決闘してもらおう。俺が負ければ、本城真奈美の事は諦めてやる」
「なんですって?」
「急に何言ってんの。そんなの素直に応じるわけないでしょ! もうすぐスターが来るんだから、さっさと逃げるなりなんなりすればいいじゃん!」
「無論、力尽くでいいというならそうするぞ?」
「うっ……」
 雫ちゃんがたじろぎます。
 市野瀬さんが使う不思議な力……たしかに、あれで襲われたらひとたまりもありません。
 ですけど、だったらどうしてわざわざ決闘するのでしょうか? その力を使えば、私を連れて行くことなんて簡単なはずなのに……。
「いいわよ。やってあげるわ!」
「か、香奈……!」
「分かってるわよ。あくまでこれは時間稼ぎよ。スターが来るまでのね」
「そっか。そういうことならあたしだって……!」
 2人はバッグからデュエルディスクとデッキを取り出して、腕に装着しました。
 戦うつもりみたいです。私のために………。
「うっ……」
 なんとか上半身だけ起こして、状況を確認します。
 私の傍に雫ちゃんと香奈ちゃんがいて、5メートルほど先に市野瀬さんがいます。
「2人まとめて……ふっ、これも英雄となるための試練か……いいだろう。2対1の変則決闘だ。それでいいな?」
「ずいぶん余裕じゃない。私達を相手にして勝てると思っているわけ?」
「そ、そうだよ! あたしはまだしも、香奈に勝てるわけないんだからね!!」



「「「決闘!!!」」」



 市野瀬:16000LP   香奈:8000LP   雫:8000LP




 決闘が、始まりました。

 遊戯王本社が定めた2対1の変則決闘。
 1人で戦う人が先攻で、ライフが2倍の16000から始まり、ターンのはじめのドローは2枚引けます。
 2人で戦う方は墓地の共有も場の共有もない。お互いに相談することは出来ない上に、お互いを他のプレイヤーと見るのが絶対条件です。それぞれの人をA、B、Cとすると、A→B→C→A→B→………という順番で決闘が進行します。
 その他、"大嵐"や"ライトニング・ボルテックス"などの全体破壊カード、相手に場や墓地に影響を及ぼすカードは、それぞれのカードごとに扱いが決められています。
 授業ではそう習いましたけど、実際に見るのは初めてです。


「俺の先攻。ドロー」(手札5→7枚)
 ルール通り、市野瀬さんはデッキから2枚のカードを引きました。
 いくら2対1だからといって、毎ターン2枚のドローは十分なアドバンテージだと思います。
「さて、早めに済ませようか」
「なんですって!?」


手札5枚をデッキに戻し、ライフを半分にすることでこのカードは特殊召喚できる


「「「!?」」」
 聞いたことも無い召喚方法に、私達は一斉に驚いてしまいました。
 市野瀬さんのフィールドに小さな水柱が立ちました。
 その中から綺麗な海の色をした羽衣を纏った小さな少女型のモンスターが現れて、美しい舞いを披露します。


 GT−海辺の踊り子 神属性/星2/攻0/守0
 【神族・GT】
 このカードは通常召喚できず、「神」と名のつくシンクロモンスターの素材にしかできない。
 このカードの特殊召喚は無効にされず、特殊召喚されたターンのエンドフェイズ時にデッキに戻る。
 ライフを半分支払い、自分の手札を5枚デッキの一番下に戻したときのみ特殊召喚することが出来る。
 このカードが特殊召喚されたとき、自分の場に他のモンスターがいなければ、
 自分の場に「水晶トークン」(神族・神・星10・攻0/守0)を特殊召喚できる。


 市野瀬:16000→8000LP

「なっ、GTですって……!?」
「な、なに? なんなの?」
「"GT−海辺の踊り子"の効果発動だ。俺の場にモンスターがいないので"水晶トークン"を1体特殊召喚できる」
 美しい舞いを披露する少女の隣に、綺麗な水晶が出現しました。


 水晶トークン 神属性/星10/攻0/守0
 【神族】


「なんでそんなカード……?」
「違うわ雫。これは……!」
「手札から装備魔法"チェンジ・カラー"を発動する! 水晶トークンをトークンからシンクロモンスターへ変更する」


 チェンジ・カラー
 【装備魔法】
 このカードを発動したとき、自分は通常モンスター、効果モンスター、
 儀式モンスター、融合モンスター、シンクロモンスターのどれかを宣言する。
 このカードを装備したモンスターの種類は、自分が宣言した種類になる。

 水晶トークン:トークン→シンクロモンスター

「そ、そんな……」
「なに? なにが起こるの?」
 レベル10のシンクロモンスターとなったトークン。
 そしてGTと名のつくカード……間違いありません。市野瀬さんは……!!
「レベル10の"水晶トークン"にレベル2の"GT−海辺の踊り子"をゴッドチューニング!!」
 少女が水晶に優しく触れると、水晶は粉々に砕け散りました。
 その破片が少女の周囲に浮かび上がり、煌びやかな光を発しました。
「っ!!」
「ゴッドシンクロ!! 現れろ!! "水の神−セルシウス・ドラグーン"!!


 水の神−セルシウス・ドラグーン 神属性/星12/攻0/守0
 【神族・効果/ゴッドシンクロ】
 「GT−海辺の踊り子」+レベル10のシンクロモンスター
 ???
 ???
 ???


 巨大な光の柱から現れたのは、水で出来た体を持つ龍でした。
 龍を形どった水は、フィールド上に君臨しながら赤い瞳で香奈ちゃんたちを睨み付けます。
 形容しがたい威圧感のようなものが、決闘の場に圧し掛かってきました。
「攻撃力と守備力が0? なにそれ。なんかすっごく強そうなモンスターだけど、たいしたことないじゃん」
「………」
 効果テキストのところはよく見えません。
 でも攻守が0だからたいしたことないわけがありません。
 きっと、攻守の低さを補うだけの効果が備わっているはずです。
「水の神の効果を発動しよう」
 そう言って市野瀬さんが手をかざした瞬間、水の槍が2本、香奈ちゃんの体を貫きました。
「あっ…くっ…!?」

 香奈:8000→7000→6000LP

 貫かれた箇所を抑えながら、香奈ちゃんはその場に膝をつきました。
「なんで……闇の決闘じゃないのに……!」
「神のカードだぞ? 闇の世界などなくても、神の力によるダメージは現実のものとなるんだ」
「なんですって……!」
 市野瀬さんの言葉から察するに、ダメージが現実のものとなっているようです。
 やっぱり今まで戦ってきた神のカードと同じような力を持っているのは、間違いないようです。
「俺はこれでターンエンドだ。さぁ、お前のターンだ」


 市野瀬さんのターンが終わり、香奈ちゃんのターンになります。
 水の槍に貫かれた箇所を抑えて、痛みに顔を歪めながら香奈ちゃんはデッキの上に手をかけます。
「私のターン! ドロー!」(手札5→6枚)
 手札をさっと見て、香奈ちゃんはすぐに行動に移りました。
「"豊穣のアルテミス"を召喚するわ!!」


 豊穣のアルテミス 光属性/星4/攻1600/守1700
 【天使族・効果】
 このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
 カウンター罠が発動される度に自分のデッキからカードを1枚ドローする。


 マントを羽織った天使がフィールドに舞い降ります。
 香奈ちゃんの使うパーミッションデッキの要となるモンスター。最初のターンからこのカードを引けるなんて、さすが香奈ちゃんです。
「ほう、パーミッションか」
「あんたのカードなんて、全部まとめて無効にしてあげるわよ!」
「やれるものなら、やってみろ」
「っ! カードを2枚伏せて、ターンエンドよ!!」
 2対1の決闘では、各プレイヤーは最初のターンに攻撃することが出来ません。
 それを踏まえたうえで、市野瀬さんは攻撃力0のモンスターを攻撃表示で出したのでしょうか?



「あたしのターン! ドロー!」(手札5→6枚)
 雫ちゃんのターンになりました。
 デッキからカードを引き、じっくり考えた後、彼女は手札に手をかけます。
「モンスターをセットして、カードを2枚伏せてターン終了!」
 雫ちゃんの使う霊使いデッキは、リバース効果を主軸に戦うデッキです。
 最初のターンは、こうして守備に徹するしかないみたいでした。

-----------------------------------------------
 市野瀬:8000LP

 場:水の神−セルシウス・ドラグーン(攻撃:0)

 手札0枚
-----------------------------------------------
 香奈:6000LP

 場:豊穣のアルテミス(攻撃:1600)
   伏せカード2枚

 手札3枚
-----------------------------------------------
 雫:8000LP

 場:裏守備モンスター1体
   伏せカード2枚

 手札3枚
-----------------------------------------------

「俺のターン。ドロー」(手札0→2枚)
 市野瀬さんのターンになり、ルールによってデッキから2枚ドローします。
 なんでしょうか……なんだか嫌な感じがします。
「ではさっそく、水の神の効果を発動だ!」
「させないわ!」
 空中に水の槍が浮かんだ瞬間、香奈ちゃんが伏せカードを開きました。


 天罰
 【カウンター罠】
 手札を1枚捨てて発動する。
 効果モンスターの効果の発動を無効にし破壊する。

 香奈:手札3→2枚(コスト)

「これであんたのモンスター効果を無効にして、破壊するわ!!」
 君臨する水龍に、天から無数の雷が降り注ぎます。
 ですけどそれを受けた水龍は、何食わぬ様子でフィールドに君臨し続けていました。
 そして香奈ちゃんの肩を、水の槍が貫きます。

 香奈:6000→5000LP

「効いてない……!?」
「水の神はカード効果を受けない。たとえカウンター罠だろうと、この効果は無効にはできないぞ」
「……! でもアルテミスの効果でカードを1枚ドローするわ!!」(手札2→3枚)
「では、もう1度、水の神の効果発動だ」
「っ!?」
 気づいたときには、水の槍が1本、香奈ちゃんの肩を貫いていました。

 香奈:5000→4000LP

「な、なんで……? 効果は1回発動したはずなのに……!」
「さぁな。手札から"グラナドラ"を召喚する」


 グラナドラ 水属性/星4/攻1900/守700
 【爬虫類族・効果】
 このモンスターが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時、
 自分は1000ライフポイント回復する。
 このカードが破壊され墓地へ送られた時、
 自分は2000ポイントダメージを受ける。

 市野瀬:8000→9000LP

「攻撃力1900……!」
 市野瀬さんの場に現れたモンスターの攻撃力は1900。香奈ちゃんの場にいるアルテミスを上回っています。
 このまま攻撃されたら……!
「バトルだ。"水の神−セルシウス・ドラグーン"でアルテミスに攻撃する」
「「「え!?」」」
 私達は3人同時に驚いてしまいました。
 てっきりグラナドラで攻撃してくると思っていたのに、攻撃力0の水の神で攻撃?
 なにか狙いがあるのでしょうか?
「……させない! 手札からこのカードの効果発動よ!!」


 純白の天使 光属性/星3/攻撃力0/守備力0
 【天使族・チューナー】
 このカードを手札から捨てて発動する。
 このターン自分が受けるすべてのダメージを0にし、自分フィールド上のカードは破壊されない。
 この効果は相手ターンでも発動する事ができる。

 香奈:手札3→2枚

 攻撃しようとしていた水龍は、目の前に現れた小さな天使を前にして動きを止めました。
 市野瀬さんは少し意外そうな顔をして、小さく笑みを浮かべます。
「攻撃力0のモンスターの攻撃をわざわざ止めたか」
「別に私の勝手でしょ。なんか嫌な予感がしたから攻撃を止めただけよ」
 こういうときの香奈ちゃんの直感は当たります。
 たしかに、効果が判明していないモンスターの攻撃を受けるのは危険なのかもしれません。
「ならば俺はカードを1枚伏せて、ターンエンドだ」

-----------------------------------------------
 市野瀬:9000LP

 場:水の神−セルシウス・ドラグーン(攻撃:0)
   グラナドラ(攻撃:1900)

 手札0枚
-----------------------------------------------
 香奈:4000LP

 場:豊穣のアルテミス(攻撃:1600)
   伏せカード1枚

 手札2枚
-----------------------------------------------
 雫:8000LP

 場:裏守備モンスター1体
   伏せカード2枚

 手札3枚
-----------------------------------------------

「私のターン、ドロー!」(手札2→3枚)
 困惑しながらも、香奈ちゃんはカードを引きました。
 手札を見つめながら、フィールドに君臨する水龍の効果について考えているみたいです。
 私も決闘を見守りながら考えてみます。
 攻撃力0で、さっきの攻撃……もしかしたら水の神の効果は……。
「私はカードを1枚伏せて、"天空聖者メルティウス"を召喚するわ!!」


 天空聖者メルティウス 光属性/星4/攻1600/守1200
 【天使族・効果】
 このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、
 カウンター罠が発動される度に自分は1000ライフポイント回復する。
 さらにフィールド上に「天空の聖域」が存在する場合、
 相手フィールド上のカード1枚を破壊する。


「モンスターを並べたか。さぁどうする?」
「………ターンエンドよ」
「え!? なんで香奈!? そのまま攻撃しちゃえば一気にダメージ与えられるのに……!」
 雫ちゃんの言葉に、香奈ちゃんは答えませんでした。
 2対1の変則決闘では、2人側は互いに相談することが出来ません。
 なにより香奈ちゃん自身が、相手の効果に確信を持てていなかったから答えられなかったんだと思います。
「ターンエンドよ」
「エンドフェイズに伏せカード発動だ!」
「っ!?」


 デステニー・デストロイ
 【通常罠】
 自分のデッキのカードを上から3枚墓地へ送る。
 この効果で墓地へ送った魔法・罠カード1枚につき、
 自分は1000ポイントダメージを受ける。


「っ!」
「……やっぱり……!」
 そのカードを見た瞬間、香奈ちゃんは確信したみたいでした。
 私も同じように確信してしまいます。さっきの攻撃、そしてこのカード……水の神の効果は……!
「デッキの上から3枚を墓地に送る」

【墓地に送られたカード】
・黄泉ガエル
・墓荒らし
・運命の分かれ道

「残念だったね! 墓地に送ったカードの中に魔法・罠カードが2枚あるから、あなたは2000ダメージを受ける!」
「し、雫!」
「違うんです! 雫ちゃん!!」
「え?」
 市野瀬さんの墓地から赤い光が放たれて、市野瀬さんに襲い掛かります。
 次の瞬間、水龍が水の壁を作り出しました。
 赤い光は水の壁を反射して、香奈ちゃんへと方向を変えて襲い掛かりました。
「うぅ!」

 香奈:4000→2000LP

「な、なんで!? どうして香奈がダメージ受けてるの!?」
 戸惑っている雫ちゃんに、市野瀬さんは静かに笑っています。
「さぁなんでだろうな?」



「……あ、あたしのターン!」(手札3→4枚)
 雫ちゃんは訳が分からないまま、ターンを進めます。
 すぐにでも伝えてあげたいです。もし私と香奈ちゃんの考えていることが正しいなら、勝ち目はありません。
「あたしは"水霊使いエリア"を反転召喚するよ!!」


 水霊使いエリア 水属性/星3/攻500/守1500
 【魔法使い族・効果】
 リバース:このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
 相手フィールド上の水属性モンスター1体のコントロールを得る。


「この効果で"グラナドラ"のコントロールを得て、この2体を墓地に送る! そしてデッキから"憑依装着−エリア"を特殊召喚する!!」
 雫ちゃんにいる霊使いが、青い光に包まれます。
 幼い姿が成長し、1人前の霊使いとして場に参上します。


 憑依装着−エリア 水属性/星4/攻1850/守1500
 【魔法使い族・効果】
 自分フィールド上の「水霊使いエリア」1体と水属性モンスター1体を墓地に送る事で、
 手札またはデッキから特殊召喚する事ができる。
 この方法で特殊召喚に成功した場合、以下の効果を得る。
 このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、
 その守備力を攻撃力が越えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。


「この効果で特殊召喚したエリアは、貫通効果を得る!」
「なるほど。モンスターを特殊召喚したうえにグラナドラのダメージを回避したか」
「バトル!! エリアで攻撃!!」
「駄目よ! 雫!」
 霊使いの持つ杖から、水の奔流が放たれます。
 次の瞬間、君臨する水龍が赤い瞳を輝かせます。
 市野瀬さんに放たれたはずの奔流が方向を変えて、雫ちゃんに襲い掛かりました。
「きゃぁっ!」

 雫:8000→6150LP

「痛っ……!」
「残念だったな。攻撃しない方が良かったんじゃないか?」
「な、なんで……?」
 戸惑う雫ちゃんに、市野瀬さんは大声を上げて笑います。
「はははは。いいだろう。教えてやる。知って後悔するなよ?」
 そう言って市野瀬さんは、水の神のカードをみんなに見えるようにソリッドビジョンに映し出しました。


 水の神−セルシウス・ドラグーン 神属性/星12/攻0/守0
 【神族・効果/ゴッドシンクロ】
 「GT−海辺の踊り子」+レベル10のシンクロモンスター
 このカードはカード効果を受けず、戦闘で破壊されない。
 このカードのコントローラーが受けるダメージは、代わりに相手が受ける。
 自分のメインフェイズに2度、自分は1000ポイントのダメージを受ける。
 相手は手札を1枚捨てることでこの効果を無効にできる。
 このカードは守備表示にすることが出来ず、リリースすることもできない。



「ダメージを相手が代わりに受ける!? なにそれ!?」
「それに毎ターン、2000ダメージを反射してくるのね……」
「しかも攻撃力が0だから、自爆特攻でダメージを与えられるなんて……!」
 こんなのどうしようもありません。
 市野瀬さんへのダメージがすべて反射してくる以上、勝てる方法は特殊勝利しかありません。
 でも香奈ちゃんのデッキも雫ちゃんのデッキも、エクゾディアのような特殊勝利系のカードを入れていません。市野瀬さんのデッキが切れるまで粘るという方法もありますけど、そんなの不可能です。
「サレンダーするなら今のうちだぞ? 神のカードの力でライフが0になれば、タダでは済まない」
「……!」
「ふざけんじゃないわよ! ここで負けたら、真奈美ちゃんをあんたに渡すことになるじゃない! そんなの、絶対にさせないわ!!」
 香奈ちゃんが大声を上げますけど、その表情から勝ち目があるようには見えませんでした。
 雫ちゃんも何も言い返せないみたいです。
「な、なんで、真奈美を連れて行こうとするの?」
「決まっているだろう? 本城真奈美は”永久の鍵”の力を持っている。俺の使う水の神を封印し、アダムの脅威から世界を守るにはそれが必要なんだ」
「永久の鍵? 何言ってんの?」
「詳しく説明する時間は無い。その力は神のカードを封印するために生み出されたものだ。本当なら俺自身が封印したいのだが、扱えるのが本城真奈美しかいないのだから仕方ないだろう」
「だ、だったらこんな乱暴な手段を取らなくてもいいじゃない。その封印っていうのがなんだか分からないけど、真奈美ちゃんにお願いでも何でもすれば……」
 香奈ちゃんの言うとおりです。
 なぜかエターナル・マジシャンは拒否していましたけど、封印すれば世界を守れるんです。
 私がその封印ってものをきちんと出来るかは分かりませんけど、薫さんやスターに相談すれば出来そうな気がしますし。
「お願いか……ならばここで試しにお願いしてみよう」
 そう言って市野瀬さんは、まっすぐに私を見つめてきました。


「本城真奈美。世界のために、死んでくれるか?


「…………え?」
 市野瀬さんの言葉を飲み込むのに、少し時間がかかってしまいました。
「え、し、死んでくれるかって……?」
「やはり聞いていなかったか。封印のための代償。それは”永久の鍵”の主の命だ。本城真奈美。お前の命で世界を救いたい。だから、俺についてこい」
「え、え……?」
 理解が追いつきませんでした。
 神のカードを封印するためには、私の命が必要?
 もしかしてエターナル・マジシャンが頑なに拒否していたのは、私の命を守るため?
 でも私が永久の鍵の力を使わないと、世界が危なくなる?
「酷なことを頼んでいるのは分かっているさ。だがこのままでは世界が危ない。最悪の場合、滅んでしまうだろう。見たところ、お前はそこの2人をたいそう大事そうにしているらしいな。お前の命で友達の命が守れるんだ。悪い話じゃないだろう?」
「そ、そんな……そんなの――――」

ふざけんじゃないわよ!!

