D.

製作者:スカルRyderさん






 デュエルが楽しいのは解るけれどね、夜遅くにストリートデュエルをしちゃいけないよ。
 何故かって?
 ああ……もしかして、遠くの方から遠征って奴で来たのかい?
 最近この町の噂でね…夜遅くにストリートデュエルをしていると、紫色のマントを羽織ったピエロがやってくるんだ。
 そのピエロにデュエルを申し込まれたら、決して断ってはならない。断ったらピエロに殺されてしまうんだよ…。
 なに、勝てばいいって?
 生憎と勝った人間がいるかどうか解らないんだ。そのピエロに負けた人間も同じく殺されてるから。

 彼がデュエルをした後、人は灰燼と帰してしまう。無惨に殺され、遺体を焼かれて。
 だから人々は畏れを込めてこう呼ぶ。

 灰燼ピエロ、と…。





「キャァァァァァァァッ!!!!!」
「うわあああああああああああああああああああっ!!!!!!」



 二つの悲鳴の後、教室の電気が一斉に点き、そして教室中が笑い声に包まれた。
「あははははは! 赤代君、相変わらず怖い話苦手だねぇ」
 先ほど俺が悲鳴をあげる前に叫んだ、怪談をした当人である女子が笑いながらそう口を開く。
「いいいいいいいやだってふふふふつうさ、あああああいう怖い話で悲鳴をあげなななない人もいなないと、ととと、思う、けど?」
「二三郎、声が変な事になってるぞ」
 同級生のツッコミ。ほっとけ、怪談は苦手なんだってーの。
 とりあえず深呼吸を数回した後、自分の席にもう1度腰を下ろす。
「はぁ、本当にさぁ……冬の放課後に普通怪談大会なんてやらないよ……そもそもなんで怪談大会になったのさ?」
 そうだ、確か俺がクラス委員長に呼び止められた理由はそもそも今度クラスの有志で町外れの孤児院にボランティアに行く打ち合わせをするっていう話では無かったか。
 それなのにいつの間に怪談大会しかも冬で季節外れって何故!?
「…えーと、とりあえず、ノリで?」
 とりあえず怪談はもう勘弁の方向で。
「議題を戻さないとダメだろ。クラスの有志で孤児院にボランティアに行くって話じゃなかったのかよ?」
 俺の言葉に、全員が「そう言えばそうだった!」という顔をしていた……。
 特に委員長に至っては言い出しっぺじゃねぇのかよ! お前ら、忘れてたのかよ!
「えーと、じゃあ、議題を戻すわね。……一応、やる事のリストは色々あがっているけど、他に何かやりたい事あるー?」
 委員長は黒板の前まで戻ると、チョークを取ってさらさらと書いて行く。
 チョークの扱いが上手というのは少し憧れる気がする。字が汚い俺にとっては尚更。

 そう、町外れの孤児院の子供達と遊ぶという企画。
 全てはそれが切っ掛けだったのだろうか。



「I can do it Now!」

I can do it Now!
形勢を逆転するほどぶつかっていけ
ありったけの勇気と気迫を両手に
嘘だっていいから進むよ

壊れそうな程のHeartの鼓動
Meltdown5秒前の感情が止められない
全てを終わらせる為に立っているなら
全てを始める為にも立っている筈だろ?

前を進む事だけ信じてた
後ろを振り向いてちゃ前が危ないだろ?
ガンガン行こうぜ全力でさ!
前へ前へと進んでけよ
ボロボロに傷ついたって構わない
最後に笑えれば万事OK!

I can do it Now!
全てをひっくり返すほど進んでけ
ありったけの勇気と想いを抱えて
ボロボロに傷ついても構いやしないさ
嘘だっていいから叫ぶよ

write:スカルRyder



【D.】





 その日はなかなか楽しいイベントになった事を覚えている。
 町外れの孤児院『MISAWA』に身を寄せる子供達は20人以上と結構な人数なので、ドッチボールやソフトボールといった身体を動かす競技に始まり、
 室内でのトランプ大会やテレビゲーム、更に同級生の誰かが最新型のデュエルディスクまで持ち込んだお陰でデュエル大会にもなった。
 そう、デュエル大会。これは俺にとっては一番楽しかったイベントだと言えるだろう。

 何故かって?

「闇魔界の覇王で、プレイヤーにダイレクトアタック! 行っけー!」

 闇魔界の覇王 闇属性/☆5/悪魔族/攻撃力2000/守備力1530

「うわぁー!」

 赤代二三郎:LP1000→0

「くぁー……これで3連敗か。皆、強いなぁ」
「いや、兄ちゃんが弱すぎなだけだと思う……」
 俺の言葉に対戦相手の小学生はそうため息混じりに呟いたが、だが言葉を続ける。
「でも、デュエルで勝つってのは嬉しいや!」
「そっか。それは良かった」
 小学生が嬉しそうに席を立ち、俺はデュエルディスクを外して一息つく。
 子供相手にムキになってデュエルしても悪い気がするので、家にあった適当なカードを寄せ集めたデッキを持って来て良かった。
 当たり前のようにそんなデッキで勝てる筈はないが、特に悔しいとは思わない。
 子供達がああやって嬉しそうにしているのを見るだけでも充分な気がする…俺はいつからこんなに優しくなったのやら、と苦笑する。
 いや、もしかすると。
 彼らの寂しさとかに同情とか、それに近い感情を抱いているのか、な?
「赤代君、また負けたの?」
「あ、委員長」
 委員長と一緒に中学生ぐらいだろう1人の女の子が近づいて来た。
 女の子は恐らく孤児院の子だろうか、とりあえず軽く会釈をする。
「この子はこの孤児院で一番の年長の、牧野梢ちゃん、私たちにお礼がしたいって」
「なるほど…わざわざ、どうも。あ、俺は赤代二三郎。二って書いて『じ』で、後は『さぶろう』。まぁ、複雑な名前だけど、よろしくね」
 俺がそう挨拶すると、女の子は礼儀正しくお辞儀をしながら口を開いた。
「こんにちは。今日は、わざわざありがとうございます…皆、凄く嬉しそうなので…」
 少し緊張しているのか、声が震えていたがそれでもその奥にある誠意は解る。
 ついでに言うと、こういう照れてる年下の女の子を見ていると微笑ましくなるのは俺だけかな?
 とりあえずどんな言葉を返そうか考えていたら、他の子供達が俺が外したデュエルディスクを弄り回している事に気付いた。
 まぁ、最近はデュエルディスクの普及が進んで来たとはいえ、まだまだ数そのものは足りてない。特にこういう孤児院の子供達は恐らく買えないぐらい高いのだろう。
「…つけてみるかい?」
 俺の問いに、子供達は一瞬驚いた顔をした後、そのまま梢ちゃんの方へと急に視線を向けた。
「えと、いいんですか?」
「ま、別に俺のって訳じゃないけど、壊したりしなけりゃ大丈夫だって」
 梢ちゃんの問いにそう返すと、子供達は一斉に歓声をあげるか――――と思えばそうではなく、梢ちゃんの方へとデュエルディスクを突き出す。
「え? わ、私?」
「うん! だって梢姉ちゃんもデュエル好きだし!」
「背も高いから、凄く似合う!」
「そ、そうかなぁ…」
 子供達は口々に梢ちゃんにデュエルディスクを付けるように勧め、梢ちゃんも「それなら」とばかりにディスクを装着。
 デュエルディスクを左手からぶら下げ、ちょっと腕を上げて掲げてみる。
 おおう、よく似合っているぞ。
「似合ってるよ、梢ちゃん」
「こうしてみるとデュエルさせたくなるよねー。赤代君、そろそろ本気出してデュエルしたら?」
「やだなぁ、俺がデュエルしたら勝てる訳ないじゃん。…俺が」
 委員長の言葉にそう返すと、子供達は全員同時にずっこけた。
 手加減しているのは事実とはいえ、例え本気を出しても所詮大したレベルではないのだよ。フンだ。
 俺がそんな事を考えていると、梢ちゃんはデュエルディスクを外した後、急に視線を向けて来た。
「あの…お願いがあるんですけど、いいですか?」
「ん? なんだい?」
「もしですけど、要らないカードとか、余っているカードとかあれば、欲しいんです。なんでもいいんです」
「……ま、まぁそりゃ構わないけど、どうしてさ?」
 要らないカードをなんでもいいから欲しいってのも何ともおかしな、いや、別におかしくはないか。
 こういう所に暮らしていれば、満足にカードを買う事も出来ないだろうし。
「それは……その……」
 ところが梢ちゃんは困った顔をした。何かを言うのを迷っているかの様に。
「秘密にしたい事なのかい? なら…」
 すると子供の1人が文字通り奥の部屋へとすっ飛んで行き、盛大な音と共に何かを掴んで持って来た。
 1枚の手紙…にしては差出人は無い。そして裏を見た時に、よくサスペンスドラマとかで出て来るあのバラバラ文字の脅迫状的なカラフルな文面。
 きょ、脅迫状だって!? こんな孤児院に!?
「えーと…なになに……『まきのこずえに告ぐ だいじなちちおやのカードを渡せ さもなくばオマエのタイセツなヒトがしぬことになる もしいやならばすべてやきはらう 灰燼ピエロ』…………」
 まさしく文字通りの脅迫状である。
「これって、警察に相談した?」
「おばさん達はしたって…でも、まだ実際に何も起こってないんじゃ難しいって…」
「………」
 実際に事件が起こっていなければ、脅迫状が届いたとしてもせいぜい警戒を強化するぐらいしか出来ない、か。
 哀しいが、それが現実であったりするのだ。
「それで、俺たち、ダークネス様にお願いしようって」
「ダークネス様なら、大切なものを差し出せば裁けない悪を裁いてくれる、そうしてくれるって色んなヒトが言ってた」
「………」
 ダークネス様、ねぇ。随分な言われようだ。
「ダークネス様って言うと、あれか。ネットのとあるサイトで、ダークネス様にお願いすると午前零時きっかりにメールが届いて、お願いをしたヒトの大切なものを奪う代わりに悪を裁いてくれるって奴」
 ダークネス様。
 まぁ、正確には様付けではなく、ただのダークネスだ。
 アニメの遊戯王に登場したダークネスと混同されがちだが、実質は異なるもの。
 インターネットのとあるサイトの掲示板でダークネス宛に「悪ではあるが法や自分で裁く事ができない悪」について書き込むと、午前零時に返事が返って来る。
 その返事の際に「自分にとって大切なモノ」を書いて返信すると契約成立。
 最終的に「法では裁けない悪」はダークネスの手によって裁かれる事となる。
 そしてダークネスの正体は全くの謎。一応、契約時に依頼人の前に現れるというが、人によって答えは様々である。男だった、女だった、或いは大人、或いは子供、老齢の声だったと言う事もある。
 とにかく重要なのは「悪であるが、法や自分では裁けない悪」が相手であるという事。
 なにはともあれ、この町には、否、この国にはそんな都市伝説が存在する。けれども。
「相手は灰燼ピエロだろ? 流石にダークネス様でも難しいんじゃないか?」
 俺の言葉に、子供達は一斉に抗議の声をあげた。
「それでもお願いしたいし、まだ決まったわけじゃないもん!」
「そうだよ、それにダークネス様ならきっとやっつけてくれる!」
 子供達は口々にそう叫ぶが、梢ちゃんは困った顔をしていた。
 でも、カードを集めていた理由は解った気がする…彼らに取ってはカードもまた大事なものだ。それを代償として支払おうというのか。
「………」
 なんというか、複雑な気持ちになった。あまり気持ちよい話ではないし。

 でも、梢ちゃんの複雑な表情が、なんとなく気にかかった。





 その日の夜、とあるサイトの掲示板に、一件の書き込みがあった。

 From:Koze.M
 制裁対象:灰燼ピエロ
 罪状:私の父親がかつて持っていたレアカードを奪うため、脅迫してきました。
    これまでの灰燼ピエロの行動から、差し出さなければ私にとって大切な人を奪うと要求しています。
    ダークネス様、お願いです。私と、私の大切な人達を守って下さい。
 発信地:J県龍泉市泉区双竜ヶ原

 Re:ダークネス
 このサイトで、私を知る皆さんにお聞きしたい事がある。
 この中で灰燼ピエロの犯した罪を、上記以外に知っている方はいるだろうか?
 Koze.Mさんの語る罪状のみだど、法では裁ききれない悪だと断定する事は出来ない。
 タイムリミットなどがあるかは解らないが、もう少しだけ私に時間をくれないだろうか。

