青眼子ちゃん物語V
〜三幻神激闘篇〜

製作者:おもてさん




※「青眼子(ブルーアイズこ)ちゃん」と読みます。いわゆる、モンスターの擬人化を行っております。ついでに、原作キャラの設定も色々おかしくなってます。以前投稿した「青眼子ちゃん物語〜青眼の花嫁〜」「青眼子ちゃん物語U〜青眼子ちゃん誘拐事件!?〜」の続編です。読んでいないor内容を完全に忘れた方は、そちらを先にお読みください。
 ラブコメだったりギャグだったりバトルだったりシリアスだったりと色々忙しいので悪しからず。上級者向けです。例によって、以下の点を了承できる方のみお読み下さい。了承できない方は読まなくて結構です(ぇー
・作者の神経を疑わない。
・感想掲示板での苦情は基本的に受け付けません。これに関しては責任を負いかねます(ただし誤字の報告などは勿論アリ)。
・キレない
・青眼子ちゃんは瀬人さんの嫁

 それでは、進む勇気のある方のみ、これより先をお楽しみ下さい。




前作のあらすじ

 青眼子ちゃんが誘拐されたけど、何やかんやで助かりました。



第十章 終わりの始まり

 ――“青眼子ちゃん誘拐事件”から、半月が過ぎた頃。
 特に大きな出来事のない、平穏な日々が訪れていました。
 そんなある日のこと、青眼子ちゃんがいつものように部屋で掃除機をかけていると――固定電話の呼び出し音がしました。受話器をとると、それは瀬人さんからのものでした。
「リビングの棚の上……ですか?」
 瀬人さんの指示通りの場所を探すと、書類の入った大型の封筒が見つかります。何でも、今日の会議で使う重要な資料とのことでした。
「……よく忘れ物しますね、瀬人さん?♪」
『……うるさい』
 青眼子ちゃんがからかうと、瀬人さんはばつが悪そうに応えました。
 その会議は夕方ということで、特に時間指定はなく、会議までに書類を届けてほしいとのことでした。会議が終われば帰れるので、それから一緒に外食をして帰る約束もしました。
(家で手作りの料理もいいけど……たまには外食もいいわよね♪)
 上機嫌の青眼子ちゃん。
 会社に資料を届けに――というと、以前オベ子さんに門前払いされたことを思い出しますが、今回は時間指定もないし、流石に会社前で待ち伏せされることもないでしょう。
(……オベ子さん、か)
 ふと、青眼子ちゃんの脳裏を、以前のオシ子さんのことばがよぎります。

『――オベ子=リスクにご注意を』

(あれは……どういう意味だったんだろう?)
 青眼子ちゃんは眉をひそめ、考えます。
 オシ子さんは何故オベ子さんのことを知っていたのか? “ご注意を”とは、どういうことなのか?
 しかし、ただ考えても分かりません。“注意”の意味が分からない以上、どうにもしようがありません。
 昼食を済ませ、安っぽい昼ドラをチェックすると、軽くおめかししてから家を出ました。


 KC本社に着くと、青眼子ちゃんはまず、キョロキョロと周りを見回しました。
(オベ子さんはいない、と……)
 ホッと安堵する青眼子ちゃん。しかし、同時に罪悪感も抱きます。
(考えてみれば、あのとき追い返されたのは、彼女が真面目だからよね……)
 “部外者”呼ばわりされてカチンときたけれど、よく考えてみれば、自分は確かにこの会社の社員ではない。これだけの規模の会社ともなれば、外部に漏れてはならない機密も当然ある。オベ子さんのとった行動は、当たり前のことだったかも知れません。
(今度会ったら、謝った方がいいかしら……って、私が悪く思ってたことも知らないか)
 そう考えて、青眼子ちゃんはひとり失笑しました。

 受付で手続きを済ませると、青眼子ちゃんは専用エレベーターで、一気に最上階の社長室へ向かいます。
(KC社か……久しぶりだわ)
 青眼子ちゃんは、瀬人さんと初めて出会ったときのことを思い出します。
 あのとき、社長室で眠ってしまった青眼子ちゃんは大暴れして、部屋を半壊させてしまったのです。以来、社長室を訪れたことはありません。ちゃんと直っているのだろうか――そんなことを考え、苦笑しているうちに、エレベーターは最上階に着きました。
 最上階はやけに静かです。この階には社長室と、その手前の秘書室しかないので、当然といえば当然なのですが。

 ――コンコン

 青眼子ちゃんは、秘書室のドアをノックします。しかし、待っていてもなかなか反応がありません。仕方なくもう一度ノックしますが、やはり応答ありませんでした。
「……?」
 小首を傾げる青眼子ちゃん。KC社ほどの大会社になれば、秘書は何人もいるし、まさかその全員が出払っているということはないはずです。
 ふと、ドアノブに手をかけてみます。鍵はかかっていません。
 そーっと、青眼子ちゃんはドアを開け、中を覗き込みます。
「……!?」
 青眼子ちゃんは目を丸くします。その部屋の中では、何人かの秘書と思しき人たちが、机に突っ伏し、動かなくなっていました。まさか、全員揃ってお昼寝タイムなどという馬鹿な話はないでしょう。
「だ、大丈夫ですか!?」
 慌てて中に入ると、青眼子ちゃんはそのうちの一人を揺り動かします。どうやら眠っているだけのようです。
 しかし、どんなに動かしても、起きる気配がありません。ただの居眠りではない――何か、睡眠薬でも使われたようです。
 はっとして、青眼子ちゃんは社長室のドアへ目を向けます。
 もしかしたら、瀬人さんの身に何か――
「……瀬人さんっ!!」
 社長室に飛び込む青眼子ちゃん。すると、以前青眼子ちゃんが暴れたときほどではないにせよ、部屋は荒らされ、そして――瀬人さんが壁を背にぐったりと横たわっていました。
 青眼子ちゃんは、さっと血の気が引く思いをします。
「せっ、瀬人さん!!」
 脇目も振らず、青眼子ちゃんは瀬人さんに駆け寄ります。服装は乱れ、顔には殴られたような痕もあります。
「……っ! 青眼子、逃げろ……」
「……!?」
 最後にそう呟くと、瀬人さんはそのまま気を失ってしまいました。動かし辛いキャラは気絶させるに限ります
(いったい誰がこんな……!?)
 強盗でも入ったのだろうか? とにかく、今は救急車を――そう考え、携帯電話を取り出そうとする青眼子ちゃん。
 しかし、そこで青眼子ちゃんの動きは止まります。倒れている瀬人さんを見た自分が、どれだけ動転していたのかを再認識しました。
 部屋には、他にも誰かいる気配がする――そう、瀬人さんをこんな目に合わせた犯人が、恐らくまだこの部屋にいるのです。

「……あらあら、困った人ねえ」
 嘲るような、女性の声。
 眉をひそめながら、青眼子ちゃんはその主を振り返ります。しかし、その姿を見て――目を見張りました。
 クスクスと、女は薄笑いを浮かべます。
「部外者は中に入らないように……って、ちゃんと忠告しといてあげたのに……」
 女は社長机の上に、足を組んで座り込み、青眼子ちゃんたちを冷たく見下げていました。
 青眼子ちゃんはその正体に、金縛りにあったように動けなくなりました。
「……オベ子、さん……!?」
 ――そう。
 瀬人さんを傷つけ、この部屋の惨状をつくり出した張本人は、オベ子=リスク――紛れもなく、彼女だったのです。



第十一章 神なる者の鉄槌(前編)

「そんな……オベ子さん、まさかあなたが……!?」
 青眼子ちゃんは動揺を隠せません。オベ子さんは嘲るように、冷笑を浮かべます。
「……そう、瀬人社長をそんな目に合わせたのは私よ。何故だか分かる?」
「……!?」
 眉をひそめる青眼子ちゃん。オベ子さんは構わず、ことばを続けます。
「……復讐よ。そう、これは復讐なの……この私を“造り出した”全ての人間に対する……ね」
「復讐……!? 造り出した!?」
 青眼子ちゃんは息を呑みます。この読み物はいつから、こんなシビアな内容になってしまったのでしょう。新手のテコ入れ? 今回から夜明けの炎刃王になっちゃったりするのでしょうか。
「やわな瀬人社長は気絶してしまったようだし……代わりに、あなたに聞いてもらおうかしら? その男の父――海馬剛三郎の犯した、神をも恐れぬ所業をね」
「……! 瀬人さんの……お父さん?」
 青眼子ちゃんは思わず、瀬人さんを振り返ります。
 瀬人さんはあまり話したがりませんでしたが、回りの人間から、必然的に彼の話は耳に入りました。
 海馬剛三郎――息子のいなかった彼は、施設で暮らしていた瀬人さんを養子にし、会社を継がせるため、厳しい英才教育を施しました。しかし瀬人さんが中学生のとき、彼はこの世を去りました。原因は転落死。バナナの皮で足を滑らせての転落死です。
 何でも、そのバナナの皮を捨てたのは瀬人さんとのことで、彼はずっと、そのことを悔やんでいるとのことです。もしもあのときバナナの皮をポイ捨てしなければ、ちゃんとゴミ箱に捨ててさえいれば――と。

「今から16年前……私はこの世に生を受けたわ。愚かな人間たちの、傲慢の結晶としてね」
 明かされる衝撃の事実。そう、オベ子さんはまだ16歳だったのです
「当時……海馬剛三郎がこの世を去るまで、海馬コーポレーションは軍需産業に手を出していた。戦車、ミサイル、ライフル――戦争を行うための、あらゆる武器を製造していたわ。そしてあるとき、剛三郎は考えた……もっと売れる兵器、革新的で強力な兵器、より効率的な、人殺しの武器を創れぬものか……とね」
 そしてあるとき剛三郎は、一見、軍需産業とは全く関係のない分野に目を付けた。
 遺伝子工学――そう、剛三郎はそれにより、より戦争を有利に進められる“人間兵器”を作ろうと考えた。
「容易には死なず、常人を遥かに超越した、戦争のため“だけ”の人間……。高い戦闘能力と判断力を先天的に備え、かつ所有者の命令を忠実にこなす生体人形……剛三郎はそれの開発を欲し、かつての遺伝子工学の権威、ペガサス・J・クロフォード博士に話を持ちかけた。学会を追放されたクロフォード博士の、稀有な研究に目を付けて。他の生物の遺伝子情報を混ぜ、その生物の能力の一部を継承した“新人類”を“創造”する……まさに、神への冒涜と言っても良い、一見夢物語な研究にね」
 ――そしてもうひとつ、剛三郎が目を付けたもの。
 ――それはエジプトで発掘された、“神”の一部と思わしき化石。“紅の天空竜”、“蒼の巨神兵”、“黄金の翼神竜”――伝説の中だけの存在と思われた、“神”と崇められし三体の“怪物”。
「それぞれの化石に残された遺伝子情報、それを用いた“究極の人間兵器”の“製造”……それが剛三郎の依頼。クロフォード博士は最初、戸惑ったそうよ……けれど、剛三郎の提示した多額の研究資金に、彼は首を縦に振るしかなかった。また、極秘裏に行っていた、猫や犬といった一般的動物を基盤とした“新人類”の“創造”……それに幾度となく失敗していた彼は、“神”と呼ばれる古代生物、人間とは大きな隔たりを持つそれらならば、あるいは成功するのではと考えた……」
 ――そして、研究は思いのほかスムーズに進み、数年で成功へと辿り着いた。
「三体の“神”の遺伝子を受け継いだ、三人の“新人類”……私はそのうちの一人。“蒼の巨神兵”の遺伝子を継承しているわ。クロフォード博士は、それはそれは喜んだそうよ……けれど、やがて気がついた。自分が犯した愚行、償いようのない大罪に……ね」
「…………!!」
 青眼子ちゃんは唾を呑み込みました。青眼子ちゃんの脳裏を、一つの懸念がよぎります。

 一体、この読み物は何処へ行こうとしているのだろう――と。

 全くもってその通りですな。





『パ……パ』
『OH! そうデ〜ス! グレイト! オベ子は天才デ〜ス!』
 生後まもないオベ子さんの頭を、クロフォード博士は大喜びで撫でます。若くして最愛の恋人を亡くしたクロフォード博士は独身で、子どもがいませんでした。だからでしょうか、自分の研究成果――遺伝子操作の結果生まれた三人の娘に、実の娘のような愛着を持ったのです。
『……クロフォード博士、剛三郎氏がお見えになりましたが……』
 研究助手のクロケッツ氏が、親バカ博士に耳打ちします。
『OH、もうそんな時間デスか? 三人とも、私がいなくても大人しくしているのデ〜ス』
 上機嫌で、博士は部屋を出て行きます。三人がいるのは、彼女らのために作った、専用の遊戯室です。三人が退屈しないよう、沢山のオモチャを買い与えてあります。