 香奈ちゃんの大声が響き渡りました。
「なによそれ。世界を救うために真奈美ちゃんを殺すって言うの!? 冗談じゃないわ!! なおさらあんたなんかに真奈美ちゃんは渡さない!」
「物分かりの悪いやつだな。本城真奈美が死ぬ以外に世界を守る方法がないんだぞ?」
「だからなによ! そんなの、別の方法を探せばいいだけじゃない!」
「………はぁ。これだからガキは嫌いなんだ。もういい。お前は黙らせてやろう」
「っ!!」

-----------------------------------------------
 市野瀬:9000LP

 場:水の神−セルシウス・ドラグーン(攻撃:0)

 手札0枚
-----------------------------------------------
 香奈:2000LP

 場:豊穣のアルテミス(攻撃:1600)
   天空聖者メルティウス(攻撃:1600)
   伏せカード2枚

 手札1枚
-----------------------------------------------
 雫:6150LP

 場:憑依装着−エリア(攻撃:1850)
   伏せカード2枚

 手札3枚
-----------------------------------------------

「俺のターン、ドロー」(手札0→2枚)
 市野瀬さんのターンになりました。
 香奈ちゃんは今まで以上に真剣な表情で、相手を睨み付けています。
「スタンバイフェイズ時に、墓地からこのモンスターを特殊召喚する」


 黄泉ガエル 水属性/星1/攻100/守100
 【水族・効果】
 自分のスタンバイフェイズ時にこのカードが墓地に存在し、
 自分フィールド上に魔法・罠カードが存在しない場合、
 このカードを自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。
 この効果は自分フィールド上に「黄泉ガエル」が
 表側表示で存在する場合は発動できない。


「これでさらにダメージをお前に与えられる」
「だからなによ! もうダメージを受けなければいいだけの話じゃない!」
「では、お前の場にいる2体のモンスターをリリースしよう
「なっ」


 溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム 炎属性/星8/攻3000/守2500
 【悪魔族・効果】
 このカードは通常召喚できない。
 相手フィールド上に存在するモンスター2体をリリースし、
 手札から相手フィールド上に特殊召喚する。
 自分のスタンバイフェイズ毎に、自分は1000ポイントダメージを受ける。
 このカードを特殊召喚するターン、自分は通常召喚できない。


「これで厄介な天使どもはいない。水の神の効果発動だ」
「ま、待った! あたしは手札を2枚捨てて、その効果を無効にする!!」(手札3→2→1枚)
 空中に浮かんだ水の槍が、雫ちゃんが手札を捨てたことによって消滅します。
 ダメージを防ごうとすれば、手札が削られてしまう……なんて凶悪な効果なんでしょうか。
「バトルだ! 水の神でラヴァ・ゴーレムに攻撃!!」
「くっ!!」
「させないよ! あたしは"地縛霊の誘い"発動! 攻撃対象をエリアに移す!!」


 地縛霊の誘い
 【通常罠】
 相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
 攻撃モンスターの攻撃対象はこのカードのコントローラーが選択する。


「なるほど。水の神はカード効果を受けないが、攻撃対象を変えることはできるか。だが……」

 香奈:2000→150LP

「うぁ…!」
「な、なんで!? あたしにダメージが来るはずじゃ……!」
「水の神の効果は自分へのダメージを相手に反射するものだ。反射させる相手は、俺が自由に選べる」
「そんな……!」
「……!」
「では、"黄泉ガエル"で攻撃だ!!」
 か弱いカエルが主人の命令に従って溶岩魔人へ立ち向かいます。
 ですけど、問答無用で焼き尽くす炎を喰らってカエルのモンスターは消滅してしまいました。
 そしてその魔人の反撃による衝撃は、水の壁に反射して香奈ちゃんに襲い掛かりました。


「きゃあああ!!」


 香奈:150→0LP


 香奈ちゃんのライフが0になって、彼女はその場に倒れてしまいました。
「香奈!」
「か、香奈ちゃん!!」
 すぐさま駆け寄ります。
 香奈ちゃんは受けたダメージに苦しんでいて、その場から動けないようでした。
「うるさいガキはこうして黙らせるのが一番だな。さて、お前はどうする?」
「あ、あぁ……!」
 雫ちゃんが狼狽えながら、体を震わせます。
 頼りにしていた香奈ちゃんが倒されてしまって、場には攻略不可能な水の神が存在しています。
 こんなの、どう考えたって勝ち目なんかありません。
「さぁ、続けるか?」
「う、うぅ……!」
 震える体で、雫ちゃんはデュエルディスクを構えます。
 駄目です。このまま続けたら、雫ちゃんまで……!!
「もういいです!! 雫ちゃん!!」
「真奈美?」
「サレンダーしてください! 私は……大丈夫ですから!!」
「だ、駄目だよ! だって、だって真奈美、死んじゃうんだよ!?」
「っ!」
 もし市野瀬さんの言う通りなら、私は命を捨てなければいけません。
 でもこのまま、友達が傷ついていくのを見てることなんて、できません!!
 友達を救えるなら……私は……!!
「いいんです!! 私なんかの命で、世界が……友達が救えるなら、私は―――!!」

 パチンという音と共に、私の左頬に痛みが生じました。

「え?」
 香奈ちゃんが、苦しそうに顔を歪めながら私に平手打ちしていました。
「ふざけんじゃ……ないわよ……!」
「香奈……」
「香奈ちゃん……」
「私なんかって、何よ!? 真奈美ちゃんは、一人しかいないのよ!? なんでそんな簡単に死ぬなんて言えるのよ!?」
「で、でも……」
「言い訳なんか聞きたくないわよ! そんなことされたって、みんな感謝すると思ってんの!? 私達が喜ぶと思ってるの!? うっ……!」
 香奈ちゃんはその場にまた倒れてしまいます。
 でもその腕は、私の服の裾を掴んでいました。
「さっさと決めてほしいものだな。どうするんだ? 本城真奈美?」
「わ、私は……!」
 傷つき倒れた友達の手は、残ったわずかな力で服を掴んでいました。
 困惑する友達の手は、震えながら私の手を掴んでいます。
 こんなに優しい友達……私が神を封印しなかったら……みんな……。
「ま、真奈美?」
 掴んでくれる手を離して、私は立ちあがります。
 倒れる香奈ちゃんの手も外して、ゆっくりと、市野瀬さんの方へ向かって歩きます。
「待って! 真奈美! 行っちゃ駄目!!」
 背後で引きとめてくれる雫ちゃんの声が、歩みを止めさせます。
 手が震えています。怖くて、どうにかなってしまいそうです。私は今、どんな表情をしているんでしょうか。
 だけど、それでも、私は……。
「雫ちゃん。香奈ちゃんを……よろしくお願いします」
「い、嫌だ! 行っちゃ嫌だ!!」
「……これでいいんですよ。だって、私が行かないと、世界が危ないんです……」
「あいつの言ってること信じるの!?」
「……………」
 市野瀬さんの言葉をすべて信じたわけじゃありません。でもエターナル・マジシャンは、神を封印しないと危ないと言っていました。彼女の言葉は、なぜか信じるに値するものだと思いました。
 だからきっと、市野瀬さんの言葉も正しいんです。私が命をかければ、世界が……友達が守れるんです。
「いいんですよ。わ、私なんかの命で、香奈ちゃんや雫ちゃんの……みんなの命が救えるなら、それはとても素晴らしいことじゃないですか」
「……分かんないよ。世界が滅ぶのも嫌だし、大事な友達が死んじゃうのも嫌なの……!」
「雫ちゃん、私の事を、友達だって思ってくれるんですか?」
「そんなの当たり前じゃん! 真奈美は……あたしと香奈の事、嫌いになったの? 友達じゃ嫌なの? だから簡単に死ぬなんて言えるの!?」
そんなわけないじゃないですか!!
 思わず、大声を上げてしまいました。
 私が2人の事を嫌いになることなんか、あるはずないです。
 2人の事が大切だから、大好きだから……命を捨ててでも、守りたいって思えるんです。
「雫ちゃん……香奈ちゃん……」
 消極的な私と友達になってくれた、大切な人達。
 出来る事なら、この先もずっと一緒にいたかったです。
 でも……きっと仕方ないことなんです。
 だから、せめて……。


「さようなら」


 せめて……最後は笑顔でさよならを言いたかったんです。

 振り向いて別れを告げた今の私は、ちゃんと笑っていられているのでしょうか?

「真奈美! 真奈美ー!!」
 後ろで呼びかけてくれる雫ちゃんの声が、だんだん遠ざかっていきます。
「覚悟は決まったようだな?」
「…………はい」
「そうか。では行くぞ」
 冷たい表情を浮かべる市野瀬さんに、私はただ黙ってついていくことしかできませんでした。





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 私は市野瀬さんに連れられて、車で移動していました。
 車内では無言の静寂が続き、私も市野瀬さんも何も話しません。
 まだ頭がボーっとしています。クラクラして、考えも上手くまとまりません。
 でも、これから私は……封印のために命をかけなくちゃいけないということだけは、分かっていました。
(マスター!)
 頭に直接語りかけてくる声。
 エターナル・マジシャンです。
(どうか、どうか考え直してください! 今からでも、遅くありません!)
 いいえ。これでいいんですよ。
 何のとりえもない私です。大切な友達のためなら……。

「着いたな」

 市野瀬さんが車を止めます。
 そこは星花町から車で1時間ほどの距離にある巨大な倉庫でした。
 辺りに人気はなく、入り口には『立ち入り禁止』と書かれた看板だけが置いてあります。
「使われなくなった倉庫だ。ここならば、誰も来ない」
「…………」
 私と市野瀬さんは倉庫に入ります。
 何もない広い空間の中心で、不気味な静寂が辺りを包みます。
「さぁ始めるぞ」
 そう言って市野瀬さんは、デッキからカードを取り出しました。
 神のカードを地面に置き、市野瀬さんはその場から数メートル離れます。
 地面に置かれた神のカードは、不気味な黒い光を纏っていました。
「さぁ。封印を始めろ」
「………………」
 そんなことを言われても、やり方が分かりませんでした。
 呪文を唱えればいいのでしょうか。でも、その呪文も分かりませんし……。
(マスター。本当に、封印するのですか?)
「……はい」
(封印はマスターの体力を著しく消費します。それを永遠に続けるためには、マスター自身の命を代償としなければならないんですよ? 本当に、よろしいんですか?)
「……はい。お願いします」
 私のデッキから白い光が発せられます。
 その光は私の目の前で形作られて、エターナル・マジシャンの姿になりました。
『マスター……』
「……エターナル・マジシャン」
 なぜでしょう。彼女の姿を見ると、心が安らぎます。
 まるで、ずっと一緒にいた家族といるような……そんな気持ちになれました。
『マスター……震えています……』
「え、あっ……」
 言われてようやく気付きました。
 体が小刻みに震えています。抑えつけようとしても、それが止まる気配はありません。
「あ、あれ……? な、なん、で……?」
 必死で抑えつけようとしても、震えは止まりません。
 これから私は……死ぬ……死んで………!
「はぁ…はぁ…はぁ…!」
 呼吸が乱れます。軽い過呼吸状態になってしまいます。
 さっきまではなんとも思わなかったのに、今になって怖くなってきました。
 ”死”というものが、目の前にあるような気がします。
「……やだ……怖い……怖いよ……!」
 恐怖から意識を背けようとして、私はブツブツと何かを呟きます。
 全身が震えて、何も考えられなくなってきます。

 怖い……私は……これから……死んで……!
 怖い、怖い、怖い、嫌だ。寂しい。コワイ。こわい……!

『マスター……!』
 泣きそうな声と共に、エターナル・マジシャンが私の体を優しく抱きしめてくれました。
 とても優しい温かさが、体を包み込みます。
『私も一緒ですマスター。私が、絶対に寂しくなんかさせません』
「エターナル……マジシャン……」
『あなたと出会えて、優しいあなたの心に触れられて……私はとても幸せです。マスター、ずっと一緒ですよ』
「ずっと……一緒……」
『はい。だから、ゆっくり目を閉じて……』
 そう言うと、エターナル・マジシャンの体が優しい光を放ち始めました。
 それはとても暖かく、私の意識を光の中に溶け込ませていきます。
 瞼が重くなっていって何も見えなくなります。
 だんだん無音になっていって、何も聞こえなくなります。
 視覚、聴覚、そのほかの感覚が無くなっていきます。
 ただ、エターナル・マジシャンの温かさだけが感じられます。

 とても、優しい温かさです。
 そのぬくもりを感じながら、五感がだんだんと無くなっていくのを感じます。


 ――マスター。おやすみなさい――


 その言葉を最後に、私の意識は光の中に消えていきました。





episode4――優しい夢の中で――




「真奈美ちゃん、ほら、そろそろ授業が終わるわよ」
「ぇ……?」
 霞んでいる視界。
 目をこすって辺りを見回してみると、そこは教室でした。私のすぐそばには、香奈ちゃんと雫ちゃんがいました。
「香奈ちゃん? 雫ちゃん?」
「珍しいわね。真奈美ちゃんが寝てるなんて」
「え? なんで? 封印は……?」
「封印? 何言ってんの真奈美?」
「え、だって、水の神を封印するために、私の力が必要だって……」
「どうしよう香奈。今日は空から槍が降ってくるかもしれないよ」
「そうね。いくら寝ぼけているからって、真奈美ちゃんがこんなこと言うなんて絶対になんかあるわ」
 呆れたように2人が溜息をつきます。
 夢……? あの出来事が全部、夢だったってことですか?
 ためしに頬をつねってみます。
 普通に痛いです。でも、ここから見える景色は変わりません。
「自分で自分の頬をつねって何やってんのよ?」
「真奈美ってば寝坊助さんだなぁ。よっぽど疲れてたのかな?」
「……す、すいません。ちょっと眠りすぎてしまったみたいで……」
 恥ずかしくて顔が熱くなってきてしまいます。
 そうですよね。いくらリアルな夢だったからって……あくまで夢なんですから。
「まったく真奈美ったら、いくら自習だからって居眠りするなんて悪い子だなぁ。悪い子には〜こうだぁ〜」
 雫ちゃんが笑いながら私の胸を鷲掴みにしました。
「ひゃあっ! し、雫ちゃん、やめてください!」
「おぉ、意外と敏感だねぇ。こりゃあ今日の夜が楽しみだな♪」
「え? 今日って何かありましたっけ?」
「えぇ、私の家に泊まるのよ。昨日約束したじゃない。忘れちゃったの?」
「あ、あぁ、そうでしたね」
 いったいいつ、そんな約束をしたのでしょうか?
 昨日……昨日って私は何をしていましたっけ?
「おっ、チャイム鳴った♪ ほら真奈美、香奈、一緒にお弁当食べようよ!」
 雫ちゃんがいつもどおりの調子で机をくっつけます。
 仕方ないわねと言いつつ、香奈ちゃんもバッグからお弁当を取り出して広げました。
「おっ、真奈美はサンドイッチか。ねぇねぇ、あたしのおにぎり一個と交換してよ♪」
「こら雫。毎回毎回交換するのは止めなさいよね。真奈美ちゃんも困ってるじゃない」
「そ、そんなことありませんよ。はい、どうぞ」
 私がサンドイッチを差し出すと、雫ちゃんはそれを受け取ってすぐに口に入れました。
「うーん、美味しい♪ ありがとう真奈美♪ いやぁ、香奈と違って真奈美は優しいなぁ♪」
「それは失礼したわね。じゃあ2度と卵焼きあげないわ」
「えぇ!? それは勘弁してよ! 香奈の作る卵焼きがあたしの生きるエネルギーになってるのにぃ……」
「お、大袈裟ですよ。なんだったら私、今度、卵焼き作ってあげましょうか?」
「真奈美ちゃん、甘やかさなくてもいいわよ。雫はそうやってすぐに調子に乗るんだから」
 いつものやり取り。
 雫ちゃんが私や香奈ちゃんをからかって、私と香奈ちゃんがそれをなだめながら会話する。
 そんないつもの光景です。
 やっぱりあれは……夢だったのでしょうか?
「そういえば、昨日の番組はどうだった?」
「え?」
 昨日……? あれ? 何も、思い出せない?
 いつもの日常のはずなのに……微かに感じる違和感。
 隣に香奈ちゃんがいて、雫ちゃんがいて、そんな当たり前の光景のはずなのに……。
「どうしたのよ真奈美ちゃん? まだ寝ぼけてるの?」
「……香奈ちゃん……」
「真奈美ぃ、なんだったら保健室行く?」
「……雫ちゃん……」
 優しく心配してくれる2人。
 なんなんでしょう、この違和感。自分でもよく分からないですけど、何かがおかしい気がします。

 そもそも……今日は何日なんでしょう?

 携帯電話を開いても、なぜか電源がつきません。
 黒板にも日にちのところだけ消されています。

「あの、今日って何日でしたっけ?」
「「…………」」
 何気ない質問なのに、二人とも答えてくれませんでした。
「そんなことどうでもいいじゃない。やっぱり真奈美ちゃん、ちょっと変よ? 少し保健室で休む?」
「そうそう。今日が何日かなんてどうでもいいことさ。ほら、保健室行こう?」
「…………………」
 拭い切れない違和感。
 でも目の前にいる2人は、温かい手で私の手を掴んでくれます。
 その温かさを実感するだけで、その違和感がどこかへ消えて行ってしまいます。
「真奈美?」
「だ、大丈夫です。大丈夫ですから、お昼食べましょう?」
「……まぁ真奈美ちゃんが大丈夫って言うなら……」
 席に座りなおして、私達3人はいつも通りに会話をします。
 家族の話、友達の話。他愛のない内容なのに、とても楽しく思えてしまうのは私の勘違いなのでしょうか。

「そうだ。今度、ケーキバイキング行きましょうよ」
「お、いいね♪ じゃあバイキング終わったらゲームセンターに行こう。真奈美も行くよね?」
「え、あ、はい。でも私、ゲームセンターって行ったことなくて……」
「大丈夫。ゲームセンターの神と呼ばれたあたしがちゃんとレクチャーしてあげるよ」
 自信満々に、雫ちゃんは言いました。
 友達とゲームセンターなんて……初めてだから少し緊張します。




 学校が終わって、私はいったん家に戻ったあと香奈ちゃんの家にお邪魔しました。
 玄関では香奈ちゃんのお母さんが温かく出迎えてくれました。
「す、すいません。お泊りさせていただいて」
「いいのいいの♪ この前はうちの香奈がそちらでお世話になったんだし。ゆっくりしていってね♪」
 香奈ちゃんの部屋に入り、私達はトランプや遊戯王などをして遊びます。
 つい最近は雫ちゃんも上手になってきて、3人でのサバイバル決闘なども楽しんでいます。
「じゃあ最後にブラック・マジシャンで攻撃です」
「……っ、あぁ〜負けた〜〜〜」
「雫も惜しかったわよ。うーん、やっぱり何度やってもサバイバルだとパーミッションは不利ね」
「仕方ないですよ。もともと遊戯王自体が1対1で戦うために作られたものですし……」
「真奈美ちゃんのデッキはいいわよね。毎回、いろんなコンボが出来るし」
「ふふ、魔法使い族デッキの特徴ですね」
「ねーねー。香奈と真奈美はなんで今のデッキに落ち着いたの?」
「え?」
 雫ちゃんが唐突な質問をしてきました。
「ほら、あたしは可愛いイラストばかりだったから霊使いデッキを使ってるじゃん? 香奈と真奈美も、今のデッキを使っているきっかけとかあるの?」
「私は別に理由はないわね。いつの間にか、このデッキが馴染んじゃったって感じかしら」
「ふーん。真奈美は?」
「え、わ、私ですか?」
「おや? その反応は何かあるなぁ?」
 ニヤニヤしながら詰め寄ってくる雫ちゃん。
 どうしましょう。これはあんまり他人に言いたくなかったんですけど……。
「笑わないでくださいよ?」
「おー、なになに?」

「そ、その……小さいころに、その…………魔法使いに憧れてて……その影響で使い始めたのがきっかけです」

「「………………」」
 少しの沈黙があったでしょうか。
 あれ、私、何かまずいことを言ってしまったのでしょうか?
「ぷっ、あはははははははは!!」
 雫ちゃんが大声を上げて笑いはじめました。
 隣では香奈ちゃんも笑っています。
「真奈美ったら可愛いなぁ。魔法使いに憧れているならそう言ってくれればいいのにー。あたしの家に魔法使いのコスプレたくさんあるよ??」
「も、もう! からかわないでください!!」
「あはは、ごめんごめん。でも真奈美ちゃんがそういうのに憧れを持っていたなんて意外ね。てっきりそういうのに興味はないって思ってたわ」
「真奈美も純情で可愛らしい女の子ってことだね♪」
 そう言ってからかう雫ちゃん。
 うぅ……やっぱり言わなきゃ良かったです……。



 香奈ちゃんで夕食をいただいて、お風呂にも入らせてもらいました。
 そしてパジャマに着替えて、香奈ちゃんはベッドに、私と雫ちゃんは用意された布団に横になります。
「ごめんね。私だけいつもベッドで」
「いいよいいよー。代わりにあたしは真奈美と添い寝できるもんねー」
 そう言って雫ちゃんは私に抱き着いてきます。
 何回か一緒にお泊り会をして分かったことですけど、雫ちゃんは眠くなると何かに抱き着く癖があるみたいです。自宅では抱き枕が無いと安心して眠れないと言っていましたし……。ということは、今の私は雫ちゃんにとっての抱き枕みたいなものなのでしょうか。
「えへへー、真奈美は温かくて気持ちいいなぁ♪」
「雫ちゃんってば……寝ぼけているんでしょうか?」
「そうみたいね。私達もそろそろ寝ましょう?」
「はい」
 部屋の電気が消されて、私達は眠りにつきます。
 雫ちゃんに抱き着かれたまま、私は目を閉じます。
「真奈美ぃ………大好きぃ………」
 寝息を立てながら、雫ちゃんが呟きました。
 抱きつくその手を重ねて、私も深い眠りにつきました。



