第三回バトル・シティ大会
〜決勝〜
製作者:表さん






決闘190 失くしたもの

 ――武藤遊戯がその眼を開いたとき、そこには白い天井があった。

(ボクは……生きて、いる? いや)

 全身に抱く違和感。そして何より、自分の眼に映るモノ――その全てから、彼はぼんやりと理解した。
 自分は死んだのだと。

(みんなはどうなったろう……戻ってこれたのかな。最後に、神里さんの声がした気がしたけど)

 その眼を閉じて、思いに耽る。
 自分がいなくなった世界でどうか、みんなには幸せになってほしい――そう祈りながら、意識を手放そうとする。
 けれど、

「――ぎ……遊戯、遊戯っ!!」

 その呼び声に、遊戯ははっと眼を見開く。
 死んではいない、生きている――覚醒した意識で自覚する。
 そこは病院の個室のベッドの上で、近くには二つの気配があった。
「良かった……! お前、三日も眠りっぱなしだったんだぜ!? 心配かけやがって!」
「全くだぜ! 待ってろ、すぐに先生呼んで来るからよ!」
 ナースコールの存在も忘れ、その声の主は病室を飛び出す。
 遊戯は首だけを動かして、もうひとつの声の主を、まじまじと見つめた。
「どうした遊戯……? オレのこと、ちゃんと分かるよな?」
「え……あ、うん。城之内くん、だよね?」
 遊戯の返答を聞いて、彼はほっと胸を撫で下ろす。
「ビビらせんなよ遊戯〜。記憶喪失にでもなっちまったかと思ったぜ」
「アハハ。ごめんね、城之内くん」
 状況を理解した上で、遊戯は平静を装い、微笑む。

 ――城之内克也の声を発する、“ソレ”に対して。





 駆け付けた医師が簡単な診察を行い、「精密検査はまた後日」ということになった。
 医師が去った後、遊戯は二人――城之内と本田から、多くのことを聞いた。自分が眠り続けていたらしい、空白の三日間のことを。


 ――遊戯が意識を失った後、逆に意識を取り戻した観衆は騒然としたという。
 ところどころに破壊の形跡が残るドーム内に、倒れたまま動かない者達。特に1人は血まみれの状態で、多くの悲鳴が上がった。

 この一件は前代未聞の大事件として、世界中のメディアに取り上げられた。
 全ての観衆が同時に意識を失っていた件は、何らかの催眠ガスによるものと推察され、副作用の懸念などから、千人以上の人間が検査を受けた。

 事件の首謀者の名は“ガオス・ランバート”――多くの観衆の証言から、それはすぐに報道された。
 混乱の中、黒いローブを着た複数の人間達が逃亡したとの目撃証言もあり、犯行グループの一味として報じられている。

 当初、海馬コーポレーションに恨みを持つ者による犯行ではないのか――と言われていたが、“ガオス・ランバート”がI2社初代名誉会長の名前であることがメディアの調べにより発覚し、I2社の関与が噂され、「M&W産業そのものが狙われたのではないか」との推測も流れた。
 世間では目的不明、しかしこれだけの人間を巻き込みながらも一人の犯人も確保できず、犯行手段や経過にも不明点が多すぎることから、多くの人々の関心を集めている。国内では連日のトップニュースだ。

「――オレ達も警察から事情聴取されたんだぜ? つっても他の連中と同じで、すぐに意識を失くしちまったから何も分からねぇけどな。遊戯んトコにも後で来るんじゃねーかな」
 なあ城之内、と本田が振ると、彼は冴えない様子で相槌を打った。
 概ねの経過を聞き、飲み込んだうえで、遊戯は改めて二人に尋ねた。
「それで、他のみんなは無事なの? 血まみれの人もいたっていうのは?」
「ああ。みんなが起きた後も意識不明だったのが3人だけいたんだ。お前と、神里とデュエルするはずだった神無って嬢ちゃんと、それから……あのサラっていう姉ちゃんだよ。この姉ちゃんが血みどろの状態でさ。でも最優先で救急車に乗せられて、一命は取り留めたらしいぜ」
「……そうなんだ。じゃあ杏子と獏良くんと……それから、神里さんは?」
「ああ。今はいねぇけど、三人ともピンピンしてるぜ。オレらと同じでよ」
 本田と城之内が交互に答える。
 そのやり取りの中で、遊戯の瞳はわずかに収縮した。城之内の返答から間髪入れずに、遊戯は思わず問いを投げた。
「――杏子に何かあったの?」
「――へっ!?」
 2人は驚き、目を瞬かせる。
 真剣な表情で問う遊戯の様子に、本田は困ったように頭を掻いた。
「……余計な心配かけたくなかったから、黙ってるつもりだったんだけどな。実は――」

 ――それは事件後、少なからぬ観衆から語られた奇妙な事象であった。
 気を失っている間、彼らは“長い夢”を見ていたという。それは異常なリアリティを伴い、「とても夢だったとは思えない」というのだ。
 ある者はテレビ取材の中で「あれこそが現実だった」などと錯乱し、現実感の喪失から情緒が安定せず、今でも体調不調を訴え続ける者は少なからず存在した。

「――杏子も“それ”らしくてさ。何かずっと元気なかったんだよな。オレらなんか、夢見てたかどうかも全然覚えてねーのに……なあ城之内?」
「ん、ああ。まーな」
 本田から話を振られ、城之内は何気ない様子で頷く。
 その様子を見て、遊戯の瞳は再び収縮した。そして何かを言いかけて――しかし、口をつぐんだ。
「心配いらねーよ。アイツはそんなヤワなタマじゃねえ。さっき留守電入れといたから、すぐに見舞いに顔を見せるさ」
 城之内の言葉に遊戯は頷く。
 彼女の見た“夢”がどんなものか、遊戯はそれを知っている――けれどきっと大丈夫、そう思えたから。
「……ありがとよ、遊戯。今回の一件、全部お前のおかげなんだろ? そして、すまなかった。何の力にもなれなくて」
 一転して表情を陰らせた城之内に、遊戯は少し驚き、そして首を横に振った。
「そんなことないよ。ボクだけじゃない……みんながいたから。ボク一人の力じゃ、絶対に勝てなかった」
 それはお世辞などではない、心からの言葉。

 ――海馬くんと月村さんが、道を切り拓いてくれた
 ――そして何より、“オベリスク”の神化
 ――みんなとの繋がりが、絆が支えてくれたから、“神”覚醒の奇跡を起こせた

「……ありがとう。みんなとの絆があったから、ボクは今、こうしていられる」
 三人で顔を合わせ、笑い合う。
 みんなとの世界を護ることができた――その充足に酔い、遊戯は心から笑った。後悔など微塵も抱かずに。
「意識の戻らない2人や杏子のことはまだ心配だけどよ、とりあえずは一件落着……だろ? 後は医者とか警察に任せて、お前はひとまずゆっくり休めよ」
 三日間も眠り続けていたのだ、まだ本調子ではあるまい――本田は慰労の言葉を掛け、「また来るからよ」と城之内を促す。
 城之内も同意し、病室を去ろうとするが――ふと思い出し、「そういえば」と振り返った。
「――さっき何で、杏子に何かあったって分かったんだ? 獏良や神里じゃなくてよ」
「えっ? えっと、それは……」
 遊戯は言い澱む。
 話すべきか、それとも話さざるべきなのか――遊戯にはまだ判断できないから。

「――話すべきだと思うよ……遊戯くん」

 それは、聞き覚えのある闖入者の声。
「ごめんね、ドアが開いてたから。遊戯くん目が覚めたんだね、良かった」
「! 神里さん! 良かった、無事だったん――」
 現れた少女の姿を見て、遊戯は言葉を飲み込んだ。
 城之内と本田には分からない。しかし遊戯には分かる、視えてしまう――彼女がすでにもう“彼女ではない”ということを。
 城之内と本田には見えないように、少女は――絵空は、右手人差し指を唇に当てる。そして、儚げに微笑んでみせた。
「話すって……何のことだよ? 神里? 遊戯?」
 二人を交互に見やり、城之内は眉根を寄せる。
 絵空はわざとらしく目を閉じ、数秒を待って再び開いた。城之内と本田はそれを“人格交代”のためのものだと思った――遊戯だけは、そうでないことを看破していた。

「――アナタはもう人間(ひと)じゃない。この言葉の意味が分かりますね?」

 絵空は、単刀直入に問う。
 抑揚のない毅然としたそれに、遊戯は息を呑んだ。
 うすうす理解はしていた。しかし突き付けられた言葉に、彼の身体は硬直する。
「……アナタは自分を犠牲にし過ぎた。倒れては立ち、限界を幾度となく超え、時間(とき)を尽くし、命を枯らせ、その果てに――辿り着いてしまった。“人間(ひと)にあらざる領域”に」
「な……に、言ってんだ? 何の冗談だよ、神里?」
 城之内にも本田にも、話の意味が理解できない。
 しかし彼女は遊戯を見据え、明朗たる語調で言った。

「――たとえばその眼……視え過ぎているのでしょう?」
「…………!!」

 遊戯は思わず視線を落とす。
 闇アテムとの死闘の中、一度は失った視力。それは再び光を取り戻し、彼に世界を示している――以前とは異なるカタチで。
 拡張されてしまった五感は、人間に本来見えざるべきものをも捉える。彼の眼に映る全てのモノは、以前までのそれとはカタチを変えていた――親友たちの姿でさえも。



 三日前の死闘の末――時間を加速し尽くした遊戯は、確かに死すべき状態だった。
 しかし時間を統べる女神“ゾーク・アクヴァデス”の加護により、失われた時間は取り戻された。だがその一方で、取り返しがつかないものもあった――彼の魂の異常なる“昇華”までも、無効とすることはできなかったのだ。神の力をもってしても。
 “王の遺産”――かつて賢者シャイが、“神殺し”のために生み出した秘術。それは四千年の時を隔て、ようやく完成を見た。武藤遊戯という人間を“器”として。
 一滴の時間を加速し、遊戯は“太陽神”を覚醒させ――闇アテムという“神”を殺した。その時点で彼はすでに、“人間(ひと)”と呼ぶべき範疇にはなくなった。

 人間ではなく、神でもない――呼ぶなれば“王”。神をも殺し得る存在。
 かつて強欲なるファラオが求めた、万物の上に君臨せし“絶対者”。



「――何だか分からねぇけどよ……関係ねぇだろ、そんなの」
 2人の間の剣呑な空気に、城之内が割って入った。
「どんなに目が良かろうが、耳が良かろうが……遊戯は遊戯、オレ達の仲間だ! そうだろ?」
「……! 城之内くん」
 城之内のその言葉が本心からのものであると、遊戯はすぐに判った。信頼からだけではなく、確信としても――視えてしまうから。
 絵空もまた、それを嬉しく感じた。少しだけ笑みをこぼし、しかしすぐに、表情を強張らせる。
「そうですね……そう思います。けれど、ならばこそ知るべきです。アナタがそれを望むなら――“この世界”に在りたいと願うなら」
 彼女は遊戯に向けて、淡々と続けた。
「デュエルという“儀式”の中で、アナタの呪いは育ち過ぎた。その“儀式”を引き金として、“王の呪い”はアナタを蝕み、さらなる力を与えてゆく。だから限界なんです、これ以上は」
 少女は遊戯の眼を見つめ、はっきりと告げた。

「――デュエリストをやめること。それが……アナタがこの世界に留まるための、最低条件です」

 遊戯の両眼が大きく開く。
 しかし悟ったかのように、諦めたかのように――静かに、彼は視界を閉じた。




決闘191 絶たれた未来(みち)

 本田と城之内の二人は、揃って帰途についていた。
 本田は城之内の後ろを歩きながら、病室でのやり取りを顧みていた。
「……“アイツ”がいた頃に、大抵のオカルトには慣れたつもりだったが……今回は気絶してたから、全然実感が湧かねぇな」
 独り言のように呟き、前を行く城之内の反応を待つ。しかし彼は無言を貫き、本田は仕方なく言葉を続ける。
「オレにはピンとこなかったけどよ、たぶん本当のことなんだろうな。遊戯もそんな雰囲気だったし」
「………………」
 城之内の頭の中でも繰り返されていた、先ほどの病室でのやり取りが。
 許容することのできない、残酷な言葉が。





「――デュエリストを……やめる? なに言ってんだよ、神里?」

 先ほどの病室で、引きつった声で城之内は訊いた。
 当の遊戯はというと、すでに受け入れたかの様子で押し黙っている。それは城之内の焦燥を生み、彼は思わず声を荒げた。
「――なに言ってんだって訊いてんだろ!? 説明しろよ!!!」
「おっ、おい城之内! 落ち着けよ。病院だぞここ」
 絵空と城之内の間に、本田が割って入り、なだめる。
 彼女は神妙な面持ちのまま、城之内を一瞥し、言葉を紡ぐ。
「……単純な身体機能の問題ではないんです。強き魂は運命を掴み、世界を歪め、狂わせる……それだけの可能性が、今の遊戯さんにはある」

 ――かつてのアヌビスと同じように。
 だからこそ光の創造神“ホルアクティ”は、遊戯に神位を譲ろうとした。
 彼が死を目前としているから――それだけの理由ではなく、彼をヒトの世界から遠ざけるために。

「――過ぎた力は穢れを孕む。このままデュエルを続ければ、アナタの“呪い”は侵食し、その魂を際限なく昇華してゆく。その果てに、アナタは……次なる“邪神”の火種となる。かつての闇の大神官、アクナディンと同じように」

 経緯は違えど、契機は同じだ。
 王国を救う、その純然たる願いのため、彼は千年アイテムという“過ぎた力”を生み出した――それは邪悪の火種となり、“邪神(ネクロファデス)”を喚び起こした。

「遊戯が……闇の大神官と同じ? 馬鹿言ってんじゃねぇよ! ソイツは千年アイテムを造るために、百人近くも殺したっていうじゃねぇか! そんなクソ野郎と遊戯が同じワケが――」
「――城之内くん!」
 遊戯は叫び、城之内を制した。
 この闘いの影の立役者を、悪く言われたくなかったから――そしてそれだけではなく、遊戯には確かな心当たりがあったからだ。


『さあ来い遊戯ぃ――オレ様をぶっ殺してぇって、叫んでみせろォ!!!』


 バクラ――いや、ゾーク・ネクロファデスに挑発され、憎悪に我を忘れたとき。
 あの瞬間、世界の全てが赤に染まった。心が灼けるように熱かった。闇アテムに制止されていなければ、あの後どうなっていたのか――想像するだに恐ろしい。


『――貴様ハ勝利ノ代償ニ、多クノモノヲ失オウ。カツテノ儂ト同ジヨウニ』


 “死神”の言葉が脳裏をよぎる。
 これが彼の言う“代償”であるならば、それは仕方のないことだ。これでいい、自分はそれだけのことをしたのだから――そう思った。
「――いいわけねぇだろ……こんなの。納得できるわけがねぇ!」
 それは遊戯の言葉ではない。
 城之内は両の拳を握り締め、叫んだ。
「遊戯は闘ったんだろ……!? こんなになるまで! みんなのために! それなのに何で、遊戯が割を食わなきゃならねぇ!?」
 まるで代弁するかのように。
 自分のことのように、いやそれ以上に――城之内克也は訴える。強く、強く訴える。

「――今朝……海馬コーポレーションから発表がありました。延期となっていた残りの試合、行うそうです」

 唐突に、重い空気に一石投じるかのように、彼女はそれを口にする。
 城之内と本田はすでに、その情報を知っていた。しかしなぜ今、それを伝えるのかは分からない。
「……会場を変え、規模を小さくして行うそうです。日程は四日後……残り、四試合」
 だが、実際には三試合になるだろう――彼女はそれを予見していた。
 神無雫が期日までに目覚めなければ、残りは三試合。準決勝戦と決勝戦。
 武藤遊戯、城之内克也、海馬瀬人、そして神里絵空――4人によって競われる、正真正銘の大会最終日。
 まだ意識の戻らない者もいる現状、世間からの非難は必至だ。KCが何故このような強行策を打ち出したのかは不明だが――しかし彼女にしてみれば、まさしく僥倖とも呼ぶべきものだった。
「――これが最後の機会です。今のアナタにはまだ、創造神の加護が残っている。四日後、残り2回のデュエル……これだけであれば、アナタの“呪い”が悪化することもないでしょう」
 遊戯の瞳がわずかに収縮する。
 絵空はそれに気付き、悟られまいと背中を向けた。
「四日後の大会……必ずご参加ください。悔いが残らぬように。アナタにとって、生涯最後のデュエルとなるでしょうから」
 背を向けたままそう言い放ち、彼女は病室を出て行った。
 それから交わせる言葉もなく、重い空気のまま、城之内と本田も病室を後にした。





「――もうひとりの神里もなんか様子がおかしかったよな……よそよそしいっていうかよ。らしくねぇっていうか、まるで別人みたいな……って、あれ」
 本田は口と足を止めた。前を歩いていたはずの城之内が、いつの間にかいなくなってしまったのだ。
 つい先ほどまではいたはずなのに――そう思って探すと、すぐに見つかった。城之内は裏路地に入り、壁と睨めっこをしている。
「おっ……おい! どうした城之内! そっちは行き止まり――」

 ――ガッ!!

 本田は次の瞬間、唖然とした。城之内が素手で、コンクリートの壁を殴りつけたのだ。
 そしてそれは、手加減無しに何度も続く。彼の両拳はただれ、鮮血を散らす。
 本田は慌てて止めに入り、彼の両腕を抑え込んだ。
「馬鹿野郎!! 遊戯のことがショックなのは分かるけどよ! こんなことしたって何も――」
「……うるせぇよ」
「……!?」

 ――バキィィッ!!

 本田の身体が吹き飛ぶ。城之内が彼の顔を、力いっぱい殴りつけたのだ。
「何が分かるってんだよ……!? テメェに! オレの何が分かるってんだ!!?」
「……ってぇ……何キレてんだよ。お前一人の責任じゃねぇだろ。オレだって――」

 ――ドガァァッ!!!

 今度は力いっぱい、壁に頭突きを食らわした。
 額から血が垂れ、けれどそれとは違う何かが、彼の足元に零れ落ちた。
「本当は覚えてんだよ……オレ。全部、しっかり覚えてるんだ」
「……?」
 本田にはそれが、何のことなのか分からない。
 城之内は血塗れの両拳を、痛みを忘れて握り締める。
「あのとき、オレは夢を見てた……分かってたんだ、アイツが闘ってるって! それなのにオレは、目覚めなかった……“あの世界”を手放すことが、できなかった」

 ――静香がいて、母さんがいて、親父がいた
 ――狂わなかった親父がいた
 ――壊れなかった、家族があった

「願っちまったんだ……“本当だったら”って。“あの世界”が現実で、“この世界”が嘘だったらって――そしたら、アイツを忘れちまった。アイツ一人に闘わせて、オレは笑ってたんだ! “あの世界”で!!」
「……!! 城之内……お前」
 膝が崩れて座り込む。
 それを知られることが怖くて、城之内は嘘を吐いた。覚えていないのだと、分からなかったのだと――遊戯との絆を裏切ったことなど、知られたくなかったから。
「最低だよ……最悪のクズ野郎だ。アイツ一人に重荷を負わせて、オレは……何が仲間だ、笑わせるぜ」
 どれほど自傷しても足りない、そう思った。

 ――せめて今からでも、できることは何だ……?
 ――アイツのためにできることは
 ――アイツを裏切った、それを償うために……オレにできる、せめてものことは

「――……アイツがやめるってんならよ……オレだって」
 弱々しく、自棄になりながら、
 しかし軽はずみな気持ちではなく、城之内は口にした。
「オレもやめるよ……デュエリストを」
 城之内の震える背中に、本田は、掛けるべき言葉が見つからなかった。





 一方、その頃――絵空は童実野病院内の、別の病室の中にいた。
 電灯も点いていない、清閑な病室のベッドに――もう一人の少女が横たわっていた。彼女の名前は神無雫。
 彼女は未だに目覚めない。目覚めの時が訪れるのか、それさえも分からない。

 ベッドの横の椅子に座り、絵空はふと、窓の外を見上げた。
 空は明るく、天は高い。先ほどまでの空気とは対照的で、ひどく皮肉に思えた。
「……“闘いの儀”……あれなら」
 遊戯の病室で、少女はひとつ嘘を吐いた。
 諦めてはいない、まだ。彼女の眼には見えている――かすかに残る、一縷の希望が。

「――このまま終わりなんて、そんなの……かなしすぎるよね」

 失うばかりでは終われない。
 その眼に決意の光を秘め、彼女は静かに天空を仰いだ。




決闘192 それぞれの想い

 海馬モクバは浮かない顔で、童実野病院内の廊下を歩いていた。
 三日前の事件以来、海馬コーポレーションは各所への対応に追われ、大忙しだ。大会運営委員長である磯野など、ろくに仮眠すらとれていない。
 そんな中、今朝公式発表した内容――バトル・シティ大会の続行は、状況をさらに悪化させている。警察のみならず政府からも中止依頼が出され、メディアもこぞって非難している。
 海馬コーポレーションの権力を使えば、それらを抑制することは不可能ではあるまい。しかし今、会社の対応は完全に後手に回っていた。それを可能とする人物が、いつもと違い、動こうとしないからだ。
(――兄サマ……どうして。分かんないよ、どうしてこんな)
 ひどく困惑しながら、モクバは早足で病室へ向かった。
 彼の兄にして大会続行を発表させた張本人、そして現在の騒動を鎮静化させうる行動力の持ち主――海馬瀬人のもとへと。

 目的の病室へと辿り着き、「面会謝絶」と表示された扉の前で顔を上げる。
 海馬瀬人がいるであろう場所――といってもそれは、彼のための病室ではない。ネームプレートに書かれているのは「サラ・イマノ」、この一件において唯一、そして深い外傷を負った人物の名だ。
「――入るね……兄サマ」
 内部を確かめるより前に言い、モクバは扉を開けた。
 すると案の定、そこには2人の人物がいた。たくさんの医療器具を取り付けられベッドで眠り続けるサラ・イマノと、その前の椅子に腰掛ける海馬瀬人が。
 事件以来、彼はしばしば会社のデスクを離れ、この場所を訪れていた。しかし何ができるわけでもなく、ただ彼女の前で、呆然と時を過ごすだけだ。
 らしくない、モクバはそう思った。
 そして彷彿とさせた。かつて“もうひとりの遊戯”に敗れ、廃人のようだった頃の姿を。
「――モクバか……どうした? 何かあったのか?」
 振り返ることすらなく、瀬人は背を向けたまま、そう訊いてきた。その小さな背中に、モクバはやり場のない焦燥を覚える。
 彼女の容態がそれほどにショックだったのか、それとも――別の理由があるのではないか、モクバにはそう思えた。
「……遊戯が、目を覚ましたって。四日後の決勝に出られるかは訊いてないけど、今のところ体調は問題ないみたい」
 「そうか」と、さして驚いた様子もなく、瀬人は応える。
 間を空け、反応を窺うが、それ以上の言葉は返らない。モクバは仕方なく、再びその口を開いた。
「でも、神無雫って子は意識不明のままだ! やっぱり大会は延期して、もう少し様子を見た方が――」
「――問題ない」
 覇気の無い、しかし迷いも無い語調で、瀬人はモクバを制した。
「遊戯さえ出られれば支障ない。ヤツとオレさえ出られれば、残りは不要……消化試合にしかならない」
 自信ではなく確信。彼の眼にはすでに見えている――第三回バトル・シティ大会決勝戦、その舞台で、自分と遊戯が闘う姿が。
 不遜なるその発言は、まさしく瀬人らしいものと言えよう。しかしモクバは不安を覚える。
 常に未来を見据える兄が、今はそれを見つめていない。何が彼を俯かせているのか、それが分からない。
「……会社全体が混乱してる。無理に続行する理由がないよ! やっぱりここは延期して、次の機会を――」
「――モクバ」
 弟の心情を察したのか、それは分からない。しかしその疑問に答えるべく、海馬瀬人は口にした。
「この大会を最後に、オレは――デュエリストをやめる。だから延期はできない、それが理由だ」
「!? え……っ?」
 その意味が理解できずに、モクバは呆然と立ち尽くす。
 逆に、瀬人は立ち上がり、光の無い眼で弟を見やる。
「……元より今大会は、オレがヤツとの雌雄を決するためのものだった。だがそれもすでに見えた……オレにはオレの“限界”が、はっきりと解った」
 遊戯と同じ姿をした“紛い物”、闇アテムとのデュエル。
 手も足も出なかった――あれほどの大敗を喫したことは、ただの一度もなかった。完膚なきまでに負けた。
(何度繰り返そうとも、どれほど対策を練ろうとも……決して勝てない。それほどの実力差があった)
 しかし遊戯は、それに勝った。
 会場内で録画され続けていたムービーには、彼がその“紛い物”に勝利した、その一部始終までが記録されていた――もっとも、映像記録は闇アテムが姿を消した辺りまでで、撮影カメラは謎の故障をしていたのだが。
 その映像を確認し、海馬瀬人は理解した――自分と遊戯の“格の差”を。彼がその身に隠していた特別な何か、その途方も無い力を。
「――オレは決勝の舞台で遊戯と闘い……そして敗れる。前大会で手にした“王”の座をヤツに譲り、オレは表舞台から去る。それで終わりだ」
「!? 兄サマ!?」
 モクバは、その言葉が信じられなかった。
 自らの敗北を確信した言葉。自信に満ちた普段の彼が、見る影もなかった。
「以前から考えていたことだ。KCの……そしてM&Wの発展には、これまで以上の革新が要る。いい機会だ。オレはプレイヤーを引退し、KCの責任者として、その世界を牽引してゆく。そのための儀式だ……多少の騒ぎには目を瞑ってもらう」
 話し終わり、瀬人は再びサラ・イマノを見下ろす。自分を庇い、重傷を負った彼女を。
 医者の話では、たとえ意識が戻ろうとも、身体に大きな傷痕が残る――そう言われていた。
(許せサラ……このオレのせいだ)
 責任はとるつもりだ。彼女が望む形で、できる限りのことをしよう――せめてもの礼と、償いとして。
(貴様のブルーアイズ……今しばらく借りる。このオレのデュエリストとしての最後のロードを……ともに歩む相棒として)
 瀬人は踵を返し、彼女の病室を後にする。
 モクバは戸惑いを隠せないままに、その背を慌てて追いかけた。





 一方――この事件において未だ意識の戻らないもう一人の犠牲者、神無雫の病室にて。
 絵空は彼女の額に触れ、眉をひそめる。そして三日前に知った、彼女の事情を回顧していた。

 昨年の初夏、雫は両親が他界して以降、父方の祖父母に引き取られたのだという。
 病院に駆け付けた彼らは、雫の身を案ずる絵空に多くのことを語ってくれた――まるで、すがるように。
 両親を失い、抜け殻のようになった彼女は、祖父母にも心を開かなかったそうだ。
 与えられた自室に引きこもり、春に入学した童実野高校にも通わなくなった。
 せめて食事は一緒に、と考えたのだが、無理強いして嘔吐させてしまってからは、それを求めることもできなくなった。
 何か月経っても、彼女の様子には改善が見られなかった。しかし祖父母ともに仕事を持っていたこともあり、彼女の処遇は棚上げとなり、高校には休学届が出された。
 だから彼女が今大会への参加意志を示したときは、とても喜んだそうだ。

(正確な時期は分からないけど……雫ちゃんはゾーク・ネクロファデスに魅入られて、バトル・シティに参加した。そして“私”の大部分とともに、闇(ゾーク)の使徒……“ゾーク・アテム”の器として、その魂を捧げられた)
 ならば全てが終わった今、なぜ彼女は目を覚まさないのか――それを再確認すべく、絵空は右掌を開いた。するとその上に、黒い本――“千年聖書(ミレニアム・バイブル)”が姿を現す。
 闇アテムとの激戦の中で “聖書”は一度、全ての魔力を使い果たしている。しかし今、残された“三魔神”のカードを再び取り込むことで、その魔力を取り戻しつつあった。
 絵空は雫の額に左掌を合わせ、瞳を閉じる。同時に“聖書”のウジャト眼は輝き、雫の魂を走査し、“処置”を施し始めた。
(やっぱり……雫ちゃんの中にはもう、ゾーク・ネクロファデスの気配はない。けど)
 今現在もなお、彼女の魂を穢し続けている根源が在る。むしろゾーク・ネクロファデスの“破滅の闇”は、これを中和し、抑制していたのかも知れない。
 “破滅の闇”とは異なる、別種の穢れた気配――絵空はそれに覚えがあった。
 始まりのホムンクルス“ヴァルドー”、彼が駆使していたカード“ライトロード”――それが発していたものにかなり近い。しかし決してイコールではない、そう思えた。
(“聖書”の中の“箱舟”の力を使えば、穢れは浄化できる。けど)
 その穢れは色濃く、あまりにも根深い。
 少しずつ慎重に、トゲを抜くように“処置”しなければ、彼女の心は歪み砕ける。相当の期間を要するだろう――それがどれほどの月日になるかは、今の絵空にも分からない。
「……今日はここまで、かな。明日もまた来るね、雫ちゃん」
 絵空は目を開き、改めて雫を見つめる。
 殺したい人間がいる――彼女はそう言った。それは自分に対するもので、けれどこうも言った、「どうしたらいいのかわからない」と。

 生きることは辛い、死ぬことも辛い――今の絵空には分かる、その気持ちが。
 ――なぜならそれはかつて、“私”が抱いていた想いだから。

「大丈夫だよ……雫ちゃん。わたしがいるから」

 ――かつて“私”がわたしと出逢い、救われたように
 ――人と人の繋がりは、きっとアナタを救ってくれる
 ――だから

「だからがんばろう……一緒に。雫ちゃんのご両親も、きっとそれを望んでるから」
 絵空は雫の右手を握り、やさしく微笑みかけてみせた。





 そしてその頃――童実野病院の正門前に、“その少年”は立っていた。
 童実野高校の制服を着た、小柄な体格の少年。
 彼は病棟のある部分を眺め、そして――静かに微笑んだ。

「――ありがとう武藤遊戯。これで世界は救われる……この僕の手によって」

 それは更なる“邪悪”の影。
 彼はそれだけ呟くと、誰にも気づかれること無く、煙のごとくその姿を消失させる。
 そしてその右手には――この世に存在すべからざる、一枚のカードが握られていた。


LIGHTRAY OSIRIS  /LIGHT
★★★★★★★★★★
【DRAGON】
???
ATK/X000  DEF/X000




決闘193 咲くことの許されない花

「――ダメよ! 絶対にダメ! 何が起こるか分からないじゃない!」
 その日の夜――神里家にて。
 絵空の母・神里美咲は、珍しく声を荒げていた。
 話題は四日後のこと。第三回バトル・シティ大会最終日、絵空がそれに参加したい旨の意思を示したことに対するものだ。
「事件のニュースを耳にしたとき、私がどれだけ心配したか……! 大体、非常識だわ! まだ意識の戻らない人もいるそうじゃない!」
「ま、まあそれはそうだけどさ。今度は会場を変えて、警備体制も強化するっていうし、おんなじことが起こったりはしな――」
「――分からないわよ、そんなの! とにかく絶対ダメよ! お母さん許しませんからね!!」
 絵空は勢いに気圧され、唖然とする。
 心配されるとは思っていた――けれど、これほど激しく反対されるとは、想像だにしていなかった。
 記憶を振り返ってみると、美咲はこれまで絵空に対し、あまりにも寛容な母だった。欲しいものは買ってくれたし、ワガママも大抵聞いてくれた。だから今回も許してくれると、絵空は安易に考えていた。
(心配してくれてるんだ……そうだよね。だって、“お母さん”だから)
 目の前の母の姿が、一瞬、別の人物に重なって見えた。その瞬間、絵空の胸に熱いものが込み上げる。
 月村秋葉――現在の絵空にとっての“もうひとりの母親”。
 彼女との日々を、覚えている。“月村天恵”として触れた、その温もりを。
「……ごめんね、おかあさん。それでもわたしは行かなくちゃ。たとえ本当に危険があっても」
「――だから! ダメって言ってるでしょ!? たかがゲームの大会じゃない! そんなの……」
 言い掛けて、美咲は口を噤んだ。
 目の前の少女が、絵空が、見たことのない強い瞳をしていたから――まるで自分の知る愛娘が“別人”になったかのように。
「――やらなくちゃいけないことがあるの。それは、わたしにしかできないことで……わたしがしなくちゃいけないこと。だから」
 絵空は歩み寄り、美咲の胸に飛び込んだ。そして告げる「大丈夫」と。
「大丈夫だよ……絶対に。わたしはわたしを必ず守る。だから信じて、おかあさん。必ず無事で帰ってくるから」
 美咲は少しためらって、けれど優しく抱き締めてくれた。
 温かくて、柔らかくて、いい匂いがして――絵空は思い出していた。思い出さずにいられなかった。

 ――かつて亡くした母のことを。





 少し考えさせてほしい――そう答えた美咲との夕食を済ませ、絵空は自室のベッドに横たわった。
 そして思い返す、母の温もりを。美咲と秋葉のことを。
(……何だかすごく変な感じ。おかあさんが2人いるなんて)
 自覚せずにはいられない、今の自分の状況を。そのあまりの異常さを。

 月村天恵はもういない。
 そしていないのだ、かつての神里絵空も。

 ヴァルドーとのデュエルの中で、天恵は“それ”を決断した。
 神無雫とのデュエルの中で、絵空は“それ”を急激に進めてしまった。

 “それ”とはすなわち―― 一つになること。絵空と天恵が同一となること。それこそが今の彼女。
 呪われしホムンクルス“ティルス”の魂は、絵空のそれを完全に取り込んでしまった。
 “千番目のティルス”として、これで彼女は最早、ヒトの理に戻ることはない。
 その魂は死後、冥界へ旅立つことはなく、現世を永劫にさ迷い続ける――次なる“器”を求めて。
(……って言っても、正直……自分の死後のことなんて、全然分からないし)
 来世がどうと言われても、悲観する気にはならないし、非難するつもりも起こらない。
 大切なのは現在(いま)だ。
 現在(いま)の自分は何者で、何を以って自分なのか。