『――久し振りですな……クロフォード博士。まずは研究の成功、心から喜び申し上げますぞ』
 剛三郎が差し出した手を、博士は固く握り締めます。
『……で、どうですかな? 研究の成果の方は』
『イェ〜ス!! エクセレント! 最高デ〜ス!! 彼女らはまさに、我々人類の歴史を変える、至高の存在デ〜ス!!』
 大喜びのクロフォード博士。剛三郎は葉巻を吹かしながら、ニヤリと笑います。
『それは良かった……。では、近いうちに改めて“回収”に伺いましょう』
『……WHAT?』
 クロフォード博士は、先ほどまでのはしゃぎようが嘘のように、固まってしまいます。
『なっ、何故デ〜ス!? 彼女らの世話は私達が……』
 クロフォード博士は狼狽します。しかし、剛三郎は顔をしかめ、首を傾げました。
『おかしなことを仰いますな。あなたは遺伝子工学の権威だ。しかし、軍事に関しては全くの素人……違いますかな?』
 クロフォード博士はそこで、ようやく剛三郎の意図を悟ったのです。
『“教育”は早期に施すに限りますからな。戦場で生き残る方法、数多く殺すすべ……。また、所有者に決して歯向かわぬよう、念入りな“調教”を施す必要もある……』
『……!!』
『……そうそう。今回の“人形”が有効に機能したならば……そのときは、もういちど頼みますぞ、クロフォード博士』
 葉巻を咥えながら、剛三郎は下卑た笑みを浮かべます。
『“人間兵器”の“量産”……。一度成功体を造ったんだ、量産も容易いでしょう?』

 何ということをしてしまったのだ――クロフォード博士は後に、このことを自身の犯した最大の過ちと語っています。
 そして決意しました。遺伝子操作の末に生み出した三人の少女――彼女らを連れ出し、姿を晦ましたのです。
 剛三郎の追っ手から命懸けで逃亡し、その一方で、三人の少女たちの父親として、精一杯に育児をしました。しかし、男手一人で子どもを育てるというのは大変なもので、自分の変な喋り方が移らないかと心配でなりませんでした。

 しかし、クロフォード博士の心配をよそに、三人の少女は立派に育ちました。長女のラー子、次女のオベ子、三女のオシ子――それぞれに個性を持ちながらも、やはり遺伝子操作の結果か、平均的人間を遥かに超えた子達でした。
 自分が一緒にいれば、やがて剛三郎に見つかるのは時間の問題――そう判断した博士は、彼女らが8歳のとき、知人のイシュタール夫妻に預けることを決意します。
 家長のリシド=イシュタール、その妻イシズ=イシュタール、ついでに弟のマリク=イシュタールの三人家族です。余談ですが、リシドは刺青師、イシズは占い師、マリクはヘタレです。

『ラー子、オベ子、オシ子……ここでお別れデ〜ス』
 相変わらず変な話し方で、クロフォード博士は別れを惜しみました。
『こんな私を“パパ”と呼んでくれて……アリガトウ……』
 泣きじゃくる三人を抱きすくめ、博士も涙をこぼします。
 そしてそれが――オベ子さんの記憶に残る、“父親”の“最後”の姿でした。





「……! 最後……って、それじゃあ……」
 鼻をすすりながら、オベ子さんの話に聞き入る青眼子ちゃん。青眼子ちゃんはこういう親子ネタに弱いのです。
「――死んだわ。いいえ、殺された……ある男に。私がこのKC社に入った一番の目的は、ここの巨大なデータベースを用い、その犯人を見つけ、復讐すること……! そしてやっと見つけた。その男の名が分かったのよ」
「……!!」
 青眼子ちゃんは唾を飲み込みます。話の流れから察するに、犯人は瀬人さんのお父さん……!?
 しかし、オベ子さんの口から語られる真実は、あまりに過酷な、衝撃の事実でした。

「犯人の名前は――おもて。それこそが、このくだらない小説モドキを書き、父を殺した設定を作り、私にオベ子なんて最低な名前を付けた、最も忌むべき、悪魔のごとき男よ」

 なん……だと……!?



第十二章 神なる者の鉄槌(後編)

前章のあらすじ
読者の度肝を抜くため、作者は自らの命を賭ける覚悟を決めた!


「な……!? 正気なの、オベ子さん!?」
 青眼子ちゃんは自分の耳を、そして作者の頭を疑います。
「そうよ……全ての元凶、悪鬼・おもてを見つけ出し、ピンヒールでぎゅうぎゅうと思い切り踏み躙(にじ)り、ついでに改名してもらい、そして最終的に殺す……! それが私たち三姉妹の誓い。そのために、私たちはイシュタール家を離れ、この日本にやって来たのよ!」
 常軌を逸している――青眼子ちゃんはそう思わずにいられません。
「無理だわ! 相手は作者! 現実世界でいうところの神! そもそもあなたの台詞だって、作者に言わされてる状態なのよ!? 作者権限で返り討ちに遭うのがオチだわ!! それに……作者が死んだら、この『青眼子ちゃん物語』は必然的に打ち切り! そうなったら、あなたも――」
「――構わないわ」
 揺るぎない瞳で、オベ子さんは断言します。
「クロフォード博士がいない世界に……そして、“オベ子”なんて最低な名前で生きていかねばならないこんな世界に、未練なんて微塵もない。作者を殺し、世界を殺し、自分も死ぬ――最初からその覚悟よ」
「……!!」
 青眼子ちゃんはぞっとします。
 冗談じゃない――せっかく自分が主役になれたのに、勝手に打ち切られるなんて、堪ったものじゃありません。ただでさえ陰が薄いと言われ続けているのに。
「……私は必ずパパの……クロフォード博士の仇をとる。たとえ目の前にやさしい死神が立ち塞がろうとも、どんな敵が立ち塞がろうとも……ね」
「……!!!」
 青眼子ちゃんは、軽いパニック状態に陥ります。自分は何をすればいいのか、そもそも作者でさえこのあまりのカオス展開を持て余している状態なのです。
「……けれどその前に……もうひとつの復讐を果たさせてもらうわ、ついでにね。私を軍事目的に利用しようとした男――海馬剛三郎。本来なら、この男を始末するつもりだったんだけど……ショックだったわ。私が来日する前に、すでに死んでいたんだもの。しかもバナナの皮で。だから――」
 オベ子さんは毅然とした表情で、青眼子ちゃんを――その後ろの、瀬人さんを指差します。
「……海馬剛三郎の息子、海馬瀬人――彼に受けてもらうわ、“制裁”を。“神の遺伝子”を持つ者として……神の化身として、“神の鉄槌”を下す!」
 オベ子さんはデスクから下りると、二人を冷たく見据えます。
「そんな……瀬人さんは関係ないじゃない! KC社は瀬人さんの代に代わってからは、人々を傷つける軍需産業からいっさい手を引き、人々に笑顔をもたらすアミューズメント会社に180°方向転換した! だから瀬人さんは――」
「――関係あるわ」
 怒気のこもった口調。オベ子さんは青眼子ちゃんを、鋭く睨めつけます。
「その男は剛三郎の息子……血の繋がりも、会社の方針も関係ない。それだけで、復讐するには十分な理由だわ」
 刺すような視線。しかし、青眼子ちゃんは怯むことなく、瀬人さんの前に立ち塞がります。
「そんなことさせない……! 瀬人さんは私が護るわ!」
 青眼子ちゃん、やっと主役らしい出番が回ってきました。愛する者を護るため戦う――主人公の王道です。
「ふうん……別に、それならそれで構わないわ」
 オベ子さんは目を閉じます。そして次の瞬間――青眼子ちゃんは目を疑いました。
 彼女の長い黒髪が、さあっと蒼くなり――まるで氷のように、冷たく輝き出したのです。
「二人まとめて――始末するだけだから」
 オベ子さんの蒼い瞳が、青眼子ちゃんを凝視します。その冷たい、氷のような瞳から発せられる、確かな殺気――青眼子ちゃんは思わず寒気を覚えました。
「見せてあげるわ……“神”の力。あなたの義理の父が生み出した“人間兵器”の能力。それが、あなたたち常人の力を――どれほど凌駕しているかをねっ!!」
 叫ぶと同時に、オベ子さんは、背後のデスクを掴みます。端の方を、片手で掴んだだけ――けれどそれは軽々と、容易に持ち上げられてしまったのです。
「!? そんな……っ」
 ありえない――青眼子ちゃんはそう思います。見栄っ張りな瀬人さんのデスクは、普通のものより遥かに大きい、特注品です。しかも、引き出しには色々入っているはずなので、重量は優に100キロを超えているはず。それを、華奢なオベ子さんが片腕で持ち上げるなど――物理的にありえません。
「……さようなら。その男と結婚したことを悔いるのね……あの世で
 オベ子さんは振りかぶると、強引に、勢いよくデスクを投げつけます。
「――っ!!」
 一瞬、何とか避けようと考えますが、しかし背後には、気を失った瀬人さんがいる――避ければ瀬人さんが下敷きになる。瀬人さんマジ足手まとい

 ――ドズゥゥゥゥン!!!!

 鈍く重い音が、社長室内に響きます。
 投げつけたデスクは、確かに二人をぺしゃんこにした――そう考え、オベ子さんはその、凍れる瞳を満足げに細めます。
(……次はあなたがこうなる番よ……作者・おもて!!)
 表ちん大ぴんち(にはは)

 しかし――次の瞬間、横たわるデスクが、ゆっくりと浮かび上がります。
「……な……!?」
 呆気にとられるオベ子さん。その巨大なデスクの下には、両手でそれを支え、持ち上げる女性が――そう、青眼子ちゃんです。
「――させないわ……そんなこと!」
 強い、青の瞳が、オベ子さんを真っ直ぐに見据えます。
「この際、作者はどうでもいい……。でも、この人にだけは……瀬人さんにだけは、指一本触れさせない!」
 持ち上げたデスクを、青眼子ちゃんは勢いよく、壁際へ投げ捨てます。
「……瀬人さんは――」

 ――ドズゥゥゥゥゥンッ!!!!

「――瀬人さんは……私が護りますっ!!」

 響き渡る轟音。社長室、すでに半壊状態



第十三章 社長室の決闘!(前編)

「……ふうん……面白いじゃない」
 ニヤリと笑みをこぼすと、オベ子さんは両の拳を握り締めます。青眼子ちゃんは、気絶する瀬人さんを一瞥してから、巻き込まぬため、少し離れることにします。
「人間、身の程を知ることは大切よ……? 自分に出来ること、出来ないこと――分相応にそれを見極めないと」
「……! そのことば、そっくりそのままお返しします。不可能です、作者殺しなんて。どれほどの力を持っていたとしても……物語の一キャラクターでしかない以上は」
「……!! 黙りなさい!」
 吐き捨てるように言うと、オベ子さんは青眼子ちゃんに一気に駆け寄ります。それに合わせ、青眼子ちゃんは構えをとりました。
(あの誘拐事件の一件以来、オシ子さんに言われた通り、少しだけど鍛錬を積んだ……勝機はある!!)
 オシ子さん――青眼子ちゃんは彼女を思い出し、眉をひそめます。
(……今のオベ子さんの話に出てきた“オシ子”さんと、私の知るオシ子さんは同一人物……?!)
 オシ子なんて妙な名前、そうそうあるものではありません。加えて、以前見たあの超人的速力――彼女がオベ子さんの言う“神の遺伝子を持つ者”なのは間違いなさそうです。
(……だとしたら、彼女も……!?)
 まさか彼女も――16歳!?

