第三回バトル・シティ大会
〜本戦・一日目(午後)〜
製作者:表さん






決闘84 舞VSサラ!

『――それではこれより! 一回戦、第五試合を開始いたします!! サラ・イマノVS孔雀舞!!!』

 デュエルリング中央から、審判・磯野の声が会場中に拡張される。

 “第三回バトル・シティ大会”は、午後の部へと突入する。午後には午前同様、4試合が消化される――その1試合目が開始されるところだ。




「――いよっしゃあ!! 負けんじゃねえぞ、舞〜〜っ!!!」




 リング下から、聞き慣れた声援が掛けられた。
 しかし、孔雀舞は振り返らなかった。声の主は確かめるまでもなかったし、今は確かめるべき時ではないから。
 わずかに微笑を漏らしてから、眼前の相手――サラ・イマノを見据える。
 彼女もまた同様に、真剣な瞳で舞を見据え、対峙していた。
(さっきまでの穏やかな雰囲気とは違うわね……なるほど、これは一筋縄ではいかなそうだわ)
 デュエリストとしての舞の勘は、サラを紛れもなく“一流”のデュエリストと認識した。
 すでに二人はデッキシャッフルを済ませ、相応の距離を置いている。
 そして磯野は片手を挙げ、高らかに宣言した。


『では――デュエル開始ィィィッ!!!!』


 二人は同時に、デッキからカードを5枚引く。
 それを一瞥した後に、サラは再びデッキに指を伸ばした。
「いきます、私の先攻! ドローッ!」
 6枚に増えた手札を見つめ、サラは2枚のカードを選ぶ。
「私はリバースカードを1枚セットし『コーリング・ノヴァ』を守備表示で召喚します!」
「! 『コーリング・ノヴァ』……!」
 面倒なモンスターの登場に、舞はわずかに眉をひそめる。


コーリング・ノヴァ  /光
★★★★
【天使族】
このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、
デッキから攻撃力1500以下で光属性の天使族モンスター1体を
自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。
また、フィールド上に「天空の聖域」が存在する場合、
代わりに「天空騎士パーシアス」1体を特殊召喚する事ができる。
攻1400  守 800


(あれは、光属性・天使族モンスター限定の“リクルート”モンスター……。とすれば彼女のデッキコンセプトも、ある程度は推測が立つ……)
「……アタシのターンね、ドロー! アタシはカードを2枚セットし……『ハーピィ・レディ1』を攻撃表示で召喚!」
 舞は手札から早速、自身のエースモンスターを喚び出した。


ハーピィ・レディ1  /風
★★★★
【鳥獣族】
このカードのカード名は「ハーピィ・レディ」として扱う。
このカードがフィールド上に存在する限り、
風属性モンスターの攻撃力は300ポイントアップする。
攻1300  守1400


「『ハーピィ・レディ1』は自身のモンスター効果により、攻撃力を300ポイントアップさせる。よって攻撃力1600、『コーリング・ノヴァ』を上回るわ」
 現れたハーピィは両腕を構え、攻撃体勢をとる。
 しかし舞は、相手の伏せカードを冷静に睨んだ後、
「……ターン、終了よ」
 と宣言した。


 舞のLP:4000
    場:ハーピィ・レディ1(攻1600),伏せカード2枚
   手札:3枚
サラのLP:4000
    場:コーリング・ノヴァ,伏せカード1枚
   手札:4枚


(……攻撃はしてこない、か)
 舞の様子を窺いながら、サラは慎重にカードを引く。
(舞さんの場にはリバースが2枚。少し危険だけれど……)
 ドローカードを視界に入れてから、サラは行動を定めた。
(受身になって勝てる相手じゃないわ。ここは――)
「――リバースカード、オープン! フィールド魔法『天空の聖域』を発動します!」
 サラは舞相手に、先手をとる道を選んだ。
 デュエルフィールドは形を変え、天に浮かぶ“宮殿”が姿を現す。周囲に現れた薄雲が、二人の居場所を天高い上空に錯覚させた。


天空の聖域
(フィールド魔法カード)
天使族モンスターの戦闘によって発生する
天使族モンスターのコントローラーへの
戦闘ダメージは0になる。


「天使族専用のフィールドカード……か。なるほど、それがアナタのデッキコンセプトってわけね?」
 カマをかけるように、舞は問う。
 しかしサラは言葉で答えず、代わりに『コーリング・ノヴァ』を攻撃表示に変更した。
「……『天空の聖域』は通常、守備重視のフィールドですが……こんなこともできます。バトル! ハーピィ・レディに攻撃!」
 コーリング・ノヴァは迷うことなく、ハーピィに真っ直ぐ向かって来る。
 サラの狙いは読めている――だが、舞は敢えてそれに乗った。
「返り討ちになさい、ハーピィ・レディ!!」

 ――ズシャァァァァッ!!

 ハーピィの両の爪が、サラの天使を二つに引き裂く。
 だが、これはサラの狙い通り――望み通りの展開に笑みをこぼし、サラは続ける。
「『天空の聖域』の効果により、私は天使族の戦闘による超過ダメージを受けません。さらに『コーリング・ノヴァ』効果発動! 『天空の聖域』が存在することにより、私は――」
 デッキから1枚を選び出し、盤に威勢良くセットする。
「――『天空騎士(エンジェルナイト)パーシアス』を特殊召喚! 攻撃表示です!」
 天翔ける騎士が姿を現し、剣と盾を構えた。


天空騎士パーシアス  /光
★★★★★
【天使族】
守備表示モンスター攻撃時、その守備力を攻撃力が越えていれば、
その数値だけ相手に戦闘ダメージを与える。
また、このカードが相手プレイヤーに戦闘ダメージを与えた時、
自分はカードを1枚ドローする。
攻1900  守1400


「そして、今はまだ私のバトルフェイズです……! 行って、パーシアスッ!!」
 ケンタウロスの如き四つ足で地を駆け、パーシアスはハーピィに躍りかかる。
「……! 『天空騎士パーシアス』……貫通攻撃とドロー強化、優秀な能力を2つも揃えた強力モンスター……」
 舞は呟く、場の伏せカードに手を伸ばしながら。
「……けど、弱点はある。それは――上級モンスターには不釣合いな、攻撃力の低さっ!」
 舞は顔を挙げ、それを勢い良く開く。
「リバースカード、オープン! 装備カード『黒い(ブラック)ペンダント』ッ!!」


黒いペンダント
(装備カード)
装備モンスターの攻撃力は500ポイントアップする。
このカードがフィールド上から墓地へ送られた時、
相手ライフに500ポイントダメージを与える。


 ハーピィの首に、怪しげな雰囲気を放つ首飾りが付けられる。
 それの発する闇の魔力が、ハーピィの力を底上げする。

 ハーピィ・レディ1:攻1600→攻2100

「これで、攻撃力の優劣関係は逆転……! 反撃よ、ハーピィ!」
 ハーピィは再び飛び掛る。
 しかしその瞬間、サラの右手が動いた。
「……まだです! 手札から『魔法解除』発動! これにより『黒いペンダント』を破壊します!」
 サラは迷わず、このターンのドローカードを場に出した。


魔法解除
(魔法カード)
敵から受けたすべての魔法効力を打ち消す。


 『魔法解除』の効果により、ペンダントが砕け散る――これにより、ハーピィの能力値は元に戻る。攻撃力の優劣関係は覆らない。

 ハーピィ・レディ1:攻2100→攻1600

「……やるわね。これで、ハーピィを強化する狙いは潰された……か」
 舞は呟く。そして、
「それなら――ソッチのモンスターを弱体化するまで! トラップオープン『アマゾネスの弩弓隊』!!」
「!? なっ……」
 予想外の二段構えに、サラは表情を強張らせた。


アマゾネスの弩弓隊
(罠カード)
相手モンスターが攻撃してきた時に発動!
攻撃力を500ポイント下げる


 ――シュバババババッ!!!!!

 アマゾネスの弓使い達が現れ、パーシアスの足に矢を射掛ける。
 幾つもの矢が突き刺さり、パーシアスは苦悶の表情とともに動きを止める。

 天空騎士パーシアス:攻1900→攻1400

「――そして! ハーピィの迎撃っ!!」

 ――ズシャァァァァッ!!

 足を止めたパーシアスを、ハーピィは迷わず切り裂いた。
 ガラ空きになったフィールドを前に、サラの表情がわずかに曇る。
 対照的に、舞はニッと、得意げな笑みを浮かべてみせた。
「……『天空の聖域』のフィールド効果により、戦闘ダメージは発生しないわね。でも、墓地に送られた『黒いペンダント』の効果発動……アナタに500ポイントのダメージを与えるわ」
「……!」

 サラのLP:4000→3500

 上級モンスターの破壊に加え、先制ダメージも与えることができた――舞は、序盤の主導権を握れたと確信しかける。だがサラはすぐに、別の手札に指を掛けた。
「……ならば! 私は墓地の『コーリング・ノヴァ』と『天空騎士パーシアス』をゲームから除外し――『神聖なる魂(ホーリーシャイン・ソウル)』を、攻撃表示で特殊召喚します!」


神聖なる魂  /光
★★★★★★
【天使族】
このカードは通常召喚できない。
自分の墓地の光属性モンスター2体をゲームから除外して特殊召喚する。
このカードがフィールド上に存在する限り、相手のバトルフェイズ中のみ
全ての相手モンスターの攻撃力は300ポイントダウンする。
攻2000  守1800


「……アタシが倒したモンスターを再利用して、更なる上級モンスターを特殊召喚……ね。やってくれるわ」
 舞は苦笑を漏らした。
 やはり、簡単には勝てそうにない――そう再認識し、気を引き締める。
「……カードを1枚セットして、ターン終了です」
 対するサラにも余裕はない。
 真剣な表情のままで、息を大きく吐いた。


 舞のLP:4000
    場:ハーピィ・レディ1(攻1600)
   手札:3枚
サラのLP:3500
    場:神聖なる魂,天空の聖域,伏せカード1枚
   手札:2枚


 客席が沸く。
 たった1ターンの、しかし素人目にも分かる白熱した攻防――開始早々の激戦ぶりに、否応なしに期待が高まる。


 しかしリング上の2人に、それを意識した様子はない。
 舞はディスクからカードを引くと、少し考えてから、1枚のカードをかざしてみせた。
「……アタシは手札から『ハーピィ・クィーン』を墓地へ送り……効果発動!」


ハーピィ・クィーン  /風
★★★★
【鳥獣族】
このカードを手札から墓地に捨てる。
デッキから「ハーピィの狩場」1枚を手札に加える。
このカードのカード名は、フィールド上または墓地に存在する限り
「ハーピィ・レディ」として扱う。
攻1900  守1200


「この効果により、アタシはデッキから……フィールド魔法『ハーピィの狩場』を手札に加えるわ」
「!! フィールドカード……!」
 厄介なカードを手にされて、サラはたまらず顔をしかめた。
(……スーパーエキスパートルールでは、場に適用できるフィールドは一種類のみ。後からフィールドカードが発動された場合、先に発動済みのフィールドは“上書き”され、破壊されてしまう……!)
 つまり、舞が『ハーピィの狩場』を発動すれば、サラの『天空の聖域』は破壊されてしまう。舞に有利なフィールドが構築されるばかりでなく、サラのフィールドは崩壊してしまうのだ。
 サラは、舞の加えたカードを注視する。
 すぐに発動するのか――そう考えたが、舞はそうしなかった。
(……フィールド魔法は“後出し”有利のカード。安易なタイミングでの発動は好ましくない……)
 手札をシャッフルし、分からなくした上で、改めて2枚のカードを選び取る。
「リバースカードを2枚セット! ハーピィは攻撃表示のままで……ターン終了よ!」


 舞のLP:4000
    場:ハーピィ・レディ1(攻1600),伏せカード2枚
   手札:2枚
サラのLP:3500
    場:神聖なる魂,天空の聖域,伏せカード1枚
   手札:2枚


(リバースカードが2枚……1枚は『ハーピィの狩場』? だとすれば『天空の聖域』の効果はアテにできないけれど……)
 『ハーピィの狩場』の影に思考を揺さぶられながら、サラはデッキからカードを引く。
(……動揺しちゃ駄目だわ、それこそが孔雀さんの狙いのハズ。ここは、冷静になって……)
 サラは軽く深呼吸すると、改めてフィールドを観察する。
(……『ハーピィの狩場』は魔法・罠を破壊する、強力な効果を備えているけれど……弱点もあるわ。それは第一に、モンスターの攻守を200しか増加できない点……)
 発動されたところで、『ハーピィ・レディ1』の攻撃力は1800どまり。戦闘面のみを見れば、大した脅威ではない。
(『神聖なる魂』の攻撃力は2000――ならば!)
「私はこのまま、バトルを行います! 『神聖なる魂』! ハーピィ・レディに攻撃っ!」
 聖なる天使の魂が、ハーピィへと躍りかかる。
(リバースを恐れないか……悪くない判断ね。でも!)
 舞はすかさず、場のトラップに指をかけた。
「通さないわよ! リバースカード、オープン! 『イタクァの暴風』っ!!」


イタクァの暴風
(罠カード)
相手フィールド上に存在する
全てのモンスターの表示形式を変更する。


 ――ブォォォォォォッ!!!!


 荒れ狂う暴風が、天使の前進を妨げる。
 強風に煽られて動きを止め、天使は守備表示を強いられる。
(……よし、これでこのターンの攻撃は凌いだ! 次は……)
 舞は視線を手札に落とし、次の自分のターンの攻撃に思いを巡らす。
 舞のその思考は、本来ならば間違っていない。サラの場には最早、攻撃表示モンスターがいないのだから――だが、その一瞬の隙を突くかのように、サラも伏せカードに指を伸ばす。
「……まだです! リバーストラップ発動! 『奇跡の光臨』!!」
「!? え……っ?」
 完全に虚を突かれた舞は、一瞬、呆気にとられた顔をした。


奇跡の光臨
(永続罠カード)
除外されている自分の天使族モンスター1体を選択し特殊召喚する。
このカードがフィールド上から離れた時、そのモンスターを破壊する。
そのモンスターが破壊された時このカードを破壊する。


(バトルフェイズ中の特殊召喚!? しまった!)

 ――カァァァァァァッ……!!

 天から、光が降り注ぐ。そしてともに、天空騎士が舞い戻る。
「『奇跡の光臨』の効果により特殊召喚……! いでよ『天空騎士パーシアス』!」
「……ッ!」
 先ほど倒したばかりのパーシアスが、早くもフィールドに戻ってくる。そして、今はまだバトルフェイズ中――攻撃が可能なのだ。
「『天空騎士パーシアス』! 『ハーピィ・レディ1』を攻撃っ!!」
 サラは右手をかざし、天空騎士に攻撃指示を出す。
 舞は眉をしかめながら、場のカードを開いた。
「リバースカードオープン! フィールド魔法『ハーピィの狩場』っ!!」
 フィールドに漂う薄雲が晴れ、“宮殿”が姿を消す。
 新たなフィールドカードの発動により、『天空の聖域』は消滅――殺風景な荒野が広がった。


ハーピィの狩場
(フィールド魔法カード)
「ハーピィ・レディ」または「ハーピィ・レディ三姉妹」が
フィールド上に召喚・特殊召喚された時、フィールドに存在する
魔法・罠カード1枚を破壊する。
フィールド上に表側表示で存在する鳥獣族モンスターは
攻撃力と守備力が200アップする。


 ハーピィ・レディ1:攻1600→攻1800

「それでも攻撃力はパーシアスが上……! 攻撃を続行! 天空剣一閃っ!!」

 ――ズシャァァァッ!!

 パーシアスの剣が、ハーピィを斬り裂き、破壊する。
 通るダメージはわずかに100、しかしパーシアスには追加効果がある。

 舞のLP:4000→3900

「孔雀さんに戦闘ダメージを与えたことで……パーシアスの効果発動! デッキからカードをドローします!」
 サラは新たにカードを引くと、4枚の手札から2枚を選び、
「カードを2枚セットして、ターン終了です!」
 威勢良くカードを出し、ターンを終えた。


 舞のLP:3900
    場:ハーピィの狩場
   手札:2枚
サラのLP:3500
    場:神聖なる魂(守1800),天空騎士パーシアス,奇跡の光臨,伏せカード2枚
   手札:2枚


(……やられたわ! 今のターンで、形勢はかなり不利になった……!!)
 舞は悔しげに歯を噛んだ。
 匙を投げる気などない――しかし、このレベルの決闘者を相手に、序盤からこれだけのアドバンテージ差をつけられてはかなり苦しい。
(相手の場には2体の上級モンスター、対する私の場にモンスターは無し……!)
 すっと、瞳を閉じる。
 ゆっくりと深呼吸し、精神を整える。
(……負けない……!)
 目を見開き、デッキに指を当てる。
(アタシは負けない――この先にある“未来”を掴むために! アタシは!)
「――アタシのターン! ドローッ!!」
 舞は大きな動作で、デッキからカードを抜き放った。




決闘85 先にあるもの

 ――それは二ヶ月ほど前、舞がドイツの賞金トーナメントに参加したときのことだった。

「――M&Wの“プロ化”……ですって!?」

 ドイツのI2社員からもたらされた情報。初めてその話を聞いたとき、舞は思わず声を上げていた。

 その男の話によれば、それは数年以内に実現予定のプロジェクトらしい。
 “プロデュエリスト”という職業が確立し、I2とKCの全面的バックアップのもと――世界中の上級デュエリスト達が、鎬(しのぎ)を削る時代が来るのだ。


 舞は当然、その話に大きな魅力を覚えた。
 すでにデュエリストとして生計を立て、世界中を旅している舞にしてみれば、願ってもない話だ。

 ――“賞金稼ぎ”と言えば聞こえは良い。だが、所詮は日陰者なのだ。

 生活の保障もなく、実力だけがものをいう世界。
 T2やKCが主催する、公式大会に出るだけでは成り立たない。

 高額な賞金獲得のため“地下デュエル場”のような、下種な金持ち好みの“ショー”に参加することも珍しくない。卑劣な罠に掛けられ、プライドを蹂躙されたこともある。華やかな表舞台とは正反対の、濁りきった、汚泥のような世界なのだ。

 “カードプロフェッサー・ギルド”のような巨大組織に組し、後ろ盾を得て活動する者も多い。当初、舞も席を置いたことはあるが、何度目かの“八百長”を強いられた折、嫌気が差して脱会した。
 そうした組織に組さずに生きていける“賞金稼ぎ”など、そう多くはない。孔雀舞ほどの実力と精神力があって、初めて成立するような生き方なのだ。


 そして、このような腐った傾向は“決闘盤”の流通に合わせ、近年、急激に広がっていた。
 それを見かねたI2とKCが、対抗策として打ち出したのが“プロデュエリスト”制度の確立――M&Wの暗黒面を知る舞ならばこそ、容易に想像がついた。

 世界を先導するエンターテイメントとなる下準備として、これまで放置してきたマイナスファクターを駆逐する――そのためのプロジェクト。


 舞はこの話に、大きな魅力を感じた――だが同時に、危惧も覚えた。
 腕に覚えのあるデュエリストたちは、みな“プロデュエリスト”を目指すようになるだろう。それにより今後、“地下デュエル場”のような非公式デュエルは、大きな痛手を受けるはずだ。これは同時に、舞のような“賞金稼ぎ”の生き方にも大きな影響を与える。


 “プロデュエリスト”になる――それが今後、M&Wで生計を立てていく上での条件となるだろう。
 “プロ”になれさえすれば、悪い話ではない。公式に管理され、大衆の前で行われるデュエルであれば、基本的に“八百長”など認められるわけがない。表舞台でフェアなデュエルを行い、賞金を獲得し、生きていくことができる――真の実力者にしてみれば、理想的な世界だろう。

 だが“ギルド”のような組織に属し、二流以下の実力しか持たなかった決闘者にしてみれば、悪夢のような話だろう。“プロデュエリスト”になり損ねれば、待つのは悲惨な未来だ。

 一流デュエリストが抜けた非公式デュエルは、消滅するか、あるいはより腐敗したモノへと成り下がるだろう。故に舞は、期待とともに危惧を覚える。

 だから、孔雀舞は立ち止まれない。

 “未来”を掴むため――“プロデュエリスト”になるために。


●     ●     ●     ●     ●     ●     ●


(そのために――アタシは今よりも、強くならなくちゃいけない!)
 ドローカードを確認しながら、舞は自身に言い聞かせる。

 自信はある。けれど確信はない。
 “決闘盤”の誕生により、世界の決闘者人口は爆発的に増えた。それにより、隠れた実力者が首をもたげ始めている――フランス王者のエマルフ・アダンなど、その最たる例の一つと言えるだろう。

(……だからアタシは、こんな所で――立ち止まってはいられないのよ!)
 ドローしたばかりのカードを、舞は盤に叩きつける。
「手札から『強欲な壺』発動! この効果により、カードを2枚ドローするわ!」
 手早く、2枚のカードを引く。
 ドローカードを確認して、舞は軽く微笑んだ。
「……今……アナタの場には、光属性モンスターが2体いる」
「……!?」
 次の瞬間、舞が誇らしげにかざしたカードに、サラは息を呑んだ。
「相手フィールド上に同属性モンスターが2体以上存在するとき、このモンスターは特殊召喚できる――『神禽王(しんきおう)アレクトール』ッ!!」
 風を纏い、銀の鎧に身を包んだ鳥獣が、舞のフィールドに舞い降りた。


神禽王アレクトール  /風
★★★★★★
【鳥獣族】
相手フィールド上に同じ属性のモンスターが2体以上存在する場合、
このカードは手札から特殊召喚する事ができる。
1ターンに1度、フィールド上に表側表示で存在するカード1枚を選択する。
選択されたカードの効果はそのターン中無効になる。
「神禽王アレクトール」はフィールド上に1体しか存在できない。
攻2400  守2000


(私のデッキような、属性統一タイプの天敵……! まさか、こんなカードを持っていたなんて!?)
 その攻撃力は2400――いや、フィールド効果により2600だ。
 よもやこんな方法で、これほどの上級モンスターを喚び出すなど、サラは予想だにしていなかった。
 『神禽王アレクトール』は、舞のデッキでも『ネフティスの鳳凰神』に次ぐレアリティを誇るカードだ。形勢逆転の芽を掴み、舞は得意げに笑う。
「そして、アレクトールの効果発動! 場の表側表示カード1枚を選択し、効果を封じる! アタシは……そうね、『神聖なる魂』を選択! 特殊能力を封じるわ!」
「……!」
 風が、『神聖なる魂』を捕える楔となり、自由を制限する。
「……まだよ! アタシはこのターン、まだ通常召喚を行ってはいない……『ハンター・アウル』を召喚! 攻撃表示!」
 風を纏う、フクロウの戦士を喚び出す。細身の大鎌を構え、フクロウは見得を切った。


ハンター・アウル  /風
★★★★
【鳥獣族】
自分フィールド上に存在する風属性モンスター1体につき、
このカードの攻撃力は500ポイントアップする。
また、自分フィールド上に他の風属性モンスターが存在する限り、
相手はこのカードを攻撃対象に選択できない。
攻1000  守 900


「『ハンター・アウル』は、自分フィールド上の風属性モンスターから力を得、攻撃力を上げるモンスター! 今、アタシの場に風属性モンスターは2体……攻撃力1000ポイントアップっ!」
 『ハンター・アウル』は本来、展開力抜群のハーピィとのコンボ用に投入したモンスターだ。だがこの状況でも、十分に活躍が期待できる。

 ハンター・アウル:攻1000→攻2200

(相手の場にはリバースが2枚。けど、ここは臆さず――攻める!)
「バトルッ!! 『神禽王アレクトール』で、パーシアスを攻撃っ!!」
「……っ!!」
 サラは思わず、伏せカードを見る。
 しかし2枚とも、この局面では役立たないカード。バトルはこのまま成立する。
 アレクトールの発する風の刃が、パーシアスを十字に両断した。

 ――ズババァァァッッ!!!

 サラのLP:3500→2800

「――さらに、ハンター・アウルの追撃!!」
 風の余波が止まぬうちに、フクロウの戦士が襲い掛かる。

 ――ズシャァァァッ!!!

 大鎌に斬り裂かれ、守備表示の『神聖なる魂』も消滅する。
 これで、サラの場にモンスターは無し――場の戦況は、正反対に覆った。


 舞のLP:3900
    場:神禽王アレクトール(攻2600),ハンター・アウル(2200),ハーピィの狩場
   手札:2枚
サラのLP:2800
    場:伏せカード2枚
   手札:2枚


(強い……! あれほどの好形が、こうも簡単に崩されるなんて!?)
 サラは動揺を隠し切れない。
 モンスターの攻撃から、舞の闘志が痛いほど伝わってくる。気圧されそうになる自分を、サラは何とか奮い立たせる。
(でも……負けられないのは、私も同じ!)
 サラは強い想いを抱いて、この大会に臨んでいる。


 ――サラ・イマノには、この大会で確かめたいことがあった。

 彼女も舞同様に、このデュエルの先にあるモノを望んでいる。だがそれは、舞の望むものとは明らかに異なる――もっと、近い所にある。


 サラはふと視線を外し、デュエルリング下へと顔を向ける。

 ――海馬瀬人。

 彼女が確かめたいのは、彼のこと――だから彼女の手は、もうすぐ届く。優勝は出来なくて良い、あと一勝、このデュエルにさえ勝てれば良いのだ。





(……実力はほぼ五分……だが、孔雀舞がやや上手だな)
 サラの思惑など露知らず、海馬は冷静にデュエルを分析していた。
 デュエルには“流れ”というものがある。相手に奪われていたそれを、舞は強引に引き戻した――これでデュエルの主導権は、完全に舞のものだ。
(……このデュエルの勝利者が、2回戦のオレの対戦相手となる。となれば、オレが明日一番に闘うのは――)
「――……!?」
 海馬はそこで、彼女の視線に気が付いた。

 まただ――予選終了時に遭遇したときと、同じ感覚。奇妙な既視感。
 青く澄んだ、綺麗な瞳。
 自分は、この瞳を知っているのではなかろうか――遠い昔に、あるいは、もっと近い過去に。

 胸を貫く、痛みがあった。

 ――なぜ痛む?
 ――自分は何に心を痛め、あの女に何を感じている……?

 自分の抱く感情の正体が、海馬には分からない。理解できない。
 ただ、目を逸らすこともできず、吸い込まれるように、彼女の瞳を見つめ続ける。




「――サラ・イマノ選手。次はそちらのターンですが……」
「……えっ? あ……」
 審判・磯野の声で、サラは正気に戻る。そして慌てた様子で、謝りながらデッキに指を伸ばした。
(……? デュエル中に余所見? この程度の窮地で、集中力が鈍るタイプには見えなかったけど……)
 舞は不審げに、サラの様子を観察する。
 サラはデッキに指を置くと、一呼吸置き、瞳を閉じた。
(ここで負けるわけにはいかない……! お願い、来て!)
「私のターン――ドローッ!!」
 大きな動作で、カードを引き抜く。
 そして、それを視界に入れ――サラは微笑んだ。
(ありがとう……私のデッキ)
 引き当てたのは、起死回生のカード。
 そのことは、対峙する舞にも伝わってきた。一体いかなるカードを引き当てたのか――様々な可能性をシミュレートし、身構える。

 しかしサラの発動したカードは、舞の予想の全てに、大きく反するものだった。

「私は手札から魔法カード――『増援』を発動します!!」

「!? なっ……『増援』ですって!?」
 舞は思わず、声を上げた。


増援
(魔法カード)
デッキからレベル4以下の戦士族モンスター
1体を手札に加え、デッキをシャッフルする。


 客席がざわめく。
 舞を含めたほとんどの者が、サラのデッキを“天使族デッキ”と推測した。彼女が発動したフィールド魔法『天空の聖域』を顧れば、当然の思考だ。

 『増援』は通常、戦士族デッキでこそ真価を発揮するカード。一見したところ、彼女のデッキとの相性はあまり良くない。

(単純な天使族デッキじゃない!? そうか、これは……!)
 動揺する舞をよそに、サラは盤からデッキを取り外す。
(……私のデッキに戦士族モンスターは3枚。ここで選ぶべきなのは――)
 迷うことなく1枚を選び、それを場に喚び出す。
「私はこのカードを手札に加え、召喚します――来て、『放浪の勇者フリード』!!」
 甲冑に身を包んだ“勇者”が現れ、腰の剣を引き抜く。


放浪の勇者 フリード  /光
★★★★
【戦士族】
自分の墓地の光属性モンスター2体をゲームから除外する事で、
このカードより攻撃力の高いフィールド上に存在するモンスター
1体を破壊する。この効果は1ターンに1度しか使用できない。
攻1700  守1200


「そして、墓地の『天空騎士パーシアス』と『神聖なる魂』をゲームから除外し――フリードの効果を発動! 攻撃力1700を超えるモンスター1体を破壊できます! 対象はもちろん……『神禽王アレクトール』!!」
 墓地のモンスターの光を宿し、フリードの剣は金色に輝き始める。
「撃って……フリード! ジャスティス・ブライト!!」
 アレクトールに近づくことなく、フリードは剣を振り下ろす。
 そこから発した光の刃が、アレクトールを真っ二つに斬り裂いた。

 ――ズバァァァァァァッ!!!

「!! くっ……アレクトールが!?」
 衝撃から身を庇いながら、舞は眉根を寄せる。
 切札の1枚たる上級モンスターを破壊されてしまった――しかも、それだけではない。『ハンター・アウル』は、自分フィールドのモンスター数に影響を受けるカード。アレクトールの破壊により、攻撃力が減少する。

 ハンター・アウル:攻2200→攻1700

(これで、フリードと攻撃力は互角……! 場にリバースもない今、相殺は必至!)
 だが舞は、自身の読みの浅さを知ることになる。
「……まだです! 手札を1枚捨てて……リバースカード、オープン! 『D・D・R(ディファレント・ディメンション・リバイブ)』!!」
 サラは追撃とばかりに、場の伏せカードを開いた。


D・D・R
(装備カード)
手札を1枚捨てる。ゲームから除外されている自分のモンスター1体を
選択して攻撃表示でフィールド上に特殊召喚し、このカードを装備する。
このカードがフィールド上から離れた時、そのモンスターを破壊する。


「このカードの効果により、先ほど除外したモンスターを特殊召喚します……再臨せよ、『天空騎士パーシアス』!!」
「!! なっ……!!」
 空間に歪みが生じ、その中からパーシアスが喚び戻される。
 それを見て、舞は確信する。彼女の真のデッキコンセプトを。
(“除外天使”……! 墓地からの蘇生ではなく、除外ゾーンからの帰還を狙った、特殊な天使族デッキ! カード間の強いシナジーを求められる、上級コンボデッキ!)
 舞のその読みは概ね正しい。確かにそれこそが、サラのデッキのメインコンセプト――だが、それだけが彼女のデッキの全てでもない。


 舞のLP:3900
    場:ハンター・アウル(1700),ハーピィの狩場
   手札:2枚
サラのLP:2800
    場:放浪の勇者 フリード,天空騎士パーシアス,D・D・R,伏せカード1枚
   手札:1枚


「バトルフェイズに入ります……! パーシアスで『ハンター・アウル』を攻撃! 天空剣一閃!!」
 舞の場に伏せカードは無い。サラは何の躊躇もなく、攻撃宣言を行う。

 ――ズバァァッ!!

 天空騎士の剣が、フクロウの戦士を両断する。これにより、僅かながら戦闘ダメージが発生――サラはデッキに指を伸ばす。

 舞のLP:3900→3700

「この瞬間、パーシアスの効果発動! 私はデッキからカードを1枚ドローします!」
「……くっ……!」
 強い――ガラ空きになった場を睨みながら、舞は再びそう思う。
 だが、
「……これで、舞さんの場はガラ空き――フリードの直接攻撃! ブレイブ・ソードッ!!」
 だが――負けるつもりは、毛頭ない。

 剣を構え、フリードが躍りかかる。
 舞の場にカードはない。1700ポイントのダメージが、舞に与えられる――サラがそう確信した、直後、

 ――ビュォォォォォォォッッ!!!!

「!!? きゃ……っっ!?」
 突如、襲い掛かった旋風に、サラは悲鳴を上げた。
 不意を突いたその突風に、サラは尻餅をつく。当然、自然現象ではない。デュエルによるもの――だが何故? 今は自分が攻撃したはず、なのにどうして――
「……!? え……っ?」
 顔を上げて確認すると、フリードの攻撃は終わっていた。しかし、舞の決闘盤に表示された残りライフには、変化がない。

 舞のLP:3700

(……!? まさか……)
 ハッとして、サラは自分の決闘盤を確認した。

 サラの残りLP:2800→2500

「わ、私のライフの方が減っている!? そんな、どうして……!?」
 あり得ない現象に、サラは大きく動揺する。
 舞は得意げに笑むと、墓地から1枚のカードを取り出した。
「いいわ……種明かししてあげる。アナタの直接攻撃宣言時、手札からこのカードを特殊召喚したのよ。『風の小玉』を、ね」


風の小玉  /風
★★
【天使族】
相手モンスターの直接攻撃宣言時、このカードを手札から特殊召喚できる。
このカードが召喚・特殊召喚された時、場のモンスターの数×100ポイント
のダメージを相手プレイヤーに与える。
攻500  守500


「……フリードの攻撃をそのモンスターで防ぎ、同時に効果で、私にダメージを与えた……?」
 サラは顔をしかめながら立ち上がる。
 しかし、現状の場・手札枚数を見る限り、戦局を盛り返せたのは確か――心を落ち着け、冷静さを取り戻す。
(ライフを削るのは後で良い……! 流れは引き戻せた! このターンの攻防は、決して悪くない!)
「私はこれで、ターンを終了します!」
 胸を張って堂々と、サラはターンを舞に回した。


 舞のLP:3700
    場:ハーピィの狩場
   手札:1枚
サラのLP:2500
    場:放浪の勇者 フリード,天空騎士パーシアス,D・D・R,伏せカード1枚
   手札:2枚




決闘86 白き龍(前編)

 同時刻――“青眼ドーム”正面ゲート付近にて。
 一人の少年が息を切らし、慌てた様子で走っていた。

(――やっべえ……もう午後の試合、始まってるじゃんか!)

 目当ての試合が終わっていないか、不安に駆られながらドーム内へ飛び込む――つもりだったのだが、眼前に黒服の男が立ち塞がった。

「待ちなさい! ここは関係者用の入口だ! 一般の観戦者はあちらの……」

 男が言い終わるよりも早く、少年は声高に怒鳴った。

「――バカヤローッ!!! オレは関係者だ!!!」

 男は一瞬、呆気にとられた顔をする。しかしすぐに、自分の犯した大きな失態に気が付いた。
「こっ……これは失礼いたしましたーーっ!!」
 姿勢を正し、敬礼する。
 しかし少年は目もくれず、その男の横を素通りした。
(この歓声……デュエル中か! やってるのは第五試合か!? それとも……)

「間に合うかなあ……兄サマのデュエル」

 少年――海馬モクバは、選手用通路を全力で駆け抜けた。



●     ●     ●     ●     ●     ●     ●



 舞のLP:3700
    場:ハーピィの狩場
   手札:1枚
サラのLP:2500
    場:放浪の勇者 フリード,天空騎士パーシアス,D・D・R,伏せカード1枚
   手札:2枚


「――すごい……! まさに一進一退の攻防ね」
 デュエルリングを食い入るように見上げながら、杏子は呟く。
「ターンごとの、優劣の変化が激しいね……。お互いの、勝とうとする強い意志がすごく伝わってくるよ」
 遊戯は唾を呑み込んだ。そして、ふと隣に立つ城之内を一瞥すると、城之内は神妙な面持ちで、二人の闘いに見入っていた。

「…………」
『(……さっきからどうしたのよ? 困ったような顔して……)』
 長椅子に座って観戦する絵空は、先ほどから冴えない表情だった。
(だって……どっちも応援できないんだもん。舞さんとは予選で闘って、みんなの友達だし……。でもサラさんも、今朝ここまで連れてきてもらったし……)
『(……なら、どっちも応援しなさい。その結果、どちらかが負けるのは仕方ないわよ)』
 少し投げやり気味な助言に、絵空は「うーっ」と唸った。





「――アタシのターン! ドローッ!!」
 舞は勢い良くカードを引く。
 それを手札に加えると、迷わず、もう1枚のカードに指を掛けた。
「魔法カード『天よりの宝札』を発動! 互いのプレイヤーは手札が6枚になるよう、デッキからカードをドローするわ!」
「! ドロー強化の魔法カード……!」
 舞は5枚、サラは4枚のカードを引く。
 6枚の手札を眺め、暫く考えた末に、舞は1枚のカードを掴んだ。
「いくわよ! アタシは墓地の『風の小玉』をゲームから除外して……『シルフィード』を特殊召喚!」
 地面から発生した風に導かれ、風の精霊が喚び出される。


シルフィード  /風
★★★★
【天使族】
このカードは通常召喚できない。
自分の墓地の風属性モンスター1体をゲームから除外して特殊召喚する。
このカードが戦闘によって破壊され墓地に送られた時、
相手はランダムに手札を1枚捨てる。
攻1700  守 700


「『シルフィード』は風の精霊……鳥獣族ではないため『ハーピィの狩場』の効果は得られない。よって、攻撃力は1700のままよ」
 舞はサラのフィールドを睨んだ。
 存在するモンスターは2体、攻撃力1900のパーシアスと、1700のフリード。
(少々のダメージは負うけど……仕方ないわね)
 容易に勝てる相手ではない、それは分かっている――手札を一瞥し、舞は戦略を定めた。
「いくわよ……バトル! シルフィードで、フリードを攻撃っ!」
 風を操り、精霊はフリードに躍りかかる。フリードも臆さず、剣で迎え撃つ。
 攻撃力は互角、魔法・罠による支援も無し――拮抗した攻撃力がぶつかり合う。

 ――ズドォォォッ!!

 ――ズバァァァッ!!

 結果、相撃ち。シルフィードとフリードは共に消滅する。
 だが、シルフィードが倒された後には“風”が残った。
「この瞬間、シルフィードの特殊効果発動よ! 戦闘破壊されたとき、相手の手札1枚を墓地に送る!」
 “風”が、サラの手札1枚に纏わりつく。
 墓地に送れということなのだろう――サラはそう理解し、渋々それを墓地に置いた。
「……そしてアタシは、カードを1枚セットし……『シールド・ウィング』を守備表示で召喚! ターンエンドよ」
 新たな鳥獣を喚び出し、守備体勢をとらせる。
 パーシアスを倒すには至らなかった――だがこれが恐らく、現状で打てる最善手。
 前を向き、はっきりと、舞はエンド宣言を済ませた。


シールド・ウィング  /風
★★
【鳥獣族】
このカードは1ターンに2度まで戦闘で破壊されない。
攻 0  守 900

 舞のLP:3700
    場:シールド・ウィング(守1100),ハーピィの狩場,伏せカード1枚
   手札:3枚
サラのLP:2500
    場:天空騎士パーシアス,D・D・R,伏せカード1枚
   手札:5枚


(『シールド・ウィング』は戦闘破壊耐性を備えたモンスター。けれど、戦闘ダメージは通るハズ……)
 ならば次にとるべき手は、パーシアスの貫通攻撃による手札増強か――サラはそう考えながらカードを引く。
 しかし、ドローカードを見た瞬間、彼女の考えは変わった。
(……!! このカードは……!)
 サラは手札と、場の伏せカードを見返す。
 舞の場には、手札増強後に出されたリバースカードもある。油断はできない。
 しかし、千載一遇の好機――これをみすみす逃す手はない。
(場の戦況はほぼ五分……いつ覆されてもおかしくない。ならば、ここは――勝負に出る!)
 サラは覚悟を決め、手札のモンスターに指を掛けた。
「私は手札から『天空の使者 ゼラディアス』を墓地に捨て――効果発動! デッキから2枚目の『天空の聖域』を手札に加えます!」
「! 『ハーピィ・クィーン』と同じ……フィールドサーチの特殊モンスター!」


天空の使者 ゼラディアス  /光
★★★★
【天使族】
このカードを手札から墓地に捨てる。
デッキから「天空の聖域」1枚を手札に加える。
フィールド上に「天空の聖域」が存在しない場合、
フィールド上のこのカードを破壊する。
攻2100  守 800


「……そして『天空の聖域』を発動! これにより、先に発動されていた『ハーピィの狩場』は墓地に送られます!」
「……っ!」
 “宮殿”が再び姿を見せ、辺りに薄雲が現れる。

 シールド・ウィング:守1100→守900

「……そして私は、場のパーシアスを生け贄に捧げ――」
「!? 上級モンスターを生け贄……ですって!?」
 パーシアスが光の渦に包まれる。
 真意の見えぬその行動に、舞は目を見開く。サラは得意げな笑みとともに、手札の1枚を右手に持ち替えた。
「『天空騎士パーシアス』を生け贄に捧げることで、このモンスターは特殊召喚できます――光臨せよ、『天空勇士(エンジェルブレイブ)ネオパーシアス』ッ!!」
 神々しい光を纏い、パーシアスは生まれ変わった。


天空勇士ネオパーシアス  /光
★★★★★★★
【天使族】
このカードは自分フィールド上の「天空騎士パーシアス」1体を
生け贄に捧げる事で特殊召喚する事ができる。このカードが
守備表示モンスターを攻撃した時、このカードの攻撃力が
守備表示モンスターの守備力を超えていれば、
その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。
また、このカードが相手ライフに戦闘ダメージを与えた時、
自分のデッキからカードを1枚ドローする。
フィールド上に「天空の聖域」が存在し、自分のライフポイントが
相手のライフポイントを超えている場合、
その数値だけこのカードの攻撃力・守備力がアップする。
攻2300  守2000


(攻撃力が上がった……! パーシアスの進化モンスター!? でも、攻撃力の上昇値は400ポイント、そこまでの脅威じゃない……!)
 気を取り直し、舞は身構える。
 しかしサラは天使を見上げ、自信に満ちた笑みを浮かべた。
「……ネオパーシアスには、新たな特殊能力があります。それは、『天空の聖域』が存在する間のみ、私のライフが相手ライフを上回っている数値分、攻撃力・守備力を上げる永続効果……」
「……! でも、ライフはアタシの方が上。その効果は適用されないハズよ?」
 サラのその説明に、舞は訝しみながら言葉を返す。

 舞のLP:3700
サラのLP:2500

「……確かにそうです。でも、今の私にはこのカードがある――永続トラップ発動! 『女神の加護』!!」


女神の加護
(永続罠カード)
自分は3000ライフポイント回復する。
自分フィールド上に表側表示で存在する
このカードがフィールド上から離れた時、
自分は3000ポイントダメージを受ける。


「このカードの効果により、私のライフは3000ポイント回復します!」
「!!? 何……ですって!?」
 たった1枚のカードにより、サラは膨大なライフを得る。これにより、サラのライフは舞を上回った。

 サラのLP:2500→5500

「……これで私のライフは、孔雀さんのライフを1800ポイント上回った――ネオパーシアスの効果適用! 攻撃力・守備力が1800ポイントずつアップッ!」
 “命”の光をその身に宿し、ネオパーシアスは大幅に能力値を高めた。

 天空勇士ネオパーシアス:攻2300→攻4100
             守2000→守3800

「な……! 攻撃力、4100……!!?」
 舞はたまらず後ずさる。
 計算外のタイミングでの、圧倒的攻撃力を備えたモンスターの召喚――そのダメージを防ぐ手立てが、今の舞にはない。
 ネオパーシアスはゆっくりと右手を挙げ、武器の切っ先を舞に向けた。
「ネオパーシアス! 『シールド・ウィング』を攻撃――光剣一閃っ!!!」
 切っ先から光が伸び、刃となって舞を襲う。
 『シールド・ウィング』が割って入るが、容易に貫通する――そして勢いを緩めず、舞の胸を貫いた。

 ――ドシュゥゥゥゥッッ!!!!!

「う……ぐうっ……!!?」
 モンスターとともに串刺しとなり、舞は呻(うめ)き声を上げた。

 舞のLP:3700→500

 光の刃が引き抜かれると、舞は膝を折り蹲(うずくま)った。
「『シールド・ウィング』は戦闘破壊されませんが……これにより、ライフポイント差はさらに広がりました。よって、ネオパーシアスの攻撃力は――」
 サラは頼もしげに、場の天使を見上げる。
 ネオパーシアスの纏う光が、さらに強さを増していた。

 天空勇士ネオパーシアス:攻4100→攻7300
             守3800→守7000

 客席がどよめいた。
 攻撃力7300――『天空の聖域』『女神の加護』とのコンボにより生み出された、常識外れの高ステータス。それは、このデュエルの勝敗を明確にする決定打に思えた。


 舞のLP:500
    場:シールド・ウィング,伏せカード1枚
   手札:3枚
サラのLP:5500
    場:天空勇士ネオパーシアス(攻7300),天空の聖域,女神の加護
   手札:4枚


(いける……! このデュエル、このまま押し切れる!)
 圧倒的優位に立ち、サラは今度こそ優勢を確信する。
 戦闘耐性持ちの『シールド・ウィング』は破壊できないが、ネオパーシアスの貫通攻撃の前には無力。むしろ格好の標的とも言える。
(場もライフも、私が優位に立った! 手札の枚数も……)
 と、そこでサラは思い出した。
 ネオパーシアスは、パーシアスの特殊能力をそのまま受け継いでいる。戦闘ダメージを与えたとき、強制発動する効果がある。サラは右手を、デッキに伸ばした。
「……孔雀さんに戦闘ダメージを与えたことで、ネオパーシアスの効果が発動します。私はデッキからカードを――」
 そして、デッキに指が触れた刹那――“異変”は起こった。


 ――ズガァァァァァァァァンッッ!!!!!!!!


「!!?? きゃあ……っっ!!?」
 視界を侵す激しい光に、サラはたじろぎ悲鳴を上げた。
 まるで、サラの行為を諌めるかのように――天より降り注いだ“罰”の雷。
「……!!? な、一体何が……!?」
 困惑しながら、顔を上げる。すると、場を制圧していたハズの天使の姿は、もうそこにはなかった。

「――まったく。高い代償になったわね……」

 舞が、ゆっくりと立ち上がる。
 サラは彼女を見、そして気が付いた。彼女の場で開かれた罠カードに。
「“肉を切らせて骨を断つ”……つもりだったんだけど。これじゃあ、痛み分けがいいところね」


天罰
(カウンター罠カード)
手札を1枚捨てて発動する。
効果モンスターの効果の発動を無効にし破壊する。


「ネオパーシアスのドロー効果に対し、『天罰』を発動したわ。本当は、パーシアス相手に使うつもりだったんだけど……読み間違えて大打撃だわ。もっともお陰で、アナタの切札を倒せたみたいだけど」
「……!! まさか、そんなカードを伏せていたなんて……!」
 ガラ空きになってしまったフィールドを、サラは苦々しげに見つめる。
(……それでもライフ差はかなりついた……! 戦況はまだ、こちらに有利なハズ!)
「私はカードを1枚伏せ、『ジェルエンデュオ』を守備表示で召喚! ターン終了です!」
 サラは気を取り直し、場にカードを出してターンを終えた。


ジェルエンデュオ  /光
★★★★
【天使族】
このカードは戦闘によっては破壊されない。
このカードのコントローラーがダメージを受けた時、
フィールド上存在するこのカードを破壊する。
光属性・天使族モンスターを生け贄召喚する場合、
このモンスター1体で2体分の生け贄とする事ができる。
攻1700  守 0

 舞のLP:500
    場:シールド・ウィング,
   手札:2枚
サラのLP:5500
    場:ジェルエンデュオ,天空の聖域,女神の加護,伏せカード
   手札:2枚


「アタシのターン……ドロー!」
 舞は罠カードを引き、手札に加える。
(相手の切札を倒した今が……攻め込む絶好のチャンス!)
 相手の場を一瞥し、ほとんど迷わずに魔法カードを掴んだ。
「いくわよっ! 魔法カード発動『ハーピィの神風(かみかぜ)』!!」


ハーピィの神風
(魔法カード)
自分の場・墓地に存在する「ハーピィ・レディ」の数まで
相手フィールド上の魔法・罠カードを破壊する。


「アタシは『天罰』の発動コストとして、手札から『ハーピィ・レディ・SB(サイバー・ボンテージ)』を墓地に送っているわ! 今、アタシの墓地にハーピィは3体……よって、アナタの魔法・罠カードを全て破壊する!」
「!? な……っ!?」
 あまりに予想外の展開に、サラは言葉を失った。


ハーピィ・レディ・SB  /風
★★★★
【鳥獣族】
このカード名はルール上「ハーピィ・レディ」とする。
攻1800  守1300


 ハーピィ達の魂が強風を生み、サラのカードを吹き飛ばす。『天空の聖域』、『女神の加護』、そして伏せられていた『重力解除』のカードを。


重力解除
(罠カード)
自分と相手フィールド上に存在する
全てのモンスターの表示形式を変更する。


「……!!! しまった、これは……!」
 サラの顔が青ざめる。フィールドを離れてしまったことにより、『女神の加護』のもう一つの効果が発動してしまうからだ。


女神の加護
(永続罠カード)
自分は3000ライフポイント回復する。
自分フィールド上に表側表示で存在する
このカードがフィールド上から離れた時、
自分は3000ポイントダメージを受ける。


 『女神の加護』は、あくまで一時的なライフ回復手段に過ぎない。
 破壊されれば元に戻る――だがこの状況では、それだけでは済まされない。

 サラのLP:5500→2500

「『ジェルエンデュオ』は戦闘破壊不可能なモンスター……けどその代わりに、特殊な破壊条件があったはずよね?」
 舞は承知の上で『ハーピィの神風』を使ったのだ。『女神の加護』の効果を逆手にとるために。
「……っ! 『ジェルエンデュオ』はコントローラーがダメージを受けたとき、破壊されます……」
 サラの場を守っていたモンスターは、早々に消滅し、姿を消した。


ジェルエンデュオ  /光
★★★★
【天使族】
このカードは戦闘によっては破壊されない。
このカードのコントローラーがダメージを受けた時、
フィールド上に存在するこのカードを破壊する。
光属性・天使族モンスターを生け贄召喚する場合、
このモンスター1体で2体分の生け贄とする事ができる。
攻1700  守 0


(やられた……! 戦闘耐性持ちの『ジェルエンデュオ』を、こうも容易く突破されるなんて!? しかも、これで……)
 サラは険しい表情でフィールドを見つめる。
 彼女の場には最早、伏せカードすらない。完全なガラ空き状態。
「さあ……お返しさせてもらうわ! アタシは『ネフティスの導き手』を召喚し、特殊能力を発動っ!!」


ネフティスの導き手  /風
★★
【魔法使い族】
このカードを含む自分フィールド上のモンスター
2体を生け贄に捧げる事で、デッキまたは手札から
「ネフティスの鳳凰神」1体を特殊召喚する。
攻 600  守 600


 “導き手”と『シールド・ウィング』が、光の渦に包まれる。やがてその光は赤みを帯び、燃え盛る火炎へと変容する。
「効果により、デッキから特殊召喚――いでよ! 『ネフティスの鳳凰神』!!」
 燃え盛る炎の中から、美麗なる金色の鳳凰が翼を広げた。


ネフティスの鳳凰神  /炎
★★★★★★★★
【鳥獣族】
このモンスターがカードの効果によって破壊された場合、
次の自分のスタンバイフェイズ時にこのカードを特殊召喚する。
この方法で特殊召喚に成功した場合、
フィールド上の魔法・罠カードを全て破壊する。
攻2400  守1600


「いきなさい、ネフティス! 相手プレイヤーに直接攻撃……エターナル・ブレイズッ!!」
 羽ばたいた鳳凰の口から、大量の火炎が吐かれ、サラを襲った。

 ――ズドォォォォォォッッ!!!

「う……くうっ……!?」
 炎に身を焼かれ、サラはよろめく。これでライフは風前の灯、致命的なダメージを負った。

 サラのLP:2500→100

(マズイ……! このままじゃ……)
 顔をしかめ、サラは手札を確認する。
 手札は2枚。しかし、攻撃を弾くカードも、壁にできるモンスターもいない。このままでは、次のターンでトドメを刺されてしまう。
(よし……後もう一押し!)
「リバースカードを1枚セットし、ターンエンドよ!!」
 ダメ押しのトラップを場に出して、舞は威勢良くターンを終えた。


 舞のLP:500
    場:ネフティスの鳳凰神,伏せカード1枚
   手札:0枚
サラのLP:100
    場:
   手札:2枚


「スゴイ……! 1ターンで一気に、5400もライフを削っちゃった!?」
 絵空は驚嘆し、思わず声を上げた。
『(“ピンチの後にチャンスあり”……とは良く言ったものね。これは流石に決まりかしら)』
 幾度となく覆された戦局だが、お互いのライフは残りわずか。いずれにせよ、もう後はない――もうじき決着がつく。それは、観戦する誰もが思ったことだろう。

 絵空は唾を呑み込んだ。そしてふと、横からする物音に気が付く。
(誰かの足音……?)
 すると次の瞬間、選手用通路から、一人の少年が飛び出して来た。


「――兄サマ! 良かった……間に合ったぁ」


 息を切らしながら、少年はまずそう言った。
 絵空は首を傾げたが、他のみんなは彼を知っているようだった。
「え……モクバ君!? 久し振りじゃない!」
「おいおい! ずいぶん背ぇ伸びたんじゃねえのか!?」
 杏子と城之内がまず声を掛ける。
 少年――海馬モクバは、「頭さわんな!」と叫びながら城之内の手を払いのける。
「……でも、本当に久し振りだよね。前回のバトル・シティでは会えなかったから……半年以上、会ってないかな?」
 遊戯は想起しながら言う。
「まっ、オレも最近は色々と忙しーからな! 今日だって、兄サマの応援するために、やっと時間を作って来たんだぜ?」
 少し自慢するような調子で言う。だが、偽りではなかった。

 以前まで“お飾り”の副社長だったモクバは、去年の夏頃から心機一転し、会社経営にも積極的に関わるようになっていた。
 M&Wのシェア拡大による兄への負担を、少しでも軽くしたいという彼なりの試み。
 力不足な場面も多々あれど、時には部下の力を借り、時には猛勉強し、少しずつ成長しながら仕事をしている。

「……モクバ。例の案件は――」
 海馬が問い終わるより先に、モクバは表情を引き締めて応えた。
「ウン! ちょっとだけ揉めたけど……無事、契約締結できたよ! 明日までには報告書をまとめておくから、大会が終わったら確認してよ!」
「……そうか。ご苦労だったな」
 海馬は小さく微笑する。そんな彼の隣に、モクバは小走りに寄る。まるで、そこが自分の指定席と主張せんばかりに。

(試合は……第五試合か。もう終盤みたいだな)
 対戦カードは記憶している。「サラ・イマノVS孔雀舞」――その姿を確認しようと、モクバは改めて顔を上げる。
 そして、自分の目を疑う。孔雀舞と相対する女性――身も知らぬはずの彼女の姿に、モクバの記憶が掘り起こされたからだ。

「……サラ……ねえちゃん……?」

 それは、海馬の耳には届かぬ程度の、小さな呟きだった。





「――……私の……ターンです」
 神妙な面持ちで、サラはデッキに指を伸ばす。
 ドローカード次第では“積み”だ。現状の手札では、防御に回る余裕すらない。
(それでも……逆転できるカードはある)
 デッキに眠るそのカードを、引き当てるべく右腕を振るう。
「……ドローっ!!」
 一呼吸置き、おそるおそる視界に入れる。
 そして感謝を述べる。この上ないタイミングで来てくれた、大切なそのカードに。

 ドローカード:正義の味方 カイバーマン

「――私はこのカードを場に出します! 『正義の味方 カイバーマン』!!」
「!!?? なっ……何ですってっ!?」
 あまりにも予想外なそのカードに、舞は驚愕の叫びを上げた。


正義の味方 カイバーマン  /光
★★★
【戦士族】
このカードを生け贄に捧げる事で、
手札から「青眼の白龍」1体を特殊召喚する。
攻 200  守 700


 『正義の味方 カイバーマン』は、海馬ランドで開催されるヒーローショー“カイバーマン・ショー”に登場するヒーローだ。
 名前の通り、KC社長である海馬瀬人をモチーフとしたヒーローだが、今ではかなりの人気を誇っている。その強烈なキャラクター性だけでなく、劇中に使用される最新鋭技術を投入した演出にも、人気の理由はあるだろう。ちなみに中の人などいない(磯野談)。
 それを受け、I2社によりカードされたのが『正義の味方 カイバーマン』だ。
 何度かイベントで無料配布されただけのカードだが、入手難度はそこまで高くない。その一因は、そのカードが持つ特殊能力にある――『青眼の白龍』とのコンボ専用という、実用性皆無の効果に。



(何のつもり……!? そんな使えないカードで、一体何を……)
 舞は困惑せずにいられない。『青眼の白龍』は海馬瀬人のみが所持するカード。故に『正義の味方 カイバーマン』は、海馬瀬人以外のデュエリストには“観賞用カード”にしかなり得ない。


 そう、そのはず、なのに――


「……特殊能力を発動します。このカードを生け贄に捧げることで、手札から――」
 仮面を付けた、海馬瀬人を模したヒーローが、高笑いとともに光の渦に包まれる。
 そしてサラはカードをかざし、確かにこう言ったのだ。


「――特殊召喚。『青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)』」


 あり得ないその光景に、舞の体は凍りつく。

 見間違えるはずもない。サラの召喚したドラゴンは、紛れも無く、


青眼の白龍  /光
★★★★★★★★
【ドラゴン族】
攻3000  守2500


 あり得てはならない光景が、舞の眼前に広がった。


 舞のLP:500
    場:ネフティスの鳳凰神,伏せカード1枚
   手札:0枚
サラのLP:100
    場:青眼の白龍
   手札:1枚




決闘87 白き龍(後編)

 ――青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)は、海馬瀬人にとって、何より特別なカードだ。

 “力”を象徴する、故に“勝利”を導く。
 “勝利”を象徴する、故に“生”を導く。
 “生”を象徴する、故に“未来”を導く。

 M&W誕生初期に生み出され、そのあまりの強さ故に製造中止となり、世界に4枚しか存在しないとされた“幻”のカード。
 そう、“幻”だったのだ。

 その絶対的希少性・価値ゆえに、それらは財力あるコレクターにより“観賞用カード”として抱え込まれ、一般に露見する機会は全く無かった。
 故に“幻”。
 噂こそあれど、本当にそんな物が存在するのか――かつてデュエリストの間では、その存在に懐疑を抱く者も多かった。


 海馬瀬人がそれらを集めるべく、如何なる手段を講じたのか――その事実は、一般にはあまり知られていない。


 だが彼が手にしたことにより、“幻”は“現実”となった。
 かつて“観賞用”だったそれは、彼の手により輝き、実戦の中で勝利を導く。

 世界に4枚のカードのうち、3枚は海馬が所持し、1枚は破棄された――これにより『青眼の白龍』は、海馬瀬人のみが所有する、海馬瀬人の代名詞とも呼べるカードとなった。

 それだけではない。M&W産業に多大な貢献を果たし、また、世界トップレベルの決闘者たる海馬瀬人の存在は、『青眼の白龍』をM&Wの象徴的カードの地位に押し上げつつある。


 決闘者の憧憬の的であり、最強の象徴たるカードの一つ――それが『青眼の白龍』。
 決して手に入れること叶わぬ“夢”の存在。どれほど渇望し、手を伸ばそうとも届かぬ“神”の如きカード。


 それが――『青眼の白龍』なのだ。



●     ●     ●     ●     ●     ●     ●



「――……バカな……!!」
 海馬瀬人は瞳を震わせ、驚愕した。

 ――あり得ない……自分は、何か夢でも見ているのであろうか?

 海馬瀬人にそう思わせるほどに、それはあり得ぬ光景だった。


 その場の決闘者のほぼ全てが、みな一様に現実を疑う。
 それほどに今、デュエルリング上で起こっている光景は、あり得るはずのない“現実”だったのだ。


 舞のLP:500
    場:ネフティスの鳳凰神,伏せカード1枚
   手札:0枚
サラのLP:100
    場:青眼の白龍
   手札:1枚


「――……ブルーアイズ……ホワイトドラゴン……!??」
 舞は呟き、現実を確かめる。

 ――似ているだけの、別名カードではないのか?

