友情の決闘!!

製作者:表さん




※ この小説は、拙い作者が恐れ多くも、原作のバトル・シティ大会終了後に行われたであろう遊戯と城之内の決闘を、身の程知らずにも勝手に想像して書いたものです。
 遊戯王ファンにとっては“伝説の”と言っても過言ではない一戦なので、あくまで二次創作物の一つとしてとらえていただけると幸いですm(_ _)m
 なお、原作では二人の決闘は夜に行われているようですが、本作では作者の勘違いにより(ぇ)、早朝に行われます。ご了承くださいm(_ _)m




序章・真の最終戦!

「――いよいよだね、もうひとりのボク」
『…ああ!』
 机でデッキ調整を行いつつ、遊戯は首にかけた、千年パズルに話しかけた。
 彼の一番の宝物、千年パズル。それは彼が、かつてゲーム不敗神話をうち立てた伝説の男、祖父である双六から受け継ぎ、8年かけて組み上げたものだ。
 今、遊戯の話し相手になっている『もうひとりのボク』――彼は信じがたいことに、千年パズルの中に存在する。
 そして、彼らは一つの身体を共有しており、折りによって人格交代を果たすことができるのだ。

 今は夜。決闘艇(バトル・シップ)に乗って、童実野町に帰ってきたばかりである。
 海馬コーポレーション主催による、カードゲーム・M(マジック)&(・アンド・)W(ウィザーズ)による決闘(デュエル)大会――その名も“バトル・シティ”。二日間に渡るその大会で、彼らは見事、優勝を収めた。
 バトル・シティを終え帰宅した遊戯は、家族にそれを報告し夕食を済ませると、すぐに部屋に籠もり、デッキ調整に没頭していた。

 ――遊戯のバトル・シティは、まだ終わっていなかった。
 大切な、本当の意味での最終戦が残されていたのだ。
 遊戯はその一戦のために、最後のデッキ調整を行なっていた。
 バトル・シティ大会での反省を活かし、一枚一枚のカードを慎重に吟味し、時には別のカードと入れ替える。
 意外と根気の要る、緻密(ちみつ)な作業である。一枚のカードの違いが勝敗を左右しうる、それがカードゲームである。デッキ構築が悪ければ、いかなる決闘者であろうと、自らの実力を満足には発揮できない。
「……神のカードはどうしようか?」
 途中、三枚のカードを眺めながら、遊戯はもうひとりの自分に問い掛けた。
 その三枚――『オシリスの天空竜』『オベリスクの巨神兵』『ラーの翼神竜』は、バトル・シティ大会における戦利品である。
 召喚できれば、ほぼ勝利が確定する幻の超レアカードだ。“神”の名に相応しいそれらは、全世界の決闘者の憧れといえるカードである。某大会社の社長は、たとえ五十億つまれようともそれを手放さないだろうとまで豪語している。
『いや…その三枚ははずしておこう』
 千年パズルから、返事がくる。
『そのカードは本来、多用すべきものじゃない。あまりに強すぎるがために…頼りすぎれば、オレたちの決闘者としての戦略レベルを低める結果になりかねない。それらのデッキ投入は、本当に勝利を得たいときのみに制限すべきだ。それに…“アイツ”との決闘は、ただ勝つためだけに行うものじゃないしな』
「…ウン、そうだね」
 何となく、そう言うだろうと思っていた。
 遊戯は三枚の神のカードをデッキからはずすと、千年パズルのピースが保管されていたパズルボックスに丁寧に収める。
「…それで…このカードはどうしようか」
 箱のフタを閉じると、改めて一枚のカードを手に取った。
 そのカードは――『真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)』。神のカードには及ばないまでも、数十万円はするという超レアカードである。
 このカードは元々、遊戯のものではない。親友であり、来るべき最終戦の対戦相手――城之内克也の魂のカードである。……さらに元をたどれば竜崎……(ボソリ
 そもそも、彼らの闘う理由はこのカードにあった。
 バトル・シティ開始前、城之内は“グールズ”と呼ばれるカード強奪団のメンバー、レア・ハンターにより、このカードを奪われた。そして、城之内のため、遊戯はバトル・シティ開始直後、レア・ハンターに決闘を挑み、見事それを奪い返したのだ。
 だがしかし、城之内はそれを受け取らなかった。
 彼は、遊戯に言った。
 『真紅眼の黒竜』は自分にとって掛け替えのないカード――だからこそ、今の自分では受け取れないと。
 そして、大会を勝ち進み、自分を決闘者と認められるときがきたら、そのときは自分と闘ってほしいと。
『…そうだな…』
 すこし考えるような仕草をすると、もうひとりの遊戯は口を開いた。
『相棒、このカードは――』
 ――コンコン
 と、不意にドアを叩く音がした。
「遊戯や、風呂が空いたぞい」
 ドアが開き、パジャマ姿の双六が現れる。風呂上りで赤くなったその表情は、やけにご機嫌だった。
「……ところで遊戯や、もういちど例のヤツ、見せてくれんかのう」
「え〜っ」
 遊戯は祖父のお願いに難色を示した。
「…じいちゃん、これで何度目…?」
 ため息を一つ漏らす。すでに二桁の回数、神のカードを見に来られている。おかげで、デッキ調整が全くはかどらないのだ。
 かつての伝説の男も、今ではただのカードヲタクジジイだ(酷
「…なら、どうじゃ? 三枚もあることじゃし…一枚くらい、このオイボレに譲――」
「それはダメ」
 きっぱりと即答する。
 単純に、レアカードだからというだけではない。遊戯にとって――特に、もうひとりの遊戯にとって、その三枚は掛け替えのないものなのだ。この三枚のカードは、もうひとりの遊戯の失われた“記憶”を捜すための、大切な“鍵”なのである。
「フ…さすがは我が孫。レアカードの価値をようわかっとるわい。しかし、タダでとは無論いわん…どうじゃ、先週入荷したM&Wの新パックのBOX、5箱と交換というのは」
「ダ〜メ」
 同じく即答してみせると、遊戯は神のカードの入った箱を開け、それらを取り出した。
 カードを受け取ると、双六は物欲しげな目で、穴のあくほど凝視する。
「いいのぉ…どうしても欲しいのぉ……」
 カードに見入るその様子は、さながら子どもである。
「よし…。かくなる上は大ふんぱつ! 新パックのBOX、10箱と交換でどうじゃ!!?」
「……ダメ」
 …何気に、今度は即答でない遊戯。
 しぶしぶ顔で、双六はカードを返すと、部屋を出ていった。
「…とりあえず…一息いれよっか」
 神のカードをしまいなおすと、遊戯は立ち上がり、階下の風呂へ向かうことにした。



序章U・きずな

 童実野町に戻った城之内は、すぐには帰宅しなかった。
 今は別々の場所で生活している妹――静香と一緒にいたのだ。
 しばらくの間、二人は一緒に童実野町を散歩した。
 静香はなつかしそうに、町並みを見回していた。
 牛丼屋で、すこし早めの夕食をとった。
 静香の食べるペースは、昔と同じで、ずいぶんゆっくりだった。
 ゲームセンターにも行った。
 静香の予想外なゲームの上手さに、城之内は舌を巻いた。


 ――二時間ほどそうしていると、母が静香を迎えに来た。
 トーナメントの決勝戦終了後、静香に、バトル・シップから連絡させていたのだ。

 ――今から6年前、城之内の両親は離婚した。
 原因は父。酒グセの悪さと、家庭内暴力だった。
 そして、城之内は父に、静香は母に引き取られたのだ。
 静香の目の手術の際には、ほとんど会話もなかったし、それどころではなかった。
 だから、母とまともに対面するのは、ほぼ6年ぶりといっても良かった。

 6年ぶりの母は――何だか、ずいぶん歳をとって見えた。
 女手ひとつで病気の娘を育てたのだ、苦労も絶えなかったのだろう。
 別れ際、母は城之内に「ありがとう」と言った。
 そのことばは、ずい分よそよそしく聞こえた。
 静香の、「またね」という名残惜しそうなことばが、唯一の救いだった。


 二人を駅の前まで見送りながら、何となく、昔のことを思い出してしまう。
 六年前も――こんなふうに、二人と別れたのだ。

●     ●     ●     ●     ●     ●     ●

 ――6年前、母は静香だけを連れ、家を出ることになった。
 当初、母は、城之内と静香の両方を引き取りたがっていた。
 だがしかし、父はそれを決して認めなかったのだ。
 静香は、兄との別れを悲しみ、泣きべそをかきながら駄々をこねた。
 母も、その時は泣いていた。
 「ごめんなさい」ということばだけが、耳にまとわりついて離れなかった。


 ――自分は、いわば生け贄だった。
 二人が幸せになるために、捧げられた無残な生け贄。
 惨めな、スケープ・ゴ−トである。
 二人を憎むことはなかった。
 ただ、幸せになってほしいと、心の底から思った。
 そして同時に、まだ十歳にも満たない城之内は理解した。
 自分は、“かわいそうなこども”なのだろうと。
 だから自分はきっと、もう幸福になれはしないのだろう――と。


 ――中学校に上がった城之内は、ケンカに明け暮れた。
 ケンカは好きだった。
 ケンカが、心を満たすことはない。
 けれど、殴り合っている間は、何もかも忘れられた。
 気が付くと、城之内の周りには不良仲間がいた。
 家に帰ったところで、酒に酔った暴力親父がいるだけ。
 城之内は彼らと夜を明かし、家に帰らないことが多かった。

「――オレたちゃ最強のダチだぜ、城之内よぉ」
 ある日、不良仲間のリーダーのような存在である蛭谷がそう言った。
 そのことばを聞いても、何の感慨も沸かなかった。


 中学校での3年間、何度も補導された。
 少年院に送られそうなこともあった。
 だが城之内は、どうでも良かった。
 ――何もかも、どうでも良かった――


 ――そんなある日、城之内の家に、一通の手紙が届いた。
 気まぐれで覗いた郵便受けに手を伸ばし、何気なく、送り主の名を確認して驚いた。
 送り主は、川井静香。
 音信不通だった、妹の名が書かれていた。
 部屋に入ると、すぐに封を切った。

 手紙の文面から察するに、これが初めての手紙ではないようだった。おそらく、父が処分していたのだろう。
 静香は、自分の近況を報告していた。
 今はもう、昔のようにいじめられたりはしていないこと。
 つい最近のテストで、百点をとって褒められたこと。
 学校の調理実習で砂糖と塩を間違え、しょっぱいクッキーができてしまったけれど、それが意外に美味しかったこと。
 些細なことまで、たくさん書かれていた。
 それから――母のこと。
 母が、城之内の健康や生活状態をとても気にかけていること。

 冷めきった心に、温かなものが流れ込む。
 その日以来、城之内は不良仲間とツルむのをやめた。
 新聞配達のアルバイトに精を出し、蛭谷たちとは別の高校に進学した。
 城之内は気が付いたのだ。
 自分が求めるものは――欲しいものは、少なくともそこにはないということに。


 ――高校に入った城之内は、新しい友人もでき、それなりに楽しい高校生活を手に入れた。
 相変わらず、心が満たされることはなかったが――それでも、とても友とはいえない蛭谷たちといるより、ずっと気分が良かった。

 そんなある日、城之内は一人のクラスメイトに目が留まる。
 体格は小さく、ひ弱な印象の少年。
 そのクラスメイトは、いつも独りだった。
 休み時間中も、いつも独りでゲームをしたりしている。

 ――孤独で、不幸せな存在――

 同情や共感はなかった。
 ただ、それを見ていると、何となく腹が立った。
 まるで昔の自分を、いや、もしかしたら現在も含め、自身の心を見せつけられているようで。
 見ていて、虫酸(むしず)が走った。
 強い嫌悪を抱いた。

 だから彼に対し、嫌がらせをした。
 自分はもう、孤独じゃない。不幸なんかじゃない。
 そう、自分に言い聞かせるように。
 ――まるで、自分の過去を踏みにじるかのように――


 それから、しばらくしてのことだった。

「――友達にそんなコトできるワケないだろ!!」
 彼は叫んだ。自分の危険も顧(かえりみ)ず、そう言い切った。
 案の定、彼は殴られ、蹴られ、ボロボロにされる。
(…どうしてだよ…?!)
 城之内は自問した。
 自分は彼を、いじめていたのに。
 彼の存在を、疎ましく思っていたのに。

 ――それは、彼の求めるものが、城之内と一緒だったから。
 本当に弱いのは、真実から目を背けようとした自分だった。
 自分の望んだもの。
 それは、見えるんだけど見えないもの。
 自分が、六年前に失ったもの――
 それは絆(きずな)。
 理屈を越えて、心の底から分かり合える関係。
 自分を棄(す)ててでも守りたいと思い合える、そんな、大切な存在――

 その日から、彼は本当の意味で孤独ではなくなった。

●     ●     ●     ●     ●     ●     ●

「――っと…いけね」
 そこまで思い返して、城之内は我に返った。
 夜の街中、いちど立ち止り、目を服の袖口でこする。
 いつの間にか、泣いてしまっていた。

 帰宅すると、父親はいなかった。いつものように、どこかの飲み屋で飲んでいるのだろう。
「…って……もう九時じゃねえかよ!」
 自分の部屋に入り、机上の目覚まし時計を見て、大声でひとりごちる城之内。
 さっきまでの、しみったれた思考を誤魔化すかのように。
「……よっし!!」
 両頬を思い切り叩き、気合を入れ、自分のデッキを机に置いた。
 明朝、城之内には約束があるのだ。
 親友との約束。大切な、ゲームの約束が。
 今夜はそのために、徹夜でデッキ調整をせねばならない。
「……始めるとすっか!」



第一章・終わらぬバトル・シティ

「――っと…そうだ」
 イスに座ると、城之内はあることを思い出し、ポケットに手を突っ込んだ。
 そして、M&Wのカードパックを1つ取り出す。
「サンキューな…静香」
 思わず、それを両手に持ち直し、お辞儀してしまう。
 別れる前、町を散歩しているとき、静香が買ってプレゼントしてくれたのだ。
 お小遣い、あんまりないから――、申し訳なさげにそう言って、その1パックを渡してくれた。
 その心遣いが、何とも嬉しかった。
 1パックだけでは、使えるカードがどれだけ封入されているか怪しいが、できるだけ使って、その心遣いに報いたかった。
「…ん? 見たことないパックだと思ったら……『バトル・シティ大会開催記念 スペシャルパック』だって?」
 裏面の説明文をざっと読んだところ、どうやら、決闘盤を取り扱った店だけで特別に、大会期間だけ限定販売された代物(しろもの)らしい。
 そんなものがでていようとは……;
 “決闘盤を取り扱った店だけ”ということは、遊戯も手に入れ損ねているかもしれない。
「それに…『限定』っつうからには、中身に期待していいよなぁ」
 ニンマリとしながら、パックの袋を破る。もしかしたら、対遊戯戦の切り札になるような強力カードが封入されているかもしれない。
 期待に胸を膨らませる。そして、ゆっくりとした手つきで、一番上のカードを取り出した。
「! こっ…これはっ…!!」
 それを見た瞬間、城之内は驚愕し、固まった。

ワイト /闇
★★
【アンデッド族】
どこにでも出てくるガイコツのおばけ。
攻撃は弱いが集まると大変。
攻300 守200

「………………」
 ……城之内は麻痺して動けない。
 フンパツしてチキンカレー大盛りを頼んだのに、一切れも肉が入っていなかったときの気分だ(謎の表現)。
「…こんなんデッキに入れるヤツいねえだろ、オイ……」
 君の身近に、約一名いた(笑)。
「……見なかったことにするか」
 せっかく妹のくれたカード、なるべくなら使ってやりたいが、これではどうしようもない。
 『天使のサイコロ』とのコンボもすこし考えたが、6が出ても攻撃力1800どまりでは話にならなすぎる。
 城之内はそのまま、それを引き出しに放り込んだ。
 全く整理されておらず、混沌(カオス)と化した引き出し。
 …恐らく、もう二度と出すことはあるまい。
 どこがスペシャルやねん、と関西弁なツッコミが思わず浮かぶ城之内。
 ……どうでもいいが、「ワイト」の“ワイ”はやはり、「よわい」の“わい”なのだろうか……(違
「…他は大丈夫だろうな……」
 やや警戒しつつ、残りの4枚をパックから取り出す。

 二枚目:闇の護風壁

「………………」
 またもや、しかめ面になってしまう城之内。
 ……オーケー、弱いカードではない、それは認めよう。
 しかしそれは、城之内にとって、苦い思い出のカードである。
 思い出したくないヤツの顔を連想してしまう。準決勝戦でマリクに使用されたカードだ。このカードさえなければ、決勝で遊戯と闘えたというのに……
「……とりあえず、コイツは保留だな……」
 引き出し直行ではないが、とりあえず机の端に置き、視界からはずしておく。
「さて…ロクなのがないが、次は……」
 妹への感謝はどこへやらな態度で、残りのカードに目をやる。

 三枚目:切り込み隊長

 四枚目:異次元の戦士

「……っと…こっちは中々……」
 その二枚を見て、城之内は気を持ち直した。けっこう使えるカードである。オマケに戦士族、自分のデッキには馴染むハズだ。デッキ投入候補として、申し分ないだろう。
「…よし、最後のカードは……と!!?」
 期待を抱き直しつつ、城之内は五枚目のカードを見る。
 ――それが視界に入った瞬間、城之内は硬質化した。
 目を丸くする。ワイトとは正反対の理由で、である。

「……いける……!」
 しばらく沈黙したのち、城之内はボソリと呟いた。
「このカードがあれば……鬼にカナブン、ネコにキャットフードだぜッ!!」
 興奮のあまり、ワケの分からんことを口走る城之内。
 …ブ○ゴリラか、オマエは……(ネタ古)
「勝てる! このカードなら……遊戯にだって勝てるぜっ!!!」
 そう叫ぶと城之内は、時代劇に出てくる悪代官のノリで高笑いをした。
 どうでもいいが、独り言の多い男である(ぁ)。
 こうして、城之内の夜は更けていった――