 その凛とした様子に隠れ、目立ちませんでしたが、彼女の顔には確かにどこか、あどけなさが残っていました。しかし自分と同い歳くらいだと思っていた子が、まさかまだ16歳だったとは……
(……私より、8歳も年下……)
 軽くショックを受けます。青眼子ちゃん、早くも歳を気にするお年頃です。

(って……そんなこと気にしてる場合じゃなかったっ!)
 気を取り直し、青眼子ちゃんはオベ子さんを見据えます。とりあえず、足はオシ子さんほど速くないらしい。せいぜい自分と同じくらい。
(これなら――十分闘えるハズ!)
 間合いに入ったオベ子さんが、右拳を振り上げます。
(左腕でガードして――攻撃!)
 咄嗟に状況判断し、青眼子ちゃんは腕をかざします。
 そして、オベ子さんの拳を受ける刹那――青眼子ちゃんの“勘”が、危険を察知しました。
(――!? いや――マズイ!!)
 反射的に、青眼子ちゃんは身体を逸らし、後方へ跳躍します。それが幸いしました。
 オベ子さんの拳を受けた左腕――それはまるで、大砲の弾を受けるような、とてつもない衝撃でした(受けたことないけど)。
 自分で跳んだのと、オベ子さんの攻撃の威力によって、青眼子ちゃんの身体は壁際に叩きつけられます。ちゃんと受身をとったので、背に大したダメージはありません。しかし――彼女の左腕は、骨が悲鳴をあげていました。
(咄嗟に後ろに跳ばなかったら、腕を折られていた……!?)
 あまりの腕力に、青眼子ちゃんはぞっとします。こうまで力の差があるものなのか――攻撃力1000程度のはずなのに
(落ち着きなさい、私。私は主人公、それなりの主役補正がかかるはず! 勝ち目はある!)
 しかし――これだけの力の差、ちょっとやそっとの補正では埋められません。
(……。こうなったら、あの技を出すしかない……!)
 今の自分の身体が、あの大技に耐えられるかは分からない。しかし、それを出さなければ、万に一つも勝機はない。
(龍神流究極奥義――あの技を!!)
 青眼子ちゃんは11年前、自分が龍神流の免許皆伝を貰う少し前のことを思い出しました。





「ヴァンダル叔父さ……じゃなくて、師範。お話というのは……?」
 門下生が全員帰った後、青眼子ちゃんだけがヴァンダル師範に呼ばれ、道場に残されました。
「……ああ。既に今のお前の力は、単純な戦闘力で言えば、この道場で最も高い……この私を含めても、だ。故に、私はお前に奥義を授けたい」
「奥義……!? まさか、師範の得意とするあの、三種の返し拳(トリプルカウンター)を!?」
 そう、ヴァンダル師範の得意技は“カウンター”。実際に見たことはありませんが、そのカウンターには三つの型があると聞きます。
 カウンター之一「魔法邪魔拳」――その技は、相手の生命を削る。カウンターノ二「罠邪魔拳」――その技は、相手の肉体を破壊する。そして、カウンターノ三「天罰拳」――その技は、死んだ仲間を蘇らせる。
 最後のはもはやカウンターじゃねえだろ。
「……いや、お前に教えるのは、カウンターとは別の技だ……」
「では何を……? ハッ、まさか四種の返し拳(フォースカウンター)を!?」
テニプリの読みすぎだ、お前
 的確なツッコミを入れるヴァンダル叔父さん。咳払いを一つすると、脱線した話を元に戻しました。
「私のカウンターは、奥義ではない……。この流派の誇る奥義を私は使えないのだ。お前の祖父、タイラント様のみが使えたという究極奥義――その名も“暴君爆裂拳”!!」
「……。何だか、しまらない名前ですね……」
 今度は、青眼子ちゃんがツッコミを入れる番です。タイラントの和訳は“暴君”なのです。
「“暴君爆裂拳”――その正体は、究極の二連撃! 目にも止まらぬ速さで、刹那のうちに必殺の二撃を叩き込むのだ!!」
「……つまり2連釘パンチということですね」
 青眼子ちゃん、ジャンプ読み過ぎです。
「……。だが青眼子、お前はタイラント様以上の才を持つ天才。お前なら可能かも知れぬ……“暴君爆裂拳”を超える、究極の三連撃――“究極爆裂拳”を!!」
「つまり3連k(ry」

 こうして青眼子ちゃんは、ヴァンダル叔父さんの指導の下、その究極奥義を編み出したのです。
 自身の必殺技――“爆裂疾風拳”の1.5倍の威力を誇る究極奥義“究極爆裂拳”。三連撃なのに、なぜか1.5倍どまりです。
 しかし、そのあまりの威力の代償に、その技は青眼子ちゃんの身体に大きな負荷を強います。一日一発が限度、初期の浦飯幽助です。しかもそれを使った後は、しばらくまともに動くことさえできません。





(オベ子さんを倒せるとしたら、あの技しかない……! けれどあの技を使えば、私はしばらく戦闘不能になる。その技で確実に決めないと!)
 青眼子ちゃんは立ち上がりながら、懸命に考えます。
 “ダメージを与えた”程度では逆に追い込まれる――究極奥義を使うならば、その一撃で確実にオベ子さんを倒す必要があるのです。
「……どうしたの? もう八方塞がりかしら?」
 オベ子さんがクスクスと笑います。青眼子ちゃんは思わず、奥歯を噛みしめました。
(力の差は歴然……! 長期戦になれば、どう考えても私が不利。隙を見つけて、何とかノーガードのところを……!)
 でもどうやって――考えがまとまらない青眼子ちゃん。しかしオベ子さんは、青眼子ちゃんの準備が整うのを待つつもりはないようです。
「生憎だけど、私もヒマじゃないの……。この後、待ち合わせをしているのよ。だから――」
 オベ子さんは再び、青眼子ちゃんに躍りかかります。
「――とっとと、沈んで頂戴っ!!」
 顔をしかめ、構えをとる青眼子ちゃん。しかしオベ子さんの強烈すぎる拳は、ガードすることさえ許されない――何としてでも、回避しなければならないのです。
「――ハァァァァァッ!!!」
 拳を振るうオベ子さん。青眼子ちゃんはそれを、紙一重でかわします。昔から、眼には自信がある――この程度のスピードならば、見切ることも可能です。
 しかし、休むことなく繰り出される彼女の拳に、避けるのが精一杯。加えて、わずかに触れることさえ許されない状況――どう見ても、不利なのは青眼子ちゃんの方でした。
 それでも、何とかかわし続ける青眼子ちゃん。一瞬の隙を信じて、しかし――
「あっ……!?」
 しまった――青眼子ちゃんの血の気が、さっと引きました。
 オベ子さんの左拳を回避したところで、青眼子ちゃんは何かに足を滑らせてしまったのです。反射的に視線を落とすと、そこには万年筆が――先ほど投げたデスクから落ちたのでしょうか。
 勝利の笑みをこぼすオベ子さん。青眼子ちゃんは瞬時に体勢を立て直そうとしますが、しかし不可能でした。
 オベ子さんの右拳は、今にも青眼子ちゃん顔めがけて振り下ろされようとしています。
(……!! やられる!!)
 青眼子ちゃんはを覚悟します。あんな大砲のような一撃を顔面に喰らったら、もう女として生きていけません
 しかし次の瞬間――奇跡は起きました。オベ子さんが突然、大きくバランスを崩したのです。
「!???」
 オベ子さんはその一瞬、何が起こったのか分かりませんでした。ムニュっとした、柔らかい、気持ち悪い感触。オベ子さんの体勢を崩したもの――それはバナナの皮。そう、瀬人さんがおやつに食べたバナナの皮です。
 なぜそんなところにそれが落ちているのか、それは分かりません。あえて言うならば主役補正です。
(ありがとう……瀬人さん!!)
 瀬人さんのバナナ好きに感謝しながら、青眼子ちゃんはこの機を逃さず、いち早く体勢を立て直し、オベ子さんの懐に飛び込んでいました。
「龍神流究極奥義――」
(――!? 何かくる!?)
 オベ子さんは、咄嗟に身を引こうとします。しかし、バナナの皮などというアホらしすぎるもので崩された身体が、すぐには反応してくれません。
「――究極爆裂拳ッ!!」

 ――ズドドドォォォォォンッッ!!!!

 おおよそ拳ではありえない効果音とともに、青眼子ちゃんは確かな手応えを感じます。
(――勝った……!)
 そう確信しました。
 しかし――



第十四章 社長室の決闘!(後編)

「……な、っ……!?」
 拳を突き出した状態で、青眼子ちゃんは呆然とし、目を丸くします。
 青眼子ちゃんの繰り出した究極奥義・究極爆裂拳は、軽々と、片手で受け止められていたのです――見も知らぬ、一人の金髪の少女によって。
 そう、受け止めたのはオベ子さんではありません。オベ子さんと青眼子ちゃんの間には、一人の、小さな少女が割って入っていたのです。
(こ、この子、いつの間に……!?)
 目を見張りながら、青眼子ちゃんはその少女を観察します。金色のロングヘア、金色の瞳、そして小学生のごとき小さな体躯と超童顔。服装は、フリルのついた、可愛らしい子供用のものです。
 オベ子さんの腹部めがけて放った拳も、その子にしてみれば、ちょうど顔の高さ。
 そして青眼子ちゃんの拳は、彼女の出した右掌に完全に受け止められ、ピクリとも動きません。
「……オベ子、おそい……むかえにきた」
 何でもない様子で、その少女は顔を上げ、背後のオベ子さんを見上げます。
「ラ、ラー子姉さん……!?」
 予想だにしないオベ子さんの台詞に、青眼子ちゃんは驚愕します。
(この小学生が姉……!? ていうか、16歳……!??)
 容姿が、年齢不相応にも程があります。オベ子さんは実年齢よりかなり老けて見えましたが、その姉――ラー子ちゃんは完全にその真逆です。
「…………」
 顔を下げると、ラー子ちゃんは青眼子ちゃんを睨みます。外見は小学生なので、客観的には怖くありません。しかし――その少女に受け止められ、ピクリとも動かない右拳。青眼子ちゃんの背を、戦慄が走ります。
「……。オベ子を……」
 静かな、わずかに怒気のこもった口調。マズイ――青眼子ちゃんは、本能的にそう悟ります。
「……オベ子を、いじめないで……」
 次の瞬間――青眼子ちゃんの身体は、後方へ勢いよく吹き飛ばされていました。
(――!!??)
 何が起こったのか分かりません。あまりに突然なことに、青眼子ちゃんは受け身もとれず、壁へ叩きつけられました。
「う……っ!?」
 そこでようやく青眼子ちゃんは、自分が腹部を蹴られた“らしい”ことを悟ります。“らしい”というのは、腹に残った感触のみからの推定だからで、実際には少しも見えなかったのです。
(……!! この子……スピードはオシ子さん以上……!?  いや、もしかしたら――)
 青眼子ちゃんの脳裏に、一つの懸念が生まれます。
(もしかしたら――今のは加減しただけで、パワーもオベ子さん以上……!?)
 青眼子ちゃんの武術家としての直感が、そう告げています。おそるべしロリ補正。肝心の主役補正はバナナだけだったのに……。
「あ、ありがとう、姉さん……」
 オベ子さんは、額の汗を拭います。どうやら青眼子ちゃんの究極奥義に、冷や汗をかいたようです。
「う……くっ……」
 青眼子ちゃんは何とか立ち上がろうと、全身に力を入れようとします。しかし身体的負担の大きい究極奥義を放ったこと、加えてラー子ちゃんの一撃によるダメージで、身体が思ったように動きません。
(私が、何とかしなくちゃいけないのに……!)
 青眼子ちゃんは下唇を噛みしめ、側で気絶中の瀬人さんを見つめます。
 大切なこの人を守るために、自分は戦っている――それなのに。
(お願い……動いて……!!)
 しかし青眼子ちゃんの全身は、自分の思うようには動いてくれません。特に、奥義を放ったことによる右腕の痛みが酷い。青眼子ちゃんはたまらず顔をしかめました。
「……。よくがんばったわ、あなたは。でも、ここまでのようね……」
 そんな青眼子ちゃんの様子を、オベ子さんは嘲笑うように見つめます。
「……そのがんばりを讃えて、最後は――」
 オベ子さんは胸ポケットから、一組のリストバンドを取り出しました。速やかに、それをはめるオベ子さん。青を基調としたそれには、それぞれ一つずつ、可愛らしい羊のマークが入っています。
「――私の誇る、最大の技で潰してあげるわ!」
 オベ子さんは青眼子ちゃんの方を向くと、拳を握り締め、力を込め出します。
「ハァァァァァッ……!!」
「……!?」
 唾を飲み込む青眼子ちゃん。何をしようとしているかは分かりませんが、何か大技が来るっぽいです。
(……この身体で、かわせるかしら……?)
 よろめきながらも、青眼子ちゃんは何とか立ち上がります。

「……。オベ子……」
 ふと、オベ子さんの後ろのラー子ちゃんが、心配げに問いかけました。
「……オベ子は……ほんとうに、これでいいの……?」
「……!」
 ――心に生まれる、わずかな躊躇い。しかしオベ子さんは首を振り、その迷いを払拭します。
「……当然よ! 私はここで、剛三郎の息子・瀬人を殺し、そして作者・おもてを殺し、この世界に終焉をもたらす……。そのために私はここにいる! 今さら引き下がるなんて……できないし、するつもりもないわ!!」
「……。そう」
 哀しげに応えると、ラー子ちゃんは一歩引き、それ以上は言いませんでした。

 顔をしかめるオベ子さん。しかしすぐに、その顔を青眼子ちゃんへと向けます。
(……!! くる!!)
 身構える青眼子ちゃん。オベ子さんの拳はマトモに喰らえば、一発で致命傷――絶対にかわさなくてはなりません。
 しかし次の瞬間、青眼子ちゃんは自分の目を疑いました。
「……!??」
 唖然とする青眼子ちゃん。握り締められたオベ子さんの両拳が、少しずつ――そして段々と強く、蒼く輝き出したのです。
「……見せてあげる。私たち“神”とあなた達の間に――どれほど深い溝があるかをね!」
 そう言うと、両の拳を一度引き、オベ子さんは構えます。
「……幻神流奥義――」
 間合いを詰めてくる――青眼子ちゃんはその瞬間、そう思いました。しかしオベ子さんのとる攻撃法は、青眼子ちゃんの予想を遥かに超えるものだったのです。
「――ゴッド・ハンド・インパクトッ!!!」

 ――ズゴォォォォォッ!!!

「――!?? なッ!!?」
 青眼子ちゃんの両目が、驚愕で大きく見開かれます。オシ子さんの両拳からそれぞれ、蒼く輝く、レーザーの如き巨大な光線が放たれたのです。人外バトルにも程があります
 これがド○ゴンボールならかめ○め波の打ち合いになるのでしょうが、しょせん青眼子ちゃんは通常モンス……じゃなくて通常人か○はめ波など撃てるはずもありません。
(……終わった……)
 青眼子ちゃんは今度こそ死を覚悟します。ここからの逆転は、どう考えても不可能。所詮かめは○波の撃てない自分には、主役などという大役を果たすことは不可能だったのか。作者・おもてはどうなるのか!?
(……ごめんなさい、瀬人さん……)

 ――守りたかった人
 ――大切な人

(……さようなら……私の愛した人……)

 ――ズドドォォォォォッッ!!!!