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 スターからの連絡を受けて、俺は中岸と共に星花病院に向かっていた。
 珍しく中岸は焦った様子で足早に廊下を歩いている。
「いったい、何があったんだ?」
「けっ、俺が知るかよ。俺だって急に連絡受けて驚いているんだぜ」
 急いで病室に入ると、部屋の隅で香奈ちゃんがベッドに横たわっていた。
 その横では雨宮が付き添い、窓の傍では佐助さんが腕を組みながら俺達に視線を向けた。
「香奈!」
 中岸がすぐに駆け寄る。
 いつも元気な香奈ちゃんがこんな姿になっているんだ。動揺しても仕方ねぇよな。
『何があった?』
 ライガーがデッキから姿を現して、佐助さんに尋ねた。
「すまんな。俺も詳しくは分からない。闇の力の反応があったから急行してみれば、香奈が意識不明となっていたんだ。急いでこの病院に運んだんだがな……」
 佐助さんは小さく溜息をつきながら、腕組みを止めて近くの椅子に座った。
 雨宮が暗い顔をしながら、眠っている香奈ちゃんの顔を見つめている。
「あ、雨宮、いったい、何があったんだ?」
「………………」
 こいつがこんなに落ち込んでいる姿は初めて見た気がする。
 香奈ちゃんが牙炎に攫われたときですら、威勢よく言葉を発していたってのに……。
『……小娘。そこを少しどいてもらおうか』
「え?」
 ライガーがベッドに飛び乗り、布団の上に立つ。
 中岸と雨宮は戸惑いながらも様子を見守っていた。
『…………なるほど。やはり……か……』
 ライガーが口を開けると、香奈ちゃんの体から黒い霧のようなものが溢れ出してライガーの口の中に吸い込まれていく。
 これは……たしか学校サバイバルの時にやっていたやつか……?
『……ふむ。もうこの小娘は大丈夫だ。もっとも、神のカードで受けたダメージが残っていてしばらく安静が必要だがな』
「!?」
「ほ、ホント!? 香奈は大丈夫なの!?」
『ああ。それよりも小娘。何があったか話してもらおう。おそらく、水の神と永久の鍵……いや、この場合は本城真奈美だと言った方がいいか』
「……どういうことだ? 水の神って……それに本城さんがどうして関係してくるんだよ?」
 中岸が尋ねてくる。
 雨宮はしばらく下を向いたまま、黙っていた。
 口ごもっているというよりも、状況と言葉を整理している……という感じだった。
「あたしも……信じられないんだけど……水の神っていうカードがあって、それを封印するために真奈美の……真奈美の命が必要だって言ってきたの……あたしと香奈は必死で戦ったんだけど、手も足も出なくて……」
『なるほど。そしてあの小娘は自ら犠牲になる道を選んだ……というところか?』
「っ!」
 ライガーの言葉に、雨宮は肩を震わせた。
 なんとなく分かるような気がする。
 友達思いの本城さんの事だ。友達が傷つけられていくのを黙って見ていられなかったのかもしれねぇ。
「到着が遅れたのはすまなかった。今、スターの調査班が必死で本城真奈美の行方を追っている。だから―――」
『無駄だ』
 佐助さんの言葉をライガーが遮った。
『もはや水の神の封印は始まっている。人間では、いくら調査したところで永久の鍵の行方は分かるはずがない』
「そんな……! 真奈美の居場所が分からないってこと!?」
『仮に知ったところでどうする? 水の神に手も足も出なかった貴様らが戦ったところで結果は知れている。そもそもなぜあの娘にこだわる? あの娘の犠牲で水の神は封印されたんだ。わずかな犠牲で最高の結果を得られたのだから、それで良しよできないのか?』
「そんな言い方――!!」
 怒りでライガーに掴みかかろうとする雨宮を引きとめる。
 ライガーは踵を返して、カード状態になって俺のデッキに入ってしまった。
 感情の矛先を失った雨宮は、やりきれない表情のまま椅子に座りこんだ。


 長い沈黙が生まれる。


 しばらくして佐助さんが溜息をつき、ただ一言。
「とにかく、本城真奈美の行方は引き続き捜索する。この件は俺達だけで対処するから、お前たちは手を出すな」
 そう言って病室を出て行ってしまう。
 残された俺達は、何も言えないまま下を向くしかなかった。







 結局、面会時間も過ぎてしまって、俺達はそれぞれ家路につくことになった。
 病院では香奈ちゃんのお母さんが様子を見てくれるらしいから、何かあったら連絡が来るだろう。
『ずいぶんとしょぼくれているではないか』
 ライガーが子犬モードで、俺の前に姿を現れる。
「てめぇはずいぶん落ち着いてやがるじゃねぇか」
『ほう、貴様にはそう見えるか?』
「こっちは友達が1人いなくなってんだぞ。落ち着くことなんかできるわけねぇだろうが!」
『…………相変わらず貴様ら人間は分からないな。なぜ個人に対してそこまで感情的になれる?』
「……………」
 どうにもライガーの感覚と俺達の感覚はズレているみてぇだ。
 理解させようとしたところで、徒労に終わるのは目に見えている。
「もう帰るぜ。今はてめぇと話している気分じゃねぇんだ」



 家に戻り、そのまま床に寝転がる。
 混乱しそうになる頭を、何とか整理する。
 本城さんが永久の鍵ってやつの持ち主で、それを使って水の神を封印しなくちゃいけない。だけど代償として本城さんは命を捨てなくちゃいけない。
 水の神を封印しないと、世界が危機に瀕してしまう。
 世界のために誰かが犠牲になっていいとは思わねぇ。だけど、そんなんで救われたって……すっきりしねぇぜ。
「だーーーー!! どうすりゃいいってんだよ!!」
 考えても考えても、何が正しいのか分からない。
 本城さんの居場所は分からないのもそうだし、仮に見つかったところで俺に何ができるってんだ?
 世界が守られるならそれでいいんじゃねぇのか? でもだからって本城さんが犠牲にしていいのかよ?
「……………………」
 くそっ、本当に熱がでてきそうだぜ。



 プルルルルルル……プルルルルル……


 携帯の着信が鳴る。
 こんなときに誰だよと思いながら、通話ボタンを押した。
「もしもし?」

もしもーし♪ 可愛い女の子だと思った? 正解♪ 小森彩也香ちゃんでした♪

 電話の向こうから聞こえた軽快な口調。
 思わず思考が停止してしまった。
『あっ、ごめんね。もしかして私からの電話、嫌だった?』
「そ、そういうわけじゃねぇけどよ……」
『なら良かった♪』
 元気な彩也香の声が、電話越しに聞こえてくる。
 今の暗くなりそうな気分を晴らしてくれるかのように、彩也香は書いている新しい作品について色々と話してくれた。
 ライガーの事件を元にして書いた小説も増版されるくらい人気が出たらしい。
 担当の人が気をよくしてラーメン屋巡りにつきあってくれたらしい。
「まぁその、楽しそうだな……」
『うんうん♪ 雲井君はどう? 人生楽しんでる?』
「………なぁ彩也香。もし、1人の犠牲で世界が救われるとしたら………お前はその1人を犠牲にしようって思うか?」
『急にどうしたの? もしかして、また変な事件に巻き込まれてる?』
「……………」
 反応に困って黙っていると、電話の向こうで彩也香は何かを察したかのような声を出した。
『そっか。私は……そうだなぁ……きっとその1人を犠牲にしちゃうんだと思うな』
「……それが、自分の知っている人間でもか?」
『うん。本当にそれしか方法がないなら、私はそれが一番の方法だと思う。私も小説の中で、キャラクターの一人をそうやって死なせちゃったし……』
「小説と現実は違うだろう?」
『私にとっては同じだよ。でもね、それは私が納得して起こした結果だから、後悔はしないよ』
「っ!」
『1人の犠牲で世界を救うのも、1人のために世界を犠牲にするのも、覚悟がなくちゃ出来ないし、どっちが正しいかなんて答えは私には出せない。ただ1つ言えるのはね雲井君。雲井君自身が、納得できる答えが一番だと思うよ』
「俺自身が……納得できる答え……?」
『うん。少数を犠牲にして多数を救うのも、多数を犠牲にして小数を救うのも、どっちも立派なヒーローだと思うよ。でも今の私のトレンドは、少数も多数も、みんなまとめて救っちゃうヒーローだからね♪』
 彩也香のその言葉に、自然と笑みが浮かんでしまった。
 右手を強く握りしめて、真っ白な天井を見上げる。
 ちっ、俺としたことが………無駄に考えすぎちまったな……。
「サンキュー彩也香。今度一緒に、ラーメン食べに行こうぜ」
「ふぇ!? あ、あぁ、うん。も、もちろん行こうよ! それじゃあ切るね。バイバーイ」
 通信が切れる。
 俺は携帯をポケットにしまって起き上がる。
 自分が納得できる答え……そんなの、1つしかないぜ!!



 デッキからカードを1枚取出し放り投げる。
 そのカードは空中でライガーに変化して、床に降り立つ。
『ずいぶんと乱暴ではないか小僧』
「単刀直入に言うぜ。本城さんの居場所を教えやがれ」
『ほう。我が場所を分かっていることに気づいていたか』
「伊達に一緒に暮らしているわけじゃねぇぜ。人間に出来ないっててめぇが言うときは、人間以外なら……つまりてめぇなら出来るってことだろ?」
『少しは賢くなったな小僧。だが、それを我が素直に教えると思ったか? 仮に教えたところで貴様に何ができる?』
「本城さんは、水の神を封印するために命を懸けなくちゃいけねぇんだよな。だったらその水の神ってやつをぶっ倒せば本城さんは死なずに済むんじゃねぇのか?」
『その通りだ。だが水の神を倒せばアダムは力を取り戻す。そうなればこの世界など簡単に滅ぶぞ?』
 ライガーが真剣な眼差しでそう言った。
 アダムの力から生み出された存在であるこいつが言うんだ。
 きっとアダムには、俺なんかが想像もつかないような力を持っているんだろう。
 だけど…………。
「世界が滅ぶかどうかなんて、やってみなくちゃ分からねぇぜ」
『貴様はアダムを甘く見過ぎている。後悔するぞ?』

「てめぇこそ、俺を甘く見過ぎてるぜ。俺は、未来のことをいちいち考えて行動するようなやつじゃねぇだろ?」

『……そうだったな』
 そう言ってライガーは少し笑った。
 呆れた感じではなく、どこか楽しそうな笑みだった。
『水の神は、貴様にとって天敵のようなやつだぞ? それでも戦うつもりか?』
「どんな敵だって関係ねぇよ。ぶっ飛ばしてやるだけだぜ」
『つくづく面白い小僧だな。まぁ、貴様らしい単純な答えだな。仕方ない。我も付き合ってやろうではないか』
「ああ。それじゃあ、さっさと急ごうぜ。本城さんが手遅れにならないうちにな」
『まぁ待て小僧。我にも色々と準備がいる。出発は深夜になってからだ』
「手遅れになっちまったらどうするんだよ!?」
『心配いらん。人間の命は割としぶといからな。数十時間程度なら大丈夫だろう。貴様はデッキの調整でもしておけ。我は少し外に出てくる』
 そう言ってライガーは窓を自分で開けて外に飛び出して行ってしまった。
 悠長なこと言っている場合かと思ったが、ライガーしか本城さんの場所を見つけられないんだし……待つしかないか。




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 星花病院を出て、俺は雨宮と一緒に夜道を歩いていた。
 雨宮の家は病院からは遠い位置に存在している。そのため香奈の母親である早百合さんから「男の子なんだから女の子を安全に送ってあげなさい」と言われて、こうして一緒に歩いている。
 本当なら俺も香奈の傍にいてやりたかったのだが、未成年を病院に置いておくわけにはいかないらしく主治医の人に追い出されてしまった。
「ねぇ、中岸……」
「ん?」
 隣で呟く雨宮。病院からここまで、ずっと俯いたままだ。
「あたしにもっと力があったら……真奈美は犠牲にならなくて済んだのかな……?」
「………分からない。だけど、香奈だって全力で戦って守れなかったんだ。きっと……力があるとかないとか、そう言う問題じゃなかったんじゃないか?」
「でも……こうしている間にも……真奈美、死んじゃうかもしれないんだよ? ううん、もしかしたら、もう――――!」
「縁起でもないこと言うなよ。香奈だって怒るぞ」
「……ごめん」
「……………」
 こういうとき、香奈だったらもっと上手く雨宮を励ますことが出来るのだろうか。



『ここにいたか』



 暗闇の中から響いてきた声。
 電信柱の陰から、ライガーが姿を現した。
「ライガー?」
『好都合だ。貴様らが2人まとめていたから、話す手間が省ける』
「何の用?」
『単刀直入に言おう。これから我と雲井忠雄は、本城真奈美のところへ向かう。付いてきたければ案内してやろう』
「!?」
 雨宮が顔を上げる。
 予想はしていたが、やっぱりライガーには本城さんの居場所が分かるのか……。
「どうして佐助さんがいるときにそのことを言わなかったんだ?」
『我は闇の側に位置する存在だぞ? わざわざスターの協力を仰ぐと思ったか?』
「……俺も白夜の力を持っている」
『貴様は組織に属していないから例外だ。それに、あの小僧より賢いし決闘の腕も高い。協力を仰ぐにはもってこいの相手だ』
「…………」
 褒め言葉として受け取っておくべきか迷ってしまった。
 スターには協力してほしくないが、白夜の力を持った俺には協力してほしい……いったい、なぜ?
『疑問に思うのも無理はないが、友人を救いたければ黙って協力しろ』
「……分かった」
 もともと、断るつもりは無かった。
 香奈を倒したほどの相手を、雲井が何の策もなしに倒せるとは思えない。
『そして雨宮雫。貴様にも来てもらうぞ』
「え、あたし?」
 どういうことだ? 俺はまだしも、雨宮まで?
「え、でも、あたし、戦ったけど手も足もでなかったし、香奈や中岸みたいに、何の力も持ってないんだよ?」
『何の力も持っていない貴様にしか出来ないことがある』
「どういうこと?」
『永久の鍵を使った封印と言うのは、白夜の力で作られた閉鎖空間に神のカードを閉じ込めることを指す。当然、その閉鎖空間には白夜の力が充満している。同じ白夜の力を持った人間では力が反発し合って中に入ることはできない。闇の力を持った我や雲井忠雄も同じだ。何の力ももたず、なおかつ本城真奈美が命を懸けて守ろうとした存在が貴様だ。貴様が本城真奈美を連れ戻してこい』
「あたしが、真奈美を……」
『当然、力も持っていない貴様が閉鎖空間の中でどのような影響を受けるかは分からない。だが我が知る中で、直接的な形で本城真奈美と会話できる可能性を持っているのが貴様だ。どうだ? やる気はあるか?』
「…っ、あ、あたしに出来ることがあるなら……!」
『よかろう。では深夜12時に星花高校に集合しようではないか』
「わ、分かった! 中岸ありがとう! ここまでで充分だから! あたし、先に帰って準備してくるね!!」
 雨宮がさっきまでの様子とは打って変わって、一目散に駆けて行ってしまった。
 それほど、本城さんを救出できる可能性があることが嬉しかったのだろう。
『さて、では中岸大助。貴様に頼みたいことがある』
「なんだ?」
『おそらく水の神との対戦……相手は2対1の変則決闘を挑んでくるはずだ』
「どういうことだ?」
 雨宮から聞いた話では、あの場には香奈と雨宮の2人がいたから2人がかりで挑んだと言っていた。そもそも2対1の変則決闘は1人の方が絶対的に不利になる可能性が高い。夏休みにダークと戦ったときは、ダークが圧倒的な実力を持っていたからギリギリの戦いにはなっていたが……。自ら不利になる決闘を挑んでくるメリットはないはずだ。
『朝山香奈から闇の力を吸い取ったおかげで、我もずいぶん力と記憶を取り戻せた。水の神−セルシウス・ドラグーンの力は、我と完全に逆だ』
「逆?」
『そう。我が何物をも貫く最強の矛ならば、水の神はすべてを受け流す最強の盾。すべてのダメージを他人に押し付ける最凶の力。それを使うためには、手札5枚とライフの半分を犠牲にしなければならない。だからこそ、ライフが倍でスタートし、最初のドローで2枚引ける変則決闘が有利に働くというわけだ』
「………だったら、最初から変則決闘をしなければ済む話なんじゃないのか?」
『そうしたいのは山々だが、あの小僧の事だ。簡単な挑発に乗って2対1の変則決闘を受けてしまうだろう。パートナーがあの小娘では心もとないだろう?』
「………俺に何をしろって言うんだ? もしライガーの言うとおり、水の神の効果がダメージをすべて押し付けてくる力なら勝ち目なんかないぞ?」
『ああ。普通の方法では無理だろうな。だが……いや、なんでもない。あとは貴様に任せよう。せいぜい朝山香奈の二の枚にならないようにすることだな』
 そう言い残して、ライガーは闇夜の中を駆けて行ってしまった。
 残された俺は、深い溜息をついて空を見上げる。
 雲がかかっていて、何も見えない。
「……とりあえず、家に帰るか」
 ここで考えたって仕方がない。
 ライガーがわざわざ俺に頼んできたことに理由があるにしろないにしろ、俺は自分に出来ることをするだけだ。



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「はい。じゃあ今日の授業終わりー。ちゃんと復習しておくんだぞー」
 数学担当の先生が、教科書を閉じながらそう告げました。
 同時に学校のチャイムが鳴り、教室内にいる生徒たちが一斉に下校の準備を始めます。
「真奈美ー。一緒に帰ろう♪」
 雫ちゃんがいつも通りの調子で話しかけてきます。
「はい。帰りましょう。今日は香奈ちゃんは中岸君と一緒ですか?」
「そうだよ。2人でイチャイチャしながら帰るんだろうなぁ」
「いいことじゃないですか。2人は付き合っているんですし」
「まぁねぇ。でも悔しいからあたしも真奈美とイチャイチャしながら帰る!」
「あはは、そうですね。じゃあ帰りましょうか」
「オッケー♪」


 学校を出て、”秋”の冷たい風が吹く中を歩きます。
 紅葉もすべて散っていて、もうすぐ訪れる冬を予感させているようでした。
「まだ秋なのにこんなに寒いのかぁ〜。こんなに寒いと焼き芋食べたくなってこない?」
「そうですか? 私はどちらかというと中華まんの方が……」
 言葉を発し終わってすぐに、違和感を感じました。
 あれ? こんな会話……前にもしたような……。
 それに……あれ? 秋……?
「んーどうしたの真奈美ー?」
「あ、あの、雫ちゃん。”今”の季節ってなんですか?」
「秋だよ? やってらんないよね。これで冬になったらどうなっちゃうんだろうなぁ」
「え、そ、その……今って冬じゃありませんでしたっけ?」
「………やだなぁ真奈美ってば、いくら寒いからって現実逃避しちゃ駄目だよぉ。今は正真正銘の秋だよ♪」
 そう言って笑顔を見せる雫ちゃんに、なぜか私は違和感を感じてしまいました。
 どうして、こんな感覚を持ってしまうんでしょう。
「ははーん。さては月詠(つくよ)おばあちゃんの事が心配なんだなぁ?」
「え?」
「いいよいいよ。それならそうと言ってくれればよかったのに。じゃあこれから二人でお見舞いに行こうか?」
 雫ちゃんが手を引いて駆け足になります。
 私はそれに引っ張られながら、困惑していました。
 月詠おばあちゃんって……私の……でも、おばあちゃんは3年前に………。




 雫ちゃんに連れられて星花病院の病棟に入りました。
 そこは個室で、真っ白な空間の端に大きなベッドが1つ置いてあります。
「こんにちわ♪ お見舞いに来ました♪」
「あらあら。雫ちゃん……だったかしらね? いらっしゃい」
 雫ちゃんの後ろから、恐る恐る確認します。
 そこには、まぎれもなく、月詠おばあちゃんがいました。丸い眼鏡をかけていて、優しい笑顔を見せてくれる。
 年老いてしわの増えた手を上品に重ねながら、窓から空を眺めるその表情。
 間違いなく、『3年前に亡くなった』おばあちゃんがいました。
「まぁ、真奈美も一緒だったのね。気づかなくてごめんなさい」
「あ……あぁ……!」
 気づいてしまいました。
 本当なら、きっと気づいちゃいけなかったことだと思いました。


 ……この世界は、本当の世界じゃない……


「っ!」
 病室を飛び出して、外に走り出ます。
 いつもならすぐに息切れしてしまうのに、全然苦しくなりません。
 足がもつれて転んでも、痛みはあるのに傷が出来ません。
 それだけで、確信するには十分でした。
「ここは………現実じゃない………」
 封印の事も、市野瀬さんの事も、なにもかも夢なんかじゃなかったんです。
 友達と過ごす時に感じた違和感。それは、前にまったく同じ会話を経験していたからだったんです。

「真奈美ちゃん?」

「っ!」
 振り返るとそこには、香奈ちゃんが中岸君と手を繋いで立っていました。
 彼女はハッとするや否や、繋いだ手を離して後ろに回します。
「あ、こ、これは違うのよ!? だ、大助と手を繋いでいたのはたまたまで、いつもしてるってわけじゃ……!」
「香奈ちゃん……ここは、どこなんですか?」
「どこって、公園に決まってるじゃない」
「………………」
 首を傾げながら微笑む香奈ちゃん。
 それに対して私は、何も言うことが出来ませんでした。



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 深夜12時。
 俺と中岸、ライガーと雨宮は星花高校の校門前に集合していた。
 全員、親には内緒で外出してきたらしい。
『これで全員だな』
「いや、あと1人ここにくる」
 隣で中岸がそう言った。
 もう1人って……一体誰のことだ?