「…よし……できたね…!」
 一方、こちらは遊戯サイド。
 遊戯の場合は、城之内と違って独り言ではない。もうひとりの自分に話しかけているのだ。
『ああ。これなら城之内くんと、全力の決闘ができるぜ!』
 その証拠に、もうひとりの遊戯がことばを返す。
 決闘者は基本的に、デッキ構築の作業は一人で、孤独と闘いながら行うものだ。
 その点を踏まえると、遊戯は羨ましい環境にあるといえるかも知れない。
「アレ…もうこんな時間かぁ……」
 カードは、ついつい時間の経過を忘れてしまう。すでに日付はかわっており、まだ外はすこし暗いが、“早朝”と呼ぶに相応しい時間帯だ。
 城之内との約束の時間まで、まだ少しある。
『…仮眠をとらなくて大丈夫か? 相棒』
 パズルの中から、もうひとりの遊戯が気遣う。
 帰宅してから、一睡もしていないのだ。
「ボクなら大丈夫だよ。それより、もうひとりのボクは? 実際に決闘するのはキミなんだからさ」
『ああ、問題ないぜ』
「待ち望んだ決闘だもん…眠いなんて、言ってられないよね」
 そう言うと、遊戯はすこし顔を引き締めた。
 城之内との決闘は、遊戯たちがバトル・シティを勝ち進んだ、最も大きな動機なのだ。
『…すこし早いが…もう行くか』
「うん」
 遊戯はイスから立ち上がると、決闘盤(デュエル・ディスク)を左腕に装着し、完成したばかりのデッキを手に取った。

「…ン、遊戯や、どこかへ出かけるのかい?」
 老人は朝が早い。
 家を出ると、双六は店の前を竹ボウキで掃いていた。いまどき珍しい光景である。
「ウン…。大切な、約束があるんだ」
 真剣な顔でそう答える。
「…そうかい…、行っといで」
 その表情から、双六にも、その“大切さ”が伝わった。

 約束した場所まで、ゆっくりと歩いていく。
 途中、目の前の交差点の信号が赤になり、遊戯は立ち止まった。
 静かに、目を閉じる。
 千年パズルが、怪しげに光った。
 次に目を開けたとき、二人は人格交代を果たし、『もうひとりの遊戯』が表に出てきていた。


 十五分も歩くと、遊戯は目的地に辿り着く。
「! 早いな…城之内くん」
 所定の場所には、すでに城之内が待っていた。
 地面に座り込み、建物に背を預けてデッキの最終チェックをしていたらしい。
「へへ…。中途ハンパな時間にデッキ調整が終わっちまってよ。ぜんぜん眠くなかったしな」
 もっとも、まだ来てから十分たってないけど、と城之内。
 言いながら、ゆっくりと立ち上がった。
「なら…早速、始めるとするか」
 そう言って、ホルダーからデッキを取り出す遊戯。
「ああ! この決闘が終わるまで――オレたちのバトル・シティは終わらないぜ!!」
 城之内も、それに応える。
 待ち望んだ時が、待ち望んだ決闘が、いま始まろうとしていた。



第二章・誓いのカード!

 二人は、ゆっくりと歩み寄った。
 カードゲームでは原則的に、お互いのデッキを相手に渡し、シャッフルしあう。そのためである。
 遊戯に渡すため、城之内は自分のデッキを右手に掴んだ。
 しかし遊戯は、自分のデッキをいちど決闘盤にセットしてしまう。
「? 遊戯?」
 そして遊戯は、デッキの上からカードを一枚引いた。
「デッキシャッフルの前に……城之内くん、これを受け取ってくれ」
 そう言って、引いたそのカードを城之内に差し出す。
 そのカードは――『真紅眼の黒竜』。
「なっ……!?」
 城之内は驚いて、目を丸くした。
「…ど、どういうことだ? 遊戯……」
 城之内のことばに対し、遊戯は口を開いた。
「…君が真の決闘者となれるまで…オレはこのカードを預かると約束した。だから、オレは今こそ、このカードを君に返そうと思うんだ……」
「…遊戯…!?」
 やや動揺する城之内に対し、遊戯はまっすぐな姿勢で応える。
「…このカードは、オレたちの約束のカード。バトル・シティ大会において、実際に召喚されたのは二回だけだ。でも本当の意味で、大会中、一番活躍したのはこのカードだと思うんだ……」
 遊戯は真紅眼を見た。
「オレたちはこのカードに誓った約束を果たすために…懸命になって、ここまで来られた。このカードの約束なしでは、間違いなくオレは優勝できなかった……」
 そう言うと、遊戯は再びカードを差し出す。
「このカードはバトル・シティにおいて、最も意味のあったカード…。だからこそ、この決闘には使用したいんだ。君に今、このカードを受け取ってほしい……」
 遊戯の頼みに、城之内は動揺しながら反論した。
「な、ならよ…遊戯がデッキに入れてくれていいんだぜ? そのカードは、今はオレのカードじゃ……」
 遊戯は、静かに首を振った。
「…このカードはオレのカードじゃない…城之内くんの、魂のカードだ。オレは海馬との決闘で、それを再確認したんだ」
 バトル・シティ大会準決勝戦、海馬瀬人との決闘で、遊戯は真紅眼を特殊召喚し、窮地を脱することができた。
 そのとき、遊戯は感じたのだ。
 真紅眼から、城之内の魂を。
 真紅眼を通して、城之内が自分を助けてくれたことを。
 そして、同時に理解した。
 真紅眼は、自分を主(あるじ)として認めてはいない。
 真紅眼はあくまで、“主の友”として、自分に力を貸したに過ぎないことを。
「だから――オレは、君を相手にこのカードを使用することはできない。仮に使用すれば、真紅眼に恨まれてしまうだろう……」
「……で、でもよ……」
 城之内はためらった。
 そもそも遊戯に真紅眼を預けたのは、自分に疑問を感じてしまったからだ。
 レア・ハンター相手に情けない決闘をし、みすみす真紅眼を奪われてしまった自分。
 ――自分は本当に、真紅眼を持つに相応しい決闘者なのか?
 だから城之内は、遊戯に預けたのだ。
 いまの自分にはまだ、その疑問に胸を張って“イエス”と答えられる自信がなかった。
 遊戯との決闘を通して、その答えを得たいと考えていたのだ。
「……城之内くん……」
 そんな城之内の心理を見透かしたように、遊戯はことばを紡(つむ)ぐ。
「真紅眼は、君との再会を心から願っている…! オレにはわかる。だから、君はそれに応えてあげるべきなんだ。でなければ、真紅眼が可哀想だ」
「…! 遊戯…!」
 再び差し出された真紅眼を、城之内はおぼつかない手つきで受け取った。
 ――たった二日間だけなのに、もう随分、長いあいだ手放していた気がする。
 カードを見る。
 そこには、雄々(おお)しき黒竜が描かれていた。
(…今のオレは…お前の強さに応えられるだろうか……!?)
 心の中で問い掛ける。
 だがしかし、カードの中の真紅眼が答えることはない。
 ガラにもなく、弱気な城之内。
 それだけ、このカードに対する思い入れは強かった。
「…答えは、この決闘で出るさ…」
 真紅眼の代わりに、遊戯が答える。
 不安をかかえたまま、城之内は真紅眼をデッキに投入した。

 そしてようやく、二人は互いのデッキシャッフルに入る。
 デッキシャッフルの間も、城之内は神妙な面持ちをしていた。
 表情からは、明らかな緊張が見てとれる。
(…やはり、まずかっただろうか? 相棒……)
 城之内のデッキをシャッフルしながら、遊戯は心の中で問い掛けた。
 こうなることは、あるていど危惧していた。

 バトル・シティ開始時、城之内は、あれほど大事にしていた真紅眼を、遊戯から受け取ることを拒んだのだ。
 そこに、城之内なりの、ただならぬ理由があったことは、想像に難くない。

 このままでは、城之内が実力を満足に発揮できない可能性もある。
『ううん…もうひとりのボクの選択は間違ってないと思う。ボクも感じたんだ…千年杖に操られた城之内くんとの決闘で』
 いまは表に出ていない遊戯が答える。
『あの時…真紅眼は、城之内くんを哀しげに攻撃していた…。だから、ここで真紅眼を返すのは、やっぱり正しい選択だと思うよ。それに、城之内くんならきっと…!』
 デッキシャッフルが終わり、互いにデッキを返す。
 無言で二人は離れ、決闘の際の立体映像(ソリッドビジョン)を出すために十分な距離をかせぐ。
「……遊戯……」
「!」
 背中を向けた状態から、歩きながら城之内は話した。
「決闘するにあたってよ…ひとつ、約束してほしいんだ」
 十分な距離をとれ、二人は立ち止まる。
 城之内は振り返り、叫んだ。
「この決闘…遠慮はいらねえ! 全力で、オレを倒しにきてくれ!! オレのレッドアイズ召喚を待つ気遣いなんか、絶対にするんじゃねえぞ!!!」
「! 城之内くん…!」
 遊戯の表情が明るくなる。
 城之内の表情からは、確かな覇気を感じとれた。
 城之内は一度、遊戯から視線をはずしてデッキを見つめた。そして、上から何枚目にいるかも分からない真紅眼に語りかける。
(…見てろよ、真紅眼…! オレは絶対、お前の期待に応えてみせる! お前の所持者として、恥じることのない決闘者だってことを証明してみせるぜ!!)
「いくぜ! 城之内くん!!」
 遊戯が、嬉しそうに叫ぶ。
「ああ! 望むところだぜ!!」
 遊戯に応える城之内。

 二人は同時に叫んだ。

『決闘!!!』

 それを合図に、二人はそれぞれ、デッキからカードを五枚ドローした。



第三章・遊戯v.s.城之内!!!

 二人にとって、この決闘はバトル・シティ大会の延長上――真の最終戦だった。
 よって当然、バトル・シティでのものと同じルールが適用される。スーパーエキスパートルール、初期ライフポイントは4000。
「いくぜ! オレの先攻! ドロー!!」
 遊戯が、デッキから勢いよくカードをドローする。

 ドローカード:バスター・ブレイダー

「オレはリバースカードを一枚セットし、『磁石の戦士(マグネット・ウォリアー)α』を守備表示で召喚! ターンエンドだ!」
「オレのターン! ドロー!!」
 今度は城之内がカードを引いた。

 ドローカード:魔導騎士ギルティア

「オレも、リバースカードを一枚セットして、『リトル・ウィンガード』を守備表示! ターン終了だぜ!」
 お互いの場にそれぞれ、壁モンスターとリバースカードが一枚ずつ並ぶ。
 なかなか、セオリー通りの出だしである。
「オレのターン! ドロー!!」

 ドローカード:強欲な壺

「オレは手札から、魔法カード『強欲な壺』を発動!」
「! ドロー強化カード…!」
「このカードの効果により…新たに二枚のカードをドローするぜ!!」
 遊戯が再び、デッキからカードを引く。
 これで遊戯の手札は6枚である。

 ドローカード:魂の綱,クイーンズ・ナイト

(! よし…!)
 良い手札がきたと、遊戯は内心ニヤリと笑う。
「オレは更にリバースをセットし――『クイーンズ・ナイト』を守備表示で召喚するぜ!」
 これで遊戯の場には、二枚のリバースカードと壁モンスターが二体である。 
「ターンエンド!」
「いくぜ! オレのターン!」
 カードを引く前に、城之内は、遊戯の場のモンスター二体を一瞥(いちべつ)した。
(遊戯の場にはモンスターがすでに二体…! 場に残しておけば、上級モンスター召喚の生け贄にされる可能性があるぜ…!)
「ドロー!!」

 ドローカード:勇気の旗印

「よし…! オレはリトル・ウィンガードを生け贄に捧げ、『魔導騎士ギルティア』を召喚!」
 城之内の場に、6ツ星の魔導騎士が現れる。その攻撃力は1850。
「――さらに! 手札から永続魔法カード『勇気の旗印』を発動するぜ!」

勇気の旗印
(永続魔法カード)
自分のターンのバトルフェイズ中、
自分フィールド上の全モンスターの
攻撃力は200ポイントアップする。

「このカードの効果により…オレのモンスターは、オレのバトルフェイズの間だけ、攻撃力が200アップする!」
 つまり、ギルティアの攻撃力は2050にまでアップするのだ。
(…ギルティアの攻撃力は、遊戯の場の壁モンスター二体の守備力をどちらも上回っているぜ…! さて、どちらを攻撃するか……)
 遊戯の場のモンスター、磁石の戦士αとクイーンズ・ナイトを交互ににらむ城之内。
(…どっちでも、ほとんど同じ気がするし…ここは守備力の高い磁石の戦士αを――)
 と、その瞬間、城之内はあることを思い出した。
 それは、バトル・シティ大会決勝戦で披露された、クイーンズ・ナイトの特殊能力である。
 正確には、キングス・ナイトの特殊能力だが――クイーンズ・ナイトとキングス・ナイトが場に並んだとき、デッキからジャックス・ナイトを特殊召喚できる能力。
 それが決まれば、遊戯の場のモンスターは三体。いささか厄介である。
「よし…! ギルティア! クイーンズ・ナイトを攻撃だ!!」
 絵札の三銃士の特殊能力を警戒し、クイーンズ・ナイトから倒すことにした城之内。
 ギルティアは、手にした槍に魔力を込めた。
「ソウル・スピア!!」
 そして槍から、魔力でできた矢のようなものを発射する。

 ズガァァッ!!

 その矢は盾を粉砕し、クイーンズ・ナイトの胴体に突き刺さる。
 数値上の処理どおり、クイーンズ・ナイトは破壊された。
 だがこの瞬間、遊戯の手が動く。
「リバースカード、オープン! 『魂の綱』!!」
「!? 魂の綱!?」
 初見(しょけん)の罠カードの発動に、城之内は警戒した。
 遊戯がこのカードを使用したのは一度だけ、準決勝戦のときだけだ。そのときは、城之内は瀕死状態だったために見ていないのである。
「この罠カードは、自軍のモンスターが破壊されたとき、ライフを1000ポイント削ることで、デッキから四ツ星モンスター一体を特殊召喚できる!」
 そう説明すると、遊戯は左腕の盤(ディスク)からデッキをはずし、モンスターカードを一枚選び出す。

 遊戯のLP:4000→3000

「この効果で…オレは、『磁石の戦士γ』を守備表示で特殊召喚するぜ!」
 遊戯の場に、再び二体の壁モンスターが並ぶ。
 遊戯の場のモンスターは減っていない。だが、城之内は内心、安堵のため息を吐いていた。
(危ねぇ危ねぇ…。もし、磁石の戦士の方を攻撃していたら、一気に三体並べられちまうところだったぜ……)
 冷や汗をかく城之内。
 やはり、遊戯相手には、少しの気の緩みさえ許されない。
 ――とか何とか思いつつ、“安堵”のため息を吐いてる城之内。
 ……さっそく、気を緩めてるし;
「オレのターンは終了だ」
「いくぜ、オレのターン!」
 遊戯が、デッキからカードを一枚引く。
「城之内くん…安心するのはまだ早いぜ」
「…へ…!?」
 突然の指摘に、城之内は目をしばたかせる。
「…オレの場に揃ったモンスターの名前をよく見てみな」
「……!?」

 遊戯の場:磁石の戦士α,磁石の戦士γ,伏せカード一枚

「……磁石の戦士……αに、γ……!?」
 ちなみに、α・γはギリシャ語の字母(小文字)である。α,β,γ,Δ(デルタ),ε(イプシロン),………ω(オメガ)という順に26字ならんでいる。<(どーでも良すぎるムダ知識)
 と、いうことは、βも存在するのは容易に想像がつく。
「…まさか、こいつも…!」
「……そのとーり……こいつらにも、特殊能力がある……」
 勝ち誇った顔で、遊戯は手札から一枚のカードを選び出す。
「『磁石の戦士β』召喚! そして、三体のマグネット・モンスターが場に揃った瞬間――その特殊能力が発動する!」
「!!」
 途端に、三体のモンスターの身体がバラバラに分離する。
 磁石で出来た彼らの体は、ロボットアニメよろしく、一つに結合し新たなモンスターに生まれ変わる。
「――『磁石の戦士 マグネット・バルキリオン』!! オレのデッキで、最も高い攻撃力を備えた切り札モンスターだぜ!!」
「……なっ……!?」
 三体のモンスターが一つに合体した。当然、相当な体長である。
 いきなり現れた巨大なマグネット・モンスターに、城之内は戦慄を覚えた。
 さらに、その能力値を確認することで、城之内は更なる衝撃を受ける。
「…攻撃力…3500……!!」
 海馬瀬人の誇る、『青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイトドラゴン)』をも凌ぐ攻撃力、そうそう拝める能力値ではない。
(……す、すげぇプレッシャーだぜ……!)
 マグネット・バルキリオンからの威圧感に、尻込みしそうになる城之内。
 序盤から、ここまで強力なモンスターを召喚されるとは思ってもみなかった。
「……手加減はするな、だったよな、城之内くん…!」
 得意げにそう言うと、遊戯はモンスターに指示を出した。
「マグネット・バルキリオン! 魔導騎士ギルティアに攻撃だ!!」
 バルキリオンがギルティアに飛びかかる。
 その体格差から、数値を見なくとも勝敗は明らかだ。
「電磁剣(マグネット・セイバー)!!」
 電気と磁気をまとい、火花を散らした剣を振りかざす。
「……へ!」
「!?」
 と、その瞬間、城之内の表情が、先ほどまでの驚愕からうって変わって、得意げなものになる。
「残念だが、遊戯…! オレの場には、罠カードがあるぜ!!」
 そう宣言すると、城之内は場に伏せられたそれを表にした。
「罠カード発動! 『悪魔のサイコロ』!!」
「!! 悪魔のサイコロ…!!」
 厄介な罠カードの発動に、遊戯は瞳孔を開く。
 その効果により、場にはサイコロをかかえた小悪魔が出現した。
「サイコロを一つ振り……出た目によって、バルキリオンの攻撃力は減少するぜ!!」
 小悪魔がサイコロを振り投げる。
 その結果、出た目は――『5』。
「!!」
「うっしゃああ! これでバルキリオンの攻撃力は、…エート、3500÷5だから……幾つだ?」
 ――700です;
「そう、700ポイントにダウンするぜ!」
 作者と会話する城之内w
 対する、ギルティアの攻撃力は1850。その攻撃力差は1150。
 たちまち、バルキリオンはその力強さを失った。攻撃力700ではその巨体を支えることすらできないのか、体勢を崩してしまう。
「よし! 迎撃しろ、ギルティア!!」
 いかに体格差があろうと、自分の体を支える力もないほど弱体化されたのでは意味がない。
 城之内に言われるまでもなく、ギルティアは槍に魔力を込める。
 これまで、大会で一度も活躍できなかったうっぷんを晴らそうとでもいうのか、渾身の魔力を。
(ここでバルキリオンを倒せば…いける! ゲームの主導権を握れるぜ!!)
「ソウル・スピアッ!!」
 ギルティアは全力で、槍の魔力を放出した。
 攻撃力700相手にそんな気張らんでも……といった勢いであるw
「……フ!」
 だが魔力の矢が、よろけたバルキリオンに命中する刹那、遊戯が不敵な笑みを浮かべた。
 バルキリオン破壊を確信していた城之内&ギルティアは、仲良く揃ってギョッとする。
「リバースカード、オープン!!」
 遊戯が、場に伏せたカードの使用を宣言する。
 するとどうしたことか――バルキリオンの磁石の身体は、ソウル・スピアが命中する寸前、自らバラバラになってしまった。
「なっ……にぃぃっ!?」
 魔力の矢は、分離したパーツをひとかけらすら破壊することなく、空を虚しく切っていく。
「どっ…どういうことだ!?」
 遊戯の場のカードに視線をやる。
 そして、発動されたカードの正体を見てハッとした。
 そのカードとは――『融合解除』。
「マグネット・バルキリオンは特殊融合モンスター…。『融合解除』により、その合体を解除することができるぜ」
 バラバラになったパーツが、三箇所で再び結合し始める。
 そして遊戯の場には、合体前の磁石の戦士――α,β,γが出現した。
「…まだ…決闘は始まったばかり、そう簡単に主導権は譲らないぜ、城之内くん…!」
「……へ、そうこなくっちゃよ……!」
 反撃に失敗しながらも、城之内は、心地よい高揚感を得ていた。