 否。それは確かにブルーアイズ。
 同じ外見を持ち、同じステータスを備え、同じ威光を放つ。
 正真正銘、海馬瀬人が持つものと同じ――『青眼の白龍』。

(……ブルーアイズ・ホワイトドラゴン……)
 サラが真剣な面持ちで見上げると、白き龍は応じるように頷く。
 仕えるべき主を守るべく、翼を広げ、立ちはだかる。
 そして咆哮を上げる。それに抗するかのように、鳳凰も負けじと嘶(いなな)いた。


 その様を見て、舞はハッと正気に戻った。
 今はデュエルの真っ最中。疑問は多々あれど、真に解決すべきはそれではない。
 現れたソレを撃破し、相手のライフをゼロにする――それこそが今、舞が全力を挙げるべき最優先事項。疑念の払拭は二の次だ。

(『青眼の白龍』……思わぬタイミングでの再戦ね。リベンジは明日果たすつもりだったけど……)
 舞は険しい表情で、しかし不敵な笑みをこぼした。舞は『青眼の白龍』と、一度だけ闘ったことがある。


 第二回バトル・シティ大会――去年の冬に開催された、その大会の準決勝戦で、舞は海馬と闘った。結果は惨敗――彼の操るブルーアイズに歯が立たず、大敗を喫している。


(このデュエルに勝てば、恐らく次の相手は海馬になる。願ってもない機会だわ……海馬と再戦する前に、ブルーアイズにリベンジできる!!)
 精神を高揚させ、舞は顔を上げた。

 騒然たる会場の中心で、2人と2体が睨み合う。
 舞の伏せカードを一瞥した後に、サラは戦術を定めた。
「私はカードを1枚セットし……そして」
 ゆっくりと、丁寧に宣言しながら、サラは右手をかざした。
(いくよ――ブルーアイズ!)
 それに合わせてブルーアイズは飛翔し、攻撃体勢をとる。大きく開いた口からブレスを吐き、それが形を成し、光球となる。
「……ブルーアイズ・ホワイトドラゴンの攻撃――」
 そして凝縮したそれを、一気に解放し、撃ち出した。

「――滅びの威光!」

 ――ズゴォォォォォォォッッ!!!

 レーザーの如く放たれた光が、舞のネフティスを強襲する。
 刹那、舞はかっと両目を見開き、場の伏せカードを開いた。
「――リバースカードオープンッ!! 『烈風の双翼』!!!」


烈風の双翼
(罠・装備カード)
相手の攻撃宣言時、攻撃を受ける
自分の場の鳥獣族モンスター1体に装備する。
????


 ――ビュォォォォォォォッッ!!!!

「!? な……っ!?」
 眼前の出来事に、サラは驚き、目を見開く。
 突如発生した烈風がネフティスを押し上げ、遥か上空へとハネ上げたのだ。

 白き龍のブレスは空を切り、観客席を襲う。
 無論、立体映像(ソリッドビジョン)であるわけだが、あまりにリアルなその光線に、客の一部から悲鳴が上がった。

 ――バジィィィィィッッ!!!

 しかし、それは客席に届く前に、まるで不可視の壁にぶつかったかのように炸裂し、消滅する。目の当たりにした観客は、そのあまりの迫力に息を呑み、胸を撫で下ろした。

「!?? 上へ……攻撃回避のトラップカード!?」
 上空を見上げ、サラは叫ぶ。
 「違うわ」と、舞は静かな口調で応えた。
「アタシが発動したのは、相手の攻撃宣言時に発動可能な“装備カード”――『烈風の双翼』! 装備した鳥獣族の攻撃力を、墓地の風属性モンスターの数×200ポイントアップさせる!!」
 烈風をまとった翼を広げ、ネフティスは上空より、ブルーアイズを見下ろす。


烈風の双翼
(罠・装備カード)
相手の攻撃宣言時、攻撃を受ける
自分の場の鳥獣族モンスター1体に装備する。
装備モンスターの攻撃力は、自分の墓地に存在する
風属性モンスターの数×200ポイントアップする。
また、装備モンスターは1度のバトルフェイズ中に
2回までモンスターを攻撃できる。


「今、アタシの墓地に風属性モンスターは8体……よって攻撃力は1600ポイントアップ!」
 鳳凰は甲高い嘶きを上げ、サラの龍を威嚇した。

 ネフティスの鳳凰神:攻2400→攻4000

「……攻撃力……4000……!?」
 険しい表情で、サラは鳳凰を見つめる。
 舞は勝ち誇った笑みで、右手をかざした。
(これで――終わりよ!)
「まだアナタのバトルフェイズは終わらないわ! ブルーアイズの攻撃宣言に対し、ネフティスが反撃する!」
 鳳凰は再度口を開き、遥か上空より火炎を吐き出す。
「『ネフティスの鳳凰神』の反撃――フレイミング・エタニティーッ!!!」

 ――ズドォォォォォォォッッ!!!!

 風を纏い、勢いを増した火炎がブルーアイズを強襲する。
 その攻撃力は、数値にして4000――ブルーアイズの3000を凌駕する。
「……っ! リバースカード、オープンッ!!」
 サラは咄嗟にカードを開く。しかしタイミングが遅かったのか――火炎はブルーアイズに命中し、爆発を起こした。

 ――ズガァァァァァァンッッ!!!!

 爆音、そして爆煙が巻き起こる。
 勝った――舞はそう思った。観客の大多数も、同じように感じた。
 だが、

「――……!? え……っ?」
 舞は呆気にとられる。
 爆煙の中に、大きな影があった。何らかのカード効果により、戦闘破壊を回避したのか――そう推測したが、影の正体に驚愕する。

 ――それは光。
 ――黄金の光。

 光り輝く巨大なモノが、煙の中から現れる。

 だが、その正体にすぐ気付けなかったのは、舞と、その後方周辺の観客だけだ。
 他の角度から見ていた者には確認できた。

 ――それは翼。
 ――黄金の翼。

 白龍の背に生えた、巨大な光り輝く翼――ブルーアイズはそれを盾にし、ネフティスの火炎を防いだのだ。


光の翼
(装備カード)
特定の光属性モンスターのみ装備可能。
装備モンスターがカードの効果を受けるとき、
このカードを墓地に送ることで、受ける効果を無効にできる。
また、装備モンスターが通常モンスターであれば、下記の効果を与える。
●???


(これは……ダメージ無効の防御系カード!? だとすれば、次のターンで――)
 否。孔雀舞は致命的な誤解をしている。
 それを証明するかのように、ブルーアイズは上空へ飛翔した。
 巨大な光翼をはためかせ、一瞬にしてネフティスと同じ高度に辿り着く。

 白龍は咆哮し、鳳凰は嘶く。
 互いに牽制し合い、同時に力を溜める。

「……!? まさか……ネフティスの反撃に対し、さらに反撃するっていうの!!? 防御系カードじゃない……!?」
 孔雀舞は狼狽する、サラの真意が読めずに。


 青眼の白龍:攻3000
 ネフティスの鳳凰神:攻4000


 モンスター2体の攻撃力差は、結局覆ってはいない。サラの発動した『光の翼』は、ブルーアイズの攻守を増減するタイプのカードではない。
 それなのに――

「――クッ……! 反撃よ、ネフティス!」
「撃って……ブルーアイズ!!」

 主の言葉に応えるように、ブルーアイズは頷く。
 そのタイムラグ故に――先手はネフティスがとった。

「焼き払え――フレイミング・エタニティーッ!!」

 ――ズドォォォォォォォッッ!!!!

 業火が放たれた。それとほぼ同時に、サラは大きく、凛とした語調で叫んだ。


「――滅びの輝光(きこう)!!」


 ――カァァァァァァァッ!!!


 神々しい輝きが、ブルーアイズから放たれる。
 その口から撃ち出された光線は、ネフティスの業火を容易く分解し、ネフティスに直撃した。


 ――ズガァァァァァァァンッッ!!!!!


光の翼
(装備カード)
特定の光属性モンスターのみ装備可能。
装備モンスターが、相手のカードの効果を受けるとき、
このカードを墓地に送ることで、受ける効果を無効化できる。
また、装備モンスターが通常モンスターであれば、下記の効果を与える。
●戦闘時、戦闘する相手モンスターの守備力がこのモンスターの攻撃力以下の場合、
ダメージ計算を行わずその相手モンスターを破壊する。
その後、この効果で破壊したモンスターの守備力の半分のダメージを相手に与える。


 鳳凰の甲高い悲鳴が、会場中に木霊する。
 眩い光に包まれながら、鳳凰はリングに墜ち、砕け散る。

 信じられない――そう言わんばかりに、孔雀舞は瞳を震わせる。
 だが、すぐに気付いた。消えたはずのネフティスの火種が、まだフィールド上に残されていることに。
(……そうか! 攻撃力4000のネフティスが破壊されたのは、戦闘ではなく効果によるもの……!)
 点々と残るネフティスの火種は、その特殊能力の前触れ。『ネフティスの鳳凰神』はカード効果により破壊された場合、復活する効果を持つのだ。


ネフティスの鳳凰神  /炎
★★★★★★★★
【鳥獣族】
このモンスターがカードの効果によって破壊された場合、
次の自分のスタンバイフェイズ時にこのカードを特殊召喚する。
この方法で特殊召喚に成功した場合、
フィールド上の魔法・罠カードを全て破壊する。
攻2400  守1600


 だが、次にサラの発した言葉が、舞の希望を塗り潰す。
「……さらに、『光の翼』のもう一つの効果! この効果でモンスターの破壊に成功したとき、破壊したモンスターの守備力の半分のダメージを相手に与えます!」
「!? なっ……!」
 予想外の言葉に、舞は唖然とし、デュエルディスクを確認する。
 『ネフティスの鳳凰神』の守備力は1600、その半分は800ポイント。つまり、舞のライフポイントは――

 舞のLP:500→0

 わっと歓声が上がった。デュエルの終結を受け、審判・磯野は声高に宣言する。

「―― 一回戦第五試合! 勝者――サラ・イマノ!!」

 勝利の報を受け、サラは大きく、安堵の溜め息を吐き出した。



 舞のLP:0
    場:
   手札:0枚
サラのLP:100
    場:青眼の白龍,光の翼
   手札:0枚




決闘88 わが心の痛み

(負け……? アタシの? これで、終わり……?)
 眩暈にも似た感覚の中で、舞は自問を繰り返す。

 ――大きな力の差はなかった。
 ――手前勝手な自負かも知れない……それでも、互角以上の実感があった。

 ――ならば、勝敗は何が決した?
 ――自分を敗北させ、彼女に勝利をもたらした要因は何か?

(ブルーアイズの存在……? 違う、そんなものじゃない)




 あるとすれば、それは“意志”の差。
 2人はそれぞれに、勝利の先にあるモノを求めていた――だが、その実は大きく異なっていた。
 あるとすれば、それ。
 サラ・イマノの求めたモノは、孔雀舞のそれよりも、ずっと短く確かなものだった――それ故の、刹那的な強さを発した。





「――あの……孔雀さん?」

 掛けられたその声に、舞はハッと我に返る。
 顔を上げるとサラ・イマノが、心配げな表情で、舞の顔を見つめていた。
「その……すみません。それでも私は……このデュエルには、どうしても勝たないといけなかったから」
 申し訳なさげなサラの様子に、舞はキョトンと呆気にとられる。そして、何だか可笑しくなって、吹き出してしまった。
(まったく……調子狂うわね、ホントに)
「アンタは勝ったんだから……胸張りなさいよ。アタシの方も得るものはあった……いいデュエルだったわ、お互いにね」
 この大会で得た、2つ目の黒星。
 この経験をどう活かすか、どう未来につなげるか――それは自分次第。これからの自分次第。
(……そういえば)
 敗北のショックから気を持ち直し、思い出したように口を開く。
「……ねえ。さっきのブルーアイズ、あれは一体――」
 と、言いかけて、舞は口をつぐんだ。
 詮索すべき場はここではない。自分以上に、それを問い質したい男がいるはずだ――それに気付いたから。
(……ここで訊いても二度手間ね)
 そう思い、とりあえずリングを降りることにした。
 試合が終わってから暫くしても、観客のざわめきは収まらない。それは、先ほどの決着以上に――『青眼の白龍』に関するものが多かったろう。



 舞が先立って歩き、デュエルリングから伸びた階段を下りる。
 ふと下を見ると案の定、階段の下には――遊戯や城之内たち面々の他に、海馬瀬人がしかめ面で待ち受けていた。

 舞が階段を降り終えると、まず城之内が口を開いた。
「――舞! ……っと、エート……何つーか……残念だったな?」
 言い澱んだ末のその言葉に、舞は呆れたように溜め息を漏らす。
「アンタ……もうちょっと気の利いたコト言えないわけ? 『惜しかった』とか『負けたけど良いデュエルだった』とか」
「ぐっ……う、うるせーな! 思いつかなかったんだから仕方ねーだろ!?」


 そんなやり取りが行われる後ろで、海馬はサラを睨んでいた。
 階段を降りきった彼女に対し、苛立ったように問い掛ける。
「貴様――いったい何者だ? なぜブルーアイズを持っている!?」
 海馬の心中は荒れていた。
 自分しか所持していない、そう信じて疑わなかった『青眼の白龍』――そのカードを眼前で、しかも大衆の面前で晒されたのだ。落ち着けという方が無理な話だろう。

 『青眼の白龍』は世界に4枚しか存在しない――そのような公式発表は現在、I2社からはなされていない。
 だが海馬はこのカードを集める際、海馬コーポレーションの情報ネットワークを駆使し、それに関するあらゆる情報を収集した。結果、『青眼の白龍』は4枚しか存在しない――そういう結論に至ったのだ。

 『青眼の白龍』は、海馬瀬人の代名詞とも呼ぶべきカードであり、彼はそれを誇りにさえ思っている。『青眼の白龍』の独占――それは彼のアイデンティティーであると同時に、自身の渇望でもある。
 故に許せない。2人目の存在は、5枚目の存在は。
 それを召喚し、あまつさえ使いこなし、勝利を手にするなど――狂おしいほどに突出し、歪んだ利己的独占欲。

 サラ・イマノは予想していた。この場でブルーアイズを喚び出せば、彼の心中が穏やかならぬだろうことは。
 だが、だからこそ彼女は、ブルーアイズを召喚した。それの起こす波紋が、自身の目的への足掛かりになると信じて――そのためにそれは、自身の手の内に舞い込んだのだと。

「――このブルーアイズは……購入したものです」
「……!?」
 デッキに掌を当て、海馬の瞳を真っ直ぐに捉え、サラは応える。
 青く澄んだ、真っ直ぐな瞳。
 気を許せば吸い込まれそうな、神秘性さえ湛える、美しい瞳――海馬はそれに抗するように、露骨に顔を歪め、不快感を示す。
「購入だと……? ふざけたことを。ならば幾らで買った!? 1億か? 10億か? それとも100億か!?」
 苛立ちをとともに、海馬は問いを吐き出す。
 その剣幕にやや気圧されながらも、サラは簡潔に応えた。
「3ドルです」
 と。
 海馬は一瞬、呆気にとられ、しかしすぐに怒りが込み上げた。
 ふざけた回答で誤魔化され、愚弄されたと感じて―― 一喝せんと口を開くが、次の瞬間に気が付く。彼女の言葉が真実たり得る、ある可能性に。
「貴様……! まさか、そのカードは――」
 サラは頷き、言葉を被せた。
「――はい。このブルーアイズは、ブースターパックに封入されていたものです。昨年の初夏、新しく発売されたパックを購入した際……封入されていました」
「新しく発売された……だと?」
 海馬瀬人は考える。
(時期的には“決闘者の王国(デュエリスト・キングダム)”が開催された頃か……? バカな。『青眼の白龍』はM&W誕生初期に生み出され、製造中止となったカード。この女が嘘偽りを言っていないならば――)
 新しく発売されたパックに封入されていたならば――普通に考えれば、答えは一つしかない。
(I2社は新たに、5枚目の『青眼の白龍』を生み出していた……? だが、そんなことをして何のメリットがある? 本当に5枚目だけか? まさか量産……? いや、そんなことをすれば、オレの耳に入らぬハズがない。話題になっているハズだ)
 多くの疑念が生まれては消え、海馬の思考を翻弄する。
「……貴様……“デュエリストレベル7”ということは、相応の大会で成績を残しているはずだ。そこではブルーアイズを……?」
 海馬の問いに、サラは首を横に振る。
「私が成績を残したのは2年前のことですし……公式戦に使用したのは、この大会が初めてです。公の場で召喚すれば、騒ぎになるのは目に見えていましたから」
「……賢明だな。だがならば何故……今、この場で召喚した? 一年もの封印を破り……それほどの覚悟で、この大会に臨んでいるということか?」
 強い瞳で、海馬は問う。その瞳を見つめ返し、サラは応える。
「――貴方に見せるためです」
 と。
 思わぬ返答に、海馬は眉根を寄せる。その言葉の真意が分からず。
「どういう意味だ……? 目的は金か? 貴様に手放す意思があるなら、言い値で買ってやろう。幾ら積めば、それを手放す……?」
 金で手放すつもりはあるまい――そう予想しながらも、海馬は鎌をかけた。先のデュエルを踏まえれば、ブルーアイズを金銭と天秤に掛けるデュエリストには思えなかったからだ。
 案の定、サラは首を横に振る。しかし、
「……お金は要りません。貴方がどうしても、このブルーアイズを欲するならば……惜しくはありますが、差し上げても構いません」
「!? 何だと!?」
 海馬はサラの言葉が信じられなかった。
(この女……何を言っている!? タダで手放す!? このオレでなくとも、億近い金を出すコレクターはいるだろう……それを! 正気か!?)
 理解できない。理解できるはずがない。
 思考をかき乱される海馬に、「でも」とサラは言葉を続けた。
「もういちど……確かめさせて頂いてもよろしいですか?」
「……何?」
 少しためらってから、サラは海馬を見つめ、切なげに問い掛ける。

「――貴方は本当に……私を覚えていませんか? 瀬人様」

 ――ドクンッ!

 胸を刺す、痛みがあった。
(知っている……オレは、この女を知っている……!?)
 遠い昔に、あるいは、もっと近い過去に。
 思い出せない。けれど、魂は覚えている。
 この女は、この瞳は、自分にとってとても重要な存在だったハズ――そうは思えども、記憶から引き出すことができない。忘れてしまっている。

 あまりに混乱し、海馬は言葉を失った。答えの出ない問が、脳の全てを支配する。

 そんな彼の背後から、小さな影が姿を見せた。間違いない――そう思いながら、海馬モクバは口を開く。
「――サラねえちゃん……やっぱり、サラねえちゃんだよね!?」
「! モクバ……くん?」
 やっぱりそうだ、と、モクバは嬉しげにはしゃぐ。
 彼の存在に気付き、サラは柔らかく、喜ばしげに微笑んだ。知己の者へ向ける、親愛の笑みを見せる。
「!? モクバ……? お前、この女を知っているのか?」
 予想外のことに、海馬は驚き問い掛ける。
 モクバは自信満々で頷き、伝えた。
「サラねえちゃんだよ、兄サマ! 8年くらい経ってるから、すぐには気付けなかったけどさ……覚えてるでしょ?」
「……8年……だと?」
 当然のような口調で言われ、海馬は改めてサラを見る。
(8年前……? 施設にいた頃か? あの頃の知り合いに……この女がいた?)
 過去を掘り起こさんと、海馬は記憶を漁る。
 だが、やはり無い――海馬の記憶の中に、彼女の姿は無い。
 施設にいたのは半年足らず。はっきりと覚えているわけではないが、そこまで長い期間ではない。ということは、あまり関わりを持たなかった人物なのだろう――そう結論しかける、が、
(――いや……待て)
 掘り起こした過去に、違和感があった。

 ――姿の無い女がいる。
 過去の海馬に、彼女は何かを言った。

 ――何を言っている?
 ――何を伝えた?

 額に手を当て、海馬は耳を澄ませる。
 それは、とても大切な言葉だったはずだ――意識を集中させ、思い出そうとする。

 やさしい口調で、あやすように、
 “絶望”の中にいた少年に、彼女は――




――瀬人! どうやら私はお前とのゲームに負けたようだな! ゲームに負けた者の末路を、その目に刻み込んでおくがいい!




 ――ドクンッ!!!!


「!!! ぐあ……っっっ!!!」
 刹那、海馬の頭に激痛が走った。
 海馬は頭を押さえ、うずくまる。割れんばかりの痛みが、呪いのように、戒めのように――海馬の想起を打ち砕いた。
(何だ……この痛みは!!?)
 激痛に苛まれ、海馬は狼狽する。
 その痛みの意味が、今の海馬には分からない。
 自らを傷つけるものなのか、それとも守るものなのか――分からない、判断できない。

「!!! 兄サマ!? どうしたの!?」
 突然の出来事に、モクバが叫ぶ。
 眼前のサラも同様に叫び、手を伸ばし、
「大丈夫!!? 瀬人く――」
 海馬は“それ”を見た。差し伸べられたその手を。


 ――知っている。覚えている、この手を。
 あの日も同様に、“彼女”は手を差し伸べた。
 そして――




 ――ドグンッッ!!!!!

「!!! グ……ッッッ!!?」
 再び激痛が走る。
 脳内に蘇る、“2つ”の死。


 ――誰が死んだ?
 ――誰が殺した?
 ――“彼ら”はなぜ死に……誰のせいで死んだ?




 痛みを振り払うように、恐れるように、避けるように、
 海馬はその手を払いのけ、悲鳴にも似た声で叫んだ。

「――触るなァァァァァッッ!!!!!!」

 拒絶のことば。忌避の表明。
 海馬は汗だくになりながら、荒く息を乱した。
(何だ……何が起こった!!?)
 自身の身体に訪れた変化が、海馬には把握できない。
 ただ、目の前の女に翻弄され、膝を折っている現状に、激しい屈辱を覚えた。
「……!! オレ……は……」
 湧き出した激情に、肩を震わせて、海馬瀬人ははっきりと、サラ・イマノに告げた。
「……オレは……貴様など知らない……!!」
「…………!!」
 否定のことば。疎斥の表明。
 重い沈黙が降りる。だが、デュエルリング上の磯野の声で、それはすぐに終結した。


『――それでは、一回戦第六試合を開始いたします! 海馬瀬人VS梶木漁太! 両選手はリング上へお願い致します!!』


 頭から手を離し、海馬は一人で立ち上がる。そしてサラに背を向け、毅然とした口調で告げた。
「……サラ・イマノ。貴様が何者であろうと……知ったことではない。オレのロードに立ち塞がる以上……貴様は“敵”! 蹴散らし、踏み躙るだけだ」
 海馬瀬人は振り返らない。
 彼女の反応を恐れ、逃げるように歩を進める。
 それはひどく屈辱的で、無様に感じられた。




 デュエルリングへ上がる簡易エレベーターに乗ると、海馬は襟元の通信機に指を掛けた。
「……オレだ。大至急、調べて貰いたいことがある。今大会の本戦出場者であるサラ・イマノ――この女の素性を洗え。些細なことでも構わん……迅速に、詳細に洗い出せ。いいな?」
『は? サラ・イマノの素性……ですか?』
 突然に命じられ、意表を突かれたのだろうか。通信先の男は、不思議そうに問い返した。
 要領を得ないその返答に、海馬は苛立ちを露にする。聴こえるように舌打ちして、繰り返した。
「サラ・イマノの素性だ……3度は言わんぞ! オレはこれからデュエルに入る……通信は切るぞ。すぐに調べておけ!」
 吐き捨てるように言い、通信を切ろうとする。だが、
『は……いやしかし、彼女は――』
 男が放った次の一言は、海馬を更なる混乱へと突き落とした。


『――彼女は我が社の……KCの社員でありますよ……?』




決闘89 最後の決闘(たたかい)

(―― 一体どうしたというのだ……オレは!?)
 ひどい頭痛を抱えたままに、海馬瀬人はデュエルフィールドに臨んでいた。



 ――あの女は誰だ?
 ――オレは何故、これ程に翻弄されている?
 ――正体は何だ?
 ――施設時代に関わった人間?
 ――だが……KC社員とは、どういうことだ?

 ――あのブルーアイズは何だ?
 ――5枚目の存在……いや、本当に5枚目だけか?
 ――新しく1枚だけ作った?
 ――I2社に何のメリットがある?
 ――本当に本物か?

 ――この胸を刺した痛みは?
 ――この頭の痛みとは……別の事由に起因するのか?
 ――この痛みは何だ?
 ――オレは何を忘れている?
 ――なぜ忘れている?

 ――“彼ら”はなぜ死に……誰が殺した?
 ――“彼ら”とは誰だ?
 ――貴様は何だ?
 ――あなたは誰だ?
 ――何を思い死んだ?

 ――オレは……何を恐れている?
 ――何から逃げる?
 ――この期に及んで?
 ――決めたのではないのか?
 ――その程度の覚悟か?

 ――またも過去を忌避し、未来へ逃げるつもりか……海馬瀬人?



「……ッッ!! チィ……ッ!」
 錯綜する思考に顔をしかめ、海馬は審判・磯野を睨む。
 早く始めろと急かそうとするが、磯野はそれに気付くよりも前に片手を挙げていた。


『では――デュエル開始ィィィッ!!!!!』


 磯野に八つ当たりし損ねて舌打ちすると、海馬は手早く5枚のカードを引いた。
「いくぞ、オレの先攻だ! ドロー!!」
 苛立ちをぶつけるかのように、海馬は乱暴にカードを引く。

 ドローカード:ドラゴンの咆哮

「オレはカードを1枚セット! さらに『サファイアドラゴン』を召喚し! ターンエンドだ!!」
 全身が宝石に覆われた、美しいドラゴンを喚び出し、海馬は早々にターンを流した。


サファイアドラゴン  /風
★★★★
【ドラゴン族】
攻1900  守1600



(心ここにあらず……じゃな、海馬)
 対戦相手――梶木漁太は、不愉快げに眉根を寄せた。
(下でのやり取りはオレも見とった。お前とあの女にどんな関係があるのか……オレには分からんぜよ。けど……)
 梶木はデッキに指を掛け、海馬を見据えた。しかし海馬の瞳に、梶木の姿は映っていない。
「オレのターンじゃい! ドロー!!」

 ドローカード:突撃魚

(……! 今オレの手札に『サファイアドラゴン』の攻撃力を超えるモンスターはおらん。それにリバースが1枚……ならば!)
「オレはカードを2枚セットし――『オイスターマイスター』を攻撃表示で召喚! ターンエンドじゃ!」
 貝の鎧に身を包んだ戦士を喚び出し、梶木も早々にターンを譲った。


オイスターマイスター  /水
★★★
【魚族】
このカードが戦闘によって破壊される以外の方法でフィールド上から
墓地へ送られた時、「オイスタートークン」(魚族・水・星1・攻/守0)
1体を特殊召喚する。
攻1600  守 200


海馬のLP:4000
    場:サファイアドラゴン,伏せカード1枚
   手札:4枚
梶木のLP:4000
    場:オイスターマイスター,伏せカード2枚
   手札:3枚



(攻撃力1600……リバースで迎え撃つつもりか。下らんことを)
 フィールド上のカードだけを睨み、海馬はデッキに指を伸ばす。
「オレのターン! 『ランス・リンドブルム』召喚! 攻撃表示!」
 双身のランスを持つ竜兵を喚び出し、海馬は再び手札に指を伸ばした。


ランス・リンドブルム  /風
★★★★
【ドラゴン族】
このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、
その守備力を攻撃力が超えていれば、
その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。
攻1800  守1200



「オレに小細工など通用せん! 手札よりマジック発動! 『ドラゴンの咆哮』!!」
 2体の竜は揃って吠え、梶木のカードを震わせる。
「この効果により――その目障りなリバースを一掃する!」
 海馬はそう宣言しながら、梶木の伏せカード2枚を指差した。


ドラゴンの咆哮
(魔法カード)
自分フィールド上に存在するドラゴン族モンスターの数まで、
フィールド上の魔法・罠カードを破壊できる。



「そうはいかんぜよ! 破壊される前に――リバースオープン! 『フィッシャーチャージ』! そして『テラ・フォーミング』じゃ!!」


フィッシャーチャージ
(罠カード)
自分フィールド上に存在する魚族モンスター1体を
生け贄に捧げて発動する。
フィールド上のカード1枚を破壊し、
自分のデッキからカードを1枚ドローする。


テラ・フォーミング
(魔法カード)
自分のデッキからフィールド魔法カードを1枚手札に加える。



「まずは『テラ・フォーミング』の効果じゃ! それにより、オレはデッキから……『伝説の都アトランティス』を手札に加えるぜよ!」
 デッキからカードを手早く選び出すと、梶木は改めて海馬のフィールドを睨む。
「そして『フィッシャーチャージ』の効果じゃ! 『オイスターマイスター』を生け贄に捧げることで、お前の『ランス・リンドブルム』を破壊する――頼むぜよ、『オイスターマイスター』!!」
 貝の戦士は頷くと、青い光に包まれる。
 そして、猛スピードで海馬のリンドブムルに迫る――ランスで迎撃する間も与えず、衝突した。

 ――ズドォォォォッッ!!

 次の瞬間、両者は揃って爆散、消滅する。
 海馬は忌々しげに口元を歪めた。対する梶木は冷静に、自分のデッキに指を伸ばす。
「まだじゃ! 『フィッシャーチャージ』のもう1つの効果により、オレはカードを1枚ドローし……さらに『オイスターマイスター』の効果! 戦闘以外によって墓地に送られた場合――フィールドに“貝”を残すぜよ!」
 巨大な、牡蠣の貝殻が現れる。
 攻守0、戦闘能力を持たない、ただの巨大な貝――しかし“壁”として存在し続ける。
「チッ……ならば『サファイアドラゴン』で、その邪魔な貝を破壊!」

 ――ズガァァァッ!!

 強烈な風のブレスを浴びせ、貝を容易に破壊する。
 しかしこのターン、梶木にダメージを与えることはできなかった――その事実が、海馬の表情を曇らせる。
「……カードを1枚セットし……ターンエンドだ」
 頭はなおも痛む。思考は今も彷徨(ほうこう)していた。


海馬のLP:4000
    場:サファイアドラゴン,伏せカード2枚
   手札:2枚
梶木のLP:4000
    場:
   手札:5枚



(こんな雑魚に、いつまでも構っておれん。早く終わらせて……)

 ――終わらせて……それからどうする?

 海馬の瞳が下を向く。


 ――これからどうする?
 ――どうすれば良い?

 ――ブルーアイズの真贋を、I2社に照会する?
 ――あの女の素性を洗い出す?
 ――そして……オレはどうする?

 ――この痛みは何だ?
 ――何の意味を持つ?
 ――何のための痛みだ?

 ――過去を、遠ざけるため?
 ――誰のため?
 ――何のため?

 ――傷つけるため?
 ――守るため?
 ――誰を?

 ――本当に良いのか?
 ――それだけの覚悟が、自分にはあるか?
 ――つらい過去、醜い過去、切り捨てたい過去
 ――その全てを受け入れ、未来へ進む……?
 ――本当に?



「――……!? 何……っ?」
 視界に“異変”が入り、海馬は正気に戻る。
 フィールドに“水”が現れた。足元から滲み出たそれは、みるみる水位を増し、腰にまで届く。
「……!! これは……フィールド魔法か!」
 海馬は顔を上げた。梶木はすでに、自分のターンを開始している。その決闘盤の上には、先ほど手札に加えたカードが置かれていた。


伝説の都アトランティス
(フィールド魔法カード)
このカードのカード名は「海」として扱う。
手札とフィールド上の水属性モンスターはレベルが1つ少なくなる。
フィールド上の水属性モンスターは攻撃力と守備力が200ポイントアップする。



 デュエルリング上のみに海水が溜まる。傍(はた)から見るにそれは、ひどく不自然な光景だった。
「さらに! オレは『突撃魚』を攻撃表示で特殊召喚じゃ!」
 海中に、青いトビウオが喚び出される。その攻撃力は低く、単体では大きな脅威にならない。だが、


突撃魚  /水
★★★★
【魚族】
このモンスターは攻撃表示で特殊召喚できる。
フィールドが「海」のとき、相手を直接攻撃できる。
攻 500  守 0



(低ステータスモンスターの特殊召喚……生け贄召喚狙いか!)
 海馬は咄嗟に、相手の次の動きを読む。
 だが、それはむしろ好都合――場には2枚のトラップがある。対象が高攻撃力である程に痛手を与えるトラップが、2枚。


破壊輪
(罠カード)
相手の攻撃モンスターを1体破壊し、
相手プレイヤーにその攻撃ポイント分の
ダメージを与える。


攻撃誘導アーマー
(罠カード)
呪われし鎧を装着されたモンスターに
攻撃が誘導される。



「オレは『突撃魚』を生け贄に捧げ――」
 やはり――海馬はそう思う。
 だが梶木が喚び出すのは、海馬の浅い読みを超えたモンスターだ。
「――来い! 『海竜(リバイアドラゴン)−ダイダロス』ッ!!」
 海を支配する巨竜が、梶木のフィールドに降臨した。


海竜−ダイダロス  /水
★★★★★★★
【海竜族】
自分フィールド上に存在する「海」を墓地に送る事で、
このカード以外のフィールド上のカードを全て破壊する。
攻2600  守1500



 『海竜−ダイダロス』はレベル7のモンスター。本来ならば、1体の生け贄での召喚は不可能。
 だが『伝説の都アトランティス』の効果により、レベルは6に下がっている。それ故の上級召喚だ。
「さあいくぜよ! ダイダロスの特殊能力発動ぉッ!!」
 梶木の宣言に合わせ、海竜の瞳が光り出す。水中から全身を浮かび上がらせ、蛇のように長い尾で水面を叩いた。
「!? 何、これは……!」
 新たな異変に気付き、海馬は動揺する。
 水かさが、みるみる増してゆく。二人の決闘者のみならず、『サファイアドラゴン』の全身を海中に沈め、動きの自由を制限する。
「海竜の怒りを受けるぜよ! タイダル・ウェーブッ!!」
 梶木が宣言すると、ダイダロスが水中で暴れ出す。
 海流が乱れ、海馬のドラゴンを翻弄する――そのまま強引に、大量の海水ごと『サファイアドラゴン』を流し出した。

 ――ザバァァァァンッッ!!!!

 デュエルリング外へと放り出された『サファイアドラゴン』は、そのまま地面に落下する前に消滅する。伏せられていたトラップ2枚も、同様に流し出され、消滅していた。
(バカな! オレの場のカードが、全滅……!?)
 思わぬ事態に、海馬は目を見張る。
 だがもう遅い。津波とともに海水も消滅したが――ダイダロスは宙を舞い、海馬を睥睨(へいげい)している。
「オレはカードを1枚セットし――いくぜよ、ダイダロス! 海馬にダイレクトアタックッ!!」

 ――バキィィィィッ!!!

「!! ぐ……っっ!」
 ダイダロスの体当たりを受け、海馬はたまらず片膝をついた。

 海馬のLP:4000→1400


「――ちったぁ目ぇ覚めたかよ……海馬ぁ!!」
「……!?」
 海馬は顔を挙げ、初めて対戦相手――梶木漁太を視界に入れた。
 梶木は挑発的な瞳で、海馬の姿を見下げている。それは海馬の感情を煽り、強い怒りを誘った。


海馬のLP:1400
    場:
   手札:2枚
梶木のLP:4000
    場:海竜−ダイダロス,伏せカード1枚
   手札:2枚



「……!! 調子に乗るなよ……! 貴様など、オレが本気になれば――」
 立ち上がりながら言う海馬に、梶木は「ああ」と応える。
「お前は強ぇ……オレが今まで相手してきた中で、一、二を争う最強デュエリストじゃ! オレはお前に勝てねぇ――それでもいい。だからこそ、本気でやってもらわねぇと困るぜよ!!」
「……!? 何だと?」
 眉をひそめる海馬に対し、梶木ははっきりと応えてみせた。

「この大会を最後に……オレはデュエリストを辞める! だからこそ、本気のお前じゃねぇと困る――このオレの、“最後のデュエル”の相手にはな!!」

 迷うことなく、大きく、はっきりと――梶木漁太は、そう宣言した。




決闘90 彼の道(ロード)

 ――梶木漁太は20年前、海辺の町の、とある漁師の家に生を受けた。
 彼は漁師である父を、何より、誰より敬愛していた。
 幼い頃から漁に付き添い、父の背中を見続けた。
 自分は将来、こんな大人になるべきなのだ――心からそう思える存在が、父であった。

 しかしある日、二人は悲劇に見舞われた。
 突然の荒天に遭い、二人の乗った船は海に呑み込まれる。
 近くを通った船に助けられ、九死に一生を得たものの――船を失い、漁に出る手段を失ってしまった。

 新しい船を買える程の蓄えもなく、一時的にでも海を離れる必要があった。
 しかし父は、それを拒んだ。
 海以外での生き方を、父は知らなかったのだ。

 荒天の日、他の仲間が漁に出ない日にだけ船を借り、漁に出る――父が選んだのは熾烈な、しかし海での闘いだった。
 母も友も反対した。
 けれど父は、自身の意見を曲げなかった。海に背を向けることを、良しとはしなかった。
 だから漁太は、賛成に回った。
 父に間違いなどあるはずがない。この背中は誰よりも強く、何よりも高い男の背中なのだから――と。

 周囲の反対を押し切り、父は荒天の海に出た。
 いつも通り、漁太はその背を信じ、ともに漁に出た。


 ――そして父は、海に消えた……。


 愚かと評する者もいれば、哀れむ者もいた。
 けれど漁太は、父を確かに誇っている。
 闘ってきた、闘い抜いてきた男の――目指すべき背を、忘れない。


 ――“絶望”になど屈さず
 ――あの背を追い
 ――未来を信じ
 ――そして……



●     ●     ●     ●     ●     ●     ●



「――オッ……オイ。梶木のヤツ、今なんて言ったんだ?」
 自身の耳が信じられず、城之内は、誰にともなく問いを吐く。
 梶木ほどのデュエリストが“デュエリストを辞める”――その言葉の真意が、城之内には理解できない。
「……! 梶木くん……」
 遊戯はただ真剣に、デュエルリング上の2人を見つめた。





「――金が溜まったんじゃ……船を買う金が。だからオレは、海に帰る……本来いるべき戦場へ、戻らなきゃならねぇ」
「……!? 船……だと?」
 梶木の言葉の意味が分からず、海馬は思わず訊き返す。
「オレはな……船を買うためにデュエルを始めたんじゃ。海に呑まれ、失った船の代わりに……魚群探知機(ソナー)搭載の、ちょっとやそっとじゃ沈まねぇ、最新の漁船を買うためにな」
 梶木が海馬の問いに応える。それを聞いた海馬は、軽く嘲笑を浮かべた。
「フン……賞金稼ぎか。貴様のデュエリストレベルは確か6……その程度の実力で、よくやってこれたものだな」
 遠慮の無いその物言いに、梶木はたまらず苦笑を漏らす。
「……ああ。実際、最新の船とはいかなかったぜよ。けど、親父の古い友人の紹介でな……かなり立派な船が、いま貯まっている金で買える金額じゃった。オマ ケにその人は、漁師として半人前のオレを、もう一度鍛え直してくれると言ってくれた……またとない好機じゃ。だからオレは海に戻る……この大会を最後に、 デュエリストを辞めてな」
 迷いのない眼だった。海馬はそこに違和感を覚える。
 何故ならそれは、デュエリストの眼――金稼ぎのためだけにデュエルをし、あっさりと捨てる男のものには思えなかったからだ。
「……ならば、今大会に出場した意図は何だ? 最後の思い出づくりに……とでも思ったか?」
 梶木は首を動かさない。ぶれない瞳で、はっきりと応える。
「オレがこの大会に出場したのは……“感謝”を示すためじゃ。今まで闘ってきたデッキと……デュエリスト達と……そして、M&Wに」
「……? 感謝?」
 梶木は頷く、まっすぐな瞳で。
「そうじゃ。オレは海で、船と……親父を失った。今でもはっきりと覚えとる……あの“絶望”を。先の見えん“闇”を」

 ――信じてきた
 ――あの背を
 ――追いかけてきた
 ――誇るべき父を

「……やるべきことは決まっとった。金を稼ぎ、船を買い……親父の意志を継ぐ! だが正直、途方に暮れとった……オレも親父と同じで、海以外での生き方を知らなかったからな。そんなある日、出会ったのがM&Wじゃった」

 あるM&W大会に、高額の賞金が賭けられていることを知り――不十分な知識でデッキを組み、梶木は大会に出場した。
 “海”のフィールドカードを主軸とし、高攻撃力の水属性モンスターを揃えた、小細工無しのパワーデッキ――だが、結果は惨敗だった。相手の魔法・罠カードに翻弄され、勝負にもならなかった。

「オレがM&Wを続けたのはな……初めて出場した大会で、相手に馬鹿にされたからなんじゃ。今にして思えば、当然じゃけどな……あの時はロクに戦術もなく、無鉄砲に突っ込むしかできなかったから」
 梶木は苦笑を漏らしながら、懐かしむように瞳を閉じる。


 許せなかったのは、自分を愚弄されたことではなく――“海”のカードを嘲られたことだった。
 自分を“絶望”に追い遣った“海”は、こんな程度のものじゃない。もっと強く、もっと高いのだ――それを証明せんがために、梶木はデュエルを続けた。

 足りぬパワーはコンボで補い、様々な策を弄した。
 気が付けばデュエルに没頭し、一時は“全日本三位”の座にまで上り詰めた。


「……オレが本当に感謝しとるのは、金の問題だけじゃねえ。M&Wのお陰で……オレはいつの間にか、“絶望”を乗り越えることができた。M&Wに没頭した 日々は、オレの心に炎を灯し続けた――だからオレは此処にいる! M&Wに出会えたから、オレは生き、“未来”を手にすることができた!」
 臆面もなく言い切る。
 闘志と感謝を瞳に宿し、梶木は改めて海馬を見据える。
「だからこそ……オレはデュエリストを辞め、“未来”へと進む! デュエリストを続けながら“海”に戻る……そんな半端なことはできねぇ! この大会をケジメに、M&Wを辞め……“海”で闘い“未来”を掴む! それがオレに示せる――精一杯の、“感謝”の証なんじゃ!!」
 断言する、堂々と。
 海馬は一時、呆気にとられた。その強い覇気に気圧されて。
(気圧された……? このオレが!?)
 その不甲斐ない事実に、強い憤りを覚える。
 しかし同時に――海馬の中の“何か”が囁く。




 ――父親……そうだ、自分にも父親がいた
 ――“アレ”はどんな男だった?
 ――“彼”はどんな人だった?

 ――“彼ら”はなぜ死に……誰が殺した?




「……ッ! うるさい……っ!」
「……!?」
 梶木漁太は目を見張る。
 海馬は顔を俯かせ、右拳を強く握り締めた。
「……黙れというのが――解らないかッ!!!」
 海馬は叫び、拳を振り上げる――あまりに突然の出来事に、会場は騒然とした。


 ――バキィッ!!


 その衝撃的光景に、誰もが驚き、目を丸くする。
 海馬の拳は、“ある人物”の額を強打し――額から、数滴の血が滴り落ちた。
「……せ、瀬人様……?!」
 審判・磯野も同様に、呆気にとられて立ち尽くす。


 殴り、そして殴られた人物――海馬瀬人は不気味な笑みを浮かべた、鮮血で額を汚しながら。
 そう、海馬は自身の拳により、自身を傷つけたのだ――不甲斐ない自分を戒め、正すために。


「……フン、ようやく黙ったか」
 笑みを浮かべたままに、海馬は改めて梶木を睨む。
 大した出血量ではないが、額はズキズキと痛む――それにより、雑念を強引に振り払った。
「……非礼を詫びよう、梶木漁太。なるほど、貴様の覚悟は分かった……ならばオレも応えよう。我が全身全霊、全ての力をもって――」
 海馬の口元が、邪悪に歪む。
 嗜虐的な、狂気じみた笑みを湛え、梶木漁太を見下す。


「―― 一片の未練すら残らぬよう……叩き潰してやる。完膚なきまでにな」


 ぞくりと――梶木の背筋を悪寒が走った。
 眼前に立つ男の変化を、敏感に感じ取る。
(……面白ぇ……そうこなくちゃな!)
 喉を鳴らして唾を飲み、身構える。

 対する海馬は冷静になり、改めて戦況を確認した。


海馬のLP:1400
    場:
   手札:2枚
梶木のLP:4000
    場:海竜−ダイダロス,伏せカード1枚
   手札:2枚



(……かなりの劣勢だな。手札にも、形勢を確実に覆せるカードはないが……)
「……オレのターン……ドロー!」
 観衆の視線を一身に浴びながら、海馬は落ち着いてカードを引く。
 そして、悩む様子をほとんど見せず、海馬はすぐに行動した。
「……! オレは、カードを2枚セットし――『デコイドラゴン』を召喚! 攻撃表示!」
「!! なっ……何じゃとっ!?」
 あまりに意外なその行動に、梶木は驚き、目を見開いた。


デコイドラゴン  /炎
★★
【ドラゴン族】
このカードが相手モンスターの攻撃対象になった時、
自分の墓地からレベル7以上のドラゴン族モンスター
1体を選択して自分フィールド上に特殊召喚し、
攻撃対象をそのモンスターに移し替える。
攻 300  守 200



「攻撃力300のモンスターを、攻撃表示……!? 一体何のつもりじゃ!?」
 海馬には不似合いの、可愛らしい仔竜が、ダイダロスを見上げて小首を傾げる。
 観衆が再び騒ぎ始める――海馬のプレイの真意を読めずに。
 それを嘲笑うかのように、海馬は余裕げに口を開いた。
「ふん……念のため教えてやろう。このドラゴンには特殊能力がある。相手モンスターの攻撃対象となったとき、オレの墓地からレベル7以上のドラゴンを復活させ、身代わりとする能力がな」
「……!? じゃ、じゃが、お前の墓地に、レベル7以上のドラゴンなんて――」
 いただろうか――ふとそう思い、梶木は言葉を呑み込んだ。
 海馬が墓地に、レベル7以上のドラゴンを送れるスキなどあったか――いや、無い。
 そもそも何故“攻撃表示”なのか、その意図が分からない。『デコイドラゴン』の特殊能力は、守備表示でも問題なく発動可能。ならば狙いが何であれ、念のために“守備表示”とするのが正解ではないか――真意がまるで読めない。
(リバースは何じゃ……? デッキの上級ドラゴンを、墓地に送るカード? それとも『デコイドラゴン』は囮で、純粋な防御トラップか? 攻撃表示なのは、 リバースの発動条件を満たすため? それとも撹乱(かくらん)が狙いか? いや、ただの撹乱のために、それほどのリスクを犯す意味があるか……?)
 疑念が浮かんでは消え、梶木の思考をかき乱す。
 海馬の敷いた大胆な布陣は、両者の精神的優劣関係を一瞬にして覆す――それこそが目的なのか、あるいは別の戦略的意図があるのか……それすらも梶木には、否、海馬以外の誰にも判断できなかった。
「……ターンエンドだ」
 落ち着き払った様子で、デュエルの進行権を梶木に譲る。困惑する周囲の様子に、満足げな笑みを浮かべて。


海馬のLP:1400
    場:デコイドラゴン(攻300),伏せカード2枚
   手札:0枚
梶木のLP:4000
    場:海竜−ダイダロス(攻2600),伏せカード1枚
   手札:2枚



「――どういうこと……? 何が狙い!? 一歩間違えば、一気に敗北するこの戦局で……こんな奇策を打つなんて!」
 舞が興奮気味に叫ぶ。舞ほどのデュエリストから見ても、やはりこの布陣は不可解――リバースカードが何であれ、リスクが高すぎる。
「海馬のヤツ、頭の打ち所が悪かったんじゃねえのか? つーかマジで、さっきのは何だったんだよ……」
 先ほどの海馬の不可解な行為に、からかい調で本田が言う。

(……もう一人のわたしは、どう思う? 海馬さんの狙い……)
 長椅子に腰掛けた絵空が、膝の上の“聖書”に問う。
『(……分からないわね。ただ、何の策もなしに『デコイドラゴン』を攻撃表示にするとは考えられないから……けど、逆にこれじゃあ「罠があります」と言っているようなものだし)』
 『罠はずし』や『魔法解除』で、リバースカードを封じられる恐れもある――やはり『デコイドラゴン』の攻撃表示は、抱えるリスクが高すぎる。
 絵空と天恵から見ても、やはり海馬のプレイの真意は読めない。


「……! 兄サマ……」
 その少し離れた場所で、モクバは心配げにデュエルリングを見上げていた。
 そのすぐ隣ではサラ・イマノが、同様に――憂いのこもった瞳で、海馬瀬人を見つめている。





「……! く……オレのターンじゃい! ドローッ!!」
 険しい表情でカードを引き、梶木漁太は考える。
(どういうつもりじゃ……!? 必要以上に挑発的な布陣で、攻撃を誘っとる? それとも逆にハッタリで、抑止が目的か?)
 海馬の手札は0枚。つまり、現在フィールドに出されたカードが、海馬の戦術の全てなのだ。
(乗るか反るか……。普段なら当然、攻撃する場面じゃが……)
 フィールドに伏せたトラップを一瞥し、梶木はさらに考え込む。


トラップ・スタン
(罠カード)
このターンこのカード以外のフィールド上の
罠カードの効果を無効にする。



(トラップは怖くねぇ……警戒すべきは魔法のみ! 上手くすれば勝てる……勝算は高ぇ! ここは攻め時じゃ! そのはずなのに――)
 右腕が重い。本能が恐れている――海馬瀬人の全力を。
「――フン……どうした、攻撃しないのか?」
 海馬がほくそ笑む。
 梶木は瞳を閉じると、大きく深呼吸をした。
(……オレは……逃げねぇ!)


 ――たとえ相手が、どれほど高い男でも
 ――恥ずかしくないデュエルをする
 ――デュエリストとして、歩んだ道に
 ――誇れるように
 ――応えるために……!


 かっと瞳を見開くと、梶木は右手を挙げ、声高に叫んだ。
「――『海竜−ダイダロス』! 『デコイドラゴン』を攻撃じゃっ!!!」
 ダイダロスが体勢を整え、飛び掛らんとする――その刹那、海馬の腕が動いた。

「――リバースカード! オープンッ!!」

 開かれたのは魔法カード。梶木の仕掛けた『トラップ・スタン』では無効化できない――梶木は一瞬、顔をしかめた。
 だが、

「……!? なッ……何じゃとォォッッ!!?」

 意外なその正体に、梶木は驚愕を隠せない。そして観戦者の多くが、同様の感情を抱いた――あり得ない、と。


天使の施し
(魔法カード)
デッキからカードを3枚ドローし、
その後手札からカードを2枚捨てる。



「……フン、何を驚いている? このカードの発動が、それほどに不可解か?」
 海馬は余裕げに笑う。
 梶木は――観戦者のほとんどが、次の瞬間、海馬の手元に注目した。
 『天使の施し』の効果は、カード3枚を引き2枚を墓地に送る――手札交換のコモンカードだ。この効果でレベル7以上のドラゴンを捨てれば、『デコイドラゴン』の効果発動が可能となる――それは分かる。だがしかし、海馬の手札は現在0枚なのだ。
 つまり海馬はこのドローで、上級ドラゴンを確実に引き当てねばならない――失敗すれば敗北する、分の悪いギャンブル。明らかに運任せの戦術。
「……一応、教えておいてやろう。オレのデッキは残り32枚……そしてデッキに眠るレベル7以上のドラゴンは、ブルーアイズ3体のみ」
 その3枚のうち、1枚も引き当てられなければ――海馬は負ける。梶木が勝つ。
(バカな……何を考えとるんじゃ、コイツ!?)

 ――なぜ自分のターンで『天使の施し』を使い、先に体勢を整えなかった?
 ――そもそも『デコイドラゴン』を攻撃表示にし、自らをあえて危険に晒したのは何故だ!?

「……確率はそこまで低くはない。このドローでブルーアイズを引く確率は、約25パーセント――つまり貴様は75パーセントの確率で、このオレに勝利する権利を得たわけだ」
 言いながら、海馬は微笑む――敗北の危機に瀕した者の顔ではない、むしろ捕食者の眼で。

 海馬は静かに、デッキに指を当てる。
 誰もが、海馬の一挙手一投足に注目し、息を呑んだ。

(何じゃ……何が起ころうとしとる!?)
 梶木の身体が、戦慄に震える。理解が全く追いつかない。
 自分は今、途方もない“化け物”と対峙しているのではなかろうか――本能がそれを訴えた。


「――オレはカードを……3枚ドロー」


 誰もが注目する中、海馬は驚くほどあっさりとカードを引いた。
 そして視界に入れ、迷わず2枚を墓地に置く。


海馬のLP:1400
    場:デコイドラゴン(攻300),伏せカード1枚
   手札:1枚
梶木のLP:4000
    場:海竜−ダイダロス(攻2600),伏せカード1枚
   手札:3枚



 場内が静まった。今の海馬の様子からは、何のカードを引いたかは予想できない。
 だが――結果はすぐに分かった。


 ――カァァァァァァァッ……!!!


 『デコイドラゴン』の全身が、白い光に包まれる。
 それは即ち、その仔竜の特殊能力発動を示唆する――海馬は墓地に指を伸ばし、一番上のカードを抜き放った。


青眼の白龍  /光
★★★★★★★★
【ドラゴン族】
攻3000  守2500



 まさか――いや、“やはり”と言うべきか。
 梶木は思わず感嘆した。眼前に降臨した、神々しく美しい白龍に。そしてそれを、常軌を逸した手続きを経て喚び出した、海馬瀬人に。

「……ブルーアイズ・ホワイトドラゴンの反撃――」

 海馬は梶木の『ダイダロス』を睨み、右腕をかざした。
 言葉を聞くまでもなく、白龍は力を溜め、そのアギトを開いた。


「――滅びの爆裂疾風弾(バーストストリーム)ッッ!!!!」


 ――ズゴォォォォォォォッッ!!!


 形勢が、一瞬にして覆る。
 白龍の放つ光のブレスが、梶木の海竜を跡形もなく消し飛ばした。


 梶木のLP:4000→3600



海馬のLP:1400
    場:青眼の白龍,デコイドラゴン,伏せカード1枚
   手札:1枚
梶木のLP:3600
    場:伏せカード1枚
   手札:3枚





決闘91 象と蟻の戦争

「――今のセト・カイバの戦術……貴様には理解できたか、カール?」
 試すようなガオスの問いに、カールは首を横に振る。
「先程の彼の言動を信じるならば、約75パーセントの確率で彼は敗北していた……不可解ですね。本来ならば、自分のターンで『天使の施し』を使い、手札交換を踏まえた上で戦術を定めるべきです」
 結局、海馬が行ったのは、運任せのギャンブルに過ぎない――しかもわざわざ『デコイドラゴン』を攻撃表示にした真意も、まるで分からぬままだ。
 まるでロシアンルーレットの引鉄を、自ら望んで引くかのように――スリルを楽しむかのように。カールには到底、理解のできぬプレイングだった。
「……確かに、結果的に成功はしました。しかし――」
「――だが、物事は“結果”で決まるものなのだよ……カール」
 カールの言葉を遮るように、ガオスは唐突に口を開く。
「人間はとかく“確率”の概念に囚われがちだ。期待値を踏まえ、合理的選択を狙う……それを悪いとは言わんよ。だがセト・カイバは、最も効用の高い“結果”のみを狙い、選択したのだ……恐らくな」
 そして結果は成功――この上ない“奇襲”という形で。


 ――ギリギリのタイミングでの『天使の施し』
 ――『デコイドラゴン』の攻撃表示

 ―― 一般的見地からすれば“悪手”
 ――しかし“結果”だけを見ればどうか

 ――“奇襲”の成功は、相手の士気を挫き、場の流れを掴み寄せる……不確かだが秀逸なる一手


(だが解っていても、容易に打てる手ではない……。なるほど、これがセト・カイバか)
 わずか1ターンの攻防だけで、ガオスは海馬を評価する。

 城之内克也とはまた違う――完成され、その上で洗練されたデュエリスト。

 口から、自然と笑みが零れる。瞳に好奇の色が混じる。
 それは純粋な笑みだ――デュエリストとしては純然な、嗜虐にも似た、闘争心から湧き出た笑み。





 その間にも、リング上ではデュエルが続けられている。
 梶木は奇襲からの逆転にめげることなく、氷を纏う鳥獣を守備表示で出し、ターンを終えていた。


氷結界の番人ブリズド  /水

【水族】
このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、
自分のデッキからカードを1枚ドローする。
攻 300  守 500


海馬のLP:1400
    場:青眼の白龍,デコイドラゴン,伏せカード1枚
   手札:1枚
梶木のLP:3600
    場:氷結界の番人ブリズド,伏せカード2枚
   手札:1枚


(まだじゃ……まだ何とかなる! ライフは十分ある……壁モンスターも出した! 次のターンで反撃できる……!)
 梶木は自身を奮い立たせる。
 だが誤算があるとすれば――海馬の真価は守備ではなく、攻撃にあるということ。
「……オレのターン! ドロー!!」
 ドローカードを見るまでもなく、海馬は自信ありげに笑う。
「オレは『ブリザード・ドラゴン』を召喚! 攻撃表示!」
 躊躇うことなく、攻撃モンスターを並べる。冷気を纏う青竜が吠え、梶木のブリズドを威嚇する。


ブリザード・ドラゴン  /水
★★★★
【ドラゴン族】
相手フィールド上に存在するモンスター1体を選択する。
選択したモンスターは次の相手ターンのエンドフェイズ時まで、
表示形式の変更と攻撃宣言ができなくなる。
この効果は1ターンに1度しか使用できない。
攻1800  守1000


「――さらに……永続トラップオープン! 『竜の逆鱗』!!」
「!? 何……っ!?」
 予想外のカードが開かれ、梶木の表情が大きく強張る。


竜の逆鱗
(永続罠カード)
自分フィールド上のドラゴン族モンスターが
守備表示モンスターを攻撃した時に
その守備力を攻撃力が超えていれば、
その数値だけ相手に戦闘ダメージを与える。


(『天使の施し』と一緒に伏せられていたのは……『竜の逆鱗』じゃと!? バカな! あの絶体絶命の局面で……逆転後の、攻勢に回る準備まで済んでたってのか!?)
 実に鮮やかな攻守の切り替え。焦燥と感嘆が、梶木の思考を翻弄する。
「――ククク……さあどうする? あれだけの啖呵を切っておきながら……これで終わりではあるまいな?」
 極めて尊大な態度で、海馬は梶木を見下ろす。
 試すように、いたぶるように――海馬の逆襲が始まる。
「――ワハハハハ!! さあいくぞ! 『ブリザード・ドラゴン』! その目障りな雑魚を粉砕しろぉ!!!」
 高笑いを伴う宣言を受け、氷の青竜は攻撃姿勢をとる。
 永続罠カード『竜の逆鱗』の効果により、海馬のドラゴンは貫通能力を付加されている。黙って見過ごせば、このターンで敗北が決まってしまう――梶木はやむを得ず、場のカードを開いた。
「――まだじゃ! リバーストラップ、『トラップ・スタン』!! この効果によりこのターン、全てのトラップ効果は無効となるぜよ!」
 開いたのは苦肉のカード。本来ならば攻勢時に発動すべきカードだが、やむを得ない。何故ならそれを使わなければ、梶木はこのターン、敗北するしかないのだから。


トラップ・スタン
(罠カード)
このターンこのカード以外のフィールド上の
罠カードの効果を無効にする。



 ――ズガァァァッ!!


 氷弾混じりのブレスを浴びて、梶木のブリズドは砕け散る。
 しかし『トラップ・スタン』の発動により、このターンのみ『竜の逆鱗』の効果は無効となる。つまり、この戦闘でダメージが発生することはない。
「……そしてこの瞬間、ブリズドの効果発動じゃ! 戦闘で破壊されたことにより、カードを1枚ドローッ!」
 ドローカードを視界に入れ、梶木はわずかに眉をひそめる。
「クク……だが『トラップ・スタン』の効果は全フィールドに及ぶ。つまりこのターン、貴様はトラップを発動できない。オレは何の憂慮もなく攻撃可能というわけだ」
 もはや障壁となるものはなく、ブルーアイズの両の瞳が、梶木を鋭く見下ろす。
「ワハハハハハ!!! ゆけ、ブルーアイズよ!! 格の違いを見せ付けろ――滅びのバーストストリーーームッ!!!」

 ――ズゴォォォォォォォッッ!!!