 響き渡る轟音。
 オベ子さんの放った光は、無情にも社長室の壁を抉(えぐ)り、貫通し、そこに大穴をあけます。哀れ社長室

 終わった――オベ子さんはそう確信しました。
(……後は海馬瀬人を殺し、そして――作者・おもてを!!)

 そして終わらせるのだ――全てを。

 ――この悲しみを!
 ――痛みを!
 ――憎しみを!

「…………」
 ラー子ちゃんは、瞬き一つしませんでした。
 だから見逃しませんでした――その一瞬を、その刹那の出来事を。
「……オシ子
「……!?」
 姉のことばに反応し、オベ子さんは、その視線の先を追います。
 そこには――危機一髪だった青眼子ちゃんを救い、その両腕に抱きかかえた、オシ子さんが立っていたのです。

「……!! オ、オシ子、さん……!?」
 抱きかかえられたまま、青眼子ちゃんは驚きながら、しかし眼を疑います。
 以前会った時と同じ、赤い瞳。しかしそれに加えて、黒かったはずのオシ子さんの髪は、紅く、燃えるように輝いていました。いわゆる炎髪灼眼です。
「……お久しぶりです。ラー子姉様、オベ子姉様……」



第十五章 魔術師の闘い!(前編)

「あ、ありがとう、オシ子さん……でも――」
 青眼子ちゃんはオシ子さんの腕から下り、ふらつく足を床に着けます。ちなみに、オシ子さんは相変わらずメイド服です。

「…………。オシ子、せ、のびた……?」
「――!?」
 青眼子ちゃんはぎょっとします。先ほど自分の究極奥義を軽々と止め、せっかくの見せ場を台無しにしてくれた少女・ラー子ちゃんが、いつの間にかオシ子さんの前に立ち、彼女を見上げていたのです。
「……はい。少しだけ」
 動じた様子もなく、オシ子さんは答えます。いいな、とラー子ちゃんは少しだけ羨ましそうな顔をしました。

「……いったい何のつもり、オシ子? ここ数ヶ月、連絡がないと思ったら、突然現れて。その女は私たちの敵! 私たちの憎むべき剛三郎の息子・海馬瀬人の妻なのよ!?」
「……!」
 青眼子ちゃんは不安げに、オシ子さんとオベ子さんを交互に見返します。

 そうだ――オシ子さんはなぜ、自分を助けたのか。
 オベ子さんの話によれば、オシ子さんは彼女の妹。そして、瀬人さんを守ろうとしている自分は、彼女らの敵のはず。

「……。それは――」
 次の瞬間、社長室のドアが、勢いよく開け放たれました。
「――そこまでだ!! お前たち!!」
 そこには見覚えのある、3人の男女が立っていました。
警視庁秘密刑事課……アテム警視だ!!」
「……同じくマハード警部だ」
「同じく、マナ警部補で〜っす☆」
 そう――青眼子ちゃん誘拐事件のとき、オシ子さんと一緒に現れた三流漫才トリオです。
「……!? 刑事ですって!?」
 警部と警部補のコスプレ姿にツッコむことも忘れ、オベ子さんは眉をひそめます。
「オシ子……あなた、まさか裏切ったの!?」
 キッと睨めつけるオベ子さん。
「……そいつは違うな。オベ子=リスク」
 オシ子さんの代わりに、警視を名乗る、学ランを着た少年が応えます。
「オシ子はお前たちのことを思い、オレたちにこの一件を教えてくれた。お前たちの過ちを、止めるためにな……」
「……“過ち”、ですって……!?」
 オベ子さんはギリッと、奥歯を噛みしめました。
「……もうやめましょう、オベ子姉様。こんなことをしても、クロフォード博士は――お父様は喜びません」
「オシ子……!? あなた、何故そんなことを!? あなたも憎んでいたじゃない! 恨んでいたじゃない!! この残酷な運命を創った者……作者・おもてに復讐するって! 何で――何があなたを変えたっていうの!?」
「…………」
 オシ子さんは目を伏せます。そして、何かを決意したように、オベ子さんを真っ直ぐに見据えました。
「……確かに……以前までの私はそうでした。情報収集のため、警視庁の持つ膨大なデータを得るために、秘密刑事課警視であるアテム様にメイドとして近づいた。けれど、私はそこで教わったのです! 憎しみからは何も生まれない――大切なのは“”なのだと!!」
「……!? 愛?」
 オシ子さんは、コクリと頷きました。
「私はアテム様――御主人様に、身も心も捧げたのです!!!

 ・・・・・・・・・・

 オシ子さんの問題発言に、一同は静まり返ります。
「(けっ、警視! それはつまり――そういうことですかっ!?)」
 こっそりと、マハード警部は、警視に耳打ちをします。フッと誇らしげに笑みを漏らすアテム警視。どうやらそういうことのようです。
「(もてる男は辛いな、マハードよ……)」
 悪びれた様子が微塵もない警視。素でムカつきます
「(いいんですか!? 交際中の真崎さんにバレたら大事ですよ!?)」
「(……フ、案ずるなマハード。オレの知識によれば、日本は一夫多妻制だったハズ……何の問題もない)」
 それは明治以前の話です

 終わらない静寂。それにようやく終止符を打ったのは、ラー子ちゃんでした。
「……オシ子……おめでとう……」
 パチパチと拍手するラー子ちゃん。
「……将来は、子どもは三人ほど欲しいです」
 男の子は二人に女の子は一人、そう言って、オシ子さんは頬を紅潮させます。
「そう? 私は二人がいいなあ。瀬人さんみたいに頼りがいのあるお兄ちゃんと、真紅眼子みたいに可愛い妹が一人ずつ」
 頬に手を当て、将来を妄想しながら、夢見心地の青眼子ちゃん。
「……わたしは……女の子がほしい……」
 それに加わるラー子ちゃん。何だかよく分からない展開になってきました

「お師匠サマ! 私たちは4人くらい欲しいですよね☆」
「なっ、なな、何を言ってるんだマナ!?」
「……フ、オレは王家存続のためにも、できるだけたくさん欲しいが……」

「…………」
 そして、会話から取り残されるオベ子さん。孤独です。
「――これじゃ、いつまで経っても話が進まないわよッ!!!」
 苛立ちを露わに、叫ぶオベ子さん。それは奇しくも、作者の心情を表していました。
 オベ子さんのおかげで、ようやく全員が我に返ります。

「……失礼します、ラー子姉様」
 ラー子ちゃんに一礼すると、オシ子さんは青眼子ちゃんを再び抱きかかえ、警視たちのところまで一瞬で移動しました。
「それでは、お話した通り……オベ子姉様とは私が闘います。その間、申し訳ありませんが御主人様たちには……」
「ああ、分かっている。だが本当にいいのか? お前は一人で」
 オシ子さんは、躊躇うことなく頷きます。
「この計画は、オベ子姉様が発案したもの……ラー子姉様はもともと乗り気ではなかったのです。オベ子姉様を止められれば、作者殺しなどというありえない計画も止められるはずです」
「……そうか。だがくれぐれも気をつけろ、オシ子」
 励ますように、警視はオシ子さんの肩に手を置きます。
「お前には、丈夫なオレの子を産んでもらわねばならない……無理はするな」
「……! はい!」
 力強く頷くと、オシ子さんは歩を進め、オベ子さんと対峙しました。

「……あら。あなた一人で、私の相手が務まるつもりかしら、オシ子?」
 オシ子さんを見据えながら、オベ子さんは余裕の笑みを浮かべます。
「私たちの中でも、いつもドジ子扱いされていたあなたが、一人で私に勝てるわけないでしょう……? それとも、あの連中は何の役にも立たないから、仕方なく一人で?」
「……。いいえ、オベ子姉様……私は勝ちます。何故なら、今の私には――姉様にはなくて私にはあるもの、“”がある! 私は決して、独りではない……負けません!」
「……。くだらない精神論ね。言いたいことがあるのなら――その拳で語りなさいっ!!」
 オベ子さんは颯爽と、オシ子さんに襲い掛かりました。

「……! オベ子……オシ子……」
 二人が始めた戦いに、どうするべきか、ラー子ちゃんは悩みます。
 そんな彼女の前に、警視庁秘密捜査課の三流漫才トリオが立ちはだかりました。
「……? なに?」
 小首を傾げるラー子ちゃん。アテム警視たちが、オシ子さんに頼まれたこと――それは、ラー子ちゃんの足止めです。
(……下手にクリボー爆弾などを使い、怒らせたら面倒だ。ここは――」
 警視は、隣の男の肩に、すかさず手を置きました。
「……よし、マハード。君に決めた!
どこのポケモンですか私は
 ヤレヤレと、マハード警部はため息を吐きます。面倒な仕事は、全てマハード任せなのです。
「仕方ない……行くぞ、マナ」
「は〜いっ☆」
 前に出るマハードとマナ。二人は頷き合うと、着用していたコスプレ服を脱ぎ捨てます。
 するとその下に着ていたのは――マハードはタキシード、マナはバニースーツ
「……さあ……」
 マハードは、ポケットから黒いハンカチを取り出します。するとその中から、まるで魔法のように、ハテナマークのついたシルクハットが現れました。
「……手品師マハードによる――楽しいディメンション・マジック・ショーの始まりです!」

※ちなみに、エジプトでは4人まで妻を持てるらしい。よく知らないけど。
だから警視に悪気は無い。多分。




第十六章 魔術師の闘い!(後編)

あらすじ
バニーガール・マナを映像でお見せできないのが残念です


「種も仕掛けもございません。ここに2つの赤い筒があります。片方にビー玉を入れ、念じます。ワン……ツー……スリー! すると、あら不思議! ビー玉はもう片方の筒へと移動しております!」
 唐突に手品を始めるマハード警部。台詞だけで済ませる辺り、作者はすでにやる気ゼロです。
「……。すご……い……」
 ぱちぱちと、ラー子ちゃんは拍手をします。しかし約1名、表情の優れぬ者がいました。
「……。マハードよ……」
「? 何ですか、警視?」
 冷めた目をしたアテム警視が、残酷なことばを紡ぎます。
「…凄いことは認めるが……如何せん地味だな」
 地味――その一言が、マハード警部の胸に突き刺さります。キャラが地味なので、こればっかりはどうしようもありません。
 しかしマハード警部は、味方から痛恨のダメージを受けながらも、不敵な笑みを浮かべました。
「……フ、ご心配なく警視。こんなこともあろうかと、派手なマジックも用意してあります……出でよ、マジック・ボックスっ!!」
 するとどこからともなく、2つの巨大なボックスが降って来ます。すでに手品以前の問題です
 ハテナマークの付いた、縦長の2つのボックス。これから警部が行おうとしているのは、手品の花形(?)大脱出です。
 幼少の頃より、マハードの地味な手品を見て育ったアテム警視ですが、それは初見のマジックでした。一体何をするつもりなのか、ほんの少しだけ期待します。
「では、マナ……こちらのボックスへ」
「は〜いっ☆」
 正面から見て左側のボックスに、バニーガール・マナが入ります。
「では、もう一方のボックスには……そうですね、お嬢さんに入っていただけますか?」
「……? わた……し?」
 マハード警部に指定され、ラー子ちゃんは小首を傾げます。一度ボックスを見上げてから、その中に入りました。
「……で、これからどうするんだ?」
 アテム警視は興味深そうに、マナの入った左のボックスと、ラー子ちゃんの入った右のボックスを交互に見やります。警視の質問に、マハード警部はニヤリと邪悪な笑みを浮かべました。
「そこで取り出したる、種も仕掛けもない本物の剣……。これを――突き刺しますッ!!」

 ――グザッ!!

「!? な、何ぃっ!?」
 警視は目を丸くします。マハードがどこからか取り出した、銀色に輝く剣の刃は、マナの入ったボックスの中心を勢いよく貫いてしまいました。
「まだまだぁぁっ!!」
 続いて、マハード警部は新たな剣を取り出し、マナの入ったボックスをストレス解消とばかりにメッタ刺しにします。マハード警部がその動きを止め、ようやく一息ついたのは、四十四本もの剣でボックスが見るも無惨なハリネズミ状態になった後でした。
「お……おいマハード、大丈夫なのか?」
 冷や汗をかく警視。これで脱出に失敗していれば、ボックスにはマナ警部補の惨殺死体が入っており、警部はブタ箱入り確定です。
「……フ、ご心配なく警視。出て来いマナ!」
 ストレス解消でスッキリできたマハード警部が、指を鳴らします。すると――ラー子ちゃんが入っていたはずの右側のボックスから、傷一つないバニーガール・マナが出てきました。
「じゃっじゃじゃーんっ☆」
 ポーズをとるバニーガール・マナ。大脱出成功のようです。いつもマハードの地味な手品しか見たことのない警視は、思わず拍手喝采です。
 警視の拍手に、一礼する警部と警部補。しかしそこでふと、警視は疑問に思いました。
「……? ところで、ラー子ちゃんはどこ行ったんだ?」
 バニーガール・マナは、ラー子ちゃんの入ったはずのボックスから出てきました。しかしそうなると、元々そのボックスに入っていたはずのラー子ちゃんはどこへ行ったのか。
「……ああ、この手品は元々、2つのボックスの中身を入れ替えるものでしてね。彼女ならこちらのボックスに――」
 ――と、メッタ刺しハリネズミボックスを指差したところで、マハード警部は固まります。

 マハード警部、ブタ箱入り決定!?