 遊戯 のLP:3000
      場:磁石の戦士α,磁石の戦士β,磁石の戦士γ
     手札:4枚
 城之内のLP:4000
      場:魔導騎士ギルティア,勇気の旗印
     手札:3枚


※どうでもよすぎる章末オマケ付録
○ギルティアくん奮闘記
1回目:決闘王国準決勝第2試合(v.s.バンデッド・キース戦)にて
    機械(マシーン)モンスターに魔法攻撃をはじかれ自滅;
2回目:バトル・シティ大会予選(v.s.エスパー絽場戦)にて
    不正召喚され、消滅;;
3回目:バトル・シティ大会予選(v.s.梶木漁太戦)にて
    召喚と同時に『寄生虫パラサイド』に寄生され、無残な姿に。
    梶木に気持ち悪がられた末に、『激流葬』にて瞬殺;;;
4回目:バトル・シティ大会決勝トーナメント二回戦(v.s.リシド戦)にて
    手札にて、役に立たず;;;;

 ガンバレ、ギルティアくん!!( ̄□ ̄;)/



第四章・特攻戦士!!

「三体の磁石の戦士たちは全て守備表示にする! これでオレのターンは終了だ!」
「…へへ……さすがだな、遊戯……」
 次のターンの開始前に、遊戯に話しかける。
「さっきのターン……オレがどっちを攻撃しても、遊戯は構わなかったってわけか……」
 実際には、クイーンズ・ナイトを破壊されたためにバルキリオン召喚につなげられた。
 だが、仮に磁石の戦士αが破壊されたなら、遊戯はやはり絵札の三銃士によるコンボを決めてきていたのだろう。
「まあな…。しかしオレには君が、クイーンズ・ナイトを先に破壊しようとすることが読めていたぜ……」
「…何…!?」
 城之内は思わず眉根を寄せる。
「君は、オレとマリクの決闘を見て、クイーンズ・ナイトを使ったコンボの存在を確認していた…。だから、特殊能力の有無が不明な磁石の戦士ではなく、クイーンズ・ナイトを先に破壊するだろうと予測できたんだ…! そしてオレは、君の場のリバースカードを警戒していた。だから融合モンスターのバトルを強制終了する『融合解除』を利用し、バルキリオンを囮(おとり)にしようと考えたのさ……」
「…一気に攻めるように見せかけて…しっかりオレのトラップも警戒してたってワケか……」
 城之内は思わず、ツバを飲み込んだ。
 流石は遊戯。決闘王の称号はダテではない。
 だがしかし、感心してばかりもいられない。
 いま自分はまさに、その遊戯と闘っているのだ。
「いくぜ! オレのターン、ドロー!!」
 自分を奮い立たせるように、威勢よくカードをドローする城之内。
(……!)
 ドローカードを確認し、手札に加える。
 そして、自分の手札に存在するモンスターカードを確認した。
(…今…オレの手札に、磁石の戦士を破壊できる攻撃力を備えたレベル4以下のモンスターはいねえ…!)
 磁石の戦士の守備力数値は、α,β,γの順に、1700,1600,1800。
 さすがに体が鉱物で構成されているだけあって、大した硬さである。
「仕方ねえ…! ギルティア! 磁石の戦士βを攻撃!」
 先のターンでは空振りしたが、めげずに魔力の矢を放出するギルティア。

 ズガァァッ!!

 魔力の矢――ソウル・スピアは確実に磁石の戦士βの体を砕き、破壊する。だが、遊戯の場のモンスターはいまだ二体。
(…ヘタに手札の低攻撃力モンスターを召喚しても、無駄死にさせるだけだな…)
「…オレはリバースカードを一枚セットし、ターン終了!」
 仕方なく、カードを一枚だけ伏せてターンを終わらせる城之内。
「オレのターン! ドロー!」
 今度は遊戯がカードを引く。

 ドローカード:幻獣王ガゼル

「いくぜ、城之内くん! オレは場の二体の磁石の戦士を生け贄に――『バスター・ブレイダー』召喚!!」
「! バスター・ブレイダー…!」
 遊戯の場に、全身を鎧でかため、背中に大剣を携えた、重々しい剣士が召喚される。
 『竜破壊の剣士』の異名を持つその戦士は、場に存在するドラゴン族の数だけその攻撃力を500上げる。もともとは海馬の『青眼の白龍』対策にデッキ投入したカードである、たぶん(ぇ)。だが、ドラゴン族が存在しない状態でも、その攻撃力は2600とかなり高い。
 攻撃力1850のギルティアでは、とうてい歯が立たない。
「バスター・ブレイダー! 魔導騎士ギルティアに攻撃だ!!」
 バスター・ブレイダーは指示に頷くと、大剣を振りかざし、ギルティアに突進する。
「…くっ…! ギルティア!」
 ここで負けてたまるかと、槍にありったけの魔力を込め、抵抗を試みるギルティア。
 本日三発目のソウル・スピアを射出する。
 ……まあ、バトル・シティ大会二日間含めても三発目なのだが……(ぁ
「バスター・ブレイダー!」
 バスター・ブレイダーは剣を振り下ろし、ソウル・スピアを軽々と斬り払う。そして、返す刀でギルティアを両断した。

 ズバァァッ!!

 ……さらばギルティア……(泣)

 城之内LP:4000→3250

(…よし…! これで城之内くんのフィールドはガラ空き。オレの場には上級モンスターが一体。だいぶ優位に立てたぜ…!)
「オレは場にカードを一枚伏せ、ターン終了!」
 一見したところ、形勢は遊戯に傾きつつあった。
「オレのターン! ドロー!!」
 だが躊躇することなく、城之内はカードを引く。

 ドローカード:モンスターBOX

(…確かに…遊戯の場のバスター・ブレイダーは脅威だぜ。しかし、倒す手段がないわけじゃねえ…! 静香にもらった、このカードがあれば…!)
 さっそく城之内は、そのカードに指をかける。
「オレはまず、『切り込み隊長』を攻撃表示で召喚!!」
「! 切り込み隊長…!」
 城之内の場に、金髪の、細身の戦士が召喚される。その両手には、同じく細身の剣が一本ずつ握られている。
「切り込み隊長の召喚に成功したとき…その効果により、新たにレベル4以下のモンスターを特殊召喚できるぜ!!」

切り込み隊長 /地
★★★★
【戦士族】
このカードが表側表示でフィールド上に存在する限り、相
手は他の表側表示の戦士族モンスターを攻撃対象に選択で
きない。このカードが召喚に成功した時、手札からレベル
4以下のモンスターを1体特殊召喚する事ができる。
攻1200 守400

(…切り込み隊長の速攻能力か…厄介だな…!)
 攻撃力は低いため、単体では大した脅威ではない。
 だがしかし、特殊召喚される二体目のモンスターによってはかなり厄介な存在となる。
「いくぜぇ…! オレは切り込み隊長の効果で、『異次元の戦士』を攻撃表示で特殊召喚!!」
「!! 異次元の戦士!!」
 城之内の場に今度は、不気味な格好をした赤毛の戦士が出現する。
 その攻撃力は切り込み隊長と同じ、わずか1200。だが異次元の戦士は、非常にタチの悪い特殊能力を備えているのだ。
「オレのバトルフェイズ! 『勇気の旗印』の効果により、オレの場のモンスターは200ポイントずつ攻撃力が上がるぜ!」
 切り込み隊長と異次元の戦士は、揃って攻撃力1400になった。だがともに、その攻撃力はバスター・ブレイダーには遠く及ばない。
「異次元の戦士で、バスター・ブレイダーを攻撃!!」
 それにも関わらず、城之内は場のモンスターに攻撃指示を出した。
 異次元の戦士は手にした刀を振りかざし、軽快なステップで飛び掛ってくる。
「…くっ…! バスター・ブレイダー!」
 正面から襲いかかる異次元の戦士に対し、バスター・ブレイダーは剣を袈裟(けさ)に振るった。

 ズバァァッ!!

 異次元の戦士に深く斬りつける。だが、異次元の戦士もただではやられない。
「――異次元の戦士の特殊効果発動!」
 城之内の叫び声とともに、二人の戦士の横に巨大な穴が開く。
 その穴は何もない、空間に開いていた。
「異次元の戦士は、自分と戦闘を行ったモンスターを道連れに、異次元へと旅立つぜ!!」
 深手を負った異次元の戦士。だがしかし、痛みで表情をしかめつつも剣を捨て、バスター・ブレイダーの体をがっしりと掴んだ。

異次元の戦士 /地
★★★★
【戦士族】
このカードがモンスターと戦闘を行った時、
そのモンスターとこのカードをゲームから除外する。
攻1200 守1000

 両手でバスター・ブレイダーを抱え込んだ異次元の戦士は、信じられない脚力でバスター・ブレイダーごと異次元への穴に飛び込んだ。
 そして、二人が穴の中に消えると、穴もゆっくりと閉じていく。
 その結果、遊戯の場のモンスターはいなくなってしまった。
「…くっ…!」
「異次元の戦士の戦闘の際、ダメージ計算は適用される…。よってオレのライフポイントは大幅に削られたが…、これで遊戯のフィールドはガラ空きだぜ!!」

 城之内LP:3250→2050

 そして城之内の場には、まだ戦闘を行っていない切り込み隊長がいる。
「いけ、切り込み隊長! 遊戯にダイレクト・アタックだ!!」
 両手の剣を構え、これまた素早い動きで遊戯に飛びかかる。

 ズババァッ!!

「…ぐぁっ…!」
 二本の剣により、十字に斬りつけられる。
 この決闘中、初めての直接攻撃が遊戯に決まった。

 遊戯LP:3000→1600

 その衝撃により、少しよろける遊戯。
「…肉を切らせて骨を断つ、ってな……」
 城之内は、得意げに笑んでみせた。
「…フ…やるな、城之内くん……」
「…へへ…戦士族対決なら、オレの土俵だぜ!」
 ライフポイントだけを見れば、痛み分けと言ってもいい。
 だがしかし、先ほどのターンまでは、遊戯の場には上級モンスターが一体、対する城之内の場は空だったのだ。それが、このターンの攻防の末、遊戯の場が空、城之内の場にはモンスター一体と、見事に形勢をひっくり返されている。
(…サンキューな…異次元の戦士…!)
 墓地ではなく、除外ゾーンに置かれた異次元の戦士に礼を言う城之内。
 除外ゾーンに置かれたモンスターは、墓地のモンスターと違い、『死者蘇生』などで復活させることもできない。遊戯のバスター・ブレイダーを除外ゾーンに送れたことは、後半、有利に働くかもしれない。
「オレはリバースカードを一枚セットし、ターンエンド!」
「オレのターン! ドロー!」
 一気に逆転されながらも、ひるむことなく、遊戯はカードをドローする。
(切り込み隊長の効果は確かに強力だが…その分、攻撃力は低い! 今、手札にいるモンスターで十分破壊できるぜ!)
 すかさず、手札のモンスターカードに指をかける。
「オレは『幻獣王ガゼル』を攻撃表示で召喚!!」
 遊戯の場に、四つ足の獣型モンスターが召喚された。

 遊戯 のLP:1600
      場:幻獣王ガゼル,伏せカード1枚
     手札:3枚
 城之内のLP:2050
      場:切り込み隊長,勇気の旗印,伏せカード2枚
     手札:1枚



第五章・勘v.s.運!!

「幻獣王ガゼル! 切り込み隊長に攻撃だ!!」
 ガゼルは地を駆け、切り込み隊長に向けて疾走する。
 先ほどの切り込み隊長を超えた移動スピード。攻撃力も、ガゼルが切り込み隊長を上回っている。
 だが、バトルはモンスターだけで成立するとは限らない。
「リバースマジック発動! 『モンスターBOX』!!」
「! モンスターBOX…!」
 場に、切り込み隊長に覆いかぶさる形で大きな箱が出現する。
 攻撃対象を見失い、ガゼルは慌てて足を止めた。
 箱には6つの穴が開いている。そして穴から、真顔の切り込み隊長が素早く見え隠れする。
 ……想像するとちょっと笑える……w
 一方、笑っている余裕などない遊戯。何とかその動きを見切ろうとするが、あまりの速さにただ攪乱(かくらん)されるばかりだ。
(……人間の目で追える速さじゃない、か……)
 遊戯は、見え隠れする戦士を目で追うことをやめた。
 視野を広くし、箱全体を見据える。
 そして遊戯は、毅然(きぜん)とした声を上げた。
「その穴を攻撃しろ! ガゼル!!」
 1つの穴を指差す。
 その穴に向け、ガゼルは全力で飛びかかった。
「!! 何ぃ!!?」
 城之内は驚きの声を上げる。
 ちょうど穴から顔を出す戦士の目の前に、ガゼルの研ぎ澄まされた爪があった。

 ズシャアアッ!!

「! 切り込み隊長!!」
 ガゼルによって、切り込み隊長の体は引き裂かれ、破壊される。

 城之内LP:2050→1750

 城之内の場には、もはや何者も入っていない箱だけがむなしく残された。
「…バ、バカな…!?」
 城之内は目の前の出来事に呆然とした。
「…あの速さが…遊戯には見えたってのか……!?」
 思わず、対戦相手に問い掛けてしまう。
 城之内自身、箱の中を動き回るモンスターを見切ろうとしてみたことはあった。
 だが、なんど目を凝らしてもどうにもならず、“人の目では追えない速さ”と結論づけたのだ。
「いや…。実際、あの動きが見えたワケじゃないさ……」
 対戦相手の問いに、律儀(りちぎ)に答える遊戯。
「ただ、モンスターの動きを目で追うのはやめ…視野を広げて、どの穴を選べばいいか決めたのさ…直感でな!」
「…ちょ、直感…!?」
 思わぬ単語の出現に、城之内は目を丸くする。
(…直感で…正解の穴を当てただって……!?)
 思わず、まだフィールドに残っているボックスに目をやる。
 箱に空いた穴は全部で6つ。確率的に考えれば、6分の1の確率だったハズである。
(! いや…! 6分の1じゃねえ!!)
 穴を見つめるうちに、城之内はハッとした。
 遊戯は“運”に頼ったワケではない。直感――すなわち、“勘”に頼ったのだ。
 常人の“勘”ならば、頼ったところでほぼ6分の1のままかも知れない。
 だが、遊戯の“勘”となれば話は別である。
 遊戯はM&Wだけにとどまらず、あらゆるゲームに精通した人間だ。その研ぎ澄まされた“勝負勘”は侮れない。
 さすがに、百パーセント当てることができる、ということはないだろうが、それでも、遊戯が“勝負勘”を用いたというのであれば、的中確率はもはや6分の1とはいえまい。
(…だが…さっきの、狙う穴を決めたときの様子…!)
 遊戯は動揺した様子を微塵も見せず、堂々とモンスターに攻撃指示を出した。
 それは、自らの“勘”を信じきった証。
 思わず、本当はどの穴か分かっていたのではないかと錯覚してしまう。
(…つくづく…恐れ入るぜ、遊戯…!)
「オレのターンは終了だぜ!!」
 遊戯が声高にエンド宣言をする。
「いくぜ! オレのターンだ!!」