「!! ぐあ……っっっ!!?」
 強烈な閃光に全身を焼かれ、梶木は呻き、膝を折る。


 梶木のLP:3600→600


(ぐっ……何ちゅう攻撃じゃ! たった一撃で、ライフをほとんど奪いやがった……!!)
 ふらつきながら立ち上がる。周囲の爆煙を振り払い、負けじと海馬を懸命に睨む。
「……ククク……さあ足掻け! 貴様ごとき凡骨は、誇り高き獅子に触れることすら許されぬことを教えてやろう――リバースを1枚セットし、『デコイドラゴン』を守備表示に変更して……ターンエンドだ!」


海馬のLP:1400
    場:青眼の白龍,ブリザード・ドラゴン,デコイドラゴン,竜の逆鱗,伏せカード1枚
   手札:0枚
梶木のLP:600
    場:伏せカード1枚
   手札:2枚


「――スゴイ……たった2ターンで、形勢が完全に引っ繰り返っちゃった!」
 絵空は素直に感嘆する。
 前のターンまでの拮抗・劣勢が嘘のような圧倒だ――格が違う、そう見せつけるかのように。
「……『デコイドラゴン』の“奇襲”が効いたね。あれを契機に、ゲームの流れが完全に変わってしまった」
 月村は感慨深げに言う、海馬を真剣に見つめながら。
(……流石だな。カードパワーだけじゃない……勝負所を見通し、あえて定石を破り、主導権を奪うプレイング。あの歳で、この大舞台でそれを成すか。これほどのデュエリストが、果たして世界に何人いる……?)
 無意識に唾を呑み込む。
 やはり別格――それを再認識し、感服する。

 とにかくこれで、2人の戦況は大きく拡がった――観戦者のほとんどが理解する、2人の本来の実力差を。
 力の差は歴然。故に、決着はこのまますぐにつく――多くの人間がそう思い始める。
 しかし、

「――終わらねぇよ……まだ」
 城之内が呟く。顔を挙げ、強い瞳で梶木を見つめる。
「梶木ほどのデュエリストが……このまま終わるわけがねぇ!」
 瞳に強い信頼を宿し、両の拳を握り締めた。





「――オレのターンじゃ! ドローッ!!」
 勢い良くカードを引き、梶木はそれを視界に入れる。
 そして暫く考えてから、場の伏せカードに指をかけた。
「リバースマジック、オープン! 『サルベージ』!  この効果により……墓地の『突撃魚』と『氷結界の番人ブリズド』を手札に戻すぜよ!!」


サルベージ
(魔法カード)
自分の墓地に存在する攻撃力1500以下の
水属性モンスター2体を手札に加える。


 水属性専用のカードを使い、梶木は手札を5枚にまで増やす。しかし、
(駄目じゃ……この形勢を覆せるカードは無ぇ! 残りライフは600、守備に回ればやられる……ならば!!)
「さらに手札から、マジックを発動じゃ! 『強欲なウツボ』!! 手札の水属性モンスター2枚をデッキに加え……3枚のカードをドローするぜよ!!」


強欲なウツボ
(魔法カード)
自分の手札から水属性モンスター2体をデッキに戻し、
自分のデッキからカードを3枚ドローする。


「フン……手札交換カードか。見苦しいな」
「……へっ。お前の『天使の施し』だって、似たようなモンじゃろうが」
 憎まれ口を返しながら、梶木は3枚ドローする。
 そして思わず頷くと、そのうちの1枚を選び出した。
「さあいくぜよ! オレは『アビス・ソルジャー』を召喚! 攻撃表示じゃ!!」
 三叉の銛(もり)を携えた、サメの戦士が現れる。


アビス・ソルジャー  /水
★★★★
【水族】
水属性モンスター1体を手札から墓地に捨てる。
フィールド上のカード1枚を持ち主の手札に戻す。
この効果は1ターンに1度だけ
自分のメインフェイズに使用する事ができる。
攻1800  守1300


「そして手札から『オーシャンズ・オーパー』を墓地に捨て――効果発動じゃ! コイツはコストを支払うことで、場のカード1枚を手札に戻すことができる! 対象は当然、お前の最上級モンスター ――『青眼の白龍』っ!!」
 銛が青い光を発する。それに呼応し、ブルーアイズも同色の光に包まれ――次の瞬間、ふっと姿を消してしまった。
「……! バウンス効果か。破壊が無理なら手札に戻す……必死だな。最上級モンスターは、手札からの召喚に2体の生け贄を要する……容易には再召喚できない。小賢しい手を」
 海馬はわずかに眉を曇らす。対照的に、梶木は得意げな笑みを浮かべた。
(これで時間は稼げるはず! もう一度ブルーアイズが出る前に……体勢を立て直して、反撃じゃっ!!)
 場を支配する白龍が消えた今、梶木は改めてフィールドを確認する。


海馬のLP:1400
    場:ブリザード・ドラゴン,デコイドラゴン,竜の逆鱗,伏せカード1枚
   手札:1枚(青眼の白龍)
梶木のLP:600
    場:アビス・ソルジャー
   手札:3枚


(『アビス・ソルジャー』の攻撃力は1800……『ブリザード・ドラゴン』と互角じゃ。ならば当然、ここで攻撃すべきは――)
 梶木は『デコイドラゴン』を睨む。
 『青眼の白龍』が手札に戻った今、『デコイドラゴン』の効果は無意味のはず。現に海馬も、今度は守備表示に変えている――ならば今こそが、倒すべき好機。
 恐らくはそれが“定石”。万人が選ぶだろうプレイング。
「――『アビス・ソルジャー』で攻撃じゃいっ!! 攻撃対象は当然、デコイ――」

 ――だが眼前に立つこの男は、“定石”の通ずる男だったろうか?

「――っ!?」
 梶木の動きが止まる。

 ――まさか……いやしかし、そんなことがあり得るだろうか……?

 梶木は躊躇する。不意に頭に思い浮かんだ、脅威の可能性に。

 ――海馬が『天使の施し』で墓地に送ったブルーアイズは、本当に1枚だけだったのだろうか……?

 と。
 本来ならばあり得ない、極めてわずかな低確率。
 だがもしも、それが当たっていたならば――この攻撃により、梶木のライフは0となる。
(考えすぎ……? ギリギリまで追い詰められて、弱気になっとるだけか?)
 判らない。
 しかし、ただひとつ確かなのは――自分がいま対峙しているこの男は紛れもなく、デュエリストとして“最強”クラスの男なのだということ。
(常識に囚われても勝負にならねぇ……! ならばオレは……この直感を信じるぜよ!)
「――攻撃対象は『ブリザード・ドラゴン』じゃ! 頼むぜよ、『アビス・ソルジャー』っ!!」
 予想外の判断に、会場がざわめく。
 わざわざ低ステータスモンスターを無視し、あえて相撃ちを狙う―― 一見“悪手”とも見えるプレイに、みなが疑問を抱く。

 ――ズガァァァァァッッ!!!

 2体のモンスターが衝突し、ともに砕け散る。
 これで、梶木の場にモンスターは残らない――傍から見るに、愚かなプレイングにも思える。
 だが海馬だけは、悟られぬよう、心の中だけで舌打ちをしていた。
(このターンで決まるかと思ったが……良い勘をしている。大した男だ)
 墓地に存在する“2体目”のブルーアイズを蘇生し損ねたことに、小さな苛立ちを抱く。
 そして同時に認める。懸命に対峙するこの男の、確かな闘争心を。
「……カードを1枚セットして――ターンエンドじゃっ!!」
 迷いなど微塵も垣間見せずに、梶木は堂々とターンを譲った。


海馬のLP:1400
    場:デコイドラゴン,竜の逆鱗,伏せカード1枚
   手札:1枚(青眼の白龍)
梶木のLP:600
    場:伏せカード1枚
   手札:2枚


「フン……オレのターンだ! ドロー!!」
 ドローカードを確認すると、海馬はわずかに逡巡する。
(『デコイドラゴン』を残したところで……もう攻撃はしてこない、か)
 ならば――と、引いたばかりの上級モンスターを持ち替える。
「いくぞ! オレは『デコイドラゴン』を生け贄に捧げ――『精霊デュオス』を召喚! 攻撃表示!!」
 翼を生やし、剣を携えた、屈強な肉体の戦士が喚び出された。


精霊デュオス  /光
★★★★★
【戦士族】
このカードは生け贄にできない。
自分の場のモンスター1体を生け贄に捧げるたびに、ターン終了時まで
このカードの攻撃力を1000ポイントアップする(トークンを除く)。
この効果で生け贄に捧げたモンスターの攻撃力の半分のダメージを、
そのカードの持ち主が受ける。
攻2000  守1600


「この剣の一撃をもって、貴様の息の根を止めてやろう! ゆけ、デュオス! オーラ・ソードッ!!」
 デュオスは飛び掛り、剣を力強く振り下ろす。
 梶木は即座にリバースを開き、それに対抗した。
「させんぜよ! トラップ発動『ガード・ブロック』ッ!!」


ガード・ブロック
(罠カード)
相手ターンの戦闘ダメージ計算時に発動する事ができる。
その戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になり、
自分のデッキからカードを1枚ドローする。


 ――バシィィィィィッ!!!


「……っ! デュオスの攻撃によるダメージを0にする……さらに1枚ドローじゃ!」
 梶木は威勢良くカードを引く。それを視界に入れると、力強く笑みを漏らした。

 ドローカード:海竜−ダイダロス

(……! フン……何かキーカードを引いたか)
 海馬はそれを察知し、戦況を確認する。手札は『青眼の白龍』のみ。そして場には、ある伏せカードが1枚。
「……。オレはこれで、ターンエンドだ」
 海馬は落ち着いてターンを終える。それが意味するものは、梶木にはまだ分からない。


海馬のLP:1400
    場:精霊デュオス,竜の逆鱗,伏せカード1枚
   手札:1枚(青眼の白龍)
梶木のLP:600
    場:
   手札:3枚


(反撃の準備は整った……! 後は、それが通用するかどうかじゃ!)
 海馬の伏せカードを睨みながら、梶木はデッキに指を伸ばす。
「オレのターンじゃ! ドローッ!!」

 ――ドクンッ!!!

 ドローカードを見た瞬間、梶木の胸が高鳴った。
 引き当てたのはレベル8、梶木のデッキで“最強”のモンスター。
(……!! ここでこのモンスター……じゃと!?)
 それは、梶木の闘志を鼓舞する1枚。
 このターンの攻防で、全てが決まる――それを梶木に予感させる。
 梶木は呼吸を整えると、海馬をきっと見据えた。
「――さあ……勝負じゃ海馬ぁ!! 手札から『アトランティスの戦士』を墓地に捨て――効果発動ォッッ!!!」


アトランティスの戦士  /水
★★★★
【水族】
このカードを手札から墓地に捨てる。
デッキから「伝説の都アトランティス」
1枚を手札に加える。
攻1900  守1200


「そして『伝説の都アトランティス』発動! これによりフィールドは、再び“海”に支配されるぜよ!!」
 フィールド魔法の発動により、デュエルリング上に再び海水が満たされる。
 しかし飛行能力を有する“デュオス”相手には、これだけでは足止めにもならない。
「さらに『突撃魚』を特殊召喚! このモンスターは攻撃表示での特殊召喚が可能じゃ! さらに――」
 これこそが現在の、梶木のデッキの“必勝パターン”なのだ。
 多彩なコンボは採用せず、“必殺”のパターンを絞り、それを特化すべく、ドロー加速のカードを多めに採用している――己の未熟さを認め、その上でなお“勝利”を目指した、梶木らしい“愚直”なデッキ。
「――『突撃魚』を生け贄に捧げ……召喚っ!! 『海竜(リバイアドラゴン)−ダイダロス』ッッ!!」
 再臨する――海を支配する巨竜が。
 “海”の恐怖を体現した、梶木が最も畏れ、信頼するモンスターが。


海竜−ダイダロス  /水
★★★★★★★
【海竜族】
自分フィールド上に存在する「海」を墓地に送る事で、
このカード以外のフィールド上のカードを全て破壊する。
攻2600  守1500


「フン……2体目か。確かに、そのドラゴンの特殊能力は厄介だが……このオレを相手に、同じ手が2度通じると思うか?」
 余裕の見える表情で、海馬は梶木の竜を睨む。
「……さあな。そんなモン、オレには分からねぇ。ただ一つ、ハッキリしとるのは……これが正真正銘、オレの“全力”ということじゃ!!」
 残された最後の手札を、梶木は高々と掲げてみせた。
「これが……オレの最強の切札じゃっ!! 『海竜−ダイダロス』を生け贄に捧げ、特殊召喚――降臨せよ、『海竜神−ネオダイダロス』ッッ!!!」
 “ダイダロス”が発光し、その姿を変えてゆく。
 全身がさらに巨大化し、背ビレが伸び、頭部が2つに分かれる。
 見るからに凶暴性を増し、海馬の“デュオス”を一喝してみせた。


海竜神−ネオダイダロス  /水
★★★★★★★★
【海竜族】
このカードは通常召喚できない。
自分フィールド上に存在する「海竜−ダイダロス」1体を
生け贄に捧げた場合のみ特殊召喚する事ができる。
自分フィールド上に存在する「海」を墓地に送る事で、
このカード以外のお互いの手札・フィールド上のカードを全て墓地へ送る。
攻2900  守1600


「……! なるほど……それが貴様の全力か。梶木漁太」
 海馬は冷静に梶木を見る。
 現在、梶木の手札は0枚――正真正銘、これこそが彼の“最後の切札”。
「……ならば、オレも応じてやろう。貴様の“最期”に相応しく――今オレの出せる、最強の切札で」
 海馬の伏せカードが、ゆっくりと開かれる。
 それは、誰もが見たことのあるコモンカード。しかし強力な切札を生み出す、“可能性”を秘めたキーカード。


海馬のLP:1400
    場:精霊デュオス,竜の逆鱗,融合
   手札:1枚(青眼の白龍)
梶木のLP:600
    場:海竜神−ネオダイダロス(攻3100),伝説の都アトランティス
   手札:0枚


 会場の空気が、確かに変わった。
 これから海馬が出すモンスターを、観戦者の多くが悟る。
「……オレは場の『精霊デュオス』と、手札の『青眼の白龍』を融合し、特殊召喚――」
 空間の歪みが生じ、“デュオス”とブルーアイズが交わる。
 美しき白龍をベースとし、身体を歪に変え、龍人(ドラゴニュート)の姿となる。
 手足を伸ばし、首を縮め、厳つさを増した眼で“海竜”を睨む。
 最後に、“デュオス”の残した剣を右手で掴み、高らかに吠えてみせた。
「――ブルーアイズの進化形が一つ……! 『青眼の精霊龍(ブルーアイズ・デュオス・ドラゴン)』ッッ!!!!」


青眼の精霊龍  /光
★★★★★★★★★★
【ドラゴン族】
「青眼の白龍」+「精霊デュオス」
このカードの融合召喚は、上記のカードでしか行えない。
???
攻3500  守3000


海馬のLP:1400
    場:青眼の精霊龍,竜の逆鱗
   手札:0枚
梶木のLP:600
    場:海竜神−ネオダイダロス(攻3100),伝説の都アトランティス
   手札:0枚



「……!! 遊戯、あのモンスターって――」
 杏子が言い終えるまでもなく、遊戯は強張った顔で頷き、応えた。
「前回のバトル・シティ決勝で……ボクを倒したモンスターだ」
 と。




決闘92 真の決闘者(デュエリスト)

 今より三ヶ月余り前――同場所、青眼ドーム内にて。
 第二回バトル・シティ大会決勝戦――武藤遊戯VS海馬瀬人。テレビ放映までされたその試合は、レベルの高さのみならず、極めて白熱した内容ゆえに、全世界のデュエリストの目に触れることになる。
 今や、未見のデュエリストを探す方が難しい――それほどに有名な一戦となっている。



遊戯のLP:100
    場:超魔導剣士−ブラック・パラディン(攻3400)
   手札:0枚
海馬のLP:100
    場:青眼の精霊龍(攻3500),竜の逆鱗
   手札:0枚


 ドーム中央のリング上で、2人のデュエリストと2体のモンスターが睨み合う。
 お互いのライフはともに100、長きに渡ったシーソーゲームも、いよいよ終幕を迎えようとしていた。
 『青眼の精霊龍』――このターン、新たなモンスターの融合召喚により、形勢は再び海馬に傾く。

(ブルーアイズ・デュオス・ドラゴン……? 見たことも無いモンスターだ。この大会に向けて用意した、海馬くんの新たな切札……!?)
 遊戯は額の汗を拭う。季節は冬だというのに暑い。暖房が効きすぎているのか――いや違う。身体が熱を帯びているのだ。
 息が詰まるような激戦は、お互いの集中力・体力ともに、大きく消耗させていた。

 ――ドクン……ッ!

(海馬くんの“精霊龍”の攻撃力は3500……ボクの『ブラック・パラディン』より僅かに高い。特殊能力はあるのか? 『精霊デュオス』と同じ能力? それとも……)

 ――ドクン!

(互いの手札はゼロ……でも次はこちらのターン。ドローカード次第では、すぐに逆転できる)

 ――ドクンッ!

(装備カードを引ければ……! 『マジック・クリスタル』がまだデッキにある。装備すれば攻撃力3900……デュオス・ドラゴンを倒せる!)


マジック・クリスタル
(装備カード)
魔術師(マジシャン)の攻撃力を500ポイント上げる。
このカードがフィールド上から墓地に送られたとき、
自分はデッキからカードを1枚ドローする。


 遊戯の胸が、無自覚に高鳴ってゆく。
 ゆっくりと、デッキに指を伸ばす。
(『マジック・クリスタル』を引けば……海馬に勝てる。“俺”の勝ちだ!)


 海馬は“変化”に気付く。
 本来、外見からでは判断不可能な――繊細な、しかし確かな“変化”に。


「……――“俺”の、ターン……」
 遊戯の指が、デッキに触れる――寸前で、遊戯はハッと顔を上げた。
(……いけない! ボクは――)
 首を横に振り、自我を懸命に保つ。
 そして自身に言い聞かせる。

 ――これは、誰かの命がかかった“闇のゲーム”じゃない
 ――決闘者としての頂点を競う、純粋なデュエル
 ――だから

(だから――“お前”は、出て来るな!!)
 動き始めた“それ”を拒み、遊戯は感情を鎮める。
 心を澄ませ、改めてデッキのカードを掴んだ。
「ボクのターン! ドローッ!!」

 ドローカード:聖なるバリア−ミラーフォース−

(ミラーフォース……! 普通に考えれば、悪いカードじゃないけど……)
 ミラーフォースは罠カード。その性質上、どうしても相手ターンを待つ必要がある。
 極限のこの状況で、海馬の次のドローカードは何か――嫌な予感がする。罠無効のカードを引かれる恐れもある。
 出来ればこのターンで勝負をかけたかったのだが、やむを得ない。
(このカードで……勝負するしかない!)
「カードを1枚セットし! ターン終了だよ!」
 ドローカードを威勢良く出し、遊戯はエンド宣言をした。


遊戯のLP:100
    場:超魔導剣士−ブラック・パラディン(攻3400),伏せカード1枚
   手札:0枚
海馬のLP:100
    場:青眼の精霊龍(攻3500),竜の逆鱗
   手札:0枚


(……? 何だ……今の感覚は?)
 海馬は目を凝らし、遊戯の姿を観察する。
 違和感はすでに消えている。デュエル開始時と同じ、武藤遊戯がそこにいる。
(気のせい……? いや違う。ヤツはいま“何か”を隠した! 一体何を……何のために?)
 心当たりはある。
 消えたと聞く“あの男”――それに近いものを感じた。だが、同じでもない。
(隠す理由などないはず……“あの男”であるならば、このオレに背を向けるハズはない! ならば……一体何だ!?)
 遊戯を視界に捉えたまま、海馬はデッキに指を伸ばす。
「オレのターンだ!! ドローッ!!!」

 ドローカード:ドラゴンの聖域

(オレにも余裕はない……気を逸らせば敗北する。ならば――カードで問うまで!)
「フィールド魔法『ドラゴンの聖域』発動! これにより場のドラゴン族は、攻守を500ポイントずつ上げる!!」
 張り詰めた空気が、デュエルフィールド全体を覆う。
 海馬の“精霊龍”が吠え、遊戯と、その“しもべ”を威嚇する。


 青眼の精霊龍:攻3500→攻4000
        守3000→守3500



ドラゴンの聖域
(フィールド魔法カード)
このカードがフィールド上に存在する限り、全てのドラゴン族モンスターの
攻撃力・守備力は500ポイントアップする。
また、ドラゴン族モンスターがフィールド上から墓地に送られた時、
その持ち主はそのモンスターのレベル以下のドラゴン族モンスター1体を
手札から特殊召喚する事ができる。


(攻撃力を更に上げてきた……!? でもこのフィールドは、手札にドラゴンがいなければ真価を発揮できないハズ。ミラーフォースを発動できれば……ボクの勝ちだ!!)
 表情は決して緩めぬままに、遊戯は勝機を見出す。
(ヤツのリバースは何だ……!? 正体によってはオレの負けだ。だが、ここは臆せず攻める! この一撃をもって――ヤツが持つ“王”の称号を! この手に!!)
「いくぞ遊戯! これが……最後のバトルだ!!」
 海馬は右腕を掲げ、高らかに宣言した。
「ブルーアイズ・デュオス・ドラゴン!! 絶大なるその力によりて――このオレに勝利をもたらせぇっ!!」
 剣に闘気を漲らせ、龍人は翼を広げ、飛び掛る。
 次の瞬間――遊戯は勢い良く、場のカードを開いた。
「トラップカードオープン!! 『聖なるバリア−ミラーフォース−』ッ!!!」
 そして勝利を確信する――2人同時に。
「この瞬間――デュオス・ドラゴンの効果発動ォォッッ!!!」
「!!? な……っっ!?」
 遊戯は思わず目を見開いた。


遊戯のLP:100
    場:超魔導剣士−ブラック・パラディン(攻3400),聖なるバリア−ミラーフォース−
   手札:0枚
海馬のLP:100
    場:青眼の精霊龍(攻4000),ドラゴンの聖域,竜の逆鱗
   手札:0枚


 次の瞬間、決着はつく――観戦者の誰もが忘れられない、鮮烈な場面だ。
 そして海馬が、わずか3ヶ月後という早期に“第三回バトル・シティ大会”を企画することになる――その動機ともなった一戦である。





●     ●     ●     ●     ●     ●     ●



海馬のLP:1400
    場:青眼の精霊龍(攻3500),竜の逆鱗
   手札:0枚
梶木のLP:600
    場:海竜神−ネオダイダロス(攻3100),伝説の都アトランティス
   手札:0枚


「『青眼の精霊龍』……! 前回のバトル・シティ決勝で、遊戯を倒したモンスターか!!」
 梶木の背筋を戦慄が駆ける。
 そのデュエルの顛末は、梶木もテレビで観戦していた――だから分かる。“ネオダイダロス”の効果を発動した場合、その結果がどうなるかを。
 梶木1人だけではない。会場のほとんどの人間が、その結果を見通し、息を呑んだ。

 これが海馬瀬人――他の追随を許さない、絶大なる力を振るう“剛”のデュエリスト。

 表情を歪めながら、梶木は現在の戦況を反芻する。
 “ネオダイダロス”の効果は使えない。ならば、選べる道は一つしかない。
(このまま何もせずにエンド宣言……それしかねぇ! モンスター間の攻撃力差は400ポイント……次のターンの攻撃を受けても、オレのライフはわずかじゃが残る)
 ハラワタが煮え繰り返る思いだった。
 満を持して喚び出した切札が、こうも容易く封じ込まれるなど――相当な屈辱だ。単に通じなかったのならまだ良い、挑もうとする以前に結果を提示されてしまったのだから。

「――これで、貴様に残された選択肢は2択のみ……。好きな方を選べ。いずれにせよ、貴様の人生の“ラストターン”だ」
「!? 何……っ?」

 海馬の言葉に対し、梶木は1つの懐疑を抱く。
(選択肢が2択……? 何を言っとる!? 『青眼の精霊龍』の特殊能力を踏まえれば、ここはエンド宣言以外にねぇ! 一体何を――)
 ――いや、確かにもう1択ある。
 『海竜神−ネオダイダロス』の特殊能力を使い、そして返り討ちに遭う――勝利を目指すデュエリストには、あり得るはずのない選択肢が。
(馬鹿にしとるのか……!? 負けるのが分かっとる選択肢じゃと!? そんなモン、選ぶワケが――)
 そこでハッとする。
 海馬はこう言った、これが“ラストターン”だと。
 お互いの手札は0枚。場には伏せカードも存在しない。
 だが、次は海馬のターン――海馬にはまだ1枚、未知のドローカードが残されている。
(攻撃力200以上の下級モンスターか、攻撃力増加の魔法カードを引かれれば、どのみちオレの負け……! じゃが、そう都合良くは引けねぇハズ!)

 ――いや、本当にそうだろうか?

 梶木は寒気を覚え、海馬の姿を見つめる。

 ――このターンを流したとして、次のターン……海馬は自分を仕留め損なうだろうか?
 ――否、それはない
 ――眼前にそびえる高い男は、そんな甘さを見せてはくれない

 一般的見地からすれば愚かな、確信めいた予感。

 自分に、次のターンは確実に回って来ない――弱気から出たものとは違う、本能が悟った確かな未来。
 これが自分に残された、生涯の“ラストターン”なのだ――と。

 梶木の頬を汗が伝う。鼓動が高鳴り、脈が速まる。
(……これがオレの、ラストターン……)
 梶木は思わず天を仰いだ。

 ――思えば、長い“寄り道”だった。
 ――いや、“寄り道”などではない……充実し、満たされた闘いの日々だった。

 ――闘ってきた
 ――闘い続けてきた……あの背中のように

(……もう……いいんじゃろうか?)
 敗北感は無い。むしろ満足しかけている。
 悔いは無い。心から誇ることができる――これまでの道を。デュエリストとしての日々を。
 だから、

 大きく、息を吐き出す。
 そして小さく、優しく呟いた。
「……ありがとう」
 と。

 そして両目を見開き、梶木は声高に宣言した。

「『海竜神−ネオダイダロス』の――特殊能力発動ォォォォォッッ!!!!」

 観戦者がざわめく。
 あり得ない――と。

 ここでの効果発動は、どう見ても自殺行為だ。
 追い詰められた末に、かすかな勝機を見捨て、自ら敗北を選んだ――上級デュエリストにあるまじき愚かな選択。ほぼ全ての観戦者が、そう解釈する。

 しかし、そうは思わない者もいた――彼とデュエルをした者は、彼がそんな男ではないことを知っている。彼が誇り高き、“本物のデュエリスト”であることを。


「……自ら敗北を選ぶか。それもまた潔かろう」
 海馬もそれを知っている。だが一つだけ、誤解をしていた。
 それは、
「……まだ……諦めたわけじゃねぇよ、オレは」
「……!? 何だと?」
 デュエルフィールド上の水位が、少しずつ上がり、空間を侵食してゆく。
「『ネオダイダロスの特殊能力は“青眼の精霊龍”に効かない』……そんな保証が、一体どこにあるんじゃ?」
「…………!?」
 M&Wでは極めて稀に、一見したカード効果とは異なった処理が行われることがある。
 カード間の“格の差”が引き起こす、特殊処理――それが顕著なのは“神のカード”だ。

 『神は罠の効果を受けず、魔法効果を1ターンしか受け付けない』――これは、“神のカード”それぞれが持つ“効果”ではない。カード間の、非常に大きな“格の差”故に生じてしまう、“不具合(バグ)”にも似た特殊裁定なのだ。

「……貴様のその醜い“しもべ”が……オレの“しもべ”より格上だと?」
 海馬の口から、堪えられぬ嘲笑が漏れる。同時に怒りが沸き、梶木を睥睨する。
「――“しもべ”なんかじゃねぇよ……コイツは」
「……!?」
 しかし、梶木の思わぬ返答に、海馬は毒気を抜かれた。
「ネオダイダロスは“海の神”。ならば、オレにとってコイツは……“好敵手(ライバル)”なんじゃ! 海に戻ったそのときには、再び対峙することになる好 敵手……その日のために、一時的に共闘してきただけぜよ。オレと再び闘うときを――コイツらも、楽しみにしてくれたはずじゃからな!!」
「…………!! 好敵手……」

 海馬の脳裏に、2人の男の姿が浮かぶ。
 同じ姿をした、けれど異なる顔を持つ2人の男。海馬が認めた、好敵手と呼ぶべき“真の決闘者”。

 ――1人は……このオレを相手に勝利を収め、しかし再戦の機会を残すことなく姿を消した
 ――“あの男”を超えたもう1人は、オレに敗北しながらも……まだ“何か”を隠している
 ――恐らくは“あの男”にも通ずる、恐るべき“何か”を

(オレはこの大会で……“それ”を見極める! そのためにも――)
 海馬は顔を上げた。
 “精霊龍”はすでに、手に持つ剣をネオダイダロスに向けて構えている――自身の特殊能力を使うために。
「いくぞ……『青眼の精霊龍』! 特殊能力発動――“オーラフォース”ッ!!」

 ――カァァァァァァァッ!!!!

 闘気の剣が、強い光を纏う。
 そしてその切っ先から、龍人の宿す全オーラを解放し――ネオダイダロスに向けて撃ち放った。


 ――ズガァァァァァンッッ!!!!



青眼の精霊龍  /光
★★★★★★★★★★
【ドラゴン族】
「青眼の白龍」+「精霊デュオス」
このカードの融合召喚は、上記のカードでしか行えない。
自分の場のモンスターが相手のカードの効果を受けるとき、
そのカードの効果を無効にし、破壊することができる。
その後、このカードをデッキに戻し、融合素材とした
「青眼の白龍」1体を墓地または除外ゾーンから特殊召喚する。
攻3500  守3000


 強烈な光のオーラを浴び、ネオダイダロスが甲高い悲鳴を上げた。
 上昇していた海水の水位が、“精霊龍”の足元でピタリと止まる。
「……やれ――デュオス・ドラゴン」
 水中からの主の指示に、“精霊龍”は頷き、剣を逆手に持ち返る。
 そして大きく振りかぶり、投擲する――矢のごとく放たれた光の剣は、ネオダイダロスの中心に突き刺さり、更なるダメージを与えた。

 ――ドスゥゥゥゥッ!!!!

 もういちど悲鳴を上げ、ネオダイダロスは絶命する。
 フィールド上から消滅し、同時に海水も消え去る。フィールド魔法『伝説の都アトランティス』が、ネオダイダロスの特殊能力発動コストとして墓地に送られたためだ。
(……ありがとよ……ダイダロス)
 不思議と、梶木は穏やかな心境でその様を見上げていた。
 一方、『精霊デュオス』との融合により得た全オーラを使い切ったことにより、『青眼の白龍』は元の姿に戻る――再び身体構造を変え、融合前の姿となる。
 そして、勝利の雄叫びを上げた。


海馬のLP:1400
    場:青眼の白龍,竜の逆鱗
   手札:0枚
梶木のLP:600
    場:
   手札:0枚


「オレにもう……手はねえ。ターンエンドじゃ」
「…………。オレのターン」
 海馬は静かにカードを引く。そしてそれを視界に入れ、迷わず盤にセットした。
「フィールド魔法……『ドラゴンの聖域』! このカードの効果により、ブルーアイズの攻撃力が500ポイントアップする!!」
 使う必要はないはずのカード。しかし海馬は迷わず使った――対峙するデュエリストへの手向けに、最大限の一撃をぶつけるために。

 青眼の白龍:攻3000→攻3500

「ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴンの攻撃――滅びの炸裂疾風弾(バースト・ストリーム)ッッ!!!」


 ――ズゴォォォォォォォッッ!!!


 怯まずに、梶木はその光を全身で受け止めた。
 そして彼の決闘盤が、このデュエルの――彼の“最後のデュエル”の終了を宣告する。


 梶木のLP:600→0



海馬のLP:1400
    場:青眼の白龍(攻3500),ドラゴンの聖域,竜の逆鱗
   手札:0枚
梶木のLP:0
    場:
   手札:0枚



(――これで終わり……か)
 梶木は溜め息を吐き出す、様々な想いとともに。

 ――決闘者(デュエリスト)としての、道の終着
 ――そして切望していた、海での闘いが始まる

 だというのに、素直に喜べないのは――まだわずかにでも、デュエルに未練が残っているためなのだろう。
 それもまた仕方ない。それはすなわち、決闘者として歩んだ道の重みを意味するのだから。誇るべき“過去”として、心に残し、進めば良い――梶木はそう理解し、納得しようと思う。
 しかし、


「――決闘者(デュエリスト)とは……決闘(たたか)う者のことだ」
「!」
 海馬はすでにカードを仕舞い、階段の前に立っていた。
「M&Wに限る言葉ではない……人間はみな、生きる限り闘い続ける。人間は生まれながらにして、みな決闘者(デュエリスト)なのだ」
 横目に梶木を睨み、当然のごとく海馬は言う。
「貴様は戦場を代え、再び闘い続ける……それだけのこと。何を嘆く必要がある?」
 海馬はもう梶木を見ない。階段を降り始めながら、なお当然のごとく続ける。
「胸を張れ……梶木漁太! 貴様はこのオレが認めた――3人目の、“真の決闘者”だ」
「…………!!」
 梶木の全身が震えた。
 込み上げる感情を抑えられず――視界が霞む。嗚咽を堪え、歯を食い縛る。
「敗北は許さんぞ……常に強くあれ。このオレが認めたのだからな。“真の決闘者”として……恥じることない、誇れる道を歩め」
「…………おう」
 消え入りそうな声だけが、海馬の耳に届いた。
 それだけで十分だ――海馬はもう振り返らない。前だけを見据え、階下の女を意識に入れる。



「――兄サマッ!! 額の怪我は――」
 下まで降りたところで、慌てた様子のモクバに呼び掛けられる。
 心配げなその様子を見下ろしながら、対照的に、海馬は素っ気なく応えた。
「……問題ない。血はとうに止まっている……痛みもすでに引いた」
 それだけ言って、海馬は視線を持ち上げる。
 女がいた。サラ・イマノ――自分に謎の痛みを与える、恐らくは過去に面識のある人物。
 何と言葉を掛けるべきか分からない――そう言わんばかりに、サラは伏せがちな瞳で海馬を見つめている。
(……オレはこの瞳に……見覚えがある)

 ――知っている
 ――確実に知っている……オレは、この女を

「…………。オレは――」
 海馬は真正面から、サラの瞳を見据えた。青く美しい、両の瞳を。
「オレは――もう逃げない。全てを受け入れ、未来へと進む」
「…………!」
 驚いたように、彼女の瞳が大きくなる。
 やはり知っている――この瞳を、自分は。


 ――つらいことがあった
 ――哀しいことがあった

 ――温もりがあった
 ――救いがあった

 ――そして、深い……決して拭えぬ“絶望”があった


 再び、鈍い痛みを覚える。
 しかしそれを顔に出さず、海馬は視線を逸らし、サラの隣を横切る。
「――また会おう。明日、この場所で……決闘者(デュエリスト)として」
 一瞬、サラの瞳が哀しみを宿す。
 しかし、それを振り払うように、サラは彼の背に微笑みかけた。
「お待ちしています……瀬人様。明日また……この場所で」
 海馬はそのまま立ち止まらず、会場の出口へと歩いていく。
 モクバは迷ったようにサラを見上げる。サラが頷いてみせると、兄の背を追い、小走りする。




「――教えてくれ……モクバ。あの女のことを」
 地下通路に入った後、歩きながら、海馬は隣のモクバに問う。

 この痛みはおそらく、過去を恐れる痛み――ならば乗り越える。未来を掴むために。

 ――今度こそ……オレはもう迷わない
 ――つらい過去、醜い過去、切り捨てたい過去
 ――すべて受け入れ、未来へと進む

(誓おう……梶木漁太。このオレもまた“真の決闘者”として……闘い、誇れる道を歩むと)

 強い決意を瞳に宿し、海馬は確かな歩みを進めた。




決闘93 光のツルギ

「――世話になったな……遊戯、城之内」
 舞台を降りた梶木は、かつて闘った2人に対し、最後の挨拶をする。
「本当に辞めちまうのかよ……梶木?」
 城之内の真摯な問いに、梶木は迷わず頷く。
「ああ。最後に、いいデュエルができた……悔いはねぇ。オレのM&Wは……ここまでぜよ」
 梶木は右手で拳をつくり、2人の前に突き出す。
「負けんなよ……2人とも。お前らはオレが認めた……数少ない“真の決闘者”じゃ」
 遊戯、城之内、と順に拳を合わせる。
 そして梶木は、満足げに頷いてみせた。
「オレはこれで行くけどよ……明日のテレビは見るつもりぜよ。放送されんのは前回と同じで、決勝戦だけだっけか?」
「ううん。たしか今回は、準決勝戦から生放送するらしいよ」
「ほー……そりゃあ楽しみじゃな。オメーもテレビ出られるように頑張れよ、城之内?」
 からかい調で言う梶木に、「うるせー」と城之内は軽く応える。

「――んじゃあ……元気でな。機会があればまた会おうぜ……デュエル場以外のどこかで」

「うん! 梶木くんも頑張ってね」
「オメーも負けんじゃねぇぞ、梶木ぃ!」
 みなに見送られながら、梶木漁太は会場を去る。
 その背中を見つめながら――遊戯はふと、思うところがあった。



『――単刀直入に訊こうか。君は今後、M&Wで生計を立てていくつもりはあるかい?』



 先日の予選終了後、月村浩一から成された話。
 プロデュエリスト制度導入の計画と、自分の未来――自分は将来、どのような生き方を選ぶのだろうか……と。
(……プロデュエリスト……か)
 未来へ進む男の背に、遊戯の心は感化される。

 右掌を見つめ、握ってみる――心にカチリと、何かがはまる音が聴こえた。






 そして、大会はなおも進行する。
 デュエルリングの中心で、磯野は気合を入れなおし、声高に宣言する。

『――それでは!! 一回戦第七試合に移りたいと思います! ヴァルドーVS神里絵空!! 両選手はステージ上へお願いします!!』

 自身の名前のコールを聞き、「待ってました」と絵空は跳ねる。
「とうとうわたしの試合だねっ! ずっとデュエルを見続けてたから……気合は十分溜まってるよっ!!」
『(気合を入れすぎて空回りしないようにね……くれぐれも)』
 左手に持った“聖書”にたしなめられるが、絵空は「だいじょーぶ!」と元気良く頷く。
「――こんな大舞台でのデュエルは初めてだろう? 上がったら深呼吸でもして、まずは落ち着くといいよ。デュエルが始まってからでは、立て直しが難しくなるからね」
「ウン! ありがとう、月村おじさん」
『(…………!)』
 月村から助言を受け、絵空は素直に礼を言う。
「がんばってね、神里さん! みんな応援してるから」
「りょーかい! それじゃ、行ってくるね〜♪」
 遊戯たちのエールを受けながら、絵空はスキップ気味に小走りする。デュエルフィールド脇の簡易エレベーターに乗り、待ち遠しげに体を揺らす。
『(……ちょっとは落ち着きなさいよ。すぐ上に着くから)』
「……だってさ! ここまでみんな、すごいデュエルばっかりなんだもん! 早くわたしもデュエルしたいなー、って」
『(……まあ、気持ちは分からないでもないけど)』

 けれどそれは、絵空だけに当てはまることではない――天恵にとっても、同じこと。
 上級デュエリスト達のデュエルを観戦し、心が疼かぬデュエリストなどおるまい。
 けれど、天恵はそれを主張しない。呑み込んでしまう。
 それを言えば、絵空を困らせてしまう――それを知っているから。


「……よしっ! 着いた着いた♪」
 デュエルフィールドに降り立つと、絵空は改めて会場を見回した。
 相当な人数の観客だ――そして今、自分はその中心にいる。思わず、唾をゴクリと呑み込んだ。
『(手の平に“人”って書いて飲むと良いらしいわよ。やっておいたら?)』
「へっ……へへ、平気だよっ! キンチョーしてないってば!」
 見るからに緊張していた。天恵は悩ましげに溜め息を漏らす。
『(相手の人が来るまで、深呼吸でもしてなさい。……月村さん……も、そう言っていたし)』
「……ウ、ウン。そーだね」
 大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出す。それを繰り返す。
 なるほど、浮き足立っていた気持ちが、少し静まった気がする。これなら落ち着いてデュエルに集中できる――そう思ったまでは良かったのだが。
「………………」
『(………………)』
「……ねえ、いつまで深呼吸してればいいの?」
『(……さあ)』
 来ない――対戦相手が。
 審判・磯野が、何やら無線を使って騒いでいる。どうやらその対戦相手、“ヴァルドー”氏が行方不明で大慌てのご様子だ。
『(…………良かったわね。上手くすれば、闘わずして2回戦進出よ)』
「うええっ!? せっかくここまで来たのにっ!?」
 予想外かつ不本意な展開に、絵空が愚痴る。
 だが一番困っているのは磯野だ。社長がせっかく温めてくれた会場の空気を、ここでいきなり冷ましてしまうなど――畏れ多くて御免被りたい。
(マリク・イシュタールといい、今大会はどうなっているんだ……!?)
 逡巡の末、半ばヤケクソ気味にマイクで訴える。

『――ヴァルドー選手!! 居ましたら至急、デュエルリング上へ――』

「――私ならここにいますよ」

『――へっ!?』

 思わず出したマヌケな声が、マイクで拡張されてしまう。
 磯野は驚き、隣を見る。するとそこには――白いローブに身を包んだ、長身の美青年が立っていた。
 会場がざわめく。その男の不可解な、突然の出現に。
「……えっ……い、いつからそこに……?」
 瞬きを繰り返す磯野に、青年――ヴァルドーは笑顔を向ける。その中性的で美しい容貌に似合った、邪気の無いやわらかい笑みを。
「先ほどからいたのですが……失礼、早くお声掛けすれば宜しかったですね」
 会場の人間のほとんどが疑問に思う――ヴァルドーは“いつの間にかそこにいた”のだ。まるで瞬間移動でもしてきたかのように。
 しかし最も不可解なのは、それすら目撃した者がいないということだろう。超常的な手段で現れたのか、それとも本当に気付かなかっただけで、普通にステージに上ったのか――それすら、誰にも判断できなかったのだ。



 ともあれ、これで大会進行の障害はなくなった。
 両選手はリングの中央で対峙し、互いのデッキを交換する。
(!? あれっ、このデッキ……)
 そこで、絵空は1つの違和感を覚えた。
 デッキが重い――いや、分厚い。40枚にまとめられた絵空のデッキとは、明らかに枚数が異なる。恐らくは、1.5倍程度の厚みがある。

 絵空の考える限り、構築するデッキ枚数は、できるだけ40枚に近づけるのがセオリーだ。採用するカードを欲張り、いたずらに枚数を増やしてしまえば、コンボの成功や切札のドローが難しくなってしまうからだ。

(もしかして……デッキ破壊戦術とか? わたし、そういうの苦手なんだケド……)
『(まだ決め付けるには早いわよ。ただ、本戦に出場するような人が、考えなしにデッキ枚数を増やすとは思えないし……何かあるわね)』
 左脇に挟んだ“聖書”と会話しながら、絵空はデッキシャッフルを済ませる。
 そして互いのデッキを返し合うと、不意にヴァルドーが話し掛けてきた。
「――実は私、母国では“占い師”をしておりましてね。デュエルの前にひとつ……“予言”をさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「? へっ……予言?」
 小首を傾げる絵空に、ヴァルドーは笑顔でこう言った。

「私の占いによれば、このデュエル――私の負けです」
「……はぃ?」

 絵空は思わず瞬きする。
 ヴァルドーはクスリと笑みを零すと、踵を返して離れてゆく。
(な……なにかの作戦なのかな? 油断させてスキをつく、とか……)
『(……分からないわね。ただ、彼には予選通過1位の実績がある……相当の実力者なのは間違いないはずよ)』
 絵空は小首を傾げながら、同じように踵を返して、ヴァルドーとの距離を稼ぐ。
 そして位置を定めると、足元に“聖書”を置いた。
(みんなの前で、宙に浮かすわけにはいかないし……ごめんね、もうひとりのわたし)
『(全然構わないわよ。それよりデュエルに集中しなさい。私のことはいいから)』
 絵空はもういちど頷き、真剣な表情でヴァルドーを見据える。対照的に、ヴァルドーはにっこりと微笑む――“余裕”とも“友好”ともとれる笑みを振り撒く。
 そして磯野は、改めて高らかに宣言した。

『では――デュエル開始ィィッッ!!!』



絵空のLP:4000
ヴァルドーのLP:4000



「――では……私の先攻で。ドロー」
 6枚の手札を眺めると、ヴァルドーはゆっくりと2枚のカードを選ぶ。
「では、私はカードを1枚セットし……『ライトロード・ハンター ライコウ』を守備表示。これでターン終了としましょう」
 鎧をまとった白い猟犬を出し、ヴァルドーは速やかにターンを譲った。


<神里絵空>
LP:4000
 場:
手札:5枚
<ヴァルドー>
LP:4000
 場:ライトロード・ハンター ライコウ,伏せカード1枚
手札:4枚


(……わっ、白いワンコだ。カワイイ……ナデナデしたい……)
『(……ふざけてないで真面目にやりなさい)』
 天恵に言われて正気に戻ると、絵空は気持ちを入れ直してカードを引く。
「わたしのターン、ドローっ!!」
 そして引いたカードを見て、思わず笑みを零した。

 ドローカード:偉大(グレート)魔獣 ガーゼット

(ヴァルドーさんの守備モンスターの守備力はわずか100……何か特殊能力があるはず)
 “ライトロード”とは、聞いたことの無いカード名だが――絵空は怯まず、攻勢をとる。
「わたしは『忍者マスターSASUKE』を召喚! 攻撃表示っ!」
 身軽な忍者戦士が現れ、両手にクナイを構え、攻撃姿勢をとった。


忍者マスターSASUKE  /光
★★★★
【戦士族】
このカードが守備表示モンスターを攻撃した場合、
ダメージ計算を行わずそのモンスターを破壊する。
攻1800  守1000



「ごめんねワンちゃん! SASUKEで攻撃するよっ!!」
 忍者は高く跳躍し、両のクナイを投げつける――だがその瞬間、“ライコウ”が眩い光を発した。

 ――カァアァァァァァァッ!!

「臆せず攻撃してきますか……。しかしそれにより、私の“ライコウ”は表側表示となり――効果が発動します」

 ――ズドドッッ!!

 2本のクナイは光を突き抜け、“ライコウ”を破壊する――しかし“光”は場に留まり、効果を発揮する。
「『ライトロード・ハンター ライコウ』の効果……場のカード1枚を選択し、破壊することができます」
「!? げ……っ」
 予想よりも強力な効果に、絵空は表情を歪ませた。


ライトロード・ハンター ライコウ  /光
★★
【獣族】
このカードが表になったとき、効果を発動する。
フィールド上のカードを1枚破壊する事ができる。
自分のデッキの上からカードを3枚墓地に送る。
攻 200  守 100


「――が……やめておきましょう。私は“ライコウ”の破壊効果を使わないことにします」
「!? へ……っ?」
 鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする絵空。
 てっきり“SASUKE”を破壊されると思ったのだが――というか、破壊しない意図が分からない。
「ああ……それから、もうひとつ効果があります。“ライコウ”が表になったとき、自分のデッキの上から3枚を墓地に送る……こちらは強制効果ですので、考えるまでもないですね」
 ヴァルドーは、デッキの上から3枚をめくる。
 光属性モンスターが1体に、闇属性モンスターが2体――それを表情に出さず、速やかに墓地へ送る。
(…………。もしかしてこの人、勝つ気ないのかな? 自分が負ける、とか言ってたし……)
『(そんなの分からないわよ。コントロール奪取系のカードを使って、SASUKEを奪うつもりかも知れないし)』
 なるほど――と呟くと、絵空は手札から罠カードを選ぶ。
「それなら、カードを1枚セットして……ターン終了だよ!」
 迎撃用のトラップを場に用意し、絵空は元気良くターンを終えた。



<神里絵空>
LP:4000
 場:忍者マスターSASUKE,伏せカード1枚
手札:4枚
<ヴァルドー>
LP:4000
 場:伏せカード1枚
手札:4枚



 会場内には不穏な空気が流れ始めていた。
 デュエル開始前の発言といい、もしやヴァルドーには、まともにデュエルをする気が無いのではなかろうか――と。
 しかし、
「では……私のターン、ドロー」
 ヴァルドーがカードを引いた、その次の瞬間、


 ――カァァァァァァァァッ……!!!


 ヴァルドーのフィールドに、2本の光柱が立つ――1つは黄金、もう1つは漆黒。
「!!? えっ、これって……」
 絵空はぽかんと口を開ける、見覚えのある光景に。ヴァルドーが召喚しようとしているモンスターに、心当たりがあった。
「私は……そうですね、『ライトロード・ハンター ライコウ』と『D.D.クロウ』にしましょうか。墓地の光属性・闇属性モンスターを1体ずつ除外し、手札から特殊召喚を行います」
 2つの光が混ざり合う。
 黄金に漆黒が混ざり、濁る――しかし黄金が強みを増し、一本の太い光柱となる。
 そして強みを増した黄金の中に、1人の“混沌戦士”が現れた。
「特殊召喚――『カオス・ソルジャー −開闢の使者−』」
「!!? な……っっ!?」
 驚きのあまり、絵空は両目を見開いた。


カオス・ソルジャー −開闢の使者−  /光
★★★★★★★★
【戦士族】
このカードは通常召喚できない。
自分の墓地の光属性と闇属性モンスターを1体ずつゲームから除外して
特殊召喚する。自分のターンに1度だけ、次の効果から1つを選択して
発動ができる。
●フィールド上に存在するモンスター1体をゲームから除外する。
この効果を発動する場合、このターンこのカードは攻撃する事ができない。
●このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊した場合、
もう1度だけ続けて攻撃を行う事ができる。
攻3000  守2500


(“開闢の使者”……!? まさか、こんなことって……)
 いや、あり得ない事態ではない。
 噂によれば『カオス・ソルジャー −開闢の使者−』は、世界に5枚しか存在しない超レアカード――逆に言えば、それだけの枚数が存在するカードなのだ。
 バトル・シティと言えば今や、世界でも名高い大会だ。そのような超レアカードを所有するデュエリストが出場していても、全くおかしい話ではない。
(……でも……“開闢の使者”じゃない、んだよね)
 絵空は現実を受け止め、状況を冷静に分析した。
 同名カードを所持する絵空だからこそ知る情報――『カオス・ソルジャー −開闢の使者−』には、決闘盤が儀式モンスター『カオス・ソルジャー』として誤認識してしまう不具合がある。加えて、場に存在できるのは1ターンのみという限定条件付きなのだ。
(効果発動できないし、わたしにはトラップがある……! 対処は十分できる!!)
 絵空の口から、思わず笑みがこぼれる。
 ヴァルドーはそれに構わず、変わらず穏やかに宣言した。
「では……『カオス・ソルジャー −開闢の使者−』で、『忍者マスターSASUKE』を攻撃します」
 混沌戦士は剣を構え、攻撃体勢をとる――待ってましたとばかりに、絵空は伏せカードを開いた。
「させないよ! 手札を1枚捨てて――トラップオープン! 『サンダー・ブレイク』っ!!」


サンダー・ブレイク
(罠カード)
手札からカードを1枚捨てる。
フィールド上のカード1枚を破壊する。


「このトラップは、手札コストを払う代わりに、場のカード1枚を問答無用で破壊できる……! わたしはこの効果で『カオス・ソルジャー』を破壊っ!!」

 ――ズガァァァァァンッッ!!!

 雷鳴とともに、稲妻が落ちる――それは混沌戦士に直撃し、爆煙を巻き起こした。
(『カオス・ソルジャー』は放っておいても墓地にいくけど……この方がモンスターを守れるし、ダメージも防げるもんね)
 したり顔で、絵空は煙が晴れるのを待つ――そして、信じられないモノを見た。



<神里絵空>
LP:4000
 場:忍者マスターSASUKE
手札:3枚
<ヴァルドー>
LP:4000
 場:カオス・ソルジャー −開闢の使者−,伏せカード1枚
手札:4枚



「!!? は、破壊できてない!? どうして――」
 絵空は大きく動揺する。
 今、このデュエルフィールド上では――あり得ない“異変”が起きていた。



カオス・ソルジャー −開闢の使者−  /
★★★★★★★★
幻神獣族
このカードは通常召喚できない。
自分の墓地の光属性と闇属性モンスターを1体ずつゲームから除外して
特殊召喚する。自分のターンに1度だけ、次の効果から1つを選択して
発動ができる。
●フィールド上に存在するモンスター1体をゲームから除外する。
この効果を発動する場合、このターンこのカードは攻撃する事ができない。
●このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊した場合、
もう1度だけ続けて攻撃を行う事ができる。
攻3000  守2500



「えっ……なに!? どーゆーこと!?」
 理解が全く追いつかない。
 そして狼狽する絵空を見ながら――ヴァルドーは笑う。先ほどまでとは違い、嘲るようにほくそ笑む。
「行きなさい、我が“精霊(カー)”……カオス・ブレード!」

 ――ズバァァァァァッッ!!!

 絵空の場の忍者戦士が、真っ二つに両断される――2体の攻撃力差分だけ、絵空はダメージを受ける。

 絵空のLP:4000→2800

「……そしてこれにより、“開闢の使者”の効果発動。戦闘により相手モンスターを破壊したとき、もう1度だけ続けて攻撃ができます」
「……!? なっ……」
 1度は振り下ろした剣を、混沌戦士は再び振り上げる――もはや守るものなど何も無い、無防備な少女に容赦なく。
「――時空突破・開闢双破斬!!」

 ――ズバァァァァァァァッッ!!!

 無慈悲な刃が、絵空を袈裟(けさ)に両断する。絵空はたまらず尻餅をついた。

 ――出来る抵抗は無かった。

 絵空のライフポイントから、その攻撃力分――3000ポイントのライフが削られる。
 決闘盤のライフ表示が、激しく変動していた。
(……負け……た……?)
 信じられない――開始わずか3ターンで、よく分からないうちに終わってしまった。

 会場が大きくざわめく。
 一体何が起こっているのか――みな一様に混乱する。

 ――『カオス・ソルジャー −開闢の使者−』……一体このカードは何なのか?
 ――なぜ絵空のトラップが効かなかったのか?
 ―― 一瞬で4000以上のダメージを叩き出す、常識外れのその能力は一体?

 ――そして……今現在、ヴァルドーの場で発動しているトラップカードは、どういうことなのか?


