金のために決闘〜〜ダークデスティニー〜〜

製作者:黒崎さん






 第一章 朝倉VS城之内

  「あーすっかり遅くなっちまったぜ、まったく」

 薄暗い闇夜のドミノ町の外路地を、一人の青年が駆けていく。

 ――ツノのように前髪が尖がった金髪の青年――城之内克也(じょうのうち かつや)だった。

 ――海馬コーポレーションの主催で、アメリカで行われたデュエルモンスターズの大会――KCグランプリでの激闘を終えて帰国した翌日にもかかわらず、彼は今朝から親友である武藤遊戯(むとう ゆうぎ)の家で、時間も忘れて二人で決闘談議を繰り広げていたのだった。


 ドーマとの戦いを終え、奪われていた三枚の神のカードは取り戻した。

 それによって、遊戯の中のもう一つの人格。――千年パズルに封印された王――もう一人の遊戯は、失われた記憶を取り戻し、もしかしたら自分たちの前から姿を消してしまうかもしれない。

 そう思うと決闘者として、少しでも多く彼から何かを学びたいと思った。

 そして友として、少しでも彼と共に時を過ごしたいと思った。

(だがたとえこの先どんな運命が待っていたとしても、俺は……俺たちは精一杯、ありのままの時間を過ごせばいい。 だよな……遊戯)  

 そう思いながらも、城之内はやはりどうしようもない寂しさを感じずにはいられなかった。 そう簡単に割り切れるほど、彼らが共に過ごした時間は軽いものではなかった。

 だが、なるべく考えないようにしていた。これまでの、もう一人の遊戯との楽しい思い出を思い出そう。そして残された少しの時間でも、新しい思い出を作ろう。そう思っていた。

 
 しばらくして戻ってきた、町外れにポツンと存在する自宅のボロアパートの階段の前で、城之内は一人の人物の姿を確認した。

(ん……? 誰かいる……誰だ?)

 暗くてよく見えないなと思いながら視線を向けると、その人物は城之内の方に近づいてきた。

 紺色のパーカーにジーンズという格好をした、背の高い、ボサボサ頭の黒髪の青年だった。その手に大きなバッグを持っている。年の頃は自分と同じくらいだろうか。

「城之内克也、だな?」

「あ、ああ……誰だよお前? 俺に何か用か?」

 ただ名前を呼ばれただけなのだが、その声に、何か言葉では言い表せない重さを感じ、城之内は無意識のうちに一方後ろに下がってしまった。

「俺は朝倉光樹(あさくら みつき)。 城之内克也。今から俺と決闘してもらう」

 朝倉は手にしたバッグを足元に置き、そこから決闘盤(デュエルディスク)を取り出し、慣れた手付きで左腕に装着した。

「なんだよお前、強引なヤツだな。 あ……朝倉?」

 どこかで聞いた名前だなと思い、城之内は「んー……」と唸りながら眉を顰めた。

「あっ―――!」

 遊戯の口からそんな決闘者の名前を聞いた事がある。城之内はそのことを思い出した。

「ただ、俺と戦うのが怖いなら拒否してもいい。そんな臆病な決闘者に用はない。 そうでないならさっさと構えろ」

 朝倉は城之内から離れ、決闘盤での決闘に必要な距離を取った。

 言葉の内容自体は強かったが、その口調は城之内を挑発するでもなく、見下すでもなく、まるで与えられたセリフをただ棒読みしているようだった。

 まるで、感情というものを失ってしまっているかのように。

「へっ……男城之内克也! 挑まれた決闘から逃げはしねぇ。受けてやるよ!」

 あらかじめ装着されていた決闘盤を構え、叫びつつも、城之内は今ひとつ上がりきらない自分のテンションを感じていた。 

 海馬のように挑発してくれれば、それに対して怒りをぶつけてテンションを上げることもできる。
 
 だが今の朝倉のように坦々とした様子で言われても、対抗意識が沸いてこないのだ。

 城之内は本能的に、何か妙だと感じていた。 だが彼もまた決闘者であり、どんな状況でも挑まれた決闘を受けずにはいられなかったのだ。


 両者は互いに距離を取り、決闘盤を構える。ライフカウンターは4000にセットされた。

 決闘を始めようとするまさにその瞬間、城之内はにこっと笑い、朝倉の顔を見た。

「朝倉光樹、遊戯に聞いたぜ。 お前、孤児院を守るためにあちこちの大会で決闘しまくってるんだってな」

 遊戯の口から朝倉という決闘者の話を聞いたとき、城之内は、もの凄い嬉しさを感じた。

 自分自身が、決闘王国で妹の静香(しずか)の目の手術代ために賞金を求めて戦った経験があるだけに、他人のようには思えず、いつか会ってみたい。決闘してみたいと思っていたのだ。

 朝倉の決闘開始前の妙な態度は気になったが、それは別としても、城之内は彼と決闘できることを喜んでいた。

 だがそれに対する朝倉の返答は、城之内の望んだものではなかった。

「そんなことお前には関係ない。無駄話をする暇があったらさっさと決闘を始めるぞ」

 坦々とした口調で答え、朝倉はデッキから五枚のカードをドローした。

 それを見て、城之内もとりあえず同じようにカードをドローする。

「無駄じゃねぇだろ。 ただ決闘するだけじゃなくて、決闘者同士がお互いのことを知って仲良くなれたら、それは凄ぇいいことだろ」

 自分自身がそうだった。多くの決闘者と戦い、その上で絆を深め、仲間になれた者もいた。

「関係ない。そろそろいいだろ。俺はただこの決闘でお前を倒したいだけだ」

「……」

 やっぱりおかしい。城之内は思った。

 朝倉という決闘者は大切なものを守るという信念を持って、ときには熱く、ときには笑顔で戦う、どちらかというと城之内自身に似た感じの決闘者だと遊戯から聞いていた。

 だからいつか会ってみたい。決闘してみたい。そう思っていたのだが、今自分の目の前にいる朝倉は明らかに遊戯の言っていた朝倉の人物像とは違っていた。

 表情に変化はなく、感情もなく、この決闘に対する信念も感じられない。まるで"人形"のようだった。

 だがいくら疑問があろうとも、決闘者として挑まれた決闘を避けることはできず、これ以上引き伸ばすこともできなかった。

「「決闘――!」」

「俺の先攻。ドロー」
 
 まずは朝倉がデッキからカードをドローし、そして特に考える様子もなく一枚のカードを決闘盤に置いた。

「『キラー・トマト』召喚。守備表示」

 すると朝倉のフィールド上に、――ハロウィンのカボチャに彫られるような目と口のついた、巨大なトマト――キラー・トマトの立体映像(ソリットビジョン)が出現した。


 キラー・トマト (闇)

 ☆☆☆☆ (植物族)

 このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、自分のデッキから攻撃力1500以下の闇属性モンスター一体を自分フィールド上に表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。
  
 攻1400 守1100

 
「ターンエンド」

「俺のターン、ドロー!」

 城之内は勢いよくカードをドローし、手札に加えた。

 そして六枚となった手札の中から一枚のカードを選び、決闘盤に置いた。

「――『鉄の騎士ギア・フリード』召喚! 攻撃表示だ!」

 フィールド上に――黒々と輝く鋼の肉体、鉄の塊とも呼べる戦士――城之内のデッキの主力モンスター、ギア・フリードが召喚された。

 
 鉄の騎士ギア・フリード (地)

 ☆☆☆☆ (戦士族)

 このカードに装備カードが装備された時、その装備カードを破壊する。

 攻1800 守1600

 
「いくぜ! ギア・フリードでキラートマトを攻撃だ!」

 ギア・フリードは鋼の肉体に似合わぬ俊敏な動きでキラー・トマトに迫り、剣状になっている鋼鉄の腕を振り上げた。

「くらえっ! 鋼鉄の手刀――!」

 放たれた手刀はキラートマトを一刀両断にした。真っ二つとなった巨大なトマトは、トマトソースのような鮮血を噴出しながら消滅した。

「へへっ、どーだ!」

 得意気な城之内だったが、朝倉は構うことなくキラートマトの効果の処理を実行する。

「キラートマトが破壊されたことで、その効果を発動。俺は、デッキから攻撃力1500以下の闇属性モンスターを自分のフィールド上に特殊召喚する」

 決闘盤からデッキを外し、その中からカードを選ぶ。

 その様子を見ながら、城之内はばつが悪そうな表情をした。

(しまった……キラー・トマトとか『巨大ネズミ』の能力は厄介だから、『ならず者傭兵部隊』とかの効果で墓地に送ったほうがいいって遊戯に教えてもらったばっかなのに……俺ってヤツは……)

 実際にキラートマトを破壊する効果を持ったカードが手札にあるかないかは別として、遊戯の教えを思い出さず、簡単にキラー・トマトを攻撃してしまったことを悔やみながらも、城之内はその効果でどんなモンスターが召喚されるのかと警戒した。

 そうこうしているうちに、朝倉は選んだカードを決闘盤に置き、そしてデッキを決闘盤にセットし直した。

「『漆黒の闘龍(しっこくのドラゴン)』を召喚」

 フィールド上に、――その名の通りに漆黒の、巨大なドラゴン――漆黒の闘龍が召喚された。


 漆黒の闘龍 (闇)

 ☆☆☆ (ドラゴン族)

 【ユニオン】一ターンに一度だけメインフェイズに装備カード扱いとして、自分の「闇魔界の戦士 ダークソード」に装備、または装備を解除して表側攻撃表示で元に戻す事が可能。

 この効果で装備カードになっている時のみ、装備モンスターの攻撃力・守備力は400ポイントアップする。

 守備表示モンスターを攻撃した時にその守備力を越えていれば、その数値だけ相手に戦闘ダメージを与える。(一体のモンスターが装備できるユニオンは一枚まで。装備モンスターが戦闘によって破壊される場合は、代わりにこのカードを破壊する)
 
 攻900 守600


(なんだよ、攻撃力900か……たいしたカードじゃなくてよかったぜ)

 どんな厄介なカードを召喚されるかと思っていただけに、城之内は内心ほっとしていた。

「ターン終了だ!」

 
 朝倉のLP4000 

 手札五枚

 場 漆黒のドラゴン


 城之内のLP4000

 手札五枚

 場 鉄の騎士 ギア・フリード


「俺のターンドロー。『闇魔界の戦士 ダークソード』を攻撃表示で召喚」

 坦々と静かな口調で、朝倉は決闘盤にカードを置いた。

 朝倉のフィールド上に、――漆黒の鎧とマントに身を包み、二本の剣を手にした戦士――闇魔界の戦士 ダークソードが出現した。 


 闇魔界の戦士 ダークソード (闇)

 ☆☆☆☆ (戦士族)

 攻1800 守1500 


(ちっ、ギア・フリードと同じ攻撃力1800か。相打ちでも仕方ねぇな……)

 ダークソードがギア・フリードと相打ち。そしてフィールド上ががら空きとなったところで、漆黒のドラゴンの直接攻撃(ダイレクトアタック)で900ダメージは受けてしまうが、仕方ない。城之内はそう計算した。

 彼は気付いていなかった。朝倉のフィールド上の二体のモンスターに秘められたその特殊能力に。

「そして漆黒のドラゴンの特殊能力を発動する」

「特殊能力……?」

「能力名は"ユニオン"。漆黒のドラゴンは装備カードを扱いとして、闇魔界の戦士 ダークソードとユニオン合体することができる」

 朝倉の静かな言葉を合図に、フィールド上の闇魔界の戦士 ダークソードは高く跳躍し、漆黒のドラゴンの背中に跨った。

 その背にダークソードを乗せた漆黒のドラゴンは、高らかと唸り声を上げた。


 闇魔界の戦士 ダークソード 攻撃力1800→2200 (漆黒のドラゴンを装備)


「攻撃力2200だと……!」

「闇魔界の戦士 ダークソードで、ギア・フリードを攻撃」

 攻撃宣言とは思えない朝倉の坦々とした攻撃命令を受け、漆黒のドラゴンは空中から、地上のギア・フリードに向かって急降下する。

「疾空連殺剣(しっくうれんさつけん)――」

 ドラゴンの背に乗った闇魔界の戦士は、急降下の勢いに乗せて二本の剣から斬撃を繰り出し、ギア・フリードの鋼鉄の肉体を斬り砕いた。

 バトルを終えた漆黒のドラゴンは城之内の眼前でUターンし、朝倉のフィールド上空へと戻った。 


 城之内のLP4000→3600


(ユニオン合体か……まさかそんな方法で攻撃力をアップするなんて、思いもしなかったぜ)

 闇魔界の戦士 ダークソードと漆黒のドラゴンの組み合わせはそれほどマイナーというわけではなく、むしろこの二体が場に揃った時点でユニオン効果に気付いてもおかしくはないのだが、そこに気付けなかったのは、遊戯たちと比べて城之内はやや少し詰めが甘いというところだろうか。

「ターンエンド」


 朝倉のLP4000 

 手札五枚

 場 闇魔界の戦士 ダークソード(漆黒のドラゴンを装備)


 城之内のLP3600

 手札五枚

 場 なし


「キラートマトの効果を利用したユニオン合体とは、中々やるじゃねぇか朝倉」

 へへっと笑いながら城之内は声をかけたが、朝倉はまるで聞こえていないかのように何も反応しなかった。

 普通これだけ無視されると、気まずくなってこれ以上話しかけないようにしようと思ってしまいそうなものだが、城之内は臆せずさらに言葉を続けた。

「だが勝負はまだまだこれからだ! バトルシティトーナメント四位の俺の実力、見せてやるぜ」




 第二章 勇者VS黒竜

「俺のターン! ドロー!」

 城之内はドローカードを加えた手札をじっと見た。

(俺の手札に攻撃力2200以上のカードは無い。 なら、ここは……)

 少し考えてから、この局面を打破すべく二枚のカードを選んだ。

「俺はリバースカードを一枚セット。さらに、『漆黒の豹戦士パンサーウォリアー』を攻撃表示で召喚!」

 城之内が決闘盤にカードを置くと、――金色の鎧と緑のマントを纏い、その手にサーベルを持った二足歩行の豹戦士――パンサーウォリアーがフィールド上に召喚された。


 漆黒の豹戦士パンサーウォリアー (地)

 ☆☆☆☆ (獣戦士族)

このカードは、自分フィールド上に存在するモンスター一体を生贄にしなければ攻撃宣言する事ができない。

 攻2000 守1600


「ターン終了だ!」


 朝倉のLP4000

 手札五枚

 場 闇魔界の戦士 ダークソード(漆黒のドラゴンを装備)


 城之内のLP3600

 手札四枚

 場 漆黒の豹戦士パンサーウォリアー 伏せカード一枚


「俺のターン、ドロー」

 デッキからカードをドローすると、朝倉は城之内のフィールド上をじっと見つめた。

(パンサーウォリアーの攻撃力は2000。俺の場のダークソード(漆黒のドラゴンを装備)には及ばない。にもかかわらず攻撃表示で召喚し、伏せカード。 ……罠か……) 

 あからさまに罠とわかる状況を前に、朝倉は手を止めた。 踏み込むべきか、待つべきかと。

 そして決断した。

「ダークソードで、パンサーウォリアーを攻撃」

 一ターン待っても伏せカードが消えるわけではない。そしてまだ序盤。仮に罠にかかってもリスクは低い。だから攻撃だと。 

 攻撃命令を受けると、漆黒のドラゴンが翼を羽ばたかせ、パンサーウォリアー目掛けて急降下した。ドラゴンに跨るダークソードは二本の剣を構える。

 城之内はニヤリと笑い、ピンと人差し指を立てた。

「罠カード発動だ!」

 城之内のフィールド上の伏せカードが表になる。そこには巨大なサイコロを抱えた、アニメ調の可愛らしい小悪魔が描かれていた。

「いくぜ! ――『悪魔のサイコロ』!」

 
 悪魔のサイコロ (罠カード)

 相手モンスターが攻撃を宣言した時、サイコロをふり、出た目をXとする。相手モンスターの攻撃力は1/Xとなる

 
「悪魔のサイコロ……」

「その効果は、サイコロの出た目によって相手モンスターの攻撃力をダウンさせる!」

 カードの表面から悪魔が出現し、ケケケッと笑いながら、両手で抱えている巨大なサイコロを高々と放り投げた。

 サイコロは地面に落下し、二度三度跳ねて転がり、ある面を示してピタリと止まった。

 出た目は――「2」だった。

「ちぇっ、ちょっと物足りねぇ数字だが、まあいいか。 悪魔のサイコロの効果により、ダークソードの攻撃力は二分の一にダウンするぜ!」


 闇魔界の戦士 ダークソード(漆黒のドラゴンを装備) 攻撃力2200→1100


 攻撃力がダウンした影響で、ダークソードから放たれる斬撃の勢いは低下し、パンサーウォリアーはそれを軽々とかわした。

 そして手にしたサーベルで迎撃し、その背に闇魔界の戦士を乗せた漆黒のドラゴンを切り裂いた。

「よっしゃあ! 闇魔界の戦士 ダークソード撃破ぁ!」


 朝倉のLP4000→3100


 その身に斬撃を浴びて漆黒のドラゴンは消滅したが、その背に乗っていた闇魔界の戦士 ダークソードは空高く跳躍し、地面に着地した。

「あ、あれ? 何でドラゴンだけが消滅したんだ? 漆黒のドラゴンを装備したダークソードを倒したはずなのに」

「ユニオン合体の特殊能力。装備モンスターが戦闘によって破壊される場合は、代わりに装備カード扱いとなったカードのみが破壊される」

 城之内の無知ぶりにあきれる様子もなく、朝倉は決闘マニュアルを読むようにユニオンの効果を説明した。 

「へーよくわかんねぇけど、便利なんだなユニオン合体って。俺も使ってみるかなぁ。 な、いいよな?」

「ターンエンドだ」

「ちぇっ、愛想ねぇのな。もうちょっと楽しみながら決闘しようぜ」

 城之内は唇を尖らせるが、朝倉は何も答えず、目を合わせようともしなかった。

 やっぱり絶対に何かおかしい。城之内は改めてそう思った。

 初めて遊戯の前に現れたときの朝倉は、「自分は金のためだけに決闘する。だから楽しむ必要なんてない」と言い張っていた。

 だが遊戯との決闘を通じて、孤児院の子供たちの笑顔のために戦う自分は笑顔で、決闘を楽しまなければならない。彼はそう気付けた。遊戯はそう言っていた。

 だが今の朝倉に笑顔はまるで見られず、決闘を楽しんでいる様子もまるきりなかった。

「なあ朝倉、どうしたんだよ。何でそこまでだんまり決め込む必要があるんだよ? ……何か理由があるのか?」

 朝倉はまた何も答えず、ふっと顔を逸らした。それを見た城之内は確信した。

「何かあるんだな、やっぱり。自分を殺してでも俺と決闘しなきゃならねぇ何かが」

「……早く決闘を続けろ。お前のターンだ、城之内克也」

「話したくねぇなら今はいい。でもこの決闘で俺がお前に勝ったら、そんときは話してもらうぜ」

 "でも"という理由にはなっていないが、城之内は彼らしく、決闘の勝敗を理由にした条件を持ち出した。

「それはない。俺は負けない。負けられないんだ……絶対に……っ!」

 朝倉の静かな口調の中には、僅かながら熱い感情があらわになっていた。

 そしてぐっと唇を噛み締める。それは、城之内と対面してから朝倉が初めて見せた人間らしい感情だった。

(何があんのか知らねぇが、お前は俺が助ける!)

 城之内は誓い、そして決闘を続行した。

「俺のターン、ドロー!」

 ドローしたカードを確認した城之内はよし! と頷き、そのまま決闘盤にセットした。

「速攻魔法カード発動! スケープ・ゴート!」

 城之内のフィールド上のパンサーウォリアーの周りに、――カラフルな四体のミニ羊たち――羊トークンが出現した。


 スケープ・ゴート (速攻魔法カード)

 このカードを発動するターン、自分は召喚・反転召喚・特殊召喚する事はできない。

 自分フィールド上に「羊トークン」(獣族・地・星一・攻/守0)四体を守備表示で特殊召喚する。このトークンは生贄召喚のための生贄にはできない。


 パンサーウォリアーは四つ星では最強クラスの攻撃力2000を誇るカードだが、場のモンスターを生贄にしなければ攻撃できないというリスクがある。

 そのリスクを補うには、スケープゴートのカードは最適であり、バトルシティの戦いでも城之内を支えたコンボの一つであった。

「羊トークン一体を生贄に、パンサーウォリアーでダークソードに攻撃だ!」 

 城之内のフィールド上の羊トークン一体が消滅すると、それと同時にパンサーウォリアーが豹の如く俊敏な動きで地を駆け、ダークソードに接近した。

「黒・豹・疾・風・斬――!」

 速さに乗った凄まじい斬撃をその身に浴び、鎧を砕かれ、ダークソードはその場に倒れた。

 
 朝倉のLP3100→2900


「俺のターンは終了だ!」


 朝倉のLP2900

 手札六枚

 場 なし


 城之内のLP3600

 手札四枚

 場 漆黒の豹戦士パンサーウォリアー 羊トークン(三体)

 
(この決闘、俺が圧倒的に有利になった。このまま押し切るぜ!)
 
