B.C.3 AFTER

製作者:表さん




※この小説は『第三回バトル・シティ大会』のアフターストーリーです。以下の5つが既読であることを前提としています。
 ・『やさしい死神』『逆襲の城之内』『心の在り処』『心のゆくえ』『第三回バトル・シティ大会』



第一章 世界を救う者

 第三回バトル・シティ大会――その激戦から、三ヶ月余りの時が過ぎた。
 季節は夏を迎え、太陽は燦然と輝く。陰鬱とした梅雨を終え、空は快く晴れ渡り――けれど、その少女の心は晴れずにいた。

 舞台は童実野高校、その一階の教室。春に入学した彼女は、一年生として三ヶ月余りを過ごしてきた。
 窓際の座席で、ぼんやりと空を眺める。普段は真面目な授業態度を見せる彼女が、しかしその日は様子が違った。
(まだ視られてる……? いったい誰が? 何で私を?)
 今朝目覚めて以来、彼女はずっと“視線”に悩まされていた。家にいるときも、通学路でも、学校でも、いついかなる場所にいても――その“視線”は彼女に付きまとった。
 誰かにずっと視られている、そんな気味の悪い感覚。けれどどれほど見回しても、その犯人は分からない。
(気のせいなのかな……少し遅い五月病とか? だってあり得ないもの、そんなこと)
 カーテンの閉まった自室でも、体育のときの更衣室でも、トイレの個室にいるときでさえも――その“視線”は感じられた。そんな状況に神経をすり減らし、疲れ果ててしまったのだ。

「――瞳子……どうかした? おなかいたい?」

 掛けられたその声に、彼女――岩槻瞳子(いわつき とうこ)は我に返る。
 生徒もまばらな教室の様子に、瞳子は状況を察する。いつの間にかホームルームも終わり、放課後になってしまった。
「……保健室、いく? それとも絵空たちよぶ?」
 不安げに見つめるクラスメイトに、瞳子は小さく笑みを漏らす。
 きっと気のせいだ、疲れているのだろう――自分にそう言い聞かせて、席を立った。
「ううん、大丈夫。部室に行こう、雫さん」
 瞳子は努めて明るい声で、そのクラスメイト――神無雫(かみなし しずく)にそう呼び掛けた。



 神無雫が瞳子のクラスメイトになったのは、入学式から一ヶ月が過ぎた頃のことだった。
 彼女は元々この学校の生徒であったが、事情により昨年から休学しており、一年生として復学することになったのだ。つまり瞳子よりも1つ年上ということになるのだが――その小さな体躯と容貌は、むしろ年下かと錯覚させた。
 瞳子は以前から彼女を知っていた。というのも、雫は第三回バトル・シティ大会でベスト8の成績を残した強豪デュエリストなのだ――大観衆の前で披露されたその奇抜な戦術は、強く印象に残っている。
 なお、その大会中に起こった“テロ事件”により意識不明の重体だったとの噂だが、瞳子から見る限り、もう問題はなさそうだ。

 隣のクラスの“ある友達”に頼まれたこともあり、瞳子は雫と親交を深めた。
 雫は内気でマイペースな少女であり、二ヶ月が過ぎた今でも、クラスに自然に溶け込んでいるとは言い難い。けれどそんな彼女のことを、瞳子は理解できる気がした。
 悪意などなく、むしろ優しさ故に、他人から距離をとってしまうタイプ――瞳子にはそう思えた。かつて自分もまた、似たような人間だったから。

 そんな彼女たちは今、ある部活動に所属している。
 瞳子の中学校以来の親友の熱意に始まり、すったもんだの果てにようやく創立できた部活動――その名も“非電脳ゲーム部”。2年生が1人、1年生が4人、合計5名により創部となったそれは、部室棟の一室を得て、先月から活動を始めている。
 のだが、

「――えっと、私は『岩石の巨兵』と『磁石の戦士γ』で直接攻撃するけど……何かある?」
「……ない。私の負け」
 部室での一幕。“非電脳ゲーム部”の活動内容は基本的にM&Wであり、瞳子は雫とデュエルをしていた。
 しかしその決着があまりに早く訪れ、瞳子はウーンと唸り出す。
 敗北した雫が手札を晒す。その中身はなんと、レベル8モンスターが6枚――盛大な手札事故である。
「……えーっと、もう少し魔法・罠を入れた方がいいかなあ。それか、やっぱりレベル4以下のモンスターも入れるとか」
「……? でも、レベルが大きいほうが強いよ?」
 概ね間違ってはいない。だから瞳子は再び唸る。
(どうしてこのデッキで勝てたんだろ……? たしかに回れば強いけど、全然安定性がないし)
 実際、雫とは何度もデュエルしてみたが、瞳子の勝率は8割以上だ。
 これほど無茶なデッキで大会を勝ち進むなど、“幸運の女神様”が味方でもしていたのだろうか――瞳子はそう思い、首を傾げる。実際の話、神は神でも“邪神様”だったのだが。

 そもそもバトル・シティ大会ベスト8の実力者に、予選落ちした自分がアドバイスして良いものか――瞳子はそう思い直し、残る2人の部員に向き直った。
 が、

「――じゃ、わたしは『古代の機械巨竜(アンティーク・ギアガジェルドラゴン)』で攻撃するけど……」
「――いま攻撃と言ったわね……? トラップカード発d」
「あー無理無理。このモンスターの攻撃に魔法・罠カードは発動できないから」
「なっ、何ですってぇぇぇっ!!?」

 彼女たちは実に盛り上がりながらデュエルをしている。
 いや、主に片方がなのだが。

「てか、何なのよそのカードは!? いつものデッキと違うじゃないの!」
「あーコレ? 開発中のストラクチャーデッキで、感想聞かせてってお父さんが……」
「まさかの構築済みデッキ!? ウソでしょ!?」

 大声で叫んでいる少女は――太倉深冬(たくら みふゆ)。瞳子の中学校以来の親友であり、恩人。彼女がいなければ今の自分はあり得なかった、そう思えるほどの存在。
 誰よりも負けず嫌いな性格で、競うことが大好きで、件の大会では本戦出場を果たしている。

「リベンジよリベンジ! てか、ちゃんと自分のデッキでやんなさいよ、絵空!」
「えー? だって深冬の戦術って単純だから、もう攻略法も見えたっていうか」
「何!? 攻略法〜!?」

 そして、いま深冬をあしらっている少女は神里(かみさと)――いや、月村絵空(つきむら えそら)。先月までは神里姓だったのだが、親の再婚により月村姓となったのだ。
 瞳子は詳細を知らないが、病気に入院していて、高校入学が1年遅れたと聞いている。つまりは同学年でありながら、雫と同じく1つ年上なのだ――もっとも絵空の容姿もまた、雫と同様なのだが。
 幼げな外見でありながら、しかし件の大会成績は何と準優勝。世界的にも注目される大会でのこの戦績は、彼女が紛れもなく国内有数のデュエリストである確かな証左と言えるだろう。

(2人とも仲良いなあ……同じクラスだし当たり前か。私も雫さんとそうだし)
 ちなみに、雫のことを瞳子に頼んできたのは絵空である。もっとも同じ部活で同じクラスである以上、言われずとも距離は縮まっただろうが。
(でも深冬ちゃんはああいう性格だし……中学では仲の良い友達少なかったんだけどな。私もだけど)
 心の中に、小さな嫉妬が芽生える。
 あの場所にいつもいたのは私だったのに――そんなふうに思ってしまう。

「――瞳子……やっぱり具合わるい? 今日はもう帰る?」

 雫に気遣われ、瞳子は再び我に返る。
 たしかに例の“視線”はまだ感じる――しかし今の理由はそれではない。
 瞳子は気を持ち直し、そして思い出したことがあり、カバンを広げた。

「――みんな聞いて! 夏休み中にこういう大会があって……みんなで出たらどうかな、って思ったんだけど」

 瞳子は3人に、自宅でプリントアウトしたチラシを配る。その記載内容を見て、深冬は小首を傾げた。
「3対3の……リレーデュエル大会? 何よそれ」
 深冬に振られ、絵空も首を横に振る。おそらく公認用語ではなかろうが、チラシに説明文があった。
「……要するに勝ち抜き方式で、ライフが0になったら交代……でもフィールドや墓地はそのまま引き継ぐ、と」
 絵空は要約しながら感心する。主催者側も色々考えるんだなあ、と。
「へー、面白そうじゃない。でもこれ、3人チームでの参加でしょ? どーすんのよ」
 深冬が瞳子に問いかける。いま部室にいるのは4人、幽霊部員である部長も含めれば5人だ。1チームには入りきらず、2チーム作るには人数が足りない。
「うん。それなんだけど……もし良かったら頼めないかと思って。武藤先輩か獏良先輩に」
 絵空の表情がかすかに曇る。
 けれど瞳子はそれに気づかず、話を続けた。
「2人とも三年生で忙しいだろうけど、一日くらいは大丈夫かなって。どちらかにお願いできれば、2チームで参加できると思うの。どうかな?」

 武藤遊戯と獏良了――彼らは同じく童実野高校に通う三年生で、ともに件の大会に本戦出場した実力者だ。とりわけ武藤遊戯はその優勝者であり、デュエリストなら誰もが知る決闘王(キング・オブ・デュエリスト)。世界で最も強いデュエリストとも称されているのだ。
 ちなみに同校には更に2人、世界に名の知れたデュエリストがいた。一人は海馬瀬人、彼は遊戯に比肩する程のデュエリストだが、このような誘いをできる人物ではない。そしてもう一人、城之内克也は――4月に学校を辞め、今は日本にもいない。孔雀舞と海外のデュエル大会を渡り歩いている、そう聞いている。

「――なら、アタシは武藤遊戯と別チームね! バトル・シティでのリベンジを果たす絶好のチャンスだわ!!」
 深冬は鼻息荒く、興奮気味に立ち上がった。
 雫も異論はなさそうで、瞳子を見上げて首肯する。
 しかし、
「あー……ゴメン。遊戯くんは無理だと思うな。夏休みはお父さんの所に入り浸るらしいし」
 絵空は気まずげにそう告げる。嘘は言っていない。

 絵空の母と再婚した父――月村浩一(つきむら こういち)は、M&Wの生産・運営会社“インダストリアル・イリュージョン社”で働いている。
 将来その道に進むことを希望した遊戯は、彼に頼み込み、夏休み中にインターンシップへの参加を約束しているのだ。
 長期休暇を利用し、就業体験を積むまたとない機会。もっとも浩一からは「大学は卒業するように」と言われているらしく、受験勉強も欠かせないのだが。

(……まあ、一日くらいは空くかも知れないけど。それでも)
 月村絵空は知っている。
 彼は――武藤遊戯がその誘いに応じることは、決してあり得ぬことなのだと。
「……てゆーか深冬、もう忘れたの? わたしに勝ち越すまで、遊戯くんへの挑戦は禁止だって約束」
「うっ……も、もちろん覚えてるわよ。うるさいわね」
 絵空にジト目で睨まれ、深冬は視線を逸らす。
 ヤレヤレと溜め息をひとつ吐き、絵空は話を続けた。
「それから、ミサちゃんも無理だと思うな。夏休みは全国公演とかで、もっと忙しくなるって言ってたから」

 ミサちゃん――こと、熊沢操(くまざわ みさお)。同校二年生である彼女こそ、5人目の部員にして部長である。もっとも創部以来、この部室にはほとんど現れていないのだが。
 彼女は絵空と幼稚園時代の友達であり、この高校で偶然にも再会を果たしたのだ。
 そして部員不足で困っていた彼女らのために、操は快く名前を貸してくれた。それどころか早々に顧問を見つけ、生徒会に捻じ込み承認させた、創部の一番の立役者と言えるだろう。
 しかしバイタリティーあふれる彼女は普段、昨年から行っている校外活動に忙しいのである――絵空もまだ観ていないのだが、“ある奇術師”の助手としてマジックショーに出演しているのだとか。

「……でもそうなると4人だから、なおさら2人必要だよね。獏良先輩が了解してくれても、あと1人……だけど」
 部長の操に代わり、瞳子は副部長として頭を悩ませる。ちなみに瞳子は中学時代に同部活の部長を務めており、それ故の副部長抜擢である。
(雫さんは人見知りだし……深冬ちゃんはまた「入部テストやる」とか言い出しそうだし)
 特に後者は厄介な問題になりかねない――部員集めの際の苦労を思い出し、瞳子は思わず唸ってしまった。
「大丈夫だよ瞳子ちゃん、そんなに悩まなくて。だって――」
 絵空は躊躇いなく、次の言葉を口にした。

「――わたし出ないから。瞳子ちゃんと雫ちゃんと深冬、3人で1チーム作れるでしょ?」

 あまりにさらりとした宣言に、3人は思わず反応が遅れる。
 その中で、一番に動いたのは深冬だった。
「――はぁ!? なに言ってんのよアンタ! あり得ないでしょ!」
「――そうだよ絵空さん。それならむしろ私の方が……」
 もし1人辞退するなら、それはやはり自分だろう――瞳子はそう考えた。

 瞳子の現在のデュエリストレベルは5、部室にいる4人の中で最も低い数字なのだ。
 第三回バトル・シティ大会での戦績により、深冬のレベルは6、雫のレベルは7、そして絵空はレベル8に更新されている。
 とりわけレベル8ともなれば、世界ランキング50位には入ると言われている。間違いなく彼女こそ、この部における最大戦力なのだ。

「……絵空。それなら別に、私が……」
 ワンテンポ遅れた雫の申し出にも、絵空は迷わず首を横に振る。
 そして陰りのない笑顔で、3人の想いに応えた。
「ありがとう……でもごめんね。わたし、しばらくは大会とか出るつもりないんだ」
 絵空はひとつ嘘を吐いた。

 しばらくではなく、ずっとだ。絵空もまた“彼”のように――二度とM&Wの表舞台に立つつもりはないのだから。

「――てゆーか、わたしが出たらブッチギリになっちゃうし? 三人抜きとかしちゃうと、みんなの出番なくなっちゃうよ?」
 ふふん、と鼻を鳴らしてみせる。
 なにおーと息巻く深冬と対照的に、雫は納得した様子で頷いた。
「……私も出たら、三人抜きしちゃう……かも」
 デュエリストレベル7という数字を信じ、雫は呟く。
 多分それは難しいかな、と瞳子はこっそり思った。

「――ま、わたしはその分サポートに回るからさ。みんなのデッキ調整の相手とか、いくらでも付き合うよ」
「――上等だわ! その鼻っ柱、へし折ってやるわよ!」
「――ウン。それじゃあ早速……次はどのデッキがいい?」
「――自分のデッキでやれーっ!!」

 どちらのテストだか分からないようなやり取りを経て、深冬と絵空は再びデュエルを始める。
 そんな絵空の様子を見て、瞳子は思うところがあった。



 月村絵空はとても不思議な少女だ――瞳子は常々そのように感じていた。
 正直なところを言ってしまえば、少しだけ気後れもしていた。

 子供じみているようで、時々ひどく大人びる。愁いを秘めた顔をする。
 それは至極アンバランスで、歪にすら思える。
 言うなれば不自然。他の誰とも一線を画する存在。
 彼女は果たして本当に、自分と同じ“人間”なのだろうか――そう思うことさえあった。

(考えすぎだよね……絵空さんは友達だし、すごく良い子だし。……でも)
 部活動を終えて、帰りのバスの中で――瞳子はぼんやりと想起する。それは三ヶ月前のこと、バトル・シティ一回戦“神里絵空VSヴァルドー”のデュエル。
(今も感じる視線……あのときの絵空さんから感じたものと、似てる気がする。あれ以来、絵空さんからあの感じはもうしないけど……それでも)
 無関係とは思えない。
 自分には到底知り得ぬところで、一体何が起きているのか――瞳子は思い悩み、途方に暮れる。
 と、次の瞬間、

 ――ビシィィィッ!

