E40

製作者:スカルRyderさん




 人造人間(じんぞうにんげん)とは、主に人によって製造された、人間を模した機械や人工生命体のことであり、人型のロボット、アンドロイド、ガイノイド、バイオロイドなどの総称である。
 架空の存在としてSF漫画、映画、小説作品などにも頻繁に登場し、人間の良きパートナーとして活躍することが多い。
 古来より、機械のような特徴をもつ「無機的人造人間」と、生物のような特徴をもつ「有機的人造人間」の両方があった。
 いずれの人造人間も、人間と同等の「心」をもつ存在として描かれるものとそうでないものがある。
 (人造人間 - Wikipediaより)

 「補足」
 「無機的人造人間」は機械のような特徴、即ち身体が人工部品で構成されている事になる。
 一から全て機械で作られた存在はアンドロイド、既にある生物を人工部品で改造・補修している存在はサイボーグと呼ばれる。
 「有機的人造人間」は生物のような特徴、即ち身体に機械などを使っていない存在となる。こちらは一から全て作られた存在の事をバイオロイドと呼ばれる。
 なお、既にある生物を有機的部品などで改造・補修した存在をサイボーグと呼ぶ事は無い。何故ならそれは人間とほぼ変わらない存在だからである。
 ちなみにガイノイドはアンドロイドの女性型の事を指す。何故ならアンドロイドには男性型という意味が含まれるため。


 人が人を生む事が神から与えられた奇跡なら、人が人を造り出す事はなぜ神の領域に反するの?


「百鬼夜行」

Do not be misled by the malicious World
What is something you know of?

Turn into hatred and malicious demons.
But even if full of drunk miasma in which
No way you want, and global
Take the reality is in a scandalous scene

I would ...
Yarrow showing you all
Expense of a true miracle

Oh, feel the power ...
In the world filled with lies, all evil
In all that has been prepared to crush you believe
Yarrow to stop all of you
East.C.twice



【E40】





 山に囲まれた盆地に、まるで人目を避けるように作られた建物群があった。
 敷地は金網と鉄条網で囲まれ、3つある入口には警備員が24時間態勢で監視をしている。

 そして、そんな建物群の一番大きな、体育館のようにも見える建物内で、デュエルディスクを使用したデュエルが行われようとしていた。

 一人はまだ幼さが抜け切らない、だが顔には絶対な自信を浮かべた、12、3歳ほどの少女。
 そしてもう一人は、悲しげな瞳と、今にも消えてしまいそうな程のどこか陰鬱な顔をした、少女より一回り年上に見える少年だった。

「……準備はいい? E40。アンタと戦うの、ずっと楽しみに待ってたよ」
 少女の問いに、少年はか細い声で「今更…そんな…」と答えたが、周囲を見渡してため息をつく。
 二人が立っているのは、建物の中心にあるアリーナのような場所で、直径は30メートルほど。
 その周囲は全て強化ガラスで囲まれており、ガラスの向こうで数人の人間が動いている。
「……はじめるよ。E61」

「「デュエル!」」

 E40:LP4000        E61:LP4000

「あたしが先攻をもらうよ! ドロー!」
 E61が先攻を取り、早くもドローする。
 彼らは名前で呼ばれない。いいや、名前そのものは持っている。だけど、彼らは決して、この中では名前で呼ばれる事はない。まるで、その番号が名前であるかのように。
 もしかすると―――その型式番号の方が本当の名前なのかも知れないように。
「魔法カード、古のルールを発動!」

 古のルール 通常魔法
 自分の手札からレベル5以上の通常モンスター1体を特殊召喚する。

「この効果で、アタシは真紅眼の黒竜を特殊召喚するよ」
 その宣言と共に、デュエルディスクに搭載されたソリッドビジョンシステムが展開される。
 文字通り、フィールドに漆黒の翼と真紅の瞳を持つ竜が舞い降りた。
 その直後咆哮をあげ、その音が凄まじいまでに響き渡る。

 真紅眼の黒竜 闇属性/☆7/ドラゴン族/攻撃力2400/守備力2000

「……いい声で啼くよね。本当に」
 E61は感慨深げに呟くと視線を向ける。
「ターンエンド。さぁ、アンタのターンだよ」
「ドロー」
 E40は迷っている暇なんて無い。もうデュエルが始まった以上、止められない。
「X−セイバー ガラハドを召喚!」

 X−セイバー ガラハド 地属性/☆4/戦士族/攻撃力1800/守備力800
 このカードは相手モンスターに攻撃する場合、ダメージステップの間攻撃力が300ポイントアップする。
 このカードは相手モンスターに攻撃された場合、ダメージステップの間攻撃力が500ポイントダウンする。
 このカードが攻撃対象に選択された時、自分フィールド上に存在するこのカード以外の
 「セイバー」と名のついたモンスター1体をリリースする事で、その攻撃を無効にする。

 そしてE40のフィールドには剣の戦士が降り立ち、剣を抜いて威嚇する。
「だけど、そのままじゃ倒せないよ?」
「わかってる。だから、魔法カード、セイバー・スラッシュを発動」

 セイバー・スラッシュ 通常魔法
 自分フィールド上に表側攻撃表示で存在する「X−セイバー」と名のついたモンスターの数だけ、
 フィールド上に表側表示で存在するカードを破壊する。

「チッ、除去カードかよ!」
 E61が舌打ちした直後、真紅眼の黒竜がX−セイバーの斬撃によって破壊され、霧散していく。
「ガラハド、プレイヤーにダイレクトアタック!」
「―――――――――」
 E61の身体を、ガラハドの斬撃が襲った。

 紅の液体が散った。

 それはソリッドビジョンであり、リアリティのあるバーチャル映像であって実体ではない。
 あくまでも名目上は、デュエルディスクによるソリッドビジョンの筈なのに。
「あがぁっ……!」
 E61は、二歩、三歩とフラフラと後退する。

 E61:LP4000→2200

「フフ……いいね、いいね……こうやって血ぃ流すとさ、アタシも生きてるんだなって思えるよ、やっぱりさ…」
 慣れているように、慣れているように彼女は呟く。
 胸元から腹部へかけて大きな傷の出来ている彼女だが、出血は既に止まっていた。致命傷と呼べる程ではないが、深い傷だった筈だ。
「アンタだってそうだろ? こうやって、実験動物みたいな扱いされて、人間じゃないって…いや、人間じゃないよな、アタシらは……でも、生きてる。こうして、生きてる。血を流せばさ、その暖かさがさ、生きてるって教えてくれるじゃん」
「僕には理解出来ないよ」
「…そうかもな。アンタ、生きてるのに死んでるような顔してるもんなE40。けどさ……覚えとけよ? 生きてるんだったら、胸張ってけよ。でないと、お前が今生きてる為に犠牲になってきた奴らに対して失礼だぜ? そいつらの犠牲の上で、お前が今生きてるんだからさ」
 E61はそう告げると、「で、続きは?」と問いかける。
「…カードを一枚セットして、ターンエンド」
「OK。じゃあ、アタシのターンな。ドロー!」
 そして再び、彼女のターンが訪れる。
「魔法カード、死者蘇生を発動」

 死者蘇生 通常魔法
 墓地からモンスター1体を選択して自分フィールド上に特殊召喚する。

 巨大なアンクが浮かび、墓地に眠る真紅眼の黒竜が再びフィールドへと戻る。
 だがその瞬間、E61が小さく悲鳴をあげたのも、E40に届いていた。
 しかし、デュエルを中断するわけには行かない。痛みに屈してデュエルを中断してしまったものの末路を、彼は知っているからだ。

 真紅眼の黒竜 闇属性/☆7/ドラゴン族/攻撃力2400/守備力2000

「これで1ターン前まで逆戻りだ…。そして、ガラハドは攻撃対象に選択された時に攻撃力が500ポイント下がる!」

 X−セイバー ガラハド 攻撃力1800→1300

「行くぜ! 真紅眼で、ガラハドに攻撃! ダーク・メガ・フレア!」
 黒竜の咆哮と共に放たれた火炎弾が、周囲を爆炎に包んだ。
 ガラハドは当たり前のように焼かれ、そしてその火炎はE40をも包む。
「悪いね、アタシの火力は、ケタ違いなんだよ」
 E61はケタケタ笑う。

 E40:LP4000→2900

 爆炎で吹き飛ばされた後、床に叩きつけられてはいたが重傷を負ってはいない。多少、火傷はしたようだが。
 E40は立ち上がると、先ほどと同じ、どこか静かな視線を向ける。
「アタシは続けてドレッド・ドラゴンを召喚!」

 ドレッド・ドラゴン 炎属性/☆2/ドラゴン族/攻撃力1100/守備力400
 このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、
 自分のデッキからレベル3以下のドラゴン族モンスター1体を手札に加える事ができる。