 10分ほど経って、見知らぬ車が校門前に到着した。
「待たせてしまったようだな」
 運転席の窓から顔を出しのは、武田(たけだ)だった。
 なんでこいつがここにいるんだ?
「中岸大助に呼ばれてな。何か用事があるのだろう?」
「ここから移動するなら、交通手段がないと駄目だろう?」
 そういやそうだったな。
 いくらライガーが居場所が分かるからって、場所が遠いんじゃそこまで行くのに時間がかかっちまう。
 いつもならスターに協力を頼めば済む話だが、今はそれは出来ない。中岸はそれを考えて武田に車を頼んだってことか……って、中岸のやつ武田の連絡先をいつ知ったんだ?
『気が利くな小僧。我の主人とは大違いだ』
「う、うるせぇ! さっさと行くぜ!」
 中岸が助手席に座り、俺と雨宮とライガーが後部座席に座る。
 武田と初対面である雨宮は、少し遠慮がちに席に座っていた。
「行先はどこだ?」
『叢雲町の港だ』
「ならば、ここから30分くらいだな」
 そう言って武田はアクセルを踏んだ。




 移動の最中、中岸が武田に事情を説明する。
 本城さんが市野瀬という男に連れ去られてしまったこと。水の神の封印の事。
 武田は運転しながらときどき頷くようなそぶりを見せており、事態の深刻さを理解してくれているようだった。
「なるほど。それでスターには頼らず、お前たちで救出か」
「……協力してくれるか?」
「ここまで来たら拒否権はないだろう……。だが、どうするつもりだ? 今までの話を聞く限り、簡単に救出できないと思うが……」
「けっ! そんなの考えるまでもねぇだろ。その市野瀬ってやつをぶっ倒して本城さんを取り戻す。ただそれだけだぜ」
「そっちの少年は相変わらずという感じだな……」
 溜息交じりの息を吐いて、武田は小さく笑った。



 そうして目的地に着いたところで、俺達は車を降りた。
 武田には、万が一のことが起こった時にスターへの連絡係として車に残ってもらうことにした。
「無理はするな。相手は神のカードを持っているのだろう?」
「けっ! だったらこっちにだって”元”神はいるぜ!」
『…………』
「対策くらいは考えてある。あとは、やるだけやるさ」
「そうか。では武運を祈ろう」




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 市野瀬は1人、封印の施された倉庫の入り口に立っていた。
 倉庫は白夜の力によって淡い白い光を帯びており、封印が今も続けられている。
 だがだんだんとその光は弱まってきており、本城真奈美の生命が弱まってきていることを察した。
「もうすぐ……か」
 間もなく水の神は完全に封印され、世界は救われるであろう。
 世界を未曾有の危機から救った英雄として、自分は名を残す。
 たかが1人の命で世界を守れたのだから、安い代償である。
「……………」
 綺麗な星空を見上げ、息を吐く。
 白い息が空中に融けて、消える。

「……まだ、最後の試練があるらしいな……」

 市野瀬は空へ向けていた視線を、人の気配がする方へと移した。
 少年が1人、そして本城真奈美の友人であった少女が1人だ。
「ここに何の用だ?」
「っ! 真奈美を、返してもらいにきたんだよ!!」
「それは出来ない。見ろ。この倉庫の中に本城真奈美はいる。もう間もなく彼女の命は尽きるだろう。それまで待っていたら返してやっても構わないぞ?」
「冗談じゃないよ! あたしは生きてる真奈美に会いにここまで来たの! そこどいてよ! 真奈美がそこにいるんでしょ!」
「どいてもいいが、この扉は開かないぞ? 内側から白夜の力で覆われているからな。連れ戻すつもりなら、まずはこの倉庫を壊すつもりでやるといい」
 余裕たっぷりな言葉には雨宮雫は悔しそうに顔を歪め、市野瀬を睨み付けた。
 その視線も意に介さず、市野瀬は笑った。
「壊す……か……」
 隣にいる少年――――中岸大助が口を開く。
 その背に隠した右手には、携帯電話が握られていた。

「雲井、そこにある倉庫、ぶっ壊せ!」

 携帯電話越しに言葉を発する。
 倉庫の裏側。市野瀬の部下たちが警護していたその場所に、雲井忠雄が立っていた。
 その体にはライガーの力が宿っており、右目だけが赤く染まっている。警護していた部下たちはその力に恐れをなして逃げ去っていた。
「本当にぶっ壊していいのか?」
《ああ。それを壊さないと、どうしようもない》
「けっ! 分かったぜ!!」
 大きく拳を振りかぶり、力強く前へ突き出す。
 破壊の力が宿った拳が壁に触れた瞬間、雲井の目の前にあった倉庫はバラバラに砕け散った。


 次の瞬間、壊れた倉庫の中から光が溢れ出し、辺り一帯を包み込んでいく。
 当然……その空間にいるものすべてが、真っ白な光に包まれた。





episode5――あなたが笑顔でいられるように――






「あなた、真奈美のお友達?」
 真っ白な病室の中、雨宮雫は知らない声の主に尋ねられた。
「え、はい。あの、あなたは?」
 雨宮の視線の先には丸い眼鏡をかけた老人がいた。
 どこか、真奈美と似た雰囲気を感じる。
「真奈美の祖母です。もっとも、3年くらい前に亡くなっているんだけどね」
「え?」
 理解が追いつかない言葉に、雨宮は思わず一歩退いてしまった。
 だがそれ以上は下がらない。
 ライガーが言っていた言葉だ。
 永久の鍵で作られた空間内では、何が起こるかわからない。
 危険も得体のしれない恐怖も覚悟して、ここにきたのだ。
「えっと、真奈美のおばあちゃん……えっと……」
「月詠でいいわよ?」
「あ、はい。月詠さん……ここはどこなんですか?」
「ここはね。真奈美の幸せな思い出から作られた世界。真奈美が大切だって思う人がいて、誰も何も真奈美を傷つけない。そういう世界なの。あなたは……ここへ何しに来たのかしら?」
「あ、あたしは……あたしは真奈美を連れ戻しに来ました!」
 妙な圧力を感じる視線を跳ねのけて、雨宮は叫ぶ。
 友達のため……ただそれだけの理由でここまで来たのだ。
 いまさら、退くことなんてできっこない。
「そう……それなら良かった。あの子は昔から臆病で、友達が出来ないんじゃないかって心配していたんだけど……こんなところまで迎えに来てくれる友達が出来たのね」
 まるで自分の事かのように嬉しそうに笑みを浮かべる月詠に、雨宮も笑みを返す。
 自然と、辺りを和やかな雰囲気が包み込んだ。
「あ、もしかして、真奈美は彼氏も出来たのかしら?」
「いやぁ、あいにくそれはまだみたいですね」
「そう。残念。できれば生きている間に真奈美の花嫁姿も見ておきたかったんだけどねぇ……」
「あ、でも! 真奈美は可愛いし頭もいいから、結構男子から人気もあるんですよ? メガネっ子だし、胸もあるし……」
「まぁそうなの? なら、心配する必要はなさそうね。雫さん。真奈美を連れて行ってくれる? あの子はきっと、この世界で暮らすつもりでしょう。でも、思い出から作れる世界には限度がある。自分の命を使って、偽りの幸せに浸っている孫の姿は、見たくないわ」
「え、それはまぁ、連れて行くつもりですけど……どこに行けば……」
「大丈夫。私がそこへ連れて行ってあげる。ここももうすぐ、消えてしまうみたいだし」
 月詠の体から淡い光が漏れて、その姿が薄くなっていく。
 それは真奈美の命が尽きかけて、封印が完成しかけている証拠でもあった。
「雫さん。あなたにお願いがあります」
「はい?」
「あのね――――」






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「よし、今日の授業はこれで終わりだ」
 先生の号令で、みんなが席に立ちます。
 いつもの学校、いつものクラス。
 私の目の前には、そんな普通の日常が繰り広げられています。

 でも、違うんです。
 これは本当の現実なんかじゃないんです。

「真奈美〜、一緒に帰ろう♪」
「雫ちゃん……」
 明るい笑顔で話しかけてくれる彼女の姿も、本物じゃない。
 それは分かっているはずなのに……どうして私はこんなに安心してしまっているのでしょうか。
 大切な友達が側にいてくれるだけで、幸せな気持ちになってしまうのでしょうか。
「どうしたの真奈美ちゃん。具合でも悪い?」
 香奈ちゃんが心配した表情でそう言います。
 私はただ「大丈夫」と言って、机に顔を伏せます。

 もう、分からなくなってしまいました。
 何が現実で、何が夢なのか。
 友達への想いも、自分自身の気持ちも、すべてが曖昧になってしまったかのようです。
 私は…………どうしたら………。

「ほら、一緒に帰りましょう真奈美ちゃん」
 香奈ちゃんの言葉に、私は顔を伏せたまま尋ねます。
「……帰るって、どこにですか?」
「何言ってんの。自分の家に決まってるじゃん」
「………違い、ますよね……帰ってくるのは…………またこの教室………」
「真奈美ちゃん……」
「真奈美……」
「香奈ちゃん……雫ちゃん……ここは、現実じゃないんですよね」
 顔をあげて、二人の顔を見ます。
 少し悲しそうで、戸惑っているような表情です。
「……な、なに言ってるのよ。ここが夢なわけないじゃない」
「そ、そうだよ。まったく真奈美ったら変なこと言うなぁ。勉強のしすぎじゃないの?」
「ありがとう……でも、もういいんです。もう、気づいちゃったんです……」
「……そっか……」
「……気づいちゃったなら、仕方ないわね」
 二人が顔を見合わせて、頷きました。
「そうだよ。真奈美の気づいた通り。あたしたちは、真奈美の幸せな思い出から作られた幻想。この世界も、同じ幻想だよ。永久の鍵の力で創り出した、真奈美のための世界。あたしも香奈も、真奈美を幸せにできるように生まれてきた」
「幻想……ですか?」
「ええ。でも、別に幻想でもいいじゃない。幻想でも、真奈美ちゃんはずっと私達と一緒にいられるのよ? 大好きなおばあちゃんがいて、私や雫がいて、大助や雲井がいて、みんながいて……誰も真奈美ちゃんを傷つけたりなんかしない。痛みも苦しみもない、この変わらない幸せな世界で、ずっと一緒よ?」
「ずっと……一緒……」
「うん。ここでなら、真奈美の望むことはなんでもしてあげられる。だからさ、一緒にいよう? ここでずっと、あたしたちと幸せを共有しよう?」
 優しい笑みを浮かべながら、香奈ちゃんと雫ちゃんは手を差し伸べてきてくれました。
 この手を取れば、私はずっとみんなと一緒にいられるのでしょうか?

 それが……一番いいのかもしれません。
 そうですよ。何を迷っているんでしょうか。
 ここには大切な友達がいて、大好きだったおばあちゃんがいて、怖いものなんか何もない。
 たとえ幻想だって、みんなと一緒なら……それで……。

「………」
 静かに、ゆっくりと手を伸ばします。
 なにも恐れることなんかありません。
 私には、この世界があれば……他に何も……。





 ――見つけた!――





 伸ばした手を、横から誰かが掴みました。
 目の前にいる香奈ちゃんと雫ちゃんではありません。
 でも、この手の感触は……。
「真奈美!」
「え?」
 私の手を掴んでいたのは、雫ちゃんでした。
 え、でも、え?
「って、あれ!? なんであたしがいるの!? ていうかなんで香奈まで!?」
 手を掴む雫ちゃんが、なぜか一番驚いていました。
 それを見ながら、目の前にいる香奈ちゃんと雫ちゃんは困惑しています。

「なんで?」
「ここには、来れないはずなのに……」
「来ちゃ駄目なのに」
「真奈美を迷わせる存在なんかいちゃいけないのに」
「真奈美ちゃんの幸せは、ここにあるのに」
「現実では叶えられなかった願いが」
「ここでは叶えられるのに」
「駄目よ」
「ダメ」
「”本物”はいちゃいけない」
「ここには”幻想”だけがあればいい」
 ゆらりと動く2人。
 なんだか、とても嫌な予感がしました。
「雫ちゃん、ここから逃げ――――」
 言い終わるよりも前に、雫ちゃんが私の手を引っ張りながら教室を飛び出しました。
 その後ろからは、誰も追ってきません。
「もう真奈美を置いて行ったりなんかしないよ!」
「でも、でも……!」
「あたしは詳しい事情とか分からないし、何が正しいことかなんて分からないよ。でも、あんな泣きそうな顔でサヨナラなんて言われたら、迎えにいかない訳にはいかないじゃん!!」
「……!」
 あの時、私は笑顔でさようならを言ったつもりだったのに……。
 雫ちゃんは、私の悲しそうな顔を見たというだけで、ここまで来たっていうんですか?
「香奈は寝込んじゃってるから来れなかったけど、中岸や雲井も来てる! だからさ、一緒に帰ろうよ!!」
「な、何言っているんですか! わ、私がいなくなったら、世界が―――」
「だからそんなの知らないってば! あたし、真奈美の事が大好きだもん! 真奈美がいない世界なんて考えたくもないよ!」
「そんなのわがままじゃないですか!」
「真奈美の方がわがままだよ! なにさ! 自分が犠牲になって、それであたしや香奈が笑って暮らせると思ってるの!? あたしなんかきっと一ヶ月くらい塞ぎこむ自信あるよ!? 下手したら墓参りとかもいかないかもしれないし!!」
「っ……」
 雫ちゃんの自分勝手な理論に、思わず口ごもってしまいました。
 階段を駆け下りて、玄関へ向かいます。
 後ろからはやっぱり誰も追いかけてきません。
「この玄関を出れば――――!?」
 雫ちゃんの表情が一変しました。
 それもそのはずです。玄関の扉が、無いんです。
 ドアも窓もいつの間にか壁に変わっていて、外に出られそうにありません。
 やっぱり……ここから出ることは出来ない……。
「もう、いいんですよ」
「なにが?」
「私は、このままここに残ります。だから、雫ちゃんだけでも……」
「ふざけないでよ! あたし1人だけで帰ったらここに来た意味ないじゃん! 真奈美だって、こんなところにいて楽しいの!? 何度も何度も同じことを繰り返して、楽しいの!?」
「っ」
 分かってる。分かってますけど……でも……!
「いいんです! ここには私の望んだ世界があるんです! 雫ちゃんがいて、香奈ちゃんがいて、おばあちゃんやみんながいて、それで――――」

じゃあ真奈美は、あたしたちと一緒に過ごしてきた時間なんかいらないって言うの!?

 目に涙を浮かべながら、雫ちゃんが叫びます。
 同時に、その言葉に強く胸を撃たれてしまいました。
「ここが真奈美の望む世界だっていうなら……真奈美が望んでいることはなんなの? 学校があって、あたしたちがいて……他にはほとんど何も変わらないじゃん。それなのに、現実よりこっちの世界を選ぶって……教えてよ……真奈美が望んでいることって、なんなのさ?」
「っ、ぁ……わ、私は……!!」
 私が、心の底で望んでいたこと。
 それがこの世界だというのなら、答えは自然と浮かび上がってきます。
「私は……!」
 その先の言葉が出てきません。
 言ってしまったら、もうここに戻ることはできなくなりそうだったからです。
 あと少し、ほんの少しだけ、踏み出す勇気があれば……。
「あーもうじれったい! 真奈美、目を閉じて!」
「え?」
「それで、真奈美のおばあちゃんのことを強く想って!」
「なんでおばあちゃんが……?」
「はやく!」
 言われるがまま、目を閉じておばあちゃんの事を思い浮かべます。
 大好きだったおばあちゃん。優しくて、あの温かい笑顔に何度も癒されて……。











「目を開けていいわよ。真奈美」
「え?」
 すぐ近くで、おばあちゃんの声が聞こえました。
 目を開けると、そこにはベッドに座るおばあちゃんがいました。
「雫さん、お願いを聞いてくれたみたいで良かったわ」
「え、なんで、おばあちゃん?」
「彼女にね、真奈美を私のところへ連れてきてもらうようにお願いしたのよ。きっと真奈美の事だから、最後の一歩が踏み出せないんじゃないかと思ってね」
「ぁ…………」
「ふふっ、おいで、真奈美」
 おばあちゃんが両手を広げてそう言いました。
 私はゆっくりと、おばあちゃんにもたれかかります。
 細く温かい腕が私の体を抱きしめました。
「真奈美、世界を救うって、どういうことか分かる?」
「はい。世界中にいる人達の命を――――」
「それは間違いじゃないんだけど………真奈美は海外旅行に行ったことはある?」
「え、ないですけど?」
「じゃあヨーロッパにいる人の顔、全員思い浮かべられる?」
「そんなの無理ですよ。会ったことが無い人の顔なんて分かりません」
「じゃあ、クラスの人達の顔は分かる?」
「当たり前じゃないですか。みんな、大切な友達です」
「そうね………真奈美。この年になると分かるんだけど、自分が思っている以上に世界は狭いのかもしれないね」
「え?」
「私にとって世界はね、自分が見たり聞いたりして知っている領域だけのことなのよ。変な言い方だけど、私から見れば外国は私にとっての世界じゃないの」
「は、はい………」
「じゃあ質問するわね。真奈美、あなたにとっての世界は、いったいどこにあるのかしら?」
「え……」
「よーく考えて。あなたにとっての世界は、あなたがいなくなったら無くなってしまわないかしら?」
「あ………」
「世界を守るって、そういうことよ。たとえすべての命が救えたとしても、あなたがいない世界は、あなたが守ろうとした世界じゃなくなっているわ。それでも、あなたは命を捨てるつもりなの? よーく考えてみて」
「……………」
「あなたは昔から臆病で、自分よりも他人の事を気にかけてしまう優しい子だったわね。でもね、真奈美。どんなに臆病でも、優しくても、自分の幸せを否定しちゃいけないの」
 抱きしめる腕の力が、少しだけ強くなりました。
 私はその腕に手を添えて、言葉の続きを待ちます。
「真奈美。あなた、いい友達がいるのね」
「……うん」
「もう、大丈夫でしょう?」
「うん」
「じゃあ行きなさい。短い間だったけど、成長した真奈美と一緒に入れて嬉しかったわ」
「私も、大好きなおばあちゃんと一緒に入れて嬉しかった」
 おばあちゃんの温もりを感じながら、そう告げます。
 ここから顔は見えないけれど、おばあちゃんは笑っているように感じました。


 ―――真奈美。あなたが笑顔でいられるように………自分の幸せを大切にね―――


「うん。ありがとう……」
 辺りから淡く白い光が溢れ出します。
 抱きしめていた腕が消えて、おばあちゃんも、周りの風景も消えていきます。
 だけど、もう振り返りません。
 大切な人から、大切な言葉を貰ったんです。
 私が今やるべきことは、1つです。


「エターナル・マジシャン……出てきてくれますか?」


 周囲の光が一つに集約していき、エターナル・マジシャンが目の前に現れました。
 綺麗な髪をなびかせて、どこか申し訳なさそうな表情でした。
『………マスター………』
「ありがとう。私に優しい夢を見せてくれて。でも、やっぱり違うんです。いくら思い出に似せて作っても、私はどうしても違和感を感じてしまうんです。ごめんなさい……わがままですよね」
『いえ、私の力不足です。封印までの間、せめてマスターには幸せに過ごしてほしかったんです』
「ううん……そうじゃないんです…!」
 目頭が熱くなってきました。
 私は、本当に最低です。ここまできて、自分の本当の気持ちに気づくなんて……。
 世界が危ないのは、本当です。でも私が本当に望んでいたのは、命を捨てて世界を救うことなんかじゃなかったんです。
 ただ………ただ友達と……一緒に暮らせれば、それで良かったんです。
 大好きで優しいみんなと一緒に、いつもの日常を過ごせていれば、それでよかったんです……!
 私にとっての世界は、みんなと一緒に過ごしてきた日常だったんです!!
「エターナル・マジシャン! 私、戻りたいです!」
『マスター……』
「このまま夢の世界で過ごすのも、悪くないのかもしれません。でも! 永遠なんてないんです! 永遠が無いから、いつか終わりがあると分かっているから、みんなと過ごす時間が大切だと思えるんです! お願いです! 私を元の世界に戻してください」
『それが、マスターの心からの願いですか?』
「はい!」
『ではマスター。もう1度、あなたの本当の願いを教えてください』
「エターナル・マジシャン……私、香奈ちゃんと雫ちゃんに会いたいです。会って、ちゃんと謝って、また一緒に遊びたいです」
『はい』
「だから……ごめんなさい。私、水の神を封印するために、死にたくないです……!!」
『それでいいのです。マスター』
「え?」
『マスターはようやく、心から願うことを教えてくれました。それだけで、私はとても幸せな気持ちです』
「……あ、でも……私が出て行ったら、水の神が……」
『心配ありませんよマスター。きっと大丈夫です。ですから、共に生きましょうマスター。あなたが望む世界へ。あなたを待つ人たちがいる世界へ』
 エターナル・マジシャンが目を閉じました。
 その体がぼんやりと発光し、光の粒となって私の体を包み込んでいきます。
 何度も経験したことなのに今回だけはいつもと違った感覚がありました。強制的に支配されていくような違和感はありません。
 まるで体に融けていくような、そんな優しい感覚でした。
 制服が白い魔法のローブに変わり、右手には強い力を宿した杖が握られます。
(マスター。永久の鍵……いえ、エターナル・マジシャンは、力の限りあなたの望みを叶えましょう)
 心の中で呼びかけてくる綺麗な声。
 やっと……やっと通じ合った想いが、自分の中で力に変わっていくのが分かりました。
「えぇと、ここからどうやって出るんですか?」
(まずはこの空間を壊しましょう。杖の先を真正面に向けてください)
「はい」
(目を閉じて、深呼吸してください。杖の先に力を込める感じです。大丈夫。私もサポートしますので、必ずできます)
「はい!」
 言われた通りに深呼吸して、杖の先に力を込めるようにしてみます。
 想いが力になると、エターナル・マジシャンはそう言いました。
 私の想い……家族やクラスのみんな……雲井君、中岸君、香奈ちゃん、雫ちゃん………!!
(すごいですマスター。初めてでここまで……!)
 莫大な光が、杖の先に集まっていきます。
 薫さんの使う白夜の力のように、綺麗でとても力強い光でした。
(十分ですマスター。込めた力を解き放ってください!!)
「はい!」
 杖の先から迸る白い光。
 それは周囲の空間を飲み込むように、辺りを照らしていきました。



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 真っ白な光に包まれたあと、俺とライガーは見知らぬ場所に来ていた。
 そこは真っ白な砂漠のような場所で、あたり一面には何も見当たらない。いや、見当たらないというよりは白い霧のせいで視界がまるっきり見えないということだろう。
「ここはどこだ?」
『さぁな。どうやら倉庫を壊したことで永久の鍵の力があふれ出し、封印の空間に無理やり引きずりこまれたようだが……』
 ライガーが子犬モードになって言葉を発する。
 こんな何もない空間に、本城さんはいたってのか?