 ドローカード:ランドスターの剣士

(! 良し! …そっちが“勘”で来るなら、こっちは……!)
 引いたそのカードを、迷うことなくそのまま決闘盤の上に出す。
(オレは…“運”で勝負だぜ!!)
「『ランドスターの剣士』! 攻撃表示!!」
「! 攻撃表示!?」
 城之内のフィールドに、可愛らしい戦士が召喚される。だがその攻撃力は、見た目に反することなくわずか500ポイント。
 しかし城之内の場には、このモンスターとのコンボをなす、とっておきのカードが伏せてあった。
「――いっくぜぇ! リバースカードオープン! 『天使のサイコロ』!!」
「!!」
 魔法カードの効果により、サイコロを抱えた小さな天使が出現する。
「このカードの効果によって、サイコロを一つ振る! オレの場に存在する攻撃力500のモンスター――ランドスターの剣士は、出た目の数だけ攻撃力が倍化されるぜ!!」
 サイコロカードを用い、自らの“運”で遊戯の“勘”に対抗することを選んだ城之内。
(エート…遊戯の場のガゼルは攻撃力1500…。俺の場には『勇気の旗印』があるから……いくつが出ればいいんだ?)
 ――3以上です;
(そう! 3以上が出れば勝てるぜ!!)
 またもや作者と会話する城之内。
 電卓でも携帯しとけ……(ぇ)。
 ……なお、当小説では、城之内の頭は、三割り増しで悪くなっております。城之内ファンな方、ゴメンナサイ;(何)
 ちなみに、3以上が出る確率は3分の2。先程の遊戯のモンスターBOXと比べれば、成功率はだいぶ高い。
「――リバースカードオープン! 『手札抹殺』!!」
「……へ?!」
 天使の抱えるサイコロに注目していた城之内は、思わぬタイミングでの遊戯の魔法使用に目をしばたかせる。
「この魔法カードの効果により……お互いのプレイヤーは手札を全て捨て、それから捨てた枚数だけ新たにカードをドローしなおすぜ!!」
 そう説明すると、遊戯はさっさと手札3枚を捨て、新たに3枚引き直してしまう。
 『手札抹殺』は『天使のサイコロ』にチェーンする形で発動された。この場合、カードゲームの処理上は、後から使ったカードの効果が先に発揮されるのだ。
 よほど良い手札だったか、城之内はなごり惜しそうに残り一枚の手札を捨てる。
「…よし! 改めて、サイコロを投下するぜ!」
 デッキから新たに1枚引き、気を取り直す城之内。待ちわびた天使が、「エイッ」という可愛らしい掛け声とともにサイコロを投げ落とす。
 地面に落ちたサイコロは、まるで二人をからかってでもいるかのようにゆっくりと転がる。そして、ある面を上にし、ようやくサイコロは止まった。
『!!!』
 サイコロの目を見た二人は、揃って目を見張った。

 出た目は――『6』。

 説明するまでもなく、最も大きな数字である。
「い……いよっしゃぁぁぁ!! これで『ランドスターの剣士』の攻撃力は6倍だぜっ!!」
 『悪魔のサイコロ』で『5』が出たことといい、今日は非常についている。
 どうやらツキは、城之内にあるらしかった。ウハウハ状態(死語)の城之内。
「…えーっと、ランドスターの元々の攻撃力は500だから……500×6は――」
「――500×6は…3000だぜ、城之内くん……」
 今回は作者でなく、遊戯が教えてやる。その口調は、やけに静かなものだった。
「さ…3000! スゲェ! 青眼なみの攻撃力ってことかよ!!」
 有頂天な城之内は、目を輝かせながらランドスターを見た。
「ってえことは……遊戯の場のガゼルは攻撃力1500で、オレのランドスターは攻撃力3000、さらに『勇気の旗印』で攻撃力が200上がるから…えーっと、3200−1500で……」
 ブツブツと自問する城之内。
「……1700だ……」
「……へ?」
 またもや、律儀に答える遊戯。しかし、答えてもらった当人は、聞いた瞬間、固まってしまう。
「…その計算の答えなら…1700だぜ、城之内くん……」
 極めて冷静な口調で、遊戯は繰り返した。
「ちょ…ちょっと待てよ…確か、遊戯の残りライフは……」
 遊戯の腕の決闘盤に表示された数字を見る。その数字は――1600。
「……も、もしかして……」
 そして遊戯の場にはもう、リバースカードは一枚も残されていない。
「…勝っ…ちゃった…?」
 予期せぬ急展開に、城之内はただ、目が点になっていた。

 遊戯 のLP:1600
      場:幻獣王ガゼル
     手札:3枚
 城之内のLP:1750
      場:ランドスターの戦士,勇気の旗印
     手札:1枚



第六章・見えない罠

「…マ、マジかよ……」
 突然の事態に、城之内は目をしばたかせた。
 自分の場のモンスターは、遊戯の場のモンスターの攻撃力を1700ポイントも上回っている。そして、遊戯の残りライフポイントはわずか1600だ。さらに、遊戯の場には、相手ターンに相手の行動を妨害するために不可欠なリバースカードが一枚もない。
 以上の状況から、城之内は自らの勝利を確信したのである。
(…長かった…長かったぜ…!)
 念願の勝利を目の前に、心の中で号泣する城之内。
 この時が来るのを、どれほど待ち望んだことか。
(…見てるか、真紅眼…!)
 城之内は、決闘盤のカードに語りかける。
(…今まさに…オレは遊戯に勝って、お前の所持者として相応しい決闘者だってことを証明するぜ!!)
 城之内は顔を上げ、ランドスターの剣士に視線をやった。
(…ランドスターの剣士で攻撃すれば、オレはとうとう遊戯に勝て――)
 と、その瞬間、城之内の思考は停止した。
 疑心が生まれたのだ。
(――勝てるのか!?)
 城之内はハッとした。
 遊戯は、城之内の最終目標。
 そして、名実ともに最強の決闘者だ。
 その遊戯に、こうも簡単に勝てるものだろうか……!?
 城之内は恐る恐る、遊戯に視線を送った。
 遊戯は、真剣な面持ちで城之内を見据えていた。
 敗北を覚悟した表情には見えない。だが、城之内の攻撃を躊躇(ちゅうちょ)させるためのブラフ(ハッタリ)にも見える。
 表情から、遊戯の正確な心中は推し量れなかった。
(…落ち着け…、落ち着くんだ…!)
 わずかな動揺を感じつつ城之内は自分に言い聞かせた。
 ――何を警戒する必要があろうか?
 遊戯の場に、リバースカードは見当たらない。場にゆいいつ存在する『幻獣王ガゼル』も間違いなく、何の効果も持たないモンスターだ。
(…そうだ…! 遊戯の場にトラップはねえんだ! 遊戯にはもう、封じ手はねえ!!)
「…ランドスターの剣士!!」
 意を決し、場のモンスターに指示を出す。
「幻獣王ガゼルに、攻撃だ!!」
 城之内の指示に従い、ランドスターの剣士はガゼルに飛びかかった。
(――勝った!!)
 そう思った。だが、
「……そいつはどうかな……」
「エ…!?」
 遊戯の口から、思ってもみないことばが発せられる。
「城之内くん…、君はいま、オレの仕掛けた“見えない罠”にかかったぜ……」
「!!?」
「迎撃しろ! ガゼル!!」
「なにぃ!!?」
 攻撃力差は1700もあるハズだった。
 にも関わらず遊戯は、少しの動揺も見せない。

 ドゴオオオ!!

 二体のモンスターが衝突する。
 攻撃力が拮抗しているわけでもないため、その勝負はあっさりとついた。
「…そ…そんな…!?」
「…フフ……」
 二者二様の反応を見せるプレイヤーたち。
 明らかな動揺の声を上げたのは――城之内のほうだった。
 それもそのハズ、破壊されたのはガゼルではなく、ランドスターの剣士だったのである。
 そしてなぜか、城之内のライフポイントも大幅に削れてしまう。

 城之内LP:1750→450

「バカな…! いったい何が!?」
 ワケの分からぬ展開に、茫然自失の城之内。
「…承服いかないって顔だな…。ならば、種明かしをしておくぜ……」
 そう言うと、遊戯は自分の決闘盤の墓地から、モンスターカードを一枚選び出した。
 そのカードは――『暗黒魔族 ギルファー・デーモン』。
「このカードは墓地に置かれたとき、場のモンスターの攻撃力を500ポイントダウンさせる…。オレはこの効果により、ランドスターの剣士の攻撃力を下げ、返り討ちにしたのさ……」
「…なっ…! ちょ、ちょっと待てよ!」
 慌てて異議申し立てをする城之内。
「ランドスターの剣士の攻撃力は、ガゼルの攻撃力を1700も上回ってたんだ! 500ポイントていど減少しても、問題ねえはずだ。それが、何でこんな大きい返り討ちに…!?」
 先ほどのバトルの結果に、どうしても納得できない城之内。
「…確かに…攻撃力3000の時にその効果が発動したなら、ランドスターの攻撃力は2500だったろうが……」
「! あ…!」
 城之内はハッとした。
 遊戯が『手札抹殺』を使い、ギルファー・デーモンを墓地に送ったタイミング。それは、『天使のサイコロ』の効果が発揮される直前であった。
「そう…、攻撃力が倍加される前に、ランドスターの攻撃力は0になっていた…。0に幾つをかけても、その積は0にしかならない、というわけさ…!」
「…ぐっ…!」
 遊戯の説明に、ただ顔をしかめることしかできない城之内。
 つまり自分は、攻撃力0のモンスターで、相手モンスターに攻撃を仕掛けたということなのだ。
 一気に畳み掛けるつもりが、逆に裏目に出、逆転されてしまった。見事としか言いようがない。
(…くっ…くそっ…!)
 自分の迂闊(うかつ)さに、拳を握りしめる。
 手がかりはあった。
 『手札抹殺』の発動タイミングは、明らかに奇妙だった。
 だが、サイコロの目に6が出たことで、うかれ、それを警戒する余裕を失っていた。
「…オレは…、カードを一枚伏せ、ターンエンド……」
 意気消沈しつつも、リバースカードを一枚セットし、エンド宣言する城之内。
 自分が極めて追い詰められた状況にあることに、城之内は気付いていた。
「オレのターン! ドロー!」
(…城之内くんの場には、壁となるモンスターがいない…。リバースカードがブラフならば、これで終わりだが…!)
「ガゼル! 城之内くんにダイレクト・アタックだ!」
 容赦なく、攻撃宣言する遊戯。
 ガゼルが城之内に向かって、勢いよく飛びかかる。
「くっ…! リバースカード、オープン!」
 ガゼルの攻撃に対し、城之内は伏せカードの使用を宣言する。

 ――ゴオオオオ!!

「! これは…!」
 遊戯は目の前の状況に目を見張った。
 リバースカードを発動した瞬間、城之内の姿は黒い風に覆われ、見えなくなったのだ。
 城之内を包みこむように、激しく渦巻く黒い風。
 それに真っ向から突っ込んでしまったガゼルは、いとも簡単にはじき飛ばされる。
「! ガゼル!!」
 よろけながらも、遊戯の場に着地するガゼル。
 ゆっくりと、城之内を覆う風は収まっていった。
 黒い風が消えることで、城之内が表にしたカードの正体が見える。そのカードは――『闇の護風壁』。1ターンのみ敵モンスターの直接攻撃から身を守ることのできる、静香からもらった魔法カードである。
「フ…、やるな、城之内くん。リバースカードを一枚セットし、ターン終了だ」
 勝利のチャンスを逃しつつも、まだまだ余裕のある遊戯。
 一方の城之内は、完全に追い詰められていた。
(…これで、このターンは生き延びられた…! けど……)
 険しい表情で、城之内は自らの左手を見た。
 左手にも右手にも、カードは一枚も持っていない。
 城之内は今、全ての手札を使い切ってしまったのだ。
 ――バトル・シティ決勝トーナメント1回戦において、遊戯は言っていた。
 決闘者には、手札の数だけ可能性があると。
 いま、城之内の手札は0。
 城之内の手元に、可能性は残されていなかった。

  遊戯 のLP:1600
       場:幻獣王ガゼル,伏せカード1枚
      手札:3枚
 城之内のLP:450
      場:勇気の旗印
     手札:0枚



第七章・遠い背中

「…オ、オレの…ターン…!」
 絶体絶命の窮地に立ちつつも、気持ちを強く持ち、デッキと向き合う城之内。
 はたから見れば、それはあがきにしか映らないのかも知れない。
(…まだだ…! まだ、逆転できる…!)
 自分自身に言い聞かせる。
 確かに、城之内の手札は0。だが、遊戯の場に存在するモンスター、ガゼルは決して攻撃力の高いモンスターではない。さらに城之内の場には、自分のバトルフェイズ時に攻撃力を上げられるカード『勇気の旗印』もあるのだ。
 ここで能力値の高いモンスターカードを引ければ、それを壁にし、時間を稼ぎ、手札を増やすこともできる。
(そうだ…、モンスターカードを引ければ…!)
 だがそれは、裏返せば、モンスターカードを引けねば終わりという意味だ。
 デッキに伸ばす手が、わずかに震えていた。
「…っ…、ドロー!!」
 それを自覚しながらも、乱暴な手つきでカードを引く。

 ドローカード:鉄の騎士 ギア・フリード

(! よ…よし!)
 攻撃力1800を備えた、四ツ星以下では比較的強力なモンスターカードを引いた。
(このモンスターなら…遊戯のガゼルを倒せるぜ!!)
 迷うことなく、ギア・フリードを盤にセットする。
 手札のない城之内に、それ以外の選択肢はないのだ。
「オレはギア・フリードを攻撃表示で召喚するぜ!!」
 城之内の場に、鋼鉄の身体をした漆黒の戦士が出現する。
「ギア・フリード! ガゼルに攻撃だ!!」
 すぐさま攻撃命令を出す。
 遊戯の場には伏せカードがあるが、警戒する余裕はすでになかった。
 ギア・フリードはガゼルに飛び掛り、鋼鉄の右手を振りかざす。
「鋼鉄の手刀っ!!」

 ズバァァッ!!

 幸い、遊戯の場の伏せカードは発動されることなく、ガゼルの身体が真っ二つにされ、遊戯のライフが削られる。

 遊戯LP:1600→1100

(…よし! これで時間を稼げるぜ!)
「ターンエンド!」
 手札のない城之内には、エンド宣言以外の選択肢はない。
 とにかく今は、体勢を立て直す時間が欲しかった。
「…オレのターン! ドロー!」
 遊戯がカードをドローする。

 ドローカード:死者蘇生

(! よし!)
 この場面で、強力なカードを引き当てる遊戯。
「オレは手札から魔法カード、『死者蘇生』を発動!!」
「! なっ……!!」
 容赦なく、すぐさまカードを使用する。その強力ぶりは、スーパーエキスパートルールでも、制限カードにされているほどである。
「このカードの効果により、オレは……」
 墓地から一枚のカードを選び、そして、決闘盤にセットした。
「このモンスターを特殊召喚するぜ! 蘇れ! ギルファー・デーモン!!」
「!!」
 遊戯の場に、巨大な悪魔が出現する。数ターン前、城之内を窮地に追い込んだ張本人である。
 バスター・ブレイダーがゲームから除外されている今、遊戯が知る限り、墓地に存在する最も強力なモンスターであった。
「いくぜ! ギルファー・デーモンの攻撃!!」
 遊戯の攻撃宣言に合わせ、ギルファー・デーモンは力を込め、紅蓮の炎を生み出す。
「暗黒魔炎葬(ギルファー・フレイム)!!」
 生み出した炎を、ギア・フリードに向け、投げつけた。

 ――ズドォォォン!!

「…ぐっ…!!」
 ギア・フリードの身体は一瞬にして爆散し、城之内にもその炎は及ぶ。
 反射的に、城之内は右手で顔を守った。

 城之内LP:450→50

 これで城之内の残りライフはわずか50。まさに、風前の灯火である。
 さらに遊戯の場には、攻撃力2200を備えた上級モンスターが一体。先ほどのように、安易に状況は打開できない。

(……遠いな……)
 改めて、城之内は思い知った。
 自分と、遊戯との実力差を。
 いつの間にか、追いついたつもりでいた。
 けどまだやはり、遊戯との差は大きかった。
 すべを失い、立ち尽くす城之内。自分にはもう、うてる策がない。
 ――不意に、頭をよぎるものがあった。
 それは2日前、真紅眼を遊戯に預けたときのこと。
 あのとき遊戯と、自分自身に誓ったこと――

●     ●     ●     ●     ●     ●     ● 
   

「――見つけたぜ!!」
 ――それは、バトル・シティ開始直前のこと。
 城之内は、自分の大切なカードを奪った男を見つけだした。
 黒い装束に身を包んだその男は、喫茶店の屋外の席でコーヒーをすすりながら、ノートパソコンをいじっていた。

「城之内くん! 一体、何があったんだ!?」
 側にいたらしい遊戯が、城之内の声を聞いて駆けつけてきた。

「遊戯! お前はこんな野郎、相手にしちゃダメだ!」
 遊戯に慌てて警告する。
 レア・ハンターのデッキには、エクゾディアの封印カードが3枚ずつ入っているのだ。
 たとえ遊戯でも、そんなヤツに勝てるハズが無い。

 だが遊戯は、城之内の警告を聞き入れなかった。
「どいてろ! 君のカードはオレが取り返す!!」
 城之内の前に出、レア・ハンターに挑もうとする。
 止めようとするが、遊戯は決して退こうとはしない。
「城之内くん! オレが君の真紅眼を取り返す! そして――大会に共に出場するぜ!」
(! 遊戯!)