「ターンエンドだ」
 さぁ、どうするE40。お前の逃げ場は、そのたった一枚のリバースカードだぞ。
「僕のターン。ドロー」
 ならば答えは簡単だ、とばかりにE40は表には出さずに反応する。
 そのたった一つに賭けるだけだ、と。

「X−セイバー エアベルンを召喚!」

 「X−セイバー エアベルン 地属性/☆3/戦士族/攻撃力1600/守備力200/チューナー
 このカードが直接攻撃によって相手ライフに戦闘ダメージを与えた時、相手の手札をランダムに1枚捨てる。

「そして、魔法カード、ガトムズの督戦を発動!」

 ガトムズの督戦 通常魔法
 フィールド上に「X−セイバー」と名のつくモンスターが1体以上存在する時、発動可能。
 フィールド上に存在する「X−セイバー」と名のつくモンスター1体を選択し、
 手札に存在する同じレベルの「X−セイバー」と名のつくモンスター1体を特殊召喚する。
 この効果で召喚したモンスターは次の自分ターンまで攻撃宣言を行なえない。

「この効果で僕が召喚するのは、XX−セイバー フラムナイト!」

 XX−セイバー フラムナイト 地属性/☆3/戦士族/攻撃力1300/守備力1000/チューナー
 このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り1度だけ、相手モンスター1体の攻撃を無効にする事ができる。
 このカードが戦闘によって相手フィールド上に守備表示で存在するモンスターを破壊した場合、
 自分の墓地に存在するレベル4以下の「X−セイバー」と名のついたモンスター1体を特殊召喚する事ができる。

 そして、フィールドにエアベルン、フラムナイトと二体のXの名を持つ騎士が集う事で。
 彼らが崇める、最強戦士が降臨する。
「XX−セイバー フォルトロールを特殊召喚!」

 XX−セイバー フォルトロール 地属性/☆6/戦士族/攻撃力2400/守備力1800
 このカードは通常召喚できない。
 自分フィールド上に「X−セイバー」と名のついたモンスターが表側表示で2体以上存在する場合のみ特殊召喚する事ができる。
 1ターンに1度、自分の墓地に存在するレベル4以下の「X−セイバー」と名のついたモンスター1体を特殊召喚する事ができる。

「フォルトロール!」
 E61とて、フォルトロールの戦闘力が脅威である事は知っている。
 1ターンに一度、墓地のレベル4以下のX戦士を蘇らせる事も、それによる継戦能力の高さも知っている。
 そして、もちろんそれが蘇生するのは…。

 X−セイバー ガラハド 地属性/☆4/戦士族/攻撃力1800/守備力800
 このカードは相手モンスターに攻撃する場合、ダメージステップの間攻撃力が300ポイントアップする。
 このカードは相手モンスターに攻撃された場合、ダメージステップの間攻撃力が500ポイントダウンする。
 このカードが攻撃対象に選択された時、自分フィールド上に存在するこのカード以外の
 「セイバー」と名のついたモンスター1体をリリースする事で、その攻撃を無効にする。

「フォルトロールで、真紅眼の黒竜を攻撃! 行け」
 フォルトロールの剣が、黒竜を貫く。攻撃力が同じでは、相打ちになるしかない。
 だが、E40のフィールドにはまだ三体もX戦士が残っている。ガラハドがドレッド・ドラゴンを粉砕し、そしてエアベルンが続けて攻撃を行えば。

 もう、E61のライフは残っていない。

 E61:LP2200→1200→0

「あがっ…! うあああああああああああああああっ!!!!!!」
 絶叫が響き渡る。
 あふれ出る鮮血が、熱い血が、アリーナの床を染め、E61は床へと倒れこんだ。
「へへ……さすがだよ…アタシが、負けるなんて久しぶりだよ、流石だよE40……システムに一番適合してるかもって噂、信じてもいいや……」
「別に嬉しくもないよ」
 アリーナに倒れたE61の呟きに、E40は悲しげに返した。
「バカ言え。誇っていいぜ。だって、アタシらは、そうなるしか生き方を知らないんだからさ……」
 そこまで言って彼女が小さく咳き込んだ時、ようやく医療班が到着した。

 E40は、それを黙って見送った。
 いつまで続けりゃいいんだよ、とばかりに唇を噛んで。









 今から5年前になる、西暦2016年。
 ソリッドビジョンシステムを採用したデュエルディスクの開発から5年の歳月を経て、人類が最も神に近づいたと呼ばれるシステムは誕生した。
 稀代のデュエル研究家であった牧野嘉宏博士が多くの機関の協力と、それらを手玉に取って開発したそのシステムはその年の内に破壊され、牧野博士も殺害された。
 だが実際は牧野博士はその後二年もの間生き延び、システムの再開発を行っていた。
 そして牧野博士が実際に死亡した後…その研究・開発は岡部機関と呼ばれる研究機関へと受け継がれたのだった。

 そして西暦2021年。
 システムの為だけに生まれた多くのバイオロイド達による、実験を繰り返し続けている。

 デュエルそのもののカードと能力を実体化させるという、一大システムを。

 元々はコンピュータ演算等によるシステムは、機械故に外部からの攻撃に弱く、またその性質上、コンピュータールーム1つ分並というサイズにならざるを得なかった。
 だが、元々無いものを実体化させるという性質、更には日々増え続けるカードの種類全てに対応すること、世界中に無数に存在するデュエルディスクと併用できるもの、という多くの問題が発生した。
 そこで考案されたのは―――――人間に与えられた世界最高のコンピュータにしてブラックボックスであり、脳である。
 だが人間に対してシステムを後付けするのは倫理上、そして性質上不可能に近い。
 そこでデザインベイビー法を用いて生まれた試験管ベイビーを調節して、システムに適応する存在を、予めシステムを内蔵した人間を作ったのだ。

 そして後は――――それが使い道になるかどうかを、実験を繰り返す事で確かめている。

 その度に使われ続ける、命の浪費だとも知らずに。



 デュエルを終えた後、E40はアリーナを出て、そのまま建物群の中で一番背の高い、団地のような建物へと入った。
 ここにあるのは、彼らバイオロイド達の住まいであり、一人になれる場所でもある。
 三畳もない部屋。
 ベッドと、机と椅子が1セットあるだけ。それだけで終わる部屋。

 でもここにいれば、誰も実験体と扱う人はいない。研究員たちからは呼び出されない限り、或いは他のバイオロイド達が話しかけてこない限りは、一人でいられる。
 システムの適合の為に最適化されたとはいえ、それでも基本的に人間である事に代わりはない。
 あくまでも生物学上は、の話だ。彼らが人間として扱われる事など、ここにいる限り無いのに。

 既に封印された技術であるロボトミー手術で感情を削除される事もなくは無い。

 E40に感情はある。
 だからこそ迷うし、悩み続け―――自分のあり方というものに考え続けて―――――疲れてしまった。

 あるはずだった感情を出す事なく、ただ人形のように、あり続ける。
 彼はたったそれだけの為に生きている。E61のように、胸を張ってなんて言葉は彼には無い。
 ただ、人形である生き方なんかに、誇りなんて持てるはずが無い。

 人形として、実験体として、浪費され続ける事が幸せ?
 いずれ調整が終わって、生体兵器として戦場に放り出される事が幸せ?
 今日を生きても、明日も同じ、希望が無い日々の繰り返しが、幸せ?

 そんな事が――――楽しいと―――――


 思考は途中で、ノックの音で中断させられた。
「E40。出たまえ。君に会わせなければならない人間がいる」
「はい」
 拒否は許されない。人間には従順でなくてはならない。彼らは、ヒトガタであって人ではないから。


 E40が連れていかれた部屋は、研究員達はカウンセリングルームと、バイオロイド達は法廷(あくまでもイメージとして)と呼ぶ部屋だった。
 強化防弾ガラスで囲まれた中に1つだけ椅子があり、その反対側には机と椅子が1セット。もちろん、その後ろからは監視員が三人態勢で常に監視を行っている。
 故についたあだ名が法廷。バイオロイド達は実際の法廷を見た事が無いのでわからないが、ここで行われるのはロボトミーを受けていない実験体達を文字通り尋問する事だ。
「……失礼のないように。まぁ、態度の良いお前に言うべきことでもないか」
 監視員はE40にそう告げると、ガラスに囲まれた方へと誘導し、外から鍵をかけた。
 例え彼が渾身の体当たりを行おうと椅子を叩きつけようと強化防弾ガラスが割れる確率など無いし、何よりシステムに適合している身体でも性質上、デュエルディスクがなければ使えないも同然だ。
 だが念のため、なのである。