 突如訪れた強烈な痛みに、瞳子は反射的に額を押さえる。
 もはや懐かしくさえ思える痛み。目で確認するまでもなく、瞳子にはその元凶がすぐに分かった。
「えっ……深冬ちゃん? さっきバス降りなかったっけ?」
 涙目で見上げると案の定、そこにはこの“でこピン”を放った張本人、太倉深冬が立っていた。中学校時代から瞳子は何度も、彼女の“でこピン”を受けてきたのだ。
「気が変わったのよ。今日トーコんち泊まるから、よろしく」
「えっ、えええっ!? そんなこと急に言われても、晩ご飯とか……」
「別にいーわよ、コンビニで何か買うし」
「そんなわけにいかないよ〜」
 瞳子の意見などお構いなしに、深冬は再び隣に座る。
 彼女のマイペースはいつものことだ。瞳子は早々に諦めて、質問を変えることにした。
「もぉ……一体どうしたの? 何か相談事とか?」
「そーよ! 絵空のヤツをどうやって打ち負かすか……そのための作戦会議よ!!」
 バス内であることもお構いなしに、深冬はいきり立つ。
 その様子を見て、瞳子はヤレヤレとため息を漏らす。
(……また絵空さんのこと、かぁ)
 瞳子は少しだけ面白くない。
「でも何で急に? やっぱり大会のこととかあるから?」
「んーまあ、それもあるけど……何というか」
 深冬はふいっと視線を逸らし、瞳子は小首を傾げる。
「……ただ今日のアンタ、ちょっと様子おかしかったからさ。何となく」
 瞳子はぽかんと口を開く。
 そして、顔を背けたままの深冬の様子に、瞳子は思わず笑ってしまった。
「なっ……なに笑ってんのよ、アンタわっ!」
 深冬は照れ隠しにチョップを見舞う。
 それを頭に受けながらも、瞳子の笑みは崩れなかった。



「――お母さん大丈夫だって。行こう、深冬ちゃん」
 下車後、携帯電話で家に連絡をとってから、瞳子は深冬と歩き出した。
「……で? 結局なんだったのよ、今日のアンタは?」
 深冬の質問に少し考えてから、瞳子は応える。
「もう大丈夫。半分は解決したし……心配してくれてありがとね、深冬ちゃん」
 半分?と首を傾げる深冬に、瞳子は笑顔で返した。
 きっと気のせいだ、明日になればこの“視線”も感じなくなる――自分にそう言い聞かせる。
 その次の瞬間、

 ――ドクン……ッ

 瞳子は不意に足を止める。
 並び歩いていた深冬はそれに気づき、彼女の様子に目を見張った。
 瞳子の顔から血の気が引き、全身が震えている。
 甘かった、その考えはあまりにも甘すぎたのだ――瞳子は直感的にそう理解し、やっとの思いで口を開く。
「…………げて」
「? トーコ?」
 恐怖で声が上手く出ない。
 けれど、それでも――瞳子は深冬への想いを胸に、精一杯の叫びを上げた。

「逃げて――深冬ちゃんッッ!!!!」

 全身が総毛立つ。
 今日一日、彼女にまとわり続けていた“視線”の主――それが今、背後に居る。すぐそこにまで迫っている。
 振り返ることさえおぞましい、邪悪なる“何か”。その標的がせめて自分一人であることを祈りながら、瞳子は固く両眼を閉じる。
 しかし、

「――……!? あれ……っ?」

 瞳子は更なる異変に気づき、恐る恐る振り返る。
 そこにはもはや何も居ない。何の変哲もない町並みがそこにはあった。
(いきなり居なくなった……!? もう視線も感じない。何が起きたの?)
 呆然とする瞳子の肩を叩き、深冬は得心した様子で頷く。
「なるほどね……分かったわトーコ。そういうことだったのね」
「……? 深冬ちゃん、それって?」
 疑問の解を求める瞳子に対し、深冬は当然のごとく教えてやった。
「――ずばり、“中二病”ね! 人に見えないものが見えるとか、謎の組織に狙われてるとか……そういうのでしょ?」
「へっ……えええええっ!? ちっ、違うよ! 私はたしかに――」
「――いいのよトーコ。アタシにも覚えがあるし…そういうお年頃なのよね」
「いやいやいや! 深冬ちゃんにだけは言われたくないよソレ!?」
 生暖かい視線を送る深冬に対し、瞳子は抗弁を繰り返す。
 その後、その場を立ち去った2人には知る由もない――果たしてそのとき、真実として、一体何が起きていたのか。





「――うーん……気づかれちゃったか。失敗したなあ」
 “少年”は暗闇を見つめながら、頭を掻いた。
 夏であるにも関わらず、童実野高校の学ランを着込んだ、小柄な黒髪の少年。
「……ここは見逃してくれないかな? 僕はまだ、君と事を構えるつもりはないんだよ」
 少年は背後にそう語り掛ける。
 彼は今、暗闇の中に囚われていた。外界からの干渉が一切シャットアウトされた、檻のような空間――その発生源たる少女に向け、そう頼み込む。
「――アナタ……何者? わたしの友達に何の用?」
 童実野高校の夏服を着た、同じく小柄な少女――月村絵空は、彼に問う。
「……僕かい? 僕の名は無瀬(なぜ)、無瀬アキラ――この世界の救世主さ。お見知りおきを」
 少年は彼女に振り返り、邪気の無い笑顔で名乗ってみせた。




第二章 破滅の光

 静寂なる暗闇の中で、2人は対峙していた。そして少女の傍らでは、分厚い黒の書物――“千年聖書(ミレニアム・バイブル)”が浮かび、自転を続けている。
 敵意を放つ絵空に対し、アキラなる少年は飄々としていた。短く切り揃えられた黒髪に小柄な体躯、彼のその風貌は純朴な一少年という印象だ。
 しかし彼がただ者でないことは、彼女にはひしひしと感じ取れた――故に警戒は緩めず、再び問いを投げ掛ける。
「……もう一度訊くね。アナタは彼女たちに何をする気だった? わたしへの人質にでもするつもりだったの?」
「……は? 人質?」
 彼女のその質問に、アキラは唖然とする。
 彼女の大きな勘違いに、堪らず失笑を漏らした。
「そういうのは悪者がすることだろ? そんな真似するわけないじゃないか。だって僕は、この世界の救世主なんだぜ?」
 訝しげな彼女の様子に、彼はヤレヤレと両手を挙げる。
 仕方ないといった様子で、その真意を伝えてやった。
「考え方が物騒だなあ。ただ僕は彼女に――デュエルを申し込みたかっただけなんだよ」
 絵空は眉をしかめる。
 まさかそんな話を信じろとでもいうのか――絵空はそう言いかけるが、しかしアキラは待ったを掛ける。
「まあ聞いてよ。実はつい最近、ようやくデッキが完成してね。けど僕はデュエルというものを一度もしたことがなくて……その相手が欲しかった、それだけなのさ」
 アキラは左腕に付けた機械――“決闘盤(デュエルディスク)”をかざしてみせる。
 その様には微塵の邪気もなく、平然と言葉を続けた。
「ただ記念すべき初デュエルの相手だろ? その辺の冴えない男より、断然女子がいいじゃないか! で、君の“監視”をしているとき……彼女が目に入ってね。けっこう可愛いし、ちょうどいいかなって思って」
 絵空が唖然とし、言葉を失う。
 その様子にアキラは首を傾げ、「ああ」と手を叩いた。
「他の2人も外見は悪くないんだけどさあ。1人は落ち着きがない感じで、ああいうタイプ苦手なんだよね。かといって、もう1人は暗すぎるし……間をとって彼女にしたんだ。納得した?」
 意味が分からなかった。
 とれる気配のない意思疎通に頭痛を覚え、絵空は論点を変えることにする。
「わたしを“監視”していた……というのは? いつから、何の目的でそんなことを?」
 絵空のその質問に、アキラは驚いたように目を瞬かせる。
「あれ……気づいてなかったの? 意外だなあ。いつもってわけじゃないけど、結構チラチラ覗いてたんだよ?」
 気づいてはいた――が、絵空はその視線が彼のものとは思わなかった。
 時折感じる視線の正体は、てっきり“別の人物”のものだと思い込んでいたのだ。
「……えーと、それから目的だっけ? そんなの決まってるじゃないか。君は武藤遊戯の次に、この世界を壊しかねない“危険人物”なんだ。警戒するのは当然のことだよ」
 悪びれもせずそう言うと、「勘違いしないでよね」と続ける。
「別に責めてるわけじゃないよ。むしろ君には彼ともども“協力者”として感謝している。あの悪しき“ゾーク・アクヴァデス”の謀略を阻止してくれたんだからね。全人類を代表して、勲章でもあげたいくらいさ」
 彼のその発言を、絵空は不快に感じた。
 たしかに自分は“ゾーク・アクヴァデス”の手を拒んだ――しかし、彼女を“悪”と捉えたつもりはない。彼女は彼女で、あくまで人々のことを想って起こした行動だったのだから。
「――アナタは……自分のことを“救世主”と呼んだけど、どういう意味? 三ヶ月前のあの時、アナタは何かしていたの?」
 アキラは苦笑いを浮かべ、気恥ずかしげに後頭部を掻く。
「痛いところつくなあ。まあ正直な話、まだ何もできてないんだけどね……でも大丈夫、必ずそうなるよ。だって僕は“あの方”に選ばれたんだから」
 アキラは両手を大きく広げ、心底誇らしげに語った。
「そう! 僕は選ばれたんだ――光の女神“ホルアクティ”に! 一年前のあの日、僕は“光の波動”を受けた……“神”は僕を選ばれた! “光の使徒”として、僕は救う……この世界の全ての人々を!!」
 彼は興奮気味に語る。
 嘘を吐いているようには見えない。しかしその瞳には、狂気じみた輝きがあった。
「君たちは確かに“この世界”を救った……けれどそれだけだ。元よりこの世界を覆う黒い霧――人々の悲しみや苦しみや痛み、それらをどうにかしたわけじゃない。違うかい?」
 違ってはいない。
 それらを取り除き、人々を幸福に導くために、“ゾーク・アクヴァデス”は“楽園(エデン)”を再生せんとした――絵空たちはそれを否定し、阻止した。
 すなわち結果だけを見れば、現状維持。“この世界”が抱える数多の不条理は、何ら変わることなく在り続けている。
「“この世界”を、誰もが幸せになれる“平等”な世界に作り変える――それこそが僕の使命! 二度と“邪神”が生まれることのない、何より正しき世界に。だからもう解放してくれないかな? その偉業を遂げるために、僕はデュエルを学ばなくちゃいけない。それを邪魔しようだなんて、神への冒涜に等しいことだよ?」
 依然として敵意は示さず、彼は穏やかに要求する。
 絵空はわずかに逡巡した。ここで解放すれば、彼は再び瞳子たちのもとへ向かうのかも知れない――彼女らの安全のために、それだけは避けたい。
「……わたしはアナタを……信用できない。このまま放すわけにはいかない」
 絵空は左腕をかざす。そこに“闇”が集約し、形を成す――決闘盤が出現する。
「……“闇のゲーム”、ってやつかい? まったく、本当に物騒だね。たかがゲームに命がけなんて、馬鹿げてると思わないのか?」
 アキラはため息混じりに、同様に決闘盤を構えた。
「まあ仕方ないか。話し合いが通じない以上、神に選ばれし僕が無様に逃げるわけにもいかないし……予定外だけどちょうどいい。僕の初めての相手は君に務めてもらうよ。けど安心してね? 僕はゲームで人の命を奪うとか、そんなこと絶対しないからさ」
 彼は呆れたように肩を竦め、当然の如くこう続けた。
「“敗者は勝者に絶対服従”――それくらいがちょうどいい。ゲームの価値なんてそんなもんだろ?」
 彼は微塵の邪気も示さない。その不自然さに怖気が走り、絵空は思わず身を固くする。

 “千年聖書”が回転を速め、周囲の闇が深みを増す。
 そして2人は決闘盤を構え、同時に叫んだ。

「「――デュエル!!!」」


<月村絵空>
LP:4000
場:
手札:5枚
<無瀬アキラ>
LP:4000
場:
手札:5枚


「……じゃあ僕の先攻ね、ドローっと。えーっと、まずはどうしようかなあ」
 6枚に増えた手札を見つめ、アキラは軽く考え込む。
 不慣れに見えるその様子から、彼はたしかに“デュエル初心者”であるようにも思えた。
「ウン、まずはこれかな。『天使の施し』を発動! デッキから3枚引き、2枚を捨てるっと」
 アキラは8枚に増えた手札と睨めっこし、2枚を選んで墓地に置く。
「先攻は攻撃できないし、まずは守備でいいかな。カードを1枚セットして、『ライトロード・ハンター ライコウ』を守備表示で召喚。ターン終了だよ」
 アキラが召喚したモンスターに、絵空は驚き目を疑った。


ライトロード・ハンター ライコウ  /光
★★
【獣族】
このカードが表になったとき、効果を発動する。
フィールド上のカードを1枚破壊する事ができる。
自分のデッキの上からカードを3枚墓地に送る。
攻 200  守 100


 現れたのは、見覚えのある白い犬型モンスター。
 そうだ、見覚えがある――“ライトロード”とは、かつて闘った“ある男”が使用していたモンスター群。



「どうです……中々のものでしょう? 我が魂のデッキ“ライトロード”――これは、いま貴女が使っているデッキと“同じ”なんですよ。この言葉の意味、今の貴女なら理解してくれますよね?」



 その男――“ヴァルドー”はそう言っていた。
 一般流通しているとは思われないそのカードは、彼だけが所持するオリジナルモンスターなのだろう――彼女はそう理解していた。それなのに。
「――アナタ……ヴァルドーの関係者、なの?」
 絵空の口から出た質問に、アキラは初めて表情を曇らせ、わずかに不快を示した。
「……何の冗談だい? やめてよね――あんな“裏切者”と一緒にするのは」
 吐き捨てるように言うと、しかし再び穏やかに続ける。
「そんなことより君のターンだよ? さあ早く早く。それとも見逃してくれる気になったとか?」
 軽快な口調に促され、絵空は仕方なくデッキトップに指を当てた。
(あのモンスターは確か、厄介な特殊能力を持っていたはず。それを発動させないためには……!)
「――わたしのターン! 『ダーク・スナイパー』を召喚し、特殊能力発動! 手札から闇属性モンスターを捨てることで、“ライコウ”を破壊する!!」
 現れた小悪魔が銃を構え、“ライコウ”に照準を合わせた。


ダーク・スナイパー  /闇
★★★★
【悪魔族】
手札から闇属性モンスター1体を捨てる。
フィールド上に存在するカード1枚を選択し破壊する。
この効果は1ターンに1度、自分のメインフェイズ時に発動できる。
この効果を発動したターンのエンドフェイズ時、デッキから
カードを1枚ドローする。
攻1500  守 600


「撃って――“カーシド・バレット”!!」

 ――ズガァァァンッ!!

 闇の弾丸に撃ち抜かれ、“ライコウ”は成す術なく砕け散る。
 壁モンスターを破壊され、アキラは驚いた様子で頭を掻いた。
「あーそうか。こうやって破壊されると表側表示にならないから、“ライコウ”の特殊能力は発動できないのか……なるほど、勉強になるなあ」
 語調に焦りは見られない。
 それを不気味に思いながらも、絵空は攻勢に出た。
「『ダーク・スナイパー』のダイレクトアタック――“ダーク・スナイプ・ショット”!」

 ――ズガァァッ!!