 そんな書き込みの後、俺は席を立つ。
 うちの夕食は相対的に遅い時間にある。他の家から比較して、なので俺自身は別に遅いとは思っちゃいないけど。父親の帰宅時間のせいだろうか。
 まぁ、正直な事を言うと父親の帰宅時間は日によってまちまちだ。
 理由は簡単。いわゆる刑事という仕事についているからだろう。…せめて帰って来る日ぐらいは夕食を共にしたいというのが家族の愛情って奴だ。
「父さん、お帰りー」
 そう声をかけつつ食卓につくと、既に他の家族は揃っていた。あれ、もしかして俺遅かった?
「ん、ああ来たか二三郎」
 父親は疲れた顔で箸を手に取ると、「いただきます」と呟いて好物である焼き魚に箸を突っ込んだ。
「そういや父さん、あのさぁ」
「ん? なんだ?」
「脅迫状が届いて、警察に相談したら警察はどんな対応すんの?」
 俺の問いに父親はアジの開きから骨を引きはがしつつ「そうだなぁ」と考え込む。
「事件性が感じられれば刑事課が然るべき捜査をする…のが普通だ。だがな、脅迫状ってのは、そのうちの9割近くが悪戯だ。よくあるだろ、アイドルに対して脅迫状が届くって。ああいうので、実際に事件が起こった事なんざまず無いからな……ま、アイドルならともかく、一般の企業や人なら尚更そんな事はあんまり無い。被害者の方に差出人の心当たりが無ければそれで手詰まりって事もあるがな」
「そっか……じゃあ、警察として、特別動くって事は無い、って事?」
「せいぜいパトロールを強化してくれ、と地域課の人に言うぐらいだな」
 父親はご飯をかき込みながら更に言葉を続ける。
「そう言えばこの前、孤児院の子供宛に脅迫状が来たって話を聞いたが……差し出せと言っているモノがモノなだけになぁ。カード1枚相手に人を殺すような馬鹿もそうそういねぇだろ。それに……犯人も犯人だ」
「!」
 恐らく、梢ちゃんの事だ。俺が姿勢を正した時、父親は驚いた顔で見た。
「どうしたんだ、二三郎?」
「いや、その話気になるからさ。今日…たぶん、その孤児院行ってたと思うから」
「そこまで心配する必要は無いだろ。気持ちは解るが、多分、悪戯だ」
「まぁ、そうだといいけど……でも、カード1枚って、どんなんだったのさ」
「贈られた子供の父親が開発途中の幻のレアカードだった、とかなんとか…世界に1枚しかないとか聞いたがなぁ……ま、送った奴とされている灰燼ピエロに関しても、正直捜査しようがない犯人なんだもんなぁ」
「なにそれ」
「灰燼ピエロが行方不明事件を起こしている…という噂がある。行方不明者は確かにいる。だが、奴がやったという証拠は無い。そもそも、行方不明になっている人間が、本当に行方不明なのかも解らん。自殺かも知れない、事故に巻き込まれたかも知れない。だから、事件性が見つからない。そういう事だ」
「………」
「ま、そういう事だ。ところで二三郎。前々から思っていたが、お前はそういう事件ばっかり興味を持っちゃいるが、変な事には手を出すなよ。…少なくとも、刑事になって欲しくは無いな」
 普通は逆じゃないか、と言いかけて父親が更に言葉を続ける。
「なにせ、人の悪意とか憎悪とかって奴に直に接する仕事だ。そこから人を守る仕事は……人がどう思ってるかは知らないが、誇りはある。誰かの代わりに傷つく、もしくは傷つく誰かを少しでもその痛みを分け合う、そんな仕事だ。だから尚更、そんな想いを自分の家族にはさせたくねぇ」
 父親なりに俺の事を心配しているのだろう。
 でも、俺は父親の仕事を尊いものだと思う。誰かに頼られる、救ってもらえる、そんな存在だから。
 そう、そんな存在でないといけない。

 傷つくのも仕方ないだろう。人は自分の事を自分でしか守れない、というけれど、それだけだと力不足な人っている筈だ。
 だからそんな人の力になりたい。そう思うのは、悪い事じゃない筈だ…そう、悪い事じゃ…。



 誰かに助けて欲しいと願った時に、誰も手を差し伸べてくれなかった。
 SOSを発し続けたのに、どうして聞いてくれないんだろうって思った。こんなに辛い想いをしてるのに、そんな俺を見て、皆笑っている。嘲っている。
 だから……強くなりたかった。
 でも強くなるって、何なんだろう?
 誰にも負けない力を持つ事?
 誰よりも頭が良くなる事?
 そんな具体的なものじゃなくて、もっと抽象的な事?

 ……試してみた。でも、強くなった気なんかしない。じゃあ、なんだろう?
 そうやって気付いたら、俺が試して来た事は、全部俺が人から受けて来た事と一緒で、じゃあそれをやっている俺も、アイツらと一緒…。
 それじゃあ、ダメだ、どうしよう。

 そんな時にある映画を見た。
 20年近く昔のアメリカ映画で、主人公は先生に「世界を変えたいなら何をするか?」と問いかける。
 そこで主人公は「1人に受けた恩を、その人ではなく別の3人に」という考えを思いつく。
 主人公は最初は上手く行かなかったが、彼の知らない所でその考えは広まって行く…最終的に主人公は哀しい運命を辿った。
 でもその映画を見た時に、俺は気付いたんだ。
 映画の主人公は別の人に返す事で、ずっと多くの人に繋げて行く事をしていた。
 俺だったらどうしよう、俺だったら…俺に恩を与えてくれた人も含めて三人にしよう。そうすればきっと、映画の主人公のような悲劇は起きないかも知れない。
 誰かに守られている俺がいるなら、俺はその人も含めて三人の人を守ろう。
 そうすればお互いに守り合う事になる、そして他の2人が更に別の3人へと続けて行く事を…きっと知るだろう。
 そうだ、これなんだ。
 だから俺は………作り上げたんだ。一生懸命。

 俺なりに出来る一生懸命。父親のように、スマートで、表舞台には立てないけれど、誰かを守る為の剣であり、盾となれるならそれで良かったんだ。
 ダークネスを始めたのはそれが切っ掛け。
 傷つく誰かの為に、代わりに剣を取る。だから代わりに、盾になってくれ。そう、訴える為に。
 自分だけじゃない、俺でもいい、他の誰でもいい、俺が剣になるから、誰かの盾になれ。そして次は剣になってくれ、俺が盾になろう。
 両手は、その為にある。



 部屋へと戻ると、まずは人について調べる事だった。
 牧野梢ちゃんの……父親、牧野嘉寛。
 生前はカード研究家でありカード収集家。ちょうど2年前に自宅研究室で殺害されていて、捜査は現在も継続中。
 その際に、カード収集のみならず近年は東央大学の研究サークルと組んでカードの変質実験なども手を出していた、との事。
 殺害の際にカードが何枚か紛失。
 だが、辛うじて残った世界で1枚しかないという貴重なカードが…。

 coming true

 来たれし真実、と名付けられたそのカードがどんな効果を、どのような意味を持つのかは解らないが…。
 だが、梢ちゃんが所持しているであろうカードは恐らくコレだろう。
 更に検索をかけてみると、表示が出た。
 《coming true》について。
 牧野嘉寛博士が実験の果てに生み出した三枚のカードのうちの一つ。
 効果詳細については不明。世界で1枚しか現存せず、恐らく牧野博士の次女である牧野梢が相続したものと見られている。
 現在もこのカードについては研究や所蔵を考える人や団体は多いが、牧野梢本人は拒否している。

 なるほど…なかなか複雑な事情のようだ。
 ある意味親の形見である、と言っても過言ではないかも知れない。
 俺がそう考えつつページをいつもの掲示板に戻すと、再び書き込みがあった。

 From:灰燼ピエロ
 件名:質問について
 内容:その質問に答えさせてもらおうか、ダークネス。
    私は灰燼ピエロ。牧野梢の持つカードは《coming true》の事だ。詳細は自分で調べた方が早かろう。
    このカードこそ、真実へと至る鍵。
    うかうかしていると牧野梢と子供達は大変な目に遭うかも知れないよ、ダークネス?
 発信地:J県龍泉市泉区双竜ヶ原

 灰燼ピエロからの書き込みだった。そして書き込み時間は、ほんの一分ほど前!
 慌てて返信を打ち込む。

 Re:ダークネス
 灰燼ピエロに問う。
 それはどういう意味だ?

 Re:灰燼ピエロ
 言った通りの意味だよ。それ以上の事は言わない。

「……クソっ!」
 嫌な予感がする。この返事を見た瞬間から。
 時刻は午後十一時を回ったぐらいか。まだ、間に合う。





 孤児院『MISAWA』は既に消灯時間を過ぎて静まり返っていた。
 職員がいるであろう事務室は明かりがついている。だが、ヘタに入り口から侵入しても警報機がなるに違いない。
 ま、そこは腕の見せ所だ。バットマン顔負けの道具を揃えておけば大丈夫。

 一旦裏へと周り、警報機操作のパネルを開く。ジャック越しに小さな機械を差し込んで、ちょちょいのちょい。うむ。パソコン部の友人特製の機械を強制停止させるアイテムは今日も正常作動だ。
 ジャック無しでも範囲攻撃で使えなくも無いが、ペースメーカーなども停止させてしまうのでジャックで繋いで使った方が安全である。
 さて、後は裏口から侵入して……抜き足差し足忍び足っと。
「…えーと」
 部屋は二階にもあるのか。どうやら年長が二階の部屋のようだ、だとすると梢ちゃんは最年長だった筈だから。
 あった。一番手前とは解りやすい。

 女の子の部屋に入るってのはちょっとドキっとするけど…まぁ、これも仕事だ。

 中へと音を立てずに侵入するのにはコツがいる。またゆっくりと締めて……そして、梢ちゃんの肩をとんとんと小さく叩く。口を塞ぐのを忘れない。
「!!!!!????」
「シーッ……悪いけど、ちょっと借りるよ」
 驚いた顔の口を塞ぎながら、窓を開く。
「外で話そうか……怖がらないで。ダークネスさ」
 俺の言葉に、梢ちゃんは少しだけ目から警戒の色が消えた。もう大丈夫だろう、口から手を離す。
 今のうちに、梢ちゃんの足へと手を回し、そのままお姫様だっこのような体型に。
 おお、思ったより軽いぞ。
「軽いなぁ、ちゃんと食べてる?」
「????」
 返事はなし、てか混乱中。
 まぁ、そりゃ眼を覚ましたら目の前に黒いマントと黒い仮面を付けた奴が立っていりゃ怖いか。
 さて。窓に足をかけ、そのままマントで滑空するように中庭へと降りる。
 バットマンも真っ青な芸当だ。
「はい、着地成功っと……さぁて、と。要請に応じまして、ダークネス、参上」
 俺の言葉に、梢ちゃんはゆっくりと頷いた。
「あの……あなたが……」
「イエス。さて、まずは依頼の方なんだけどね……実は灰燼ピエロから返事が来たのさ。もしかしたら、本当に君が狙われるかも知れない。……それから守って欲しいというのが君の依頼だったね。だから……あまりしたくはないが、こんな提案がある」
 俺の言葉に、梢ちゃんは顔をあげた。
 少し落ち着きを取り戻しているようにも見える。大丈夫だ、問題無い。
「君の持つ、coming trueのカードを俺に預けて欲しい。そしてそれを公開しよう。灰燼ピエロの狙いはカードだ。俺へと向く筈、だろ?」
「………確かに、そうだけど…このカードは…」
「渡したく無い? そうだろうね、だったら実際に渡さなきゃいいだけの話さ」
「???」
「簡単に言うと、君がもう1度あのサイトに書き込んで欲しいんだ。灰燼ピエロ宛にね。あなたが欲しいカードはダークネスに渡したって。それをすればいい、ただそれだけの事だよ。灰燼ピエロが君がまだカードを持っていると確認する方法なんて無い訳だ。灰燼ピエロを後は俺がなんとかしよう」
「………」
 まぁ、理解してもらえたかどうかは解らないが。スマートなやり方で俺は一生懸命考えた。
 coming trueのカードを牧野梢ちゃんが持っているのは皆知っている。
 だからそんな彼女のカードを、俺が受け継いだ事にすればいい。それを公開してしまえば、皆は確認しない限り、俺が持っている、と思い込むだろう。
 あくまでも目的はカードの灰燼ピエロはこちらに襲って来るという訳だ。
 問題は俺が勝てるかどうか、だが……。
「……あの」
「ん?」
「本当に、灰燼ピエロを、やっつけてくれるんですか? あの時、返事はまだって言ってたけど……」
「さっきの時点、ではね。でもね…決めたよ。俺は君を守りたい」
 ストレートにぶつける、たった一つの言葉。
「君が俺を頼って来ているんだ。俺はそれに答えたい。君を守る、約束するよ。だから、さ」
 それは、俺が望んだ一つの答えなのだろう。
 灰燼ピエロのような悪意と、欲望に対して、俺は屈したくは無いんだ。
 俺がかつてそうされたように、それで傷つく人を、見たくは無いから。
「……わかりました。あの、それで……代償は」
「そうだね。君にとって大切なものを一つだけ貰う。それが代金だ。それはね……今夜の記憶だ。今夜の事を、決して誰にも口外しないで欲しい。それが、君から俺が貰う代償だ。それでいいかな? 俺の事は、忘れて欲しい」
「……はい」
 よろしい、契約成立だ。
 俺は梢ちゃんの手を握ると、少し力を込めた。
「これで契約成立だ。ありがとう、梢ちゃん。勇気を出してくれて」
「…あの」
「ん?」
「……灰燼ピエロに、勝てるのでしょうか?」
 梢ちゃんは不安げに呟く。
 そりゃそうだ。今までの伝説で勝った人の話を俺は聞いた事が無い。けど、それでも…。
「……勝つのさ」
 そう、勝たなければいけない。
 目の前にいる1人の女の子のタイセツなものを、守る為にね。

 例えどれだけ傷ついても、剣であり、盾となれ。
 己が約束した事は、果たすのだ。何かを犠牲にしてでも、約束は守れ。
 守れないものは、許せなくなるんだ。…自分自身を。

 俺が俺に課した枷は重い。
 だけどそれは、必要なものなんだ。これからの為に、俺の為に、誰かの為に。









 From:Koze.M
 件名:灰燼ピエロへ
 内容:あなたが欲しがっている《coming true》はダークネス様に渡しました。
    今は私の手元にありません。
 発信地:J県龍泉市泉区双竜ヶ原

 Re:ダークネス
 《coming true》のカード、確かに受け取りました。
 灰燼ピエロよ、俺に挑むか?