 ――ならばせめて、レア・ハンターのデッキにエクゾディアが投入されていることを教えようと思った。どんな戦術を使うのかさえ分かっていれば、遊戯なら、何とかできるかも知れない。
「遊戯! 気をつけろ! 奴のデッキには……」
「おっと!! その先は言うな! 城之内くん!」
「……!?」
 遊戯は左手をかざし、城之内のことばを制した。
「たとえレア・ハンターがどんな卑劣な手を隠していようが、ゲームの前に敵の手の内をオレが知る権利はない!」
 城之内の助言を拒否し、正々堂々と、遊戯はレア・ハンターに決闘を申し込んだ。

 時計が九時を指し、決闘が開始される。
 堂々と、真っ向から闘う遊戯。
 その様子を、手に汗を握りながら、城之内はただ見ていた。

「貴様にエクゾディアは召喚させない!」
 わずか三ターンで、遊戯は見事、相手の戦略を見破った。
「このカードでエクゾディアを打ち崩す!!」
 1枚の手札を示し、たのもしい宣言をする。

 その様子を見て、城之内は喜びと、そして、わずかな嫉妬を覚えた。
 レア・ハンターに敗北し、みすみす大事なレッドアイズを奪われた自分。
 相手が偽造カードを使っていることを口実に、敗北を恥じなかった自分。
 それに対して遊戯は、正々堂々と勝負を受け、そして、勝とうとしている。
(……オレと遊戯の間には、どれだけの差があるのだろう……)
 ふと、そう思った。
 決闘に臨む遊戯と、それを傍観するしかない自分
 少なくとも、その距離は小さなものではない。
 そう思わざるを得ないことが、何より悔しかった――

「伏せカードオープン!! 光の封札剣!!」
 光輝く剣が、レア・ハンターの手札からパーツカードを貫く。
「さらに!! 貴様の場にエクゾディアの右腕が出たことによってオレのトラップが発動するぜ!! 罠カード! 『連鎖破壊(チェーン・デストラクション)』!!」
 魔法と罠の華麗なコンボにより、レア・ハンターの戦術を完全封殺する遊戯。

 その後、レア・ハンターの体に、グールズの総帥、マリクが現れる。
 マリクは言う。
『遊戯…君が最初に闘ったこの男はグールズにおいて最弱の男…。君にとってはラッキーな相手だったね…』
 それを聞いて、城之内は愕然(がくぜん)とした。
(…この男が…最弱…!)
 その最弱の男に負けた、小さな自分。
 そんな集団に、果敢に挑もうとしている遊戯。
 自分と遊戯の距離は、果てしなく遠かった。

「城之内くん…これを…」
 真紅眼を取り返し、それを差し出してくれる遊戯。
 ――だが…それを素直に受け取ってよいものだろうか?
 ――真紅眼は、オレの手に戻ることを望むだろうか?
 答えはすぐに出た。
「遊戯…オレはその真紅眼を受けとることはできないぜ…」
 友情に甘え、真紅眼を受け取ることはできなかった。
「『真紅眼の黒竜』はオレにとってかけがえのないカードだ! だからこそ今は受けとれねえ! いや…! 今のオレじゃカードが許してくれねえ!」
 強くならねばならない。
 真紅眼の強さに、相応しい決闘者に。
 でなければ、真紅眼は報われない。
 ここで受け取っても、いずれ誰かに奪われてしまうのは目に見えている。
 情けない話だ。
 今の自分には、真紅眼のカードを守りきれる自信がなかった。
「だから遊戯! そのカードはお前が預かっておいてくれ!」
 真紅眼が誇ってくれるような決闘者になれるまで。遊戯と、肩を並べられる決闘者になれるまで。
「遊戯、頼みがある…。俺が大会を勝ち進んで…自分を決闘者と認められる時が来たら…」
 城之内は、誓いをたてた。
「オレと闘ってくれ!」
 強くなると。
 このバトル・シティで、遊戯と闘える決闘者になると。
 真紅眼に、相応しい決闘者になってみせると。
 ――それが、城之内のバトル・シティ。
 その誓いを果たすため、城之内は闘ってきた。
 そして今、その誓いは果たされようとしているのだ――

●     ●     ●     ●     ●     ●     ● 
   

「――ターンエンドだ!」
 バトルを終え、エンド宣言する遊戯。
 勝敗は、ほぼ揺るぎないものとなった。
 だが遊戯は、決して気を緩めない。
 決闘前の約束通り、全力で決闘に臨んでいた。
(さあ…、どうする、城之内くん!)
 気合を込めた眼光を、城之内に向ける。
「…! …まだだぜ…、遊戯!」
 その視線に応え、城之内は堂々と構えた。
「どんなに追い込まれようと…最後の最後まで、オレはぜってぇ諦めねえ!!」
 城之内の目は、まだ死んでいない。
 たとえ勝算がどれほど小さくなろうとも、可能性を信じ、闘う意志がこもっていた。
(…いい目だぜ、城之内くん…!)
 高揚感から、遊戯は思わず、笑みがこぼれた。
「来い! 城之内くん!!」
「おう! オレのターン! デッキからカードを引くぜ!!」
 決して諦めず、気合とともに、デッキに指をかける。
 それは城之内が、バトル・シティで得たもの。
 城之内の信じる、真の決闘者のあるべき姿。
 城之内はバトル・シティで、確かな成長を遂げていた。
(オレはお前に――追いついてみせる!!)


 ――遊戯は、いつも前にいた。
 今までは、その背中を見ながら、それでも仕方ないと思っていた。
 遊戯のほうが強いのは当たり前。
 自分は、遊戯の背中を追っていれば十分。
 どこかで、そんなふうに考えていた。
 だが、そんな自分はもう終わらせる。
 城之内は追いついて、同じ場所で、正面から遊戯と向かい合いたかった。


「ドロー!!!」
 勢いよくカードを引き、恐れることなく、それに目をやる。
(!! このカードは!!)

 ドローカード:ものマネ幻想師

 特殊なカードの出現に、城之内は目を見張った。

ものマネ幻想師
(幻想カード)
相手が場に出したカードを
コピーする。ただし「操り人形」
がなければモンスターはコピー
できない

(よし! このカードなら…!)
 決闘の終盤ほど、強力な効果を発揮できるカードである。遊戯がこの決闘で使用したモンスター以外のカード――つまり、魔法か罠カードをコピーし、使用することができるのだ。OCGとはだいぶチガウが;
(…遊戯が使用した魔法・罠カード……!)
 『ものマネ幻想師』を見つめながら、懸命に回顧を試みる。
 スーパーエキスパートルールでは、自由に相手の墓地を確認することが認められていない(OCGとの相違点)。よって、記憶に頼り、どのカードをコピーするか宣言しなければならないのである。
 頑張れ、城之内! …記憶力なさそうだケド(ぇ)
(…たしか…強欲な壺、魂の綱、融合解除、手札抹殺に、死者――)
「!!」
 城之内はハッとした。
 一つある、この状況を打開することのできる手が、たった一つ。
(…だが…!)
 躊躇いがあった。この状況でその手段を選ぶことは、できるだけ避けたかった。
 この決闘は、“あのカード”に頼らずに闘いたかったのだ。
(…でも…、他に、手はねえ!!)
 『強欲な壺』をコピーし、手札を増やすという方法もある。
 だが、遊戯の場のモンスターは攻撃力2200、手札2枚だけではあまりに心もとない。
(やるしか…ねえ!!)
 覚悟を決め、カードを使う。
「オレは手札から幻想(イリュージョン)カード、『ものマネ幻想師』を使用するぜ!!」
「! 『ものマネ幻想師』…!」
 思わぬカードの登場に、遊戯は身構える。
「このカードは、遊戯が使ったカードをコピーし、その効果を使うことができる…!
 オレは、さっき遊戯が使った魔法カード、『死者蘇生』をコピーさせてもらうぜ!!」
 立体映像で現れた『ものマネ幻想師』のカードの絵柄が、みるみる、『死者蘇生』のものに変わっていく。
(だが…どのモンスターを蘇生させるつもりだ!?)
 遊戯の知る限り、遊戯の場のギルファー・デーモンを上回る攻撃力を備えたモンスターは墓地に存在しなかった。そう、‘遊戯の知る限り’は――
「! まさか……!!」
 遊戯は、ひとつの懸念(けねん)にぶつかった。
 数ターン前の『手札抹殺』で、墓地に落ちた城之内の1枚の手札、その正体を遊戯は知らない。
「そう…! オレは、あのとき墓地に送られた上級モンスターを特殊召喚するぜ!!」
 そう言うと、城之内は盤の墓地に手をのばし、その中からカードを一枚ぬき取る。
 遊戯は頭の中で、攻撃力2200以上の城之内の上級モンスターを、知りうる限り思い浮かべた。
 ――ギルフォード・ザ・ライトニング、サイコ・ショッカー、そして――
(…頼む…! オレに、もういちど力を貸してくれ!!)
 そして城之内は、抜き出した一枚を決闘盤に勢いよくセットした。
「いでよ! レッドアイズ!!」
 城之内の場に、気高き黒竜が姿を現した。

  遊戯 のLP:1100
       場:暗黒魔族 ギルファー・デーモン,伏せカード1枚
      手札:3枚
 城之内のLP:50
      場:真紅眼の黒竜,勇気の旗印
     手札:0枚


第八章・咆哮(ほうこう)!!

 ――思えば、危機に瀕したときは、いつもレッドアイズに頼っていた。
 だから、決めていたのだ。
 次にレッドアイズを召喚するときは、無様な姿は決して見せまいと。
 レッドアイズが誇ってくれるような、そんな決闘者であろうと。
 だが、理想と現実は違った。
 城之内の残りライフはわずか50、手札もリバースカードもない、すでに後がない状態である。
 レッドアイズは今回も、最後の、切り札だった。

「…来たか…! レッドアイズ!」
 城之内の真紅眼召喚に、遊戯は身構えた。
 あるていど危惧できていた。
 この決闘に、真紅眼はきっと出てくる。
 それは遊戯の抱いていた、確信めいた予想だった。
 真紅眼は重々しく、城之内の眼前に降り立つ。
 その姿からは、自分の主人を、身を挺してでも守ろうとするような、強い意志が感じられた。
「…レッド…アイズ……」
 恐る恐る、城之内はことばをかけた。
 いつも頼ってばかりだった、黒き竜の背中。
 ひどく、なつかしかった。
 不意に、真紅眼が振り返った。
 真紅眼の紅い瞳に、城之内の姿が映りこむ。
 その瞬間、異変が起こった。
 真紅眼は頭を上げ、大きく、猛り叫んだのである。

「――っ!!」
 半端でない威圧感が、遊戯を襲う。
 そのプレッシャーに、遊戯はほとんど無意識に、一歩ひいていた。
 思えば決闘盤を用いた決闘で、真紅眼を敵に回すのは初めてであった。
 決闘盤にセットされたモンスターは、たいていプレイヤー以上の大きさで映像化される。その存在感は、以前までの、テーブル上で実体化されるモンスターの比ではないのだ。
 それでも遊戯が召喚したとき、このような巨大な咆哮を発したことは一度もなかった。
 ――それは、歓喜の咆哮。
 城之内の眼前で咆える真紅眼からは、たしかな喜びを感じ取れた。
(…良かったな、レッドアイズ…!)
 そんな真紅眼の様子を見て、遊戯は悦に入った。
 同時に、バトル・シティ終盤をともに闘った者としては、すこし寂しい気もした。
 真紅眼はやはり、自分より、城之内とともに闘うことを望んでいたのだ。
「…レッドアイズ!」
 今度は自信を持って、はっきりと名を呼ぶ城之内。
 真紅眼が喜んでくれていることは、城之内にも、確かに伝わった。
「…城之内くん」
 嬉しげに真紅眼を見上げる城之内に、遊戯がことばを紡ぐ。
「オレにはわかるぜ…。レッドアイズの紅き眼がいま、喜びの色に染まっているのが…!」
「……! ああ!!」
 戦意が、がぜん高揚する城之内。
 この窮地において、これほど頼もしいしもべはいない。
 知らぬ間に、当初の考えは頭から消えていた。
 今はただ、真紅眼と再び闘えるのが嬉しくて仕方がなかった。
(――いくぜ! レッドアイズ!!)
 心中の呼びかけに反応するように、真紅眼は遊戯の場のモンスター、ギルファー・デーモンを鋭く睨めつけた。
「オレのバトルフェイズ! 『勇気の旗印』の効果により、レッドアイズの攻撃力は2600ポイントにアップするぜ!!」
 大きく裂けた口を開き、口内から黒い炎を吐き出し、それをひとつの塊となす。
「レッドアイズの攻撃!!」
 城之内の叫びを合図に、炎の塊は威勢良く撃ち出された。
「黒炎弾!!!」

 ――ドゴォォォォン!!!

 それはギルファー・デーモンを直撃し、その身体を、粉々に打ち砕いた。
「…くっ…!」
 その攻撃力の差が、遊戯のライフポイントから差し引かれる。

 遊戯LP:1100→700

「いよっしゃぁぁ!! やったぜ! レッドアイズッ!!」
 まるでもう、決闘に勝ったかのような勢いで喜ぶ城之内。
「…フ…見事だぜ、城之内くん。だが! ギルファー・デーモンが再び墓地に送られたことにより、レッドアイズの攻撃力は500ポイント下がるぜ!」
 真紅眼の黒竜の攻撃力は、2400から1900へと下がる。
 攻撃力1900ならば、強力な4ツ星モンスターでも倒しうる数値である。城之内に手札は無いため、伏せカードによるサポートも行えない。
 だが城之内は、すこしの不安も垣間見せなかった。
「ターンエンド!!」
 それは、信頼によるもの。
 真紅眼の強さは、城之内が誰よりも知っていた。
「…オレのターン…ドロー!」
 ハイテンションな城之内とは裏腹に、落ち着いた様子でカードを引く遊戯。引いたカードを、冷静に視界に入れる。

 ドローカード:キングス・ナイト

 『キングス・ナイト』は攻撃力1600、守備力1400の四ツ星モンスターである。
 攻守ともに、弱体化した真紅眼にもとうてい及ばない。
(…ダメか…。ならば!)
「…オレは、キングス・ナイトを守備表示で召喚し…手札から、このカードを発動するぜ!!」
 手札から、魔法カードを決闘盤に出す。
 その瞬間、空から、何本もの光の剣が城之内の場に降り注いだ。

 ――ズババババッ!!

「!! これは…!!」
 それは、城之内もよく知ったカードであった。
「『光の護封剣』!! このカードの効果により…城之内くんの場のモンスターの攻撃を、3ターン封じるぜ!!」
 剣は城之内の場を囲み、真紅眼の自由を奪う檻(オリ)となる。
 これでは、さすがの真紅眼も、遊戯の場のモンスターへの攻撃態勢をとることができない。
「…光の護封剣、か…!」
 まじまじと、現れた光の剣を見上げる城之内。
 厄介なカードだが、今の城之内からすれば、それほど嫌なカードではなかった。
 遊戯が『光の護封剣』を使った――それはつまり、現時点で真紅眼を倒す手立てが無いということであろう。
 『光の護封剣』は時を稼ぐカード。手札が0枚である以上、時間が欲しいのは城之内も同じである。
(…これで城之内くんの三ターンを封じた…。だが、時間をかければかけるほど、城之内くんの劣勢はなくなっていく。レッドアイズ攻略にどれほどターンを要するか…、勝負だぜ、城之内くん!)
「ターンエンド!!」

  遊戯 のLP:700
       場:キングス・ナイト,光の護封剣,伏せカード1枚
      手札:2枚
 城之内のLP:50
      場:真紅眼の黒竜,勇気の旗印
     手札:0枚


第九章・静かな三ターン

「いくぜ! オレのターン!」
 真紅眼という心強いしもべを得、何とか持ち直した城之内。
 だが、本当の闘いはここからである。
(…光の護封剣の効果は3ターン…。だがその間、遊戯は攻撃できないワケじゃねえ…! 早めに体勢を整えねえとな!)
「ドロー!」

 ドローカード:おろかな埋葬

(…ち…!)
 内心で、舌打ちをする。
 『おろかな埋葬』はコンボ用のカードに過ぎず、一枚では役に立たない。
「…オレはリバースカードを一枚セットするぜ!」
 だが、このままでは場が心もとないため、ブラフとして、とりあえず場に伏せておく。
 そして冷静な目で、遊戯の場を睨む真紅眼を見上げた。
(…今、ギルファー・デーモンの効果によって、レッドアイズの攻撃力は1900にまで下がっている…。レッドアイズの守備力は2000、バトルを行えない以上、守備表示にしておくのが賢明だな……)
「――さらに! レッドアイズを守備表示に変更して、ターン終了だ!」
 真紅眼は翼をたたみ、守備体勢をとる。
「いくぜ! オレのターン!」

 ドローカード:ブラック・マジシャン・ガール

「よし…! オレはキングス・ナイトを生け贄に捧げ、『ブラック・マジシャン・ガール』を攻撃表示で召喚!」
「!!」
 遊戯の場からキングス・ナイトが消え、代わりに黒魔術師の少女が出現する。
 可愛らしい容姿に際どい衣装、そのファン数はかなりなもの…らしい(ぇ)。
 …が、ゲームにおいて大切なのは、外見ではなく能力値である。その攻撃力は2000。
(…攻撃力2000…、レッドアイズを攻撃表示のままにしてたらやられてたな……)
 軽く胸を撫でおろす城之内。真紅眼の守備力も2000なので、とりあえず破壊されることはない。
「…ターンエンドだ!」
「オレのターン! ドロー!」
 ドローカードを視界に入れると、すぐに場に出す城之内。
「オレはリバースカードを一枚セットし、ターンエンドだ!」
「オレのターン! ドロー!」

 ドローカード:クリボー

「オレはリバースカードを一枚セットし、『クリボー』を守備表示で召喚! ターンエンド!」
「オレのターン! ドロー!」
 黙々と、決闘を続ける二人。
 …決して、作者が決闘の描写に疲れてきたからとかではない、…決して;
「オレはさらに一枚、リバースをセットし、ターンエンド! この瞬間、『光の護封剣』の効果は消えるぜ!!」
 三ターンも、手抜きで描写すると早いものである(ぁ)。
 城之内の場にいくつもあった、光の剣が消え失せる。それにより、真紅眼はようやく身体の自由を取り戻した。
 ちなみに、二人の今の状況は以下の通りである。(まだ終わりませんよ;)

  遊戯 のLP:700
       場:ブラック・マジシャン・ガール,クリボー,伏せカード2枚
      手札:1枚
 城之内のLP:50
      場:真紅眼の黒竜,勇気の旗印,伏せカード3枚
     手札:0枚

(…城之内くんの場には、リバースカードが3枚…か……)
 『光の護封剣』の効果が切れたところで、冷静に場を見つめなおす遊戯。
 相手の伏せカードが多いほど、決闘者は、慎重に行動をとらねばならないものである。
「…オレのターン…ドロー!」
 城之内の場を睨みつつ、デッキからカードを引く遊戯。

 ドローカード:魔術の呪文書

(! よし…! このカードを使えば、ブラック・マジシャン・ガールの攻撃力を500ポイントアップできる…! 守備表示のレッドアイズを倒すこともできるぜ! ……だが…!)
 城之内の場に、伏せカードは3枚。うかつに攻撃すれば、罠にかかる可能性が高い。
(…さて、どうするか…)
 『魔術の呪文書』を左手に持ち替えつつ、軽く考え込む遊戯。
 そこでふと、城之内の場で表になった魔法カードに目がいく。そのカードは――『勇気の旗印』。
(…『勇気の旗印』は城之内くんのバトルフェイズ時、城之内くんの場のモンスターの攻撃力を200ポイント上げる…。つまり、次のバトルフェイズ時、レッドアイズの攻撃力は2100にまで上がり、ブラック・マジシャン・ガールの攻撃力を上回る…!)
 強力なトラップカードには攻撃誘発型、つまり、相手の攻撃宣言に対して発動されるものが多い。
 よって、安易に攻撃はできないワケだが――、城之内から攻撃してきた場合なら、攻撃誘発型トラップは発動できないハズである。
(…とりあえず、『魔術の呪文書』を伏せて、様子を見るのが妥当か……。もしレッドアイズで攻撃してくるなら、カウンターで発動させ、返り討ちにすることもできる…!)
 いま、ブラック・マジシャン・ガールは遊戯の場の要(かなめ)である。易々(やすやす)と失うわけにはいかない。
 ……決して、存外に扱ったらファンにボコられそうだから、とかいう理由ではなく(ぇ
「オレはリバースをさらに一枚セット! ターンエンドだ!」
 だが、これで遊戯のリバースカードも3枚。城之内も、軽はずみには攻撃してこないハズである。互いに攻めづらい、均衡状態に入ってしまった。
「…オレのターン! ドロー!」
 カードを引き、それを視界に入れる城之内。その瞬間、城之内の顔色がわずかに変わった。