<無瀬アキラ>
LP:4000→2500

 次なる弾丸はアキラの腹部を貫く。
 彼は小さな呻きを上げ、軽くうずくまった。
「痛たた……1500でこんなに痛いのか? 嫌だなあ。痛いの苦手だし、あんまりダメージ受けないようにしよう」
 情けないような口調で、しかし余裕ともとれる言葉を漏らす。
 絵空は警戒を緩めることなく、2枚のカードを右手に掴んだ。
「わたしはカードを2枚セットし――エンドフェイズ! 『ダーク・スナイパー』の効果で1枚ドローし、ターンエンド!」


<月村絵空>
LP:4000
場:ダーク・スナイパー,伏せカード2枚
手札:3枚
<無瀬アキラ>
LP:2500
場:伏せカード1枚
手札:4枚


「ふぅ……じゃあ僕のターンね。でもその前にひとつ訊きたいんだけどさー……」
 アキラは小首を傾げ、純粋に疑問を投げ掛けた。
「きみ――何で本気でやらないの? 出し惜しみとか?」
 絵空は目を見張った。
 答えない彼女に代わり、彼は言葉を続ける。
「ホラ、背中にでっかい翼出すやつ! アレある方が強いんでしょ? 見た目カッコいいしさー……結構期待してたんだけど」
 絵空はやはり答えない。
 答えるわけにはいかないから――その“秘密”を知られることは、自身の不利に繋がりかねない。
「うーん……まいっか。その方がこっちもありがたいし。進めるね、ドロー。まずはトラップカード『閃光のイリュージョン』を発動! 墓地から『ライトロード・サモナー ルミナス』を復活させるよ」
 彼の発動したカード効果により、“ライトロード”の召喚師が復活する。『天使の施し』の効果で墓地に送られていたのだろう彼女は、すぐに呪文を唱え始めた。


閃光のイリュージョン
(永続罠カード)
自分の墓地から「ライトロード」と名のついたモンスター1体を
選択し、攻撃表示で特殊召喚する。自分のエンドフェイズ毎に、
デッキの上からカードを2枚墓地に送る。このカードが
フィールド上から離れた時、そのモンスターを破壊する。
そのモンスターがフィールド上から離れた時このカードを破壊する。

ライトロード・サモナー ルミナス  /光
★★★
【魔法使い族】
1ターンに1度、手札を1枚捨てる事で自分の墓地に存在する
レベル4以下の「ライトロード」と名のついたモンスター1体を
自分フィールド上に特殊召喚する。このカードが自分フィールド上に
存在する場合、自分のエンドフェイズ毎に、自分のデッキの上から
カードを3枚墓地に送る。
攻1000  守1000


「そして“ルミナス”の特殊能力を発動。手札を1枚捨てて、墓地から“ライコウ”を復活させるよ。念のため守備表示で」
 彼の場にモンスター2体が並ぶ。
 ともに『ダーク・スナイパー』を超えぬ低攻撃力モンスターだが、彼はさらなる展開を見せた。
「さらに『ライトロード・パラディン ジェイン』を召喚! 攻撃力1800……さらに、攻撃時に2100まで上がる特殊能力もある!」
 “ライトロード”の騎士が現れ、その剣を絵空に向けた。


ライトロード・パラディン ジェイン  /光
★★★★
【戦士族】
このカードは相手モンスターに攻撃する場合、
ダメージステップの間攻撃力が300ポイントアップする。
このカードが自分フィールド上に存在する限り、自分の
エンドフェイズ毎に、自分のデッキの上からカードを2枚墓地に送る。
攻1800  守1200


(『ダーク・スナイパー』の攻撃力は1500どまり……このターンのダメージは避けられない)
 この後の流れを見越し、絵空は身構える。
 しかし、
「――これで僕のフィールドに……モンスターは3体」
「!? え……っ?」
 3体のモンスター ――そこから連想される脅威に、彼女の思考は硬直する。
 いやしかし、そんなことはあり得ない――すぐにそう思い直した。
 だが、
「僕は、場の光属性モンスター3体をゲームから除外して――特殊召喚!」
 彼は手札からそのカードを抜き取り、高らかとかざしてみせた。
「――『ライトレイ・オシリス』」
「!!??」


LIGHTRAY OSIRIS  /LIGHT
★★★★★★★★★★
【DRAGON】
???
ATK/X000  DEF/X000


 あり得ないはずの光景が、少女の眼前に広がる。
 大いなる光を全身から解き放ち――“紅の天空竜”が降臨し、フィールドを照らし出した。


<月村絵空>
LP:4000
場:ダーク・スナイパー,伏せカード2枚
手札:3枚
<無瀬アキラ>
LP:2500
場:ライトレイ・オシリス
手札:2枚




第三章 新たなる三神

 ――無瀬アキラという少年は、何より“特別”であることに憧れていた。
 幼くして両親が離婚し、彼は父子家庭で育った。仕事で忙しい父との間に会話はなく、しかし小遣いだけは十二分に与えられた。
 彼はテレビゲームが好きで、とりわけRPG(ロール・プレイング・ゲーム)が大好きだった。
 自分と同じ名前を持つ主人公が、仲間と協力し、敵を倒し、冒険の末に世界を救う。
 彼はそんな仮想世界に魅せられ、“救世主”たる自分に思い焦がれた。

 一方で、現実世界の彼は、理想とは大きくかけ離れていた。
 運動神経は悪く、学校でのスポーツの成績は振るわない。
 学力は悪くなかったが、それは彼の求める能力ではなかった。
 スポーツに長け、クラスの中心に立つ同級生を羨み、妬み――そして、不平等だと思った。
 自分が他人より優れていないことが、自分が他人より“特別な存在”ではないということが――至極不平等に感じられ、それは周囲との溝を深めた。

 高校に入ってしばらくして、彼は自宅マンションから落下し、大怪我をして入院した。
 自殺未遂かとも思われたが、「空を飛ぶ練習をしていた」と彼は説明する。嘘や冗談ではなく、当然のことのように。
 彼の父はようやくそこで、息子の異常性に気が付いたのだった。

 退院後も半ば強制的に、彼は精神科に通うことになった。
 しかし効果は薄く、彼は程なくして通院をやめた。
 そして高校3年生の初夏、再び来院したのち――彼はその命を落とした。

 自宅マンションからの転落死。
 「今までお世話になりました」と、自書による短い書置きも見つかり、警察は自殺と断定した。
 その遺体は火葬され、彼は若くしてこの世を去ったのだ――少なくとも、社会的には。

 かくしてこのときから、“神の啓示”を受けし彼の“第二の人生”は幕を開いたのである。





ライトレイ・オシリス  /光
★★★★★★★★★★
【ドラゴン族】
このカードは通常召喚できない。
自分フィールド上に存在する光属性モンスター3体を
ゲームから除外した場合のみ特殊召喚する事ができる。
Xにはゲームから除外された自分の光属性モンスターの
種類の数が入る。
●1ターンに1度だけ、相手フィールド上に存在する
攻撃力2000以下のモンスター1体を破壊できる。
攻X000  守X000


「“オシリスの天空竜”……!? まさか、どうしてアナタが!?」
 現れた紅のドラゴンを見上げ、絵空は驚きを禁じ得ない。
 まさか奪われたというのか――浮遊する“千年聖書”に意識を向け、それを確かめる。
 しかし、奪われてはいない。
 “ある理由”により武藤遊戯から預かっている“三幻神”は、“聖書”の中に全て納められている――つまり眼前に君臨せしそれは、別個体ということだ。
「あはは、違う違う。コレは武藤遊戯のデュエルを参考に、僕自身の手で創ってみたんだ。“三幻神”でも“三魔神”でもない、“新たなる三神”――その試作品さ。とりあえず似せてみたんだよ。“創造は模倣から始まる”とか言うでしょ?」
 あっけらかんとした様子で、アキラは饒舌に説明する。
 神を創る、そんなことが可能なのか――俄かには信じられず、絵空はポカンと口を開いた。
「まあでも色々違うから、期待していいよ? まずは――『ライトレイ・オシリス』の特殊能力発動! 1ターンに1度、相手の攻撃力2000以下のモンスター1体を破壊できる!!」
 “オシリス”は上下に並んだ2つの口、その上部の口を開く。
 オリジナルであるならば、そこから放たれるは“召雷弾”――相手の召喚行為に対し発動する、極めて強力なカウンター能力。
 だが、
「……相手の行動に対して発動するとか……ちょっと後ろ向きだと思わない? だから変えてみたんだ、自分から発動できるように」
 “オシリス”は絵空のモンスター『ダーク・スナイパー』を見下ろす。その攻撃力は1500ポイント。
「撃て、『ライトレイ・オシリス』――“失楽の霹靂(へきれき)”!!」

 ――ズガァァァンッッ!!!

 放たれた雷が、『ダーク・スナイパー』を消し炭にする。
 その衝撃を受け、絵空はたまらず後ずさりした。
「ハハハ、どうどう? 技の名前は僕が考え直してるんだ。カッコいいと思わない?」
 アキラは子どものようにはしゃぐ。
 絵空は顔をしかめながら、しかし確かな手つきで、場の伏せカードを開いた。
「――この瞬間……リバースカードオープン! 『カオティック・チャージ』!!」


カオティック・チャージ
(罠カード)
以下の効果から1つを選んで発動する。
その後、デッキからカードを1枚ドローする。
●自分の場の光属性モンスターが破壊され、墓地に送られたとき発動。
そのモンスターと同じレベルの闇属性モンスターを墓地に送る。
●自分の場の闇属性モンスターが破壊され、墓地に送られたとき発動。
そのモンスターと同じレベルの光属性モンスターを墓地に送る。


「わたしはデッキから『次元合成師(ディメンション・ケミストリー)』を墓地に送り……カードを1枚ドロー!!」
 それは布石の1枚。
 これにより彼女の墓地には、光属性・闇属性のモンスターが揃った。
 さらに、彼女が今ドローしたカードは――


混沌帝龍(カオス・エンペラー・ドラゴン) −終焉の使者−  /闇
★★★★★★★★
【ドラゴン族】
このカードは通常召喚できない。自分の墓地の光属性と闇属性モンスターを
1体ずつゲームから除外して特殊召喚する。
1000ライフポイントを払う事で、お互いの手札とフィールド上に存在する
全てのカードを墓地に送る。この効果で墓地に送ったカード1枚につき
相手ライフに300ポイントダメージを与える。
攻3000  守2500

<月村絵空>
LP:4000
場:伏せカード1枚
手札:4枚
<無瀬アキラ>
LP:2500
場:ライトレイ・オシリス
手札:2枚


(相手の残りライフは2500……“オシリス”は破壊できなくても次のターン、このカードで……!)
 次なる戦術を思い描き、絵空は内心悦に入る。
 一方、アキラは少し考えた後、手札から1枚を右手に持ち替えた。
「墓地に光と闇属性……なるほどねぇ。それじゃあ僕は永続魔法を発動――『白き神託』!」
 彼がそれを発動すると同時に、“オシリス”の全身が白き光に包まれた。


白き神託
(永続魔法カード)
1ターンに1度、自分フィールド上にレベル10以上の
光属性モンスターが存在するとき発動できる。
モンスター名を1つ宣言する。相手はデッキ・手札にある
そのカードを全て墓地に送り、カードを1枚ドローする。
相手のデッキ・手札にそのカードが存在しない場合、
代わりにこのカードを墓地に送る。


 一見するにモンスター強化の効果。絵空はそう予想したが、アキラはすぐにその誤解を正す。
「“神”の偉大なる輝きを前に、悪しき魂は滅び去るのさ……『白き神託』の効果発動! 僕の場にレベル10以上の光属性モンスターが存在するとき、カードを1つ宣言し、そのカードを墓地に送らせる! 僕が宣言するのは――『混沌帝龍 −終焉の使者−』!!」

 ――カッ!!!

 “オシリス”が強く輝き、絵空の目を眩ませる
 そしてそれを受け、手札の1枚が白光を纏った。
「もう手札にあったんだ? 危ない危ない。それじゃあそのカードを墓地に送ってもらおうか。その後、代わりに1枚ドローしていいよ」
 光が消える気配はなく、絵空は仕方なく――『混沌帝龍 −終焉の使者−』を墓地へ送り、デッキからカードを1枚引き抜く。
(わたしの切札を承知で……ピンポイントに封じてきた。なんて厄介な……!)
 逆襲の一手を封じられ、絵空は渋い表情をする。
 それとは至極対照的に、アキラは上機嫌でプレイを続ける。
「さてさて、それじゃあいよいよバトルかな。僕の手札は1枚しかないわけだけど……ここで『ライトレイ・オシリス』のもうひとつの能力を教えてあげるよ」
 オリジナルの“オシリス”はプレイヤーの手札枚数により攻撃力が決まる。この状況ならば、攻撃力はわずかに1000ポイントどまり――なのだが、
「手札で攻撃力が決まるとか……窮屈だと思わない? だからこっちは“魔神”の方を参考にしたんだ。『ライトレイ・オシリス』の攻撃力は、僕の除外された光属性モンスターの種類×1000ポイントになる。つまり3000ポイントさ!」
 “オシリス”は下部の口を開き、その先に電撃を溜める。
 壁モンスターのいない絵空に直接照準を合わせ、アキラの宣言と同時に撃ち放った。
「『ライトレイ・オシリス』のダイレクトアタック――“サンダー・デストラクション”!!」

 ――ズゴォォォォォッ!!!!

 雷撃砲が絵空に迫る。
 その威力は3000ポイント、直撃を受けてもライフは残る――しかし致命傷には違いない。
 砲撃が放たれるとほぼ同時に、絵空は場の伏せカードを開いていた。
「リバースマジック『ダーク・リロード』! わたしは墓地の『ダーク・モモンガ』を除外し、カードを1枚ドロー!!」


ダーク・リロード
(魔法カード)
自分の墓地から闇属性モンスター1体をゲームから除外して発動。
自分のデッキからカードを1枚ドローする。
「ダーク・リロード」は1ターンに1枚しか発動できない。


 絵空の手札はこれで5枚。
 しかしそれが狙いではない。彼女の狙いは除外したモンスター『ダーク・モモンガ』にこそあるのだ。
「『ダーク・モモンガ』の特殊能力――発動! デッキから同名モンスター2体を、守備表示で特殊召喚!!」


ダーク・モモンガ  /闇
★★
【獣族】
戦闘によって破壊されたこのカードはゲームから除外される。
このカードが除外されたとき、以下の効果から1つを選択して発動する。
●デッキから「ダーク・モモンガ」をフィールド上に守備表示で特殊召喚する。
●自分のライフを1000ポイント回復する。
●場のモンスター1体の守備力を1000ポイント上げる。
攻1000  守 100


 フィールドに闇の塊が2つ生まれ、ともに獣の形を成す。
 そのうちの1体が身代わりとなり、雷撃砲に焼き尽くされた。
「……ッッ!! 破壊された『ダーク・モモンガ』の特殊能力で、わたしのライフを1000回復するよ」
 その威力に気圧されながらも、絵空は踏みとどまり、敵を見据えた。

<月村絵空>
LP:4000→5000

「へー……やるねえ。ま、いいや。僕はカードを1枚セットして、ターンエンドね」
 空になった両手を広げてみせ、アキラは軽い調子で、絵空に先を促す。


<月村絵空>
LP:5000
場:ダーク・モモンガ(守100)
手札:5枚
<無瀬アキラ>
LP:2500
場:ライトレイ・オシリス(攻3000),白き神託,伏せカード1枚
手札:0枚


(強い……! カードパワーだけじゃない。これで本当に“デュエル初心者”なの?)
 冷や汗を拭い、絵空は手札に視線を落とす。
 “終焉の使者”を失い、戦力は大きく下がった。しかしまだ手はある――手持ちのカードに目を通してから、デッキトップに指を当てる。
「わたしのターン! まずは墓地の『ダーク・スナイパー』をゲームから除外し――『ダーク・ストライカー』を特殊召喚!」


ダーク・ストライカー  /闇
★★★
【戦士族】
このカードは自分の墓地に存在する闇属性モンスター1体を
ゲームから除外し、手札から特殊召喚する事ができる。
このカードの戦闘によって発生するお互いへの戦闘ダメージは
0になり、その数値分、自分のライフポイントを回復する。
攻 600  守 200


「さらに! 『ダーク・ストライカー』と『ダーク・モモンガ』を生け贄に捧げて――いでよ、『堕天使ジャンヌ』!!」
 フィールドに天使が舞い降りる。
 さらに、生け贄に捧げたモンスター2体の魂を背に負い、それぞれを黒翼とし、浮かび上がった。


堕天使 ジャンヌ  /闇
★★★★★★★
【天使族】
闇属性モンスター2体を生け贄に捧げて召喚に成功したとき、
墓地に存在する闇属性モンスター1体をゲームから除外して発動。
除外したモンスターの攻撃力の半分の数値分だけ、このカードの
攻撃力をアップし、コントローラーのライフポイントを回復する。
また、このカードが戦闘によってモンスターを破壊し墓地へ送った時、
自分は破壊したモンスターのレベル×300ライフポイント回復する。
攻2800  守2000