 そしてE40の正面に、まだ少女と言っても過言ではない――――17、8歳ぐらいの少女が座った。
「こんにちは。あなたの名前を聞かせてくれる?」
「E40」
「ううん、それはあなたの管理番号よ。名前はある筈でしょう?」
 確かに、管理番号とは別に名前はある。だが、ここにいる限りその名で呼ばれる事はなく、呼び合う筈のバイオロイド同士ですら、番号でしか呼び合わない。
 与えられても、意味の無いものだと彼らは知っている。
「僕に名前はありません」
 その返答に、少女は悲しげな顔をしつつ、手元の資料を見た。
「管理番号E40。戸籍上の名前は、美紀白秋。生年月日は2019年3月11日。あら、今年で2歳になるのね…私とは16歳も離れてるんだ、すごいね。自己紹介、まだだったわね?」
 そして少女は微笑む。E40に、精一杯の笑顔で。
「私の名前は、牧野梢。18歳。今日から、あなたの管理官になるわ。よろしくね」

 管理官は、バイオロイド達の精神安定剤とも言うべき存在である。
 ロボトミー手術を受けてないバイオロイド達はその性質上、不安定な個体が多い。その為のロボトミー手術だったのだが、生み出すバイオロイドと比較してあまりにロボトミー行きが多いので、実験個体数に差が出てはマズイという事で、ロボトミーを受ける人数を制限した。
 結果、精神不安定が重症で無いもの、並びに人間に対して従順な個体は管理官と接触を保つ事で精神安定を図らせる。

 しかし、それでもまだ実験的な試みである事は拭えないし、バイオロイド達もバカではないからそれもわかっているのだが。




「またかよ」
 E40が牧野管理官と最初の面会を果たしてから二日の時が過ぎた。
 バイオロイド達の部屋からも、庭に停まる冷蔵車へ運ばれる3つの死体袋が見えていた。
「今度死んだの誰?」
「G19と、B74と…あと、一人誰か」
「E61は今朝戻ってきたからアイツじゃねぇしなぁ…」
 ざわざわ、ざわざわとバイオロイド達はしゃべり続ける。死んだのは自分じゃない。そして誰かが実験体として死ぬなんて当たり前の事のように、平然と喋る。
 だからE40も、それを当然のように見送っていた。無表情なまま。
「わかったぜ、死んだの。E22だってさ」
「え? アイツが…? E生産ロットじゃ、E40とE61に次ぐ奴だっただろ?」
「しかも原因がアレだぜ。ミラフォの反射がモロ直撃して即死。遺言残す暇も無かったんだと」
「ミラフォの反射が直撃かー……そりゃあ死ぬわな」
 デュエル中に死の要因なんて、山ほどある。
 下手な全体除去に巻き込まれて死ぬなんてよくある話。
「なー、さっきから聞こえてくるすすり泣き誰よ? マジで迷惑なんだけど?」
「泣き虫のC31か?」
 そこで彼はなんとなく背後を振り向いて、その泣き声の主に気付いた。
 道理で近い場所から聞こえる筈だ。
「ごめん、うちの管理官だった」

「……僕はわからないよ。なんで、自分の担当でもない素体の為に、あなたが泣いているのさ」
 E40の呟きに、牧野管理官は涙すら拭わずに、口を開いた。
「……人が死んだら、悲しくなるものでしょ…? 白秋君は、そうは思わないの?」
「悲しいという感情はわかるし、あるけれど。……でも、僕にとっては、他の誰かが死ぬなんて当たり前すぎていちいち悲しんでもられない」
「………そう、なのかな…」
「そういうものだって、僕達はわかってる」
 だから、例え死んだとしても、悲しまない。いいや、違う。
 諦めてるんだ、死ぬ事も当たり前。自分たちが実験体として生きる事も、当たり前だって。
「………君には、感情はあるのよね」
「ある、じゃなくて残ってる、が正しいです」
 そう返答して、E40はどうしてここまでお喋りなのか、とふと思った。普段ならばそんな事は喋る事も無いのに。
「…あっても、今の僕じゃ、何の意味も無いし」
「そうかな…? 私は、そうは思わないけど」
「素体として生まれた以上、素体として生きるしかないですから」
 それ以外の生き方を、僕らは知らない。
 例え知っていたとしても、許可されないだろう。
 彼らは、そういう生き物なのだから。
「………ねぇ。少しだけ、外に出てみる?」
「許可が降りませんよ」
「管理官付きの素体なら、管理官の判断で出す事が可能になるの。二時間以内に戻らなければいけないけど…」
 そんな規則は初めて聞くことだった、とは思うがそもそも管理官付きの素体になる事そのものが稀なので、知る奴がいなかった、と考えるべきか。
「……それで、僕を、外に?」
「うん。悪い話じゃ、無いと思うけど。他の人の事を知ることにもなると思うし」
「…わかりました、管理官」
 拒否は出来ない。特に従順になるようにプログラムをされたりしている訳ではない。
 そうなるようにしか、情報も常識も与えられないから。だから僕らに拒否権は無い。

 それが何につながろうと、ともだ。



 アームド・ヘブン・アライアンス社(AMA社)がメイン出資を行い、厚生労働省認可の元によるシンクタンク。
 日本決闘技術研究センター、所長の名前をとって通称"岡部機関"。
 だが、そのとうの所長は常駐せず、あくまでも名目上の責任者として在籍しているだけであり、センター内で事実上の最高権力者は、所長の実弟であり、副所長の地位にある岡部正広にある。
 何か重大な報告などはまず彼の元に行くようになっている。

 つまり。牧野梢は管理官として、E40の外出について彼に報告しなければならない義務を負うのだ。
「着任二日目にして、早くも外出許可をというのは珍しいな。まぁ、外出例自体があまり無いし、E40は精神的にはかなり安定している。反対する理由は無い」
 まだ20代半ばでありながらも、既に一研究機関の責任者の地位まで上り詰めた岡部副所長は牧野梢にそう告げると、手にしていた書類を渡す。
 非常事態用のマニュアルである。
「ありがとうございます」
「外出は明日。明日までにそのマニュアルを熟読しておくことだな。非常事態の対応用だ」
「はい」
 牧野梢はマニュアルを手に取り、何気なく流し読みする。
「え…?」
「どうした?」
「管理官は外出中、拳銃を最低二挺、フラググレネード一つの携帯を義務付けるって、どういう事ですか?」
「外出時を狙って脱走や反乱を起こそうとした素体が後を立たなかったのでな。そういう時用にだ。例えどれだけ研究への貢献があっても、場合によっては射殺許可も出る」
「そんなの……! おかしいではないですか! 彼らを信じるからこそ、外出許可が出るんじゃないですか!?」
「名目上はな」
 副所長はそう呟くと、視線を梢に向ける。
「いいか、牧野管理官」
 その口調は、厳しいものだった。責任者としての言葉であり、一研究者としての言葉でもある。
「彼らは人の形をしている。生物学上は人間だ。だが……彼らを人間として扱うな。人間には出来ないものが後付である。だから、人間と同じ思考を、考えを、心を与えてしまえば、人間と同じように役に立つかも知れない。だが、壊れてしまうかも知れない。彼らより数倍無力な人間だって壊れるからな」
「………」
「気持ちは解るさ。ここで生まれて部品のように扱われて死んでいく、同じような存在の家畜と違って、意思疎通できるから尚更だ。だが、ドロイド以下の命とはよく言ったものだ。……人類の未来の為に犠牲になると、表向きは言葉を振りかざしても、命への冒涜である事に代わりはない。だが、それを始めた以上、俺達は最後までやりとげなくてはいけない義務がある。それが彼らへの贖罪なんだと、勝手に決めつけているだけだが、な」
 副所長はそうため息をつくと、手元のノートパソコンを叩き、映像を壁へと投影した。
「……もう一つ見せよう。これは脱走や反逆を試みた素体のデータだ。精神テストなどでは、従順で異常など見られなかった。前日に抜き打ちで検査をした事もある。だが、その時でも問題は無かった。だが反逆を試みた…驚いたよ。ロボトミーを受けた場合、それは限りなくゼロになる」
「でも、ロボトミーは1975年に、日本国内では廃止を宣言されていますし、13年前の大革命の時に、多くの出来事が白日に晒された際にも、改めて廃止をされています」
「だが、それは人間に対してだ。彼らは戸籍も法律上はある。だが、実在しないようなものだ」
「それは、彼らを…人間として認められない、ということでしょうか」
「そうなるな……可哀そうだとは、思うがな」
 副所長の言葉に、牧野梢はため息をついた。
 この人もまた、命については、ドライなのだろうか。人の生死というものを、何度も何度も何度も見てきてしまった梢にとって。
 誰かの死を何度目撃しても、涙を流してしまう私はバカなのだろうか?
「……今日、死んだ奴の為に、泣いてくれたそうだな」
「はい……」
「お前は、優しいな。研究員より、カウンセラーの方が向いてるんじゃないか?」
「………」
「どこかで割り切れないと。研究員としては失格になる。人としては、大いに合格だがな」
「……どんな存在でも、命は、命ですから」
「……ああ。そうだな。だから、俺達はイカれてる。最高にな」
 副所長はそう告げると、軽く手を払った。もう、用は無いとばかりに。
 彼女は頭を下げて、部屋を出ていく。