 言われた通り、掲示板にはしっかり書き込まれている。
 これならば問題無い、梢ちゃんもしばらくは安心して眠れるだろう。
 俺はパソコンを閉じると、大きく伸びをする。やれやれ、今夜はこれで寝られそうだ。
「それにしても、世界で1枚しか無いカードなんて、凄い話だよなぁ」
 それを遺産として相続する彼女も、過酷な運命を課されてしまったものだ。少しだけ同情する。
 でも、確かに貴重である事も事実なのだろう。
 先ほどのサイトでは詳細不明の文字が躍っていたが、実際はどうなのだろう。なんとなく、気になった。
 もう一度だけパソコンを開く。
「えーと……」
 何をワードにして打ち込もうか。
 そうだ、牧野博士のカード変質実験についてだ。

『牧野嘉寛博士ならびに東央大学特異現象研究部によるカード変異現象に関する調査報告書』
                       王真大学理工学部情報工学科 牧野伊織

 このカード変異現象に関する研究は牧野博士が主催、東央大学特異現象研究部はあくまでもそのサポートとして、実験のみを担当していた事だけを明記しておく。
 カードの変異現象は2010年代にアメリカ特殊作戦軍情報部によって実用化されたソリッドビジョンシステム導入以前から確認されていた。
 しかし、統計的データを見る限り、ソリッドビジョンシステム導入後は明らかに発生率が上昇しており、デュエルディスクとソリッドビジョンシステムに何らかの関係があると推測されていた。
 牧野博士はこの関係部分が解明される前に死亡した為、詳しくは説明できないが…ここに一件の興味深いデータがある。
 カードの耐久性に関するデータはこの研究でのデータよりアームド・ヘブン・アライアンス社(以降AMA社)のデータの方が優れた数値を出しているが、一つだけAMA社のデータではない実験がある。それは強烈な電磁パルスを使った実験である。
 どうやらこの際に特定のカードを用いた場合、カードが異質なものに変化するようで私も現物を確認した経験がある以上、この現象そのものは否定できない。
 しかし、過去の統計から見るとデュエル中にカードが変質した際も大規模な電磁パルスなどは確認されておらず、果たしてこれが何を意味するのかは…』

 なかなか長い文章で、読み応えがある。
 だが、牧野博士は実際にカード変異実験に関連して、新たなカードを作っていた、と推測出来る。
 そのうちの1枚が世界で1枚しか存在しないという、あのcoming trueのカードなのだろう。
「不思議だなぁ…」
 何か興味深い気がする。だが、これ以降読んでいるとどうも遅くなってしまう気がする…明日にお預けにするべきか。
 このレポートの公開日付は2年前だ。削除される心配も無いだろう、ハッキングを受けない限りは。
 俺は大きく伸びをすると、もう1度だけいつものサイトの掲示板へと画面を戻した。

 そこに、信じられないものが、書かれていた。


 From:灰燼ピエロ
 件名:ダークネスへ
 内容:お前のせいで、牧野梢は全てを失う事になるだろう。
    今すぐcoming trueのカードを持って双竜ヶ原の旧夏目硝子工場跡地に来い。
    さもなくば1 0分毎に、人質を1人ずつ昇天する事となる。
    嘘だと思うのならば、孤児院『MISAWA』の子供達を見に行くといい。
    吐きたくなっても知らないがな。
 発信地:J県龍泉市泉区双竜ヶ原

 強烈なイメージが、フラッシュバックした。
 脳に入り込んで来るような、だが確かな聞こえない筈の悲鳴が、頭に響く、痛い、痛い、痛い。
 どす黒い、憎悪の塊。脳に入り込んでくる、悪魔の脚本。
「…………!」
 ヤバい。そんな馬鹿な、と思う。どうして、俺の方に来る筈じゃ、いいや、でもそんな筈は…。
 そうか。
 どこにいるか解らない俺より、既に居場所が解っている方をつり出せばいいんだ。
 もしかして灰燼ピエロの奴、俺の返信を見てからこれを狙っていたのだろうか…クソっ!
 俺が舌打ちした直後、階下で父親の声が響いた。
「孤児院で職員9人が全員死体で発見されたぁ? で、子供28人が行方不明だって!? で、状況は? 警報機が壊されてたって?」
「あ…」
 そうだ、梢ちゃんに会う時に俺が警報機を壊した。だから、灰燼ピエロの侵入に職員や子供達が気付く筈も無く…。
 哀れ職人9人は血の海に、そして子供達は地獄の底へと引きずり込まれた。

「………」
 俺は、なんという事をしたんだろう。いや、でも悔やんでいる暇はない。急ぐのだ。
 あと、8分しかない。急がないと、殺されてしまう。子供が…。

 本当に情けないよな赤代二三郎、と声が響く。
 俺の声で、だ。何かを守る事も出来ない、何かの剣でもない頃の俺の声。誰かに手を差し伸べる事もしなければ、差し伸べられる事も無い俺。
 結局お前には何も出来ない、お前自身が変わったつもりでも、お前はお前のままなのだ、と。
 嘘つけ。
 今ここに立っているのは俺だ。ならば、なんだというのだ。俺は何も出来ないでいたのか?

 いいや、今目の前にある、俺がいる。

 Re:ミッキーコハル
 ふざけんじゃねぇぞ灰燼ピエロ!
 ダークネス、子供達を助けてやれ! アンタしか出来ないんだ!

 Re:オルトロス
 ダークネスは私を救って下さいました。今は、あなたの言葉を守っています。
 牧野梢ちゃんと、子供達を助けてあげてください。
 私はあなたを信じています。

 Re:虹色光草
 あんたの強さは、ここにいる僕らが知っている!
 あなたの力を、役に立ててくれ!

 気がついたら、大量の返信が流れていた。
 皆、見た事のある名前。俺がこの手で、救って来た名前。
 そうだ、こいつらがいるんだ。行ける筈だ…そう、助けに行こう!
 急ぐんだ、時間が無いぞ俺!







 痛い…。
 痛む頭を振ると、身体が冷たくて固いものに触れた。

 ダークネス様が来た後、掲示板に書き込んだ後に急に何か口にものを当てられて気が…。
「……?」
 ここは、何処だろう。
 頭の痛みが治まって来ると、聴覚が捉えたのは誰かのうめき声だった。それも、複数。
 うわーんうわーんと響くような、声。絶望と、悲しみ。
「…気がついたか、牧野梢?」
 頭上で声がした。
 痺れて動かない身体。すると、声の主は目の前まで移動してきた。

 紫色のマント。そして顔は…白い化粧をしたピエロ。

「……灰燼ピエロ、参上」

「……!!!」
 嘘、どうして…こんな所で。
「カードをダークネスに渡すとは、最低な真似をしてくれたものだ…お陰でダークネスも始末しなけりゃいけなくなったじゃないか」
 灰燼ピエロは持っていたPDAの画面を私に向けてにゅっと突き出した。

 From:灰燼ピエロ
 件名:ダークネスへ
 内容:お前のせいで、牧野梢は全てを失う事になるだろう。
    今すぐcoming trueのカードを持って双竜ヶ原の旧夏目硝子工場跡地に来い。
    さもなくば1 0分毎に、人質を1人ずつ昇天する事となる。
    嘘だと思うのならば、孤児院『MISAWA』の子供達を見に行くといい。
    吐きたくなっても知らないがな。
 発信地:J県龍泉市泉区双竜ヶ原

「人質……」
「ああ、そうさ。お前の友達、27人、みーんなここにいるぜ。ほれ、こっち来な」
 灰燼ピエロは私の身体を無理矢理引っ張って、柱を背に座らせた。
 ここはどうやら工場の吹き抜けの二階なのか、一階の広いエリアに様々な機械が所狭しと並び、その間の通路に、
 27人の、同じ孤児院の仲間達が、みんな私と同じように縛られて、床に転がされていた。
 そして同時に思い出したのは、今の10分毎にという書き込み。
「さぁて…始めるか。牧野梢よ。恨むべきはお前自身だぜ? なにせ、お前がそんな事をしたから、みーんな殺されちまうんだからよぉ?」
「え……殺す、って……どうして!? だって、私たち何も悪いこと」
「してねぇから殺すんだよ。それが面白いのさ」
 灰燼ピエロはそう言って笑った後、工場の階段を降りて、一階へと、わざと音を立てながら降りて行った。
「ま、まって……! 時間は、10分毎じゃないの!?」
「あ? 10分? 違いな。よぉーく見てみな…1と0の間に、ここ、.が抜け落ちてんだよなぁ…タイプミスかなぁ? つ・ま・り」

「1分だ」
 灰燼ピエロはそう言って、私に見せつけるかのように、仲間達へと迫った。





「あああああああやめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!」

「あづあうああああづあうづあうづづあうああああああっ!!!!!!!!!!!」
 肉の焼ける音。

 骨が砕ける音、肉が潰れる音、血が何か噴き出た音。

 ひねり潰されたような、そんな感じが水の音と一緒に。

 火にかけられたドラム缶の中から反響する、必死の音。でも、熱さとともに小さくなっていく。
 絶叫とともに、ノコギリの音。

 声にならない声、叫び、悲鳴、悲しみ、痛み、なにがなんだか、よくわからない。





 この前好きな子が出来たと言っていた、小学五年の石田君。
 ガソリンをかけられて火をつけられて、声とともに走り回って、でも水は無くて、最後は黒くてよくわからないものになって倒れた。
 いつもぬいぐるみを手放さない小学一年の杉本菜摘ちゃん。
 なんだかよく解らない機械に上から放り込まれて、声にならない声と共に、生きたままミンチにされちゃった。
 最後に骨だが肉だがよく解らないものになって、ミンチになってにゅるにゅると機械から出て来た。
 元気一杯、サッカー大好きな高原君。サッカーの足を切らないでって叫んだらピエロはノコギリで腕を斬った。ギコギコと。
 泣いて叫んでたけど声がどんどん小さくなって、二本目を斬る頃には聞こえなくなった。
 私より一つ下、この前の修学旅行が楽しかったと言っていた篠宮鈴ちゃん。
 透明なアクリルみたいな箱に入れられて、上から沢山のムカデを放り込まれて、漬物石で蓋をされた。
 ムカデから逃れようにも無理だった。
 全身噛まれて、最後は紫色になってしまった。
 小学校三年の石田君の妹さん。
 火にかけられてぐつぐつ言っているドラム缶に頭から入れられて、蓋をされた。
 蓋を開けようと中から体当たり。でも、火が回って来て…聞こえなくなって、生きたまま茹でられた。
 まだ幼稚園児の七尾君。
 縛られた状態で、ピエロが運転したロードローラーで潰されて行った。
 人間が平になると、ただの紅い塊。