『まぁまぁ、こんなところまで来てしまいましたか』


 甲高い声が霧の中から聞こえた。
 俺とライガーが視線を移すと、声のした方向に掛かっていた霧が一気に晴れる。
『ほう、お前だったか』
「なっ……」
 視線の先には、真っ白な無数の鎖で繋がれた青い龍がいた。
 水のように透き通りそうな青に、赤い瞳。ただならぬ存在感を肌で感じ、俺は思わず退いてしまう。
『ずいぶんと情けない姿だなセルシウス』
『そういうあなたも、ずいぶんと可愛らしくなってしまいましたねライガー』
 青い龍はライガーと顔見知りのようだった。
 もしかしてこれが、水の神ってやつか?
『ふっ……お互いに、厄介な人間に関わってしまったようだな。あの英雄気取りの若造はどうだ?』
『身勝手なものですよ。私の力を好き勝手に使っておいて、終いにはこうして封印しようというのですから。まぁ、人間の考えることは分かりませんし文句をつけるつもりもないですけどね』
『そうか』
『ですが、こうしてあなたと対峙できたのは喜ばしいことですね。どうです。このまま私と共にここに留まるというのは?』
『……たしかに、アダムの思い通りに行くのは好かんし、貴様となら飽きずに喧嘩できそうだ。だが断らせてもらおう』
『なぜ? この男子、とても賢いとはいえませんよ? 苦労することが多いのでは?』
 水の神が俺を見下ろしながらそう言った。
 俺が反論するよりも前に、ライガーが言葉を発する。

『セルシウス……我はこの小僧と共に戦ってきて1つ学んだことがある。たしかにこの小僧は馬鹿だ。我が考える限り、これほどの馬鹿はこれから先、巡り合える存在ではないだろう。しかしな……馬鹿も貫き通せば、途方もない奇跡を可能にすることがある』

「ライガー……」
 突如、空間全体が揺れたように感じた。
 水の神の体を縛っていた鎖が、砂のようになって消えていく。
『これは……永久の鍵が自ら封印を解除している……!?』
『あの小娘、どうやら成功したようだな』
『ライガー……』
『どうやらお別れだセルシウス。元の世界に戻ったら、決闘を通して喧嘩しようではないか』
『それも一興ですね。いいでしょう。実を言えば、私もそれを望んでいましたよ』
 水の神はそう言って俺を見下ろしてきた。
 どこか、笑っているように見える。
『ライガーが認めたあなたなら、最強の盾である私を打ち破れるかもしれませんね』
「え?」
『昔話に、最強の矛と最強の盾を売る商人の話があるけれど………その矛と盾がぶつかったらどうなるのかしらね?』



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「っ、ここは?」
 少しだけ目をつむっていたら、俺はいつの間にか元の港に立っていた。
 倉庫は跡形もなく壊れ、その中には本城さんと雨宮の姿がある。
(封印が解けている。まぁ、当然か)
 内側からライガーが語りかけてくる。
 そういやあの不思議空間に入る直前までこのモードだったっけ。

「真奈美! 真奈美!」

 雨宮が必死な声で呼びかける。
 遠くにいた中岸が駆け寄る。俺も急いで駆け寄って、容体を見た。
「雨宮、本城さんは?」
「く、雲井……中岸……! 真奈美、起きないよ! 呼吸もゆっくりで、熱も酷いし!」
 雨宮が抱きかかえる本城さんは、まるで気を失ったように動かなかった。
 見るからに衰弱しているのが分かる。このまま放っておいたら、最悪の事態になりかねないと思った。
「本城さんを武田の車まで運ぼう。それですぐに病院に連れて行ってくれ」
 中岸がそう言って立ち上がる。
 勝手に指示を出したのは気に食わねぇけど、今はそんなこと言ってる場合じゃねぇよな。
「雲井や中岸はどうするの?」
「「俺はあいつに用がある」」
 ほぼ同時に、俺と中岸は同じ台詞を言った。


「やってくれたな……ガキども」


 10メートルほど離れた距離で、男が怒りに満ちた表情でこちらを睨み付けていた。
 あれが雨宮の言っていた、市野瀬とかいう奴だな。
「けっ、よく分かんねぇけど、てめぇの企みは失敗したみてぇだな」
「まだだ。その永久の鍵をこちらに渡せ! もう1度、封印をさせてやる!」
 市野瀬の体から多量の水が放射される。
 俺はすぐに手をかざしてその水に触れた。
 水が一瞬で霧に変わり、空中に霧散する。
「厄介な力を持っているようだなガキ」
「てめぇに言われたくねぇぜ。どうしても本城さんを連れて行きたいって言うなら、まずは俺をぶっ倒してからにするんだな!!」
 デュエルディスクを構えて俺は叫ぶ。
 市野瀬は怒りの表情を浮かべたまま、静かにデュエルディスクを構えた。
「そっちの男も、俺に立ち塞がるのか?」
「ああ。お前には幼なじみが世話になったからな。その敵討ちだ」
 中岸もデュエルディスクを構えて、市野瀬を睨み付ける。
「けっ、まさかてめぇと一緒に戦うとは思わなかったぜ」
「頼むから訳の分からないプレイングはしないでくれよ?」
「てめぇに言われなくても、俺はいつもどおりのやり方でいくだけだぜ!」
「………」
 中岸が複雑そうな表情で溜息をついた。
 相変わらず、むかつく奴だぜ。
 まぁ正直な話、中岸は決闘の腕は高い。雨宮よりは戦力になることは間違いなしだし、心強いってのも少しあるかもしれねぇな。
「なぜ立ち塞がる? 本城真奈美を犠牲にするだけで、世界が救われるんだぞ?」
「…………」
「返答なしか。まぁいいだろう。貴様らを倒して俺は世界を救って見せる」
「けっ! やれるもんならやってみやがれ!!」
 俺達はデュエルディスクを構えて、そして叫んだ。



「「「決闘!!」」」




 雲井:8000LP 大助:8000LP 市野瀬:16000LP





 決闘が、始まった。



 2対1の変則決闘。
 当然、市野瀬ってやつからの先攻だ。
「俺のターン、ドロー!」(手札5→7枚)
 通常のドローが2枚になっていることで7枚になった手札を見つめ、市野瀬はすぐさまそのうちの1枚に手をかけた。
「手札から"サンダー・ドラゴン"を捨てて効果を発動だ」


 サンダー・ドラゴン 光属性/星5/攻1600/守1500
 【雷族・効果】
 自分のメインフェイズ時に、このカードを手札から捨てて発動する。
 自分のデッキから「サンダー・ドラゴン」を2体まで手札に加える。


「この効果でデッキから"サンダー・ドラゴン"を2体手札に加える!」(手札7→6→8枚)
「けっ! そんなレベル5のモンスターをいくら手札に揃えたところで意味ねぇぜ!」
「好きに言っていろ。すぐに理由は分かる。さらに"暗黒界の取引"を発動! 互いに1枚ドローし、1枚捨てる。そして俺が捨てたのは"おじゃマジック"だ。その効果も発動する」


 暗黒界の取引
 【通常魔法】
 お互いのプレイヤーはデッキからカードを1枚ドローし、
 その後手札を1枚選んで捨てる。

 おジャマジック
 【通常魔法】
 このカードが手札またはフィールド上から墓地へ送られた時、
 自分のデッキから「おジャマ・グリーン」「おジャマ・イエロー」
 「おジャマ・ブラック」を1体ずつ手札に加える。

 市野瀬:手札7→6→7→10枚
 大助:手札5→4→5枚
 雲井:手札5→4→5枚

「お前たちが捨てたカードは何だ?」
「……俺は"バトル・フェーダー"だ」
「俺は"黄金の邪神像"だぜ」
 相手の捨てたカードをしっかり確認してくるってことは、やっぱり市野瀬はそれなりに強いってことだよな。
 それにしても中岸のやつ、いきなり"バトル・フェーダー"を捨てるなんてどうかしてんじゃねぇのか?
「いくぞ。手札の"サンダー・ドラゴン"とおじゃま3兄弟をデッキに戻し、ライフを半分支払うことで、"GT−海辺の踊り子"を特殊召喚する!!」
「なに!?」
 いきなりGTだって!?


 GT−海辺の踊り子 神属性/星2/攻0/守0
 【神族・GT】
 このカードは通常召喚できず、「神」と名のつくシンクロモンスターの素材にしかできない。
 このカードの特殊召喚は無効にされず、特殊召喚されたターンのエンドフェイズ時にデッキに戻る。
 ライフを半分支払い、自分の手札を5枚デッキの一番下に戻したときのみ特殊召喚することが出来る。
 このカードが特殊召喚されたとき、自分の場に他のモンスターがいなければ、
 自分の場に「水晶トークン」(神族・神・星10・攻0/守0)を特殊召喚できる。


 市野瀬:手札10→5枚
 市野瀬:16000→8000LP
 水晶トークン→特殊召喚(守備)

 相手の場に現れた踊り子。
 海を印象付けるかのような青い衣装を身に纏って、フィールドをまるで舞台のように踊っている。
 その背後に現れた水晶の塊が、不気味な光を放っていた。
「さらに装備魔法"チェンジ・カラー"を発動!! トークンをシンクロモンスターへ変更させる!!」


 チェンジ・カラー
 【装備魔法】
 このカードを発動したとき、自分は通常モンスター、効果モンスター、
 儀式モンスター、融合モンスター、シンクロモンスターのどれかを宣言する。
 このカードを装備したモンスターの種類は、自分が宣言した種類になる。

 水晶トークン:トークン→シンクロモンスター

「レベル10の水晶トークンとレベル2の"海辺の踊り子"でチューニング!! ゴッドシンクロ!! 現れろ!! "水の神−セルシウス・ドラグーン"!!
 巨大な光の柱から現れたのは、水で出来た体を持つ龍。
 間違いねぇ。さっきの真っ白な世界で会ったやつだ。
 あの時は感じなかった威圧感が、ビリビリと伝わってくる。


 水の神−セルシウス・ドラグーン 神属性/星12/攻0/守0
 【神族・効果/ゴッドシンクロ】
 「GT−海辺の踊り子」+レベル10のシンクロモンスター
 このカードはカード効果を受けず、戦闘で破壊されない。
 このカードのコントローラーが受けるダメージは、代わりに相手が受ける。
 自分のメインフェイズに2度、自分は1000ポイントのダメージを受ける。
 相手は手札を1枚捨てることでこの効果を無効にできる。
 このカードは守備表示にすることが出来ず、リリースすることもできない。



「さらに永続魔法"水神の加護"を発動する!!」
「「っ!?」」


 水神の加護
 【永続魔法・デッキワン】
 自分へダメージを受けるカードが15枚以上入っているデッキにのみ入れることが出来る。
 自分がダメージを受けるとき。自分はその分のライフポイントを回復する。
 その時、このカードに水神カウンターを1つ置く。
 このカードが場から離れたとき、自分はこのカードに載っている
 水神カウンターの数×2000ポイントのライフを回復する。


「ダメージを帳消しにするカードだと!?」
「いや、きっとそれだけじゃない……!」
 中岸が何か勘付いたように言った。
 市野瀬は不敵に笑いながら、ターンを進めていく。
「水の神の効果発動! 1ターンに2度、自分は1000ポイントのダメージを受ける!!」
「はぁ?」
 相手ならいざ知らず、自分がダメージを受ける効果だと?
 なんだ、水の神だっていうから警戒してたが、たいした効果じゃ――――。

 市野瀬:8000→9000→10000LP
 大助:8000→7000LP
 雲井:8000→7000LP
 水神の加護:水神カウンター×0→1→2

 市野瀬を貫こうとしていた水の槍が、方向を変えて俺達に襲い掛かってきた。
 当然、避けることはできなかった。
「っ」
「くっ!」
 な、なんで俺達がダメージを受けてんだ!?
 しかもなんで市野瀬のライフが回復してやがる……!?
「水の神は俺が受けるダメージをすべて相手に反射させる。本来なら俺が1000ポイントのダメージを2回受けるはずだが、水の神の効果によってお前たちに1回ずつ反射させたんだ」
「な……だ、だとしても! なんでてめぇのライフが回復してやがる!?」
「それはさっき発動しておいた"水神の加護"の効果さ。ダメージを反射させると言っても、本来ダメージを受ける対象は俺自身だ。だから"水神の加護"の効果が発動し、ダメージを受ける前にライフがダメージ分回復したのさ」
「つまりお前は、俺達に一方的にダメージを反射できるだけじゃなく、反射した分だけライフを回復できるようになったってことか」
「そういうことだ」
「ちっ」
 冗談じゃねぇぜ。こっちだけダメージを受けて相手は好きなだけ回復出来るだと?
 くそったれ。中岸も冷静を装っちゃいるけど、内心は焦ってるはずだ。
 なんとかしねぇといけねぇな。
「俺はこれでターンエンドだ」



 市野瀬のターンが終わり、中岸へとターンが移った。



「俺のターン! ドロー!」(手札5→6枚)
 中岸は手札をしばらく見つめた後、そのうち4枚を取り出してデュエルディスクにセットする。
「モンスターをセットして、カードを3枚伏せてターンエンドだ」
「………」
 中岸のやつにしちゃ、珍しいプレイングだぜ。
 個人的には六武衆の力であの面倒くせぇ永続魔法を除去してほしかったが、仕方ねぇか。



「いくぜ、俺のターン!!」(手札5→6枚)
 勢いよくカードを引く。
 水の神が厄介だってことは十分に分かった。
 だけど俺のやることは変わらないぜ!
「手札から"強欲なカケラ"を発動するぜ!」
 俺の場に、緑色の壺のカケラが出現した。


 強欲なカケラ
 【永続魔法】
 自分のドローフェイズ時に通常のドローをする度に、
 このカードに強欲カウンターを1つ置く。
 強欲カウンターが2つ以上乗っているこのカードを墓地へ送る事で、
 自分のデッキからカードを2枚ドローする。


「さらに手札から"ミニ・コアラ"を召喚! そしてリリースすることでデッキから"ビッグ・コアラ"を特殊召喚するぜ!」
 手に平サイズのコアラが急成長を果たして、巨大なコアラに変化した。


 ミニ・コアラ 地属性/星4/攻1100/守100
 【獣族・効果】
 このカードをリリースすることで、デッキ、手札または墓地から
 「ビッグ・コアラ」1体を特殊召喚できる。

 ビッグ・コアラ 地属性/星7/攻撃力2700/守備力2000
 【獣族】
 とても巨大なデス・コアラの一種。
 おとなしい性格だが、非常に強力なパワーを持っているため恐れられている。


「どうだ! いきなり攻撃力2700のモンスターだぜ!」
「水の神を前にして高い攻撃力を持ったモンスターを出すとは……自殺行為だな」
「なんとでもいいやがれ! カードを1枚伏せてターンエンドだぜ!」

-----------------------------------------------
 市野瀬:10000LP

 場:水の神−セルシウス・ドラグーン(攻撃:0)
   水神の加護(永続魔法:水神カウンター×2)

 手札2枚
-----------------------------------------------
 大助:7000LP

 場:裏守備モンスター×1
   伏せカード3枚

 手札2枚
-----------------------------------------------
 雲井:7000LP

 場:ビッグ・コアラ(攻撃:2700)
   強欲なカケラ(永続魔法:強欲カウンター×0)
   伏せカード1枚

 手札3枚
-----------------------------------------------

「俺のターン、ドロー」(手札2→4枚)
 市野瀬のターンになった。
 変則決闘のルールによる2枚のドローが、やっぱりキツイぜ。
「水の神の効果発動。まずは中岸大助にダメージを反射させる!」
「伏せカード発動だ!!」
 水の槍が迫るなか、中岸が伏せていた1枚のカードを開いた。


 エネルギー吸収装置
 【永続罠】
 ダメージを与える魔法・罠・効果モンスターの効果を受けるとき、
 自分はダメージを受ける代わりに、その数値分だけライフポイントを回復する。


 市野瀬:10000→11000LP
 大助:7000→8000LP
 水神の加護:水神カウンター×2→3

「これでもう効果ダメージは受けない」
「なるほど、後ろにいる女から水の神の情報を聞いていたか」
 市野瀬が雨宮を睨み付けながらそう言った。
 雨宮は本城さんを力強く抱きしめながら、その視線を跳ね返している。
 俺はそっと横に移動して、女子2人が相手の視線に入らないようにした。
「ふん、ならば水の神の効果をもう1度発動し、雲井忠雄へダメージを反射させる!」
「ぐっ!」

 市野瀬:11000→12000LP
 雲井:7000→6000LP
 水神の加護:水神カウンター×3→4

「大丈夫か雲井?」
「けっ! 俺よりてめぇの心配してやがれ!!」
 水の神の効果は確かに厄介だが、いざとなれば手札を捨てて無効にできる。
 まだまだ決闘は序盤だし、余裕はあるはずだぜ。
「バトルだ! 水の神で"ビッグ・コアラ"に攻撃! 反射対象は雲井忠雄だ!」
「なっ!?」
 攻撃力0で攻撃って………そうか! ダメージを反射できるってことは、自爆特攻でもオッケーってことじゃねぇか!
 くそっ、これじゃあ"ビッグ・コアラ"を出したのが裏目に――――!
「伏せカードを発動する!!」
 中岸の声が割り込む。
 水の神が巨大なコアラから受けた反撃のエネルギーを水の槍として俺に跳ね返そうとしている直前だった。
 槍が当たる直前で霧に変わり、光の奔流へ変わった。


 希望を託す者
 【通常罠】
 他のプレイヤーがダメージを受ける時、発動できる。
 そのダメージを無効にし、自分は無効にした数値分のダメージを受ける。
 この効果でダメージを受けたプレイヤーは、デッキからカードを2枚ドローできる。
 このカードの効果は無効に出来ない。

 市野瀬:12000→14700LP
 大助:8000→10700LP
 水神の加護:水神カウンター×4→5

「この効果で雲井へのダメージを俺へ移す! さらに"エネルギー吸収板"の効果でダメージを回復に変える! そして俺はデッキから2枚ドローだ!」(手札2→4枚)
「ほう、パートナーへのダメージを自分の回復に変えただけじゃなく、手札補充までしたか」
「そう簡単に倒されたらこっちが困るからな」
「……どこまで耐えるか見ものだな。カードを2枚伏せて、ターンエンド」

-----------------------------------------------
 市野瀬:14700LP

 場:水の神−セルシウス・ドラグーン(攻撃:0)
   水神の加護(永続魔法:水神カウンター×5)
   伏せカード2枚

 手札2枚
-----------------------------------------------
 大助:10700LP

 場:裏守備モンスター×1
   エネルギー吸収装置(永続罠)
   伏せカード1枚

 手札4枚
-----------------------------------------------
 雲井:6000LP

 場:ビッグ・コアラ(攻撃:2700)
   強欲なカケラ(永続魔法:強欲カウンター×0)
   伏せカード1枚

 手札3枚
-----------------------------------------------

「俺のターン!」(手札4→5枚)
 中岸は勢いよくカードを引いた。
 さっきのターン、不覚にも中岸に守られちまったってことか……。我ながら情けないぜ。
「裏守備だった"クリッター"をリリースして、"光帝クライス"をアドバンス召喚する!!」
「っ!?」
 六武衆じゃない……だと……?
 中岸のやつ、いったい何を考えていやがるんだ!?