『――貴様ハ貴様ダ! 貴様ノ名ナド、貴様ガ決メロ!!』

 自我は揺るがない。
 記憶の中の“恩人”のことばが、彼女の心を正しく導く。
「……わたしは絵空、神里絵空。でも」
 ――でも、天恵でもある。

 ――神里絵空の人格を持ち
 ――月村天恵の魂を持ち
 ――そして、双方の記憶を持つ
 ――だから

「――だから、いまのわたしの名前は……“エソラエ”、とか?」
 真剣な表情で、天井に問う。
 しかし当然、壁が返事をするわけもなく、絵空はたまらず苦笑をもらした。

『(――何よソレ。漫才コンビか何か?)』

 “私”ならたとえば、そんなふうに返しただろうか――そんな考えがよぎり、胸が熱くなる。

 二人ではなく一人。
 もはや話し合うことも、笑い合うこともない。

『――それは絵空たちの、本当の願いじゃないよね? 思い詰めた天恵が、羨望と嫉妬から生み出した“呪い”。あなたたちの祈りは、もっとやさしいものだったはずだよ』

 ――そうだねアクヴァデス
 ――あなたの言う通りだよ

 “月村天恵”は“神里絵空”になりたかった――そんなのは嘘だ。本当の願いは別にあった。

 ――父がいて
 ――母がいて
 ――絵空がいて
 ――天恵がいる

 4人でテーブルを囲むこと。
 4人で“家族”になること――それが本当の願い。
 “この世界”では決して許されない、絵空事。
 月村天恵は死んだ人間なのだから。

(だから“私”は願った……わたしになることを。“神里絵空”になることを)

 その果てがこれだ。
 2人から1人になり、そして――二度と“他人”には戻れない。
 一番近い場所で、しかし二度と触れ合うことはない。
 何度生まれ変わっても、何千年を経たとしても、
 二度と出逢うことはない――あまりにも確かな“永久の別離(わかれ)”。

 天井が歪んで見えた。
 絵空は袖で視界を隠し、唇を噛んで声を殺す。

 ――悲しくて
 ――淋しくて
 ――けれど、後悔はしない
 ――あなたとの出逢いを、過ごした日々を
 ――その邂逅を、否定はしない

「――ありがとう……あなたがいたからわたしは、とても幸せだった」

 くぐもった声で、そう告げる。
 記憶の中の温もりを抱いて。

 ――ありがとう
 ――ごめんね
 ――さよなら

「――さようなら……もうひとりのわたし」

 視界を開き、天井を見据えながら、彼女は――“彼女たち”は伝えた。自分の中の“彼女”へ。

 そして涙を拭うと、四日後の、迎えるべき最後の“儀式”に向け、その決意を固くした。





 ――その翌日の昼間、童実野病院、遊戯の病室にて。
 その中では昨日と同じ人数の、しかし異なるメンバーが話をしていた。

「――それで、“三幻神”のカードを融合して……それから先のことは、あまり良く覚えていなくて。気が付いたらこのベッドの上でした」

 横で話を聞く真崎杏子は不安げに、遊戯と、その話を聞く二人の男達の様子を伺った。
 見たところ四十代後半と三十代前半頃の、黒いスーツを着た男たち。杏子が見舞いに来た矢先に訪れた彼らは“警察”を名乗り、今回の事件に関する事情聴取を遊戯に求めた。
 それに対し、遊戯はとても多くのことを語ったのだ――“闇のゲーム”のこと、“神のカード”のこと、そしてかつて存在した“千年アイテム”に秘められた特別な力のことまでも。
 二人の男のうち、後ろで話を聞いていた若手の男は、いかにも疑わしそうな目で遊戯を見ていた。しかし直接話をしていた年配の刑事は、遊戯の眼を見て、その言葉を真摯に噛み締めている様子だった。
 その後もしばらく質疑応答を繰り返すと、刑事たちは頭を下げ、病室を出ていった。
 彼らが立ち去り、ドアが閉まったところで、杏子はほっと安堵の溜息を洩らす。
「……良かったの、遊戯? あんなに……何もかも警察に話しちゃってさ」
 ともすれば、おかしなこと語る異常者と見られたかも知れない。実際のところ杏子も、現実に目の当たりにしてきた多くの超常現象がなければ、遊戯の話はとても信じられたものではなかっただろう。
「大丈夫だよ、信用できる人だったし。どのみち海馬コーポレーションから映像証拠が提出されたっていうしね。下手に隠しても良くないと思って」
 訪れた人物を視た上で、遊戯はそう判断した。
 もっとも、本当に隠すべきだろう部分については話していない――特に、神里絵空に捜査の目が向くような情報は、一切与えなかった。
「でも……本田から少しは聞いてたけど、そんなことが起こってたんだね。ごめんね遊戯、何の力にもなれなくて」
 そんなことない――遊戯がそう応えると、杏子は救われたような表情を見せた。
「それより、杏子の方は平気なの? その……体調崩してたって聞いたけど」
 遊戯のその質問に、杏子は数瞬驚きを見せ、けれどすぐに笑ってみせた。
「まーね。私、ちょっと変な夢見ちゃっててさ。でももう大丈夫。何が嘘で、何が真実(ほんとう)か……ちゃんと分かってるもの」
 その体験の全てを、整理しきれてはいない。
 けれど彼女なら、きっと大丈夫だ――遊戯はそれを知っているから、それ以上追及はしなかった。

 その後、いくばくかの会話を交わしてから、杏子も病室を出ていった。
 帰り際、「三日後の試合、がんばんなさいよ」と言い残した彼女の様子に、彼女もまた事情を聞き知っていることを悟った。

 病室に一人残されて、遊戯は改めて反芻する。昨日の絵空の言葉を。

「――デュエリストをやめること。それが……アナタがこの世界に留まるための、最低条件です」

 デュエリストを――M&Wをやめる。
 それは自分にとって、どれほどの意味を持つのか。

 海馬瀬人との闘い。
 決闘者の王国(デュエリストキングダム)。
 バトル・シティ。
 そして、闘いの儀。

 そんな闘いの記憶と、そしてそればかりではない。
 このゲームはたくさんの絆を紡ぎ、多くの喜びを与えてくれた。
 何よりこれは“彼”との、多くの時間を過ごしてきたゲームだから。
 だから、

「――単刀直入に訊こうか。君は今後、M&Wで生計を立てていくつもりはあるかい?」

 一週間前、月村浩一からなされたその話が、今では呪いのように感じる。
 それはもはや届かぬ未来。
 自分はもう、デュエリストを諦めねばならないのだから。
(……これがボクの望んだこと? ボクは、こんな未来のために闘ったのか……?)

 分かっていたはずのことだ。
 それでも――武藤遊戯は人間だったのだ。
 自身の判断を、その責任の全てを、自己犠牲として納得することはできない。かつてのアクナディンのように。

 闘って
 傷ついて
 失って

 その結末がこれだ。
 あまりにも理不尽。

「――このままデュエルを続ければ、アナタの“呪い”は侵食し、その魂を際限なく昇華してゆく。その果てに、アナタは……次なる“邪神”の火種となる。かつての闇の大神官、アクナディンと同じように」

 ――分かっている
 ――けれど
 ――それでも……

 感情の矛先が分からずに、武藤遊戯は拳を握る。
 日は陰り、闇が差す。
 天を仰ぐことすら出来ず、彼は一人うつむき続ける。


 そうして、どれほどの時が流れただろうか。
 不意に遊戯は顔を上げる。
 この病室に向かいつつある、一つの気配に気が付いたからだ。
(……? 誰かが……ここに来ようとしている?)
 その“誰か”はまだ病院に入ったばかりで、同じ階層に辿り着いてもいない。
 けれど、そのことが分かってしまう――彼の異常拡張した五感は、それさえも認知させてしまう。
 その事実は、彼がもはや人間の世界で生きることさえも難しいことを示唆するのだが――それはまた別の話だ。
(入院してからは会ったことのない人……? 昨日の視線の主、でもないし)
 流石に透視ができるわけでもない。
 目を閉じ集中してみるが、その人物が何者なのかは、結局判別できなかった。

 数分後、気配がドアの前で止まり、ノックの音が響く。
 敵意は特に感じない。だから無警戒に「どうぞ」と返した。

 ――ドアが開き、その人物が姿を現す。
 その男の顔を見て、遊戯は目を丸くした。
 見知っている、けれどあまりにも意外な人物の来訪に、驚きを隠すことができなかったのだ。

「――久しぶりだね……遊戯くん」

 その男――御伽龍児は、すました笑顔で挨拶をした。




決闘194 本戦・最終日

 三日後――第三回バトル・シティ大会、本戦・最終日。
 各所からの非難を浴びながらも、KCから中止の発表はなく、ついにその日はやって来た。

 予定されているのは残り三試合。神無雫が結局目を覚まさなかったことから、二回戦第四試合は神里絵空の不戦勝として扱われ、準決勝戦から再開される。
 武藤遊戯VS城之内克也、海馬瀬人VS神里絵空、そして両試合の勝者により行われる決勝戦。もともと予定されていた三位決定戦は中止とのことで、大会時間を短縮するせめてもの配慮がなされたのかも知れない。
 これまで当大会は、午前から午後にかけて行われるのが常だった。しかし残り試合数の関係から、最終日は午後より開始される。
 その待ち時間を利用して、同ランド内の喫茶スペースにて――カードを広げ、デュエルを行っている出場選手が一人だけいた。

「――『カオス・ブレイザー・ドラゴン』で、『カオス・ルーラー −混沌の支配者−』を攻撃するよ。何かあるかい?」
「うっ……そ、それなら、手札を1枚捨てて『サンダー・ブレイク』を発動! そのモンスターを破壊!」
「ならば“コラプサーペント”を捨てて、“カオス・ブレイザー”の効果を発動! このターン、場を離れることはないよ」
「うぇぇっ!? で、でも攻撃力が足りな……」
「さらにダメージステップ時、“ワイバースター”を捨てて効果発動だ。攻撃力が1000ポイントアップし、二回攻撃できる。これで“カオス・ルーラー”を破壊し、さらに『雷帝ザボルグ』も攻撃するよ。何かあるかい?」
「……な、何もアリマセン……」
 絵空はがっくりと頭を垂れ、自らの敗北を受け入れた。


<絵空>
LP:0
場:
手札:1枚
<月村浩一>
LP:800
場:カオス・ブレイザー・ドラゴン
手札:0枚


 第三回バトル・シティ大会、本戦・最終日への参加に当たり、絵空は月村浩一とともに海馬ランドを訪れていた。
 これは大会参加に際し、母・美咲が絵空に出した条件の一つだ。大会中、月村浩一と行動をともにすること――絵空はもちろん了解したし、もとより仕事として訪れる予定だった浩一も快く引き受けた。
 2人は浩一の運転する車で会場を訪れ、一緒に昼食をとった。そして開始までの時間を利用し、デュエルを行っていた。
 彼らのその様子は間違いなく、誰の目にもこう映っただろう――とても仲の良い“親子”だと。絵空が小学生にしか見えないので、尚更に。

「うー、まさかの三戦三敗……今のは勝てると思ったのにぃ……」
 絵空はテーブルに突っ伏し、両足をバタバタと動かす。
 その様を見て、浩一は思い出していた。昔のことを。
(『雷帝ザボルグ』か……懐かしいな。まだ使ってくれていたのか)
 そのカードはかつて、天恵の病室で月村からプレゼントしたものだ。

 天恵と絵空と自分――デュエルを通し、三人で過ごした時間があった。
 それはもう、決して取り戻せない時間だ。
 天恵は死んでしまったのだから。

(そうだ……死んだ人間は戻らない。なのになぜ私は、あんな夢を)
 浩一の頭から離れない、一週間前の記憶。
 ガオス・ランバートとのデュエルを終え、“楽園”へ導かれた彼は再会してしまったのだ、亡くしたはずの家族に。
 妻の秋葉と、娘の天恵。彼女たちを亡くさない、幸せな世界。
 とても夢とは思えない、異常な現実感があった――いやあるいは、恐らくは夢ではなかったのだろう。
(ガオス・ランバート……貴方が求めていたものは、あれだったのか? だとしたら私は……)
 正しかったのだろうか――そう思ってしまう。
 取り戻せないはずの過去、それを取り戻せるとしたら。

 秋葉がいて、天恵がいる。その日々は掛け替えのない、本当に幸せなものだった。
 それなのに自分は再婚し、新しい家族をつくろうとしている。
 目の前の少女を娘とし、彼女の母・美咲を妻とすることで。

 ――それは、許されることなのだろうか?
 ――亡くした者たちの“代替”を求める、ひどい考えなのでは……?

「――……? おじさん? どうかしたの?」
 絵空の声に正気を取り戻し、浩一は顔を上げた。
 笑顔を取り繕いながらカードをまとめ、腕時計に視線を落とす。
「ああ、ごめんね。少し考え事をしていて。時間はまだ少しあるけど……どうする? もう一戦するかい?」
「んー……やめとくよ。負けグセついても良くないし」
 絵空はデッキを見つめながら答える。
 残り時間の少ない現状では、もはやジタバタしても仕方がない。すでにデッキは何度も見直しているし、急なカードの入れ替えは自滅に繋がりかねないだろう。
(かなり厳しいけど、やるしかない。このデッキで勝つしかないんだ……海馬さんに)
 あるいは準決勝戦こそが、最大の難関となるかも知れない。
 それでも勝利し、辿り着くしかないのだ――“彼”を救うためには。
「…………。あ、そういえばさ、おじさん」
 オレンジジュースをひと啜りしてから、絵空はふと、思い出したように尋ねた。

「――おかあさんと再婚するの、いつ? 来週くらい?」

 浩一は飲みかけのコーヒーを噴き出しかけた。
 何度かむせてから絵空を見ると、彼女は不思議そうに小首を傾げていた。
「だってわたしは賛成してるし、もう問題はないんでしょ? だったら早めがいいんだけど」
「えー……あ、そ、そうかい? いやでも、いろいろ準備が要るからね。ハハハ」
 柄にもなく、浩一はしどろもどろに応える。
 先ほどの迷いを誤魔化すように、愛想笑いを浮かべる。
 そんな彼を見つめて、絵空は――彼女の口をついて、言葉が漏れた。

「――大丈夫だよ……お父さん」
「……? えっ?」

 浩一の表情から、笑顔が消える。
 絵空からあどけなさが消え、別人のように微笑んだ。

「――“私”は幸せだったから。あなたの家族でいられて、本当に幸せでした。だからどうか、これからは……あなたの幸せを考えてください」

 それは夢か、それとも幻なのか。
 目の前の絵空の姿が、娘の――天恵の姿に重なって見えた。
 いや、天恵だけではない。
 妻の――秋葉の姿にも。

「――……? どうかしたの、おじさん?」

 浩一はハッとし、改めて絵空を見つめた。
 彼女は何事もなかったかのように、ジュースのストローをくわえている。
 果たして何が起こったのか、現実を整理することができず、浩一は片手で頭を掻いた。
「あー……いや、何でもないよ。疲れているのかも知れないな」
 大人としての常識が、その一瞬の出来事を許容できなかった。
 一週間前の後遺症で、白昼夢でも見たのだろうか――彼はそう理解する。しかし伝えられたその言葉は、深く深く心に残る。

 そんな彼の様子を見て、少女はクスリと笑みを漏らす。
 一歩間違えば、大事になることもあり得ただろう。
 しかし彼女は言いたかった、言わずにはいられなかった。

 ――家族になろう
 ――もういちど
 ――“私”はもう天恵ではなく
 ――そして、秋葉でもないけれど

 過去は取り戻せなくても、未来を手にすることはできるから。
 “悲劇”では終われない。目指す未来を掴むために、できることがある。

 そのために――絵空は迫る“儀式”に向け、自身の心を昂らせた。





 その頃――海馬ランド入場ゲート前にて。
 少しずつ客が集まりつつある中、“その男”は付近に姿を潜ませ、様子を窺っていた。
(手荷物検査なんてしてやがるのか……結構なこったな。ともあれ、ここは諦めるべきか)
 少し名残惜しげに、彼は踵を返す。
 そして次の瞬間、目の前に現れた青年の姿にぎょっとさせられた。
「――お探しいたしましたよ……シン・ランバート様」
 見知ったその青年の姿に、彼――シン・ランバートは平静を取り繕う。
 青年――カール・ストリンガーに対し、斜に構えてみせた。
「それはこっちのセリフだぜ、いいとばっちりだ。てめぇらがしくりやがったおかげで、まるで指名手配犯だからな」
 この場所での一件、その事件の首謀者の名前は“ガオス・ランバート”である――世間一般に知られたその情報は、否応なく推測させた。大会参加していた“シン・ランバート”、彼もその関係者であることを。
 しかし実際のところは、城之内克也に敗れてすぐに、彼はこの会場を立ち去っている。“ルーラー”がこの場所で行わんとしていたことも、特に知らされてはいなかったのだ。
「……アメリカまでお送りいたします。この国にいては危険でしょうから」
「ああ、そうさせてもらうさ。身に覚えのない罪でしょっぴかれるのはごめんだからな」
 シンがそう応えると、カールの背後から二人、黒いローブを着た男たちが現れた。
 不自然に出現した彼らは、いわゆる“魔術”によって身を隠していたのだろう――シンはそう理解した。それはルーラーの一部の人間が扱える異能であり、シンには扱えないものだった。
「――そうだ……その前に。こいつを渡しておく。お前から返しておいてくれ……あの糞親父によ」
「……!! これは」
 シンのその言葉に、そして差し出された3枚のカードに、カールは目を見張った。


カーカス・カーズ  /闇
★★★★★★★★★
【アンデット族】
攻X000  守X000

ブラッド・ディバウア  /風
★★★★★★★★★
【悪魔族】
攻4000  守4000

セイヴァー・アーク  /水
★★★★★★★★★★
【天使族】
攻????  守????


 その3枚は大会中、彼が駆使していた“魔神”の成れの果てだ。ガオス・ランバートの魔力により複製された“偽りの魔神”。
 城之内克也とのデュエルで敗北した瞬間に、それらの纏っていた“神威”は全て剥ぎ落されている。
「……俺は金輪際、ルーラーには関わらない。特に文句はないはずだぜ。“アイツ”は俺に何の期待もしていなかった。そうだろう?」
「………………」
 カールはそれらを無言で受け取る。そして顔を俯かせ、静かに奥歯を噛み締めた。
「――俺はもうアイツに……“ランバート”には囚われない。俺自身として生きていくよ。“シン・シルヴェスター”として」
 憑き物が落ちたかのように、シンは穏やかにそう告げる。
 5年前、母を亡くして以来止まっていた針がようやく動き出す。
 母のために、父に認めさせたかった。けれどそれは自己満足だ。
 自分の価値は、自身で決めるべきものだろう――“彼”の言った通りに。
(これ以上、親父にこだわっても……何も得るものはねぇ。母さんだってきっと、それを望んではいない)
 シンは軽く振り返り、海馬ランドを一瞥する。
 そして小さく、失笑を漏らした。
(……本当は、あの野郎の負けっぷりまで見届けたかったんだが……仕方ねぇな)
 彼は前を向き、俯いたカールとすれ違う。
 しかし一度足を止め、その背に言葉を投げ掛けた。
「そうだ……ひとつだけ、あの糞親父に伝えてくれ。“母さんはアンタを愛していた”と」
「……! ええ、分かりました」
 カールの返事を聞き、シンはローブの男たちとともにその場を立ち去った。
 その後もカールは立ち尽くし、そして懐から、1枚のカードを取り出す。


闇の集約
(儀式魔法カード)
「暗黒集合体−ダークネス−」の降臨に必要。
フィールドから、レベルが10以上になるように
闇属性・悪魔族モンスターを生け贄に捧げなければならない。


 “闇の破滅神”が消滅し、カールが目を覚ました後、ガオス・ランバートの姿はどこにも見当たらなかった。
 『闇の集約』――ガオスの精霊たる“ダークネス”を喚び出すそのカードは、カールが青眼ドームから立ち去る前に、何とか回収したものだった。
 その後もガオスからの連絡はない。4年前、エジプトの地から彼が帰らなかったときと同じだ――カールの脳裏には今、最悪の可能性が渦を巻いている。
(4年前、シャーディーに殺されたときには……その魂を“千年聖書”に封じ、魔力により肉体を構成し、復活なされた。だが今回は……)
 “千年聖書”を神里絵空に委譲した今、その手段は使えまい。

 “楽園(エデン)”へ転移した者たちはみな、“この世界”に還される際、その肉体を取り戻している。
 しかし彼の肉体は、純粋な魔力のみにより構成された特別なものだった。
 だとすれば、彼の魂が還るべきは“この世界”ではなく“冥界”――

(――いや! そんなはずはない! あの方は必ず戻ってこられる! この世界を導くために!!)
 認めない、認められるわけがない。
 捨て子だったカール・ストリンガーにとって彼は――ガオス・ランバートは、世界の中心とも呼ぶべき人物だった。
 上司であり、育ての親であり、そして唯一の家族。
 だから否定する。ガオス・ランバートの存在しない世界など、彼には何らの価値すらないから。
(シン・ランバートはゴミクズだ……あんな奴はもう要らない! 僕が――あの御方の“息子”たる僕こそが、ルーラーを統べるに相応しい!!)
 カール・ストリンガーは知らなかった。
 その手に掴んだカード『闇の集約』――それが内包する穢れた気配に。それは彼の精神を蝕み、魂を昇華させつつある。

 穢れた気配――それはゾーク・デリュジファガスの残滓、“破滅の闇”。
 完全消滅したかに思われたそれは、精霊“ダークネス”を核とし、再び機会を伺っている。“破滅”を叶える機会を。

「――お待ちください、ガオス様。邪魔者は全て排除し……貴方をお迎えいたしましょう。この“カール・ランバート”が」
 シンから渡された3枚のカード、その存在が消え失せる。精霊“ダークネス”に取り込まれ、邪悪の気配はさらに強まる。
 カールは口元を三日月に歪め――その場を立ち去り、闇に消えた。





 ――そして遂に、そのときはやってくる。
 第三回バトル・シティ大会、準決勝戦。
 本戦一回戦・二回戦が行われた海馬ランド内ブルーアイズドームは例の一件により補修工事を要したため、残りの三試合は同ランド内の別会場で執り行われる。
 中規模のデュエル大会にも利用されるデュエル場で、ブルーアイズドームと比べると数段劣る。収容人数は千人超といったところで、しかし空席も散見された。特に、一回戦・二回戦で多く見られた家族客は全く見当たらない。
 予定されていたテレビ中継も中止とされており、当初予定から比較すると、何とも寂しい幕引きとなりそうだった。

『それではこれより――準決勝第一試合を開始いたします!! 武藤遊戯VS城之内克也!!』

 そんな中で、審判・磯野は場を盛り上げんと、精いっぱいの声量で叫ぶ。
 デュエルリング上ではすでに、武藤遊戯と城之内克也、両デュエリストが対峙していた。

 そしてその舞台の下では、彼らの仲間や関係者が、そのデュエルを見守る。
 真崎杏子、本田ヒロト、獏良了、神里絵空、月村浩一、海馬瀬人、海馬モクバ――そして、もう一人。
 本戦一回戦終了後、この町を去ったはずの孔雀舞の姿もあった。
(見せてみな、城之内……アンタの覚悟を!)
 彼女は強い眼で、睨めつけるように、デュエルリングを見上げている。

『準決勝第一試合――デュエル開始ィィィッ!!!!』

 磯野の宣言を合図に、遊戯と城之内は同時に、5枚のカードを引き抜く。
 それを見つめながら、孔雀舞は――そして本田ヒロトもまた思い出していた。
 四日前のことを。





 ――四日前の、病院からの帰り道。
 打ちのめされた城之内は、弱々しく口にした。「デュエリストをやめる」と。
 その震える背中に、本田は掛けるべき言葉が見つからなかった。どうしたら良いのか、まるで分からなかった。
 そうして立ち尽くした本田の後ろから――彼女は強い語調で、問いを投げ掛けたのだ。

「――今の話……本気なのかい?」

 突然の発声に驚き、本田は振り返り、城之内は顔を上げる。
 彼女――孔雀舞は強い瞳で、城之内を見下ろしていた。




決闘195 誓い

 事件のことを知った孔雀舞は、皆のことを案じ、再び童実野町を訪れていた。
 そして偶然、裏路地に入る本田の姿を見かけ、追ってきた――まさにそのときのことであった。

 舞は本田から、彼らが遊戯の病室で聞いた通りの話を受けた。
 にわかには信じがたい内容だが、信じることはできた。彼女は以前のバトル・シティで、“闇のゲーム”という異質な力、その恐ろしさを直に体験しているのだから。

「……それで? “遊戯がやめるなら自分もやめる”って? アンタにとってデュエルって、そんなもんだったわけ?」
 舞は吐き捨てるように問う。
 当の城之内は答えずに、両膝を折ったまま俯く。
「アンタがデュエルをやめて、遊戯がそれで喜ぶわけ? 互いの傷を舐め合って、馴れ合うために遠慮して……それで“仲間”って、本当に呼べるの?」
 責めるように問い立てる。
 しかし分かっている――城之内克也とは、そういう男なのだ。

 仲間を想い、想うが故に空回る。
 不器用で、繊細で、温かい。
 そんな彼の存在に、自分がどれほど救われてきたか――彼女は痛いほど分かっていた。
 だから、

「――逃げずにちゃんと考えな。アンタが本当にすべきことを。城之内克也は遊戯のために、一体何ができるのか」

 孔雀舞は見過ごせない、見限れない。
 彼女が焦がれ、憧れた“絆”に――壊れてほしくないから。

 彼女はハンカチを取り出し、城之内に差し出した。
 しかし彼は受け取らない。額から垂れる血も、濡れた頬も、拭うことができない。
「……でも、オレは……っ」
 城之内は力なく、両の拳を握った。
 確かにそうかも知れない――それでも、彼には立ち上がることができなかった。

 ――自分の無力が悔しくて
 ――苦しんでいる親友を、何も助けてやれなかった……そんな自分が許せない

「……ねえ、城之内。アタシさ、今回の大会中に、アンタに伝えたいことがあったの」
 ハンカチを彼の前に置くと、彼女は立ち上がり、言葉を紡いだ。
 それは彼女がサラ・イマノに敗れ、それ故に思い留まった言葉だ。

「アンタさ、高校を卒業したらアタシと――海外へ出る気はないかい?」
「!? 海外……っ?」

 唐突なその話に、城之内は顔を上げた。
 彼の瞳を見つめながら、彼女は淡々と続ける。
「……順を追って説明するわ。アンタさ、M&Wにプロ制度が導入されるって話、聞いたことある?」
 城之内は首を横に振る。
 それは二ヶ月ほど前、彼女がドイツの賞金トーナメントに参加した際、関係者からリークされた情報だ。
 彼女はそれを聞き、それを目指す意志を抱いた。そして同時に思った――城之内もまた、それを望むであろうと。
「デュエリストとして……アンタは決して弱くない。アンタがそれを望むなら、プロになることは不可能じゃないと思うわ。でも」
 彼女は一度言葉を切ると、その次の言葉を強調した。
「――断言するわ。今のままのアンタでは、プロとして稼ぎ、生き続けることはできない。アンタのデュエルは正しすぎる……この世界で生きていくには、足りないものが多すぎるわ」
 それは賞金稼ぎとして世界中を巡り、M&Wにより生計を立ててきた、彼女の経験則に基づく見解だ。
 彼とエマルフ・アダンの一戦を見て、その懸念は確信に変わった――彼のデュエルは幼すぎると。

 M&Wを本格的に始めて一年強。
 彼はその間、短期間で急速に成長してきた――エマルフほどではないにせよ、その性質は同類。紛れもない“天才”の類と言えよう。
 少なくとも彼女には、“凡骨”などには全く見えない。

 しかしだからこそ、致命的に足りないものがある――“経験”だ。
 世界には、単純な強さばかりではない、様々な勝ち筋を持つ者たちがいる。
 強ければ勝てるわけではない。
 天性の勝負強さだけでは勝てない、数多のデュエリストたちが。

「――遊戯や海馬とは違う。アンタはまだ完成していない……可能性の原石なのよ。どれほど輝くかは分からない……けれど磨かなければ、石コロにしかならない」
 舞は城之内を見据え、はっきりとした口調で告げた。
「プロデュエリスト制度の導入まで数年……アンタも賞金稼ぎとして、世界中のデュエルを経験するの。数千、数万というデュエルの中で、アンタという原石を磨き上げる! ……もちろんアンタに、その意志があればの話だけれど」
 彼は再び俯き、両手を強く握り締める。
 話すには酷なタイミングだっただろうか――孔雀舞はそう思う。
 しかしそれでも、やめてほしくはなかったから。
 孔雀舞は信じている――城之内克也の可能性を。その意志の行く先を。
「……アタシの話はここまで。アンタの一生に関わる問題よ、即決しろとは言わない。一年後、それまでに……良く考えて、答えを聞かせて頂戴」
 彼が立ち上がることを信じ、孔雀舞は踵を返す。
 本田に軽く手を振り、その場を立ち去らんとする――しかしその背に、城之内は口を開いた。

「―― 一年……待てねぇよ、そんなに」

 目の前のハンカチを掴みとり、城之内は立ち上がる。
 そして振り返る舞の瞳に、決意の眼差しで応えてみせた。





「――オレのターンッ!! 『ロケット戦士』を召喚して……特殊能力発動! “無敵モード”に変形し、『ブラック・マジシャン』を攻撃!!」

 そして現在――海馬ランド内デュエル場にて。
 武藤遊戯VS城之内克也、そのデュエルが開始され、数ターンが経過していた。

「リバースマジック『マジカル・シルクハット』! 場にシルクハットを出現させ、『ブラック・マジシャン』を隠すよ!」

 城之内の攻撃宣言に対し、遊戯はリバースカードを翻した。
 遊戯のフィールドに4つのシルクハットが出揃い、その1つに黒魔術師が隠され、シャッフルされる。
 確率は――4分の1だ。
(『ロケット戦士』の攻撃が当たれば、『ブラック・マジシャン』の攻撃力を1000まで落とせる……! ここで外すわけにはいかねぇ!)
 飛行する『ロケット戦士』が上空に向けて翻る。
 その隙に城之内は見極め、直感を頼りに宣言した。
「右から二番目のシルクハットだ! 『ロケット戦士』っ!!」

 ――ズドォォォッ!!

 宙返りした『ロケット戦士』がシルクハットを強襲し、貫く――しかしその中には、何者もいない。
(外した……! だがそれなら、こっちだって!)
「カードを2枚セットして……ターンエンドだ!!」
 闘志を衰えさせることなく、城之内はターンを遊戯に譲った。


<城之内克也>
LP:2000
場:ロケット戦士,伏せカード2枚
手札:3枚


「……ボクのターン! シルクハットを解除して――『ブラック・マジシャン』で『ロケット戦士』を攻撃!!」
 遊戯は優れない表情で、しかしすぐに指示を出す。
 シルクハットから飛び出した黒魔術師は、その杖先を標的に向ける――それに対し、城之内はすぐにカードを開いた。
「お返しだぜ! リバースマジック『モンスターBOX』! この効果により『ロケット戦士』を隠し、攪乱させる!!」
 フィールドに奇妙な箱が現れ、『ロケット戦士』を覆い隠す。
 それに空いた6つの穴を、『ロケット戦士』の頭が高速で出入りする――さながら“モグラ叩き”のように。
 一見するに動体視力を試されるカードだが、その動きには規則性がなく、完全ランダムに出入りしている。見切る・見切らないという類のものではなく、『マジカル・シルクハット』同様に“直感”が物を言うカードだ。
 1ターンしかもたないものの、その穴の数は6つ――つまり確率は6分の1。先ほどよりも難易度は高い。
 まさしく意趣返しとも思えるカードの発動に、遊戯は顔を歪めた。しかしそれは、苦戦から生じたものではない。
 遊戯の両眼が収縮する。遊戯には見える――視えてしまう。単純な視力の問題ではなく。
 どのタイミングで宣言し、どの穴を狙えば良いのか――今の遊戯には、嫌でも理解できてしまった。
「……っ! 『ブラック・マジシャン』……攻撃! 黒・魔・導(ブラック・マジック)!!」

 ――ズガァァァッッ!!!