 何人も、何人も、なんだかよく解らなくなって来て、目の前で、悲鳴とともに死んで行って。
 それでも皆誰一人、タスケテとは叫ばなかった。
 助けを求めないで、皆、戦ったんだ。きっと。最後の瞬間まで、ピエロに。


 そしてその時になって、来たのだ―――――。


「畜生! 14分もかかっちまった!」
 先ほど見たばかりの黒マントに黒い仮面。
 金属のようなものをがしゃがしゃ鳴らして彼は来た。
「いっ!?」


 正直に言おう。
 10分経過した。だから、1人死んでいるかも知れない。…この時点で、間に合わないって思ってたのに。
 死体の数を数えて見ると……何人いるんだ?
 血の匂い、そしてまだ生きている、恐怖に怯える子供の声。
「……何人殺したんだよ、灰燼ピエロ……!」
「落ち着けよ、ダークネス。ようこそ、我が本拠地へ」
 灰燼ピエロは階段を降りながら小さく膝を折って一礼した。
「梢ちゃんはどうした!」
「梢ちゃんはここにいるぜ。まだ、生きてる。いや……今は生きてるな」
 階段を駆け上がる。
 梢ちゃんに会わせる顔があるかどうかは解らない。出会い頭に嘘つきって言われてもいい。けど。
 でも、今は―――――灰燼ピエロから、この子を助け出せるのは俺しかいない。
「梢ちゃん!」
「…ダークネス…様……」
「すまなかった……いや、そんなんで許されるものじゃないかも知れないけど…」
「……みんな、つよかった…」
 梢ちゃんから漏れた言葉は、意外な言葉だった。

「みんな、強かったの……私の事に対して、怒ってもいなくて、助けを求める訳でもなくて…最後まで、最後まで皆…ピエロに、立ち向かってた……散々泣いて、散々嫌だって言うのが、皆の必死の…抵抗だったから……」

「………」
 助けを求めても届かない。誰も助けが来ない事を、悟っていたのだろうか。
 でもそれでも、助けて欲しいとは言わなかったのも、梢ちゃんへの恨み一つも残さなかったのも、子供達なりの、精一杯の抵抗。
 皆、優しかったんだ。
 あの日、梢ちゃんと出会う前に俺を倒した子供が、両腕を無くして転がっていた。
 俺よりもずっと小さいこんな子も、立派に戦ったのだ。
「……皆、エラかったんだな……」
「うん……ダークネス様……だから……」
 梢ちゃんはそう言って、震える手で、胸ポケットを開いた。
「これを、決して、渡さないで。私が支払う、代償は……これ……復讐する相手は…灰燼、ピエロ…」
 1枚のカードが、きらりと光る。
 それが何なのか、俺は言わずとも解っていただろう。
「ああ、解った!」

 マントを翻す。
 歩く道は血に染まろうとも、それでも決して折れぬだろう。
 我が名はダークネス。
 裁けぬ悪を裁く、真なる使者。

「……その契約成立だ。覚悟しやがれ、灰燼ピエロ! テメェを地獄に、たたき落としてやるぜぇ!」
「ははははははははははははあはは! いいねぇ、その瞳……楽しくなって来るねぇ」
 灰燼ピエロはそう叫んだ後、レバーを1度下ろした。
「こっちに来いよ、ダークネス。デュエルをしようぜ?」
 今のうちに梢ちゃんを連れて…逃げる訳にはいかない。まだ、最低でも子供が10人以上残っている。
 彼らを見捨てる訳には行かない。
「牧野梢を連れて来るんだ」
 灰燼ピエロが二階で手招きしながらそう言い放つ。
 どう転んでも罠だ。だが…ここで無視したら、子供の命が無いかも知れない。これ以上、犠牲を出す訳には行かない。
「……灰燼ピエロ。もしかして俺が最初の依頼に返信した後から、これを狙ってたのか?」
「さぁ、どうだろうなぁ?」
 灰燼ピエロはくつくつと笑いながら、巨大なアクリルのボックスのようなものに入った。
 上部にタンクのようなものがついていて、アクリルの箱の手前には踏み台がある。
「その踏み台に牧野梢を載せろ」
「……」
「載せるんだ」
「…………ダークネス様、大丈夫、だから…皆みたいに、強く」
 梢ちゃんが、踏み台に足を一歩踏み入れた。

 がしゃり、と音がして踏み台の上から鉄の籠が覆う。
 そして籠の上についた鎖で引っ張られ、鳥籠のように運ばれて行く。上にクレーンでもあるのか、ゆっくりとつり上がる。

「さぁ、ボックスに入れよダークネス? これから俺達がやるのは、ただのデュエルじゃない。上についてるタンクは、硫化水素が入っている…ライフが1000ポイントを切ると、ボックス内部に少しずつこれが注入するって訳だ。ま、その時点では換気口がついてるから、致死濃度には至らねぇだろうが、ライフが0になると換気口が閉じて、100%硫化水素が入って来るっ訳。名付けて、毒ガスデスマッチ! ……けど、お前にはハンディキャップをつけてやるよ。お前はライフ8000でいいぜ? その代わりに…ライフが0になったり、途中で倒れたらあの鳥籠は下の精肉ローラーにドボン! 梢ちゃんがミンチになっちゃうよ?」
「言いたい事は……それで全部か?」
「んー?」
 楽しそうにデュエルについて語る灰燼ピエロに、俺は問いかける。
 こんな事を、楽しそうにしている理由についてだ。
「お前、散々殺して来たのか? こんな風によ」
「おうよ。楽しかったぜぇ? 色々とな。悲鳴、苦しむ声、飛び散る血……人が死ぬのを見る度によ、感じるんだ、生きてるってよ。ああ、俺は生きてるぜ……」
「梢ちゃんの友達を殺したのも、それが理由か?」
「ああ…ま、でも梢ちゃんの場合は仕方ねぇのさ。カードを大人しく渡さないからよ。だから…お前と梢ちゃんが殺したんだぜ、あの子達はよぉ!」
「……」
 そう言われるのが辛い。例えそれを言うのが殺人鬼であっても。だが。
 だがしかし。

 俺が今まで何の為にやってきたのかを、思い出すんだ。

「…………確かに、俺のせいであの子達は死んだ。なら……俺が出来る事は、俺が出来る事をする、ただそれだけだっ! 覚悟しやがれ、灰燼ピエロ!」


「さぁ、デュエルだ! …今すぐ殴り飛ばしたいのをデュエルにするのを、有り難く思えよなぁっ!」


 赤代二三郎:LP8000       灰燼ピエロ:LP4000

「俺の先攻だ! ドロー!」
 まずは俺のターン。

「闇魔界の戦士ダークソードを召喚!」

 闇魔界の戦士ダークソード 闇属性/☆4/戦士族/攻撃力1800/守備力1500

 フィールドに、2刀を持つ戦士が現れ、刀を向ける。
 俺と似たようなメタルシルバー・アーマーを纏った相棒。
「カードを1枚伏せて、ターンエンド」
「……では、こっちのターンだ。ドロー」
 続いて灰燼ピエロのターン。

「闇・道化師のペーテンを守備表示だ」

 闇・道化師のぺ―テン 闇属性/☆3/魔法使い族/攻撃力500/守備力1200
 このカードが墓地へ送られた時、このカードを墓地から除外する事で手札またはデッキから
 「闇・道化師のペーテン」1体を特殊召喚する事ができる。

 フィールドには、1度破壊されたとしても墓地から除外すれば同名モンスターを呼び出せる、リクルート効果を持つモンスター。
 なかなか厄介な奴が出て来た…行けるか?
「そしてこの瞬間、手札の魔法カード、ドリーム・カーニバルを発動!」

 ドリーム・カーニバル 永続魔法
 このカードの発動には「マーダーサーカス」「ドリーム・ピエロ」「マーダーサーカス・ゾンビ」「闇・道化師のサギー」「闇・道化師のぺ―テン」のうち1枚の召喚に成功しなくてはならない。
 このカードを発動した時、手札から「道化師(ピエロ)」と名のつくモンスター1体を特殊召喚し、相手に1000ライフポイントダメージを与える。

「It's a show time!」
 灰燼ピエロが狂ったように笑い出す。ソリッドビジョンから軽快な音楽が鳴り響き、賑やかなメリーゴーランドが回る。
 永遠に、回りだす。
 そう、周り続けるメリーゴーランドに、1人のピエロが乗っている。そうだ、ピエロだ。
 そこにいるのはピエロ。大鎌を振りかざしたピエロ。笑う道化師。

 狂人の道化師 闇属性/☆3/悪魔族/攻撃力1000/守備力1200
 このカードの攻撃力は手札の数×300ポイントずつ、攻撃力がアップする。
 このカードが戦闘で破壊された時、相手プレイヤーはデッキからカードを三枚ドローする。

 狂人の道化師 攻撃力1000→1900

 赤代二三郎:LP8000→7000

「さぁて、行きますかね…狂人の道化師で、ダークソードを攻撃!」
 ダークソードを守るリバースカードは無く、容易く破壊されてしまう。

 赤代二三郎:LP7000→6900

 だが、たかだかライフを100削られただけだ。まだまだ行ける。
「カードを1枚伏せて、ターンエンド」

 狂人の道化師 攻撃力1900→1600

 狂人の道化師が攻撃力を少し減らして俺のターン。フィールドは空だが、手札にもまだまだある程度揃っている。
 だがしかし。
「なにもしない」
 ここは、なにもしない。手札の隠し球。
「おおっと、そうかい……へっ、おおかたゴーズでも隠し持っているんだろう?」
「まさにその通りだ。ゴーズを狙う」
「なら、俺のターンで、狂人の道化師は攻撃力1900へと増加し…そして、道化師でダイレクトアタックするぜ!」
 ゴーズが飛んで来ると解って、灰燼ピエロは攻撃を敢行する。
 まさに予想通りって所か…だが、それは相手も同じかも知れない。

 赤代二三郎:LP6900→5000

 冥府の使者ゴーズ 闇属性/☆7/悪魔族/攻撃力2700/守備力2500
 自分フィールド上にカードが存在しない場合、
 相手がコントロールするカードによってダメージを受けた時、このカードを手札から特殊召喚する事ができる。
 この方法で特殊召喚に成功した時、受けたダメージの種類により以下の効果を発動する。
 ●戦闘ダメージの場合、自分フィールド上に「冥府の使者カイエントークン」
 (天使族・光・星7・攻/守?)を1体特殊召喚する。
 このトークンの攻撃力・守備力は、この時受けた戦闘ダメージと同じ数値になる。
 ●カードの効果によるダメージの場合、受けたダメージと同じダメージを相手ライフに与える。

 冥府の使者カイエントークン 光属性/☆7/天使族/攻撃力1900/守備力1900

 これで2体、こちらの陣営には揃う事になる。
 逆転劇は早急に始めないといけない…何せライフは残り5000という値まで来ているのだ。
 だが、灰燼ピエロは特に動じた様子は無い。ゴーズが来ると、奴も解っているからだろう。
「さぁて……じゃあ、ゴーズとカイエンをなんとかしないといけないよなぁ…」
「へぇ? じゃあ、どうするんだい?」
「マーダーサーカスを守備表示で召喚!」

 マーダーサーカス 闇属性/☆4/悪魔族/攻撃力1350/守備力1400
 このカードの表示形式が守備表示から攻撃表示に変わった時、相手フィールド上のモンスター1体を持ち主の手札に戻す。

 マーダーサーカスは守備表示から攻撃表示に変われば、バウンス効果が出る。
 だが、まだ攻撃表示ではない…。
 くそ、さっきからピエロ、ピエロ、ピエロでうざったくなる。道化師って言葉にトラウマになりそうだ。
 ちらりと、視線を向ける。
 籠の中で、祈るように俺を見る梢ちゃん。
 犠牲になった子供達の、原形をとどめていない亡骸達。

 無駄にするんじゃねぇ、やってみせろよ。俺は…俺が…やらなきゃ、誰がやる。

「カードを二枚セットし、ターンエンド。この瞬間、狂人の道化師の攻撃力は1300になる」
「俺のターンだ…行くぜ、ドロー!」
 ゴーズ、カイエンと既に2体いる。
 リバースカードは無い、だが、この2体は主軸に出来るぐらいの能力はあるだろう。
「カードを1枚セット! そして……魔法カード、バイロケーション・サクリファイスを発動!」

 バイロケーション・サクリファイス 通常魔法
 このカードを発動したターン、自分フィールド上に存在するモンスター1体を、
 通常召喚の生贄2体分として扱う事が出来る。

 冥府の使者カイエンの姿から、ゆっくりと陰のような実像が現れて分離していく。
 2ヶ所同時存在。バイロケーション現象による、2体の生贄を確保。
「そして、冥府の使者カイエンを生贄に捧げ……ダークネス・デストロイヤーを召喚!」

 ダークネス・デストロイヤー 闇属性/☆7/悪魔族/攻撃力2300/守備力1800
 このカードは特殊召喚できない。
 このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、その守備力を攻撃力が超えていれば、
 その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。
 このカードは1度のバトルフェイズ中に2回攻撃する事ができる。

 ダークネスの名前を持つものとして、このモンスターの存在を語らずとはいられない。
 貫通能力と、2回攻撃能力。
 暴虐なる2連撃は全てを貫く、悪魔の剣!