 ドローカード:融合

(…遊戯の場にはマジシャン・ガールにクリボー…そして、リバースが3枚…か…)
 遊戯と自分の場、そしていま引いたカードを交互に見比べる城之内。
(…よし…! これは賭けだ!)
 城之内は、場に伏せてあったリバースカードに手を掛けた。
「リバースマジック発動! 『おろかな埋葬』!」
「! おろかな埋葬…!」
「このカードによって…オレはデッキからカードを一枚選び、遊戯の墓地に送るぜ!!」
 城之内は盤からデッキを取り出し、カードを選ぶ作業に入る。
(…『おろかな埋葬』か…。これはもしや、対リシド戦で見せた……!)
 いちど見たコンボはちゃんと把握している遊戯。リッパである。
「…オレはこのカードを、遊戯の墓地に送るぜ…!」
 カードを一枚選び出すと、デッキを盤に戻す。当然、シャッフルし直した上で。
「さらに! リバースオープン! 『墓荒らし』!!」
(! やはり…!)
 遊戯の読みどおりのカードであった。
 城之内は先ほど選んだカードを、『墓荒らし』で自分の場に持ってくる腹づもりなのである。
「オレは、さっきの『おろかな埋葬』で遊戯の墓地に送った上級モンスターを特殊召喚するぜ!」
 いちいち遊戯の墓地にカードを置くのは面倒なため、そのやり取りは割愛であるw
(…上級モンスターか…! オレの場にはリバースが3枚ある! 恐らく城之内くんの選んだモンスターは……サイコ・ショッカー!)
 常に城之内の先の行動を読もうとする遊戯。だが、最後の予想だけはハズれていた。
「いでよ! ギルフォード・ザ・ライトニング!!」
「!! 何!?」
 城之内の場に、背中に大剣を備えたゴツイ戦士が特殊召喚される。
 予想違いのモンスターの登場に、遊戯は眉根を寄せた。
「いっくぜぇ! 遊戯!!」
 そんな遊戯の心境などお構いなしに、悠々(ゆうゆう)とゲームを続行する城之内。
 戦士は勇ましく、背中の大剣、ライトニングクラッシュソードを抜き放ち、戦闘態勢をとった。

  遊戯 のLP:700
       場:ブラック・マジシャン・ガール,クリボー,伏せカード3枚
      手札:1枚
 城之内のLP:50
      場:ギルフォード・ザ・ライトニング,真紅眼の黒竜,
        勇気の旗印,伏せカード1枚
     手札:1枚


第十章・究極の戦士!!

「ギルフォード・ザ・ライトニングはもちろん攻撃表示だ! いくぜ! オレのバトルフェイズ!!」
 真紅眼の黒竜は守備表示のままで、バトルフェイズの開始を宣言する城之内。
(!! オレの場のリバースを恐れずに…真っ向から攻撃してくる気か!!)
 予想外の展開にやや動揺しつつも、身構える遊戯。
 遊戯の場のリバース3枚を警戒し、城之内はきっとサイコ・ショッカーを召喚してくると思ったのである。
 場にサイコ・ショッカーがある限り、対戦相手の罠カードはすべて破壊される。対戦相手の伏せカードが3枚もあるなら、普通はサイコ・ショッカーを呼ぶものであろう。
(…まさか…、オレのリバースの正体を読んでいるのか…!?)
 ――そう、遊戯の場の伏せカードに、トラップは一枚も含まれていない。すべて魔法カードなのだ。
 対戦相手の伏せカードが全て魔法だと分かっているなら、攻撃力を重視し、伝説の騎士(ギルフォード・ザ・ライトニング)を特殊召喚するのにも頷ける。
(…だが…、仮に、オレの場に出ているモンスターを手がかりに、1、2枚が魔法カードだと読めたとしても、3枚すべてが魔法だとは予想しがたいハズ。これは……!)
 何かある、と警戒する遊戯。
「ギルフォード・ザ・ライトニング! ブラック・マジシャン・ガールに攻撃だ!」
 伝説の剣士は剣を構え、真正面から突っ込んでくる。
 マジシャン・ガールの攻撃力は2000、対する伝説の騎士の攻撃力は『勇気の旗印』の効果により3000である。そのままバトルが行われれば、1000ダメージを受け、遊戯の敗北が決定してしまう。
(…二体の攻撃力差は1000…! 『魔術の呪文書』を使っても、マジシャン・ガールは勝てない! ならば!!)
「魔法カードオープン! 『増殖』!!」
 『増殖』の効果を受け、マジシャン・ガールの隣のクリボーは、無数に分裂し始める。

『クリクリ〜♪』

 彼らはすぐに、伝説の騎士とマジシャン・ガールの間に“増殖壁”を作り出した。
 とつぜん目の前に現れた無数のクリボーに、伝説の騎士は慌てて剣を振るう。

 ――ドカンドカンドカン!

 だがクリボーは、剣に触れた瞬間、自爆をし、さらに周囲のクリボーたちも、その衝撃で誘爆する。たまらず、伝説の騎士は後退した。
「クリボーは敵に触れた瞬間、機雷となって自爆する…! 城之内くんの場のモンスターの攻撃は届かないぜ!!」
 神をも凌ぐ攻撃力を備えたモンスター、『青眼の究極龍(ブルーアイズ・アルティメット・ドラゴン)』ですら破れなかった、遊戯デッキのとっておきのコンボである。
 無数のクリボーによる増殖壁を何とかしない限り、遊戯と、そのモンスターにダメージを与えることはできない。
 増殖壁を突破する方法は二つ、遊戯の場の『増殖』を除去するか、それとも場のクリボーを全て破壊するかである。
 だが、『増殖』の効果を受けたクリボーは、果てしなく増殖し続ける。後者の手段だと、一度に全てを破壊する必要があるのだ。
(…やっぱりな……)
 だが城之内は、遊戯が増殖コンボを使ってくることを読んでいた。だからこそ、伝説の騎士を召喚したのである。
「…オレは場にカードを一枚伏せ、ターン終了だぜ!」
 落ち着いた様子でエンド宣言する城之内。
「…オレのターン…、ドロー!」
 その様子をやや訝(いぶか)しみながらも、カードを引く遊戯。
(…城之内くんの場にはギルフォード・ザ・ライトニングとレッドアイズ、そしてリバースが二枚……)
 嫌な予感がした。
 本来ならば、クリボーの増殖壁に守られている限り、遊戯の場のモンスターが破壊される恐れはない。
 だが、一刻も早く、城之内の場のモンスターを倒さねばならない気がするのだ。
(…『魔術の呪文書』を使えば、マジシャン・ガールの攻撃力は2500にアップする…。そうすれば、伝説の騎士は無理でも、レッドアイズは破壊することができるぜ…!)
「よし…! オレは、クリボーの増殖壁を一時的に解除するぜ!」
 このままでは増殖壁が邪魔で、ブラック・マジシャン・ガールも攻撃できない。表にされている『増殖』を再び裏に戻す。すると、無数に分裂していたクリボーたちは次々消えてゆき、再び一体に戻った。また『増殖』を表にすれば、再び増殖壁を張れるという算段である。
 …なお、原作ルールでも“一時的”に解除できるかは知りません、念のため;
「さらに! 場に伏せた魔法カード、『魔術の呪文書』を発動! ブラック・マジシャン・ガールの攻撃力は2500にアップするぜ!!」
 マジシャン・ガールの目の前に、唐突に魔術書が現れる。
 それを読んで魔術の知識を得た結果、マジシャン・ガールの攻撃力は500上がる。
「バトルフェイズ! ブラック・マジシャン・ガールでレッドアイズに攻撃だ!」
 守備体勢をとったままの真紅眼にとびかかり、颯爽と杖を振りかざすガール。
「黒・魔・導・爆・裂・破(ブラック・バーニング)!!」
 杖から、魔力の波動を放つ。このまま命中すれば、真紅眼は破壊できるのだが、
「……へへ!」
 城之内にも、とっておきの策があった。
「いくぜ、遊戯! リバースカードオープン! 『融合』!!」
「!? 融合!!?」
 その瞬間、真紅眼の身体は消え、黒い大きな光となる。
 それは、伝説の騎士に向かい、そして、合体した。
 結果、ガールの攻撃は、むなしく空を切ることになる。
「『融合』の魔法効果により、レッドアイズと伝説の騎士を融合させるぜ!!」
「…!! レッドアイズと伝説の騎士を…!?」
 その瞬間、場が眩く輝いた。
 反射的に、遊戯は目を細める。
 そして、次に目を見開いたとき――そのモンスターは、城之内の場に降臨していた。
「『究極竜戦士−ダーク・ライトニング・ソルジャー』!!!」
「!!!」
 城之内の場に、漆黒の鎧で身を固めた、一体の人型モンスターが出現する。
「…このモンスターが…、遊戯! この決闘に終止符を打つぜッ!!」

  遊戯 のLP:700
       場:ブラック・マジシャン・ガール,魔術の呪文書,クリボー,(増殖),
        伏せカード1枚
      手札:2枚
 城之内のLP:50
      場:究極竜戦士−ダーク・ライトニング・ソルジャー,
        勇気の旗印,伏せカード1枚
     手札:0枚


第十一章・魔術師(マジシャン)v.s.戦士(ソルジャー)!!

「…ダーク・ライトニング・ソルジャー……!」
 初見のモンスターの登場に、遊戯は目を澄まし、身構えた。
 究極竜戦士(ダーク・ライトニング・ソルジャー)の容姿は、伝説の騎士のものである。どうやら、伝説の騎士が基盤となり、真紅眼はそれを強化する形での融合形態のようだ。
 究極竜戦士と伝説の騎士の相違点は、身にまとった漆黒の鎧と、そして、先程のバトルで使い右手に持ったままのライトニングクラッシュソードとは別に、背中にもう一本あらたな大剣を携えている点だ。
 その攻撃力は、驚くべきことに3500にも及ぶ。『魔術の呪文書』で強化されたブラック・マジシャン・ガールの攻撃力を、さらに1000ポイントも上回っているのだ。
 だが遊戯は、その攻撃力以上に、警戒すべき何かを感じていた。
「……“究極竜戦士−ダーク・ライトニング・ソルジャー”……」
 もう一度、そのモンスターの呼称を口にしてみる。
(…似ている…! オレの、あのモンスターと…!)
 “あのモンスター”というのは、バトルシティ準決勝で最後に召喚された、遊戯のデッキで最強を誇る融合モンスターのことである。
 遊戯の切り札モンスター、『ブラック・マジシャン』と『バスター・ブレイダー』の融合体、その名も、“超魔導剣士−ブラック・パラディン”。
 ともに7ツ星以上のモンスター同士の融合体であり、かつ、ネーミングも類似している。ということは、他にも類似した点がある可能性が高い。
 超魔導剣士(ブラック・パラディン)は、融合素材であるモンスターの特殊能力を引き継ぎ、備えていた。究極竜戦士も、融合素材モンスターの特殊能力を引き継いでいる可能性は高い。
「――!! まさか!?」
 遊戯は、自分が警戒すべきことの正体に気付き、急いで相手モンスターの右手の大剣――ライトニングクラッシュソードに目をやった。
 ライトニングクラッシュソードは光を帯び、激しく放電している。
「そう…! ダーク・ライトニング・ソルジャーは、ギルフォード・ザ・ライトニングの特殊能力を引き継いでいる! 正規の手順での融合召喚に成功した場合、相手フィールド上のモンスターを全て破壊することができるぜ!!」

究極竜戦士−ダーク・ライトニング・ソルジャー /闇
★★★★★★★★
【戦士族】
「ギルフォード・ザ・ライトニング」+「真紅眼の黒竜」
上記のカードでこのカードを融合召喚した場合、
相手フィールド上のモンスターをすべて破壊する。
攻3500 守2300 

「…! 全て…破壊…!!」
 その強力な能力に、遊戯は愕然とする。
 遊戯の場には、マジシャン・ガールと、無限に増殖可能なクリボーがいる。それらを、全て破壊できるというのだ。
「いくぜ、遊戯! ダーク・ライトニング・ソルジャーの特殊能力発動!!」
 城之内が叫ぶと、その戦士は右手の大剣を空に向けてかざした。
(!! マズイ…!!)
「オレは『増殖』を再発動する!!」
 遊戯は、いちど裏に戻した『増殖』を再び表にする。

『クリクリ〜♪』

 クリボーは再び分裂し出し、増殖壁を作る。
「無駄だぜ! 遊戯!!」
 無限に増えていくクリボーに合わせ、ライトニングクラッシュソードのまとう電撃がさらに大きくなる。
「どれだけの数だろうと……ダーク・ライトニング・ソルジャーの特殊能力は、遊戯の場のモンスターを残らず破壊する!!」
 究極竜戦士は電撃を、遊戯の場に向け、一気に解き放った。
「ライトニング・サンダー!!」
 巨大な稲妻が、一直線に増殖壁を強襲する。
 その勢いは凄まじく、直撃すれば、増殖壁に守られたブラック・マジシャン・ガールもひとたまりもない。
「――まだだ!! リバースカードオープン!! 『ディメンション・マジック』!!」
「!! 何!?」
 城之内の猛攻に、遊戯は場にある最後の伏せカードを発動した。
「増殖したクリボー二体を生け贄に、手札から魔術師を1体特殊召喚するぜ!!」
 稲妻が直撃する寸前に、ガールの目の前のクリボー二体が生け贄に捧げられる。

 ――ズガガガガガガァァァンッ!!!

「……っ…!」
 稲妻が遊戯の場に降り注ぐ。
 クリボーの数に合わせて稲妻の威力が拡大化されていたため、その衝撃は凄まじいものがあった。
 鈍色(にびいろ)の煙がたちこめ、遊戯の場の様子が見えない。
「…やった…か…?」
 ゆっくりと、煙が晴れていく。
 煙がはれた先、遊戯の場には一枚のカードすら残されていないハズであった。
「!! なっ…!」
 目の前の光景に、城之内は驚愕する。
 確かに、クリボーの増殖壁は全て取り除けた。
 だが――“それ”は、そこにあった。
 人型の、魔術道具のような装置が、遊戯の場には残されていたのだ。
 それはまさしく、『ディメンション・マジック』の効果で遊戯が場に出現させたものである。
(…あの稲妻で…傷ひとつつかなかったってのか…!?)
 その装置の尋常ならぬ頑丈さに、唖然とする城之内。
「…フ…。モンスターは破壊できても、コイツは無理だったみたいだな……」
 やがて、鎖で固定されたそれはゆっくりと開き、中から、一体の魔術師が現れる。
「…!! …ブラック…マジシャン…!!」
 攻撃力2500を備えた最上級魔術師、『ブラック・マジシャン』。
 遊戯の、最も信頼するしもべである。
 遊戯が、一筋縄でいかない相手なのは分かっていた。
 だがこの局面で、このモンスターを召喚されるとは思わなかった。
「!? マジシャン・ガールは…破壊できたのか?!」
 城之内はハッとして、遊戯の場を見回す。
 どこにも、その姿はない。
 『ディメンション・マジック』の‘このあとの効果’は、場に魔術師二体が揃わなければ成立しないのだ。
 遊戯の場に存在するのがブラック・マジシャンだけなら、恐るるには足りない。
「…フフ…。ブラック・マジシャン・ガールなら、ちゃんとここいるぜ……」
 遊戯がそう言うと、ガールは『ディメンション・マジック』の装置の裏から、ひょっこりと現れる。
 『ディメンション・マジック』の効果でブラック・マジシャンを呼び出した瞬間、ガールはその陰に隠れ、稲妻をやり過ごしたのである。
 お師匠サマを盾にするとは、イケナイ弟子である。
 そんなガールに、ヤレヤレと軽くため息を漏らす師匠。
 ガールはぺろっと舌を出し、悪戯っぽく笑んでみせた。
「『ディメンション・マジック』の効果はこれだけじゃないぜ! 場に二体の魔術師が揃ったとき、その連携攻撃で、相手フィールド上のモンスター一体を破壊することができる! …そう! 城之内くんの場のモンスター…ダーク・ライトニング・ソルジャーをな!!」
「…くっ…!!」
 遊戯の場の二人の黒魔術師は顔を合わせ、頷くと、杖を重ねた。
 その先を究極竜戦士に向け、魔力を込める。
「いくぜ! 城之内くん! ブラック・バーニング・マジック!!!」

 ――ドゴォォォォォォッ!!!