 黒魔術師の魔力弾は、箱の中の『ロケット戦士』を違うことなく撃ち砕いた。
 その衝撃は城之内を襲い、そのライフポイントを半減させる。

<城之内克也>
LP:2000→1000

 観客席がどよめく。
 流石は武藤遊戯だ――などと、この事象の意味を知りもせず、無責任に歓声が上がる。
(くそ……失敗か! だが、まだまだここからだぜ!!)
 城之内克也は3枚の手札を一瞥し、自身を奮い立たせる。
 だがしかしそれは、あまりに儚い抵抗だ。なぜなら遊戯には“視えている”から。
(次は……サイコロカードのコンボか。でも)
 遊戯は口を開き、しかし何も発さずに閉じる。
 手を抜くわけにはいかない――それが城之内への、何よりの侮辱となることを知っているから。
「ボクはカードを1枚セットし……ターン、終了だよ」


<武藤遊戯>
LP:4000
場:ブラック・マジシャン,伏せカード3枚
手札:6枚


 形勢はあまりに明白だった。
 まるで二回戦第一試合、キース・ハワード戦の再現――いや、それよりも一方的か。
 デュエル開始からものの数ターン、あまりにもあっさりと優劣は見えた。
 それでも――城之内は俯くことなく、デッキへと指を伸ばす。
「オレのターン、ドロー!! よし……オレは『ランドスターの聖剣士』を攻撃表示で召喚! 特殊能力により“魔力カウンター”を乗せ、攻撃力1000アップだ!!」
 小さな妖精剣士が現れ、その剣を輝かせる。
 “魔力カウンター”により、その攻撃力が上昇する――しかしそれこそが強みではない。城之内の手札に眠る魔法カード、それとのコンボにより真価を現す。


ランドスターの聖剣士  /光
★★★★
【戦士族】
このカードが召喚に成功した時、このカードに魔力カウンターを
1個乗せる(最大1個まで)。このカードに乗っている魔力カウンター
1個につき、このカードの攻撃力は1000ポイントアップする。
また、魔力カウンターを1個取り除く事で、相手フィールド上の
魔法・罠カード1枚を持ち主の手札に戻す。自分のターンのエンド
フェイズ時、このカードに魔力カウンターを1個乗せる。
攻 500  守1200


「まだだぜ、カウンターを取り除くことで、さらなる効果を発動! 遊戯の場の伏せカード1枚を手札に戻す!」
 これで遊戯の伏せカードは2枚、少しは攻めやすい形となった。
 だがこれで『ランドスターの聖剣士』の攻撃力は500ポイントに下がる――しかし、ここからだ。攻撃力を一時的に下げることこそが、城之内の真の狙いなのだから。
「いくぜ、手札から『天使のサイコロ』を発動! サイコロの出目の数だけ、ランドスターの攻撃力を倍加させる!!」
 『ブラック・マジシャン』の攻撃力は2500、それ以上の攻撃力を得るには“5”以上の数を出さねばならない――本来であれば。しかしこの『ランドスターの聖剣士』は例外なのだ。
(『ランドスターの聖剣士』はエンドフェイズ時、攻撃力が1000戻る……つまり“3”以上を出せれば!!)
 これは前大会から使用している、彼の十八番コンボの一つ。『ブラック・マジシャン』と互角以上の攻撃力を得る確率は約67パーセント――これは分の良い賭けなのだ。
 サイコロが宙を舞い、地に転がって結果を示す。
 そしてその出目に、観衆は少なからずどよめいた。
「!? “1”……だと?」
 城之内は動揺する。これにより『ランドスターの聖剣士』の攻撃力は1倍、つまり何の変化も起こらない。
 しかし彼は首を横に振り、心を持ち直した。
 これはギャンブルカードを使う以上、避けては通れぬ道だ――それぞれの確率は6分の1、こういうこともあり得る。
「カードを1枚セットして……ターン終了。この瞬間、ランドスターの攻撃力は1500に戻る」
 城之内は額の汗を拭うと、次の攻撃に備え、身構えた。


<武藤遊戯>
LP:4000
場:ブラック・マジシャン,伏せカード2枚
手札:7枚
<城之内克也>
LP:1000
場:ランドスターの聖剣士(攻1500),伏せカード2枚
手札:1枚


 2体のモンスター間の攻撃力差は1000、これは城之内の残りライフと寸分違わず一致する。
 彼の伏せカードの内容如何では、次のバトルで決着してしまう――観衆の全てがそれを予期し、遊戯の動きに注目する。
「……ボクのターン! ボクは『ハネクリボー』を攻撃表示で召喚し……バトル! 『ブラック・マジシャン』で『ランドスターの聖剣士』を攻撃!!」
 それは絶体絶命の窮地に見えたろう。
 しかし、その宣言を耳にした瞬間――城之内は小さく笑う。“掛かった”と、場の伏せカードを開いた。
「“天使”がダメなら……こいつだぜ! トラップカードオープン『悪魔のサイコロ』!!」
 城之内が開いたのは『天使のサイコロ』と対になるトラップカードだ。サイコロの出目により攻撃力を除算する強力カード。
(“1”以外なら勝てる……! これなら!!)
 成功確率は6分の5、先ほどよりも遥かに分は良い。
 観衆のほぼ全てが、城之内の逆襲を確信した。まさか二回連続で“1”など出るまい、そう思い込んだ。
 しかし宙を舞い、再び地に落ちたサイコロの示した結果に――観衆は騒然とする。大きなどよめきが起こる。
 ――またも“1”。
 つまり『ブラック・マジシャン』の攻撃力は変わらず、そのままバトルは続行される。
 城之内は呆気にとられ、愕然とした――迫る黒魔術師の攻撃に、身体が反応しない。

「――城之内くんっ!!」

 しかし正面からの叫び声に、すぐに正気を取り戻す。
 その声の主、遊戯と眼が合い――弾かれたように右手が動く。
(そうだ……まだだ! 終われねぇよ、こんな形で!!)
 城之内のフィールドにはまだ、1枚の伏せカードが残されている。しかしその発動条件はまだ満たせない、役に立たない罠カード。
 ならば打つ手は無いのか――いや違う。彼にはまだ1枚、手札のカードが残されていた。
「――手札から『勇敢な魂(ブレイブ・ソウル)』の効果発動!! ランドスターの攻撃力を500ポイントアップッ!!」


勇敢な魂
★★
【炎族】
フィールド上のこのカードは、エンドフェイズ時に破壊される。
自分の場のモンスターが戦闘を行うとき、手札からこのカードを
そのモンスターに装備することができる。このカードが装備カードと
なったとき、次の効果を選択して適用する。
●1ターンの間、装備モンスターの攻撃力を500ポイントアップ。
●1ターンの間、装備した通常モンスターの攻撃力を1000ポイントアップ。
攻 500  守 500


 咄嗟に発動したモンスター効果により、『ランドスターの聖剣士』の攻撃力は2000ポイントまで上昇――しかしそこまでだ。ただの延命策に過ぎない。

 ――ズガァァァッッ!!!

 黒魔術師の攻撃はまたも成功し、城之内のライフはさらに削られる。
 加えて――発生した爆煙の中から、羽根の生えた毛玉が飛び出してきた。
「……『ハネクリボー』で、追撃――」

 ――ドカァァッ!

<城之内克也>
LP:1000→500→200


 二連続の衝撃を受け、城之内は堪らず片膝を折った。
 しかしその眼に闘志は消えない。自身の弱さを恥じながらも、すぐに立ち上がる。

 その精神は称賛に値すると言えよう。いかにギャンブルカードの宿命とは言え、これほどのハズレ続き。同情せぬ者などほぼおるまい。
 『マジカル・シルクハット』、『モンスターBOX』、『天使のサイコロ』、『悪魔のサイコロ』――これら全てのギャンブルに敗れる確率は、ゆうに1パーセントを下回る。
 決してあり得ないことではないが、しかしあり得ないと言っても良かろう。
 これほどの大舞台で遭遇するには、あまりにもひどい不運だ。
 “普通”に考えたならば。

(違う……“不運”なんかじゃない。これは)
 絵空はデュエルリングを見上げながら、顔をしかめる。
 この場で、この事象の真の意味を知っているのは、彼女と遊戯本人だけだ。
 “不運”などではない――これは“当然”のことなのだ。

 ――この先、彼を相手に何千、何万、何億のサイコロを振り続けたところで、“1”以外の目が出ることは決して無いだろう。
 武藤遊戯とは今や――“そういう存在”なのだから。

「ボクはカードを1枚セットして――ターン終了だよ」
 遊戯にはもう視えている、このデュエルの結末が。
 次こそが城之内に残された“ラストターン”であることを。


<武藤遊戯>
LP:4000
場:ブラック・マジシャン,ハネクリボー,伏せカード3枚
手札:6枚
<城之内克也>
LP:200
場:伏せカード1枚
手札:0枚


「……ったく……かなわねぇな。マジで強すぎだろ、お前」
 失笑しながら、城之内は呟く。
(いつだってそうさ……お前はオレを救ってくれた。今だって)

 ――色々なことがあった
 ――お前と出逢って、友達になって

 ――ともに笑って
 ――ともに苦しみ
 ――ともに闘い

 ――支えられて
 ――救われて
 ――同じ道を歩んできた

 ――でも
 ――だからさ
 ――これからは……

(オレはお前に勝てねぇ……そんなの分かってる。でもよ、これで最後なんだぜ?)
 手札は1枚もなく、伏せカードには頼れない。
 次のドロー次第では、何もできずに終わる――けれど、そんなことは許されない。
「……オレの、ターンっ……!」
 右手が震えている。それでも勇気を出して、デッキへ指を伸ばす。
「ッ――ドロー……ッ!!」
 大きく、それを引き抜く。
 そしてその瞬間――伝わった、“魂”の鼓動が。
 全身から震えが引き、口から確かな笑みが漏れる。
「……ありがとよ……相棒」
 迷う余地などあるはずもなく、彼はそのカードを、勢いよく発動させた。
「ライフを半分支払い――マジックカード発動! 『真紅の魂』!!」


真紅の魂
(魔法カード)
自分が1000ライフポイント以下の時、
ライフポイントを半分払い発動。自分の
デッキ・手札・墓地から「真紅眼の黒竜」
を1体特殊召喚する。


<城之内克也>
LP:200→100


「この効果によりオレは……デッキから特殊召喚する! 現れよ――『真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)』!!」
 観衆が沸く。
 城之内克也の代名詞の一つ――“レッドアイズ”。
 真紅の両眼を輝かせ、漆黒の竜がフィールドに降り立つ。
 雄々しく強く、咆哮を上げる。
「いくぜ相棒! これがオレの最後の切札――リバースカードオープン! 『真紅の閃き』!!」


真紅の閃き
(罠カード)
自分の場または墓地に存在する、
「真紅眼の黒竜」と他のモンスター1体を
ゲームから除外し、融合させる。


 ――ズドォォォォォォンッ!!!!!!

 トラップの効果を受け、レッドアイズが爆発する。
 巨大な赤炎に包まれ、それを喰らう――膨大なる熱量を全身に取り込む。
 これこそが――レッドアイズの最強進化形、今の城之内に出せる全力の切札。
「燃え上がれ――『灼眼の黒炎竜(バーニングアイズ・ブラックフレアドラゴン)』!!!」


灼眼の黒炎竜  /闇炎
★★★★★★★★
【ドラゴン族】
「真紅眼の黒竜」+「勇敢な魂」
このカードは融合召喚でしか特殊召喚できない。
ダメージステップ中、自分の墓地に存在するモンスターカード1枚につき、
このモンスターの攻撃力・守備力は200ポイントアップする。
このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊し墓地へ送った時、
破壊したモンスターの元々の攻撃力の半分のダメージを相手に与える。
このカードがカードの効果によって破壊されたとき、手札を1枚捨てることで、
融合素材とした「真紅眼の黒竜」1体を墓地または除外ゾーンから特殊召喚できる。
攻3000  守2000


 全ての熱をその身に取り込み、黒き竜は低く唸る。
 全身を仄かに赤く発光させ、煌々と燃える真紅の瞳が、遊戯とそのフィールドを捉える。
「いくぜ……バトルだ! バーニングアイズの攻撃!!」
 狙うは『ブラック・マジシャン』。フィールドには攻撃表示の『ハネクリボー』も存在したが、城之内にそれを狙う考えはなかった。
(この攻撃が成功すれば、ライフを半分以上削れる……! これなら!!)
 それは客観的に見て、あまりに希望的な思考だ。なぜなら遊戯のフィールドには、3枚もの伏せカードがあるのだから。
「届け……バーニングアイズ!! ダーク・ギガ・フレ――」
「――トラップカード、オープン」

 ――ガシーンッ!!!!

 それは遊戯の十八番、『六芒星の呪縛』。
 魔法陣が黒炎竜を捕らえ、攻撃の権利を奪い取る。

灼眼の黒炎竜:攻3000→攻2300

(防がれた……か。手札もリバースも、これで使い切った。これ以上は何もできない)
 城之内は、空の両手を握り締める。
 墓地には3体のモンスターが存在する――つまり、『灼眼の黒炎竜』の実質攻撃力は2900ポイント。『ブラック・マジシャン』単体には突破されない。
 だがきっと、必ず突破してくる。次のターンで勝敗は決する――デュエリストとしての直感が、確信めいた警鐘を鳴らす。
(ここまで……だな)
 けれど絶望はない。
 最後に全力は出し尽くした――だから悔いもない。
 満足げな表情で、遊戯を見据える。
「オレはこれでターンエンド。さあ、お前のターンだぜ遊戯!」


<武藤遊戯>
LP:4000
場:ブラック・マジシャン,ハネクリボー,六芒星の呪縛,伏せカード2枚
手札:6枚
<城之内克也>
LP:100
場:灼眼の黒炎竜(攻2300)
手札:0枚


「……ボクのターン! ボクは『ハネクリボー』を生け贄に捧げて――『ブラック・マジシャン・ガール』を召喚! 攻撃表示!」
 フィールドに黒魔術師の少女が現れ、師匠たる男とアイコンタクトを交わす。
 次の一手で終わりだ――遊戯は顔を上げ、城之内と見合った。
 その刹那、遊戯の思考の中に、様々な記憶が駆け巡った――M&Wの中で培った、強く確かな“絆”を。

 これで最後なのだ――城之内とのデュエルは。
 数えきれない程に繰り返してきた。
 当たり前だったその機会は、けれどこれで最後――そして、二度と訪れることはない。

「どうした……? 来いよ、遊戯!」
 城之内に迷いはない。晴れやかな表情で、そう告げる。
 彼のその様子に、遊戯は救われる思いがした――込み上げてくる熱い想いを、最後の1枚に託し、翻す。
「リバースカードオープン――『マジシャンズ・クロス』!! これにより2体のマジシャンズは、連携攻撃が可能となる!!」


マジシャンズ・クロス
(永続魔法カード)
自軍の場にマジシャンが二体以上
召喚されたとき、攻撃力3000の
連携魔法攻撃が可能となる


 『ブラック・マジシャン』と『ブラック・マジシャン・ガール』、師弟は杖を重ね、クロスさせる。
 遊戯は濡れた瞳を拭うと、声高に宣言を発した。
「バトルだ!! ブラック・マジシャン師弟の連携魔法攻撃!!」
 対する城之内は、それに応える。
 そして彼の意図を汲み、自由を奪われた黒炎竜はそれでも、口内に黒炎を凝縮させた。
「迎え撃て――バーニングアイズ!! 特殊能力で攻撃力を上げ、反撃!!」

灼眼の黒炎竜:攻2300→攻2900

 今は遊戯のバトルフェイズだ。しかしここは、迎撃側の城之内が先手をとる。
 彼のあらん限りの叫びに合わせ、ドラゴンは黒炎を撃ち放った。
「届け――ダーク・ギガ・フレアッ!!!!」

 ――ズドォォォォッ!!!!

 そこから数瞬遅れて、魔術師の師弟も攻撃を放つ。
 重ね合わせた杖の先から、膨大な魔力を放出させた。
「――ブラック・バーニング・マジック!!!」

 ――カッ!!!!

 閃光、そして爆音が響く。
 発生した爆煙がリングを包み、その結末を覆い隠す。
 そして、それが晴れたその果てに――このデュエルの結末が示された。


<武藤遊戯>
LP:4000
場:ブラック・マジシャン,ブラック・マジシャン・ガール,マジシャンズ・クロス,
  伏せカード1枚
手札:6枚
<城之内克也>
LP:
場:
手札:0枚


 遊戯も、2体の黒魔術師も無傷――対して、黒炎竜は消失していた。その衝撃を受けた結果だろう、城之内は仰向けに倒れている。
 その状況を視認した上で、審判・磯野は声高に宣言した。

『準決勝第一試合! 勝者――武藤遊戯!!」

 客席から歓声が上がる。一方的ではあったものの、最後の激突は十分に見応えあるものだった。
 一方、歓声に包まれる会場内で、城之内は倒れたまま動かない。遊戯はそれに気が付き、すぐに歩み寄った。

「――これが最後だ。誓うよ……オレはもう、誰にも負けねぇ。誰よりも強いデュエリストになる」
 城之内が唐突に発したその言葉に、遊戯は目を瞬かせる。
 彼が何を言いたいのか、その真意がまだ分からない。
「世界一強くなってさ……そんでよ、言ってやるんだ。“最強はオレじゃねぇ”って」

 ――最強は“武藤遊戯”だ
 ――オレにこの道を教え、導いてくれた
 ――オレの最高の親友……“武藤遊戯”なんだって

「――だからごめんな、遊戯……オレはもう、お前と同じ道は歩けない」

 ――お前がデュエリストをやめても
 ――オレにデュエルは捨てられない
 ――この道で生きていきたい
 ――お前とともに歩んだこの道が……本当に、本当に好きで堪らないから

 城之内は仰向けに倒れたまま、天を仰ぎ続ける。
 そんな彼に遊戯は、静かに右手を差し出した。
「――ありがとう……城之内くん」
 それは、穏やかな笑顔で。
 涙を流す親友に、遊戯は――やさしく、感謝の言葉を伝えた。




決闘196 折れた心

 ――“力”とは何か
 ――それは己が生きてゆくため、唯一信ずるべきものだ

 ――弱者に吠える資格は無く
 ――勝者にこそ道は拓かれる

 ――仮に敗北しようとも、次こそは勝つ
 ――勝たねばならない
 ――敗北とは即ち、“死”を意味すべきものなのだから

 ――諦めることは“死”と同義だ
 ――闘ってきた
 ――勝ち続けてきた
 ――“あの男”に敗北した記憶も、遊戯に勝利することで塗り替えんとした

 ――だが無駄だ
 ――見えてしまった
 ――オレにはオレの“限界”が……はっきりと分かった

 ――オレではヤツに勝てない
 ――それは抗い得ぬこと
 ――厳然たる真実

 ――海馬瀬人は武藤遊戯に勝てない……その真理がはっきりと、見えてしまったのだから





「――高校を辞めて海外に出る!!? なに言ってるのよ城之内!??」
 ステージから降りてきた城之内にその話を聞き、杏子は素っ頓狂な声を上げた。
 その話に驚いたのはもちろん、彼女だけではない。獏良と絵空、そして近くにいた月村やモクバまでもが、目を丸くしていた。
「アタシも止めたんだけどね。せめて高校くらいは出とけってさ。今だけなんだし」
 舞が溜め息混じりにボヤく。同じく高校中退し、家出同然で海外へ出た身としては、尚更そう思えた。
「そーよ! たしかにアンタ馬鹿だけど、あと1年なのよ!? 大きな問題起こさなきゃ、何とか卒業させてもらえるわよ! 馬鹿だけど!!」
「……お前、オレを何だと思ってんだ……?」
 杏子からの散々な言われっぷりに、城之内は顔を引き攣らせる。
 しかし彼女もふざけているわけではない。1年後、同じく海外へ出る心づもりだった彼女にしてみれば、意識してきた“別れ”の唐突さに、戸惑いを感じざるを得ない。あと1年間は一緒にいられる――そういう考えでいたのだから。
 城之内はそれを察し、気を持ち直して応えた。
「わりーなみんな……けどよ、もう決めたことなんだ。海外に出て、色んなヤツとデュエルして……そして成長してくる。“この道”で生きていくために」
 彼のその言い回しに、月村はその真意を悟った。数年後に導入予定のプロデュエリスト制度、それを見越してのものであると。
「しゃーねえよ杏子、このバカの頑固さは知ってるだろ? 応援してやろうぜ……コイツの新たな門出をよ」
 事前に知っていた本田は、軽い口調でそう言った。
 無論、彼にもまた思うところはある――けれどそれは呑み込んだ。親友の意志を汲み、その足を止めてしまわぬために。

 そして遊戯もまた、そんな城之内の背中に、思うところがあった。
 三日前の出来事を思い返し、そして月村を一瞥する。
 しかし会場内に響いたアナウンスに、彼の意識ははぐらかされた。

『――それでは、準決勝第二試合を開始いたします! 海馬瀬人VS神里絵空! 両選手はステージへお上がりください!!』

 彼らの空気は未だぎこちない。それを紛らわす意図も込めて、絵空は皆に呼びかけた。
「よしっ……それじゃ行ってくるね! 決勝で会おう、遊戯くん!」
 皆に送り出され、絵空はステージへ向かう。その途中、彼女は城之内のことを慮っていた。高校を辞めてまでして海外へ出るという、彼の言葉を。
(遊戯くんがデュエリストを続けられないことと関係してるのかな……やっぱり。だとしたら)
 彼が本当に海外へ出るかどうかは、まだ確定していないかも知れない――そう思う。
 全ては自分の働き次第。まずはこの試合に勝利し、遊戯とのデュエルに辿りつくことができるか――そこに掛かっている。



「――あの……兄サマ。この間の話……」
 一方で、ステージへ向かわんとする兄の背に、モクバは言葉を紡いだ。
 海馬瀬人は足を止める。しかしどう続けるべきか、モクバには分からない。
「……安心しろモクバ。このオレに敗北は無い――“このデュエル”はな」
 静かにそう告げると、その背はモクバから離れていった。

 ――“このデュエル”は……なら決勝戦は?
 ――その決勝戦が終わったとき、兄サマは……

 言いようのない不安に苛まれ、モクバはぎゅっと両手を握る。
 本当にこれで良いのか、自分に何かできることはないのか――見つからない答えを求め、無力感を噛み締める。



 両デュエリストがステージに出揃い、互いのデッキシャッフルを済ませ、距離をとった。
 絵空は深呼吸をし、海馬を見据える。
 目指す“未来”を手にするために、勝利すべき相手を。

『では――デュエル開始ィィィッ!!!!』

 磯野の宣言を合図に、2人はカードを抜き放った。
 まずは海馬のターン。彼は手札5枚を一瞥すると、改めてデッキに指を伸ばす。
「――オレの先攻! オレはカードを2枚セットし、『闇・道化師のペーテン』を守備表示! ターンエンドだ」
 海馬は淡々と陣を敷き、早々に手番を譲る。
 絵空はその様子を観察しながら、デッキに指を伸ばした。
(相手は明らかに格上……長期戦はたぶん不利! それなら)
 まずは奇襲、開幕の隙を突いた速攻――それが彼女の作戦だった。
 低レベルモンスターの壁に伏せカードが2枚。開始ターンとしてありがちなその布陣は、攻め込みやすい好形にも思える。
「わたしのターン――ドローっ!!」
 絵空は気合いっぱいに、デッキからカードを引き抜いた。

 ドローカード:カオス・ソーサラー

「……! わたしはまず、自分フィールドにモンスターが存在しないとき、このモンスターを特殊召喚できる! 来て、『フォトン・スラッシャー』!」
 光の剣士が現れ、携えた剣を振るう。
 デメリットとなる効果を持つものの、高い攻撃力、そして何より特殊召喚が可能なモンスターだ。


フォトン・スラッシャー  /光
★★★★
【戦士族】
このカードは通常召喚できない。
自分フィールド上にモンスターが存在しない場合に特殊召喚できる。
自分フィールド上にこのカード以外のモンスターが存在する場合、
このカードは攻撃できない。
攻2100  守 0


「さらに! このモンスターを生け贄に捧げて……『雷帝ザボルグ』を召喚! そして特殊能力を発動するよ!!」
 続いて現れたモンスターが、両拳に電撃を纏わせる。
 それを地面に叩きつけると、電撃が地を走り、“ペーテン”を襲う。


雷帝ザボルグ  /光
★★★★★
【雷族】
このカードの生け贄召喚に成功した時、
フィールド上のモンスター1体を破壊する。
攻2400  守1000


「生け贄召喚成功時、場のモンスター1体を破壊できる! この効果で海馬さんの壁モンスターを破壊! “雷光一閃”!!」

 ――バヂヂヂヂヂッ!!

 “ペーテン”は容易く焼き尽くされる。
 これで海馬のフィールドはガラ空き――絵空はそう思ったが、彼の瞳は揺るがない。
「この瞬間、『闇・道化師のペーテン』の特殊能力を発動! 墓地から除外することでデッキから、新たな“ペーテン”を特殊召喚する!」
 彼のフィールドには当然のごとく、このターン開始時と同じ布陣が築かれてしまった。


闇・道化師のペーテン  /闇
★★★
【魔法使い族】
このカードが墓地へ送られた時、
このカードを墓地から除外する事で手札またはデッキから
「闇・道化師のペーテン」1体を特殊召喚する。
攻 500  守1200


(……!! そう簡単に攻め込ませてはもらえない、か)
 手札に一度視線を落とし、絵空は考える。
 この“ペーテン”を倒したところで、3体目の“ペーテン”が現れ、壁となることだろう。このターンでダメージを与えることは不可能だ――そう理解する。
「それなら……バトル! ザボルグでペーテンを攻撃!!」

 ――バヂィィィッ!!!

 “ザボルグ”の掌から発された電撃が、今度は地表を介さず、直接“ペーテン”を狙い撃つ。
 その瞬間に開かれた海馬のカードに、絵空は大きく目を見開いた。


死のデッキ破壊
(ウイルスカード)
闇属性で攻撃力1000以下の生贄を媒体に
ウイルスカードは発動する。
相手の手札及びデッキ内の攻撃力1500以上の
しもべは全て死滅する。


 彼女は咄嗟に攻撃を止めようとした。しかし遅い、あまりにも。
 電撃が“ペーテン”を焼き尽くし、同時に“ウイルス”が蔓延する。
 まずはフィールドの“ザボルグ”を、そして――彼女の手札とデッキをも、余すことなく蝕み尽くした。


<神里絵空>
LP:4000
場:
手札:3枚
<海馬瀬人>
LP:4000
場:闇・道化師のペーテン,伏せカード1枚
手札:3枚


 少女は呆然と立ち尽くす。目の前の現実が受け容れられない。
 フィールドの『雷帝ザボルグ』が、手札の『カオス・ソーサラー』が、そしてデッキの『カオス・ソルジャー −開闢の使者−』までもが墓地へと送られる――あまりにもひどい痛手だ。開始早々の出来事とは到底思えなかった。

「……油断はしない、全力を尽くす。ヤツとの決勝に辿りつくまで――“万に一つ”も許しはしない」

 ――その勝利の先に、抗えぬ敗北が待とうとも
 ――それでも

 海馬瀬人は熱の無い、けれど鋭い視線で、絵空を静かに睨み据えた。




決闘197 抗えぬもの

 準決勝第二試合――このデュエルの開始に際し、神里絵空の勝利を期待する者は、実は多からずも存在していた。
 一回戦、ヴァルドーとのデュエルを観戦した者は、その常識外れの攻防を目の当たりにしている。故に彼女ならば、海馬瀬人・武藤遊戯の双璧を崩す新星となり得るのではないか――そう思っていたのだ。
 しかし今現在、なおもそう考えている観戦者は存在しない。それほどに彼の発動した“ウイルスコンボ”は強力なものとして知られている。
 下馬評はもう覆らない。やはり決勝戦は、武藤遊戯VS海馬瀬人だ――ほぼ全ての観戦者が、そう理解してしまった。


<神里絵空>
LP:4000
場:
手札:3枚
<海馬瀬人>
LP:4000
場:闇・道化師のペーテン,伏せカード1枚
手札:3枚


 果たしてどれほどの時間、彼女は自己を見失っていたことだろうか。
 ふと我に返り、両頬を叩く。
 今のは確かに自分のミスだ――しかしまだ挽回できる、そう自身に言い聞かせる。
(ウイルスで墓地に送られたカードは6枚……わたしのデッキには攻撃力1500以上のモンスターが少ないから、損害は少ない方のハズ)
 それでもやはり、高攻撃力モンスターが殲滅されたことはあまりにも痛い。ただ1枚のカードを除いて、上級モンスターは全て墓地へ送られてしまった。
(……!? 上級モンスターが……一気に墓地に……?)
 不意に、彼女の思考に希望が灯る。この状況を逆手にとれる、逆襲の手を思いつく。
 手段はある――ただ一つだけ。そのカードをドローできれば、逆境を覆せる。

 彼女は顔を上げると、フィールドを改めて見渡した。
 海馬のフィールドには3体目の“ペーテン”が存在し、さらに伏せカードが1枚。対して、自分のフィールドには何も残されていない。
「……わたしは手札から……『遺言状』を発動! この効果によりデッキから、攻撃力1500以下のモンスターを特殊召喚できる!」
 絵空は決闘盤からデッキを外し、その中から、次なる一手を模索し始めた。


遺言状
(魔法カード)
このターンに自分フィールド上の
モンスターが自分の墓地へ送られた時、
デッキから攻撃力1500以下の
モンスター1体を特殊召喚する事ができる。


(そうだ……どんなに強いカードにも、弱点はある! 相手の強さを利用して、自分の力に変える――“月村天恵”が得意なのは、そういうデュエルだった)
 月村浩一という最強クラスのデュエリストと競うために、彼女はその戦術を見出した。そして今、2人で組み上げたこのデッキには、それを実現できるギミックが幾つも存在している。
 だから――勝機はまだある、消えてはいない。絵空は1枚のカードを選び出し、フィールドに迷わず喚び出した。
「わたしはデッキから……『シャインエンジェル』を守備表示で特殊召喚! さらにカードを1枚セットし、ターン終了だよ!」
 神里絵空は強い瞳で、自身の心を奮い立たせた。


シャインエンジェル  /光
★★★★
【天使族】
このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、
デッキから攻撃力1500以下の光属性モンスター1体を
攻撃表示で特殊召喚できる。
攻1400  守 800


<神里絵空>
LP:4000
場:シャインエンジェル,伏せカード1枚
手札:1枚
<海馬瀬人>
LP:4000
場:闇・道化師のペーテン,伏せカード1枚
手札:3枚


(強い眼だ……まだ諦めてはいないか。だが)
「……オレのターン! オレはまず、手札からこのモンスターを特殊召喚する――来い、『フォーチュン・ドラゴン』!」
 海馬のフィールドに愛らしい仔竜が現れ、いじらしくも攻撃体勢をとった。


フォーチュン・ドラゴン  /光

【ドラゴン族】
このカードは手札から攻撃表示で特殊召喚できる。
このカードを生け贄にしてドラゴン族モンスターを生け贄召喚した場合、
そのターンのエンドフェイズ時に自分のデッキからカードを1枚ドローする。
「フォーチュン・ドラゴン」は自分フィールド上に1体しか存在できない。
攻0  守0


 海馬のフィールドに、2体の下級モンスターが並ぶ。そして彼はなおも、このターンの通常召喚権を有したままだ。
「そして2体のモンスターを生け贄に捧げ、現れよ――」
 自身の代名詞とも呼ぶべきカードを、手札から勢いよく繰り出した。
「――『青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイトドラゴン)』!!」
 咆哮が上がる。
 降臨せし白き龍は、その眼を青く輝かせ、絵空のフィールドを強く見下ろした。


青眼の白龍  /光
★★★★★★★★
【ドラゴン族】
攻3000  守2500


「!! ブルーアイズ……これが」
 絵空はその巨体を見上げ、圧倒される。
 無論、その存在は見知っている――しかしこれほど間近で見るのは、ましてや直に対峙するのは、間違いなく初めての体験だった。
「蹴散らせ……ブルーアイズ! 壁モンスターを粉砕せよ! “滅びのバースト・ストリーム”!!」

 ――ズガァァァァッッ!!!!

 強大なる砲撃が放たれ、彼女の壁モンスターは容赦なく粉砕される。
 その大いなるプレッシャーに、彼女は否応なく気圧される――しかし同時に、笑みが零れた。この展開は彼女にとって、まさしく狙い通りの動きだからだ。
「この瞬間、『シャインエンジェル』の効果発動! デッキから攻撃力1500以下の光属性モンスターを特殊召喚できる! わたしは――このモンスターを、特殊召喚するよ!!」
 彼女は少しも迷うことなく、デッキからそのモンスターを喚び出した。
 次の瞬間、会場がざわめく。
 フィールドに現れた光景に、二度とは無かろうと思われた対峙に、観客は大いに動揺する。
「……小細工だな。その程度の“模造品”で、“本物”に対抗するつもりか?」
 しかし海馬は大して動じず、不愉快げに眉を吊り上げた。


ものマネ幻術士  /光

【魔法使い族】
このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、
相手モンスター1体の元々の攻撃力・守備力・
種族・属性となる。
攻 0  守 0


ものマネ幻術士
攻0→攻3000
守0→守2500
★→★★★★★★★★
魔法使い族→ドラゴン族


「……『ものマネ幻術士』は幻術によって、相手モンスター1体の姿を写し取り、同じステータスを得ることができる。たとえその相手が、ブルーアイズであろうとも」
「フン、これがオレのウイルスコンボに対する貴様の答えか? ならば――カードを1枚セットし、エンドフェイズ。『フォーチュン・ドラゴン』の効果により1枚ドローして、ターンエンドだ」
 自信に満ちた様子のままに、海馬は絵空にターンを移す。その涼しげな様子に、絵空は対照的に顔をしかめた。


<神里絵空>
LP:4000
場:ものマネ幻術士(攻3000),伏せカード1枚
手札:1枚
<海馬瀬人>
LP:4000
場:青眼の白龍,伏せカード2枚
手札:2枚


(たしかに……『ものマネ幻術士』単体だと、良くて相撃ちどまり。でもわたしの手札には、それに対応できる魔法カードがある)
 絵空は慎重に、手札のカードとフィールドを見比べる。
 問題はその策が通用するかどうかだ――海馬の場には伏せカードが2枚。それにより妨害され『ものマネ幻術士』を失えば、そのまま敗北も十分にあり得る。
 フィールドでは2体のブルーアイズが睨み合い、一見するに五分の様相だ。しかしその実、プレイヤー間の精神には明確な格差が存在していた。
「……っ。わたしのターン、ドロー!!」
 少しでも良いカードを求め、絵空は強くカードを引き抜く。
 そしてそれを視認した瞬間、彼女の瞳には自信が取り戻された。
(来た……起死回生のカード! これなら!!)
 ドローしたトラップをを手札に加え、まずは――と、フィールドのドラゴンに指示を出した。
「わたしはこのままバトルへ――『ものマネ幻術士』で、ブルーアイズを攻撃!!」
 対して、海馬はリバースを開く。
 しかし発動されたそのカードは、絵空の危惧とは大きく異なるものであった。


ドラゴンの聖域
(フィールド魔法カード)
このカードがフィールド上に存在する限り、全てのドラゴン族モンスターの
攻撃力・守備力は500ポイントアップする。
また、ドラゴン族モンスターがフィールド上から墓地に送られた時、
その持ち主はそのモンスターのレベル以下のドラゴン族モンスター1体を
手札から特殊召喚する事ができる。


「この効果により、フィールドの全てのドラゴンは攻撃力・守備力が500ポイントアップする! よってブルーアイズの攻撃力は3500ポイント!」
 絵空はポカンと口を開いた。しかし彼女なりに理解し、勝ち誇る。これは“プレイングミス”であると。
「残念だけど、それじゃあ無理だよ! 『ものマネ幻術士』は攻撃力・守備力だけでなく、その種族や属性もコピーする! 種族強化のフィールド効果じゃ、上回ることはできない!」
 両者のドラゴンの攻撃力は3500に上がり、いまだ横並びのままだ。
 いける――そう判断した絵空は、続けて魔法カードを発動した。
「さらに! バトル成立前に――手札から魔法カード『禁じられた聖槍』を発動! この効果によりブルーアイズは攻撃力800ダウン! そして魔法・罠カードの効果を受けなくなる!!」


禁じられた聖槍
(魔法カード)
フィールド上に存在するモンスター1体を選択して発動する。
エンドフェイズ時まで選択したモンスターの攻撃力は800ポイント
ダウンし、このカード以外の魔法・罠カードの効果を受けない。


(これでブルーアイズの攻撃力は2700……ううん、『ドラゴンの聖域』の効果も受けなくなるから2200まで落ちる! つまり発生するダメージは、1300ポイント!!)
 これで先手をとれる。ウイルスコンボで掴まれた主導権を、先制ダメージで奪い返せる――彼女はそう確信した。
 だが、
「!? へ……っ?」
 次の瞬間、絵空は唖然とする。
 つい先ほどまでは存在しなかったはずの――不気味な“石像”の出現に。


ダーク・シャブティ  /闇
★★★
【岩石族】
このカードは通常召喚できない。
自軍のモンスター一体が相手のカードの効果の対象となったとき
特殊召喚し、その効果対象をこのカードに変更することができる。
エンドフェイズ時、このカードは破壊される。
攻 100  守 100


「……手札から『ダーク・シャブティ』の効果を発動した。このモンスターを守備表示で特殊召喚し、貴様のマジックカードの対象を移し替える」
 これによりブルーアイズの攻撃力は下がらない。『ものマネ幻術士』と拮抗したままだ。
 絵空の攻撃宣言がキャンセルされることはない。同じ姿をしたドラゴンが、ともにブレスを放ち合う。その激突は激しい閃光を伴い、会場内にただならぬ轟音をもたらした。

 ――ズゴォォォォォォンッッ!!!!!!