「生け贄召喚成功時、“ジャンヌ”の特殊能力発動! 墓地の『ダーク・モモンガ』を除外することで、自身の攻撃力と私のライフを、500ポイントずつアップする!! そして――『ダーク・モモンガ』の特殊能力により、さらに1000回復!」

堕天使 ジャンヌ
攻2800→攻3300

<神里絵空>
LP:5000→5500→6500

 “ジャンヌ”の剣は“闇”を纏い、その能力値は“オシリス”を超える。
 オリジナルの“オシリス”ならば、こうはいかなかっただろう。“召雷弾”の迎撃を受け、2000もの数値を失っていた。
「ウーン、そうきたかぁ。攻撃力3300……『ライトレイ・オシリス』は破壊されちゃうなー」
 わざとらしい口調で、アキラは薄ら笑いを浮かべる。
 稚拙とも思えるその駆け引きに、絵空は眉をひそめる。
 誘っているのか、それともブラフなのか――絵空にもそれが看破できない。
(“カーカス・カーズ”と同じで、デュエルが進むほど強力になっていく特殊能力……安易に見逃すわけにはいかない。それに、わたしの感覚が正しければ、この“オシリス”は――)
「――わたしは……『堕天使ジャンヌ』で、『ライトレイ・オシリス』を攻撃!!」
 彼女の宣言と同時に、アキラはひどく相好を崩す。
 それは彼が、デュエルで初めて味わう感覚。
 仕掛けた罠に獲物が掛かる、至福なる瞬間。
「――掛かったね!! トラップカードオープン『ライトレイ・フラッシュ』!!」


ライトレイ・フラッシュ
(罠カード)
●フィールドに光属性モンスターが存在するとき発動できる。
自分のデッキの上からカードを5枚ゲームから除外する。
●自分のターンに500ライフを払い、墓地のこのカードを
ゲームから除外して発動できる。自分または相手の墓地の
光属性モンスター1体をゲームから除外する。


「僕のデッキの上からカードを5枚除外する! この中に新たな光属性モンスターは……2種類だ! よって『ライトレイ・オシリス』の攻撃力は2000ポイントアップッ!!」

ライトレイ・オシリス
攻3000→5000
守3000→5000

「ハハハ、返り討ちだ! やれ、ライトレイ・オシ――……!?」
 そして次の瞬間、彼は自身の目を疑った。

ライトレイ・オシリス
攻5000→攻3300

 いったい何が起きたのか、彼はすぐには理解できない。
 せっかく追い抜いたハズの攻撃力が、並んでしまった――いや、それも違う。
 “逆転”したのだ。

堕天使 ジャンヌ
攻3300→5000

デスオネスト  /闇
★★★★
【天使族】
自分のメインフェイズ時に、フィールド上に存在するこのカードを手札に戻す
事ができる。また、自分フィールド上に存在する闇属性モンスターが戦闘を行う
ダメージステップ終了時、手札のこのカードをゲームから除外する事で発動。
エンドフェイズまで、そのモンスターの攻撃力は、戦闘を行う相手モンスターの
攻撃力と入れ替わる。その戦闘により発生する相手プレイヤーへのダメージは
無効となり、その数値分、自分のライフポイントを回復する。
攻1100  守1900


「手札から『デスオネスト』を除外し、効果発動――互いのモンスターの攻撃力を、エンドフェイズまで入れ替える!!」
 背中に新たな黒翼が生え、“ジャンヌ”は高く舞い上がる。
 その光景を見上げながら、絵空はある確信を抱いた。
(やっぱり……思った通りだ。この“オシリス”は“神”じゃない!)
 『ライトレイ・オシリス』から発せられる、強烈なる威圧――しかしそれは“神威”ではない。たとえ“神”であったなら、下級モンスターの特殊能力など無効。『デスオネスト』の効果が通じるはずはないのだ。
「バトルを続行――“デスオネスティー・ブレード”!!」
 4枚の翼を羽ばたかせ、“ジャンヌ”は“オシリス”に斬りかかった。

 ――ズバァァァァァァッッ!!!!!

 剣閃が冴え、ドラゴンを斬り裂く。
 上下真っ二つに両断された“オシリス”は、数瞬の間を置いて爆散し、その姿を消した。
「……『デスオネスト』のさらなる効果。この戦闘で発生するダメージを無効にし、代わりにわたしのライフを癒す。そして“ジャンヌ”の能力により、さらにライフを回復するよ!!」

<神里絵空>
LP:6500→8200→11200

 圧倒的なライフ回復能力――これもまた、彼女のデッキギミックの一つ。
 これで両者のライフ差は、実に4〜5倍。そしてそれ以上に、『ライトレイ・オシリス』を倒せたことはあまりにも大きい。
「わたしはカードを1枚セットし――ターンエンド!」
 この戦局の優劣は、あまりにも明白に示されていた。


<月村絵空>
LP:11200
場:堕天使ジャンヌ,伏せカード1枚
手札:2枚
<無瀬アキラ>
LP:2500
場:白き神託
手札:0枚


 アキラのフィールドにモンスターはなく、伏せカードすらない。加えて『ライトレイ・オシリス』という最重量モンスターを喚び出すために、彼は全ての手札を使い切っていたのだ。
 すなわち彼に打てる手はなく、全ては次のドロー次第。つまり運次第、あまりにも絶望的窮地に立ちながら――しかし彼は、けろりとしていた。
「――いやー参った! 割と自信作だったんだけど……まだまだ改良が必要だね」
 頭を掻きながらそう告げる。
 彼は微塵も疑わない、自身の運命を。
 “救世主”たる自分が、ここで敗れるはずなどないと――確信しているのだ、必然に。
 その様子に戸惑う絵空を意に介さず、彼はカードを引き、すぐに発動してみせた。
「手札1枚じゃどうにもできないしね。『命削りの宝札』を発動! 手札が5枚になるようドローするっと」
 悠々自適に手札を増やし、彼はそれに目を通す。
「ふむふむ、なるほど。それじゃあ……僕はまず、この2体を特殊召喚するよ。『ライトレイ ソーサラー』! 『ライトレイ マドール』!!」
 見覚えのあるモンスター、しかし強い白光を放つその2体に、絵空は目を見張った。


ライトレイ ソーサラー  /光
★★★★★★
【魔法使い族】
このカードは通常召喚できない。
ゲームから除外されている自分の光属性モンスターが3体以上の場合のみ
特殊召喚できる。
1ターンに1度、ゲームから除外されている自分の光属性モンスター1体を
選択してデッキに戻し、フィールド上に存在するモンスター1体を選択して
ゲームから除外できる。この効果を発動するターン、このカードは攻撃できない。
攻2300  守2000

ライトレイ マドール  /光
★★★★★★
【魔法使い族】
ゲームから除外されている自分の光属性モンスターが3体以上の場合、
このカードは手札から特殊召喚できる。
このカードは1ターンに1度だけ、戦闘では破壊されない。
攻1200  守3000


(『カオス・ソーサラー』に……『ネオアクア・マドール』? わたしの今のデッキと同じ、既存モンスターの変異型。じゃあ、あの“オシリス”も……でも)
 “神”を変異し、創り直す――それほどの異能は、ティルスにもない。
 少なくともその能力に限るなら、アキラは彼女を遥かに凌駕している。
「一応使っておこうかな。『ライトレイ ソーサラー』の特殊能力発動! 除外されている『ライトロード・サモナー ルミナス』をデッキに戻すことで……『堕天使ジャンヌ』を除外するよ!」
 “ソーサラー”は両手に光を漲らせ、それを地面に叩きつける。
 すると絵空のフィールドに光の穴が空き、そこから白い触手が伸びる――それは“ジャンヌ”の全身に巻き付き、穴の中へと引きずり込んだ。
 穴は閉じ、絵空のフィールドはガラ空きとなる。しかし絵空は怖じることなく、場の伏せカードを迷わず開いた。
「リバーストラップオープン! 『闇の綱』!!」


闇の綱
(罠カード)
闇属性モンスターが自分の場を離れた時に発動。
デッキの中から闇属性四ツ星モンスターを特殊召喚する。
この効果で特殊召喚したモンスターはこのターン攻撃できない。


「この効果によりデッキから、闇属性レベル4モンスターを特殊召喚する! わたしは……『ダーク・トマト』を、守備表示で特殊召喚!」
 絵空のフィールドから、モンスターが途切れない。
 そのプレイングに感嘆したように、アキラは肩を竦めてみせた。


ダーク・トマト  /闇
★★★★
【植物族】
戦闘によって破壊されたこのカードはゲームから除外される。
このカードが除外されたとき、自分の墓地の闇属性モンスター1体を
ゲームから除外することで、自分のデッキから攻撃力1500以下の
闇属性モンスター1体を自分フィールド上に攻撃表示で特殊召喚する。
「ダーク・トマト」の効果は1ターンに1度しか発動できない。
攻1400  守1100


「ライフ差が開きすぎたし、一気に攻めたかったんだけど……まー仕方ないか。僕はさらに、このモンスターを通常召喚するよ。『ライトレイ グレファー』!」


ライトレイ グレファー  /光
★★★★
【戦士族】
このカードは手札からレベル5以上の光属性モンスター1体を捨てて、
手札から特殊召喚できる。
1ターンに1度、手札から光属性モンスター1体を捨てて発動できる。
デッキから光属性モンスター1体を選び、ゲームから除外する。
攻1700  守1600


 アキラのフィールドにモンスターが立ち並ぶ。
 数で攻めるつもりか――絵空は一瞬そう思うが、すぐに気づく。
 彼のフィールドには再び、光属性モンスターが3体。
「……まさか……っ」
 そのまさかだ。
 アキラは涼しい表情で、残された2枚の手札を眺める。


LIGHTRAY OBELISK  /LIGHT
★★★★★★★★★★
【WARRIOR】
???
ATK/4000  DEF/4000

LIGHTRAY SUN  /LIGHT
★★★★★★★★★★
【WINGED BEAST】
???
ATK/????  DEF/????


(順番的には“オベリスク”かなあ。強い方は後から出した方が盛り上がるし……でも)
 ここまでの戦況は、彼の圧倒的不利に見える。
 “オシリス”と同格どまりの“オベリスク”では、またすぐにやられてしまうかも知れない――それもつまらないな、と思い直す。
「……ウン、決めたよ。今の僕の最高傑作――最強の神を見せてあげるね」
 アキラはカードを1枚選び、空高く掲げた。
「僕は場の光属性モンスター3体をゲームから除外し――特殊召喚、『ライトレイ・ラー』!!」

 ――カッ!!!!!

 強き光が、フィールドを制す。
 “闇のゲーム”のフィールドさえも、明朗に照らしだす。
 “三幻神”の中で最高位――太陽の化身たる“翼神竜”が、絵空の前で翼を広げた。


<月村絵空>
LP:11200
場:ダーク・トマト(守1100)
手札:2枚
<無瀬アキラ>
LP:2500
場:ライトレイ・ラー,白き神託
手札:1枚


「『ラーの翼神竜』まで……!? でも、スフィア・モードじゃない。これって」
 喚び出された“ラー”は通常形態。本来経由すべき形態変化が、この“ラー”には見られない。
「……あー、気づいちゃった? 変形の実装が難しくってさー……まあ今後の課題ってことで」
 アキラは軽い調子で言い、そして続ける。
「でも、完成度はコレが一番高いんだ。見せてあげるよ――『ライトレイ・ラー』のステータスは、召喚時に除外したモンスターの合計値になる。つまり攻撃力は……5300ポイントだ!」

ライトレイ・ラー
攻:5300
守:6600

「攻撃力……5300……!」
 先ほどの“オシリス”を上回る能力値を前に、絵空は思わずたじろぐ。
 召喚コストとしたモンスターの攻守を合計する――この点においては、オリジナルの“ラー”と相違ない。
「さあ、バトルだ『ライトレイ・ラー』! 『ダーク・トマト』を攻撃――“ハイパー・ブレイズ”!!」
 “翼神竜”はその口から、黄金のブレスを撃ち放った。

 ――ズギャァァァァァッッッ!!!!!!!

 強大なる光が、『ダーク・トマト』を焼き尽くす。
 しかしこれは想定内だ。砲撃の威力に気圧されながらも、絵空は“次”へと思考を巡らす。
(『ダーク・トマト』は守備表示、ダメージは通らない……そして!)
「この瞬間! 『ダーク・トマト』の特殊能力を――」
「――おっと、その前に! 『ライトレイ・ラー』の特殊能力が発動するよ。相手モンスターを破壊したとき、1000ダメージを与える!」
「!!?」


ライトレイ・ラー  /光
★★★★★★★★★★
【鳥獣族】
このカードは通常召喚できない。
自分フィールド上に存在する光属性モンスター3体を
ゲームから除外した場合のみ特殊召喚する事ができる。
このカードの攻撃力と守備力はそれぞれ、このカードの特殊召喚時に
除外したモンスターの元々の攻撃力・守備力を合計した数値になる。
このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊した時、
相手ライフに1000ポイントダメージを与える。
攻????  守????


「変形できないことだし……思い切って変えてみたんだ。1000ポイントものライフなんて、君の方が支払ってよ」
 オリジナルとは根本的に異なる効果、それ故に理解が遅れる絵空に対し――“ラー”は嘶き、追撃を放った。
「――“地獄の贖罪”」

 ――ドスゥゥゥッ!!!

 呆然とする少女の胸を――“炎の一矢”が、刺し貫いた。




第四章 穢れし女神

「――あ……うっ、くぅっ……!?」
 絵空は両膝を折り、悶絶する。
 胸に受けた衝撃と熱、双方ない交ぜとなった激痛に、ひどく悶え苦しむ。

<神里絵空>
LP:11200→10200

(たった1000ポイントのダメージで、なんて威力なの……!? “闇のゲーム”だからだけじゃない、これがあのカードの力……!)
 胸を押さえる手が離せない。
 なかなか立ち上がれない彼女を見下ろしながら、アキラは意外な提案をした。
「……やっぱさー、やめにしない? 女の子をいたぶるとか、救世主っぽくないし……僕も見てて痛々しいしさ」
 驚き、絵空は顔を上げる。
 嘘を吐いている様子はない。それは彼の、本心からの言葉。
「もう十分データはとれたし……トーコちゃんだっけ? 彼女のことは諦めるよ。だからもう終わりにしよう。ここは引き分けってことで、どう?」
「…………」
 絵空はしばし考える。
 両者の合意があれば、“闇のゲーム”を中断することも不可能ではない。しかしここでこの人物を見逃すことが、未来に如何なるリスクを残すのか――その判断を下しかねる。
「……あなたは……“この世界”を救うと言った。それは一体どういうこと? 具体的に何をするつもりなの?」
 絵空の質問に、彼も少し考えから、その考えを言語化する。
「具体的にかー……そうだねぇ。君は“この世界”の成り立ちを知っているかな? この世界にどうして“邪神”というものが生まれるのか」

 ――“始まりの人”は黒を好み
 ――“対なる人”は白を好んだ
 ――故に彼は彼女を殺し、“始まりの邪神”と成り果てた
 ――そしてそれこそが、全ての呪いの起源たるモノ

「違ってはいけないんだよ……人間は。能力も、思考も、性格も、何もかも――全てが等しく同じでなくては。誰もが同じ人間なら、争いなんて起きない。そう思わない?」

 ――事実として戦争は、総じて価値観の相違が引き金となる
 ――相違は摩擦を生み、悪意を生み、ヒトを害する
 ――ヒトとヒトが相違する限り、邪心が消えることはあり得ない