 城之内の考えは概ね正しかった。

 朝倉は続けざまにライフポイントを減らされ、場には一枚のカードもなくなってしまうという不利な状況に追い込まれていた。

 だが城之内は知らなかった。朝倉のデッキには、場にカードがない状態でも戦況をひっくり返せる力を持った切り札が存在することを。 

「俺のターン。ドロー」

 朝倉はデッキからカードをドローすると、無表情なままそのカードをじっと見つめた。

「……力を貸してくれ。俺を……助けてくれ……」

「あん? 何か言ったか?」

 朝倉の声は、城之内にはほとんど聞こえなかった。

 なぜならそれは、彼に対して向けられた言葉ではなかったからだ。

「手札から儀式魔法カード発動。『勇者降臨』」

「勇者降臨……?」 


 勇者降臨 (儀式魔法カード)

 勇者の降臨に必要。フィールドか手札から、レベルが8以上になるようカードを生贄に捧げなければならない。


「手札の『イグザリオン・ユニバース』と『女剣士カナン』を生贄に捧げ――『ソーディアン・ブレイブ』を召喚する」

 いつも召喚するときのように派手に叩きつけることなく、朝倉はソーディアン・ブレイブのカードを決闘盤に置いた。

 すると朝倉のフィールド上に、――銀色の鎧と長剣を装備し、赤いマントを纏った、金色の長髪が特徴的な――勇者、ソーディアン・ブレイブが現れた。


 ソーディアン・ブレイブ (炎)

 ☆☆☆☆☆☆☆☆ (戦士族 儀式) 

「勇者降臨」により降臨。フィールドか手札から、レベルが8以上になるようカードを生贄に捧げなければならない。

 このカードは罠の効果を受けない。

 このカードが相手モンスターを戦闘によって破壊した時、相手ライフに400ポイントのダメージを与える。

 攻2900 守2800


「ソ……ソーディアン・ブレイブ!? な、なんだよ……凄ぇ……!」

 颯爽と現れた勇者から放たれる強烈な威圧感に、城之内は呆然とした。

 遊戯は、朝倉という決闘者のことは話したが、ソーディアン・ブレイブというカードの存在は城之内に話してはいなかった。

 いつか朝倉と城之内が決闘するときがくるかもしれない。それよりも前に城之内に朝倉のカードの情報を話すわけにはいかなかったからだ。

 その影響もあって、城之内の驚きは相当なものだった。

 だが……。

(凄ぇ、強烈な威圧感だぜ。きっと凄いカードなんだろうな。 でも……でも、なんて悲しい眼をしてるんだ……こいつ)

 それが城之内の率直な感想だった。

 放たれる威圧感以上に悲しげな雰囲気を、ソーディアンブレイブから感じていた。

「さらに魔法カード、『長剣一閃(ちょうけんいっせん)』――を発動」

 
 長剣一閃 (魔法カード)(オリジナルカード)

 発動ターンの間、自分のフィールド上に存在する全ての戦士族モンスターの攻撃力は1000ポイントアップする。


 ソーディアン・ブレイブ 攻撃力2900→3900


「攻撃力3900……!」

「ソーディアン・ブレイブでパンサーウォリアーを攻撃」

 ソーディアン・ブレイブはパンサーウォリアーを標的に定め、手にした剣を振りかざす。

「魔神剣一閃――」

 そして力強く振り切ると、その刃から放たれた斬撃は凄まじい勢いでパンサーウォリアーを襲った。

 パンサーウォリアーはサーベルで対抗しようと試みたが、ほんの僅かも堪えることができず、巨大な斬撃に飲み込まれる形で消滅した。

「ぐっ……!」


 城之内のLP3600→1700→(ソーディアン・ブレイブの効果で)1300


(なんて……なんて悲しい一撃だよ。 きっとこれまでずっと、ずっと一緒に戦ってきたんだな、こいつら。まさに一心同体ってわけか。 だから伝わるぜ、ソーディアン・ブレイブの……朝倉の悲しい気持ちが……!)

 ソーディアン・ブレイブを通じて、物言わぬ朝倉の心が城之内に通じていた。

「ターンエンド」

 
 ソーディアン・ブレイブ攻撃力3900→2900


(何なんだよ……これは朝倉も、ソーディアン・ブレイブも望まない決闘……なのか? 一体何を背負ってるんだよ?)

 わからなかった。朝倉は何も言わなかったが、その悲しい気持ちは伝わった。だが、それが何に対してなのかはわからなかった。

 城之内は思った。わからない以上、考えても無駄だと。

 自分にできるのは、精一杯戦ってこの決闘に勝利することだと。  

(その後で、お前の気持ちを聞かせてもらう!)「俺のターン、ドロー!」

 城之内は、ドローした魔法カードをそのまま決闘盤にセットした。

「儀式魔法には儀式魔法で対抗してやるぜ! 魔法カード『黒竜降臨』を発動!」


 黒竜降臨 (儀式魔法カード)

 「黒竜の聖騎士」の降臨に必要。フィールドか手札から、レベルが4以上になるように生け贄に捧げなければならない。

 
「手札の『キラー・スネーク』と場の三体の羊トークンを生贄に捧げ、『黒竜の聖騎士(ナイト・オブ・ダークドラゴン)』を召喚!」

 城之内が手札のカードを決闘盤に置くと、フィールド上に、――漆黒の鎧を纏った騎士――黒竜の聖騎士が召喚された。


 黒竜の聖騎士 (闇)

 ☆☆☆☆ (ドラゴン族)

 「黒竜降臨」により降臨。フィールドか手札から、レベルが4以上になるようカードを生け贄に捧げなければならない。

 このカードが裏側守備表示のモンスターを攻撃した場合、ダメージ計算を行わず裏側守備表示のままそのモンスターを破壊する。

 また、このカードを生け贄に捧げる事で手札またはデッキから「真紅眼の黒竜」一体を特殊召喚する事ができる。(召喚ターン「真紅眼の黒竜」は攻撃できない)


「さらに特殊能力発動! この黒竜の聖騎士を生贄に捧げることで、デッキ、または手札から真紅眼の黒竜を特殊召喚することができる!」

「レッドアイズ……」

 城之内は、決闘盤から黒竜の聖騎士のカードを取り除き、そしてデッキを外し、その中から一枚のカードを選んで決闘盤に置いた。

 自分のデッキに眠る。最大にして最強の、魂のカードを。

「いでよ! 『真紅眼の黒竜』――!」

 城之内のフィールド上に、神々しいまでの威圧感を放つ、真紅の眼を持つ巨大な黒竜が召喚された。


 真紅眼の黒竜 (闇)

 ☆☆☆☆☆☆☆ (ドラゴン族)

 攻2400 守2000


 ――――――!!!!!!


 レッドアイズが溢れんばかりの闘志を表すように、凄まじい咆哮を上げると、両者はまるで大地が揺れるかのような衝撃を感じた。
 
(さあ、レッドアイズ。俺に力を貸してくれ。 俺は朝倉を助けてやりてぇんだ!)

 城之内は心でレッドアイズに呼びかけ、さらなるカードを繰り出した。

「さらに装備魔法カード『闇竜族の爪』を発動! レッドアイズに装備するぜ!」

 すると、レッドアイズの指に鋭く巨大な刃が装備された。


 闇竜族の爪 (装備魔法カード)

 闇竜族の攻撃力を600ポイントUP。


 レッドアイズ攻撃力2400→3000


「これでレッドアイズの攻撃力はソーディアン・ブレイブを上回ったが、黒竜の聖騎士の効果で特殊召喚されたレッドアイズはそのターンに攻撃はできない。 俺はリバースカードを一枚セットして、ターンを終了するぜ!」


 朝倉のLP2900

 手札二枚

 場 ソーディアン・ブレイブ


 城之内のLP1300

 手札なし

 場 レッドアイズ(闇竜族の爪) 伏せカード一枚




 第三章 朝倉の拳

 朝倉のLP2900

 手札二枚

 場 ソーディアン・ブレイブ


 城之内のLP1300

 手札なし

 場 レッドアイズ(闇竜族の爪) 伏せカード一枚


 決闘は速いペースで進み、互いの切り札を出し合ったところで、間もなく決着を迎えようとしていた。

(レッドアイズの攻撃力は3000。 いける! このまま押し切って俺の勝ちだ!)

 ライフポイントや手札枚数の差では劣っていたが、自分のデッキ最強の、魂のカードが場にいる現状に、城之内は勝利への手応えを感じていた。

「朝倉! 俺は必ず勝って、お前がどんな理由で信念も感情も魂も込められていないこんな決闘をしようとしたのか、聞かせてもらうぜ!」

「俺のターンだ」

 相変わらず城之内の言葉には答えず、朝倉は静かにカードをドローする。

 だがドローしたカードを確認し、表情を強張らせた。

「……!」

(ん……? どうしたんだ?)

 その表情の変化は城之内も気付くようなものだったが、朝倉はすぐに何もなかったかのように表情を戻し、そして手札内の別のカードを決闘盤にセットする。

「魔法カード――『フォース』を発動」

「フォースだと!」
 
 
 フォース (魔法カード)
     
 フィールド上に表側表示で存在するモンスター二体を選択して発動する。

 エンドフェイズ時まで、選択したモンスター一体の攻撃力を半分にし、その数値分もう一体のモンスターの攻撃力をアップする

 
「このカードの効果により、レッドアイズの攻撃力半分をソーディアン・ブレイブが吸収する」

 フォースの魔法効果がフィールドに作用し、レッドアイズは目には見えない何かに力を奪われ、苦しそうに呻き声を上げる。

 同時に、ソーディアン・ブレイブに力が注がれ、そこから発せられる威圧感はさらに強烈なものとなった。


 レッドアイズ攻撃力3000→1500

 ソーディアンブレイブ攻撃力2900→4400


「げっ! 攻撃力が一気に逆転しちまった!」

 激しくうろたえる城之内のリアクションは、なんとも頼りないものだった。

「あ、あれ……? でも確か、原作(とアニメ)だとフォースの効果は"相手プレイヤーのライフポイントの半分を自軍モンスターの攻撃力に加える"っていう極悪な効果だったような……」

「知るか。 これで終わりだ。ソーディアン・ブレイブでレッドアイズを攻撃。――剛・魔神剣」

 城之内の素朴な疑問を一蹴するように、朝倉は攻撃命令を下した。

 ソーディアン・ブレイブがレッドアイズ目掛けてその長剣を振るうと、攻撃力がアップした効果も加わり、レッドアイズそのものを飲み込もうかというほどの巨大な斬撃が放たれた。

(俺の勝ちだ)

 表情一つ変えず、朝倉は心の中で確信した。

 だがその瞬間、敗北が間近に迫ったにもかかわらず、城之内は笑った。

「そうはいかねぇぜ! リバース罠オープン!」

「無駄だ。ソーディアン・ブレイブは罠の効果は受け付けない」

「へへっ、それはどうかな? 聞いて驚け! 見て笑え! ――『墓荒らし』だ!」

 城之内の場の罠カードが発動すると、背中にスコップとつるはしを背負った、アニメ調の無邪気な盗賊キャラクターがフィールド上に出現した。その両手には、カードが裏返しで抱えられている。


 墓荒らし (罠カード)

 相手プレイヤーの墓地に置かれたカードを一枚奪い取る。

 
 それは、デュエルを逆転したり、とどめのカードとして使われたり、決闘王国(デュエリストキングダム)の頃から城之内のデッキを支えてきたキーカードの一つであった。

「俺がお前の墓地から盗んだカードは、これだ!」

 城之内が得意気に叫ぶと、墓荒らしの盗賊はその手に抱えたカードをゆっくりと表向きにした。

 それは、今朝倉が墓地に送ったばかりのカード。――フォースだった。

「フォース……だと」

「使わせてもらうぜ! 魔法カード、フォース発動!」


 フォース (魔法カード)
     
 フィールド上に表側表示で存在するモンスター二体を選択して発動する。

 エンドフェイズ時まで、選択したモンスター一体の攻撃力を半分にし、その数値分もう一体のモンスターの攻撃力をアップする


 再びフォースの魔法効果が発動し、レッドアイズとソーディアン・ブレイブ。二体のモンスターの攻撃力は大きく変化し、逆転した。


 ソーディアン・ブレイブ攻撃力4400→2200

 レッドアイズ攻撃力1500→3700


 攻撃力が変化したことで、バトルの結果もまた変化した。

 レッドアイズは自らを目掛けて放たれた斬撃を、その鋭く巨大な闇竜族の爪で切り裂き、消滅させた。

「レッドアイズ、迎撃の黒炎弾だっ――!」

 城之内の攻撃命令を受け、レッドアイズはその巨大な口を開き、体内の炎を集中させる。

「っ……! 手札から魔法カード発動!」

 レッドアイズの迎撃が繰り出されようとした瞬間。朝倉は慌てて手札のカードを決闘盤にセットした。

「速攻魔法、『階級制度』――!」

「階級制度!? あれは確か、戦闘時に相手モンスターのレベルが自分のモンスターのレベルより高くない場合に、戦闘ダメージを0にするカード……!」

 城之内は自分の記憶の中にある階級制度のカードが使われたときのことを思い出していた。

 バトルシティトーナメント決勝戦。遊戯の『オベリスク』の特殊攻撃――ソウルエナジーMAX――から、マリクが『ラーの翼神龍』を階級制度のカードで守った場面を。

 
 階級制度 (速攻魔法)

 ターン終了時まで戦闘で破壊されるモンスターより攻撃モンスターのレベルが上回ってなければ、戦闘ダメージを与えられない。


「そうだ。 ソーディアン・ブレイブのレベル8に対して、レッドアイズのレベルは7。よって、このターンのバトルでソーディアン・ブレイブは戦闘ダメージを受けない」

 すると、朝倉の言葉を理解したかのように、レッドアイズは口の中の炎を消して黒炎弾の発射をやめた。

 まるで、――自分の誇りにかけて、無駄な攻撃はしない。と言わんばかりに。 

(墓荒らしか、まさかそんな方法でこちらのカード(フォース)を利用されるとは……危なかった……)

 フォース、墓荒らし、そして階級制度。連続した魔法、罠カードの応酬を終え、朝倉はほっとしたように息を吐いた。

 この決闘中、決闘内容に対して初めて朝倉が感情を表した瞬間であった。

(よし、いけるぜ! あいつは今ので全ての戦術を使い切ったはずだ。 次のターンのレッドアイズの攻撃でソーディアン・ブレイブを倒せば、そのまま勝てる!)

 対照的に、城之内は強気だった。

 相手のフォースを墓荒らしで奪うという、朝倉も予想していなかった自分の戦術に手応えを感じていたのだ。

(それにしても、こいつも相当強ぇ……遊戯と互角に戦ったってだけのことはあるぜ)

 そして、朝倉の決闘戦術(デュエルタクティクス)にも相当な脅威を感じていた。

 同時に、どうしてこの朝倉が、自分自身が望んでいないであろう決闘をわざわざ申し込んできたのか、城之内の中で謎が深まる一方だった。

 さまざまなことを考えながら、城之内は朝倉のエンド宣言を待った。

 ところが朝倉はエンド宣言をせずに、残された一枚の手札――このターンにドローしたカード――をじっと見つめていた。

 一秒、二秒、三秒と時間が経つにつれて、感情を感じさせない冷たいものだった朝倉の表情が、見る見るうちに険しいものへと変化していった。

 そのカードを使おうか使うまいか悩んでいる。誰が見てもそうわかる表情だった。

「おい! ターン終了ならエンド宣言しろよ」

 朝倉は、城之内の言葉に反応しなかった。ただそれは、今までのように無視しているというよりも、まるで耳に届いていないといった様子だった。

 そんな朝倉の様子に、城之内はただならぬものを感じた。

(何だ、何なんだよあのカードは? 何を迷ってるんだ?)

(……俺がフォースを使ったばかりにもかかわらず、瞬時に墓荒らしでそのフォースを奪うという判断をした城之内克也の力は侮れない。 俺は、確実に勝たなければならないんだ――!)

 迷いを吹っ切るように、朝倉は乱暴な動作でそのカードを決闘盤にセットした。

「魔法カード発動! 永続魔法、エクト……プラズマーッ!!」


 エクトプラズマー (永続魔法)

 各プレイヤーは自分のターンのエンドフェイズ時に一度だけ、自分フィールド上のモンスター一体を生け贄に捧げ、元々の攻撃力の半分のダメージを相手プレイヤーに与える。
 

「このカードは、自分のモンスターの魂をエクトプラズマーに変換し……放出して、相手にダメージを与える……っ!」

 動揺し、朝倉は声を震わせながらうつむいた。

 迷い、そして怒りと悲しみ。今まで隠していた全ての感情が曝け出されていた。
 
「バカなっ! それじゃお前は、自分のモンスターの……ソーディアン・ブレイブの魂を犠牲にするつもりなのかよ!」 

 ソーディアン・ブレイブの元々の攻撃力は2900。その半分の1450ポイントのダメージを受ければその効果で自分が負ける。

 その事実を理解しながらも、城之内の叫びには自分の敗北に対する気持ちは含まれてはいなかった。

 それは、ただそのカードを使う朝倉に対しての、非難、軽蔑の叫びであった。

 朝倉は答えず、ただ唇を噛み締め、そして拳をぐっと握り締めていた。

 使いたくはないが、それでも使う。無言の返答でもあった。

「ふっざけんなよ! 俺は……俺はこの決闘でほんの少し戦っただけだ。それでも! ソーディアン・ブレイブがお前にとってどんなカードなのかはっきりわかる! 今まで、ずっと支えられてきたんだろ!? そんなモンスターの魂をお前、犠牲にするのかよ!
 さっきのターンの一撃で、お前の……ソーディアン・ブレイブの悲しい気持ちが俺にははっきり伝わった。 理由はわからねぇけど、これはお前も、そしてソーディアン・ブレイブも望まない決闘なんだろ? それでもソーディアン・ブレイブはお前と一緒に戦ってくれたんだろ!?
 それなのにあっさり魂を犠牲にできるのかよ! お前それで勝って、喜べるのか? 自分は決闘者だって胸を張って言えるのか!? 俺なら絶対そんなことできねぇよ!」

 魂の叫びに、これまで何も返事をせず、目を合わそうともしなかった朝倉が、城之内を鋭い目線で睨み付けた。

「……あんたの言うことが正論であったとしても、今の俺は「はいそうですね」とそれを聞くことはできない……俺は、絶対に負けちゃいけないんだ! 負けたら……負けてしまったら……!」

 何かを訴えようとする悲痛な言葉だった。

 朝倉は言葉をとぎらせてしまったが、その前に立ちふさがるソーディアン・ブレイブがそっと振り返り、そして彼に対して強く頷いた。

 その光景を見た城之内は驚愕した。

(ソーディアン・ブレイブが、自分の魂を犠牲にしろと言ったのか!? そうまでしても勝たなきゃならない理由があるってのか……?)

 ソーディアン・ブレイブ本人に背中を押され、朝倉は決断した。

「エクトプラズマーの効果を発動! ソーディアン・ブレイブの魂を生贄に捧げ、エクトプラズマーに変換する!」

 するとソーディアン・ブレイブの体全体から、真っ白く、アメーバ状のエネルギー体が浮かび上がった。

 それこそが魂だった。それが体から切り離れた瞬間、ソーディアン・ブレイブはゆっくりと、音をたててその場に倒れた。

「そしてその攻撃力の半分のダメージを、相手ライフに与える!」

 朝倉が指差すと、ソーディアン・ブレイブの魂が凄まじい勢いでレッドアイズの横をすり抜けて城之内に迫り、エネルギー弾の如く直撃した。

「ぐっ……あっ!」


 城之内のLP1300→0


「俺の……勝ちだ……」

 朝倉が、後味の悪い決闘の痕跡を消し去るかのようにすぐに決闘盤の電源を切ると、朝倉のフィールド上の立体映像は消えた。


「ふう……」

 城之内は、何かやりきれないといったような表情で天を仰いだ。
  
 レッドアイズはゆっくりと振り返り、その紅い瞳で城之内を見つめた。

(わかってるよレッドアイズ。お前も咄嗟に自分の魂を放出して俺を守ろうとしてくれた。でも、間に合わなかったんだろ?)

 城之内の知らないことではあったが、遊戯とグールズの奇術師パンドラの決闘でもエクトプラズマーは使用され、パンドラのブラック・マジシャンのエクトプラズマーに対して、遊戯のブラック・マジシャンは自分の意思で魂をエクトプラズマーに変換し、遊戯を守ったことがあった。

 それと同じことをレッドアイズはしようとしたのだったが、放出されたソーディアン・ブレイブの魂は凄まじい速さで城之内を襲ったため、間に合わなかったのだ。

「間に合わなくてよかったぜ、俺はお前の魂を犠牲になんてしたくねぇからな。だから気にするなよ」

 そう言うと城之内もまた、決闘盤の電源を切った。 立体映像のレッドアイズは消えていく。


 決着の仕方の影響で何ともすっきりとしない空気が漂う中、城之内はゆっくりと朝倉に歩み寄った。
 
「……なあ、朝倉。何があったんだよ? こうまでして勝たなきゃならない理由が何かあるんだろ? 教えてくれないか?」

「決闘で勝ったら話すって約束だったはずだ。お前は負けたんだ。黙ってろ」

 城之内は真剣に尋ねたが、朝倉は苛立ちを含んだ冷たい口調でそれを一蹴した。

「くっ……!」

 朝倉には何かある。望まない決闘をしなければならない、必ず勝たなければならない理由が。 
 
 それを聞いて助けてやらなきゃならない。そう思ったものの、自分で約束を言いだした手前もあってこれ以上強く追求できず、城之内は自分の力の無さを恥じながら、諦めて背を向けた。

「……おい、城之内克也」

 だがすぐに朝倉に呼ばれ、振り返った。もしかしたら話してくれるのか? と思いながら。

 しかし、振り返った城之内の視界に映ったのは、間近に迫った朝倉の"手の甲"だった。
 
「……ぶっ! ぐあっ!」

 裏拳が鼻を直撃し、城之内は鼻血を出しながらよろめいた。

「くっ! てめぇ、何を……!?」

 鼻を押さえ、何とか体勢を整えようとしたが、それよりも先に朝倉が城之内の顎を殴りつけた。

「がっ……――!」

 不意打ちだったことに加えて、朝倉の一撃は重かった。 城之内の受けたダメージは大きく、よろめきながらその場に倒れてしまった。 

 朝倉は片膝を付き、倒れている城之内の決闘盤にゆっくりと手を伸ばした。

「ぐっ、朝倉……お前、何のつもり……だ?」

 そして決闘盤のモンスターカードゾーンに乗っている一枚のカード――レッドアイズのカード――を外した。

「……! くっ、返せっ……レッドアイズ……!」

 必死に立ち上がろうとするも、顎に強烈な拳を受けた影響で体がいうことをきかず、城之内は動けなかった。

 そんな城之内を尻目に、朝倉はレッドアイズのカードをパーカーのポケットに入れ、さらにそのポケットから一枚の紙切れを取り出し、城之内の目の前に置いた。

「その手紙を武藤遊戯に見せろ。そして来い」

 朝倉は城之内に背を向け、去っていった。

「待……て……っ!」

 城之内は体中の力を振り絞って必死に起き上がり、後を追おうとしたが、すでに朝倉は暗闇の街へと姿を消していた。

「レッドアイズ……ちくしょう……! ちくしょうーーっ!」







「レッドアイズを奪われたっ!?」

 ――赤色、黄色、黒色の三色が混ざった派手なトンガリ頭の青年――武藤遊戯は驚愕し、叫んだ。年齢よりも幼く見えるその表情は、主人格の遊戯のものだった。

「嘘でしょ、城之内? 一体何があったの?」

「誰に、誰にやられたんだよ!」

 ――ショートカットの茶髪がよく似合う、パッチリとした瞳の可愛らしい少女――真崎杏子(まざき あんず)と、――角刈り頭の青年――本田(ほんだ)ヒロトも驚き、口々に城之内を問い詰める。