 そして、副所長しかいなくなった部屋で、彼は呟く。
「……なにも起こらないといいんだがな」





 若干18歳にして、民間枠とはいえ、研究員として採用されるのは破格の抜擢といえる。
 でも、それまでにたどってきた人生は、重く、長い。

 家族を三度も失った。
 その度に涙を流し続けてきた。その度に泣き叫び続けてきた。
 呪われているのかと思った事も、激しい憎悪を受け止めようと思った事もある。

 だけど、誰一人として彼女を恨む人はいなかった。
 本当の両親は、親孝行する前に死んでしまった。だけど、助けてくれた。
 今の性の持ち主である、牧野博士は殺された。だけど、彼は自分の事をただのモノとしてしか見なかった。だけど、牧野博士の家族は、暖かく迎えてくれていたのに。
 3つ目の家族は、同じような仲間たち。
 彼女の為に殺されていった。だけど、それでも恨み言一つ無かった。

 多くの犠牲があるから、今を生きている。
 今を生きている事が奇跡だと。そう、命があまりにも簡単に終わりすぎる事を、彼女は知っている。
 そしてだからこそ――――生きる事の尊さを知っている。

 例え彼らが実験体だとしても、彼女にとっては一人の人間としてしか見れない。



 だからその日の夜、牧野梢は、E40の元を訪れた。
「こんばんは」
「こんな夜に何の用ですか?」
「少し、話したくなってね」
「まぁ、いいですけどね」
 くどいようだが、彼に拒否の言葉は無い。拒否権が無いと思っているから。

 下手にE40の私室で話すよりは、と梢が連れ出した場所はバイオロイド達の宿舎の屋上だった。理由は一番背が高い建物だから、らしいが。
「こうしてみると、ここの敷地は、とても広いのね」
「……生憎と、僕はここ以外を知らないので、ここが広いか狭いかという基準は判断しかねます」
「でも、明日、外に出てみるんでしょ?」
「あなたの言葉でです」
 そう、あくまでも彼自身が明確に判断したかというと、そうではないかも知れない。
 だけど、と牧野梢は思う。こうして「外出してみる?」という曖昧な問いかけに対して答えている当たり、ちゃんとそういう意志はあるのだろうと思う。
 感情が残っていても自分の意志がなければ、そこにE40という個が存在する理由は無いのだ。
「……妙ですね。あなたは不思議だと思います」
「そう?」
「僕達の事を、まるで人間と見ているようなので」
「そりゃあ、もちろん」
「そんな同情をしたところで僕達の運命が変わるわけでもないです。叶わない希望を抱かせるぐらいなら、最初から実験動物扱いされた方がマシです」
「………」
 E40は、否、彼らはもう諦めているのかも知れない。
 どうなろうと、自分たちは実験体でしかない。浪費されるだけの運命でしか無いと。
「本当に不思議な人ですね。そんな悲しそうな顔をするなんて」
「……そうね。確かにね、私たちにとって、貴方達はある意味、浪費するだけのモノなのかも知れない。好き勝手に使ってる。でも、私たちと同じ身体的特徴を持って、心を持ってるのをね……人扱いしないなんて、出来ないよ」
 梢は言葉を続ける。
 古今東西様々な物語で、怪物の姿をしたものや、心を持たないモノ達は多く出てきた。だけど、人との交流で、心を開いたものは多い。
 だから梢はそれに賭ける。
 何度笑われたって構わない。諦めない、諦め切れないのだ。生きている、限り。
「理解しかねます」
「ううん、君もいつか解るよ……人はね、いつか自分の意志で生きなきゃいけない時が来る。君も…自分の意志で決めるべきものはきっとあるよ」
「そういうものなのでしょうか」
「そういうものよ」
 梢の言葉にE40は納得していないようだったけど、それでも。
 彼にその事を伝えられるなら、生きているなら、自分の意志で生きる道を決める事を、いつか伝えておきたかったから。





「二時間だ」
「はい」
「では、気をつけて」
 翌朝。E40は牧野管理官の車に乗って、施設を出た。
 元々山奥にあるので、麓に降りるだけでも30分はかかるだろう。
 往復を含めると一時間、つまり外に出れる時間は実質一時間である。

 だがその間、管理官から特別離れなければ何をしても良い。
 あくまでも管理官の許可範囲内ならどんな楽しみも許されるのだ。

「楽しみ?」
 牧野管理官の問に、E40は答えない。だが、バックミラーに映るその表情が彼の心を表していた。
 とても、楽しそうにしている。
「ふふ…」
 牧野梢はそれを見て、少しだけ微笑んだ。


 30分ほどの車中の間、E40は何も喋らなかった。
 だけど、外の世界に興味を示していることだけは、十分に理解できた。
「……どこか、行きたい所とかある? 無いなら、私が君を連れていきたい場所に連れてくけど」
「あなたにお任せします」
 E40の言葉に、牧野梢は車を走らせ、アリーナのような場所へと車を向けた。
 だが、そこがE40が普段デュエルを行うようなアリーナではない事は、一目で解る。

 そこに出入りする、E40と同年代ぐらいや、それよりも年下の子供たちは楽しそうにしていたから。
「……デュエルでも行われているのでしょうか?」
「ええ。大会が行われてるわ」
「大会……なるほど、複数人で戦い合い、完全な勝者が優勝する、という奴でしょうか」
「そうね、それで合ってるわ。知識はあるの?」
「最低限の常識は教えられますから」
 これは教育を担当している研究員の指導の賜物だろう。
「時間が時間だから、参加はできないけど…見ることぐらいは出来ると思うわ」
 牧野梢の先導で、アリーナの二階席へと移動する。
 保護者であろう大人や家族であろう小さい子供でごった返す中、アリーナの各所でデュエルが行われている。
「こんな大人数の同時デュエルを見るのは初めてです……なるほど、あの子は手札に切り札を温存していますね」
「え?」
 梢はE40が突然指さした少年の方へ、慌ててオペラグラスで手札をこっそり見てみる。
 確かに、手札にキーカードを温存しています。
「次で終わりですよ、恐らく」
「…よく見えるわね」
「見えますよ。こんな身体なので」

「システムは元々はコンピュータルーム一つ分の巨大な機械を、人体の脳に集約するわけです。生態的には人間でも、システムを使用する上で、脳にかかる負荷の軽減として、僕らはよく汗をかくというのもありますが、余剰エネルギーを感覚器官の鋭敏化という形で放出する事でオーバーロードを防いでいます。余剰エネルギーが多すぎるんです」

「ま、お陰さまであそこまで見えますよ。でも、何の役にも立ちません」
「そうかな? 私は、役に立つと思うよ? 遠くまで見えるなら、カメラマンとかそれを活かした仕事に…」
「僕達に、自分の意志などありませんよ。僕達は…ただの部品です。いつの時代も、あなた達の意志で生かされているだけに過ぎません」
「そんな事は無いわ。だったら、あなたはどうやって私と喋ってるのかな?」
 梢の言葉に、E40が動きを一度だけ止める。
「本当に私たちだけで動かされている機械なら、そうやって私の言葉に反応を返す事も無いわ。自分の意志があるから、柔軟な答えが返ってくる。人間と同じようにね」

「本当に、不思議なのよ? 知ってる? 科学、技術、色々な進歩があって、人間は地球の寿命から見ればほんの一瞬の、数千年ぐらいで多くの技術を得て進化したのよ? でも、それでも人間は完全には分かり合う事は出来ない。その為にあなた達が作られた、というのもある」

「でも、そうだからこそ、わからないのよ? 人間という生き物について、まだまだ誰も答えを知らない」

「あなたが知らないものを、見つけてもいいんじゃないかな?」

「僕達にそれが許されるでしょうか」

「もちろん。だって、あなた達の人生だもの――――自分の意志で生きていいのも、あると思うわ」






『自分の意志で生きていいのも、あると思うわ』

『人はね、いつか自分の意志で生きなきゃいけない時が来る。君も…自分の意志で決めるべきものはきっとあるよ』

「……」
「どうした、E40? 空なんて見ちゃって」
「C11。僕は疑問に思うよ、僕達という存在にとって、ね」
「どういうことさ?」
「例の管理官のことだよ。僕達はあくまでもシステムの為だけに作られた、生物学上は人間の事実上のシステムの生物デバイスというだけの存在にすぎない。いずれは災害や戦場、色々な用途に駆り出されて好き放題されるかそれともここで実験中に死ぬかという運命が待っている。それなのに例の管理官ときたら僕達に意志があるのなら自分の意志で生きているのもありだなんて言うんだよ?」
「うん、ありえないな」
 C11はE40の問にそう答えた後、更に続ける。
「まったく、君の管理官はどうかしてるよ」
「ああまったくだ。叶わない希望を抱かせるぐらいなら、最初から実験動物扱いされた方がマシなんだけどね…けど」
「けど?」
「僕はどうやらあの人に毒されたらしい。悲しいよ」
「ど、どうしたんだ……」
「僕は、僕の意志を貫きたい…いいや、今決めた。僕がやるべき事を、ね」
「お。おい……」
「手伝え」