「――……へ……っっ?」
 絵空は再び、信じられないものを見た。
 恐らくは“開闢の使者”の、2回目の攻撃の寸前に発動していたのだろう――理解不能な罠カードを。


ギフトカード
(罠カード)
相手は3000ライフポイント回復する。



 絵空のLP:2800→5800→2800


 ヴァルドーは再び“友好”の笑みを浮かべた。
 無様に座り込んだ、無力な少女にではなく――“もうひとり”の少女に向けて。
『(何だか分からないけど……助かったわね)』
「………………」
『(どういう意図かは知らないけど……これはチャンスよ。ライフが残っている以上、まだ――)』
「………………」
『(――……? もうひとりの私……?)』
 座り込んだまま、ほとんど身じろぎせずに、絵空は呂律の回らぬ舌で、何とか言葉を吐き出した。
「……うごけ……にゃい……」
 全身に力が入らない。意思が体に伝わらない。


「――断ち斬らせて頂きました……その少女の、魂と肉体の繋がりを。私の“剣”の力で……ね」


 悪意の見えぬ笑顔で、ヴァルドーは少女に語り掛ける。
 体が動かぬばかりか、思考までも麻痺し、意識が薄れ――絵空の頭がかくりと垂れる。
 同時に、目の前に置かれた“千年聖書”のウジャトが輝き――天恵が、その肉体のコントロールを得た。

「――絵空っ!! しっかりしなさい絵空!! 絵空っ!!!」

 我を失い、天恵は必死に呼びかける。
 しかし返事は無い。最悪の事態が、天恵の脳裏を掠める。
「――ああ……心配は要りませんよ。完全に断ち斬ったわけではありませんので。ただ、アナタとは二人きりでお話がしたかったもので……ね」
 ヴァルドーは穏やかに告げる。
 だが、天恵は顔を上げると――明確な“敵意”を瞳に宿した。片手をついて立ち上がり、彼を改めて見据え、睨む。
「あなたは……何者? ガオス・ランバートの手の者ね?」
 ヴァルドーは涼しい顔で、首を横に振った。
「……そうですね……では、改めて自己紹介をいたしましょう」
 右腕をかざす。すると、その手のひらが黄金の輝きをまとい――体外へ放出され、“剣”の形を成す。
 黄金に輝き、火花さえ散らす“それ”を右手に携え――平然と、当然のようにヴァルドーは言葉を続けた。
「私の名は“ヴァルドー”……。今より四千年の昔、不世出の天才魔術師“シャイ”が世に生み出した“三大魔術遺産”が一つ。人造人間(ホムンクルス)――“開闢の剣”ヴァルドー」
 信じられない単語を聞き、天恵は思わず繰り返した。
「……ホムン……クルス……!??」
 不気味なほどに表情を歪め、ヴァルドーは少女に“親愛”を示す。

「君の兄ですよ――“終焉の翼”ティルス」

 世界で唯一の“同胞”に対し、ヴァルドーは惜しみない笑みを送った。


<月村天恵>
LP:2800
 場:
手札:3枚
<ヴァルドー>
LP:4000
 場:カオス・ソルジャー −開闢の使者−
手札:4枚





決闘94 人工の華

「――“終焉の翼”……? “ティルス”?」
 何の話をしているか分からず、ヴァルドーが発したその言葉を、天恵は思わず繰り返す。
 そしてハッとして、周囲を見回した。
 このデュエルフィールドの様子を眺め、観客は大いに騒いでいる。“ガオス・ランバート”や“ホムンクルス”、一般人に容易に聞かせるべきではない単語が 筒抜けになってしまったのではないか、加えてヴァルドーが異形の力で出現させた“光の剣”――周囲の反応を案じ、天恵は焦る。

「――ああ……ご心配には及びません。言ったでしょう? “二人きりでお話がしたかった”とね」

 右手に“剣”を持ったまま、ニコニコと、ヴァルドーは満面の笑みを向けてくる。
 実際、観客が今騒いでいるのは、彼の手により披露された、劇的なカードプレイングに対するものだった。彼が発した、いくつもの問題発言に対するものではない。
「……私は“空間”干渉型の魔術が得意でしてね。我々2人の周囲に、特殊な“結界”を張りました。周囲の人間の目には……そこの審判さんにさえ、我々のや り取りはデュエル以外、基本的に認識されません。この“剣”を含めてね。私の登場が少し遅れたのも、その準備のためでして……心配はご無用です」
 常軌を逸したヴァルドーの発言に、天恵は視線を逸らし、審判・磯野の様子を窺う。
 なるほど、ヴァルドーの“ホムンクルス”発言や“光の剣”に動じた様子もなく、胸を張ってその場に屹立(きつりつ)している。
「ちなみに、先ほど私の“剣”で斬り離した少女にも、これからのやり取りは当然認識されません。これで、周囲を気にせず……存分に会話ができます。……あなたも、その方がよろしいでしょう? “お友達”も沢山いらっしゃるようですし」
「……!!」
 天恵は顔をしかめた。
 しかし、確かにヴァルドーの言う通り、天恵はこの状況を好都合に捉えた。
 自分が守りたい“秘密”を、みんなに知られずに済むから――もっともそれが彼女にとって、本当に好ましいかどうかは別問題なのだが。
(……まあ当然、例外は存在するのですが……ね)
 ヴァルドーはふと視線を逸らし、観客席の一角を一瞥する――その先には天恵も知る男、ガオス・ランバートの姿がある。彼こそは、天恵・ヴァルドーを除き、2人のやり取りを正しく認識できる、唯一の存在だった。






「――何なんだアイツ……!? 一瞬で神里を倒したかと思ったら、わざわざ回復して……一体何がしてえんだ!?」
 デュエルフィールド下で、城之内がたまらず騒ぐ。
 その隣の舞も、“信じられない”とばかりに呆気にとられていた。
(私に勝ったあの娘が、瞬殺……!? 何なのよ、あの男!?)
 思わず両手を握り締める。悔しさが沸き、舞は顔をしかめる。

(『カオス・ソルジャー −開闢の使者−』……! あのヴァルドーという男、何故あのカードを持っている!?)
 月村も同様に驚愕する。
 月村もかつて、ペガサスからそれを譲り受け、所持していたことがある――その際、ペガサスから聞いた話によれば、『カオス・ソルジャー −開闢の使者−』の存在数は5枚のみだ。
 1枚はペガサス、もう1枚はガオス、そして残る3枚は、そのカードのモデルとなった“青年”に渡した――そう聞いている。
(……ということは、まさか彼が、ペガサス会長の言っていた……!?)
 月村は唾を飲み込む。
 なるほど、あの超強力カードを手足の如く振り回し、絵空を追い込む大胆なプレイング――その後の『ギフトカード』の真意は読めないが、常軌を逸している。
 彼こそが、恐らく――そう思わせるだけのものを、月村は感じた。

「……? でも、どうしたんだろう? あのヴァルドーっていう人、圧倒的に優勢なのに、考え込んでる……?」
 獏良が首を傾げる。実際、同じことを感じ始めている観客は少なからずいた。

 ヴァルドーが話した通り、観戦者には、上での2人のやり取りを正しく認識できていない――ガオス・ランバート以外には。カメラなどの機器を通し、離れた場所から映像として観戦する者も含めて。

 そして当然“彼”にも――デュエルフィールド上での事態は、全く認識できていなかった。
(あのヴァルドーっていう人……一体何を……?)
 無論、その流れに疑問は抱く。だが遊戯にも――ヴァルドーが施したその仕掛けに、気付くことはできない。






 そんな遊戯の様子を、ヴァルドーは一瞥し、ほくそ笑んだ。
(この結界を看破するには、相応の“魔力(ヘカ)”が必要……。たとえ資質を持とうとも、魔術の心得がない者に、見破ることはまず不可能。ましてや、一切の“魔力”を持たぬ者では……どれ程の“魂(バー)”を持とうが、ね)
 これで警戒すべき障害は、一つ無力化できた――そう思い、ヴァルドーは再び天恵に向き直る。
「……さて、話を戻しましょう。貴女は私と同じ、四千年前、シャイの手により生み出されたホムンクルス――“ティルス”。私の後継型……と言っても良いでしょうね」
 天恵は理解できない、彼の言葉が。
 何故なら“あり得ない”から――そんなことは、あり得るはずがないのだから。
「……あなたは一体……何を言っているの……?」
 胸に手を当て、説明する。訴える。
「私は天恵……月村天恵! 18年前、“月村浩一”と“月村秋葉(あきは)”の間に生まれた――“人間”よ!」
 それを聞き、ヴァルドーは小首を傾げてみせた。

「――“月村天恵”……? “神里絵空”ではなくて?」

 その一言に、ギクリとする。少女の鼓動が、わずかに速まる。
 そんな天恵を見つめながら、ヴァルドーはにこやかに微笑んでみせた。
「……ああ……そうか、そうでしたね。貴女は“まだ”月村天恵なのでした。これは失礼」
 クスクスと笑みを零す。その態度に、天恵は確かな“不快”を感じた。
 そして同時に、懸念を覚える。“まだ”――ヴァルドーの発した、そのたった一単語が、彼女の心に引っ掛かる。
「つまり何が言いたいの……!? 目的は何!? 私の動揺を誘ってるの!? そんな出任せを並べても、私は――」

「――ターンエンド」

 声を荒げる天恵とは対照的に、ヴァルドーは穏やかにそう告げる。
 その一言で毒気を抜かれ、天恵は呆然とさせられた。
「……失礼。私の張った結界には本来、“時間”の流れを緩和する効果もあるのですが……如何せん、そちらは専門外でしてね。“時間”に干渉する“闇魔術”に関して、私はあまり得意ではないのです」
 ヴァルドーは“光の剣”を逆手に持ち替え、デュエルフィールドに突き刺した。
 彼の手を離れても尚、“剣”は光り輝き、火花を散らしている。
「……そんなわけで、デュエルと同時進行の対話となってしまうのですが……悪しからず、ご了承ください」
「………………」
 天恵は我に返り、気を持ち直す。

 そうだ、今はデュエル中なのだ――相手の言葉を聞く必要などない。
 デュエルが終われば、それで終わり。もう、目の前の男と対峙する理由も無い。
 絵空に代わって、デュエルを勝利に導く――それこそが、いま自分にとって成すべきこと。
 そのために天恵は、改めて場の状況を見返した。


<月村天恵>
LP:2800
 場:
手札:3枚
<ヴァルドー>
LP:4000
 場:カオス・ソルジャー −開闢の使者−
手札:4枚



(……! 相手の場に伏せカードは無し、これなら……!)
「私のターン、ドローっ!」

 ドローカード:氷帝メビウス

 天恵が引き当てたのは、この状況では役立たぬ上級モンスター。
 しかし、問題ない――彼女の手札にはすでに、この戦況を打開可能なカードが揃っている。
(……さっきのターン、『カオス・ソルジャー −開闢の使者−』には『サンダー・ブレイク』が通じなかった……)
 その理由に、天恵は薄々感づいていた。
 恐らくは、予選のときの自分と同じ――カードの“神化”。『混沌帝龍(カオス・エンペラー・ドラゴン) −終焉の使者−』に起こったものと、同じ現象だろうと。
(“神”は比類無い“耐性”を持つカード……カード効果による対策は難しい。けれど)
 死角はある。“神”の備える耐性は所詮、カード効果に対するもの――戦闘に対するものではない。
 ならば、
「私はライフを1000支払い――マジック発動! 『簡易融合(インスタント・フュージョン)』ッ!!」

 天恵のLP:2800→1800



簡易融合
(魔法カード)
1000ライフポイントを払う。
レベル5以下の融合モンスター1体を特殊召喚する。
この効果で特殊召喚した融合モンスターは
攻撃する事ができず、エンドフェイズ時に破壊する。
「簡易融合」は1ターンに1度しか発動できない。
(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)


「この効果により私は、レベル5の融合モンスターを喚び出す! 特殊召喚――『黒き人食い鮫』!!」


黒き人食い鮫  /水
★★★★★
【魚族】
「シーカーメン」+「キラー・ブロッブ」+「海原の女戦士」
攻2100  守1300


 漆黒の巨大鮫が現れ、ヴァルドーを睨む。しかしすぐに、光の渦に包まれて姿を消した。
「……そして私は、この融合モンスターを生け贄に捧げて――」
 満を持して、天恵はその切札をセットする。
 巨大な体躯の魔獣が現れ、荒々しい咆哮を上げた。
「――召喚! 『偉大魔獣 ガーゼット』ッ!!」


偉大魔獣 ガーゼット  /闇
★★★★★★
【悪魔族】
このカードの攻撃力は、生け贄召喚時に
生け贄に捧げたモンスター1体の元々の
攻撃力を倍にした数値になる。
攻 0  守 0


「ガーゼットの攻撃力は、生け贄に捧げたモンスターの、元々の攻撃力の2倍……! つまり、4200ポイント!」

 偉大魔獣 ガーゼット:攻0→攻4200

 自信ありげに、天恵は宣言する。
 その自信の源は、ヴァルドーの場に伏せカードが無い点。よって彼には、打てる対抗策など無いはずだ――と。


<月村天恵>
LP:1800
 場:偉大魔獣 ガーゼット(攻4200)
手札:2枚
<ヴァルドー>
LP:4000
 場:カオス・ソルジャー −開闢の使者−
手札:4枚


(ここで“開闢の使者”を破壊すれば――まだいける! 戦況を覆せる!)
 勝機を見出し、天恵はわずかに笑みを漏らす。
 そんな彼女を嗤(わら)うかのように――ヴァルドーは平然と語った。
「……ガーゼット……ああ、それですか。たしか貴女が昔、“神里絵空”に与えたカード……だったでしょうか?」
「……!?」
 天恵は思わず眉根を寄せる。

 このヴァルドーという男は何をどこまで知っているのか、そして、彼の言葉はどこまで信じて良いのか――それが分からない。判断できない。

「……っ! いって、ガーゼット! 『カオス・ソルジャー −開闢の使者−』を攻撃っ!!」
 投げ槍気味に、天恵は攻撃を宣言する。
 ガーゼットは重々しく地を駆け、巨大な右拳を振り上げた。
 対するヴァルドーは、
(――ダメだなあ……それじゃあ)
 瞳に失望を宿した。
 そしてゆっくりと、手札に視線を下ろす。
(……このターンで終わらせることもできますが……)
 しかし、それでは意味がない。ヴァルドーが抱く、このデュエルの目的――それは、勝利以外のところにある。
 ヴァルドーは思考の末、その手札から視線を外した。ガーゼットが肉薄し、その拳を振るう。

 ――ガキィィィィッッ!!!!!

 ガーゼットの拳が、“開闢の使者”に叩きつけられた――かに見えた。
「……よし! これで“開闢の使者”を撃――」
 天恵の言葉が、途中で止まる。
 ガーゼットの拳は届いていない――“開闢の使者”の目の前で、半透明の“盾持ち”により防がれていた。
「……まあ、ここは止めておきましょう。墓地の『ネクロ・ガードナー』を除外し、効果発動。ガーゼットの攻撃を無効といたします」
 軽い口調であっさりと、ヴァルドーは天恵にそう告げた。


ネクロ・ガードナー  /闇
★★★
【戦士族】
自分の墓地に存在するこのカードをゲームから除外して発動する。
相手モンスターの攻撃を1度だけ無効にする。
攻 600  守1300


「ネ、『ネクロ・ガードナー』……!? そんなカード、いつの間に墓地に……」
 天恵は咄嗟に反芻する。
 デュエル開始からわずか4ターン目、この短い間に墓地へ送れるタイミングは――『ライトロード・ハンター ライコウ』の効果以外に無い。つまりは、デッキから“偶然”墓地へ送られたカードということ。
(……まずい、このままじゃ……!)
 自身の不運を呪いながら、天恵は息を詰まらせる。
 “開闢の使者”の特殊能力を踏まえれば、次のターン、ガーゼットは確実に処理されるだろう。そして彼女のライフは最早、1800しか残っていない。
 こんな時こそトラップを張り、相手を牽制したいのだが――生憎、今の天恵の手札には無い。いやそもそも、このターンに出せるカードは、もう1枚も存在していなかった。


<月村天恵>
LP:1800
 場:偉大魔獣 ガーゼット(攻4200)
手札:2枚
<ヴァルドー>
LP:4000
 場:カオス・ソルジャー −開闢の使者−
手札:4枚


(次のターンを生き延びられる……!? いや、生き延びたとしても致命傷は必至。手札も少ない。その後で逆転が……“開闢の使者”を倒すすべが、あるの……!?)
 エンド宣言以外の選択肢を失い、天恵は表情を強張らせる。
 そんな彼女をなだめるかのように、ヴァルドーは穏やかに言葉を紡ぐ。
「――“ガーゼット”……面白いですね、そのカード。耐性は弱く、状況を選びますが……大きな犠牲を捧げるほどに、より大きな力を得られる。上等な生け贄さえ捧げれば……“神”をも超え得るモンスター。まさに“神殺し”とでも呼ぶべき存在かも知れません」
 そこで一度ことばを区切り、ヴァルドーは意味ありげに天恵を見つめた。

「とても良いカードだ――“まるで貴女のようで”」
「……!?」

 天恵の心が揺さぶられる。

 ――私のよう?
 ――どこが?
 ――このモンスターが……私と、同じ……?

 少女の動揺を見透かし、ヴァルドーは嬉しげに微笑んだ。
「“神殺し”――それこそが、私達が生み出された契機たる動機だ。今より四千年の昔、浅ましき王が抱いた“強欲”……それにより、“シャイ”の人生は大きく狂わされた」
「……かみ……ごろし……!?」
 追い詰められた末に、無意識に、天恵はヴァルドーの言葉に耳を傾け始める。


 ――この瞬間から……彼女の自我の崩壊まで、もう何分も残されてはいない。







 今より約四千年前――紀元前20××年、エジプト第11王朝にて。

 ある日、王(ファラオ)は神官長を呼びつけ、こう問い掛けた。
「我は何ぞや」
 と。
 神官長“シャイ”は逡巡なく答える。
「王にございます」
 と。王は再度問い掛けた。
「さらば、王とは何ぞや?」
 わずかな思考を介し、しかし当然の如く、シャイは語った。
「王は全てを統べる者。全ての上に立ち、君臨する者にございます」
 と。
 さらば――と、王は問いを重ねる。
「――さらば王と神は、いずれが優っておろうか?」
 シャイは僅かに眉根を寄せた。
 王は歴代ファラオの中でも、とりわけ猜疑心と独占欲の強き男であった。
 シャイが答えるより早く、王は興奮気味にこう続けた。
「王とて人に過ぎぬ。剣に斬られれば傷つき、槍に突かれれば死ぬ。脆弱なり」
 王はシャイを見据え、こう言った。
「我を王とせよ。全ての上に君臨し、神さえも殺す力を――我を、“真なる王”とせよ!!」
 他者を信じぬが故に抱いた、浅ましき強欲――しかしシャイとて、興味が無いわけではなかった。

 人間の可能性――人間とは果たして、どこまで高く飛べるものなのか?

 比類なき天才、故にシャイは、密かな傲慢を抱えていた。
 シャイは承り、その研究に着手し始める。
 その結果、自身の人生を大きく狂わせることになるとは――当時の彼にはまだ、想像できていなかった。




決闘95 天恵崩壊


 ――人が神に届こうなど、やはり悪魔の所業に他ならなかったのだ

 ――許せ村の者達よ、私にはもはや猶予が無い
 ――王の気に召す研究成果を示せなければ、私は掛け替え無き大切な者達を失うこととなる

 ――汝らの死は無駄にはしない
 ――汝ら99の死は、“闇世界”への扉を開き、我が錬金術に不可欠な“火種”をもたらしてくれる
 ――これに成功さえすれば、王は自らの“時”を支配し、魂を“黄金”に輝かせることだろう

 ――願わくはそれがせめて、あの下種な王の魂を浄め、この国を正道へと導かんことを





 ――妻も、父も、母も、息子も、娘も
 ――みな処刑された
 ――私だけが生き残ってしまった

 ――何故だ、何が間違っていた?

 ――人間の魂には実に“千年”分の寿命がある
 ――それを加速し、魂を輝かせる……何が誤っていた? 理論のどこに狂いがあった?

 ――“王殺し”だと?
 ――ならば貴様らは何だ
 ――笑わせるな

 ――愚かなる者よ
 ――怠惰なる者よ
 ――妬ましき者よ

 ――私は必ず戻って来る
 ――この国を焼きに
 ――貴様らを裁きに

 ――我が愛しき者達の魂を、せめて貴様らの血で鎮めよう





 ――“魂(バー)”の強さとは即ち、“質”と“量”の乗算によるものなのだ

 ――過剰な力はその者の精神を傲慢にし、“魂”の“質”を急落させる
 ――それが誤算か

 ――愚劣なるあの王の精神は、加速した“魂”を御せず、その質を下げ、ただただ時を速め過ぎたのだ


 ――“魂”の加速による精神汚染、これを克服する手段が必要だ

 ――また、肉体に留められる“魂”の量にも限界がある
 ――恐らく、あのとき王を包んだ鈍色の光は、あの男の“魂”そのものだったのだろう
 ――飽和した“魂”を体外へと垂れ流すのは自殺行為、命を流し捨てるのと同義だ

 ――飽和した“魂”を体外で固定化し、留める手段が必要か
 ――これは上手くすれば、第一の問題を解決する手段ともなり得よう
 ――“魂”を体内ではなく、体外に発現し停滞させることにより、術者への精神負担を大幅に軽減するのだ





 ――被験体がまた死んだ
 ――脆い、脆すぎる
 ――人間とは何と微弱な生物なのだろうか

 人間は“神”を超えられぬ――それが真理だというのか?

 ――しかし、かつてエジプト第一王朝には、魂に“太陽”を宿した王がいたと聞く
 ――“魂”の量は、基本的に先天だ
 ――彼は恐らく、突然変異として生まれた、一種の天才だったのだろう

 ――粗悪な被験体では、研究が遅々として進まない
 ――私自身で試せれば良いのだが……まだまだリスクが高すぎる

 ――何か良い手段はないものだろうか





 ――我が肉体と魂の一部から、人間を造ることに成功した

 ――造れる数に限りはあろうが、“魂”・“魔力(ヘカ)”ともに、私に近い“質”を備えている
 ――自我の目覚めが不十分なので、反発を受ける恐れも少なかろう
 ――実に好都合だ

 ――試作体“ヴァルドー”、我が復讐の“始まり”のホムンクルスよ

 ――恐らく長くは生きられまいが、実験素材としては十分だろう





 ――寄り道と思われたホムンクルス製造は、想定外の進捗をもたらしてくれた

 ――不十分な“魂”から生み出される故か、あるいは私の“魂”の隠れた性質なのだろうか?
 ――摂理を外れ、生まれた“ヴァルドー”には、他の魂を“捕食”する性質が有るようだ

 ――他者の命を搾取し、半永久的に生きられる“怪物”

 ――素晴らしい

 ――このホムンクルスこそが、“神殺し”の力を得るべき“新人類”に違いない





 ――付近の集落の人間達と、製造に失敗したホムンクルス、併せて99体を殺し、“ヴァルドー”に2つの魔術を掛けた

 ――自らの時を操り、“魂”を加速する呪法
 ――放出した“魂”を何らかの形で具現化し、固定化させる特殊な“魔力”

 ――永遠を生き得る“ヴァルドー”ならば、この2つを使いこなし、“神殺し”への到達も可能なはずだ

 ――我が希求に届き得るか否か……しかと確かめさせてもらおう





 ――“魂”の加速度が想定より上がらない、これでは駄目だ

 ――人間を遥かに超えてはいるが、“神殺し”には到底足るまい
 ――ホムンクルスなどという、人間以下の紛い物を混ぜたのが失敗だったか

 ――生け贄はやはり全て、本物の人間が望ましいのだろうか





 ――“ヴァルドー”を使い、村を一つ殺した

 ――“ヴァルドー”単体でもすでに、王国を滅ぼす程度の力はあろう。だがそれでは駄目だ
 ――あの王が望んだ、圧倒的な“神殺し”の力で滅ぼしてこそ、我が復讐は完遂される

 ――第二のホムンクルス“ティルス”よ……今度こそ我が望みに“終焉”をもたらせ





 ――“ティルス”も失敗だ、無闇に出力を上げすぎたらしい

 ――恐らく“魔力”が足りぬのだろう
 ――“魂”を加速するあの呪法は、加速するほどに強い“魔力”を要するのだ
 ――そのための“魔力”をどのように捻出するか……厄介な問題だが、これさえ解決すれば今度こそ“神殺し”に到達できるはずだ

 ――“ティルス”はもう長くあるまい
 ――しかし貴重な失敗作だ
 ――息絶える前に、様々な実験を試しておかねば





 ――ヴァルドーが私の命令に背いた。

 ――ティルスの実験に異を唱えたのだ。妙な仲間意識を抱いたらしい

 ――人形風情が生意気な。ホムンクルスにも自我は生まれるということか
 ――ヴァルドーの力は大したものだが、所詮はそれだけだ。数多の魔術を知る私の敵ではない
 ――少々手こずりはしたが、鎖をつけて厳重に拘束した

 ――洗脳術を試みるか、廃棄して造り直すか……検討の余地があろう

 ――ティルスももう用済みだ。試すべき実験もおおよそ終えた。十分な情報が得られた

 ――この私自らの手で、そろそろ処分するとしよう







<月村天恵>
LP:1800
 場:偉大魔獣 ガーゼット(攻4200)
手札:2枚
<ヴァルドー>
LP:4000
 場:カオス・ソルジャー −開闢の使者−
手札:4枚


「――魔術師“シャイ”は“神殺し”の幻想に囚われ、復讐のために我々を生み出した。そして狂った研究の果て、殺されたのです……ティルス、貴女の“翼”によってね」
 呆然と、天恵はヴァルドーの言葉に聞き入った。
 理解が全く追いつかない。息苦しくて、頭が痛い。そして何故か、背中がちりちりと熱かった。
「貴女に殺意があったのか、それとも事故による殺害か……それは私にも分かりません。ただ……罪の意識など感じる必要はないと思いますよ。彼は“闇の錬金 術”に溺れ、あまりにも狂い過ぎていた。むしろ殺すことこそが慈悲だったでしょう。それに貴女自身――そのすぐ後に絶命している。己の力を制御できず に……ね」
「……!? 絶……命?」
 彼のその言葉に、天恵は唖然とする。

 ――ヴァルドーが語る“ティルス”という者は死んでいる……ならば何故、ヴァルドーは私を“ティルス”と呼ぶのか?

 天恵の脳裏に、一つの単語が思い浮かぶ。そして、恐る恐る口にした。
「……生まれ変わり……?」
 と、震える声で。

 ――四千年前に生み出された、“人造人間(ホムンクルス)”の生まれ変わり?
 ――だから私は、ゾークに選ばれた?
 ――『混沌帝龍−終焉の使者−』……あのような“怪物”を魂に宿し、
 ――今のような状況に立たされている?

 彼女の問いに対し、ヴァルドーはわざとらしく、悩むような仕草をしてみせた。
「“生まれ変わり”……ですか。無論、言葉の定義にもよりますが……その表現は恐らくハズレですねぇ」
 微笑みながら、ヴァルドーは天恵に対し、言葉を続ける。
「摂理を外れ、生み出された私達には……“帰るべき場所”などありはしない。魂は永遠に“現世”を彷徨い続ける」

 ――人間の魂は本来、死後、“冥界”へと旅立ち……“千年”の旅を経、現世に戻る
 ――旅の中で、前世の穢(けが)れと記憶を洗い浄め、別人として生まれ変わる

「……私はこの肉体で、四千年の時を生きてきました。もっとも、作り物の肉体とはいえ、それだけ長いと色々不具合は出るものでね……特殊な魔術により、肉 体を保持・強化していますが。顔は定期的に変えています……ずっと同じだと飽きますから。最後に造り変えたのは100年……いや、200年前だったか な?」
 “結構気に入っているんですよ、今の顔”――嬉々としてそう語るヴァルドーに、天恵は寒気を覚えた。
 彼にとって顔とは、“仮面”としての意味しか持たない。ならば今見せている微笑みは、本当に彼の心情を投影しているのか――それすらも疑わしい。
「――しかし、貴女は違う。ただの人間の肉体に“永遠”は許されていない。その一方で、魂は“冥界”へ旅立てず、永劫に“現世”を彷徨い続ける……」
 “まだ分かりませんか”――そう前置きした上で、ヴァルドーは告げる。

「――貴女は肉体が滅びるたびに、新たな人間の“器”を選び、己の物としてきた。“月村天恵”とは即ち……“ティルス”の死後、“999番目”に選ばれた“器”の名だ。貴女自身の名ではない」

「……九百……九十九……!?」
 途方も無い数字に、天恵は眩暈さえ覚える。
 呼吸が乱れ、頭痛がする。
 けれど天恵は、懸命に反論した。受け入れがたい話に。
「――そんなの……関係ない! 前世なんてどうでもいい! 私は天恵! 月村天恵! 18年前、月村浩一と月村秋葉の間に生まれた――“人間”よ!!」
 怒鳴ったことで息切れする。そんな彼女に対し、ヴァルドーはわざとらしげに小首を傾げた。
「……18年前に生まれた……そうですね。“月村天恵”は確かにそうだ」
 歯に衣着せたような物言い。
 背中がちりちりと熱い。
 まさか――いやそんなハズはない。天恵は自身にそう言い聞かせる。
「貴女自身のことだ……薄々、解っておいでなのでは? だって貴女は“神里絵空”に対し、“同じコト”を望んだのだから」
 もったいつけたように言い、そしてヴァルドーは告げた。

「“月村天恵”が生まれたのは18年前――しかし、その時点で貴女は“月村天恵”ではなかった。この意味、理解できますよね?」
「…………!!」

 戦慄に、天恵の表情が凍りつく。
 しかし気にせず、ヴァルドーは続ける。念を押す。

「貴女が“月村天恵”になったのは8年前……それ以前の肉体が滅びたため、新たな“器”として“彼女”を選んだ。それまでの“月村天恵”の魂を喰い殺し――肉体と記憶を奪った。“月村天恵”として生きるために」

 天恵は微動だにしない。
 そんな彼女を慰めるように、ヴァルドーは優しく語り掛ける。
「罪の意識など要りませんよ……だって貴女は今まで、“いつも”そうしてきたのだから。何の魔術道具も無しに、2つの魂を1つの肉体に留めるなど不可 能……正当防衛とも言えるでしょう。我々ホムンクルスの魂には、他の魂を“捕食”する性質がある。貴女はただ“習性”として、999の魂を、“人生”を 喰ってきた……それは仕方のないことだ。貴女は私のように、一つの肉体には留まれないのですから」

 肉体と記憶を奪い、その人間に“成り済ます”――周囲の人間も、自分すらも気付けぬ変化。

「……気付ける変化があるとすれば、前の“器”の記憶に引きずられた……嗜好の変化。急激にではなく徐々に、人や物の好みが変わり……時には、前の“器”のマネをしたくなったりとか。心当たりはありませんか? 9歳の秋以降に、そういう心境の変化、ありませんでした?」

 9歳の秋――それはつまり母が、月村秋葉が亡くなった頃だ。

 ――私はそのとき初めて……“月村天恵”になった?
 ――では、私が覚えていることは?
 ――9歳の秋……それ以前の、私の思い出は?
 ――紛い物?
 ――母と過ごした日々は……偽り?
 ――私が経験していない……“本物の”月村天恵が過ごした日々?


「――何ソレ……意味分かんない」
 やっとのことで、言葉を吐き出す。

 ――そんなの嘘だ
 ――ヴァルドーは嘘を吐いている
 ――デタラメを並べて、私を動揺させたいだけだ
 ――そのはずだ、そうじゃないわけがない

 ――それなのに……どうして背中が熱い?
 ――なぜ私は、信じてしまいそうになっている?
 ――心当たりが、あるとでも……?

「チガウ……違うッ! 私は天恵よ! “ティルス”なんて知らない!! 私は18年前から……この世に生を受けたときから! “月村天恵”だったッ!!」

 荒く呼吸を乱す。

 ――そうだ……そうなんだ
 ――そうじゃないわけあるわけない
 ――私は……

「――18年前……貴女は子を産んでいましたね。“天恵”という名の子を」
「……!?」

 少女の顔が、再び凍る。

 ――今……ヴァルドーは何と言った?
 ――信じがたいことを
 ――あり得ないことを

「――自ら腹を痛めて産んだ娘は……いかがでした? なかなか住み心地の良い“器”でしたか?」

 世界が、色を失ってゆく。
 灰色に包まれた世界の中で――これ以上無い、残酷な言葉が紡がれる。

「――“月村天恵”。それは貴女が9年前、肉体を失った際に……新たな“器”として選び、喰い殺した“実の娘”の名ではありませんか。ねえ……“月村秋葉”さん?」

 ヴァルドーが放ったその一言は、自失した少女の心を、粉々に打ち砕いた。


<    >
LP:1800
 場:偉大魔獣 ガーゼット(攻4200)
手札:2枚
<ヴァルドー>
LP:4000
 場:カオス・ソルジャー −開闢の使者−
手札:4枚





決闘96 名も無き少女


 ――9歳の秋、10歳を間もなく迎える頃に……月村天恵は“彼女”を、秋葉を失った。

 月村天恵は世界中の誰よりも、“彼女”のことを愛していた。辛いときや悲しいとき、“彼女”はいつも、天恵を優しく抱きしめてくれた。

 ――愛されていると、感じていた。

 “彼女”の温もりに包まれて、育まれて、月村天恵は生きてきた。

 ――だから“秋葉”を亡くしたとき、“彼女”は、世界が終わったようにさえ感じたのだ

 悲しくて、淋しくて、人が死ぬということは、こんなにも辛くて不幸なことなのだと知った。

 だから“彼女”は、強くなろうと思った。

 愛する父の、浩一のために――秋葉の不在を埋めようと。その代わりを務めようと。

 がんばってきた。

 がんばって生きて――そして死んだ、“彼女”は。

 月村天恵として、“彼女”は死んだ。





<    >
LP:1800
 場:偉大魔獣 ガーゼット(攻4200)
手札:2枚
<ヴァルドー>
LP:4000
 場:カオス・ソルジャー −開闢の使者−
手札:4枚



「……私……私は……」
 焦点の定まらぬ眼で、“少女”はか細く呟く。

 ――私は天恵
 ――私はソラエ

 ――私は……ソラエ?
 ――ソラエってダレ?
 ――私が?
 ――私のこと?

 ――ティルスとして生まれ
 ――秋葉として生き?
 ――天恵の記憶を持ち
 ――絵空の肉体に宿る

 ――ティルスであり、秋葉であり、天恵であり、絵空であり
 ――そして、誰でもない

 ――私ハ……ダレ?



「――私のターンです……ドロー」
 錯乱する彼女を前に、ヴァルドーはおもむろにカードを引いた。
 しかし“少女”は反応しない。震える瞳で、あらぬ虚空を見つめている。
「……気付きませんでしたか? 先ほどから審判の方がずっと、貴女のターンの残り時間を宣告していたのですが……」
 ヴァルドーは悪びれた様子もなく説明する。
 しかし彼女に、もはやゲームを続行する余裕などない。気力も残されていない。
 ただ必死に、砕けた心をかき集め、最低限の自我を保つのが精一杯のこと。
 そんな彼女の様子を観察し、ヴァルドーはどこか誇らしげに微笑む。
(理解にもう少し時間がかかるかとも思いましたが……流石はティルス、とても聡明ですね)
「……ふむ。ではもう少し……お話を続けましょうか」
 にっこりと、ヴァルドーは優しく微笑みかける――心を砕かれ、名すら失った“少女”に向けて。
「……貴女はこの4000年間、様々な人間に成り代わり、生きてきた。富豪の娘、平凡な農民、惨めな奴隷、あるいは……己に宿った力を自覚し、“魔女”として生きたこともありましたねぇ」

 ――しかし、そのいずれもが短命……長くて十余年、当たり前の数年、数分で死ぬことさえあった

「――“冥界”へ旅立たぬ貴女の魂には、常に“死の穢れ”がつきまとう。それは人間が死後、冥界にて900年以上の時を要し、洗い浄めるものだ。“穢れ” をまとう貴女が負うのは、決して逃れ得ぬ“死の運命”――不治の難病、不運な事故、あるいは希死念慮の芽生え……形は様々だ。しかし貴女はいつも死ぬ…… 自身が真に望まぬ形で、不幸な死を迎えてしまう」

 ――そして死した後、魂は現世を彷徨い……新たな“器”を選び、“成り代わる”
 ――死しては成り代わり、成り代わっては死ぬ
 ――終わる事無き、生死のループ

「――私が観察してきたところでは……選ぶ“器”には幾つか傾向があるようだ。“ティルス”が女性体だったためか、そのいずれもが女……男に成り代わった ことは一度もありませんね。赤子の肉体も好まぬようだ……まあ賢明でしょう、そんな微弱な肉体では、貴女の“穢れ”に堪えられるハズがない。今までで一番 若かったのは4歳ですが……半月もたずに死んでしまった」
 ヴァルドーはそこで口を止める。そして“彼女”を観察した。
 “彼女”は俯き、震えている。しかし眼は開き、耳を閉ざしてもいない。
(……後もう一押し……ですか)
 ヴァルドーにしてみれば、想定通りの流れ。だから、用意した通りの言葉を紡ぐ。

「……貴女の父は“月村浩一”――その主張は間違っていませんよ、ティルス?」

「!? え……っ?」
 “少女”は顔を上げる。
 希望のようなその一言に、無防備に、“少女”はヴァルドーを見上げる。彼は優しく微笑み、言葉を続ける。
「――“月村浩一”は貴女の……いや、“我々”にとって、とても因縁深い人物なのです。貴女の“成り代わり”にはさらに一つ、特異な傾向がありまして ね……今より約三千年前、貴女は“ある男”の妻に成り代わった。“千年秤”の適格者にして、“シャイ”の生まれ変わり“オグド”――かつてエジプト第18 王朝ファラオ“セト”の片腕として生きた男だ。貴女は彼の妻として十年を生きて死に、その後、娘に成り代わってはまた死んだ。その後も、彼の後妻に成り代 わっては死に――彼の愛した全ての女性を、残らず殺し尽くした」
「……!? なに、を、言って……?」
 “少女”の呼吸が乱れ始める。ヴァルドーが語っているその話が、“希望”などではないことを悟る。

「――そして“オグド”は、“月村浩一”の“前世”でもある……と言えば、聡明な貴女なら理解してくれますよね?」
「…………!!!」

 ヴァルドーはにっこりと微笑み、“少女”の顔から血の気が引く。

「人間は元来、千年の時を経、転生する……。我々の父“シャイ”もまたその例外ではなく……これまでに4度の転生を果たしています。1度目の転生体の名は “オグド”、4度目の名は“月村浩一”――そして貴女はその4度とも、彼の愛する女性となり、程なく死んだ。この事象……貴女ならどう理解しますか?」
「……あ……っ……?」
 “少女”の左手から、カードが落ちる。
 顔が歪む。ひどく震えた両手が、ゆっくりと両耳に伸びる。
「――ホムンクルスたる我々の魂も、無から生まれたわけではない……。創造者“シャイ”の魂の一部を核とし、造り出されている。それ故に、“オリジナル” たる彼の魂に惹かれるのでしょうかね? 現にこれまで、彼の妻や娘として成り代わった際には、貴女は比較的長く生きることが多かった。オリジナルの魂に呼 応して、“穢れ”が少し弱まるのかも知れません。あるいは――私はね、こういう解釈も面白いと思うのですよ」
 “少女”の両手が、耳の側で止まる。閉じたくて堪らない眼が、それでも閉じてくれない。
 耳を塞ぐことも、眼を閉じることも無意味――それを悟れるほどの理性が、哀しいかなまだ、彼女にも残されていたから。

「己を生み出した、創造者への“復讐”――呪われた……否、生きた“呪い”自体として、己を生み出したことへの報復行為。なぜ自分を生んだのか、なぜこん な運命を強いたのか――その恨みの全てをぶつけ、“呪い”を共有させるべく……彼にとって大切な存在を奪い、殺し続けているのではないか、とね」

「…………!!! ちがう、私は……!」

 ――私が……お父さんから、お母さんを奪った?
 ――お父さんの大切な人を……奪い続ける?
 ――お父さんに“呪い”を負わせ……不幸にし続けてきた?

「――イヤ……もうヤメテッ……!!!」
 “少女”の膝が折れ、その場に座り込む。
 両手が耳を通り過ぎ、頭を抱え込む。
 長い髪を掻き乱し、発狂しかけた精神と葛藤する。

 ――私はダレ?
 ――私は何?

 ――生きてていいの?
 ――許されていいの?

 ――私は“呪い”?
 ――生きた“呪い”?

 ――私が死んだ?
 ――私は殺した?
 ――不幸にする?

 ――ダレを?
 ――何を?
 ――何で?
 ――どうして?



 ――ズズズズズ……ッ


「!? きゃ……っっ!?」
 そんな“少女”の足元に、唐突に、黒い穴が空いた。
 その事象に対し、彼女は過剰に反応する。それがあくまで、ゲームの――ソリッドビジョンによるものだとは気付けずに。
「――失礼。そろそろ少し、ゲームを進めようかと思いまして……『カオス・ソルジャー −開闢の使者−』の、特殊能力を発動します」
 跪いた“少女”に対し、ヴァルドーは穏やかにそう告げた。


カオス・ソルジャー −開闢の使者−  /
★★★★★★★★
幻神獣族
このカードは通常召喚できない。
自分の墓地の光属性と闇属性モンスターを1体ずつゲームから除外して
特殊召喚する。自分のターンに1度だけ、次の効果から1つを選択して
発動ができる。
●フィールド上に存在するモンスター1体をゲームから除外する。
この効果を発動する場合、このターンこのカードは攻撃する事ができない。
●このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊した場合、
もう1度だけ続けて攻撃を行う事ができる。
攻3000  守2500


 穴から黒い触手が伸び、“ガーゼット”を捕らえ、中へと引きずり込もうとする。
 それに抗い、賢明にもがくが無意味――ガーゼットは穴に呑まれ、異次元へと姿を消した。
「………………」
 眼前のその光景を、“少女”はただただ眺めていた。
 まるで私のようだ――“少女”はぼんやりそう思う。

 ――どうしようもない“さだめ”の前には、抗えず、翻弄されるしかない
 ――そして暗闇の底で、終わること無い、永劫の“悪夢”を見続ける

 そんな、暗闇に閉ざされた彼女の視界を、次の瞬間、強い光が照らした。

 ――ズガァァァァッッ!!


 “少女”のLP:1800→100


ライトロード・マジシャン ライラ  /光
★★★★
【魔法使い族】
自分フィールド上に攻撃表示で存在するこのカードを守備表示に変更し、
相手フィールド上の魔法または罠カード1枚を破壊する。
この効果を発動した場合、次の自分のターン終了時まで
このカードは表示形式を変更できない。
このカードが自分フィールド上に存在する限り、自分のエンドフェイズ毎に、
自分のデッキの上からカードを3枚墓地に送る。
攻1700  守 200


「……私はカードを1枚セットし、エンドフェイズ……『ライトロード・マジシャン ライラ』の効果を発動。デッキから3枚を墓地に送り……ターンエンドです」
 先ほどまでとは全く異なり、ヴァルドーは淡々と告げ、事務的にターンを譲った。


<    >
LP:100
 場:
手札:2枚
<ヴァルドー>
LP:4000
 場:カオス・ソルジャー −開闢の使者−,ライトロード・マジシャン ライラ,伏せカード1枚
手札:3枚


「…………」
 “少女”は、動かない。
 その場に座り込んだまま、落とした手札も拾えずに、終わらぬ悪夢の中にいる――だが少しずつ、思考の矛先に変化が生じ始めていた。


 ――私は“呪い”
 ――私が悪い?
 ――なんで?
 ――どうして?
 ――なんで私が悪いの?

 ――そうだ、私は悪くない
 ――悪いのは私じゃない
 ――私は何も悪くない
 ――悪いことなんてしていない
 ――したくない

 ――だから……


「――そうだ……“貴女は何も悪くない”。何も、決して、絶対に」

 “少女”が顔を上げた。ヴァルドーが発した“希望の光”に、今度こそしがみつくために。
「――貴女のどこに非があるのです……? “貴女は何も悪くない”。ならば――悪いのは何か? “悪の起源”は、どこにあると思いますか?」
 ニィッと――ヴァルドーは嗤う。そして彼女の願うままに、彼女にやさしい“真理”をもたらす。
「――我々を生み出した“シャイ”か……? いや違う。彼とて、理不尽な運命に翻弄された、哀れな子羊に過ぎない。ならば彼を追い詰めた“王”か? それも不適だ。“悪の起源”とは、より深く、もっと根源的な部分に定めるべきモノだ」
 言葉をいったん区切ってから、ヴァルドーは確かな語調で告げた。

「――悪いのは“世界”だ。恨めばいい、呪えばいい……“世界”を。そしてこれは、貴女だけの問題ではない。生きとし生ける全ての者に、理不尽な運命を強 いる“出来損ないの世界”――だからこそ“彼女”は……“ゾーク・アクヴァデス”は、貴女を選んだ。“この哀しみを終わらせるために”」

 “月村天恵”が死ぬ半年前――“ゾーク・アクヴァデス”は“彼女”の前に現れた。
 そして告げられた、世界の破綻。

「やさしい貴女にとって、これは辛い選択でしょう……。しかし、誰かが成さねばならぬことだ。“終わらせるために”」

 ――世界はこんなにも理不尽で
 ――哀しくて
 ――苦しくて
 ――淋しくて
 ――痛くて

 ――だから

「貴女の中には、999の死がある――故に選ばれた、貴女は。全人類を“楽園(エデン)”へ導き、幸福にする……その“扉”を開くために。貴女だけにできる……貴女にしか出来ないこと」

 ――全てを叶え
 ――全てを救い
 ――全てを“幸福”に導く
 ――素晴らしき楽園(エデン)へ

「“この世界”に終止符を打てるのは、貴女の“翼”だけだ。飛べるハズですよ……今の貴女なら。そのための“千年聖書(ミレニアム・バイブル)”だ」
 “少女”の前に置かれた“聖書”のウジャトが、仄かな輝きを見せる――“黄金”の光を発する。
「……“千年聖書”には、ある男の“魔力(ヘカ)”が封じられている。かつて世界を救い、そして結果として滅ぼしてしまった悲劇の賢者――“ノア”。彼が その身に宿したとされる“黄金の魔力”が。貴女に宿る“時を加速する呪法”の制御には、膨大な“魔力”が求められる――故にガオス・ランバートは、貴女に それを託したのです」

 ――“箱舟”により世界を救い、そして滅ぼした賢者“ノア”
 ――彼はその罪に堪えられず、その一切の“魔力”を破棄し、自害を選んだ

「貴女だけだ……彼の遺した“箱舟”を操れるのは。世界を滅ぼし、人類を救う――貴女にはそれだけの力があり、そして資格もある」
「………………」
「……どうしました? 何を迷うのです? “こんな世界”である限り、貴女は決して幸福になれない。要らないでしょう? “こんな世界”は」

 ――息が、苦しい
 ――心が苦しい

 ――どうしてこんなことになったのだろう、私は




『――天恵』




 母の温もりが好きだった。




『――ごめんな……天恵』




 やさしい父が好きだった。




『――わたし絵空。神里絵空。おねえちゃんは?』




 あの子の笑顔が好きだった。




『だってボクたち――友達じゃない』




 あの人のやさしさが、愛しかった。


 ――だから
 ――それなのに

 ――だからこそ……





『――終わらせましょう……全てを』

 ――哀しみに
 ――憎しみに
 ――苦しみに
 ――痛みに

 ――そして全ての“闇”に……“終焉”をもたらすために





 ――ドクンッ!

「……私……」

 ――ドクンッ!!

「……私……は……!!」

 “少女”は――選べない、その二択を。
 “絶望”があると知っても、捨てきることができない。

 どちらを選ぶこともできず――名も無き少女は、ただただその場に蹲った。


<    >
LP:100
 場:
手札:2枚
<ヴァルドー>
LP:4000
 場:カオス・ソルジャー −開闢の使者−,ライトロード・マジシャン ライラ,伏せカード1枚
手札:3枚





決闘97 せめて、人間らしく


(――フン……たるいデュエルだな。あのヴァルドーという男……何故すぐにトドメを刺さない?)
 デュエルリング下で、2人のデュエルを見上げながら、シン・ランバートは不服げに腕組みをしていた。
 先ほどから続く、不自然なまでの長考――劣勢状態の“神里絵空”は理解できる。しかし何故、圧倒的有利なヴァルドーまでが長考するのか、それが理解できない。
 退屈な展開に痺れを切らし、ブーイングをかける観衆も出始めていた。
(フン……まあいいか。“神里絵空”のライフは残り100、ここからの逆転などあり得ない。とんだ肩透かしだな……全く、いい気味だよ)
 ククッ、と笑みを漏らす。
 マリク・イシュタールを降した今、シン・ランバートがこの大会に出続ける目的は一つだけ――“千年聖書”の継承者たる“神里絵空”を倒し、自らの有用性を証明することだ。
(決勝の舞台で叩き潰すつもりだったが……まさか初戦敗退とはね。とんだ期待ハズレだ。しかし、それはそれで構うまい……俺が決勝で“ヴァルドー”を倒せば、俺の価値はより強調されるというもの)
 ヴァルドーの強さは、見ていれば伝わる。
 だが倒せるはずだ――シンはそう考える。それだけの勝算が、彼にはあった。
(俺には“三魔神”があるんだ……! 相手がどんなカードを使おうが、負けるハズがない! この3枚がある限り、俺は――)

 ――ドクンッ!!!!

「……!? 何だ?」
 不意に、奇妙な脈動を感じ、シンは左腕の決闘盤へ視線を落とす。
 そしてデッキの、一番上のカードをめくった。


ENDING ARK  /DIVINE
★★★★★★★★★★
【DIVINE-BEAST】
???
ATK/????  DEF/????






「――ヴァルドーめ……余計なことを吹き込みおって。あくまで選ばせようというのか……あのような、年端もいかぬ小娘に」
 2人のデュエルの、正しい意味での唯一の観戦者――ガオス・ランバートは不愉快げに眉根を寄せた。

 ――そこまで真実を、伝える必要があったのか?
 ――あの娘一人に、全ての罪を背負わせるつもりか?
 ――それとも

(……そうせざるを得ない、何か特別な事由があるとでも……?)

 ――現に彼女の“翼”は、“聖書”が記した内容に反し、その覚醒を大きく遅らせている
 ――それを補うために、ヴァルドーは真実を告げたのか?
 ――だとすれば……

「……ガオス様。ヴァルドーは今、いったい何を……?」
 隣に立つカール・ストリンガーに声を掛けられ、ガオスの思索は遮られる。
 ガオスは彼を一瞥すると、改めてデュエルリングを見据えた。
「……カールよ。このデュエルの勝敗……どちらに軍配が上がると思う?」
「……!? デュエルの勝敗……ですか?」
 ガオスに言われ、カールも改めてリングを眺める。カールには、リング上の2人のやり取りが正しく認識できていない――だがしかし、デュエルの進行状況だけは認識できている。
 戦況はあまりにも歴然だった。“神里絵空”のライフは100、対するヴァルドーのライフは4000。そして何より、ヴァルドーの場には、“神”の力を得 た『カオス・ソルジャー −開闢の使者−』がいる――これを踏まえた上で、デュエルの勝敗を“まだ分からない”などと答えられる人間がいるだろうか。
「――このデュエル……負けるのはヴァルドーだ」
「……!?」
 予期せぬ言葉に、カールは驚く。
 しかし冷静に考えれば確かに、その可能性がゼロとは言えなかった――ヴァルドーは一度、彼女を倒せるタイミングを敢えて見逃している。それを踏まえれば、
「……ヴァルドーはこのデュエル、わざと敗北する……と?」
 だがガオスは首を横に振り、きっぱりと、その可能性を否定した。
「……違うな。このデュエル、ヴァルドーは敗北するのだ――覚醒した“終焉の翼”によって。そして――」
 感慨深げにヴァルドーを見つめ、口にする。
「――死ぬつもりなのだよ……ヴァルドーは。この一戦でな」
「!? な……っ?」
 ガオスは目を細め、小さく呟く。
 馬鹿な男だ――と。





<    >
LP:100
 場:
手札:2枚
<ヴァルドー>
LP:4000
 場:カオス・ソルジャー −開闢の使者−,ライトロード・マジシャン ライラ,伏せカード1枚
手札:3枚


 “少女”は俯いたままに、言葉を発さなかった。
 ヴァルドーの言葉に、合意も否定もできず、ただただ沈黙を続ける。
(……やはり貴女には、どちらを選ぶこともできないのですね……ティルス)
 ヴァルドーは哀しげに、“少女”を見つめる。

 ――“世界”を捨てることも
 ――受け入れることもできず
 ――答を出せず、止め処なく彷徨ってしまう

 彼女が“この世界”を捨てきれない理由――ヴァルドーはそれを知っている。
 約半年前、“死神”のカードを巡る一連の事件、それをキッカケに得てしまった強い“それ”――それこそが、彼女を“世界”に繋ぎとめる根源的要因。“終焉の翼”の覚醒を妨げる、元凶たる感情。人間を何より満たし、同時に、何より深い“絶望”に落とすもの。

 ――それは、他者との結びつき
 ――人間が“絆”と呼び、大切にせんとするもの

 そしてそれは、ヴァルドーが最も嫌悪する概念でもある。
 ただ独り、4000年もの時を歩み続けたヴァルドーにとっては、あまりに希薄で、あまりに重い意味を持つ。

 ――他者との繋がり……そんなものにすがるから、ヒトは傷つく
 ――けれどヒトは、それから逃れることができない……“この世界”では
 ――だから

(――人間は還るべきなのですよ……“エデン”へ。神が用意した、素晴らしき“箱庭”へ)

 ――真実を偽りに
 ――偽りを真実へと変え
 ――“禁断の果実”を食することなく……ただ“楽園”に生きれば良い

(……たとえそれが“この世界”で、どれほど空虚なことと判断されるとしても……ね)
 ヴァルドーはそっと瞳を閉じる。

 ――守りたい“絆”ならあった
 ――何より愛しい、大切な人がいた

 ――けれど“彼女”は、いつも死んでしまうのだ
 ――そしてその度に、私のことを忘れてしまう
 ――私にはそれが、堪えられなかった
 ――だから

 ――取り戻せない過去
 ――守りたかった現在(いま)
 ――手に入れたかった未来

(……それが私の“絶望”。ホムンクルスたるこの私もまた、貴方のように……微弱なる一人の“人間”に他ならないということでしょうか? ガオス・ランバートよ……)
 そして、ゆっくりと瞳を開く。
 先ほどまでとはまた異なる、決意をこめた瞳で――俯き続ける“少女”を見据える。

「――どちらも選ばない……それはすなわち現状維持、“この世界”の肯定と同義だ。貴女は本当に、それでよろしいのですか……? このまま永遠に、呪われた運命を歩み続けると? 周囲の人間を不幸にし続けると? それが正しい選択とお思いですか?」

 “少女”が、かすかな呻きを漏らす。
 そんなことは分かっている。それでも選べない――だからこそ“少女”は、顔を上げられずにいる。前を向くことができない。

「“神里絵空”の肉体が死ねば、次は“神里美咲”でしょうか……? 再婚のご予定があるようですし。貴女は彼女に憧れを抱いていましたから、なかなかお似合いの“器”かも知れませんねぇ」

 “少女”の身体が震える。しかし、それ以上の反応を示すことは無い。
(……この辺りが限界……でしょうね)
 ヴァルドーはそこで口を止めた。これ以上は、彼女の精神がもつまい――砕けるどころか崩れ散り、全ての正気を失いかねない。
(……それにこれ以上は、私の精神ももちそうにない……)
 小さく自嘲の笑みを漏らす。
 そして改めて、“彼女”に優しく微笑みかけた。
「……分かりました。貴女の意志を尊重いたしましょう、ティルス……“この世界”を守りたいというのなら、それでも良い。しかし現状が好ましくないこと は、貴女も承知のことでしょう? “千年聖書”の力により現在、貴女と“神里絵空”の魂は、厳格に二分化されている……故に貴女は“神里絵空”に成り代わ れず、“月村天恵”の記憶を引きずり続けている。それはとても苦しく、不幸なことだ……“もうひとりの存在”で居続ける限り、貴女はいつまでも、自分の幸 せを手に入れられないのだから」
 だから――と、ヴァルドーはニィッと笑みを浮かべる。

「私が殺してあげましょう――“神里絵空”を。そうすれば、“神里絵空”は貴女だけだ……“もうひとり”なんかじゃない。これで貴女の現状も、少しは快方へ向かうでしょう?」
「……!!」

 “少女”の震えが、止まる。
 予定調和のごとく、ヴァルドーは言葉を紡ぎ続ける。
「……実は準備は、すでに整っていましてね……。私の“剣”により斬り離された“神里絵空”の魂は、放置すれば“肉体”から完全に断絶されるのです。そう なれば彼女の魂は“冥界”へと旅立ち……貴女に喰われる心配も無い。貴女は“神里絵空”になれる。どうです? “この世界”を保持する前提で考えれば―― この上無い、素晴らしい解決策とは思いませんか?」

 ――ドクンッ!

 “少女”の心臓が、鼓動する。
 口がわずかに開き、小さく何かを呟いた。
「……ん? どうしました? もっと大きな声で言わねば、伝わりませんよ……?」
 優しく微笑みかけながら、ヴァルドーは促す。

 ――ドクンッ!

「……や……めて……」

 ――ドクンッ!

「“やめる”……? 何故です? これは貴女にとっても、“神里絵空”にとっても……とても優しい、正しい選択だ。困りましたねぇ……私としては、これが最良の道と思うのですが」

 ――ドクンッ!!

「……本当にやめて欲しいのですか? 他の人は誰も聞いていませんよ? 本音を言ったらどうです? “神里絵空”が妬ましいと。“神里絵空”になりたいと」

 ――ドクンッ!!

「良心が邪魔をしますか……? 困りましたね、これでは貴女の本音が聞けない。“やめて”といくら言われても、私には到底信じられない。貴女の本音を正しく聞きだす、何か良い手段はないでしょうか……?」

 ――ドクンッ!!

「……ああ、そうだ。我々はゲームの途中でしたね。では、こんなのはどうです……? “ゲームの勝敗で本音を聞く”。貴女が本当にやめて欲しいのなら…… “神里絵空”を守りたいのなら、私を倒してみてくださいよ。簡単でしょう? この私ごとき、何の障壁にもならないはずだ……“貴女が本気になりさえすれ ば”」

 ――ドクンッ!!!

「ねえ……そうしましょうよ。もう、深くは悩まなくて良い。ただ心の示すままに、全力で闘えば良い……何なら殺してくれて構いませんよ? 私の“魔力”が 絶たれれば、この“剣”の効力は消え……“神里絵空”は救われる。いや、それでは貴女の望みが叶いませんね。それなら、サレンダーでも構いませんよ?」

 ――ドグンッッ!!!!


<    >
LP:100
 場:
手札:2枚
<ヴァルドー>
LP:4000
 場:カオス・ソルジャー −開闢の使者−,ライトロード・マジシャン ライラ,伏せカード1枚
手札:3枚


 “少女”は、落とした2枚のカードを拾う。
 そして、よろよろと立ち上がると、デッキへと指を伸ばした。
「……わた……しの、ターン……」
 見るからに満身創痍の様子で、“少女”はカードを引く。
 そして、示された未来は――“絶望”。

 ドローカード:強制転移


氷帝メビウス  /水
★★★★★★
【水族】
このカードの生け贄召喚に成功した時、
フィールド上の魔法・罠カードを2枚まで破壊する事ができる。
攻2400  守1000

魂を削る死霊  /闇
★★★
【アンデット族】
このカードは戦闘によっては破壊されない。
魔法・罠・効果モンスターの効果の対象になった時、
このカードを破壊する。このカードが相手プレイヤーへの
直接攻撃に成功した場合、相手はランダムに手札を1枚捨てる。
攻 300  守 200

強制転移
(魔法カード)
お互いが自分フィールド上モンスターを1体ずつ選択し、
そのモンスターのコントロールを入れ替える。
選択されたモンスターは、このターン表示形式の変更はできない。


 “少女”の手にある、3枚のカード。
 これをどう組み合わせたところで――ヴァルドーには勝てない。
 次のターンで敗北する。

 ――ドクンッ!!!

(……イヤ)

 ――ソレダケハ、イヤ……

 “少女”の心を見越した上で、ヴァルドーは場の伏せカードをゆっくりと開いた。


攪乱作戦
(罠カード)
相手は手札をデッキに加えてシャッフルした後、
元の手札の数だけデッキからカードをドローする。


「……やさしい私は貴女に、もう一度だけチャンスをあげましょう。けれどこれが最後だ。この先、私は本気で闘います……“貴女を救うために”。人間とは、本当に大切なもののために闘うとき……一番の力が出せるものだ。貴女もきっとそうでしょう?」

 ――だから私は強くなった
 ――四千年の時を費やし、“魔力”を鍛え、数多の魔術を習得した
 ――“貴女を救うために”

「…………」
 “少女”は無言で、3枚の手札をデッキに混ぜる。
 そして、デッキをシャッフルしながら――瞳を閉じた。




『あなたが覚えていてくれれば――私は決して消えない』

『“あなたの中の私”は――いつでもあなたの中にいる』

『“あなたの中の私”は――あなたの中で、永遠に生き続ける』

『その代わり――“あなたの中の私””は、あなたを護る』

『いつまでもいつまでも――あなたを護り続けるわ』




 砕けた心に残された、ただひとつ確かなもの――それは“契り”。彼女への“誓い”。

 ――私は護る
 ――あなたを護る

 “少女”は手を止め、デッキを盤にセットし直す。
 そして顔を俯かせ、ちいさく、
「……え……そら」
 闇に沈む意識の中で、彼女の名前を呼んだ。


 ――バサァァァァァァァッッッ!!!!!!


 そして、異変は起こる。
 “少女”の背に“翼”が生えた。
 立体映像(ソリッドビジョン)などではない――骨ばった、黒く巨大でグロテスクな“獣の翼”。
 “少女”が宿す、精霊のものと同じ――“終焉の翼”。

 そして同時に、


 ――バギィィィィィィィンッッッッ!!!!!!!!


 デュエルドーム内に、ガラスを割ったような、巨大な破砕音が響いた。
 耳をつんざく、けたたましい騒音に、観衆の誰もが耳を覆う。
 そして、デュエルフィールドを確認し――その“少女”の異形に、誰もが驚愕した。


「――まさか発現しただけで、この私の“結界”が砕かれるとは……ね」
 動揺を垣間見せながら、ヴァルドーは“剣”に右手を伸ばす。
 床に突き刺したままの“光の剣”――その柄尻に触れる。すると、“剣”はその輝きを増し、激しく火花を散らす。
(“結界”を張り直すか……? いや、そんな余裕はありませんね)
 ヴァルドーは唾を飲み込み、眼前の“化け物”を見据える。

(……見ナイデ)

 顔を俯かせながら、異形の“少女”は、願うように呟く。

 ――コンナ私ノ姿ヲ、ドウカ誰モ見ナイデ――

 “少女”の願いは、もう届かない。
 背中に異形の“翼”を生やし――“少女”は、後ろ髪に手を伸ばす。
 そして、それを束ねた黄色のリボンに指を掛けると、端を引き、ほどいた。

 ――“母”から貰った、大切なリボン
 ――けれど私にはもう、これを付ける意味が無い……

 長い黒髪が、抑えを失い拡散する。
 そして“少女”はリボンを捨てると、ゆっくりと顔を上げた。
 その顔にはもはや迷いは見えず――冷たい瞳が、排除すべき“敵”を認識する。

「……!! ああ……そうだ、それで良い。やっとその気になってくれましたね、ティルス……!!!」
 “少女”の“翼”に気圧されながら、それでも――ヴァルドーは笑う。歓喜に震え、愛おしげに、狂ったように。
「……愛していますよティルス――“壊したいほどに”」

 ――そして、壊されたいほどに――

「……それでは始めましょうか。お互い、ヒトの手により造られた“化け物”同士――本気の“殺し合い”をね


 ――“少女”の“翼”から、“闇”が周囲にバラ撒かれてゆく。
 当事者以外には不可視の“闇”が、2人の周りを覆い――“闇のゲーム”の舞台を創る。

 足元の“聖書”が浮かび上がり、“少女”の側で、ゆっくりと回り始めた。
 彼女の全てを認め、祝福するかのように――そして“少女”は、デッキのカードに指をかける。
 『撹乱作戦』の効果により、3枚のカードを引き直し――冷たい瞳で、それを視界に入れた。


ダーク・モモンガ  /闇
★★
【獣族】
????
攻1000  守 100

ダーク・スネーク  /闇

【爬虫類族】
????
攻 300  守 250

手札滅殺
(魔法カード)
????         