 クリッター 闇属性/星3/攻1000/守600
 【悪魔族・効果】
 このカードがフィールド上から墓地へ送られた時、
 自分のデッキから攻撃力1500以下のモンスター1体を手札に加える。


 光帝クライス 光属性/星6/攻2400/守1000
 【戦士族・効果】
 (1):このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、
 フィールドのカードを2枚まで対象として発動できる。
 そのカードを破壊し、破壊されたカードのコントローラーは
 破壊された枚数分だけデッキからドローできる。
 (2):このカードは召喚・特殊召喚したターンには攻撃できない。


「クライスの効果発動! 俺はクライス自身と、雲井の場にある伏せカードを破壊する!!」
「はぁ!?」
 どういうことだ? 俺の伏せカードより、市野瀬の永続魔法の方を破壊しやがれってんだ。

 光帝クライス→破壊
 グラビティ・バインド−超重力の網−→破壊
 大助:手札4→5枚
 雲井:手札3→4枚

「さらに相手がカード効果でカードをドローした瞬間、伏せカードの"便乗"を発動させる!」


 便乗
 【永続罠】
 相手がドローフェイズ以外でカードをドローした時に発動する事ができる。
 その後、相手がドローフェイズ以外でカードをドローする度に、
 自分のデッキからカードを2枚ドローする。


「……お前、まさか……!」
 市野瀬の表情が一気に険しくなった。
 よくわかんねぇが、中岸のデッキはいつも使っているデッキじゃないってことだけは間違いない。
 たしかに六武衆じゃ水の神と相性が悪いってのもあるけど……中岸の狙いは何だ?
「そして最後に墓地に送られた"クリッター"の効果を発動させる!」
 疑問に思う間にも、中岸はターンを進行していく。
 クライスのリリース要員になった"クリッター"で、いったい何を――――

「俺は………"封印されし者の右腕"を手札に加える!!」(手札5→6枚)


 封印されし者の右腕 闇属性/星1/攻200/守300
 【魔法使い族】
 封印された右腕。封印を解くと、無限の力を得られる。


「……!」
 そのカードを見た瞬間、中岸の狙っていることが理解できた。
 水の神はすべてのダメージを相手に反射する強力な効果を持っている。
 普通に戦ったんじゃ勝てるわけがねぇ。だけどエクゾディアによる特殊勝利ならダメージが与えられなくても関係ないってわけか。
「なるほどな。エクゾディアで俺に勝つつもりだったか」
「あぁ。俺にはこれしか勝つ方法が無さそうだったからな」
「揃えられると思っているのか?」
「さぁな。カードを3枚伏せて、ターンエンドだ!!」

-----------------------------------------------
 市野瀬:14700LP

 場:水の神−セルシウス・ドラグーン(攻撃:0)
   水神の加護(永続魔法:水神カウンター×5)
   伏せカード2枚

 手札2枚
-----------------------------------------------
 大助:10700LP

 場:エネルギー吸収装置(永続罠)
   便乗(永続罠)
   伏せカード3枚

 手札3枚
-----------------------------------------------
 雲井:6000LP

 場:ビッグ・コアラ(攻撃:2700)
   強欲なカケラ(永続魔法:強欲カウンター×0)
   伏せカード1枚

 手札4枚
-----------------------------------------------

「俺のターンだぜ!」(手札4→5枚)
 5枚になった手札を見つめて考える。
 今の手札は……。

・闇の誘惑
・デス・カンガルー
・馬の骨の対価
・オーバーブースト
・野性解放

 かなり良い。
 手札補充も出来るし、キーカードも揃いかけている。
 中岸は"便乗"を発動している。パートナーも相手プレイヤーとして扱う変則決闘なら、俺が手札補充をすれば中岸も手札が増える。一石二鳥ってやつだぜ。
 市野瀬の伏せカードが気になるが、ここはいくしかないぜ!
「俺は手札からこのカードを発動するぜ!!」


 馬の骨の対価
 【通常魔法】
 効果モンスター以外の自分フィールド上に表側表示で存在する
 モンスター1体を墓地へ送って発動する。
 自分のデッキからカードを2枚ドローする。

 ビッグ・コアラ→墓地
 雲井:手札4→6枚
 大助:手札3→5枚

「さらに"闇の誘惑"発動だぜ!! デッキから2枚ドローして、手札から"デス・カンガルー"を除外するぜ!!」


 闇の誘惑
 【通常魔法】
 自分のデッキからカードを2枚ドローし、
 その後手札の闇属性モンスター1体をゲームから除外する。
 手札に闇属性モンスターがない場合、手札を全て墓地へ送る。

 雲井:手札5→7→6枚
 大助:手札5→7枚
 デス・カンガルー→除外

「小賢しい真似をしてくれるじゃないか。まぁ、2対1ならばこれくらいの不利は仕方ないか……」
「分かってんなら文句言うんじゃねぇぜ! カードを1枚伏せて"カードカー・D"を召喚だ!!」


 カードカー・D 地属性/星2/攻800/守400
 【機械族・効果】
 このカードは特殊召喚できない。
 このカードが召喚に成功した自分のメインフェイズ1にこのカードをリリースして発動できる。
 デッキからカードを2枚ドローし、このターンのエンドフェイズになる。
 この効果を発動するターン、自分はモンスターを特殊召喚できない。


「これでデッキから2枚ドローして、エンドフェイズに移行するぜ!!」
 カードの形をした車が光に変わり、俺の手札へ降り注ぐ。
 エンドフェイズになっちまう代わりに2枚もドロー出来るんだ。十分すぎるぜ。

 カードカー・D→墓地
 雲井:手札4→6枚
 大助:手札7→9枚

 これで俺の手札は6枚。中岸の手札は9枚になった。
 ドローしまくったおかげで俺の手札は十分に潤ったし、中岸もきっとエクゾディアが2〜3枚は揃ってるはずだぜ。
 次のターンで一気に――――


「エンドフェイズに伏せカードを発動する。」












 裏取引の罠
 【通常罠】
 このターン、カードの効果でドローしたプレイヤーは
 エンドフェイズ時に、ドローした枚数分の手札を墓地へ送る。
 手札がその枚数分に足りなければ、手札を全て墓地へ送る。




 勝利を確信した瞬間、発動された最悪の罠。
 俺も中岸も、驚きのあまり思わず目を見開いてしまった。
「しょせんガキだな。英雄となるこの俺がエクゾディア対策をしていないとでも思ったか?
「……!!」
 このターン、俺と中岸はカード効果でそれぞれ6枚のカードをドローした。
 つまり――――

 大助:手札9→3枚
 雲井:手札6→0枚


【手札から墓地へ送ったカード(大助)】
・封印されしものの右腕
・光の護封剣
・ホーリーライフバリアー
・死者蘇生
・サイクロン
・速攻のかかし

【手札から墓地へ送ったカード(雲井)】
・オーバーブースト
・巨大化
・マジック・プランター
・コード・チェンジ
・融合
・デス・カンガルー


 お互いに強力なカードを墓地に送ってしまった。
 中岸に至っては、重要なエクゾディアパーツまで墓地にいってしまっている。
 右腕を墓地に送ったってことは、あの3枚は他のパーツってことか。
 くそ、あと一息だったんじゃねぇか。
「残念だったな。あと少しで揃いそうだったんじゃないのか?」
「っ!」
 中岸が険しい表情で市野瀬を見つめる。
「勝てると思ったか? エクゾディアなら……2人がかりなら……大切な少女を救うためなら……そう思ったか?」
「てめぇ……!」
 相変わらず不敵な笑みを浮かべる市野瀬は、強力な手札を失った俺達に向けて言った。


「いいかガキども。友情ごときでなんとかできるほど、俺達の世界は強くないぞ





episode6――俺達の世界は――




-----------------------------------------------
 市野瀬:14700LP

 場:水の神−セルシウス・ドラグーン(攻撃:0)
   水神の加護(永続魔法:水神カウンター×5)
   伏せカード1枚

 手札2枚
-----------------------------------------------
 大助:10700LP

 場:エネルギー吸収装置(永続罠)
   便乗(永続罠)
   伏せカード3枚

 手札3枚
-----------------------------------------------
 雲井:6000LP

 場:強欲なカケラ(永続魔法:強欲カウンター×1)
   伏せカード1枚

 手札0枚
-----------------------------------------------

 水の神−セルシウス・ドラグーン 神属性/星12/攻0/守0
 【神族・効果/ゴッドシンクロ】
 「GT−海辺の踊り子」+レベル10のシンクロモンスター
 このカードはカード効果を受けず、戦闘で破壊されない。
 このカードのコントローラーが受けるダメージは、代わりに相手が受ける。
 自分のメインフェイズに2度、自分は1000ポイントのダメージを受ける。
 相手は手札を1枚捨てることでこの効果を無効にできる。
 このカードは守備表示にすることが出来ず、リリースすることもできない。

 水神の加護
 【永続魔法・デッキワン】
 自分へダメージを受けるカードが15枚以上入っているデッキにのみ入れることが出来る。
 自分がダメージを受けるとき。自分はその分のライフポイントを回復する。
 その時、このカードに水神カウンターを1つ置く。
 このカードが場から離れたとき、自分はこのカードに載っている
 水神カウンターの数×2000ポイントのライフを回復する。

 エネルギー吸収装置
 【永続罠】
 ダメージを与える魔法・罠・効果モンスターの効果を受けるとき、
 自分はダメージを受ける代わりに、その数値分だけライフポイントを回復する。

 便乗
 【永続罠】
 相手がドローフェイズ以外でカードをドローした時に発動する事ができる。
 その後、相手がドローフェイズ以外でカードをドローする度に、
 自分のデッキからカードを2枚ドローする。

 強欲なカケラ
 【永続魔法】
 自分のドローフェイズ時に通常のドローをする度に、
 このカードに強欲カウンターを1つ置く。
 強欲カウンターが2つ以上乗っているこのカードを墓地へ送る事で、
 自分のデッキからカードを2枚ドローする。



 決闘は中盤に差し掛かり、佳境になってきた。
 市野瀬の伏せカードによって俺と中岸の手札は壊滅し、水の神を従えた市野瀬は余裕の態度で場を見つめている。
 くそっ、よりによって二人とも手札が減らされるなんて思ってもみなかったぜ……!!
 すまねぇ中岸……俺のせいで……!
「雲井!!」
「っ!?」
 中岸の声で、顔をあげる。
「まだ決闘は終わってない。だから、そんな申し訳なさそうな顔をされても困る」
「……! て、てめぇに言われなくても分かってるぜ!!」
 くそっ、くよくよしてんじゃねぇぞ雲井忠雄。
 済んだことを嘆いても仕方ねぇだろうが。
 とにかく今は、次の市野瀬のターンをしのぎ切ることが先決だぜ。
「俺のターン、ドロー」(手札2→4枚)
 市野瀬はカードを引いた瞬間、中岸の方を睨み付けた。
「どうやらエクゾディアが揃いつつあったようだな」
「………」
「まずはお前からだ中岸大助」
「くっ……!」
 中岸が身構える。
 市野瀬からすればあいつがエクゾディアを揃える前に倒しておきたいはずだ。
 しかも今の俺の手札は0だから、放っておいても関係ないってわけか。
「俺は手札から"トーチ・ゴーレム"を、中岸大助の場に特殊召喚する!!」


 トーチ・ゴーレム 闇属性/星8/攻3000/守300
 【悪魔族・効果】
 このカードは通常召喚できない。
 このカードを手札から出す場合、自分フィールド上に「トーチトークン」
 (悪魔族・闇・星1・攻/守0)を2体攻撃表示で特殊召喚し、
 相手フィールド上にこのカードを特殊召喚しなければならない。
 このカードを特殊召喚する場合、このターン通常召喚はできない。

 トーチトークン×2→特殊召喚(攻撃)

 中岸の場に鋼鉄の巨人が現れ、市野瀬の場に小型の鋼鉄人形が現れた。
 さすがの俺でも市野瀬の狙いは分かった。"トーチ・ゴーレム"の攻撃力は3000もあり、市野瀬の場にいるモンスターの攻撃力はすべて0だ。そいつら全員で自爆特攻して、中岸にダメージを反射しようって魂胆だろう。
「言っておくが、場にある"エネルギー吸収装置"の効果は無意味だぞ? 水の神のダメージ反射は、戦闘ダメージは戦闘ダメージ、効果ダメージは効果ダメージとして反射する。効果ダメージしか吸収できないそのカードでは防げない!!」
「っ!」
「バトル!! トーチ・トークンで攻撃!!」
 小型の人形が鋼鉄の巨人に突撃する。
 巨人は何食わぬ様子でその人形を叩き潰す。
 その衝撃が市野瀬に襲い掛かったが、水の壁に反射して中岸に襲い掛かった。

 トーチ・トークン→破壊
 市野瀬:14700→17700LP
 水神の加護:水神カウンター×5→6
 大助:10700→7700LP
 
「ぐっ…ぅ……!」
「さらに2体目のトーチ・トークンで攻撃!!」

 トーチ・トークン→破壊
 市野瀬:17700→20700LP
 水神の加護:水神カウンター×6→7
 大助:7700→4700LP

「くっ……そ……!」
 苦しそうに顔を歪める中岸。
 そういや神の力によるダメージは現実のダメージとなるんだったな。
 あんな大きなダメージを連続で受けて、耐えられるのか?
「最後に水の神で攻撃だ!!」
 水の龍が鋼鉄の巨人に突撃する。
 巨人の反撃を喰らい、水の龍の体の一部が弾け飛ぶ。
 弾け飛んだ水が槍の形となって、中岸を貫いた。

 市野瀬:20700→23700LP
 水神の加護:水神カウンター×7→8
 大助:4700→1700LP

「ぐああああ!!」
 一気に9000ライフも削られて、中岸は膝をついた。
 くそっ、なんとかしてぇけど、何も出来ねぇ……!!
「そしてメインフェイズ2に、水の神の効果を発動する!! まずは1回目。無効にするか?」
「………しない」
 中岸は少し考えた後にそう答えた。
 効果によるダメージを与えにきたってことは、狙いは俺のライフを削るってことだ。
 中岸には"エネルギー吸収装置"があるから効果ダメージを狙っても意味がないしな。
「では俺は水の神の効果にチェーンして、このカードを発動する!」


 ダメージチェンジ
 【永続罠】
 このカードがフィールドに表側表示で存在するかぎり、
 プレイヤーが受ける戦闘ダメージはカード効果によるダメージとして扱い、
 カード効果によるダメージは戦闘ダメージとして扱う。


「っ! しまった……!」
 効果ダメージを戦闘ダメージに変えるカードだと。
 これじゃあ水の神の効果ダメージが戦闘ダメージとして扱われて、中岸にもダメージが与えられるようになったってことじゃねぇか。
「当然、反射対象は中岸大助だ!!」

 市野瀬:23700→24700LP
 水神の加護:水神カウンター×8→9
 大助:1700→700LP

「くっ!」
「中岸!!」
「だ、大丈夫だ……!」
「では2回目を発動だ!」
「俺は、手札の"エネルギー吸収装置"を捨ててその効果を無効にする!!」(手札3→2枚)
「しぶといな。カードを2枚伏せて、ターンエンドだ」

-----------------------------------------------
 市野瀬:24700LP

 場:水の神−セルシウス・ドラグーン(攻撃:0)
   水神の加護(永続魔法:水神カウンター×9)
   ダメージ・チェンジ(永続罠)
   伏せカード2枚

 手札1枚
-----------------------------------------------
 大助:700LP

 場:トーチ・ゴーレム(攻撃:3000)
   エネルギー吸収装置(永続罠)
   便乗(永続罠)
   伏せカード3枚

 手札2枚
-----------------------------------------------
 雲井:6000LP

 場:強欲なカケラ(永続魔法:強欲カウンター×1)
   伏せカード1枚

 手札0枚
-----------------------------------------------

「俺の……ターン!! ドロー!!」(手札2→3枚)
 息を乱しながら、中岸はカードを引いた。
 さっきのダメージがかなり効いているみてぇだ。
 状況的にも体力的も、あんまり決闘を長引かせることはできそうにねぇな。
「俺は伏せておいた伏せカードを発動する!!」


 強欲な贈り物
 【通常罠】
 相手はデッキからカードを2枚ドローする。


「これで俺は相手に2枚手札を引かせる!!」
「パートナーに手札を与えるか。だがそのカードの効果は、俺にも適用される!!」
 フィールドの中心に現れた壺から光が放たれて、俺と市野瀬の手札に降り注いだ。

 雲井:手札0→2枚
 市野瀬:手札1→3枚
 大助:手札3→5枚("便乗"の効果)

「そして俺はカードを1枚伏せてターンエンドだ!!」
 あれだけ引いたにも関わらず、中岸の手札にはまだエクゾディアが揃っていないらしい。
 1枚は墓地に落ちてしまっているから回収するカードが必要だが……あの3枚の伏せカードに回収効果を持つカードがあればいいが……。


「俺のターンだぜ! ドロー!」(手札2→3枚)
 デッキからカードを引くと同時に、"強欲なカケラ"にカウンターが乗る。

 強欲なカケラ:強欲カウンター×1→2

「俺はカウンターの乗っている"強欲なカケラ"を墓地に送って2枚ドローだぜ!!」(手札3→5枚)
「"便乗"の効果で、俺もカードを2枚ドローする!!」(手札4→6枚)
「2人同時に手札補充か。まぁ、エクゾディアが揃わないのならばさして脅威じゃないがな」
「ちっ……ターンエンド……だぜ……」
 何もすることが出来ずに、俺はターンを終えた。
 くそっ、キーカードは揃っているのに、さっきの手札破壊のせいで攻撃力を上げるカードが……!

-----------------------------------------------
 市野瀬:24700LP

 場:水の神−セルシウス・ドラグーン(攻撃:0)
   水神の加護(永続魔法:水神カウンター×9)
   ダメージ・チェンジ(永続罠)
   伏せカード2枚

 手札3枚
-----------------------------------------------
 大助:700LP

 場:トーチ・ゴーレム(攻撃:3000)
   エネルギー吸収装置(永続罠)
   便乗(永続罠)
   伏せカード3枚

 手札6枚
-----------------------------------------------
 雲井:6000LP

 場:伏せカード1枚

 手札5枚
-----------------------------------------------

「俺のターン、ドロー!!」(手札3→5枚)
 不敵に笑いながら市野瀬がカードを引く。
 一気に5枚になった手札を使って、どんな攻撃を仕掛けてくるかなんて想像出来ねぇ。
「まずは永続罠"血の代償"を発動する!!」
「っ!」


 血の代償
 【永続罠】
 500ライフポイントを払う事で、モンスター1体を通常召喚する。
 この効果は自分のメインフェイズ時及び
 相手のバトルフェイズ時にのみ発動する事ができる。


「そして水の神の効果を発動する!!」
「くっ! 俺は手札2枚を捨ててその効果を無効にする!!」(手札6→5→4枚)
 中岸が手札を捨て、水の神が作り出した水の槍をかき消した。
 市野瀬の場には"ダメージ・チェンジ"があるから、水の神の効果ダメージが戦闘ダメージに変わっている。
 手札を捨てて無効にしないとやられちまうから仕方ねぇか。
「いくぞ! 手札から"G・コザッキー"を召喚する!!」
「なっ!?」


 G・コザッキー 闇属性/星4/攻2500/守2400
 【悪魔族・効果】
 フィールド上に「コザッキー」が表側表示で存在していない場合、このカードを破壊する。
 フィールド上に表側表示で存在するこのカードが破壊された場合、
 その時のコントローラーにこのカードの元々の攻撃力分のダメージを与える。


「このカードは召喚した瞬間、破壊される!! そしてその攻撃力分のダメージがプレイヤーに与えられる。つまり2500ポイントのダメージを反射できる!!」
「っ! 伏せカード発動だ!!」


 和睦の使者
 【通常罠】
 このカードを発動したターン。相手モンスターから受けるすべての戦闘ダメージを0にする。
 このターン自分のモンスターは戦闘によって破壊されない。


「これで俺はこのターン、戦闘ダメージを受けない! "ダメージ・チェンジ"の効果でダメージの種類が入れ替わっていても、これで防げるだろ!」
「……なるほどな。"エネルギー吸収装置"で効果ダメージ、"和睦の使者"で戦闘ダメージを無効にするか。だがそれならばダメージの反射対象を雲井忠雄に移すだけだ!!」

 G・コザッキー→破壊
 市野瀬:24700→27200LP
 水神の加護:水神カウンター×9→10
 雲井:6000→3500LP

「ぐぁ!」
 中岸がこのターン中だけダメージを受けなくなったのはいいが、今度は俺がピンチだぜ。
 手札にも場にも墓地にも、市野瀬からのダメージを防げるカードはない。
 万事休す……なのか……?
「"血の代償"の効果で500ライフを払い"邪神機−獄炎"を召喚だ!!」


 邪神機−獄炎 光属性/星6/攻2400/守1400
 【アンデット族・効果】
 このカードはリリースなしで召喚する事ができる。
 この方法で召喚したこのカードは、エンドフェイズ時にフィールド上に
 このカード以外のアンデット族モンスターが存在しない場合、墓地へ送られる。
 この効果によって墓地へ送られた時、自分はこのカードの攻撃力分のダメージを受ける。

 市野瀬:27200→26700LP("血の代償"のコスト)