 城之内は絆創膏の上から鼻の頭を掻き、少し間を空けてから口を開いた。

「……朝倉光樹ってやつに負けて、ぶん殴られて奪われた……」

「えっ……!?」

 遊戯は、何が何だかわからないといった表情でポカンと口を開けた。

「ん? 誰だっけ、それ?」
 
「ほら、前に遊戯と決闘したって言ってたじゃない」

 不思議そうに首をかしげる本田に、杏子が説明する。

 同時に、遊戯の首から提げられている――黄金色の逆三角形のペンダント――千年パズルが輝き、もう一人の遊戯と人格が入れ替わった。

「何があったのか、詳しく聞かせてくれ。城之内くん」

 遊戯の部屋にのそれほど広くはない空間に、ピンと張り詰めた厳しい空気が漂っていた。



「なるほど……」

 あの朝倉が無理やりレッドアイズを奪ったとは信じられなかった遊戯だったが、彼と城之内とのやり取りの全てを聞き、納得した。

 城之内がそう感じたように、何かの理由があって仕方なく本来望まない形で城之内との決闘に挑み、そしてカードを奪うという強行に出たのだろうと。

 とはいえ、それは決して許されることではなく、直接会って理由を聞かなければと思った。

「で、これを遊戯に見せろって言って去っていったよ」

 城之内が、朝倉が残していった手紙を差し出すと、受け取った遊戯は折りたたまれた手紙を開いた。


 ――北川の海岸で待つ。


「でも、きたがわ……ってのがどこのことなんだか、俺にはさっぱりだ」

 城之内はお手上げといったような、落ち込んだ静かな口調で言った。

 朝倉を助けてやれなかった上に、大切なレッドアイズのカードを奪われてしまい、彼が心に受けだダメージは大きかった。

「それ……多分きたがわじゃないわよ。"ほっかわ"って読むのよ」

 遊戯の後ろから手紙を覗き込んだ杏子が言う。

「ほっかわ?」

 振り返り、遊戯は眉を顰めた。

「うん、東伊豆の北川。あっちに親戚がいるから何度か行ったことがあるの。北川の海岸っていったら、多分ほっかわのことだと思うわ」

「伊豆っていったら、静岡県じゃねぇか。そんなとこまで呼び出すなんていったい何考えてんだよそいつは」

 本田は苛立った口調で言った。 友である城之内が傷付けられ、カードを奪われたことで、彼は朝倉に対して強い怒りを感じていた。 

「行くしかないな」

 行って、朝倉が何を思いそんな行動に出たのか確かめ、そして助けてやらなければ。遊戯は強く決意し、立ち上がった。

「じゃ、あたしは案内役ね。北川に行くなら成田空港から空路をとらないとね」

「……俺も行くぜ、遊戯。このままお前一人に全部任せて引き下がるわけにはいかねぇ」

 杏子に続いて城之内も立ち上がった。その表情からは悲壮な決意が伺えた。

「なら俺も行くぜ。何の役にもたたねぇかもしんねぇけどな」

 自虐的に笑いながら本田も立ち上がった。そしてせめて遊戯と城之内を精神的にサポートできればと思った。

「よし……行こう!」

 遊戯、城之内、杏子、本田。四人は急な旅費を集めるのに苦しみながらも、何とかそれぞれ苦難を乗り越え、成田空港へと向かった。


 第四章 対決! 遊戯と朝倉


 羽田空港から空路を利用し、四人はようやく北川駅に辿り着いた。

 駅を出るなり、寂れた辺りの風景を見て、開口一番本田が叫んだ。

「うっひゃー! 建物らしい建物もねぇ、見えるのは船に港に海。ド田舎だなこりゃ」

 本田の言葉通り、北川は平地がほとんどないため土地が狭く、建物は少ない。一応温泉地ではあるものの、やはり田舎の小さな漁村といったようなところだった。

「いざ来たわいいけど、北川の海岸っていってもどこに行けばいいのかしら?」

「探すしかないな。行こう」

 夕焼けが映った真っ赤な海を見ながら、一向は遊戯を先頭に歩き出した。


 幾つもの漁船が停泊している港の海岸で、二人の男が辺り一面に広がる海を見つめていた。すでに日は落ち、海は暗黒の空間のように真っ黒だった。

「自分の役目はわかっているな? 朝倉光樹」
 
 黒いローブで全身を覆った背の高い男が、低く、重たい声で、隣にいる朝倉に問うた。

「……遊戯を誘き出し、"お前に言われたとおりのルール"でヤツを倒す……」

 朝倉は怒気の込められた静かな口調でそれに答えた。

 男はふふふと笑い、背を向ける。

「そうだ、それでいい」

 そして一言言い残し、姿を消した。 

 
「くっそー……いくら小さな漁村っつっても、さすがに海岸全部を片っ端から探すとなると相当な範囲だな」 

 額の汗を拭いながら、疲労感漂う口調で本田はぼやいた。

 北川駅を出てから、四人は数時間の間海岸を歩き続けて朝倉を探したが、未だその姿を確認できずにいた。

「もう夜だし、今日は宿を取るしかないかしら? でもこの辺に宿なんてあるのかな……」

(たとえ何日かかったとしても必ず見つけてやる。そして今度こそ……!)

 口には出さず、城之内は胸の内で強く誓った。

 悔しかったのだ。
 
 負けたことがではなく、朝倉が何かを背負い、苦しい想いをしているのを理解しながら何もできなかったことが。何の助けにもなれなかったことが。

 レッドアイズのカードを取り返す。それはもちろん目的の一つではあったが、何よりもう一度朝倉に会いたいと思っていた。

 会って、今度こそ朝倉がなぜあんな望まない決闘をしなければならなかったのかを聞いてやると。

「……! あそこにいるのは……!」

 不意に、遊戯は海岸沿いにいる人物の姿を見つけた。

「朝倉っ!」

 それを朝倉だと確認し、城之内は砂地を駆けた。三人も後を続く。

「来たか……」 

 自分の元へ走ってくる者たちの存在を確認し、朝倉は呟いた。

「見つけたぜ、朝倉! もう一度俺と決闘だ! そして今度こそお前に何があったのか教えてもらう!」

 叫び、城之内は威勢良く決闘盤を構えた。  

「……もうお前に用はない。城之内克也、お前は武藤遊戯を誘き寄せるためだけの存在だったんだ」

 朝倉は先日城之内と決闘したときと同じように静かな、坦々とした口調で言い切った。

「朝倉っ!」

 城之内は何か言い返そうとしたが、後ろから遊戯に肩をつかまれて止まった。

「遊戯……!」

「久しぶりだな、朝倉。城之内くんから話はすべて聞いたぜ」

 遊戯は穏やかな様子で朝倉に話しかけたが、その口調にはやや怒りが込められていた。

「なら話は早い。俺と決闘だ。 武藤遊戯、ここでお前をつぶす」

 言葉の内容は強いが、朝倉は相変わらず坦々とした口調で言った。

 魂の宿っていない人形のような表情、冷たい口調。以前に決闘したときとはまるで別人のような朝倉の様子に驚きつつも、遊戯は言葉を返す。

「朝倉、お前は何が目的なんだ? なぜ城之内くんのカードを奪って俺を誘き出すようなことをした? なぜこんな形で戦わなければならないんだ?」 

「答える必要はない」

「なら俺も、決闘を受けるわけにはいかない」

 朝倉は表情一つ変えずに答えたが、遊戯もまた冷静に答えた。

「城之内くんと決闘をしたときの経緯を聞いた以上、何の理由も聞かずに決闘を受けるわけにはいかない。 わかってくれ、朝倉」

 遊戯の交渉は上手く、朝倉は少し間を空けてから、ためらいながらも口を開いた。

「……時間がなかったから、少し強引な手段を取らせてもらった。 ……俺は急いでお前を倒さなればならない。それだけだ」

「時間がない……急いで倒さなければならない……。 つまり城之内くんが言っていたように、お前自身が望んだ決闘ではないということか? "誰か"がお前に命令しているのか?」

 確証できるほどの判断材料はなく、それはあくまで遊戯の推測だったが、口元を歪めた朝倉の反応はそれが事実だと示していた。 

「誰が、誰がお前にそんなこと命令するんだよ! 言えよ! 朝倉! 言わなきゃお前が何考えてるのかわかんねぇよ!」

 城之内は必死に叫んだが、朝倉は取り合おうとせず、強引に決闘盤を構えた。

「無駄なおしゃべりをするつもりはない。これ以上のことが知りたければ俺に勝て」

(朝倉のあの変わりようは異常だ……誰かに弱みを握られて、脅されていてああなっているのだとすれば、やはりここはあいつの言う通りに決闘するしかないのか)

 レッドアイズのカードを取り戻すという目的もある以上、結局選択肢は一つしかないということに歯痒さを感じながらも、遊戯は決闘盤を構えた。

 遊戯の決闘の意思を確認すると、朝倉はパーカーのポケットに手を突っ込み、その中から何かを取り出した。

「ただし、ただ普通の決闘をするわけじゃない」

 それは紐が通された石のようなもので、朝倉はそれを首に提げた。

「……なっ!?」

 朝倉の首から提げられた物を見て、遊戯たちは目を見張らせた。 

 それは黄金色に光っている、五百円玉くらいのサイズの石だった。表面にはウジャト眼の紋章が刻まれている。

 その見慣れた模様に驚き、それに関わるこれまでの様々な出来事を思い出しながら、四人はいっせいに声を上げた。

「「「「せ……千年アイテム……!」」」」

「ああ、"千年石"(せんねんせき)だ」

 驚く遊戯たちを尻目に、朝倉は軽く答えた。

「どういうことだ朝倉!? なぜお前が千年アイテムを!」

 自分自身の失われた記憶を取り戻すための鍵である千年アイテムは七つ全て集めたはずだった。なのになぜ自分の知らない新たな千年アイテムが目の前にあるのか?

 そして、まさか朝倉は千年アイテムに関わっている、バクラやマリクのような敵だったのか? 遊戯は驚きを隠せなかった。

「遊戯、お前の持っているそれも千年アイテム……なんだろ?」

 朝倉は、遊戯の首から提げられている千年パズルを指差した。
 
「お前がその千年アイテムに宿りし人格。そして千年アイテムには闇の力が秘められている。俺はただ"そう説明されて、そしてこの千年石を渡された"だけだ」

 自分以外の別の誰かの存在を隠そうともせず朝倉は言った。

 そして遊戯たちは確信した。朝倉の背後には千年石の所有者である何者かがいる。そしてそいつが何かを理由に朝倉を脅して命令を聞かせているのだと。

「そしてこれから行われるのは"闇のゲーム"。ライフポイントにダメージを受ければ肉体は傷付き、魂は削られ、負けた方のプレイヤーは死ぬ」

 朝倉は、自分も死のリスクを背負わなければならないはずの決闘の内容を、死ぬことも、そして相手の命を奪うことも恐れていない、冷徹な口調で言ってのけた。

「待て、朝倉! お前とそんな危険な決闘をするわけにはいかない!」

 千年石の存在を知り、決闘をためらった遊戯だがすでに遅かった。

 朝倉の首から提げられた千年石は邪悪な光を発し、真っ黒な空気が二人の周囲を覆った。

 何者も手出しはできず、対峙した両者はそこからは逃れられない。千年アイテムに秘められた闇の力が発動されたのだ。

「遊戯っ!」

 傍から見れば少し霧が発生した程度の現象で、その霧も遊戯と朝倉の姿も確認できるほどのものなのだが、そこには紛れもなく千年アイテムの闇の力が生じている。

 バトルシティトーナメント準決勝のマリクとの決闘でその恐ろしさを体験している城之内は、遊戯の身を案じ、叫んだ。

「くっ……! やるしかないのか……!」

 なぜ朝倉が城之内のカードを奪うような真似をしたのか? それを解明し、助けるためにここ北川にやってきたのだが、まさかこんな展開が待ち受けているとは思っておらず、遊戯は僅かながら動揺していた。
>  だがこれまで何度も闇のゲームを経験してきた遊戯は、もはやこれは逃れられない戦いであると理解し、覚悟を決めた。




 第五章 遊戯の迷い 

 朝倉と遊戯、二人は互いに距離を取り、決闘盤を構えた。

「「決闘!!」」

 叫び声と同時にライフカウンターは4000にセットされ、互いにデッキから五枚のカードをドローする。

「さあ、闇のゲームの始まりだ! 武藤遊戯。俺はこの決闘に勝って、お前の魂を頂く!」

 すると、ここまで魂の抜けた人形のように表情を変えず、冷たく静かな口調だった朝倉の態度が一変した。

 朝倉の、――正確には背後で朝倉を操っている者の――目的は最初から、闇のゲームで自分の魂を奪うことだったのだと遊戯は確信した。

(一体誰が……何の目的で?)

 戸惑いながらも、遊戯はデッキからカードをドローする。

「俺のターン、ドロー! ……磁石の戦士γ(マグネットウォーリアー ガンマ)を守備表示で召喚」

 そして決闘盤に一枚のカードを置くと、――背中のウイングが特徴的な磁石戦士――磁石の戦士γの立体映像(ソリッドビジョン)が、遊戯のフィールド上に映し出された


 磁石の戦士γ (地)

 ☆☆☆☆ (岩石族)

 攻1500 守1800
 

「ターンエンドだ」

 決闘は始まった。だが遊戯には普段のような勢い、覇気がなかった。

(負けた方が命を失う闇のゲーム……俺はどう戦えばいいんだ?)

 心の迷いを拭えていなかった。朝倉の真意を確かめるためにここに来たが、闇のゲームで戦い、命を賭け合うつもりなど毛頭なかったのだ。

「俺のターン、ドロー!」

 対照的に、朝倉は勢いよくカードをドローした。

 城之内との決闘のときのような静かな坦々とした様子ではなく、普段の朝倉と同じか、それ以上の勢いだった。

「いくぞっ! 魔法カード発動! 『シックス・センス』――!」  

 フィールドに出現したカードには、大きく数字の「6」が描かれていた。


 シックスセンス (魔法カード)(オリジナルカード)

 このカードを発動する場合、自分は発動ターン内に召喚・反転召喚・特殊召喚できない。

 デッキの上からカードを六枚墓地へ捨てる。手札からレベル6のモンスターを一体特殊召喚することができる。

 
「デッキの上から六枚のカードを墓地へ送り、手札から六つ星モンスターを特殊召喚する!」

 朝倉は素早い動作でデッキの上から六枚のカードを墓地カードゾーンへ送り、手札から一枚のカードを決闘盤に置く。

「いでよ! 『蒼黒のソーディアン・ナイト』!」

 朝倉のフィールド上に、――つややかな黒髪に、小柄で華奢な体格の戦士――ソーディアン・ナイトが出現した。
 
  
 蒼黒のソーディアン・ナイト (闇)

 ☆☆☆☆☆☆ (戦士族)

 手札のモンスターカード一枚を墓地に捨てる度に、このターンの間、このカードの攻撃力は1000ポイントアップする。

 このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、このカードの攻撃力が守備表示モンスターの守備力を越えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。

 攻2000 守1000


 それは、六つ星で攻撃力は2000ながら、攻撃力アップと貫通能力の効果を持つ、レベッカとの決闘に決着をつけた強力なモンスターカードだった。

「手札のモンスターカード、『闇魔界の戦士 ダークソード』を墓地に捨て、攻撃力アップ!」

 朝倉が手札のカードを墓地(セメタリー)カードゾーンへ送ると、ソーディアン・ナイトの剣が禍禍しい闇に包まれる。


 蒼黒のソーディアン・ナイト 攻撃力2000→3000


「攻撃力3000……!」

「蒼黒のソーディアン・ナイトで、磁石の戦士γを攻撃! ――魔神滅殺剣(まじんめっさつけん)!」

 ソーディアン・ナイトが手にした細身の剣を一閃すると、刃から闇のオーラが放出され、磁石の戦士γを襲う。

 その闇に包まれた磁石戦士は一瞬にして消失した。

「さらに、ソーディアン・ナイトは相手守備モンスターを攻撃したとき、その守備力を攻撃力が上回っていた分だけ相手にダメージを与える!」

 磁石の戦士γを襲った闇のオーラは刃状へと形状を変化し、そのまま遊戯をも襲い、その身を切り裂いた。

「ぐああぁぁぁっ……!」

 闇のゲームの恐ろしい効力をその身に受け、遊戯はその場に膝を付いた。


 遊戯のLP4000→2800


「「「遊戯ぃっ!」」」

 戦況を見守っている三人は揃って声を上げた。 

 プレイヤーがその肉体にダメージを受ける、闇のゲーム。彼らもその恐ろしさを改めて思い出していた。 

「遊戯……」

 だが遊戯がゆっくりと立ち上がるのを見て、杏子がほっとしたように声を漏らした。

「がんばれ遊戯! 負けるなよ!」

 本田も必死に声を張り上げたが、その言葉は戦況を見守らなければならない自分自身に向けられているようでもあった。

「……なんて破壊力だ……」

 城之内は険しい表情で戦況を見つめていた。

 千年石というものの存在も知った以上、本当は自分がもう一度朝倉と戦い、その真意を確かめたかった。

 だが結果としてそれは叶わず、遊戯と朝倉の決闘をただ見守ることになっていた。それも、負けたほうが魂を奪われるという過酷な決闘を。

 何か自分にできることはないかと思いつつ、闇のゲームに介入することはできないことも理解しており、城之内は歯痒い思いを感じていた。

(頼むぜ……遊戯……!)

「ターンエンドだ!」


 遊戯のLP2800 

 手札五枚

 場 なし


 朝倉のLP4000

 手札三枚

 場 蒼黒のソーディアン・ナイト
  

「俺のターン。ドロー! くっ……」

 カードをドローすると同時に、遊戯は僅かに表情を歪めた。

(思った以上に体へのダメージが大きい……これ以上受け続けるわけにはいかない……) 

 肉体に受けたダメージは致命傷というほどではなかったが、それでも相当なものだった。

 これ以上ダメージを受ければライフポイントが残っていても自分の意識を保てるかどうかはわからない。それほどの危機的状況だった。

「俺は場にカードを一枚伏せ、『岩石の巨兵』を守備表示で召喚する」

 遊戯のフィールド上に一枚の伏せカードと、――その名の通りの巨大な岩の巨人――岩石の巨兵が召喚された。 

 
 岩石の巨兵 (地)

 ☆☆☆ (岩石族)

 攻1300 守2000


「ターンエンドだ……」

「おいおい! あれじゃまたソーディアン・ナイトに攻撃されて貫通ダメージ受けちまうんじゃねぇのか!?」

 本田がフィールドを指差し、驚きながら叫んだ。

「遊戯……」

(遊戯……迷ってるんだな。あいつを、朝倉の命を奪うわけにはいかない。どうすればいいんだ……って)

 城之内の推測通り、遊戯には迷いがあり、そのせいで決闘に対する覇気が沸いてこなかった。勝たなければならないという覇気が。

(俺は朝倉を救いたい……だが、この闇のゲームで俺が勝てばあいつが死ぬ……)

 朝倉がこんなことになってしまって理由もわからないまま、朝倉と戦うことなど遊戯にはできなかった。

「俺のターン! ドロー!」

 対する朝倉はそんな遊戯の心境などお構いなしに、勢いよくカードをドローする。

「手札の『ニンジャマン』のカードを墓地へ捨て、ソーディアン・ナイトの攻撃力をアップする!」

 そして乱暴な動作で手札のカードを決闘盤の墓地カードゾーンへ送った。その行動には焦りが感じられた。

 先ほどのターンと同様、ソーディアン・ナイトの剣が禍禍しい闇に包まれ、その攻撃力がアップしていく。


 蒼黒のソーディアン・ナイト 攻撃力2000→3000


「くたばれ遊戯! ソーディアン・ナイトで岩石の巨兵を攻撃っ! 魔神炎獄殺(まじんえんごくさつ)――!」

 ソーディアン・ナイトが闇に覆われた剣を一閃すると、暗黒色の炎が放出された。

 炎は壁となっている岩石の巨兵を襲い、一瞬で灰に変えてしまうと、さらにそのまま遊戯の体を包み込んだ。 それは痛烈な痛みとなって遊戯を襲う。

「うあああぁぁぁっ! ……がっ!」

 
 遊戯のLP2800→1800


 またしても、遊戯はその場にガックリと膝を付いた。

「うっ……遊戯……!」

 じっと見ていられない。と、杏子は口元を手で覆い、顔を背けた。

「おおい、どうしたんだよ遊戯ぃ! なあ城之内、なんで遊戯はやられっぱなしなんだよぉ!?」

 本田もじっとしていられず、うろたえながら両手で城之内の肩をつかみ、揺すった。

「遊戯は迷ってるんだよ……朝倉と戦うことに。 敵じゃないはずの朝倉を傷付けることをためらってるんだ」

 ガクガクと肩を揺すられながら、城之内は険しい表情で答えた。

「んなこと言ってたら遊戯が死んじまうじゃねぇかよ! おい遊戯! お前が死んだら何にもなんねぇだろうが!」

(そう割り切れるもんじゃねぇんだ……)

 このままでは遊戯の負けは明らかだった。


 遊戯のLP1800 

 手札四枚

 場 伏せカード一枚


 朝倉のLP4000

 手札三枚

 場 蒼黒のソーディアン・ナイト




 第六章 助ける 

ニターン連続でダメージを受けたことで肉体への負担は大きく、遊戯は膝を付いたまま立ち上がれないでいた。

「……朝倉、お前がなぜこんなことをするのか……俺はそれを知らないまま、お前と戦うことは……できない……!」

 それでも遊戯は肩で息をしながら、苦しそうな口調で朝倉に話しかけた。

「お前の事情は関係ない。 俺の目的のために、そのまま死んでくれ」 

 それに対する朝倉の返事はあまりに冷たく、遊戯が一瞬自分の耳を疑うほどだった。

 周りで戦況を見守っている本田は朝倉の言葉に激しい怒りを覚え、顔を紅潮させた。

「おぉい! そんな言い方ねぇだろ! てめぇそれでも血の通った人間かよ!」

「ちょっと! だめよ、本田!」 

 今にも殴りかからんという剣幕で闇のゲームのフィールドに乱入しようとする本田を、杏子はその服の襟を引っ張り、必死に止める。

 本来本田を止める役割であるはずの城之内は、ただじっと、何も言わずに鋭い目線で朝倉を見つめていた。

「朝倉……お前は、本当に朝倉なのか……? 俺の知っている朝倉とは、あまりに違いすぎる」

 遊戯は地面に膝を付いたまま、戸惑いと疑いの混ざった視線で朝倉を見た。

 遊戯が朝倉と接したのは、一度決闘したときだけだった。

 だがそれでも、決闘を通じて朝倉という決闘者がどのような人間なのか、ある程度知ることはできたと思っていた。

 決闘者がたった一度決闘しただけで、相手の決闘者の人間性を知ることができる。遊戯自身がこれまでにそう体験してきたからだ。

 だからこそ、どんな理由があるにしても、その朝倉が闇のゲームを用いて自分の命を奪おうとすることが未だに信じられなかったのだ。

「だから何だ? まさか、俺が偽者だとでも言いたいのか?」
 
 遊戯はぐっと唇を噛み締めた。そして「そうあってほしいものだ」と思った。 

 朝倉の豹変振りを目の当たりにし、偽者か、それとも千年石に宿る闇の人格かとも思ったが、そうではないとすぐにわかった。 

 別人のようでありながらも、そこから発せられる決闘者のオーラが、以前に対峙した朝倉そのものだったのだ。

「お前が偽者だとは……思わない。だが俺の知っているあの朝倉は、例えどんな理由があっても、少なくとも人のカードを奪ったりは……しないはずだ……!」

 傷ついた遊戯の必死の訴えだったが、朝倉はそれを嘲笑した。

「俺の知っている朝倉、か……。 ふっ、お前に俺の何がわかるっていうんだ」

 そして上着のポケットに手を入れると、そこから一枚のカードを取り出した。

 紅い眼を持つ黒竜が描かれた、『レッドアイズ・ブラックドラゴン』のカードだった。

「あ! レッドアイズ! てめぇ、それは城之内のカードだろうが! 返しやがれ!」

 本田は、まるで我がことのように怒り叫び、またも闇のゲームのフィールドに乱入しようとする。

 当の本人である城之内は取り乱す様子もなく、じっと朝倉を見つめている。

「だからダメだって! ちょっと本田!」

 先ほどと同じように本田を止めながらも、杏子はこういう状況で感情的になりやすいはずの城之内が何も言わないことを不思議に思っていた。

「武藤遊戯、これ以上お前の戯言に付き合う暇はない。 言ったはずだ、俺は急いでお前を倒さなければならない。それでもまだ戦うことができないなんて言うなら、このカードを握り潰してやろうか? そうすればお前もやる気になれるだろ」

 ――――!!