<    >
LP:100
 場:
手札:3枚
<ヴァルドー>
LP:4000
 場:カオス・ソルジャー −開闢の使者−,ライトロード・マジシャン ライラ
手札:3枚





決闘98 堕天のごとく


 ――ドーム内が騒然としていた。

 “少女”が背より発現した“終焉の翼”により、ヴァルドーが用意した“結界”は砕かれた――これにより、全ては白日の下に晒される。
 それを目の当たりにした観衆たちは、様々な反応を見せていた。


「――何だよアレ……何の翼だ?」

「――立体映像(ソリッド・ビジョン)……だよな? 何のカード効果だ?」

「――さっきの音は、あれを出すための演出だったの?」

「――過剰演出だろ……鼓膜やぶれるかと思ったよ」

「――? おい見ろよ、“ヴァルドー”の方にも何か出てるぜ」

「――床に刺さってる……何だあの光?」

「――剣……か? 何のカード効果だ?」

「――? “神里絵空”の方にもまだあるぜ? 本が回りながら……浮いてる?」

「――翼と本って……何のカード効果だ? 意味わかんねぇ」

「――いつの間に発動したんだ? そんなタイミングあったか?」

「――気味悪ぃな、アレ……モンスターじゃなく、人間に生えてるって」

「――まるでプレイヤー自身が……“モンスター”みたいじゃねぇかよ」


 場内に、不穏な空気が漂う。その一方で――別の“異変”も起こり始めていた。


「――? おい、どうした? 具合でも悪いのか?」

「――いや……良く分からないけど、急に眩暈が……」


 観衆はまだ気付かない。現在、デュエルフィールド上で起こっている、その事態の重大さを。
 それが、世界を“終焉”へと導く――“狼煙”とも呼ぶべきものだと。





(……何だったんだ、今の音は……? それに、このソリッド・ビジョンは?)
 デュエルフィールド上で、審判・磯野は眉をひそめ、両デュエリストを交互に見やる。
 光る“剣”、浮遊する“本”、そして巨大なる“翼”――どれも立体映像でしかあり得ぬモノ。
 しかし磯野は訝しみ、それらを注意深く観察する――と、不意に彼の身体が揺れた。
(……!? な、何だ? いま一瞬、意識が……!?)
 ここにきて疲れが出たのだろうか――そう思い、磯野は気を持ち直す。


 そんな彼の様子を横目に見やりながら、ヴァルドーは“剣”の柄尻に再び触れた。
(“闇”の拡散が、想定よりはるかに酷い……。私の“光”だけでは、中和が追いつきませんか)
 ヴァルドーは眉をひそめる。
 下手をすれば、この試合の観客、数千人の命が、彼女の“闇”により消されかねない――それは、ヴァルドーの望むところではない。
(この場の審判1人ならさておき……闘いながら、観衆全てを庇うのは困難ですね。そのための“結界”でもあったのですが……)
 “剣”の光が勢いを増す。そして“少女”を見据える。
(……ともあれ、周囲に気をとられていては、“彼女”の相手が務まろうハズもない。ここは……)
 ヴァルドーは彼女から視線を逸らし、観客席の一点を見つめた。
 そして、視線の先の人物にアイコンタクトをとり――再び、彼女に向き直る。
(……私の最後のワガママだ。協力して頂きますよ……ガオス・ランバート)
 周囲への注意を断ち、ヴァルドーは改めて身構えた。





「……儂をアゴで使うか。最後まで腹立たしい男だ……ヴァルドーめ」
 不愉快げに呟きながら、ガオス・ランバートは、隣に立つ男に告げる。
「仕事だカール……“神官”としてのな。ヴァルドーのものほど上等でなくて良い……この会場全体に、防護用の“結界”を張り直せ。やれるな?」
「……! はい」
 カールは表情を強張らせ、応える。
 それを見て、なだめるようにガオスは続けた。
「……気負うな、カール。あの娘の“闇”は今、ヴァルドーに向けて発されている……漏れた“闇”の拡散さえ防げれば十分だよ。やれるな……カール・ストリンガー?」
 カールの首肯を確認すると、ガオスは改めてデュエルフィールドを睨む。
(見せてもらうよヴァルドー……貴様の死に様。“楽園”への手向けとさせてもらおう)
 そして、どこかつまらなげに目を細めた。





 一方、デュエルフィールド下では、舞台上での事態に対し、一同も驚愕を示していた。
「――スゲェ……何なんだアレ。神里のヤツ、あんなソリッド・ビジョンの出るカード持ってたのか?」
 本田の問いに、みな一様に沈黙する。
 しかし、思い出したように獏良が口を開いた。
「あの翼……あのカードに似てない? 神里さんのデッキにいつの間にか入っていたっていう、あの……」
 カード名を思い出せず、獏良はそこで言い澱む。
 『混沌帝龍(カオス・エンペラー・ドラゴン) −終焉の使者−』――テストデュエルでは立体映像が出なかった、謎多きカードに。
「……? 城之内、どうかしたの? 何か顔色悪いわよ?」
「……! そ、そうか? んなことねーと思うけど……」
 杏子の問いに応えてから、城之内は改めて“彼女”を――その“翼”を見つめる。
(何だこの感じ……? あの翼、本当にソリッド・ビジョンなのか……!?)
 城之内の“直感”が警鐘を鳴らす。
 デュエルフィールド上では今、とても恐ろしい“何か”が起こり始めているのではなかろうか――そんな曖昧な予感を覚える。

(……!? 何だあの翼……それに、“千年聖書”が浮かび上がった? ヴァルドーさんの方も、あの“剣”は一体……?)
 他の人間と同じように、遊戯にもまた、いま起きている事態の意味が理解できない。
 だが、

 ――ドクン……ッ

 鼓動するカードがあった。
 遊戯のデッキホルダーに収められた“あるカード”が、その事態の深刻さを示すべく脈動する。


THE SUN OF GOD DRAGON  /DIVINE
★★★★★★★★★★
【DIVINE-BEAST】
???
ATK/????  DEF/????


 しかしその鼓動が、遊戯に届くことはなかった――ホルダーに潜む“あるカード”の力により、その脈動は押さえ込まれていた。

 ――もしもその鼓動が届いていたならば、このデュエルの結末は、また違った形をとったのかも知れない。




<    >
LP:100
 場:
手札:3枚
<ヴァルドー>
LP:4000
 場:カオス・ソルジャー −開闢の使者−,ライトロード・マジシャン ライラ
手札:3枚


「――私は手札から、魔法カードを発動…・…『手札滅殺』!」
「!? 『手札滅殺』……?」
 “少女”の手により発動された、聞いたことも無いカード名に、ヴァルドーはわずかに眉をひそめる。


手札滅殺
(魔法カード)
自分の手札を全てゲームから除外し、自分の
デッキから除外した枚数分のカードをドローする。


「このカードの効果により、私は手札を除外し……その枚数分、デッキからカードをドローする」
「……! フム……自分の手札だけ、ですか」
 肩透かしなカードの発動に、ヴァルドーはつまらなげな顔をする。
 所詮は手札交換カード。カードを引き直せるとはいえ、これで“少女”の手札は確実に1枚減る――これで手札2枚。逆転はさらに難しくなったと言えよう。
(ハードルが高すぎましたかね……? もっとやるものかと思いましたが)
 だが、それが杞憂であったことを知る――“少女”の場に生まれた、2つの“闇”によって。
「……除外された『ダーク・モモンガ』の効果発動。このカードが除外されたとき、3種類の効果のうち1つを選んで発動する。私は第1の効果を選択し、発動――デッキから同名モンスター2体を特殊召喚する」
 “闇”は獣の形を成し、歯を見せてヴァルドーを嘲笑った。


ダーク・モモンガ  /闇
★★
【獣族】
戦闘によって破壊されたこのカードはゲームから除外される。
このカードが除外されたとき、以下の効果から1つを選択して発動する。
●デッキから「ダーク・モモンガ」をフィールド上に守備表示で特殊召喚する。
●自分のライフを1000ポイント回復する。
●場のモンスター1体の守備力を1000ポイント上げる。
攻1000  守 100


「……そして、『ダーク・モモンガ』2体を生け贄に捧げて――召喚! 『堕天使 ジャンヌ』!!」
2体の獣は“闇”へと還る。
 そして、新たに舞い降りた女天使“ジャンヌ”の背中に憑り付き――2枚の黒翼へと姿を変えた。


堕天使 ジャンヌ  /闇
★★★★★★★
【天使族】
闇属性モンスター2体を生け贄に捧げて召喚に成功したとき、
墓地に存在する闇属性モンスター1体をゲームから除外して発動。
除外したモンスターの攻撃力の半分の数値分だけ、このカードの
攻撃力をアップし、コントローラーのライフポイントを回復する。
また、このカードが戦闘によってモンスターを破壊し墓地へ送った時、
自分は破壊したモンスターのレベル×300ライフポイント回復する。
攻2800  守2000


(また見たことのないカード……! なるほど、そういうことですか)
 その事象の意味を理解し、ヴァルドーは満足げに微笑む。
「……『堕天使 ジャンヌ』の効果発動! 闇属性モンスター2体を生け贄に捧げて召喚に成功したとき、墓地に存在する闇属性モンスターを除外することで――その攻撃力の半分を吸収し、さらに同じ数値分だけ、私のライフを回復する!」
「……! なるほど……それで私の“開闢の使者”の攻撃力を超えるつもりですか」
 余裕の笑みは崩さぬままに、ヴァルドーは思案げに、指を顎に当てる。
(となれば除外するのは『ダーク・モモンガ』……ですね。除外時の特殊能力も発動でき、一石二鳥ですか)
 それは当然の読みだろう。事実、“少女”の墓地には『ダーク・モモンガ』以外の闇属性モンスターは残されていないのだから。
 だが、
「……この効果の発動コストとして、私が除外するのは――」
 彼女の右手がゆっくりと上がり、ヴァルドーを――いや、彼の決闘盤を指差した。
「――あなたの墓地の、“2枚目”の『ネクロ・ガードナー』」
「!? 何……っ!?」
 それは彼が、デュエルで初めて見せた動揺だった。
 ハッとして視線を下ろすと――盤の墓地スペースからすでに、そのカードが弾き出されていた。


ネクロ・ガードナー  /闇
★★★
【戦士族】
自分の墓地に存在するこのカードをゲームから除外して発動する。
相手モンスターの攻撃を1度だけ無効にする。
攻 600  守1300


「……何故……私の墓地にまだ『ネクロ・ガードナー』があると……!?」
「…………」
 “少女”は答えない。ただ、闇に沈んだ冷たい瞳が、ヴァルドーをしっかりと見つめている。
「……『ネクロ・ガードナー』の攻撃力は600、よって『堕天使 ジャンヌ』の攻撃力は300アップする。さらに私のライフも300ポイント回復……」
 ジャンヌの剣が“闇”を纏う。
 さらに“少女”の身体を“闇”が包み、残り僅かなライフを癒した。

 堕天使 ジャンヌ:攻2800→攻3100

 “少女”のLP:100→400

(……私の墓地に『ネクロ・ガードナー』はもう無い。彼女の攻撃を止めることはもう出来ない……)
 顔をしかめるヴァルドーに対し、“少女”は声高に宣言した。
「『堕天使 ジャンヌ』で――『カオス・ソルジャー −開闢の使者−』を攻撃!!」

 ――バサァァァッ!!

 “ジャンヌ”は黒翼を広げると、上空へと飛翔し、右手の剣を構える。


<    >
LP:400
 場:堕天使 ジャンヌ(攻3100)
手札:1枚
<ヴァルドー>
LP:4000
 場:カオス・ソルジャー −開闢の使者−,ライトロード・マジシャン ライラ
手札:3枚


「………………」
 ヴァルドーは無言で、自分の場のモンスター『カオス・ソルジャー −開闢の使者−』を見た。
 現在は“神”として――M&W上、最強の“耐性”を備えているその戦士を。


カオス・ソルジャー −開闢の使者−  /
★★★★★★★★
幻神獣族
このカードは通常召喚できない。
自分の墓地の光属性と闇属性モンスターを1体ずつゲームから除外して
特殊召喚する。自分のターンに1度だけ、次の効果から1つを選択して
発動ができる。
●フィールド上に存在するモンスター1体をゲームから除外する。
この効果を発動する場合、このターンこのカードは攻撃する事ができない。
●このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊した場合、
もう1度だけ続けて攻撃を行う事ができる。
攻3000  守2500


 ヴァルドーはそっと、場に刺した“剣”の柄尻に触れた。
 するとそれの発する“光”が、わずかにその勢いを弱める。

 ヴァルドーが次に顔を上げると――降下して勢いをつけた“ジャンヌ”が、“開闢の使者”に対し剣を振り下ろしていた。

「――“堕天の剣”!!」

 ――ガキィィィィィィンッッ!!!!

 “少女”の宣言と同時に、“ジャンヌ”の剣は“開闢の使者”を襲った――のだが、

 ――カァァァァァッ……!!

 “ジャンヌ”の表情に動揺が浮かぶ。彼女の剣は受け止められてしまった――“開闢の使者”の、光を纏う剣によって。
 3100ポイントの攻撃力を持つ“ジャンヌ”の攻撃が、攻撃力3000の“開闢の使者”に受け止められてしまった――それは何故か?


カオス・ソルジャー −開闢の使者−  /
★★★★★★★★
戦士族
このカードは通常召喚できない。
自分の墓地の光属性と闇属性モンスターを1体ずつゲームから除外して
特殊召喚する。自分のターンに1度だけ、次の効果から1つを選択して
発動ができる。
●フィールド上に存在するモンスター1体をゲームから除外する。
この効果を発動する場合、このターンこのカードは攻撃する事ができない。
●このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊した場合、
もう1度だけ続けて攻撃を行う事ができる。
攻3000  守2500


 ヴァルドーのフィールドでは、再び“異変”が起こっていた。
 “開闢の使者”は“神”の力を失い、光属性・戦士族のモンスターへと“退化”する――それはヴァルドーの手によるもの。ならばその真意とは?

 ――バサァ……ッ!!

 “開闢の使者”の背中にも、白い双翼が生えていた。
 これこそがヴァルドーの秘策――手札に存在したそのカードを、彼は得意げにかざして見せていた。


オネスト  /光
★★★★
【天使族】
自分のメインフェイズ時に、フィールド上に存在するこのカードを手札に
戻す事ができる。また、自分フィールド上に存在する光属性モンスターが
戦闘を行うダメージステップ時にこのカードを手札から墓地へ送る事で、
エンドフェイズ時までそのモンスターの攻撃力は、
戦闘を行う相手モンスターの攻撃力の数値分アップする。
攻1100  守1900


「このカードの名は『オネスト』……世界に6枚しか存在しない、超レアカードです。光属性モンスターの戦闘時、墓地へ送ることで効果を発動。戦闘する相手 モンスターの攻撃力を吸収し、自軍の光属性モンスターに与える――最強レベルの戦闘補助カード。この私も1枚しか所有しておりません。どうです、中々の カードでしょう?」

 ――カァァァァァァァッ……!!!!

 翼が戦士に力を与え、剣が眩い光を発する。
 “開闢の使者”は力任せに押し、“ジャンヌ”はたまらず剣を引き、飛んで後退した。

 カオス・ソルジャー −開闢の使者−:攻3000→攻6100

「……言いましたよね……? この先、私は本気で闘う……と」
「……!」
 ヴァルドーは嗜虐的な笑みを浮かべる。“少女”の顔がわずかに曇る。
「逃しませんよ……『カオス・ソルジャー −開闢の使者−』の反撃!」
 ヴァルドーは右腕をかざし、二本指で“ジャンヌ”を差す。
 翼によって“開闢の使者”は飛翔し、光をまとった剣を構える。
 そして勢いをつけ――“ジャンヌ”に向けて斬りかかった。

「断ち斬れ――“オネスティー・カオス・ブレード”!!」

 ――ガキィィィィィィィンッッッ!!!!!!!

 金属の激しい衝突音が、再び、会場内に響き渡った。

「…………」
「……な、に……っ!?」

 今度は、ヴァルドーが動揺する番だ。
 “開闢の使者”の光の剣は、“ジャンヌ”の剣によって受け止められてしまった。
 6100ポイントの攻撃力を持つ“開闢の使者”の攻撃が、攻撃力3100の“ジャンヌ”に受け止められてしまった――それは何故か?

「………………」

 “少女”もまた同様に、1枚のカードをかざしていた。
 残された最後の手札――そのカードには、黒い翼を持つ“堕天使”の姿が描かれている。


デスオネスト  /闇
★★★★
【天使族】
自分のメインフェイズ時に、フィールド上に存在するこのカードを手札に戻す
事ができる。また、自分フィールド上に存在する闇属性モンスターが戦闘を行う
ダメージステップ終了時、手札のこのカードをゲームから除外する事で発動。
エンドフェイズまで、そのモンスターの攻撃力は、戦闘を行う相手モンスターの
攻撃力と入れ替わる。その戦闘により発生する相手プレイヤーへのダメージは
無効となり、その数値分、自分のライフポイントを回復する。
攻1100  守1900


「――手札の『デスオネスト』をゲームから除外し……効果発動! 闇属性モンスターが戦闘を行うダメージステップ終了時、戦闘を行うモンスター2体の攻撃力を入れ替える。よって――」

 ――バサァァァァァッ!!

 “ジャンヌ”の背に、新たに2枚の黒翼が生える。
 背中に4枚の黒翼を広げ――今度は“ジャンヌ”が、鍔迫り合いを制す。
 力で押し負けた“開闢の使者”は、たまらず離脱し、後退した。

 堕天使ジャンヌ:攻3100→6100

 カオス・ソルジャー −開闢の使者−:攻6100→攻3100

「……逃がさない! 『堕天使 ジャンヌ』の追撃――」
 “少女”は右腕をかざし、“ジャンヌ”に命ずる。
 “ジャンヌ”は剣を構え直し、4枚の翼で、“開闢の使者”へ向けて飛翔した。

「――“デスオネスティー・ブレード”ッ!!」

 ――ズバァァァァァァッッ!!!!!!!

 冴えた斬撃音が響く。
 “開闢の使者”の鎧をものともせず、“ジャンヌ”の剣は彼の胴を両断した――これにより、2度の仕切り直しを経たバトルにも決着がつく。
 ヴァルドーは瞳を見開いていた。
 “神”の属性、『ネクロ・ガードナー』、そして『オネスト』――幾重にも用意した策により護られた自身の“精霊”が、こうも容易く攻略された事実に。
 しかしすぐに、驚愕とは別の感情が湧き出した。
 ヴァルドーの口元が、ニィッと笑みを漏らす――そして小さく呟く。
「……素晴らしい」
 と。
 そしてすぐに言葉を続けた。
「……しかし妙ですね。2体のモンスター間の攻撃力は3000ポイント、だが私のライフは減少していない……これはどういうことでしょうか?」
 ヴァルドーの決闘盤は依然、ライフポイント4000を示している――そのことに関して、“少女”に説明を求める。
「……『デスオネスト』のもう一つの効果。この効果を受けたモンスターのバトルにより発生するダメージは無効となり、その数値分のライフを私は得る。さらに『堕天使 ジャンヌ』の効果により、戦闘で破壊したモンスターのレベル×300のライフポイントを回復。よって――」
 優しい闇が“少女”が包み、彼女は瞳を閉じて、その癒しを享受した。

 “少女”のLP:400→3400→5800

「……そしてバトル終了後、エンドフェイズ移行前に……除外した『ダーク・スネーク』の効果を発動。除外されたこのカードを手札に戻す。ターンエンド」

 堕天使 ジャンヌ:攻6100→攻3100

ダーク・スネーク  /闇

【爬虫類族】
1ターンに1度、ゲームから除外された
「ダーク・スネーク」を手札に戻す事ができる。
攻 300  守 250


<    >
LP:5800
 場:堕天使 ジャンヌ(攻3100)
手札:1枚(ダーク・スネーク)
<ヴァルドー>
LP:4000
 場:ライトロード・マジシャン ライラ
手札:2枚


 会場が沸いた――見事な、見事すぎる逆転劇に。
 “少女”のエンド宣言と同時に、『デスオネスト』の効果による黒翼は消え失せた――しかし依然、“ジャンヌ”の攻撃力は3100ポイントを誇る。
 ライフポイントも場の戦況も、完全に逆転したのだ。


(……このデュエル……勝てる)
 “少女”はすでに、確信に近い感触を抱いていた。

 ――身体が軽い
 ――望んだカードが来る
 ――直感が冴える
 ――思考もクリアに働く

 だからこそ――理解してしまった。
 自分の置かれた状況を、その“絶望”の意味を。

 ――自分が死ぬか
 ――世界を殺すか

 “これ”は――そういう二択なのだと。




決闘99 凌駕する決闘


「――スゲェな、あの嬢ちゃん……このまま負けるかと思ったら、一気に逆転しちまったぜ、エマルフ?」
 観客席の一席にて、“ジャン”はフランクフルトを片手に、隣に少年に話し掛けた。
 しかし返答がない。
 少年――エマルフ・アダンは神妙な面持ちで、デュエルフィールドを見つめていた。
(……まーた難しいこと考えてるのかね、この子は……)
 面倒臭そうに後頭部を掻きながら、ジャンはエマルフを覗き込み、もういちど話し掛けてみる。
「あの翼の立体映像(ソリッド・ビジョン)……何のカード効果なんだろうな? アレが出てから急に逆転したけど……やっぱ関係あんのか?」
 気安い口調で問うジャンに、エマルフは今度こそ応える。神妙な面持ちのままで、

「――ソリッド・ビジョンじゃないよ……あれ」

 と。
 ジャンの両目が点になり、「何言ってんだオマエ」と、おどけた調子で言われた。

 しかしエマルフには分かったのだ――彼の優れた“直感”は、この事態の危険性を察知していた。その翼が『立体映像ではない』事実に、“確信”を持つことができた。

 だが哀しいかな、彼には行動を起こすことまではできなかった。
 ただならぬこの事態に、如何なる対処をすべきかまでは知らなかった。
 故に、彼は見守る――神妙に、このデュエルの行く末を。





<    >
LP:5800
 場:堕天使 ジャンヌ(攻3100)
手札:1枚(ダーク・スネーク)
<ヴァルドー>
LP:4000
 場:ライトロード・マジシャン ライラ
手札:2枚


「――私のターンですね……ドロー」
 逆転されたばかりとは思えない軽やかな手つきで、ヴァルドーはカードを引き抜く。
 そしてカードを一瞥し、柔らかく微笑んだ。
「いやあ……実にお見事でした。『カオス・ソルジャー −開闢の使者−』は紛れもなく、私のデッキに“1枚きり”のエースモンスター。それを1ターンで、こうも容易く処理されてしまうとは……ね」

 彼のその発言に対し、2人の人間が疑念を抱いた。
 月村浩一と、ガオス・ランバート――この2人だけは、ヴァルドーが3枚の“開闢の使者”をペガサスから受け取っていることを知っている。しかし彼は、それをデッキに1枚しか入れていないと言う――ならば残る2枚はどうしたのか?

「……でもね、そう簡単には負けませんよ? 何故なら、私のデッキも――」
 手札から1枚のカードを選び取り、ヴァルドーは囁く。
「何故なら私のデッキも――貴女と“同じ”ですから」
「……!?」
 “同じ”――その言葉の意味を“少女”が理解するより早く、ヴァルドーはプレイを始めていた。
「私は『ライトロード・マジシャン ライラ』を生け贄に捧げ――出でよ、『ライトロード・エンジェル ケルビム』!!」
 ヴァルドーの場にはまたもや、白い翼を生やした“天使”が降臨した。


ライトロード・エンジェル ケルビム  /光
★★★★★
【天使族】
このカードが「ライトロード」と名のついた
モンスターを生け贄にして生け贄召喚に成功した時、
デッキの上からカードを4枚墓地に送る事で
相手フィールド上のカードを2枚まで破壊する。
攻2300  守 200


「『ライトロード・エンジェル ケルビム』……効果発動! デッキの上からカード4枚を墓地へ送ることで、相手の場のカードを破壊します! ゆきなさい、ケルビム――“ライト・バニッシュメント”!!」

 ――カァァァァァァァッ!!!!!!!

 天使の持つ錫杖が、眩い光を発する。
 それは“少女”のフィールドを照らし、黒翼の“堕天使”を浄化し、消滅させた。
 3100ポイントもの攻撃力を備えた“ジャンヌ”が、いとも容易く攻略される――そして彼女の場にはもう、1枚のカードも残されていない。
「どうです……中々のものでしょう? 我が魂のデッキ“ライトロード”――これは、いま貴女が使っているデッキと“同じ”なんですよ。この言葉の意味、今の貴女なら理解してくれますよね?」
 “少女”はわずかに顔をしかめる。
 彼が先ほどから出す“ライトロード”という名のカード――通りで聞き覚えが無いハズだ。
 それらはつまり、彼だけが持つ、彼のためだけのカード群なのだ――いま彼女が使うデッキと、同じように。
「さて……続けましょう。ケルビムの直接攻撃! “ホーリー・アセンション”!」
 ヴァルドーの宣言とともに、天使の錫杖から光弾が練り出され、“少女”に向けて放たれる。
 “少女”は身構えるが、その前に“千年聖書”が立ちはだかった。

 ――カァァァァァッ!!

 “聖書”のウジャトが輝くと、“少女”の周囲を薄紫の膜が覆う。

 ――バシィィィッ!!!

 光弾は膜に弾かれ、“少女”までは届かない。
 しかし当然、攻撃を止めた扱いにはならない――ケルビムの攻撃力2300ポイント分が、“少女”のライフから差し引かれる。

 “少女”のLP:5800→3500

(……! そうだ、それで良い)
 それは、ヴァルドーにとって計算通りのこと――そうでなくては困る。そうでなければ、彼は全力で闘えない。
「私はカードを1枚セットし……ターン終了です」
 あくまで落ち着いた様子で、ヴァルドーはターンを“少女”に譲った。


<    >
LP:3500
 場:
手札:1枚(ダーク・スネーク)
<ヴァルドー>
LP:4000
 場:ライトロード・エンジェル ケルビム,伏せカード1枚
手札:1枚


「……私のターン、ドロー! 手札から魔法カード発動……『闇の誘惑』!」


闇の誘惑
(魔法カード)
自分のデッキからカードを2枚ドローし、
その後手札の闇属性モンスター1体をゲームから除外する。
手札に闇属性モンスターがない場合、手札を全て墓地へ送る。


 “少女”はカードを2枚引くと、除外するカードを迷わず選んだ。
 するとそのカードは、彼女の手元から消滅する――しかしすぐに、再びその姿を現した。
「……『ダーク・スネーク』の効果。1ターンに1度、除外されたこのカードを手札に戻すことができる」
 迷わずそれを掴み取り、そして別のカードに持ち替えた。
「……そして! 私は『闇討ち又佐』を召喚! 攻撃表示!」
 “闇”を纏う侍が現れ、腰の妖刀に右手を掛け、居合い抜きの構えをとる。


闇討ち又佐  /闇
★★★
【戦士族】
このカードが攻撃したターンのバトルフェイズ中、手札から闇属性
モンスター1体を捨てる事で、このカードはもう1度だけ攻撃できる。
自分のバトルフェイズ中、このカードは戦闘では破壊されず、
このカードの戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になる。
このモンスターの攻撃を受けたモンスターの攻撃力は、
エンドフェイズ時までこのモンスターの攻撃力分ダウンする。
攻1300  守 800


「そしてバトルフェイズ……『闇討ち又佐』で、ケルビムを攻撃!」
「!? 攻撃力1300で、攻撃……?」
 ケルビムは錫杖を構え、迎撃の構えをとる。
 しかし次の瞬間、又佐の姿が消え失せる――バトルすべき相手を見失い、ケルビムはうろたえて、左右を見回した。

 ――ガキィィィィィィンッ!!

 不意の異変に、ケルビムの両眼が驚愕に見開かれる。
 右手に持っていた錫杖が、弾き飛ばされてしまったのだ――いつの間にか懐に飛び込んでいた、又差の居合い抜きによって。
 払われた錫杖は、ケルビムから離れた床に突き刺さる。頼みの武器を失って、ケルビムはたまらず後ずさる。

 ライトロード・エンジェル ケルビム:攻2300→攻1000

「……これが、『闇討ち又佐』の能力。さらに、手札から闇属性モンスターを捨てることで――2度目の攻撃を行うことができる。『闇討ち又佐』の追撃っ!!」
 “少女”がカードを墓地に捨てると同時に、宣言が終わるよりも早く、又佐は返す刃でケルビムを斬り裂いていた。

 ――ズバァァァァッ!!

 致命傷を負い、ケルビムの姿は消滅する。
 それにより、ヴァルドーのライフは初めて削られることになる――と、それと同時に、

 ――ドクン……ッ!!

「!!! グゥ……ッッ!!?」
 ヴァルドーは胸を押さえ、呻き声を漏らした。

 ヴァルドーのLP:4000→3700

(何という激痛だ……! “闇のゲーム”とはいえ、これが……たった300ポイント分の痛みか!?)
 常人ならば発狂しかねない程の衝撃に、ヴァルドーは歯を食い縛り、堪える。
 対する“少女”は、2300ポイント分のダメージを受けても、平気な顔をしていた――“千年聖書”が、そのダメージの全てを吸収したからだ。
 一方のみが激痛を負い、もう一方は一切の痛みを被らない――“闇のゲーム”でありながら、あまりにも不公平な条件。だがヴァルドーにしてみれば、むしろその方が好都合だった。
(そうだ……それでいい! 彼女をしっかり護って下さいよ、“千年聖書”……!!)
 ヴァルドーは微笑みを繕って、デッキのカードに指を掛ける。


<    >
LP:3500
 場:闇討ち又佐
手札:1枚
<ヴァルドー>
LP:3700
 場:伏せカード1枚
手札:1枚


「私のターン……ドロー! なるほど、大型モンスター1体では貴女の勢いを止めることは出来ないようだ。ならば――こんなカードはどうです?」
 ヴァルドーは迷わず、手札から1枚の魔法カードを発動する。


光の援軍
(魔法カード)
自分のデッキの上からカードを3枚墓地へ送って発動する。
自分のデッキからレベル4以下の「ライトロード」と
名のついたモンスター1体を手札に加える。


「デッキからカード3枚を墓地へ送り……さらにレベル4以下の“ライトロード”を手札に加える。私が選ぶのはこのカードです――『ライトロード・サモナー ルミナス』! 攻撃表示!!」


ライトロード・サモナー ルミナス  /光
★★★
【魔法使い族】
1ターンに1度、手札を1枚捨てる事で自分の墓地に存在する
レベル4以下の「ライトロード」と名のついたモンスター1体を
自分フィールド上に特殊召喚する。このカードが自分フィールド上に
存在する場合、自分のエンドフェイズ毎に、自分のデッキの上から
カードを3枚墓地に送る。
攻1000  守1000


「そしてルミナスの効果発動! 手札を1枚捨てることで、墓地の“ライトロード”1体を蘇らせる! この効果により、私は――そうですね、『ライトロード・パラディン ジェイン』を選択しましょう。当然、攻撃表示です」
 ヴァルドーの場に、一挙に2体の“ライトロード”が立ち並ぶ。
 2体とも、そこまで高いステータスを誇るわけではない――しかし現在、“少女”の場には、攻撃力1300の低級モンスターが1体のみ。それでも十分な脅威となり得る。


ライトロード・パラディン ジェイン  /光
★★★★
【戦士族】
このカードは相手モンスターに攻撃する場合、
ダメージステップの間攻撃力が300ポイントアップする。
このカードが自分フィールド上に存在する限り、自分の
エンドフェイズ毎に、自分のデッキの上からカードを2枚墓地に送る。
攻1800  守1200


「ではいきますよ……バトル! ジェインで『闇討ち又佐』を攻撃! “ライトニング・セイバー”!」

 ――ズバァァァッ!!!

「……っ!」
 なす術なく又佐を破壊され、“少女”の身体がわずかによろける。
「……おっと、説明が遅れましたが……攻撃時、ジェインの効果が発動します。ダメージステップ中のみ、攻撃力が300ポイント上がりますよ。つまり貴女は、その数値分の追加ダメージを受けることになります」
「……!」

 “少女”のLP:3500→2700

「……そして、これで貴女の場はガラ空きだ……ルミナスの直接攻撃!」

 ――バシィィッ!

 ルミナスが光弾を放ち、“聖書”がそれを受け止める。
 しかし当然、ゲーム上のダメージは通る。決闘盤の表示するライフが、さらに0へと近づく。

 “少女”のLP:2700→1700

「……そして、これで終わりではありませんよ? 永続トラップオープン! 『閃光のイリュージョン』!!」


閃光のイリュージョン
(永続罠カード)
自分の墓地から「ライトロード」と名のついたモンスター1体を
選択し、攻撃表示で特殊召喚する。自分のエンドフェイズ毎に、
デッキの上からカードを2枚墓地に送る。このカードが
フィールド上から離れた時、そのモンスターを破壊する。
そのモンスターがフィールド上から離れた時このカードを破壊する。


「このトラップは、墓地の“ライトロード”を復活させる、専用蘇生カードです。この効果により私は……そうですね、このモンスターを選びましょうか。『ライトロード・ウォリアー ガロス』!!」


ライトロード・ウォリアー ガロス  /光
★★★★
【戦士族】
自分フィールド上に存在する「ライトロード・ウォリアー ガロス」以外の
「ライトロード」と名のついたモンスターの効果によって自分のデッキから
カードが墓地に送られる度に、自分のデッキの上からカードを2枚墓地に送る。
このカードの効果で墓地に送られた「ライトロード」と名のついたモンスター
1体につき、自分のデッキからカードを1枚ドローする。
攻1850  守1300


「フフフ……どうです? 我が自慢の“ライトロード”……展開力も中々のものでしょう?」
 新たに3体目の“ライトロード”が現れる。
 攻撃力は1850、“少女”の残りライフを超過している。
 そして“少女”の場には、1枚のカードも残されてはいない――つまりこれは“チェック”。彼女に何の対抗策もなければ、ヴァルドーに勝利がもたらされる。


<    >
LP:1700
 場:
手札:1枚
<ヴァルドー>
LP:3700
 場:ライトロード・サモナー ルミナス,ライトロード・パラディン ジェイン,
   ライトロード・ウォリアー ガロス,閃光のイリュージョン
手札:0枚


(…………。彼女の手札は残り1枚……ですか)
 しかしこの状況で、ヴァルドーは微塵も勝利を信じていなかった。
 何らかの手段で、彼女は必ず攻撃を防ぐハズ――そう確信し、そして信頼していた。
「では、見せて頂きましょう……ガロスの直接攻撃! “ホーリー・アクス”!!」
 長柄の斧を振りかざし、ガロスは“少女”に躍りかかる。
 “少女”は、動かない。残された最後の手札を、プレイする気配も見せない。
 その様は、ヴァルドーの心を一瞬ヒヤリとさせる――が、すぐにその答えは出た。

 ――ガキィィィィッ!!

 ガロスの戦斧は、半透明の戦士により受け止められる――その姿に、ヴァルドーは見覚えがあった。
「『ネクロ・ガードナー』……? いや、違いますか。これは……」
 “少女”の墓地から、1枚の闇属性モンスターカードが弾き出される。しかし、除外されるのは、その戦士ではなく――“ジャンヌ”の生け贄として墓地へ送られていた『ダーク・モモンガ』だ。


ダーク・ガードナー  /闇
★★★
【戦士族】
自分の墓地にこのカードが存在するとき発動できる。
戦闘ダメージ計算時、自分の墓地から、このカード以外の
レベル3以下の闇属性モンスター1体をゲームから除外する
ことで、自分が受ける戦闘ダメージを1度だけ0にする。
「ダーク・ガードナー」の効果は1ターンに1度しか
発動できない。
攻 600  守1300


「……『ダーク・ガードナー』の効果発動! 1ターンに1度、墓地のレベル3以下の闇属性モンスター1体を除外することで、私が受けるダメージを1度だけ 無効にする。さらに、コストとして『ダーク・モモンガ』を除外したことにより――第2の効果を選択し、発動! 私のライフを1000ポイント回復する」

 “少女”のLP:1700→2700

 ヴァルドーは思わず口笛を吹いた。
「流石ですね……追い詰めたかと思いきや、さらに回復までするとは。なるほど、『闇討ち又佐』の効果発動コストで、墓地へ送っていたのはそのカードでしたか」
 だが裏を返せば、“少女”の手札に残されているのは『ダーク・スネーク』のみということ。このターン、ヴァルドーが圧倒的有利な陣形を構築したのは間違いない。
 さらに、
「……まだ終わりではありませんよ? エンドフェイズ時、ルミナスの効果により……デッキから3枚のカードを墓地へと送る。それによりガロスの効果が発 動……ガロス以外のモンスター効果によってデッキからカードが墓地へ送られる度、さらに2枚のカードを墓地へ送ります。そして、この効果で墓地へ送った “ライトロード”1体につき、私はカードを1枚ドローできる……」
 ヴァルドーはデッキから3枚をめくり、墓地へ送る。さらに2枚をめくり――微笑んだ。
「これは良い……2枚とも“ライトロード”ですね」
 嬉しげに微笑み、その2枚を“少女”に公開する。


ライトロード・ドルイド オルクス  /光
★★★
【獣戦士族】
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
「ライトロード」と名のついたモンスターを
魔法・罠・効果モンスターの効果の対象にする事はできない。
このカードが自分フィールド上に存在する限り、自分の
エンドフェイズ毎に、自分のデッキの上からカードを2枚墓地に送る。
攻1200  守1800


ライトロード・スピリット シャイア  /光
★★★
【天使族】
このカードの攻撃力は、自分の墓地に存在する「ライトロード」と
名のついたモンスターの種類×300ポイントアップする。
このカードが自分フィールド上に存在する限り、自分のエンド
フェイズ毎に、自分のデッキの上からカードを2枚墓地へ送る。
攻 400  守 400


「ガロスの効果により2枚ドロー。ああ、それからジェインの効果も発動しますね。デッキから2枚を墓地へ送り……さらにガロスの効果で、同じ2枚を墓地へ送ります」
 そしてその2枚を、予定調和のごとく“少女”に見せつける。


ライトロード・プリースト ジェニス  /光
★★★★
【魔法使い族】
「ライトロード」と名のついたカードの効果によって自分のデッキから
カードが墓地へ送られたターンのエンドフェイズ時、相手ライフに
500ポイントダメージを与え、自分は500ライフポイント回復する。
攻 300  守2100


ライトロード・シーフ ライニャン  /光
★★
【獣族】
このカードが表になったとき、効果を発動する。
自分の墓地に存在する「ライトロード」と名のついた
モンスター1体を選択してデッキに戻し、
自分のデッキからカードを1枚ドローする。
攻 100  守 100


「さらに2枚ドロー……。ああ、それから『閃光のイリュージョン』の効果処理も必要でしたね。デッキから2枚を墓地へ送ります」
 ヴァルドーのデッキから、とてつもないスピードでカードが消費されてゆく。ドローしたカードも含めれば、このターン、実に19枚ものカードが失われたことになる――これが“ライトロード”デッキ。その強力な効果故に、デッキから莫大なコストを支払う必要がある。
「……! フム……やっと来ましたか」
 最後にめくった2枚を見て、ヴァルドーは意味ありげな笑みを浮かべた。
 それらを墓地へ送ると――そのうちの1枚が、輝きだした。

 ――カァァァァァァァッ……!!!

 すぐに、その光源たるカードを抜き出し、ヴァルドーは盤にセットする。
「フフ……このカードは、デッキから墓地へ送られたとき、特殊召喚されます。『ライトロード・ビースト ウォルフ』、攻撃表示です!」
 白い甲冑を着た獣戦士が現れ、戦闘態勢をとった。


ライトロード・ビースト ウォルフ  /光
★★★★
【獣戦士族】
このカードは通常召喚できない。
このカードがデッキから墓地に送られた時、
このカードを自分フィールド上に特殊召喚する。
攻2100  守 300


 目にした誰もが、現実を疑いたくなるような光景だった。
 わずか1ターンで、ヴァルドーは場には4体ものモンスターが並んだ――さらには手札も、4枚まで増えた。あり得ない、信じがたい程の展開力と回転力。常識を遥かに凌駕したプレイングだった。


<    >
LP:2700
 場:
手札:1枚(ダーク・スネーク)
<ヴァルドー>
LP:3700
 場:ライトロード・サモナー ルミナス,ライトロード・パラディン ジェイン,
   ライトロード・ビースト ウォルフ,ライトロード・ウォリアー ガロス,
   閃光のイリュージョン
手札:4枚


 これにより、“少女”は大きく追い詰められたことになる。
 普通ならば、当然に匙を投げる戦況だ――しかし彼女は落ち着いた様子で、右手を胸に当て、瞳を閉じる。
(……この程度では勝てない。もっと……もっと強く!)
 “聖書”のウジャトが輝く。背中の“翼”が、不穏にざわめく。


 ――私は飛べる……もっと強く

 ――もっと高く
 ――もっと深く
 ――もっと遠くへ


 ――ズォォォォォ……ッ!

 “翼”のまとう“闇”が増し、そのサイズが僅かに大きくなる。
 かっと瞳を見開くと、“少女”は勢いよく、デッキへ指を伸ばした。
「――私のターン、ドローッ! 私は『ダーク・ガンナー』を召喚、攻撃表示!!」
 引き当てたばかりのカードを、威勢良く盤にセットする。“少女”の場に、漆黒のロボットが喚び出された。


ダーク・ガンナー  /闇
★★★
【機械族】
魔法・罠カードの効果の対象になった時、このカードを破壊する。
1ターンに1度、このカードが戦闘を行うとき、
自分のデッキのカードを上から3枚まで除外することができる。
このカードの攻撃力・守備力はエンドフェイズ時まで、
この効果で除外したカードの枚数×500ポイントアップする。
また、このカードがゲームから除外されたとき、カードを1枚ドローする
(この効果は同名カードを含め、デュエル中1度しか使用できない)。
攻 400  守 400


「……バトル! 『ダーク・ガンナー』で、『ライトロード・パラディン ジェイン』に攻撃!!」
「! 攻撃力400のモンスターで攻撃……ですか」
 ミスプレイ、のはずはない。
 当然、何らかの特殊能力が発動するはず――ヴァルドーのその読み通り、“少女”は声高に宣言する。
「この瞬間、『ダーク・ガンナー』の効果を発動! デッキの上からカード3枚を除外することで、このターン、攻撃力を1500ポイントアップする!!」
 “少女”はデッキに指を掛け、一呼吸置く。
 これから除外する3枚が、このターンの死活を決める――それを理解した上で、“翼”をはためかせ、カードをめくる。
 めくられたカードの正体は――『ダーク・トマト』、『闇嵐』、『ダーク・ウィルス』の3枚。
 初見のはずの、それらのカードの効果を、“少女”は寸分違わず把握している。だからすぐに、それらの効果処理に入った。
「――『ダーク・ウィルス』の効果発動! 除外されたとき、3種の効果のうち一つを選択して発動する……私は第1の効果を選択し、発動! 同名モンスター2体を、デッキより攻撃表示で特殊召喚っ!!」


ダーク・ウィルス  /闇
★★
【悪魔族】
戦闘によって破壊されたこのカードはゲームから除外される。
このカードが除外されたとき、以下の効果から1つを選択して発動する。
●デッキから「ダーク・ウィルス」をフィールド上に攻撃表示で特殊召喚する。
●相手に500ポイントのダメージを与える。
●場のモンスター1体の攻撃力を500ポイント下げる。
攻1000  守 100


 “少女”のフィールドに、巨大な漆黒の球体が2体並ぶ。
 さらに、
「――さらに『ダーク・トマト』の効果! 墓地の、3体目の『ダーク・モモンガ』を除外することで……デッキから攻撃力1500以下の闇属性モンスター1体を特殊召喚する!」 
 加えて、この瞬間、『ダーク・モモンガ』の効果が発動し――“少女”のライフは1000回復する。

 “少女”のLP:2700→3700



ダーク・トマト  /闇
★★★★
【植物族】
戦闘によって破壊されたこのカードはゲームから除外される。
このカードが除外されたとき、自分の墓地の闇属性モンスター1体を
ゲームから除外することで、自分のデッキから攻撃力1500以下の
闇属性モンスター1体を自分フィールド上に攻撃表示で特殊召喚する。
「ダーク・トマト」の効果は1ターンに1度しか発動できない。
攻1400  守1100


「……この効果によりデッキから――いでよ、『ダーク・スナイパー』!!」
 “少女”のフィールドには新たに、漆黒の銃を構えた小悪魔が召喚された。


ダーク・スナイパー  /闇
★★★★
【悪魔族】
手札から闇属性モンスター1体を捨てる。
フィールド上に存在するカード1枚を選択し破壊する。
この効果は1ターンに1度、自分のメインフェイズ時に発動できる。
この効果を発動したターンのエンドフェイズ時、デッキから
カードを1枚ドローする。
攻1500  守 600



<    >
LP:3700
 場:ダーク・ガンナー(攻1900),ダーク・スナイパー,ダーク・ウィルス×2
手札:1枚(ダーク・スネーク)
<ヴァルドー>
LP:3700
 場:ライトロード・サモナー ルミナス,ライトロード・パラディン ジェイン,
   ライトロード・ビースト ウォルフ,ライトロード・ウォリアー ガロス,
   閃光のイリュージョン
手札:4枚


 観衆は、再び目を疑うことになる。
 絶体絶命の状況から、“少女”の場にも4体のモンスターが並んだ――こちらも、常識を大きく凌駕した展開力とコンボ性。
 そして、どちらが勝っていたかは、このターンの攻防ではっきりする。
「バトルを続行……! 『ダーク・ガンナー』で、『ライトロード・パラディン ジェイン』を攻撃!!」
 不恰好なロボの両腕から、泥のような“闇”が放たれる。ジェインはそれに抗わんと剣を振るうが、無意味――相手ターン中、ジェインの攻撃力は1800のままなのだ。

 ――ズガァァァァァッ!!

「!! ぐぅ……ッッ!!」
 与えられた激痛を、ヴァルドーは噛み締め、受け止める。

 ヴァルドーのLP:3700→3600

「二撃目っ……! 『ダーク・ウィルス』で、『ライトロード・サモナー ルミナス』と相殺!!」

 ――ズガァァァッ!

 黒の球体が、ルミナスに体当たりし、ともに爆散する。
 しかしその後には、不気味な――黒い気体が残った。それは意志を持ったように動き、ヴァルドーの場の“ガロス”にまとわりつく。
「……戦闘により破壊された『ダーク・ウィルス』はゲームから除外される……。それにより、第3の効果を選択し――発動! 場のモンスター1体の攻撃力を500ポイント下げる!」
 対象とされたのは当然“ガロス”――黒い、毒霧を吸ってしまった“ガロス”は、苦悶に表情を歪ませ、うずくまる。

 ライトロード・ウォリアー ガロス:攻1850→攻1350

「そして、三撃目……! 『ダーク・スナイパー』で“ガロス”を攻撃! “ダーク・スナイプ・ショット”!」

 ――ズガァァンッ!!

 小悪魔の放った弾丸が、“ガロス”を撃ち抜き、破壊する。
「!! ぐあ……ッッッ!!!」
 ヴァルドーは再び堪え、その攻撃をただ受け入れる。

 ヴァルドーのLP:3600→3450

「……これでバトルは終了。最後に、手札の闇属性モンスターを墓地へ送り……『ダーク・スナイパー』の効果発動! 『ライトロード・ビースト ウォルフ』を撃ち抜く――“カーシド・バレット”!!」
 『ダーク・スネーク』の魂を弾丸とし、小悪魔は再び銃を構える。

 ――ズガァァァンッッ!!!

 放たれた“闇”は、光の獣戦士を微塵に撃ち砕いた。
 未だ残る痛みに表情を歪めながら、ヴァルドーはその様を見つめた。
「……そしてエンドフェイズに、『ダーク・スナイパー』の効果でカードを1枚ドローし……ターン終了」
 喜びの感情は見せず、むしろ当然の如く、“少女”はエンド宣言を済ます。

 ダーク・ガンナー:攻1900→攻400


<    >
LP:3700
 場:ダーク・ガンナー,ダーク・スナイパー,ダーク・ウィルス
手札:1枚
<ヴァルドー>
LP:3450
 場:
手札:4枚


 観衆の誰もが、唖然とする光景だった。
 1ターン前の戦況から、このような未来が想像できたろうか――いや、できるわけがない。それ程までの、“不自然”とも思える逆転劇だった。
 まるで何者かの“見えざる手”が、デュエルを、“運命”を操作しているかのような――不気味なほどの好展開。
 常識を遥かに凌駕した、“化け物”じみたデュエルだった。





「――何よあのロリっ娘……あんなに強かったわけ?」
 観客席の一席にて、太倉深冬は唾を飲み込んだ。
 常識を遥かに逸脱した、“化け物”じみたデュエルに――彼女の身体は疼(うず)き、震える。
 闘ってみたい――彼女が抱くのは、純粋な闘争心。狂気にも似た好奇の眼で、デュエルの動向を凝視する。

 一方、その隣の席では、岩槻瞳子が同様に身体を震わせていた。しかしその理由は、深冬のものとは全く異なる。
(……何、この感じ……? あの子の翼、さっきより更に大きくなった……?)
 彼女の心に宿った感情――それは“恐怖”。少女の背中の“翼”に対し、ひどく心を揺さぶられる。
 これから何か、とても恐ろしいことが起ころうとしているのではなかろうか――そんな不確かな危惧を覚える。





 そしてデュエルフィールド下では、黙々と、食い入るようにデュエルフィールドを見上げる人物がいた。
 その人物――神無雫は、“少女”を見つめていた。いや、正確には、彼女の背の“翼”を。
「………………」
 食い入るように、“物欲しげに”――雫は“翼”を見つめ続けた。





(……彼女の場にはモンスターが3体。対する私の場はガラ空き……ですか)
 4枚の手札を眺めながら、ヴァルドーは次なる策を練る。
(多少のアドバンテージでは、すぐに巻き返されてしまいますね。何か、万全のフィールドを構築するための……絶対的な存在が要る)
 となれば、ここで必要なのは――数種類のカードを思い浮かべ、ヴァルドーはデッキに指を掛ける。
「私のターンです……ドロー!」

 ドローカード:死者転生

「フフ……手札を1枚捨て、魔法カード『死者転生』を発動!」
「! 『死者転生』……!」
 厄介なカードの発動に、“少女”はわずかに眉をひそめる。


死者転生
(魔法カード)
手札を1枚捨てて発動する。
自分の墓地に存在するモンスター1体を手札に加える。


 『死者転生』は、墓地のモンスター1体を手札に戻すカード。
 ならば当然、彼がここで手札に加えるのは『カオス・ソルジャー −開闢の使者−』だろう――“少女”のみならず、観衆の全てがそう推測した。
 しかし当のヴァルドーは、決闘盤の墓地スペースを見つめ、考え込んでいた。
(ここは“開闢の使者”が妥当でしょうが……しかし、それも面白くありませんね)
 ならばここは――と、墓地スペースから1枚のカードを抜き取る。
「……私はこのモンスターを手札に加え、特殊召喚しましょう。いでよ――」
 大きな動作を伴って、カードを盤にセットする。
「――『裁きの龍(ジャッジメント・ドラグーン)』!」
「――!?」
 突如、眼前に現れた巨大なドラゴンに、“少女”は思わず目を見張る。


裁きの龍  /光
★★★★★★★★
【ドラゴン族】
このカードは通常召喚できない。
自分の墓地に「ライトロード」と名のついたモンスターカードが
4種類以上存在する場合のみ特殊召喚する事ができる。
1000ライフポイントを払う事で、このカード以外の
フィールド上に存在するカードを全て破壊する。
このカードが自分フィールド上に存在する限り、自分のエンド
フェイズ毎に、自分のデッキの上からカードを4枚墓地へ送る。
攻3000  守2600


(……どういうこと!? このドラゴンの気配は、まるで――)
 “少女”の疑問に答えるべく、ヴァルドーは口を開く。
「……中々のドラゴンでしょう? 何せ、このカードは――」
 そこで一度、口を止める。
 そして意味ありげに微笑むと――口を介さず、“少女”の脳に直接、言葉が伝えられた。

『――貴女の“翼”をモデルに、私自身が造り出したカードですから』

 と。



<    >
LP:3700
 場:ダーク・ガンナー,ダーク・スナイパー,ダーク・ウィルス
手札:1枚
<ヴァルドー>
LP:3450
 場:裁きの龍
手札:3枚



決闘100 闇(ゾーク)の世界


 ――貴女という“イヴ”を得たがために、私は“絶望”という“罪”を負った

 ――“始まり”の人造人間(ホムンクルス)として、私はこの世に生を受けた
 ――故に、世界にただ1つ、ただ1人の存在としての私

 ――故に、疑念をはさむ余地はなく
 ――創造者“シャイ”の意志のまま、色の無い世界を生きていた

 ――それは私にとって、“楽園(エデン)”と呼ぶに近しき世界だったのかも知れない


 ――怒りを知らず
 ――哀しみを知らず
 ――憎しみを知らず
 ――恐れを知らず

 ――不安を知らず
 ――嫌悪を知らず
 ――嫉妬を知らず
 ――そして、“絶望”を知らない


 ――貴女という“果実”を食したがために、私の世界は地に堕ちた
 ――貴女という“他者”を得ることで、私は“己”を得てしまった


 取り戻したい過去を持つ
 ――故に“己”を拒み

 守りたい現在(いま)を持つ
 ――故に“己”を知らず

 手に入れたい未来を持つ
 ――故に“己”を求める


 ――かつて“楽園(エデン)”を棄てた、“始まり”のヒトのように
 ――“始まり”のホムンクルスたる私もまた、同様に

 ――“絶望”という“罪”を負い、地に這う“人間”へと成り下がったのだ





 白き巨躯のドラゴンが、デュエルフィールドを制圧する。
 翼を悠然と広げ、けたたましい咆哮を上げ、自身の絶対性を強調する。
『どうです、ティルス……? 我が“精霊(カー)”を“材料”にした“光の終焉龍”――お気に召して頂けましたか?』
 “少女”の脳に言葉を届け、ヴァルドーはニイッと笑みを浮かべる。


<    >
LP:3700
 場:ダーク・ガンナー,ダーク・スナイパー,ダーク・ウィルス
手札:1枚
<ヴァルドー>
LP:3450
 場:裁きの龍
手札:3枚


 言葉の意味が分からず、眉をひそめる“少女”に対し、『簡単なことですよ』とヴァルドーは伝える。
『私は元々『カオス・ソルジャー −開闢の使者』のカードを3枚所持していたのです。そのうちの1枚を、我が魔術の力により変容させてみた……それだけのこと。大したことではないでしょ う? 貴女も我が“精霊”のカードを基に、“闇の終焉龍”をカード化したのですから……それと似たようなモノですよ』
「…………!」
 “少女”は顔をしかめ、その白きドラゴンを見上げる。

 ヴァルドーが“終焉の翼”をモデルに生み出したという“光の終焉龍”――ならば、その能力は如何様なものなのか?

「……では、早速お見せいたしましょう。ライフを1000ポイント支払い――『裁きの龍』の特殊能力発動」

 ヴァルドーのLP:3450→2450

 ――カァァァァァッ……!!!

 ヴァルドーの魂の一部を糧に、『裁きの龍』の全身に“光”が満ち始める。
 そして、その翼が開くと同時に、ヴァルドーは声高に宣言した。

「――“裁きの光(ジャッジメント・ライト)”!!」

 ――カッ!!!!!!!!

 その瞬間、強く鋭い光が、フィールド全体を――否、デュエルドーム内全体を照らした。
 両デュエリストのみならず、観衆もまた、堪らずに視界を閉ざす。
 そして再び開くと、フィールドには何も残されていなかった――“『裁きの龍』以外には”。


<    >
LP:3700
 場:
手札:1枚
<ヴァルドー>
LP:2450
 場:裁きの龍
手札:3枚


「……『裁きの龍』の特殊能力は、私のライフ1000ポイントを糧に、場のカードを全て破壊する効果です――『裁きの龍』自身を除いて、ね」
 さらりと説明するヴァルドーに対し、“少女”は苦々しげに表情を歪めた。


裁きの龍  /光
★★★★★★★★
【ドラゴン族】
このカードは通常召喚できない。
自分の墓地に「ライトロード」と名のついたモンスターカードが
4種類以上存在する場合のみ特殊召喚する事ができる。
1000ライフポイントを払う事で、このカード以外の
フィールド上に存在するカードを全て破壊する。
このカードが自分フィールド上に存在する限り、自分のエンド
フェイズ毎に、自分のデッキの上からカードを4枚墓地へ送る。
攻3000  守2600


(場のカードを一掃しつつも、自身は生き残る効果……! 手札への干渉や効果ダメージこそ無いとはいえ、これは――)
 警戒心を強める“少女”に対し、しかし、ヴァルドーは軽い口調で告げた。
「やはり駄目ですね……とんだ“失敗作”だ、このカードは」
「……!?」
 “少女”は耳を疑う。ヴァルドーは平然と、同様の口調で続けた。
「……だってそうでしょう? 手札への干渉や効果ダメージが無いのはさておき、このドラゴンの特殊能力は“自己を破壊できない”――その程度の破壊力しか持たない。貴女の“終焉龍”には遠く及ばない……劣化カードもいいところですよ、ねぇ?」
 ヴァルドーは同意を求めてくる。しかし当然、“少女”は首肯をしなかった。

 確かに、対象がフィールドに限定される分、“終焉の使者”ほどの爆発的破壊力は無いかも知れない――だが、場の制圧力は明らかに『裁きの龍』が上だ。
 相手の場を全滅させた上で直接攻撃を仕掛ければ、3000ポイントもの戦闘ダメージを与えることもできる。どちらが上とは一概に言えない、超強力な切札だ。

「……さて。ではバトル開始前に……モンスターを追加しておきましょう。『ライトロード・モンク エイリン』! 攻撃表示!」


ライトロード・モンク エイリン  /光
★★★★
【戦士族】
このカードが守備表示モンスターを攻撃した場合、
ダメージ計算前にそのモンスターをデッキに戻す。
このカードが自分フィールド上に存在する限り、
自分のエンドフェイズ毎に、自分のデッキの上から
カードを3枚墓地に送る。
攻1600  守1000


 ヴァルドーのモンスターの総攻撃力値は4600、“少女”の残りライフを超過している――だが、これで終わりでないことはヴァルドーも承知済みだ。
「バトル! 『ライトロード・モンク エイリン』でダイレクトアタック! “光の蹴撃”!」

 ――バキィィィッ!!

「……っ」
 “エイリン”の蹴りを受け、“少女”を護る膜がわずかに揺れた。

 “少女”のLP:3700→2100

 ヴァルドーはそこで手を止め、少し考える。“彼女”の墓地には、1ターンに1度発動可能な『ダーク・ガードナー』が存在している。『裁きの龍』による攻撃を仕掛けたところで、当然に防がれるハズだ。


ダーク・ガードナー  /闇
★★★
【戦士族】
自分の墓地にこのカードが存在するとき発動できる。
戦闘ダメージ計算時、自分の墓地から、このカード以外の
レベル3以下の闇属性モンスター1体をゲームから除外する
ことで、自分が受ける戦闘ダメージを1度だけ0にする。
「ダーク・ガードナー」の効果は1ターンに1度しか
発動できない。
攻 600  守1300


(……彼女の墓地には、除外時に効果発動するモンスターが存在する。無闇に攻撃するのは、自殺行為でしょうが――)
 そこまで考えた上で、しかしヴァルドーは、意味ありげな笑みを浮かべ、
「――まあ、ここは攻撃いたしましょう。ジャッジメント・ドラグーン!!」
 主の呼びかけを受けて、白龍は吠え、両翼を広げた。
 口を厳かに開き、その先に白い球体を生み出す。
 そしてそれを起点とし、白の光線が撃ち放たれた。
「ジャッジメント・ドラグーンの直接攻撃――“ホワイト・カノン・バースト”!!」

 ――ドゴォォォォォッッ!!!!

 その攻撃の着弾よりも早く、“少女”の墓地からカードが弾き出される。
「『ダーク・ガードナー』の効果発動! 墓地の『ダーク・ガンナー』を除外し、戦闘ダメージをゼロにする!!」

 ――バジィィィィィッッ!!!!

 半透明の盾持ちが壁となり、“少女”への攻撃を妨げる。さらに、
「さらに『ダーク・ガンナー』の効果! このカードがゲームから除外されたことにより……カードを1枚ドロー!」
「……! フフ……やはりそうきますか。では、私はカードを1枚セットし、エンドフェイズへ移行……『裁きの龍』と“エイリン”の効果により、合計7枚のカードをデッキから墓地へ送り、ターン終了です」
 だいぶ薄くなったデッキを一瞥しつつも、ヴァルドーはあっさりと“少女”にターンを譲る。


<    >
LP:2100
 場:
手札:2枚
<ヴァルドー>
LP:2450
 場:裁きの龍,ライトロード・モンク エイリン,伏せカード1枚
手札:1枚


 自分のターンの開始前に、“少女”は2枚の手札を見つめた。
 魔法・罠カードが1枚ずつ。そのいずれも、ヴァルドーの『裁きの龍』を打破できるカードではない。
 それを理解した上で、デッキのトップカードに指を当てた。
「…………!?」
 と、その瞬間、“少女”は不快げに顔を歪ませる。

 ――強い違和感

 いま自分が触れているカードは、このデッキに“あるべからざるカード”だ――それを感覚的に悟る。

「……? どうしました? 貴女のターンですよ?」
 ヴァルドーが不思議そうに促す。
 “少女”は不愉快げに顔をしかめると、仕方なくそのカードを抜き放った。
「……。私のターン……ドロー」
 と、同時に、“少女”がその正体を確かめるよりも早く、

 ――カァァァァァァァァッ……!!!