「………………」
「………………」
 警視と警部は顔を見合わせます、ラー子ちゃんの入ったハリネズミボックスを前に。
「……とりあえずマハード、話は署で聞こう
「まっ、待って下さい警視っ! 私のせいじゃありません! 作者の陰謀ですっ!!」
 全くもってその通りですね。
「……しかし……どうする? いちおう中も確認するか?」
 恐る恐る提案する警視。串刺しで血みどろの幼女なんて、あの問題作やさしい死神でも不可能だった超グロ描写です。作者・おもてのことだから、よほど現実離れした幼女補正がかかっていてもおかしくありません。
「そっ……そうですね。このご時世にヤバイネタでもありますし、億分の一くらいの確率で、都合よく身体に当たっていないかも知れませんよ?」
 躊躇いながらも、マハード警部はボックスを開く覚悟を決めます。これで、ラー子ちゃんの金髪が赤に染め直されていた日には、間違いなく打ち切りです。

 ――ギィィィィ……

 ホラー映画よろしく、軋んだ音をたてながら、ゆっくりと開くボックスの扉。その中には――何と、驚くことに無傷のラー子ちゃんが立っていました。

 ――億分の一の確率で、全ての剣がラー子ちゃんを避けて刺さっていた?

 いいえ、違います。ボックスに刺さった無数の剣は漏れなくラー子ちゃんへ向かっています。しかし――その鋭利な刃は逆に刃こぼれし、ラー子ちゃんの肌に傷一つ付けることが出来ていないのです。
「…………」
 ボックスが開かれ、もう出てもいいという合図にとらえたラー子ちゃんは、邪魔な刃を針金の如く容易に曲げながら、何でもない様子でそこから出てきます。
 アテム警視とマハード警部は、揃って口をあんぐりと開けました。ありえないまでの頑丈さ、どう考えてもおかしい不死身っぷりです。

「……実は剣は偽物だったとか……そういうオチ?」
「……いえ、一応オリハルコン製です」
 太陽ロリ神の前では、伝説の金属も形無しのようです。王者の剣(ドラクエ3参照)が可哀想です

「……! ……あ……」
 ふと、ラー子ちゃんは自分の姿を見返して気がつきます。
 ラー子ちゃんの身体は無傷、しかし衣服はそうもいかなかったようです。何本もの王者の剣に貫かれ、ところどころに穴が開き、ボロボロになってしまいました。
「……おようふく……ぼろぼろ……。おきにいり……だったのに……」
 華やかだったフリル付きのお洋服は、マハード警部のせいで見る影もなくなってしまいました。
(マッ……マズイッ!?)
 危険を察知するマハード。王者の剣でノーダメージなんて、ゾーマも真っ青な化け物の怒りを買ってしまえば、ワンターンキル確定です。
「……くすん……」
 悲しげな涙を瞳に湛えながら、上目遣いに、マハード警部を睨みます。一部のマニアが見ればそそる光景なのでしょうが、当人にしてみれば、恐怖以外の何物でもありません。
「……マハード……今まで世話になったな」
 ワンターンキルの気配を察したアテム警視は、別れのことばを残し、とばっちりを受けないように離れます。上司に見捨てられました
 ラー子ちゃんは恨めしげにマハード警部を睨み、今にも警部をゴッドフェニックスで焼き尽くしそうな勢いです。

(――さらば……我が人生……)
 マハード警部は死を覚悟しました。これまでの人生が、走馬灯のように脳裏に蘇ります。
 地味地味なりに地味に生きてきた。そんな地味だった人生が、まさかこのような形で終わりを迎えるとは――しかし、悔やんでももう遅い。
 幼女を傷つけようとした罪は万死に値するのです。

「…………!?」
 火葬を覚悟していたマハード警部。しかし、いくら待っても不死鳥が自分を襲う気配はありません。
 恐る恐る目を開けると――バニーガール・マナたんが、すすり泣くラー子ちゃんの頭をナデナデしていました。
「ホラホラ、泣かないで〜ラー子ちゃん。可愛いお顔が台無しよ?」
 今までマハード以上に影の薄かったマナ警部補、ここぞとばかりに大活躍です。
 お姉さんぶって慰めると、ラー子ちゃんもじきに泣きやみます。マナ警部補、超ファインプレー。マハード警部の命は首の皮一枚のところで繋がったようです。
 実に良い弟子を持った――マハード警部はそう思います、一瞬だけ
「……そうだ、これからお洋服買いに行こっか。破れちゃったお洋服より、もっと可愛いの。いくらでも買ってあげるよ、お師匠サマが
「……は?」
 いまだウサ耳を着けたままのマナたんが、悪戯っぽい笑みを浮かべながら振り返ります。
「……ね、私たちにお洋服買ってくれるんですよね? お師匠サマ♪」
 どうやらマナ警部補にはめられたようです。
 そういえば先日のデートでは、マナ警部補は新しい服が欲しいとしきりにねだっていました。この機に、ラー子ちゃんと一緒に買ってもらう算段のようです。狡猾です。
「あ……いや、しかし……」
 焦る警部。給料日前なので、今は資金不足。ここで了承すればカップラーメン生活一直線。かと言ってここで拒否して、ラー子ちゃんに焼殺されるのもゴメンです。マナたん&ラー子ちゃんの凶悪な上目遣い×2にたじろぎます。
「……。マハード、これを」
 見かねたアテム警視が、何かを差し出しました。
 それは財布。その中には何と、数え切れないほどの諭吉さんが入っていました。
「けっ……警視! これは!?」
 興奮気味に問いかけるマハードの肩を、警視はぽんと叩きました。
次の給料から差っ引いておくから

 こうして、肩を落としたマハード警部と、ご機嫌なウサ耳マナたん、そして口元をちょっとだけ綻ばせたラー子ちゃんは、一足早く、揃って社長室を出て行きました。

 辛い戦いだった――アテム警視は深呼吸をし、懐からタバコチョコを取り出し、一服します。アンタほとんど何もしてへんがな。

 何はともあれ、すがすがしい勝利でした。



第十七章 神(オシ子)VS神(オベ子)!!(前編)

「――ハァァァァァァッ!!」
 オシ子さん目掛け、その拳を振り下ろすオベ子さん。
 恐ろしいまでの威力を秘めたそれは、オシ子さんの“残像”を薙ぎ払います。
(また消えた……!!)
 舌打ちをするオベ子さん。稲妻の如きスピードを持つオシ子さんは、オベ子さんの絶対的パワーをもってしても、容易に捉えることができません。
(……!! 後ろ!)
 オシ子さんの姿は、オベ子さんの目では捉えきれません。しかし、残像を残して消えた相手は背後に回るというバトル漫画のお約束があるのです。
 振り向きざまに裏拳を繰り出すオベ子さん。そしてそこには、お約束どおりオシ子さんの姿が――しかし、オベ子さんの拳はまたも、むなしく空振ります。
(……!? 速い!?)
 オベ子さんは驚きます。オシ子さんのスピードは、以前の、オベ子さんが知るそれを遥かに超え、成長していました。
「……。やるじゃない、オシ子……」
 オベ子さんが話しかけると、消えていたオシ子さんの姿が現れます。
「私があなたに稽古をつけてあげていたときよりも、確実に成長している……。スピードだけなら、ラー子姉さんレベルかしら?」
「……ありがとうございます」
 オシ子さんは、律儀に一礼します。
「……でもね、オシ子。教えたでしょう? 逃げるだけでは戦いには勝てない、と」
 不敵な笑みをこぼすオベ子さん。そう、オシ子さんは逃げ回るばかりで、オベ子さんに一度も攻撃を仕掛けていません。
「……遠慮せずに出しなさいよ。あなたの必殺技――“召雷拳”を!」
「……!」
 召雷拳――それは、オベ子さんも使う幻神流空手の奥義の一つ。それを使えば、オベ子さんの戦力を一瞬だけ半減できるというややショボイ必殺技です。ていうかラーメン屋の名前っぽいですね。
「タイミングを見計らっているのかしら……? 私の戦力を奪えるのは一瞬。その一瞬で勝負をつけねばならない……だから」
「……。オベ子姉様」
 オシ子さんは、首を横に振ります。
「私は、お姉様を傷つけたくありません……。考え直してはいただけませんか?」
「……!?」
「私はお姉様にも思い出してほしいのです……“愛”を!」
「……愛?」
 今度は、首を縦に振ります。
「私達のお父様……クロフォード博士は、私達を愛してくださいました。お父様はこんな……作者・おもて殺害なんて前代未聞の所業を望んではいないはずです!」
「……。だから何?」
 毅然とした様子で、ことばを紡ぐオベ子さん。
「……私は、私を造り出した全てを、この世界の全てを憎み、壊す……そう決めたの」

 ――小さいときから、ずっと抱いてきた違和感。

 ――優れた力
 ――優れた知性
 ――優れた能力

 ――みんなとは違う
 ――私は違う
 ――違いすぎる

 ――私は……“造られたから”





『すごいわ、三人とも! 今回も通信簿はオール5ね!』
 10歳の時のこと。
 養母のイシズが、4つの通信簿を片手に、オベ子さんたち三人を褒めます。
『……えへへ……』
 得意げな笑みを浮かべるオベ子さん。
 無表情のラー子ちゃんや、普段から冷静沈着なオシ子さんと違い、オベ子さんは表情に富んだ、明るい少女でした。
 本を読むことが好きなオシ子さんや、ぼーっとしていることが多いラー子ちゃんと違い、オベ子さんは近所の子どもたちの中ではガキ大将。活発な、歳相応なおてんば少女でした――すでに高校生であることを除けば。
 それに比べて、と、イシズは次に、マリクをジト目で睨みます。
『……あなたの成績は、もう少しどうにかならないのかしらねえ、マリク?』
 弟のマリクの通信簿は、体育以外オール2。あまりの落差に、イシズは頭を抱えました。
 オベ子さんたち三人は、マリクと6歳も年齢が違うにも関わらず、すでに同じ学年にいます。
 彼女らの、まさに神がかった知性は常軌を逸しており、飛び級で、小学校も中学校も1年間で卒業してしまいました。対して、ヘタレのマリクはというと、いつ留年してしまってもおかしくない有様です。
『……そんなこと言ったって……しょうがないじゃないか』
 ブツブツと、彼女らに聴こえないよう小声で愚痴るマリク。不幸にもオベ子さんだけは、それを聴き拾ってしまったのです。
『……あいつらは普通の人間じゃない。“造られた人間”なんだから……』
『――……!!』
 心を、深くナイフでえぐられたような衝撃。
 分かっていたはずなのに――オベ子さんは、下唇を噛みしめました。

 ――何をやっても、私は一番

 ――勉強も
 ――運動も
 ――かけっこも
 ――ケンカも

 ――それは、“当たり前”のこと

 ――私は“造られた”のだから
 ――私は、みんなとは違うのだから
 ――私は、“普通の人間”ではないのだから

 ――優れていて“当たり前”
 ――人より凄くて“当たり前”

 私は造られた――本当は、“兵器”として。

 ――憎むために
 ――壊すために
 ――殺すために

 抗えない劣等感。
 拭えぬ起源。

『――オベ子ちゃんは凄いね』
『――オベ子ちゃんは凄いなあ』

 周囲からの、心地よい賞賛。いつからか、それを恐怖に思う。

『オベ子ちゃんは凄いね――“造られた人間”だからね』
『オベ子ちゃんは凄いなあ――流石は“人間兵器”だよね』

 そう言われている気がした。
 浴びせられる賞賛すべてに“裏”を感じてしまう。

 ――“造られた人間”
 ――“造られた存在”
 ――“造られた人間兵器”

 いつからか、少女は笑わなくなった。
 そして、呪うようになった――“全て”を。





「何が“愛”よ……くだらないっ!」
 両の拳を、強く握り締めるオベ子さん。
「私は憎んでいるの……憎まなければいけないのよ――“全て”を! 私は“造られた”のだからッ!!」

 ――羨ましい!
 ――呪わしい!
 ――憎らしい!
 ――“全て”が!!


 ――ガァァァァンッ!!!