 躊躇うことなく言い切った朝倉の言葉を合図に、遊戯は勢いよく立ち上がった。

「朝倉ぁぁぁっ!!」 

 その表情からは迷いは完全に消えていた。

 獲物を狙う肉食動物のような鋭く痛烈な目で朝倉を睨みつけた。

 自分の中で何かが吹っ切れ、火山噴火のように凄まじい勢いで怒りが爆発するのを遊戯は感じた。

「その言葉……許さないぜ朝倉! もう俺は迷わない。迷わずお前を倒すっ!」

 遊戯から発せられる、刺すように鋭い強烈なオーラを、対峙する朝倉はその身に感じた。

「そうだ、さっさとかかって来い。武藤遊戯。 返り討ちにしてやるぜ」

「よっしゃ! そんなヤツぶっ倒しちまえ、遊戯!」

「遊戯……」

 朝倉に対して強い怒りを感じている本田は遊戯を後押しするように叫ぶが、杏子は対照的に、そんな遊戯を心配そうに見つめていた。

 ドーマとの戦いにおいて、遊戯が主人格の遊戯の魂を奪われたことに強い怒りを覚え、後の決闘中に我を忘れて取り乱したことがあった。

 杏子はそのときの遊戯を必死になって止めたが、今はそのときに近い感覚だった。 

(城之内くんを傷付け、カードを奪い、そのカードを傷付けようとまでした朝倉を俺は許さない! 敵として、倒す!)

 遊戯は怒りの勢いに乗って決闘を続行しようとした。

 だが、そんな遊戯の背後に一人の人物が現れた。

『待って! もう一人の僕』

 声に反応して振り返ると、自分と同じ姿をした人物。独特の幼さと優しさが目立つ、主人格の遊戯の姿があった。

 それは千年パズルが映す幻影のようなものであり、実際の主人格の遊戯は千年パズルの中にいるため、その姿はもう一人の遊戯にしか見えていない。

「なぜ止める? 相棒……」

『そんな怒りに任せて戦っちゃダメだ! 朝倉くんは、決闘の中で心を通じ合わせた"仲間"のはずだよ』

 主人格の遊戯は悲しげな、困惑した表情でもう一人の遊戯に訴えた。

「くっ……だが朝倉は城之内くんのレッドアイズを奪い、そして傷付けようとした! 俺は許せない!」

 止めないでくれ! と遊戯は主人格の遊戯の目を見たが、彼は二度三度首を振った。

『きみが城之内くんを思う気持ちはよくわかるよ。僕も城之内くんが大好きだから。 でも、その怒りのままに朝倉くんと戦っても何の解決にもならないよ。朝倉くんはきっと敵じゃない。 見えるけど見えない真実、見えざる敵が他にいる。僕らは仲間として、そんな敵から朝倉くんを助けてあげなくちゃいけないんだ!」

「相棒……」
 
 二人の遊戯の会話は二人の心と心の会話であり、それは周りの人物には聞こえていない。

 だがまるでそれが聞こえていたかのように、二人の会話が止まると同時に、それまでじっとしていた城之内が叫んだ。

「遊戯っ!」

 その声に、遊戯は城之内の方を向いた。

「間違うなよ、そんなのは本当の朝倉の姿じゃねぇ。そいつが本当に俺から奪ったカードを握り潰せるようなヤツなら、俺との決闘で、あんなに苦しそうに迷いながら『エクトプラズマー』のカードを使ったりはしねぇ!」

 この状況では本来なら敵であるはずの朝倉を信じ、城之内は実に堂々とした態度で言い切った。

「だから、そいつを苦しみから助けてやってくれ。 そして、お前も死ぬな! できるのはお前だけだ! がんばれ、遊戯!」

「城之内くん……」 
 
 相棒、城之内くん。 朝倉を信じる二人の姿を見て、遊戯は自分が何て小さな決闘だ。何て小さな人間なのだと思い、静かに俯いた。

 闇に紛れている真実を見つけようとせず、目の前にぶら下がっている偽りに心を乱し、怒りに身を任せようとした自分が情けなかった。

 だが、失敗を糧にして立ち上がり、この決闘を立て直せるのは自分だけだと、遊戯は顔を上げた。

「ああ……ああ! 任せてくれ! 俺は朝倉を助けてみせるぜ!」 

『うんっ!』

「そうだ、頼むぜ遊戯!」

 遊戯の自信に満ちた力強い声を聞き、主人格の遊戯も城之内も頼もしさを感じ、笑顔を浮かべた。

「俺を助ける……!? 何を……わけのわからないことばっかり言いやがって! さっさと決闘を続行するぜ!」

「ああ! 岩石の巨兵が破壊されたことに対して、俺は場の伏せカードを発動させる!」

 長い間が空いたが、ようやく決闘が再開された。

「罠カード、『魂の綱』――!」 


 魂の綱 (罠カード)

 自分のフィールド上のモンスターが破壊され墓地へ送られた時に発動することができる。

 1000ライフポイントを払うことで、自分のデッキからレベル4モンスターを一体特殊召喚することができる。


「魂の綱……」

 それは、以前の決闘でも使われたカードであり、朝倉はそこから繰り出された『絵札の三銃士』の見事なコンボを思い出した。

「俺は1000ライフを支払い、デッキから四つ星モンスターを一体特殊召喚する!」

 
 遊戯のLP1800→800


 そのコストによって遊戯のライフポイントはさらに削られ、同時に遊戯は、激しい疲労感に襲われた。

 自分の中の魂が悲鳴を上げ、苦しみが肩にどっしりと伸し掛かかった。

(くっ、負けて……たまるかっ!)

 苦痛を感じながらも遊戯は動きを止めず、そのまま決闘盤からデッキを外し、その中から一枚のカードを選んで決闘盤に置いた。

「――『磁石の戦士α(マグネットウォーリアー アルファ)』を召喚!」

 その効果により、――U字磁石をイメージした額の、小型の剣と盾を手にした磁石戦士――磁石の戦士αが召喚された。
 

 磁石の戦士α (地)

 ☆☆☆☆ (岩石族)

 攻1400 守1700


 遊戯のLP800 

 手札四枚

 場 磁石の戦士α


 朝倉のLP4000

 手札三枚

 場 蒼黒のソーディアン・ナイト


「そして俺のターン、ドロー!」

 遊戯は勢いに乗ってカードをドローした。 その心に、もう迷いはなかった。

「『磁石の戦士β(マグネットウォーリアー ベータ)』を攻撃表示で召喚!」

 遊戯が決闘盤にカードを置くと、今度は、――まん丸とした顔と手にそれぞれU字磁石が取り付けられた磁石戦士――磁石の戦士βが現れた。


 磁石の戦士β (地)

 ☆☆☆☆ (岩石族)

 攻1700 守1600
 

「さらに魔法カード『死者蘇生』を発動! 墓地から磁石の戦士γを特殊召喚!」


 死者蘇生 (魔法カード)

 自分または相手の墓地からモンスターを一体選択して発動する。選択したモンスターを自分のフィールド上に特殊召喚する。


 死者蘇生の魔法効果が発動し、遊戯のフィールド上に磁石の戦士γが復活し、三体の磁石戦士が揃った。


 磁石の戦士γ (地)

 ☆☆☆☆ (岩石族)

 攻1500 守1800
 

「三体の磁石の戦士……!」

 そこから繰り出されるコンボは容易に想像することができ、朝倉は脅威を感じた。

 その戦術は、迷いながら決闘し、消極的だった先ほどまでの遊戯とは一変していた。






 遊戯のLP800 

 手札三枚

 場 磁石の戦士α 磁石の戦士β 磁石の戦士γ


 朝倉のLP4000

 手札三枚

 場 蒼黒のソーディアン・ナイト



 見事なコンボで、一瞬にしてフィールド上に三体の磁石戦士が揃った光景は圧巻で、これこそが迷いの消えた遊戯本来の戦術だった。

「α、β、γ、特殊能力。変形合体――!」

 遊戯が高らかに宣言すると、三体の磁石戦士たちはバラバラに分解され、そのパーツ一つ一つが繋がり合い、一つの形を成していく。

 全てのパーツが一つに合わさったとき、フィールド上には一体の巨大な磁石戦士の姿があった。

「磁石の戦士――マグネット・バルキリオン!」

 
 磁石の戦士マグネット・バルキリオン (地)

 ☆☆☆☆☆☆☆☆ (岩石族)
 
 このカードは通常召喚できない。

 自分の手札・フィールド上から、「磁石の戦士α」「磁石の戦士β」「磁石の戦士γ」をそれぞれ一体ずつ生贄に捧げた場合に特殊召喚する事ができる。

 また、自分フィールド上に存在するこのカードを生贄に捧げる事で、自分の墓地に存在する「磁石の戦士α」「磁石の戦士β」「磁石の戦士γ」をそれぞれ一体ずつ選択して特殊召喚する。

 攻3500 守3850


「いくぞ朝倉っ! マグネット・バルキリオンで、蒼黒のソーディアン・ナイトを攻撃!」

 マグネット・バルキリオンは剣を掲げ、ソーディアン・ナイトに接近した。

 すると攻撃のタイミングに合わせるように、剣から雷が発せられ刃を覆った。

「マグネット・セイバー――!」

 マグネット・バルキリオンが雷を帯びた剣を一閃すると、その身に斬撃を受けたソーディアン・ナイトは呻き、苦しみながら倒れ、消滅した。

 同時に、剣から発せられた雷が朝倉を襲い、直撃する。

「ぐっ! あぁぁぁっ……!」

 体全体に激痛を感じ、朝倉は大きくよろめいた。


 朝倉のLP4000→2500


(何て痛みだ……これが、闇のゲームか……)

 初体験である闇のゲームの恐ろしさをその身に痛感し、朝倉は顔を下げて首から提げられている千年石をじっと見つめた。

(俺は、こんな……こんな恐ろしい力に手を出しちまったんだな……)

 彼は今、千年アイテムに秘められた力の恐ろしさをその身に痛感していた。 


 第七章 疑ってるうちは  信じてみなきゃ


「頼んだぜ、遊戯。何とか朝倉を助けてやってくれ」

 城之内が祈るように呟いた。

「でも、この闇のゲームって負けた方が魂を奪われるんでしょ……? そんな状況で二人ともが無事に助かる方法なんてあるの?」

 杏子が不安そうな表情で城之内に尋ねた。

「俺にはわかんねぇ……でも、あいつなら。遊戯ならきっと何とかしてくれる。俺は信じてるぜ!」

 他力本願であることにもどかしさを感じながらも、城之内は確信に満ちた表情で答えた。

 そんな城之内に、少し間を空けてから本田が声をかけた。

「……なあ、城之内。なんか水を差すみたいで悪いんだが……お前も遊戯も、あの朝倉ってヤツのことを信じすぎなんじゃねぇか?」

「どういう意味だよ? 本田」

 不思議そうに返した城之内に、本田は強く詰め寄った。

「遊戯もお前も、あいつとはたった一回決闘しただけだろ? それなのに「敵じゃない」とか「本当の姿じゃない」とかよ、何でそこまで言い切れるんだ? 信じられるんだよ? 何で助けてやろうなんて思えるんだよ!?」  
 
 遊戯と城之内の決断に、本田は納得できておらず、その不満をぶちまけるように言った。

 朝倉は城之内から無理やりにレッドアイズのカードを奪い、そして今、闇のゲームで遊戯を傷付けている。

 本田にも彼なりの仲間を思う強い気持ちあり、どんな理由があろうとも仲間を傷付けた朝倉を許す気にはなれず、遊戯と城之内の考えに納得できなかったのだ。

「本田。決闘者ってのはな、たった一回決闘しただけでも、心と心を通じ合わせられる。信じられるもんなんだよ。 俺が言うのもあれだけど、決闘者ってのはそんな変わった生き物なんだよ」

 ははっと苦笑いしながら、城之内は軽く頭を掻いた。

「それによ、決闘者とかどうとかは別としても、俺は……やっぱ人を信じてぇよ。 簡単に人を信じず疑ってるうちは、確かに敵は見つけられるかもしんねぇけど」

 神妙な面持ちでその言葉を聞き、杏子が「うん……」と頷いた。

「そうね。信じてみなきゃ、仲間は見つけられないわね」

「そういうことだよ。俺にそう教えてくれたのは遊戯だし、そのおかげで……俺たちみんな仲間になれた」

 城之内は、だろ? と本田に視線を送ると、本田は釈然としないといった表情でうーっ! と唸り声を上げながら乱暴に頭を掻き毟った。 

「わかった! わかったよ! がんばれ遊戯! そいつを、朝倉を助けてやってくれ!」

 戦場を見つめる本田の目には、強い信念が宿っていた。

(ああ、何があっても俺は朝倉を助けてみせるぜ!)

「くっ……勝手な、どいつもこいつも勝手なことを言いやがって!」

 朝倉が苛立った様子で叫んだ。

「俺のターン! ドロー!」

 肉体に受けたダメージは大きく、まだ痛みは引いていなかったが、怒りの勢いに乗って朝倉は決闘を続行した。 

(武藤遊戯、城之内克也……とことん甘いヤツらだ。そんな簡単に人は救えない。もしそうなら、俺だってこんなことは……しない……!)

 自分を助けるという遊戯たちに苛立ちを感じながら、朝倉の心は揺れていた。 

「魔法カード発動! 『ペンシル爆弾』――!」

 
 ペンシル爆弾 (速攻魔法カード)(オリジナルカード)

 相手フィールド上に存在する全ての機械族、岩石族、恐竜族モンスターをゲームから除外する。 


 フィールド上に、銀色の小型爆弾が出現し、磁石に吸い寄せられるようにしてマグネット・バルキリオンに装着された。

「ペンシル爆弾の効果により、岩石族モンスターのマグネット・バルキリオンは消滅する!」

 淡い光を放つと同時に、爆弾は激しい爆音と上げて大爆発を起した。

「くっ……!」

 爆発によって発生した煙に、遊戯は反射的に目を背ける。

 爆発に巻き込まれたマグネット・バルキリオンは、塵一つ残すことなく完全に消滅した。

「そして、『カオスライダー グスタフ』を攻撃表示で召喚!」

 素早い動作で朝倉が決闘盤にカードを置くと、フィールド上に――モンスター仕様に改造された暴走バイクに跨った、モンスターライダー――カオスライダー グスタフが召喚された。


 カオスライダー グスタフ (風)

 ☆☆☆☆ (戦士族)

 自分の墓地の魔法カードを二枚までゲームから除外する。

 この効果によって除外したカード一枚につき、相手ターン終了時までこのカードの攻撃力は300ポイントアップする。この効果は一ターンに一度しか使用できない。

 攻1400 守1500


「おい、やべぇっ! 遊戯の場には一枚もカードがねぇぞ!」

 本田はがら空きとなった遊戯のフィールド上を指差し、叫んだ。

「直接攻撃されたら、ライフポイントは0になるわ……!」

「遊戯……!」

 場に一枚のカードもなく、ライフポイントは800。そんな追い詰められた状況を前に、周りで見守っている彼らにできるのは、遊戯を信じることだけだった。

「武藤遊戯……俺はここでお前を倒し、その魂を奪う!」

 叫び、目を見開いた朝倉の表情は、まるで何かに取り憑かれるかのように恐ろしかった。

「俺は負けない。 そして、お前を助けてみせる!」

 だが遊戯は何一つ恐れず、堂々と言い返した。 

「黙れっ! カオスライダー グスタフで、プレイヤーに直接攻撃!」   

 カオスライダーはブルンブルンとエンジンを吹かし、そして猛スピードで遊戯向かってバイクを走らせる。

「これで終わりだぁ! ライダーブレイク――!」

 バイクの体当たりが直撃しようというまさにその瞬間、遊戯は手札の中の一枚のカードを素早く決闘盤にの墓地カードゾーンへ送った。

「クリボーの誘発即時効果発動!」

 すると、バイクと遊戯が激突するその隙間に、――小さなマスコットキャラクターのような、毛むくじゃらで愛らしいモンスター――クリボーが出現した。

 バイクの前輪がクリボーに触れると、「くりー」という可愛らしい声と同時に、先ほどのペンシル爆弾ほどではないが、大きな爆発が起こった。

 爆発は遊戯を守る壁となり、直接攻撃を防いだ。

「ちっ、クリボー……か。ターンエンドだ」

 朝倉は吐き捨てるように言った。

「ふーっ……危なかったなぁ」

「ああ……でもさすが遊戯だぜ」

 戦況を見守る三人は、ほっと息を吐いた。

 負ければ魂を失うという過酷な闇のゲームは、見ている方も息の抜けない決闘となっていた。


 遊戯のLP800 

 手札一枚

 場 なし


 朝倉のLP2500

 手札二枚

 場 カオスライダー グスタフ


(あのときも、こんな状況だったな……)

 遊戯は脳裏に、マリクに洗脳された城之内と命を賭けた過酷な決闘をした、あのドミノ埠頭の光景を思い浮かべていた。

(あのとき俺は君たちに教えられた。相手を思う優しさは、何物にも勝る強さなのだと)

 戦いの理由や条件は違えど、ライフポイントが0になった方が命を失うという状況はあのときと同じだった。

(見ててくれ相棒、城之内くん。俺は必ず朝倉を助ける!)

 彼ら学んだ大切なことを強く誓い、遊戯はデッキからカードをドローする。 

 力強いその表情は、追い詰められているものとは感じられなかった。

「俺のターン、ドロー!」

 ドローカードを確認し、遊戯は軽く頷いた。

「俺はリバースカードを一枚セットし、そしてこのカードを攻撃表示で場に召喚する!」

 そして決闘盤に一枚のカードをセットし、さらに今ドローしたばかりのカードを決闘盤に叩き付けた。

 すると遊戯のフィールド上に、二本の巨大な槍を手に、漆黒の鎧を身に纏い、巨大な黒馬に跨った騎士が出現した。

「そいつは……暗黒騎士、ガイアか……!」 

「違うな、『疾風の暗黒騎士ガイア』だ!」

 
 疾風の暗黒騎士ガイア (闇)

 ☆☆☆☆☆☆☆ (戦士族)

 自分の手札がこのカード一枚のみの場合、このカードは生贄なしで召喚する事ができる。

 攻2300 守2100


「疾風の暗黒騎士ガイアは、手札がこのカード一枚のとき、生贄なしで召喚することができるのさ」

 遊戯は自信に満ちた表情で言った。 強い誓いが、彼をより強気にさせていた。

(ちっ、そんな方法で一瞬にして上級モンスターを召喚してくるとはな)

「いくぜっ、地を駆けろ! 疾風の暗黒騎士!」

 攻撃命令を受け、騎士をその背に乗せた黒馬は、風よりも速いスピードで相手フィールド上へ駆けた。

「ガイア! カオスライダー グスタフを攻撃だ! ――螺旋槍殺(スパイラル・シェイバー)!」

 ガイアは、手にした槍で螺旋を描き、そのままの勢いでカオスライダー グスタフに向けて鋭い突きを放った。

 鈍い音と共に、巨大な槍はグスタフの体を軽々と貫き、そのまま槍の先端が朝倉の胸に突き刺さった。

「ぐっ……! うああぁっ!」

 ガイアが突き刺さった槍を引き抜くと、その胸から激しい鮮血が噴き出し、グスタフは倒れた。


 朝倉のLP2500→1600


 ライフポイントに受けたダメージがそれほど大きくはなかったため、朝倉はグスタフのように出血することはなかった。

(ぐぅっ……痛い、めちゃくちゃ痛い……! だが、負けない。こんな痛みに負けてたまるか! 俺は負けるわけにはいかないんだ……!)

 しかし、その身に受けた痛みは普通は耐えられるようなものではなかった。だが、胸を押さえ、よろめきながら、朝倉の心は折れていなかった。

 彼が戦う理由はそれほどに大きなものであり、それに支えられて倒れないでいた。

(今は耐えろ、朝倉……! 今はこの決闘を続けるしかない。だがその中で、必ずお前を助けてみせる!)

 自分で与えたダメージなのだが、それでも遊戯は傷付く朝倉の身を案じていた。

 そんな遊戯の心の声を聞き、主人格の遊戯が再び姿を現した。

『ねぇ、もう一人の僕。ライフを失った方が命を失うこの闇のゲームで、本当に君も死なずに、朝倉くんを助けることができるの?』

 彼は心配そうに、もう一人の自分を見つめていた。

 かつて、マリクに洗脳された城之内と命懸けの決闘をしたとき、自分は、自分自身の命を捨てて城之内の方を助けようとした。

 だからこそ、もう一人の自分も同じことを考えているのではないのかと心配していた。 

「心配するな、相棒。俺も朝倉も助かる方法は必ずある。 これはあのときの、洗脳された城之内くんとの決闘とは違う、闇のゲームだ。そこに鍵はある」

 負けたほうが命を失うといっても、物理的に拘束され、水中に引きずり込まれるという条件だったあのときと、ライフポイントが減るたびに肉体にダメージを受けるという今の闇のゲームとでは"死の条件"が根本的に違う。

 遊戯の自信の根拠はそこにあった。

(決闘の中で、闇のゲームそのものを終わらせることができれば……!)