「――だから一つにするんだ。この僕の“神”の力で、全てのヒトを等しく変える。そしてその上に僕が立つ……偉大なる“ホルアクティ”の代行者として、人類を導くんだ」
 無垢に語る彼の様子に、絵空は怖気が走った。
 その発想はゾーク・アクヴァデスの“楽園(エデン)”に近く、しかし真逆と言っても良い。
(“ホルアクティ”の意志とは思えない……何よりこの人から感じる邪悪な気配。まるで、何かに取り憑かれているような)
 よろめきながら立ち上がる。
 ここで彼を見逃せば、取り返しのつかないことになる――そんな直感めいた危惧さえ抱き、彼を強く見据える。
「……私は――『ダーク・トマト』の効果発動! このカードと墓地の『ダーク・ストライカー』を除外することで、攻撃力1500以下の闇属性モンスター1体を特殊召喚する! 来て、『ダーク・ウィルス』!!」


ダーク・ウィルス  /闇
★★
【悪魔族】
戦闘によって破壊されたこのカードはゲームから除外される。
このカードが除外されたとき、以下の効果から1つを選択して発動する。
●デッキから「ダーク・ウィルス」をフィールド上に攻撃表示で特殊召喚する。
●相手に500ポイントのダメージを与える。
●場のモンスター1体の攻撃力を500ポイント下げる。
攻1000  守 100


「……ゲーム続行かあ。まあ仕方ない、僕はちゃんと止めたからね? それじゃあ――僕は再び永続魔法『白き神託』の効果を発動! 僕の宣言するカードを墓地へ送ってもらう。次に宣言するのは……『カオス・ソルジャー −開闢の使者−』だ!!」
 アキラは得意げにそう宣言した。
 彼は彼女のデュエルを、一度だけ視て憶えている――それは三ヶ月前の第三回バトル・シティ大会決勝戦、武藤遊戯とのデュエル。
(これで彼女のキーカードは両方潰した。あとは念のため“このカード”で――)
 と、彼は次のプレイへ意識を移そうとするが、しかし異変が起こった。

 ――シュゥゥゥゥゥ……

 予期せぬことに、彼は目を瞬かせる。
 『白き神託』のカードが、煙を上げて消滅してゆく――その発動が、不発となる。
「え……何コレ、どーゆーこと? 宣言したカードが入ってなかった……?」
 『白き神託』のカードは、宣言したカードが相手のデッキ・手札に存在しないとき、墓地に送られる。
 ここまでの展開を顧みるに、彼女が『カオス・ソルジャー −開闢の使者−』を墓地または除外ゾーンに送り込むタイミングなどなかった。つまり考えられる可能性は一つだけ――最初からデッキに入っていなかったのだ。
「アレって君の切札……“カオス・ゴッド・ドラゴン”だっけ? それの融合素材だったよね。何でデッキに入ってないの??」
 彼は純粋に疑問を投げ、絵空は視線を逸らす。
 真実を伝えるわけにはいかない、故に咄嗟に嘘を吐く。
「……別に。“あの人”のカードなんて、使いたくなかっただけ……殺されかけたし」
 第三回バトル・シティ大会一回戦、ヴァルドーはその際に“月村天恵”の覚醒を促すべく、“神里絵空”の魂を人質にしたのだ。
 特に遺恨はなかったのだが、悪くない言い訳だと内心思えた。
「……フーン、まあいいけど。他に墓地へ送りたいカードはなかったしね」
 アキラは特に疑うことなく、自身の墓地スペースを一瞥する。
 その中にある『ライトレイ・フラッシュ』第2の効果を使い、“開闢の使者”を除外することで『カオティック・フュージョン』による特殊融合召喚さえ封殺する――そこまで考えた上での戦術だったのだが、拍子抜けしてしまった。
(まーいっか。500ライフ払わずに済んだし)
「じゃあこれで、僕はターン終了だよ」
 彼は気持ちを切り替え、ゲームを進めた。


<月村絵空>
LP:10200
場:ダーク・ウィルス(守100)
手札:2枚
<無瀬アキラ>
LP:2500
場:ライトレイ・ラー(攻5300)
手札:1枚


(攻撃力5300……! でもそれだけなら、対抗策はある)
 打開策は先のターン、『デスオネスト』が示している。
 今ある2枚の手札だけでも、巻き返しは可能――そう判断しながら、デッキに指を伸ばす。
「わたしのターン――ドロー!!」
 引き当てたカードを見て、絵空は微笑む。
 けれど、それに頼るまでもない。彼女の脳裏には最早、このデュエルの決着への道筋が描かれていた。
「魔法カード『闇次元の導き』を発動! 場の『ダーク・ウィルス』を除外し……そのレベル未満の闇属性モンスターを、特殊召喚できる!!」


闇次元の導き
(魔法カード)
自分の場の闇属性モンスター1体をゲームから除外する。
除外したモンスターよりもレベルの低い
闇属性モンスターをデッキから特殊召喚する。


「わたしが特殊召喚するのは……『闇ガエル』! さらに『ダーク・ウィルス』が除外されたことで、その効果も発動――デッキから『ダーク・ウィルス』2体を、攻撃表示で特殊召喚!!」


闇ガエル  /闇

【水族】
1ターンに1度、自分の墓地に存在する「闇ガエル」を
自分フィールド上に攻撃表示で特殊召喚する事ができる。
このカードは闇属性モンスター以外の
生け贄召喚のための生け贄にはできない。
攻 100  守 100


 絵空のフィールドに3体のモンスターが並ぶ。
 それはこのデュエル中、アキラが2度展開した状況だ。しかし彼女が繰り出すのは“神”の模造品などではない――闇の神に仕えし“従属神”。
「わたしは闇属性モンスター3体を生け贄に捧げ――特殊召喚! 『ダーク・バルバロス』!!」
 闇を纏いし“獣神”が、咆哮とともに解き放たれた。


ダーク・バルバロス  /闇
★★★★★★★★
【獣戦士族】
このカードは通常召喚できない。
自分の場の闇属性モンスターを含む、全てのモンスターを生け贄に
捧げる事で手札から特殊召喚する事ができる。
生け贄に捧げた闇属性モンスターの数により、以下の効果を発動する。
●1体:このカードの元々の攻撃力は1900になる。
●3体以上:相手フィールド上のカードを全て破壊する。
攻3000  守1200


「特殊召喚成功時――『ダーク・バルバロス』の特殊能力発動! 相手フィールド上のカードを全て破壊する!!」
「!! しまった……っ」
 これまで飄々と構え続けてきたアキラが、初めて動揺を露わにする。
 この特殊能力で『ライトレイ・ラー』を倒し、ダイレクトアタックを決めれば――彼の残りライフは尽きる。
「殲滅せよ――“ダーク・デモリッション”!!」

 ――ズキュァァァァァァァッッ!!!!!!

 “バルバロス”の全身から“闇”が迸る。
 それは数多の黒矢となり、彼のフィールドを――『ライトレイ・ラー』を強襲する。
 勝った――と、半ば勝利を確信する絵空に対し、アキラの口から嘲笑が漏れた。
「……ハハ、なーんてね。言ったでしょ? “完成度が一番高い”って。見せてあげるよ」
 アキラは右手の平を、決闘盤の上のカード『ライトレイ・ラー』に重ねる。
 するとどうだろう。“ラー”の纏う白光が、その性質を変える――畏怖すべき“神威”を解き放つ。


ライトレイ・ラー  /
★★★★★★★★★★
幻神獣族
このカードは通常召喚できない。
自分フィールド上に存在する光属性モンスター3体を
ゲームから除外した場合のみ特殊召喚する事ができる。
このカードの攻撃力と守備力はそれぞれ、このカードの特殊召喚時に
除外したモンスターの元々の攻撃力・守備力を合計した数値になる。
このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊した時、
相手ライフに1000ポイントダメージを与える。
攻????  守????


 ――ガギギギギギィィッッッ!!!!!!

 放たれた“神威”に阻まれ、全ての黒矢が弾かれる。
 “神”を相手に、モンスターの特殊能力など届かない――たとえそれが、最上級モンスターであろうとも。


<月村絵空>
LP:10200
場:ダーク・バルバロス
手札:1枚
<無瀬アキラ>
LP:2500
場:ライトレイ・ラー(攻5300)
手札:1枚


「どうだい、ビックリしてくれた? 君の切札はもう使えないし……降参してくれると嬉しいんだけどな。僕もヒマじゃないし」
「………………」
 絵空は残された最後の手札を、そっと右手に持ち替える。
 “終焉の使者”と“開闢の使者”、アキラが封じようとしたその2枚は、確かに強力な切札だ――けれど、それだけではない。
 絵空が今手にしているのは、彼女の起源とも呼ぶべきカードだ。“ティルス”ではなく“絵空”として、何より強い想いを宿す“真なる切札”。
「わたしはこのターン、まだ通常召喚を行っていない……わたしは! 『ダーク・バルバロス』を生け贄に捧げて――召喚!!」
 右手に持ったそのカードを、威勢よくフィールドに繰り出した。
「――『偉大(グレート)魔獣 ガーゼット』!!」
 巨大なる魔獣が姿を現し、高らかに咆哮を上げた。


偉大魔獣 ガーゼット  /闇
★★★★★★
【悪魔族】
このカードの攻撃力は、生け贄召喚時に
生け贄に捧げたモンスター1体の元々の
攻撃力を倍にした数値になる。
攻 0  守 0


「最上級モンスターを……さらに生け贄? 何だいそれは?!」
 アキラは目を丸くする。
 そのモンスターは、武藤遊戯との決勝戦には登場しなかったカードだ。故にアキラは、その存在を知らない。そのカードに秘められた“神殺し”の力を。
「『偉大魔獣 ガーゼット』の攻撃力は、生け贄にしたモンスターの攻撃力の2倍となる! “バルバロス”の攻撃力は3000、よってその2倍は――6000ポイント!!」

偉大魔獣 ガーゼット
攻0→6000

「攻撃力……6000だって!?」
 アキラは声を上げて驚き、絵空は右拳を握り込む。
 これこそが“神殺し”の答え――カード効果が通じないなら、バトルで倒すしかない。“神”の圧倒的攻撃力をさらに凌駕する、攻撃力特化のモンスター。
「わたしは『偉大魔獣 ガーゼット』で……『ライトレイ・ラー』を攻撃!!」
 大型モンスター“ガーゼット”から見ても、“ラー”の体躯はさらに巨大――しかし怯むことなく、“ガーゼット”はその胴体に肉薄する。
 高貴なる輝きを放つ“ラー”に対し、右腕を振り被る――そして絵空と同時に、力いっぱい振り抜いた。
「――“グレート・パンチ”っ!!」

 ――ズガァァァァァッッッ!!!!!!

 重厚なる拳打が、“ラー”の身体を撃ち砕く。
 文字通りの力業。しかし“ラー”の存在は消滅し、生じた衝撃がプレイヤーをも襲った。

<無瀬アキラ>
LP:2500→1700

「……っっ!! ウ……ッ」
 アキラは胸を押さえ、うずくまる。
 これで再び、デュエルの主導権は絵空のものだ――彼女はそれを確信し、小さく安堵の息を吐いた。
(危なかった……“ガーゼット”が手札に来ていなかったら、負けてたかも知れない)
 大きなライフ差こそあれど、その実、戦況は極めて僅差と言っていい。
 繊細なる綱渡りの末の優勢であることを、彼女は強く認識していた。
(“三幻神”を模倣した“新たなる三神”……彼はそれを“試作品”だと言っていた。もしも“オシリス”にも“神”の力があったら、彼の言う“完成”に近づいていたなら――)
 絵空は唾を飲み込んだ。
 このタイミングで彼と闘えたことは、むしろ僥倖と呼ぶべきかも知れない。この進化する邪悪の芽は、ここで摘まねばならないと――強い使命感を抱く。
(彼の言葉を信じるなら、今の“ラー”が最強の切札だったハズ。たとえ“オベリスク”を喚ばれたとしても、たぶん対処できる……この“ガーゼット”がいれば!)
 もはや手札は残っていない、“ガーゼット”だけが頼みの綱だ。
 しかし確かな勝機を見出し、はっきりとした語調で告げる。
「わたしはこれで――ターンエンド!」


<月村絵空>
LP:10200
場:偉大魔獣 ガーゼット(攻6000)
手札:0枚
<無瀬アキラ>
LP:1700
場:
手札:1枚


 圧倒的劣勢、この状況を前に、アキラはしばし押し黙る。
 手札のカードと“ガーゼット”を見比べ、やがて納得したように頷いた。
「うーん……ダメだね、これは。“オベリスク”でも厳しそうだ」
 そして惜しげもなく手札を晒し、へらへらと笑ってみせた。


ライトレイ・オベリスク  /光
★★★★★★★★★★
【戦士族】
このカードは通常召喚できない。
自分フィールド上に存在する光属性モンスター3体を
ゲームから除外した場合のみ特殊召喚する事ができる。
自分フィールド上の光属性モンスター1体を生け贄に捧げる
事で、このターンの終了時までこのカードの攻撃力は
生け贄に捧げたモンスターの元々の攻撃力分アップする。
攻4000  守4000


(手の内を自分から見せた……!? 何のつもり!?)
 絵空にはその真意が理解できない。彼の手札はその1枚きり、確かに対抗策はないはずだ。
「諦めたの……? アナタにもう勝ち目はない。それなら――」
「――それはどうかな? 僕は勝負を諦めたなんて、一言も言っていないよ」
 アキラはそう告げながら、デッキへと指を伸ばす。
「“今のままでは勝てない”……それだけの話さ。限界なんて超えればいい、あのときの武藤遊戯のように」
 “闇アテム”を相手に幾度となく立ち上がり、勝利した武藤遊戯――その姿をアキラは視ている。
 しかし彼が抱いたものは、尊敬の念とは違う。他人に出来て、自分に出来ないはずがない――自身を“特別”と信じるが故の、究極的な自己陶酔。
「……よく見ておくんだね。これこそが神に選ばれし者の、真なる力――僕のターン、ドローッ!!」
 カードを強く抜き放つ。
 強き魂は運命を、未来を掴み寄せる――たとえそれが、邪なるものだとしても。
「ここからは即興だ! 僕は『ライトレイ・ファントム』を召喚し、特殊能力発動!!」
 アキラのフィールドに黄金の発光体が現れ、しかしすぐに姿を消した。


ライトレイ・ファントム  /光
★★★★
【悪魔族】
1000ライフポイントを払い、
このカードをゲームから除外して発動する。
自分の手札・墓地から「ライトレイ」と名の付く
モンスターを3体まで召喚条件を無視して特殊召喚する。
この効果で特殊召喚したモンスターは攻撃できず、
ターン終了時にゲームから除外される。
攻 0  守 0


「ライフを1000払い、このカードを除外することで……“ライトレイ”モンスター3体を特殊召喚できる! 僕が選択するのは当然――この3体!!」
 『ライトレイ・オシリス』『ライトレイ・ラー』『ライトレイ・オベリスク』――驚くべきその展開に、絵空は両眼を見開いた。

<無瀬アキラ>
LP:1700→700

「“三幻神”とも“三魔神”とも違う、“新たなる三神”……ウン、呼び名を思いついたよ。まだまだ未完成だけれど――“三幻魔”、なんてどうかな?」
 アキラは薄ら笑いを浮かべ、3枚のカードを決闘盤に叩きつけた。
「君臨せよ、“三幻魔”――そして僕に勝利をもたらせ!!」
 大気が震え、空間が歪む。
 突如立ち並ぶ巨大エネルギーに、世界の条理が捻じ曲がる。


<月村絵空>
LP:10200
場:偉大魔獣 ガーゼット(攻6000)
手札:0枚
<無瀬アキラ>
LP:700
場:ライトレイ・オベリスク,ライトレイ・ラー,ライトレイ・オシリス
手札:0枚


「……三……幻魔? これって……!」
 絵空は怯み、周囲へと注意を向ける。
 3体の超大型モンスター、その同時召喚を受け“闇のゲーム”が軋み始める。
(わたしの今の魔力じゃ抑えきれない……!? でも、こんなのを表に出すわけには!!)
 絵空は“千年聖書”に視線を送り、その意思を伝える。
 “千年聖書”が瞬くと、周囲の“闇”が深まり、生じた亀裂を塞いでゆく。
「……驚いたかい? けれどこの効果で召喚した“ライトレイ”は攻撃できず、このターンしか存在できない。たとえ“三幻魔”であろうとも、この制約は破棄できないんだ」
「……!? じゃあ、こんなことして一体何を……!?」
 絵空はアキラを観察する。
 彼にもはや手札はなく、場に揃った“三幻魔”にもこの状況で有効な特殊能力はないはずだ。
(上級召喚の生け贄にするわけでもない……だとしたら、次にあり得るとしたら――……!?)
 彼女の脳裏を、最悪の可能性がよぎる。
 そしてそれは、現実のものとなる。彼の手によって。
「さあいこう、新たなステージへ!! 神に選ばれし救世主“無瀬アキラ”の名のもとに――3体の神を、ひとつに束ねん!!!」

 ――カッ!!!!!!!!