 両の拳をぶつける。そして、装着したリストバンドの羊マークが輝き、とてつもないエネルギーが集中する――オベ子さんの奥義“ゴッド・ハンド・インパクト”の構えです。
(……!?)
 オシ子さんは眉をひそめます。“ゴッド・ハンド・インパクト”は確かに、超強力な威力を誇る奥義――しかし隙も多く、大味な技であるだけに、オシ子さんならかわすことも容易です。
(何にせよ、ここで奥義を使うというなら――)
 それはオシ子さんにとって、絶好の好機。奥義・召雷拳を見舞い、その後の追撃でオベ子さんを戦闘不能にするには、これ以上ないチャンスです。
 それはオベ子さんも分かっているはず――それほどに彼女の“憎しみ”は深いのか、オシ子さんは哀しみに表情を歪ませます。
「……残念です、オベ子姉様……」
 すでにオベ子さんの両腕には、十分なエネルギーが蓄えられていました。オシ子さんも構えをとります――オベ子さんを、力づくで止めるために。
「……力で止めるしかできない、不肖の妹をお許し下さい……」
 残念そうに、迷いを捨てるオシ子さん。
 しかし――オベ子さんの口元が、邪悪に歪みます。
「……何を勘違いしているの、オシ子……?」
「……?」
「この奥義は、あなたに向けるものじゃない……見せてもらおうと思うのよ、あなたのいう“愛”とやらを」
「……!!?」
 ニイッと笑みをこぼすオベ子さん。そして視線をオシ子さんから逸らし――改めて向けられたその先には、すでにロクに動けない主人公(だったはず)の青眼子ちゃんがいます。
「――!? まさか――」
 オベ子さんはすでに、エネルギーが存分に溜まった両腕を振り上げていました。
「――ゴッド・ハンド・インパクトッ!!!」

 ――ズドォォォォォッッ!!!!

 青眼子ちゃんめがけ、まっすぐに襲い掛かるオベ子さんの奥義。
 オシ子さんは彼女を救うため、そのエネルギー波の先へと自ら身を投じます。

 青眼子ちゃんマジ足手まとい。



第十八章 神(オシ子)VS神(オベ子)!!(後編)

前章のあらすじ
元凶はヘタレマリクだったらしい。


 再び大穴の開く、哀れすぎる社長室
「へえ……あのタイミングでかわすなんて、やるじゃないオシ子」
 ほくそ笑むオベ子さん。その視線の先には、青眼子ちゃんを抱え、ゴッド・ハンド・インパクトをギリギリで回避することに成功したオシ子さんがいます。
 しかしさすがの彼女も、無傷では済みませんでした。
「あ……くぅっ……!!」
 うずくまるオシ子さん。どうやら、片足をやられてしまったようです。
 破れたスカートの裾から覗く彼女の右足は、オベ子さんの放ったエネルギー波により火傷を負い、酷く傷ついています。
「オ……オシ子さんっ!!」
 苦痛に顔を歪ませるオシ子さんに、青眼子ちゃん(主人公)は呼びかけます。
「その足じゃあ、もうロクに動けないでしょう……? 一思いに、今度こそトドメを刺してあげるわ」
 再び両腕に力をこめるオシ子さん。“ゴッド・ハンド・インパクト”を連発しようというのです。あまり多用されると、必殺技のありがたみがなくなります。
「……青眼子さん。私のことは構わず、お逃げ下さい……!」
 苦悶しつつも、青眼子ちゃんの身を案じるオシ子さん。何と健気なのでしょう。しかしそれを、オベ子さんは鼻で笑いました。
「……無様ね、オシ子。“愛”なんてくだらないものに絆(ほだ)されて、だからそんなことになるのよ」
「……!!」
「その女を見捨てれば、あなたは私の隙をつき、勝利することができた。これで分かったでしょう? “愛”なんて何の意味もない……正気に戻りなさい、オシ子」
「……っ!」
 青眼子ちゃんは立ち上がり、オベ子さんを見据えます。
「どうして……? どうしてそんなにも“愛”を否定するの?」
 交錯する、二つの青い瞳。オベ子さんは眉を上げます。
「私は“憎しみ”から生まれたの……壊すために“造られた”のよ。“愛”なんて知らない――私は、“憎しみ”しか知らない!!」
「――ウソよ!」
 青眼子ちゃんは叫びます。
「造られたからとか、憎しみからとか……そんなの関係ない! あなたが“愛”を否定するのは――愛したいからでしょう!? 愛されたいのでしょう!?」
「……!?」
 一瞬だけ、オベ子さんの表情が曇ります。それを見逃さず、青眼子ちゃんは続けました。
「憎しみを重ねて、作者・おもてを殺して……そこに、本当にあなたの望む世界はあるの? その先に新たな憎しみを求めて、さ迷い続けるだけじゃない!!」
 顔を歪め、青眼子ちゃんは語りかけます。
「もう終わりにしましょう……オベ子さん。こんなことしても何にもならない……ううん、あなたがより傷つくだけだわ」
「……。何を言うかと思えば、くだらない……命乞いなら、もう少し上手にしたらどう?」
 オベ子さんの両腕にはすでに、奥義を放つに十分なエネルギーが溜まっています。
「私が傷つく……? 私は自分の意思でここにいる、戦っている。自分の望みのために。それで、何が傷つくっていうのよ?」
「……。だったら、どうして――」
 哀しげに、青眼子ちゃんは問いかけます。
「どうして――あなたは、そんなにも辛そうな顔をしているの?」
「――……!!!」
 オベ子さんの瞳が、はっと見開かれます。
 思考が停止し、身体が動かなくなる。
 青眼子ちゃんの指摘は、“真実”をついていたのです。

(辛そう……!? 私が!?)

 違う――私は今、自分の意思でここにいる。
 それなのに――

(……作者を殺し、この世界を崩壊させる……それが私の望み。私は復讐するのよ――私を造った“全て”に! 私以外の“全て”に!!)

 ――本当に?
 ――それは本当に、本当の私の望み?

(……私……は……)

 ――憎いから壊す?
 ――悲しいから壊す?
 ――辛いから壊す?

 ――本当に?
 ――それが本当に、本当の私の望み?

(……私は……本当は……)

 ――本当に、本当に私が欲しかったのは……

「……だまれ……!」
 ギリッ、と奥歯を噛みしめる。オベ子さんの瞳は、動揺に震えています。
「もういいのよ、オベ子さん。造られたからとか、そんなの……関係ないわ! 出生が何であれ、あなたはあなたじゃない!!」
「……だまれ……!!」
 両の拳を、壊れそうなほど強く握り締める。
「あなたは――憎まなくていいの。愛していいの。愛されていいのよ!」
「――だまれぇぇぇぇっ!!!」
 絶叫が、部屋の中に響きます。同時に、オベ子さんの両腕からは、強大なエネルギー波が放たれていました。
「――ゴッド・ハンド・インパクトォォッッ!!!」

 ――ズゴォォォォォォッ!!!!

 青眼子ちゃん達に迫る、攻撃力∞の脅威――しかし青眼子ちゃんは怯みません。
 止めなければならない――ある種の使命感が、彼女の中に芽生えます。
 すでに“究極炸裂拳”を使い、まともに動かない身体――それでも自分は止めなければいけない、彼女の悲しみを、涙を。

 足は動かない。このタイミングでは、オベ子さんの奥義をかわすことはできない。マトモに受ければ、塵一つ残らない。
(せめて……もう一度、“究極炸裂拳”を使えれば……!)

 ――今の自分が、全快であったならば
 ――十二分に戦える状態に戻れれば……!

 迫る光の衝撃波。しかし――それが青眼子ちゃんを飲み込む刹那、間に割って入る、小さな白い影があったのです。


「――マジック・シールドっ☆」


 ――ズドォォォォォンッ!!!!

 響き渡る衝突音。今度こそ、終わった――オベ子さんはそう思ったのです。
 しかし――
「なっ……!?」
 呆気にとられるオベ子さん。オベ子さんの一撃は、青眼子ちゃんとオシ子さんを飲み込み、壁に大穴を開けているはずだったのに――しかし壁は無傷。それどころか青眼子ちゃんも無事、呆然と立ち尽くしています。
 彼女の前には、一人の小さな少女が立っていました。
 白き衣。碧色の水晶がついた、小振りな杖。羊を模した可愛らしいフードに、ピンク色の髪。そう、真のヒロインの登場です!

「――魔法少女マジカル・ピケル……ここに推参ですっ☆」

 そして物語は最終章へ――



魔法少女ピケルたんMP(マジカル・プリンセス) 試練19「憎しみの果て」

「――あっ! これも可愛いんじゃない? ラー子ちゃん!」
 デパートの婦人服売り場にて、買い物を楽しむマナとラー子ちゃん。
 流石に目立ちすぎるので、マハードはスーツに、マナはセーラー服に着替えました。しかしマナは、しつこくウサ耳を着けています。どうやら気に入ってしまったようです。
「……これも……カワイイ……」
 そして楽しげな二人をヨソに、一人浮かないマハード。
「マッ……マナ。そろそろ資金の方が……」
 ちなみに、ハタから見るとどう考えても援助交際です。
「……え? お金なら沢山あるじゃないですか」
 マハードの手にある諭吉さんだらけの財布を指差し、ウサ耳セーラー服マナが小首を傾げます。
「いっ……いや、この金はアテム様からの借り物で、使った分は私の給料から天引きを――」
「これも可愛いね〜。着てみたら? ラー子ちゃん」
「マナもこれ……似合いそう……」
 無視されるマハード。諦めて肩を落とし、トボトボとその場を離れます。
 と、そこで携帯の着メロが鳴りました。曲は「OVERLAP」、アテム警視からです。
「……はい、マハードです」
『――マハード、俺だ。そっちの様子はどうだ?』
最悪です
 泣きたい気分のマハード。素直に焼殺された方が良かった気さえします。
「……ところで、そちらの様子は? 終わったのですか?」
『いや、まだだ。お前たちが去ってから腹痛に襲われてな……今トイレの中だ。どうやら昼のモウヤンのカレーが良くなかったらしい』
「200ライフ回復するはずなんですけどね……」
『とにかく、今すっきりしたところだから、追って連絡する。以上だ』
「――あ! 警視!」
 少し慌てた様子で、マハードは切り出します。
「……その……給料から天引きの件ですが……」
『……ああ、安心しろマハード。利子は安くしておく

 ――ブツッ! ツー……ツー……


「……さて、と……」
 跨っていた便器から腰を上げると、排泄物を流し、手を洗います。
(オシ子の方はどうなったかな……さっき凄い音がしたが)
 顔を引き締め、ドアを開く警視。
 社長室備え付けのトイレを出ると――その先に広がっていたのは、驚くべき光景でした。


「――魔法少女マジカル・ピケル……ここに推参ですっ☆」


「…………」
 無言でドアを閉めなおす警視。自分が戦線離脱しているうちに、物語はあさっての方向へ逝ってしまったようです。



第十九章 憎しみの果て(前編)

前回のあらすじ
モウヤンのカレーでダメージを受けた警視。シモッチによる副作用でしょうか?


「私のゴッド・ハンド・インパクトを……防いだ……!?」
 目を見張るオベ子さん。その視線の先には、先ほどまではいなかったはずの小さな少女が、小振りな杖を構えています。
「大丈夫ですか? お二人とも」
 あどけないその瞳が、後ろの二人に振り返ります。当然、唖然とする青眼子ちゃん。
「……あ、アナタは……」
 ぽかんと口を開く彼女に、少女は微笑んで応えます。
「ただの通りすがりの魔法少女です」
 どこが“ただの”なのかさっぱりです
(ま、魔法少女ピケルたんって……アニメの話じゃなかったっけ……??)
 ――そう、『魔法少女ピケルたん』と言えば、『青眼子ちゃん物語〜青眼の花嫁〜』で瀬人さんと一緒に見たアニメ映画のタイトルです。すでに世界観が壊れすぎです

(あんな子どもが、私の奥義を止めた……!? そんなこと、あるはずないわ!)
 歯を噛み、再び奥義の姿勢に入るオベ子さん。それを察知した魔法少女は、再び杖を構えます。
「――お二人とも、動かないで下さいねっ!」
 少女は目を瞑り、呪文を詠唱し始めます。

 ――カァァァァッ……!!

「――!?」
 すると、彼女ら三人を囲うように、床に巨大な魔法陣が現れました。
「――ゴッド・ハンド・インパクトッ!!」

 ――ズゴォォォォンッ!!!