 頭の中で様々な考えを巡らせながら、朝倉の首から提げられた千年石をじっと見つめた。




 第八章 暗黒魔戦士

 遊戯のLP800 

 手札なし

 場 疾風の暗黒騎士ガイア 伏せカード一枚


 朝倉のLP1600

 手札二枚

 場 なし


「俺の、ターンだ……!」

 痛みに顔を歪めながらも、朝倉はデッキの一番上のカードに指をかけた。

 ライフポイントの減りは遊戯の方が多いが、その身に受けているダメージは明らかに朝倉の方が大きかった。

 遊戯もそれなりにダメージを受け、疲労しているものの、それと比べても朝倉の痛がりようは凄まじかった。

(暗黒騎士ガイアの攻撃力は2300。今のこの状況でそれを倒せるカードは俺のデッキには、ソーディアン・ブレイブしかない……が……!)

 魂のカードを胸に思いながらも、同時に、朝倉の脳裏にはそのソーディアン・ブレイブの魂を犠牲にした苦々しい記憶が蘇っていた。

(あんな仕打ちをしておきながら、俺はまたソーディアン・ブレイブの力を借りようとしているのか……)

 何て勝手なヤツだ。そんな自分を蔑み、朝倉は唇を噛み締めた。

(いや違う……今はそんなことを考えているときじゃない! 俺は何としても遊戯を倒さなきゃならないんだ。何を犠牲にしても!)

 自分自身に言い聞かせるように強くうなずき、朝倉はカードをドローした。

 そしてドローカードを確認し、それをじっと見つめた。

(俺は負けられないんだ。頼む、また力を貸してくれ!)

 そして手札のカード一枚を決闘盤にセットする。

「いくぞぉっ! 魔法カード『勇者降臨』発動!」

(来るかっ……!)

 直後に起こり得る事態を想像し、遊戯は身構えた。


 勇者降臨 (儀式魔法カード)

 勇者の降臨に必要。フィールドか手札から、レベルが8以上になるようカードを生贄に捧げなければならない。


「手札の八つ星モンスター『ゴギガ・ガガギゴ』生贄に捧げ、――『ソーディアン・ブレイブ』を召喚!」

 朝倉のフィールド上に、――長剣を手に、銀色の鎧と赤いマントを纏った、金色長髪の勇者――ソーディアン・ブレイブが現れた。

 光り輝く長剣――ソーディアン――の刃が、暗闇の中でもキラリと輝いている。


 ソーディアン・ブレイブ (炎)

 ☆☆☆☆☆☆☆☆ (戦士族 儀式) 

「勇者降臨」により降臨。フィールドか手札から、レベルが8以上になるようカードを生贄に捧げなければならない。

 このカードは罠の効果を受けない。

 このカードが相手モンスターを戦闘によって破壊した時、相手ライフに400ポイントのダメージを与える。

 攻2900 守2800
 

「おぉ……なんだよありゃ。結構カッコいいな、おい」

 まるでロール・プレイング・ゲームの主人公のような雰囲気を持つソーディアン・ブレイブの姿を見て、本田は思わず本音で呟いた。

「ソーディアン・ブレイブ。朝倉の魂のカードさ……」

 先の朝倉との決闘の苦い敗北の瞬間を思い出し、城之内はどこか辛そうな顔をしていた。


 颯爽と現れたソーディアン・ブレイブを前にした遊戯は、以前の戦いのときと同じように、凄まじく強烈な威圧感をその身に感じていた。

「ソーディアン・ブレイブ……こんな形でお前と再び合間見えることになるとはな」

 前回の朝倉との決闘は、何度も倒しても蘇ってくるソーディアン・ブレイブに苦戦したが、最高に楽しめた、いい決闘だった。

 次に戦うときが来ればまたあのときのような、互いの魂をぶつけ合う熱い戦いをしたいと思っていた。

 それだけに、こんな闇のゲームでソーディアン・ブレイブと再戦したくはなかったという遊戯の悲痛な訴えだった。

「お前の事情など……知ったことじゃない。 いくぞっ、ソーディアン・ブレイブ!」

 かっ! と目を見開き、朝倉は叫んだ。それに応えるようにソーディアン・ブレイブは軽く頷き、剣を構える。

「疾風の暗黒騎士ガイアを攻撃だぁ! ――魔神剣っっ!」

 ソーディアン・ブレイブで疾風の暗黒騎士ガイアを攻撃すれば600ダメージ。それに加えてソーディアン・ブレイブの効果で400ポイントのダメージ。

 ダメージは合計1000ポイントとなり、遊戯のライフポイントは0になる。

 勝利への執念か、怒涛の勢いで朝倉は攻撃命令を下した。

 ソーディアン・ブレイブもその勢いに乗り、勢いよく剣を振りきり、――魔神の息吹の如く、地を這う斬撃――魔神剣を放った。

(勝った……! これで……)

 斬撃がガイアの眼前に迫ろうとしたそのとき、遊戯が場の伏せカードを発動させる。

「罠カード発動!」

「無駄だぁっ! ソーディアン・ブレイブは罠の効果は受けない!」

 朝倉は叫び、そして勝利を確信した。

 だが、突如遊戯のフィールド上に、水色のローブを纏った修道女たちが現れる。

 彼女たちが一斉に手をかざすと、――放たれた斬撃――魔神剣は、かき消されるようにして消滅した。

「なっ……!?」

「罠カード、『和睦の使者』だ」


 和睦の使者 (罠カード)

 このカードを発動したターン、相手モンスターから受ける全ての戦闘ダメージは0になる。

 このターン自分モンスターは戦闘によっては破壊されない。


「和睦の使者の効果により、このターンの戦闘ダメージは全て0になるぜ!」

「ちぃっっ……! ターンエンドだ……!」

 朝倉は歯を食い縛り、心底悔しがった。

 和睦の使者はプレイヤーとモンスターが受ける戦闘ダメージそのものを0にする効果を持つ罠カードであるため、ソーディアン・ブレイブの効果で無効化することはできなかったのだ。

 もし『聖なるバリア ―ミラーフォース―』などの罠カードであればその攻撃を止められることはなかっただけに、朝倉の悔しさももっともであった。


 遊戯のLP800 

 手札なし

 場 疾風の暗黒騎士ガイア 


 朝倉のLP1600

 手札なし

 場 ソーディアン・ブレイブ


「そろそろ決着が近い……って感じだな」

 互いにライフは半分以下に削られ、手札はなく、上級モンスター一体ずつが対峙している戦況を前に、城之内が呟いた。

 自分の経験上、こういう状況では次にどちらかが一手を仕掛けたとき、決闘は決着するものだった。

「おい城之内、でもこのままじゃどっちかのライフが0になって、それで終わっちまうんじゃねぇのか?」

 それでは朝倉を助けることなどできはしない。本田が心配そうに言った。

「やっぱり……闇のゲームで二人ともが助かるなんて無理なの……?」

 見ていられないとばかりに、杏子は顔を伏せてしまう。

「心配すんな! 遊戯なら……遊戯ならきっと何とかするさ!」

 自分にはできないだろう。だが遊戯ならできる。 城之内はただひたすら信じていた。

(俺も朝倉も死なずにこの決闘を終わらせるには、この闇のゲームそのものを終わらせるしかない。確かではないが……その方法はある!)

 遊戯の中にその映像(ビジョン)は浮かび上がっていた。だが、遊戯は苦しそうな表情で自分の左手を見つめた。

(しかし、それにはカードが足りない……これ以上決闘を引き伸ばせば、どちらかのライフは0になってしまう。 何とかしなければ……!)

 そうなってしまっては意味がない。朝倉には抱えている闇がある。

 ソーディアン・ブレイブの悲しい眼を見て、遊戯はさらに確信することができていた。

 それを理解せぬままに、朝倉の命を奪ってしまうわけにはいかない。

「俺のターン……ドロー!」

 ならば、次の一手に勝負をかけるしかない。遊戯は決意し、カードをドローした。

「……! このカードは……」

 ドローカードを確認し、そして覚悟を決める。

「いくぜ! 魔法カード発動!」
 
 叫び、決闘盤にカードをセットした。 
 
「『天よりの宝札』――!」


 天よりの宝札 (魔法カード)
 
 互いのプレイヤーは手札が六枚になるようにカードを引く
 

「このカードの効果により、互いのプレイヤーは手札が六枚になるまでカードをドローする!」

 カードの効果に従い、手札が0の遊戯と朝倉はカードを六枚ずつドローした。

(何を仕掛けてくる……遊戯っ!)

 天よりの宝札のドロー効果はあまりに強力で、それによって、遊戯ほどの決闘者ならとてつもない戦術を仕掛けてきても何ら不思議ではなく、朝倉は自分の手札を確認することも忘れて警戒心を強めた。

 六枚のカードを確認した遊戯は瞬時に戦術を組み立て、そしてまずは一枚のカードを決闘盤にセットする。

「手札より、魔法カード『融合』を発動!」


 融合 (魔法カード)

 決められたモンスター二体以上を融合させる。


「俺は場の疾風の暗黒騎士ガイアと、手札の『暗黒魔族ギルファー・デーモン』を融合――!」

「ガイアとギルファーデーモンの融合だと……!?」

 そんな融合方法があることなど知らず、朝倉は驚きうろたえる。
 
 すると、遊戯のフィールド上に――両手足に鋭い爪を備え、背中からは羽を生やした巨大な悪魔獣――暗黒魔族ギルファー・デーモンが出現し、融合の魔法効果により、暗黒騎士ガイアとその身を一つに重ねる。

 交わった二体のモンスターは闇の中に姿を消すと同時に、新たなモンスターとなって出現した。  


 それは、悪魔のレリーフが刻まれた、赤と黒の混ざった強固な鎧を全身に纏い、その背中には悪魔の翼を備えた戦士だった。

 頭からは二本の鋭い角を生やしており、そこに映るものを鋭く突き刺すような眼をしている。

 そしてその手には、柄のない、ただ鋭い刃だけを備えた漆黒の大剣が握られている。

 
「何だ……そのモンスターは……!?」

 自分の場には、デッキの中で最強のソーディアン・ブレイブがいるにもかかわらず、遊戯の場に現れた新たなモンスターを前に、朝倉は脅威を感じていた。

「――『暗黒魔戦士−アグル−』だ!」

 
 暗黒魔戦士−アグル− (闇)

 ☆☆☆☆☆☆☆☆ (戦士族)

 【融合】「暗黒騎士ガイア(または疾風の暗黒騎士ガイア)」+「暗黒魔族ギルファー・デーモン」

 このカードの融合は上記のモンスターでしか行えず、このカードの融合素材となったカードはゲームから除外される。

 このカードがフィールド上に存在する限り、相手フィールド上の全てのモンスターは攻撃力が1500ポイントダウンし、効果モンスターの効果は無効化される。

 攻2900 守2900

 
「暗黒魔戦士アグルの効果により、ソーディアン・ブレイブの攻撃力は1500ポイントダウンするぜ!」

 暗黒魔戦士の体から発せられる闇のオーラを浴び、それによって力を失ったソーディアン・ブレイブはよろめき、剣を杖代わりにして地面に突き刺しその体を支える。


 ソーディアン・ブレイブ攻撃力2900→1400


「くっ……!!」

 場に伏せカードがないこの状況ではもやは攻撃は防げない。

 朝倉は、闇のゲームの効果でその身に受けるであろう苦痛を想像し身構えた。
 
「いくぜっ! 暗黒魔戦士アグルで、ソーディアン・ブレイブを攻撃!」

 攻撃命令を受けたアグルは悪魔の翼を羽ばたかせ、空中で、身の丈ほどもある漆黒の大剣を構える。

「――魔炎剣(フラム・ブレイド)――!」

 そしてソーディアン・ブレイブ目掛けて急降下し、闇の炎を帯びた剣を一閃した。

 その鋭さ、威力に、ソーディアン・ブレイブ抵抗することすらできずに斬られ、消滅した。

 同時に、その斬撃はその背後にいた朝倉をも捉え、その身を斬り裂いた。

「がっ……! あぁっ……はっ……!」

 
 朝倉のLP1600→100


 一気に受けた1500ポイントのダメージはあまりに大きく、朝倉は頭のてっぺんから足の爪先まで、全身に凄まじい激痛を感じた。

 顔を歪め、それは叫び声を上げるほどの痛みだったが、それをも通り越し、まともに声も出せなかった。

 一瞬、目の前が真っ暗になり、意識を失いそうになった。このまま死ぬのかとも思った。

 だがそんな朝倉の脳裏に、暖かい笑顔が浮かんだ。  

 それは、孤児院のたくさんの子供たちであり、そして院長先生――春野美雪――の笑顔だった。

(ぐっ……! 負けてたまるか! たとえ死ぬほどの痛みだったとしても、まだ……死ねないっっ!)

 闇のゲームにおいて、残りライフポイントが100という死の境界線で、朝倉は何とか踏み止まった。

(死ぬな、朝倉……もう少し耐えてくれ。この闇のゲームから、必ずお前を助けてみせる……!)

 激痛に耐える朝倉の姿を見て、遊戯の背中には冷たい汗が流れていた。

 必ず助けると誓った。死なせるわけにはいかなかった。

「俺はリバースカードを一枚セットし、ターンエンドだ!」


 遊戯のLP800 

 手札三枚

 場 暗黒魔戦士−アグル− 伏せカード一枚


 朝倉のLP100

 手札六枚

 場 なし




 第九章 二人の遊戯は

 遊戯のLP800 

 手札三枚

 場 暗黒魔戦士−アグル− 伏せカード一枚


 朝倉のLP100

 手札六枚

 場 なし


「俺の……ターン……」

 闇のゲームの中で残りライフポイントを100まで減らされた朝倉がその身に受けたダメージは大きく、もはやデッキからカードをすることすら苦しかった。

(目がかすむ……手も足も震える……だが、負けられない。負けるわけにはいかない……!)

 力を振り絞り、朝倉はカードをドローした。

(ここで負けたらあの人が……俺は何のために闇のゲームなんかに手を出したのか、わかんなくなっちまう……!)

 残された全ての力を振り絞ろう。その後のことは知らない。

「魔法カード――死者蘇生! 蘇れ……ソーディアン・ブレイブ!」

 
 死者蘇生 (魔法カード)

 自分または相手の墓地からモンスターを一体選択して発動する。選択したモンスターを自分のフィールド上に特殊召喚する。


 ソーディアン・ブレイブ (炎)

 ☆☆☆☆☆☆☆☆ (戦士族 儀式) 

「勇者降臨」により降臨。フィールドか手札から、レベルが8以上になるようカードを生贄に捧げなければならない。

 このカードは罠の効果を受けない。

 このカードが相手モンスターを戦闘によって破壊した時、相手ライフに400ポイントのダメージを与える。

 攻2900 守2800


 死者蘇生の魔法効力により、再び朝倉のフィールド上にソーディアン・ブレイブが現れた。

(俺は、何も失いたくない……ソーディアン・ブレイブ、俺に力を貸してくれっ!)

 朝倉の心の叫びに応え、ソーディアン・ブレイブは頷くが、暗黒魔戦士アグルの永続効果によりその攻撃力はダウンしてしまう。


 ソーディアン・ブレイブ攻撃力2900→1400


「手札から……魔法カード『サラマンドラ』を発動……っ!」

 朝倉が決闘盤にカードをセットすると、ソーディアン・ブレイブの剣を、竜の如く渦を巻きながら膨大な量の炎が覆った。


 サラマンドラ (装備魔法カード)

 炎属性モンスターの攻撃力は700ポイントアップする。


 ソーディアン・ブレイブ攻撃力1400→2100


「さらにもう一枚……サラマンドラを発動!」

 朝倉はさらにもう一枚サラマンドラのカードを決闘盤にセットする。

 ソーディアン・ブレイブの剣を覆う炎はさらに倍、膨大な量となる。


 ソーディアン・ブレイブ攻撃力2100→2800


「さらに、装備魔法カード……!」

「まさか、そんなふうに何枚ものカードで、ダウンしたソーディアン・ブレイブの攻撃力を再び上げるつもりか……!」

 まさに命懸け。朝倉の気迫に、遊戯は圧倒されていた。

「俺が生きるも死ぬも……それは……ソーディアン・ブレイブと一緒さ。『執念の剣』を装備する!」

 朝倉のフィールド上に、不気味な雰囲気を漂わせる黒色の剣が出現すると、ソーディアン・ブレイブは空いているもう片方の手でその剣をつかんだ。


 執念の剣 (装備魔法カード)

 装備したモンスターの攻撃力と守備力は500ポイントアップ!このカードが墓地に送られた時、デッキの一番上に戻る。


 ソーディアン・ブレイブ 攻撃力2800→3300


「攻撃力3300……だと!」

 攻撃力を1500ポイント下げらながら、それでも暗黒魔戦士アグルの攻撃力を上回られたことに朝倉の執念を感じ、遊戯は驚きを隠せなかった。

「まだだっ! さらに手札から……永続魔法カード『連合軍』を、発動する……!」

 朝倉がさらにカードを決闘盤にセットすると、そのカードがフィールド上に現れる。

 そこには、複数の戦士や魔術師たちが、力をあわせて戦おうとしている様が描かれていた。


 連合軍 (永続魔法)

 自分フィールド上に存在する戦士族・魔法使い族モンスター一体につき、自分フィールド上の全ての戦士族モンスターの攻撃力は200ポイントアップする。


 ソーディアン・ブレイブ 攻撃力3300→3500


「いくぞぉっ! ソーディアン・ブレイブで、暗黒魔戦士アグルを……攻撃!」

 朝倉は痛みに苦しみながらも声を張り上げ、攻撃命令を送った。

 サラマンドラの炎を帯びた剣、そして執念の剣。二本の剣を手に、ソーディアン・ブレイブは地を駆ける。

「いけぇぇぇっ! 魔神−執炎斬(まじん−しゅうえんざん)!」 

 そして暗黒魔戦士アグル目掛けて二本の剣を交差させ、勝利への炎と勝利への執念が交わった斬撃を仕掛けた。暗黒魔戦士アグルは手にした大剣とともに斬られ、消滅した。

 さらにサラマンドラの炎が遊戯を襲い、その身を焼き尽くす。

「ぐっ……あぁぁぁぁっ!」

 
 遊戯のLP800→200


 暗黒魔戦士アグルの特殊効果によってソーディアン・ブレイブの――相手モンスターを戦闘によって破壊した時、相手ライフに400ポイントのダメージを与える――効果は無効化されており、遊戯のライフポイントは何とか首の皮一枚残った。

 だが残りライフポイントは僅かに200となり、朝倉と同様に、遊戯が肉体に受けたダメージは大きかった。

 しかし遊戯もまた倒れなかった。右手で左肩を、左手で右肩を、体を支えるようにガッチリと掴み、堪えた。

(ここまで来て……倒れてたまるかっ!)

 朝倉を支えるのが勝利への執念なら、遊戯を支えるものも執念だった。

 朝倉を助けるという、ただそれだけの執念だった。

「リバースカード……オープン! 罠カード、『暗黒の魂連鎖(ダーク・ソウル・チェーン)!」

 
 暗黒の魂連鎖 (罠カード)(オリジナルカード)

 自分フィールド上の「暗黒」と名のつくモンスターが破壊され墓地へ送られた時に発動する事ができる。

 自分のデッキから「暗黒」と名のつくモンスター一体を特殊召喚する事ができる。  


「このカードの効果により……俺は、デッキから『暗黒の竜王(ドラゴン)』を特殊召喚する!」

 遊戯は決闘盤からデッキを外し、その中から一枚のカードを選んで決闘盤に置いたが、肉体のダメージの影響で、その動きは明らかに遅かった。

 暗黒の魂連鎖の効果により、遊戯のフィールド上に、暗黒魔戦士アグルの魂を受け継いだ――緑色の鱗の巨大な竜――暗黒のドラゴンが現れた。


 暗黒のドラゴン (闇)

 ☆☆☆☆ (ドラゴン族)

 攻1500 守800


「へっ……今更そんなザコモンスターを召喚して、どうするつもりだよ……?」

「もちろん……朝倉、お前を助けるつもりだ」


 遊戯のLP200 

 手札三枚

 場 暗黒のドラゴン


 朝倉のLP100

 手札二枚

 場 ソーディアン・ブレイブ(サラマンドラ×2、執念の剣を装備)(=攻撃力5000) 連合軍(永続魔法)


「もうダメ……朝倉くんも、遊戯もボロボロじゃない!」

「このままじゃ二人とも死んじまうぜ!」

 無理だとわかっていても止めなければ取り返しのつかないことになってしまうと、杏子と本田は叫ぶ。

「遊戯を……遊戯を信じるんだ! あいつならきっと何とかしてくれる! 今、俺たちにできるのは信じることだけだ!」

 自分も怖くて仕方なかった。遊戯も朝倉も命を失ってしまう結果になるのでは……と。

 その不安をかき消すかのように、そして戦場の友の背中を押すように、城之内は必死に叫んだ。

「俺のターン……」
(このターンしかない……もうこれ以上、決闘を引き伸ばせない……)

 自分自身の体の痛み、そして疲弊しきった朝倉の様子から、ライフポイントの有無に関わらず、これ以上長くは決闘を続けることはできないと遊戯は判断した。

(ならばここで、このターンでこの闇のゲームを終わらせるしか……ない)

 闇のゲームを終わらせる。だが果たしてこのターンでそれができるだろうか? 遊戯は思い、一瞬ドローを躊躇った。

 だがそんな遊戯の脳裏に、三度(みたび)、主人格の遊戯の声が響いた。

『大丈夫だよ、もう一人の僕。 今のきみには、朝倉くんが抱えている闇を共に背負う覚悟がある。きっとこの決闘の先に、彼の苦しみや悲しみは見えてくるはずさ。だから……』

 主人格の遊戯の温かい言葉は、もう一人の遊戯の背中を強く押した。

「ああ……ありがとう相棒。俺は自分自身を、そして、朝倉を信じるぜ!」

 二人の遊戯は心を通じ合わせ、カードをドローする。

「ドローカード!」

 カードの絵柄を確認し、遊戯は眼を見張った。

(よし……! このカードに全てを懸けるぜ!)