「――ッ! う……っ」
 絵空はたまらず視界を覆い、後ずさる。
 衝撃がやみ、彼女はその眼を開く。するとフィールドにはもはや、白き巨龍の姿はどこにも見当たらなかった。
(相撃ち……! でも、それなら!)
 彼女の瞳は曇らない。攻撃力3000の『ものマネ幻術士』を維持できなかったことは確かに痛い。しかしこれならばフィールドは五分、そう思ったから――海馬瀬人が、次なる一手を繰り出すまでは。
「――この瞬間、『ドラゴンの聖域』第2の効果を発動。場のドラゴンが墓地に送られたとき、そのレベル以下のドラゴンを手札から特殊召喚できる!!」
 彼は手札に残された最後の1枚、それを迷うことなく振りかざす。
 まさか――その瞬間、絵空のみならず、多くの者が予感した。彼女にしてみればまさしく、悪夢のようなその光景を。
「再び降臨せよ――至高の龍! 『青眼の白龍』!!」
 現れたのは2体目のブルーアイズ。
 『ドラゴンの聖域』発動の真意はここにこそあったのだ――絵空はそれを知り、苦虫を噛み潰す。
(でも……それでもまだ、このカードがあれば!)
 残された最後の手札、それを頼もしげに見つめ、指を掛ける。
「わたしはカードを1枚セットし――ターンエンドっ!」
 ほとんどの観衆には、この状況が絵空にとって、相当な窮地に見えたことだろう。
 フィールドには壁モンスターもなく、対するは最強のドラゴン。
 しかし彼女は決して怖じず、その眼には力が宿っていた。


<神里絵空>
LP:4000
場:伏せカード2枚
手札:0枚
<海馬瀬人>
LP:4000
場:青眼の白龍(攻3500),ドラゴンの聖域,伏せカード1枚
手札:0枚


「……オレのターン! オレはカードを1枚セットし、そして――」
 海馬は相手フィールドを睨む。
 そこには正体不明のリバースカードが2枚。彼女の自信の源は、間違いなくその中に隠されているはずだ――しかし構うことなく、彼は高らかに宣言した。
「ブルーアイズ・ホワイトドラゴン――プレイヤーにダイレクトアタック!!」
 白き龍がその口内に、強力なるブレスを凝縮する。
 その次の瞬間、少女は確かな笑みを浮かべた。
「いくよ! これがわたしの切札――リバースカードオープン『カオティック・フュージョン』っ!!」


カオティック・フュージョン
(罠カード)
自分のフィールド上または墓地から、決められた融合素材モンスターを
ゲームから除外し、「カオス・パワード」の効果でのみ特殊召喚できる
融合モンスター1体を「カオス・パワード」による融合召喚扱いとして特殊召喚する。
この効果で融合召喚された融合モンスターはこのターン、攻撃できず、破壊されない。


「このカードの効果により、墓地のモンスター同士で“混沌融合召喚”を行うことができる! わたしは墓地の『カオス・ソーサラー』と――」
「――カウンタートラップオープン『王者の看破』」
「――!!? は……っ?」
 それは、一瞬の切り返しだった。
 絵空は思考が追いつかず、その身をかたく強張らせる。
 彼女の渾身の切り札を、あまりも容易く、当然の如く――彼のカードは踏み砕いた。


王者の看破
(カウンター罠カード)
自分フィールド上にレベル7以上の通常モンスターが
存在する場合に発動できる。
魔法・罠カードの発動、モンスターの召喚・反転召喚・特殊召喚の
どれか1つを無効にし破壊する。


 ブルーアイズが咆哮を上げ、彼女の切り札『カオティック・フュージョン』は砕け散る。これでフィールドはガラ空き、次の直接攻撃を防ぐ手段はない。
「……裏をかいたつもりか? ウイルスコンボの弱点は、相手の墓地に強力モンスターを揃えてしまうこと――そんなことは百も承知だ」
 海馬瀬人は揺るがない。
 彼もまた闘いの中で多くを経験し、吸収してきたのだ。その全てが彼を向上させ、“完成”へと至らしめた。
「攻撃を続行――“滅びの爆裂疾風弾(バースト・ストリーム)”!!」

 ――ズゴォォォォォォッッ!!!!

「――!! きゃああああっ!!!」
 強烈なる白光を浴び、絵空はたまらず尻餅をついた。

 強い――これが海馬瀬人だ。
 月村浩一よりも、そしてガオス・ランバートよりも上をゆく。
 “人間”の到達し得る最高点、完成されしデュエリスト。

<神里絵空>
LP:4000→1000

 切札を失ったショックから、少女は俯き、立ち上がれない。
 そんな彼女を見据え、見下ろしながら――海馬瀬人は冷ややかに、ターンの終了を宣告した。


<神里絵空>
LP:1000
場:伏せカード1枚
手札:0枚
<海馬瀬人>
LP:4000
場:青眼の白龍(攻3500),ドラゴンの聖域,伏せカード1枚
手札:0枚




決闘198 挑むもの

 それは一週間前――“ルーラー”の襲撃に端を発した事件、その中の一幕。
 海馬瀬人はバクラ――ゾーク・ネクロファデスを倒し、闇アテムとのデュエルに臨んだ。
 そしてそれから、遊戯がその場に辿り着くまでの僅かな時間に、果たして何が起きていたのか。


<海馬瀬人>
LP:100
場:
手札:0枚
<闇アテム>
LP:4000
場:ブラック・ダーク・マジシャン,闇魔術の呪文書,伏せカード3枚
手札:6枚


「――バカな……ッ」
 この認めがたい戦況に、海馬の全身は打ち震えていた。
 あまりにも一方的、勝負にすらなっていない。
 彼は両膝を折り、立ち上がることすら出来ずにいた。そんな彼に視線を向けながら、闇アテムは静かに言葉を紡ぐ。
「……気に病むことはない。今のオレは“オレ”じゃない――人間を超えた“神”なのだから」
 海馬瀬人は衝撃を受けた。
 彼のその言葉は慰みだ。自分は今、哀れみを掛けられている――よりにもよって“あの男”と同じ顔をした者に。
 その憤りは彼を煽り、歯を食い縛って立ち上がる。
 そして顔を上げ、視線を合わせ――海馬は尚も愕然とした。

 ――それは、蔑みですらない。
 落胆と失意。
 闇アテムの眼に映っていたそれは、決して対等なる者に向けられるべきものではなかったのだ。

「……ッ! オ、オレの……っ」
 それは至極屈辱的で、何より惨めな現実。
 だから振り払わねばならない。
 “力”を。この現実を否定する、何より強く尊い力を――海馬は求め、カードを引き抜く。それまで幾度となく、そうしてきたように。
「オレのターン――ドローッッ!!」
 そして指し示された未来は、あまりにも残酷な答えだった。

 ドローカード:青眼の白龍

 そこから先のことはもう、良く覚えてはいない。
 ただ自分は敗けたのだ、完膚なきまでに。それだけは分かった。

 “あの男”に敗れたときとも、ペガサスに敗れたときとも違う。
 彼はその一戦で、あまりにも正しく理解してしまった――海馬瀬人の“限界”を。
 彼は数多のデュエルの中で成長し、強くなり、故にこそ否定ができなかった。

 湧いたものは、敗北感ではなく諦観。
 弱者は強者には勝てない――それはあまりにも確かな摂理。
 決して覆ることのない、抗い得ない真理なのだ。





<神里絵空>
LP:1000
場:伏せカード1枚
手札:0枚
<海馬瀬人>
LP:4000
場:青眼の白龍(攻3500),ドラゴンの聖域,伏せカード1枚
手札:0枚


(――実力は孔雀舞と同等程度……といったところか。高く見積もったとしても、各国デュエルキングに比肩するレベルではない。デュエリストレベルは『8』が妥当か)
 絵空を冷ややかに見下ろしながら、海馬は彼女を分析する。
 彼はすでに勝利を確信している。彼女に敗北する要素など、微塵も見当たらない。
 弱者は強者には勝てない――それは彼が身をもって知った、絶対的真理に他ならないから。

 その一方で、絵空は未だ立ち上がれずにいた。圧倒的実力差を見せつけられ、勝利への道が全く見えない。
(わたしの手札はゼロ……リバースカードもこの状況じゃ役に立たない。次のドロー次第では、確実に次で敗ける)
 ここで敗ければ、それで終わりだ。
 自分がしようとしていることは、全て水泡に帰す。目指す未来には辿り着けない。
(強い……本当に強い。わたしが勝てる相手じゃないって、すごくよく分かる。それでも――)
 彼女は顔を上げ、立ち上がる。
 デッキへの不信を拭い去り、右手の指を伸ばす。
 自分より強い相手に挑むこと――それはかつての“彼女たち”にとって、至極当たり前の行為だった。

 ――月村天恵が、父・浩一に挑んだきたように
 ――そして神里絵空が、月村天恵に挑み続けたように

 彼女は退かない。弱者が強者に勝つ――そのための挑戦を諦めない。
 2人で組み上げたデッキを信じ、強くカードを引き抜く。
「わたしのターン――ドローっ!!」
 そしてドローカードを見て、彼女は笑みを零し、頷いた。

 ドローカード:天よりの宝札

「魔法カード発動『天よりの宝札』! この効果で互いのプレイヤーは、手札が6枚になるようカードをドローする!!」
 海馬はわずかに眉をしかめる。
 ただの“延命”としか思えないその行為に、しかし従いデッキに触れる。
 互いの手札はともに0枚、故に6枚ずつを加える。相手にも大きく恩恵を与えるカードだが、しかし起死回生となり得るカードだ。
「わたしはカードを1枚セットし、『キラー・トマト』を守備表示で召喚! ターンエンドッ!!」
 絵空は勢いよくカードを展開し、再び海馬にターンを返した。


キラー・トマト  /闇
★★★★
【植物族】
このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、
デッキから攻撃力1500以下の闇属性モンスター1体を
攻撃表示で特殊召喚できる。
攻1400  守1100


<神里絵空>
LP:1000
場:キラー・トマト,伏せカード2枚
手札:4枚
<海馬瀬人>
LP:4000
場:青眼の白龍(攻3500),ドラゴンの聖域,伏せカード1枚
手札:6枚


(足掻くか……だが無駄だ、このターンで終わらせる)
 それは油断でも慢心でもない。全力で戦い、強者として勝つ――そのための布石はすでに、彼の場に伏せられている。
「オレのターン! カードを1枚セットし――ゆけ、ブルーアイズよ! 『キラー・トマト』を粉砕せよ! “滅びのバースト・ストリーム”!!」
 ターン開始早々に海馬は仕掛ける。圧倒的攻撃力の砲撃を放たんと、白龍は口内に白光を溜め込む。
 一見するに、これは単調な攻撃だ――守備モンスターを攻撃したところで絵空のライフは減少しない、通常であれば。
「……そしてこの瞬間、永続トラップオープン――『竜の逆鱗』! オレのドラゴンは全て“貫通”能力を得る!!」


竜の逆鱗
(永続罠カード)
自分フィールド上のドラゴン族モンスターが
守備表示モンスターを攻撃した時にその守備力を
攻撃力が超えていれば、その数値だけ相手に
戦闘ダメージを与える。


 “貫通”――すなわちその攻撃は、守備モンスターをも貫き、プレイヤーを襲う。
 この攻撃が成立すれば、勝敗は決する。絵空のライフはゼロとなり、その敗北は確定する。
「――っ! リバースカード、オープンッ!!」
 絵空は咄嗟にカードを開く。しかしそれと同時に、ブルーアイズのアギトから閃光が放たれた。

 ――ズゴォォォォォォッッ!!!!

 轟音がやみ、視界が晴れたとき、彼女の場に『キラー・トマト』は生存していなかった。
 終わった――ほとんどの観衆がそう判断した。しかし海馬は見ていた、彼女が発動したカードを。その一部始終を。


砂塵の大竜巻
(罠カード)
相手フィールド上の魔法または罠カード1枚を
破壊する。破壊した後、自分の手札から
魔法か罠カード1枚をセットする事ができる。


「『竜の逆鱗』を破壊し、ダメージを防いだか……小賢しい真似を」
「……! わたしは『砂塵の大竜巻』の第二の効果により、カードを1枚セット。さらに『キラー・トマト』の効果を発動――デッキからモンスターを特殊召喚するよ!」
 絵空は少しだけ得意げに笑み、決闘盤からデッキを取り外す。
 そして残されたカードを眺め、思考を深めた。
(わたしのライフは残り1000……ブルーアイズの攻撃力を考えれば、もう一撃だって通せない。それならここは――)
「――決めたよ。わたしはデッキから『終末の騎士』を特殊召喚! さらにその特殊能力により、闇属性モンスター1体を墓地へ!」


終末の騎士  /闇
★★★★
【戦士族】
このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、
デッキから闇属性モンスター1体を墓地へ送る事ができる。
攻1400  守1200


 このターンは凌いだ――ほとんどの観衆がそう思ったろう。
 だが海馬は笑う、嘲笑う。
「フン……ならばこれはどうだ? 追撃のリバースオープン――『古のルール』! この効果により手札から、このモンスターを特殊召喚する!」
「!! な……っ」
 怒涛の如きその攻め手に、絵空の表情は強張りを増した。


古のルール
(魔法カード)
手札からレベル5以上の通常モンスター1体を特殊召喚する。


 海馬は6枚ある手札から1枚を選び、高らかに掲げる。
 全ての者がその正体を予見し、そしてすぐに現実となった。
「現れよ――『青眼の白龍』!!」
 これで3枚目だ――荘厳たる2体の白龍が並び立ち、咆哮を上げて威嚇する。
 そしてこれは、バトルフェイズ中の特殊召喚だ。攻撃表示で喚び出されたそのドラゴンには、尚も攻撃が残されている。
「トドメだ……ブルーアイズ! 『終末の騎士』を滅殺せよ! “滅びの爆裂疾風弾”!!」
 その宣言に従い、ドラゴンは白き閃光を放つ。
(オレの勘が正しければ、ヤツの場のリバースは2枚とも、この攻撃を凌げるものではない。可能性があるとすれば――)
 海馬の読み通りに、絵空は伏せカードを翻さない。
 しかしその代わりに墓地から、1枚のカードが弾き出された。
「わたしは墓地の『ネクロ・ガードナー』の特殊能力を発動! 墓地からこのカードを除外することで、攻撃を一度だけ無効にできる!!」


ネクロ・ガードナー  /闇
★★★
【戦士族】
自分の墓地に存在するこのカードをゲームから除外して発動する。
相手モンスターの攻撃を1度だけ無効にする。
攻 600  守1300


 ――バシィィィィィィッッ!!!!

 砲撃は『終末の騎士』に届くことなく、その手前で半透明の『ネクロ・ガードナー』により阻まれる。
 これによりバトルは不成立。『終末の騎士』は生き残り、絵空のライフも動かない。
 今度こそ凌ぎきった――絵空はそれを察し、額の汗を拭う。対照的に、海馬は舌打ちを漏らした。
「無駄な足掻きを……! オレはカードを1枚セットし、ターンエンドだ!!」
 その苛立ちの理由を、正しく理解することなく――彼はそう宣告した。


<神里絵空>
LP:1000
場:終末の騎士,伏せカード2枚
手札:3枚
<海馬瀬人>
LP:4000
場:青眼の白龍(攻3500)×2,ドラゴンの聖域,伏せカード1枚
手札:4枚


(危なかった……『ネクロ・ガードナー』を使わなかったら、今のターンで確実に敗けてた。手札に逆転できるカードはない……けど、“布石”は残せた!)
 この絶望的状況で、しかし絵空は前を見据える。呼吸を整え、デッキに指を伸ばす。
「わたしの――ターンっ! ドローっ!!」
 カードを引き、視界に収め――彼女は笑う、力強く。
 逆襲への口火、その1枚を手札に加えると、まずは『砂塵の大竜巻』の効果で伏せたばかりのカードへ右手を伸ばした。
「リバースマジックオープン『大嵐』!! フィールドの魔法・罠カードを全て破壊するよ!!」
 彼女が発動した想定外のカードに、海馬はわずかに眉をひそめた。


大嵐
(魔法カード)
フィールド上の魔法・罠カードを全て破壊する。


 カードから暴風が発生し、互いのフィールドを荒らしてゆく。
 絵空の場の『デモンズ・チェーン』を、そして海馬の場の『ドラゴンの聖域』と『機械仕掛けのマジックミラー』を、残さず舞い上げ破砕する。
(……何か、仕掛けてくるつもりか)
 海馬の睨んだその先には、束ねた長い後ろ髪をなびかせ、そして短いスカートの裾を慌てて押さえている少女の姿があった。
 大風が収まったことに気付くと、彼女はほっと安堵し、改めてドローしたばかりの魔法カードを発動する。
「これで邪魔するものはない……! いくよ! 手札から魔法カード『強制転移』を発動っ!!」
「!! 『強制転移』だと!?」
 そのカードを目にした瞬間に、海馬の表情は大きく強張った。


強制転移
(魔法カード)
お互いが自分フィールド上モンスターを1体
ずつ選択し、そのモンスターのコントロール
を入れ替える。選択されたモンスターは、
このターン表示形式の変更は出来ない。


(ク……こちらの強力モンスターを弱小モンスターと入れ替える、忌々しい魔法カード! おのれ……!!)
 海馬は怒りに歯ぎしりする。
 しかし絵空はそれに気づかず、すぐにカードの処理を進めた。
「この効果でお互いのモンスターを1体ずつ選択し、コントロールを入れ替える! わたしは『終末の騎士』を選択! そっちは……」
 海馬のフィールドには2体のブルーアイズのみ。実質的に選択肢は無い――しかし海馬は迷わず、そのうちの1体を指定した。
「オレは……左のブルーアイズを選ぶ」
 客観的に見れば、その2体は同じモンスターだ。しかし彼にとってはそうではない――自分フィールドに残したブルーアイズは、“彼女”から譲り受けた特別なカードだから。


<神里絵空>
LP:1000
場:青眼の白龍
手札:3枚
<海馬瀬人>
LP:4000
場:青眼の白龍,終末の騎士
手札:4枚


(すごい……これがブルーアイズ。『ものマネ幻術士』のときとは違う。ステータスだけじゃない、圧倒的な威圧感)
 絵空は頼もしげにそのドラゴンを見上げ、そして海馬のフィールドを見据えた。
「いくよ、バトル! ブルーアイズ・ホワイトドラゴンで『終末の騎士』を攻撃!!」
 『大嵐』の効果により、互いのフィールドに伏せカードは無い。
 躊躇なく放たれたその宣言に従い、絵空の場のブルーアイズは咆哮した。
「“滅びのバースト・ストリーム”っ!!」

 ――ズゴォォォォォォッッ!!!!

 強烈なる砲撃が、海馬の場の『終末の騎士』を消し飛ばす。
 それにより、不動を貫いていた海馬のライフが、ついに減少を示した。

<海馬瀬人>
LP:4000→2400

(やった、初ダメージ! これなら!!)
 海馬瀬人とて無敵ではない。
 反撃への手応えを掴み、絵空は小さくガッツポーズをとった。
 予想外の戦局に、観衆はどよめきを見せている。しかしそんな中でも、海馬は冷たく、冷淡に――そのフィールドを見据えていた。


<神里絵空>
LP:1000
場:青眼の白龍
手札:3枚
<海馬瀬人>
LP:2400
場:青眼の白龍
手札:4枚


(……気に入らないな)
 苛立ちを内に呑み込み、彼は静かにカードを引く。
 それは単純に『強制転移』に対する感情ではない。彼女の行動、姿勢そのものにだ――勝利を目指す彼女の意志に、強い苛立ちを覚える。
(まだ逆転を信じている……実力差が分からないのか? ならば)
 知らしめる必要がある――海馬瀬人の力を、そう思った。
 強い瞳で、奪われたドラゴンを睨むと、高らかに宣言する。
「オレはカードを1枚セットし……バトルだ!! 攻撃せよ、ブルーアイズ!!」
 彼の想定外の動きに、絵空は身体を硬直させた。
 互いのフィールドにブルーアイズが対峙する以上、迂闊に仕掛けてこないと踏んでいた――だが彼は迷わず、仕掛けてきたのだ。
「くっ……ブルーアイズの反撃っ!」
 それは本日2度目の光景だ。
 鏡のごとく対峙するブルーアイズが、光のブレスを放ち合う――それはフィールド中央で衝突し、大きな衝撃をもたらした。

 ――ズゴォォォォォォンッッ!!!!!!


<神里絵空>
LP:1000
場:
手札:3枚
<海馬瀬人>
LP:2400
場:伏せカード1枚
手札:3枚


 互いのフィールドはこれでガラ空き。
 追撃のモンスターもなく、これは軽率ではないのか――そう思う観衆も多かったが、そうではない。
 彼の狙いは“奪い返す”ことだ。このバトルにより、彼は3枚のブルーアイズを奪い返し、手中に揃えたのだ――手札でもフィールドでもなく、墓地に。
 そして彼は迷うことなく、場の伏せカードを翻す。
「これで決着だ――リバースマジックオープン『龍の鏡(ドラゴンズ・ミラー)』!!」


龍の鏡
(魔法カード)
自分のフィールド上または墓地から、融合モンスターカード
によって決められたモンスターをゲームから除外し、
ドラゴン族の融合モンスター1体を特殊召喚する。
(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)


「貴様には過ぎた龍だ……光栄に思い、括目せよ! これこそが我が最強の切札――」
 フィールドの空間が大きく歪む。
 墓地に眠ったブルーアイズ3体、その魂を結集させ、三つ首の巨竜を顕現させる。
「降誕せよ――『青眼の究極竜(ブルーアイズ・アルティメットドラゴン)』!!!」
 放たれたそのドラゴンは、嘶きで空間を支配し、制圧する。対峙する絵空の全身を、否応なく震撼させしめた。


青眼の究極竜  /光
★★★★★★★★★★★★
【ドラゴン族】
「青眼の白龍」+「青眼の白龍」+「青眼の白龍」
攻4500  守3800


「そしてこれはバトルフェイズ中の特殊召喚……さらに『龍の鏡』による特殊融合は、融合ターンでの攻撃をも可能とする」
 絵空のフィールドにモンスターはなく、魔法・罠カードも存在しない。
 何ひとつ遮るものの無い彼女に向け、容赦なく――三つ首から砲撃が放たれんとする。
「終わりだ――“アルティメット・バースト”ォッ!!!」

 ――ズギャギャギャァァァァァッッ!!!!!!!

「――ッッ!! わたしは手札から『バトルフェーダー』の効果発動っっ!!」


バトルフェーダー  /闇

【悪魔族】
相手モンスターの直接攻撃宣言時に発動する事ができる。
このカードを手札から特殊召喚し、バトルフェイズを終了する。
この効果で特殊召喚したこのカードは、
フィールド上から離れた場合ゲームから除外される。
攻 0  守 0


 絵空のフィールドに突如として“振り子”が飛び出し、バトル終了の鐘を鳴らす。
 その特殊音波は究極竜の砲撃をも減衰させ、フェイズの強制終了を強いた。
「チッ、ならば――リバースカードをセットし、ターンエンド!」
 舌打ちとともに、海馬はターンを終わらせる。
 圧倒的な力を見せつけ、それでも諦めない少女に――強い苛立ちを吐き出す。


<神里絵空>
LP:1000
場:バトルフェーダー(守0)
手札:2枚
<海馬瀬人>
LP:2400
場:青眼の究極竜,伏せカード1枚
手札:2枚


(アルティメット・ドラゴン……海馬さんの最強モンスター。でも、これさえ倒せれば!!)
「わたしのターン――ドローっ!!」
 気圧されながらも退かず、絵空は果敢にカードを引く。
 そしてドローカードを見て、彼女は微笑んだ。
 『強制転移』に続いて2枚目だ。たった今手にしたカードもまた、彼女にとって特別な意味を持つカード。そしてこの状況を覆し得る、奇跡のドローカード。
「わたしはライフを800支払い……手札から『早すぎた埋葬』を発動! この効果で墓地から『雷帝ザボルグ』を蘇生召喚!!」

<神里絵空>
LP:1000→200


早すぎた埋葬
(装備カード)
800ライフポイントを払う。
自分の墓地からモンスターカードを1体選択して
攻撃表示でフィールド上に特殊召喚し、このカードを装備する。
このカードが破壊された時、装備モンスターを破壊する。


 開幕早々にウイルスに葬られた“ザボルグ”が生還し、代わりに彼女のライフは減る。
 これで残りはわずか200ポイント。危険な賭けではあるが、仕掛ける以外にはない。勝利を目指すためには。
「さらに! わたしは『雷帝ザボルグ』を生け贄に捧げて――」
 “ザボルグ”が生け贄の渦に包まれ、彼女はカードを盤に置く。ドローしたばかりのカードを。
 海馬に破られた戦術“混沌融合召喚”は、絵空にとって確かに強力な切札だった。しかしそれは本戦二日目から採用された新しいギミックであり、彼女の根幹を成すものではない。
 彼女の真の切札は、今こそ高らかに喚び出される。
「――召喚!! 『偉大(グレート)魔獣 ガーゼット』っ!!」
 彼女の真のエースモンスター。
 “ザボルグ”の魂を受け継ぎ、巨大なる体躯の魔獣が、荒々しい咆哮を上げた。


偉大魔獣 ガーゼット  /闇
★★★★★★
【悪魔族】
このカードの攻撃力は、生け贄召喚時に
生け贄に捧げたモンスター1体の元々の
攻撃力を倍にした数値になる。
攻 0  守 0


 ウイルスの侵食を受けてなお、彼女のデッキに唯一残された上級モンスター。その元々の攻撃力は0、故にその被害を免れたのだ。
「“ガーゼット”の攻撃力は、生け贄召喚時に生け贄としたモンスターの攻撃力の2倍になる! “ザボルグ”の攻撃力は2400……よってその攻撃力は、4800ポイントっ!!」
 海馬は眉をしかめ、観衆は沸く。
 “ガーゼット”は高攻撃力モンスターを生け贄とした場合にのみ真価を発揮し、ただ攻撃のみに特化をしたピーキーなモンスターだ。けれどだからこそ、この状況をも覆し得る。
「いくよ、ガーゼット! 『青眼の究極竜』を攻撃――“グレート・パンチ”っ!!」
 絵空は右手で“グー”をつくり、“ガーゼット”に向けてそれをかざす。
 主と同じく、“ガーゼット”もまた右拳を握り、“究極竜”に躍りかからんとする。しかし海馬は即座に、場の伏せカードを翻した。
「リバーストラップ発動『攻撃誘導アーマー』! 対象は『バトルフェーダー』……これによりその攻撃は、対象モンスターに誘導される!」


攻撃誘導アーマー
(罠カード)
呪われし鎧を装着されたモンスターに
攻撃が誘導される。


 呪われし鎧が『バトルフェーダー』を閉じ込め、怪しげな赤い光を発する。
 その魔力の影響を受け、“ガーゼット”は振り返ると、その拳を自軍フィールドに振り下ろした。

 ――ドズゥゥゥゥゥンッッ!!!!!

 右拳は鎧を貫き、『バトルフェーダー』もろとも粉砕してしまう。しかしその表示形式は守備表示だ、プレイヤーへのダメージは発生しない。
(――っ! 防がれた……でも“ガーゼット”は無傷! なら次のターンで……)
「わたしはこれで……ターンエンドっ!」
 “ガーゼット”の召喚により形勢は覆った、絵空はそう信じて声を張る。
 しかし甘い、甘すぎる。海馬の手札の中にはすでに、その攻撃力を攻略する手段が眠っているのだ。


<神里絵空>
LP:200
場:偉大魔獣 ガーゼット(攻4800)
手札:1枚
<海馬瀬人>
LP:2400
場:青眼の究極竜
手札:2枚


「……オレのターン! このカードにより、アルティメットは更なる力を得る――『光の翼』発動!!」
「!!? な……っっ」
 予想外の、あまりにも残酷な意味を持つカードの発動に、絵空は瞳を大きく見開いた。


光の翼
(装備カード)
特定の光属性モンスターのみ装備可能。
装備モンスターが、相手のカードの効果を受けるとき、
このカードを墓地に送ることで、受ける効果を無効化できる。
また、装備モンスターが通常モンスターであれば、下記の効果を与える。
●戦闘時、戦闘する相手モンスターの守備力がこのモンスターの攻撃力以下の場合、
ダメージ計算を行わずその相手モンスターを破壊する。
その後、この効果で破壊したモンスターの守備力の半分のダメージを相手に与える。


 海馬はそのカードを『天よりの宝札』によるドローですでに手札に握っていた。それはすなわち先のターン、彼は実力差を見せつける目的で『青眼の究極竜』の召喚を選んだことにより、勝機を一度逃していたことを意味するのだが――それは結果論とも言えるだろう。
 “究極竜”の巨大な双翼が光輝き、本体に更なる力を与える。
「さあ、その威力を見せるがいい、アルティメットよ――『偉大魔獣 ガーゼット』を攻撃! “アルティメット・シャイン・バースト”!!」
 竜の三つ首のアギトが開き、その先に光が凝縮される。練り上げられたその光には、先ほどまでとは異なる輝きが混ぜられていた。
 三つ首の砲撃は結集され、一つとなり、攻撃力4800の“ガーゼット”を強襲する。

 ――ズギャギャギャァァァァァッッ!!!!!!!