 そしてそれは、気付かれないように始まった。
「おい、デュエルディスクの数減ってないか?」
「気のせいだろ? 数えなおしてみたら?」

「最近、バイオロイド共やたらと従順だよなー。手間が減るのはいいけど」
「時々可愛く見えるよな。お菓子あげたくなる」
「重火器保管庫には行くなよー。危険だからなー」

「E40が医務室に入り浸ってる? 体調不良?」
「管理官呼べ。連れだしてからおかしくなってる」
「心理テストは?」
「異常なし。けど、実験に出て来なくなった」
「管理官付きになって増長したのかもしれんぞ」

「だーかーらー! どう考えても足りねぇんだよ!」
「数え間違いだろう! いい加減にしろ!」
「紛失数の三倍ぐらいの予備パーツまで消えてるんだぞ!? どう説明するんだよ!」
「始末書ものだろ。デュエルディスク紛失はマズイぞ」

「おい、経理部! 発電機用の燃料がなんで200リットルも多く注文されてんだ!」
「えぇ!? もしかしたら一桁間違えたかも知れないですねぇ…まぁ、予備用に備蓄しておけばよいでしょう。ここは山奥ですから土砂崩れが起これば下界と断絶されますし」
「既に予備用は二か月前に更新したばっかだ! どーすんだよ、ドラム缶だらけで入り切らないぞ!」
「で、その燃料のドラム缶はどこにあるのです?」
「あれ? 誰かもうしまったのかな?」
「なら問題ないじゃないですか。いちいちそんな事で文句言わないでくださいよ」



「燃料ゲッート」
「デュエルディスク、組み立て終わった」
「とりあえず隠しときゃいいかなー?」
「はー、心理テスト真面目に答えるのだるいわ―。突然はマジ勘弁」
「いつになったらやるのー」

「じゃあ、今夜」
「「「「「え?」」」」」





「……なぁ、牧野梢? ここ数日、施設内に不穏な空気があってな?」
「はい?」
 牧野梢が所長室に呼ばれたのはその日の夜だった。
 とは言っても、所長室に常駐しているのは岡部正広の副所長の方である。
「不穏な空気、とは」
「ああ。モノが過剰に注文されたのにも関わらず、余剰分が消失していたり、デュエルディスクが消えていたり…まぁ、幸いにして重火器保管庫周辺で何か起こった訳ではないが、どう思う?」
「どうって……」
「俺は彼らがやったと疑う」
「………」
 彼の無情な言葉に、牧野梢は黙りこむ。
「そうとしか考えれん。セキリュティレベルは最高クラスのこの施設内では、そんな芸当が出来るのは彼らだけだ」
「でも外部からの侵入も否定できません。この国の最高のセキュリティでも、穴はあります」
「……まぁ、そうなんだがな。だが、警備部の連中が怠けていたとは思えん。現に警報機などは破壊されていたわけだ。道理で気づかない」
「警報機が、破壊されてたなんて…それじゃ」
「ああ。彼らはもしかすると―――――いいや、もう遅いか」
 岡部が呟いた時、やかましい警報が鳴り響いた。

『副所長! 緊急事態です! 奴らが、反乱を!』
「だろうと思った。行くぞ、管理官」
「……はい」
 間違っていたのだろうか、と梢は思う。
 彼らはこうして反逆した。彼らを人間として見るのが、間違っていたのだろうか?
 彼らに自分の意志で生きる事を伝えた彼女は思う。
 彼らは自分の意志で、反逆するのだろうかと。

「で、状況は?」
「紛失していたデュエルディスクはやはり奴らが持っていました。それと…」
「施設ごと吹っ飛ばす気か。やたらガソリン臭い」
「ええ。ガソリンも彼らが要望書を改ざんしていたようです…どこでそんな知恵を」
「彼らもまた生物学上は人間だ。学ぶ機会があれば容易に覚えてしまうものだよ。切っ掛けは与えたつもりはないがな」
 頭を掻いて視線を前へと向ける。
 その先にあるのは――――――――――彼らの家でもあり、反乱の砦。
「さぁて、陥落不能の最悪の要塞を、どうやって攻略する? デス・スターをフォース抜きで破壊しろってもんだぞ」




「これは…」
 見事な野戦築城。
 元々バイオロイド達の宿舎は、意図的に窓を小さく、壁の強度も厚く、更に省スペース化の為に狭い階層を何層も重ねており、背が高い。
 それはあくまでも脱走防止。逃げるには適さないが、守るには最適すぎる環境なのである。

 屋上からガソリンのドラム缶を嫌というほど垂れ流し、その上ではデュエルディスクを構えた彼らがいる。戦闘になろうものなら、上から一方的に攻撃される上に火攻めまで可能。
 例え倒れても、デュエルディスクさえ無事なら数だけなら山ほどある。
 天地人の利とはよく言ったものだ。環境、地形、戦力。
「警備部。……本社並びに、研究部に連絡。それから、市ヶ谷に特殊戦略自衛隊・陸上自衛隊の派遣要請を。群馬県全域に非常事態宣言を出してくれれば尚いいとでも伝えろ。このままタダで終わるはずが無い」
「県全域に非常事態宣言を出せだなんて、無茶です! 内閣府の許可が降りるかどうか…」
「霞が関で大臣共がうだうだしている間にも事態は進行する! 県知事が要請出来るだろう! 群馬県庁に繋げ! 俺が話をつける!」
「りょ、了解しました」
「それと、彼らはなんと言っている?」
「それが…彼らは、牧野梢管理官を交渉人として指名しています」
「え?」
「向こう側の公証人は、E40」

「こんばんは」
 数日ぶりに会うE40は、数日前よりも表情が豊かになっていた。
「こんばんは。どうして、こうなったの?」
「……僕達は、僕達の意志を貫く事にしました」
 その言葉の奥に、E40の決意が込められていた。
 だがそれで何をしたいかまでは見えてこない。自由を求めるのなら逃げればいい。わざわざ、施設内に立てこもる必要は無い。
 だとすると、これは…。
「とにかく、奥で話しましょう」
「……反乱、というのには語弊があるけど、加わった人数は?」
「313体。全部です」
「全部……」
「ある意味で、あなたを裏切るようになってしまった事を、僕は申し訳なく思ってます。…でも、今更やめるつもりはありません。そして――――――」
 そして梢はこの時に気付いた。なぜ彼が奥へと進んでいったのかを。

「ここで、デュエルをしてもらいます―――――僕と。システムを使って」
 それは、暴虐の凶行なのか、未来への英断なのか―――――それは誰にも解らない。
 でもそこにあるのは、彼らの確固たる意志。





「このディスクを」
 梢がデュエルディスクを受け取った時、そのディスクがやや古めの型であること、そしてその重量が重い事に少し驚く。
 どうやらこのデュエルディスクは通常のものではないらしい。
「そのディスクは、かつて牧野嘉宏博士が、システムのプロトタイプとして製作した、システムを組み込んだディスクです。バッテリー可動で一時間しか持ちませんが、それだけあれば十分でしょう。僕らみたいにシステムを人そのものに組み込まなくても使用可能です。…それでも、僕らやシステムそのものにはその性能は大幅におとりますが」
 E40はそう言葉を続けた後、デュエルディスクを起動する。

 ぶるり、と空気が震える。
 そう、それは本来あり得ない筈のもの。システムが起動した事で、物理法則をねじ曲げた事が原因だろうか。
「では、そろそろはじめましょうか。覚悟は、できてますね?」
「……ええ」
 システムを使う。それは、命の奪い合いにも等しい。
 元々システムを組み込まれている彼らならともかく、一般人である梢にとって、一撃も致命傷になる。
 デュエルを行えば無事では済まない。だが、向こうもそれはわかっている。
 それが吉と出るか凶となるかは…。

 神のみぞ知る領域、というところか。

「「デュエル!」」

 牧野梢:LP4000       E40:LP4000

「では、私が先攻で。ドロー」

「手札より、終末の騎士を召喚!」

 終末の騎士 闇属性/☆4/戦士族/攻撃力1400/守備力1200
 このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時、
 自分のデッキから闇属性モンスター1体を選択して墓地に送る事ができる。

 フィールド全体に突風が吹き荒れ、終末を告げる騎士が降り立つ。
 周辺で見守るバイオロイド達はそれが実体化している事は当たり前のようだが、ソリッドビジョンの存在でしか知らない梢にとって、モンスターがその場に立っているのはある意味未知の領域だった。
「終末の騎士は、召喚に成功した時、デッキから闇属性モンスター1体を選択して、墓地に送るコトが出来る。私は、ネクロ・ガードナーを選択!」