 ゴーズとダークネス・デストロイヤーの2体を揃えている限り、負けは無い筈!
「悪いが、一気に決めさせてもらうぜ! マジェスティック・デストロイヤァァァァァッ!!!

 ダークネス・デストロイヤーがまず狂人の道化師を粉砕する。
 これでまず、1000ダメージ。
 続けて2回目の攻撃で、守備表示のマーダーサーカスに貫通ダメージ。これで更に900。

 そして最後に、冥府の使者ゴーズによるダイレクトアタック。ダメージ2700。

 灰燼ピエロ:LP4000→3000→2100→0

「削除、完了…」
「いいっ…!」
 灰燼ピエロが呆然とした顔で、デュエルディスクを下ろす。だが、時既に遅い。
 換気口は塞がれ、ボックスの中は自らがセットした硫化水素で満たされてしまう。
「や、やばっ! ちょ、か、か、かかかかかか鍵ぃっ……鍵おおおっ……ぉぉぉ……」
 アクリル製のボックスいえど、そうそう簡単に破れる筈も無い。
 灰燼ピエロは、そのまま、ボックスの中に倒れた。
「自業自得だ」
 俺はそう呟く。これで終わり…あれ?
 なんでまだソリッドビジョンが展開しているんだ?

 その時、視線を梢ちゃんに向けると、梢ちゃんは――――。

「あれ……!」
 それに釣られて、視線を向ける。
 一階から上がって来る人影。

 その姿は…灰燼ピエロ。

 だが、目の前で硫化水素の中に消えた灰燼ピエロも、灰燼ピエロ。
「んなぁっ!?」
 どうなってんだよ、これ……。
「どうなっているのかって? おいおい、ダークネス、何を言うんだよ」
 灰燼ピエロは先ほどとは違う声で喋りだす。こいつの方が、口調が少し軽い。
「簡単な話さ。俺が1人で9人も殺して、28人も誘拐出来ると思ったかい? 答えはNO。灰燼ピエロは固有名詞ではない、というの事なのだよ」
「……だとすると、ここにはアンタや他の灰燼ピエロがいるって事か?」
「イグザクトリィ」
 灰燼ピエロはそう言って笑うと、更に言葉を続ける。無情に、残酷に。
「つまりだよ、ダークネス。お前が生きて帰るには全員倒さないといけないわけだ。それに……子供の方はもうタイムアップだ」
「………」
「全員、死んでる。お前達以外、地獄行きさ」
 灰燼ピエロは親指を下に向けてそう呟いた後「ま」と言葉を続ける。
「お前が今すぐcoming trueを渡してくれたら」
「断る。だったら尚更、渡す訳にはいかねぇよ。ここで渡したら、子供達が無駄死になっちまうだろ!」
「……お前が死んでも無駄死になるぜ?」
「死ななきゃいい!」
 まだまだ、デュエルは続く。
 この2人目…いや、仮に灰燼ピエロBとしよう。

 灰燼ピエロB:LP4000

「じゃ、俺のターンだぜぇ? 手札の磁石の戦士α、β、γの三体をリリースして、磁石の戦士マグネット・バルキリオンを召喚!」

 磁石の戦士α 地属性/☆4/岩石族/攻撃力1400/守備力1700

 磁石の戦士β 地属性/☆4/岩石族/攻撃力1700/守備力1600

 磁石の戦士γ 地属性/☆4/岩石族/攻撃力1500/守備力1800

 磁石の戦士マグネット・バルキリオン 地属性/☆8/岩石族/攻撃力3500/守備力3850
 このカードは通常召喚できない。
 自分の手札・フィールド上から、「磁石の戦士α」「磁石の戦士β」「磁石の戦士γ」をそれぞれ1体ずつ
 リリースした場合に特殊召喚する事ができる。
 また、自分フィールド上に存在するこのカードをリリースする事で、
 自分の墓地に存在する「磁石の戦士α」「磁石の戦士β」「磁石の戦士γ」をそれぞれ1体ずつ選択して特殊召喚する。

 灰燼ピエロBのフィールドに、攻撃力3500の大型モンスターが鎮座する。
 随分と嫌なものを出して来たものだ…こっちに攻勢を仕掛ける事は確実か。
「マグネット・バルキリオンでダークネス・デストロイヤーに攻撃だぜ! マグネット・ソード!」
 灰燼ピエロBの宣言と共に、強烈な一撃が迫る。
「そうはさせるかよ! リバース罠、魔法の筒を発動!」

 魔法の筒 通常罠
 相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
 相手モンスター1体の攻撃を無効にし、そのモンスターの攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。

 相手の攻撃力が3500あろうとも、そのまま返してしまえば問題無い!

 灰燼ピエロB:LP4000→500

 マグネット・バルキリオンの攻撃が灰燼ピエロへと跳ね返る、だがしかしバルキリオン自体は健在だ。
「魔法の筒を伏せていたとは、なかなかの伏兵だな! だがしかし、こちらもまだまだ負けてはおれんぜ? バルキリオンをリリースし、エフェクト発動!」

 磁石の戦士マグネット・バルキリオン 地属性/☆8/岩石族/攻撃力3500/守備力3850
 このカードは通常召喚できない。
 自分の手札・フィールド上から、「磁石の戦士α」「磁石の戦士β」「磁石の戦士γ」をそれぞれ1体ずつ
 リリースした場合に特殊召喚する事ができる。
 また、自分フィールド上に存在するこのカードをリリースする事で、
 自分の墓地に存在する「磁石の戦士α」「磁石の戦士β」「磁石の戦士γ」をそれぞれ1体ずつ選択して特殊召喚する。

 磁石の戦士α 地属性/☆4/岩石族/攻撃力1400/守備力1700

 磁石の戦士β 地属性/☆4/岩石族/攻撃力1700/守備力1600

 磁石の戦士γ 地属性/☆4/岩石族/攻撃力1500/守備力1800

 再びフィールドには3体の磁石の戦士が揃う。
 しかし灰燼ピエロBよ、磁石の戦士を手札で揃え、更にバルキリオンも手札からの召喚。
 これだけで既に4枚もカードを浪費している…そんなんじゃ、俺は止められないぜ?
「どうすんだい、灰燼ピエロB? 無防備な磁石の戦士達を曝して、どうするのさ?」
「カードを2枚セットし、ターンを終了する」
 このターンで、手札を全て使い切った、だと。
 読みにくくなってくるなぁ、どうにも上手く行かないんだよ。
 まだ籠から降りる事の出来ない梢ちゃんに視線を向ける。
「……ダークネス様」
「大丈夫さ…信じてくれ、俺を。嘘を一つついた俺がこんな事を言うのは、酷だけど」
 梢ちゃんにそう告げた後、俺は覚悟を決めて、ドローする。
「俺のターン!」
 目を閉じた瞬間、誰かのうめき声が聞こえた気がした。
 いいや、違うんだ。これはうめき声なんかじゃない。殺された人達の、悲しみなんだ。
 届かぬメーデー。声なきメーデー。
 聞こえない筈のその声が、響き渡る。ただ、ひたすら……灰燼ピエロを倒せ、と。

 ああ、そうだとも。倒しにきたんだ。
 俺は頷く。そうだ、地獄の底から響くようなその誰も助けてくれないその助けを助ける為に、俺はいつもやってきたんだ。
 ……それで救えなかった人が、いるんだ…今、目の前にいる。今、声が響いてる。
 助ける事が出来なくて、ごめんねと謝ろうとしても、許されるものではないかも知れない。でも今はそれは後回しだ。今はこっちに集中しろ。

 ただの快楽と悪意で人を弄り回すような奴を、許す事なんて出来るかよ。

「ドロー! さぁて……どうすっかな。ようし、とにかく、ここはカードを1枚セット! 無防備な磁石の戦士を蹴散らさせてもらうぜ! マジェスティック・デストロイヤァァァァァッ!!!
 リバースカードを2枚伏せているとはいえ、それでも磁石の戦士3体を、残りライフが500という状態で無防備に並べている。
 それが愚かな敗因。しかし、ダークネス・デストロイヤーの一撃で磁石の戦士αが破壊された瞬間に。

 灰燼ピエロBのライフカウンターは0を指した。

「はっはっは! 予定調和って事かねぇ」
 灰燼ピエロBが笑った直後、彼の足下が盛大に―――――爆発した。

 爆弾か何か仕掛けてあったのか、轟音と共に、文字通り、血肉が飛び散った。
「うわっ……!」
 まさか自爆するとは。
 俺がそう思った時、梢ちゃんは―――――――。
「―――――――」
 灰燼ピエロBの血肉をモロに浴びて、目の前で次々と起こる展開についていけないのか、それとも認めたく無いような出来事ばかり続いているのか、ただ目を見開いて呆然としていた。
「梢ちゃん? 梢ちゃん!」
「……あ、……ぁ………ぁんで……」
 目の前で仲間達を次々と無惨に殺された。俺の提案のせいで、だ。
 それでも彼女は俺を信じていた。灰燼ピエロを懲らしめる、という一点で。
 でも灰燼ピエロ達は1人は自ら仕掛けた毒ガスに、1人は自爆。
 まるで制裁なんか課しちゃいねぇよ。全然、約束なんて守れちゃいないだろ。

 鳥籠はまだ、下へと落ちていない。でも…開く事も無い。
「クソッ……」
 力ずくで、突破するべきか。
 いや、そうするしか方法は無い、か。現状を打開しなければ、俺がこの子に向ける顔が無い。
「梢ちゃん! じっとしていろ!」
 俺はそう叫ぶと、全身の力でアクリルボックスへと体当たりを敢行。
 マントと仮面の下は西洋風のフルメタルの甲冑を着込んでいる分、重量がある。その重量と強度を持ってすれば、アクリル程度は破れる!
 どうにかしてアクリルを破り、工場の床へと転がりだす。次は梢ちゃんの救助だ。
 鳥籠で結構な高さからつり下げられている。ヘタに飛びつけば下へと落下し、俺と梢ちゃんは揃って下の精肉器でミンチにされてしまうのがオチだ。
 ならば、どうすべきか。灰燼ピエロAは奥にあるレバーを使っていた。そこにクレーンがあるのだろうか。
 先ほど灰燼ピエロAがいた場所に立つと、確かにそこにクレーンの操作パネルがある。やったぞ。
「えーと…まずは、上昇…」
 ボタンを押すべく、パネルを凝視した、その時だった。

 風を切る音と共に、衝撃が俺の身体を襲った。

「がっ!?」
 衝撃が身体を襲った瞬間、金属の甲高い音。
 慌てて背後を振り向くと、三人目の灰燼ピエロがこちらにライフルを構えていた。
「…あぶねーじゃねぇかこの野郎!」
 拳を振り上げつつそう叫びながらも、俺は操作パネルへと集中する。
 今は後回しだ。梢ちゃん救出が目的になっている。
 急げ、急げ、急げ。
 2発目、3発目がヘルメットや鎧に当たるが、当たった所で重金属を引っ掻き集めたアーマーを貫通できはしないようだ。
「チッ、全身ガチガチのプレートアーマーでも着込んでいるのかこいつ!」
 灰燼ピエロCがそう舌打ちをした時、階段を駆け上がるような音がした。
「俺に任せとけ!」
 4人目がいた。灰燼ピエロDは俺が振り向くと同時にデュエルディスクの基部につけられたエッジを振上げて襲って来る。
 トマホークを片手に襲いかかるインディアンのようだ。
「って、やっべぇ!」
 いくらアーマー着込んでいても、あんな一撃を喰らえば兜ごと叩き潰されちまう!
 横へと回避したが代わりにクレーンの操作パネルがトマホーク型デュエルディスクの餌食になる。
 おまけに狙撃手(灰燼ピエロC)が新たな弾丸を込めてこっちに向けている。あまり余裕は無い上に、梢ちゃん救出作戦もまた振り出しだ。
 そして、灰燼ピエロDの攻撃はまだ終わった訳じゃない。
 最初の一撃を回避されたと解れば、2発目を薙ぎ払うようにして放って来る。