 “神”が、この世に降誕する。
 召喚とは違う。今この瞬間に、この存在は産声を上げるのだ――無瀬アキラの特異なる力、“破滅の光”によって。
「降臨し、世界を導き給え――『ライトレイ・ホルアクティ』!!!」
 彼のフィールドが、強く輝く。
 あまりに眩しく、とても直視などできないハズのそれを、彼は凝視し続けた。
 3体の“幻魔”が重なり合い、一つとなってゆく様を。
「……っっ!! う……っ」
 絵空は当然に腕をかざし、視界を守る。
 やがて光が止み、彼女は“それ”を視認した――神々しくも美しい、真っ白な“女神像”を。


ライトレイ・ホルアクティ  /光
★★★★★★★★★★★★
【岩石族・融合】
???
攻0  守0


「へっ……何コレ? ホルアクティの……石像?」
 絵空はポカンと口を開く。
 現れたのは巨大な、けれどただの石の塊。生気など一切なく、微動だにする様子もない。“ホルアクティ”を模した全身像。
(モンスターとして機能するようには見えない……さっき“即興”とか言ってたし、もしかして失敗?)
 そう思い、絵空はアキラの様子を窺う。
 しかし彼が見せた様子は、彼女の予想とは大きく異なるものだった。
「――美しい……素晴らしい! 成功だ!! 神がこの世に降臨なされた!!!」
 彼はひどく興奮し、はしゃぎ出す。
 彼の眼にだけは、別の光景が映っていたのだ――彼に微笑みねぎらい掛ける、彼のためだけの“本物の女神様”が。
「僕に力を……“ホルアクティ”よ!! 世界を導き正す力を、この僕にお貸しください!!!」
 正気とは思えない変貌ぶりに、絵空は唖然とさせられる。
 いやそもそもの話をすれば、彼は最初から正気ではなかったのだ。


 今から約一年前――彼はホルアクティの意志を、“光の波動”を受け止めた。
 それはかつて、ゾーク・アクヴァデスの計画から現世を守るべく放たれたもの。
 しかし過ぎたる力を持つそれは、数多の穢れを吸い込み、必然に歪曲し、意図せぬ者たちへと届けられた。

 こうなることは、彼女にも予想がついていた。
 その上で尚、現世の破滅を阻止するために、彼女は苦肉の策を打ったのだ。
 だが結果は、彼女の予想とは大きく異なった――武藤遊戯らの尽力により、現世の破滅は防がれた。

 故にこそ起きた弊害。
 “光の波動”を受けし彼は、倒すべき“敵”を失った。
 闘い、相討ちとなって滅びるべきだった彼は、その相手をもはや持たない。
 彼女の意志を曲解し、手にした異能を振りかざし、現世を変革せんとする――その自覚とは裏腹に、新たな“邪悪”の権化として。


 その女神像の姿は、三か月前、武藤遊戯のデュエルから写し取られたものだ。
 アキラがあの一戦から学び取ったことは、あまりにも多い。それは彼の成長を加速し、新たな脅威たらしめた。
「……さて、待たせたね君。再開しようか――と、その前に」
 彼は“ガーゼット”を睥睨し、吐き捨てる。
「神を前に頭が高いだろ……? わきまえなよ、俗物」

 ――ドクンッ!!!!!!

 空気が変わる。
 彼のフィールドに鎮座する女神像、それが凄まじい“神威”を放つ。
 そしてそれを受け、絵空の“ガーゼット”は膝を折った――神の威光に畏怖し、ひざまずいたかのように。
「な……ガーゼット……!?」
 原因はすぐに判った。
 “ガーゼット”は女神像に敬服したわけではない。膝を折るしかなかったのだ――その巨体を直立させる力すら、失われてしまったから。

偉大魔獣 ガーゼット
攻6000→0
守0→0

「女神の正しき光の前に、全てのものは無力と化す……! 『ライトレイ・ホルアクティ』の特殊能力により、フィールドの全モンスターの攻撃力・守備力は0ポイントとなる!!」
「!!? な、ゼロ……っ!?」
 アキラのその言葉に、絵空は瞳を震わせた。
 “神”の超強力な効果耐性を踏まえれば、その攻略は必然にバトルを要する。
 しかし攻撃力0となってしまえば――如何にして破壊すれば良いのか。
(オリジナルの“ホルアクティ”に近い特殊能力……!? でも、これじゃあ)
「その特殊能力……そのモンスターの攻撃力も0ってことでしょ? それでどうやって――」
 絵空が質問を言い終わる前に、アキラはその誤解を訂正した。
「――“モンスター”じゃないだろ? ホルアクティは“神”さ……その美しき輝きは、あらゆる不可能を超越する!」
 女神像の口元に、光の粒子が収束してゆく。
 それは光の球となり、次第に大きさを増してゆく。
「『ライトレイ・ホルアクティ』第2の能力――戦闘時、彼女の攻撃力は“1万ポイント”となる!!」
「!!! な、一万……!!?」


ライトレイ・ホルアクティ  /
★★★★★★★★★★★★
幻神獣族
「ライトレイ・オシリス」+「ライトレイ・オベリスク」+「ライトレイ・ラー」
自分の場に存在する上記のカードをゲームから除外した場合のみ、
特殊召喚が可能(「融合」魔法カードは必要としない)。
お互いのバトルフェイズ開始時、場の全てのモンスターの攻撃力・守備力は0になる。
その後、このカードの攻撃力はバトルフェイズのみ10000ポイントアップする。
攻0  守0


 絵空は驚愕するしかない。
 フィールドには攻撃力0の“ガーゼット”のみ。手札はすでになく、墓地にも発動できるカードはない――打てる対抗策が、何ひとつない。
「……さあ! 神々しきこの閃きで、君の誤りを正しく直そう――『ライトレイ・ホルアクティ』の攻撃!!」
 生気なき女神像が、全身から甲高い嘶きを発する。
 集めた光を起点とし、巨大な光線を放った。
「――“全・土・滅・殺・転・生・波”!!!」

 ――ズバァァァンッッッッ!!!!!!!!!!!

 白き光が、フィールドを灼く。
 “ガーゼット”を一瞬にして消滅させ、そしてそれだけに留まらず――プレイヤーたる絵空にも、甚大な影響を与える。

<月村絵空>
LP:10200→200

「――――っ」
 絵空はその場に、仰向けに倒れ込んだ。
 物理的衝撃によるものではない。しかしその白き光に照らされ、彼女は意識を失った――数値にして一万ポイント、その精神的ダメージによって。
「気絶しちゃったかー……ライフは残ってるみたいだけど、これって勝負アリだよね? じゃあ君の負けだから、“罰ゲーム”を受けてもらおうかな?」
 ピクリとも動かない絵空に対し、アキラはにこやかに話し続ける。
「ハハ、なーんてね。冗談だよ。君にはむしろ“祝福”をあげよう――この僕と同じ、白き光を」
 彼の全身から、白い光が溢れ出す。
 それは数多の触手となり、彼女に向って伸び進む。
「記念すべき一人目の“仲間”だ。ちょっと子どもっぽいけど……結構可愛いし、まあ君でもいいや。ともに世界を救おうじゃないか――僕の物語の“ヒロイン”としてね」
 無瀬アキラは口元を歪め、歓迎する。
 白き触手は絵空を捕らえ、その肢体に絡みつき――彼女の心を、静かに侵し始めた。


<月村絵空>
LP:200
場:
手札:0枚
<無瀬アキラ>
LP:700
場:ライトレイ・ホルアクティ
手札:0枚




最終章 約束

 月村絵空は、記憶の海の中にいた。
 朦朧とする意識の中で、彼女はそれらを顧みる。

『――リベンジよリベンジ! てか、ちゃんと自分のデッキでやんなさいよ、絵空!』

 ――これは今日の出来事
 ――放課後の部室で、いつもみたいにデュエルをした
 ――騒いでいるのはいつも通り……あれ?
 ――……誰だっけ、この子?

 ――部屋には他に2人いて
 ――けれど分からない
 ――この顔のない人たちは、いったい誰なんだろう……?

 絵空の中から1人ずつ、1つずつが消えてゆく。
 彼女が出逢った人たち、起こった出来事、その全てが。
 白く、白く、塗りつぶされてゆく。

『――おはよう、絵空。朝ごはん運んでくれる?』
『――おはよう、絵空ちゃん。なんだか眠そうだね』

 ――誰だろう、この人たち?
 ―― 一緒にテーブルを囲んで、ご飯を食べる人たち
 ――この人たちはわたしの……いったい、何なんだろう?

『――これだけは覚えておいて。この先、どんなことがあっても……ボクは絶対、神里さんたちの“味方”だから』

 ――誰だろう
 ――忘れてしまった
 ――大切な人だったはずなのに

 そして最後に
 顔のない少女が、絵空に告げた。

『忘れないでね……私のこと』

『あなたが覚えていてくれれば……私は決して消えない』

『“あなたの中の私”は……いつでもあなたの中にいる』

『いつまでもいつまでも……あなたを護り続けるわ』





「――はばたけ……」

 ――ドクンッ!!!

「――“終焉の翼(エンディング・ウィング)”!!!」

 ――バサァァァァァァッッ!!!!!

 月村絵空の背中から“翼”が生える――黒く骨ばった、巨大な翼が。
 同時に、彼女の身体に絡みついた触手が爆ぜる。
 それに持ち上げられていた彼女は着地し、うずくまり、呼吸をひどく乱した。

 大丈夫、全て覚えている――そのことを認識し、両拳を握り締める。

「――あーあ、残念。目が覚めちゃったかぁ……あと少しだったのに」
 軽い調子で言うアキラに、絵空は歯を噛み締めた。
 あまりにも軽薄。
 彼が彼女から奪わんとしたものは、あまりにも重く、罪深い。
「これが……こんなことが! アナタの“正義”だっていうの!?」
 絵空は声を荒げ、顔を上げる。
 対して、アキラは不思議そうに、小首を傾げてみせた。
「なにを怒っているの……? だって先に消さないと、新しく“設定”できないじゃないか」
 彼の瞳に邪念はない。微塵の悪意すらもなく、当然のごとく言葉を紡ぐ。
「考えたんだけどね……君は僕の幼馴染で、ずっと想いを寄せてきたとか、どうかな? あとは家が隣同士とかさー。ありがちだけど“ヒロイン”っぽいでしょ?」
 絵空は耳を閉じた。
 もはや会話など無用――理解できないし、できるとも思わない。
 何より彼は、彼女の最も穢してはならない“逆鱗”に触れてしまったのだから。


<月村絵空>
LP:200
場:
手札:0枚
<無瀬アキラ>
LP:700
場:ライトレイ・ホルアクティ
手札:0枚


 黒翼の少女が、ゆっくりと立ち上がる。
 彼女の手元にカードはなく、相手フィールドには圧倒的制圧力を誇る“神”がいる。
 普通に考えれば、あまりにも絶望的。
 それなのに――彼女の瞳は鋭く輝く。
 排除すべき“敵”を見据え、右手の指をデッキへ伸ばす。

「“私”のターン――ドローッ!!!」

 カードの軌跡が、弧を描く。
 引き抜かれたのは、彼女の“異能”が宿った強力なカード――ではない。絵空が元々所持していた、一般流通しているカードだ。
 しかし、特別な意味を持つ。
 今現在の彼女自身“月村絵空”を体現していると言っても良い、特別な魔法カード。
「マジックカード発動――『禁忌の合成』!! 私の墓地の“ガーゼット”と、他のモンスター1体を融合させるわ!!」


禁忌の合成
(魔法カード)
自分の場または墓地にそれぞれ存在する「ガーゼット」と名の付く
モンスターと他のモンスター1体をゲームから除外し、融合させる。
この効果で融合召喚したモンスターが場を離れたとき、
そのモンスターの元々の攻撃力分のダメージをプレイヤーは受ける。


 彼女の決闘盤、その墓地スペースから2枚のカードが弾き出される。
 1枚は『偉大魔獣 ガーゼット』、そしてもう1枚は――『混沌帝龍 −終焉の使者−』。

 髪を束ねたリボンが揺れる。
 フィールドの空間が歪み、両者の魂が混ざり合う。
 2体のモンスターは統合し、一つの存在として生まれ変わる――かつて彼女がそうしたように。
 “ガーゼット”の肉体をベースとし、その全身を“龍化”させる。
 長い尾を生やし、巨大なる黒翼を広げる。

 歪なる融合――新たなる“合成獣(キメラ)”にして、更なる“終焉龍”の姿。

「融合召喚――『終焉魔龍 ガーゼット』!!!」


終焉魔龍 ガーゼット  /闇
★★★★★★★★★★
【ドラゴン族】
「偉大魔獣 ガーゼット」+「混沌帝龍−終焉の使者−」
このモンスターは「禁忌の合成」による正規の融合召喚でしか特殊召喚できない。
???
攻3000  守2500


 生まれ変わった“ガーゼット”、その咆哮は大気を震わせ、はだかる者を威圧する。
 それを受け、当の無瀬アキラは――けろりとした表情で、拍手をしていた。
「いやーカッコいいね! モンスターとお揃いの翼とか、すごくいいと思うな。僕も真似してみようかなー、ホルアクティにも翼あるしさ。どう思う?」
 絵空は眉をかすかにしかめ、しかし留まることなく、行動を起こした。
「バトル……! 『終焉魔龍 ガーゼット』で、『ライトレイ・ホルアクティ』を攻撃!!」
 “ガーゼット”は拳を握り込む。
 アキラはその様子を見下ろし、そして嘲笑を漏らした。
「気絶してる間に、もう忘れちゃったのかい? 思い出させてあげるよ――『ライトレイ・ホルアクティ』の特殊能力発動! フィールドの全モンスターの攻撃力・守備力は0ポイントになる!!」


ライトレイ・ホルアクティ  /
★★★★★★★★★★★★
幻神獣族
「ライトレイ・オシリス」+「ライトレイ・オベリスク」+「ライトレイ・ラー」
自分の場に存在する上記のカードをゲームから除外した場合のみ、
特殊召喚が可能(「融合」魔法カードは必要としない)。
お互いのバトルフェイズ開始時、場の全てのモンスターの攻撃力・守備力は0になる。
その後、このカードの攻撃力はバトルフェイズのみ10000ポイントアップする。
攻0  守0


 白き女神像が輝き、その白光が“ガーゼット”を照らす。
 それを浴び、“ガーゼット”は再び膝を折る――闘う力を失ってしまう。

終焉魔龍 ガーゼット
攻3000→0
守2500→0

「アハハ、そうそう! 女神様の威光の前に、全ての者はひれ伏すのさ! そして『ライトレイ・ホルアクティ』は更なる特殊能力により――攻撃力“1万ポイント”となる!!」

ライトレイ・ホルアクティ
攻0→10000

 絵空の攻撃宣言に対し、女神像は“反撃”を行う。
 その口元に光の粒子が収束し、ひざまずく“ガーゼット”へと狙いを定める。
「ちょっとやり過ぎかもだけど……まー大丈夫でしょ。次はちゃんと目覚めさせてあげるからさ。ボク好みの“ヒロイン”に……ねえ、“絵空”?」
 アキラは馴れ馴れしく語りかけ、そして攻撃を放った。
「さあトドメだ――“全・土・滅・殺・転・生・波”!!!」

 ――ズバァァァンッッッッ!!!!!!!!!!!