「いくぞっ! 暗黒のドラゴンを生贄に捧げ、『ブラック・マジシャン・ガール』を召喚!」

 遊戯は決闘盤の暗黒のドラゴンのカードを外し、新たなカードを置いた。

 するとフィールド上に、――ピンクと水色の派手な魔術師衣装に身を包み、スティックを手にした少女――ブラック・マジシャン・ガールが、遊戯のフィールド上に現れた。

 美しく長い金髪髪、パッチリした空色の瞳にあまりに愛くるしいその顔立ち、そして大胆に開かれた胸元にミニスカート。

 その少女はもしも立体映像でなければ、いや、たとえ立体映像だとしても、世界中の数多くの男性を魅了するであろう魅力を持っていた。

 まさにそれは、後にも先にもそれを越えるものはいない。デュエルモンスターズ界最高の美少女と呼ぶにふさわしい少女だった。


 ブラック・マジシャン・ガール(闇)

 ☆☆☆☆☆☆ (魔法使い族)

 自分と相手の墓地にある「ブラック・マジシャン」と「マジシャン・オブ・ブラックカオス」一体につき、このカードの攻撃力は300ポイントアップする。

攻2000 守1700


「さらに魔法カード――『賢者の宝石』を発動!」

 遊戯のフィールド上に魔方陣が浮かび上がり、そこから、眩い輝きを放つ青い宝石が浮かび上がってきた。

 戦況を見守りながらそれを見た杏子は、はっとなった。それは、かつてビッグ5のペンギン・ナイトメアとの決闘で、自分を窮地から救ってくれたカードだったのを思い出したのだ。

「賢者の宝石……あれは、ブラック・マジシャンを呼び出す効果を持った魔法カードだわ」


 賢者の宝石 (魔法カード)
     
 自分フィールド上に「ブラック・マジシャン・ガール」が存在する場合に発動する事ができる。

 自分の手札またはデッキから「ブラック・マジシャン」一体を特殊召喚する。


「その効果により、俺は手札からブラック・マジシャンを特殊召喚するぜ!」

 遊戯が手札のカードを決闘盤に叩きつけると、フィールド上の賢者の宝石がさらに激しい光を放つ。

 その光の中から、――黒き法衣に身を包んだ長身の魔術師――ブラック・マジシャンが現れた。


 ブラック・マジシャン (闇)

 ☆☆☆☆☆☆☆ (魔法使い族)

 攻2500 守2100


 華麗なコンボにより、一瞬にして遊戯のフィールド上に魔術師師弟コンビが揃った。

 本来ならここで城之内や本田あたりが「出たぁー! 遊戯のデッキ最強のコンビが揃ったぜ!」と叫ぶような場面だったが、遊戯と朝倉が限界まで傷ついているのは明らかであり、とてもそんな声が上げられるような状況ではなかった。

 城之内も本田も杏子も、誰も声を出さない。 見ている者にできるのは、ただ信じ、祈ることだけだった。


 遊戯のLP200 

 手札一枚

 場 ブラック・マジシャン ブラック・マジシャン・ガール


 朝倉のLP100

 手札二枚

 場 ソーディアン・ブレイブ(サラマンドラ×2、執念の剣を装備)(=攻撃力5000) 連合軍(永続魔法)


「見事なコンボだ、武藤遊戯……だが、最大限まで強化されたソーディアン・ブレイブの攻撃力は5000だ……魔術師コンビが揃ったところで、無意味なんだよ……!」

 ふらつきながらも、朝倉は執念剥き出しの恐ろしいまでの目付きで遊戯を睨んだ。

 その姿は、闇に囚われた哀れな決闘者と呼べるものだった。

 そんな朝倉を守るように、二本の剣を手にした勇者はその前に立ちはだかっている。

「無意味じゃないさ。この二人の魔術師と、そしてこのカードが、お前が抱える闇を砕く……!」

 遊戯は手札に残された一枚のカードを強く突き出し、そして願いを込めて決闘盤にセットした。

「いくぜ、朝倉っ! 魔法カード――『ラスト・レインボー』発動!」

 
 ラスト・レインボー (魔法カード)(オリジナルカード)

 自分のフィールド上に「ブラック・マジシャン」と「ブラックマジシャンガール」が存在するとき発動可能。

 相手フィールド上に存在する全てのカードをゲームから除外する。

 このカードの発動はいかなる場合も無効化されず、またこのカードを発動したターン「ブラック・マジシャン」と「ブラックマジシャンガール」は攻撃できない。


(この闇のゲームを終わらせるには……闇のゲームの発動原因となっている千年アイテム、つまり千年石を破壊するしかない!)

 通常の決闘ではない闇のゲームである以上、その闇の力を越えるそれ以上の力をぶつければ千年アイテムを破壊することも可能である。それは遊戯の推測であり、そして賭けだった。
 
「二体の魔術師による最上級魔術、ラスト・レインボー! その力で、この戦いを終わらせるっ!」

 千年石を破壊できる可能性があるとすればこのカードであり、遊戯の中で、これ以外に朝倉を助ける手段はなかった。

 ブラック・マジシャンとブラック・マジシャン・ガール。二体魔術師は手にした杖を高々と掲げる。

「「はぁぁぁあっ……!!」」

 そして杖先から、それぞれ自身の中に眠る全ての魔力を天に向かって放出した。

 凄まじい勢いで放たれた魔力は天高い位置で衝突し、炸裂した。 

 すると、炸裂した魔力は眩い輝きを放ちながら、流星の如く天から地上に降り注ぐ。

 無数の光はフィールド上のソーディアン・ブレイブを貫いた。

 その魔法効果によりソーディアン・ブレイブは消滅したが、それでは終わらず、遊戯の狙い通りに更なる光が降り注ぐ。

「いけえぇぇっ! ラスト・レインボー!」

 光は、朝倉の胸の千年石を目掛けて降り注ぎ、そして痛烈に直撃した。

(――砕けっ……!)

「がっ……!」

 朝倉はその勢いに押され仰向けに倒れた。

 同時に、千年石は音をたてて粉々に砕け、その破片が辺りに散らばった。

「やった……のか……?」

 すると、二人の周囲を覆っていた真っ黒な闇の空気が消えた。 

『やったよ、もう一人の僕! 闇のゲームが終わったんだ!』

「ああ……あぁ! 終わったんだ!」

 遊戯は心の底から安堵し、笑顔を浮かべ、拳を握り締めた。

「やった……やったぞ、杏子、本田! 遊戯が闇のゲームを終わらせたんだ! これで遊戯も朝倉も死なずにすんだんだ!」

 これまでの張り詰めた不安は一掃され、城之内は喜びを爆発させた。

「やった……遊戯っ!」 

「うおっしゃぁぁぁっ! 凄ぇぞ遊戯ぃ!」

 三人は遊戯に駆け寄り、とにかく無事を喜んだ。

 そして、すぐに朝倉の身を案じて駆け寄った。






 遊戯のLP200 

 手札なし

 場 ブラック・マジシャン ブラック・マジシャン・ガール


 朝倉のLP100

 手札二枚

 場 なし
 

 第十章 ひとり


「負けたのか……俺は……」

 倒れたまま天を仰ぎ、朝倉は呟いた。

 決闘が途中で中断されたため勝敗は記録されなかったが、思惑通りに闇のゲームを終わらされてしまったのだから、それは完全な敗北だった。

(ソーディアン・ブレイブの魂を犠牲にして、己を捨てて……闇に手を染めた……。 その結果がこれか……情けねぇ。俺には、何も救えないのか……)

 闇のゲームが終わったことで、決してなくなったわけではないものの、体中の痛みは幾分かマシになっていた。

 だがもうどうでもいい。朝倉は起き上がれるが、起き上がろうとはしなかった。 

 だが、駆け寄ってきた遊戯の手によってその上半身が強制的に起される。

「朝倉っ! おい、しっかりしろ!」 

 遊戯が、そして城之内、杏子、本田が心配そうに朝倉を見つめる。

「くっ、余計なことをしやがって……!」

 わざわざ闇のゲームを終わらせるような戦い方をした遊戯に腹立たしさを感じ、朝倉は自分を抱える遊戯の手を払い除けて立ち上がった。

「朝倉……教えてくれないか。どうしてこんなことをしたのか……?」

 朝倉は背を向け、口を閉ざした。

 そんな朝倉に、遊戯の後ろから城之内が声をかける。

「なあ、朝倉。お前にとっては余計なことだったかもしんねぇけど、遊戯はお前のために必死に戦ったんだ。話を聞く権利くらいはあると思うぜ」

 その言葉に心を軽くしたのか、朝倉はふーっと息を吐き、背を向けたまま静かに口を開いた。

「俺には守るべき人がいる。何を犠牲にしても、守るべき人が……それだけだ」

 城之内、本田、杏子の三人は、朝倉が何のことを言ってるのかさっぱりわからないといった様子だったが、遊戯は一瞬悩んでから、はっとなった。

 以前に朝倉との決闘を追え、孤児院の話を聞いたときに言っていた言葉を思い出したのだ。

 ――――孤児院のチビたち。そして何より、捨て子だった俺をここまで育ててくれた院長さんにはずっと笑顔でいてほしい。俺は守らなきゃならないんだ。

「まさか……人質にとられているのか……? 孤児院の院長先生を!」

 それならば全て納得がいく。朝倉の背後にいる黒幕の存在。そしてなぜ朝倉がそいつに従わなければならなかったのか。

「……ああ……そうだ……っ!」

 朝倉は悔しさを噛み締めるように、声を震わせた。

「そんな……っ」

「だからってよぉ……!」

 大切な人を人質にとられて戦わなければならなかった。そんな朝倉の辛い真情を察し、杏子は悲しげな眼で彼を見つめた。

 その理由を聞きながら、だからといって遊戯の命を奪おうとしたことはやはり許されることではないと、本田はやり場のない怒りを覚えていた。

「非難は覚悟の上だ、なんとでも言うがいいさ。だが俺は……自分のしたことに何の後悔もない!」

 抑えきれない気持ちを爆発させ、朝倉は振り返った。

「たとえ何度生まれ変わったとしても、必ず同じ道を選ぶ! あの人は……俺にとってかけがえのない人だから!」

 大切な人を守るために、他人を傷付ける。それは正しいことではないだろう。

 だが、それは朝倉にとって辛い選択だった。間違いだとわかっていても、大切な人を守るためにはそうしなければならなかった。

「朝倉……」

「こいつ……」

(そこまで思っているのね……その人のことを)
 
 必死の形相で叫んだ朝倉に「お前のしたことは間違っている!」と強く言う気にはなれず、遊戯たちは言葉を詰まらせた。

 だが。

「このバッカ野郎がぁ!」

 遊戯の後ろから城之内が飛び出し、朝倉の胸倉をつかんだ。

「お前のしたことは絶対間違ってる! なぁ朝倉。お前間違ってるよ!」

「城之内くん……」

 朝倉の心中を察して自分が言えなかったことを、大声で堂々と言った城之内を、遊戯たち三人はただ唖然と見つめていた。 

「……黙れっ! 城之内克也、お前に言われる筋合いはない! これは……俺が自分ひとりで決めたことだ!」

 城之内の手を振り払おうと、朝倉はその腕を強くつかんだが、ビクともしなかった。

「だからっ! その自分ひとりってのが間違いだって言ってんだろうが! どうしてそれがわかんねぇんだ!?」

 城之内はさらに叫び、胸倉をつかんだ手に力を込め、ぐいっと引き上げる。

 首元が絞まり、苦しかった。だが何より朝倉は城之内の真剣な眼差しに、身動きが取れなかった。

「城之内くん、手を」

 放っておいたら絞殺してしまいそうなほどの勢いを感じ、遊戯はそっと城之内の腕をつかんだ。

「え……あ……悪ぃ、興奮しすぎちまった」

 城之内がはっと我に返ったように手を放すと、解放された朝倉は激しく咳き込みながら服の乱れを直した。

 城之内もまた乱れた息を整え、そしてさらに言葉を続ける。

「……俺にも大切な妹がいる。あいつのためなら何でもするし、多分、自分の命だって迷わず投げ出せる。 でも……たとえ静香のためでも、仲間を傷付けることはできねぇ」

「だったら……だったらどうしろってんだよっ! どっちかを傷付けなきゃ、どっちかを助けられねぇ! なら、どっちを選べばいいんだよ! 何が正解なんだよっ!?」

 朝倉は自棄になったように叫び、自分の中で散々悩み続けた問題を問いかけた。  

「どっちも選らばねぇ。っていうか選べねぇ。俺なら、どっちも傷付けねぇよ」

「くっ……ふざけんなっ!」

 そんなことできるわけないだろ! と、朝倉は城之内につかみかかろうとしたが、遊戯が前に出てその手をつかんだ。

「武藤遊戯……!」

 そして寂しげな眼で朝倉を見た。

「どうして何も相談しなかった? どうしてひとりでやろうとした?」

「どうして……だと……?」

 困惑したように力なく声を出した朝倉に、遊戯はさらに言葉を続けた。 

「ひとりで抱えて、ひとりで苦しんで……なぜお前だけが傷付かなければならないんだ? 苦しいときに助け合うのが、仲間のはずだ」

「仲間……だと」

 きれいごとを言うな! と言い返そうとしたが、遊戯の眼はあまりに真剣で、そんな気持ちはすぐに消えてしまった。

「こんなことした俺を……お前は仲間なんて言うのかよ……」

「ああ」

「あったりめぇだろ! 出会ったばっかりだとか、そんなこと関係ねぇ。決闘者は一度決闘すりゃそれで仲間だ! 当然、俺も仲間だぜ、朝倉!」

「俺は決闘者じゃねぇし、お前のこと何も知らねぇけど、ダチのダチはダチだ。だから俺も仲間だ!」

「じゃあ、あたしもね!」

 遊戯たちの嘘偽りない笑顔を、朝倉は不思議そうに見つめた。

「何だよお前ら……わけわかんねぇ。変なやつらだな」

 ふっと吹き出し、そして笑った。

「朝倉、今からでも遅くない。俺たちも一緒に戦う。そしてお前の大切な人を取り戻すんだ!」

「武藤遊戯……」

 ああ。朝倉がそう口を開こうとした瞬間。その背後に、闇の中から抜け出たかのように、誰もいなかったはずの場所に黒いローブの男が現れた。 

「とんだ茶番だったな」

 その低く、思い声に驚き、朝倉は慌てて振り返って飛び退いた。

「てめぇっ……!」

「しくじったようだな、朝倉光樹。まあ、期待半分だったのも事実だがな。だからお前にはレプリカの千年石を渡していた」

 男は嘲笑し、ローブを脱ぎ捨てた。その下にはスーツ姿の人間がいた。

 女性かと思うような肩まで伸びた黒い長髪、ギラリ光る不気味な眼光。そして首からは、先ほどまでの朝倉と同じように千年石を提げている。

「レプリカ……つまりそれが本物の千年石で、お前が朝倉を脅して操っていたんだな!」

 遊戯は、同じ千年アイテムの所持者である男の力を警戒しながらも強く言い放った。

「脅した……か、たかが女一人の命をちらつかせただけなのだが、まあそれも脅したというのかな」

「貴様っ!」

 人を小ばかにしたような男の態度に、遊戯は強く食って掛かった。

 遊戯だけではなく、城之内もまた、今にも殴りかからんといった様子で男を睨みつけている。

 院長を人質に取られているという事情もあり、朝倉は恐る恐る男の様子を伺っている。
 
「ふふふ、威勢がいいな武藤。なんならこの私が相手をしてやろうか?」

 そう言って男が手をかざすと、その周りの空間が蠢き、何もなかったはずの男の手に決闘盤が装着された。

 それが千年石の力によるものなのだろうと判断し、遊戯たちは特に驚きはしなかった。

「元々、私の目的はお前の魂を手に入れることだからな。そのためにそいつを利用したのだが、中々思い通りにはならなかった。 ふふ、全く、できの悪い息子を持つと苦労させられる」

 男はさらりと言ってのけたが、遊戯たちは驚愕し、一瞬言葉を失った。

「息子……!?」

「私は天月響(あまつき ひびき)。朝倉光樹の父だ」







(俺の父親……か)

 俺は生まれて間もない頃に孤児院の前に捨てられていた。

 そしてそれから十七年間、孤児院で育った。そう聞いていた。 

 でも、それは嘘だった。レベッカとの決闘を終えた翌日、院長先生の口から語られた事実。

 ――十七年前の雨の日、孤児院にやってきたある男が、院長先生に赤ん坊を押し付け、そして去っていった。

 その赤ん坊は俺で、その男は俺の父親――

 話を聞いて少し驚いた。ほんとに少しだけ。でもそれだけだ。ショックでもなければ怒りも沸かない。 

 自分を捨てた親なんか家族とは思わないし、院長先生にチビたち。俺にはちゃんと家族がいる。それで十分だった。

 その男は、俺が決闘者になるとか、いずれ迎えに来るとかいろいろ言ってたらしいが、それもどうでもよかった。

 ほんとに迎えに来るなんて思ってないし、来たら来たで追い返すし。

 
 第十一章 父親

 
「ふー……今夜は結構冷えるな」

 夕方のおやつの時間にスイートポテトを作ったせいで、明日の朝食用のマーガリンがなくなったのに気付き、俺は院長先生に頼まれておつかいに行き、今戻ってきた。

 孤児院の就寝時間は過ぎており、スーパーも閉店間際だった。辺りはすっかり真っ暗だ。

「ん?」

 門の近くの駐輪所で自転車を止めたところで、門の前にある人影に気付いた。

 マーガリンの入ったスーパーの袋を手に、門の方へ足を勧めると、そいつの姿が確認できた。

 背の高い、暗闇に溶け込むような真っ黒いローブで全身を覆った男だった。

 その男に、何となく言葉では言い表せない不気味な雰囲気を感じながらも、孤児院の前に居られては無視するわけにもいかなかった。

「おーい、何してんだあんた? うちに何か用か?」

 俺の呼びかけに気付き、男は振り向いた。

 深く被ったフードのせいで顔は見えなかったが、ニヤリと笑みを浮かべた口元ははっきりと確認できた。

「ふふ、大きくなったな、息子よ」

 低く重い、不気味な口調だったが、そんなことよりも俺はその言葉に驚いた。

「息子だと……? てめぇは……!」

 普段なら、いきなりそんなこと言われても全く信じる気にはなれなかっただろうが、昨日院長先生にあんな話を聞いた影響もあり、俺の中では半信半疑といったところだった。

「ああ。十七年前の雨の日、ここの孤児院にお前を預けた父親だよ。名は天月響という」

 悪びれる様子もなく、普通に言い切ったこの天月という男から、院長先生が言っていた"不気味な雰囲気”を俺も感じていた。

 そして「十七年前」「雨の日」「孤児院に預けた」その日を連想させる幾つかの単語から、俺は確信した。

 こいつは俺を捨てた父親だ。  

 もちろん何らかの理由で真実を知った別人という可能性もあったが、俺の勘が言っている。

 こいつは俺を捨てた父親だ。

「で……? 何しに来たんだよ?」

 俺は父親……天月を鋭く睨みつけ、強い口調で言った。

 自分でも驚くくらいに俺の心は落ち着いていた。

 もしかしたら院長先生から話を聞いたその瞬間から、俺はなんとなく予感していたのかもしれない。

 この男が、天月響が俺の前に現れるということを。 

「感じたからさ、お前の波動をな。ふふ、いい決闘者に成長したものだ」

 院長先生から聞いた話だと、生まれて間もない俺から決闘者としての波動を感じ、そして決闘者として成長したときに迎えに来ると言ってたらしいが……なるほど、それで今更のこのこやって来たってわけかよ。

「俺が決闘者として育って、それがお前にとって何になるんだ? ……お前の目的は何だ?」

 俺が育つのを十七年も待って、こいつは一体何を欲していたんだ?

「目的か、お前の魂を頂くことさ」 

「!!」

 天月の言葉に背筋が凍るのを感じ、俺は一歩退いた。

「魂……だと? てめぇ何を……」

「ふふ、まあ信じられんだろうが、これによってそれも可能なのだよ」

 驚く俺をバカにするような目で見ながら、天月はローブの中に手を入れ、そして何か石ころのような物を取り出した。

 それは黄金色の光る石だった。その表面には何か気持ち悪い眼のような模様が描かれていた。

 その眼の模様には、じっと見ていると吸い込まれてしまいそうな、そんな不思議で不気味な雰囲気が漂っていた。

「何だよ、それ……?」

「闇の力を秘めた千年アイテムの一つ。千年石だ」

「千年……アイテム……?」

 何言ってんだこいつ? 俺は眉を顰めた。

「ふふ、お前はただ黙って私の話を信じればいいのだよ。 千年アイテムに秘められた力により、闇のゲームと呼ばれる互いの魂を賭けた決闘を行うことが可能となるのだ」

「はっ……! 何をバカなことを。頭おかしいのか? てめぇ」

 と言いながらも、俺は動揺を隠せず、声はやや震えていた。

 信じられるはずのない話だが、信じてしまいそうな感覚だった。 だって、そんなくだらない嘘を言って何になる? 吐くならもっとましな嘘を吐くはずだ。

「武藤遊戯。ヤツもまた千年アイテムの所持者だ」

「武藤遊戯……あいつが!?」

 驚きながらも、俺は前に武藤遊戯と決闘したときの事を思い出した。

 そういえば、あいつは首から逆三角形のペンダントをぶら提げていた。そこには天月が持っている石と同じ模様が描かれていた。あれがそうなのか?

「……まあいいや。いろんなことがいっぺんに起こりすぎて頭がごちゃごちゃしてるけど……お前の目的は俺と決闘することなんだろ? だったら相手してやるよ!」

 俺はぐっ! と拳を突き出した。頭の中はごちゃごちゃしてたが、闘争心は沸いていた。

「お前の話、全部信じてやるよ。俺に勝てば、魂でも何でも勝手にもっていけばいいさ。闇のゲームだか何だかしんねぇけど、さっさと始めようぜ!」

 俺の魂を奪って天月が何をしたいのか? 疑問ではあったがそれを聞こうとは思わなかった。魂を奪われるってことは、よくわかんねぇけど、多分死ぬってことになるだろう。死んだ後のことなんか興味はない。

 俺は、孤児院から決闘盤を持ってくればいつでも決闘を始められる状態だった。

 だが天月は、そんな俺の闘争心をさらりとかわすように、「まあ待て」と小声で言った。

「確かにここにお前を預けたときは、成長したお前の魂を頂くことを考えていたが、今は違うのだ」

「……? どういうことだ?」

「今の私の目的は、武藤遊戯の魂だ」

「何だと……?」

「そのためにお前を利用したいのだ。お前が私のために、闇のゲームで武藤遊戯の魂を奪うのだ」

 はあ? 何をわけのわかんねぇことを。俺は呆れて首を傾げた。

「俺がお前なんかの命令通りに動くと思ってるのか? むしろお前をぶっ倒してそれを阻止してやるよ!」

 もうこれ以上言葉はいらない。 俺は門を開け、孤児院の中に入った。

 チビたちはもう寝てる時間だ。起さないように静かに渡り廊下を歩きながら、決闘盤を置いてある院長室へ向かった。

「院長先生、ちょっと決闘盤持ってくよ」

 扉を開けたが、そこに院長先生の姿はなかった。

 俺は普段感じたことのない妙な違和感を感じた。姿がないというよりも、この孤児院に"院長先生の気配"を感じなかった。いつも感じられる院長先生の気配を。

(……どうなってる? ここに院長先生がいない。それが確信できている。何でだ?)