 このままじゃやられる、反撃に出よう。
 薙ぎ払いから返すように3発目を振ろうとした灰燼ピエロDの左腕を掴み、そのままこちらの左手で強烈なフックをボディへとブチ当てる。
「ガっ!」
 ガチガチのアーマーを着込む理由は何も防御目的だけではない。
 パンチの威力を増強するのにどうすればいいか、というと大抵の人はボクサーのように素早いスピードを思い浮かべる。
 それは間違ってはいない。拳の様に固いものを素早く打ち込まれれば痛い。
 だが、普通の人間はそんな速度を持たない。ボクサーのそれは鍛えて手に入れるもの。ならばどうする?
 だったら……別の方法として、拳を更に固くするか、拳に重量を与えるか、だ。
 何故重量を与えるか、簡単な話で重いものをぶつけるとめちゃくちゃ痛い上に破壊力も凄い。
 つまり、そういう事。
 金属製プレートメイルで強度と重量の双方を併せ持った俺のパンチは、へろへろパンチほどの威力でもトンでもない破壊力になるという事。

 何せ腹を金属の塊で殴られているようなものなのだ。
 灰燼ピエロDも所詮は人間、そんな強度で殴られれば。敢えなく倒れてしまう。
 気を失った灰燼ピエロDの身体を掴んで、灰燼ピエロCがいる方向へと向ける。少なくとも、盾を使っている以上、相手は狙撃してはこないだろう。
 元々着込んでいるアーマーの重さ、それに加えて灰燼ピエロDという人1人の重さ故に、素早くは動けないがそれでも少しずつ籠へと近づける。
 先ほど梢ちゃんが立っていた踏み台まで、どうにか辿り着くと、俺は灰燼ピエロDをその場で離して、そしてそのまま――――鳥籠へと飛びつく。
 同時に灰燼ピエロCが2発発砲。
 突き刺さる衝撃、甲高い金属音。だが、まだアーマーを破られてはいない!
「梢ちゃん! 掴まれ!」
 鳥籠の隙間から腕を入れて、梢ちゃんの小さな身体をどうにか抱き寄せると、2人+アーマーの重量を支えきれなくなった鳥籠が一気に落下する!
 その下には精肉ローラー。
 でもその入り口では灰燼ピエロDが伸びている!
「お前がミンチになっちまいなぁぁぁぁぁっ! 重量100キロ超のボディースラムを喰らっとけ!」
 強烈な音と共に鳥籠が落下。
 下の精肉ローラーと鳥籠に挟まれた灰燼ピエロDが衝撃と共に、強烈な音をあげて精肉ローラーへと消えて行く。後は、血肉骨になるだけ。

「大丈夫か?」
 鳥籠の入り口を外しつつ、俺がそう声をかけると梢ちゃんは…。

 最早、何も言わなかった。
 違う、口を聞けなくなっていたんだ。何も、喋れない状態にまで。

 無理も無い。
 多くの死を、目の前で見せつけられたのだ。
「…梢ちゃん」
 その小さい身体に、幼い心に、刻まれた傷は大きい。俺よりも、ずっと。
 でも、それでも…命の灯火だけは、まだ残っている。散っていた他の仲間達から受け継いだ、それだけは、守らないといけないものだけが。
 その小さい手を俺が握りしめた時、微かな力を感じた。握り返した。
「……梢ちゃん」
「……………」
「…怖いよね? でも、大丈夫だ…君だけは…せめて、君だけは守らないといけない。たった今、俺は3個目の依頼を受けた」
 梢ちゃんの瞳が動いた。俺の方に、視線を少しだけ向けて。
「み、っつ、め…?」
「ああ……。依頼人は、27人の君の仲間達だ。中身は、君を守る事」
 直接言われた訳でもない、頼まれた訳でもない、でも彼らの想いは届いている。
 俺には解るんだ。タスケテと言わなかった事や、梢ちゃんへの恨み言を一つも吐かなかったという事だけが。
 それは最後まで必死に足掻いても、それでも梢ちゃんの事を大事に思っていたから。
 そしてそんな彼女を救えるのは、俺しかいないって事。俺と契約を交わそうとしていた事を、皆知っていたから。
 その依頼は、確かに受けた。子供達が命がけで頼んだ契約を、俺も命がけで果たさなくてはいけない。
 もう一度だけ、梢ちゃんを力強く抱きしめる。
 迷うな。折れそうになっている梢ちゃんを救えるのは、俺だけだ。俺がいるから、まだ生きている。少し、正気も残っている。
「……覚悟するんだな」
 梢ちゃんを庇うように、左手で抱きかかえながら、灰燼ピエロCへと振り向いた。
「降りて来いよ。いつまでも狙撃ばっかしてねぇで、正々堂々戦いやがれ! 格の違いを教えてやるよ……来ないなら…こっちから行くぞ!」
 一階から再び二階へと戻りつつある灰燼ピエロCは、ライフルを投げ捨てた。
「く、くそっ……冗談じゃ、ない……!」
「なにが冗談じゃないってぇ?」
「そんな筈はあるか! こんなに強い奴相手に、やってられるかよ!」
「やってられるか…だと………ふざけんじゃねぇ! テメェら、人を散々ぶっ殺しといて、自分の身に危険が迫れば速攻で逃げ出すのかよ!? 人の命奪おうとしてんだ…それは逆を言えば、テメェの命も奪っていいって事だよなぁ? 人をぶっ殺したいなら殺される覚悟で来い! それができねぇなら人を殺すな! それが道理って奴だ…許せねぇなぁ…道理も持たねぇ奴をよぉ……そんな奴らに殺された…あの子達にどれだけ謝らせればいい?」
 俺が少しずつ階段を上がる。
 灰燼ピエロCがゆっくりと後退する。その化粧の奥に、恐怖が見える。
 くだらない奴だ。
「……27×10、+100。答えはなんだ?」
「に、にににに? にじゅうななかけるじゅうで、ひゃく足す? な、なななな何を言うんだよ?」
「答えは…370。本来ならばそれを4で割るんだけどよ。その割る4が1になっちまったな。平たく言えばな…」

 指差す、殺された多くの亡骸達。
「あの子達の分が27人×10回分! それで……残りの100は梢ちゃんの100回分だ! 最低370回死んで来い! さぁ! さぁ! さぁ! 償うんだよ、こんの野郎がぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
 殴る。
「がっ!?」
 殴る、殴る、殴る。
 全金属製の篭手て容赦なく、力強く。右の拳に怒りを、左の拳に悲しみを込めて。
「右か? 左か? それとも、両方かよ? でも、そんな拳一つじゃ足りねぇな! ……皆、いい子達だった。この前遊びに行った時、デュエルで勝つのが楽しいって言ってた子がいたんだよな。サッカーが好きって子もいたし、委員長かわいいから好きだって言ってた子もいたな……楽しい未来描いて、平和な日常楽しんで…梢ちゃんに笑顔を向けてた。その笑顔を、奪ったのはテメェらだ」
 更に右手。
「…知ってるか? 人を泣かせるのは簡単だが、人を笑わせるのは難しいらしいぜ? だからさ、笑顔一つ向けるのって、本当は尊い事なのかもな…だから許せないんだよ。梢ちゃんから、笑顔を奪ったお前を!」
 返しの左手。
「ごがぁ……はぁっ……お、お、お、おま、おまえの…せいだ……お前が…カードを、あずかる、だなんて…」
「……ああ、俺のせいだな。あの時、俺がカードを預からなければ、あの子達は犠牲にならずに済んだんだろうな」
 そう、それは俺のせいだ。
「恨んでくれたっていい。罵倒しようが構いやしない。俺に出来る事なんざ…誰かの剣か、誰かの盾になる事しか出来ないんだかよ。他の誰かと、同じように」
 剣を取る事が出来ない誰かの剣になる。
 身を守る事が出来ない誰かの盾になる。
 代わりに俺の剣に、代わりに俺の盾に、或いは他の誰かの剣か、他の誰かの盾に。
 俺が始めた事なんて、今日みたいに無意味な事にしかならないかも知れないけれど…それでも…オレは……。
「約束は、果たさなきゃいけない。梢ちゃんを、守ってくれと…頼まれたんだ」

 梢ちゃんの大切な仲間達に。
 俺が今まで助けて来た、多くの人達に。
 そして何より、梢ちゃん自身にも。

 そう決めたのだ,約束を。

 胸に秘めた、1枚のカードが鼓動を立てた。
 ここに来た時に梢ちゃんが託した、このカードと引き換えに灰燼ピエロを倒せと。
 それもまた契約。
 そして声なき子供達の契約。灰燼ピエロに、制裁を。


「素晴らしい精神だな」
 拍手とともに、声が響いた。
 気がついたら灰燼ピエロCは既に動かなくなっていた。少し殴りすぎてしまったのか、と思ってしまうが…それは仕方ない事かも知れない。
 そして声の主。そこにいる、五人目の…灰燼ピエロ、いや。それは他のピエロより、衣装が心無しか豪華に見える。
「アンタがボスか」
「…その通り。私が最初の灰燼ピエロだったのだよ」
 灰燼ピエロ、否、灰燼ピエロのルーツ、否、灰燼ピエロMとしておこう。MはマスターのMだ。
「……今までの行方不明事件もあんたの仕業か」
「その通り。私があの4人とともに実行していた。カードを集めるのは趣味だったのでね」
 声からして、恐らく中年か、壮年の域に差し掛かるほどの、男性だと考える。
「どうして、こんな事をする? 何が目的だ?」
「簡単だ。デュエルモンスターズはその成立以来、世界で最も多くの力を有するカードゲームとなった。不思議なのだよ、長年人間と付き添ってきながら、時として人の知らぬ力を発揮する事も、人より優れている事も、数多存在する。不思議だと思わないか? その力の源を知りたいと思わないか?」
「…俺は別に気にしないね」
気にしたまえ。それを研究し続けた結果…ある出来事が思い浮かんだのだよ。カードの変異現象、或いはカードの力の実体化、或いは…エトセトラと続くが…私が長年研究していた…そしてその結果、至ったのだよ。これらのカードを実体化させる事が出来れば人類の多大なる進歩へと繋がるであろうと!」

「紛争地帯へとモンスターを投入すれば、紛争の早期終結へと繋がるだろう。ウィルスに対するワクチン作りに役立つかも知れない。実用化の遅れている、或いは現時点では実用化されていない様々なシステム、理論、その他を現実化させるのに、文字通り何でもありの世界であるデュエルモンスターズのカードを実体化させるというのはうってつけなのだよ。そして気付いてしまった……まさか自ら実験で生み出したカードが必要になるとはな!」
「え…自ら……あんた、今、自らって……」
「多くのカードを手に入れる為にはな、表立って集める事は難しかった。資金、倫理、数多の問題でね……大変だったよ、公式には私は既に死んでいる人間なのだから」
 ピースが一つ一つ繋がっていく。
「……俺は恐らく、あなたが行なったとされているカード変異実験に関する調査報告をこの前読んだ……! 出来ればその名前は言いたく無いが、お前は…いや、あなたは……!」

「その通り。私の名前は牧野嘉寛。カード研究の第一人者にして……全てを知る科学者だ!」


 灰燼ピエロM。否、牧野嘉寛博士は、仮面をかなぐり捨てて叫んだ。
 そこには確かに、昔カタログか何かで見た事のある牧野博士の顔があった。
「……あんた……自分の娘を傷つけてまで、そんな事を…!」
 俺の喉から絞り出た声は、そんなものだった。
 だっておかしいじゃないか。
 自分自身が作り上げて、そして娘に相続させたカードを取り戻す為に、次は娘を傷つけてまでカードを?
「…それならなんで殺す必要があったんだ! 子供達や、色んな人を!」
「今説明しただろう? 緊急に、数多のカードが必要だったのだ…だが、資金も無い。スポンサーも無い、集めるには……そうする他は無かった。それに…」

「モンスターにも餌はいるだろう? 生き物だからな」

「……! その為の、精肉器かよ…」
 拳が震えるのが解る。
 だって、信じられないような話だろう?
 でも、現実だ。目の前で起こっている、耳に届いているそれが、現実だ。
「……どうした、驚いたのかね? ああ、そうだろうな……だが現実だ。私の考えが、理解できたかね?」
「……」
「返してもらおう、カードを。今なら、君と梢だけは、家に帰る事が出来る。いいや…私とて、梢は殺したく無いんだ。もう必要の無いものではあるが、子供だからな」
 その言葉を聞いた時に。俺の中で、何かが切れた。
「おい」
「…ん?」
「……その言葉をもう1度言ってみろ」
「……何かな?」
「テメェのその言葉、もう1度繰り返してみろって言ってんだよ!」
 声がびりびりとよく通る。
 31人分の死体が蠢くこの工場で、俺の叫びが響く。
「……もう必要のないもの、だと……アンタ……子供だってモノ扱いするのかよ! 子供の前から、親が消えるだけでも、子供から見れば親の裏切りだって思えるんだぜ…それなのに、その先の大切な仲間達を奪って、それでカードを寄越せって……その為に多くのもの犠牲にして、好きなだけおもちゃにして……」

 ダメだ、俺は耐えきれない。
 俺には耐えきれない。こいつを……こいつを……オレは、生涯許す事は出来ない!
 こんな奴に殺された人達の無念を思うと、尚更だ!
「……こいつが欲しいのかよ、牧野嘉寛……」
 デッキから抜いた、カードを示しつつ呟く。
「だが、渡さない」
 もう1度だけしまう前に、俺は梢ちゃんを立たせた。
「梢ちゃん」
 優しく声をかける。
 まだ正気を保っているかどうかは解らないけど、俺は…君と一緒にいたい。
「梢ちゃん……これから、俺と君は世界で一番辛い戦いを始める。君はきっと、辛いと思う。でも…越えなきゃいけない事なんだ。大丈夫、俺が引っ張って行く」
 返事は無い。
「俺を…信じてくれ」
 その時に、微かに頷いた、ように見えた。
 よし!