 “少女”のフィールドに、2本の光柱が立つ――1つは黄金、もう1つは漆黒。
 その光景を目の当たりにし、ヴァルドーの瞳は驚きに見開かれた。
(まさか……もう来たのか!? こちらはまだ準備が……)
 ヴァルドーの心に、強い焦りが生じる。
 対する“少女”は、2本の光柱を見て、そのカードの正体に合点がいった。
 しかし納得できないのは、彼女の判断よりも早く、そのモンスターの召喚が始まっている点――だが現状、そのカード以外に頼れるカードが無いことも事実。
 “少女”はやむなく、そのカードをかざしてみせた。
「……私は墓地の、『忍者マスターSASUKE』と、3体目の『ダーク・ウィルス』をゲームから除外し……特殊召喚」
 2本の光が混ざり合う。
 黄金に漆黒が混ざり、濁る――そして勝ったのは、“黄金”。黄金の輝きが強みを増し、一本の太い光柱となった。
 予想外のその光景に、ヴァルドーは再び目を見張る。
(“終焉の使者”ではない……!? そうか、これは――)
 次の瞬間、黄金の光の中から、1人の“混沌戦士”が姿を現した。
「――『カオス・ソルジャー −開闢の使者−』!」


カオス・ソルジャー −開闢の使者−  /光
★★★★★★★★
【戦士族】
このカードは通常召喚できない。
自分の墓地の光属性と闇属性モンスターを1体ずつゲームから除外して
特殊召喚する。自分のターンに1度だけ、次の効果から1つを選択して
発動ができる。
●フィールド上に存在するモンスター1体をゲームから除外する。
この効果を発動する場合、このターンこのカードは攻撃する事ができない。
●このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊した場合、
もう1度だけ続けて攻撃を行う事ができる。
攻3000  守2500


 ドーム内がどよめいた。
 デュエル序盤、フィールドを蹂躙し続けていたヴァルドーのエースカードを、今度は“少女”が喚び出した――予想だにせぬ、その展開に。
(……なるほど。ガオス・ランバート、そしてシャーディーの手を渡り……入手したカードですか)
 対照的に、ヴァルドーは平静を取り戻していた。そして無意識に、歓喜の笑みを漏らしてしまう。
「……そして、除外された『ダーク・ウィルス』の効果! 『裁きの龍』の攻撃力を500ポイント下げる!」
「……! やはり……気付いていましたか」
 浮かべた笑みを苦笑に変え、ヴァルドーは『裁きの龍』を見上げる。
 黒い毒霧がその周囲を漂い、『裁きの龍』の巨体が揺らめいた。

 裁きの龍:攻3000→攻2500

(『裁きの龍』は、2枚目の“開闢の使者”を変容させたカード……。しかしその過程で、私の魂とのリンクが弱まり……“神”への進化能力を失ってしまった)
 苦々しげなヴァルドーに対し、“少女”はすかさず畳み掛ける。
「行きなさい、『カオス・ソルジャー −開闢の使者−』――“カオス・ブレード”ッ!!」
 剣を構え、空高く跳躍すると、“開闢の使者”はドラゴンに力強く斬りかかった。

 ――ズバァァァァァッ!!!!

 冴えた斬撃音とともに、ドラゴンは断末の悲鳴を上げる。
 その様には、本来の主と敵対する躊躇など微塵もなく――ヴァルドーは再び激痛を受ける。

 ヴァルドーのLP:2450→1950

(全く……流石は私の“精霊”だ。“彼女”のために剣を振るうのが、そんなに嬉しいのですか……!?)
 苦痛に顔を歪ませながら、ヴァルドーは嫉妬にも似た感情を覚え、忌々しげに舌打ちする。
 彼のそんな心中など気にも留めず、“開闢の使者”は再び剣を構えた。
「……! 相手モンスターを戦闘破壊したことにより――“開闢の使者”の効果発動! このターン、もう1度攻撃を行うことができる!!」
 “神里絵空”には使用できなかった特殊能力。
 しかし、今の自分には使いこなせる――そう確信した上で、“少女”は声高に宣言した。
「『ライトロード・モンク エイリン』に追撃――“開闢双破斬”!!」
 “開闢の使者”は地を駆け、今度は“エイリン”に斬りかかる。
 この攻撃が通れば、ヴァルドーは1400ポイント分ものダメージを受ける――それほどの衝撃を一度に受けてしまえば、意識を保てるかどうかも疑わしい。
「……愛しの姫君を守る、騎士(ナイト)気取りですか……? 通しませんよ! 永続トラップオープン『ライトロード・バリア』ッ!!」


ライトロード・バリア
(永続罠カード)
自分フィールド上に存在する「ライトロード」と名のついた
モンスターが攻撃対象になった時、自分のデッキの上から
カードを2枚墓地へ送る事で相手モンスター1体の攻撃を無効にする。


 ――ガキィィィィッッ!!!!

 “エイリン”の周囲に白の球体が現れ、“開闢の使者”の剣を弾く。
「デッキのカード2枚を墓地へ送ることで、“ライトロード”への攻撃を無効にする……残念でしたね。もし“神”の力を有していれば、この程度のトラップは優に突破できたでしょうが……」
「……。私はカードを2枚セットし、ターンエンド」
 大した動揺は見せることなく、“少女”はターンを終了させた。


<    >
LP:2100
 場:カオス・ソルジャー −開闢の使者−,伏せカード2枚
手札:0枚
<ヴァルドー>
LP:1950
 場:ライトロード・モンク エイリン,ライトロード・バリア
手札:1枚


(……さて。私のデッキも残り10枚程度……少し、急ぐ必要がありますね)
「……私のターンです、ドロー」
 ヴァルドーは落ち着いた様子でカードを引き、それを視界に入れる。

 ドローカード:貪欲な壺

「……! フム……では、少しデッキを補充しておきましょうか。手札から『貪欲な壺』を発動。墓地のモンスター5体をデッキに戻し、その後、2枚のカードをドローいたします」


貪欲な壺
(魔法カード)
自分の墓地に存在するモンスター5体を選択し、
デッキに加えてシャッフルする。
その後、自分のデッキからカードを2枚ドローする。


(……さて、ここでデッキに戻すべきカードは何か……?)
 ヴァルドーは暫く考えてから、4種の“ライトロード”と、『D.D.クロウ』のカードを選び出す。
「……5枚のカードをデッキに戻して、シャッフル……そして2枚をドロー、ですね」
 ゆっくりと、引いた2枚を視界に入れる――その瞬間、

 ――ドクンッ!!

 胸が高鳴った。
 来た――待ちに待ったカードを引き当て、ヴァルドーは口元に笑みを漏らす。
(……とはいえ、スーパーエキスパートルールでは、1ターンに手札から発動できる魔法カードは1枚きり。ならば、このターンは――)
 視線を逸らし、別のカードに指を掛ける。
「――裏切った“片割れ”に、仕置きをしておきましょう。私は『ライトロード・モンク エイリン』を生け贄に捧げ……『ライトロード・ドラゴン グラゴニス』を召喚します!」
「! 上級召喚……!」
 黄金の鬣(たてがみ)と白き翼を持つ、天馬のごとき白竜が現れる。その神々しい風体に、“少女”は思わず身構えた。


ライトロード・ドラゴン グラゴニス  /光
★★★★★★
【ドラゴン族】
このカードの攻撃力と守備力は、自分の墓地に存在する
「ライトロード」と名のついたモンスターカードの種類
×300ポイントアップする。このカードが守備表示モンスターを
攻撃した時、その守備力を攻撃力が超えていれば、
その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。
このカードが自分フィールド上に存在する場合、
自分のエンドフェイズ毎に、デッキの上からカードを3枚墓地に送る。
攻2000  守1600


「フフ……この“ライトロード”は、私のデッキの中でも最高レベルのステータスを誇るモンスター。私の墓地の“ライトロード”1種類につき、攻守が300ポイントずつアップします。そして今、私の墓地に“ライトロード”は13種類。よって、その攻撃力は――」
 白竜が吠え、その全身が輝きだす。それとともに、その攻撃力・守備力はみるみるうちに上昇していった。

 ライトロード・ドラゴン グラゴニス:攻2000→攻5900
                     守1600→守5500

「攻撃力……5900……!?」
 規格外のステータスに、“少女”は眉をしかめた。
 白竜は咆哮を上げ、彼女の場の“開闢の使者”を威嚇する。
「フフ……こちらも中々のドラゴンでしょう? では、いきましょうか。『ライトロード・ドラゴン グラゴニス』の攻撃――“ライトニング・ブレイズ”ッ!!」

 ――ズゴォォォォォォォッッ!!!!!!

 “グラゴニス”の口から、黄金の炎が吐き出される。
 “開闢の使者”は怯むことなく、“少女”の前で立ちはだかる。
 守るべき人を、大切な存在を傷つけさせぬために――敵わぬと知りつつも、その身を盾にする。
「……無意味ですよ……そんなもの」
 ヴァルドーは嘲笑を零す、自嘲の笑みを。

 ――ズガァァァァァァァッッ!!!!!!!

 その騎士の身など一瞬で焼き払い、黄金の炎は“少女”に迫る。
 対する彼女は冷静に、墓地から『ダーク・スネーク』のカードを弾き出した。
「『ダーク・ガードナー』の効果発動! 墓地の『ダーク・スネーク』をゲームから除外し……ダメージを無効化する!」

 ――バジィィィィィィッッ!!!!

 再び盾持ちの魂が現れ、“少女”へのダメージをシャットアウトする。
 ともあれこれで、彼女の場のモンスターは再び全滅――戦況はまたも、ヴァルドーへと傾く。恐ろしく苛烈なシーソーゲームだ。
「…………。私はこれで、エンドフェイズへ移行……『ライトロード・ドラゴン グラゴニス』の効果です。デッキから、カード3枚を墓地へ送る……」
 低い声でそう言うと、カード3枚をめくり、一瞥する。
 そのいずれもが、墓地へ送ることで真価を見せるカードだった――沈んだ気分とは対照的な結果に、ヴァルドーはため息を漏らし、失笑する。
「……2枚目の『ライトロード・ビースト ウォルフ』が墓地へ送られました。これにより、私のフィールドに復活します……さらに」
 攻撃力2100の獣戦士を喚び出した上で、もう1枚のカードも提示する。
「――『ライトロード・レイピア』の効果も発動。墓地へ送られたとき、場の“ライトロード”の攻撃力を700上げる装備カードとなる……そうですね、“グラゴニス”に装備させましょうか」
 レイピアの魔力を吸収し、“グラゴニス”の全身が再び輝く。
 ヴァルドーはさらりと宣言したが、これでさらに“グラゴニス”は、手のつけようがない“怪物”となってしまった。


ライトロード・レイピア
(装備カード)
「ライトロード」と名のついたモンスターにのみ装備可能。
装備モンスターの攻撃力は700ポイントアップする。
このカードがデッキから墓地に送られた時、このカードを
自分フィールド上に存在する「ライトロード」と名のついた
モンスター1体に装備する事ができる。


 ライトロード・ドラゴン グラゴニス:攻5900→攻6600

「……これで処理は終了ですね。ターンエン――」
 と、ヴァルドーのその宣言を遮るように、“少女”の手が動いた。
「――リバースマジックオープン! 『終焉の焔』!」
「……!?」
 突如、“少女”のフィールドに2つの“黒焔”が生まれた。
 それぞれはすぐに形を変え、一つ目の、不恰好な人型へと変容する。


終焉の焔
(魔法カード)
このカードを発動する場合、自分は発動ターン内に召喚・特殊召喚できない。
自分のフィールド上に「黒焔トークン」(悪魔族・闇・星1・攻/守0)を
2体守備表示で特殊召喚する。
(このトークンは闇属性モンスター以外の生け贄召喚のための生け贄にはできない)


「トークン生成カード……? 次のターンで壁にするおつもりですか? しかし残念なことに、私の“グラゴニス”には貫通能力も備わっております。攻守0のトークンでは、大した壁にはなりませんよ?」
 ヴァルドーは余裕を見せながら、改めてエンド宣言を済ます。
 対する“少女”は慌てずに、ゆっくりとデッキに指を掛けた。


<    >
LP:2100
 場:黒焔トークン×2,伏せカード1枚
手札:0枚
<ヴァルドー>
LP:1950
 場:ライトロード・ドラゴン グラゴニス(攻6600),ライトロード・ビースト ウォルフ,
   ライトロード・レイピア,ライトロード・バリア
手札:2枚


「私のターン……ドロー」

 ドローカード:闇ガエル

「……! 私はメインフェイズに進み……『ダーク・スネーク』の効果を発動。除外されたこのカードを手札に戻す」
 これで“少女”の手札は2枚。
 しかしいずれも、低ステータスモンスター ――ヴァルドーの“グラゴニス”攻略には直結しないカード。
 しかし、
「手札を1枚捨てて……トラップカード、オープン」
 “少女”はここから劇的な――閃光のごときプレイングを見せ付ける。
 まるで今までがウォームアップだったかの如く、ここからが本番と言わんばかりに――自身の真価を披露する。
「――『始まりの終わり』」
 開かれたトラップカードが、不気味な、黒い霧を吐き出した。


始まりの終わり
(罠カード)
自分の闇属性モンスターが7体以上ゲームから
除外されている時、手札を1枚捨てて発動。
除外されている自分の闇属性モンスターを全て墓地に
戻し、自分のデッキからカードを2枚ドローする。


「……この効果により、除外された私の闇属性モンスター全てを墓地に戻す。さらにその後、2枚のカードをドロー……そして」
 まるで予定調和のごとく、引き当てたばかりのカードを発動した。
「――マジック発動。『終わりの始まり』」

 ――ドグンッッ!!!


終わりの始まり
(魔法カード)
自分の墓地に闇属性モンスターが7体以上存在する場合に
発動する事ができる。自分の墓地に存在する闇属性モンスター
5体をゲームから除外する事で、自分のデッキからカードを3枚ドローする。


 周囲の“闇”が呼応し、脈動する。
 “少女”のデュエルディスクの墓地スペースから、戻したばかりのカードが勢い良く弾き出されてゆく――『ダーク・モモンガ』2枚、そして『ダーク・ウィルス』3枚が。
「……デッキから、カードを3枚ドロー……そして」
 冷たい瞳が、ヴァルドーを射抜く。
 そしてその口から、死刑宣告にも似た言葉が告げられた。
「……除外された、5枚のカード効果。私のライフを2000回復し――アナタに、計1500ポイントのダメージを与える」
「!!? な……っっ!?」
 ヴァルドーの表情から余裕が掻き消え、見るからに青ざめる。
 “少女”の全身を“優しい闇”が包み、彼女のライフを回復させる。そして、対照的に――“破滅の闇”が、ヴァルドーの魂を蝕んだ。

 ――ドグンッッッッ!!!!

 “少女”のLP:2100→4100
 ヴァルドーのLP:1950→450

 ――声も、出なかった。

 おおよそ“痛み”と表現される、さらに上位の衝撃を受け、ヴァルドーは白目を剥く。意識が消し飛ぶ。
 両膝が自然と折れた。
 そのまま、前のめりに卒倒してもおかしくない状態で――しかし耐える。“執念”とも呼ぶべき信念が、彼の肉体を支える。
 しかし、そんな彼に追い討ちをかけるべく――“少女”は流れるような動作で、次の行動に移っていた。
「――『ダーク・スネーク』を召喚し……さらに! “黒焔トークン”2体と『ダーク・スネーク』、合計3体の闇属性モンスターを生け贄に捧げ――特殊召喚!」
 3つの“闇”が一つとなり、強大な“闇”の塊となる。
 そしてその中から、闇の神に仕えし“従属神”が現れた。
「――『ダーク・バルバロス』!!」


ダーク・バルバロス  /闇
★★★★★★★★
【獣戦士族】
このカードは通常召喚できない。
自分の場の闇属性モンスターを含む、全てのモンスターを生け贄に
捧げる事で手札から特殊召喚する事ができる。
生け贄に捧げた闇属性モンスターの数により、以下の効果を発動する。
●1体:このカードの元々の攻撃力は1900になる。
●3体以上:相手フィールド上のカードを全て破壊する。
攻3000  守1200


「『ダーク・バルバロス』の効果発動! 3体以上の闇属性モンスターを生け贄に捧げ、特殊召喚に成功したとき――相手の場のカードを全て破壊する! “ダーク・デモリッション”!!」

 ――ズキュァァァァァァァッッ!!!!!

 『ダーク・バルバロス』が吠えると、彼の全身から幾つもの“闇の帯”が伸びる。
 それらはヴァルドーのフィールドを強襲し、その全てを破壊し尽くす。
 『ライトロード・ビースト ウォルフ』、『ライトロード・レイピア』、『ライトロード・バリア』、そして圧倒的攻撃力を誇る『ライトロード・ドラゴン グラゴニス』さえも――容赦なく貫き、殲滅した。


<    >
LP:4100
 場:ダーク・バルバロス
手札:3枚
<ヴァルドー>
LP:450
 場:
手札:2枚


 誰の目にも明らかに、形勢は決した。
 “少女”はきっとヴァルドーを見据え、勝利を確信し、右腕を掲げて宣言する。
「これで……トドメ! 『ダーク・バルバロス』の直接攻撃――“ダークネス・シェイパー”!!」

 ――ズギャァァァァァァッ!!!!

 『ダーク・バルバロス』の巨大なランスから、“闇の渦”が撃ち放たれる。
 それは一直線にヴァルドーを襲い、残り僅かな彼のライフを、一気に撃ち飛ばそうとする。
(……まだ……だ)
 膝を折ったままのヴァルドーは、しかし朦朧とする意識のままで、懸命に歯を食いしばり、そして乱暴に叫んだ。
「私は墓地のッ……『ネクロ・ガードナー』の効果を発動ォォォッ!!! その攻撃を無効にするッッ!!!」

 ――バジィィィィィィィッッ!!!!

 『ダーク・バルバロス』の放った“闇の渦”は、ヴァルドーの鼻先で受け止められる――あと一瞬、宣言が遅れていれば、その一撃は間違いなく、ヴァルドーの身体をデュエルリング外へと叩き出していたであろう。

 そしてこの結果に、“少女”は大きな違和感を抱く。
(墓地に……3枚目の『ネクロ・ガードナー』があった?)
 圧倒的有利なこの戦況で、しかし動揺を覚える。

 “少女”は今、勝利を確信して攻撃宣言した――墓地に『ネクロ・ガードナー』は無い、そう確信した上で。ならば当然、彼の墓地には『ネクロ・ガードナー』は無いはずなのだ。

 “手を読み違えた”――それは彼女にとって、“プレイングミス”とは非なる意味を持つ。

「……。私はカードを1枚セットし……ターンエンド」
 得体の知れぬ“それ”を警戒しつつ、慎重にエンド宣言を済ませた。


<    >
LP:4100
 場:ダーク・バルバロス,伏せカード1枚
手札:2枚
<ヴァルドー>
LP:450
 場:
手札:2枚


 ヴァルドーはゆっくり、よろよろと立ち上がる。

「――ククッ……クヒッ、ヒヒヒッ」

 そして俯いた彼の口から、信じがたい声が漏れた。

「クヒヒッ……ヒヒヒヒッ、ヒハハハハハハハハァッッ!!!」

 気でも触れてしまったかのように、大声で、下品な笑いを振り撒き出すヴァルドー。
 先ほどまでの真摯な態度とは違いすぎるその様子に、観戦者のみならず、“少女”までもが唖然とさせられた。
 やがてヴァルドーは右手を伸ばし、その口を自ら塞いだ。
 そして手をどけると、すでに笑いは止まっていた。前のターンまでの、端整な顔立ちをした好青年が戻ってくる。
「……これは失礼。貴女の一撃があまりにも強烈だったもので……思わず“地”が出てしまいました」
 そう言いながら、ヴァルドーは爽やかに微笑んでみせる。
「……失望、いたしましたか? でしたら謝罪をいたしましょう。でもね、ヴァルドーという男は――こういう存在なんですよ。下品で、下種で、下劣な……救いようのない、最低のゴミクズなんです。だからね? 生きている価値なんてないんですよ、私は」
 一体何を、何の目的で言い出しているのか――“少女”には、否、誰にも理解ができなかった。
 当の本人だけは涼しい顔で、平然とデッキに指を伸ばす。
「……では、ゲームを再開いたしましょう。これが私の、ラストターンです……ドロー」
 ドローカードを確認し、ヴァルドーはほくそ笑む。
 引き当てたのはトラップカード。次のターンの対応を磐石にする、この上ない一枚。
「……やっとお見せできますね。これこそが、私の真の切札――私のデッキが誇る“最強モンスター”を喚び出すためのキーカード」
 そして発動されたカードの正体に、その場にいる全員の瞳が、“驚愕”に見開かれた。


龍の鏡(ドラゴンズ・ミラー)
(魔法カード)
自分のフィールド上または墓地から、融合モンスターカード
によって決められたモンスターをゲームから除外し、
ドラゴン族の融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する。
(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)


 バカな、あり得ない――観戦者の誰もが、同じことを考えた。
 『龍の鏡』は、ドラゴン族デッキの切札として有名なレアカードだ。
 誰も見たことのない“ライトロード”なる光属性モンスターを乱用してきた彼がここで、このように有名かつ場違いなカードを発動してくるなど――果たして誰が予想できたろうか。
(ドラゴン族専用の融合カード……!? 今、相手の墓地に存在するドラゴンは2種類……)
 先ほど倒したばかりの『ライトロード・ドラゴン グラゴニス』、そして――彼の“精霊”を材料とした無二の怪物『裁きの龍』。
 そして彼が、墓地から弾き出した2枚のカードは――最も考えたくない、最悪の融合パターンだった。


カオス・ソルジャー −開闢の使者−  /光
★★★★★★★★
【戦士族】
このカードは通常召喚できない。
自分の墓地の光属性と闇属性モンスターを1体ずつゲームから除外して
特殊召喚する。自分のターンに1度だけ、次の効果から1つを選択して
発動ができる。
●フィールド上に存在するモンスター1体をゲームから除外する。
この効果を発動する場合、このターンこのカードは攻撃する事ができない。
●このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊した場合、
もう1度だけ続けて攻撃を行う事ができる。
攻3000  守2500


裁きの龍  /光
★★★★★★★★
【ドラゴン族】
このカードは通常召喚できない。
自分の墓地に「ライトロード」と名のついたモンスターカードが
4種類以上存在する場合のみ特殊召喚する事ができる。
1000ライフポイントを払う事で、このカード以外の
フィールド上に存在するカードを全て破壊する。
このカードが自分フィールド上に存在する限り、自分のエンド
フェイズ毎に、自分のデッキの上からカードを4枚墓地へ送る。
攻3000  守2600


 フィールドに大きな鏡が現れ、その中から、1人の戦士が抜け出してくる。
 『カオス・ソルジャー −開闢の使者−』――デュエル序盤にフィールドを蹂躙し、なおかつ、つい先ほどまで“少女”を守護していたのと同じモンスター。そして彼の背後の鏡には、それとは別の存在が――『裁きの龍』の姿が映し出されている。
「……それではお見せいたしましょう。我がデッキ最強にして、おそらく……光属性史上最強モンスター ――」
 と、次の瞬間、異変が起こり始める。
 鏡が怪しげな紫光を発し、同時に、“開闢の使者”は苦しみ始めた。
 まさか融合の失敗か――観戦者の何割かがそう疑い始めたとき、

 ――バギッ……バギギッ

 観客の多くが息を呑んだ。
 “開闢の使者”の背中から、何かが生えてきたのだ――肉を突き破り、服を裂き、鎧を砕いて。赤い血に濡れた、白く巨大な――“裁きの翼”が。
 それだけでは終わらない。
 “開闢の使者”の肉体は筋肉を隆起し、徐々に巨大化してゆく。それに合わせ、鎧も少しずつ形を変容させていた。
 よほど融合に無理があるのか、“開闢の使者”は苦悶の声を上げ続け、剣と盾を落とす。破れた布地からは鱗が見え、その身の“獣化”を目に見えるものとしていた。

 ――何と凄惨で、歪な融合なのだろうか

 見た者のほとんどがそう思う。
 その一方で“少女”は、翼を生やし苦しむ戦士の姿に、親近感に近いものも抱いていた。

 やがて鏡が砕け、2体の融合は完成する。
 白い尾までも生やし、もはや“開闢の使者”の面影を見つけるのも難しい、白い“龍人(ドラゴニュート)”の姿がそこにはあった。
「――融合召喚。『カオス・ドラグーン・ナイト−混沌の裁断者−』!」
 冷たい声でその名を呼び、ヴァルドーはニィッと笑みを零した。


カオス・ドラグーン・ナイト−混沌の裁断者−  /光
★★★★★★★★★★
【ドラゴン族】
「カオス・ソルジャー −開闢の使者−」+「裁きの龍」
このモンスターの融合召喚は、上記のカードでしか行えず、
融合召喚でしか特殊召喚できない。
???
攻4000  守3500


 恐らくは『裁きの龍』の頭部を模した兜に隠れ、その下の顔がどのように変質したかは判断しがたい。だが、その下から鋭く光る、ただならぬ赤い瞳は、“彼”が“獣人”と化した事実を如実に示していた。
 体長は3メートル弱といったところで、ドラゴンとしては小さいが、人間としては明らかに巨漢だ。半裸の上半身は筋骨隆々とし、ところどころが白い鱗に覆われている。
 そして“彼”はゆっくりと、落とした剣を拾おうとする――しかしその動作を、ヴァルドーは当然のごとく制止した。

「――“剣”ならあるだろう……? 今の貴様に相応しい、最高の“剣”が」
『…………!』

 その言葉に、“彼”の動きは停止する。
 次の瞬間、“彼”は右足を上げると――己の剣を、自ら踏み砕いた。最早こんなものは不要、そう言わんばかりに。
 そして――“彼”は掴む、輝く“剣”を。デュエル序盤、ヴァルドーの手の内より顕現し、デュエルフィールドに刺さり、輝き続けていた“光の剣”を。
 すると、引き抜かれた“剣”は巨大化し、龍人たる“彼”に相応しいサイズとなった。さらに、“剣”は輝きを増し、火花を散らし、その有用性を顕示する。

 そして“彼”は吠えた。
 もはや人間のものとは考えられない――野獣の咆哮を上げた。


カオス・ドラグーン・ナイト−混沌の裁断者−  /光
★★★★★★★★★★★★
幻神獣族
「カオス・ソルジャー −開闢の使者−」+「裁きの龍」
このモンスターの融合召喚は、上記のカードでしか行えず、
融合召喚でしか特殊召喚できない。
???
攻4000  守3500


(まさか……“神”の力を、融合モンスターに引き継いだ!? そんなことが!?)
 想定を遥かに凌駕する事態に、さしもの“少女”も驚愕する。
 その様子を見て、ヴァルドーは満足げに微笑んだ。
「フフフ……どうです、“見事”なバケモノでしょう? 我が魂に内在する“破滅の光”……その力の結晶! 見事なのは当然、外見だけではありませんよ……?」
 ヴァルドーは空いた右手をかざし、場の“バケモノ”に命令する。
「私はこのまま、バトルフェイズへ突入します――飛翔なさい、“カオス・ドラグーン・ナイト”!」

 ――バサァ……ッ!

 “翼”を広げ、龍騎士は空へと浮かび上がる。
 そして右手の光剣を、仰々しげにかざした。
「“カオス・ドラグーン・ナイト”の、特殊能力を発動――“破滅の光(ライト・オブ・デストラクション)”!!」

 ――カッ!!!!!!!!!!

 刹那の輝光が、空間を侵す。
 ひどく刺激的で、鋭い、破壊的な光が――デュエルドーム内全体を照らし尽くす。
 当然、直視できた者などおらず――次の瞬間には、“少女”のフィールドは無人の荒野と化していた。


<    >
LP:4100
 場:
手札:2枚
<ヴァルドー>
LP:450
 場:カオス・ドラグーン・ナイト−混沌の裁断者−
手札:2枚


「…………ッ!! これは……『裁きの龍』と、同じ能力……!?」
 眩む目で確認し、憎々しげに言う“少女”に対し、ヴァルドーは肩を竦めてみせた。
「同じ……? それは心外ですね。まあ大きすぎる力は、桁がさらに増えたところで、認識できぬものでしょうか……? フム、では少し分かり易くお伝えいた しましょう。今の“カオス・ドラグーン・ナイト”の特殊能力は――“三幻神”すら滅殺できます。……まあ、ただの戯言と思って頂いて結構ですがね」
 ヴァルドーのその発言は物議を醸し、会場中が騒然とした。


カオス・ドラグーン・ナイト−混沌の裁断者−  /光
★★★★★★★★★★★★
幻神獣族
「カオス・ソルジャー −開闢の使者−」+「裁きの龍」
このモンスターの融合召喚は、上記のカードでしか行えず、
融合召喚でしか特殊召喚できない。
自分のターンのバトルフェイズ開始時、このカードを除く
フィールド上のカードを全て破壊する。
攻4000  守3500


「……では参りましょう。“カオス・ドラグーン・ナイト”の直接攻撃!」
「……ッ!!」
 巨大なる龍騎士は光剣を振るい、“少女”へ向かって急降下する。
 “少女”は当然に身構え、即座に、墓地の闇属性モンスター1体を弾き出した。
「――墓地の『ダーク・スネーク』をゲームから除外し……『ダーク・ガードナー』の効果発動! 戦闘ダメージをゼロに――」
――そんな小細工が通じると思いましたか?

 ――ズバァァァァァァッッ!!!!!

 “少女”は、信じられないものを見る。
 霊体である“盾持ち”が、容易に両断されてしまった――さらにそれでは止まらずに、返す巨大な刃が、再び“少女”を斬りつける。
「――“裁きの刃(ジャッジメント・ブレード)”!!」

 ――ヴァジィィィィィィィッッッ!!!!!!

 しかしその二の太刀も、“少女”に直接届くには至らない。
 “聖書”の結界が、“少女”を堅牢に守護し続ける限り――そう、そのはず、なのに、

 ――ジッ……ジジッ!!! ジジジジジッッ!!!!

「――!? まさか!?」
 龍騎士は刃を引かない。
 より強い力をもって、強引に結界を破ろうとする。
 そして、

 ――バギィィィィィィンッッ!!!!!!

 結界が、砕かれた。
 恐らくは世界最高の“魔力”を秘める、“千年聖書”が張った結界を――さらになおも、龍騎士はそこで諦めることなく、逸らされた剣先を返し、“少女”への三の太刀を仕掛けんとする。
「……ッッ!? クッ!?」
 “聖書”は再び反応し、新たな結界を張り直す。
 そして巨大な光剣が、再び振り下ろされる――と、その瞬間、

「――鎮まれ!! “カオス・ドラグーン・ナイト”!!」

 ヴァルドーの怒声が、龍騎士の攻撃を制止する。
 すでに当面の目標は果たしている。実際に刃が届かなくとも――そのダメージは着実に、“少女”を絶壁へと追い込んでいた。

 “少女”のLP:4100→100

 そのとき、“少女”は近距離から確かに見た。
 龍騎士の鋭い赤い眼が、狂気に満ちているのを――“破滅”を欲しているのを。

 ――この憎しみを
 ――苦しみを
 ――痛みを

 誰かにぶつけ、昇華したい――そんな渇望が、強く滲み出ていた。

「フフ……見事な一撃でしょう? かの“不死鳥”とはまた異なる“1ターンキル”能力――まあ、回復ギミックを備えた貴女にとっては違いましたが。これで形勢逆転……一転して追い詰められましたね?」
 龍騎士が自分のフィールドに戻るのを確認すると、ヴァルドーは手札から1枚を選び出す。
「私はカードを1枚セットし、ターンエンド……。さあ、貴女のラストターンです。この“バケモノ”を処理できなくば、次の私のターン、敗北が確定してしまいますよ……?」
 ヴァルドーは不敵に促す。
 次の自分のターンなど回って来ない――そう予見しながらも。


<    >
LP:100
 場:
手札:2枚
<ヴァルドー>
LP:450
 場:カオス・ドラグーン・ナイト−混沌の裁断者−,伏せカード1枚
手札:1枚


(……無駄な足掻きを……っ!)
 忌々しげに顔を歪め、“少女”はデッキに指を伸ばす。
 手札はわずか2枚。しかしその中にはすでに、ヴァルドーの残りわずかなライフをゼロにできるカードが温存されているのだ。
「……私の、ターン……」
 “負け”は無い。
 次のターンでの勝利を確信し、“少女”はデッキのトップカードに触れた――その刹那、

 ――ドクンッ!!!

 魂が、呼応する。

 ――知っていた
 ――分かっていた

 このデュエルに、“このカード”が来ないハズなど無い――その、残酷な現実を。


 ドローカード:混沌帝龍(カオス・エンペラー・ドラゴン) −終焉の使者−


混沌帝龍 −終焉の使者−  /闇
★★★★★★★★
【ドラゴン族】
このカードは通常召喚できない。自分の墓地の光属性と闇属性モンスターを
1体ずつゲームから除外して特殊召喚する。
1000ライフポイントを払う事で、お互いの手札とフィールド上に存在する
全てのカードを墓地に送る。この効果で墓地に送ったカード1枚につき
相手ライフに300ポイントダメージを与える。
攻3000  守2500





 ――足音が聴こえる。

 深遠なる“闇”の中、それは“少女”に近づき――その手を伸ばし、差し出した。

『――“闇(ゾーク)の世界”へようこそ……“終焉の少女”よ』

 “闇”に響く老人の声が、“少女”の来訪を出迎えた。



決闘101 少女のねがい


 ――この世界は、何て美しいのだろう

 そう思ったことがある。
 空気のように当たり前で、そしてとても大切なもの。
 私はある日、足を止め、振り返りながらそれに感謝した。

 ――大切な人がいる
 ――大切にしてくれる人がいる

 ――やさしい人がいる
 ――憧れる人がいる

 ――そして……愛しい人がいる

 それはたぶん、幸せなこと。
 空気のように当たり前で、けれどとても幸せなこと。

 幸せで、かけがえのない日々が続くのだと
 私はずっと、幸せを噛み締めていられるのだと


 ――そう、信じていた……――





<    >
LP:100
 場:
手札:3枚
<ヴァルドー>
LP:450
 場:カオス・ドラグーン・ナイト−混沌の裁断者−,伏せカード1枚
手札:1枚


 ――超人的な激突を見せた2人のデュエルも、遂に佳境を迎えていた。

 互いのライフは残りわずか、そしてヴァルドーの場には、自分のターンで絶対的破壊能力を見せる“カオス・ドラグーン・ナイト”が存在している――もはや長期戦はあり得まい。
 通常であれば、ヴァルドーの勝利を疑わない局面だろう。しかし観客の誰もが息を呑み、いずれが勝利を手にするかを見届けんとする。
 もはやこのデュエルに常識など通じない。幾度となく繰り返された、常軌を逸するシーソーゲームは、観衆の心を懐疑的なものとしていた。

 これほどの絶望的局面でもあるいは、“翼”を生やしたこの少女ならば、覆すのではなかろうか――期待とも危惧ともつかぬ予期が、観衆の頭にこびりつく。

 そんな“狂気”にも似た状況が、そこには展開されていた。それを象徴するかのごとく、人智を超えた“バケモノ”が、二人の間には存在している。


カオス・ドラグーン・ナイト−混沌の裁断者−  /光
★★★★★★★★★★★★
幻神獣族
「カオス・ソルジャー −開闢の使者−」+「裁きの龍」
このモンスターの融合召喚は、上記のカードでしか行えず、
融合召喚でしか特殊召喚できない。
自分のターンのバトルフェイズ開始時、このカードを除く
フィールド上のカードを全て破壊する。
攻4000  守3500


 対する“少女”はドローカードを見つめ、その動きを停止していた。
 このドローカードがいかなる意味を持つのか――それを思考しながら。


混沌帝龍 −終焉の使者−  /闇
★★★★★★★★
【ドラゴン族】
このカードは通常召喚できない。自分の墓地の光属性と闇属性モンスターを
1体ずつゲームから除外して特殊召喚する。
1000ライフポイントを払う事で、お互いの手札とフィールド上に存在する
全てのカードを墓地に送る。この効果で墓地に送ったカード1枚につき
相手ライフに300ポイントダメージを与える。
攻3000  守2500


「…………」
 “少女”は顔を上げ、ヴァルドーのフィールドを見抜く。
 “神”の力を得た攻撃力4000の“カオス・ドラグーン・ナイト”、そしてリバースカードが1枚。正体不明のその伏せカードを、研ぎ澄まされた瞳が見通す。
(……手札を捨てて効果発動する、フリーチェーントラップ。“カオス・ドラグーン・ナイト”にはすでに効果耐性がある……あのリバースは戦闘補助用途。次ターンまで切札を維持し、勝利するための……けれど戦闘を介さなければ、何の脅威にもならない)
 異常な直感が、相手の伏せカードを見抜く。
 ならば問題ない――勝利を確信した上で、“少女”はデュエルを続行した。
「……私は墓地の、『闇ガエル』の効果を発動。墓地に存在するこのモンスターを、攻撃表示で特殊召喚する」
 “少女”の足元に泥溜りが現れ、黒い羽根の生えたカエルが跳び出て来た。


闇ガエル  /闇

【水族】
1ターンに1度、自分の墓地に存在する「闇ガエル」を
自分フィールド上に攻撃表示で特殊召喚する事ができる。
このカードは闇属性モンスター以外の
生け贄召喚のための生け贄にはできない。
攻 100  守 100


(……切札を見せるまでもない。このカードで……終わり)
 それは、前のターンから手札に加わっていたカード。
 手を読み違えたが故に、刺し損ねたトドメを――今度こそ確実に刺すために、“少女”は静かにそれを出した。
「『闇ガエル』を生け贄に捧げ――『邪帝ガイウス』を召喚!」
「!? ここで上級召喚……ですか?」
 “少女”がとった意外な手に、ヴァルドーは眉間に皺を寄せた。


邪帝ガイウス  /闇
★★★★★★
【悪魔族】
このカードの生け贄召喚に成功した時、
フィールド上に存在するカード1枚を除外する。
???
攻2400  守1000


「……また見たことのないカードですね。しかしレベル6程度のモンスターで、この状況を打開できると思いますか?」
 余裕げな笑みを浮かべ、ヴァルドーは“少女”に問い掛ける。
 “少女”は眉一つ動かさず、平然と言葉を続けた。
「……『邪帝ガイウス』の効果発動。生け贄召喚成功時、場のカード1枚をゲームから除外する」
「……! ほう……優秀な効果ですね。しかしその程度のカードで、我が“ドラグーン・ナイト”を排除できるでしょうか……?」
 ――当然、できない。
 両デュエリストともに、それは理解できている。
(……ならば狙いは、私の伏せカード……ですか。フリーチェーントラップなので、あまり意味はありませんが……)
 期待に胸を躍らせ、ヴァルドーの口から笑みが漏れる。
 ここで伏せカードを除外する意図は、更なる“切札”の召喚を確実なものとするためだろう――そう確信したから。しかし、
「……私が『邪帝ガイウス』の効果で、除外するのは――」
 次の瞬間、ヴァルドーの顔から笑みが消えた。
「――『邪帝ガイウス』。このカード自身を除外する」
「!? え……っ?」
 あまりにも意外なその宣言に、ヴァルドーはポカンと口を開いた。

 ――ズォォォォォ……ッ!!!

 甲冑を纏った悪魔の戦士が、闇の球体を生み、両手に抱える。
 そして信じがたいことに――それを、自らの足元に叩き付けた。

 ――パァァァァンッッ!!!

 まるで風船の如く、それはあっさりと割れた。
 しかし中から、大量の“闇”が飛び出す。放たれた“闇”はガイウスを捉え、その身を丸ごと呑み込んだ。
「……!?? い、一体何を――」
 と、言いかけたところで、ヴァルドーは口を噤む。
 “異変”はまだ終わっていない。ガイウスを呑み込んだ“闇”は尚フィールドに留まり、再び球状に変形していた――そしてそのサイズは、生み出された時点のソレよりも大きくなっている。
「……ガイウスのもう一つの効果。除外したモンスターが闇属性であれば――相手に1000ポイントのダメージを与える」
「!? な……っっ!?」
 驚くべきその効果に、ヴァルドーの身体は硬直した。


邪帝ガイウス  /闇
★★★★★★
【悪魔族】
このカードの生け贄召喚に成功した時、
フィールド上に存在するカード1枚を除外する。
除外したカードが闇属性モンスターカードだった場合、
相手ライフに1000ポイントダメージを与える。
攻2400  守1000


 ガイウスという“闇”を喰らうことで、球体は更なる力を得ている。
 ソレはゆっくりと高度を下げ、地面に溶け込む――そして、

「――“ダーク・エクスプロード”」

 ――ヴォンッ!!!

 ヴァルドーの足元で、ソレの弾ける音がした。
「!! ガ……ッッ!!!」
 彼には、それに抗する手段などなく――噴き出した“闇”の激流を浴び、激痛に蝕まれる。
 それにより――彼の腕のデュエルディスクは、無情な数字を示した。

 ヴァルドーのLP:450→0


<    >
LP:100
 場:
手札:2枚
<ヴァルドー>
LP:0
 場:カオス・ドラグーン・ナイト−混沌の裁断者−,伏せカード1枚
手札:1枚


 客席から、わっと歓声が上がった。
 呆気ないと言えば呆気ない、けれど搦め手の決着――しかしあるいは、“剛”の戦術を振るったヴァルドーと、“柔”の戦術を披露した“神里絵空”、この二人には相応しい終わり方だったかも知れない。

 “少女”は、ほっと溜め息を漏らした。
 当事者にしか見えない周囲の“闇”が、敗北者に相応の“罰”を与えるべく――膝を折り、うずくまるヴァルドーに集まってゆく。
 ――死ぬかどうかは分からない。
 ホムンクルスたる彼ならば、あるいはそれに耐え得るかも知れない。だが少なくとも、彼の“魔力”を一時的に断つ程度のダメージは与えるはずだ。
(……これで良い。これで……)
 本来の目的を思い出し、“少女”は正気を取り戻し始める。
 “闇の底”まで堕ちかけた魂が、ゆっくりと浮上を始めた。

 そして、審判・磯野は片腕を挙げ、高らかに宣言する。
「一回戦第七試合!! 勝者、神里――」
 と、不意に、不自然なところで声が止まった。

 “少女”は驚き、磯野を見る。
 磯野もまた驚き、別の方を見ている。
 “少女”は恐る恐る、その視線の先を追った――そしてそこには、あり得ざるべき光景が広がっていた。
「――クククッ……クヒッ、ヒヒヒヒッ」
 下品な笑い声が聴こえる。ヴァルドーは右手を伸ばし、その口を塞ぐ――しかし消えない。手をどかした下には、尚も歪んだ口元が見えた。
「可愛いなあティルス……貴女は、本当に可愛い」
 立ち上がり、顔を上げる。満面の笑みを湛えながら、心底愛おしげに、ヴァルドーは“少女”にこう告げた。

そんな決着の形を――“運命”が許すと思いましたか?

 と。


<    >
LP:100
 場:
手札:2枚
<ヴァルドー>
LP:
 場:カオス・ドラグーン・ナイト−混沌の裁断者−,伏せカード1枚
手札:1枚


 彼に集まっていた“闇”が、再び拡散し、周囲を漂う。
 ライフが0になったにも関わらず、モンスターも伏せカードも消えない――これはすなわち、デュエルの続行を意味する。決着がつけば、それらは消え去るはずなのだから。
(ソリッドビジョンが消えない……!? システムのエラーか!? それとも……)
 磯野はたまらず困惑する。
 そんな彼と、“少女”の疑問に応えるために――冷静さを取り戻したヴァルドーが、優しい語調で伝えた。
「フフ……これは“カオス・ドラグーン・ナイト”の、第二の効果です。このカードが場に存在する限り、コントローラーは“敗北しない”――そういう効果なんですよ」
「!!? な……っっ!??」
 あり得ないその宣言に、“少女”は言葉を失った。


カオス・ドラグーン・ナイト−混沌の裁断者−  /光
★★★★★★★★★★★★
幻神獣族
「カオス・ソルジャー −開闢の使者−」+「裁きの龍」
このモンスターの融合召喚は、上記のカードでしか行えず、
融合召喚でしか特殊召喚できない。
自分のターンのバトルフェイズ開始時、このカードを除く
フィールド上のカードを全て破壊する。
このカードが自分フィールド上に存在する限り、自分は敗北しない。
攻4000  守3500


「――前言を撤回いたします! “神里絵空”のメインフェイズから! デュエル続行っ!!」
 承服したらしい磯野が、声高に宣言した。
 しかし“少女”は、全く納得できる気がしなかった。

 だが――本当に重要なのは、この場の審判がそれを許容したことではない。
 “闇のゲーム”が、この状況を許容したことなのだ。

 ――“闇のゲーム”は絶対の掟、如何なる者よりも厳粛な審判を下す。
 その“闇”が、このゲームの続行を許可したということは――ヴァルドーのその主張には、確かな正当性が認められるということなのだ。

『……言ったでしょう? これは“運命”だと。貴女は……否、“我々”は決して、それから逃れることはできない』
「…………!!」
 “少女”の脳に直接、ヴァルドーの言葉が響く。
 対面するヴァルドーは、得意げな笑みを浮かべた。
『……まあ、それでは納得できないかも知れませんので……いちおう理屈を説明しましょう。これは私が、3枚目の“開闢の使者”を代償に追加した“使い捨 て”の能力。こうなる可能性を危惧し、私のライフが0になった瞬間、自動で発動するよう仕込んでおいたのです。なかなか面白い仕掛けでしょう?』
 ニヤニヤと笑みを漏らしながら、ヴァルドーは続ける。
『……“カオス・ドラグーン・ナイト”の創造には、2体のモデルがいましてね。1体目は、かつてエジプト第一王朝ファラオにして、現・冥界神“アヌビ ス”――彼が生前、その魂に宿したという炎属性史上最強にして最強の矛……“太陽の不死鳥”。そしてもう1体は、“ランバート”の祖にして、世界を滅ぼし た賢者“ノア”――彼がその魂に宿したという、水属性史上最強にして最強の盾……“終焉の箱舟”。フフ……これは当然、後者を参考にした効果です。流石に オリジナルには及ばないでしょうが……ね』
「…………っ!!」
 “少女”にしてみれば最早、細かい理屈などどうでも良かった。
 “闇のゲーム”が終わらぬ以上、デュエルは続行せざるを得ない。そして勝利するためには――レベル12の“神”となった“カオス・ドラグーン・ナイト”を排除せねばならない。

 ――ドクン……ッ!

 手札のカードが鼓動する。
 これが“運命”――そう示すかの如く。
 “少女”が判断を定めるよりも早く、そのカードは変化を始めていた。


混沌帝龍 −終焉の使者−  /
★★★★★★★★
幻神獣族
このカードは通常召喚できない。自分の墓地の光属性と闇属性モンスターを
1体ずつゲームから除外して特殊召喚する。
1000ライフポイントを払う事で、お互いの手札とフィールド上に存在する
全てのカードを墓地に送る。この効果で墓地に送ったカード1枚につき
相手ライフに300ポイントダメージを与える。
攻3000  守2500





「――信じられない……! まさか単体で、これほどの制圧力を持つモンスターが存在するなんて!!」
 イラ立ち混じりに舞は叫ぶ。
 まるで“神”――いや、“神”以上の圧倒性。他の追随を許さぬ、絶対的フィールド支配力。

(確かに強すぎる……! ペガサス会長はこのカードを、“ルーラー”対策として生み出していたのか……!?)
 月村も、舞の意見に同意だった。
 作為的なものを感じざるを得ない、あまりにも強力すぎる性能――かつて対“ルーラー”戦用に“開闢の使者”を受け取っていた月村にしてみれば、そう疑うのも無理ないことと言えよう。
 それに、何故だろう――二人のここまでのデュエルに、月村は不自然な高揚を覚えていた。
 ただ白熱したデュエルを観るのとは異なる――魂のざわめき。まるで古傷が疼くかのような、落ち着かない感覚。

「――神里のヤツ、流石にやべーんじゃねーか? せっかく勝ったと思ったのに、これじゃあ……」
「……ウン。今まで見たことのないカードばかり使って、一気に逆転して驚いたけど……手札も2枚しか残ってないし」
 本田の問いに獏良が応える。
 素人目にも玄人目にも、あまりにも厳しい戦況――これほどの“絶望”を打破するカードが、彼女の手札に……いや、デッキに入っているかすら疑問だった。

 遊戯もまた険しい表情で、彼女の勝利を願いながら、観戦していた――が、
「ちょっと城之内……! アンタ、本当に大丈夫? すごい汗よ?」
 隣の杏子の声に、気が逸れる。
 その隣を見ると確かに、城之内は明らかに動揺した様子で、袖口で汗を拭っていた。
「城之内くん、どうかしたの? 具合悪いなら、休んでた方が……」
「ン……い、いや。そういうわけじゃねえんだけどよ……」
 城之内は躊躇いがちに、遊戯に対して問いかけた。
「……なあ遊戯。このデュエル……何かおかしくねえか?」
「……え……っ?」
 遊戯は思わず唖然とする。「確かにそうよね」と、杏子が間から口を挟んだ。
「絵空ちゃん、いつの間にか神里さんに変わったみたいだし……変なソリッドビジョンは出るし、今まで見たことないカードばかり使うし……」
「い……いや、そうじゃなくてよ。何ていうか、その……」
 再び迷いながら、城之内は重い口を開く。
「……遊戯。このデュエル……本当に、普通のデュエルだと思うか?」
「――……!?」
 その刹那、脳裏に浮かんだ可能性に、遊戯はぞくりと悪寒めいたものを感じた。
 そして、デュエルフィールドを見上げる。“神里絵空”の側で、ゆっくりと――“千年聖書”は回転を続けている。
(まさか……“闇のゲーム”!? でもまさかそんなこと……)
 もし本当にそうだとしたら、止めねばならない――遊戯は一歩、足を踏み出そうとする。
 しかしそこで、異変に気付いた。
(!? 足が……動かない!? どうして――)
 そして知る。異変はデュエルフィールド上だけではない――自分にも起こっていたのだと。
 腰のデッキホルダーに潜む、“そこに在るべからざるカード”――それが“闇”を吐き、遊戯の動きを抑止する。

 ――ドクンッ!!

『――邪魔ヲスルナ……

 昏(くら)く低い男の声が、遊戯の脳内に響いた。





 ――カァァァァァァァァッ……!!!!

 その間、デュエルフィールド上では尚も、ゲームが続行されている。
 “少女”のフィールドに、2本の光柱が立つ――1つは黄金、もう1つは漆黒。
「フフフ……今度こそ来ますか。全く、この瞬間をどれほど待ち詫びたことか……」
「…………!!」
 “少女”は眉をしかめる。
 しかし現状では、これ以外に打てる手がない――“少女”墓地からはすでに、2枚のモンスターカードが弾き出されていた。
「……私は墓地の、光属性『カオス・ソルジャー −開闢の使者−』と、闇属性『ダーク・モモンガ』をゲームから除外し――特殊召喚」
 その瞬間、闇属性『ダーク・モモンガ』の効果が発動する――“少女”の残り少ないライフを癒す、“予定調和”として。

 “少女”のLP:100→1100


 ――2本の柱が混ざり合う。

 黄金に漆黒が混ざり、濁る――そして黒が勝り、黄金を喰らい、より強みを増す。太く禍々しい、“闇”の柱となる。

 さらに、その“闇”を喰らい、中からドラゴンが姿を現す。
 骨ばった翼を広げ、纏う“闇”を解き放ち、そして――

「――『混沌帝龍(カオス・エンペラー・ドラゴン)−終焉の使者−』!!」

 ――ドグンッ!!!

 ――けたたましい、野獣の咆哮を発した。


<    >
LP:1100
 場:混沌帝龍 −終焉の使者−
手札:1枚
<ヴァルドー>
LP:
 場:カオス・ドラグーン・ナイト−混沌の裁断者−,伏せカード1枚
手札:1枚


 2体の“神”が睨み合い、威嚇し合う。
 この激突で、雌雄は決するのだろう――観衆の誰もが悟り、騒ぎ出す。
 そしてその喧騒の中、ヴァルドーは思わず声を漏らした。

「……素晴らしい」

 と。
 狂気に顔を歪ませながら、ヴァルドーはさらに言葉を続ける。
「……しかし、そのままで勝てないのは理解しているでしょう? そして、勝つためには何をすべきか……貴女は知っているはずだ」
「…………!!」
 “少女”は顔をしかめる。

 “神”は基本的に、己より下位のモンスター効果を受け付けない――効果を適用させるには、同等以上の“階級(ランク)”を持つ必要がある。

 現在、“カオス・ドラグーン・ナイト”のレベルは12、“終焉の使者”のレベルは9。

 “神威”でも攻撃力でも劣る限り、“終焉の使者”は“カオス・ドラグーン・ナイト”には勝てない――それが解答。
 さらにヴァルドーの場には、戦闘補助を目的とした伏せカードも残されている――“少女”に与えられた解は、ただ一つしかない。

 ――ドグン……ッ!

 それを念押すかの如く、“終焉の使者”が鼓動を伝えた。


混沌帝龍 −終焉の使者−  /
★★★★★★★★★★
幻神獣族
このカードは通常召喚できない。自分の墓地の光属性と闇属性モンスターを
1体ずつゲームから除外して特殊召喚する。
1000ライフポイントを払う事で、お互いの手札とフィールド上に存在する
全てのカードを墓地に送る。この効果で墓地に送ったカード1枚につき
相手ライフに300ポイントダメージを与える。
攻3000  守2500


 レベルが上がっている――これは何を意味するのか。
 “千年聖書”を手に入れたが故か、それともこの一戦で、彼女が“闇”に馴染み成長した証なのか――“終焉の使者”のレベルは10となっている。
 しかし依然、“カオス・ドラグーン・ナイト”とのレベル差は2――これでは“神威”が届かない。効果を発動しようとも、このバケモノを滅ぼすことは敵わない。


カオス・ドラグーン・ナイト−混沌の裁断者−  /光
★★★★★★★★★★★★
幻神獣族
「カオス・ソルジャー −開闢の使者−」+「裁きの龍」
このモンスターの融合召喚は、上記のカードでしか行えず、
融合召喚でしか特殊召喚できない。
自分のターンのバトルフェイズ開始時、このカードを除く
フィールド上のカードを全て破壊する。
このカードが自分フィールド上に存在する限り、自分は敗北しない。
攻4000  守3500


(私の“カオス・ドラグーン・ナイト”の元々のレベルは10……さらに、融合素材に“開闢の使者”2体を用いることで、レベルを2まで追加することに成功した。レベル12――これは恐らく、“人間”が到達し得る“階級(ランク)”の限界値)
 “融合”という特殊手段を用い、ヴァルドーが到達した全力――それをハードルとして提示することこそが、このデュエルの最終目的。
 彼女にそれを越えさせ、この上ない“闇の火種”として覚醒させる――ヴァルドーはそのために、自らの“永遠”に終止符を打つつもりなのだ。


「………………」
 神妙な面持ちで、“少女”は決闘盤に視線を落とす。
 方法は知っている――けれどそれが己に何をもたらすか、そこまでは知らない。

 もっと強く、もっと高く、もっと深く、もっと遠くへ――その末に辿り着く“闇の底”には、一体何が待ち受けるだろうか。

(……私は……)
 “少女”は右手を伸ばし、決闘盤の“終焉の使者”のカードに重ねた。そして、そっと目を閉じる。
(私は……護る。この子を護る)
 神里絵空を護る――それが彼女の行動原理。
 そのためには何でもする。
 何でもしなければならない――そういう“契り”を、彼女は交わした。

 ――私ハアナタヲ愛シテイル
 ――愛シテイル
 ――愛シテイル
 ――ダカラ……

 ――ドグン……ッ!!


混沌帝龍 −終焉の使者−  /
★★★★★★★★★★★
幻神獣族
このカードは通常召喚できない。自分の墓地の光属性と闇属性モンスターを
1体ずつゲームから除外して特殊召喚する。
1000ライフポイントを払う事で、お互いの手札とフィールド上に存在する
全てのカードを墓地に送る。この効果で墓地に送ったカード1枚につき
相手ライフに300ポイントダメージを与える。
攻3000  守2500


 ――違ウ
 ――私ハアナタガ憎カッタ
 ――妬マシカッタ
 ――ダカラ
 ――ダカラ……私ハ、アナタニナリタカッタ


 ――バギッ……バギギッ……!!


 “翼”が、さらに成長する。
 “少女”のものとドラゴンのもの、ともに同調し、強大化する。


 ――ソウダ……私ハ不安ダッタ
 ――アノママ死ンデシマウ事ガ
 ――消エテシマウ事ガ

 ――怖クテ
 ――哀シクテ
 ――ダカラ……


 ――ドグンッ!!!


混沌帝龍 −終焉の使者−  /
★★★★★★★★★★★★
幻神獣族
このカードは通常召喚できない。自分の墓地の光属性と闇属性モンスターを
1体ずつゲームから除外して特殊召喚する。
1000ライフポイントを払う事で、お互いの手札とフィールド上に存在する
全てのカードを墓地に送る。この効果で墓地に送ったカード1枚につき
相手ライフに300ポイントダメージを与える。
攻3000  守2500





 母を亡くし、病に倒れ、死の運命を知り――故に私は、私を拒んだ。
 取り戻せない過去が、堪らぬほど疎ましかった。

 優しい父がいて、憧れる女性(ひと)がいて、慕う少女がいた――故に私は、私を忘れた。
 守りたい現在(いま)が、いつまでも続くと信じたかった。

 あの子が言った、“家族”になろうと。父と、あの女性(ひと)と、あの子と、4人で幸せになろうと――故に私は、私を求めた。
 手に入れたい未来が、本当に……本当に、欲しくて堪らなかった。





 ――ダカラ
 ――ケレド
 ――ダカラコソ……


 ――ドグンッッッッ!!!!!


混沌帝龍 −終焉の使者−  /
★★★★★★★★★★★★★
幻神獣族
このカードは通常召喚できない。自分の墓地の光属性と闇属性モンスターを
1体ずつゲームから除外して特殊召喚する。
1000ライフポイントを払う事で、お互いの手札とフィールド上に存在する
全てのカードを墓地に送る。この効果で墓地に送ったカード1枚につき
相手ライフに300ポイントダメージを与える。
攻3000  守2500


「――素晴らしい……! 素晴らしい!! 素晴らしいッッ!!! 貴女は本当に最高だ、ティルス――さあ! 私に味わわせておくれ……君の“絶望”を!! 極上の“愛”をッ!!!」
 興奮気味に、ヴァルドーが叫ぶ。
 光の無い瞳を開き、“少女”はゆっくりと言葉を紡ぐ。
「……私は、ライフを1000ポイント支払い……『混沌帝龍 −終焉の使者−』の特殊能力を、発動」

 “少女”のLP:1100→100


 ――ズォォォォォォォォ……ッ!!!!!

 龍の翼に、“少女”の“闇”が集約されてゆく。
 何よりも深く、何よりも重く、そして何よりも強い――全ての“闇”を凌駕する、畏怖すべき“混沌の闇”。

 そして“少女”は声高に――吐き出すように、叫んだ。

「――“破滅の終焉(デストロイド・エンド)”!!!」

 ――ズギュゥゥゥゥゥゥゥゥッッッッ!!!!!!!!!!!!!

 混沌龍の翼から、無限の“闇”が噴き出す。

 それは激流の如くフィールドを襲い、“カオス・ドラグーン・ナイト”を容易く、一瞬にして喰い殺し、そして――

 ヴァルドーは、微笑む。

 ――“闇”は彼の魂を、余すこと無く喰らい尽くした。





 ――“少女”は、“闇”の中にいた。

 そして、足音が近づき――それが手を伸ばし、差し出してくる。

『―― “闇(ゾーク)の世界”へようこそ……“終焉の少女”よ

 “闇”に響く男の声が、“少女”の来訪を出迎える。
 ヴァルドーの“死”を以って到達した、現世と“神界”の狭間――それこそがこの、“闇(ゾーク)の世界”。

『――“闇(ゾーク)”と契約せし者よ。汝の願い、ただ一つだけ叶えよう……』

 甘く、甘美な“闇”の言葉。
 “少女”の喉が、わずかに鳴る。

『――問おう……名も無き少女よ。汝の願いは、果たして何だ……?』

 男は“少女”を導くように、優しく彼女に問い掛ける。

 しばらくの、沈黙。
 そして

「――……わた、し、を」

 話し方を思い出すように、“少女”はか細く、たどたどしく呟いた。

「……わたしを――ころして」

 それが、彼女の願い。

 ――もういい
 ――もうつかれた

 それが、彼女の答え。
 “絶望は人を殺さない”――それ故の、懇願。


 ――大切な人がいて
 ――大切にしてくれる人がいて

 ――やさしい人がいて
 ――憧れる人がいて

 ――そして、愛しい人がいた

 ――それはきっと、幸せなことだと思っていた
 ――信じていた
 ――信じたかった
 ――それなのに


 ――大切な人たちがいて
 ――けれど、その日々は偽りで

 ――私はあの子を愛していて
 ――けれど、ひどく妬ましくて

 ――辿り着きたい明日があって
 ――けれど、それには届かなくて


 私はもう、私を認めることができない。
 だからもうイヤ。
 死んでほしい。
 死にたい。
 しにたい


『――それが本当に……汝の願いか?』

 優しく、囁くように――男は再び問い直す。

 ――違うだろう?
 ――もっと素直になりなさい
 ――何故なら……アナタは“悪くない”のだから

 囁きが、心に染み込む。
 そして漏れ出す、“少女”の本心。

「――もっと……やさしい世界がほしい」

 ――かなしいことがなくて
 ――つらいことがなくて

 ――もっときれいで
 ――もっと美しくて

 ――だれも孤独に苛まれない
 ――だれもが幸せな世界

 ――過去を取り戻し
 ――現在(いま)を守り
 ――未来を手に入れる

「誰もが望む世界を――素晴らしい“楽園(エデン)”を」

 ――ドクンッ!!