「……!!?」
 再び目を見張るオベ子さん。現れた魔法陣は彼女らを覆う、光の“結界”を生み出し、彼女の奥義を阻んだのです。
「こ、こんなことが……!?」
 信じがたい事態に、オベ子さんの身体がよろめきます。どうやら、奥義の連発による疲労もあるようです。
 と――次の瞬間、何かがオベ子さんに飛び掛ってきました。渦巻いた、光の球体――身を翻し、オベ子さんはそれをかわします。
「ちっ……はずした」
 球体が放たれた先を見やると、黒い衣に茶髪の小さな少女が立っています。黒いウサギ型の帽子をかぶり、ピンク色の鞭を手にした少女。そう、彼女の名前は――
「――クランちゃんっ!!」
 嬉しげに、少女の名を呼ぶピケルたん
 つかつかとピケルたんに歩み寄ると、クランちゃんはポカリと、その頭をいちど叩きます。
「いっ、痛いよ、クランちゃん……」
 涙目で、ピケルたんは頭を押さえます。
「なに勝手にアタシの名前呼んでんのよ! アンタみたくカッコ良く名乗るつもりだったのにっ!」
 お冠のクランちゃん。ごめんなさい、とピケルたんはしょげながら謝ります。
「でも……クランちゃん、どうしてここにいるの?」
「……!」
 途端に、クランちゃんの顔が赤く染まります。一体どうしたというのでしょう。
「べっ、別にアンタを助けに来たわけじゃないんだから! 勘違いしないでよねっ!!」
 はいはいツンデレツンデレ

「そんなことより……どうすんのよ、こんな大物。“王女の試練”のノルマはレベル5以上でしょ? このオバサン、見たところレベル10よ?」
「オッ、オバサンですって!?」
 オベ子さんの顔が怒りに歪みます。確かに自分は16歳の割に大人っぽい容姿をしているが――それでもせいぜい二十代。オバサン呼ばわりは心外すぎます。
 それに頓着した様子もなく、クランちゃんはピケルたんにため息を吐きます。
「他の連中みたく、テキトーに天空騎士とかモリンフェン狩ってりゃいいのよ。ただでさえアンタ、攻撃魔法が使えないんだから。“マジカル・プリンセス”になりたくないわけ?」
「う……でもでも、困っている人は助けなさいってリリーママがいつも……」
「バカね。あの方は“魔法の注射器”でドラゴンだって瞬殺できる大魔導師なのよ? 彼女の真似事なんて、アンタには一億年早いわよ!」
「うーっ……で、でもでもっ」
「でももヘチマもないっ! 今さら逃げるのもカッコ悪いし……とにかく、アンタは回復と補助と防御くらいしかできないんだから、後ろで黙って見てなさい!」
「……クランちゃんだって、攻撃魔法しかできないクセに……」
 反撃とばかりに、口を尖らせるピケルたん。そこで、旧ヒロインが会話に割り込みます。
「ねっ……ねえ! あなた今、回復ができるって……?」
「あ、ハイ。いちおう白魔導師なので、回復魔法も少々……」
 青眼子ちゃんの瞳に“希望”が宿ります。もういちど究極炸裂拳が使えるようになれば、そうすれば――
「……! へえ、面白いじゃない」
 笑みをこぼすと鞭を振るい、クランちゃんはピシャッと床を叩きます。
「レベル10なんて大物を倒せば、私たち二人とも、まとめて試練に合格できそうだし……面白い賭けだわ。ピケル、アタシがあのオバサンを押さえててあげるから、その女に回復呪文かけてやりなさい」
「え……でもでも、クランちゃん」
「――いいから! 言う通りにしなさい!」
 ジロリと睨みつけられ、ピケルたんは怯え、後ずさります。
「どのみち“王女の試練”の期限は今日まで……別の獲物を探してるヒマなんてないわ。御託はいいから、早く始めなさい!」
「うっ、うん」
 躊躇いながらも、ピケルたんは青眼子ちゃんに向き直ります。でも、首だけ振り返り――
「……気を付けてね……クランちゃん」
「……フン。ライバルのアンタに心配される筋合いなんてないわよ」
 クランちゃんの気丈な笑みを確認すると、ピケルたんは改めて、杖を構えます。
「――マジカル・ヒールっ☆」

 ――パァァァァァッ!

 ピケルたんの持つ杖から振りまかれる、謎の白い光。それを浴びる青眼子ちゃんには、少しずつ精力が戻ってきます。

「!? 今度は……何?」
 眉をひそめるオベ子さん。何であれ、このまま見過ごすわけにはいかない――ゴッド・ハンド・インパクトが効かないなら、直接叩くまで。そう判断し、二人に躍りかかろうとします。
「おっと。アンタの相手はアタシよ、オ・バ・サン」
「……!?」
 別の方向から聴こえる、小憎らしい子どもの声。視線を移すと、クランちゃんが鞭を振るい、そしてその周囲では、二つの魔力球体が踊っていました。
「くらいなさい――マジック・ブラストっ★」
 まるで猛獣使いのように、ピシャン、と床を叩くと、球体はオベ子さん目掛け、一直線に飛んでいきます。
「くっ……このぉっ!!」

 ――バシィィッ!!

 オベ子さんは拳を振るうと、その二つの球体を一遍に弾き飛ばしました。
(!? そんな……試練中で、魔力効果は倍化されてるのに!?)
 流石はレベル10――その圧倒的な強さに、クランちゃんの背を戦慄が走ります。
 驚愕に染まるクランちゃんの隙をつき、オベ子さんは距離を一気に詰めてきました。
「遊びは終わりよ――おチビちゃん!」
 拳を振り上げるオベ子さん。しまった――そう思いますが、すでに手遅れ。クランちゃんは恐怖に目を閉じます。
 攻撃力差が2倍もある彼女の攻撃を受ければ、即死確定です。しかも、攻撃魔法しか使えない自分には、もうどうしようもありません。
(後は上手くやんなさいよ――ピケル)
 クランちゃんの口元には、自然と笑みがこぼれていました。

 ――ドカンドカンッ!!

「――!?」
 しかし――予期せぬ爆発音が、少女の耳を叩きます。ハッとして目を開くと、周囲には煙が満ちていました。
「なっ……!?」
 顔をしかめ、煙から飛び出すオベ子さん。そして視線の先に立っていたのは――クリボー爆弾を手にしたアテム警視。そう、下痢気味から不死鳥の如く復活し、戦線復帰した真の主人公です!
「……お前は……!」
 ギリッと、オベ子さんは奥歯を噛みしめます。オシ子さんが自分から離反した原因、その張本人――オベ子さんは、憎悪の瞳を投げつけます。
「……そこまでだぜ……オベ子=リスク」
 しかし警視は動じることなく、不敵な笑みを浮かべました。

「――いけない……! お逃げ下さい! 御主人様!!」
 片足を負傷し、倒れたまま動けないオシ子さんが必死の叫びをあげます。
「……案ずるな、オシ子。問題ない」
 自信ありげな警視の様子に、オベ子さんは笑ってしまいました。
「馬鹿ねえ……アンタみたいなガキ、私の拳を受ければ木っ端微塵よ?」
 そう言って、オベ子さんは右拳を握り締めてみせます。しかし、アテム警視の表情は崩れません。
「やってみな……できればの話だがな」
「……!!」
 オベ子さんはオシ子さんに振り返ると、邪悪な笑みを浮かべてみせました。
「よく見ておくのね、オシ子。アンタの言う――“愛”の最期を!!」
 躍りかかるオベ子さん。警視は動じた様子もなく、ポケットから取り出した、何かのボタンをポチッとなします。

 ――ボンッ!!

「――!?」
 すると警視の目の前で、謎の白い物体が、一瞬にして膨らみます。柔らかそうなその物体は、見たところクッションか何かのようでした。
 それに取り付けられた取っ手を掴み、オベ子さんに向けて構えます。
(そんな物で受け止めるつもり……!? 無駄よ!!)

 ――ボスッ!!

 白いクッションに、オベ子さんの拳が勢いよくめり込みます。そのままクッションを貫き、警視の身体を打ち砕く――オベ子さんはそのつもりでした。しかし、そのクッションの持つ異常なまでの弾力性は、彼女の大砲のごとき拳の威力を完全に吸収し、受け止めてしまったのです。

 ――ボヨーンッ!!!

「――なっ!!?」
 そして逆に、跳ね飛ばされるオベ子さん。
「……見たか、オベ子=リスク。これは俺が、発明部で相棒とともに開発した“最強の盾”――マシュマロン・クッションだ!」
 よく見ると、そのクッションには目が2つ、口だか眉だか分からん線が一つ入っています。何やら謎の白い生き物を模したものに見えます。
「この謎の白いモンス……じゃなくてクッションは、あらゆる物理ダメージを無効化する。貴様がどれほどの怪力を秘めていようが、このクッションの前には無意味だぜ、オベ子」
 自信満々の警視。ちなみに、このクッションの構造に関しては企業秘密です。謎の白い発明です。
「くっ……!! この――それならぁッ!!!」
 警視を中心に、弧を描くように移動するオベ子さん。
 アテム警視と、青眼子ちゃんやピケルたん達が一直線に並ぶところで足を止めます。
「全員まとめて――吹き飛ばしてやるわッ!!」
 宣言と同時に、全エネルギーを両拳に集中させるオベ子さん。そう、既に見飽きた奥義、ゴッド・ハンド・インパクトです。

「……!? 何よ、あれ……!?」
 オベ子さんの様子を見て、クランちゃんはぞっとします。ゴッド・ハンド・インパクト――さんざん使い古した奥義ですが、途中参戦のクランちゃんには初見なのです。
 オベ子さんの攻撃力が、みるみるうちに上昇していく――果てなく、無限大に。
「――ちょっとピケル! まだ回復は終わんないの!?」
 戦慄に顔を歪ませ、苛立ちを顕(あら)わに急かします。
「まっ、待ってクランちゃん! あと少し……」
 懸命に、手にした杖に魔力を送るピケルたん。
 青眼子ちゃんは、自身の回復を確かめるように、掌を開閉してみます。確かにだいぶ回復しているけれど、まだ究極炸裂拳を使えるほどではありません。
「……!! もういいから、早く防御用の魔法陣を出しなさい! このままじゃアンタ達も巻き込まれるわよ!?」
 クランちゃんの頬を、一筋の汗が伝います。オベ子さんの狙いは警視のようですが、しかしその背後に位置するピケルたん達も、このままでは彼女の奥義をマトモに受けてしまいます。

「……いや――問題ない。そのまま続けろ」
 自信ありげにそう言うと、警視はマシュマロン・クッションを床に落とします。そして懐から取り出す小型爆弾――見たところ、先ほど使用したクリボー爆弾のようです。
「何かと思えば、さっきの煙玉……? そんなオモチャで、私の奥義を止められるとでも?」
 両腕に飽和したエネルギーを持て余し、オベ子さんは勝ち誇った笑みを浮かべます。
「この一撃でお前たちを倒し、そして――作者・おもてを殺し! この物語を、この世界を終わらせる! “全て”を終わらせる!!」

 ――“造られた”
 ――私は造られた……“壊すために”

 憎い――“造られた自分”が。
 許せない――“造られた自分”であり続けるしかない、この世界が。

「私の過去には、憎しみと怒りしか存在しない!! 現在(いま)も、そして未来も…! “造られた自分”には、呪わしいものでしかない!!」

 ――“普通”に生まれたかった
 ――みんなと一緒、みんなと同じように、“普通”に生きたかった

 ――愛されて生まれ
 ――育まれて生まれ

 ――心から笑い
 ――陰もなく愛し
 ――幸せに愛される

 “造られた”私には、それができない。
 “特別”な私には、それが望めない。
 “憎しみ”から、“造られた”私には。

 人間ではない。

 造られた――“化け物”である、私には――


「……!! オベ子姉様……」
 表情を歪ませるオシ子さん。姉の悲しみの深さ、その痛みを、改めて感じ取ります。

「凄いでしょう……? 私、こんなこともできるのよ?」
 壊れた笑みを浮かべながら、蒼い光を発し、火花を散らす両拳をかざしてみせるオベ子さん。
「成長していく毎に、顕著になった……私が“特別”であることは。人間にはありえない腕力、ありえない知力、ありえない特殊能力……。私は人間じゃない――“化け物”なのよ!!」

 ――“造られたから”
 ――人間としてではない
 ――壊すための、“化け物”として――

「……。フッ、“化け物”か……」
 オベ子さんの叫びに対し、アテム警視は、嘲るように笑みを漏らしました。
「お前……その程度で“化け物”のつもりか?」
「……!? 何ですって?」
 眉をひそめ、オベ子さんは顔を上げます。
「だとしたら、俺の方こそ“化け物”だな……。有り余り過ぎる知性、人望、地位、金、“平成の発明王”……。エジプト王家の高貴な血を引く俺には、お前を遥かに凌駕する能力が、掃いて捨てるほどにある」
 アテム警視、本作ではやや自己中キャラ
「ハッキリ言うぜ、オベ子。貴様の憎しみ、怒り……そんなもん束にしたって俺には勝てないぜ! 天才の俺にはな!!」
「……!? 何を……」
 小型爆弾を片手に、警視は、それを投げる構えをとります。
「貴様の憎しみ、そのすべてをぶつけてきな! 俺の発明が粉砕するぜ! そして証明してやる――貴様は“化け物”なんかじゃない。天才の俺の足元にも及ばぬ、所詮ただの“少し特別なだけの人間”に過ぎないことをな!!」
「――……!!」
 驚きに、眼を見開くオベ子さん。

 ――“化け物じゃない……? 私が? “少し特別なだけの人間”?

 唖然とし、立ち尽くします。
(……私、は……)

 ――私は……人間?
 ――造られたのに?
 ――“化け物”じゃないの?

「……!!」
 我に返ると、オベ子さんは再び、強い眼差しで警視を見据えます。
 それに応えるように、警視もまた、同様に睨み返しました。
「面白いじゃない……! それなら――この一撃を止めて、証明してみせなさい!!」
 大きく振りかぶると、オベ子さんはこれまでで一番の渾身の力を込め、奥義を放ちます。

「――ゴッド・ハンド・インパクトォォォッ!!!!」

 ――ズギャァァァァァッ!!!!