 何でだ? って、答えは一つしかない。ヤツだ……!

 決闘盤を手に、俺は慌てて孤児院を出た。

「てめぇ! 院長先生に何をした! どこへやった!?」

 ぶち殺してやろうかという勢いで、俺は天月につかみかかった。

「ふふふ、お前が私の命令通りに動くとは思っていない。だから春野美雪を人質に取らせてもらったよ」

 つかみかかった俺の手を振り払おうともしない天月の笑みに、俺はとてつもない恐怖を感じた。

 院長先生の命はこいつの気分次第。どうすればいい……? 答えは一つしかなかった。

 俺はゆっくりと、ローブをつかんだ手を放した。

「……わかった……お前の言う通りにする。武藤遊戯を、倒せばいいんだな?」 

「ふふ、聞き分けのいい子だ。 お前にこの千年石を預けよう。闇のゲームで遊戯を負かし、その魂を奪うのだ」

 そう言うと、天月は千年石という石を差し出した。俺はそれを受け取った。

 石を手にした瞬間、それに秘められた何か不思議な力のようなものが俺の体中を駆け巡った。

 千年アイテムやら闇のゲームやら、はっきりいって俺には意味不明なことだったが、その恐ろしさを何となく理解できたような気がした。

 これは、俺なんかが手を付けていいような力じゃない。そう思ったが、院長先生を人質に取られてしまっている今、俺に拒否権はなかった。

「全てお前に任せたぞ、息子よ。どんな手を使ってでも遊戯の魂を奪うのだ」

 そう言い残し、天月は俺の前から姿を消した。
 

(くっ……本当にやるのか? 何の関係もない武藤遊戯の命を奪うような真似を……)

 言う通りにするとは言ったものの、俺は自分が犯そうとしている過ちを想像し、躊躇っていた。

 武藤遊戯は、俺が決闘者として忘れかけていた大切なことを思い出させてくれた恩人のような存在だ。

 そんな武藤遊戯の命を、俺が……。

 だがそんな俺の脳裏に、院長先生の顔が浮かび、はっ! となった。

(いや……俺にとって院長先生はかけがえのない人だ。何を犠牲にしたとしても、俺は……あの人を守らなければならないっ……!)

 迷いは捨てた。俺は、院長先生を守る。

 例え何度生まれ変わっても、必ず同じ道を選ぶ。 

 
 その後、彼は城之内の元へ向かった。

 彼を倒し、レッドアイズのカードを奪い、そして遊戯を誘き出すために。




 第十二章 VS天月

「なんてひでぇ話だよ。父親が息子を脅して操っていたなんてよ……」

 朝倉の弱みを握った天月の卑劣さを知り、城之内は吐き捨てるように言った。

「ひどい? それは心外だな。計算高いと言ってくれないか。全ては私の計算通りだ」

 悪びれる様子もなく、むしろ自慢げな天月の態度に、その場にいる全員が強い怒りを覚えた。

「もっとも、武藤遊戯如きに私の手を煩わせるまでもないと思っていたが、それ以上に朝倉光樹がここまで弱かったというのは計算外だがな」

「御託はもういいぜ! 俺の魂が欲しいのなら、回りくどい真似をせず、直接俺と戦って奪ってみせな!」

 叫び、遊戯は決闘盤を構えた。

 いいだろう。と天月も応えたが、そんな二人の間に朝倉が割って入った。

「待ってくれ、武藤遊戯。俺が……俺がこいつと戦う」 

「朝倉……だが」

 院長先生を人質に取られている状況で、人質に取っている相手と戦う。

 そんな精神的に不利になるであろう決闘をさせるわけにはいかない。遊戯はそう思い、止めようとした。

「お前は……お前たちは俺を仲間だと言ってくれた。なら俺もそれに応える。戦って、こいつを倒して、俺が院長先生を助ける!」

 だが決意を秘めた強い決闘者の言葉に、遊戯は止めるのをやめた。

「わかった。お前に任せるぜ、朝倉!」 

 遊戯は下がり、そして朝倉は前に歩み出て、天月と向かい合った。

「俺は弱かった……お前の命令に従い、人を傷付け、それで院長先生を助けようとした。戦おうとはせずに、逃げていた。 だが今は違う! 俺を支えてくれる仲間の前でお前を倒し、院長先生を助ける!」

 自分の後ろにいる仲間たちの気持ちに応えるため、朝倉は威勢よく決闘盤を構える。

「ふふ、死に損ないの役立たずがこの私に盾突こうというのか」

 見下すように笑い、天月もまた決闘盤を構えた。

「いいだろう。その身に刻んでくれよう。どう足掻いても埋めようのない、この私との絶対的な力の差というやつをな」

 すると、天月の首から提げられた千年石が邪悪な光を発し、真っ黒な霧が辺りを覆った。

 何者も手出しはできず、対峙した両者はそこからは逃れられない。千年アイテムに秘められた闇の力が再び発動されたのだ。

(……っ!?)  

 闇の空気に触れた途端、朝倉は急激な疲労と同時に、体が重くなるような感覚を感じた。

 遊戯との闇のゲームの中で受けたダメージは余りに大きく、再び闇のゲームにその身を委ねたことで、肉体への負担が増加してしまったのだ。

「どうした? 顔色が悪いようだが、大丈夫か?」

 そのことを察した天月はいやらしく笑い、朝倉を挑発する。

「へっ、なんでもねぇよ!」

 朝倉は強がるように叫んだ。

 だがそれは決して根拠のない強がりではなかった。

 事情はどうあれ、自分は遊戯たちの敵となった。だがそんな自分を彼らは仲間だと言ってくれた。

 そんな仲間が自分の背中にいる。見守ってくれている。

 そう思えば、体への負担もたいしたことがない。ように感じられていた。

「いくぞ」

「ああ!」

 互いの決闘盤のライフカウンターが4000にセットされる。

「「決闘!」」

「私の先攻、ドロー」

 天月は悠然とした態度でカードをドローし、そして六枚の手札の中から一枚のカードを決闘盤に置く。

「『ジャイアント・オーク』を攻撃表示で召喚する」

 天月のフィールド上に、――巨大な棍棒を手にした筋肉の塊のような巨人――ジャイアント・オークが出現した。

 その容姿からも、ある程度の強力な攻撃力は想像できた。


 ジャイアント・オーク (闇)

 ☆☆☆☆ (悪魔族)

 このカードは攻撃した場合、バトルフェイズ終了時に守備表示になる。

 次の自分ターン終了時までこのカードの表示形式は変更できない。

 攻2200 守0


「げっ! レベル4で攻撃力2200!?」

「あんなカード、強すぎるんじゃない!?」

 本田と杏子は口々に驚きを声に出すが、バトルシティトーナメント上位入選決闘者の城之内と遊戯は冷静に答える。

「いや、ジャイアント・オークは攻撃した後に守備表示になっちまって、ニターン後まではそのまんまなんだよ」

「しかも守備力は0。強力な攻撃力の反面、脆さもある。上手く使えるかは決闘者次第だ」

 天月がどのような戦術を仕掛けて来るのか、遊戯たちはじっと見つめていた。

「リバースカードを一枚セットし、私のターンは終了だ」

「俺のターン、ドロー!」

 朝倉は勢いよくカードをドローし、そして手札を確認する。

(ヤツがどんな決闘者かはわかんねぇが、一筋縄ではないかないはずだ……なら、早めに主導権を握るぜ!)

 天月の力を警戒しつつ、朝倉は速攻を決断した。

「いくぜ! 『闇魔界の戦士 ダークソード』を攻撃表示で召喚!」

 朝倉がカードを決闘盤に置くと、――漆黒の鎧とマントに身を包み、二本の剣を手にした戦士――朝倉のデッキの四つ星の主力カード、闇魔界の戦士 ダークソードがフィールド上に出現した。 


 闇魔界の戦士 ダークソード (闇)

 ☆☆☆☆ (戦士族)

 攻1800 守1500 


「さらに装備魔法カード『稲妻の剣』を装備! 攻撃力アップ!」


 稲妻の剣 (装備魔法カード)

 戦士族のみ装備可能。装備モンスターの攻撃力を800ポイントアップさせ、フィールド上の水属性モンスター全ての攻撃力を500ポイントダウンさせる。
  

 稲妻を帯びた巨大な剣がフィールド上に出現すると、闇魔界の戦士 ダークソードは手にしている双剣を捨て、それを手にした。
 
 稲妻から発せられる光は、この暗闇の中でも力強かった。


 闇魔界の戦士 ダークソード 攻撃力1800→2600


「ダークソードで、ジャイアント・オークを攻撃! 雷鳴剣――一閃!」
 
 攻撃命令を受けた闇魔界の戦士は、マントを風に靡かせながら、俊敏な動きでジャイアント・オークに接近。そして迎撃の棍棒を避け、稲妻の剣を振るった。

 雷を帯びた斬撃は、ジャイアント・オークの巨体を切り裂いた。鮮血が飛び散り、オークは絶命した。
 
 斬撃はそのまま天月を襲い、その身を斬り付ける。


 天月のLP4000→3600


「ふふ、中々の攻撃だな」

 ライフポイントは減り、黒いスーツには血が滲んでいたが、まるで痛みなど感じていないかのように、天月は笑っていた。

「これで、俺のターンは終了だ」

 天月の余裕のような態度は気に入らなかったが、それでも初ターンの攻撃にしてはまずまずだと、朝倉は手応えを感じながらエンド宣言をした。


 天月のLP3600

 手札四枚

 場 伏せカード一枚


 朝倉のLP4000

 手札四枚

 場 闇魔界の戦士 ダークソード(稲妻の剣)

 
「私のターン、ドロー。 私は墓地のジャイアントオークのカードを除外し――」

 天月はカードをドローすると、決闘盤上の小さなボタンを押した。

 すると、墓地カードゾーンから、ジャイアント・オークのカードが取り出された。

「『闇の精霊 シャドウ』を特殊召喚する!」

 天月が決闘盤にカードを置くと、――悪魔をイメージしたような、その名の通りの"影"のモンスター――闇の精霊 シャドウが現れた。

 真っ黒な影のようなその姿は闇に溶け込んでおり、その姿を確認するだけでも一苦労だった。
 
 
 闇の精霊 シャドウ (闇)(オリジナルカード)

 ☆☆☆☆ (悪魔族)

【条件召喚】
 
 このカードは通常召喚できない。自分の墓地の闇属性モンスター一体をゲームから除外して特殊召喚する。

 このカードが上記の方法で特殊召喚に成功したとき、相手フィールド上のモンスター一体を破壊する。

 攻1400 守0


「その特殊効果により、闇魔界の戦士 ダークソードは抹殺される」

 シャドウの表面に、赤く小さな眼のような模様が浮かび上がり、それが光ると、朝倉のフィールド上のダークソードは呻き苦しみ、そして消滅した。

「やべぇっ! 朝倉の場ががら空きになっちまったぜ!」

 直接攻撃(ダイレクトアタック)というこれから行われる、朝倉へのダメージを想像し、城之内は声を荒げた。

「闇の精霊 シャドウで、プレイヤーにダイレクトアタック! ナイトメア・シャドウ――!」

 攻撃命令を受けたシャドウは、悪魔の影をイメージした自らの肉体を不気味にうごめかせながら、もの凄いスピードで朝倉に急接近し、激突した。

「ぐああぁぁっ……!」

 その衝撃に朝倉の肉体は凄まじい痛みを感じ、その場に膝を付いてしまう。


 朝倉のLP4000→2600


「ふふふ、さらにリバースカードオープン!」

 その言葉を合図に、天月のフィールド上に伏せられていたカードが表になった。

 そこには、血を流して倒れている戦士に対し、さらなる剣の追撃が行われようとしている痛々しい様子が描かれていた。

「永続罠、『二重の苦痛』(にじゅうのくつう』!」

 
 二重の苦痛 (永続罠カード)(オリジナルカード)

 相手ライフに戦闘ダメージを与える度に、さらに相手ライフに500ポイントダメージを与える。


「うっ……――」
 
 その罠効果が発動され、朝倉はその身に切り裂かれるような苦痛を感じた。

「ああぁぁぁっ!!」

 膝を付いたままの状態でさらに頭はガクッと下がり、そのまま倒れてしまいそうになった。

 
 朝倉のLP2600→2100


「カードを一枚場に伏せ、私のターンは終了だ」


 天月のLP3600

 手札三枚 場 闇の精霊 シャドウ (永続罠・二重の苦痛) 伏せカード一枚


「朝倉っ! しっかりしろ!」

 遊戯が叫んだ。

 闇のゲームによる肉体への苦痛。その辛さを彼は嫌というほど体験していた。

 ましてや朝倉は闇のゲームの連戦。このまま立ち上がらないのではないかと遊戯は心配した。

「ぅっ……! 大丈夫だ、まだやれる」

 朝倉は顔を上げ、体に力を込めてゆっくりと立ち上がった。そして肩で息をしながらゆっくりと呼吸を整える。

「自分の身内のけりは、自分で付ける……!」

「ふっ、くだらんな。それがお前の戦う動機か」

 父親とは認めていない。だがそれでも身内の不始末には違いない。ならばこれ以上遊戯たちを巻き込まず、自分で決着を付ける。

 そんな朝倉の決意も、天月にはどうでもよかった。父親として何かを感じるということなどなかった。

「それだけじゃない! もちろんお前を倒して、院長先生を助け出す! 俺のターン、ドロー!」


(負けるな、朝倉……!)

 どれだけ強い想いを抱いていても、朝倉の肉体へのダメージは相当なものだろう。

 だがそれでも、今の自分には彼を信じて決闘を見守るしかない。遊戯はそう思っていた。

「しかし、朝倉の親父ってだけあって、やっぱ中々強ぇよな。あいつ」

 決闘はまだほんの少し進行しただけだったが、その間にも天月の力を感じ、城之内は朝倉の身を案じつつも呟いた。 

「ああ、ジャイアント・オークの属性を利用したシャドウの速攻召喚は見事だった。だが、付け入る隙はあるはずだ」


「手札から、魔法カード『黙する死者』を発動! 墓地から闇魔界の戦士 ダークソードを特殊召喚する!」

 黙する死者の魔法効果が作用し、朝倉のフィールド上に、守備体勢を取ったダークソードが蘇った。


 黙する死者 (魔法カード)

 自分の墓地から通常モンスター一体を表側守備表示で特殊召喚する。そのモンスターはフィールド上に存在する限り攻撃をすることができない。
 

 闇魔界の戦士 ダークソード (闇)

 ☆☆☆☆ (戦士族)

 攻1800 守1500 


「そして、ダークソードを生贄に捧げ、『蒼黒のソーディアン・ナイト』を召喚!」

 朝倉のフィールド上に、――小柄で華奢な体格で、闇を帯びた細身の剣を手にした戦士――朝倉のデッキの中で強力な力を誇るカード、ソーディアン・ナイトが現れた。
 
  
 蒼黒のソーディアン・ナイト (闇)

 ☆☆☆☆☆☆ (戦士族)

 手札のモンスターカード一枚を墓地に捨てる度に、このターンの間、このカードの攻撃力は1000ポイントアップする。

 このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、このカードの攻撃力が守備表示モンスターの守備力を越えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。

 攻2000 守1000


「手札から『漆黒の闘龍』を墓地に捨て、特殊能力発動。攻撃力1000ポイントアップ!」


 ソーディアン・ナイト 攻撃力2000→3000


「攻撃力3000だと……!」

 これまで余裕の態度を崩さなかった天月がほんの僅かだけ驚き、動揺を見せた。

「シャドウを攻撃だ、ソーディアン・ナイト! 魔神連獄剣(まじんれんごくけん)!」

 攻撃命令を受け、ソーディアン・ナイトは闇の炎に覆われた剣を目にも止まらぬ速さで連続で振り切った。
 
 剣から放たれた二つの巨大な斬撃は、天月のフィールド上の闇の精霊を襲う。

 だが天月はその攻撃を恐れる様子はなく、むしろしてやったりと笑みを浮かべていた。

「かかったな! リバースカードオープン」

 天月のフィールド上の伏せカードが表側表示になり、罠カードが発動された。

「永続罠、暗幕の鏡壁(あんまくのミラーウォール)発動!」 

 天月のフィールド上に、黒々と輝く巨大な多面鏡が出現し、目前に迫っていた斬撃の前に立ち塞がった。


 暗幕の鏡壁 (永続罠カード)(オリジナルカード)

 相手モンスターが攻撃する場合、その攻撃力は2000ポイントマイナスされる。(マイナスされた数値が0未満になった場合、そのモンスターは破壊される)

 自分のスタンバイフェイズごとに1000ポイントのライフを払わなければ、このカードは破壊される。 

 
「ふふふ、ソーディアン・ナイトの攻撃力は2000ポイントマイナスされ、シャドウの迎撃によって破壊される」

「そいつはどうかな? 手札から速攻魔法発動!」

 朝倉は素早い動作で手札のカードを決闘盤にセットした。

「――『サイクロン』!」

 
 サイクロン (速攻魔法カード)

 フィールド上の魔法または罠カード一枚を破壊する。


「何だと!?」

「その効果で、暗幕の鏡壁を破壊する!」

 フィールド上で巨大な竜巻が発生し、天月のフィールドの鏡壁を粉々に砕き、破壊した。 

 それにより、通常通りに攻撃が成立し、ソーディアン・ナイトの放った斬撃は闇の精霊 シャドウを真っ二つに切り裂いた。

 同時に、闇のゲームの効力によりさらなる斬撃が天月の身を斬り付けた。

「ぬっ……う!」 


 天月のLP3600→2000






 ソーディアン・ナイトの一撃が決まり、天月のライフポイントは減らされ、その傷口からは鮮血が噴き出していた。

 先ほど傷を負った際には顔色一つ変えなかった天月だったが、さすがに痛みを感じたのか、傷口を手でぐっと押さえる。

「へっ、どうだ。 リバースカードを一枚セットして、ターンエンドだ」

 
 天月のLP2000

 手札三枚

 場 (永続罠・二重の苦痛)


 朝倉のLP2100

 手札なし

 場 蒼黒のソーディアン・ナイト 伏せカード一枚


 第十三章 ライフポイント0

 
「凄ぇ戦いだな……」

「ああ、どちらも攻撃の手を緩める気配がない。この決闘、僅かな隙でも命取りになりかねない」

 負けたほうが魂を失う闇のゲーム。それを理解していながら、天月と朝倉のハイレベルな一進一退の戦いに、城之内も遊戯もただ関心していた。

「ふふ、中々やるではないか。この私のライフポイントを半分も削るとはな」

「余裕見せてられるのも今のうちだけだぜ。このままてめぇをぶっ倒して、院長先生を返してもらう!」

 先ほどの攻撃の勢いをそのままに、朝倉は叫んだ。

「あの女は、ただお前を操るためだけの存在だ。お前が私に盾突いた時点で、私にとっては何の価値もなくなった。私に勝てたなら勝手に連れ帰るがいい」

 ダメージによる痛みを感じている様子は見せたものの、あくまで天月は余裕の態度は崩さない。

「勝てたら……な。だがそんなことは不可能だ。それを解らせてやろう。 私のターン」

 天月はカードをドローし、そしてまた決闘盤のカード除外ボタンを押した。

 それによって、墓地カードゾーンから闇の精霊 シャドウのカードが取り出される。

「私は、墓地の闇の精霊 シャドウを除外し、手札から『闇の精霊 シャドウ』を特殊召喚する」

 すると、天月のフィールド上に――悪魔をイメージしたような、"影"のモンスター――またもシャドウが召喚された。


 闇の精霊 シャドウ (闇)(オリジナルカード)

 ☆☆☆☆ (悪魔族)

【条件召喚】
 
 このカードは通常召喚できない。自分の墓地の闇属性モンスター一体をゲームから除外して特殊召喚する。

 このカードが上記の方法で特殊召喚に成功したとき、相手フィールド上のモンスター一体を破壊する。

 攻1400 守0


「くっ! シャドウを除外してさらにシャドウを特殊召喚だと……!」

 予想外の事態に、朝倉は驚きを隠せなかった。

「ふふ、驚くようなことではないぞ。シャドウの特性を考えれば当然の戦術だ。 その特殊能力により、ソーディアン・ナイトを破壊する!」

 ダークソードのときと同様に、シャドウの特殊召喚と同時にソーディアン・ナイトは呻き苦しみ、直接手を下されることなく消滅した。

「しかし、この程度の戦術を予想できないようではやはりお前はまだ甘い。だが容赦はせんぞ。 シャドウで、プレイヤーにダイレクトアタック!」

 闇の精霊 シャドウは、悪魔の影をイメージした自らの肉体を不気味にうごめかせながら、もの凄いスピードで朝倉に急接近した。

「甘いのはてめぇだよ!」

 あくまで上から見下す天月に、言い返すように朝倉は叫んだ。

「リバースカードオープン! 『闇の呪縛』――!」

 
 闇の呪縛 (永続罠カード)

 相手フィールド上のモンスター一体を選択して発動する。そのモンスターの攻撃力は700ポイントダウンし、攻撃と表示形式の変更ができない。


 罠カードの発動と同時に朝倉のフィールド上の伏せカードが表になり、そこから無数の鎖が放たれる。

「残念だったな、シャドウの動きは闇の鎖にとらわれるぜ!」

「だからお前は甘いというのだ」

 得意気に叫んだ朝倉を、天月は軽く嘲笑した。

「自分が使った手を相手も使うかもしれないと、なぜ考えられない?」

「……!」

 天月の言葉の意味を理解したが、もう遅かった。

「手札から速攻魔法、サイクロンを発動!」


 サイクロン (速攻魔法カード)

 フィールド上の魔法または罠カード一枚を破壊する。


 再び巨大な竜巻が発生し、朝倉のフィールド上の闇の呪縛の鎖が破壊された。

「シャドウの直接攻撃は止まらない……!」

「朝倉っ!」

 がら空きとなった朝倉のフィールド上にシャドウは侵入し、その直接攻撃が朝倉を襲った。

「がはあぁぁぁっ……!」

 
 朝倉のLP2100→700→400


 シャドウの直接攻撃に加え、永続罠カード、二重の苦痛によるダメージをも受け、朝倉はまた凄まじい激痛をその身に感じた。

「あっ……ぐぅっ……!!」

 眉間にしわを寄せ、顔を歪め、朝倉は全身を襲う凄まじい苦痛に必死に耐えた。

「ふっ、所詮はこの程度の決闘者ということか。ターンエンドだ」


 天月のLP2000

 手札二枚

 場 闇の精霊 シャドウ (永続罠・二重の苦痛)


 朝倉のLP400

 手札なし

 場 なし


「強ぇ……やっぱ強ぇよあいつ……!」

 天月の強さに驚き、そして朝倉の身を案じ、城之内はうろたえる。

「ああ、戦い方を見ている限りはやはり親子という感じがする。だがこのままでは……」

 残りライフポイントや場の状況から朝倉の敗北を予感し、遊戯は表情を曇らせる。

「俺のターン……! ドロー……」

 朝倉はカードをドローしようと決闘盤に手を伸ばすが、上手くデッキに触れることができなかった。

(やべぇ……目がかすんできやがった……すっげぇ気持ち悪ぃ……)

 目がかすみ、足がふらつき、さらに吐き気も感じていた。

 闇のゲームを連戦し、そして二戦続けてライフポイントを減らしすぎたことへの体への負担が今、朝倉を襲っていた。

「ふふふ、もういいだろう。早く死ね。そして楽になれ。貴様の魂、私が貰い受けてやろう」

「ひどい……自分の息子相手に、どうしてそこまで言えるの?」

 人の親とは思えぬ残虐な発言に、激しい嫌悪感を覚え、後ろで決闘を見守っていた杏子が天月に言った。

「息子か、一応はそうだが、私はこいつに親としての感情など持ち合わせてはいない。最初からただ目的のために利用したまでだ」

 堂々と杏子の問いに答えた天月に、今度は遊戯が問いかける。

「目的か……なら天月、貴様の目的は何だ? なぜ俺や朝倉の魂を狙う?」

「それが私の望みなのだ」

「何のための望みだ? その千年石と何か関係があるのか?」

「ふっ、貴様らに話してやる義理はない」

 遊戯はじっと天月を睨み、天月もまたじっと遊戯を見る。 

「聞かせろよ……! 息子の俺を捨ててまで、一体何を望んだんだよ?」

 そんな二人に割って入るように朝倉が苦しそうな口調で問うた。

「まあ……どうせくだらねぇことなんだろうけどな」

 こんなヤツを父親だとは認めていない。そう思いながらも朝倉は、ほんの僅かながら、自分の目の前に父親がいるんだという感情を覚えていた。

 そして知りたくなった。なぜ父は自分を捨てたのか? なぜ自分は父に捨てられたのか?