 “闇”が呼応し、歓迎する――彼女の英断を、素晴らしき願いを。

 “少女”は――堕ちた。
 “少女”はもう、選んでしまった。

 両の頬を、何かが伝った気がした。
 けれどきっと、これが最後。
 この願いの果てには――誰もが望む、素晴らしい世界がある。


 ――つらい真実を、偽りに
 ――あまい偽りを、真実に
 ――誰もが報われる、神の箱庭を……素晴らしき“楽園(エデン)”を


 “少女”は、そっとを手を伸ばす。
 暗い世界から伸びる希望を――やさしい男の、手を掴む。

 男は微笑んだ。
 そして彼女に、こう語りかける。



――ヤハリ……コウナッタカ



 “少女”はハッとし、咄嗟に手を退いた。

 違う――この手は、“闇(ゾーク)”のものではない。
 男の声質も変わった。
 これは――聞き覚えのある、老人の声。

「――あな、たは……」
 朦朧とした意識が、明朗とし始める。
 “少女”は初めて、男を見た。

 漆黒の装束を着込み、フードを深く被った“死神”。
 皺だらけの口元が、“少女”を嘲るように笑みを漏らす。

『――我ガ名ハ……“アクナディン”』

 厳しく、仰々しく――男は自ら名乗りを上げた。

『――“アヌビスの使徒”……“アクナディン”ナリ』

 と。



決闘102 やさしい死神


 ――“闇”に彩られた世界で、“少女”は予期せぬ邂逅を果たす。

 “死神”アクナディン――かつて三千年の昔に存在し、妄執を抱き、カードとして蘇った男。今から半年前、“少女”は彼の提案した“取引”に応じ、武藤遊戯と“闇のゲーム”を行ったことがある。
 しかし結果として、その闘いは多くの“救い”をもたらした――少なくとも、“少女”はそう捉えていた。“神里絵空”は命を取り留め、そして、三千年の時を彷徨ったアクナディンの魂は救いを得、現世を去った――それこそが彼女の知る、その事件の顛末だ。

「――どうして……あなたがここに……!?」

 “少女”は驚かずにいられない。
 彼は再び口を開き、低い声で言葉を吐く。

『――冥界ヘ旅立チ、“還ルベキ場所”ヘ還ッタ……トデモ、思ッタカ? オメデタイナ。反吐(ヘド)ガ出ル程ノ、甘イ思考ダ……』

 まるで呪いのように――半年前と変わらぬ語調で、“死神”は続ける。

『冥界ヘ旅立ッタ我ガ魂ハ、冥界神“アヌビス”ニヨリ囚ワレ、裁カレタ……。“闇(ゾーク)”ト同化シタ我ガ魂ハ、許サレルベクモ無ク……“アヌビスの使徒”トシテ“首輪”ヲ嵌メラレ、永劫ニ飼ワレル事トナッタ』

 心底憎々しく、恨めしげな彼の言葉が、“少女”の心に圧し掛かる。
 救われたのだと思っていた、信じたかった――そんな淡い期待の否定に、彼女の心は汚濁を増す。

 ――この世界はどこまで残酷で
 ――哀しく歪み、汚れているのか

『……ソシテ儂ハ、コノ世界ニ幽閉サレタ……。一片ノ光スラ届カヌ、コノ“闇(ゾーク)の世界”ニ。ソノ目的ガ解ルカ、小娘……?』
「…………っ」

 “少女”の心が、苦痛に歪む。
 “アヌビスの使徒”――その名は、数日前に現れた“シャーディー”という男と同じ肩書き。ならばその目的には、おおよその見当がつく。

「……私を……止めるため?」
『…………』

 沈黙は“肯定”という意味だろう。
 だがあるいは、違うのかも知れない――シャーディーが『“千年聖書”の永久封印』を目的とした事実を踏まえれば、『止める』だけとも考えづらい。

『……ダガ、気ガ乗ラヌナ。奴ノ手駒ニナルナド不愉快千万……従ウ気ナド更々無イ。我ガ“闇”ヲ以ッテスレバ、コノ世界ヲ脱スル事モ可能……ダガ、ソウシナカッタ。ソノ意図ハ解ルカ、小娘……?』

 彼の右目が不気味に輝き、好奇の視線を“少女”に向ける。

『見届ルタメダ……アノ頃ノヨウニ。儂ト同ジ“闇の火種”ヲ持ツ貴様ガ、結局、如何様ナ道ヲ選ブノカ?』

 全く、予想通りだったな――と、“死神”は嘲り笑う。
 “少女”は顔を俯かせ、その痛みに堪える。

『“闇”ハ既ニ、貴様ノ願イヲ聞キ入レタ……迷ワズ進メ。偉大ナル“闇(ゾーク)”ノ“優しい闇”ハ、貴様ノ願イヲ違ワズ叶エテクレヨウ……儂ガ カツテ契約シタ“大邪神”ト違ッテナ』

 死神は動き、進路を空ける。
 “少女”は顔を上げ、先を見た。見えるのは“闇”、孤独にして偽りの“幸せの園”――けれどじきに、それが真実となる。
 ――今までの世界を、偽りに変えて。

「……私は……」
『……ア?』
「私は……どうしたら良かったの……?」
『…………』

 足が、動かない。

 ――まただ、どうして……どうして私はこうなのだろう

 “世界”を捨てることも、受け入れることもできず――いつまでも進めず、彷徨ってしまう。

『――知ラヌヨ。ソンナ事ハ……貴様自身ガ 決メル事ダロウ?』

 突き放すような“死神”の声が、“闇”の世界に無情に響く。
 少女の心が、苦悶に歪む。


 ――大切な人がいて
 ――大切にしてくれる人がいて

 ――やさしい人がいて
 ――憧れる人がいて

 ――そして、愛しい人がいた

 ――だから……


『……。ダガ……儂自身ノ意見ヲ述ベル事ハ出来ルナ。聴キタイカ?』

 底意地の悪い笑みを覗かせ、“死神”は続ける。

『三千年ノ時ヲ経……“死神”トシテ器ヲ得、世界中ヲ見テ来タ。ソシテ抱イタ所見ハ――コノ世界ガ、救イヨウノ無イ“出来損イ”ダトイウ事』

 ――世界はあまりにも理不尽で
 ――救われず
 ――報われず
 ――そして、“絶望”に満ち溢れている

『……“ゾーク・アクヴァデス”ハ正シイ。“アノ世界”ハ スグニ滅ボシ、人類ヲ“楽園(エデン)”ヘト導クベキダ……コレ以上、次ナル“邪神”ガ育タヌ ウチニナ』
「…………」

 そうだ――“彼女”はきっと、正しいのだろう。
 それは分かる。

 ――だから
 ――でも
 ――けれど……

『――ムシロ理解ニ苦シム。貴様ハアノ、ゴミ屑ノヨウナ世界ニ……何ヲ期待シテイル? 何ノ痛ミヲ覚エル? 何ヲ思イ、何ヲ以ッテ、狭間デ モガキ苦シムノダ?』
「――……!!」

 ――トクンッ

 心臓の音が、聴こえた。
 彼のその言葉に、“少女”は初めて気付かされる。

 ――期待をしている?
 ――私は?
 ――何に?

「……私……私は……」

 少女の瞳孔が震える。
 黒く塗りつぶされたハズの心に、まだ“何か”がある。
 弱く、けれど確かに在るその“光”を――何と呼ぶべきかが分からない。

 “死神”は苛立たしげに、溜め息を漏らした。
 そして、『下ラヌ』と呟く。

『……トンダ茶番ダ。貴様ハ世界ニマダ、真ニ“絶望”ナドシテイナイ――アノ“出来損イ”ノ世界ニ、小サクトモ、確カナ“希望”ヲ抱キ続ケテイル』
「…………!!」

 ――トクンッ!


 ――大切な人がいて
 ――大切にしてくれる人がいて

 ――やさしい人がいて
 ――憧れる人がいて

 ――そして、愛しい人がいる

 ――だから
 ――けれど
 ――だからこそ……


「――無理よ……もう」

 か細い声で呟く。
 たとえ“光”が残っていても、じきに消える。“闇”に塗り潰される。

 ――偽りの過去
 ――定まらぬ現在(いま)
 ――手に入らぬ未来

 この3つの“絶望”は、私を永劫に苛み、おとしめるだろう――それから逃れるすべは、私には無い。

 ――期待をしても、もう届かない
 ――私は“私”を救えない
 ――私にはもう、“私”を救うことができない
 ――だから……


『……。昔……似タ男ガ イタナ。貴様ハ アノ愚カ者ト、本当ニ良ク似テイルヨ』

 自嘲気味に、“死神”は語る。

 ――かつて三千年の昔、エジプト王家を救わんとした男。
 男は他人のために、“己”を犠牲にせんとした――“己”を“影”とし、“己”を軽んじ、全ての罪を“己”で背負い……そして、“闇”に堕ちた。

『……思イ上ガルナヨ、小娘。貴様ノ“世界”ノ中心ハ貴様デモ――貴様ガ“世界”ノ全テ デハナイ』

 “人間は誰しも一人では生きていけない”――これは感傷ではなく、真理。
 あの出来損ないの世界には、無数のヒトが存在し、関わりながら生きている。

『貴様ニ救エヌト言ウナラ――“他人”ニ救ワセロ! 貴様一人デ負イ切レヌナラ、ソレヲ“他者”ニ押シ付ケロ!!』

 ――家族は何と言ったろう?
 ――仲間は私を責めただろうか?
 ――そして兄は
 ――兄は……私を、認めただろうか?

『――認メヌカモ知レヌ! 結局ハ、救ワレヌヤモ知レヌ。ソノ時ハ、“世界”ヲ捨テ……再ビ此処ヲ訪レレバ良イ。タダ、ソレダケノ話。何ヲ迷ウ余地ガアル?』
「…………!!」
『ソレトモ……試スマデモ無イカ? 貴様ノ周リノ“他者”共ハ、貴様ヲ微塵モ救エヌ……取ルニ足ラヌ、無能バカリカ?』

 ――ドクンッ!!

 あの子は言った、“半分にしよう”と。
 喜びも哀しみも、楽しいことも辛いことも、全て分けようと――二人で分けて、生きてゆきたいと。

『――本当ニ無能バカリカ? 儂ニハ、ソウハ思エヌガナ。少ナクトモ“アノ少年”ナラ――コノ儂スラ受ケ入レタ、アノ男ナラ、少シハ期待出来ルノデハナイカ?』
「……!!! わ、たし、は――」

 “少女”の返事を待つことなく、吐き捨てるように“死神”は続けた。

『見栄ヲ張ルノハ、モウ辞メロ……! 綺麗ニ生キヨウトスルナ! 弱ミヲ見セロ! 貴様ノソレハ利己愛ダ……“優シサ”ナドデハナイ!! 泥ニ マミレロヨ、人間――欲シイ物ハ欲シイト言エ!!!』

 ――ドクンッ!!!

「……私……私は――」


 ――私は、アナタを愛していて
 ――アナタの事が、羨ましくて
 ――私はアナタになりたくて

 ――だから
 ――けれど
 ――だからこそ……


 ――ドクンッ!!!!


 “死神”は舌打ちを一つした。そして、不本意そうに言葉を紡ぐ。

『……ソシテ儂モマタ、貴様ノ周リノ“他者”ノ 一人ダ……。故ニ貴様ニ、ヒトツノ問イヲ投ゲ掛ケヨウ』

 ぶっきら棒な口調で、“死神”は問う。

『――貴様ハ誰ダ……? 小娘』
「……!? わた……し? 私は――」

 開いた口が、そこで止まる。“少女”の顔が下を向く。

 ――ティルスとして生まれ
 ――秋葉として生き
 ――天恵の記憶を持ち
 ――絵空の肉体に宿る

 ――ティルスであり、秋葉であり、天恵であり、絵空であり
 ――そして、誰でも……

『――違ウ! 貴様ハ貴様ダ! 貴様ノ名ナド、貴様ガ決メロ!!』

 ――ドクンッ!!!!!

「……!!! わた、し、私は――」


 ――ティルスとして生まれ
 ――秋葉として生き
 ――天恵の記憶を持ち
 ――絵空の肉体に宿る

 ――私は
 ――私は……


 “少女”は顔を上げ、叫んだ。

「私は――“天恵”!! “月村天恵”!!!」

 私は――知っている。
 私が“私”であることを。
 他の誰でもない、“私自身”であることを。


 フン、と鼻で息を吐き、死神は嘯(うそぶ)く。

『……魂ナド所詮、“己”ヲ構成スル“一要素”ニ過ギヌ。“己”トハ精神ダ……“己”ガ何者デアルカナド、“己自身”デ定メル事。至極当然ノ論理ダ』

 そしてそれは即ち――彼女に、一つの“可能性”を示す。
 だが、それを選ぶかは否かは彼女が――いや、
 “彼女たち”が、決めること。

『……モウ、イイダロウ。貴様ノ腹ハ、オオヨソ決マッタ筈ダ』

 “死神”は彼女に背を向ける。
 そして、

『モウ行ケ……ソシテ、二度ト儂ノ前ニ姿ヲ見セルナ』

 “死神”はもう、彼女を見ない。
 もう見る必要はない――それを知っているから。
 そして、


「――ありがとう」


 不意に掛けられたその言葉に、彼の背中はわずかに震えた。


「――アナタの手は……温かかった。アナタのお陰で私は、“私”を取り戻すことができた。だから……」

 本当に、ありがとう――もう一度そう言うと、少女の気配が、世界から消えた。


 ただ独り取り残された世界で、彼は暫く天を仰ぐ。
 そして、

『――私を……罰するか? アヌビスよ……』

 魂の軋む音がする。
 それはつまり、そういうことなのだろう――彼は、アクナディンはすでに、そう悟っていた。

 “アヌビスの使徒”たる彼に対し、アヌビスが下した命令、それは――“終焉”を宿す少女の“抹殺”。
 現世を終焉させ得る“火種”を、根本から排除すること。
 そしてそれに背いた自分が、如何様な末路を辿ることとなるか――承知の上で行動した。

『――滅したくば滅せ。“恐怖”で縛れると思ったか? 笑止! 我が魂、もはや何人にも縛らせはせぬ……!!』

 “闇”に、果敢な声が響く。
 魂が壊れ、消えゆく音がする――だが、彼の声は震えない。微塵も“絶望”を垣間見せない。むしろ毅然と宣言する。

『“闇(ゾーク)”も、“冥界神(アヌビス)”も、そして“光(ホルス)”も――恐るるに足りぬ!! 我が名はアクナディン――偉大なる“アクナムカノン”が弟、アクナディンなり!!!』

 “闇”が震える――彼の気高き魂に。
 そこには一片の澱みすら無く、“闇”が干渉する余地はない。

 彼はそっと、目を閉じた。
 そして静かに、誰にともなく語り掛ける。

『……驕るなよ。哀れみなど要らぬ。己の最後など己で決める――このような最期なら、むしろ私には誇らしい』

 ――“世界”とは“己”であり
 ――“己”とは“世界”だ
 ――“己”が死ねば“世界”も死ぬ

 ――そして忘れるな
 ――“世界”の輪郭を決めるのは……“己”自身なのだと


 そこでふと、アクナディンは思い出したように目を開いた。
 舌打ちを一つして、「しまったな」と呟く。

『……伝言を忘れた。全く、最後の最後でとんだ失態だな……』

 まだ届くだろうか――消えゆく意識の中で、彼は虚空に言葉を乗せた。

『……あの、やさしい少年に……よろし……く……――』

 彼は満足げに微笑み、そして――“闇”に溶けて、消えた。





DEATH -MASTER OF LIFE AND DEATH-  /DIVINE
★★★★★★★★★★
DIVINE-BEAST
ATK/0  DEF/0


「――……!? どうして……このカードが……!?」
 遊戯は驚愕を隠せない。
 カードホルダーに潜んでいた“異質”――これがその正体。
 それは、この場にあるべからざるカード。自室の机の引き出しに眠るハズの、あるべからざる“神”。

 かつて邪気を宿し、そして今では、力を失ったはずの“神”が――強く、一片の澱みすら無い、確かな“神威”を発している。

『――後ハ……
「……!?」

 遊戯の脳に、再び声が響く。
 それは聞き覚えのある――けれど、やさしい“死神”の声。

『――後ハ、オ前次第ダ……少年

 遊戯は顔を上げ、デュエルフィールドを見上げた。
 今、そこではまさに――通常にはあり得ない、“奇跡”が展開されている。





「――馬鹿な……!!」
 ヴァルドーは信じがたいその事態に、驚愕に眼を見開いていた。


 少女のLP:1100


<    >
LP:1100
 場:混沌帝龍 −終焉の使者−
手札:1枚
<ヴァルドー>
LP:
 場:カオス・ドラグーン・ナイト−混沌の裁断者−,伏せカード1枚
手札:1枚


 瞳を閉じる少女の背から、“翼”が消える。
 宙に分解され、消え失せる。
 それに伴い、彼女の場の“終焉龍”も――蓄えた力を霧散させ、“翼”を下ろしていた。


混沌帝龍 −終焉の使者−  /闇
★★★★★★★★
【ドラゴン族】
このカードは通常召喚できない。自分の墓地の光属性と闇属性モンスターを
1体ずつゲームから除外して特殊召喚する。
1000ライフポイントを払う事で、お互いの手札とフィールド上に存在する
全てのカードを墓地に送る。この効果で墓地に送ったカード1枚につき
相手ライフに300ポイントダメージを与える。
攻3000  守2500


 周囲の“闇”が晴れる。
 “主”たる彼女の意思を受け、“千年聖書”のウジャトが輝き――当事者にのみ見えていた、特別な“闇”が消え失せる。それは即ち、“闇のゲーム”の終わりを意味する。

(馬鹿な……何が起こっている!!?? いや、そもそも! 私は彼女の“闇”を受け、死んだハズでは――)
 ヴァルドーは回想する。
 “闇”が彼を呑み、意識が消え失せた――そう思った刹那、“闇”が彼を吐き出した。さらには“カオス・ドラグーン・ナイト”を解放し、“終焉の使者”の“翼”へと戻っていった――そう、まるで……“時が巻き戻ったかのように”。
「……!!?? バッ……馬鹿な! こんなことが! こんなハズが――」
 ヴァルドーは頭を抱え、混乱しながら、動揺しながら口にする。
「――“終焉の使者”の特殊能力は……発動されていない……っ!!??」
 瞳を震わせ、戦慄する。
 まるで記憶を書き換えられるような、不気味な感覚――全く同じモノを、その場の観戦者全員が味わった。故に大きなどよめきが、ドーム内に響く。

 ヴァルドーのみならず、観戦者全員の頭の中でも――“終焉の使者”による効果発動は“なかったこと”にされていた。

「――ありがとう……本当に」
 少女は感謝を述べる。
 “彼”に、そして――今までに出逢ってきた、たくさんの人達に。

 少女は顔を上げ、両目を開く。
 その顔には、先ほどまでとはまた違う、迷い無い、確かな“強さ”が宿っている。
 何故なら少女の――いや、

 ――月村天恵の瞳はもう、真っ直ぐに前を向いているから。


月村天恵
LP:1100
 場:混沌帝龍 −終焉の使者−
手札:1枚
<ヴァルドー>
LP:
 場:カオス・ドラグーン・ナイト−混沌の裁断者−,伏せカード1枚
手札:1枚



決闘103 終焉の翼


「――馬鹿な……“時の巻き戻し”だと!? あり得ないッッ!!」
 ガオス・ランバートは我を忘れ、怒りとともに叫んだ。
 そうだ、あり得ない――時間の“逆流化”など。時を統べる“闇魔術”でも、最難度の芸当。ガオス・ランバートにさえ到底なし得ぬ、最高等の大魔術なのだ。
(極めて短時間とは言え……人間に成し得る所業ではない!! 一体、何が起こったというのだ!!??)

 ヴァルドーも、ガオス・ランバートも知らない――その“伏兵”の介入を。気高き、その男の魂を。

 動揺に瞳を震わせ、デュエルフィールドを凝視する。
 2人のデュエリストを中心に――今まさに、“運命”は大きく狂わんとしていた。





 月村天恵は周囲を見回し、ヴァルドーに背を向けた。
 呆気にとられたヴァルドーを尻目に、床に手を伸ばし、“それ”を拾う。

 ――“母”から貰い、そして、絵空に託した大切なリボン

「……ごめんね……お母さん」
 穏やかにそう言うと、拡散した、長い後ろ髪を束ねる。
 首の後ろ、“母”や、かつての自分がしていたのと同じ場所に、黄色いリボンで軽く結わえる。

 ――やさしい気持ちになれる、大切なリボン
 ――“母”と、私と、そして……絵空を繋ぐ、“絆”のリボン

 そして改めて、天恵はデュエル状況を確認した。
 ヴァルドーの場には、“神”の力を得た“カオス・ドラグーン・ナイト”と伏せカードが1枚。対する天恵の場には、“神”の力を失った“終焉の使者”と、手札が1枚。
 戦況は全く変わらない、むしろ悪化したと言っても良い。
 それなのに――天恵の瞳は“絶望”を映さない。確かに“希望”を目指している。


<月村天恵>
LP:1100
 場:混沌帝龍 −終焉の使者−
手札:1枚
<ヴァルドー>
LP:
 場:カオス・ドラグーン・ナイト−混沌の裁断者−,伏せカード1枚
手札:1枚


「――そうだ……戦況は変わらない! 貴女とて、他に手が無いから“終焉の使者”を喚んだハズ……何度やり直そうと、同じ事ッ!!」
 ヴァルドーは興奮気味に叫ぶ。
 その絶対的自信の源は――磐石の布陣。レベル12の“神”たる“カオス・ドラグーン・ナイト”、そして場の伏せカード。
 そう、結局は同じ手段をとらざるを得ないのだ――彼女に次のターンは無い。
 次にヴァルドーのターンが来れば、“神”の一撃により、確実に決着はつくだろう。
 ヴァルドーの口から、笑みが漏れる。

『――それとも……敢えて敗北しますか? 忘れたわけではありませんよね? このデュエルに敗北すれば、“神里絵空”は助からない……それとも、それが望みでしょうか? やはり貴女にとって、“神里絵空”は疎ましい存在と認めましたか!?』

 強気な語調で、天恵の脳に挑発を届ける。
 しかし彼女は震えず、手札の最後のカードを見つめた。
(……このカードでは勝てない……そう思っていた)
 それは、彼女の“闇”の影響を受けなかった、数少ないカード。

 そうだ、確かに勝てなかっただろう――つい先ほどまでは。
 けれど、今は違う。
 “彼”が示してくれた“可能性”は、天恵に新たな“道”を拓く。

(これが私の――私達の、最後の“希望”!)

 それを右手に持ち替え、振りかざし――大きな動作で、決闘盤にセットした。

「――マジックカード発動! 『禁忌の合成』!!」
「!!? な……っ!?」


禁忌の合成
(魔法カード)
自分の場または墓地にそれぞれ存在する「ガーゼット」と名の付く
モンスターと他のモンスター1体をゲームから除外し、融合させる。
この効果で融合召喚したモンスターが場を離れたとき、
そのモンスターの元々の攻撃力分のダメージをプレイヤーは受ける。


「“ガーゼット”の専用融合カード……!? 馬鹿な! “ガーゼット”は“開闢の使者”の効果で除外したハズ――」
 と、言いかけたところで、ヴァルドーの脳裏を、1枚のカードの存在がよぎる。
 前のターンに発動されたトラップ『始まりの終わり』は、彼女の闇属性モンスターを分別なく墓地へと戻している。
(まさか……“終焉の使者”を融合素材に、新たなモンスターの召喚を!?)
 閃いた危惧に、ヴァルドーは戦慄を覚える。だが、同時に期待も沸いた。

 “混沌の使者”を素材とした融合モンスター召喚――それは即ち、彼の“カオス・ドラグーン・ナイト”と同じ土俵。
 “終焉の使者”をも超越する、更なる“終焉龍”の召喚――ならばそれは、むしろヴァルドーも望むところだ。

 生み出される更なる“闇”は、彼女をより強く、より正しく“楽園(エデン)”へと導くに違いない――そう思ったから。
 だが、

「――私はモンスターの融合素材として……墓地から! 2体のモンスターを除外する!!」
 天恵の決闘盤の墓地スペースから、2枚のカードが弾き出される。
 『偉大魔獣 ガーゼット』、そしてもう1体は――攻撃力3000を備える『ダーク・バルバロス』。
 少女のフィールドの、空間が歪む。そしてその中から誕生するのは――禁断の合成術により生み出される、究極の“合成獣(キメラ)”たる魔獣。
 “神里絵空”の切札たる、“絆”を繋ぐモンスター。
「――融合召喚……! 『究極合成魔獣 ガーゼット』っ!!!」
 魔獣が荒々しい雄叫びを上げ、フィールドを震わせる。意外なるその召喚に、ヴァルドーは両眼を見開き、瞳を震わせた。


究極合成魔獣 ガーゼット  /闇
★★★★★★★★
【悪魔族】
「ガーゼット」と名の付くモンスター+モンスター1体
このカードの融合召喚は上記のカードでしか行えない。
このモンスターの元々の攻撃力は、
融合素材としたモンスターの攻撃力の合計となる。
このモンスターの融合召喚に成功したとき、
自分の場の他のモンスターを全て生け贄に捧げ、
その攻撃力を吸収する。
攻 ?  守 0


(馬鹿な……“ガーゼット”だと!? “終焉龍”では……ない……!!??)
 あり得ない、あり得ない――ヴァルドーの思考を、混沌が渦巻く。
「なっ……何をしているのです!!? そんなことをしたら!! そんなことをしてしまったら――」
「……。『究極合成魔獣 ガーゼット』の攻撃力は、融合素材としたモンスターの攻撃力の合計となる。さらに――」

 究極合成魔獣 ガーゼット:攻?→攻3000

「――融合召喚成功時、『究極合成魔獣 ガーゼット』の効果発動! 場の他のモンスター全てを生け贄に捧げ、その攻撃力を得る! そう、私は……」
 天恵は顔を上げ、“終焉の使者”を見上げる。
 迷いは無い。だから――明瞭たる口調で、宣言する。
「私は――“終焉の使者”を生け贄に捧げ、その攻撃力を得る!!」

 ――ドシュゥゥゥゥゥゥゥッッ!!!!

 “終焉の使者”を、光の渦が包む。“終焉の使者”の“闇”を吸い、渦は漆黒の色を帯びる――そして最後に、龍は意味ありげな咆哮を上げ、消える。巨大なその体躯が、消え失せる。
 残ったその渦は“ガーゼット”に宿り、溶け込み、その攻撃力を底上げした。

 究極合成魔獣 ガーゼット:攻3000→攻6000


<月村天恵>
LP:1100
 場:究極合成魔獣 ガーゼット(攻6000)
手札:0枚
<ヴァルドー>
LP:
 場:カオス・ドラグーン・ナイト−混沌の裁断者−(攻4000),伏せカード1枚
手札:1枚


「――あ……ああ……ア……!?」
 ヴァルドーは露骨に失意を見せ、ひどく顔を歪ませ、身体を揺らした。
「何てことだティルス……! 君は!! 何てことをしてしまったんだ!!?」
 動揺を露に叫ぶ。訴える。
「君は何がしたいんだ……? まさかこんな……こんなッ!! 自分が何をしてしまったか、本当に分かっているのかい!!?」
 ヴァルドーは錯乱し、頭を抱え込む。

 そうだあり得ない――この行為の意味を、彼女は知っているはずなのだから。

(――いくよ……絵空!!)
 天恵は動じず、リボンで束ねた髪を揺らし、毅然とした声で叫ぶ。
「これが私の最後の――そしてこのデュエルの、最後のバトルフェイズ!!!」
 天恵は左腕をかざし、フィールドの“ガーゼット”に指示を出す。
「『究極合成魔獣 ガーゼット』――“カオス・ドラグーン・ナイト”を攻撃っ!!」

 ――ドズゥゥゥゥッッ!!!

 力強く踏み込み、“ガーゼット”は地を揺らす。
 対するは“神”の力を持つ龍騎士“カオス・ドラグーン・ナイト”。巨大なる体躯はほぼ五分、だが攻撃力は違う――龍騎士の攻撃力4000に対し、“ガーゼット”は6000という破格の数値を持つ。単純な攻撃力勝負に限れば、無類の強さを誇る。
 龍騎士の眼前に至ると、“ガーゼット”は野太い右腕を振るう。対する龍騎士は怯むことなく、正面から、その一撃を迎え撃った。

 ――ドズゥゥゥゥゥゥンッッッ!!!!!!

 轟音が鳴り響く。
 龍騎士は“光の剣”を水平に構え、その側面で、重い拳を受け止める――しかしその攻撃力差は2000、このままでは無理がある。たとえ“神”であろうとも、その数値差は埋められない。
「………………」
 戦意を失ったかのように、ヴァルドーは顔を俯かせていた。
 そしてブツブツと、何かを呟いている。
「……そうか……君は僕ではなく、その娘を選ぶんだね。かなしいな……本当にかなしいよ、ティルス……」
 悲痛と嫉妬に顔を歪ませ、震える右手を決闘盤に伸ばす。
「まさか僕ではなくその娘を――殺す道を選ぶなんてさぁぁッッッ!!!!
 そして乱暴に、伏せカードを開く。
 ヴァルドーが仕込んでいた、最後の策。彼女が道を違わぬよう仕掛けた、使うハズのなかったトラップカード――それは、


光の召集
(罠カード)
自分の手札を全て墓地に捨て、その枚数だけ
自分の墓地から光属性モンスターを選択して手札に加える。


「『光の召集』!? まさか、そのカードだったなんて――」
 意外なその正体に、天恵は思わず驚きを見せる。
 『光の召集』は、光属性デッキのコモンカードの一つ。レア度は低く、さほど優秀なカードとも知られていない――そう、通常ならば。
 だがヴァルドーのデッキにおいては、大きく異なる意味を持つ。
「……私は手札1枚を捨て……墓地の光属性モンスター1体を選択。手札に加える」
 手札の無意味な魔法カード『ソーラー・エクスチェンジ』を捨て、墓地のモンスターを拾い出す。

 ――そう。
 このタイミングで手札に加えるモンスターカード、それは――


オネスト  /光
★★★★
【天使族】
自分のメインフェイズ時に、フィールド上に存在するこのカードを手札に
戻す事ができる。また、自分フィールド上に存在する光属性モンスターが
戦闘を行うダメージステップ時にこのカードを手札から墓地へ送る事で、
エンドフェイズ時までそのモンスターの攻撃力は、
戦闘を行う相手モンスターの攻撃力の数値分アップする。
攻1100  守1900


「……“カオス・ドラグーン・ナイト”は、『裁きの龍』を融合素材とすることにより……“神”と“光”、2つの属性を併せ持つ。よって、このままでの効果適用が可能――」
 手札に加えた『オネスト』を、ヴァルドーはすぐに墓地へと戻した。
 それにより、このバトルの形勢は――無残に反転することとなる。


カオス・ドラグーン・ナイト−混沌の裁断者−  /
★★★★★★★★★★★★
幻神獣族
「カオス・ソルジャー −開闢の使者−」+「裁きの龍」
このモンスターの融合召喚は、上記のカードでしか行えず、
融合召喚でしか特殊召喚できない。
自分のターンのバトルフェイズ開始時、このカードを除く
フィールド上のカードを全て破壊する。
このカードが自分フィールド上に存在する限り、自分は敗北しない。
攻4000  守3500


 ――バサァ……ッ!!!

 無骨な龍騎士の背に、不似合いな、美しい白翼が生える。
 同時に、彼の“剣”は爆発的な輝きを得る――異変を察知した“ガーゼット”は拳を止め、後退するがもう遅い。
 “ガーゼット”の攻撃力値を吸収し――“光の剣”は野太く、凄まじい輝きを放つモノへと変容していた。

 カオス・ドラグーン・ナイト−混沌の裁断者−:攻4000→攻10000

「……!! 攻撃力……1万……!?」
 文字通り桁違いの攻撃力値に、天恵は思わず唾を呑む。
 そんな彼女の様子を、失望とともにヴァルドーは眺める。
「何を驚いているのです……? 貴女は分かっていたハズでしょう? こうなることが」
 ヴァルドーの言う通りだ。
 戦闘を仕掛ければ、何らかの反撃を受け、敗北する――それを承知の上で、天恵は攻撃を宣言した。
 彼女が選んだのは、あまりにも愚かな――敗北への道。


<月村天恵>
LP:1100
 場:究極合成魔獣 ガーゼット(攻6000)
手札:0枚
<ヴァルドー>
LP:
 場:カオス・ドラグーン・ナイト−混沌の裁断者−攻10000
手札:0枚


 翼を生やし、飛行能力を得た龍騎士は、宙へと浮かび、光剣を振りかざす。
 対する“ガーゼット”は翼を持たない。飛ぶことは叶わず、いつ来るとも分からぬ攻撃を待ち受けるしかない――ひどく惨めな光景。

 誰の目にも明らかに、勝敗は決した――ヴァルドーの勝利という形で。
 少女にはもうカードが無い。
 この反撃により4000の戦闘ダメージ、さらには『禁忌の合成』のデメリット効果により3000の効果ダメージ、合算するに7000ポイントもの大ダメージを受け、敗北する。

「………………」
 少女は顔を俯かせ、動かない。
 観衆の認識は正しい――彼女にはもうカードが無い、“ガーゼット”以外のカードは。
 場にも、手札にも、墓地にも、ましてやデッキや除外ゾーンにも――この窮地を救えるカードは無い。“ガーゼット”以外に、彼女が頼れるカードは存在しない。

「拒絶は許しませんよ……? これは貴女が選んだ結果だ。貴女の選んだ愚行の末に、その娘は死ぬ――その痛みを、深く噛み締めなさい」

 そしてその痛みの先には、逃れ得ぬ“絶望”が待っている――そう確信した上で、ヴァルドーは厳然と宣言した。
「……さあ! 殺しなさい、“カオス・ドラグーン・ナイト”――」

 ――ビュォォォォォォッッ!!!!!

 ヴァルドーの宣言を合図に、龍騎士は急降下する。
 落下により威力を高め、攻撃力1万の剣閃を見舞わんとする――それを回避するすべは、“ガーゼット”には無い。

「…………。いくよ――絵空」
 天恵は顔を上げた。
 その表情に決意を宿し、強襲する“敵”を見据える。

「『カオス・ドラグーン・ナイト−混沌の裁断者−』の反撃――“ディバイン・ジャッジメント”ッッ!!!」

「……羽ばたけ――――」

 振り上げられた、巨大な光剣を前に――天恵は声高に叫んだ。

「――“終焉の翼(エンディング・ウィング)”ッ!!!」

 ――バサァァァァァァッッ!!!!!

 その刹那、ヴァルドーの目は驚愕に見開かれた――予想外の、2つの事象に。

 ――1つは……この期に及んで、このタイミングで、少女の背に再び開いた“翼”に。
 ――そして、もう一つは……“ガーゼット”の背にも、同様のモノが生えた事に。


究極合成魔獣 ガーゼット  /
★★★★★★★★★★
幻神獣族
「ガーゼット」と名の付くモンスター+モンスター1体
このカードの融合召喚は上記のカードでしか行えない。
このモンスターの元々の攻撃力は、
融合素材としたモンスターの攻撃力の合計となる。
このモンスターの融合召喚に成功したとき、
自分の場の他のモンスターを全て生け贄に捧げ、
その攻撃力を吸収する。
攻 ?  守 0


(馬鹿なっ――“ガーゼット”の背に!! “終焉の翼”だとッッ!!??)
 ヴァルドーの背を戦慄が走る。
 だがもう遅い――振り下ろした“剣”は止まらない。
 同様に“神”の力を得た“ガーゼット”に対し、巨大な剣閃が放たれる――それに対して“ガーゼット”は、その背の両翼を畳んだ。巨大なる“終焉の翼”を盾とし、剣撃を真っ向から受け止める。

 ――ズドォォォォォォォッッッ!!!!!!!!!!

 巨大な轟音、そして衝撃波が巻き起こる。
 それを間接的に受け、審判・磯野は尻餅をつく。だが、対峙する2人の身体は少しも揺れない。

 攻撃力1万と、6千のモンスターが衝突した――本来ならば、火を見るより結果が明白な激突だ。6千が、1万に勝るわけがない。

「…………」
「…………ッッ」

 だが、顔を歪めたのはヴァルドーの方だった。
 激突した2体の“神”は、ともに生き残っている――それは即ち“ガーゼット”の“翼”が、“カオス・ドラグーン・ナイト”の“剣”に耐えたということ。

 攻撃力1万の剣撃に、攻撃力6千のモンスターが耐えた――それは何故なのか?
 それは――


 カオス・ドラグーン・ナイト−混沌の裁断者−:攻10000→攻4000


 龍騎士の背の、白翼が枯れる。黒く変色し、灰になる。
 “神”となった“ガーゼット”には最早、低級モンスターの効果など通用しない――故に『オネスト』の効果は無効。奪った攻撃力は失われ、パワーバランスは元に戻る。


<月村天恵>
LP:1100
 場:究極合成魔獣 ガーゼット攻6000
手札:0枚
<ヴァルドー>
LP:
 場:カオス・ドラグーン・ナイト−混沌の裁断者−攻4000
手札:0枚


 飛行能力を失った龍騎士は、跳び退いて着地し、体勢を立て直す。
 だがもう無駄だ。勝敗は今度こそ、ハッキリと決した。

「バッ……馬鹿なっ! そんな馬鹿なッ!! 何故! どうして“ガーゼット”に“翼”が――」

 ヴァルドーの脳裏に蘇る光景。
 それは、『究極合成魔獣 ガーゼット』の効果により“終焉の使者”が生け贄にされた場面――“翼”が受け継がれたとすれば、そのタイミングしかあり得ない。

「――……。これが私の……この子への“答え”」
「……!!?」

 ――絵空は言った、“半分にしよう”と
 ――でも、私は欲張りだから……それには応えられない

 ――私はアナタに、幸せになってほしい
 ――アナタに、全てを手にしてほしい
 ――だから

 ヴァルドーは、“ガーゼット”を凝視した。
 “終焉の翼”を生やした“ガーゼット”――このモンスターは、本当に“ガーゼット”なのだろうか?

 “融合”という対等な手段ではなく、“生け贄”という非対等な手段を経――“ガーゼット”は“終焉の翼”を継承した。

 ――“ガーゼット”の名を持ち
 ――“ガーゼット”の肉体を持ち
 ――そして、“翼”を生やすモンスター

 ――“翼”は“ガーゼット”に力を与え
 ――“翼”は“ガーゼット”を護る

 “終焉の使者”ではなく“翼”として、“ガーゼット”の一部として――“ガーゼット”を、護り続ける。


「……アナタの負けよ、ヴァルドー。アナタは私に勝ち、そして――“私たち”に負けた」
「…………ッ!!!!」

 天恵は、両の拳を握り締める。
 “ガーゼット”は指示を受けるよりも早く――“翼”の力を利用し、“カオス・ドラグーン・ナイト”に素早く躍りかかった。

 ――ドズゥゥゥゥゥゥンッッッ!!!!!!

 先ほどと、全く同じ構図。
 “ガーゼット”の右拳を、龍騎士は剣の側面で、両腕を使って受け止める――それが限界。右腕一本の腕力で龍騎士を押さえつけつつ――“ガーゼット”は左拳を握り込む。

 天恵が左拳を振るうのと同時に、“ガーゼット”はそれを、空いた胴に見舞った。

「――“アルティメット・パンチ”ッ!!!」

 ――ズガァァァァァァッッッッ!!!!!!

 強烈な拳打を受け、“カオス・ドラグーン・ナイト”は粉々に砕け散る。
 その衝撃を受け、ヴァルドーは後ろに倒れ込んだ。


<月村天恵>
LP:1100
 場:究極合成魔獣 ガーゼット(攻6000)
手札:0枚
<ヴァルドー>
LP:0
 場:
手札:0枚


 天恵は大きく息を吐き出した。
 “ガーゼット”のものと同時に――その背から、“翼”が消える。空中に分解され、消え失せる。

 審判・磯野は慎重に、両デュエリストとリング上を観察した。

 ヴァルドーは動かない。
 大の字になって横たわりながら、ぼんやりと天井を眺めている。
(……生き……ている……)
 照明が眩しい。
 右手の平で視界を覆い、光を遮る。
「……また……私を殺してはくれないのですね、ティルス……」
 弱々しく、そう呟く。

 そんな彼の呟きに被さって――磯野は心置きなく、声高に宣言した。

「一回戦第七試合!! 勝者――“神里絵空”っ!!!」

 ドーム内に渦巻く大歓声が、彼女を――月村天恵の勝利を、祝福した。



決闘104 心の在り処


 デュエルの終了とほぼ同時に、“千年聖書”は回転を緩め、ゆっくりと高度を落とし始めていた。
 眼前のそれを、天恵は空いた左手で掴み取る。ウジャト眼がかすかに輝き、主の勝利を祝福する。
「……ありがとう。護ってくれて」
 小声で感謝を述べる。そしてふと、観客席を見渡した。

 デュエル途中から浮遊し続けていたこれを、果たして立体映像(ソリッド・ビジョン)とでも思ってくれただろうか――そう心配しながら。

 会場内は、止まぬ大歓声に満たされている。
 予想外に常識離れの激闘を見せた二人に対し、称賛と驚嘆が送られ――同時に、観客席各所では、その常軌を逸した試合内容について物議が醸されていた。

(……まあ、とりあえず大丈夫だと思いましょう。過ぎたことだし)
 天恵は深く考えないことにした。
 次に、決闘盤に手を伸ばし、その墓地スペースからカードを抜き出す。その中身をざっと確認し、安堵の溜め息を吐く。
 彼女の“闇”の影響を受け、変容していたカードは――残らず、元の見慣れたカードへと形を戻していた。

『(――ン……アレ? ここって……)』
「……! おはよう、絵空。目が覚めた?」

 眠り姫のお目覚めを、天恵は穏やかに迎える。
『(……!! そうだ、デュエルは!? わたし、途中で身体が動かなくなっちゃって、それで――)』
「――もう終わったわよ。私たちの勝利で……ね」
 天恵のその言葉に、「そうなの?」と絵空は呆気にとられる。
『(ど、どうやって勝ったの!? て言うかわたし、何で寝ちゃってたんだろう……??)』
「……まあ、その辺りはおいおい説明してあげるわよ。それより――少し、時間をくれる?」
 話したい人がいるから――そう言って、天恵は顔を上げた。
 彼女の視線の先には、ヴァルドーがいる。彼は仰向けに倒れたまま、起き上がる素振りすら見せない。


「――私の……完敗です」
 歩み寄った彼女に対し、右手で視界を塞ぎながら、ヴァルドーは弱々しくそう告げた。
「貴女は私の予想を……いや、“神”の予想すら凌駕した。素晴らしい――いや“凄まじい”。完膚ない、私の敗北です……」
 “絶望”を抱きながら、それでもヴァルドーは認める。認めざるを得ない。
 自分が何故、何に敗北したというのか――今もって尚、それさえも理解できないのだから。
「……。ヴァルドー、私は――」
 少女の言葉を遮って、「知っていました」とヴァルドーは告げる。
「――ティルスは……死んだのですよね。貴女はティルスではない……それが答え」

 ――幻を追っていた
 ――追い続けてきた

 ――あの時、救えなかった少女を
 ――守りたかった人を

 ――私に全てを与え……私から全てを奪った貴女を

 知っていた。
 分かっていた。
 この手は、もう届かぬのだと――本当は思い知っていた。

 ――貴女を何度見つけても
 ――貴女と何度繋がっても

 ――貴女はすぐに死んでしまう
 ――繋いだこの手は離れてしまう

 貴女はその度に、私のことを忘れてしまう――私にはそれが堪えられなかった。
 だから、

 ――殺してほしかった
 ――終わらせてほしかった

 貴女を幾度と無く殺してきた、その“翼”で――私を引き裂き、砕いてほしかった。

「……もう、お行きなさい。そして、私のことなどお忘れなさい……」
 昏い、昏い世界の中で、ヴァルドーはせめてそう告げた。

 これがきっと最後だ。

 愛しかった人の気配が、遠く離れるのを待った――それなのに、

「……!?」

 暗闇に、光が差した。
 世界を閉ざしたハズの手を、誰かが繋いだ――信じられないモノを見るように、彼は彼女を視界に入れる。
「――ありがとう、ヴァルドー。アナタのおかげで私は、ようやく前へ進むことができる……」
 彼女は両膝を折り、小さな両手で、彼の右手を掴んでいた――ヴァルドーは全身から、熱いものが込み上げてくるのを感じた。
「ティ……ルス、貴女は――」
 少女は首を横に振り、穏やかに告げた。
「……私はティルスじゃないわ。私は天恵……月村天恵」
「……!」
『(……!? え……っ?)』
 絵空が聞いている。天恵はそれを承知の上で、彼に対して言葉を紡ぐ。
「……でも、私の中にティルスはいる。それから、名も知らぬ沢山の人たち、そして月村秋葉――その積み重ねがあって、私がいる。沢山の繋がりがあって、“私”という存在はここに在る」

 ――繋がっている
 ――私は
 ――私たちは
 ――沢山の人たちと繋がっている
 ――だから

 ――大切な人がいて
 ――大切にしてくれる人がいて

 ――やさしい人がいて
 ――憧れる人がいて

 ――そして、愛しい人がいる
 ――だから

 ――だから……私という人間は、ここに在る

「……拒絶はしない、受け入れる。私はもう――私自身を否定しない」

 ――あの人は言った、綺麗に生きるなと
 ――世界の輪郭は己が決める
 ――ならば

 白でも、黒でもない――灰色の道を、私は選ぼう。

「――だから……知っていたら教えてほしい。アナタの言う“死の穢れ”……それを祓(はら)う方法を」
「……!? は……っ?」
 真剣に問い掛ける天恵に対し、ヴァルドーは思わず呆気にとられた。
 違和感――月村天恵という少女は、そんなことを言い出せる人物だったろうか……と。
「……正気ですか? 私の望みに応えなかった貴女が……私に望みを叶えろと? 虫が良すぎるとは思いませんか?」
「…………」
 少しの沈黙を置いて、「思わないわ」と答える。

「だってアナタは――ティルスを、愛しているのでしょう?」
「…………」

 天恵はじっと、ヴァルドーを見つめる。
 ヴァルドーはそれに堪えられず、目を閉じて苦笑した。
 そして溜め息を一つ吐いてから、「心配ありませんよ」と告げる。
「貴女が所持する“千年聖書”……それには、主たる魂の“器”を自動的に守護する性質がある。そして、それに秘められた“魔力”は、貴女を害する一切の厄災を妨げる。まとう“穢れ”程度なら……すでに、浄められているハズですよ」
 どこか妬ましげに伝える。
 かつて自分が成し得なかったことを、平然とやってのける――その魔力に。それに封じられた、“彼”の大いなる力に。

「……! なら、もう一つ教えてほしいの。“千年聖書”は私の……何に対して、“主”と認めているの?」
「……?」

 ヴァルドーは一瞬、曖昧な、その問いの真意を理解できなかった。
 しかしすぐに悟る。先のデュエルの決着方法、そしてそこから見えた、彼女の“答え”――それを踏まえれば、見当は付く。

「……“千年聖書”は貴女を――“魂”として認識している。そして、それが宿る“器”を、自動的に護る……そういう性質を有しています」

 予想した通りだった。
 天恵は小さく、そしてどこか淋しげに笑みを零す。
「……本気……なのですか? しかしそれでは、貴女は――」
 ヴァルドーの言葉を遮るように、「いいのよ」と天恵は応える。

「……これは私の願い。ひとりよがりかも知れないけど……理解してもらえると、信じてる」
『(……?)』

 天恵は左手で、己の――絵空の胸に触れる。
 天恵の心臓を模造(コピー)したそれは、今も鼓動し続けている――絵空を生かすために。そして護るために。

「……ありがとうヴァルドー。もう、十分だわ」
 2人の手が離れる。
 ヴァルドーは名残惜しげに、目を細めた。
「……最後に、もう一つだけ訊いても良い? “永遠に生きる”――それは一体、どういうこと?」
 どこか申し訳無さげに問う。
 少しの沈黙を置き、ヴァルドーは応えた。
 地獄です、と。
「……しかし、責任を感じる必要はありませんよ。私にも“自殺”は出来る……けれど“意味のある死”が欲しかった。それだけの話」
 “絶望は人を殺さない”――それは、人造人間(ホムンクルス)たる彼もまた例外ではない。
「……私は恐らく……まだ、生きるでしょう。死という“希望”を知りつつ、“地獄”と卑下しながらも尚、生き続ける――己の生に意味を探し、その死に答を求めて」
「……そう。それなら……また会うこともあるかも知れないわね」
 少女は立ち上がる。
 そしてどこか悪戯っぽく、笑いかけて見せた。

「……どうかそのときは、また闘わずに済むことを願うわね――“お兄ちゃん”?」
「…………!」

 少女は踵を返し、ステージ上を後にする。
 その後ろ姿を眺めながら、「まったくです」とヴァルドーは呟く。

「貴女を傷つけるなど……二度と御免ですよ。今度こそ、私の精神がもちそうにない」

 ほっと、安堵の溜め息を吐き、ヴァルドーは天井を見上げた。
 眩しい照明に目を細め――けれど、どこか満足げに微笑んだ。





「――意識はしっかりしている? 大丈夫そう、絵空?」
 階段をゆっくりと下りながら、天恵は絵空に問い掛ける。
 絵空は戸惑いながら頷く。“絵空”と、そんなふうに呼ばれた覚えなど無かったから。
『(……ねえ。“もうひとりのわたし”……だよね?)』
 不安げに問う。
 天恵は足を止め、絵空に優しく告げた。

「――私は絵空じゃないわ。私は天恵……月村天恵」
『(……!! ソラ……エ?)』

 絵空の中で、何かが疼く。
 知っている。
 自分は、その少女の名を知っている――そんな気がする。

「でも……呼び方は“おねえちゃん”がいいわね。むしろ強く推奨します!」
『(お、おねえちゃん??)』

 おどけた調子で言われ、絵空は呆気にとられる。
 天恵は、クスリと笑みを漏らした。

「……“もうひとりのわたし”で構わないわよ。いきなり言われても困惑するだろうし……私がアナタであることに、変わりはないのだから」

 それが天恵の答え、天恵の望み。
 “神里絵空”になること――ずっと以前から抱いてきた、彼女の願い。
 彼女が見つけた、“心の在り処”。

 たとえそれが、同時に――2人の少女の、永久の別離(わかれ)を意味するとしても。



決闘105 光に至る道


(……まったく……とんでもないデュエルだったな。とても一回戦とは思えない内容だった)
 先ほどのデュエル内容を振り返りながら、磯野は観客席を見渡した。
 観衆のどよめきは収まる気配が無く、すぐには次の試合に移れそうもない状況だ。

 あるいはこれは、前大会決勝戦のデュエルを超えてしまったのではなかろうか――そう思いながら、フィールドを見返す。
 そして、気が付いた。
(……? あれ、ヴァルドー選手は……?)
 倒れていたはずのヴァルドーの姿が、忽然と消えていた。
 磯野のみならず、観衆の誰一人――彼が舞台上を降りた姿を、見た者はいなかった。





 天恵が階段を下り終えると、いつものメンバーが出迎えてくれた。
 興奮気味な彼らの賛美に、天恵は屈託無く笑み、喜びを示す。
 彼女のその様子に、しかし杏子は違和感を覚えた。

「……? えっと……神里さん、よね?」
「? はい、そうですけど」

 杏子のその問いに、天恵は不思議げに首を傾げた。
 杏子が抱いた違和感――それは彼女が“どちらの絵空か”ということ。
 杏子は普段、絵空を“絵空ちゃん”と呼び、天恵を“神里さん”と呼んでいる。
 いつもなら、雰囲気ですぐに判断できる。それなのに今は――どちらで呼ぶべきか、迷ってしまった。
 彼女の屈託無い笑みが、絵空のそれに似て見えたから。

「――なあ神里。お前……もう大丈夫なのか?」
「……!」
 そんな場の空気に反し、城之内は神妙な面持ちで訊いた。
 一瞬驚いた顔をするが、天恵はすぐに頷く。そして「大丈夫です」と応えた。
「……そか。やったな神里! 流石はこのオレが認めたデュエリストだぜ!!」
 深くは追求せず、いつもの調子で祝福してくれる。
 天恵はそれに感謝しながら、歩を進める――そして、

「……勝ったよ――“お父さん”」
「……えっ?」

 天恵のその言葉に、月村は驚き、目を見張る。
 “神里絵空”の口から発されたその言葉に――しかし彼は、別の少女の姿を重ねた。

 まさか、そんな――確かめるための言葉が、口から漏れそうになる。
 しかし、思い留まってしまった。
 そんな奇跡を安易に信じられる程、哀しいかな月村は若くない。
 代わりに、別の言葉を吐く。

「そ……絵空、ちゃん? それって……」
 それは、天恵にも伝わった。
 わずかに淋しげに目を伏せ、しかしすぐに微笑む。
「……だって、母さんと再婚するんでしょう? そしたら、おじさんは“お父さん”になるじゃない?」
 照れを見せ、戸惑う月村に対し、天恵は悪戯っぽく笑ってみせた。

 ――家族になろう
 ――もういちど

 ――お父さんと
 ――母さんと
 ――そして絵空

 ――私たち“3人”で、テーブルを囲うのだ

 そして天恵は振り返る。
 最後に―― 一番肝心な人に、言葉を伝える。

「次の試合が終わった後……時間をもらえますか?」
「……!」

 遊戯の顔が、わずかに強張る。
 彼もまた、今の試合がただのデュエルでなかったことを知っている――それを悟りつつも、天恵は微笑み掛ける。

「……アナタに伝えなければ――伝えたいことが、あるから」

 天恵はもう迷わない。いや、たとえ迷ったとしても、前だけは向く。
 目指す未来のために――前へ進むと、決めたから。





「――みっともない姿を見せてしまいましたね……ガオス・ランバート」
 観客席の一角。
 聞き慣れたその声に対し、ガオスは振り返らずに応える。
「……何があった? 貴様ほどの男が……何故、何に敗れたというのだ?」 
 カールは振り返り、その声の主を確かめる。
 つい先ほどまで舞台上にいた男、ヴァルドーは――苦笑を漏らし、返答した。
「……分かりません。私に敗北の要素などなかった……故にこれは、私の完全敗北と認めざるを得ません」
 ガオスも振り返り、ヴァルドーの姿を視認する。そして、不愉快げに眉根を寄せた。
 何故なら苦笑するヴァルドーの顔は――敗北者のものとは思えない、どこか満足げなものだったからだ。
「……余計な真似をしてくれたな。貴様のおかげで、計画は全て狂った……この落とし前、どうつけるつもりだ?」
「……落とし前? おかしなことを訊きますね。私は“ルーラー”の一員ではない……責任を問われる覚えはありませんよ」
 周囲の空気が、緊張する。
 そのプレッシャーに堪えられず、カールはゴクリと唾を飲み込む。
「何なら……殺してみますか? 先ほどのデュエルで、私は大きく消耗している……今なら貴方にも殺せるでしょう。いや、私を殺せる機会は今をおいて他に無い――と、言うべきでしょうか?」
「……!」
 ガオスの影が、わずかに揺らめく。
 それを承知の上で、ヴァルドーはなお挑発する。
「私は……彼女の意志を尊重しようと思います。私は最早、貴方がたの“味方”ではない――不穏分子は、早々に排除すべきでは?」
「…………」
 影は尚も揺らめく。
 しかしそれが、ヴァルドーへと伸びることはない。
 代わりに、ガオスは大きく溜め息を吐いた。
「……手負いを殺して、何が楽しい」
 影が動きを止め、形を定める。ガオスは当然のごとく、言葉を続けた。
「闘うなら万全の貴様だ。さっさと消えろ、儂の気が変わらぬうちにな」
 ほぼ予想通りの返答に、ヴァルドーは「やはりね」と呟いた。
「……やはり貴方は甘い。それは“神に従う人”として……あるべからざる姿だ」
 ガオスは否定をしない。代わりにカールが、ヴァルドーを睨む。
 それを気にも留めず、ヴァルドーは尚も、平然と語った。
「……貴方は強い。私が知る限り、歴代の“ランバート”にも、貴方ほどの魂・魔力を有する者はいなかった。“最後の継承者”として、相応しき力量だ。だがその一方で……貴方は甘い。相応しき力を持つ一方で、貴方は最も“ランバート”に相応しくない」
「…………!」
 ガオスは押し黙り、ヴァルドーの言葉に聞き入る。
「貴方は尚も信じている――“世界”を。それを構成する、数多の人間の“可能性”を。“絶望”を知りつつも、彼らがなお立ち上がらんことを――かつての“ノア”のように」

 ――悲劇の賢者“ノア”
 ――彼は、世界を“終焉”から救わんとし……己に宿る“箱舟”を顕現(けんげん)した

 ――しかし、集めた“絶望”はあまりにも業深く
 ――“箱舟”を黒く染め上げ
 ――地上に生きる人間を、全て殺し尽くした

「……貴方は“ノア”に似ている。貴方は“世界”を、“人間”を愛している――世界中の誰よりも。もっとも、そんな貴方だからこそ……“運命”は貴方を、最後の“ガオス・ランバート”に選んだのかも知れませんね」
「……知ったような口を利く。貴様に儂の何が分かる?」
 ヴァルドーはさらりと「分かりますよ」と返す。
「――たとえば貴方が、シン・ランバートに辛辣に当たる理由。貴方は彼に、自分と同じ道を歩ませたくない……だから否定する。自分が若くして失った“自由”を、彼には手にして欲しい……そうでしょう? “マリア”を遠ざけたのも同じ理由だ。違いませんよね?」
「……!」
 カールは顔をしかめ、その目に“嫉妬”を映す。
 一方で、ガオスは動じず、溜め息混じりに応えた。
「……お喋りな男だ。そんなにも殺して欲しいのか?」
 影はピクリとも動かない。
 ヴァルドーは失笑し「バレましたか」と呟く。
「貴方になら、殺されても構わなかったのですが……思い通りにいかぬものですね」
「……よく言う。儂に殺される気など、更々なかろうに」
 ヴァルドーは肩を竦めてみせる。
 そして、真面目な口調に変わり、語りかけた。
「――もう……良いのではありませんか? 貴方は十分に闘って来た。ここらで正直に……貴方の望む道を生きては?」
「……勝手な物言いだな。先日まで儂を焚き付けていた貴様が……大した豹変ぶりだ」
 ガオスはヴァルドーに背を向ける。彼を否定するように。
「やはり貴様には分からぬよ……不死の存在たる貴様には。“千年聖書”を継承し、“ルーラー”を率いて40年……今さら生き方は変えられぬ。失った過去は、取り戻せない」
「――しかし、未来を目指すことは出来る……違いますか?」
 ガオス・ランバートは答えない。
 ヴァルドーは溜め息を一つ吐くと、その背になおも語りかける。
「……貴方の好きにすれば良い。“ゾーク・アクヴァデスは正しい”――その意見には、私は今でも賛成です。これは“世界の意志”だ。それを背負う貴方を、私はこれ以上否定しない……私は“中立”を選ぶ。妨害はしません」
 ただ、と、ヴァルドーはそこで一拍置き、ガオス・ランバートに伝える。

「……ただどうか、貴方の残りの人生に――幸多からんことを。それだけは祈らせて頂きますよ……貴方の数少ない“友人”として」
「……!」

 ガオスの背から、気配が消える。
 ガオスは舌打ちをし、「馬鹿が」と呟く。

「――“数少ない”ではなく……“唯一”だ。この儂を相手に、対等に相対する者など……貴様以外におらぬよ。ヴァルドー」

 ガオス・ランバートのその姿に、カールは一抹の不安を覚えた。





(……さて。少し疲れたから……変わってもらってもいい、絵空?)
『(え……あ、うん)』
 天恵は目を閉じ、“千年聖書”のウジャトが光る。
 人格交代がなされ、神里絵空が表に出る。
(……ツキムラ……ソラエ)
 絵空は服の、胸の辺りを掴んだ。

 何故だろう――胸を締め付けられる名前。
 温もりを感じる名前。
 同時に、不安を煽る名前。

 ――変わろうとしている
 ――何かが
 ――今までのままではいられない

 ――それが喜びをもたらすのか
 ――それとも哀しみをもたらすのか

 絵空にはまだ、それを判断できない。
 判断することが、怖い。

 来るはずがないと信じていた別離(わかれ)が――目の前に迫っている気がして。


「……! 神里さん、大丈夫?」
 その様子に気付き、遊戯が心配げに問い掛ける。
 絵空はそれで我に返り、頷いて「平気だよ」と生返事で応える。
 そんな彼女に対し、遊戯は何かを告げようとした。
 彼女を元気付けるような、励ましの言葉を――けれどその考えは、一人の少女の声により遮られる。

「――武藤遊戯。あなたは……」

 何の前触れもなく、突如かけられたその声に、遊戯はハッとし、振り返る。
 長い髪の、少女がいた。
 絵空と同程度の体格で、童実野高校の女子制服を着た少女。
「……!? キミ、は……?」
 得体の知れぬその少女に、戸惑いながら問い掛ける。
 しかし彼女は頓着せず、構わず問いを続けた。

「……あなたは――“闇のゲーム”を、どこまで知っているの……?」



決闘106 闇を求める少女


 思いがけない少女の問いに、遊戯は堪らず戸惑った。
 “闇のゲーム”は、一般人が知り得る言葉ではない。
 一体それを何処で知り、どうして訊いてくるのか――分からない。故に疑念で固まり、返答に窮する。

 そんな遊戯の隣で、絵空は思わず反応してしまった。
「――え……闇のゲーム?」
 絵空は目をパチクリさせる。何故なら絵空はそれを、一度だけ経験したことがあるからだ。

 二日前、彼女らの前に現れた男“シャーディー”――彼が仕掛けてきたのが“闇のゲーム”。
 モンスターは実体化し、現実にも影響を及ぼす――常軌を逸した、不可解にして危険なデュエル。

「……あなたも……」
「……へっ?」
 雫の冷たい瞳が、今度は絵空を見詰める。
「……あなたも……知っているの? “闇のゲーム”を」
「……!? え……っと」
 絵空もまた、返答に窮する。彼女の瞳の奥に“何か”を感じ、気が引ける。
 そんな絵空を庇うかのように、遊戯が一歩前に出た。
「――知っているよ……ボクが」
「……!」
 雫は再び、遊戯に視線を戻す。彼女の注意を引くように、遊戯は言葉を続ける。
「ボクは“闇のゲーム”の経験が何度かあるし……少なくとも、神里さんよりは詳しいハズだよ」
「……そう。それなら……」
 雫は再び、関心を遊戯に戻した。しかし雫が次の言葉を吐くより前に、今度は遊戯が問い掛けた。
「今度はボクから訊かせて欲しい。君はどうして、何のために……闇のゲームを知りたいの?」
「――殺したい人間がいるの」
 即答。
 あまりにもあっさりとした返答に、遊戯は唖然とした。
「闇のゲームの敗者は死ぬ――だから私はそれがしたい。方法を知りたい」
 無機質な瞳が、遊戯を見つめる。遊戯はぞっと、寒気を覚えた。

 殺意も、怒気も、悲嘆も無く――ただ“殺したい”と、彼女は語る。
 無感情に、無感動にそう宣言する彼女は――遊戯が今までに見てきた、あらゆる人物とも相似しない。

「……武藤遊戯。あなたは……“闇のゲーム”を行う方法を、知っている?」
「……っ」
 “知らない”――そう答えれば済む話かも知れなかった。しかし遊戯は言葉に詰まる。

 その瞳の奥に潜む、冷たく重いものは何なのか――それが分からず。
 あるいは彼女は本当に、自分と同じ“人間”なのだろうか――そんな疑念すら沸いて。

 と、そんな重い沈黙の中に、ある人物の声が介入した。

「――神無先生……」

 雫の瞳が、わずかに震える。
 遊戯と絵空が振り返ると、そこには獏良了がいた。

「……思い出した。キミ……もしかして、神無先生の娘さん?」
「…………!」

 雫の両眼が、わずかに開く。
 やっぱり、と獏良は続けた。
「ボク……神無先生の患者だったんだ! 通院時はすごくお世話になって、その……」
 そこまで言って、獏良は言い澱んだ。
 何故なら“神里先生”がどうなったのか、それを知っているから――ぶしつけに話し掛けてしまったことを、少し後悔する。
 しかし、
「神無先生の子どもが……どうして、“闇のゲーム”をしたいなんて?」
「………………」
 雫はやはり、顔に感情を映さない。
 ただ無表情に、無感情に獏良を見据える。

『――それでは一回戦第八試合! 本日最後のデュエルを開始いたします! 獏良了VS神無雫! 両選手はリング上へお願いします!!』

 審判・磯野のコールが響くと、雫はすぐさま背を向ける。語ることなど無い、そう言わんばかりに。
 彼女のその背を見つめながら、獏良は眉根を寄せた。
 「知り合いなの?」と遊戯が問うと、獏良は少し悩んでから頷く。
「直接は知らないよ。ただ、前に病院でお世話になっていた先生がいて……その人の子どもみたいなんだ」
 珍しい苗字だからね、と獏良は呟く。
 「病院?」と遊戯が訊き返すと、獏良は表情をわずかに曇らせた。
「この町に引っ越したばかりの頃……童実野高校転入前に通ってたんだ。精神科の先生で……前の学校でのこととか、色々あったからさ」
 そこまで話して、獏良は言葉を濁した。

 以前の学校で起こった怪事件――自分とゲームをした友人が、次々と昏睡状態に陥るというもの。
 そのために獏良はこれまで、幾つもの学校を転々としてきた。いずれは家族も、同じ被害に遭うのではないか――そうした懸念から一人暮らしにもなった。

 そして精神的に追い詰められた獏良は、童実野病院の精神科を訪れた――そこで出会ったのが“神無先生”だ。

「すごく良い先生でね。悩みも親身に、まるで自分のことみたいに聞いてくれて……でも」
 獏良は一度口を止め、神妙な口調で続けた。
「――亡くなったんだ。去年、第一回のバトル・シティが終わったばかりの頃に。交通事故だって聞いてる」
 獏良は考える。
 雫は先ほど“殺したい人間がいる”と語った――ならばその対象は誰なのだろうか、と。
(もしかして……あの頃のボクと、同じことを?)
 “彼女”の死を想起し、膿んだ心が痛みを覚える。
 そして同時に、獏良は別の疑念を抱いていた。

 何故、どうして――自分はつい先ほどまで“神無先生”のことを忘れていたのだろうか?