 攻撃力はわずかに“ガーゼット”が上回る。一見したところこのバトルは、絵空に分があるように思える――しかし現実は異なる。
 『光の翼』の力を得たその砲撃は、“ガーゼット”に抵抗の隙すら与えずに炸裂し、その全身を分解し、微塵に吹き飛ばした。


<神里絵空>
LP:200
場:
手札:1枚
<海馬瀬人>
LP:2400
場:青眼の究極竜,光の翼
手札:2枚


「……ッッ!! ガーゼット……っ」
 “究極竜”の攻撃が終わり、“ガーゼット”が破壊されても、絵空のライフにダメージはなかった。装備カード『光の翼』の効果により、破壊されたモンスターの守備力の半分のダメージが発生するはずなのだが、幸か不幸か“ガーゼット”の守備力値は0ポイント。プレイヤーへのダメージは発生しない。
「オレはこれでターンエンド。さあ、足掻けるものなら足掻いてみろ……その悉くを打ち払い、粉砕してくれる」
 その尊大なる物言いに、しかしそれを裏付ける絶対なる力に、絵空は息を詰まらせた。

 攻撃力のみに特化した“ガーゼット”は、守備力値をも参照する『光の翼』とは致命的に相性が悪い。それはサラ・イマノのデュエルを観たときから分かっていたことではあるが――装備対象が『青眼の究極竜』ともなれば、もはや相性の問題ではなかった。
 すなわち攻撃力と守備力、ともに4500ポイントを上回るモンスターでなければ、今の『青眼の究極竜』には太刀打ちできないのだ。

(状況は絶望的……でも、それでもっ!)
 絵空は闘う、最後まで。
 自身のデッキを信じ抜き、右手の指をそれに伸ばす。
「わたしのターン――ドローっ!!」
 そして、手札の2枚のカードを見つめ、逆襲への一手を探り続けた。


魂を削る死霊  /闇
★★★
【アンデット族】
このカードは戦闘によっては破壊されない。
魔法・罠・効果モンスターの効果の対象になった時、
このカードを破壊する。このカードが相手プレイヤーへの
直接攻撃に成功した場合、相手はランダムに手札を1枚捨てる。
攻 300  守 200


コピーキャット
(魔法カード)
相手が場に捨てたカードに姿を移し変えることができる


<神里絵空>
LP:200
場:
手札:2枚
<海馬瀬人>
LP:2400
場:青眼の究極竜,光の翼
手札:2枚




決闘199 偉大なるもの

「――残念だけど、ここまで……かしらね。あの娘もがんばったと思うけど、これはもう」
 デュエルフィールドを見上げながら、孔雀舞はそう漏らす。
 “ブルーアイズ”と『光の翼』、その組み合わせは皮肉にも、彼女がサラ・イマノに敗れたコンボでもある。だから彼女は顔をしかめ、そして冷静に戦局を分析した。
「いや……そうとも限らねぇぜ。神里はまだ諦めてねぇ」
 城之内克也はそう語る。
 なるほど確かに、諦めないデュエリストには可能性が残る――しかしそれはどれほどのものか。海馬瀬人を前にして、幾許の希望があるというのか。
(……厳しいな。城之内君の言うことにも一理あるが……それはあくまで精神論だ)
 月村浩一はそう思う。
 無論、絵空を応援したい気持ちはある。しかし冷静に、戦術論で考えるならば――孔雀舞の意見こそ正しかろう。そして何より問題なのは、この状況を生み出したのが海馬瀬人ということだ。
 たとえ起死回生のカードを引き当てたとして、彼はそれを見逃すだろうか。完全無欠のその男が、逆転を許すとは思えない。

「………………」
 そして、三者三様の思考が巡る一方で、武藤遊戯には視えていた、誰にも見えぬ全てが。
 哀しいかな、彼には全てが視えている――今の二人の手札も、次のドローカードも、その次も。だからデュエルの行く末は、誰よりも正確に予想ができた。
(このデュエル……普通に考えれば海馬くんの勝ちだ。けれど)
 現在の遊戯にもなお、視えないものはまだある。
 2人の間で揺らぐ勝敗、その果てを見極めんと、彼もまたデュエルフィールドを見つめた。





<神里絵空>
LP:200
場:
手札:2枚
<海馬瀬人>
LP:2400
場:青眼の究極竜,光の翼
手札:2枚


(――『光の翼』がある限り、攻撃もカード効果も、アルティメット・ドラゴンには届かない。だとすれば、わたしがまず狙うべきなのは……)
 絵空は2枚ある手札のうち、1枚を見つめていた。
 そのカードは『コピーキャット』――相手墓地の好きなカードを写し取れる、強力な魔法カードだ。それを最大限活用すべく、ここまでの展開を深く思い返す。
(もう1枚は『魂を削る死霊』。戦闘破壊されない、攻撃力300の闇属性モンスター。それなら)
「わたしはカードを1枚セットし、『魂を削る死霊』を守備表示で召喚! ターンエンドっ!」
 戦術を定め、彼女はゲームを進める。
 その眼は未だ前を向く。勝利を信じて希望を宿す。
「フン……オレのターン! オレは墓地の『フォーチュン・ドラゴン』をゲームから除外し――魔法カード発動『双爆裂疾風弾(ツイン・バースト・ストリーム)』!!」
 海馬がカードを発動し、それと同時に、“究極竜”の全身を光のオーラが包み込んだ。


双爆裂疾風弾
(魔法カード)
自分の墓地からドラゴン族モンスター1体を除外して発動。
自分の場の攻撃力3000以上の光属性ドラゴン族モンスター
1体を選択し、このターンの間だけ以下の効果を与える。
このターン、自分は選択したモンスターでしか攻撃できない。
●1度のバトルフェイズ中に2回攻撃する事ができる。
●相手のカードの効果を受けない。


「このカードにより、貴様の小細工は無力と化す……。このターン、ブルーアイズは相手のカード効果を受けず、さらに2回の攻撃が可能となる」
「!!? な……っっ」
 絵空の組んだ戦術は、一瞬にして崩壊する。
 これが海馬瀬人なのだ。彼はこのデュエルに対し、すでに“詰め”の段階に入っている。
「……チェックメイトだ。放て、アルティメットよ――」
 竜の三つ首のアギトが開き、それぞれの先に光が凝縮され始める。
 絵空は咄嗟に伏せカードを見つめ、活路を見出さんと思考を速める。
(魔法も罠も効かない!? それなら、わたしが生き残るためには――)
 彼女が結論を出すよりも早く、三つの砲撃は放たれ、彼女の目の前で爆発を起こした。

 ――ズドォォォォォォォンッッ!!!!!!!

 彼女の眼前で、『魂を削る死霊』が消し炭と化す。
 本来、戦闘では破壊されないモンスターなのだが、『光の翼』の効果が適用される。“ガーゼット”同様に特殊破壊され、その守備力値の半分がダメージとなり発生した。

<神里絵空>
LP:200→100

 首の皮一枚。またしても守備力値の低さに救われた形となる。
 しかしここまでだ。風前の灯火たるライフに対し、2回目の砲撃が控えている。
「…………っ」
 彼女は俯き、動かない。
 彼女に手札はなく、フィールドには伏せカードが1枚のみ。この絶望的状況下では、起死回生が叶うとは思えない。
「トドメだ――“アルティメット・シャイン・バースト”!!」

 ――ズギャギャギャァァァァァッッ!!!!!!!

 海馬が叫び、砲撃が放たれる。
 そしてそれとほぼ同時に――少女は顔を上げ、伏せカードを開いた。
「リバースマジックオープン『コピーキャット』! このカードは相手の墓地のカードをコピーし、そのカードとして使用することができる!!」
 だから何だというのか――問題となるのはその先だ。
 そのカードを視認しても、海馬の自信は崩れなかった。何をコピーしようとも無駄だ、瞬時にそう判断する。しかし、
「わたしがコピーするのは――『ダーク・シャブティ』! 守備表示で特殊召喚!!」
「!? 何だと!?」
 彼女の目の前に石像が現れ、盾となるべく立ち塞がった。


ダーク・シャブティ  /闇
★★★
【岩石族】
このカードは通常召喚できない。
自軍のモンスター一体が相手のカードの効果の対象となったとき
特殊召喚し、その効果対象をこのカードに変更することができる。
エンドフェイズ時、このカードは破壊される。
攻 100  守 100


 ――ズゴォォォォォォォンッッ!!!!!!!

 爆発が起こり、衝撃が少女を襲う。
 しかし彼女は身を固め、倒れまいと必死に堪えた。

<神里絵空>
LP:100→50


<神里絵空>
LP:50
場:
手札:0枚
<海馬瀬人>
LP:2400
場:青眼の究極竜,光の翼
手札:2枚


(残りライフ50……ギリギリで凌ぎきった、けど)
 手札にも場にも、カードはない。本当に凌いだだけだ。
 まさしく崖っぷち。全てのカードを失い、途方に暮れる。次に繋がる布石も無い、戦況は悪化の一途だ。
「――何故……“ウイルス”をコピーしなかった?」
「……えっ?」
 海馬の思わぬ問い掛けに、絵空は顔を上げ、目を見張る。
「『死のデッキ破壊』をコピーし、『魂を削る死霊』を媒介として発動。さすればオレのデッキの大半のモンスターを破壊し……一矢報いることはできたハズだ」
「……? でも、そんなことしたら二回目の攻撃で――」
「――負けるな。だがそれがどうした?」
 彼は腕を組み、当然の如く言葉を続ける。
「力量差の分からぬレベルではあるまい……勝敗はすでに確定している。貴様に選べるのはただ一つ……貴様自身の“敗け方”だけだ」
 海馬瀬人は上段から見下す。
 間違ってはいない。このままでは勝てるハズもないと――絵空も重々分かっている。
(もしもまだ、勝つ可能性が残っているとしたら……けど、それを使ったら)
 自身の背中に意識を向け、しかしすぐに頭を振る。
 それでは意味がないのだ。彼女が目指すべきものは、海馬に勝利することではなく――その先にこそあるのだから。
「……それでも……諦めない。この試合に勝って、決勝で……遊戯くんに勝つために」
「……? 遊戯に勝つだと?」
 海馬は一笑に付した。あまりの戯言を、鼻で嗤う。
「見苦しいにも程がある。身の程を知れ、小娘。貴様如きがオレに勝ち、遊戯に勝つなど、よもや本気で――」
 海馬の口の動きが止まる。
 彼女の瞳を、その奥に宿る光を見て、不意に“既視感”を覚えたからだ。
(本気で思っているのか……それを成せるなどと)
 彼の中の苛立ちが増す。
 記憶の中にあるその瞳を、その心を――蹂躙せんと声を荒げる。
「弱者に吠える資格などない! オレはこれでターンエンド――貴様もデュエリストならば、言葉ではなくカードで示せ!」
 絶望的なこの状況で、しかし彼女はデッキに触れる。
 もはや勝機などあるはずもなく、敗北しか見えない。
 それでも、
(勝つんだ……絶対に! この人に勝って、決勝戦へ!)
「わたしのターン――ドローっっ!!」
 ドローカードを視界に入れ、彼女は顔を一瞬しかめる。
(それでも多分……デッキに残された選択肢では、最良のカード。だったら)
 これは賭けだ。あまりにもリスクの高い、勝利への賭け。
 彼女は強気な笑みを振り撒き、引き当てたばかりの唯一のカードを、大きくかざして発動した。
「これがわたしの最後の切札――魔法カード発動『禁忌の合成』っ!!」


禁忌の合成
(魔法カード)
自分の場または墓地にそれぞれ存在する「ガーゼット」と名の付く
モンスターと他のモンスター1体をゲームから除外し、融合させる。
この効果で融合召喚したモンスターが場を離れたとき、
そのモンスターの元々の攻撃力分のダメージをプレイヤーは受ける。


「これはガーゼットの専用融合カード……! 墓地の“ガーゼット”ともう1体のモンスターを除外し、融合召喚を行う!!」
 そのカードを見た瞬間、多くの観衆が連想する。一週間前の一回戦、ヴァルドーとのデュエルに終止符を打ったモンスター『究極合成魔獣 ガーゼット』を。


究極合成魔獣 ガーゼット  /闇
★★★★★★★★
【悪魔族】
「ガーゼット」と名の付くモンスター+モンスター1体
このカードの融合召喚は上記のカードでしか行えない。
このモンスターの元々の攻撃力は、
融合素材としたモンスターの攻撃力の合計となる。
このモンスターの融合召喚に成功したとき、
自分の場の他のモンスターを全て生け贄に捧げ、
その攻撃力を吸収する。
攻 ?  守 0


(無理だわ……この状況じゃ攻撃力が足りないし、何より守備力が足りなすぎる)
 予選で敗北した記憶が蘇り、孔雀舞はいち早くそう思った。

 しかし違う、絵空の狙いは。
 彼女は精一杯に強がりながら、墓地から2枚のカードを選び出した。
「わたしが選ぶのは『偉大魔獣 ガーゼット』と『カオス・ソルジャー −開闢の使者−』! この2体を素材として、特殊融合召喚!!」
 絵空の前方の空間が歪み、新たな存在が誕生する。
 それは“ガーゼット”――ではない。“魔獣”とは違う、人型の剣士。
 “カオス・ソルジャー”をベースとし、“ガーゼット”の魂を鎧とする。
 厳つい“魔獣の鎧”を全身に纏い、戦士はフィールドに降り立った。
「現れよ――『偉大戦士−グレート・ソルジャー』!!」


偉大戦士−グレート・ソルジャー  /闇
★★★★★★★★
【戦士族】
「偉大魔獣 ガーゼット」+戦士族モンスター
このカードの融合召喚は上記のカードでしか行えない。
このモンスターの攻撃力・守備力はそれぞれ、融合素材とした
戦士族モンスターの元々の攻撃力・守備力となる。
???
攻?  守?


「融合召喚成功時、“グレート・ソルジャー”の効果適用……! 攻撃力・守備力は、素材にした戦士族モンスターと同じになる!」
「……!」
 “偉大戦士”は左手に盾を、右手に剣を構え、その切っ先を“究極竜”へと向けた。

偉大戦士−グレート・ソルジャー
攻3000
守2500

「フン……それがどうした! その程度の能力値では、このオレのアルティメットには――」
「――それはどうかな! バトル……グレート・ソルジャーで、アルティメット・ドラゴンを攻撃!!」
 “偉大戦士”は大地を駆け、“究極竜”に向け、大きく跳躍する。
 一見するに格好の的だ。真正面から突っ込んでくるそれに対し、“究極竜”はブレスを放つ。“偉大戦士”には飛行能力などなく、空中で回避する術などない。
「薙ぎ払え――“アルティメット・シャイン・バースト”!!」

 ――ズギャギャギャァァァァァッッ!!!!!!!

 三つ首の砲撃が、宙空の“偉大戦士”に直撃する。
 体躯の差は歴然だ。なまじ守備力を得たがために、この破壊により絵空は2500のダメージを受け、敗北する――敗北したかに思われた、だが、
「『偉大戦士−グレート・ソルジャー』の、特殊能力発動!! 相手モンスターとの戦闘時、攻撃力・守備力を2倍にすることができる!!」
「!!? 何だと!?」

偉大戦士−グレート・ソルジャー
攻3000→6000
守2500→5000

 “偉大戦士”は敗れていない。
 左手の盾を前面に押し出し、砲撃を防ぎ切ったのだ。
 亀裂が走り、盾が砕ける。それを空中で放り捨てると、戦士は両手で剣を構え直し、大きく振り被る。
 砲撃の威力により上方へ押し上げられたが故に、さらに重力を味方につけ――巨大な竜へと斬りかかる。
「いっけぇ――グレート・ソルジャーっ!!」
 絵空は天高く、右掌を掲げる。
 そして力いっぱい振り下ろす、“偉大戦士”と同じように。
「――“グレート・スラッシュ”っ!!」

 ――ズバァァァァァッッッ!!!!!!!

 一閃。
 冴えた斬撃音が響き、“究極竜”の動きが止まる。
 その中央の首が、中心線を軸に、少しずつ離れてゆく。
 ――まさしく一刀両断。
 “偉大戦士”が跳び退くと同時に、その巨体は砕け、一欠けらも残さず消滅した。

<海馬瀬人>
LP:2400→900


<神里絵空>
LP:50
場:偉大戦士−グレート・ソルジャー
手札:0枚
<海馬瀬人>
LP:900
場:
手札:2枚


 海馬瀬人は両眼を見開き、その光景を見つめていた。
 対して、絵空はガッツポーズをとる。海馬にも十分聞こえるように、はしゃぎ気味に声を上げる。
「――よしっ! ブルーアイズ・アルティメット・ドラゴン、撃破っ!!」
 絵空は海馬を指さし、饒舌に言葉を続ける。
「今度こそ形勢逆転だよ! グレート・ソルジャーの実質攻撃力は6000……海馬さんのデッキには、これ以上のモンスターは残っていないハズ!!」
「………………」
 海馬は呆然とした様子で、反応が鈍い。
 切札たるモンスターを倒され、ショックを受けているのだろう――絵空はそう期待するが、しかし真意は分からない。
 真実を明かせばこの状況で、彼女は大いに追い詰められていた。
 この状況は決して、逆転などではない――“究極竜”を倒したその瞬間に、彼女の敗北はほぼ決定したのだ。


偉大戦士−グレート・ソルジャー  /闇
★★★★★★★★
【戦士族】
「偉大魔獣 ガーゼット」+戦士族モンスター
このカードの融合召喚は上記のカードでしか行えない。
このモンスターの攻撃力・守備力はそれぞれ、融合素材とした
戦士族モンスターの元々の攻撃力・守備力となる。
相手モンスターとの戦闘時、ダメージステップ終了時まで
このカードの攻撃力・守備力を元々の数値の2倍にすることができる。
この効果を使用した後、次の自分のターンのスタンバイフェイズ時、
このカードをデッキに戻し、融合素材とした戦士族モンスターを
墓地から特殊召喚する。
攻?  守?


 “偉大戦士”が全身に纏う鎧、それに亀裂が入っていることに、絵空は気が付いていた。果たして目の前の男に看破されないか、正直、気が気でなかった。
 強力な能力に秘められた大きなリスク――特殊能力発動後、次の自分のターンには“偉大戦士”は場を離れ、元の戦士族モンスターに戻ってしまうのだ。いや、それだけならば大したリスクでもないのだが、『禁忌の合成』による融合では、大きく意味合いが変わってくる。
 『禁忌の合成』の発動リスク、それは融合召喚したモンスターが場を離れたとき、その攻撃力分のダメージを負うというもの。すなわち『禁忌の合成』と“偉大戦士”の特殊能力は、実に相性の悪い組み合わせなのだ。
 確実にトドメを刺せる状況でなければ、決して使ってはならないコンボ。それこそが、彼女が今大会でこれまで一度もこのモンスターを喚び出さなかった理由である。
(でも“究極魔獣”の方じゃ勝てなかったし……可能性があるとすれば、この後)
 確実な敗北を迎える前に、一矢を報いたかった――などという理由ではない。
 彼女はあくまで勝つために、あまりに儚い勝機を見出し、このコンボを披露したのだ。
 つまり――

「……ま、まあ? わたしにこの切札を出させたのはスゴイと思うよ? 正直、わたしの運が良かったというか、マグレというか……次はきっと勝てないと思うし? 今回はこれでサレンダーしてくれてもいいんじゃないかなー……なんて」

 絵空は自分で言いながら、何と白々しい言い回しだろうと呆れた。焦燥に駆られ、ついついペラペラと喋ってしまう。
(これって反則スレスレかなあ……? ウソついてるようなものだし)
 罪悪感のせいもあるだろう。しかし、なりふり構ってはいられない。

 すなわち絵空の勝機とは――次の絵空のターンを迎える前に、海馬が降参(サレンダー)してくれること。
 彼の手札に壁モンスターがなく、何の対抗策も打てないとなれば、降参することも十分あり得る。もっともそれは、“偉大戦士”のデメリット効果がバレないことが最低条件となるのだが。

「……オレが……サレンダーだと?」
 海馬がジロリと絵空を睨む。
 絵空は思わず後ずさり、視線を逸らしながら応える。
「あー……ウン、そうだよね。まだ次のドローがあるし。引いたカード次第では分からないと思うけど、でももしもダメだったら――」
「――貴様、何を勘違いしている?」
 海馬は冷めた視線を送る。「へっ?」と間抜けな声を出して、絵空は小首を傾げた。
「見当違いも甚だしい。次のドローなど見るまでもなく――貴様の敗北は確定している」
 彼の左手にある2枚の手札、その正体を見せつけられ、絵空の全身は凍り付いた。


精霊デュオス  /光
★★★★★
【戦士族】
このカードは生け贄にできない。
自分の場のモンスター1体を生け贄に捧げるたびに、ターン終了時まで
このカードの攻撃力を1000ポイントアップする(トークンを除く)。
この効果で生け贄に捧げたモンスターの攻撃力の半分のダメージを、
そのカードの持ち主が受ける。
攻2000  守1600

クロス・ソウル
(魔法カード)
互いのプレイヤーは同時に相手の場のモンスターを生贄にすることができる


 次の彼のターン、『クロス・ソウル』により“偉大戦士”を生け贄に捧げ『精霊デュオス』を召喚――それで終わりだ。“デュオス”でトドメを刺すまでもなく、『禁忌の合成』のデメリット効果で自滅する。絵空の敗北は確定する。
 手札も伏せカードもなく、ましてや他の対抗手段など無い。
 決着だ――その手札が明かされた瞬間にこそ、このデュエルの勝敗は見えてしまった。

 先ほどまでと対照的に、今度は絵空が押し黙り、呆然とする。
 しかしならば何故、先ほどの海馬は固まっていたのか。自身の確定した勝利を前に、彼は何を思案していたのか――

(……オレの布陣は完璧だった。この小娘の力量では、突破できるハズもなかった)
 しかし現実はどうだ。
 『青眼の究極竜』を倒し、後一歩のところまで詰め寄って来た――この結果の要因は、果たして何と見るべきなのか?
(……諦めない心。弱者が強者に喰らい付く、不撓不屈の魂。だとすれば――)
 そこで彼は思考を止めた。それ以上の思索を拒絶し、「馬鹿な」と自嘲を漏らす。
(それでも結果は変わらない……現にオレは今、勝利を掴んでいる。弱者が強者に勝つことなど無い――何を疑うまでもない、当然の真理だ)

 海馬は少女を改めて見据え、明朗たる口調で宣告した。
「さあどうする……サレンダーして敗北するか? それともターンを終了し、このオレの手で敗北するか……好きな方を選べ。さあ!」
 現実を突きつけ、高圧的に促す。
 それに対し少女は、ゆっくりと口を開く。
「まだ……だよ。まだわたしは、あきらめない」
 海馬瀬人は鼻で嗤った。
 何を馬鹿なと口を開きかけ――しかしその前に、彼女は叫んだ。

「だって、もしかしたら――決闘盤が壊れて、わたしが勝つかもしれないしっ!!」

 会場が凍り付いた。
 海馬はポカンと口を開き、彼女の真剣な眼差しを見つめる。
「と、とにかくちょっとタンマ! 作戦を練り直すからっ!!」
 そう叫んでから、彼女は決闘盤の墓地スペースから全てのカードを引っ張り出す。
 何か見落としはないか、可能性の芽はないのか――1枚1枚を見直し始める。

『……か、神里選手! プレイヤーに与えられる1ターンの思考時間は5分と決まっている……残り時間は2分!』
「うぇぇっ!? もうそんな時間っ!?」

 審判・磯野に注意されながら、絵空はなおも悩み続ける。
 そんな彼女の様子を前に、海馬は――込み上げてくる感情があった。それは彼の中に抑えきれず、口元から漏れ出る。
「……フッ……クク、ハハハ――ワハハハハハ!!!」
 突然の笑い声に、会場中の人間が唖然とした。
 彼は絵空を見下ろしながら、溜め息混じりに言葉を紡ぐ。
「今一度問おう、小娘。貴様はこの期に及んでもなお――決勝に進み、遊戯に勝つと抜かすか?」
 絵空は一瞬詰まり、しかし頷いてみせた。
 策はある。このデュエルに勝てさえすれば――互角以上に闘う手段が。
 海馬はその眼を見据え、再び溜め息を吐く。
「……ガキの夢想だな。己の身の程をわきまえない、あまりに幼い幻想だ」
 海馬のその一言に、絵空はムッとし、反論した。
「――ガキじゃないもん!! 正真正銘、今年17歳の高校生だもんっ!!!」
 会場内が騒然とする。
 いやいや、小学生じゃなかったのかよ――と、そこかしこで物議を醸す。

「……まったく馬鹿馬鹿しい。このオレの設計した決闘盤が故障など、万に一つもあり得んことだ。貴様に勝機があるとすれば、せいぜい――この程度のこと」

 唐突に、海馬は2枚の手札をデッキの上に置き、階段へと足を向けた。
『え……あの、瀬人様? デュエルはまだ終わっては……』
 それを呼び止める磯野の声に、海馬はギロリと視線を向ける。
「……貴様の目は節穴か? デュエルなら今、終了した――審判ならば見落とすな」
 磯野はしばし考える。海馬は手札をデッキに置いた――その瞬間に、彼の右掌はデッキに置かれた……のかも知れない。
『って……えええ!? ま、まさかサレン……いやいやしかし、瀬人様!?』
 大いに動揺する磯野を無視し、海馬は絵空を一瞥した。
「――勘違いはするな。敗北を確信したオレよりは、貴様の方がわずかにマシ……それだけの理由だ」
 それだけを言い捨て、彼は去る。
 悠々と階段を下り、デュエルフィールドを後にする。



(――貴様に示されるまでもない……知っているさ、そんなことは)
 階段を一つずつ踏みしめながら、彼は思う。

 最初から強い者など、どこにもいない。
 己の弱さを知り、それでもなお強者に挑む――その果てにこそ道は拓ける。
 かつて自分もまた、そうだったように。

 ――両親を亡くし、全てを奪われ
 ――己の弱さを噛み締め、それでも強くなろうとした
 ――守るべき弟のために

(今のオレは“完成”している……しかしそれだけのことだ。ならば一から始めれば良い、今一度)

 ――デッキを崩し、一から組み直すように
 ――何度でも何度でも、やり直す
 ――弱さを受け入れた先にこそ、真の強さはあるのだから

「――前言は撤回だな。限界などあるものか……このオレの踏み記したロード、それこそが未来となるのだから」

 憑き物が落ちたように、不敵な笑みを浮かべ、海馬はその一歩を踏み記した。



『――え、えー……じゅ、準決勝第二試合、勝者……神里絵空っ!!』

 一方で、戸惑いながらも磯野は、ヤケクソ気味にそう宣言する。
 観衆もワンテンポ遅れ、動揺混じりの歓声を上げる。
 そして神里絵空は――腰が砕け、その場に座り込んだ。

「……強すぎでしょ……海馬瀬人」

 そのまま仰向けにひっくり返り、目を回してしまった。




決闘200 決勝

「――ぷは〜っ! 生き返ったぁ……ありがとう、おと……おじさん」
 缶ジュースの飲み口から口を離すと、絵空は月村にそう言った。
 場所は青眼ドーム内の選手用控室。腰が抜けて自力で舞台から降りられなくなってしまった彼女は、彼に背負われ、ここまで辿り着いたのだ。同室には、彼女を案じて付いてきた孔雀舞と杏子の姿もある。
 彼女のそんな状態も踏まえ、決勝戦開始まで30分程のインターバルがとられることになった。もともと神無雫の不戦敗により一試合中止になったこともあり、進行スケジュールには少し余裕があるのだろう。
「本当に大丈夫かい、絵空ちゃん? あまり無理はしない方が……」
「へ、ヘーキだよ全然! ちょっと安心して力抜けちゃっただけだし」
 本当のことを言えば、大丈夫とは言い難かった。今は椅子に座ったままで、正直まだ、立ち上がることも覚束ないだろう。
 海馬瀬人という最強レベルのデュエリスト、彼との一戦は絵空に対し、通常では考えられない程の消耗を強いていた。無論、大観衆の前で、「絶対に勝たなければならない」という気負いがあったことも一因ではあるが。
 美咲から頼まれたこともあり、月村はなおも案じてくる。しかし横から、舞が助け舟を出した。
「――まあ、あと一戦なんだし。そんなに心配しなくてもいいんじゃないかい? それに今度の相手は海馬じゃなく遊戯なんだ。気心の知れた相手なら気が楽だろ?」
 言いながら舞は目配せし、絵空はコクコクと頷く。
 確かに一理あるし、何よりここまで来て決勝に出るなとは酷な話だ――月村も実際のところ、認めないわけにはいかなかった。
「……わかった。けど体調が悪くなったら、デュエル中でもすぐに言うんだよ。良いかい?」
 絵空はもちろん頷く。月村は一応納得した様子で、それ以上は言わなかった。
「しっかし、予選でアタシを負かしたアナタが、まさか決勝まで来ちゃうなんてね。応援するから頑張んな。泣いても笑っても、次が最後なんだし」
 舞は明るい口調で言った。選んだその言い回しに、特別な他意などなかった――しかし杏子はつい、口調が重くなった。
「……そうよね。これが最後……本当に、最後になるんだから」
 ――遊戯にとっては。
 そう言いかけて、口を噤む。舞もその意味に気付き、場の空気が重くなった。
 この場にいる4人の中で、その事情を知らないのは月村だけだ。

 けれど絵空もまた違う。彼女には、他の誰にも知らせていない思惑があった――絶望では終わらない、一縷の希望が。
(遊戯くんの魂から……“王の遺産”を引き剥がす! そうすれば――)
 ――武藤遊戯は、“人間”に戻れる。
 “邪神”となる恐れはなくなり、デュエリストを辞める必要もない。
 そのためには――勝つ必要があるのだ、決勝戦の舞台で。
(――“闘いの儀”。かつて遊戯くんが王(ファラオ)に勝利し、“王の剣”を継承した儀式。それを再現できれば……!)
 彼の魂には今、“王の遺産”が深く食い込んでいる。それを外部から引き剥がすことは、“ホルアクティ”にも“アクヴァデス”にも出来なかった――いや正確には、無理矢理にでも剥がしたなら、彼の魂は歪み、破綻してしまうことだろう。
 可能性があるとすれば、正当なる継承。“王の呪い”はより強き者、より王に相応しき人間にこそなびく――相応しき舞台で彼を破り、勝利できれば“遺産”の継承は可能なはずだ。そしてその舞台の条件は、第三回バトル・シティ大会決勝戦、数多のデュエリストが頂点を目指し競い合った、この機会でこそ満たし得るものだろう。
(今のわたしなら……ホムンクルス“ティルス”の魂でなら、その呪いにも堪えられるハズ。わたしにしかできない……わたしが勝利することでしか、遊戯くんを救えない)
 この話を誰にもしなかったのには理由がある。
 ひとつには、“闘いの儀”の条件を満たすため。過程に不正の類があれば、成り立たない恐れがあるため――だから城之内にも海馬にも、事情を伝えはしなかった。正当なる対戦相手として、遊戯の前に立つために。
(まあ……海馬さんには実質負けてたから、条件を満たしてるかはビミョーだけど)
 ここまで来たら、そこはもう信じるしかなかろう。海馬瀬人は絵空の何かを認め、勝利を譲ったのだ――それは間違いないだろうから。
 そしてもうひとつ。遊戯に知られないことこそが、何より重要な条件だ。わざと負けてもらうのでは、儀式が成り立ちはしないだろう。彼の全身全霊に、真っ向からぶつかり勝利する――それでこそ継承は実現する。
(これで舞台は整った。後は……――)
 神里絵空は顔を上げ、目指すべき未来へ思いを馳せた。





 一方――デュエルフィールド下、出場選手および関係者用のスペースにて。
 武藤遊戯は観客席を見上げていた。ただ眺めるようにではなく、何かを探すように。
「――どうしたの遊戯くん? 誰か探してるの?」
 獏良からの質問に、遊戯は曖昧に答えを濁す。「ちょっとね」と、愛想笑いを浮かべた。
(さっき感じた視線……もう感じられない。会場からいなくなったのか? それとも気配を消しているのか……)
 病院でも一度感じた、異質なる視線。普通の人間のものとは思えない、穢れた気配。
 それは遊戯に否応なく思わせる、まだ終わってはいないのだと。
「――しっかし、神里が決勝まで来るとはなぁ。正直な話、さすがに厳しいと思ってたぜ。遊戯は予想してたか? こうなるってよ」
「え……ああ。そうだね……大会参加は初めてなんだし。でも、いいところまでいくとは思ってたよ」
 本田の問いに答えながら、遊戯は顧みる。
 そもそも大会実績の無い彼女が今大会に参加できたのは、遊戯が海馬に頼み込んだ結果だった。その彼女が今、決勝戦の相手として対峙することになる――考えてみるに感慨深いことだ。
「ちっと悔しいけどな……仕方ねぇ。二人とも応援してるからよ、決勝戦、精いっぱい楽しんで来いよな!」
 城之内にそう言われ、遊戯は一瞬ためらった。しかしすぐに頷いて、気づかれないように努める。

 果たして楽しむことなどできようか――それは恐らく難しい。
 城之内とのデュエルで、遊戯は痛感してしまった。
 今の自分は強すぎるのだ――驕りでも過信でもない、厳然たる事実として。
 普通の人間ではなくなった自分には、手札もデッキも戦略も、そのほとんどが視えてしまう。
 そんな自分とマトモに闘える人間が、果たしてこの世界に存在し得るのか――そう疑わずにはいられない。
 対等に闘える相手が存在しない、それは何と空しいことだろうか。

(それでも……次が最後。ボクがデュエリストとして闘える、最後の機会……か)
 残されたその時間を、せめて精いっぱい噛み締めよう――遊戯はそう思いながら、デュエルフィールドを見上げた。





 そして時は経ち、試合の時間は近づく。
 その間、観客が退屈しないように、会場のスクリーンには映像が流されていた。武藤遊戯と神里絵空、2人が決勝戦に至るまでに見せてきた、本戦でのデュエルのハイライトが。

「――やっぱ武藤遊戯だよなあ……あの女の子にゃ荷が重いよ」
「――でもよ、一回戦のデュエルはすごかったぜ? 逆に遊戯の一回戦はパッとしなかったような……」
「――あれは油断してただけだろ? 聞いたこともない無名の相手だったからな。実際、全米チャンプにゃ文句なしの圧勝。城之内相手にも楽勝だったし、あれがホントの遊戯の実力さ」
「――まあ今の試合も、どう見ても海馬の勝ちだったしなあ……流石にそのレベルじゃないってことか」
「――あ〜あ、遊戯と海馬の決勝戦が見たかったよなぁ。勘弁してほしいよ。何だったんだ、あのサレンダー?」

 などと、観客席の一角で、玄人ぶった男たち2人の論議を背後に聞きながら――1人の少女はイライラと、貧乏ゆすりをしていた。
「まっ……まあまあ深冬ちゃん。本戦で遊戯さんをあそこまで追い詰めたのは深冬ちゃんだけなんだし……」
 岩槻瞳子が隣席の太倉深冬を小声でなだめる。
 2人は一週間前、準決勝戦を観戦しに来た際に“事件”に巻き込まれながらも、再び試合観戦に訪れていた。瞳子の親には秘密で、主に深冬の先導によってだが。
「……別に。そんなので怒ってるわけじゃないわよ。ただ」
 深冬は貧乏ゆすりを止めて、スクリーンを見上げる。そこには今、終わったばかりの絵空と海馬のデュエルが映し出されていた。
「ただ――あのチビッ子だって結構やるのにって、そう思っただけよ」
 深冬はぶすっとした表情で、スクリーンを眺め続ける。そんな彼女の様子に、瞳子はポカンと口を開いた。
「珍しいね……深冬ちゃん、絵空さんのこと気に入ったんだ?」
「はぁ!? 何でそうなるのよ?」
「だって、深冬ちゃんが他人を褒めることって滅多にないし……」
「うっさいバカトーコ! それ以上言うと“でこピン”だからね!」
 瞳子は両手で額を押さえながら笑った。
 そして改めて思う――これで良かったのだろうと。

 一週間前の“事件”に巻き込まれた際、瞳子もまた“夢”を見た。
 小学校時代にイジメを受けることなく、そして深冬は“足”を失わない――そんな優しい世界を。

(でも……“この世界”だって悪くない。そうだよ、辛いことや悲しいことがあっても……私たちは笑ってる。未来を目指して生きていける)
 そんなふうに思えるようになったのは、間違いなくこの少女のおかげなのだ――その出会いに感謝して、その幸せを噛み締める。
「……何よ、ニヤニヤしちゃって気持ち悪いわね。知ってる? 思い出し笑いする人ってムッツリらしいわよ」
「む、むっつ……? わ、私そんなことな――」
 瞳子は深冬に反論しようとした、そのときだった。

 ――ドクンッ!!!