「バトル!! 水の神で"トーチ・ゴーレム"に攻撃だ!!」
 鋼鉄の巨人の力が、水の神によって俺へと反射された。

 市野瀬:26700→29700LP
 水神の加護:水神カウンター×10→11
 雲井:3500→500LP

「さらに"洗脳解除"を発動!!」
「なに!?」


 洗脳解除
 【永続罠】
 このカードがフィールド上に存在する限り、自分と相手の
 フィールド上に存在する全てのモンスターのコントロールは、元々の持ち主に戻る。


「これで"トーチ・ゴーレム"は俺の場に移動する!!」
 中岸の場にいる鋼鉄の巨人が持ち主のもとへ戻っていく。
 これで中岸も俺もがら空きで、市野瀬の場には3体ものモンスター。
 しかもそのうち2体はまだ攻撃を残していやがる……!!
「"トーチ・ゴーレム"でトドメだ!!」
「くっ!」
 攻撃を受け止めようと身構えた瞬間、横から中岸が割り込んだ。
「させるかよ! 伏せカード発動だ!!!」


 ギフトカード
 【通常罠】
 相手は3000ライフポイント回復する。


 雲井:500→3500→500LP

「ぐっ!!」
 中岸のやつ、そんな回復カードまで持ってやがったのか。
 おかげで助かったぜ……!
「まだだ!! 獄炎で攻撃だ!!」
「伏せカード発動!!」


 炸裂装甲
 【通常罠】
 相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
 その攻撃モンスター1体を破壊する。


「これでそのモンスターは破壊される!!」
「まだだ!! "神秘の中華なべ"を発動!!」


 神秘の中華なべ
 【速攻魔法】
 自分フィールド上のモンスター1体をリリースする。
 リリースしたモンスターの攻撃力か守備力を選択し、
 その数値だけ自分のライフポイントを回復する。

 邪神機−獄炎→墓地
 市野瀬:29700→32100LP

「ここまでやって削りきれなかったか……ずいぶんとパートナーを大事にするんだな中岸大助」
「ああ。雲井にはこんなところで脱落してもらうわけにはいかないからな!」
「ふん。さっさとエクゾディアを揃えれば勝てるものを……友情などで俺に勝てると思うか?」
「やってみなくちゃ分からないだろ!!」
「分かるさ。メインフェイズ2に、"非常食"を発動する!!」


 非常食
 【速攻魔法】
 このカード以外の自分フィールド上に存在する
 魔法・罠カードを任意の枚数墓地へ送って発動する。
 墓地へ送ったカード1枚につき、自分は1000ライフポイント回復する。


 水神の加護→墓地
 洗脳解除→墓地
 ダメージ・チャンジ→墓地
 血の代償→墓地
 市野瀬:32100→36100LP

「またライフ回復だと……!!」
「さらに"水神の加護"のカウンターの数×2000ポイントのライフを回復する!!」

 市野瀬:36100→58100LP

「ライフが……!!」
 あまりに膨大なライフに俺と中岸は唖然としてしまった。
「そしてこれで最後だ!!」
 そう言って市野瀬は残った最後の手札をデュエルディスクに叩き付けた。


 偽りの永遠
 【永続魔法】
 ライフポイントが20000を超えているとき、
 自分はデッキ枚数が0になっても敗北しない。
 ライフポイントが30000を超えているとき、
 相手の特殊勝利条件を無効にする。



「なっ……」
「これでエクゾディアを揃えられても俺は敗北しなくなった。残念だったな中岸大助。次の俺のターンで、終わりだ!!」
「………………」
 中岸が下を向く。
 市野瀬は不敵に笑いながら、俺達を見据えていた。
「くっ……」
 悔しいけど言い返すことが出来ねぇ。
 中岸のエクゾディアが封じられて、俺の攻撃力だって市野瀬のライフに届くには至らない。
 ここまでなのか……?

「勝手に決めつけるな!!」

 中岸が声を張り上げた。
「俺のターン……ドロー!!」(手札4→5枚)
 勢いよくカードを引く中岸を見て、市野瀬は再び笑う。
「諦めなければなんとかなると思ったか? それとも意地か? どちらにせよ無駄だ。エクゾディアが封じられて、貴様に何ができる?」
 その問いに、中岸は口元に笑みを浮かべながら答える。




いつ俺が、エクゾディアを揃えるなんて言ったんだ?




「……え?」
「なんだと?」
 俺と市野瀬が疑問に思う中、中岸は静かに2枚の魔法カードを発動した。
 それは……


 エクスチェンジ
 【通常魔法】
 お互いに手札を公開し、それぞれ相手のカードを1枚選択する。
 選択したカードを自分の手札に加え、そのデュエル中使用する事ができる。
 (墓地へ送られる場合は元々の持ち主の墓地へ送られる)


 エクスチェンジ
 【通常魔法】
 お互いに手札を公開し、それぞれ相手のカードを1枚選択する。
 選択したカードを自分の手札に加え、そのデュエル中使用する事ができる。
 (墓地へ送られる場合は元々の持ち主の墓地へ送られる)


「な……に……!?」
 発動されたのは、エクゾディアデッキには最も相応しくないカードだった。
 なぜそんなカードがデッキに入っているのか……その疑問に答えるかのように中岸が言葉を続ける。

「最初から俺は、エクゾディアを揃えるつもりなんて無かったんだよ。そもそも俺はエクゾディアのパーツは右腕しか持っていないんだ。だけど普通、デッキにパーツを1枚しかいれない奴なんていない。もしパーツがあることが分かれば誰だってエクゾディアを揃えるつもりだと思うだろ? そうなればお前は当然、雲井じゃなくて俺を狙ってくるはずだ」

「……貴様、最初から雲井忠雄を守るために……だから"クリッター"で右腕を……!」
「ああ。お前が最初から雲井へ集中砲火していたら、きっとあっという間に雲井はやられていた。残った俺だって、簡単にやられていたはずなんだ。お前は、揃いもしないエクゾディアに怯えて狙う順序を間違えたんだ
 そう言って中岸は俺に手札をみせた。
 エクスチェンジの対象は俺だった。俺はその手札の中から2枚のカードを受け取り、代わりに手札を見せる。中岸はその中から不要なカードを2枚受け取り、元の位置に戻った。
 そして、すべてを理解した。
 中岸が狙っていたこと。
 わざわざ自分を標的にしてまで俺を守ろうとしたこと。
 すべては……このためだったのか……!!
「あとは任せたぞ、雲井!」
 受け取ったカードと言葉から、託された想いを感じ取る。

 胸の奥が、熱くなってきた。

「何をしているか分からないが、エクゾディアが無い以上、もうお前たちに勝ち目はないぞ。託したからなんだ? 終いには他人に”任せた”だと? 意味が分からないな。だからガキは嫌いなんだ。大局が見えないのか? このままだと世界は滅亡に向かう。そうさせないための封印なんだ。世界を救うために、たかが女子高生1人の命を使うのがそんなにいけないことか? その命を使って、世界を救ってやるという俺は悪人か? 違う。俺は世界の救世主になるんだ。この世界を守り、この世界に名を残す。そのためなら喜んで人の命を使ってやろう。俺のそんな覚悟を、貴様らはたかが友情のために邪魔しようと言うのか?」
「……けっ、くだらねぇ……」
「なに?」
「雲井の言うとおりだ」
「なんだと?」
 ボロボロになりながら、中岸は一歩前に踏み込む。
「お前がどれだけの覚悟で、世界を救おうとしていたのかなんて知らない。お前は本当に救世主なのかもしれない。だけど、何も分かってないのはお前の方だ……!」
「ごちゃごちゃ御託を並べやがって。ようするにてめぇは、自分が救世主になれなくなりそうだから怒ってるだけじゃねぇか!」
「ガキどもが……!!」
「人の命を『たかが』なんて言うやつに、救える世界なんかない」
「そんなことしなくたって、ボロボロになりながら幼なじみを救った馬鹿野郎を、俺は知ってるぜ」
「俺も、会ったばかりの女性のために、1人で神に戦いを挑んだバカを知ってる」
「何を言ってる……」
 疑問に思っている相手に向かって、俺達は自然と口を揃えて言った。


「「お前なんかに救われなければならないほど、俺達の世界は弱くない!!」」


-----------------------------------------------
 市野瀬:58100LP

 場:水の神−セルシウス・ドラグーン(攻撃:0)
   トーチ・ゴーレム(攻撃:3000)
   偽りの永遠(永続魔法)

 手札0枚
-----------------------------------------------
 大助:700LP

 場:エネルギー吸収装置(永続罠)
   便乗(永続罠)

 手札3枚
-----------------------------------------------
 雲井:500LP

 場:伏せカード1枚

 手札5枚
-----------------------------------------------

「はぁ……ふぅ……」
 大きく深呼吸をする。
 残されたターンは、おそらくこれが最後だ。
 けど、不思議だぜ。こんなにピンチなのに……全然、負ける気がしねぇ!!

「俺のターン、ドロー!!」(手札5→6枚)
 ドローカードを見た瞬間、自然と笑みが浮かんでしまった。
「いくぜ! デッキワンサーチシステム発動!」
 デュエルディスクの青いボタンを押す。
 デッキから自動的にカードが選び出されて、俺はそのカードを引いた。(手札6→7枚)
 中岸も市野瀬も、ルールによってデッキからカードを引く。(大助:手札3→4枚)(市野瀬:手札0→1枚)
「今さらデッキワンカードか。だが無駄だ。水の神は最強の盾。打ち破れるものなど存在しない!」
「へっ、てめぇが最強の盾を使うってなら、こっちは最強の槍を見せてやるぜ!!」
 余裕の市野瀬を鼻で笑い、俺は勢いよく人差し指を突き付けた。

てめぇに教えてやるぜ!! たかが60000程度のライフじゃ、俺を止めることは出来ねぇってことをな!!

 世界がどうとか、覚悟がどうとか、そんなの俺には全然分からねぇ。
 だけど一つだけ分かってることがある。
 それは、俺が市野瀬のことを気に入らねぇってことだ。
 大勢を助けるために少数を犠牲にするとか、少数のために大勢を犠牲にするとか、天秤にかけるような価値観でしか行動しない奴なんかに負けてたまるか。
 彩也香が電話で言ってくれた「俺自身が、一番納得できる答え」。
 そんなの、考えるまでもねぇ。
 誰も犠牲にせずに、みんなが笑ってるのが、一番に決まってんじゃねぇか!!

 そのためだったらたとえ相手が救世主でも、世界でも、運命だとしても、全部まとめてぶっ飛ばす!!

「いくぜ!! 手札から"融合呪印生物−地"を召喚だぁ!!」


 融合呪印生物−地 地属性/星3/攻1000/守1600
 【岩石族・効果】
 このカードを融合素材モンスター1体の代わりにする事ができる。
 その際、他の融合素材モンスターは正規のものでなければならない。
 フィールド上のこのカードを含む融合素材モンスターをリリースする事で、
 地属性の融合モンスター1体を特殊召喚する。


「そして"死者蘇生"を発動! 対象は墓地にいる"ビッグ・コアラ"だぜ!!」


 死者蘇生
 【通常魔法】
 自分または相手の墓地からモンスター1体を選択して発動する。
 選択したモンスターを自分のフィールド上に特殊召喚する。


 ビッグ・コアラ 地属性/星7/攻撃力2700/守備力2000
 【獣族】
 とても巨大なデス・コアラの一種。
 おとなしい性格だが、非常に強力なパワーを持っているため恐れられている。


「さらに"融合呪印生物−地"の効果でこのカードと"ビッグ・コアラ"を墓地に送って、エクストラデッキから"マスター・オブ・OZ"を特殊召喚するぜ!!」


 マスター・オブ・OZ 地属性/星9/攻撃力4200/守備力3700
 【獣族・融合モンスター】
 「ビッグ・コアラ」+「デス・カンガルー」


 俺の場に現れたチャンピオンベルトを身に着けた巨大なモンスター。
 神の威圧感にも負けず、ボクシンググローブの中にある拳を力強く握りしめている。
「伏せカード発動だぜ!!」


 DNA改造手術
 【永続罠】
 発動時に1種類の種族を宣言する。このカードがフィールド上に存在する限り、
 フィールド上の全ての表側表示モンスターは自分が宣言した種族になる。


「これで俺は機械族を指定する!!」
 開かれたカードから紫色の光が溢れ出し、俺の場にいるモンスターを包み込む。

 マスター・オブ・OZ:獣→機械族

「種族を変えたか。ここからどうするつもりだ?」
「これで、すべての準備は整ったぜ!! 手札から"巨大化"を発動するぜ!!」
「っ!?」


 巨大化
 【装備魔法】
 自分のライフポイントが相手より下の場合、
 装備モンスターの攻撃力は元々の攻撃力を倍にした数値になる。
 自分のライフポイントが相手より上の場合、
 装備モンスターの攻撃力は元々の攻撃力を半分にした数値になる。

 マスター・オブ・OZ:攻撃力4200→8400

「馬鹿な……! 巨大化は制限カード……さっき手札から捨てさせたはずなのになぜ……!」
「俺が"エクスチェンジ"で雲井に渡したからだ!!」
「たしかに俺の"巨大化"のカードはてめぇに捨てさせられたぜ。だけど中岸のデッキに入っていた"巨大化"はまだ残ってたんだぜ!!」
 中岸が狙っていたこと。
 それは俺に必要なキーカードを"エクスチェンジ"で渡すことだったんだぜ。
 香奈ちゃんが負けたことや水の神の力を知って、市野瀬がかなりの強敵だと考えたんだろう。
 普通にエクゾディアを揃えようとしても勝つ見込みが薄いって考えた中岸は、それを逆に利用して市野瀬から俺を守る状況を作り出した。
 そして勝負所で"エクスチェンジ"で俺にキーカードを渡して、すべてを託すのが目的だったって訳だ。
 中岸にしちゃずいぶんリスキーな作戦だけど、この際そんなのどうでもいいぜ!!
「さらに俺は手札から"リミッター解除"を発動するぜ!!」


 リミッター解除
 【速攻魔法】
 このカード発動時に自分フィールド上に存在する全ての表側表示機械族モンスターの攻撃力を倍にする。
 エンドフェイズ時この効果を受けたモンスターカードを破壊する。

 マスター・オブ・OZ:攻撃力8400→16800

「……! "DNA改造手術"はこのために……!!」
「まだまだいくぜ!! 2枚目の"リミッター解除"を発動だぁ!!」
「なっ!?」


 リミッター解除
 【速攻魔法】
 このカード発動時に自分フィールド上に存在する全ての表側表示機械族モンスターの攻撃力を倍にする。
 エンドフェイズ時この効果を受けたモンスターカードを破壊する。

 マスター・オブ・OZ:攻撃力16800→33600

「そのカードも制限カード……さっきの"エクスチェンジ"か……!」
「ああ。制限カードはデッキに1枚しか入らない。だけど"エクスチェンジ"で受け渡しが出来れば、決闘中に2枚使うことはできるだろ」
「そして"エクスチェンジ"で使った相手のカードは、本来の持ち主である相手の墓地へ送られる! 手札から"コピーマジック"を発動! 俺の墓地にある"リミッター解除"を除外して、中岸の墓地にある"リミッター解除"をコピーして発動するぜ!」


 コピーマジック
 【通常魔法】
 自分のデッキ、手札または墓地からカードを1枚選択して除外して発動する。
 相手の墓地に除外したカードと同名カードがあった場合、このカードの効果は除外したカードと同じになる。
 このカードがエンドフェイズ時にフィールド上に表側表示で存在するとき、ゲームから除外する。

 リミッター解除→除外
 マスター・オブ・OZ:攻撃力33600→67200

「こ、攻撃力67200……だと……!?」
 想像もしていなかった超攻撃力に、市野瀬は焦りの色を見せた。
 だがその顔には、わずかに余裕が残っている。
「なるほどな。たしかに貴様に対しては60000程度のライフでは意味がないらしい。だが水の神はすべてのダメージを反射させる最強の盾だ!! 効果を無効にしようにも、水の神は相手のカード効果を受け付けない!! どれほど攻撃力が高くても無意味だ!!」
「けっ! 勝手に言ってやがれ!! これで最後だ!! 手札から"デステニーブレイク"を発動だぁ!!!」


 デステニーブレイク
 【速攻魔法・デッキワン】
 雲井忠雄の使用するデッキにのみ入れることが出来る。
 2000ライフポイント払うことで発動できる。そのとき、以下の効果を使用できる。
 ●このターンのエンドフェイズ時まで、モンスター1体の攻撃力を100000にする。
  ただしそのモンスターが戦闘を行うとき、プレイヤーに発生する戦闘ダメージは0になる。
 デッキの上からカードを10枚除外することで発動できる。そのとき、以下の効果を使用できる。
 ●このカードを発動したターンのバトルフェイズ中、相手のカード効果はすべて無効になる。



 チャンピオンの拳を、巨大な獅子のオーラが包み込む。
 俺だけが持てるデッキワンカード。どんな運命も打ち砕く、最強の一撃を放つための力だぜ!!
「バトル!!」
 俺の攻撃宣言と共に、チャンピオンが大きく拳を振り上げる。
 空高くジャンプをして、獅子のオーラを宿した必殺の拳を振り下ろした。
「馬鹿が! 水の神にはカード効果は効かない――――!」
 対する水の神は何重にも水壁を作り出し、その膨大な攻撃力を受け止めようとする。
 チャンピオンの拳が何重もの水の壁に阻まれ、勢いが減少していく。
「っ……!」
(相変わらず厄介な防御力だな……)
 内側からライガーの声が聞こえた。
 どこか楽しそうだ。
(小僧。よくここまで辿り着いたな。あとは任せろ)
 その言葉と共に、チャンピオンの拳に宿る獅子のオーラが爆発的に大きくなった。
 そして―――



 水の神−セルシウス・ドラグーン→効果無効



「なん……だと……!?」
 市野瀬が驚愕の表情を浮かべた。
「これで終わりだぜ!!」
「くっ、くそおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!」
 断末魔にも似た市野瀬の叫び。
 同時にチャンピオンの一撃が、すべての水壁を貫いて、水の神へ直撃した。

 水の神−セルシウス・ドラグーン→破壊
 市野瀬:58100→0LP



 市野瀬のライフが0になる。



 そして決闘は、終了した。




 
















「はぁ……ふぅ……」
 ギリギリだけど、なんとか勝つことが出来たぜ。
 中岸の手助けが無かったら勝てなかったってことが癪だけど、まぁ結果オーライってところか。
 隣では、中岸が膝をついて肩で息をしている。
「大丈夫かよ?」
「ああ、なんとかな……」
 そう言って中岸が見つめる先。
 市野瀬がふらつきながらも、立ち上っていた。
「俺が……こんなガキどもに……負けるはずが……!」
「往生際が悪いぜ。水の神はぶっ倒してやった! これで本城さんが封印する必要もなくなっただろ!!」
「ふざけるな――――!」
 市野瀬が懐へ手を伸ばした瞬間、水の神のカードが不気味な光を発した。
 港の水面が異様な波紋を浮かべて、大量の水が宙へ浮く。
 その水は龍へと形を変え、市野瀬へ向けて襲い掛かった。
 ギリギリで横に回避する市野瀬。その元いた位置は、水の龍の持つ水圧によって抉られていた。あれがまともに当たったら、ひとたまりもねぇ。
「ライガー!!」
 そう呼びかけて、走る。
 水の龍は空中で大きく旋回し、動きの鈍くなっている市野瀬に襲い掛かる。
「うおおおおおおお!!」
 大きく前へ跳ぶ。
 市野瀬と水の龍の間に飛び込み、ライガーの力が宿った拳を勢いよく突き出した。
 拳が触れた瞬間――――

 ――ライガー、楽しかったですよ――

 そんな声が、聞こえた気がした。
 無数の風船が一斉に割れるような音がして、水の龍が霧になって消える。
(我も楽しかったぞ。セルシウス)
「…………」
 額に流れた汗をぬぐった。
 ライガーの力で破壊できるもので良かったぜ。
 もし破壊できなかったら俺も無事じゃ済まなかったな……。
「な、なぜ……俺を助けた……!?」
「はぁ?」
「俺は……お前たちの敵だぞ!?」
「知らねぇよ。第一、なんで俺がてめぇの言うこと聞かなきゃなんねーんだよ?」
「っ……!」
 市野瀬は口を開きかけたが、そこから言葉は出てこなかった。
 俺は背を向けて、中岸達がいる方向へ走り出す。
(良かったのか? あいつを助けて?)
 内側からライガーが語りかけてきた。
「だから知らねぇよ。体が勝手に動いてたんだ。それに……また俺達の前に立ち塞がるなら、ぶっ飛ばしてやるだけだぜ」
(それもそうだな)
 そう言ってライガーは笑った……ような気がした。

「雲井、大丈夫なのか?」
「けっ、てめぇに心配されるほど俺はヤワじゃねぇよ」
「そうかよ」
 中岸は携帯電話を取り出して119を押した。
 俺は武田のところまで行って、スターに連絡してもらうように告げる。

 10分ほど経って救急車がやってきて、本城さんを星花病院まで連れて行った。
 ほぼ同時に現れた佐助さんと伊月によって市野瀬は捕まった。
 勝手な行動をした俺と中岸と雨宮は、佐助さんに尋常じゃないくらい叱られた。