 ネクロ・ガードナー 闇属性/☆3/戦士族/攻撃力600/守備力1300
 自分の墓地に存在するこのカードをゲームから除外して発動する。
 相手モンスターの攻撃を1度だけ無効にする。

 終末の騎士の力で、デッキから屍人の守護者が墓地へと送られる。
 墓地でその力を発揮する屍人の守護者。その性質上ダーク・モンスターとの連携で用いられることの多い終末の騎士だが、こちらのように防御に使う事も出来る。
「ターンエンドを、宣言」
「では、僕のターンです。ドロー」
 続いて、E40のターン。
「XX−セイバー エマーズブレイドを召喚!」

 XX−セイバー エマーズブレイド 地属性/☆3/昆虫族/攻撃力1300/守備力800
 このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、
 自分のデッキからレベル4以下の「X−セイバー」と名のついたモンスター1体を特殊召喚する事ができる。

「続けて、魔法カード、おろかな埋葬を発動」

 おろかな埋葬 通常魔法
 自分のデッキからモンスター1体を選択して墓地に送る。

「僕はこの効果で、X−セイバー アナペレラを墓地に送る」

 X−セイバー アナペレラ 地属性/☆4/戦士族/攻撃力1800/守備力100

「エマーズブレイドの攻撃力では、終末の騎士を破れない…カードを一枚セットし、ターンエンド」
 E40のデッキはXセイバー…。だが、まだ攻撃の起点を整えている時、という事か。
「私のターン!」
 ならばこちらは、それなりの準備をする必要がある。
「ダーク・クルセイダーを攻撃表示で召喚!」

 ダーク・クルセイダー 闇属性/☆4/戦士族/攻撃力1600/守備力200
 手札から闇属性モンスター1体を墓地に送る事で、このカードの攻撃力は400ポイントアップする。

 フィールドへ闇の騎士が降り立つ。こちらは、手札の闇属性モンスターを食らう事で攻撃力をアップさせる。
 ソリッドビジョンいえども、その光景はぞっとするものだ。
「ダーク・クルセイダーの効果発動! 手札の闇・道化師のペーテンを墓地に送り、攻撃力400増加させる!」

 闇・道化師のペーテン 闇属性/☆3/魔法使い族/攻撃力500/守備力1200
 このカードが墓地へ送られた時、
 このカードを墓地から除外する事で手札またはデッキから「闇・道化師のペーテン」1体を特殊召喚する。

 ダーク・クルセイダー 攻撃力1600→2000

「そして、ペーテンの効果を使い、墓地のペーテンを除外、デッキに眠る2体目のペーテンを特殊召喚!」
「一気に勝負に出る気ですね…受けて立つ!」

 闇・道化師のペーテン 闇属性/☆3/魔法使い族/攻撃力500/守備力1200
 このカードが墓地へ送られた時、
 このカードを墓地から除外する事で手札またはデッキから「闇・道化師のペーテン」1体を特殊召喚する。

 攻撃力2000のダーク・クルセイダー、終末の騎士、闇・道化師のペーテン。
 例え、こえでミラフォを使われて排除されようと、ネクロ・ガードナーが墓地にあるから攻撃は免れる。
「流石ですね、リバースカード、攻撃の無力化を発動!」

 攻撃の無力化 カウンター罠
 相手モンスターの攻撃を無効化し、バトルフェイズを終了させる。

 三体の一斉攻撃は次元の渦に封じられ、かき消される。
 でも、内心ほっとしている梢がいた。全てが実体化している以上、攻撃が直撃すれば半端ない傷を負うのはわかりきっている。
 自分よりもずっと幼い、E40を出来る限り傷つけないで勝ちたい。
 もしも傷をつけてしまえば、それは……灰燼ピエロのような非道と、かぶってしまうようで。
「ターンエンド」
「………僕のターンです。ドロー」
 E40の目が光る。
 そこにあるのは、攻勢に出るという決意。
「魔法カード、XのLinkerを発動!」

 XのLinker 通常魔法
 自分のデッキから「X−セイバー」と名のつくカードを二枚、墓地へと送る。
 その後、デッキをシャッフルしてカードを二枚ドローする。

「この効果で、僕はX−セイバー ウルズ、X−セイバー エアベルンを墓地に送り、デッキをシャッフルしてカードを二枚ドロー!」

 X−セイバー ウルズ 地属性/☆4/獣戦士族/攻撃力1600/守備力1000
 このカードが相手モンスターを戦闘によって破壊し墓地へ送った時、
このカードをリリースする事で、破壊したカードを持ち主のデッキの一番上に戻す。

 X−セイバー エアベルン 地属性/☆3/戦士族/攻撃力1600/守備力200/チューナー
 このカードが直接攻撃によって相手ライフに戦闘ダメージを与えた時、相手の手札をランダムに1枚捨てる。

 手札を増強した。つまり、手札のモンスターの数が増えれば、その分だけ手数は増える。
 展開力に優れるX−セイバーなら、攻勢に出る事は容易。

「そして、手札からXX−セイバー ボガーナイトを召喚!」

 XX−セイバー ボガーナイト 地属性/☆4/獣戦士族/攻撃力1900/守備力1000
 このカードが召喚に成功した時、
 手札からレベル4以下の「X−セイバー」と名のついたモンスター1体を自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。
 このカードをシンクロ素材とする場合、
 「X−セイバー」と名のついたモンスターのシンクロ召喚にしか使用できない。

「そして、フィールドに二体のX−セイバーが揃った事で、手札に存在する、XX−セイバー フォルトロールを自身の効果で特殊召喚!」

 XX−セイバー フォルトロール 地属性/☆6/戦士族/攻撃力2400/守備力1800
 このカードは通常召喚できない。
 自分フィールド上に「X−セイバー」と名のついたモンスターが表側表示で2体以上存在する場合のみ特殊召喚する事ができる。
 1ターンに1度、自分の墓地に存在するレベル4以下の「X−セイバー」と名のついたモンスター1体を特殊召喚する事ができる。

「続けて、フォルトロールの効果発動! 墓地のX−セイバー アナペレラを特殊召喚!」

 X−セイバー アナペレラ 地属性/☆4/戦士族/攻撃力1800/守備力100

「フィールドには、四体のX−セイバー!」
「E40がガンガン押してやがる…アイツが前線に出たら、こんなにハイスピードなのかよ!」
「信じられない…これがE40の強さ。今までアタシら相手じゃ、本気じゃなかったの?」
 仲間であるバイオロイド達ですら驚愕する、E40の本気の高速展開、そして速攻撃破。
 史上最速。もしも彼が普通のデュエリストなら、時代すら駆けたであろう戦略。

 そう、彼らはここまで辿りつく事ができるのに。
 私たちは、そんな芽すら摘み取ろうとしているのいうのかな。

「ネクロ・ガードナーが攻撃を防げるのは一度だけ。全て灰燼に、帰してやる!」
「――――――――ッ!?」
 彼が何気なく口にしたその言葉。
 だけどそれは、牧野梢の心を刺激するには、十分すぎる程。

 全て焼き尽くす。故に灰燼ピエロ。
 全てを奪いつくし、ただ欲望と暴虐に生きた。
 だから暴虐を以て制するしかなかった。
 何も恐れないわけじゃない。何も怖くないなんてわけない。
 怯えも恐怖も、哀しみも怒りも、数多の感情が一つでも欠けてしまえば不完全。
 例え砂上の楼閣だろうと、ポジティブな感情だけを詰めていればいい。
 だけどそんな生き方はないよ。
 希望を描くのは当たり前、絶望に打ちひしがれるのと同じように。
 だから絶望を絶やそうと希望を描いても。
 どっちもあるからこそ、裏表。それでいて、一つになれる。

 フォルトロール、アナペレラ、エマーズブレイド、ボガーナイト。
 四体の攻撃が、一気に襲う。

「ぐぅっ…!」
 それは凄まじい一撃の嵐。
 フォルトロールが、ダーク・クルセイダーを粉砕したのを皮切りに、ボガーナイトが終末の騎士、アナペレラが闇・道化師のペーテンを粉砕する。

 牧野梢:LP4000→3600→3100→1800

 一撃、ニ撃、三撃。
 そのたった三回の攻撃だけでも、梢の体力と精神を容赦無く削りとる。何故ならそれは実体のある斬撃そのものなのだから。

「ぐ…あ……ぼ、墓地の…墓地の、ネクロ・ガードナーを除外して…効果発動」
「最後のエマーズブレイドの攻撃だけは防ぎましたか…」

 ネクロ・ガードナー 闇属性/☆3/戦士族/攻撃力600/守備力1300
 自分の墓地に存在するこのカードをゲームから除外して発動する。
 相手モンスターの攻撃を1度だけ無効にする。