 床をえぐり、襲い来るエネルギー波。アテム警視はすかさず、手にした爆弾を投げつけます。
「――いけ! ハネクリボー爆弾!!」

 ――ドカァンッ!

 床に放られ、炸裂するハネクリボー爆弾。しかし、クリボー爆弾と何が違うのか、辺りを謎の白い煙が満たすだけです。

 ――ズドォォォンッ!!!

 エネルギー波は煙へ突っ込み、そして巨大な衝撃音が響き渡ります。

「……終わった……」
 今度こそ、終わった――哀しみに歪んだ瞳で、オベ子さんはそう思います。
「所詮、私は“化け物”……。“化け物”に勝てる人間なんて、どこにも――」


「――そいつはどうかな……?」


「――!?」
 煙の中から聴こえる、自信に満ちた、少年の声。
「……お前はやはり人間だよ、オベ子。所詮、天才の俺には勝てぬ、非力な――な」
 そして次の瞬間、白煙の中から、一人の女性が飛び出してきます。そう――この物語の主役、青眼子ちゃんです!

「俺達の勝ちだ――オベ子=リスク」

 でもやっぱりアテムが主役っぽい



第二十章 憎しみの果て(後編)

前章のあらすじ
アテム&青眼子ちゃんのW主人公だったということで、納得してください


「な……!? 青眼子!?」
 煙から飛び出してきたその女性に、オベ子さんの表情が驚愕に染まります。
(あの男……私の奥義を、本当に止めた!?)
 オベ子さんの脳裏を、先ほどの警視のことばがかすめます。

 ――“化け物”じゃない――
 ――“ただの人間”――

「……っ! まだよ!」
 それでもオベ子さんは、臨戦態勢を崩しません。青眼子ちゃん目掛け、拳を振り上げます。
(さっきはバナナの皮に足を滑らせたけど――今度はそうはいかないわ!)
 まともに戦えば、自分が青眼子ちゃんに負ける道理はない――そうバナナの皮でも落ちていない限り。
 ふと心配になり、オベ子さんは視線を下へ落とします。大丈夫、バナナの皮は落ちていない。今度はあんなアホらしい展開にはならない。
「――ハァァァァァッ!!」

 ――ブォォンッ!!!

 重い風切り音とともに、オベ子さんの拳が空を切ります。それを間一髪のタイミングで、紙一重でかわす青眼子ちゃん。
(……! もう一発!!)
 しかし次の瞬間――二撃目を放とうとしたオベ子さんの瞳に、驚くべきものが飛び込んできました。

 ――それはバナナの皮

 バナナの皮が、オベ子さんの顔面めがけ、勢いよく飛んできたのです。
 何でやねん――そうツッコみたいのは山々ですが、ここでバナナの皮顔面に受けるなどというマヌケすぎる展開はゴメンです。大慌てで、それをかわします。
(――何でバナナの皮が飛んでくるのよ……!?)
 怒りも顕わに、飛んできた方向を視認するオベ子さん。
 その先にいるのは――海馬瀬人。そう、作者に動かし辛いキャラは気絶させるに限りますとかいう理由で気絶させられ、以来神隠しに遭っていた、この物語の元々のヒーローです!
 バナナの皮、それは、先ほど覚醒した瀬人さんが、青眼子ちゃんをサポートするため咄嗟に投げた物だったのです。最後の最後でしまらない役です

「いけ――青眼子ぉっ!!」
「――!?」
 気がつくと、距離を詰めた青眼子ちゃんが、すでに攻撃態勢に入っていました。
「龍神流究極奥義――究極爆裂拳ッ!!!」

 ――ズドドドォォォォォンッッ!!!!

 おおよそ拳ではありえない効果音。3つの強烈な衝撃を腹部に感じると同時に、オベ子さんの身体が宙を舞います。

(負けた――私が!?)

 “造られた”――戦うためだけに造られた私が?
 ただの、普通の人間に?

 ――“化け物”じゃない――
 ――“ただの人間”――

 脳裏に浮かぶ、二つのことば。

(……私、は……)

 ――心から笑い
 ――陰もなく愛し
 ――幸せに愛される

 ――そんな資格、私には――


「――あなた次第だと……思いますよ」
「……!?」
 床に横たわるオベ子さんの顔を、穏やかな青眼子ちゃんの笑みが覗き込みます。
「“資格”なんて必要ありません。誰にだって等しく、愛し、愛される権利がある。だから――」
 やさしく、諭すように微笑みかけました。
「――もう……自分を責めなくて、いいんですよ……」
「…………!!」

 “造られたから”――ずっとずっと前から、常に自分を縛り続けたそのことば。

 “化け物”――私は自分を、ずっとそう思ってきた。
 自分は本当は、存在してはいけない“化け物”なのだと。
 だから――

 ――辛かった
 ――苦しかった
 ――痛かった
 ――だから

 溢れ出す涙。何年分の涙だろう――オベ子さんは考えずにいられません。
 青眼子ちゃんはハンカチを取り出すと、それをオベ子さんに手渡します。
「……ありが……とう……!!」
 感謝のことばが、自然と、涙と共に溢れ出しました。



エピローグ

 オベ子さんの起こした事件から、数日が経過しました。
 もっとも“事件”とは言っても、公にはされていません。アテム警視の提案から、この一件に関しては、不問とされることになりました。
 勿論、一番の被害者である瀬人さんの了承が得られれば――という話でしたが、青眼子ちゃんが請うような瞳で見つめると「好きにしろ」とのことでした。
 事件が公表されれば、先代社長・海馬剛三郎の悪事が表沙汰にされてしまう――そういった理由も当然あったのでしょうが。


「――瀬人さん! 朝ですよ〜!」
 寝室に入ると容赦なく、手に持ったオタマでフライパンを叩く青眼子ちゃん。やり方がベタ過ぎます
「……もうそんな時間か……」
 頭に包帯を巻いた瀬人さんが、両耳を押さえながら、気だるそうに起き上がります。
 頭の包帯は、先日の事件のものです。ピケルたんの回復魔法で治してもらうよう提案したのですが、非ィ科学的なことを信じない瀬人さんは、頑なにそれを拒みました。
 身支度を済ませ、食卓につくと、用意されたご飯や味噌汁が美味しそうな湯気を上げていました。

「――そう言えば……オベ子=リスクのその後の処遇、どうなるか決まったのか?」
 おでんのない、平和な食事を楽しみながら、瀬人さんが問いかけます。
 不問に付す、ということに決まったとはいえ、今まで通りというわけにはいきません。オベ子さんはKC社の秘書を辞め、アテム警視の監視下に置かれることとなりました。
「あ……はい。昨日、オシ子さんから連絡があったのですが……アテムさんの家でメイドをすることになったそうです」
「……メイドだと?」
 瀬人さんは思わず箸を止め、眉をひそめました。





「――ちょっと! 何で私がこんな格好しなくちゃいけないのよっ!!」
 一方、アテム邸にて。ドアを開け放ちざま、オベ子さんは抗議の声を上げます。
「ん……おお、なかなか似合ってるじゃないか、オベ子」
 無駄に長いテーブルに腰かけ、食後のお茶を啜りながら、アテムはオベ子さんの服装を確認します。オシ子さんとお揃いの、しかし色違いのメイド服。赤を基調としたオシ子さんに対し、オベ子さんのものは青を基調としています。
「俺のチョイスは完璧だと思うが……。それとも、別の色が良かったか?」

 ――ダンッ!!

 今にも叩き割りそうな勢いで、テーブルを叩くオベ子さん。
「色の問題じゃないわよ! こんなヒラヒラして、動き辛い……おまけに外出もこの服でしろっていうじゃない! 他の服じゃいけないわけ!?」
「他の服って……メイドがメイド服以外に何を着ると?」
 澄ました様子で、首を傾げるアテム。その当然の如き振る舞いに、オベ子さんはすぐにでも掴みかかりそうな勢いです。
「おっ、落ち着いてください、オベ子姉様!」
 慌てて部屋へ入ってきた、同じくメイド服のオシ子さんが彼女を抑えます。
「……オベ子……似合ってる……」
 後から、ゆっくりと部屋へ入ってくるラー子ちゃん。彼女もまた同様に、お揃いの、黄色のメイド服を着ています。ロリメイドです。どうやら、三姉妹揃って警視のメイドとなってしまったようです。アテム警視ハーレムエンド
「おお、お前もよく似合ってるぞ、ラー子」
「……そう……かな?」
 アテムに褒められ、ラー子ちゃんは少し照れた様子で自分のメイド服を見返します。もともと可愛い服が好きなラー子ちゃんとしては、アテム警視の支給する凝ったメイド服は望むところでした。
 一方、そんなラー子ちゃんの様子に、少し面白くなさげな様子のオベ子さん。
「……で、どうするオベ子? どうしても嫌なら、別の服でも構わんが……」
「……! べ、別にいいわよ! この服でっ!」
 顔を赤らめながら、そっぽを向くオベ子さん。
「……?」
 オベ子さんの謎の反応に、警視はもういちど首を傾げます。

 オベ子さん、アテム警視にベタ惚れ。でもツンデレさん

「……あ、そうそう。ところでオシ子、今日の卵焼き、いつもと違っていたがどうした?」
 茶をすすりながら、何気ない様子で問いかける警視。オベ子さんが、ピクリと反応します。
「あ……はい。今日の卵焼きはオベ子姉様が――」
 オシ子さんが言い終わる前に、オベ子さんが騒ぎ出します。
「べっ、別に、アンタのために作ったわけじゃないんだからねっ! 仕事だから仕方なく作っただけで、そこんところ勘違いしないで――」
「――俺、砂糖派だから。次からはそうしてくれ」

 ――ブチィッ!!

 何気ない様子で言うアテムに、オベ子さんの中で何かが切れる音がします。
「――卵焼きと言えばでしょうでしょうがぁぁっ!!!」
 オベ子さんの絶叫が、広大なアテム邸内に響き渡りました。

 ちなみに作者は砂糖派です





「……そうか……残念だな。オベ子=リスクには可能なら、KCの秘書に戻ってもらいたかったんだが……」
「……!?」
 青眼子ちゃんの箸がピタリと止まります。聞き逃せないことばを聞いたからです。
「……それ……どういう意味ですか? 瀬人さん?」
 ニッコリと、笑顔で問いかける青眼子ちゃん。目をパチクリさせると、瀬人さんは、青眼子ちゃんの誤解に気がつきます。
「いっ、いや、断じてそういう意味じゃない! 本当だぞ?」
 焦る瀬人さん。青眼子ちゃんをヘタに怒らせると、脅威のおでん地獄が待っているのです。完全に尻に敷かれてます瀬人さん
「ただ、彼女の仕事能力は確かなものだったからな。彼女が抜けたお陰で、俺の負担が一気に増えてしまって……」
 らしくもなく、くたびれたため息を吐く瀬人さん。
「それで最近、帰りが遅いんですね。ずいぶん疲れた様子ですし」
「ああ。彼女の穴を埋める人材が見つかればいいんだが……中々な。あれほど優秀な奴には、二度とお目にかかれまい」
「……!」
 味噌汁をすする瀬人さんを見つめながら、青眼子ちゃんは何だか、少し妬けてしまいました。
 理由は何であれ、瀬人さんが自分以外の女性を褒めるのは何となく嫌でした。
 だから――彼女の脳裏に、あるアイディアが浮かんだのです。

「……オベ子さんの代わりが欲しいですか? 瀬人さん」
「ん、ああ。だが彼女の代役など、そうそう――」
 と、青眼子ちゃんを見やったところで、瀬人さんの動きが止まります。青眼子ちゃんは箸を置き、ニコニコと、いやにご機嫌そうな笑顔を向けてきています。
「……優秀な人材が欲しいんですよね? 瀬人さん?」
「……? ああ、そうだが――って、まさかお前……」
 ニヤニヤと笑いながら、青眼子ちゃんは自分を指差していました。
「……馬鹿を言え。KCの秘書は激務だぞ。お前には務まらん」
「えーっ! そんなことないですよっ!」
 不服げに、今度は口を尖らせます。
「私、こう見えてもDC(ドラゴンコーポレーション)では“起業以来の優秀社員”って言われてたんですから! きっと力になれると思いますっ!」
「……いや、しかしだな……」
 困った顔で、瀬人さんは眉根を寄せます。
「気持ちは嬉しいが……さっきも言ったようにKCの秘書は激務だ。お前にやらせるのは忍びない」
「大丈夫です! 私、がんばりますし、それに――」
 少しはにかんだ様子で、青眼子ちゃんは微笑みます。
「それに――そうすれば、瀬人さんといられる時間も増えるじゃないですか。ねっ?」
「……! フン……」
 茶碗を片手に、視線を逸らす瀬人さん。照れている証拠です。
「……いいだろう。ただし代役が見つかるまでの間だけだ。いいな?」
 ぱあっと――青眼子ちゃんの笑顔が、喜びに染まります。
「ハイッ! よろしくお願いしますね、瀬人さん♪」




  Fin









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