 女神像から光線が放たれ、攻撃力0の“ガーゼット”を強襲する。
 絵空のライフは残り200、このダメージを許せば敗北が確定する――故に彼女はその寸前に、すでにアクションを起こしていた。
「……私はライフを半分支払い、特殊能力を発動――」

<月村絵空>
LP:200→100

 少女の言葉に反応し、“ガーゼット”は翼を折りたたむ。
 巨大な翼がその巨躯を包み、盾の如く彼を護る。

 ――バシィィィッッッッ!!!!!!!!!!!

 それは刹那の出来事。
 彼の“終焉の翼”が、その光線を弾き消した――攻撃力1万もの一撃を。
「……は……っ?」
 アキラはポカンと口を開く。
 果たして何が起きているのか、まるで理解できない。
「……もう一度。はばたけ――」

 ――ドクンッ!!!

「――“終焉の翼(エンディング・ウィング)”!!!」

 ――バサァァァァァァッッ!!!!!

 少女の翼が、再びはばたく。
 同様に“ガーゼット”の翼も開かれ、その姿を現す――力強い姿を。
「『終焉魔龍 ガーゼット』の特殊能力――“終焉の翼”!! その効果は私のライフを半分支払うことで、私の除外された闇属性モンスターの数×1000ポイント、自身の攻撃力をアップさせる! 除外されている闇属性モンスターは11体、よって攻撃力は……“1万千ポイント”!!」


終焉魔龍 ガーゼット  /闇
★★★★★★★★★★
【ドラゴン族】
「偉大魔獣 ガーゼット」+「混沌帝龍−終焉の使者−」
このモンスターは「禁忌の合成」による正規の融合召喚でしか特殊召喚できない。
●1ターンに1度、相手モンスターとの戦闘時、ライフを半分支払うことで、
このカードの攻撃力はエンドフェイズまで、ゲームから除外された
自分の闇属性モンスターの数×1000ポイントアップする。
この効果を使用したターン、このカードが相手に与える戦闘ダメージは0になる。
●このカードが相手モンスターを破壊したとき、自分の手札または墓地から
闇属性モンスター1体をゲームから除外できる。
攻3000  守2500


終焉魔龍 ガーゼット
攻0→11000

 絵空は両拳を握り込む。
 “ガーゼット”もまた同様に、戦闘態勢をとった。
「バトルを続行……! 行って、“ガーゼット”!!」
 右拳を突き立て、少女は命じる。
 “ガーゼット”は翼により飛翔し、巨大な女神像に迫る――その勢いのままに、右拳を叩きつけた。

 ――ズガァァァァッッ!!!!!!

 女神像に亀裂が走る。しかしそれだけだ、撃破には至らない。
 ならばもう一撃――と、“ガーゼット”と絵空は、左拳を突き立てた。
「――“エンディング・パンチ”ッ!!」

 ――ズガァァァァァンッッッ!!!!!!!!

 “ガーゼット”の左拳が、女神像に大穴を空ける。
 それを発端とし、女神像は崩壊する――巨大な石像は崩れ落ち、消滅してゆく。
「……………………」
 アキラはそれを、黙して見上げていた。
 敬愛する女神を、最も頼るべき切札を失い、彼は――しかし彼は、尚も平然としていた。
「……あーあ、まあしょうがないかー。まだまだ未完成だったしね。それより僕のライフ、何で減ってないの?」
 この期に及んでこの余裕。絵空はその真意を測りかね、眉をひそめながら答える。
「……『終焉魔龍 ガーゼット』のこの効果を使用したターン、このモンスターが与える戦闘ダメージは0になるわ。けれど――“ガーゼット”のもうひとつの効果を発動! 相手モンスターを破壊したことで、墓地の闇属性モンスターをゲームから除外する。私は『ダーク・ウィルス』を除外することで……その効果により、500ダメージを与える!!」

<無瀬アキラ>
LP:700→200

 アキラの身体がわずかに揺らぐ。
 これで彼のライフも200を残すのみ、ギリギリまで追い詰めることができた。
「私はこれでターンエンド……同時に、“ガーゼット”の攻撃力は元に戻るわ」

終焉魔龍 ガーゼット
攻11000→0

 正確には“元に戻る”ではない。『ライトレイ・ホルアクティ』により下げられた攻撃力は戻らないのだから。
 “ガーゼット”は力を失い、再び片膝を折る。しかし絵空にはすでに、このデュエルにおける確かな勝ち筋が見えていた。


<月村絵空>
LP:100
場:終焉魔龍 ガーゼット(攻0)
手札:0枚
<無瀬アキラ>
LP:200
場:
手札:0枚


(“ガーゼット”の特殊能力は相手ターンにも発動できる……つまり実質攻撃力は1万2千ポイント。バトルで負ける可能性は低いハズ。それに何より、彼は最後の切札を失い手札も0枚、ここから切り返せるハズがない……普通なら)
 絵空の頬を冷や汗が伝う。
 そう“普通なら”――しかし眼前に立つこの男は、普通とは異なる存在なのだ。
 そして彼は、やはり笑う。
 自身の敗北など微塵も信じず、へらへらと笑い続ける。
「残りライフ200かー。どうせならもう少しがんばって欲しかったな。残り100とか50とか……その方がカッコ良いでしょ?」
 まるで未来を識るかのように。
 勝利という結果へ向けて、彼はデッキに気安く触れる。
「まあでも……次でラストターンかな? じゃあいくよ、僕の――」
 と、しかし次の瞬間、その動きが停止した。

 ――ジッ……ジジジッ

 月村絵空は目を見張る。
 彼女のフィールドの“ガーゼット”、その姿にノイズが走る。
 そして次の瞬間――消滅した。
 何が起こったのか理解できず、彼女は再びアキラを睨む。
「……せっかく良いところだったのに。ホントに空気読めないよね、キミって」
 アキラはデッキから指を離すと、絵空の方向を見ながら言った。
 しかしその言葉は、彼女に向けて発せられたものではない。

 彼らを覆う“闇”が――晴れてゆく。背景の街並みが蘇る。
 “ガーゼット”は破壊されたのではない。デュエルの中断に伴い、消滅したのだ。
(“闇のゲーム”が……強制終了させられた? そんなことって!?)
 絵空は顔を上げ、“千年聖書”を見上げる。無瀬アキラを捕らえて以降、それは休まず自転を続けていたのだ。
 しかしその動きが緩まり、止まる。自身の魔力不足ではなく、外部干渉によって。

 それは、無瀬アキラの異能による所業ではない。
 ぞくりと――絵空の背筋を悪寒が走った。
 いるのだ、背後に“もう一人”。
 アキラの言葉の先、絵空の背後にもう一つ、巨大な邪悪の気配が。

『――何を……考えている? “光(ホルス)の使徒”よ』

 昏く響く、男の声。
 絵空は慌てて振り返り、その姿を視認する。
 そしてその見知った容姿に、唖然とさせられた。
「……カール……ストリンガー? どうして……!」
 そこにいたのは、漆黒のローブに全身を包んだ青年――英国最強のデュエリスト。かつて第三回バトル・シティ大会予選において、遊戯と激闘の末に敗北した男だ。
 彼が“ルーラー”の一員であったことは、絵空もすでに承知している。
 しかし、だがしかし――いま彼女の前にいる彼は、あまりにも印象が違う。
 メディア露出した好青年の印象は影もなく、その瞳には、一片の光すら映っていなかった。

 無瀬アキラとカール、両者に挟まれたことで前進も後退も許されず、絵空は息を呑んでたじろぐ。
 しかしカールは彼女を一瞥したのち、その先のアキラへ再び語り掛けた。
『伝えたはずだ……“終焉の少女”に手を出すなと。“あの御方”のご帰還を迎え入れる手筈が整うまで……今はまだ“その時”ではない』
 二十歳前とは思えない重々しさで、カールはアキラを威圧する。
 対して、アキラは尚も軽い調子で応えてみせた。
「そーだっけ? ごめんごめん。まー僕もそのつもりじゃなかったし、そう怒らないでよ。そもそも僕たち、本当は“敵同士”なんだし? 命令とかされるのは心外だなー」
 あまりにもひどい温度差で、アキラはニヤニヤと笑い続ける。
「“ホムンクルス”……だっけ? 僕が退屈しないように、もっと急いでほしいな。最後はちゃんと協力するしさ」
 2人の会話の意味が分からず、絵空は交互に両者を見やる。
 その視線に気づくと、アキラは彼女に、友好の笑みを向けた。
「“救世主”だけじゃ成り立たないだろ? だから用意してもらってるんだ……僕のための“ラスボス”をね。僕の力も必要らしいし、それまでは一時休戦なんだよ。たしか名前は、ガオ……なんだっけ?」
 アキラに問われ、カールは不快げに眉をひそめる。
 そこまで聞けば、絵空にも予想できた。
 恐らく、それは“ガオス・ランバート”――三ヶ月前に現世を去った、“ルーラー”を束ねし男の名だ。
「……あー分かったから、そう睨まないでよ。“三幻魔”のテストにはもう十分だし……ここまでにしておくよ。美味しいものは最後にとっとく主義だし?」
 ここで逃がすべきではない――絵空の直感はそう告げた。
 “闇のゲーム”を再展開するか、しかしそれはあまりにもリスクを伴う。
 カールの存在、そして何より、自分に残された“余力”の問題――それを考えると、自分からは動けなかった。
「じゃ、そーゆうことだから。楽しかったよ、絵空。後で必ず迎えに行くから、楽しみに待っていてよね?」
 絵空の思惑など知るつもりもなく、アキラは不気味な予言を残す。
「――楽しみにしてるよ……君が僕の“ヒロイン”として、ともに闘ってくれる日を。僕の可愛い絵空……浮気なんてしないから、安心していてね?」
 アキラの身体はみるみる透き通り、そして消え失せる。
 まるで最初から、そこには誰もいなかったように――彼は忽然と姿を消した。
 その不可思議な消え方に、絵空は違和感を覚える。少なくとも彼女には、彼が何らかの魔術を発動したようには見えなかった。

 そして一方で、カールの足元には魔法陣が描き出される。
 闇魔術により立ち去るのだろう、そう予見した絵空に、カールは言葉を残した。
『ひとつ……訂正しておこう。我が名は“カール・ランバート”――“ガオス・ランバート”の唯一の息子にして、その意志を継ぐ者』
 魔法陣が輝き、彼もその姿を消す。しかしその言葉は、尚もその場に響き続けた。

『――“聖戦”は終わらない。我々は闘い続ける……“あの御方”が世界を導く、その日まで』

 それは、新たな闘いの予兆。
 2人の気配が完全に消えたことを確かめると、絵空は両膝を折り、その場にへたり込んだ。
「……っ! はあ……っ」
 大きく溜め息を吐き、同時に、背中の黒翼が霧散する。
 ひどい疲労感に苛まれ、しばらくは立ち上がれそうもない。

「――ひどい有り様ですね。今なら私でも勝てそうだ……ねえ、ティルス?」

 不意に響く、新たな男の声。
 しかし絵空は顔を上げず、もう一度溜め息を漏らした。
「……そういう冗談はいいから。説明してよ、ヴァルドー」
 言ってから顔を上げ、その姿を確かめる。
 カールとは対照的な、白いローブに全身を包んだ、細身で長身の男性。
 始まりのホムンクルス“ヴァルドー”――第三回バトル・シティ大会一回戦で闘った相手であり、絵空とは浅からぬ、いやあまりにも因縁深い男だ。
「つれない言葉ですね。三か月ぶりだというのに……もう少し良い反応をしてくれませんか?」
「……いつも視てるくせに。お風呂とかトイレまで覗こうとするの、いい加減やめてくれない?」
 絵空がジト目で睨むと、ヴァルドーは顔を背ける。
 彼は魔術的な手段により、絵空を常に監視しているのだ――もっとも前述の間だけは、“千年聖書”の魔力でシャットアウトしているのだが。
「まあそれはさておき……私の知る限りをお教えましょう。無瀬アキラ――彼はこの私と同じ、“破滅の光”を受けし者。今より1年程前、ホルアクティはゾーク・アクヴァデスに対抗すべく、その意志を“光の波動”として放ったのです……しかしそれは歪曲し、穢れ、新たな邪悪の芽となった。それこそが“破滅の光”」
 強き力を秘めた“神の意志”――故にこそそれは穢れ、現世に降り注いだ。
「――当時、私はそのうちの一つを受け、この身に取り込んだ……来るべき貴女との闘いに備え、自己強化したかったわけです。しかしお察しの通り、私は彼の仲間ではない。私クラスの魔術師ならば、その意志に背くことは可能……目的はあくまで力の獲得、それだけでしたので」
 ヴァルドーは飄々と語るが、しかし容易なことではない。
 少なくとも常人では、“神の意志”など浴びて、正気でいられるはずもない。
「しかし彼、無瀬アキラは……あまりにも相性が良すぎたようだ。その意志の全てを受け容れ、ヒトならぬ身へとシフトした。だが倒すべき“破滅神”はすでに無く、それでも彼は在り続ける……自身が正義と信じる形で、この世界を救うために」
 絵空は先ほどの体験を思い返す。
 アレが彼の成さんとする正義なら、許すことはできない。許すわけにはいかない。
「そして一方で、カール・ストリンガー……いえ、カール・ランバートですか。彼は“破滅神”の残滓を得、その身に取り込んでしまった。いや、取り込まれたというべきか……しかし彼の当面の目的は、極めて矮小なものだ。人造人間、ホムンクルスの技術を用いた“人間の蘇生”――もっともそれは、あの“シャイ”ですら成し得なかった芸当だ。到底可能とは思えませんがね」
 冥界へ旅立った魂を、現世から呼び戻すなど不可能。
 出来たとしてもそれは、別の魂が宿る“紛い物”にしかならない。故にヴァルドーは期待しない――“友の復活”などという夢物語には。
「現状、カール・ランバートには、世界を変革する程の考えはない。しかしその危険度は、ある意味で無瀬アキラを上回る……この理由、貴女にも分かりますよね?」
 絵空は小さく頷く。
 先ほどの“闇のゲーム”、実行中のそれを、カールは強制中断してみせた――そんな芸当は“千年聖書”を持つ絵空にもできない。それを可能とした存在を、絵空は一つしか知らない。
 ゾーク・アクヴァデスの断片“闇アテム”。ともすれば現在のカールは、それに比肩する力を持つのかも知れない。
「……今の彼の実力は、私にも測りかねます。そして彼は自身の目的のため、無瀬アキラを保護する考えだ。これは非常に厄介ですよ。アレはまだまだ成長過程の“邪神”だ……その将来的危険性は、カールをゆうに上回る。せめてここで無瀬アキラを始末できれば、少しはマシだったのでしょうが……」
 棘のある言い方で、ヴァルドーは絵空を見下ろす。
「――全力で闘えば倒せたはずだ。今の貴女の力……どこまで落ちているのです? “三魔神”を封じ、“翼”もギリギリまで出さず、あまつさえ私のカードさえ手放した……そして何より“千年聖書”の機能の大部分を、“彼”のために費やしている。そろそろ見限ってはどうです? “武藤遊戯”のことなど」
 絵空は顔を俯かせ、スカートの裾を握り締めた。
 見捨てることなどしない、できるはずもない――“この世界”のために闘い抜いた、彼のことを。
「――武藤遊戯の“邪神化”は、危惧した以上に深刻だ。“王の遺産”はさておき、“箱舟”の泥に穢された……アレがいけなかった。デュエリストをやめればいいとか、もうそんなレベルじゃありませんよ。“千年聖書”の魔力でも、いつまで抑えられるものか……貴女が伝えられないなら、私から伝えましょうか? “この世界のために自害しろ”と」
 絵空は再びヴァルドーを睨む。
 しかし彼は今度は逃げず、代わりに溜め息を吐いた。
「……まあ構いませんがね。しかし一つ伝えておきます。私の“剣”のカードには、確かに魔除けの効果がありますが……今の彼の状態には、焼け石に水も良いところですよ?」
 この事態に際し、絵空は考える限りの策を、全て講じている。
 “三魔神”のみならず、遊戯から預かった“三幻神”をも“千年聖書”に封じ、その魔力のほとんどを“邪神化”の抑制に費やしている。代わりに遊戯に『カオス・ソルジャー −開闢の使者−』を渡したことも、同様の効果を期待してのことだ。
(“千年聖書”のサポートがないと、わたしの力は十分に発揮できない……“翼”を少し出しただけで、この疲労感。最後の“ガーゼット”も“神化”させられなかった)
 疲労のせいで身体が重い。
 今の彼女に出せる力は、三ヶ月前の大会時と比較して、7割が関の山だろう。
「――どうするつもりですか? カール・ランバートに無瀬アキラ、そして武藤遊戯……問題は山積みだ。“次代”へ継ぐにはまだ早い。貴女方には“責任”がある……ゾーク・アクヴァデスを否定し、“楽園(エデン)”という“救い”を拒んだ。その“愚行”の責任を、果たさねばならない」
 三ヶ月前の“聖戦”、ガオス・ランバートらの手により起こされたそれは、全人類を“楽園”へ導く救済策だった――しかし、その選択肢はすでに残されていない。
 人間は“この世界”に生きるしかない。その選択の責任を、彼女は負わなければならない。
「………………」
 いまだ重い身体に鞭打ち、少女は立ち上がる。
 状況は絶望的、それでも逃げることはしない。
「――闘うよ……わたしは」
 決意の眼差しで、ヴァルドーを見据える。
 “この世界”を守る、そのために。
 延いては“自分”を守るために。