 デュエルディスクを起動し、デッキをシャッフル。
 相手がデュエル研究の第一人者?
 確かにそうだな、だが知らん。

 俺は勝つ為に、ここに来ている。
 梢ちゃんと2人で、梢ちゃんが越えるべき試練であり、この世界にあってはならないものを壊す為にいる。
 そして、色々な人との約束を果たす為にいる。

「「デュエル!」」

 赤代二三郎&牧野梢:LP4000        牧野嘉寛:LP4000

「私の先攻で始めさせてもらおう…ドロー!」

「魔法カード、凡骨の意地をクリック!」

 凡骨の意地 永続魔法
 ドローフェイズにドローしたカードが通常モンスターだった場合、
 そのカードを相手に見せる事で、自分はカードをもう1枚ドローする事ができる。

「そして、ジェネティック・ワーウルフをサモン!」

 ジェネティック・ワーウルフ 地属性/☆4/獣戦士族/攻撃力2000/守備力100

 攻撃力2000を誇る通常モンスターが召喚された時、牧野博士の背後に巨大な扉が音を立てて出現し、ゆっくりと開く。
 この門は何かで見た事がある。そうだ、思い出した。
 ロダンの地獄の門…。
「……驚いたかね? この瞬間、督戦の大号令をクリックしたのだよ!」

 督戦の大号令 通常魔法
 通常召喚の後に発動可能。
 デッキより一番上のカードをゲームより除外する事で、
 そのターン召喚したモンスターの攻撃力より低いモンスターを二体、特殊召喚出来る。
 このターン、バトルフェイズを行う事は出来ず、リバースカードもセット出来ない。

 地獄の門が開き、地獄の悪魔が督戦の号令を放つ。下がるな、下がったら殺すと。
「督戦の大号令のエフェクトにより、デッキの一番上のカードを除外する。バトルフェイズが行なえないのは先攻1ターン目だから変わらんだろう、ま、リバースカードをセット出来ないのは辛いが」
 牧野博士がくつくつと笑いながら、デッキの一番上のカードを除外し、そしてジェネティック・ワーウルフより攻撃力の低いモンスターが2体、並ぶ事となる。
「そして、このエフェクトで、ブラッド・ヴォルスと暗黒の狂犬をスペシャル・サモン!」

 ブラッド・ヴォルス 闇属性/☆4/獣戦士族/攻撃力1900/守備力1200

 暗黒の狂犬 闇属性/☆4/獣族/攻撃力1900/守備力1400

 合計、3体のモンスターが並ぶ。
「ターンエンドだ」
 流石は牧野博士、1ターン目にして三体のアタッカーを並べて来るとは、早くも攻勢に出る気か。
 だが、防御をまるで無視している。いいや、それを解っている可能性もある。
 ならば…そこで考えて来る手段は…。
「ドロー! 梢ちゃん、行くよ!」
 声も出せない、けど反応の薄い彼女にそう問いかけながらもオレはカードをドローする。
「ならば、とりあえず露払いをしないとな! 闇魔界の戦士ダークソードを攻撃表示で召喚! 更に、この瞬間、手札からライド・オブ・ユニオンを発動!」

 闇魔界の戦士ダークソード 闇属性/☆4/戦士族/攻撃力1800/守備力1500

 ライド・オブ・ユニオン 速攻魔法
 デッキの1番上のカードを墓地に送る。
 デッキよりユニオンモンスターを1体選択し、フィールドのモンスターに装備する。

「この効果で、俺はデッキから騎竜を選択し、ユニオン!」

 騎竜 闇属性/☆5/ドラゴン族/攻撃力2000/守備力1500
 1ターンに1度だけ自分のメインフェイズに装備カード扱いとして
 自分の「闇魔界の戦士 ダークソード」に装備、または装備を解除して表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。
 この効果で装備カードになっている時のみ、装備モンスターの攻撃力・守備力は900ポイントアップする。
 装備状態のこのカードを生け贄に捧げる事で、装備モンスターはこのターン相手プレイヤーに直接攻撃ができる。
(1体のモンスターが装備できるユニオンは1枚まで。装備モンスターが戦闘によって破壊される場合は、
 代わりにこのカードを破壊する。)

 闇魔界の戦士ダークソード 攻撃力1800→2700

 攻撃力を上級モンスター並に増大させたダークソードは2刀を振りかざし、鎮座する数多のモンスターを睨む。
「悪いけど、牧野博士! 遠慮なくいかせてもらうよ!」
 ダークソードの剣がジェネティック・ワーウルフを貫く。

 牧野嘉寛:LP4000→3300

「フッ…まだまだ、だな」
「やっぱ、700削ったぐらいじゃ、特に感動も無いか」
 それはそれで哀しくもなるが、仕方ない。
「カードを1枚セットして、ターンエンド!」
「では私のターンだ…ドロー」
 牧野博士は「んー」と笑うと、即座にカードを出した。
「手札から、魔法カード、手札抹殺をクリック、だな」

 手札抹殺 通常魔法
 お互いの手札を全て墓地に送り、墓地に送った枚数だけカードをドローする。

 手札抹殺。
 手札のカードを根こそぎ破壊する、という事は…ここから続ける事は、なんだ?
 俺が手札のカードを墓地に送ると、牧野博士の手札が…殆ど通常モンスター?

 あそこまで通常モンスターばかり詰め込んでも、大した意味は無い筈なのに…何故だろうか、嫌な予感がする。
 いや、今は落ち着こう。デュエルに集中だ。
「あまりよくはないな……よし、ではブラッド・ヴォルス、暗黒の狂犬の2体はリリースしよう」
「んなぁっ!?」
 生贄に使う、だと?
 手札交換して、手札に何かいいモンスターでも来たのか?
「私が召喚するのは……このモンスターだ。見るがいい、悪意の残響、全ては屍とならん! 邪神大帝オーディンをSummon!」

 邪神大帝オーディン 神属性/☆10/幻神獣族/攻撃力4000/守備力4000
 このカードの召喚に成功したターン、エンドフェイズ時まで魔法・罠カードの効果を受けない。
 フィールド上に表側表示で存在するこのカードが相手によって破壊され墓地へ送られた場合、
 そのターンのエンドフェイズ時に自分の墓地に存在する「虚神」と名のつくカードを除外する事で、
 このカードを墓地から特殊召喚する。
 フィールド上にこのカードが存在する時、手札の闇属性モンスター3体を墓地に送る事で、
 相手フィールド上に存在するカードを2枚まで破壊する事が出来る。
 この効果で特殊召喚に成功した時、自分のデッキからカードを1枚ドローする事ができる。

 紡がれる、調べ。
 神が地上へと降臨する時の、悪魔の歌。
「出よ、我らが邪なる冥府の大帝、その力を愚かな人間共に見せつけるがいい! 愚者よ、我が一撃に屈するがよいわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! オーディンのエフェクトにより、騎竜と、リバースカードを破壊する!」
「うそ、マジかよ!?」
 俺がテキストを読む間もなく、邪神大帝が槍を振って、騎竜を射抜く。

 闇魔界の戦士ダークソード 攻撃力2700→1800

 攻撃力の下がったダークソードの後ろにあるリバースカードもその一撃で貫かれたのか、姿を消す。
「ふははははははははははははは! オロカモノメが、私の墓地には闇属性の通常モンスターが数多蠢いている。これで、私の勝利は確定したのだよ、凡愚めが…貴様の抵抗は、これで終わる」
 牧野博士はカードをセットした後、オーディンに攻撃指令を出す。
「行け、オーディン! ファイナル・ラグナロク!」

 赤代二三郎:LP4000→1800

 強烈な一撃が、襲ってきた。
 それはまるで現実を伴うかのような、一撃だった。重くて鋭い。
 牧野博士がターンエンドという言葉が、遠く聞こえる。
「なんだよ…いまの……」
 まだ足下がふらついている。なんだ? 何が原因だ?
 ああ、そうか。足…じゃない、これは……恐怖?
 落ち着け、と頭で呟いてみても言う事を聞かない。なんだろうか、これは…オーディンが出現する前から、いや、その前に嫌な予感はしたんだ。
 ここまでやるか、じゃない。
 ダメージ量としては2200。だからさして高い数値じゃない。逆転劇なんて、事例は幾らでもある。
 でも…。
「……なんだよ、この重さ……梢、ちゃん?」
 ふと、腕の中で何かが重い気がする。
 梢ちゃんは、じっと牧野博士を見ていた。焦点の合ってない瞳が、変わっていた。
 必死に前を見ている。俺に寄り掛かりながらも、梢ちゃんは、牧野博士を見ている!
「梢ちゃん……」
「……わたしが、わるいの?」
 梢ちゃんが、震える声で、呟いた。
「いいや、違う」
「じゃあ、だれが」
「あの人だ。君には酷かも知れない。でも、それが事実だ。解ってくれ…俺が言うのも、何だけど。いや、もう1人いるんだ」
「それは、だれ?」
「俺だよ」
 そんな小さなやり取り。でも、梢ちゃんは俺に視線を戻すと、首を左右に振った。
「ちがう」

「ダークネスさまは……違う。私を、泣かせないで、いた、から」
「いいや、泣かしちゃったよ。君の事を。今も」
 篭手でそっと彼女の涙を拭う。
 でも梢ちゃんは力なく笑った。大丈夫だって。

 それを聞いて、安心した。

 では、始めよう。運命の、ドローを。

「ドロー!」

 そして、来たのだ。
 このカードを。

 coming true 永続魔法
 このカードの発動及びこのカードの効果は如何なる魔法・罠・効果モンスターの効果によって無効化されない。
 下記の効果を、自分・相手ターンを問わず1ターンに一度、自分の好きなタイミングに発動する事が出来る。
 ●デッキからモンスター1体を選択し、全ての召喚条件を無視して攻撃表示で特殊召喚できる。
 このターンのエンドフェイズ時、特殊召喚したモンスターをデッキに戻してシャッフルする。
 ●デッキからカードを2枚ドローし、墓地からカードを1枚選択して手札に加える。
 このカードがフィールド上に存在する限り、相手スタンバイフェイズ毎に3000ライフポイントを支払う。
 支払わなければこのカードを破壊し、手札を全て墓地に送る。

「coming true…っ…!」
 それは、不思議なカードだった。
 来れし真実は、大いなるモンスターであり、或いは大いなる可能性への標となる。
「だが、甘い…私はこの瞬間! リバースカード、悪夢の残照を発動する!」

 悪夢の残照 通常罠
 墓地に通常モンスターが5体以上存在する時に発動可能。
 墓地に存在する通常モンスターを全て除外する事で、
 手札・デッキ・墓地から「虚神」「虚神の従属神」を1体ずつ特殊召喚することが出来る。

 悪夢の残照。
 愚か者のタチの小唄。
 悪魔の手まり歌。

 悪夢の残り香が、全てを打ち砕く虚ろな神を呼び覚ます…例えそれが、真実へといたりし鍵であったとしても!