「ほう、まだそこまで吠える力が残っていたか。中々にタフなようだな」

 だが質問をかわすように、天月は笑ってみせた。

「話すつもりはねぇ……か。でもな、無理にでも聞かせてもらうぜ!」

 尚も食い下がる朝倉に、天月は意外そうな表情を浮かべる。

「今更そんなことを聞いてどうする? 無駄なことだろう」

「確かに無駄かもしんねぇ。でもな……知りたいんだよ。知りたくて当然だろうが!」

 そんな天月の、父の態度に、再び怒りが込み上げてきた。

「お前にわかるか? 親に捨てられた子供の気持ちが。親が死んだわけじゃない……捨てられたんだ。そして迎えにも来ない。惨めで、惨めで……そんな子供の辛い気持ちが!」

「くだらんな」

 物心ついたときから孤児院で暮らしていた。

 そこには友達がおり、そして院長先生がいた。そんな暮らしを嫌だとは思わなかった。心地よかった。だが、辛かった。

 親を失った。そんな友達たちとは微妙に違う自分の境遇が辛かった。年齢を重ねるごとに辛さは増した。

 その想いをぶつけるように、朝倉は叫んだが、天月はそれを人事のように聞き流した。

「そうかよ……だったらぶつけてやるぜ、俺の十七年間の想いを!」
 
 朝倉は勢いよくカードをドローし、そして決闘盤にセットする。 

「魔法カード『天よりの宝札』を発動! 互いに手札が六枚になるまでカードをドローする!」


 天よりの宝札 (魔法カード)

 互いのプレイヤーは手札が六枚になるようにカードをドローする。


 天よりの宝札。それはノーリスクで、互いのプレイヤーが手札を最大枚数まで補充することができる強力な手札増強カードであり、手札0枚の朝倉が形勢を逆転するには、これ以上にないカードだった。

 朝倉と天月はそれぞれ手札が六枚になるようにカードをドローする。

 六枚となった手札を確認した朝倉は、迷うことなく次に繰り出すカードを選び、決闘盤に置いた。

「そして儀式魔法、『勇者降臨』を発動――!」


 勇者降臨 (儀式魔法カード)

 勇者の降臨に必要。フィールドか手札から、レベルが8以上になるようカードを生贄に捧げなければならない。


「勇者降臨……ってことは……!」

「ああ、来るぜ、朝倉のデッキ最強のカードが!」

 朝倉と決闘した経験のある城之内と遊戯は、これから起こるであろう朝倉の逆襲を確信し、笑みを浮かべた。

「手札の『サファイア・ドラゴン』と『漆黒の闘竜』を生贄に捧げる!」

 朝倉は二枚のカードを決闘盤の墓地カードゾーンへ送った。

「我が生贄を糧とし、伝説の勇者よ……その姿を現せ――! 『ソーディアン・ブレイブ』!」

 そして、決闘盤に一枚のカードを叩き付けた。

 朝倉のフィールド上に、彼の魂を受け継いだ――銀色の鎧に赤いマントを纏い、長剣を手にした金色の長髪が特徴的な――勇者、ソーディアン・ブレイブが颯爽と現れた。


 ソーディアン・ブレイブ (炎)

 ☆☆☆☆☆☆☆☆ (戦士族 儀式) 

「勇者降臨」により降臨。フィールドか手札から、レベルが8以上になるようカードを生贄に捧げなければならない。

 このカードは罠の効果を受けない。

 このカードが相手モンスターを戦闘によって破壊した時、相手ライフに400ポイントのダメージを与える。

 攻2900 守2800


「ソーディアン・ブレイブ……か、なるほど切り札登場といったところか」

 長剣――ソーディアン――を手に、自分に対して凄まじい威圧感と殺気を放ってくる戦士を前にしても、天月の余裕は変わらなかった。

「切り札なんて、そんな簡単なもんじゃねぇよ。戦い続けてきた俺のそばにいてくれたのは孤児院のチビたち、院長先生、そしてこいつだ。こいつは俺の魂だ! 院長先生を助けるために、こいつの剣がお前を斬る!」

 朝倉の叫びにソーディアン・ブレイブは頷き、そして攻撃命令が下るよりも先に剣をかざし、攻撃態勢を取る。

「闇の精霊 シャドウを攻撃! 魔神剣――!」

 ソーディアン・ブレイブが剣を振り切ると、大地が割れんばかりの凄まじい勢いで斬撃が放たれ、地を駆け、シャドウを直撃した。

 シャドウは一瞬で消滅し、斬撃はそのままの勢いで天月を直撃した。

「ごっ……! ふっ……! あぁぁぁっ!!」


 天月のLP2000→500(ソーディアン・ブレイブの効果で)→100

 
 肉体を切り裂かれ、天月の体からは大量の血が溢れ、流れる。

 体はよろめき、口からは吐血し、まさに一瞬にして死の窮地にまで追い込まれていた。

「よっしゃあ! これであの野郎の残りライフはたったの100だ!」 

「おおっっしっ! いいぞ朝倉! あと一息だ!」

「勝てる。勝てるわ!」

 本田、城之内、杏子と、次々に興奮した様子で声を上げる。

 見ているものが一気に勝利を確信できる。それほどに強烈なソーディアン・ブレイブの一撃だった。

(このまま簡単に終わるとは思えない……だが、勝て……! 朝倉!)

 百戦錬磨の決闘王である遊戯は、天月ほどの決闘者がこのまま負けてくれるとは思えなかったが、そんな理屈は抜きにして、朝倉の勝利を祈った。

「はぁ……はぁ……どうだこの野郎っ! 俺は場にカードを一枚伏せて、ターンエンドだ!」

 
 天月のLP100

 手札七枚

 場 なし (永続罠・二重の苦痛)


 朝倉のLP400

 手札一枚

 場 ソーディアン・ブレイブ 伏せカード一枚


「くっくくく……なるほど、それがお前の魂か……」

 口元の血を拭いながら天月は微笑んだ。ライフポイント100まで追い詰められ、重傷を負いながら浮かべるその笑みは不気味なものだった。 

「だとすれば……脆弱な魂だ。砕いてやる。そして私が頂こう! 私のターン、ドロー!」

 そして、これまで静かだった天月の口調は一変し、半ば狂ったように叫び、乱暴にカードをドローする。 

「お前が儀式で勇者を召喚するのなら、私は悪魔を召喚する! 儀式魔法『ゼラの儀式』――!」


 ゼラの儀式 (儀式魔法カード)      

 ゼラの降臨に必要。フィールドか手札から、レベル8以上になるようカードを生贄に捧げなければならない。


「手札のモンスター二体を生贄とし、『ゼラ』を降臨させる!」

 天月が決闘盤にカードを叩きつけると、天からフィールドに、――四本の角を生やし、両手足に鋭い爪を備えた巨大な悪魔獣――魔界の王、ゼラが現れた。


 ゼラ (闇)

 ☆☆☆☆☆☆☆☆ (悪魔族 儀式)

「ゼラの儀式」により降臨。場か手札から、星の数が合計8個以上になるようカードを生け贄にささげなければならない。

 攻2800 守2300


「悪魔族最強カード、ゼラか。だが攻撃力2800、ソーディアン・ブレイブには僅かに及ばないぜ!」

「そんなことは百も承知だ。私は手札から装備魔法『破滅の斧−ゲイボルグ』を発動!」

 天月が決闘盤にカードをセットすると、ゼラの前に――まるで触れたもの全てを無に還すような恐ろしい雰囲気を秘めた――巨大な斧、ゲイボルグが出現した。

 
 破滅の斧−ゲイボルグ (装備魔法カード)(オリジナルカード)

 レベル6以上の悪魔族モンスターのみ装備可能。装備モンスターの攻撃力は1000ポイントアップする。

 装備モンスターが相手モンスターを戦闘で破壊した場合、相手フィールド上に存在する全てのカードを破壊する。


 ゼラの攻撃力 2800→3800 


 両手で破滅の斧−ゲイボルグを握り締め、ゼラは凄まじい咆哮を上げる。  
 
「終わりだぁ! 朝倉光樹! ゼラでソーディアン・ブレイブを攻撃!」 

 ゼラはソーディアン・ブレイブ目掛けて、巨大な斧を振り上げる。

「やべぇっ! ソーディアン・ブレイブを倒されたら朝倉のライフは0になっちまう!」

「いや、朝倉の場の伏せカード。あれは恐らく……」

 遊戯の読みどおり、朝倉は決闘盤にセットしてあった伏せカードを発動する。

「リバースカードオープン! 罠カード『重力解除』!」

 
 重力解除 (罠カード)

 自分と相手フィールド上に表側表示で存在する全てのモンスターの表示形式を変更する。


「その効果により、ゼラは守備表示になり、攻撃は無効化される!」

「ぬぅ……!」

 重力解除の効果が作用し、ゼラは振り上げた斧から手を放し、強制的に守備体勢を取らされる。 使い手を失ったゲイボルグは地面に落下し、突き刺さった。

「よし! ゼラの守備力は2300。ソーディアン・ブレイブで倒せるぜ!」

「ゼラは守備表示だが、ソーディアン・ブレイブの効果により天月は400ポイントのダメージを受けることになる。朝倉の勝ちだ!」

「やった!」

「よっしゃいけぇっ!」

 決闘を見守る四人は朝倉の勝利を確認し、彼もまた、自分の勝利を確信した。

「終わりだ天月! 俺のターンのバトルフェイズ、ソーディアン・ブレイブでゼラを攻撃っ!」

 ソーディアン・ブレイブは地を駆け、ゼラに接近。

〔――つああぁぁぁぁぁぁっ!〕

 そしてマスターである朝倉の想いの全てを込めた剣を突き刺した!

「ぬああぁぁぁぁぁっ――!」


 天月のLP100→0




 第十四章 ダークデスティニー 終結

「ぬああぁぁぁぁぁっ……――!」

 全ての想いを込めた剣の一撃は、天月の心臓に突き刺さった。

 ソーディアン・ブレイブが剣を引き抜くと、天月はゆっくりと倒れ、地に伏した。

「はぁ……はぁ……勝っ……た……!」

 多くの傷を受け、満身創痍だった朝倉もまたその場にガックリと膝を付く。

「朝倉っ!」

 朝倉も、そして周りで見ていた遊戯たちも、決闘の終わりを確信した。だが、

「くっ……くくくく……」

 呻き声のような、不気味な笑い声とともに、天月はゆっくりと起き上がった。

「ここまで追い詰められるとはな……正直、驚いたぞ。だが……まだ終わらんぞ」

 すると、天月の姿が見る見るうちに変貌していく。

 体全体が黒く、眼は赤く染まり、そして牙が生え、角が生え、そして翼が生えた。体の傷は全て癒えており、巨大な鎌を手にしたその姿は人のものではなくなっていた。

「な……なんだよ、ありゃぁ……!」

 城之内は口を広げ、ただ唖然とし、杏子と本田はあまりの光景に言葉を失った。 

「バカな! ライフポイントが0になったのに、なぜまだお前が決闘を続行できる? その姿は何なんだ!?」

 疲労から膝を付いたまままだ立ち上がれない朝倉に代わり、遊戯が天月に問い詰める。

「ふふふ……それは、このカードの効力だ」

 黒く変貌した腕に装着されている決闘盤に天月は一枚のカードを置いた。そのカードがフィールド上に立体映像となって映される。


 転生の死神 ヒュプノス (闇)

 ☆☆☆☆☆☆☆☆ (悪魔族)

 このカードは通常召喚できない。

 相手モンスターの直接攻撃によって自分のライフポイントが0になるダメージを受けたとき、手札から特殊召喚することができる。
(このとき、自分のライフポイントが0になったらこのデュエルは相手が勝利する。というルールが無効になり、このカードが破壊されたとき、相手はこのデュエルに勝利する)

 このカードは魔法、罠では破壊されず、自分のターンのエンドフェイズごとに、攻撃力が2倍になる。
  
 攻撃力2500 守備力2500


「転生の死神……ヒュプノス……だと?」

 朝倉はゆっくりと起き上がり、死神へと変貌した天月の姿を見た。

「私のライフが0になった瞬間、その魂を死神に転生したというわけだ。もはや私のライフポイントは存在しない。死神となった私自身を倒す以外に貴様に勝ち目はないぞ」

(ヒュプノスの攻撃力は2500……しかしヤツのターンのエンドフェイズごとに攻撃力は倍加する。だが朝倉はすでにこのターン、ソーディアン・ブレイブでゼラを攻撃してバトルフェイズを終えている。倒せるのは次のターンになるが、そのときにはヤツの攻撃力は5000……しかも魔法も罠も受け付けない……!)

 そんな相手に勝機があるのか? 遊戯は頭の中で自問した


「俺はカードを一枚場に伏せ……ターンエンドだ」


 朝倉のLP400 

 手札二枚

 場 ソーディアン・ブレイブ


 天月 (転生の死神 ヒュプノス)

 手札一枚


「私のターン、ドロー」

 それは、人ならざるものがカードをドローするという異様な光景だった。

「このターン、攻撃力2500の私ではソーディアン・ブレイブは倒せない。が、エンドフェイズを向かえ、攻撃力が倍加する!」

 死神、ヒュプノスとなった天月の体は一回り巨大化した。

 
 転生の死神 ヒュプノス 攻撃力2500→5000

 
「どうだ朝倉光樹よ? これこそが偉大なる父、天月響の力であり、真の姿だ!」

 天月は自分自身を誇るように叫んだが、それは恐ろしい叫びだった。

「俺のターン……ドロー!」

 痛みも疲労も限界を通り越した状態で、朝倉は手を震わせながらカードをドローする。

「何が……偉大なる、父だ……」   

 朝倉は血の混じった唾を吐き捨てた。

「だが……相手が死神だろうが、化け物だろうが……俺は、負けない……! 身内の始末は俺が片を付ける!」

 そして強く叫び、そして一枚のカードを決闘盤にセットする。 

「装備魔法、『聖剣 デュランダル』――!」

 すると、フィールド上に、――神々しく輝く、ソーディアン・ブレイブの身の丈ほどある長剣――聖剣 デュランダルが出現した。

「聖剣 デュランダル……手札を一枚捨てることで攻撃力を1000ポイントアップさせる装備カードだ……!」

 朝倉は残された二枚の手札を決闘盤の墓地カードゾーンへ送った。

 デュランダルから放たれる光はより強力になり、それを手にしたソーディアン・ブレイブの攻撃力がアップする。


 ソーディアン・ブレイブ 攻撃力2900→4900


「ふはははは、惜しいな。それではあと100ポイント及ばんぞ」

 天月は笑ったが、朝倉はそれを鼻で笑い返した。

「まだだ……デュランダルはプレイヤーの魂を、その攻撃力に変換できる……! 俺のライフを1残し、デュランダルに与える……!」


 ソーディアン・ブレイブ 攻撃力4900→5299

 
 朝倉のライフポイント、魂を得て、デュランダルはさらに力を増した。

「な……バ、バカなっ!」

「終わりだ、天月……俺の魂が、お前の魂を砕く!」

 ソーディアン、そしてデュランダル。ソーディアン・ブレイブは二本の長剣を掲げる。

「ソーディアン・ブレイブの攻撃! 魔神聖剣斬――!」

 二つの巨大な斬撃が放たれ、死神と化した天月を貫いた。

「ぐがああぁぁぁぁぁっ――――!」




 辺りを覆っていた霧は消え、闇のゲームは終わった。遊戯たちは一斉に朝倉の元へ駆け寄る。

「大丈夫か朝倉? しっかりしろ!」

 遊戯がゆっくりと朝倉の身を抱え起す。

「あ、ああ……大丈夫だ」

 疲労や痛みは凄まじいものだったが、意識ははっきりしており、朝倉は軽く頷いた。

「よかった……」

「とりあえず病院いかねぇとな。この時間なら救急か」

 朝倉の無事を確認した杏子はほっとし、本田は急いで携帯電話を用意する。

「お前……ほんと凄ぇヤツだな! 今度また俺と決闘しようぜ!」

 朝倉の心配をしつつも、城之内は一人の決闘者として朝倉と決闘したいという気持ちが抑えられなかった。

 朝倉は「ああ」と答え、そしてポケットから一枚のカードを取り出し、城之内に差し出した。

 紅い眼の竜が描かれた光り輝くカードを。

「レッドアイズ……!」

「今度また、正々堂々と……な」

 城之内がカードを手渡すと、朝倉は重い足を引きずりながら、ゆっくりと天月へと近づいた。

「……まだ息はあるだろ? 院長先生の居場所を教えてもらおうか?」

 院長先生を助ける前に死なれたら困る。と、朝倉は言葉を続けた。

 冷酷な言葉にも聞こえるが、それほどに朝倉の院長先生を助けるんだという気持ちは強かった。

 天月は倒れた状態のまま声を絞り出した。

「ぐ……ぅ……居場所も何も……あの女には何もしていない……普通に、孤児院に……いるさ。 ただ、お前にその"姿が見えないようにした"だけ……だ。千年石の……力で、な」

 朝倉はほっと脱力した。そこにいるものをいないように見せる。千年石の能力で騙されていただけだったのだ。

 そのことに対しての怒りよりも、院長先生は全く無事だったということに対する安心感がそれを勝っていた。

「……お前が死ぬ前にもう一度だけ……聞いておくぜ。 何で、こんなことをしたんだ?」

 強い怒りと、憎しみと、そして死に逝く父親を前にした息子の、いくつかの感情の混ざった複雑な表情と口調で、朝倉は問いかけた。

「今はまだ……知る意味は……ない、だろう……。だが、いずれ知る……さ。呪われ……た……運命、因縁……を――――」

 それが、天月の最後の言葉となった。絶命した天月の肉体は、徐々に砂とも何ともわからないような物体となり、そして塵となって消滅した。

 闇のゲームに敗れたものの最後だった……。

 朝倉は俯き、そしてぐっ! と拳を握り締めた。

「何で……何でっ! 何でこんなことしたんだよ! 理由も言わずに消えやがって! そんなんじゃなんもわかんねぇよ! クソ親父ーーー!!」



 朝倉の父、天月の目的は何だったのか? 彼の言い残した運命。因縁とは?   

 いくらかの謎を残し、朝倉の、彼らの戦いは幕を閉じた。



「ふぅ……」

 軽くため息をつき、朝倉はじっと目の前の景色を見つめた。

 ゆっくりと流れる川の水。覆い茂った草々。 

 ゆったりとしたそんな景色を見ていると、心が少し落ち着いた。

「おーい朝倉!」

 声に反応し、朝倉が振り返ると、こちらに向かって駆けてくる青年がいた。

「城之内……克也」

 きょとんとした不思議そうな表情で朝倉は城之内を見た。

「よう、久しぶりだな!」

「どうしたんだ一体? 何か用か?」

「どうしたじゃねぇよ。何回電話しても繋がらねぇから直接来たんだよ」

 城之内が不満そうに唇を尖らせる。

「悪い、しばらく一人で落ち着きたかったから……」

 力なく言い、朝倉は目を伏せた。

「……あれからまだ二週間だからな。心の整理は着かねぇか」

 城之内は朝倉を気遣うように言った。

「……あいつが最後に言った言葉の意味をずっと考えてるんだ。でも、わからない。あいつは死んだし、もう終わったことなんだ……考える必要はない。頭ではそうわかってるんだけどな……」

 もう終わったことだ。朝倉はそう割り切ろうとしていた。だが、頭から離れなかった。

「まあ、考えるだけ考えりゃいいさ、納得するまでな。 よし、そんじゃまあ、久々に会ったんだ。決闘しようぜ! 朝倉!」

「ああ、そうだな。よし、やろう!」

 彼はまた、心のどこかで確信にも近い予感があったのかもしれない。  

 天月が最後に言った「呪われた運命、因縁」その言葉の意味をいずれ知ることになる。また新しい戦いはすぐそこまで迫っているということに。

「「決闘――!」」







金のために決闘〜ダークデスティニー〜 END







あとがき

 黒崎です。今回も最後まで読んでいただいてどうもありがとうございました。

 今回の作品は、金のために決闘〜ダークデスティニー〜と題しまして、誰が呼んだか金のためにシリーズの集大成として挑んだものとなりました。

 前作の金の亡者とそばかす少女からの伏線を回収しながら新しい試みをして、今までと違った作風にしてみたのですが……見事にこけてしまいました(苦笑)

 書く前からイメージしていた通りにはほぼ書けてたんですが、前の三作品との違いがありすぎたのか、ほとんど支持を得られないままの終了となってしまいました。

 とはいえ、ほぼ予定通りに書き切れたことに満足しています。最初に金のために決闘!を投稿した頃には想像できなかったことですし。

 今回天月が残した言葉に続く続編は構想があります。が、それはまた違った感じの作品になってしまうと思うので、じっくり考えた末でまた機会があれば投稿させていただきます。

 では今回はこれで失礼させていただきます。またお会いしましょう!







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