 それは約束の話。
 “彼女”と交わした約束を
 少女は決して忘れはしない。

 ――闘いは終わらない。
 少女の抱く決意とともに――その物語はまた、新たな展開を見せ始めるのだった。




オリジナルカードパック『THE BEST OF DUELISTS Volume. Final』

BDF-000《絶対神 アトゥム》Gold-Secret
BDF-001《魔神 セイヴァー・アーク》Gold
BDF-002《ライトレイ・オシリス》Super
BDF-003《ライトレイ・ラー》Super
BDF-004《ライトレイ・オベリスク》Super
BDF-005《ダーク・ストライカー》
BDF-006《闇を纏う死霊》
BDF-007《ダーク・ネクロマンサー》
BDF-008《ライトレイ・ファントム》N-Rare
BDF-009《白き神託》Rare
BDF-010《ダークイレイザー》
BDF-011《ダーク・リロード》
BDF-012《双爆裂疾風弾》
BDF-013《マジシャンズ・アシスト》
BDF-014《闇次元の導き》
BDF-015《カオティック・チャージ》
BDF-016《マジシャンズ・シフト》
BDF-017《闇の輪廻》
BDF-018《ライトレイ・フラッシュ》
BDF-019《光の創造神 ホルアクティ》Holographic
BDF-020《太陽神 ラー》Rare
BDF-021《大地神 オベリスク》Rare
BDF-022《天空神 オシリス》Rare
BDF-023《闇の大神官−時の支配者−》Parallel
BDF-024《死神−生と死の支配者−》Collectors
BDF-025《マジック・マスター −漆黒の大賢者−》Ultimate
BDF-026《破壊魔導竜 ガンドラ》Ultra
BDF-027《サイレント・パラディンLV?》Rare
BDF-028《幻想の魔術師》
BDF-029《血塗られた石版》Rare
BDF-030《フォビドゥン・マジック》Super
BDF-031《リバイバル・サクリファイス》N-Rare
BDF-032《魂の停滞》Super
BDF-033《師弟の絆》
BDF-034《魂の絆》
BDF-035《黄金の解放》Rare
BDF-036《闇の創造神 ゾーク・アクヴァデス》Holographic
BDF-037《魔神 エンディング・アーク》Rare
BDF-038《魔神 ブラッド・ディバウア》Rare
BDF-039《魔神 カーカス・カーズ》Rare
BDF-040《混沌神龍−混沌の創滅者−》Ultimate
BDF-041《カオス・ルーラー −混沌の支配者−》Super
BDF-042《終焉魔龍 ガーゼット》Parallel
BDF-043《究極合成魔獣 ガーゼット》Ul-Secret
BDF-044《偉大戦士−グレート・ソルジャー−》
BDF-045《ダーク・バルバロス》
BDF-046《堕天使ジャンヌ》
BDF-047《デスオネスト》
BDF-048《ダーク・ウィルス》
BDF-049《ダーク・モモンガ》
BDF-050《禁忌の合成》Super
BDF-051《カオティック・フュージョン》Super
BDF-052《青眼の精霊龍》Rare
BDF-053《精霊デュオス》
BDF-054《光の翼》Ultimate
BDF-055《滅びの威光》Rare
BDF-056《ドラゴニック・オーバーブレイズ》
BDF-057《灼眼の黒炎竜》Ultra
BDF-058《究極竜戦士−ダーク・ライトニング・ソルジャー》Ultimate
BDF-059《黒炎の剣士−ダーク・フレア・ブレイダー−》
BDF-060《勇敢な魂》
BDF-061《真紅の閃き》Super
BDF-062《真紅の奇跡》
BDF-063《バーン・アウト!》
BDF-064《混沌魔導戦士−混沌の覇者−》Ultra
BDF-065《カオス・ブレイザー・ドラゴン》Rare
BDF-066《カオス・マスター》Super
BDF-067《灰色の魔法少女》N-Parallel
BDF-068《カオス・パワード》
BDF-069《ハーピィの神風》
BDF-070《烈風の双翼》
BDF-071《魔法少女ピケルたんMP》N-Rare
BDF-072《砂の魔女−サンド・ウィッチ−》
BDF-073《ヒーローズ・ストライク!》
BDF-074《闇の破滅神 ゾーク・デリュジファガス》Holographic
BDF-075《ブラック・ダーク・マジシャン》
BDF-076《エルフの暗黒剣士》
BDF-077《ダーク・クリボー》
BDF-078《大邪神−ゾーク・ネクロファデス》Ultra
BDF-079《精霊超獣 ディアバウンド・ダークネス》Rare
BDF-080《死霊の村》
BDF-081《ネクロ・フュージョン》
BDF-082《絶望の死神 ディズィーズ》Rare
BDF-083《絶望の闇》Super
BDF-084《永遠の流血》Rare
BDF-085《暗黒集合体−ダークネス−》Ex-Secret
BDF-086《暗黒界の混沌王 カラレス》Super
BDF-087《漆黒の反射鏡》
BDF-088《悪魔の施し》
BDF-089《生け贄の儀式》
BDF-090《カオス・ドラグーン・ナイト−混沌の裁断者−》Ultra
BDF-091《墓守の遺志−グレイブ・ガーディアン−》Rare
BDF-092《アメミット》
BDF-093《究極機獣−オーバー・スローター−》
BDF-094《ホルスの黒炎竜LV10》
BDF-095《精霊界の女王−ドリアード−》
BDF-096《神獣 ガディルバトス》Super
BDF-097《Slash&Crush Dragon》
BDF-098《CNo.EX 閻魔天 シエン》
BDF-099《ライトレイ・ホルアクティ》Parallel


 この世界を愛した全ての決闘者たちへ――

・【絵空シリーズ】完結を記念し、ストーリーを彩ってきた切札を特別セレクション!
・また、作中最強のカード《絶対神 アトゥム》を特別収録!
・パッケージ絵は武藤遊戯と月村絵空




特 報


絵空「――遊戯くんは今でも……杏子さんのこと、好きなんだよね?」

 ――それは、第三回バトル・シティ大会から一年後の物語。
 遊戯たちの卒業を間近に控えた、童実野町に訪れた異変。


?「私は二十番目の実験個体……識別コード“T”」

 さらわれた月村絵空。
 そして、


マリク「どうか力を貸してほしい。この世界の未来のために」

 絶海の孤島で繰り広げられる数々のデュエル。
 その先に待つものは救いか、それとも破滅か――


?「雪辱を晴らさせてもらう……カイバ・セト」

海馬「貴様は……あのときの!」

リシド「同じ顔の男が何人も……何だこれは!?」

エマルフ「数が違いすぎる! 追い込まれますよ!!」

ティモー「新しい戦術のお披露目といこうか!!」

 次第に追い詰められてゆくデュエリスト達。
 希望は絶望に染まり、けれどそこに差す一筋の光明。
 それは――


城之内「……なーに暗い顔してんだよ、遊戯」

城之内「約束したろ? オレはもう、誰にも負けねぇって」

カール「カツヤ・ジョウノウチ……“あの御方”が認めたデュエリスト」

舞「この一年、アイツは……アンタとの約束を、片時も忘れなかったハズさ」

アキラ「さあ! 世界を救いに行こうか――」




劇場版
遊☆戯☆王
〜三幻魔胎動篇〜




浩一「――新規召喚システムの試験導入……君の協力がなければ、ここには至れなかった」

遊戯「これがボクの――ラストターンだ!!」






【各種特典】
●週刊少年ジャンプ3週連続付録

《ライトレイ・ウリア》
《ライトレイ・ハモン》
《ライトレイ・ラビエル》

●Vジャンプ特別付録
《破壊神竜 ガンドラZ(ゾーク)》


●プレミアムパック付き前売り券
《ホルスの黒炎竜 LV12》
《風帝霊使 ウィン》
《氷帝霊使 エリア》
《炎帝霊使 ヒータ》
《地帝霊使 アウス》
《救世竜 セイヴァー・ドラゴン》※I2社試験仕様



●週変わり入場者プレゼント
<1週目>
真紅眼の雷光竜(レッドアイズ・ライトニングドラゴン)  /光
★★★★★★★★★
【ドラゴン族・融合】
「真紅眼の黒竜」+「ギルフォード・ザ・ライトニング」
???
攻3200  守2800 


<2週目>
邪神獣 ゾーク・ガディルバトス  /闇
★★★★★★★★★★★★
【獣族】
???
攻3000  守2000


<3週目>
混沌終焉幻魔アーミタイル・エンド  /光
★★★★★★★★★★★★
【悪魔族・融合】
「ウリア」モンスター+「ハモン」モンスター+「ラビエル」モンスター
???
攻0  守0


<4週目>
救世神竜 ガンドラA(アーク)  /闇
★★★★★★★★★
【ドラゴン族・シンクロ】
「セイヴァ―」チューナー+「ガンドラ」モンスター
このカードのカード名はルール上「セイヴァー・アーク」としても扱う。
???
攻0  守0



●某コンビニ限定前売券付デュエルセット
《偉大魔獣 ガーゼット》
《ダーク・アーキタイプ》


●劇場版『遊☆戯☆王』公開記念イベント限定プレゼント
《魔神 セイヴァー・アーク》


●某映画館シネマイレージキャンペーン
《真紅眼の黒竜》


●某カレー屋とのコラボ
《カオス・ソルジャー −開闢の使者−》
《混沌帝龍 −終焉の使者−》





【主要デュエル】
・月村絵空VSホムンクルス“T”
・城之内克也VSカール・ランバート
・武藤遊戯&城之内克也VS無瀬アキラ&月村絵空


【見どころ】
@絵空の告白
 卒業を間近に控えた遊戯に想いを伝える絵空。
 しかし彼の答えは……?

A城之内の帰還
 遊戯らのピンチに颯爽と現れる城之内。
 舞の口から語られる、彼の一年間とは……?

B始まりのチューナー“セイヴァー・ドラゴン”
 武藤遊戯の協力により、I2社が開発した試験用カード。
 月村浩一から託されたこのカードで、遊戯が見せるものとは……?





表「……という夢を見たんだ」

絵空「まさかの夢オチ!?」




<5年後の世界>

○パンドラ鈴木
 一度メディアに紹介されたことをキッカケとして、世界的マジシャンとして活躍中。

○仮面コンビ
 プロデュエリスト。ただしタッグ専門。

○珍札狩郎
 おちこんだりもしたけれど、私はげんきです。

○アルベルト・レオ
 検察官見習い。

○ティモー・ホーリー
 プロデュエリスト世界ランカー。しかしすぐに引退し、デュエルアカデミア講師に。

○エマルフ・アダン
 若手天才医師として活躍。M&Wは趣味として継続。「アマ最強」と噂される。

○キース・ハワード
 プロデュエリスト世界ランカー。息子は現在小学生。

○シン・ランバート
 故郷に戻り就職。家族を持ち、普通の生活を送る。

○カール・ストリンガー
 4年前、城之内とのデュエルにより“ダークネス”の呪縛から解放された。
 その後、ルーラーを解体。ガオスの遺志を理解し、人助けの旅に出る。

○ヴァルドー
 今まで通り世界を傍観する日々。ときどき絵空の前に現れては邪険に扱われている。

○梶木漁太
 漁師。

○太倉深冬
 童実野大学経済学部三年生。M&Wサークル所属。M&W関係の進路を希望。

○岩槻瞳子
 童実野大学教育学部三年生。M&Wサークル所属。学校の先生を目指す。

○神無雫
 童実野大学医学部三年生。M&Wサークル所属。看護師志望。
 獏良了と交際中。

○イシズ・イシュタール
 エジプト考古局を退職。リシドと結婚し、二児の母となる。

○リシド・イシュタール
 マリクとともに、I2社の組織した特殊チームに所属。M&Wに関連した超常事件を追う。

○マリク・イシュタール
 “三幻魔事件”解決の功績により、上記チームのリーダーとなる。
 4年前、遊戯たちの協力を得て“三幻魔”をある島に封印した。

○海馬モクバ
 童実野高校生兼KC副社長として、仕事と学業に忙殺される日々。

○海馬サラ
 KC社長秘書。公私ともに、社長である夫を支える。

○海馬瀬人
 KC社長。プロデュエリスト世界ランキング2位。世界王者へのリベンジに燃える。
 4年前、高校卒業と同時に入籍し、式を挙げた。

○孔雀舞
 プロデュエリスト世界ランカー。城之内克也と交際中。

○武藤双六
 亀のゲーム屋店長。「ひ孫の顔を見るまで死ねん」が最近の口癖。

○獏良了
 童実野大学文学部(考古学専攻)院生M1。考古学者を目指す。

○本田ヒロト
 父親の工場で働く。

○真崎杏子
 アメリカにて、ダンサーとして活躍中。小さい劇場ながらも、主役を張る人気ぶり。

○城之内克也
 プロデュエリスト初代世界王者。武藤遊戯を“伝説”にする。

○月村美咲
 再婚後も兼業主婦として過ごす。朝の弁当作りがささやかな趣味。

○月村浩一
 T2社日本支社長に就任。ときどき太倉氏に呼び出され、囲碁の相手をさせられている。

○月村絵空
 童実野大学医学部3年生。小児科医志望。M&Wサークル所属。
 “三幻魔事件”をキッカケとして、武藤遊戯と交際中。

○武藤遊戯
 童実野大学文学部(考古学専攻)を卒業。
 4年前に「箱舟」の力を掌握したものの、プロデュエリストの道は選ばず、I2社日本支社に入社。
 新入社員として忙しい日々を送る。




and, 50 years later...


 おばあちゃんが死んだ。

 きょう年67歳、お葬式にはたくさんの人が来てくれた。



 診療所でたくさんの人に頼られてた、ちいさくてかわいいおばあちゃん。

 私はおばあちゃんが大好きで、私のことをすごく可愛がってくれた。

 「空恵(そらえ)」って名前も、おばあちゃんが考えてくれたの。



 おばあちゃんは子どもの頃、すごく大変な手術をしていて、

 本当ならこんなに長生きできないんだって、自分で言ってた。

 そのことがきっかけで、お医者さんになったんだとも。



 おもちゃ屋をやっているおじいちゃんは、とってもさびしそうだった。

 だから教えてあげたの。

 おばあちゃんは、ココにいるよって。



 亡くなる少し前に、おばあちゃんは2つのものをくれた。

 おばあちゃんの宝物とおそろいの、黄色のリボン。

 それから、大きな黒い本。

 「次はあなただから」って、おばあちゃんは言ってた。



 謝らなくていいよ。

 私はすごくうれしい。

 おばあちゃんがいてくれたから、私はここにいるの。



 忘れないよ、あなたのこと。

 私が覚えていれば、あなたは決して消えない。

 私の中のあなたは、いつでも私の中にいる。



 忘れないよ

 あなたの笑顔

 この世界に生きていた、ちいさな少女の物語を

 ありがとう

 そして、さよなら

 いつかまた、きっとどこかで




Fin













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