 こうして……永久の鍵をめぐる事件は、幕を閉じた。





――エピローグ――




 市野瀬との戦いが終わり、2日が経った月曜日。
 俺はライガーと一緒に星花病院を訪れていた。
 あの戦いの後、市ノ瀬は佐助さんと伊月に連行され、本城さんはすぐに病院に運ばれて検査を受けた。
 診断の結果は「命に別状なし」というものだったが、かなり危険な状態だったらしく体調が戻るまで入院することになった。
「封印ってのは、そこまで体力を使うものなのか?」
『さぁな。だが白夜の力も闇の力も使うことに体力がいる。それを永遠に使用し続けようとしていたのだから、当然といえば当然だろうな』
 そう言われてみれば確かに俺もライガーの力を使った後は疲れてたな。
 無闇に使える力じゃないってことか。



 ライガーをカード化してデッキケースに入れ、俺は病院の受付を抜ける。
 子犬モードのライガーが一緒だと病室に入らせてもらえないからだ。
『まったく、面倒なシステムだな』
「いいから黙ってろ」
 エレベーターを使って3階へ。
 3256と書かれた病室のドアの前には、中岸が立っていた。
「なんでドアの前で立ってんだよ」
「雲井……いや、それが……」
「ん?」
 中岸がドアを僅かにスライドさせる。
 俺はその隙間から中を覗き込んだ。
 そして、中岸が病室に入りづらそうにしていた理由が理解できた。
「あー、確かにこりゃあ無理だな……」
「だろ? とりあえず今日は帰ろうと思うんだが。雲井はどうする?」
「俺も帰るぜ。3人の邪魔しちゃ悪いしな」
「お前にしては珍しく空気が読めたな」
「うるせぇ。さすがに俺だってそこまでKYじゃねぇよ」





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 永久の鍵の事件が終わって、2日経っていました。
 気がついたら私は星花病院のベッドの上で眠っていて、起きたときにはお母さんが心配しきった表情で手を握ってくれたのを覚えています。
 あの幻想世界での出来事はなぜか鮮明に覚えています。
 でもそのあとに何が起こったのか、事件がどういう形で解決されたのかはまったく分かりません。
 分かっていることは、私が無事だということ。市野瀬さんがスターに連行されたということだけです。
「……エターナル・マジシャン、私、どうなってしまったんでしょうか?」
(よろしければお教えしましょうかマスター?)
 その場に誰もいないはずなのに、声が聞こえてきました。 
 私の心の中からエターナル・マジシャンが話しかけてくれているんです。
 事件が終わってから、私は彼女と心の中で会話できるようになっていました。
 雲井君とライガーも心の中で会話できるみたいですし、それと同じようなものなのでしょうか。
「エターナル・マジシャン、その……”マスター”って呼ばなくてもいいんですよ? 私はそんな偉い人じゃないですし」
(いいえマスター。私はあなたのことを心から尊敬しています。ですからこう呼ばせてください。それとも、マスターと呼ぶのは迷惑ですか?)
「いえ、そういうわけじゃないんですけど……」
 私自身がそういう呼び方に慣れていないためか、なんだか恥ずかしいです。
 エターナル・マジシャンの声が、他の人に聞こえていないのが幸いといえば幸いですけど……。
 ……あ、そうだ。
「エターナル・マジシャン、あの、ひとつお願いを聞いてもらってもいいですか?」
(はい。なんですか?)
「あの、エターナル・マジシャンって名前……長くて呼ぶのが大変なんですけど、その、あだ名っていうか、別の名前をつけて呼んでもいいですか?」
(……マスター。私に、名前をくださるんですか?)
「あ、そんな大袈裟なことじゃないと思うんですけど……」
(いいえマスター。名前というのは、とても大切なものですよ?)
「う、うん……」
 なんだか変なプレッシャーを与えられている気分です。
 顔は見えないですけど、エターナル・マジシャンが目をキラキラ輝かせながら待っているのは目に浮かびました。


「あの……えっと、エルちゃん……」


 そっと考えていた名前を呼びます。
 特に深い意味はありません。”エ”ターナ”ル”・マジシャンだから、エル……。
(エル……それが、マスターが私に与えてくれる名前ですか?)
「はい。すいません。あまりネーミングセンスが無くて……」
(とても可愛らしい名前です。ありがとうございますマスター♪)
 弾むような声でエルが答えます。
 気に入ってくれたみたいです。
(あの、マスター、もう1回呼んでもらってもよろしいですか?)
「エルちゃん」
(はい♪ ”ちゃん”無しでもう1回お願いします)
「うん。エル?」
(はい♪)
 とても嬉しそうにエルは答えます。
 なんだかこっちまで嬉しくなってきてしまいました。


 コンコン


 病室のドアがノックされます。
 私が返事をすると、ドアがスライドして中に人が入ってきました。
「「お邪魔しまーす」」
 中に入ってきたのは、香奈ちゃんと雫ちゃんでした。
「もう体調は大丈夫?」
「はい。香奈ちゃんは大丈夫なんですか?」
「当たり前じゃない。私を誰だと思ってるのよ」
 そう言って元気な笑顔を見せてくれる香奈ちゃん。
 私が市ノ瀬さんに連れ去られたあと、水の神の力によって意識不明になってしまったらしいですけど、すっかり元気になっていました。
「香奈も真奈美も病院で、あたしすごく退屈だったんだよ?」
「はいはい。あとで一緒に喫茶店行きましょう」
「いいね。3人でデートしよう♪」
 笑いながら会話する2人を見て、自然と私も笑顔になってしまいます。
 ここに戻ってこれて、本当によかったです。


 他人から見たら、私の世界はとてもくだらないものなのかもしれません。
 だけど、これでいいんです。
 かけがえのない友達が側にいる。その友達と一緒に歩んでいく。
 そんな優しくて、どこにでもあるような日常が、私にとっての世界なんです。


(マスター、とても幸せそうですね)
 うん。ありがとう。
 エルがいなかったら、きっと気づけなかったんだと思います。
 エルが見せてくれた幻想の世界が無かったら……雫ちゃんが迎えに来てくれなかったら……おばあちゃんがいなかったら……絶対に気づけなかった私自身の幸せ。
 永遠に続いてほしいけど、決して永遠には続かない幸せ。
 でも……だからこそ、”幸せ”だと実感できるんだと思います。
「香奈ちゃん、雫ちゃん」
 そして、エル。
「なに?」
「どうしたの?」

「ありがとう」

 ただ一言。それだけが言いたかった。
 おばあちゃん。私、笑顔でいられるように頑張るね。
「急にお礼なんて言われても困るわよ」
「そーそー、あっでも何かお礼してくれるって言うならあたしの秘蔵コスプレを―――」
「あんたねぇ、真奈美ちゃんも私も病み上がりなんだから自重しなさいよね」
「はーい」
 私たちは3人で笑いながら、いつもどおりの会話でこの空間を共有していました。





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「……じゃあ、今回の事件は雲井君と大助君が解決したってことかな」
 特別療養室内で、薫はベッドに横たわりながら佐助からの報告を聞いていた。
 伊月は本社に出向いてもらっている。
 市野瀬はスターと同様、闇の組織に対抗するために作られた組織のリーダーだ。
 遊戯王本社の人間が不祥事を起こしたことで、本社でも混乱があるのだろう。
「まぁそうなるな」
「真奈美ちゃんが永久の鍵の持ち主だって分かってたのに、何も出来なかったね」
「仕方ないだろう。イブからは目覚めるまで手を出さないで欲しいといわれていたんだ。目覚めてすぐに市野瀬が行動に移した。俺たちが出遅れてしまったんだ」
「うん……」
 そう言って薫は俯く。
 もっと出来ることがあったのではないだろうか、他にいい方法があったかもしれない。
 終わった事件の事をしばらく抱え込んでしまうのが、薫の良いところであり悪い癖だと佐助は感じていた。
「はぁ…」
 深くため息をつき、佐助は薫の頭をなでる。
「すまなかったな。本来なら俺たちが処理するべき仕事だった。これは俺のミスだ。だから、お前が気に病むことは無い」
「うん。ありがとう」
 佐助の不器用な優しさに感謝をしながら、薫は毛布を深くかぶった。
「とにかく今はゆっくり休め。永久の鍵が目覚めたということは、アダムとの決戦が間近に迫っているということだ」
「……そうだね。そうするよ……」
 眠りにつく薫を見ながら、佐助は静かに拳を握る。
 来るべき最終決戦に向けて、自分も出来る限りのことをしよう。
 当然、”最悪の事態”も想定して行動しなければいけないのだから。




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『あははは♪ ようやくすべての神の力がボクに戻ってきたよ♪』
 とあるビルの屋上で、アダムは町を眺めながら楽しそうな笑みを浮かべていた。
 その手に握られた"水の神−セルシウス・ドラグーン"のカード。
 自らの力の一部を分けたカードが黒い霧となって、自身の体に吸収される。
『本当は地の神も力を吸収したかったけど、ライガーは雲井君に懐いちゃってるからなぁ。まっ、どうでもいいけどね♪』
 どこからか取り出したか分からないリンゴを齧り、アダムは笑う。
『それにしても市野瀬さんも馬鹿だよねー。本城真奈美さんを誘拐すれば中岸大助君や雲井忠雄君が黙っているはずないのに……自分からわざわざ水の神が倒されてしまう方向に動いているんだから……』


『ずいぶんと楽しそうだねアダム』


 濁るようなアダムの声とは真逆の、透き通る声。
 イブが数メートル離れたい位置に立っていた。
『やぁイブ、いらっしゃい。ここからの景色はなかなか壮観だろう? あっ、リンゴあるけど食べる?』
 そう言って放り投げられたリンゴをイブはキャッチする。
 アダムが齧った箇所と正反対の箇所を齧り、再びアダムへ放り投げた。
『そうだねアダム。人がたくさんいるのが分かって、とても素敵な景色ね』
『いやいや、人がたくさんいてとても醜い景色だよ』
 しばらくの沈黙。
 ビルの屋上に吹く風が、強くなる。
『それにしてもイブも残酷なシステムを作ったよね。命を犠牲にしてボクの力の一部を封印しようとするんだから』
『……本当は、永久の鍵の力は薫さん経由で使った欲しかったんだ。白夜のカードを持つ人たち全員で力を合わせて発動する封印の力。それで誰の命も犠牲にせず、神のカードを封印したかった……』
『へぇ……あ、でもそれってつまり本城真奈美さんは、すごい素質を持っているってことなの?』
『うん。薫さんよりも白夜の力を扱う素質があるよ。だからこそ、今回みたいな事件に巻き込まれちゃったんだ』
 イブは遠くを見つめて、そう答える。
 アダムにとっての"地の神−ブレイクライガー"の行動が誤算であったように、イブにとっても誤算はあったのだ。
『お互いに計算外の事態があった訳だ。本当に人間は理解できないね』
『アダム………こうしてゆっくり話せるのももう最後になるのかな?』
『残念ながらそうだろうね。ボクもイブも準備が整ったんだろう? 多少のエラーはあっただろうけど、お互いに自分の力を分けたものがすべて覚醒したんだから』
『うん。アダム、ひとつだけ聞くよ? あなたの目的は何?』

『ボクはね、世界を滅ぼしたいんだ。滅ぼしたあとで、イブと一緒になりたい。一つに重なりたいんだよ』
『ワタシはね、世界を守りたいの。守ったあとで、アダムと一緒に消えてなくなりたい』


 どちらも、まったく正反対の主張を述べた。
 アダムとイブは共に複雑そうな笑みを浮かべながら、互いに背を向ける。
『じゃあねアダム』
『またねイブ』
 アダムとイブは、その場から同時に姿を消した。



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 連休の明けた月曜日。
 俺は息を切らしながら通学路を走っていた。
「ったく! なんで目覚ましが鳴らねぇんだよ!!」
『貴様が電池の交換を忘れていたからだろう? まったく、とても水の神を打ち破った男とは思えないな』
「うるせぇ!」
 全速力で走り、ギリギリで教室に駆け込む。
 だが教室内は暖房が効いていて、走ってきたばかりの俺にとってはまるでサウナのように感じた。
「暑い……暑い……」
 制服とセーターを脱いでYシャツになる。
 くそ、なんで朝からこんな汗だくにならなくちゃいけねぇんだよ。
「ずいぶんギリギリな登校だったな」
 隣から中岸が話しかけてきた。
「なんだよ。何か用か?」
「まぁな。水の神のとき、お前はデッキワンカードで水の神の効果を無効にしたけど、なんで効果が通用したんだ? 水の神にカード効果が効かないなら、効果を無効にする効果も効かないと思ったんだが……」
「…………」
 たしかに考えてみればそうかもしれない。
 あの時は無我夢中で発動して勢いで押し切ったが、冷静に考えれば"デステニーブレイク"が通用しなかったのかもしれないのだ。まぁ、たまたま通用したから良かったけどな。
『我が説明しよう』
 デッキケースから声がした。ライガーだ。
 水の神との戦いの後から、子犬モードにならなくても他人と会話ができるようになったらしい。
 なんだかこいつ……前より出来ることが増えている気がするな……。
 とりあえずデッキからライガーのカードを取り出して机に置く。
 俺も中岸も、カードから発せられる声に耳を傾けた。
『デステニーブレイクのカード効果を無効にする効果は、神の力の名残で最上級の無効化能力を誇っている。バトルフェイズ限定だが、たとえカード効果を受けない敵が相手でも効果を無効にすることが出来るのさ』
「でも相手だって神だろ?」
『我には関係ないな。もともと、セルシウスに触れられるのは我だけだったからな。セルシウスもそれが分かっている上で我との戦いを楽しんでいた』
「……よく分かんねぇけど、水の神の効果が無効にできるなら最初から言いやがれ」
『言ったら貴様は闇雲に発動していただろう? しかも貴様は表情に出やすい。せっかく中岸大助が身を張って守っていたのに狙いが貴様に移ったら意味がないのだからな』
「うっ……」
 たしかに、知っていたら知っていたで表情に出ていたかもしれねぇ。
 中岸の言っていたとおり、市野瀬が最初から俺を狙っていたら間違いなく負けていたしな。
「じゃあ闇の世界を無効にして、破壊することも可能なのか?」
『おそらく可能だろう。最上級の能力ならば、たとえ闇の世界でも対抗できる可能性がある』
「最上級って、てめぇ以外にどんなカードがあるんだよ?」
『さぁな。そこまでは知らん。とにかく、水の神を倒せたのは我の協力があったからこそだ。調子に乗るなよ小僧』
「うるせぇよ」
 ライガーのカードを無理やりデッキケースにしまった。
 隣で中岸が苦笑いしながら、バッグから教科書を取り出す。
「そういやてめぇ、なんで決闘の時にあんなデッキ使ったんだ? エクゾディアが無くても、ウィジャ盤とかならあったんじゃねぇか?」
「まぁ、特殊勝利を狙うデッキを作ることは出来たさ。でも相手だって馬鹿じゃない。水の神の唯一の弱点である特殊勝利への対策くらいはしてあるって思ったんだ。だから、馬鹿正直に相手を打ち破れるお前に賭けたんだ」
「香奈ちゃんの仇だって言うのに、ずいぶん他人任せじゃねぇか」
「かもな。でも、雲井ならきっと水の神を倒せるって思ったから託したんだ」
「………お、おう。まぁ……な」
 思ってもみなかった言葉に動揺してしまった。
 てっきり中岸は俺の事を馬鹿にしてると思ってたから……。
「まさか相手だって、あんな馬鹿正直な方法で倒されるなんて思わなかったんじゃないか?」
「……てめぇ、やっぱ俺の事を馬鹿にしてんだろ?」
「知るかよ」
 そう言って中岸は俺から顔を背けて窓の方を向いた。
 なんか、褒められたんだか馬鹿にされたんだか分からねぇぜ……。











 その日の放課後、俺達は本城さんの退院祝いということで霊使い喫茶に来ていた。
 なぜか香奈ちゃんと中岸が気まずそうな雰囲気になっているんだが、何かあったのか?
「それじゃあ真奈美の退院を祝って、かんぱーい!!」
「「「「かんぱーい!!」」」」
 ジュースの入った瓶を掲げて、俺達は本城さんの退院を祝福する。
 雨宮のねぇちゃんが色々と料理を持ってきてくれて、俺達はそれに舌鼓を打ちながら談笑を始める。
「いやぁ、ホント、何もかも無事に終わって良かったね」
「そうですね。私は事件がどんな風に解決したのかは知りませんけど……」
「私も入院してたから詳しくは知らないのよね。大助も雲井も喋りたがらないし」
「そりゃああんなに堂々と格好いいセリフ吐いてたもんねー」
 雨宮が意地悪い笑みを見せる。
 俺と中岸は同時に溜息をつきながら、その笑みを無視する。
 別に言ったことを後悔しているわけじゃない。あの場で市野瀬に対して、俺と中岸は心の底から思っていることを叫んだだけだった。それがどんな綺麗ごとでも、格好つけた台詞でも、それが本心だったんだから後悔なんてしようがない。
 ただこうして間近で見ていた奴にからかわれるとなると、反応に困ってしまうのも事実だった。
「なによ。もったいぶらなくてもいいじゃない。なんて言ったのよ?」
「そ、そうですよ。気になるじゃないですか……!」
 香奈ちゃんも本城さんも、雨宮の思わせぶりな口調につられてノリを合わせている。
 俺と中岸はもう一度互いに顔を見合わせて、溜息をついた。



 結局、女子3人組の押しに負けて俺達は事件の幕引きについて長々と語る羽目になってしまった。
 こっちは大真面目に話していたのに、雨宮が茶々を入れるせいで話が長くなったのは言うまでもない。

 一通り語り終わったところで、俺はいったん席を外した。
 さっきから内側から語りかけてくる奴がうるさいからだ。

 店の外に出て、デッキケースからカードを1枚放り投げる。
 ライガーが子犬モードで地面に降り立った。
「………なぁ、やっぱお前、体が大きくなってねぇか?」
『そんなことはどうでもいいだろう。それより、良かったのか?』
「さっきから内側で同じことを何度も聞いてくんじゃねぇよ」
『結果的に貴様らは、最悪の選択をした。水の神を倒し、アダムは力を取り戻している。我の力は戻っていないから完全とは言えないだろうが、人間を滅ぼすには十分すぎる』
「…………」
 きっとライガーが言っていることは真実なのだろう。
 アダムってやつが、本気になったらどれほどのことになるかなんて俺なんかが想像したところで無駄だってことも分かる。
 けどなライガー……俺は……。
「何も言わせんな。俺は後悔なんかしねぇよ」
『小僧……』
「たしかにてめぇの言うとおり、最悪の選択をしたのかもしれねぇ。市野瀬のやることに目をつぶれば、世界は救えたのかもしれねぇ。けどなぁ、そんな小難しい話はどうでもいいんだぜ」
『なんだと?』
「だってよ――――」

「雲井君!」

 口を開きかけた瞬間、店のドアから本城さんが顔を出した。
「あ、あの、デザートのケーキが出てきたのでそれを知らせに……すいません、お取込み中でしたか?」
「別に何でもねぇ。すぐに戻るぜ」
「は、はい。あの……雲井君……」
「ん?」
「今回の事件は、その、色々と迷惑をかけちゃって、ごめんなさい。エルにもちゃんと言っておくから……」
「エルって誰だよ?」
「ふぇ!? あ、その、と、とにかく! 助けてくれてありがとうございました!!」
 そう言って本城さんは逃げるように店内へ戻ってしまった。
 別にお礼を言われるつもりで助けたんじゃねぇけど、やっぱ感謝されると嬉しいぜ。
『小僧、さっき何を言おうとしたんだ?』 


「ああ。だってよ……とりあえず、友達は守れたじゃねぇか」


『……!』
「世界とか、そんなのよく分からないもんのために戦ったわけじゃねぇんだ。俺は、友達を助けるために気に入らねぇ奴をぶっ飛ばしただけだぜ!」

 今までだってそうだったんだ。
 助けたいやつがいて、それを邪魔するために立ち塞がる奴を正面から倒してきただけだ。
 それはきっと俺の性分だから、これからも変わらねぇんだろうな。

『まったく貴様は……つくづく面白い男だな』
「けっ! てめぇに言われてもあんまり褒められた気がしねぇぜ」
『まぁ……我も貴様のような人間が主だと、退屈しなくて済むがな』
「あぁ?」
『何でもない。それより覚悟しておけ小僧。アダムは容赦しないからな』
 そう言い残してライガーはカード状態になって俺のデッキケースに入った。
 ったく、散々好きなことを言いやがって……。
「おっとそうだ、ケーキが待ってたんだぜ」
 前に来た時に食べたケーキが美味しかったことを思い出し、俺は急いでみんなが待つ店内へ戻って行った。



「おっそーい! これからクジで食べるの決めるんだから雲井が来ないとできなかったんだよ?」
「悪い悪い。って、こんなにあんのかよ!?」
「香奈、これもしかして俺達で全部食べるのか?」
「当たり前じゃない。ケーキバイキングだともっと食べるわよ」
「や、やっぱりカロリー取りすぎなんじゃ……」









 ―――季節は冬―――


 ―――綺麗な雪が舞うこの世界で―――


 ―――1人の少女と英雄の物語は、幕を閉じた―――












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