「…不思議なものですね。僕は、あなたに負けて欲しくない。でも…このデュエルで手を抜く訳にはいかない」
「それは…どういう意味……」
「大丈夫ですか? 凄く辛そうですけど」
「そりゃね…あなた達は、こんな痛みに耐えて生きているのね」
 それは想像を絶する痛みだった。
 元々ある筈の無い攻撃なのに、それでもその痛みは想像を超える。
 ある筈の無い攻撃が、あり得ない筈の斬撃が来る。ソレがどれほどの痛みなのか、今まで誰も想像していない。
 受けているのは、自分たちじゃないから、想像しようがない。
 でも今なら初めて解る。
「……この痛みを、他の人達は、誰も知らない」
「ええ。僕達しか知らなかったこの痛みを感じて…あなたはどう思いますか?」
「痛い。苦痛でしか無い。痛い、痛み」
 激しい痛み。
 そう、痛みだ。
「そうです。だから…」

「……そう。あなたたちがこの反乱を起こした意味が、ようやく分かった…」

「デュエルを、続けて」
「ええ。ターンエンドです」
「私のターンね…」

 赤い雫が落ちる。
 床へと堕ちた血が、床を赤く染める。血と痛み。
 誰かはそれを生きている証と言った。痛みを感じる事が、血を流す事が、生きている証だと。
 人は生きている上で、進化してきた過程が、血染めの歴史と言っても過言ではない。
 そうだからこそこの痛みを知っている筈なのに。
 人は進化し、知恵を手にする度に、自ら痛みを伴う事を知らなくなった。
 痛みは、嫌なもの。
 それが、人を、否、何かを傷つける痛みを、忘れさせてしまった。

 そしてそれは、人が自らつくり出した人によって思い出させるなんて。

「……忌まれし天魔の右手を発動!」

 忌まれし天魔の右手 通常魔法
 ライフを800ポイント支払う。
 デッキからカードを三枚ドローし、その後手札から闇属性モンスター1体を墓地に送る。
 手札に闇属性モンスターが存在しない時、手札を全て墓地に送る。

 牧野梢:LP1800→1000

 フィールドに、禍々しさを感じる右手が現れ、梢のライフを奪い取る。
 直後、傷口から再び出血が溢れ出る。だが、彼女はまだ立っていた。
「この効果で、カードを三枚ドロー…そして、手札の闇属性モンスター1体を墓地に送る…この効果で、私はグレイブ・スクワーマーを墓地へ」

 グレイブ・スクワーマー 闇属性/☆1/悪魔族/攻撃力0/守備力0
 このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、
 フィールド上に存在するカード1枚を選択して破壊する。

 そしてこの瞬間、牧野梢の墓地に五体の闇属性モンスターが溜まった。
「ねぇ、E40。あなたは本当に、人間の心を手に入れた。だから、自分の意志を貫く事にしたのね」
「はい」
「だからこそ、あなたは人の醜さも知っている。いいや、人の醜さばかりを見てきた。……だからあなたは知っている筈。私とて、聖人君子じゃない」
「はい」
「私の…闇を…知れ…フィールド魔法、Dark Under Worldを発動!」

 Dark Under World フィールド魔法
 このカードは自分の墓地に5体以上の闇属性モンスターがいる時に発動可能。
 このカードは魔法・罠・効果モンスターの効果によるカードを破壊する効果の対象にならない。
 自分フィールド上に存在する「堕天種:」と名のつく全てのモンスターはバトルフェイズ中、一度だけ攻撃を受けても破壊されない。
 このカードが発動している限り、フィールド上に存在する「堕天種:」と名のつく全てのモンスターは魔法・罠・効果モンスターの効果によるカードを破壊する効果の対象にならない。
 このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、お互いに墓地からカードを特殊召喚することが出来ない。


 そこは闇に支配された地底世界。
 魔物がうごめく、万魔殿。悪意と憎悪が蠢く終焉の地。
「……はじまりは、本当のお父さんとお母さんとお姉さん。次に父親に裏切られた。何故なら、私はね…いいや、私の全てを話してあげるE40。見て…」
「…!」
 E40が何かを答える前に、牧野梢はデュエルディスクを投げ捨てた。
 だけど、そこにあるモンスターも、フィールドも消えない。無い筈なのに、ある。
「私は、あなたたちと同じ系譜…いいや、あなたたちのプロトタイプは、私自身なの」
「え…それは、あなたが牧野博士の娘だからですか?」
「ええ。父親はね、私を…引き取った時から既に決めていた」
 それはある意味で、狂気だった。
 自ら開発していたシステムを、自分自身でその権益全てを独占するために。あまたの組織に狙われようとそれすら手玉に取り、デュエルディスクに搭載出来るプロトタイプと同時に、人間の脳を使うプロトタイプを平行して開発していた。
 何故なら牧野嘉宏博士は元来生物学者。できないはずが無いのだ。
 そして、牧野梢自身に、それは付けられた。

 そして最終的に用済みになったそれを、捨てた。

 その裏切りは、彼女を絶望に叩き落すに十分だった。
 だけど、寸前で救われた。たった一人の、英雄がいた。かっこ悪くて、間抜けで、だけどよく笑う憎めない。そして何よりも折れないハートの持ち主が。
「だから、この道に入ると決めた。私みたいに…翻弄されないで、あなた達に自分の意志で生きて欲しいと思ったのよ」
「…………」
「その結果がこれ。というのも皮肉だけどね」
 力なく笑う。
 でも笑顔の裏にナミダがあるのは、そこにいる誰もが知っていた。
「堕天種達がフィールドへ降臨する為には、生贄が必要……魔法カード、デビルズ・サンクチュアリを発動」

 デビルズ・サンクチュアリ 通常魔法
 「メタルデビル・トークン」(悪魔族・闇・星1・攻/守0)を自分のフィールド上に1体特殊召喚する。
 このトークンは攻撃をする事ができない。
 「メタルデビル・トークン」の戦闘によるコントローラーへの超過ダメージは、かわりに相手プレイヤーが受ける。
 自分のスタンバイフェイズ毎に1000ライフポイントを払う。  払わなければ、「メタルデビル・トークン」を破壊する。

「続けて速攻魔法、トライデントストライカーを発動!」

 トライデントストライカー 速攻魔法
 自分フィールド上にレベル1のモンスターの召喚に成功した時に発動可能。
 召喚に成功したモンスターと同じ属性・レベル・種族・攻守のモンスタートークンを二体、特殊召喚する。
 このモンスタートークンは召喚したターンに攻撃できない。

 メタルデビルを三体に増やす事で生贄を確保、そして―――――堕天種の真骨頂へと、つなげる。
「三体のメタルデビルを生贄に捧げ…堕天種:ダークネス・ネオスフィアを召喚!」

 堕天種:ダークネス・ネオスフィア 闇属性/☆10/悪魔族/攻撃力4000/守備力4000
 このカードを通常召喚する際、三体の生贄を捧げなければならない。
 このカードはフィールド上に「Dark Under World」が発動していなければ召喚する事ができない。
 フィールド上に「Dark Under World」が存在しなければ、このカードを破壊する。
 1ターンに一度、以下の効果を選択して発動する事が出来る。
 ・墓地に存在する闇属性モンスター1体を特殊召喚する。
 ・自分フィールド上に表側表示で存在する罠カードを全て手札に戻すことができる。

 フィールドに、闇から現れた最強の悪魔が、降臨する。
 たったそれだけでも恐ろしいのに、E40はもう一つ、牧野梢のフィールドに影が残っている事に気付いた。
 あれはなんだ。
「…気になるよね……見せてあげる。……これが、悪魔の調…awaked , i do know…coming true……」

 coming true 永続魔法
 このカードの発動及びこのカードの効果は如何なる魔法・罠・効果モンスターの効果によって無効化されない。
 下記の効果を、自分・相手ターンを問わず1ターンに一度、自分の好きなタイミングに発動する事が出来る。
 ●デッキからモンスター1体を選択し、全ての召喚条件を無視して攻撃表示で特殊召喚できる。
  このターンのエンドフェイズ時、特殊召喚したモンスターをデッキに戻してシャッフルする。
 ●デッキからカードを2枚ドローし、墓地からカードを1枚選択して手札に加える。
 このカードがフィールド上に存在する限り、相手スタンバイフェイズ毎に3000ライフポイントを支払う。
 支払わなければこのカードを破壊し、手札を全て墓地に送る。

 来たれし真実。
 牧野嘉宏博士の遺産にして、凶悪にして強烈。真実を手にする事を目指したカード。
「coming trueの欠点は莫大な維持コスト…でも、その欠点は、1ターンで決めてしまえば、克服される!」