 虚神 幻魔皇ラビエル 神属性/☆10/幻神獣族/攻撃力4000/守備力4000
 このカードは「悪夢の残照」の効果でのみ特殊召喚できる。
 以下の効果から一つを選択して発動する。
 ●1ターンに1度だけ、自分フィールド上のモンスター1体を生け贄に捧げる事で、
  このターンのエンドフェイズ時までこのカードの攻撃力は生け贄に捧げたモンスターの元々の攻撃力分アップする。
 ●1ターンに1度だけ、自分フィールド上のモンスター1体を生贄に捧げる事で、
  生贄に捧げたモンスターの攻撃力分のダメージを相手に与え、自分はデッキからカードを1枚ドローする。

 虚神の従属神 神属性/星1/幻神獣族/攻撃力?/守備力?
 このカードの攻撃力はゲームから除外された通常モンスターの数×100ポイントとなる。
 このカードがフィールドから墓地に送られた時、このカードは手札に戻る。

「これぞ、我が虚神! 幻魔の皇帝、真なる王者の姿よ! さぁ、見定めよ…貴様の、その姿を!」
 俺の前で、牧野博士は笑い続ける。確かに大きなモンスターだ。だが…。
「だが、あんたは見誤った。俺が見出した、真実を…」
「なに?」
「coming trueは…全ての召喚条件を無視してモンスターを1ターンだけ呼び寄せる」
 そう、それは俺が見出した答えもそこにあるということ。
 真実とともに来れしそれを、虚神いえども崩す事は出来ない。

 なぜなら、それが。

「牧野嘉寛。あんたは間違えたんだ、例え如何なる力を得ようと、多くの人を犠牲にしても、得た進歩は血塗られたもの…。でも、それは、同意のある代償なら仕方ないだろう…人はそれで進歩してきた。だが、望まぬ犠牲を強いる事ほど、愚かなことは無い! 牧野嘉寛、アンタは…子供達の未来を作るべきはずだろ! アンタ自身が奪ってどうするんだよ!」

「だから許せないんだよ! 梢ちゃんは…梢ちゃんを傷つけて、そうやって得た未来には、梢ちゃんには何も残ってないだろ! アンタは、なにかを残せても…何も残せない人がいる未来なんざダメなんだよ。未来に残す遺産は、皆が分かち合えるものじゃないといけないんだ!」

 俺の腕の中で、梢ちゃんは俺の言葉を聞いていた。一字一句聞き漏らしまいと。
 俺は更に息を吸い込む。この小さな胸の中に、どれだけの想いを今秘めているか解らないけれども、梢ちゃんに届いて欲しい。
 壊れそうなこの子を、救わなきゃ。いけない。それが、約束だ。

「……随分と、梢の事を言うんだな、お前は。ダークネス、貴様は梢と出会ったのは、ほんの数時間前ではないのか?」
「ああ、そうだぜ。でもよ……それだけでも、人は心を通わせる事は出来る。この子の想いにも、気付く事だって、出来なくはないんだ」
 梢ちゃんを見ながら、俺は言葉を紡ぐ。
 だから終わらせてあげよう。この子の為に。
「目を、逸らなさいでくれ」

 邪神ドレッド・ルート 闇属性/☆10/悪魔族/攻撃力4000/守備力4000
 このカードは特殊召喚できない。
 自分フィールド上に存在するモンスター3体を生け贄に捧げた場合のみ通常召喚する事ができる。
 このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
 このカード以外のフィールド上のモンスターの攻撃力・守備力は半分になる。

「は、はははははは! 如何にドレッド・ルートがあろうと……虚神の攻撃は止められぬ! 虚神の効果により、オーディンを生贄とする! 即ち、これでラビエルの効果により、攻撃力は8000! ドレッド・ルートの効果で半分だろうと、同じ4000!」
「ならば、ドレッド・ルートが攻撃力8000になればいい」
「フッ、そんな事が……」
「できるさ。アンタ自身が作り上げた、coming trueの効果で!」

 coming true 永続魔法
 このカードの発動及びこのカードの効果は如何なる魔法・罠・効果モンスターの効果によって無効化されない。
 下記の効果を、自分・相手ターンを問わず1ターンに一度、自分の好きなタイミングに発動する事が出来る。
 ●デッキからモンスター1体を選択し、全ての召喚条件を無視して攻撃表示で特殊召喚できる。
 このターンのエンドフェイズ時、特殊召喚したモンスターをデッキに戻してシャッフルする。
 ●デッキからカードを2枚ドローし、墓地からカードを1枚選択して手札に加える。
 このカードがフィールド上に存在する限り、相手スタンバイフェイズ毎に3000ライフポイントを支払う。
 支払わなければこのカードを破壊し、手札を全て墓地に送る。

「この効果で、オレはデッキからカードを二枚ドローしていた……そして、そのカードの一つが、こいつだ!」

 巨大化 装備魔法
 自分のライフポイントが相手より下の場合、
 装備モンスターの攻撃力は元々の攻撃力を倍にした数値になる。
 自分のライフポイントが相手より上の場合、
 装備モンスターの攻撃力は元々の攻撃力を半分にした数値になる。

 ドレッド・ルートの姿が、巨大化する。
 何故、と問う暇もなく巨大化する。牧野博士のライフとオレのライフで、オレのライフの方がまだ下回っているのだ。

 邪神ドレッド・ルート 攻撃力4000→8000

「ば、馬鹿な……いや、しかし…」
「アンタが招いた、真実だろ? 生み出したのは、あんただ」
 リバースカードはない。
 虚神と、生贄に捧げられた邪なる大帝。

 梢ちゃんが、ドレッド・ルートの姿を見て、そして視線を牧野博士に向ける。
 父親が生んだ狂気も、その中へと消えて行く。

「その全てごと…消えてなくなれ! フィアーズ・ノック・ダゥゥゥゥゥンッ!!!!」
「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!」

 ドレッド・ルートの豪腕が、牧野博士を捉える。
 腕が、身体が、その全てを破壊していく。骨が砕け、血肉が飛んで落ちて行く。
「あああああああああああああああああああっ!!!!!!!!!!」
 哀れだとは、思わない。
 何故なら、これは彼の狂気の果てにある結末。
 終わった、これで……。

 梢ちゃんの小さな身体を抱き上げると、遠くの方でサイレンの音が聞こえる。
 どうやら警察がようやく来るのか。それが来る前に、さっさと俺は戻らないといけない。

「梢ちゃん」
 工場の中庭に出て、俺は彼女の肩を抱きしめる。
「君に、色々と伝えなきゃならない事がある。……約束を守れなくて、ごめんね」
 梢ちゃんの顔が、小さく頷く。
「……俺がこんな事をしてるのも。昔、俺がそうだったように…って言っても、今日君が受けたものより、ずっと軽いけれど、傷ついた俺を…誰かが助けてくれたらなって思うコトさ。誰かの剣になる事も、盾になる事も、人は誰だって出来る。自分が出来ない時に誰かに助けてもらったなら、それを忘れないで返してあげればいい。その人にも、他の人にも…」
 なんとなく、言い聞かせる様に。
 届いているかどうかは解らない。今夜彼女が受けた傷は、誰よりも重いだろう。だから、オレはその全てを救えないかも知れないけど。
 でも、少しだけでもいいから…。
「助けを求めた君を、見捨てられないんじゃなくて、見捨てたく無かった。最初、あんな風に返して、ごめんね」
 謝ってもどうしようもないだろう。
 今日から俺は、27の墓標を忘れてはいけない。あの子達の事を、犠牲になった、あの子達を。
「けど…でも、あの子達は、決して君を恨んでなんかいない。ピエロに立ち向かったんだ、あの子達は。そして…皆が君の無事を願ってた」
 惨殺されたあの子達が、梢ちゃんを恨む事は無いだろう。
 でも、梢ちゃんはあの子達の事を忘れては行けない。俺と同じように。
「…あの子達の分も、君は生きなきゃいけない。そしてあの子達の分も、人を助けてあげないといけない」
 これから長い道のりを辿るだろう。
 俺も今夜の事を忘れない。だから…。
「……梢ちゃん。……許してくれとは言わない。でも……仕方なかった、とも思っていないんだ……今夜の事を、忘れてくれと言ったけれど、それは嘘になった」

 今夜の事、生涯忘れないで欲しい。そして。

「………ダークネスは、俺一人じゃない。俺が始めた、俺が出来る事だって思ってね。でも、1人じゃ救える数には限度があるんだ」

 ダークネスで助ける人に言い続けている事。
 それは同じように、誰かの剣となり、誰かの盾となって。誰かを助けて欲しいという事。

 それは俺でも、誰でもいい。

「……だから、この仮面、預けるよ。君に。梢ちゃんがもしも、誰かの剣になりたい、誰かの盾になりたいなら……この仮面をつけて、助けてあげな。それを、誰かに受け継いで行くんだ。そうすれば、きっと」

 いつか……本当にいつかだけど…救われる日が、来るかも知れない。
 誰かの涙を拭ってあげられる、代わりに誰かが拭ってくれるから。
 ゆっくりと、俺は仮面を外して梢ちゃんに被せた。よく、似合っている。
「……ごめんね。でも、今日は、ありがとう」
 俺はそう言って彼女の頭を優しく撫でた。

 最後に、何もかけずに去る。
 次に彼女と会う時、彼女はどうなっているだろうか。俺の言葉は、届いていたのだろうか。








 家に戻って…父親は捜査に出掛けたのか、いないようだった。
 ニュースサイトでは既に事件の事が乗っていて、職員9名、子供が27名、それと犯人であろう死体が5体分。
 41人分の屍。

 犠牲者は36名。
 犯人を覗いたその名前と顔写真を見ると、救えなかった…という想いがわいて来た。そうだ、俺は救えなかったのだ。
 牧野梢はどう思っているのか、俺の想いをあの子にぶつけても、それが届いているのか解らない。けれども。
 俺は、抑えきれなくなった。泣いた、泣いた、泣いた。
 ぼろぼろぼろぼろぼろ、ぼろぼろぼろぼろ。
 溢れ出す涙が止まらない。昼間に遊んだ子供達は、皆、殺されたのだった。無惨な死に方で。

 灰燼ピエロの殺戮が終わっても、彼らは戻ってこない。冥府へと連れて行かれたまま、戻れないのだ。
 この墓標を、忘れてはならない。
 悔しくて、哀しかった…救えない願いを、救えない命を、俺は悔やむ事しか出来ない。二度と取り戻す事は、出来ないんだ。命だけは。
「クソっ……くそっ…! くそぉっ!」
 ベッドを殴る。
 こんな無力感に悩まされるなんて…むかし以来だ。相変わらず、俺は無力なままだ。

 Re:ミッキーコハル
 ダークネス様、気を落とすな。
 アンタはやれるだけやった。
 悪いのはピエロだ。

 Re:オルトロス
 灰燼ピエロは成敗されましたが、それでも償える命は足りないのでしょう。
 梢ちゃんの今後を信じるしかありません…。

 Re:虹色光草
 ダークネス、あんたが気に病む必要はないよ。
 あの子達も、あんたが仇を討ってくれた事を喜んでいる筈だ。

 サイトの書き込みは、事件の事で間違いない。けど、誰1人として。
 俺の事を、慈しんでる。
 あの子達の事、灰燼ピエロの事、梢の事。色々、書かれてある。ログは山ほどある。

 多くの山の中に…それはあった。埋もれそうなぐらい、下に。

 Re:牧野梢
 ありがとう、ダークネス。
 あなたと一緒にいた今夜を忘れない。私は、今後もずっと…生きたい。
 みんなの為に、強くなりたい。

 俺はキーボードを探り出す。
 涙が、少しだけおさまった気がする。だって、そうしてくれるのが、嬉しいから。

 Re:ダークネス
 俺の盾になってくれますか?

 答えは勿論決まっていた。



 この物語は決して、楽しいものではないのかも知れない。
 でも伝えておきたい事がある。誰かに手を差し伸べる事に罪は無い。
 そして傷つく誰かを見過ごせないなら、その人の盾になれ。いつかその人が、自分の剣になると信じて。剣と盾。
 人は二つのものになる事が出来る。

 もしもこの世界に何かを残すなら。あなたは何を残す事を望みますか。
 生きた証を残しますか、それとも…あなたの想いを残しますか?

 俺はどちらでも構わない、どちらの答えも正しいから。

 俺は戦い続けるだろう、これからもずっと。
 例えぼろぼろになったとしても、それでも……。

 かつて自分がそうだったように…傷つく誰かを、見捨てる事なんて出来ない。
 俺は…忘れない。

 この出来事を忘れないだろう…そして、これからも…ずっと戦い続けるのだろう。俺の想いが、誰かに受け継がれていると信じて…。




「just like old time」

決してあの頃のようには戻れないけど
俺らの想いは受け継がれている

この遠い世界のどこかでずっと…

嘘をつけないお前にとっちゃ
認めたく無いような事実は受け入れ難いが
それでも本当だと信じるしかないぜ

無情な現実365日ファンタジーだったらいいのになぁ
それは単なる幻想に過ぎないぜ

決してあの頃のようには戻れないけど
俺らにはこんな事しか出来ないからそれをやるしかない

そうだろ?

write:スカルRyder





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