 瞳子の背筋を悪寒が走り、全身が凍り付いた。
 瞳子の座席は通路際にあった。そして今、誰かが――いや、“何か”が彼女の横を通り過ぎていったのだ。
(何……この感じ? たしか前にも……)
 覚えがある。
 それは奇しくも一回戦――ヴァルドーとのデュエル中、神里絵空の“翼”から感じたものに近かった。
 瞳子はゆっくりと、恐る恐る振り返り、その背中を視認する。
 学ランを着た小さな背中。それは恐らく童実野高校のものだ。その背中が人ごみに紛れ、見えなくなるまで――彼女の震えは収まらなかった。
「ちょっと、どうしたのよトーコ!? 顔色悪いわよ!?」
「え……あ、うん。ごめんね、大丈夫」
 ハンカチで冷や汗を拭いながら、瞳子は動悸を静める。
 今のが一体何だったのか、瞳子にはよく分からない。ただ、自分にはどうしようもないところで、得体の知れない“何か”が忍び寄りつつある――そんな漠然とした不安を抱いた。



 その“少年”は観客席の階段を上り、出入口へと歩いていた。
 もうじき決勝戦が始まるという時間帯に、しかし“彼”はそこに向かう。
 そして出入口前で、“彼”は誰かとぶつかった。
「――いてて……ごめんなさい、お兄さん。急いでて」
 ぶつかったのは少年、“彼”よりもさらに小さい男の子だった。恐らくは小学校低学年であろう。
「いや……僕も急いでいてね。悪かったよ、立てるかい?」
 “彼”はそう言いながら右手を差し出すが、男の子はそれに気づかず、一人で立ち上がった。
 そして、ぶつかった拍子にバラ撒いてしまった、何枚かのカードを急いで集め始める。
 “彼”はふと、自分の足元にも1枚落ちていることに気が付いた。
 それを拾い、視界に入れる。闇属性の最上級モンスター、それを見て小さく舌打ちする。
「本当に悪かったね……お詫びに“おまじない”を掛けてあげるよ。このカードを使えば、君はどんな相手だって倒せる……そんな素敵な“おまじない”をね」
 そう言いながら、しかし何かをした素振りもなく、“彼”はカードを差し出した。
 男の子は小首を傾げながら「ありがとう」とそれを受け取る。
「あれ? もう決勝戦始まっちゃうのに、お兄さんどこ行くの?」
「ああ。近くで見たかったんだけど……どうも見つかっちゃいそうなんでね。大人しく遠くから見ることにしたよ」
「……?? よくわかんないけど……じゃあね、お兄さん」
 男の子は階段を駆け下りてゆく。
 “彼”はその背を眺め、ニィッと笑みを漏らし――そして試合が始まる頃には、その姿を消していた。





 ――そして、決戦の時は来る。

『――皆様、大変長らくお待たせいたしました!! これより第三回バトル・シティ大会、決勝戦を開始いたします!!』

 磯野のアナウンスを受け、会場は一際大きな歓声に包まれた。
 第三回バトル・シティ大会、決勝戦。この舞台に辿り着くまでに、いくつもの激戦が繰り広げられてきた。
 十日前に行われた予選により、大会参加者161名は16名にまで選抜。そして本戦一回戦8試合、二回戦3試合、準決勝戦2試合を経て――2名のデュエリストが勝ち抜いた。

 武藤遊戯と神里絵空。
 2人はお互いのデッキシャッフルを済ませ、距離をとる。
 磯野はそれを確認すると、今大会最後となる宣言を発した。

『それでは――決勝戦! 武藤遊戯VS神里絵空!! デュエル開始ィィィィ!!!』

 観客は期待を込めて、もう一度歓声を上げる。
 しかしそれは程なくして、動揺に変わってしまった。
 ステージ上の2人が、デッキからカードを引かなかったのだ――いや正確には、神里絵空が。武藤遊戯はそのことに気付き、デッキに伸ばした右手を制止したに過ぎない。
「……? 神里さん?」
 彼女の思惑が視えず、遊戯は言葉を掛ける。
 絵空は双眸を閉じ、静穏として佇んでいる。
「――いくよ……“千年聖書(ミレニアム・バイブル)”」
 彼女の前に唐突に、黒い本が出現する。それはそのまま浮上し、彼女の頭上で回転を始める――そしてその表紙の装飾、黄金のウジャト眼が輝く。同時に、彼女の身体に異変が起こった。

 ――バサァァァァァァァッッッ!!!!!!

 観衆は息を呑んだ。
 神里絵空の背中に“翼”が生えたのだ――巨大で、黒く骨ばった“獣の翼”が。
 これはまさしく一回戦第七試合、ヴァルドーとのデュエルのときと同じ。非現実的なその光景は、彼らの目には立体映像(ソリッドビジョン)の演出として映った。

 ――この“切札”を準決勝戦、海馬瀬人とのデュエルに使用しなかったのには理由がある。
 一週間前の“事件”の際、神里絵空は闇の創造神“ゾーク・アクヴァデス”にその魂を捧げた。それは一時的なことではあったが、絵空は“神”と同一となり、その異能を行使できたのだ。
 そしてその神の“断片”は今もなお、彼女の中に取り残されていた――使えば失われる“ただ一度きりの力”として、彼女の“終焉の翼”の中に。
 だから彼女は海馬に対し“翼”を使うことができなかったのだ。ただ一度きりのその機会を、この一戦、遊戯との決勝戦に使うために。

(一回戦のときとは違う……!? そうだ、この力は!!)
 遊戯はすぐに気が付いた。
 彼女の全身から発せられる、強大なる闇の“神威”――彼はそれに覚えがあった。自分を限界まで追い詰めた“闇(ゾーク)アテム”、その気配に極めて等しい。

 解放されし“闇”の力は、彼女のデッキを包み込む。
 遊戯の眼にも、もう視えない。それは彼女が紛れもなく、彼と同等のステージに上がったことの証だ。
「――いきますよ……遊戯さん」
「!! 神里さん、きみは……」
 少女の声のトーンが変わり、髪を束ねるリボンが揺れる。
 眼を驚きに見開いた遊戯と、彼女は小さく微笑んで見合う。その眼に愛しさと、そして切なさを湛えて。

 2人のデュエリストは改めて対峙し、互いの瞳を見つめ合う。
 そしてどちらからともなく、同時に叫んだ。

「「――デュエル!!!」」

 2人は5枚のカードを引き抜く。
 さらに続けて、少女は右手をデッキに伸ばした。
「いきます――“私”の先攻!!」
 第三回バトル・シティ大会、最終戦。
 武藤遊戯VS神里絵空――その闘いの火蓋が、遂に切って落とされた。


<神里絵空>
LP:4000
場:
手札:5枚
<武藤遊戯>
LP:4000
場:
手札:5枚




決闘201 武藤遊戯VS神里絵空

 それは四日前――遊戯の入院する病室での一幕。
 神無雫の容体を見た後、絵空は再び、彼の元を訪れていた。

「――さっきはありがとね、遊戯くん。わたしたちのこと黙っててくれて」
 笑顔の絵空に対し、遊戯は冴えない顔をした。
 そして「ごめん」と呟く。
「ボクには結局……何もできなかった。君たちを護ることも……取り戻すことも」
 絵空は少し驚いて、そして首を横に振った。
 「そんなことないよ」と言葉を続ける。
「わたしたちはここにいる。月村天恵も、神里絵空も……“わたし”の中に生きている。だからね、淋しいことなんて何もないの」
 遊戯の瞳が収縮する。
 彼女はいま嘘を吐いた――彼にはそれが分かる、視えてしまう。
「これは“私”の願いで、わたしたちの答え。これからわたしたちは、一人の人間として生きていく……一番近しい場所で、“神里絵空”として」
 遊戯は顔を俯かせる。
 自分ならばどうだろう――そう思わずにはいられない。
 彼女と出逢い、その真実を知って以来、彼はずっと重ねてきた。かつての自分と“彼”に。
(ボクと“彼”は別れなければならなかった……“彼”が未来へ進むために。けど、神里さんは)
 思い詰めた彼の様子に、彼女は思わず、微笑みを零した。
「本当にやさしいね……あなたは。だから“私”は、わたしたちは、あなたを――」
 口をついて出た言葉に、遊戯はゆっくりと顔を上げる。
 目が合った瞬間にハッとして、彼女は慌てて誤魔化した。
「いっ……いや、ちがくて! 今はその話じゃなくて! 確認しときたいことがあったの!」
 顔を真っ赤にしながら、両手のひらをブンブンと振る。
 わざとらしく咳払いをして、改めて彼と向き合った。
「……四日後の準決勝、そして決勝戦――その舞台で、あなたは“神”を使いますか?」
 絵空に問われ、遊戯はベッドの側の小タンス、その中のデッキに視線を向けた。
 『オシリスの天空竜』、『オベリスクの巨神兵』、そして『ラーの翼神竜』。“死神”アクナディンにより神威を奪われたそれらは、遊戯の“魂”により息を吹き返し、今もそのデッキに収められている――以前とは比べものにならない“神威”をはらんで。
 その威力はもはや紛れもない“兵器”だ。この3枚を大観衆の面前で披露することがどれほどの危険をもたらすか、想像に難くはない。この世界の均衡を崩すそれらをどう“処分”すべきなのか、その手段についても、早急に考えねばなるまい。
「――使わないよ。もともと大会では使ってなかったし……念のため持ち歩いていただけだから」
 予想通りの返答に、彼女は頷く。
 しかし確認する意味はあった。お互いに確認し合ってこそ、“闘いの儀”は成り立ち得る。
「わかった。それじゃあわたしも、同じ条件で挑むよ」
 彼女は右手のひらを開き、その上に“千年聖書”が現れる。いや現れたというよりは、それは元よりそこに在り、姿を消していたに過ぎないのだが――そしてそれは、遊戯には当然のごとく視えていた。
「“三幻神”と対をなす“三魔神”……その3枚はいま“千年聖書”の中にある。わたしはそれを使えるけど……四日後の大会では使わない。“神のカード”は使わない――同じ条件で大会に挑むよ」
 彼女が手のひらを閉じると、“聖書”は再び姿を晦ます。
 この“宣言”には意味がある――“神”を使わないのは同じ、“対等”の条件で勝負に臨むと。
(あとは決勝の舞台で、わたしが遊戯くんに勝てれば……“王の遺産”はわたしを選ぶ、その可能性は高いハズ。そうなれば……!)
 それは、彼が失ったものを取り戻す――そのために彼女がとれる、唯一の手段。
 勝算はある。だから彼女は閉じた右手を、思わず強く握り締める。

 一方で彼は、彼女のそんな様子を視ていた――そして気づき、しかし口を噤んだ。

「――決勝で会おうね、遊戯くん。あなたとの最後のデュエル、必ず実現してみせる……わたしたちの手で」
 胸の内を隠しながら、しかし彼女は彼に、満面の笑顔でそう伝えた。





 そして現在(いま)――第三回バトル・シティ大会、決勝戦。

 神里絵空はカードを引くと、すぐに2枚のカードを選ぶ。
「私はカードを1枚セットし、『闇を纏(まと)う死霊』を守備表示で召喚! ターン終了です」
 彼女のフィールドに、大鎌を携えた骸骨が現れる。その姿形は、海馬戦の終盤でも召喚された『魂を削る死霊』とほぼ一致する――しかし漆黒の装束を纏う。
 それは世間一般には存在しない、彼女のためのだけの未知のモンスターだ。しかし遊戯は迷うことなく、デッキに指を滑らせる。
「ボクのターン! ボクはカードを1枚セットし、『サイレント・ソードマンLV0』を召喚! 攻撃表示!」
 攻撃力1000の少年剣士が“死霊”に向けて剣を構える。
「バトルだ! “サイレント・ソードマン”で『闇を纏う死霊』を攻撃!!」
 詳細不明のモンスターに、遊戯は構わず攻勢を示す。
 その守備力値は『魂を削る死霊』と同じ200ポイント、一見するに破壊可能とも思える――しかし彼の攻撃宣言と同時に、彼女は手札を墓地に送った。
「手札の闇属性モンスターを捨て、『闇を纏う死霊』の特殊能力発動! このターンの戦闘ダメージを無効化します!」


闇を纏う死霊  闇
★★★
【アンデット族】
このカードの戦闘時、手札から闇属性モンスター1体を捨てることで、
このターン、このカードが受ける戦闘ダメージを0にする。
このカードがカードの効果の対象になった時、このカードをゲームから除外する。
このカードが直接攻撃によって相手ライフに戦闘ダメージを与えた時、
相手の手札をランダムに1枚ゲームから除外する。
攻 300  守200


 黒い霧が発生し、“死霊”の姿を覆い隠す。標的を見失い、剣士はやむなく立ち止まった。
(これでこのターンはやり過ごせる。次のターンで――)
 絵空の思考が“次”に移らんとする、しかしその前に、遊戯の右手が動いた。
「させないよ! ボクは手札から魔法カード『時の飛躍(ターン・ジャンプ)』を発動!!」
 カードの発動と同時に、霧はたちどころに消え失せる。
 『時の飛躍』の効果により、瞬時に3ターンが経過した――故に『闇を纏う死霊』の特殊能力は無効。そしてそれだけではない。
「“沈黙の剣士(サイレント・ソードマン)”の特殊能力発動! 3ターンが経過したことで“レベル3”となり、攻撃力1500ポイントアップ!!」
 時の経過により、“沈黙の剣士”は青年となる。
 相手モンスターの特殊能力を無効化し、さらに自軍モンスターの攻撃力を上げる――1枚で2枚分の効力を生み出した。
「今度こそいくよ、“サイレント・ソードマン”の攻撃!!」
 絵空は咄嗟に手札を見る。
 この攻撃に対し、再び『闇を纏う死霊』の能力を発動することはできる。だが、
(今はまだ序盤。これ以上の消耗はできない……!)
 彼女の右手が、左手の手札に伸びることはなかった。
「――“沈黙の剣LV3”!!」

 ――ズバァァァァッ!!!

 “死霊”は両断され、消滅する。
 場がガラ空きとなった絵空に対し、遊戯の場には攻撃力2500のモンスターが1体。
 このターンの攻防は明らかに、遊戯に軍配が上がっていた。


<神里絵空>
LP:4000
場:伏せカード1枚
手札:3枚
<武藤遊戯>
LP:4000
場:サイレント・ソードマンLV3(攻2500),伏せカード1枚
手札:3枚


(今のターンは仕方がないわ。それよりも厄介なのは……)
 絵空は気を持ち直し、遊戯の伏せカードに注目する。
 そのカードは『時の飛躍』の発動前に伏せられていた――その正体には心当たりがある。遊戯とは何度もデュエルしてきた、故にこそ気づける可能性。
(ヴァルドーと闘ったときのように、遊戯さんの戦術を見透かせるわけじゃない。逆手にとったブラフの可能性もある……でも)
 それは強者としてではなく、近しい者としての勘だ。
 ――おそらくブラフではない。
 遊戯は小細工抜きの“真っ向勝負”を挑んできている――絵空の実力を推し量るために。
 現在の自分と対等に闘うことができるのか、それを問わんがために。
(ここは……退けない! 場の流れを掴むためにも、全力で応える!!)
 彼女の心に呼応して、背中の巨翼が微動する。
「私の――ターンッ! 魔法カード発動『闇の誘惑』!!」
 デッキから引いたばかりのカードを、絵空は勢いよく発動してみせた。


闇の誘惑
(魔法カード)
自分はデッキから2枚ドローし、手札の闇属性モンスター1体を除外する。
手札に闇属性モンスターが無い場合、手札を全て墓地へ送る。


「さらに2枚をドローし、1枚を除外! そしてこの瞬間、除外された『ダーク・ウィルス』の特殊能力を発動します!!」


ダーク・ウィルス  /闇
★★
【悪魔族】
戦闘によって破壊されたこのカードはゲームから除外される。
このカードが除外されたとき、以下の効果から1つを選択して発動する。
●デッキから「ダーク・ウィルス」をフィールド上に攻撃表示で特殊召喚する。
●相手に500ポイントのダメージを与える。
●場のモンスター1体の攻撃力を500ポイント下げる。
攻1000  守 100


 絵空のフィールドに2体、人間大の黒い球体が立ち並ぶ。
 攻撃力はともに1000、成長した“沈黙の剣士”に挑める数値ではない――しかし、足掛かりには出来る。
「そして『ダーク・ウィルス』2体を生け贄に捧げて――『堕天使 ジャンヌ』召喚!!」
 フィールドに天使が舞い降り、『ダーク・ウィルス』2体はその背中に憑り付く。それらは2枚の黒翼に形を変え、天使を再び中空へ舞わせた。


堕天使 ジャンヌ  /闇
★★★★★★★
【天使族】
闇属性モンスター2体を生け贄に捧げて召喚に成功したとき、
墓地に存在する闇属性モンスター1体をゲームから除外して発動。
除外したモンスターの攻撃力の半分の数値分だけ、このカードの
攻撃力をアップし、コントローラーのライフポイントを回復する。
また、このカードが戦闘によってモンスターを破壊し墓地へ送った時、
自分は破壊したモンスターのレベル×300ライフポイント回復する。
攻2800  守2000


「生け贄召喚成功時、“ジャンヌ”の特殊能力を発動します! 墓地の『ダーク・ウィルス』を除外することで、自身の攻撃力と私のライフを500ポイントずつアップ!」


堕天使 ジャンヌ:攻2800→攻3300

<神里絵空>
LP:4000→4500


 攻撃力3300、最上級としても破格のモンスターがフィールドに現れた。
 これにより、フィールドの優位は絵空に移ったかのように見える――しかしまだだ。これではまだ届かぬことを、彼女はよく理解している。
「さらに『ダーク・ウィルス』の効果! 今度は別の効果を選択し、“沈黙の剣士”の攻撃力を500ポイントダウンさせます!」
 遊戯のフィールドに毒霧が発生する。“沈黙の剣士”はそれを吸い込み、苦悶しながら体勢を崩した。

サイレント・ソードマンLV3:攻2500→攻2000

「……これでバトルに入ります! 『堕天使 ジャンヌ』で“沈黙の剣士”を攻撃!!」
「……!? 反撃だ、“沈黙の剣士”!!」
 高攻撃力モンスターで低攻撃力モンスターを攻撃する、それは一見するに当然の光景だ。しかし遊戯は不審に思う。
 リバースカードの正体に気付けなかったのか、いやそれは無い――彼女の意図を確かめるべく、場の伏せカードを翻した。
「リバーストラップ『罅割れゆく斧』! このカードは、リバース状態で経過したターン数×500ポイントを対象モンスターの攻撃力から引く! 経過したのは3ターン、つまり“ジャンヌ”の攻撃力は1500ポイントダウン!!」
 “沈黙の剣士”、『時の飛躍』、そして『罅割れゆく斧』――これはかつて“神”をも倒した、遊戯の必殺コンボのひとつ。
 “ジャンヌ”の剣にヒビが入り、その能力値は大きく引き下げられた。

堕天使 ジャンヌ:攻3300→攻1800

 攻撃はもう取り消せない。黒翼により飛翔し、勢いをつけた“ジャンヌ”が、ヒビ割れた剣を振り被る。
 返り討ちは必至――ほとんどの観衆はそう思った。
 しかし2体が衝突するよりも早く、絵空もまたカードを発動する。
「リバースカードオープン『ダーク・リロード』! この効果で私は、3体目の『ダーク・ウィルス』も除外し――特殊能力を発動!!」


ダーク・リロード
(魔法カード)
自分の墓地から闇属性モンスター1体をゲームから除外して発動。
自分のデッキからカードを1枚ドローする。
「ダーク・リロード」は1ターンに1枚しか発動できない。


サイレント・ソードマンLV3:攻2000→攻1500

 “沈黙の剣士”は再び毒を浴び、その動きを鈍らせる。
 その隙を逃さず“ジャンヌ”は、傷ついた剣で大きく薙ぎ払った。
「――“堕天の剣”!!」

 ――ズバァァァッ!!

<武藤遊戯>
LP:4000→3700

 先手は神里絵空。
 “沈黙の剣士”を破壊し、先制ダメージを与えることに成功した。しかもそればかりではない。
「そして『堕天使 ジャンヌ』の特殊能力! 破壊したモンスターのレベル×300ポイント、私のライフを回復させます!」
 さらに絵空は『ダーク・リロード』の効果により、デッキから1枚をドローする。
 いける――と、確かな手応えをその手に掴み、口元には思わず笑みが零れた

<神里絵空>
LP:4500→5700


<神里絵空>
LP:5700
場:堕天使 ジャンヌ(攻1800)
手札:4枚
<武藤遊戯>
LP:3700
場:
手札:3枚


 この展開を受け、観衆はざわめきを見せる。
 これはいけるのではないか――序盤から2000ポイントものライフ差がつき、遊戯のフィールドはガラ空きだ。神里絵空という無名の新人が、今大会の王座につく。そんな“事件”を目の当たりにできるかもしれない、そんな期待を胸に抱く。
 だが、

 ――ズバァァァァァァァッッ!!!!

 そんな妄想をかき消すかのように――会場内に、豪快な斬撃音が響き渡った。

<神里絵空>
LP:5700→4000


<神里絵空>
LP:4000
場:
手札:4枚
<武藤遊戯>
LP:2700
場:磁石の戦士マグネット・バルキリオン(攻3500)
手札:2枚


 観衆は息を呑んだ。
 武藤遊戯は“磁石の戦士(マグネット・ウォリアー)”と『同胞の絆』のコンボにより、規格外のモンスターを召喚。絵空の“ジャンヌ”を破壊し、ライフを4000まで引き戻したのだ。
 まさしくシーソーゲーム。
 わずか4ターンにして、フィールドは目まぐるしく変化する。停滞を許さず、予断を許さない。目を離す暇すら与えない、決勝戦に相応しい好カードだ。

「――ボクはカードを1枚セットし、ターン終了だよ!」
 遊戯の強烈な返しを受け、絵空は一転、窮地に立たされた。
 身体が震える。しかしそれは、恐怖でも怯えでもない。
 こんなときなのに、勝たなければならないのに――デュエリストとしての根源が、心の底から込み上げる。

 ――かつて、誰かが言った。
 ゲームはいい。ゲームをしているときは、何もかも忘れることができる。
 立場も、使命も、運命も、全てを忘れ、興じることができる――と。

 そしてそれは絵空だけでなく、遊戯にとっても同じであった。

「――いきますっ! 私のターン!!」

 神里絵空は澱みない心で、カードを強く抜き放った。




決闘202 刻まれるもの

「私は墓地の『ダーク・スネーク』を除外し、『ダーク・ストライカー』を特殊召喚! さらに『ダーク・ストライカー』を生け贄に捧げて――『邪帝ガイウス』召喚!!」
 戦況を切り返さんと、絵空はカードを展開する。
 甲冑を纏った悪魔の戦士が、闇の球体を生み出した。


ダーク・ストライカー  /闇
★★★
【戦士族】
このカードは自分の墓地に存在する闇属性モンスター1体を
ゲームから除外し、手札から特殊召喚する事ができる。
このカードの戦闘によって発生するお互いへの戦闘ダメージは
0になり、その数値分、自分のライフポイントを回復する。
攻 600  守 200

邪帝ガイウス  /闇
★★★★★★
【悪魔族】
このカードの生け贄召喚に成功した時、
フィールド上に存在するカード1枚を除外する。
除外したカードが闇属性モンスターカードだった場合、
相手ライフに1000ポイントダメージを与える。
攻2400  守1000


「生け贄召喚成功時、特殊能力発動! 対象はもちろん“マグネット・バルキリオン”――“シャドウ・バニッシュ”!!」
 投げ放たれた球体は“バルキリオン”を直撃する。
 球体は巨大化し、“バルキリオン”の全身を包み込む――しかしその次の瞬間、球体から2体のモンスターが弾き出された。
 『磁石の戦士α』と『磁石の戦士γ』、この2体をフィールドに残し、球体は消滅する。その光景を見て、絵空は即座に理解した。
(“マグネット・バルキリオン”はモンスター3体による特殊合体モンスター。“ガイウス”の特殊能力で全てを除外することはできない、か。それでも)
 “磁石の戦士”2体での再合体は不可能。ただの壁モンスターにしかならない。
「このままバトルです! 『邪帝ガイウス』で『磁石の戦士γ』を攻撃! “闇の雷”!!」

 ――バヂヂヂヂッッ!!!

 “ガイウス”の掌から放たれた黒い電撃が、守備表示の『磁石の戦士γ』を焼き尽くす。
「私はカードを1枚セットし、除外された『ダーク・スネーク』を手札に戻して……ターンエンド!」
 増えたカードを左手に加え、絵空は遊戯を真っ直ぐに見据える。


ダーク・スネーク  /闇

【爬虫類族】
1ターンに1度、ゲームから除外された
「ダーク・スネーク」を手札に戻す事ができる。
攻 300  守 250


<神里絵空>
LP:4000
場:邪帝ガイウス,伏せカード1枚
手札:3枚
<武藤遊戯>
LP:2700
場:磁石の戦士α(守1700),伏せカード1枚
手札:1枚


「ボクのターンだ! 『サイレント・マジシャン』を攻撃表示で召喚し……手札から『天よりの宝札』を発動! お互いのプレイヤーは手札が6枚になるよう、カードをドローする!!」
 遊戯は6枚、絵空は3枚をドローする。
 そして同時に、“沈黙の魔術師(サイレント・マジシャン)”の全身が白い光に包まれた。
「“沈黙の魔術師”の効果発動! 相手がカードをドローするたびにレベルを上げる! 神里さんのドローカードは3枚、よってレベルは3、攻撃力1500ポイントアップだ!!」
 幼い少女は成長し、右手の杖を構え直す。上昇後の攻撃力値は2500ポイント、“ガイウス”を上回った。
「バトルだ! “沈黙の魔術師”LV3の攻撃――“サイレント・バーニング”!!」
 その杖から白い光が放たれると同時に、絵空は場の伏せカードを翻した。
「リバースカードオープン! 装備カード『ダークイレイザー』!!」
 “ガイウス”の眼前に黒い“柄”が出現し、彼はそれを握る。
 するとそこから黒い光が伸び、“刃”を形どった。


ダークイレイザー
(装備魔法)
闇属性モンスターにのみ装備可能。
●装備モンスターの戦闘により発生する
自分へのダメージは0になる。
●装備モンスターと戦闘を行ったモンスターを、
そのダメージステップ終了時にゲームから除外する。
●装備モンスターは破壊されたとき墓地へ送られず
ゲームから除外される。


「反撃よ――『邪帝ガイウス』!!」
 攻撃力差に怯むことなく、“ガイウス”は“沈黙の魔術師”に肉薄する。
 彼女が白光を放つと同時に、その刃を勢いよく突き立てた。

 ――ズドォォォォォッ!!!

 2体の衝突を源とし、フィールドを光が満たした。
 そして2人のデュエリストのみならず、全ての観戦者の視界が開けたとき、2体の姿はともに、どこにも見当たらなかった。
(相撃ちか……『同胞の絆』の効果で特殊召喚した『磁石の戦士α』は攻撃できない。それなら)
「――ボクはカードを1枚セットし、ターン終了だよ!」
 手札から1枚を場に伏せ、遊戯も絵空を見据え返した。


<神里絵空>
LP:4000
場:
手札:6枚
<武藤遊戯>
LP:2700
場:磁石の戦士α(守1700),伏せカード2枚
手札:5枚





「――スゲェ……何だこれ、無茶苦茶じゃんか」
 そのデュエルを見上げながら、モクバは率直な感想を漏らした。
 開始早々から全力の“殴り合い”。観戦するには実に派手だが、いささか落ち着きのない印象も抱いた。
(“使い捨ての力”か……なるほどな。このオレを相手に出し惜しみとは、強かな娘だ)
 一方で海馬は、直感的にそれを悟り、不服げに鼻を鳴らした。
 しかし彼女でなければ、これほどの決勝戦は実現しなかっただろう――その事実を強く噛み締め、未来を見据える。


「――遊戯らしくないわね……様子見もせず、最初から攻めに行き過ぎてる。こんなハイペースなデュエル、最後まで持つとは思えないわ」
 孔雀舞はそう思った。最後のデュエルの舞台に、気負いすぎているのではないか――彼女はデュエリストとして、そう懸念する。
「……でも……2人とも、何だか楽しそう」
 杏子が漏らしたその言葉に、本田と獏良が頷く。デュエリストとしてではなく、ともに時間を過ごしてきた“友”として――純粋にそう感じたから。
「様子見なんて要らねぇのさ。遊戯も神里も、お互いのことは知り尽くしてる。分かり合っているからこそ、全力でぶつかれるんだ」
 城之内はそう言いながら、しかし拳を握り締めた。
 その相手が自分でないことが、何よりも悔しい――その無力を強く噛み締め、彼もまた未来を見据える。





「――私のターン!! 私は『ダーク・スナイパー』を攻撃表示で召喚し、特殊能力発動! 手札の闇属性モンスター1体を捨てることで『磁石の戦士α』を破壊します! “カーシド・バレット”!!」


ダーク・スナイパー  /闇
★★★★
【悪魔族】
手札から闇属性モンスター1体を捨てる。
フィールド上に存在するカード1枚を選択し破壊する。
この効果は1ターンに1度、自分のメインフェイズ時に発動できる。
この効果を発動したターンのエンドフェイズ時、デッキから
カードを1枚ドローする。
攻1500  守 600


 ――ズガァァァッ!!

 小悪魔の銃弾が、遊戯の壁モンスターを撃ち抜く。
 これで彼のフィールドはガラ空きだ。モンスターの直接攻撃により主導権を握る――彼女はそれを狙ったが、しかし浅い。
「リバーストラップ『魂の綱』!! ライフを1000支払い、デッキから……『クィーンズ・ナイト』を、守備表示で特殊召喚!!」

<武藤遊戯>
LP:2700→1700

 女騎士が盾をかざし、守備体勢をとる。その守備力値は1600、『ダーク・スナイパー』の攻撃力では突破できない。
「……! 私はカードを1枚セットし、エンドフェイズ! 1枚ドローしてターン終了です」
 絵空は微かに眉をひそめる。
 攻撃は防がれたものの、ライフは削れた。2倍以上のライフ差がつき、絵空が優位とも思える――しかし流れが掴めない。
 ライフ差にさしたる意味など無い。相手のライフを0にしてこそ、勝利は掴めるのだ――彼女はそれを深く理解し、神経を研ぎ澄ませる。


<神里絵空>
LP:4000
場:ダーク・スナイパー,伏せカード1枚
手札:5枚
<武藤遊戯>
LP:1700
場:クィーンズ・ナイト(守1600),伏せカード1枚
手札:5枚


 ライフ差こそあれど、フィールドは膠着の様相を呈していた。
 遊戯はそこに一石を投じる。主導権を掴み、このデュエルを制するために。
「ボクのターンだ! ボクは『キングス・ナイト』を召喚する! これによりキング、クィーンが揃った――デッキから『ジャックス・ナイト』を、攻撃表示で特殊召喚!!」
 三騎士が立ち並び、その剣先を重ねる。
 キング・クィーン・ジャック――遊戯の十八番の一つ、モンスター三連コンボ。
 “絵札の三騎士”をフィールドに展開し、遊戯は絵空のフィールドを見据えた。
(神里さんに伏せカードは1枚。気になるけどここは……臆せず攻める!!)
「バトルだ! まずは『ジャックス・ナイト』で『ダーク・スナイパー』を攻撃!!」

 ――ズバァァァッ!!

 若き騎士が剣を振るい、『ダーク・スナイパー』を斬り伏せる。
 攻撃力差は300、その衝撃を受け、絵空はわずかにたじろいだ。

<神里絵空>
LP:4000→3700

 これで彼女のフィールドに、壁モンスターはいない。
 易々と通しはしないだろう――遊戯はそう予想しながらも、追撃の指示を出す。
「続け! 『キングス・ナイト』、『クィーンズ・ナイト』――ダイレクトアタック!!」
 絵空は反射的に右手が動き、しかし制止した。
 この攻撃を防ぐことはできる――しかしその判断を否定する。
(いま私が選ぶべきなのは――!!)
 カードを発動することなく、彼女はその身を固くし、騎士たちの剣撃に備えた。

 ――ズババァァッッ!!!!