 魔術師師弟の力を合わせた、巨大な魔力の塊が、究極竜戦士へ向け放出される。
 バトルシティ大会決勝戦、最強の神・『ラーの翼神竜』をも撃破した、最強の技である。
(……賭けるしか――ねえ!!)
 魔術師師弟による連携攻撃の魔力波動が、究極竜戦士に迫る。
「まだだぜ!! 遊戯!!」
「!?」
 イチかバチか、城之内の場には、最後の手段が残されている。
 場に残された最後の伏せカードに、城之内も手を掛けた。
「いくぜぇ! トラップカード発動! 『メタル化・魔法反射装甲』!!」

メタル化・魔法反射装甲
(罠・装備カード)
相手プレイヤーが攻撃した時 場のモンスター
一体をメタル化し魔法攻撃ならばそれをハネ返す。
その後装備カードとなる
攻撃力+400 守備力+400

「!! 何!?」
 思わぬカードの発動に、遊戯は瞳孔をひらく。
 遊戯の知る限り、それは城之内の所有するカードではなかった。
 それは、前日に静香がくれたカードパックに入っていた、最後のカードである(第一章参照。高笑いのヤツですw)。
「『メタル化』は、オレの場のモンスター一体を機械(マシーン)モンスターにし、攻撃力・守備力を400ポイントアップさせる!!」
 究極竜戦士の漆黒の鎧が光沢を帯び、漆黒の鋼鉄へと変わっていく。そして更に、その攻撃力は3900へと上がった。
「さらに! 機械モンスターになったことにより、ダーク・ライトニング・ソルジャーは相手の魔法攻撃をハネ返すことができるぜ!!」
 …原作とOCGで、このカードはだいぶ効果が違います、ご注意を;;
(…だが…! 『ディメンション・マジック』による魔法攻撃は、あの『ラーの翼神竜』をも倒した最強魔法! メタル化の効果でハネ返せるかは分からねえ…!!)
 これは、賭けといって良かった。
 ここで、究極竜戦士を失えば、城之内の敗色は濃厚になる。
 だが逆に、ハネ返し、生き残らせることができれば、圧倒的な攻撃力を誇るモンスターが残る城之内の勝算は大きい。
「ハネ返せぇぇっ!!!」

  遊戯 のLP:700
       場:ブラック・マジシャン,ブラック・マジシャン・ガール,
        魔術の呪文書
      手札:1枚
 城之内のLP:50
      場:究極竜戦士−ダーク・ライトニング・ソルジャー,
        メタル化・魔法反射装甲,勇気の旗印
     手札:0枚



第十二章・誇れるしもべ

 黒魔術師師弟による連携魔法が、武装を鋼鉄化した究極竜戦士に迫る。
「ハネ返せ! ダーク・ライトニング・ソルジャー!!」
 主人のことばに軽く頷くと、究極竜戦士は右手のライトニングクラッシュソードを地面に勢いよく突き立て、背中のもう一本の大剣に手を伸ばす。
「!! あれは…!」
 究極竜戦士の一挙手一投足に目を見張る遊戯。
 『メタル化』が発動された以上、黒魔術師師弟の連携攻撃をただ楽観視するワケにはいかないのである。
 究極竜戦士の新たに抜き放った大剣は、鋭く、漆黒に輝いていた。どうやら、剣のほうもメタル化の効果を受けているらしい。究極竜戦士はその柄を、両手で力強く握り締めた。
「この大剣は、闇の大剣・ダークフレアソード…!! ギルフォード・ザ・ライトニングがあらかじめ持っていた光の大剣・ライトニングクラッシュソードと対を成す、レッドアイズの魂の宿った剣だぜ!!」
(…ダークフレアソードは闇の大剣…! 闇属性の攻撃には、あるていど耐性がある!!)
 あいまいな設定を付け加える作者(ぁ)。
「…メタル化とダークフレアソード…! この二つで、どこまで連携魔法攻撃に耐えられるか! 勝負だぜ!! 遊戯!!」
「……!!」
 固唾(かたず)を呑(の)んで、信頼するしもべ同士の衝突を見守る決闘者たち。
 ダークフレアソードを構えると、究極竜戦士は、放たれたブラック・バーニング・マジックに勇ましく飛び込んだ。
 剣を振りかざし、魔力の塊めがけて、力強く振り下ろす。

 ――ズガァァァァァッ!!!!

「くっ!!!」
 すさまじい衝撃が、二人の決闘者を襲う。
 今まさに、ダークフレアソードとブラック・バーニング・マジックが衝突した。
 襲いくるブラック・バーニング・マジックを、必死の形相で、究極竜戦士が剣の峰(みね)で押さえ込む。
「がんばれ!! ダーク・ライトニング!!」
「押し切れ!! ブラック・マジシャン!! マジシャン・ガール!!」
 二人は思わず、自らのしもべたちに声援を送っていた。
 決闘者たちの目の前で、尋常ならぬ臨場感の闘いが繰り広げられる。とても、立体映像(ソリッドビジョン)によるものとは思えなかった。

 ……海馬コーポレーションも、すごいモンを作ったものである(ぉ)

 始めの衝突時には、互角に見えた。
 だがすぐに、どちらが不利か目に見えて明らかになる。
 押されているのは――究極竜戦士の方だ。
「…ぐっ…! ダーク・ライトニング・ソルジャー!!」
 ダークフレアソードで魔力波動を抑えつつも、その身体はじりじりと後退してきている。
 その様子を見て、遊戯は軽く安堵のため息を漏らした。
「…残念だったな、城之内くん。『ディメンション・マジック』の効果による連携魔法攻撃は、相手モンスターを“確実に”破壊する。メタル化の効果を受け、耐性の高い剣を使おうとも、その効果を無効にはできないぜ!!」
「…くっ…!」
 顔をしかめる城之内。
 ある程度は覚悟できていた。
 最強の神をも倒した攻撃に、この程度の策で対処しきるのは不可能かも知れないと。
 ――『ディメンション・マジック』による魔法攻撃は攻撃力を持たない。つまり、ここで究極竜戦士がやられても城之内のライフは削られず、敗北は決定しないのだ。
 ここは、究極竜戦士を見殺しにし、『メタル化』を温存して、次のドローに賭ける方が妥当な選択かも知れなかった。
(…勝つためには、その方が正しかったのかも知れねえ…! だが!!)
 それは、城之内の信念に反することだった。
 自らの勝利のために、モンスターを理不尽に犠牲にする。
 そんな消極的選択は、城之内の目指す、“真の決闘者”のものではなかった。
「…もちこたえてくれ!! ダーク・ライトニング!!」
 再度、声援をかける。
 究極竜戦士も負けまいと、両腕に必死で力を込めた。

「…!」
 ふと、遊戯は自分の場の二人の魔術師を見上げる。
 ちょうど、二人の魔術師が、ブラック・バーニング・マジックの魔力を放出しきったところであった。
 だが、究極竜戦士を必死に応援する城之内には、そのことに気付く余裕はない。
(…粘るな…! だが、この魔法攻撃に耐えきることは不可能なハズ!!)
 ブラック・バーニング・マジックは術者二人によるコントロールを失いつつも、絶えず前進し続ける。
 遊戯は、この魔法効果に自信があった。
 一般的に見て、『ディメンション・マジック』は発動条件が困難であり、かつ、モンスター一体しか破壊できない、効率性に欠けるカードである。…OCGだとそうでもないケド。
 それでも遊戯がこのカードを投入しているのは、その破壊効果の“確実性”を見込んだためだ。
 撃てれば、神さえも破壊できるその威力。
 たとえ『メタル化』だろうが闇の大剣だろうが、その程度の耐性では、土台、防ぐことはかなわないのである。

「……っ……!!」
 ダークフレアソードに、大きなヒビが入る。
 ここまで粘った究極竜戦士にも、限界がきていた。
(…やはり…! ダメなのか!!)
 城之内も諦めかけた、その時だった。

 ――バシッ!!

『!!?』
 ――遊戯も城之内も、その瞬間、何が起こったのか判らなかった。
 ただ、究極竜戦士の身体が一瞬かがやいたと思った次の瞬間、究極竜戦士は伝説の騎士と、『メタル化』の効果を受けた真紅眼――『レッドアイズ・ブラックメタルドラゴン』に分離していたのである。
「…なっ…!?」
 目の前の光景に、遊戯は目を疑い、瞬かせた。
 鋼鉄の身体を持ったレッドアイズは、伝説の騎士の前に立ち塞がり、全身でブラック・バーニング・マジックを押さえ込んでいる。
(…そんなバカな…!?)
 唖然とする遊戯。
 融合モンスターは通常、『融合解除』などの魔法効果を受けでもしない限り、その融合状態を解除することは不可能である。
 融合解除効果が使用された形跡は、どこにもない。
 現に、城之内自身も、不測の事態に目を丸くしているのだ。
「…! ムチャだ! レッドアイズ!!」
 ハッとして、城之内は真紅眼に呼び掛けた。
 メタル化の効果を受けていても、真紅眼は所詮、究極竜戦士以下の攻撃力しか有さないモンスター。
 必死に耐えてはいるものの、真紅眼の表情は非常に苦しげだ。
 融合状態を解除された伝説の騎士は、慌てて真紅眼のフォローに回ろうと、身じろぎする。
 だがその瞬間、真紅眼は振り返り、その紅い瞳で伝説の騎士を睨みつけた。

『……!!』

 その眼から何を感じ取ったのか――、伝説の騎士は動作を止め、その場に立ち尽くす。

(!! ――まさか!!?)
 そのやり取りを見て、遊戯の脳裏に、ある考えがよぎる。
 ――この融合分離はまさか、レッドアイズ自身の意志によるものではないのか と。
 ブラック・バーニング・マジックによる魔法攻撃は威力が大きいものの、所詮はモンスター“一体”を対象にするもの。
 融合状態を解除し、真紅眼が盾になれば、伝説の騎士は生き残り、城之内の場にはモンスターが残ることになる。
(…自らを犠牲にしてまで…主を守ろうというのか!?)
 真紅眼の魂に、ただ感服することしかできない遊戯。

 ――自己犠牲の精神から、自らの意志で融合解除という奇跡を起こし、主人とその仲間を救おうとする真紅眼。

 だが、次の瞬間、遊戯はその考えが、半分は外れていたことを思い知る。
 魔力攻撃に耐える真紅眼の姿に、大人しくやられようなどという心情は微塵も認められない。
 たった一人でも、真紅眼は、目の前の攻撃をハネ返そうとしているのだ。
「…!! 負けるな!! レッドアイズッ!!」
 城之内もそのことに気付き、声を張り上げてエールを送る。

 ――城之内の叫びに応えたのだろうか。
 真紅眼は召喚されたときと同じように、甲高い声で咆哮した。
 そして、全身全霊、全ての力を引き出して、一気にブラック・バーニング・マジックを押し返しにかかる。
「!? 何だと!?」
 遊戯は驚愕する。
 魔力波動の、前進が止まった。
 もう一度、より大きな鳴き声を上げる真紅眼。

 ――ズォォォォ……!!

 ブラック・バーニング・マジックの攻撃軌道は――完全に反転する。
 そして、黒魔術師たちへ向け、一気に跳ね返された。
「!!!」
 ――完全に、予想外だった。
 城之内の場のモンスターを襲った巨大な魔法攻撃は、一転、遊戯の場のモンスター
を強襲する。
 遊戯の場にはもう、伏せカードは一枚も残されていない。

「…やった…! やったぜ!! レッド――」
 それを見て、大喜びで声をかけようとする城之内。
 ――だが刹那、城之内の眼前の出来事がスロウになる。

 城之内の目の前で、真紅眼の漆黒の身体が、ゆっくりと落ちてゆく。
 ゆっくりと、鈍い音ともに、それは地に叩きつけられる。
 苦しげに、地にひれ伏す。
 鋼鉄と化した黒竜の身体に、少しずつ、亀裂が広がっていった。
 最後にもう一度だけ、弱弱しく鳴く。
 その紅い眼には、主である城之内の姿が映されていた。
 だがその瞳も、ゆっくりと、閉じられてゆく。
 どこか、満足げだった。

 ――耐えられなかった。
 耐えられなくて――我慢できなくて、城之内は、腹の底から叫び声を上げた。

「――レッドアイズッッ!!!」

 ――城之内の叫びを合図に、時の流れは元に戻る。
 破壊の確定された真紅眼の身体は、城之内の目の前で、

 粉々に、砕け散った。

  遊戯 のLP:700
       場:ブラック・マジシャン,ブラック・マジシャン・ガール,
        魔術の呪文書
      手札:1枚
 城之内のLP:50
      場:ギルフォード・ザ・ライトニング,勇気の旗印
     手札:0枚



第十三章・真の決闘者

「!! レッドアイズ…!」
 ハネ返され、迫りくる魔力の塊と対峙しつつも、真紅眼の絶命を確認する遊戯。
(…! そういうことか…!!)
 遊戯は、この展開に合点が言った。
 この状況は、『ディメンション・マジック』と『メタル化』の両方の効果が適用された結果に相違ないのである。
 『ディメンション・マジック』の効果は、相手モンスター一体を確実に破壊する。
だが、“ハネ返すことができない”とは一言も明記されていない。
 よって、『ディメンション・マジック』の効果で真紅眼が破壊され、『メタル化』の効果でハネ返されたそれは、今度は遊戯の場のモンスターを襲う。そうとらえれば、このデュエル展開にも筋が通る。
 だが、究極竜戦士の融合分離、あれだけはどうしても説明がつかない。あれがなければ今、城之内の場は空(から)になるハズだったのである。
(…やはり…、レッドアイズの魂が起こした、奇跡だということか…!)
 ちいさく笑む。
 モンスターと決闘者の絆を目の当たりにし、遊戯はどこか嬉しげだった。


 ――ゴオォォォ!!

 ブラック・バーニング・マジックは、今度は、遊戯の場の魔術師二体をめがけ、襲い掛かってくる。
 遊戯の場には、一枚のリバースカードも残されていない。
 改めて、迫る攻撃という現実を直視し、顔をしかめる遊戯。
 ――と、次の瞬間、ブラック・マジシャンが一歩、前に出た。
 それは、遊戯の指示によるものではない、ブラック・マジシャン自身の意志によるものだった。
 ブラック・マジシャンは弟子の前に立ちはだかると、両手を広げ、仁王立ちになる。
「! ブラック・マジシャン…!」
 『ディメンション・マジック』の効果による、本来の破壊対象は一体のみ。つまり、ブラック・マジシャンとマジシャン・ガール、いずれかのモンスターが犠牲になれば事足りるのである。
 ブラック・マジシャンは自ら、その犠牲役を買ってでたのだ。
「……!!」
 ブラック・マジシャンは『ディメンション・マジック』の効果で特殊召喚したモンスター。その魔法効果により、場に残しておけるのは“1ターンのみ”である(原作のカードテキストをよく見てみましょう)。
 つまり、何もしなくても、ブラック・マジシャンはターン終了時、場から消え去る。ここは、ブラック・マジシャンを壁にし、マジシャン・ガールを生存させておくのが最善の策と言えるだろう。
 城之内の場にはまだ、『メタル化』は失ったものの、真紅眼の働きにより、攻撃力2800を備えた伝説の騎士が残されている。
 ブラック・マジシャンが墓地に落ちれば、弟子であるマジシャン・ガールの攻撃力は、装備魔法の分も含め、3000ポイントにアップする。それならば、伝説の騎士とも渡り合うことが可能だ。

 ――だが、それで良いものだろうか?
 遊戯はもう一度、城之内の場に目をやった。
 城之内はいまだ、真紅眼が破壊されたあたりの地面を呆然と見つめていた。
 ――真紅眼は命を賭して、城之内を護ろうとした。
 それは、城之内が真紅眼を大切に思っていたから。
 だからこそ、真紅眼はあのような奇跡を起こせたのだ。
「……フ……」
 遊戯はこの状況下で、もういちど軽く笑んだ。

 真紅眼の温かな想いを目の当たりにした後で、しもべを犠牲にするなどという冷たい選択肢をどうして選べようか。
 これは、誰かの命がかかった闇のゲームではない。
 これは親友との、決闘者としての闘い。
 ならば、最も優先すべきは、勝利ではない。
 目指すべきは――真の決闘者としての、魂を示すこと!!

「――まだだぜ!! 城之内くん!!」
「!」
 遊戯の呼びかけで、城之内は正気に戻り、顔を上げた。
「…オレの場に、リバースカードは残されていない…。だが! 今はオレのターン!
 オレはこのターン、手札から魔法カードを使用することが許されるぜ!!」
 残された最後の手札に、右手の指を伸ばす遊戯。
(…これは…賭けだ!!)
「手札から――魔法カード発動!!」
 そのカードを、遊戯は勢いよく盤にセットした。
「『魔法の筒(マジック・シリンダー)』!!!」
「!!」
 ブラック・マジシャンの前に、二つの赤い円筒(シリンダー)が出現する。
「『魔法の筒』は、マジシャンとのコンボにより発動可能な魔法カード! ハネ返された魔法波動を、片方の筒で吸収し、もう片方の筒から射出して、その攻撃軌道を再修正するぜ!!」
(…だが…!!)
 それは賭けだった。
 遊戯の頬を、汗がつたう。
 現れた赤い円筒は、迫り来る魔法波動に対して、あまりに小さすぎるのだ。
 これでは、その攻撃を完全には吸収しきれず、自滅するのが目に見えている。『魔法の筒』は無駄な発動に終わるのである。
 だがひとつだけ、この攻撃をしのげるかも知れない秘策があった。
(…『魔法の筒』は本来、マジシャン一体の魔力により、その効果を発揮する。だがいま、オレの場には上級マジシャンが二体…! ブラック・マジシャンだけではなく、マジシャン・ガールの魔力もシリンダーに込めれば、あるいは……!!)
 しかし、それは危険な賭けである。
 二体一緒に『魔法の筒』を使うということは、二体とも反射攻撃の脅威にさらされるということだ。
 攻撃を吸収しそこなえば、ブラック・マジシャンだけではなく、マジシャン・ガールまでも失うことになる。
 これで、遊戯の手札はゼロ。マジシャン・ガールまで失えば、遊戯に手は残されない。次のターンの伝説の騎士による直接攻撃で、遊戯の敗北が確実に決定するのだ。

 ――そもそも、ここで無理をしなければ、遊戯の勝ちはほぼ揺るぎなかった。
 城之内の残りライフはわずか50。
 次の城之内のターン、伝説の騎士の攻撃を、温存した『魔法の筒』でいなし、攻撃力3000のマジシャン・ガールで攻撃すれば遊戯の勝ちである。
 少なくとも、成功するか判らないこの局面で『魔法の筒』を発動させてしまうより、ずっと確実で勝算は高い。

 それでもこの選択肢を選んだのは、城之内に対する余裕からではない。
 この決闘における勝利を、軽んじたわけでもない。

 ただ、そうしたかったから。

 遊戯はただ、自分の魂に正直でありたかっただけである。

「――ブラック・マジシャン・ガール!!」
 眼前で犠牲になろうとする師を前に、オロオロしていた魔術師の少女に呼び掛ける。
 マジシャン・ガールが振り返ると、遊戯は目配せをした。

『……!』

 主の意向を知り、ぱぁっと花が咲くように、満面の笑みで頷く。
 そして、強い眼差しを持って振り返ると、マジシャン・ガールは、一人で『魔法の筒』を使おうとしていた師匠の横に出て、杖を構える。

『!』

 それに一瞬とまどうが、ガールの瞳から、その覚悟の確かさをブラック・マジシャンは知る。
 弟子の成長を目の当たりにし、胸に込み上げるものがあるブラック・マジシャン。
 目を合わせ、頷き合うと、師弟は頭上で杖を重ね、攻撃を吸収するためのシリンダーに向けた。
 精一杯の魔力を、二人して筒に込める。その様子は先ほどの、ブラック・バーニング・マジック使用時を彷彿(ほうふつ)させた。
「がんばれ…! 二人とも!!」
 二人の魔術師に呼び掛ける遊戯。
 強力な魔力を浴びて、筒は次第に巨大化していった。

「…な、何だ!?」
 大きくなっていく筒を前に、目を丸くする城之内。
 だが、筒の拡大化も、途中で収まってしまう。
 現状の大きさでは、まだ、反射攻撃を吸収するには全然足りなかった。
「――あきらめるな!! マジシャンズ!!」
 ありったけの声量で、遊戯は魔術師師弟に呼び掛ける。
 それに応え、二体の魔術師たちは、さらにありったけの魔力を放出した。

 ――パアン!!!