「覗いてみて、闇の世界を! coming trueの第一の効果により、堕天種:神獣王バルバロスを召喚条件を無視して特殊召喚する!」

 堕天種:神獣王バルバロス 闇属性/☆8/獣戦士族/攻撃力3000/守備力1200
 このカードを通常召喚する際、三体の生贄を捧げなければならない。
 このカードはフィールド上に「Dark Under World」が発動していなければ召喚する事ができない。
 フィールド上に「Dark Under World」が存在しなければ、このカードを破壊する。
 このカードの召喚に成功した時、相手フィールド上のモンスターを全て破壊し、
 破壊したカードの枚数×400ポイントのダメージを相手に与える。

 元来、堕天種は特殊召喚がし辛いカテゴリといえる。
 Dark Under Worldは黄泉から戻るモンスター達を封じてしまい、堕天種自体が生贄が重いせいで、召喚がし辛いモンスターなのである。
 だが、coming trueやLimitless Possibillityといったカードは、それらの制約を無視する事が出来る。
 故に強力なのだ。

「ギ…」
 僅か1ターンで全てひっくり返される恐怖。
 それはとても悲しくもなり、あっけなくもある。だがそれが事実なのだ。そしてE40はその真実を、受け入れるしかない。
「四体のX−セイバーが!」

 フォルトロール、アナペレラ、エマーズブレイド、ボガーナイト。
 以下に強力なX−セイバー達でも、バルバロスの強烈な一撃の前に敵う筈は無かった。

 その攻撃は苦痛となって襲いかかり、E40の体力を容赦無く奪った。

 E40:LP4000→2400

「ああ…」
「……プレイヤーに、ダイレクトアタック」

 そして、バルバロスとダークネス・ネオスフィアの追撃が襲う。
 7000を超えるダメージは、E40の小さな体を文字通り遠くまでふっ飛ばすのには、十分すぎる程だった。

 壁や床に叩きつけられ、あちこちに赤い線をまき散らしながら跳ねまわり、そして最終的に、床へとぶつかってようやく停まった。
「がっ…はぁっ……ぁぁ……」
「………」
 その結末は、彼が望んだこととはいえ、見ていて、あまり気持ちの良いものではない。
「…立てる?」
「……だいじょうぶ…です…手を…貸さなくても……」
 梢の言葉に、E40はゆっくりと立ち上がり、ふらり、ふらりと奥へと進んでいく。
 そこには、同じ境遇の仲間達がいる。
 E40が貫こうとしている最後の意志。敗北した事により、達成できるそれを、果たす為に。

「……梢さん」

「あなたのお陰ですよ。僕達がこの答えを出したのは」

「悲劇に見えるかも知れないし、悲劇かも知れないけど」

「僕達にとっては―――――いいや、僕達自身が選んだ道は、これでしかない」

「その選択が、ベストじゃなくても…ベターだって、信じてる」

            さ          よ    な                  ら



 最初からその為だけに撒かれていたのだろう、十分すぎる程撒き散らされたガソリンは、彼ら全員と彼ら全員のデータ、並びに生産施設を焼き尽くすには十分すぎる程だった。
 そう、彼らが選んだ選択は―――――――――自分たちという存在をこの世界から消す事。
 人間と同じ意志を持った彼らだからこそ、同じ人間を傷つけないために、その選択を選んだ。
 自分たち自身だけでなく、データそのものも破壊してしまえば、再生産する事も困難になる。

 牧野嘉宏博士が始めた忌まわしいシステムは、ここで焔に包まれ、灰燼に帰す。
 ここで消えてしまえば、もう全てが終わるだろう。
 人類の夢と狂喜――――――相反するようで重なりあう裏表の2つを載せたシステムは、消え果てる。

「……自分たちが、傷つけあう道具になる事を望まなかった…それが彼らの選択」

 私はその答えで良かったのだろうか?

 牧野梢がそう考えた時、後ろで足音がした。
「まさか…あんなこたぁするとはな。お前さんもずいぶんと大それた事を煽ったもんだ」
「副所長……」
 現場責任者でもある岡部正広副所長は頭をポリポリ掻きつつ、大きな火柱を上げて燃えつつある施設を見上げる。
「こんだけでかい火柱が上がれば、麓の連中も気づかないはずが無い。機密にはならないさ」
「…でしょうね」
「こんな研究が明るみに出れば、またしてもAMA本社は猛パッシングを食らうな。でかい存在ってのは叩かれる運命かねぇ」
「まぁ、その程度で傾くような存在でもないでしょう」
「まぁな。腐っても日本一の大企業だ」
 肩を竦め、視線を投げ捨てられたデュエルディスクへと向ける。
「……初めて聞いたぜ。あんたがプロトタイプだったなんてね。あいつらのお姉さんみたいなものか」
「…私からまた作る気ですか?」
「しないさ」
 彼は首を振る。
「………お前さんは、アイツらに、自分の意志で歩き出す事を伝えたかったんだろ? でも、彼らは自分の足で歩く事を、許されてないと思ってたみたいじゃないか? 自分達が、存在してはいけないものだと決めた。だから、焔で全てを焼き尽くす事にした」
 燃え上がる焔。
「ある意味、これでよかったのかもな。彼ら自身が、自分たちは神の領域に踏み込みすぎた存在なのだという、メッセージなのかも知れない」
「………そうかも、知れませんね」
 救う事はできなかったのだろうか。選択肢そのものは、いくらでもあった筈。
 それとも、これが彼らの選んだ道として考えるべきなのだろうか。
「悩んでるみたいだな。……そうだな、この事は忘れちゃダメだ。お前の心に、記憶に、留めなくちゃいけないだろうな。だが、それでも…これを苦にするな。これを機に考えてみろよ、お前の道を」

「間違ってもいい。次に活かせるなら、それでいいんだ。生きているうちなら、な」



『西暦2021年12月22日に壊滅的打撃を受けた岡部機関についての報告。
 壊滅の直接要因:研究素体の313体の暴走
 (素体数は残存数。開始当初の500体から187体が実験中の死亡によって処分された為)
 研究素体達が結託し、デュエルディスク5セット、デュエルディスクのパーツ16セットを強奪し、反乱。
 発電機用の燃料を放流した事で容易に近づけないまま、午後11時過ぎに火を放ち自爆。
 人的被害は皆無。施設は全焼したものの、夜明けまでには鎮火した為、民間人への被害も皆無。

 ただの山火事ではないと各種報道機関が嗅ぎ付けた為、情報隠蔽は困難。
 またデータの一部が何者かの手により、ネット流出。パッシングは避けられない模様。
 責任者である副所長・岡部正広三等特佐を責任を取った形として辞任及び三階級降格。内密処分も視野に入れて処罰の検討を要請。
 非常事態宣言の要請を出した群馬県知事には県予算横領疑惑アリの形で処分を要請。
 彼らがこの事件を大きくした経緯があるので、冷静な判断を検討して欲しい。

 研究素体に関するデータ・施設が全て喪失した為、これ以上の研究継続は困難であると考えられる。
 システム開発者である牧野嘉宏博士はとうに世を去っており、牧野博士による開発時のデータが全て破棄されている以上、再生までは数十年単位での時間がかかると考えられる。
 システム復活が不可能である以上、研究は不可能。当プロジェクトは無期限凍結すべきである。

 元来、もとよりそこに無いものを実体化する牧野博士のシステムは画期的且つ人類の夢を実現するにふさわしいプロジェクトであった。
 しかし彼自身の暴走・彼自身が利益の独占に走った時点で既にこのシステムに見切りをつけるべきだったのかも知れない。
 彼が狂気に触れたのは神の領域に踏み込み過ぎたからか、素体ではなく、自身の娘ですら実験体として使用し、プロトタイプを創り上げた事からか。
 そしてそのプロトタイプである牧野梢(岡部機関上級管理官・二等特曹)の消息も不明である以上、その真実を確かめる術はどこにもないのである。

 アームド・ヘブン・アライアンス社研究部第七課 第二実験センター(通称「岡部機関」)事件に関するレポート(一部抜粋)』



 この事件後、アームド・ヘブン・アライアンス社研究部第七課第二実験センター(通称「岡部機関」)は閉鎖された。
 マスコミの追及を免れた本社は以後、生命そのものを実験体とする研究の大半を凍結したという。
 それは人間が産み出した狂気である。
 だが、そこから何かを見出す時、新たな道がひらけるのかも知れない。

 だが、それとて結末は不明。神のみぞ知る。


「千夜一夜幻想」

軋む世界 廻る世界
誰か一人がいなくても世界は変わらず
誰か百人いなければ世界はおかしく
そして宇宙は今日もイカレテル

千の夜を越えて愛を育み
たった一夜で悪夢が訪れる
醒めぬ悪夢の先には絶望しか待っていない

もしも千夜の方がただの悪夢で
一夜限りの幻想が真実ならばよかったのに
実際は逆 まるで逆

宇宙は今日もイカレテル
千夜一夜の幻想と狂気を乗せて

軋む世界 廻る世界
全ては逆になったよ世界!

write:スカルRyder





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