<神里絵空>
LP:3700→2100→600

 観衆が大きくどよめく。両者のライフポイントは逆転し、フィールドの差は歴然だ。
 均衡は崩れ、遊戯がアドバンテージを掴んだ――ほとんどの者がそう理解した。だが、
「……? ボクはカードを1枚セットし、ターンを――」
「――この瞬間、リバースカードオープン! 『手札滅殺』!!」
 予想外のタイミングでの発動に、遊戯は大きく目を見開いた。


手札滅殺
(魔法カード)
自分の手札を全てゲームから除外し、自分の
デッキから除外した枚数分のカードをドローする。


「この効果により手札を全て除外し、新たに5枚をドロー! そして――」
 絵空のフィールドに、2つの闇の塊が生まれる。
 彼女は迷うことなく、デッキから2枚のカードを選び出した。
「――除外された『ダーク・モモンガ』の効果発動! デッキから同名モンスター2体を、守備表示で特殊召喚!!」
 闇の塊は獣の形を成し、歯を見せて遊戯を嘲笑った。


ダーク・モモンガ  /闇
★★
【獣族】
戦闘によって破壊されたこのカードはゲームから除外される。
このカードが除外されたとき、以下の効果から1つを選択して発動する。
●デッキから「ダーク・モモンガ」をフィールド上に守備表示で特殊召喚する。
●自分のライフを1000ポイント回復する。
●場のモンスター1体の守備力を1000ポイント上げる。
攻1000  守 100


 観衆は再び動揺する。
 先の攻撃の際、このコンボを発動すれば、ライフを失うことは無かった。それどころか特殊召喚した『ダーク・モモンガ』の効果により、更なるライフ回復が望めたはずだ。
(ライフを犠牲にしてモンスターを残した……!? まさか!)
 その意味を、遊戯は誰より早く理解する。
 肉を切らせて骨を断つ――絵空は次のターン、“仕掛ける”つもりなのだと。
「……さらに『ダーク・ネクロマンサー』の効果! このカードが除外されたことで、デッキの上から5枚を墓地へ送ります!」
 彼女は5枚をめくり、視界に入れる。そのうちの1枚に目を留めながらも、すぐに墓地へと送り込んだ。


ダーク・ネクロマンサー  /闇

【悪魔族】
このカードの攻撃力は、自分の墓地に存在する
闇属性モンスターカードの数×300ポイントの数値になる。
また、このカードがゲームから除外されたとき、
自分のデッキの上からカードを5枚墓地へ送ることができる。
攻0  守0


<神里絵空>
LP:600
場:ダーク・モモンガ(守100)×2
手札:5枚
<武藤遊戯>
LP:1700
場:ジャックス・ナイト,キングス・ナイト,クィーンズ・ナイト,伏せカード2枚
手札:4枚


「――私のターン!! 私は『闇ガエル』を守備表示で召喚し……そして!!」
 絵空は1枚のカードを振りかざす。
 今、彼女のフィールドにモンスターは3体――これで布石は整った。
「『ダーク・モモンガ』2体、そして『闇ガエル』、3体の闇属性モンスターを生け贄に捧げて――特殊召喚!!」
 3体もの生け贄という、“神”にも比肩するコスト。そして瞬間的な破壊力だけならそれにも匹敵する――闇の神に仕えし“従属神”。
「――『ダーク・バルバロス』!!」
 神威に近しき気配を放ち、黒き“獣神”が姿を現した。


ダーク・バルバロス  /闇
★★★★★★★★
【獣戦士族】
このカードは通常召喚できない。
自分の場の闇属性モンスターを含む、全てのモンスターを生け贄に
捧げる事で手札から特殊召喚する事ができる。
生け贄に捧げた闇属性モンスターの数により、以下の効果を発動する。
●1体:このカードの元々の攻撃力は1900になる。
●3体以上:相手フィールド上のカードを全て破壊する。
攻3000  守1200


「――この瞬間、『ダーク・バルバロス』の特殊能力発動! 3体以上の闇属性モンスターを生け贄に捧げ、特殊召喚に成功したとき……相手の場のカードを全て破壊します!!」
「!! 全て破壊……!」
 遊戯の眉間に皺が寄る。
 絵空の捨て身の戦術、それにより均衡は揺さぶられる。
 彼女は右掌を遊戯に向け、高らかに宣言した。
「殲滅せよ――“ダーク・デモリッション”!!」

 ――ズキュァァァァァァァッッ!!!!!

 咆哮とともに、黒き“獣神”の全身から、数多の“闇の帯”が伸びる。
 それは彼のフィールドを貫き、全てを破壊し尽くす――かに思われたのだが、
「――リバースマジック『魔封壁』! ボクの場のモンスターへの魔法効果を、全て無効化する!!」
 遊戯は咄嗟にカードを開く。同時に、“絵札の三騎士”は半透明のバリアに包まれ、“闇の帯”から護られる。
 これにより、彼女の狙いの全ては妨げられた――多くの観衆の目にはそう映ったことだろう。しかし、

 ――ズドドドドドドドドッッ!!!!!!

  “闇の帯”は遊戯のフィールドを蹂躙する。その多くがバリアに弾かれながらも、一方で――彼の場に残された罠カード『六芒星の呪縛』を撃ち砕いた。
(!! リバースカードが……!)
 遊戯は息を詰まらせる。
 『ダーク・バルバロス』の一番の強みは無論、特殊能力にある。しかしその攻撃力値も決して度外視できない。
「これで伏せカードは無い……! バトルです! 『クィーンズ・ナイト』を攻撃――“ダークネス・シェイパー”!!」

 ――ズギャァァァァァァッ!!!

 “獣神”の巨大なランスが、『クィーンズ・ナイト』を撃ち砕く。
 両者の攻撃力差は1500ポイント、これにより遊戯のライフも、大きな減少を示した。

<武藤遊戯>
LP:1700→200

(これでライフはあと少し……! これなら、次のターンで――)
「――リバースカードを2枚セットし、ターン終了です!」
 勝利への道筋を脳裏に描き、絵空はターンを終了させた。


<神里絵空>
LP:600
場:ダーク・バルバロス,伏せカード2枚
手札:2枚
<武藤遊戯>
LP:200
場:ジャックス・ナイト,キングス・ナイト
手札:4枚


(ライフは残り200か……厳しいけど、場にはモンスターを残せた。それなら)
「ボクのターン!! ボクは『ジャックス・ナイト』、『キングス・ナイト』を生け贄に捧げて――」
 遊戯もまた、1枚のカードを振りかざす。
 今使用しているデッキの中で、最も攻撃力の高いモンスター。ともに闘い歩んできた、最上級のエースカードを。
「――現れよ、『ブラック・マジシャン』!!」
 2体の騎士の魂を受け継ぎ、黒魔術師が降臨する。
 その姿を目の当たりにして、観衆は沸いた。遊戯の代名詞としても知られる、最上級マジシャンの登場に。
「『ブラック・マジシャン』……! けれどその攻撃力は2500、『ダーク・バルバロス』には及びませんよ」
 絵空はそう告げながらも、警戒を強める。
 『ブラック・マジシャン』は単体で見れば、そこまで強いモンスターではない。しかし魔法・罠カードとの多彩なコンボにより、その能力は十全に発揮されるのだ。
「……分かってる、いくよ! 手札から魔法カード『マジシャンズ・アシスト』を発動! この効果によりデッキから『ブラック・マジシャン』よりレベル・攻撃力の低いマジシャン1体を特殊召喚する! ボクが喚び出すのは――」
 遊戯は決闘盤からデッキを取り外し、その中から迷わず1枚を選び出した。
「――このカードだ! 『ブラック・マジシャン』のただ一人の弟子、『ブラック・マジシャン・ガール』!!」
 若き魔術師の少女がカードから飛び出し、師と顔を合わせ、愛嬌を振り撒いた。


マジシャンズ・アシスト
(魔法カード)
自分フィールド上のマジシャン1体を指定して発動。
指定したマジシャンよりレベル・攻撃力の低いマジシャン1体を
手札またはデッキから、効果を無効にして特殊召喚する。
このターンの終了時まで、この効果で特殊召喚したマジシャンは
攻撃できず、その攻撃力の半分を指定したマジシャンに加える。


「そして『マジシャンズ・アシスト』の更なる効果! マジシャン2体の連携魔法攻撃で、『ダーク・バルバロス』を攻撃するよ!!」
 魔術師の師弟は頷き合い、その杖を重ねた。
 弟子の魔力の“支援”を受け、杖先に魔力が集約される。

ブラック・マジシャン:攻2500→攻3500

「!! 攻撃力……3500……!?」
 絵空はその光景に括目した。
 『ダーク・バルバロス』の能力値を上回り、マジシャンズは同時に、高く跳躍する。
「――“黒・爆・裂・破・魔・導(ブラック・バーニング・マジック)”!!!」

 ――ズドォォォォォォォッッッ!!!!!

 巨大なる魔力波動が、絵空のフィールドで爆発する。
 その中心にいた“獣神”は、成すすべなく塵となる。衝撃はプレイヤーをも襲い、彼女は身を屈めて堪え凌いだ。

<神里絵空>
LP:600→100

 ライフはこれで残り100、最後の1目盛りを残すのみだ。
 まさしく断崖絶壁。その身を犠牲にした策も、遊戯により即座に覆されてしまった。やはり武藤遊戯が一枚上手か――ほとんどの観戦者がそう思った。
 だが、
(……堪えられた。凌ぎきった……っ!)
 俯きながらも、彼女は笑みを漏らす。
 攻撃力が後100ポイント高ければ負けていた。ここで踏みとどまれたことは、むしろ僥倖と言っていい。
「――ボクはカードを1枚セットし、ターンを……」
 遊戯がターンを終了させる、その瞬間に、彼女は再び動きを見せる。
 顔を上げ、表情に自信を滲ませて、彼女は場のカードを翻した。
「リバースカードオープン! 『闇の輪廻』っ!!」


闇の輪廻
(罠カード)
闇属性モンスターが墓地に送られたターン、
墓地に存在するそのモンスター1体をゲームから除外して発動。
同じレベルの闇属性モンスター1体をデッキから手札に加える。


「墓地から『ダーク・バルバロス』を除外することで、デッキからレベル8の闇属性モンスター1体を手札に加えます! 私が選び出すのは――」
 絵空はデッキを取り外し、その中から1枚を選び、遊戯に示す。
 そのカードを見て、彼の表情は強張った。しかし今はすでにエンドフェイズ、ここから打てる手は存在しない。
「……ボクはこれで、ターン終了だよ……」
 遊戯は渋い表情のまま、改めてエンド宣言を済ませた。


<神里絵空>
LP:100
場:伏せカード1枚
手札:3枚
<武藤遊戯>
LP:200
場:ブラック・マジシャン,ブラック・マジシャン・ガール,伏せカード1枚
手札:2枚


「――いきます、私のターン! ドローッ!!」
 一際大きな気合とともに、絵空はカードを抜き放つ。
 しかしその如何に関わらず、次なる一手は決まっている。先のトラップで手にしたカードを、ゆっくりと右手に持ち替える。
 遊戯と同じく、デッキに存在する最強モンスター ――しかし、それだけの存在ではない。

 全てはここから始まった。
 今より四千年の昔、不世出の天才魔術師“シャイ”が憎悪より生み出した“終わり”の化身。
 ティルスの“精霊”たるそれは、彼女の魂とともに、千の輪廻を繰り返してきた。
 月村秋葉という器から、月村天恵へ。そして月村天恵から、神里絵空へ。

「私は墓地の『異次元の女戦士』と『ダーク・モモンガ』をゲームから除外し――特殊召喚!!」
 絵空のフィールドに、2本の光柱が立ち並ぶ。
 黄金と漆黒、光と闇の魂の輝き。2本は混ざり合い、ひとつとなる。同時に『ダーク・モモンガ』が除外されたことで、その特殊能力が発動――彼女のライフを1000回復する。

<神里絵空>
LP:100→1100

 柱は漆黒に染まり、太く巨大なものとなる。そしてその中から、ドラゴンが姿を現す。
 その“闇”を喰らい、喰い破り、その巨躯を顕現する。
「降臨せよ――『混沌帝龍(カオス・エンペラー・ドラゴン)−終焉の使者−』!!!」
 けたたましい咆哮を放ち、フィールドの全てを震撼させた。


混沌帝龍 −終焉の使者−  /闇
★★★★★★★★
【ドラゴン族】
このカードは通常召喚できない。自分の墓地の光属性と闇属性モンスターを
1体ずつゲームから除外して特殊召喚する。
1000ライフポイントを払う事で、お互いの手札とフィールド上に存在する
全てのカードを墓地に送る。この効果で墓地に送ったカード1枚につき
相手ライフに300ポイントダメージを与える。
攻3000  守2500


<神里絵空>
LP:1100
場:混沌帝龍 −終焉の使者−,伏せカード1枚
手札:3枚
<武藤遊戯>
LP:200
場:ブラック・マジシャン,ブラック・マジシャン・ガール,伏せカード1枚
手札:2枚





 両エースモンスターの対峙に、会場はこの上なく盛り上がる。会場にいる全ての者が、この一戦に注目している。
 このデュエルは刻まれる――観戦する全ての者、一人一人の心に。
 そして彼らにより、伝え説かれてゆく。
 武藤遊戯と神里絵空――M&W史上、二度と表舞台に上がることのない、2人のデュエルが。

 そしてその“少年”もまた、目を輝かせながら、このデュエルに魅せられていた。
 年の頃は小学校低学年。まだ幼い彼が、この海馬ランドを訪れたのは初めてのこと。仕事の忙しい両親に代わり、近所のお兄さんが連れてきてくれたのだ。
「――スゴイね……これがデュエルなんだ」
 彼が発したその言葉は、隣に座るお兄さんに向けられたものではない。
 彼は1枚のカードを握りながら、このデュエルを夢中で観戦している。M&Wを始めたばかりの彼が、唯一所持している最上級モンスターカード――お気に入りのその1枚に、無邪気に話し掛ける。
「……ねえ、ユベル。いつか僕たちも、あんなふうに――」
 彼の心に反応して、そのカードは小さな瞬きを示した。


ユベル  /闇
★★★★★★★★★★
【悪魔族】
攻 0  守 0




決闘203 究極の混沌

「……ボクはライフを半分支払い――トラップカードオープン『マジシャンズ・シフト』!!」
「!? え……っ」
 遊戯がカードを翻し、絵空は驚きの声を漏らす。
 切札モンスターの召喚に成功し安堵した、その一瞬の間隙を突くかのように――遊戯のカードが輝きを示す。

<武藤遊戯>
LP:200→100


マジシャンズ・シフト
(罠カード)
自分フィールドにマジシャンが存在するとき、
ライフを半分支払って発動。
自分フィールドのモンスター1体をデッキに戻し、
戻したモンスターのレベル以下のモンスターを
デッキから特殊召喚する。
その後、手札から魔法・罠カード1枚をセットできる。
この効果でセットしたカードはセットしたターンでも発動できる。


「対象は『ブラック・マジシャン・ガール』……! デッキに戻すことにより、そのレベル以下のモンスターをデッキから特殊召喚できる!!」
 魔術師の少女が姿を消し、遊戯はデッキを右手に掴む。
 このタイミングで喚び出される、新たなモンスター ――その正体に、絵空は注目した。
「ボクが喚び出すのは――来て、『ハネクリボー』!!」
「!? ハネ……クリボー?」
 見たことのない名前と姿に、絵空は呆気にとられる。
 現れたのはレベル1の低ステータスモンスター。その名の通り、背に白い羽根を付けた“クリボー”が、遊戯のフィールドで守備体勢をとる。


ハネクリボー  /光

【天使族】
フィールド上に存在するこのカードが
破壊され墓地へ送られた時に発動する。
発動後、このターンこのカードのコントローラーが
受ける戦闘ダメージは全て0になる。
攻 300  守 200


「……さらに『マジシャンズ・シフト』のもう一つの効果により、手札からリバースカードを1枚セットするよ!」
 遊戯の狙いがどこにあるのか、それを看破することができず、絵空は静かに眉をひそめた。


<神里絵空>
LP:1100
場:混沌帝龍 −終焉の使者−,伏せカード1枚
手札:3枚
<武藤遊戯>
LP:100
場:ブラック・マジシャン,ハネクリボー(守200),伏せカード1枚
手札:1枚


(上級モンスターをデッキに戻してまでの特殊召喚……一体どんな狙いが? 考えられる可能性は――)
 絵空は思索を巡らせる。
 千載一遇の好機、訪れたこの勝機を逃さないために。
(“終焉の使者”の能力は知られている……だとしたら、効果ダメージの無効化能力? それともそれをブラフにした、攻撃誘発型……? 手札から伏せたリバースカードは?)
 いま絵空に残された選択肢は大きく3つ。“終焉の使者”の特殊能力を使うか、攻撃宣言をするか、あるいは――このターンは様子を見るか。
 しかしその中で、3つ目の選択肢はすぐに消えた。何故なら彼女には“時間がない”から。
(私の“翼”に残されたゾーク・アクヴァデスの力……それがどこまで持つか、分からない。“魂”の強さは運命を掴む……拮抗が崩れれば、敗北は必至。長期戦は望めない――それなら)
 絵空は一度瞳を閉じ、思考を固めて再び開く。
 遊戯を強く見据え、高らかに宣言した。
「私は――ライフを1000支払い、『混沌帝龍 −終焉の使者−』の特殊能力を発動!!」

<神里絵空>
LP:1100→100

 ――バサァァァッッ!!!!

 龍が大きく、双翼を広げる。そしてそこに“闇”を滾らせる。
 深く、重く、そして強い――全てを滅する“混沌の闇”。
「これが決まれば私の勝ち……! 勝負です、遊戯さん!!」
「……!!」
 身構える遊戯に対し、絵空は右掌を広げた。
「――“破滅の終焉(デストロイド・エンド)”!!」

 ――ズギュゥゥゥゥゥゥッッ!!!!!!!!!

 雄叫びとともに、それは放出される。
 放たれた“闇”は遊戯に迫り、そして彼は伏せカードを開いた。
「リバースカードオープン――『増殖』!!」


増殖
(魔法カード)


(!? 『増殖』……このタイミングで!?)
 絵空は驚き両眼を見開く。
 『増殖』は攻撃力500以下のモンスターを分裂させる魔法カード。それと『クリボー』の組み合わせは、武藤遊戯が得意とするコンボの一つとして知られている。
 マジックの効力を受け、『ハネクリボー』は無数に分裂してゆく。本来ならばこれに妨げられ、あらゆる攻撃は通らなくなる――しかし、
「たとえ何体に増えても……! 終わらせて、“カオス・エンペラー・ドラゴン”!!」
 “終焉の闇”は、全てを呑み込む。それは空間を蝕み、“無限”をも超える。
 『ハネクリボー』の増殖スピードをも上回り、フィールドを黒一色に染め上げ――最後に、遊戯のフィールドで爆発を起こした。

 ――ズガァァァァァァンンッッッ!!!!!!

 その威力は、墓地に送られたカードの枚数により決定する。
 フィールド・手札より墓地に送られた枚数は9枚。よって発生するべきダメージは、2700ポイント。
(遊戯さんのライフは残り100! これで――っ!!)
 絵空が勝利を確信する、それは当然のことだ。
 しかし開けた視界の先に、武藤遊戯は立っている。
 終わりはしない、まだ。まっさらなフィールドで、1枚のカードも持たず――2人のデュエリストは向かい合っていた。


<神里絵空>
LP:100
場:
手札:0枚
<武藤遊戯>
LP:100
場:
手札:0枚


「ライフが減っていない……!? そんな、どうして――」
 疑問を口にしかけて、次の瞬間、絵空は気が付く。
 遊戯のフィールドには今、何も無いわけではない――光輝く無数の粒子が、彼のフィールドを漂っている。
「増殖した『ハネクリボー』は、あらゆるダメージを無効化する……! たとえ破壊されようとも、その“加護”をフィールドに残す。このターン、ボクへのダメージは通らないよ!」
 彼の得意げな説明に、絵空はポカンと口を開く。
 感嘆せずにはいられない。
 とっておきの切札、必殺の特殊能力を、こうも的確に凌いでくるとは――これが武藤遊戯、この地上に存在する最強のデュエリストなのだ。


 ――そしてこの結果を受け、観衆は大いに騒ぎ出す。
 互いのライフは残り100、そして手札にもフィールドにも、1枚のカードすら残されていない。
(……ドロー勝負か!)
 月村浩一は息を呑んだ。
 この局面は図らずも、彼がガオス・ランバートと闘った際にも生じた盤面だ。
 先にモンスターを喚び、初撃を通したプレイヤーの勝利となる。この場合、通常であれば、先にドローフェイズを迎える遊戯にこそ分がある。
 しかし絵空はこの状況に際し、一つの“保険”を用意していた。
「私は『ダーク・スネーク』の特殊能力を発動! 除外されたこのモンスターを手札に戻します!」
 モンスターをいち早く手に入れたい状況で、彼女は先手を取る。
 『手札滅殺』の効果で除外をしたまま、温存していたカードを。
(『ハネクリボー』の特殊能力は続いている……ダメージはまだ通らない。それなら――)
「――私は『ダーク・スネーク』を守備表示で召喚し、ターンエンド!!」
 その宣言と同時に、遊戯のフィールドで輝く光の粒子が消失する。
 これで彼を護るものは無い。フィールドは完全にガラ空き状態だ。


<神里絵空>
LP:100
場:ダーク・スネーク(守250)
手札:0枚
<武藤遊戯>
LP:100
場:
手札:0枚


 続いては遊戯のターン。
 ここでモンスターを出せなければ、次のターン『ダーク・スネーク』の直接攻撃が襲ってこよう。この1枚のドローカードに、デュエルの勝敗がかかっている。
「ボクのターン――ドローッ!!」
 遊戯はカードを抜き放つ。
 彼が右手に掴んだのは、モンスターではなく魔法カード。しかしその口元には、確かな笑みが零れた。
「魔法カード発動――『死者蘇生』! 墓地のモンスター1体を、フィールドに復活させる!!」
 引き当てたのは、並のモンスターより遥かに望ましい魔法カード。
 これにより彼は、墓地に眠る高レベルモンスターを瞬時に特殊召喚できる。
(墓地に存在する最強モンスターは、神里さんの“終焉の使者”……。『堕天使 ジャンヌ』を蘇生して、少しでもライフを回復させる手もある。けど!)
 遊戯はわずかな逡巡の末、墓地から1枚を掴み取る。
 この最終戦、最終局面において、最も信頼できる“最高のしもべ”を選び出す。
「ボクが蘇生するのは――蘇れ、『ブラック・マジシャン』!!」
 “終焉の使者”の特殊能力により破壊されていた黒魔術師、彼がフィールドに再臨する。
 永く、ともに闘い抜いてきた“もうひとりの相棒”。自身の分身とさえ思えるその魔術師に、このデュエルの命運を託す。
「バトルだ! 『ダーク・スネーク』を攻撃――“ブラック・マジック”!!」

 ――ズガァァァッッ!!!

 壁モンスターは砕け散り、絵空のフィールドはガラ空きとなる。
 今度は一転して、絵空が崖っぷちに立たされる。対抗手段を引き当てねば、そこで終わる。わずかな後退すら許されない鍔迫り合いだ。


<神里絵空>
LP:100
場:
手札:0枚
<武藤遊戯>
LP:100
場:ブラック・マジシャン
手札:0枚


 絵空は息を吸い、吐き出した。
 背中に意識を向け、その“魂”を高める。
 負けられない――その想いを強く抱き、デッキに指を当てた。
「私のターンです――ドローッ!!」
 彼女が引き当てたのはモンスターカードだ。
 喜びとも嘆きともつかぬ表情を浮かべ、しかしすぐに、それを召喚した。
「私は『次元合成師(ディメンション・ケミストリー)』を召喚! 守備表示!!」


次元合成師  /光
★★★★
【天使族】
1ターンに1度だけ、自分のデッキの一番上のカードをゲームから除外し、
さらにこのカードの攻撃力をエンドフェイズ時まで500ポイントアップ
する事ができる。自分フィールド上に存在するこのカードが破壊され
墓地へ送られた時、ゲームから除外されている自分のモンスターカード
1枚を選択し、手札に加える事ができる。
攻1300  守 200


 甲冑姿の天使が現れ、守備体勢をとる。
 この引きの是非をどう捉えるべきか、彼女はそれを判断しかねた。
(このモンスターが破壊されたとき、私は除外されたモンスターを手札に加えることができる。『ダーク・ウィルス』を加えられれば、遊戯さんのライフを削りきれる……けれどそれは、次のターンを凌ぎきればの話)
 遊戯が追撃のモンスターを召喚すれば、それは不可能。
 『次元合成師』を破壊され、直接攻撃を受ける。彼の次の引き次第では、敗北が確定してしまう。
(……まだ手はある。『次元合成師』の特殊能力を使えば、デッキの一番上のカードを除外できる。それが『ダーク・ガンナー』や『ダーク・トマト』なら、あるいは……!)
「……私は! 『次元合成師』の特殊能力を発――」

 ――ドクンッ!!

 絵空は宣言しながら、デッキトップのカードに触れた――その瞬間に、動きを止める。
 背中の翼が感応する。
 いま触れた1枚、それを除外してはならないと“魂”が強く訴えかける。
「……!! 私は特殊能力を……発動しません。ターン終了です!」
 その導きを信じ、彼女は次のドローカードに運命を委ねた。


<神里絵空>
LP:100
場:次元合成師(守200)
手札:0枚
<武藤遊戯>
LP:100
場:ブラック・マジシャン
手札:0枚


 そして再び遊戯のターン。
 ここで追撃のモンスターが引かれれば、それで決着だ。絵空のみならず全観衆が、彼の挙動に注目する。
「……ボクのターン、ドロー!!」
 遊戯はカードを引き抜く。そのカードは――またも魔法カード。
 しかし彼は嘆くことなく、迷わずそれを発動した。
「マジックカード発動『魔力解放』! この効果で『ブラック・マジシャン』の魔力を解放し、レベルを1つ上げる!」


魔力解放
(魔法カード)
フィールド上の魔術師一体の魔力レベルを上げる。


 黒魔術師の全身が、黒い光に包まれる。
 そしてその中から、姿を現す――新たに“混沌”の力を習得した、最上級マジシャンが。
「現れよ――『混沌の黒魔術師』!!」


混沌の黒魔術師  /闇
★★★★★★★★
【魔法使い族】
このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、
自分の墓地から魔法カード1枚を選択して手札に加える事ができる。
このカードが戦闘によって破壊したモンスターは墓地へは行かず
ゲームから除外される。
攻2800  守2600


「そして『混沌の黒魔術師』の効果発動! 墓地の魔法カード1枚を手札に戻すよ!」
 厄介なモンスターの登場に、絵空は表情を強張らせた。
(手札に加えたのは……『死者蘇生』? それとも『魔封壁』……『天よりの宝札』もあり得る。けれどスーパーエキスパートルールでは、1ターンに手札から出せる魔法カードは1枚のみ)
 つまり、このターン中に決着することはない――絵空はそれを察し、小さな安堵を抱く。
「バトルだ! 『次元合成師』を攻撃――“滅びの呪文−デス・アルテマ”!!」

 ――ズドォォォォンッ!!!

 魔術師の杖から放たれた魔力弾が、『次元合成師』を消し飛ばす。
 絵空は身を固くし、その衝撃を堪え凌いだ。
「……っ。『次元合成師』は破壊され墓地へ送られたとき、特殊能力が発動しますが……」
「ウン。『混沌の黒魔術師』が破壊したモンスターはゲームから除外される。その能力は発動しないよ」
 絵空の狙いは悉く潰される。
 彼女のフィールドは再びガラ空き。対して、遊戯のフィールドには最上級マジシャン、さらに手札も1枚。
 ターンを重ねるごとに、着実に追い詰められている――しかし彼女には策があった。デッキトップに眠る1枚のカード、それに全てを賭けようと。


<神里絵空>
LP:100
場:
手札:0枚
<武藤遊戯>
LP:100
場:混沌の黒魔術師
手札:1枚


「――私のターンっ! リバースカードを1枚セットし、ターンエンド!!」
 次の絵空のターン、彼女はカードを引くとともに、すぐにターンを移行させた。
 引き当てたのは予想通りの1枚、トラップカード。この最終局面にこそ相応しい、“最強の切札”を喚び出す1枚。


<神里絵空>
LP:100
場:伏せカード1枚
手札:0枚
<武藤遊戯>
LP:100
場:混沌の黒魔術師
手札:1枚


 客観的に見ればこの状況、圧倒的に不利なのは絵空の方だ。
 モンスターは無く、頼みの綱は伏せカード1枚。第三者の目には、苦し紛れのブラフにも思える。
 しかし遊戯だけは違う。彼の眼は誰より冷静に、その1枚の脅威を見透かす。
(……トラップカードか。それも、この形勢を覆すほどの……でも!)
「――ボクのターン! 手札から魔法カード『魔力解放』発動!!」
「!? 2枚目……っ?」
 彼が発動した意外なカードに、絵空は大きく目を見開いた。
(違う……これは『混沌の黒魔術師』が手札に戻したカード? レベル8の黒魔術師を、さらにレベルアップ……!?)
 理解しがたいプレイングに、絵空は呆然と立ち尽くす。そんな彼女の目の前で、黒魔術師は再び、黒い光に包まれた。
(レベル9の黒魔術師……? それって――)
 数秒を置いて、彼女は自身の誤りに気が付く。
 何かに弾かれたように、彼女は――黒魔術師の“解放”が終わるより先に、場の伏せカードを勢いよく開いた。
「――リバーストラップオープン!! 『カオティック・フュージョン』!!!」


カオティック・フュージョン
(罠カード)
自分のフィールド上または墓地から、決められた融合素材モンスターを
ゲームから除外し、「カオス・パワード」の効果でのみ特殊召喚できる
融合モンスター1体を「カオス・パワード」による融合召喚扱いとして特殊召喚する。
この効果で融合召喚された融合モンスターはこのターン、攻撃できず、破壊されない。


 そして次の瞬間に、魔術師の“解放”は完了する。
 その力は更に高まり、“魔術師”から“魔法神官”へ――研ぎ澄まされた魔力が、全身に漲る。


黒の魔法神官(マジック・ハイエレファント・オブ・ブラック)  /闇
★★★★★★★★★
【魔法使い族】
このカードがフィールド上に存在する限り、
罠カードの発動を無効にし破壊する事ができる。
攻3200  守2800


「『黒の魔法神官』には、トラップの発動を無効にする能力がある……危ないところでした。あと少し発動が遅ければ、私は確実に敗けていた」
 絵空は冷や汗を拭いながら、遊戯の様子を窺った。
 彼に大きな動揺は見られない――やや表情を固くするも、その眼の光は強く宿る。
「いきます……! 私は発動した『カオティック・フュージョン』により、墓地のモンスター2体を除外! そのモンスターは――」
 絵空はその2枚のカードを、自信ありげに掲げてみせた。


混沌帝龍 −終焉の使者−  /闇
★★★★★★★★
【ドラゴン族】
このカードは通常召喚できない。自分の墓地の光属性と闇属性モンスターを
1体ずつゲームから除外して特殊召喚する。
1000ライフポイントを払う事で、お互いの手札とフィールド上に
存在する全てのカードを墓地に送る。この効果で墓地に送ったカード
1枚につき相手ライフに300ポイントダメージを与える。
攻3000  守2500

カオス・ソルジャー −開闢の使者−  /光
★★★★★★★★
【戦士族】
このカードは通常召喚できない。
自分の墓地の光属性と闇属性モンスターを1体ずつゲームから除外して
特殊召喚する。自分のターンに1度だけ、次の効果から1つを選択して
発動ができる。
●フィールド上に存在するモンスター1体をゲームから除外する。
この効果を発動する場合、このターンこのカードは攻撃する事ができない。
●このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊した場合、
もう1度だけ続けて攻撃を行う事ができる。
攻3000  守2500


 『カオス・ソルジャー −開闢の使者−』は、『ダーク・ネクロマンサー』の特殊能力によりデッキから墓地へ送られていた――そしてこれにより可能となる、究極の“混沌融合”。

 彼女のフィールドに、巨大な黄金の球体が現れる。
 それは“混沌の光”。純然たる光にも勝る、何より強い輝き――それを“卵”とし、胎動を始める。
 “卵”の中身は黒きドラゴン。それは“光”を喰らい、自身の“闇”へと変換する。
 そして“卵”を喰い破り、誕生する――さながら孵化した雛の如く、生誕の産声を上げる。生まれたばかりとは思えない、強靭なる咆哮を。
「――『混沌神龍(カオス・ゴッド・ドラゴン)−混沌の創滅者−』!!!」


混沌神龍 −混沌の創滅者−  /闇光
★★★★★★★★★★★★
【ドラゴン族・融合】
「混沌帝龍−終焉の使者−」+「カオス・ソルジャー−開闢の使者−」
このモンスターは「カオス・パワード」による正規の融合召喚でしか
特殊召喚できない。このモンスターはカードの効果を受けない。
また、このモンスターの戦闘時に1度、ライフポイントを半分支払うことで、
フィールド上に存在するカードを全てゲームから除外できる。
攻5000  守4500


 神威に限りなく近い威風を発し、ドラゴンはフィールドを震撼させる。
 究極たる混沌龍を喚び出し、絵空は勝利を確信した。
(“神”は使わない――この条件下なら、これ以上のモンスターは存在しないハズ! 決める……次のターン、私のバトルフェイズで!!)
 一方で、遊戯はそのドラゴンを見上げ、思案した。
 諦めとは違う、確かな意志をもって、手札のカードを右手に掴む。
「ボクはカードを1枚セットし――ターンエンドだ!」
 生涯最後になるかも知れない、自分のターンを――怖じることなく終了させた。


<神里絵空>
LP:100
場:混沌神龍 −混沌の創滅者−
手札:0枚
<武藤遊戯>
LP:100
場:黒の魔法神官,伏せカード1枚
手札:0枚


(トラップを伏せた……? けれど無駄なこと! たとえ“ミラーフォース”でも、このドラゴンには通用しない!)
「私のターン、ドロー!! 私は――」
 勢い込んだ絵空がカードを引く、その次の瞬間に――遊戯は場の伏せカードを開いた。
「――リバースカードオープン! 『黒魔術の修練』!!」
 絵空は刮目する。遊戯が翻した、あまりにも意外なその1枚に。


黒魔術の修練
(罠カード)
フィールド上の黒魔法使い一体の魔力レベルを上げる。


(『魔力解放』と同じ効果……? 魔法神官のレベルを、さらに上げる!??)
 レベル7の『ブラック・マジシャン』から三度目の成長。
 『黒の魔法神官』が黒い光に包まれ、その魔力を昇華させてゆく。
「――これが今のボクに出せる、最高のカード……! ともに闘ってきた『ブラック・マジシャン』、その最終進化!!」
 光が砕け、姿を現す。
 レベルは10、魔術を極めし“大賢者”が、このフィールドに解き放たれる。
「現れよ――『マジック・マスター −漆黒の大賢者−』!!!」


マジック・マスター −漆黒の大賢者−  /闇
★★★★★★★★★★
【魔法使い族】
このカードの特殊召喚・発動・効果は無効化されない。
このカードの特殊召喚成功時、自分の手札が3枚になるまで
デッキからカードをドローできる。
このカードがフィールドに存在する限り、以下の効果を適用する。
●手札からモンスターカードを墓地に送ることで、
 このカードはターン終了時までその効果を得る。
●自分は手札から魔法・罠カードを発動できる。
●自分のカードの発動・効果はこのカードのものとして扱うことができる。
攻3700  守3000