 だが次の瞬間――、限界まで魔力を吸収し、膨張した筒は、派手に弾け飛んでしまった。
「!! 不発か!?」
 それを見て、声を上げる城之内。
 『魔法の筒』を失った以上、遊戯は前面に出した、二体の魔術師をともに失うことになる。
 となれば、もはやカードの残されていない遊戯は敗北必至である。

 ――だがそれが、城之内の誤解であったことをすぐに思い知る。

「…なっ…にぃぃぃっ!!?」
 城之内はこの上なく驚愕した。
 シリンダーは失われたわけではない。
 ただ外装が弾けただけで、その“中身”はしっかり残っていたのだ。

 遊戯の場には、ひとつの、大きな“穴”が空いていた。
 見覚えのある穴。それは、『異次元の戦士』が『バスター・ブレイダー』をゲームから除外する際に発生させたものによく似ていた。
 だが、その大きさは、そのときのものの比ではない。
 外装による制約を失った“穴”は、魔術師師弟の力により、みるみる拡大化していく。
 それはすぐに、反射攻撃を吸収するに十分すぎる大きさとなった。
 “穴”は、城之内の視点から、遊戯の魔術師師弟の姿を完全に覆い隠した。
 攻撃を吸収し損ね、魔術師たちを傷つけることはまずあり得なかった。

 ――ズキュゥゥゥゥ!!

 反射攻撃は、みるみる、巨大な穴へと吸い込まれていく。
 遊戯は、危険な賭けに見事勝利したのである。
(――待てよ!?)
 その様子に唖然とした城之内だったが、すぐにあることに気が付いた。
 これは、『異次元の戦士』の作った穴によく似ているが、同じものではない。
 『魔法の筒』は、攻撃波動を吸収するだけではなく、それをもう一方の筒から射出し、ハネ返すものなのだ。
「――もうひとつの筒は!?」
 眼前を見渡すが、それはどこにも見られない。
(……吸収する筒を大きくするのに手一杯で……射出する筒は消えたのか!?)
 だとすれば、伝説の騎士が生き残っている城之内にも、まだ勝てる可能性は十分にある。
 『勇気の旗印』の効果で伝説の騎士の攻撃力を3000に上げ、遊戯の場に残るマジシャン・ガールと相殺することは可能なのだ。次のターン、モンスターカードを引くことさえできれば、遊戯に勝てるのである。

 ――だがそのとき、城之内の頭上が輝いた。
 城之内の甘い考えは、即座に、脆(もろ)くも崩れ去る。
「!! ――上だ!!!」
 大きく、上を見上げる。
 城之内の場の真上に、もうひとつの“穴”は存在していた。

 ――ズドォォォォォッ!!!

 それはすでに、反射攻撃を吸収したものと同程度の大きさになっており、そこから、魔力波動が勢いよく飛び出してきた。
 軌道を再修正されたブラック・バーニング・マジックは、今度は頭上から、城之内のモンスターめがけて降り注ぐ。
(レッドアイズの犠牲を……無駄にしてなるもんか!!)
「ギルフォード・ザ・ライトニング!!」
 城之内の叫びに応え、伝説の騎士は、地面に刺したままであったライトニングクラッシュソードを素早く抜き放ち、頭上に向けて構えた。
 だが、『メタル化』の効果も失った伝説の騎士に、その攻撃は、あまりに強大すぎた。

 ――ズガァァァァンッ!!!

 一瞬の閃光。
 まるで、目の前に稲妻が落ちたかのような、凄まじい轟音(ごうおん)。
 絶大な破壊力により、伝説の騎士の身体は一瞬にして砕け散った。

「…くっ…!!」
 伝説の騎士が破壊されると、役目を終えた、遊戯の場と城之内の頭上の“穴”は消え去った。
 “穴”が消えることにより、城之内の視点からも、いまだ健在な二体の魔術師が目視(もくし)される。

 モンスターを失った城之内に対し、遊戯の場には上級魔術師が二体。
 遊戯は、笑みを浮かべていた。それは、勝利を確信し、城之内を見下すためものではない。賭けに成功し、大切なしもべ達を護ることができたことによる、充足(じゅうそく)の笑みだった。
「…オレのターンはこれで終了…。この瞬間、『ディメンション・マジック』の効果は消え、特殊召喚されていたブラック・マジシャンは墓地に眠るぜ……」
 大きなリスクを犯し、せっかく護りきったモンスターが墓地に落ちる。
 だがそれでも、大切なしもべを破壊から護りきることができたという満足感が、遊戯にはあった。
「…ブラック・マジシャン・ガールは墓地に眠るブラック・マジシャン一体につき、攻撃力が500ポイントアップする。この瞬間、ブラック・マジシャン・ガールの攻撃力は、『魔術の呪文書』の分も合わせ、3000ポイントになるぜ!」
 城之内には『勇気の旗印』しか存在しないのに対し、遊戯の場には攻撃力3000の強力モンスター。
「……やっぱりスゲェな…遊戯は……」
 城之内の口から、素直な感嘆が漏れる。
 戦局は、ほぼ決したといって良かった。
 けれど――
「いくぜ! オレのターン!」
 それでも城之内は、瞳の光を決して消さない。
 それは、遊戯にも当てはまることだった。
 それが、決闘者の姿。
 二人の姿は今まさに、“真の決闘者”のものに違いなかった。
(…レッドアイズ…、ギルフォード・ザ・ライトニング…! お前らのがんばりは、絶対ムダにはしねえ!!)
 デッキに、指を伸ばす。
 心を強く持って、デッキの一番上の、運命のカードを引き抜く。
「ドロー!!」
 大きなモーションを伴いつつ引いたそれを、城之内は視界に入れた。

 ドローカード:時の魔術師

「いくぜ、遊戯!! オレは手札から、『時の魔術師』を発動!!」
「!!」
 盤にカードがセットされると、城之内の場に、目覚まし時計のような姿をしたキャラクターが出現する。
 これはモンスターカードではなく、魔法カードである。……OCGだとモンスターカードだケド。

 どうでもいいが、某ニュース番組のキャラクターを連想してしまうのは……私だけですか、そうですか(謎)

「…このカードの効果は……よく知ってるよな、遊戯!」
「…!」
 そもそもこのカードはかつて、遊戯が城之内に託してくれたカードだった。
 タイム・ルーレットを回し、当たりならば、数百年の時を経過させ、相手の場のモンスターを時空の渦に吹き飛ばすことができるという、極めて強力なギャンブルカード。
 ブラック・マジシャン・ガールは攻撃力3000とはいえ、人型モンスター。
 数百年の時を経れば、生き永らえることは不可能である。……師匠はむしろ強力になれたりするケド(ぉ)
「いくぜぇ…! タイム・ルーレット!!」
 『時の魔術師』の持つ杖は、先がルーレットになっている。
 城之内の合図とともに、ルーレットの針はゆっくりと、そして、次第に勢いを増して回り始める。
 当たる確率は2分の1。
 このギャンブルに成功すれば、遊戯も城之内同様、モンスターを失う。
 二人の残存ライフはお互い残り少ないため、先にモンスターカードを引き、一撃加えた方の勝ちとなるだろう。
 だが、次のターンは遊戯のもの。この引き勝負は遊戯に分があるといえる。『時の魔術師』のギャンブルに成功する分を含めても、城之内の勝てる確率はかなり低い。

 ――それでもあきらめない。
 どんなに窮地に立たされても、勝利の可能性がゼロになるときまで、最後まで闘う。
 それが、本当の決闘者。

 時の魔術師のルーレットの針の動きが、次第に遅くなっていく。
 遊戯と城之内はそれを見上げ、そろってツバを飲み込んだ。

  遊戯 のLP:700
       場:ブラック・マジシャン・ガール,魔術の呪文書
      手札:0枚
 城之内のLP:50
      場:時の魔術師,勇気の旗印
     手札:0枚



終章・カードの幸福

「コーラで良かったか? 遊戯」
 そう訊きながら、城之内は右手に持った缶ジュースを、ベンチに座った遊戯に差し出す。
 決闘が終わったあと、二人は近くの公園で、一息入れることにした。
 城之内の左手には、自分用の緑茶の缶がしっかり握られている。
 ちなみに、この小説の作者は炭酸飲料がダメである(関係ナシ)

「あ…、ウン。ありがとう、城之内くん」
 そう応えて、遊戯は笑顔でそれを受け取る。その表情は、先ほどまで決闘をしていた“もうひとりの遊戯”のものではなくなっていた。
「…あれ? もうひとりの遊戯は?」
 いつの間にやらな人格交代に、城之内は目をしばたかせた。
 別に、こちらの遊戯を邪見にしているワケではない。
 ただ、自販機に飲み物を買いに行っている短い間に代わってしまったから、すこし驚いただけである。
「うん…。さっき寝ちゃったんだ、急に」
 そう言うと、遊戯は優しい眼で、もうひとりの自分の魂の入った千年パズルに目を向ける。
「…って…、別々に寝られんのかよ、オイ;」
 何とも便利な話だな、とツッコミを入れつつ、城之内は缶のプルタブに指をかけた。
 それを開けると、城之内は喉(のど)を鳴らして、さぞ美味しげに胃に流し込む。
「く〜っ! やっぱ決闘のあとの飲みモンは格別だな!」
 城之内はそう言うと、口元を右腕の袖口で拭った。
 遊戯も缶のプルタブを開け、それに口をつける。
「ウン、いい決闘だったよね。二人とも、自分の力をぜんぶ出し切れたってカンジだったし」
 表に出ないながらも、しっかり決闘は観戦していた遊戯。
 お世辞抜きで、本当にいい決闘だったと遊戯は思った。
「あ〜〜、あとちょっとだったんだけどな〜〜」
 城之内は遊戯の横に勢い良く腰を下ろすと、悔しげに後ろへ伸びた。
「最後は、どっちが勝ってもおかしくない接戦だったしねえ」
 苦笑して励ます遊戯。
 城之内は半分ヤケクソ気味に、残ったお茶を一気飲みにした。
 ハタから見ていた遊戯の視点からすると、たしかに中盤は、完全にもうひとりの遊戯のペースであった。だが、城之内の場に真紅眼が召喚されて以降は、むしろ城之内に流れが傾いていたように思える。

「――なぁ、遊戯……」
 一気に飲み干した缶を、側のゴミ箱に投げ入れる。
 それが上手く入ったのを視認(しにん)すると、城之内は左腕につけたままの決闘盤から、カードを一枚抜き取った。
 そのカードは、先ほどの決闘で一番の貢献者だったと言っても過言ではないモンスター――『真紅眼の黒竜』。
 このカードが無ければ、城之内はこの決闘、あそこまで善戦することはできなかった。
 それを見つめながら、城之内はことばを紡ぐ。
「…オレは結局コイツに…、レッドアイズに、相応しい決闘者になれたんだろうか……?」
 遊戯との決闘は、勝てはしなかったものの、満足いくものに出来た。
 ――だがそれも、真紅眼の力によるもの。
 自分自身の力だとは、言い切れない。
 このまま、真紅眼を再び自分のカードにしてしまって良いものか――
 城之内にはまだ、迷いがあった。

「……“真の決闘者”……」
 しばしの沈黙の後、遊戯は呟いた。
「城之内くんはもうひとりのボクにカードを預けるとき、言ったよね。自分が“真の決闘者”になれるときまで、レッドアイズを預かっていてほしい、って」
「ん…、ああ」
 城之内は空を仰ぎ、そのときの想いを回顧した。
「…もうひとりの遊戯の、レッドアイズを取り戻すためにしてくれた決闘を見てるときよ、オレ…思ったんだ。もしカードに、自分を使う決闘者を選ぶ権利があったとしたらさ、きっと遊戯みてえな、頼れる決闘者を選ぶんじゃないかって。レッドアイズもオレなんかより…、遊戯に持たれてるほうが、ずっと幸せなんじゃないかって……」
 ――そう考えたら、受け取れなかった。
 遊戯が真紅眼を差し出してくれたとき、それを受け取る、勇気が持てなかった。
「…“真の決闘者”…、そのことばはやっぱり、もうひとりのボクのことを指してたんだね……」
 両手で掴んだ缶を見つめながら、しみじみと話す遊戯。

 ――要は、壁を感じたのだ。
 城之内は、自分と遊戯との間に、確かな壁があることを。高い壁があることを。
 “真の決闘者”は、それを乗り越えられているかどうかを示す尺度。
 真紅眼を再び使いたいなら、その強さに相応しい、“真の決闘者”にならなければならない。
 そう思って城之内は、このバトル・シティを、必死の想いで勝ち上がってきたのだ。
 信頼するしもべと、胸を張って再会するために――

「……遊戯みてえに強い決闘者になれなきゃ…、レッドアイズだって、報われねえだろ?」
 思いつめた瞳で、城之内は真紅眼のカードを正視した。
 その様子を見て、遊戯は思わず、口元を綻(ほころ)ばせてしまった。
「…“カードの幸せ”、か……」
 城之内らしい、優しい悩みに、微笑ましいものを感じたのだ。
 遊戯はその悩みの答えを、ちゃんと知っていた。
「……城之内くんがボクと友達になったのは…、ボクが、ゲームが上手だったから?」
「……へ?」
 唐突な、方向性の違う質問に、城之内は目をぱちくりとしばたかせた。
「いや、んなわけねえだろ。オレたちが友達になったのは…、何が上手いからとかじゃなくて、何つーか……」
 あごに手を当て、回顧する。
 自分と遊戯が友達になれたのは――、かばってくれたから。
 自分の身の安全を棄ててでも、守ってくれたから。
 “友達”だと、言ってくれたから。

「ウン…。ボクも、ケンカが強いから城之内くんと友達になったわけじゃない…。つまり、そういうことだと思うんだ……」
 そう言って、遊戯は城之内に視線を送った。
 …が、当の城之内には、チンプンカンプンだった。
「たしかに…、カードにとって、強い決闘者に使われることは幸せなことだと思うよ。でもそれ以上に…、自分を大切に想ってくれる人に所持されるのが、いちばん幸せなんじゃないかな」
 そう言うと、遊戯は右手に持った缶をベンチの上に置いた。
 盤から自分のデッキを外し、それを見つめる。
「…カードも人も、同じだよ。大切に想えば…、きっと、想い返してくれる。レッドアイズだって、嬉しかったハズだよ…」
 遊戯は城之内に、曇りの無い笑顔をしてみせた。
「城之内くんはレッドアイズを、宝物としてすごく大切にしている…。バトル・シティでは、城之内くんはそのレッドアイズのためを想って、もうひとりのボクに預けた…。そのまま受け取れば、トーナメントをより安全に闘えるハズなのに、そうしなかったんだ」
「…! 遊戯…」
 だから、と、遊戯はことばを続ける。
「さっきの決闘…、レッドアイズは、あんなにも嬉しそうだったんだと思う。また、城之内くんと一緒に闘えるようになれたことが、自分を誰より想ってくれる城之内くんと闘えたことが……」
「……!」
 城之内は、真紅眼のカードを見つめた。

 ――想えば、想い返してくれる。
 カードも人も、それはきっと変わらない――

「…城之内くんはもう、十分がんばったよ。だからこれからは…、一緒に強くなっていけばいいと思う。レッドアイズもデッキに入れて、城之内くんの思い描く“真の決闘者”になればいいんじゃないかな…」
 だから、もうひとりの遊戯も決闘前に、城之内に真紅眼を返そうと思ったのだ。
「…そう、だな…!」
 遊戯のことばに、城之内はしっかりと頷いてみせた。
「…よっし! これからもよろしくな! レッドアイズッ!」
 城之内は真紅眼のカードを、今度は確かな手つきで、自分のデッキの中に入れる。
「よっしゃぁ! 遊戯! 今度はお前と決闘だぜっ!!」
「…ウン! いいよ!」
 遊戯はベンチから立ち上がると、右手に持ったデッキを盤にセットしてみせる。
「へへっ! レッドアイズが戻った今! 今日こそリベンジさせてもらうぜっ!!」
 ちなみに城之内は、こっちの遊戯には、3桁の回数、連敗しているらしい。
 そこまで数えてるのもすごいモンである;
「フフ、そうはいかないよ。だって、城之内くんの今度のデッキの攻略法も、もう見つけちゃったもん」
 遊戯は、得意げな笑みを浮かべる。
「何!? 攻略法〜!?」
 ……どこかで見たやり取りだったりする;

 二人はベンチを離れ、決闘の準備に入る。
 二人の座っていたベンチには、遊戯の飲みかけの缶ジュースだけが取り残された。
 互いのデッキをシャッフルすると、二人は自分のデッキを受け取って、距離をとる。
 そして二人は、同時に叫んだ。

『決闘!!』

 ――バトル・シティは終わる。
 けれど二人の、決闘者としての道は決して終わらない――


 ……ちなみにこの日は平日。
 決闘終了後、二人は、遊戯宅に迎えに来ていた杏子に連れられ、学校に強制連行されることになったりする……;(『伝説の騎士(ギルフォード・ザ・ライトニング)の秘密』参照)






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