 魔術師とドラゴンが、フィールドに降り立ち対峙する。
 第三回バトル・シティ大会決勝戦――その決着の瞬間(とき)は、刻一刻と迫っていた。


<神里絵空>
LP:100
場:混沌神龍 −混沌の創滅者−
手札:1枚
<武藤遊戯>
LP:100
場:マジック・マスター −漆黒の大賢者−
手札:0枚




決闘204 魔術極めし者

「――久しぶりだね……遊戯くん。元気そうで何よりだよ」
 ――これは、三日前の出来事。
 病室に当然現れた男の姿に、遊戯はしばし呆けてしまった。
「……オイオイ、まさか忘れたわけじゃないよな? たしかに半年ぶりだけどさ。今回のこと聞いて、わざわざアメリカから来てやったんだぜ?」
 もちろん覚えている、御伽龍児だ。
 かつてある理由から、彼の作ったゲーム“D・D・D(ドラゴン・ダイス・&ダンジョンズ)”で闘ったクラスメイト。そしてその後は仲間として、行動を共にしていた。
 しかし“闘いの儀”の機会を最後に、彼との交流は断たれていた。ゲームデザイナーとしての力量を認められた彼は、アメリカのさる企業に呼ばれ、渡米したのだ。
「……ま、帰国した理由はそれだけじゃないけどさ。たまには父さんに顔見せないとだし……それから、君にどうしても伝えておきたいことがあって」
 御伽は改めて遊戯を見る。そして勿体付けた様子で、得意げに続けた。
「関係者から漏れ聞いた、とっておきの情報さ。単刀直入に訊くけど……遊戯くんは今後、M&Wで生計を立てていくつもりはあるかい?」
 どこかで聞いたような台詞だ、遊戯はすぐにそう思う。
「それってもしかして……M&Wに、プロ制度が導入される話?」
 御伽の目が点になる。
 彼はむしろ、その反応を遊戯にこそ期待したのだが――完全に思惑が外れてしまい、天を仰いで頭を抱えた。
「まいったな……いや、よく考えたら当然か。君は最有力候補だろうしね。……それで? もちろんプロを目指すんだろ?」
 御伽の質問に、遊戯は一瞬言いよどむ。
 傷口に塩を塗られた気分だ。
 目指すことなどできない――そう言いかけて、しかし思い留まった。
「……ウン、そうだね。すごく魅力的な話だと思う」
 武藤遊戯は嘘を吐いた。
 いずれは話すべきことだろう――しかしそれは憚られた。つい昨日、その事実にひどく落胆した城之内の様子が、脳裏に蘇ったからだ。
「だよなー! まったく羨ましいよ。いや君もだけど、M&Wがさ。自分の作ったゲームがそこまで盛り上がれば、製作者冥利に尽きるっていうか……そうそう、今オレが制作に携わっているゲームの話なんだけど――」
 それから小一時間、遊戯は御伽の話に聞き入っていた。
 彼が過ごしたアメリカでの日々。熱のこもったその口調から、それがどれほど充実した毎日だったのかは、容易に推察できた。
「――それで、そのときに閃いた追加ルールが……って、もうこんな時間か。悪い、長居し過ぎたね。そろそろお暇するよ」
 みんなに会う時間は改めて作るからさ――そう言って、御伽は病室のドアへと向かう。
「……でも……少しだけ残念だな。オレはてっきり君は――“こちら側”だと思ったから」
「え……っ?」
 御伽は独り言のように呟いた。遊戯にはその意味が分からず、首を傾げてみせる。
「……いや、何でもないよ。忘れてくれ。それじゃあまたね、遊戯君」
 そう言い残して、彼は立ち去る。
(……“こちら側”? それって――)
 彼の残したその言葉の意味が――そのときの遊戯には、まだ分からなかった。





<神里絵空>
LP:100
場:混沌神龍 −混沌の創滅者−
手札:1枚
<武藤遊戯>
LP:100
場:マジック・マスター −漆黒の大賢者−
手札:0枚


「――特殊召喚成功時、“マジック・マスター”の特殊能力を発動! 手札が3枚になるまでデッキからドローできる!!」
 手札を持たない遊戯は、新たに3枚を抜き放つ。
 そして改めて、2人は互いを見据え合った。
(“マジック・マスター”……初めて見るモンスターだわ。ドローだけではないはず……一体どんな特殊能力が?)
 絵空には、相手フィールドに喚び出されたモンスターの詳細が分からない。しかしそれは、遊戯にしてみても同じことだ。
(“カオス・ゴッド・ドラゴン”も、遊戯さんには初見のはず。そう簡単に破れるとは思えない……けれど可能性はある。だとすれば、私がとるべき戦術は――)
 左手に握られた1枚の手札、それに視線を落とし、眉根を寄せた。


強制転移
(魔法カード)
お互いが自分フィールド上のモンスターを1体
ずつ選択し、そのモンスターのコントロール
を入れ替える。選択されたモンスターは、
このターン表示形式の変更は出来ない。


(私の墓地には自己蘇生可能なモンスター『闇ガエル』がいる。『闇ガエル』を蘇生させ、『強制転移』を発動すれば……あの魔術師を奪えるかも知れない)
 しかしそれにもリスクが伴う。
 『闇ガエル』は攻撃表示でしか蘇生できないモンスターだ。もしも何らかの手段で阻まれれば、攻撃力100のモンスターを無防備に晒す事態にもなり得る。


闇ガエル  /闇

【水族】
1ターンに1度、自分の墓地に存在する「闇ガエル」を
自分フィールド上に攻撃表示で特殊召喚する事ができる。
このカードは闇属性モンスター以外の
生け贄召喚のための生け贄にはできない。
攻 100  守 100


 “混沌神龍”による真っ向勝負か、『強制転移』による搦め手か――彼女の思考は狭間に揺れる。
 “月村天恵”であるならば、後者を選んだかも知れない。しかし今の彼女は“神里絵空”なのだ。
(勝負してみたい……私は! 勝ったとしても、負けたとしても……きっと、これが最後になるから)
 遊戯に勝利し、“王の遺産”を継承したとして――今度は彼女が“責任”を負うことになる。
 それはすなわち“遺産”を誰にも渡さぬこと。デュエルに敗北してしまえば、それは勝者に継承される恐れがある――だから二度と闘えない、少なくとも遊戯とは。
 勝敗の如何に関わらず、彼との全力のデュエルは、これが最後になるだろう。
 だからこそ――
「――いきますよ……遊戯さん」
 悔いは残したくない。
 絵空は息を吸い、吐き出し――真正面から彼を、彼らを見据えた。
「バトル!! “カオス・ゴッド・ドラゴン”で――“マジック・マスター”を攻撃!!」

 ――バサァァァッ!!!!!

 双翼を広げ、ドラゴンは大きく咆哮する。
 両者の攻撃力差は1300ポイント、このままバトルが成立すれば、絵空の勝利は確定的だ。
 しかし彼女は油断しない。持てる力の全てを尽くし、このデュエルの勝利を掴む――そのために、
「この瞬間、私はライフを半分支払い……『混沌神龍 −混沌の創滅者−』の特殊能力発動!!」

<神里絵空>
LP:100→50

 ――カァァァァァァッ!!!!!

 ドラゴンの双翼が、光り輝く。
 主たる絵空のライフを糧とし、強く、力強く。
 白と黒の混ざった双翼から、無数の光帯を解き放った。
「――“終焉の光(エンディング・ストリーム)”!!!」

 ――カッ!!!!!!!!!

 白と黒の輝きが、遊戯のフィールドを強襲する。
 その破壊の光は、自身を除くフィールドの全カードを破壊し尽くすものだ――この攻撃を受ければ、“マジック・マスター”はひとたまりもない。

 ――そもそもモンスター単体の性能でいえば、“混沌神龍”は“マジック・マスター”の遥か上をゆくのだ。
 しかしそれだけでは、モンスターの力だけでは勝敗は決まらない。
 モンスター、マジック、トラップ――この3種類のカードにより、デュエルは成り立つ。
 それがM&W。
 それら全てを十全に使いこなしてこそ、初めて言えるのだ――“極めた”と。

「――ボクはこの瞬間! 『マジック・マスター −漆黒の大賢者−』の特殊能力を使う! これにより手札から、魔法・罠カードを直接発動することができる……たとえそれが、相手ターンであろうとも!!」
 遊戯のその宣言に、絵空は表情を曇らせた。
 遊戯のフィールドにリバースカードは無い――故にそれは失念していた。遊戯の手札は現在3枚、その全てが牙を剥き得る。
(でも……“カオス・ゴッド・ドラゴン”は一切のカード効果を受け付けない! これなら――)
 “混沌神龍”の放つ光帯は止まらない。
 遊戯はそれに怯むことなく、1枚のカードをかざしてみせた。
「ボクは手札から、マジックカード発動――」

 ――ズギュゥゥゥゥゥッッッ!!!!!!

 無数の光帯が、“マジック・マスター”に炸裂する。
 いや、そのように見えたのだ――しかし実際には異なる。
 魔術師の足元には、光の魔法陣が描き出されている。全ての光帯は魔術師の杖先に収束され、吸収されていった。
「これは……!? この効果は、まさか!!」
 遊戯のかざす右手の先には、絵空の想像通りのカードが提示されていた。


フォビドゥン・マジック
(魔法カード)
自分フィールド上のレベル6以上の魔術師1体を
選択して発動。選択したモンスターはこのターン、
攻撃することができない。発動ターン、選択した
モンスターが場に存在する限り、このカードを除く
フィールド・墓地・手札の全てのカードの効果は
禁じられる。このカードへのカウンタースペルも
無力と化す。


「『フォビドゥン・マジック』は全てのカードの魔力を奪う、上級マジシャンの最上級スペル! これにより“カオス・ゴッド・ドラゴン”の特殊能力は封じさせてもらうよ!」
 ドラゴンの放った特殊攻撃は、全てその杖に吸い込まれる。
 しかしそればかりではない。
 無数の光の帯とともに、その魔術は更なるものを奪い去った――それは“混沌神龍”の特殊能力“効果耐性”。
(“カオス・ゴッド・ドラゴン”には本来、カード効果を受け付けない特殊能力がある……! けれど『フォビドゥン・マジック』は、その能力さえ無効にする特殊カード! けれど、それなら――)
 『フォビドゥン・マジック』の発動により、“マジック・マスター”は無傷。フィールドに存在し続ける。
 しかしその一方で、絵空は確たる勝機を見出した。
 『フォビドゥン・マジック』の発動はむしろ、自身の勝利を確定させた――絵空はそう判断する。
「『フォビドゥン・マジック』の発動下では、全てのカード効果が無効になる……そう、遊戯さん自身も含めて! そして攻撃力はこちらが上――特殊能力を防いでも、この攻撃で決まりです!!」
 いずれにせよ“混沌神龍”は攻撃体勢に入っている。これを今から止めることは、絵空にもできない。
「撃ち貫け――“スパイラル・カノン・バースト”!!!」

 ――ズギュァァァァァァァッッ!!!!!!

 ドラゴンの口内から練り出された、白と黒の輝き――その2つが絡み合い、螺旋状に撃ち放たれる。
 その一撃は、今度こそ“マジック・マスター”を破壊する――絵空はそう確信した。だが、
「……それはどうかな。ボクは再び『マジック・マスター −漆黒の大賢者−』の特殊能力を使う! 今度は手札からトラップカードを発動するよ!!」
 絵空は驚愕に目を見開いた。
 使用者たる遊戯が、よもやその効果を失念するとは思えない――その疑問に対し、遊戯はすぐに答えを示した。
「“マジック・マスター”がフィールドに存在する限り、ボクの発動するカードは全て“マジック・マスター”の効果として扱うことができる。そして『フォビドゥン・マジック』は“このカードを除く”全てのカードの効果を封じる……つまり“マジック・マスター”の効果は無効化されない! これから発動するカードも含めてね」
 『フォビドゥン・マジック』は強力な効果を持つ反面、自身のカードまで封じてしまう“諸刃の剣”――そんなことは百も承知だ。
 決して使いやすいとは言い切れない、ピーキーなカード。けれどそれも彼の、武藤遊戯の技量によれば、手足の如く使いこなされる。
(“マジック・マスター”がフィールドに存在する限り、こちらのカード効果だけが一方的に封じられる……!? しかもここでのトラップカード、こちらの攻撃をトリガーとして発動されるトラップは……まさか)
 絵空の背筋を悪寒が走った。
 遊戯は残る2枚の手札から1枚を選び、勢いよくそれを振りかざす。


聖なるバリア−ミラーフォース−
(罠カード)
相手が「攻撃」を宣言した時
聖なるバリアが敵を全滅させる


 『聖なるバリア−ミラーフォース−』――それは遊戯が長らく共に闘ってきたカードであり、最強レベルの威力を誇る、有名なトラップカードだ。
 本来であれば“混沌神龍”には、あらゆるトラップが通用しない。しかし『フォビドゥン・マジック』の影響下では、通常モンスターと同様に扱われる。そしてどれほどの攻撃力を誇ろうが、このトラップの前には意味をなさない。
「『聖なるバリア−ミラーフォース−』の効果により、“カオス・ゴッド・ドラゴン”の攻撃をハネ返す!!」

 ――バシィィィィィィィィィッッッッ!!!!!!

 “マジック・マスター”の前方に張られたバリアにより、ドラゴンの砲撃は受け止められる。貫けない。
(そんな……こんなことって! これじゃあ……っ!)
 絵空は手札と、そして決闘盤に視線を落とす。
 しかし対抗手段などない。そもそも『フォビドゥン・マジック』が発動している現状、いかなるカード効果も発動できない。

 敗北だ――完膚なきまでに。
 このまま“混沌神龍”を破壊され、次のターン、“マジック・マスター”の直接攻撃により敗北する。
 負ける。
 そして遊戯の運命は、変えられない――

「――ッッ!! 堪えて……“カオス・ゴッド・ドラゴン”!!!」
 考えもなしに、絵空は叫びを上げていた。
 それに応えるかのように、ドラゴンは砲撃を放ち続ける。しかしバリアが砕ける気配は微塵もなく、その均衡がいつまでもつかは分からない。
(考えて……考えて、考えるのよ!! 何か手があるはず! 私が負けたら遊戯さんは――)
「――いいんだ。ありがとう、神里さん」
 青い顔で、必死に悩み続ける絵空に対し、遊戯はそう伝えた。
 遊戯は対照的に、あまりにも穏やかな表情で、言葉を続ける。
「――これはボクの罰だから……誰にも譲るつもりはないよ」
 それを聞いた瞬間に、絵空は全てを悟った。

 遊戯は知っていた。
 知られていたのだ――絵空がしようとしていたことは。

 知っていて、それでもなお全力で闘った。
 全ての“責任”を背負うために。
 闘い、傷つき、失って、
 この世界を救うため、そのための代償を、たった一人で背負い込んで――

(どうして……っ! どうしてアナタは、そんなにも……!!)
 絵空は嗚咽を呑み込んだ。
 愛しさと、そして怒りにも似た激情が込み上げて――絵空は無意識に叫んでいた。
「はばたけ――“終焉の翼(エンディング・ウィング)”ッ!!!」

 ――バサァァァァァァァッッッ!!!!!!

 絵空の背中の翼が反応し、力強くはばたく。
 同時に“混沌神龍”の全身から、強大な“神威”が迸った。


混沌神龍 −混沌の創滅者−  /
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
幻神獣族・融合】
「混沌帝龍−終焉の使者−」+「カオス・ソルジャー−開闢の使者−」
このモンスターは「カオス・パワード」による正規の融合召喚でしか
特殊召喚できない。このモンスターはカードの効果を受けない。
また、このモンスターの戦闘時に1度、ライフポイントを半分支払うことで、
フィールド上に存在するカードを全てゲームから除外できる。
攻5000  守4500


 “神”は使わない――この闘いに際し取り交わした誓約を、彼女は破った。
 卑怯でもなんでも構わない。このデュエルに勝てるなら、彼の罰を奪えるなら、何でもしよう――直情的にそう思った。
「たとえ『フォビドゥン・マジック』でも、“神”の耐性までは奪えない……! 貫いて、“カオス・ゴッド・ドラゴン”!!」
 “神のカード”にトラップの効果は通用しない。これは特殊能力ではなく、“神”の神威がもたらす事象だ。

 ――バギィィィィィィンッッ!!!!!

 鏡のバリアが砕け散った。
 神威をまとった螺旋の砲撃が、再び“マジック・マスター”に襲い迫る。
(――勝ったっ!! 今度こそ、これで――)
 しかしそれが届くより早く、遊戯は手札の最後の1枚を表にした。
「ボクは『マジック・マスター −漆黒の大賢者−』の更なる効果発動! 手札のモンスターを墓地に送ることで、その特殊能力を得る! ボクが墓地に送るのは――『破壊竜 ガンドラ』!!」


破壊竜 ガンドラ  /闇
★★★★★★★★
【ドラゴン族】
破壊竜ガンドラは召喚されたターン終了時、墓地に行く。
プレイヤーのライフを半分払いフィールド上の全ての
モンスターを魔法攻撃により破壊、ゲームから取り除く。


「ボクはライフを半分支払い、特殊能力を発動――」

<武藤遊戯>
LP:100→50

 “大賢者”は右手の杖を掲げ、その先の水晶が輝く。
 そしてそこを起点として、幾条もの赤光が溢れ出した。
「――“デストロイ・ギガ・レイズ”!!!」
 デュエルフィールド全体に、破壊の雨を降らせる。
 それは相手フィールドのドラゴンのみならず、発動者たる“大賢者”をも巻き込み――轟音と、そして静寂をもたらした。




決闘205 閉幕

 2日前――童実野病院、武藤双六の病室にて。
 見慣れた来訪者の姿に、彼は自然と表情を綻ばせていた。
「――おお、遊戯や。今日で退院だそうじゃの。身体はもう何ともないのか?」
 遊戯は頷き、歩み寄る。
 病院の精密検査では「異常なし」と診断され、医師の目にも特に問題なく映ったため、彼は本日晴れて退院となる。しかしその前にと、祖父のもとを訪れたのだ。
「じーちゃんの方こそ大丈夫なの? 入院してもう一週間経つけど」
「ウム。なかなか痛みが引かんでのう……寄る年波には勝てんようじゃわい」
 双六はそう言って嘆いてみせる。しかし遊戯は知っていた、真実を。
 バトル・シティ本戦二日目、遊戯達が激戦を繰り広げていたその日に――双六はナースのスカートを覗こうとし、腰を痛めたのだとか。
「……この前も言ったけど、もう歳なんだからさ。いろいろ自重しようよ」
「ホホ、そうも言っておれんわい。ワシが不在で“亀のゲーム屋”は休業続き……そろそろ復帰せんとの」
 そう言うと彼は上体を起こし、肩を回してみせた。その様子を見るに、確かに回復してきているのだろう。しかし油断は禁物というものだ。
「じーちゃんが帰ったら店のこと手伝うよ。いつもってわけにはいかないけど」
「む、殊勝な心構えじゃな。小遣いでもねだりに来たのか?」
 茶化す双六に、遊戯は苦笑を漏らす。
 しかしすぐにそれを止めた。
 遊戯は真剣な表情で、改めて双六と向かい合う。
「あのね……じーちゃん。話したいことがあって――」
 遊戯はその決心を、誰よりも先に祖父へ伝えた。

 ――何故なら彼は“原点”だから。
 デュエリストとして、いやゲームプレイヤーとしての。

 遊戯の話を聞き、双六は微笑み頷いた。
 それは遊戯にとって、何より強い後押しとなり――彼の未来(みち)を、やさしく照らした。





<神里絵空>
LP:50
場:
手札:1枚
<武藤遊戯>
LP:50
場:
手札:0枚


 青眼ドーム内は現在、不自然なほどの静寂に包まれていた。
 武藤遊戯と神里絵空、互いの切札モンスターの激突により、勝敗は決するかと思われた。
 しかし結果は五分。魔術師とドラゴンは相殺し、ともに姿を消した。
 決着はなおもつかない。空前絶後のこの決闘が、果たしていかなる終幕を迎えるというのか――観衆は言葉を忘れ、固唾を飲んで動向を見守る。

(――やられたわ……! あそこから、まさか更に切り返してくるなんて!)
 絵空は息を詰まらせる。
 今のバトルで決められなかったのは、あまりにも痛い――背中の“翼”に意識を向け、焦燥の汗が額に滲む。
(今の一撃に“神威”を注ぎ過ぎた……“翼”はもう、いつ消えてもおかしくない。けど!)
 絵空は心を持ち直す。
 “混沌神龍”の撃破は、ある意味では朗報とも言える――“神威”を極限まで高めたそれが破壊されることは、通常では考えられない。つまり激突の瞬間、遊戯もまた使ったのだ、“神”を。“マジック・マスター”を“神化”させることでしか、あの局面は打開し得ないのだから。
(遊戯さんも“神”を使った以上……条件は五分! “王の遺産”を引き剥がせる可能性は、まだ残されている。そのためには――)
 絵空は残り1枚の手札を一瞥し、“最後の戦術”を脳裏に描いた。
「“マジック・マスター”がフィールドを離れたことで、『フォビドゥン・マジック』の効果は終了……! 私はバトルフェイズを終了し、墓地の『闇ガエル』の特殊能力を発動! 墓地から攻撃表示で蘇らせます!」
 絵空の足元に泥溜りが現れ、黒い羽根の生えたカエルが跳び出す。
 その攻撃力値は100ポイント、攻撃表示で召喚するにはあまりに頼りない数値だ。
「そしてカードを1枚セットし……ターン、終了です!」
 しかし絵空は怯むことなく、堂々と遊戯にターンを譲った。


<神里絵空>
LP:50
場:闇ガエル、伏せカード1枚
手札:0枚
<武藤遊戯>
LP:50
場:
手札:0枚


 両デュエリストのライフは、ともに僅か50ポイント。
 この極限の状況で、絵空はワラにもすがる思いで『闇ガエル』を喚び出したのだろう――多くの観衆はそう思った。しかしそれこそが彼女の狙い。
(私の伏せカードは『強制転移』……! 遊戯さんがモンスターを召喚すれば、このカードで『闇ガエル』と入れ替える! 攻撃力150以上のモンスターなら、次のターンで私の勝ち……モンスターを出さなくても、『闇ガエル』の攻撃でトドメを刺せる!)
 シンプル故に避けがたい戦術。“月村天恵”が得意とした必殺コンボ。
「――私は……負けません! アナタの未来のために……アナタを、決して犠牲にはしない!!」
 絵空は意気込み、宣言する。観衆はその意味が分からず、小さなざわめきを見せた。
 そして遊戯は、一瞬驚いたような顔を見せ、しかしすぐに微笑みを浮かべた。
「ありがとう……神里さん。でも大丈夫、犠牲になんてならない。見つけたんだ――新しい未来(みち)を」
 遊戯はデッキに指を当てる。
 その意志を示すべく、抜き放つ――このデュエルに終止符を打つ、ラストカードを。
「ボクのターン――ドローッ!!」
 引き当てたのは、モンスターカード。
 狙い通りのその1枚に、遊戯は頷く。
 彼は万感の想いを込め、最後の戦術を披露した。
「ボクは墓地から魔法カード――『リバイバル・サクリファイス』を除外し、その効果を発動!!」


リバイバル・サクリファイス
(魔法カード)
自分の手札または墓地に存在するこのカードをゲームから除外して発動。
自分の墓地のレベル5以上のモンスターカード1枚をデッキに戻す。
その後、そのモンスターを生け贄召喚するために必要な生け贄の数だけ
「リバイバルトークン」(天使族・光・星1・攻/守0)を特殊召喚する。
このトークンはターン終了時に破壊される。


「ぼ、墓地からの発動……!? そんなカード、一体いつの間に――」
 絵空は疑問を口にし、自ら気付く。
 『混沌帝龍 −終焉の使者−』の特殊能力――そのタイミングしか考えられない。
「この効果により、墓地の上級モンスターをデッキに戻すことで、そのモンスターの召喚に必要な数だけ、生け贄を喚ぶことができる! ボクがデッキに戻すのは――『ブラック・マジシャン』!!」
 魔術を極め、闘い抜いた魔術師。
 彼は犠牲になどならない――墓地からデッキへ蘇る。フィールドでも手札でもなく、デッキへと。
 そして遊戯のフィールドに、2体の“霊魂”が出現した。
 ともに攻守は0、戦闘能力を持たないモンスターだ。想定外の展開に、絵空は驚き、目を見張る。
「……さらに! “リバイバルトークン”1体を生け贄に捧げて――召喚! 『ブラック・マジシャン・ガール』!!」
 それこそが、遊戯の引き当てたラストカード。
 『ブラック・マジシャン』の弟子、意志を継ぐ者。
 彼に代わり、託される――若き“次代”の魔術師。


<神里絵空>
LP:50
場:闇ガエル、伏せカード1枚
手札:0枚
<武藤遊戯>
LP:50
場:ブラック・マジシャン・ガール,リバイバルトークン(守0)
手札:0枚


『私がこの世界に放ってしまった“もうひとつの邪悪”――しかしそれは託せば良い、あなたが選ぶ“次代の王”に』

 記憶に残る“彼女”の言葉。
 この世界のどこかにいるだろう“遊戯を継ぐ者”――かつて遊戯が“彼”から、“王”を継いだように。
(この世界のどこかに……あるいは、もっと近くに)
 遊戯は顔を上げ、会場内を見回しながらそう思う。

 これが最後だ。
 一つの闘いが終わり、そして新たな舞台へ――遊戯はどこか誇らしげに、絵空を見据えた。

(“リバイバルトークン”の守備力は0……『強制転移』を発動しても、『闇ガエル』の直接攻撃でライフは尽きる。このターン、私に打てる対抗策は……ない)
 絵空は脱力し、遊戯を見つめ、微笑んだ。
「本当に……すごい人ですね、アナタは」
 それは諦観ではない、心からの称賛。彼の今の戦術から、その想いを知ることができたから。

「……いくよ、バトルだ! 『ブラック・マジシャン・ガール』の攻撃!」
 魔術師の少女は跳び上がると、杖から魔力弾を撃ち放った。
「――“黒・魔・導・爆・裂・破(ブラック・バーニング)”!!」

 ――ズドォォォォッ!!!


<神里絵空>
LP:50→0


<神里絵空>
LP:0
場:伏せカード1枚(強制転移)
手札:0枚
<武藤遊戯>
LP:50
場:ブラック・マジシャン・ガール,リバイバルトークン(守0)
手札:0枚


 大歓声が、場内を包む。
 マイクを用い、それに負けじと精いっぱいの声量で――審判・磯野は高らかに告げた。

『第三回バトル・シティ大会決勝戦!! 勝者――武藤遊戯!!!!』

 熱気が場内で渦を巻く。
 興奮と歓喜と、感動と称賛。
 素晴らしいデュエルを見せてくれた2人のデュエリストに、惜しみない歓声が送られる。

 その世界の中心で、絵空の背から“翼”が消えた。
 全ての力を使い果たし、宙に霧散し消え失せる。
 そして彼女は剣を置き――ただ一人の少女として、遊戯のもとに歩み寄った。
「――優勝、おめでとうございます。遊戯さん」
 絵空は晴れやかな気持ちで、そう告げる。
「アナタは見つけたんですね……新しい道を。絶望では終わらない、アナタだけの“光の道”を」

 ――世界は絶望に満ちていて
 ――けれど、それだけではなくて

 ――あなたが何を思い、何を描いて生きてゆくのか
 ――それにより世界は輪郭を変える
 ――光に至る道となる
 ――だから

 やさしく微笑む彼のために、少しだけ踵を上げて。
 少女は彼の耳元に、祝福を囁いた。

「どうかアナタの進む未来(みち)に――たくさんの幸せがありますように」

 頬に触れた感触に、彼は思わず目を丸くする。
 少女は紅潮した顔を離すと、はにかみながら笑みを零す。

 予想外の光景に、会場は更なる盛り上がりを見せ――人々の心により強く、深く確かに刻み込まれた。




エピローグ そして次なる世代へ

 第三回バトル・シティ大会、終了から2日後――童実野町内にある、とある喫茶店にて。
 遊戯はある人物と落ち合い、テーブル席で向かい合っていた。

「――童実野高校、今日が入学式だってね。在校生は休みになるんだったか……まったく、学生時代のことは大分忘れてしまったよ」
 その人物――月村浩一は、届いたばかりのコーヒーを一啜りした。
 その様を観察し、遊戯も同じものを口に運ぶ。砂糖もミルクも入れない、人生初のブラックコーヒー。
 けれど苦味にむせてしまい、月村に促され、少しだけ甘くした。
「絵空ちゃんもついに高校生か……最初は慣れない生活に戸惑うだろうし、よろしく頼むよ武藤くん。私は応援するつもりだよ、君たちのこと」
 遊戯は再びコーヒーを噴く。
 昨日、始業式の日にも、クラスメートに散々冷やかされたのだ。人の噂も75日、などというが――75日では身がもたない。
「ハハ、冗談だよ。それより絵空ちゃんから聞いたけど、城之内くん、今日の夕方には日本を発つそうじゃないか。そんな日に私への話というのは……何か関係ある内容なのかな?」
 今のこの状況は、遊戯が月村を呼び出したことによるものだ。
 遊戯は気を持ち直すと、改めて月村と向かい合う。
「別れる前に、城之内くんには伝えておきたくて……けどその前に、あなたの了解が欲しかったんです」
 遊戯は真剣な面持ちで、月村の眼を見て、はっきりと告げた。
「――ボクは……プロデュエリストには、なりません。他に目指したいものが見つかったんです」
 予想外のその内容に、月村は呆気にとられる。
 そして思わず失笑し、その想いに応える。
「そうか……いや、残念だが仕方ないね。君にはぜひ日本の、いや世界中のデュエリスト達を牽引して欲しかったが……君の人生だ、好きなようにしたらいい。私がとやかく言えることじゃないよ」
 遊戯は申し訳なさげに目を伏せる、彼の期待に応えられなかったことに。
「……しかし、思った以上に義理堅い男だな。それだけのために、わざわざ会う時間をつくってくれたのかい? 気持ちはありがたいけど、そこまで思い詰める必要は――」
「――いえ。話の本題はここからなんです」
 遊戯は再び顔を上げ、真正面から月村を見据える。
「教えて欲しいんです――インダストリアル・イリュージョン社のこと。どんな仕事があって、何ができるのか……知りたいんです、“そちら側”のことを」

 ――決闘(たたか)う側から、導く側へ
 ――かつて彼の祖父・武藤双六もまた、そうしたように

 ――プレイする者だけではない
 ――つくる者、支える者、教え広める者
 ――彼ら全てが繋がって、初めてゲームは成り立つ

 月村は目を丸くして、けれど頼もしげに笑い、遊戯が示した想いを繋ぐ。

「ああ……いいよ、もちろんだ」

 かつて双六が、遊戯を“この道”へ導いたように。
 月村もまた、多くの人々に導かれ、“この道”を歩んできた。

 人から人へと、繋いでゆく。
 一人で成り立つものはなく、故にそれは光を放つ。

 太倉源造から、そしてガオス・ランバートから託された想いを、さらに次の世代へ。

 それは特別な“王”の物語ではなく、
 誰にでも物語はあり、完結する。
 けれど繋ぐ限り、終わることはない――光の中へと続いてゆく。

 それは絆の話。
 ひとつの物語が終わり、そして新たな物語へ。
 終わることなく紡がれてゆく。

 武藤遊戯もまた、それを繋ぐ。
 終わりではなく始まり。
 春の陽光が差す、始まりの季節――彼の物語もまた、新たな幕開けを迎えていた。





 そして、その頃――童実野高校校舎内、とある教室にて。
 入学式を終えた新入生たちは、宛がわれたクラスに集まりつつある。
 すでに幾つかのグループが形成されつつあり、耳をそばだててみるに、同じ中学校出身だったりもするようだ。
 そしてその中で、当の神里絵空はというと――孤立していた。
(あれ……もしかしてこれ、マズイ……?)
 てきとうに選んだ机に座りながら、絵空はたまらず冷や汗をかく。
 人見知りの自覚はなかったのだが――いや、考えてみるとこのような状況、実に小学校入学時以来なのだ。長い入院生活の中では、年長者と接する機会がほとんどだった。同年代の友達をつくる手段が、彼女にはよく分からない。
(てゆーかわたし、みんなより一つ年上なんだよね。もしかして浮いてる……? 外見でバレて敬遠されてる??)
 ベクトルの真逆な心配をしながら、絵空は頭を抱え続ける。
(“わたしたち”や遊戯くんたちと仲良くなれたキッカケは……M&W、しかないよね。てゆーかわたし、バトル・シティ準優勝だったんだし、知ってる人もいるハズ……ああっ、でもそれだと、こないだの“アレ”も知られていることに……!!?)
 二日前の決勝戦、その終了後の行動を思い出し、悶々とする。

 ――違う、あれは違うのだ。
 若気の至りというか、“私”のせいというか。
 ちょっと気持ちが盛り上がり過ぎただけで、元々そうするつもりじゃなくて。

(ていうか、アレから遊戯くんと顔合わせてないし……午後は城之内くんのお見送りなのに、一体どんな顔して会えば!??)
 苦悩があらぬ方向に飛び火し、もはや収拾がつかない。
 混沌の坩堝に叩き落とされ、彼女の思考は彷徨する。
 しかし、隣の机に女子が着席したことに気が付き、正気に戻った。
「――あ、あのっ。わたし、同じ学校だった子とかいなくて、良かったら……」
 勇気を出して声を掛ける。
 しかしその少女の顔を見て、絵空の思考はフリーズした。

 どこかで見た気がする――十日くらい前に。
 第三回バトル・シティ大会、本戦一日目に。
 ていうかデュエルもしたし。

「えっと……たしか名前は、太倉――」
「――あのときのロリっ娘小学生!? 何でこんなトコにいるのよ!?」
 少女――太倉深冬の発言に、絵空は再び凍り付く。
 絵空と同じ、童実野高校の制服に身を包んだ彼女は、心底驚いた様子で騒ぎ続ける。
「えっ……ほんとに高校生? マジで!? 飛び級してんの!??」
 ぶちぃっ、と。
 絵空の中で、何かが切れた。

「――誰がロリチビ小学生かぁ〜〜〜っ!!!!!」

 神里絵空のその叫喚は、教室中に響き渡り――春の青空に、吸い込まれていった。




  Fin












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