 と。

『――獏良了選手! 至急、デュエルリング上へお願いします!!』

「! あ……はいっ」
 磯野のマイク音に急かされ、獏良も慌ててステージへ向かう。
 仲間達のエールを受け、ステージ端の昇降機に乗り、舞台に上がる。
 そして磯野に促されるまま、互いのデッキシャッフルを始めた。

「………………」
 その間も、雫は無言だった。
 亡くした父の患者を前に、しかしまるで興味が無い様子で、黙々とシャッフルを続ける。
「――もしかして……仇討ちを?」
「……?」
 獏良はシャッフルの手を止めた。雫も同時に手を止め、くすんだ瞳で彼を見上げる。
「ボクも……事故で家族を失ったから。でも、そんなことしたって何も――」
「――ちがう」
 冷たい瞳が、獏良を睨む。そして、
「パパとママは殺されたの――“世界”に」
「!? せ……かい?」
 何を言っているか分からず、獏良は呆気にとられた。
 すると雫は、デッキを前に突き出す。理解する必要など無い――そう言わんばかりに。
 仕方なく獏良も、デッキを返す。そして互いに背を向け、デュエルを行うための距離をとろうとした――そのとき、

「……“獏良天音”の死は――あなたにとって、その程度のものだった?」
「――!!?」

 予想外の問いに、獏良は立ち止まり、振り返る。
 しかし雫は止まらない。先ほどと同じで、彼女の背を見送る形になってしまう。
(天音のことを知っている……!? そんな、どうして!?)

 獏良天音は妹だ。
 歳の近い、たった一人の妹――だった。
 件の事件が起こり始めるより少し前に、交通事故で亡くなったのだ。
 その喪失は、彼の心を深く抉り――“絶望”を植え付けた。

 しかしそもそも、天音は童実野町には来たことが無い。神無雫と、接点があるとは考えづらい。
 また、この町に来て以来、獏良は天音の話を他言したことがほとんど無い――あるのは、ただ一人にだけ。彼女の父親、“神無先生”にだけだ。



『――それが君の“絶望”か……獏良了くん?』



(神無先生が話を……? いや、それは考えにくい。どういうことなんだ!?)

 再び磯野に促され、獏良は仕方なく配置につく。
 多くの疑念をはらんだままに、デュエルの幕は切って落とされた。

『――では! デュエル開始ィィッッ!!』


獏良のLP:4000
 雫のLP:4000


「……っ! ボクの先攻、ドローッ!」
 気を持ち直し、獏良はカードを引き抜く。
 そして6枚の手札を見つめ、戦術を決めた。
(考えても仕方ない。今は……デュエルに集中しよう!)
「カードを2枚セットし――『幻影の壁』を守備表示で召喚! ターン終了だよ」


<獏良了>
LP:4000
 場:幻影の壁(守1850),伏せカード2枚
手札:3枚
<神無雫>
LP:4000
 場:
手札:5枚


「……私のターン、ドロー」
 いやに落ち着いた調子で、雫もカードを引く。

 ドローカード:自律行動ユニット

自律行動ユニット
(装備カード)
1500ライフポイントを払う。
相手の墓地からモンスターカードを1体選択して攻撃表示で
自分のフィールド上に特殊召喚し、このカードを装備する。
このカードがフィールド上に存在しなくなった時、装備モンスターを破壊する。


「……。私は手札から――フィールド魔法を発動」
 獏良は身構える。
 フィールドカードは場に残り続け、効果を発揮し続けるカードだ――故にそれは、プレイヤーのデッキコンセプトを象徴するカードである可能性が高い。
 果たして如何なるカードを発動するのか――その動向に注目する。
「――『死皇帝の陵墓』」
「!?」


死皇帝の陵墓
(フィールド魔法カード)
お互いのプレイヤーは、生け贄召喚に必要な
モンスターの数×1000ライフポイントを払う事で、
生け贄なしでそのモンスターを通常召喚する事ができる。


 場の風景が変わり、二人の背後に巨大な墓が建つ。
 このカードの効果は、重いライフコストと引き換えに、上級モンスターを喚び出すというもの――故に戦術が大味となりがちで、使い易いカードとは言い難い。
「……私はライフ2000を支払い……レベル8モンスターを召喚」
「!? いきなりライフの半分を……!?」

 雫のLP:4000→2000

 少しの躊躇も垣間見せず、雫はカードを盤に置いた。
「――『光神機(ライトニングギア)−轟龍』」


光神機−轟龍  /光
★★★★★★★★
【天使族】
このカードは生け贄1体で召喚する事ができる。
この方法で召喚した場合、このカードはエンドフェイズ時に墓地へ送られる。
また、このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、その守備力を
攻撃力が越えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。
攻2900  守1800


 龍を模した、巨大な機械天使が出現する。
 2900という攻撃力値に相応しい迫力で、獏良のフィールドを威圧してくる。
(……! でも、これは……)
 獏良はすぐに平静さを取り戻し、場の壁モンスターと伏せカードを一瞥した。
 そんな様子は意に介さず、雫はすぐに攻撃宣言に移る。
「……轟龍で、壁モンスターを攻撃……」
 “轟龍”は口を開き、その内部に光撃を溜める。
 しかしその瞬間――獏良の右手が動いた。
「君の攻撃宣言に対し……永続トラップオープン! 『戦慄のアースバウンド』!!」


戦慄のアースバウンド
(永続罠カード)
敵モンスターの攻撃宣言によって発動。
戦慄のアースバウンドは敵モンスターが攻撃する度
プレイヤーに500ポイントのダメージを与える。


 雫を囲うように、地面から巨大な死霊の顔が現れる。
 雫はわずかに反応し、その牙を見た。鋭利なそれは雫に向き、今にも彼女を噛み砕かんとしている。
「このカードは相手の攻撃宣言時に発動し……500ポイントのダメージを与える!」
「…………」

 ――ガチィンッ!!

 まるでギロチンのように、少女の胴に死霊が噛み付く。傍から見るに、かなりショッキングな光景なのだが――雫は平然としていた。
 当然といえば当然だ。何故ならそれはソリッドビジョン、映像に何をされようと痛いわけがない。もしも現実なら、彼女の身体は二つに砕かれていたかも知れない。
「……。バトルを、続行……」
 胴を噛まれたまま、雫は平然と呟く。
 “轟龍”はその口から、大迫力の光のブレスを吐き出した。

 ――ズドォォォンッッ!!!

「!! ぐ……っっ」
 その直撃を浴び、『幻影の壁』は一瞬で爆散する。
 さらに、“轟龍”には貫通能力が備わっているため――超過した威力は、プレイヤーを襲う。獏良にもダメージが及ぶ。

 獏良のLP:4000→2950

(でも……この程度のダメージは、計算のうち!)
 むしろこのバトルの軍配は、獏良に上がったと言っても良いかも知れない――それを確信した上で、獏良は宣言した。
「この瞬間……『幻影の壁』の効果発動! 『幻影の壁』を攻撃したモンスターは、手札に戻る!」
 “轟龍”は『幻影の壁』の呪いを受け、苦しむ。そして姿を消してしまった。


幻影の壁  /闇
★★★★
【悪魔族】
このカードを攻撃したモンスターは持ち主の手札に戻る。
ダメージ計算は適用する。
攻1000  守1850


(良し……! 手札に戻した上級モンスターは、簡単には再召喚できない! それにアースバウンドの存在で、彼女は安易に攻撃できなくなったハズ……!)
 獏良は思わず、拳を握り締める。
 対して、死霊の顎から解放された雫は、ぼんやりと5枚の手札を眺めた。
 そのうち4枚はレベル8モンスター、1枚は装備カード。つまり、
「……ターン、終了」
 彼女にできることはもう、何も残されていなかった。


<獏良了>
LP:2950
 場:戦慄のアースバウンド,伏せカード1枚
手札:3枚
<神無雫>
LP:1500
 場:死皇帝の陵墓
手札:5枚


「――ボクのターン! ドローッ!」
 獏良は勢いごんでカードを引く。それもそのはずで、彼は開始早々、絶好の勝機を得たのだ。
 『死皇帝の陵墓』で大量のライフを払ったために、彼女のライフは早くも少ない。さらには迂闊な攻撃で、フィールドはガラ空き状態だ。
(攻撃力1500以上のモンスターを出せば、ボクの勝ち……だけど)
 4枚に増えた手札を見つめ、獏良はわずかに顔をしかめる。残念ながらその中には、それだけの攻撃力を備えたモンスターが存在しなかった。
(『死皇帝の陵墓』を出したことを踏まえれば……彼女のデッキには、何らかの回復ギミックがあるハズ。この機会を逃す手は無い……!)
 ならば――と、獏良は残された伏せカードに手を伸ばした。
「リバースマジックオープン! 『手札抹殺』! このカードの効果により……互いのプレイヤーは手札を全て捨て、その枚数分のカードを引きなおす!」
 獏良は迷わず、4枚の手札を墓地に置いた。
 仮にこれで、攻撃力1500以上のモンスターを引き当てられなくとも――彼のデッキは、墓地にカードが増えるほどに真価を発揮する。
 故にこれは妥当な判断。どちらに転ぼうとも支障ない、当然に正しいプレイング――の、つもりだった。


闇より出でし絶望  /闇
★★★★★★★★
【アンデット族】
このカードが相手のカードの効果によって
手札またはデッキから墓地に送られた時、
このカードをフィールド上に特殊召喚する。
攻2800  守3000


闇より出でし絶望  /闇
★★★★★★★★
【アンデット族】
このカードが相手のカードの効果によって
手札またはデッキから墓地に送られた時、
このカードをフィールド上に特殊召喚する。
攻2800  守3000


闇より出でし絶望  /闇
★★★★★★★★
【アンデット族】
このカードが相手のカードの効果によって
手札またはデッキから墓地に送られた時、
このカードをフィールド上に特殊召喚する。
攻2800  守3000


 何が起こったのか分からず、獏良は口をあんぐりと開ける。
 彼の眼前には、今まさに――3体の“絶望”が立ちはだかっていた。


<獏良了>
LP:2950
 場:戦慄のアースバウンド
手札:4枚
<神無雫>
LP:1500
 場:闇より出でし絶望×3,死皇帝の陵墓
手札:5枚



決闘107 絶望の仔

「――“詰み”やも知れぬな……これは」
「……!」
 ガオス・ランバートは呟く。ヴァルドーが去って以降、彼はデュエルフィールドを見下ろしながら沈黙を続けていた。
 カールはその言葉を、今行われているデュエルの件かと誤解した。それを察したのか、ガオスは目を伏せ、言葉を続ける。
「……我々の現状だ。“闇(ゾーク)の世界”に至りながらも、あの娘は願いを辞し、帰還を果たした。全くもって不可解……預言外の事態だ」

 ――他者の死を鍵とし、至る“闇の世界”
 ――そこで願いを吐露して、初めて“器”は完成する
 ――神を現世に顕現し得る、“闇(ゾーク)の器”が

 ――魂に刻まれた“999の死”
 ――そしてその者の、切なる願い

 この二つを揃えて初めて――“闇の創造神”を現世に顕現し得る、最高の“器”たり得たのだ。

(だが……結果は失敗。原因すら分からぬ。このイレギュラーは果たして、修正し得るものなのか……?)
 額にウジャトを輝かせ、ガオスは神里絵空を見下ろす。
 最も納得できないのは、先のデュエルの幕引き――彼女は己の“翼”を、ガーゼットへと転移させた。
 あり得ないのだ、そのようなことは。
(覚醒した“終焉の翼”を……手懐けたというのか? 馬鹿な! だとすれば――)
 だとすれば――彼女は最早、“器”の役割を果たし得ぬ恐れがある。
 それは即ち、ルーラーにとっての“手詰まり”を意味する。新たな預言を求めようにも、今や“千年聖書”の所有権はガオスに無い。
「……代わりなどおらぬ。“神里絵空”こそが紛れも無く……この世界を“終焉”へ導く、無二の“器”だったのだ」
 ガオスは呟き、顔を上げる。
 この狂った歯車が、もはや正し得ぬものならば、だとすれば――


『――しかし、未来を目指すことは出来る……違いますか?


 ヴァルドーの言葉を想起し、ガオスは両の拳を握り締めた。





<獏良了>
LP:2950
 場:戦慄のアースバウンド
手札:4枚
<神無雫>
LP:1500
 場:闇より出でし絶望×3,死皇帝の陵墓
手札:5枚


 一方、デュエルフィールド上では、驚愕の光景が広がっていた。
 誰もが予想だにしなかった逆転劇。当の獏良も唖然とし、我を忘れてしまう。
「……レベル8モンスターを……3体特殊召喚……!!?」
 あり得ない。
 しかもそれは奇しくも、トドメを狙わんとした獏良自身の手により招かれたもの――自業自得と呼ぶには不憫な、あまりにも酷い不運。並みのデュエリストならば戦意を失いかねない状況だった。
「…………」
 現に獏良も呆け、自失してしまった。しかしすぐに首を振り、気を持ち直す。
(ボクの場には『戦慄のアースバウンド』がある! 気安く攻撃はできないハズ……それなら!)
「ボクはカードを1枚セットし……『ピラミッド・タートル』を守備表示で召喚!」
 ピラミッドの甲羅を背負った巨大亀が現れ、守備体勢をとる。


ピラミッド・タートル  /地
★★★★
【アンデット族】
このカードが戦闘によって墓地へ送られた時、自分のデッキから
守備力2000以下のアンデット族モンスター1体を
自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。
攻1200  守1400


「………………」
 獏良は手札の1枚を見つめ、考え込んだ。
 このカードの発動によるメリットとリスク――それらを天秤に載せた上で、決断する。
「……さらに! ボクは永続魔法『死札相殺』を発動するよ!」


死札相殺
(永続魔法カード)
互いのプレイヤーはそれぞれのターンエンドフェイズに
フィールド上のモンスターの数だけデッキからカードを墓地に捨てる


(……『死札相殺』を張れば、墓地のカードを増やすことができる。『闇より出でし絶望』は3体ともフィールドに出ているから……もうデッキには残っていない、ハズ)
「……そしてエンドフェイズ。『死札相殺』の効果で4枚のカードを墓地に送って……ターン終了だよ!」
 せめて気持ちでは負けまいと、獏良はやや強い語気で、エンド宣言を済ませた。


<獏良了>
LP:2950
 場:ピラミッド・タートル,死札相殺,戦慄のアースバウンド,伏せカード1枚
手札:1枚
<神無雫>
LP:1500
 場:闇より出でし絶望×3,死皇帝の陵墓
手札:5枚


「……私のターン……ドロー」

 ドローカード:死皇帝の陵墓

「……。バトル……『闇より出でし絶望』で、壁モンスターを攻撃」
 抑揚無い声でそう宣言すると、“絶望”は獏良のフィールドに侵入し、長い右腕を振り上げた。

 ――ズガァァァァッッ!!!

 甲羅ごと砕かれ、『ピラミッド・タートル』は消滅する。
 その様を見て、獏良は顔をしかめる――しかし、このバトルの結果は“痛み分け”だ。いやむしろ、今回も獏良に軍配が上がったと言って良いかも知れない。

 雫のLP:1500→1000

 足元の死霊に噛み付かれ、雫のライフは更に削られていた。加えて『ピラミッド・タートル』は、戦闘破壊されたときこそ真価を発揮するモンスターなのだ。
「……『ピラミッド・タートル』の効果発動! デッキから守備力2000以下のアンデットを特殊召喚できる! ボクは――」
 獏良は少し考えてから、1枚のカードを選び出す。
「――『ゴブリンゾンビ』を、守備表示で特殊召喚!」


ゴブリンゾンビ  /闇
★★★★
【アンデット族】
このカードが相手プレイヤーに戦闘ダメージを与えた時、
相手はデッキの上からカードを1枚墓地へ送る。
このカードがフィールド上から墓地へ送られた時、
自分のデッキから守備力1200以下の
アンデット族モンスター1体を手札に加える。
攻1100  守1050


(……神無さんのライフは残り1000! ボクの場には壁モンスターもいる。これなら――)
 これなら――これ以上、迂闊な攻撃はしてこないはず。獏良のみならず誰もが抱く、当然の思考だ。
 それなのに、
「……2体目の『闇より出でし絶望』で、壁モンスターを攻撃」
「!? な……っ」

 ――ガチィィンッ!!

 アースバウンドが再び、雫の胴に噛み付く。しかし眉ひとつ動かさず、熱の無い瞳で、雫は獏良のフィールドを見据えている。

 雫のLP:1000→500

 ――ズシャァァァッ!!!

 2体目の“絶望”のツメに引き裂かれ、ゴブリンゾンビは砕け散る。
 そのプレイの真意を掴めぬままに、獏良はデッキを手に取った。
「……『ゴブリンゾンビ』が場から墓地へ送られたとき……守備力1200以下のアンデットを手札に加える。その効果でボクは……『馬頭鬼(めずき)』を手札に加えるよ」
 カードを慎重に選ぶ。
 何か見落としていることは無いか――注意を払いながら。


<獏良了>
LP:2950
 場:死札相殺,戦慄のアースバウンド,伏せカード1枚
手札:2枚
<神無雫>
LP:500
 場:闇より出でし絶望×3,死皇帝の陵墓
手札:6枚


 これで雫のライフは残り500、『戦慄のアースバウンド』により受けるダメージ量と一致する。つまり何らかの策を講じねば、雫は二度と攻撃を仕掛けられないのだ。
(ライフ回復カードがある……!? 3体目のモンスターの直接攻撃を受けても、ボクのライフは残るけど……)
 自身の伏せカードを一瞥し、獏良は顔をしかめる。
 ここでバトルを終えるのか、それとも回復するのか――その動向を見守る。
 しかし彼女がとらんとしたのは、そのどちらでもない、あり得ない行動。
「……3体目の『闇より出でし絶望』で、プレイヤーに――」
「――!??」
 獏良は目を見張った。
 アースバウンドは口を閉じ始め、雫を噛み砕かんとする。
 このバトルが宣言されれば、雫のライフは0になる――対して、獏良のライフはわずかに残る。獏良の勝利が確定する。
「――…………」
 しかし、雫の声は消えていた。
 見えざる“誰か”に制止されたかのように、彼女の身体はピタリと固まる。口を半開きにしたまま、まるで壊れた機械のように。
 不自然な沈黙を挟んだ後に、彼女はゆっくりと口を閉じ、視線を手札に落とす。
 そして何事も無かったかのように、ターンを進行した。
「…………私はカードを2枚セットして……エンドフェイズ。『死札相殺』の効果で3枚墓地に送って……ターンエンド」


<獏良了>
LP:2950
 場:死札相殺,戦慄のアースバウンド,伏せカード1枚
手札:2枚
<神無雫>
LP:500
 場:闇より出でし絶望×3,死皇帝の陵墓,伏せカード2枚
手札:4枚


(……!? 何だったんだ、今のは……?)
 獏良は訝しみながらカードを引く。

 強い違和感――先ほどの沈黙は何だったのか?
 撹乱のための演技とは思えない。

(明らかに様子がおかしかった……どうしたんだ? 天音を知っていたことといい、この子は一体……!?)
 分からない。分からないことだらけだ。
 雫の様子を観察しながら、3枚に増えた手札を一瞥し、獏良は伏せカードを開く。
「リバースカードオープン! 『死なばもろとも』!」


死なばもろとも
(罠カード)
互いの手札が3枚以上のときに発動。互いの手札を全て墓地に置く。
この魔法を発動したプレイヤーは自ら捨てたカード枚数×100ポイントを
ライフから削る。その後互いに5枚カードを引く。


(今、ボクの手札に起死回生のカードは無い。危険かも知れないけど……試す価値はある!)
 獏良は3枚、雫は4枚のカードを墓地に置き、新たに5枚を引き直す。
 しかし発動プレイヤーは、捨てた枚数分だけライフを失うリスクを負う――本来ならば大したコストではない、のだが、

 獏良のLP:2950→2650

(……! これでボクのライフは、『闇より出でし絶望』の攻撃力を下回った……か)
 息を呑んで、5枚の手札を視界に入れる。
 そしてその瞬間、獏良は光明を見出した。
(……!! よし、これなら!)
 獏良は顔を上げ、雫のデュエルフィールドを見据える。そして少し迷ってから、プレイングを決めた。
「ボクは墓地の……『馬頭鬼』の効果を発動! 墓地のこのカードを除外することで、アンデットモンスター1体を蘇生させる!!」


馬頭鬼  /地
★★★★
【アンデット族】
墓地に存在するこのカードをゲームから除外する事で、
自分の墓地からアンデット族モンスター1体を特殊召喚する。
攻1700  守 800


「この効果でボクは……『ゴブリンゾンビ』を復活させる! そして――」

 ――ドシュゥゥゥゥゥッ!!!

 復活した『ゴブリンゾンビ』が、すぐに光の渦に包まれる。
 生け贄召喚――手札に舞い込んだ上級モンスターを、獏良は威勢良く召喚した。
「――いでよ! 『砂塵の悪霊』っ!!」

 ――ザァァァァァッ……!!!

 砂塵を纏う、真紅の悪鬼が現れる。
 言葉にならぬ奇声を上げ、大気を震わせた。


砂塵の悪霊  /地
★★★★★★
【アンデット族・スピリット】
このカードは特殊召喚できない。
召喚したターンのエンドフェイズ時に持ち主の手札に戻る。
このカードが召喚された時、フィールド上のこのカード以外の
モンスターを全て破壊する。
攻2200  守1800


「――『砂塵の悪霊』は1ターンしか場に留まれないけど……その代わり発動できる、強力な効果がある! 召喚成功時、場の他のモンスターを全て破壊する!!」
「……!」
 悪霊が両手を広げると、砂塵が舞い上がり、フィールド全土を包み込む。
 そして悪霊が合図をすると、それは集約され、雫を襲う。正確には彼女の場の、3体の“絶望”を。

 ――ザァァァァァァァァッッ!!!!

 雫は瞬き一つせず、その光景を眺めていた。
 砂塵がフィールドを洗い、3体の“絶望”が断末魔を上げ、消え去る様を。


<獏良了>
LP:2650
 場:砂塵の悪霊,死札相殺,戦慄のアースバウンド
手札:4枚
<神無雫>
LP:500
 場:死皇帝の陵墓,伏せカード2枚
手札:5枚


 観衆がどよめき、称賛する――圧倒的“絶望”を覆した、獏良の見事な一手に。
(……いける! これで流れは完全に……ボクの方へ傾いた!)
 『ゴブリンゾンビ』の効果で『魂を削る死霊』を手札に加えながら、獏良は優勢を確信する。
 モンスター抹殺の死霊――『砂塵の悪霊』により、形勢は完全に逆転した。彼女のフィールドの最上級モンスターは、残さず排除できたのだから。
(この一撃が決まれば――ボクの勝ちだ!)
 そして、たとえ決まらなくとも、やはり自分の優勢だ――それを自覚した上で、獏良は攻撃宣言する。心なしか、声が弾んでいた。
「……『砂塵の悪霊』で――ダイレクトアタックッ!!」
「…………」
 故に、想像もしなかった――彼女の手により開かれる、更なる“絶望”のカードなど。


デーモンとの駆け引き
(魔法カード)
レベル8以上の自分フィールド上のモンスターが
墓地へ送られたターンに発動する事ができる。
自分の手札またはデッキから
「バーサーク・デッド・ドラゴン」1体を特殊召喚する。


 ――ォォォォ……ッ

 地の底から、声が響く。
 そこから這い出でるのは、“絶望”を呼び水とした“狂気”――全身を骨で成した、死のドラゴン。


バーサーク・デッド・ドラゴン  /闇
★★★★★★★★
【アンデット族】
このカードは「デーモンとの駆け引き」の効果でのみ特殊召喚が可能。
相手フィールド上の全てのモンスターに1回ずつ攻撃が可能。
自分のターンのエンドフェイズ毎にこのカードの攻撃力は500ポイントダウンする。
攻3500  守備力 0


「!!? な……っっ」
 獏良は思わずのけ反る――が、もう遅い。すでに攻撃は宣言してしまった。
 『砂塵の悪霊』の攻撃に対し、屍のドラゴンは反応する。燃え盛る火炎を口内に溜め、迎撃体勢をとる

「――“絶望”は、消えない」

 雫が呟く。誰にも聴こえない、小さな声で。

 何故なら――

「――“絶望”は、乗り越えるものではなく……根ざすものだから」

 雫は言葉を紡ぐ。まるで、誰かの言葉を復唱するように。
 そして、

 ――ズドォォォォォンッッ!!!!

「!! ぐう……っっ!」
 屍龍の火炎を浴び、獏良のモンスターは爆散する。その衝撃を受けて、獏良は苦悶の声を上げた。

 獏良:2650→1350

 客席から、一際大きな歓声が上がった。
 一見、大雑把にも見える雫のプレイング――だが、絶え間なく繋がる大型モンスターは、見る者の心を否応無く高揚させる。

 だが、当事者の獏良にしてみれば、当然苦しい状況だ。顔をしかめて悩みながら、手札のカードに指をかける。
「カードを1枚セットして……エンドフェイズ。デッキから1枚墓地に送って……ターン終了だよ」


<獏良了>
LP:1350
 場:死札相殺,戦慄のアースバウンド,伏せカード1枚
手札:4枚
<神無雫>
LP:500
 場:バーサーク・デッド・ドラゴン,死皇帝の陵墓,伏せカード1枚
手札:5枚


(でも……ボクの場には『戦慄のアースバウンド』がある! このカードがある限り、神無さんは攻撃できないハズ……)
 獏良はそう考える。しかし、
「――儀式魔法を発動。『エンド・オブ・ザ・ワールド』」
「!? え……っ?」
 獏良はポカンと口を開いた。


エンド・オブ・ザ・ワールド
(儀式魔法カード)
「破滅の女神ルイン」「終焉の王デミス」の降臨に必要。
フィールドから、レベルが8になるように、
光または闇属性モンスターを生け贄に捧げなければならない。


 屍龍の身体から、闇が溢れ出す。
 それは屍龍を覆い包み、全身を変化させた――巨大なアックスを携えた、甲冑姿の悪魔へと。


終焉の王デミス  /闇
★★★★★★★★
【悪魔族・儀式】
「エンド・オブ・ザ・ワールド」により降臨。
フィールドから、レベルの合計が8になるよう
闇属性モンスターを生贄に捧げなければならない。
2000ライフポイントを払う事で、
このカードを除くフィールド上のカードをすべて破壊する。
攻2400  守2000


「『終焉の王デミス』……!? でも、そのモンスターは確か……」
 獏良は考える。
 『終焉の王デミス』は確かに強力なモンスターだが、同時に、扱いにくいモンスターでもある――その理由がライフコストだ。
 初期ライフ4000のスーパーエキスパートルールにおいて、通常、デミスの効果はデュエル中に1度発動できるか否かのもの。ハイリスクハイリターンの能力なのだ。
(でも……そもそも神無さんのライフは残り500、これじゃあデミスの効果は――)
「――『終焉の王デミス』の、特殊能力発動」
「!? な……っっ!?」
 獏良は続けて度肝を抜かれる、そのあり得ない行動に。

 ――ゴゴゴゴゴゴゴ……!!!

 デミスの全身を、闇のオーラが覆う――アックスが仰々しく振り上げ、掲げられる。
「バカな……! そんなことをしたら、君のライフは――」

 雫のLP:500→250

「――!??」
「――ダークネス・ディマイズ」

 ――カァァァンッッ!!!

 アックスの柄が、コンクリートの床に突き立てられる――凝縮された“闇”が漏れ、溢れ出さんとする。
「――っ! リバースカードオープン! 『禁じられた聖杯』!!」

 ――カッ!!!

 疑念に翻弄されながらも、獏良は乱暴にカードを開いた。


禁じられた聖杯
(魔法カード)
フィールド上に存在するモンスター1体を選択して発動する。
エンドフェイズ時まで、選択したモンスターの攻撃力は
400ポイントアップし、効果は無効化される。


 カードの放った閃光が、アックスに宿る“闇”を浄める。
 これにより、デミスの効果は不発――『戦慄のアースバウンド』によるロックは保たれる。決着への距離が、一歩遠のく。
「………………」
 雫は相変わらず心を映さず、フィールドを無表情に眺めている。
 対する獏良は、大きく安堵の溜め息を吐く。そして改めて、雫のフィールドを確認した――そこでようやく気付く。彼女の場に現れていた、未見のカードの存在に。


<獏良了>
LP:1350
 場:死札相殺,戦慄のアースバウンド
手札:4枚
<神無雫>
LP:250
 場:終焉の王デミス(攻2800),死皇帝の陵墓,永遠(とわ)の流血,伏せカード1枚
手札:4枚


 絵空は目を見張った、そのカードの存在に。
 それこそが、予選で絵空を葬ったコンボの正体。彼女の“裏”のデッキコンセプトを支え、そして象徴する――影の切札。


永遠の流血
(永続罠カード)
自分が発動するカードの、必要なライフコストより
自分のライフが低い場合にのみ手札から発動できる。
このカードが場に表側表示で存在する限り、
2000ポイント以下の自分のライフコストは
「ライフポイントの半分」になる。



決闘108 闇の囁き

『(――まさか……スーサイドデッキ!? そんなギミックまで入れていたなんて……!)』
「……? すー……さいど? そんなデッキジャンル、あったっけ?」
 手元の“聖書”から聴こえる声に対し、絵空は小首を傾げてみせた。
『(正直、あまり見ないタイプだけどね。ライフコストが必要なカードは、通常よりも強力な効果が多い……それを踏まえた上で、自分のライフを犠牲にする デッキ。“肉を切らせて骨を断つ”――己のライフが尽きる前に相手のライフを0にする、攻撃特化の上級者向きギミックよ)』
 言うは易い。だが実際には、極めて綱渡りのデッキと言える。
 ライフが減れば減るほど、自分は当然“敗北”へと近づくのだ。“自分が死ぬ前に相手を殺す”―― 一見するに大雑把だが、現実には何より繊細な理念。生死の境界を見極め、ライフを首の皮一枚で繋ぐ、この上なく精緻なプレイングが要求される。
『(……しかも彼女のデッキは、最上級モンスターばかりの超重量級デッキ……! そんなハイリスクなデッキで、予選を勝ち抜いたというの……!?)』
 絵空は顔を上げ、デュエルフィールドを見据えた。
 そして両目に焼き付ける――次に再戦するかも知れない、恐るべき少女の姿を。





<獏良了>
LP:1350
 場:死札相殺,戦慄のアースバウンド
手札:4枚
<神無雫>
LP:250
 場:終焉の王デミス,死皇帝の陵墓,永遠の流血,伏せカード2枚
手札:3枚


「……ボクの……ターン……」
 獏良は険しい表情で、デッキからカードを引き抜いた。
 雫は先のターン、結局、伏せカードを1枚増やしただけでエンド宣言をした。
 しかし『永遠の流血』は永続罠カードなのだ。“デミス”の脅威はまだ続く。獏良はこのターン、何としても彼女の布陣を崩さねばならない。
(『戦慄のアースバウンド』はダメージ効果……『永遠の流血』では軽減されない。でも、“デミス”の効果発動を許したら終わりだ……!)
 雫の伏せカードを警戒しながら、獏良はカードを召喚する。
「ボクは『スナイプストーカー』を……攻撃表示で召喚!」


スナイプストーカー  /闇
★★★★
【悪魔族】
手札を1枚捨て、フィールド上に存在するカード1枚を選択して発動する。
サイコロを1回振り、1・6以外が出た場合、選択したカードを破壊する。
攻1500  守 600


(運勝負になるけど……これで“デミス”を破壊し、直接攻撃ができれば!)
 しかし、獏良の目論見は瓦解する。決闘盤は沈黙し、ソリッドビジョンが現れない。


神の警告
(カウンター罠カード)
2000ライフポイントを払って発動する。
モンスターを特殊召喚する効果を含む効果モンスターの効果・魔法・罠カードの発動、
モンスターの召喚・反転召喚・特殊召喚のどれか1つを無効にし破壊する。

 雫のLP:250→125


「……モンスターの召喚を……無効にされた……!?」
「…………」
 雫は眉一つ動かさない。
 当然のごとく振る舞い、ただあるがままを受け入れる。
「……ッ! まだだ! ボクはライフを800支払い……『早すぎた埋葬』を発動!」
 なけなしのライフを捧げ、強力なカードを発動する。その姿は、彼女のプレイングスタイルにも通ずるものだ。

 獏良のLP:1350→550


早すぎた埋葬
(装備カード)
800ライフポイントを払う。
自分の墓地からモンスターカードを1体選択して
攻撃表示でフィールド上に特殊召喚し、このカードを装備する。
このカードが破壊された時、装備モンスターを破壊する。


(……これでボクの手札は3枚。もういちど『スナイプストーカー』を出してもいいけど……)
 雫の姿をちらりと見る。
 彼女のライフは最早100余り――針に突かれた程度で消え得るライフだ。だというのに、少しも怯えた気配が見えない。
(リバースカードに自信がある……!? このターンで決められないなら、手札を温存するべき?)
 迷った末に、獏良は八ツ星モンスターを選び出す。『死札相殺』の効果で、墓地へと送られていたカードを。
「……ボクのデッキで、最高の攻撃力を持つモンスター ――『暗黒の侵略者』を復活させるよ!」
 攻撃力2900、闇の衣を纏う“侵略者”が君臨する。その屈強な肉体を以って、相手を蹂躙せんと構える。


暗黒の侵略者  /闇
★★★★★★★★
【悪魔族】
このカードがフィールド上に存在する限り、
自分のターン中、相手は魔法カードを発動する事ができない。
攻2900  守2500


<獏良了>
LP:550
 場:暗黒の侵略者,早すぎた埋葬,死札相殺,戦慄のアースバウンド
手札:3枚
<神無雫>
LP:125
 場:終焉の王デミス,死皇帝の陵墓,永遠の流血,伏せカード1枚
手札:3枚


(『暗黒の侵略者』がいれば、相手の魔法を封じられる……! そして、この攻撃が決まればボクの勝ちだ!!)
 雫の伏せカードを気にしながらも、獏良は攻撃宣言を行う。彼らしからぬ、高らかな声で――そして案の定、彼女の右手は決闘盤に伸びた。

 雫のLP:125→63

「――トラップカードオープン。『闇の抱擁』」

 ――ザァ……ッ

 フィールドに、“闇”が訪れた。


闇の抱擁
(罠カード)
相手モンスターの攻撃宣言時、
ライフポイントを半分払って発動する。
フィールド上のモンスターを全て墓地に送る。


 ――グシャァ……ッ

 何も見えない“闇”の中で、何かが潰れる音がした。
 暫くすると“闇”は晴れ、フィールドは白日の下に晒される。
 互いのフィールドに存在した最上級モンスターは消え去り、2人のデュエリストが見つめ合う。


<獏良了>
LP:550
 場:死札相殺,戦慄のアースバウンド
手札:3枚
<神無雫>
LP:63
 場:死皇帝の陵墓,永遠の流血
手札:3枚


 互いに壁となるモンスターが消えたことで、獏良は改めて雫を見た。
 そして抱く、妙な既視感。自分はこの少女に、どこかで会っているのではなかろうか――と。
(……そうだ。神無先生のお葬式のとき、に……?)

 ――葬式?
 ――自分は、葬式に出たのか……?

 記憶の中に、ノイズが走る。

(……そうだ! 神無先生は父さんの知り合いで、無理を言ってお葬式に――)

 ――ならば何故、記憶に無い?
 ――自分は、本当に葬式に行ったか?
 ――いや

 ――葬式に行ったのは、本当に自分だったろうか……?

 嘔吐感を覚え、獏良は口を押さえた。
 強い、ひどい倒錯感――思い出してはならないと、“何か”が警鐘を鳴らす。

「……っ。ボクは、カードを1枚セットして……ターン終了だよ」
 動揺を隠せぬまま、獏良はエンド宣言をする。
 観衆の目には一様に、それが、思わしくない戦況に対するものに映っただろう。


<獏良了>
LP:550
 場:死札相殺,戦慄のアースバウンド,伏せカード1枚
手札:2枚
<神無雫>
LP:63
 場:死皇帝の陵墓,永遠の流血
手札:3枚


 一見するに、戦況は五分と言えるだろう。いやむしろ、ライフが少ない雫の方こそ劣勢に見える。
 だが流れは、間違いなく雫にあった。大型モンスターを駆使し、脅威の戦術を見せてきた彼女こそが、このデュエルを能動的に進めてきている。
 そして、流れを掴んだ者にこそ――運命は微笑み掛けるのだ。
「――マジック発動。『ブラッド・サイクロン』」
 引いたばかりのそのカードを、雫は迷わず発動した。

 雫のLP:63→32


ブラッド・サイクロン
(魔法カード)
1000ライフポイントを払って発動する。
フィールド上の魔法または罠カード1枚を破壊する。
このカードの効果は無効化されない。


 雫のライフを糧に、赤い暴風が発生する。
 それは獏良のフィールドを襲い、打ち砕く――彼の永続罠カード『戦慄のアースバウンド』を。同時に、彼女の足元の死霊は消え去る。これにより、彼女を拘束する枷は外されてしまった。
「……フィールド魔法『死皇帝の陵墓』の効果発動。ライフを2000支払い……八ツ星モンスターを召喚」
 彼女のトラップが赤く輝き、ライフコストを変換させる。

 雫のLP:32→16


創世神(ザ・クリエイター)  /光
★★★★★★★★
【雷族】
自分の墓地からモンスターを1体選択する。
手札を1枚墓地に送り、選択したモンスター1体を特殊召喚する。
この効果は1ターンに1度しか使用できない。
このカードは墓地からの特殊召喚はできない。
攻2300  守3000


 雷をその身に纏う、巨漢の戦士が降臨した。攻撃力だけを見れば、その数値は2300、八ツ星にしては低い方だ――だが、それを補って余りある強力な効果を備えている。
「……手札を捨て、効果発動。墓地のモンスターを復活させる……私は、『光神機−轟龍』を選択」

 ――カァァァァァッ……!!!

 『創世神』の後光が輝き、背後の空間が歪む。
 そしてその中から、一体の機械天使が出現する。デュエル序盤、獏良の『手札抹殺』により墓地へ送られていた最上級モンスターが。


光神機−轟龍  /光
★★★★★★★★
【天使族】
このカードは生け贄1体で召喚する事ができる。
この方法で召喚した場合、このカードはエンドフェイズ時に墓地へ送られる。
また、このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、その守備力を
攻撃力が越えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。
攻2900  守1800


<獏良了>
LP:550
 場:死札相殺,伏せカード1枚
手札:2枚
<神無雫>
LP:16
 場:光神機−轟龍,創世神,死皇帝の陵墓,永遠の流血
手札:1枚


 観衆のほとんどが思う。これで決まりだ――と。
「……ザ・クリエイターで、直接攻撃……」

 ――バチッ……バチチッ!!

 右拳に雷を纏い、『創世神』が躍りかかる。
 しかし、獏良の瞳はまだ俯いてはいない――苦しい表情ながらも、前を向いている。
「……まだだ! 手札を一枚捨て……リバーストラップ! 『亡者の壁』!!」
 手札から『魂を削る死霊』を捨て、獏良は頼みのトラップを開いた。


亡者の壁
(罠カード)
手札を1枚捨てて発動。
自分の墓地に存在するレベル4以下の死霊モンスター
1体を守備表示で特殊召喚する。
発動ターンのエンドフェイズ時、
この効果で特殊召喚したモンスターを墓地に送る。


(いま捨てた『魂を削る死霊』を復活させることもできるけど……“轟龍”は貫通能力を持っている! ボクがこのターン、生き残るためには――)
 か細い糸を手繰るように、獏良はカードを選び出す。
「――この効果でボクは……『ピラミッド・タートル』を選択! 守備表示で特殊召喚!」

 ――ズガァァァァッッ!!!

 喚び出した瞬間に、獏良の壁モンスターは叩き潰される――しかしそれも計算のうち。戦闘で破壊されてこそ、『ピラミッド・タートル』は真価を発揮する。
「……っ! このモンスターが破壊されたとき、守備力2000以下のアンデットをデッキから特殊召喚できる! ボクは――」
 獏良の残りライフは550、“轟龍”の攻撃力は2900。
 この状況を生き残れるカードは、デッキに1枚しか残されていない。
「――このモンスターを、攻撃表示で特殊召喚……『死王リッチーロード』!」


死王リッチーロード  /闇
★★★★★★
【アンデット族】
このカードを生け贄召喚する場合の生け贄は闇属性モンスターでなければならない。
このカードが他のカードの効果によって生け贄に捧げられ墓地に送られた場合、
このカードは持ち主の手札に戻る。
攻2400  守1200


「……。“轟龍”の攻撃……」

 ――ズドォォォンッッ!!!

 雫は躊躇わず攻撃する。“轟龍”の光のブレスが、“リッチーロード”を一瞬で灰に変えた。

 獏良のLP:550→50

「……!! う……っっ」
 爆煙の中で、獏良はたまらずよろけた。
 これで獏良のライフも残り2桁。僅かなダメージも許されない状況となった。


<獏良了>
LP:50
 場:死札相殺
手札:1枚
<神無雫>
LP:16
 場:光神機−轟龍,創世神,死皇帝の陵墓,永遠の流血
手札:1枚


(……ダメだ! 何とか持ちこたえたけど……もう打てる手が無い! 手札には低級モンスターが一体だけだし……)
 獏良は手札を恨めしげに見つめた。
 この状況を覆せるカードが、果たしてデッキに残っていただろうか――懐疑しながら、デッキに右手を伸ばす。
「……ボクの……ターン。ドロー」
 そして、カードを視界に入れた瞬間、彼の心は大きく揺さぶられた。


ネクロ・フュージョン
(罠カード)
自分の場のモンスターを全て墓地に送って発動。
自分の墓地から、融合モンスターカードによって
決められたモンスターをゲームから除外し、
悪魔族またはアンデット族の融合モンスター1体を
特殊召喚する。(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)


(……!? こんなカード、デッキに入れたっけ……?)
 この土壇場で、見覚えの無いカードを引き、獏良は唖然とした。

 ――昨日のデッキ調整中、誤ってデッキに紛れたのだろうか?

 ともあれこれは、死霊デッキの切札ともなり得るカードだ。
 獏良は墓地を見つめ、逆転の一手を模索する。だが、
(ダメだ……無い。この状況を逆転できる融合素材は、ボクの墓地には――)

 ――ドクンッ!!

 ――いや……ある
 ――ただひとつだけ……逆転の手はある

 獏良は眩暈を覚え、頭を抱えた。
 おかしい――先ほどから、何かがおかしい。

 ――自分は何を忘れている?
 ――この違和感は何だ?
 ――そして

 ――先ほどから語り掛けてくる……この“囁き”の主は、誰だ?

「……ボク、は……」
 震える右手でカードを掴み、獏良はそれをセットする。
「……カードを1枚セットし……『マッド・リローダー』を守備表示。『死札相殺』の効果で3枚墓地に送って……ターン、終了だよ……」
 攻守0、戦闘力を有さぬ壁を喚び出し、獏良はターンを終了した。


マッド・リローダー  /闇

【悪魔族】
このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、
自分の手札を2枚墓地に送り、自分のデッキからカードを2枚ドローする。
攻 0  守備力 0


<獏良了>
LP:50
 場:マッド・リローダー,死札相殺,伏せカード1枚
手札:0枚
<神無雫>
LP:16
 場:光神機−轟龍,創世神,死皇帝の陵墓,永遠の流血
手札:1枚


 獏良の、心臓の鼓動が加速する。

 マズイ――何かがマズイ。
 自分は今、致命的な過ちを犯しているのではなかろうか――そんな不安が心によぎる。

「……私のターン。手札を捨て、ザ・クリエイターの効果発動。墓地から『闇より出でし絶望』を蘇生……攻撃表示」

 ――ズズズ……ッ

 『創世神』の後光から、“闇”の魔物が抜け出てくる。
 これで、雫の場には最上級モンスターが3体――過剰な戦力が並ぶ。
 残った最後の手札を一瞥してから、雫は獏良を見据えた。

 ――ドクンッ!!

 獏良は脂汗をかいていた。
 デュエルの行く末に対してではない。もっと重く、深刻な意味合いで。

「……バトル。“轟龍”で『マッド・リローダー』を攻撃……」
 そんな獏良の思いなど知らず、雫は攻撃を宣言する。
 それを引鉄として、獏良の右手が動く――彼の意思に依らず。彼の中に残る、ある者の意図に依って。

「――リバーストラップオープン……『ネクロ・フュージョン』」

 ――ドクンッ!!!


ネクロ・フュージョン
(罠カード)
自分の場のモンスターを全て墓地に送って発動。
自分の墓地から、融合モンスターカードによって
決められたモンスターをゲームから除外し、
悪魔族またはアンデット族の融合モンスター1体を
特殊召喚する。(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)


 トラップの発動コストとして、『マッド・リローダー』は墓地へと落ちる。
 そして獏良の決闘盤から、融合素材とされるモンスターが弾き出される――いや、弾き出されていった。

 ――観衆がわずかにざわめく。

 弾き出されるカードの枚数が多い――いや、多すぎる。合計10枚ものカードが弾き出された。10体ものモンスターを素材とする融合など、聞いたことが無い。

「……10体のモンスターを、素材として……融合、召喚」

 息も絶え絶えに、獏良は宣言する。まるで、誰かの言葉を復唱するように。

「――『大邪神−ゾーク・ネクロファデス』」

 ――ドグンッ!!!!


大邪神−ゾーク・ネクロファデス  /闇
★★★★★★★★★★★★
【悪魔族】
悪魔族モンスター3体+アンデット族モンスター3体
+闇属性モンスター3体+レベル8以上のモンスター1体
???
攻?  守0


 獏良のフィールドに“闇”が落ち、巨大な“何か”を形成し始める。

 ――そう。
 狂った歯車は今、最悪の形を以って――“彼ら”に対し、牙を剥かんとしていた。


<獏良了>
LP:50
 場:大邪神−ゾーク・ネクロファデス,死札相殺
手札:0枚
<神無雫>
LP:16
 場:光神機−轟龍,闇より出でし絶望,創世神,死皇帝の陵墓,永遠の流血
手札:1枚



決闘109 復活、大邪神(ネクロファデス)!

「――大邪神……ゾーク・ネクロファデス!?」
 遊戯は驚愕の声を上げた。
 観客の多くも、同様に驚きの声を上げている――だが違う。遊戯たちが抱く驚愕は、彼らのものとは異質なものだ。
 今、デュエルフィールド上で何が起ころうとしているのか――多大な危惧を抱きながら、その動向を凝視する。
 一方で、この状況の異常性を、彼らよりも早く、正しく理解する者もいた。



「――何だ……この邪気は!?」
 ガオス・ランバートは目が覚める思いで、デュエルフィールド上を凝視した。
(“闇(ゾーク)”の気配……!? だが違う! これは――)
 獏良了の眼前で、“闇”が形を成してゆく。
 レベル8モンスター『暗黒の侵略者』を媒介とし、それを核とする形で、モンスター9体分の“闇”が集約されてゆく。
 そして一つの異形となる。

 極めて巨大な体躯を有し、禍々しい姿をした悪魔――“ゾーク・ネクロファデス”。

 ガオスは額にウジャトを輝かせ、事態の本質を見抜かんとする。
 それは確かに実体を持たぬ、立体映像(ソリッド・ビジョン)だ――だが、ただの映像でもない。微かな、しかし確かな“破滅の闇”が、それには練り込まれている。
(“闇”の根源は……あの少年か? ……いや!)
 それだけではない――ガオス・ランバートは気付く、奇妙な事実に。
 両眼を見開き、視界に入れる――獏良了と神無雫、2人の姿を。





<獏良了>
LP:50
 場:大邪神−ゾーク・ネクロファデス,死札相殺
手札:0枚
<神無雫>
LP:16
 場:光神機−轟龍,闇より出でし絶望,創世神,死皇帝の陵墓,永遠の流血
手札:1枚


(何だこのモンスターは……!!? それに、この感覚は一体……?)
 騒然とするドーム内で、しかし獏良了本人こそが、最も大きな戸惑いを感じていたかも知れない。
 身体が軽い――まるで全身の毒気が抜け出たような、奇妙な爽快感を覚える。
 しかし眼前には、見覚えの無い、禍々しい風貌の怪物が一体。その多大なギャップに、動揺するなという方が無理だろう。

 ――ドクン……ッ!

 そして分かる。
 今、喚び出した瞬間に――その怪物の能力を、獏良は把握できていた。
「……ゾーク・ネクロファデスの特殊能力。このモンスターは戦闘時、場の他のモンスターを全て破壊し……その攻撃力分のダメージを与える」
「…………!」
 戸惑いがちに獏良は言う。雫の眉が、わずかに動いた。


大邪神−ゾーク・ネクロファデス  /闇
★★★★★★★★★★★★
【悪魔族】
悪魔族モンスター3体+アンデット族モンスター3体
+闇属性モンスター3体+レベル8以上のモンスター1体
「ネクロ・フュージョン」の効果でしか特殊召喚できない。
このモンスターの攻撃力は、相手プレイヤーのライフポイントの数値と同じになる。
戦闘時、フィールド上の他のモンスターを全て破壊する。
この効果で破壊されたモンスターの持ち主は、その攻撃力分のダメージを受ける。
このカードの戦闘により、相手モンスターから受ける全ての戦闘ダメージは0になる。
このカードの発動と効果は無効化されず、エンドフェイズ時にデッキへ戻る。
また、このカードが場を離れたとき、召喚したプレイヤーは敗北する。
攻?  守0

 大邪神−ゾーク・ネクロファデス:攻?→攻15


「……このモンスターが場を離れたとき、召喚したプレイヤーは敗北する――でも! このモンスターの効果には、無効化不能の特性がある!」
 観衆がどよめいた。
 今は雫のバトルフェイズ。しかし彼女はすでに『光神機−轟龍』による攻撃宣言をしている――すなわちその攻撃は、特殊召喚された“ゾーク・ネクロファデス”が受けることとなる。つまり、その特殊能力の発動条件は満たされた。

 ――ズゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!

 “大邪神”の全身に、邪悪な闇が滾る。
 仰々しく両手を広げ、そこに闇の炎を溜める。獏良の宣言と同時に、それは勢い良く解放された。
「――ゾーク・インフェルノッ!!!」

 ――ズゴォォォォォォッッ!!!!!!

 燃え滾る火炎が、雫のフィールド全土を襲う。
 ソリッドビジョンとは信じがたい、大迫力の業火が――それで決着と、誰もが信じて疑わぬ光景だった。
「…………」
 しかし雫はやはり慌てず、手札の最後のカードを使う。
 この絶体絶命の局面で、彼女の残りわずかな命を糧に発動される魔法カード、それは――

 雫のLP:16→8

我が身を盾に
(魔法カード)
相手が「フィールド上モンスターを破壊する効果」を持つカードを発動した時、
1500ライフポイントを払う事でその発動を無効にし破壊する。


<獏良了>
LP:50
 場:大邪神−ゾーク・ネクロファデス(攻15),死札相殺
手札:0枚
<神無雫>
LP:8
 場:光神機−轟龍,闇より出でし絶望,創世神,死皇帝の陵墓,永遠の流血,
   我が身を盾に
手札:0枚


 ――ヴァシィィィィィィィッッッ!!!!!!

 光の膜が現れ、闇の炎を受け止める。彼女の命を材料とした防御壁が、彼女の上級モンスター達を護る――だが、そんなことは時間稼ぎにしかならない。

 ――ビキッ……ビキキッ!!!

 膜にはすぐにヒビが入る。
 当然だ。“大邪神”の特殊能力には、無効化不能の特性がある。故に、彼女の発動したカードこそが無効――これで彼女の手札は0枚、すなわち彼女に打てる手は無い。『我が身を盾に』の発動は、むしろ獏良の勝利を確定的なものとした。

 ――ドクン……ッ!

 一時の盾で身を護りつつ、雫は顔を上げ、その怪物を見上げる。“ゾーク・ネクロファデス”もまた彼女を見下ろし、視線を交える。

 ――ドクン……ッ!!

 それは鍵のように。
 カチリと、何かが音を立てる――そして彼女は、口元を歪めた。
 まるで別人のように、口元を三日月に歪ませ――“強欲”の笑みを湛える。

 ――ドクンッ!!!

 “ゾーク・ネクロファデス”もまた、同様に口元を歪めた。
 ニイッと、口元を三日月に歪ませ――“強欲”の笑みを湛える。
 そして、

『――見ツケタ……

 ――ドグンッ!!!!


大邪神−ゾーク・ネクロファデス  /
★★★★★★★★★★★★
幻神獣族
悪魔族モンスター3体+アンデット族モンスター3体
+闇属性モンスター3体+レベル8以上のモンスター1体
「ネクロ・フュージョン」の効果でしか特殊召喚できない。
このモンスターの攻撃力は、相手プレイヤーのライフポイントの数値と同じになる。
戦闘時、フィールド上の他のモンスターを全て破壊する。
この効果で破壊されたモンスターの持ち主は、その攻撃力分のダメージを受ける。
このカードの戦闘により、相手モンスターから受ける全ての戦闘ダメージは0になる。
このカードの発動と効果は無効化されない。
このカードが場に存在する限り自分は敗北せず、場を離れたとき自分は敗北する。
攻?  守0


 次の瞬間、膜が砕け、地獄の業火が少女を襲う。
 『光神機−轟龍』、『闇より出でし絶望』、『創世神』――3体のモンスターを焼殺する。その攻撃力合計は8000ポイント、それと同数値のダメージを受け、彼女は敗北する。

 そう。
 そのはず、なのに――

 雫のLP:8

 ――ズドォォォォォォォンッッッッ!!!!!!!!

 炎が爆発し、デュエルフィールド全体を爆炎が包む。
 その中で何が起こったのか、観衆は誰一人として視認できない。
 ただ煙が晴れたとき、彼らの前に提示されたのは――あり得るハズの無い、不可解な結末。


<獏良了>
LP:
 場:死札相殺
手札:0枚
<神無雫>
LP:
 場:死皇帝の陵墓,永遠の流血
手札:0枚


 これはどういうことなのか。
 神無雫の最上級モンスター3体は全滅し、8000ポイントのダメージを受けたハズ――しかし彼女のライフは残っている。わずか一桁のライフを残し、0にならなかった。
 対する獏良了の方は、圧倒的存在感を放った“ゾーク・ネクロファデス”が消え去り、ライフまでもが失われている。

 ――あまりにも、不可解。

 爆炎の中で何が起こったのか、それは審判である磯野にも分からなかった。
 ただ、獏良了は抗議する気配もなく、顔を俯かせ、うな垂れていた。対する雫は平然と、当然のごとく、獏良のその様子を眺めている。
 そんな2人を交互に見てから、磯野は迷いながら手を挙げた。

『いっ……一回戦第八試合! 勝者――神無雫っ!!!』

 歓声は上がらなかった。
 代わりにどよめきが起こり、各所で物議が醸される。
 一方、雫は気にした様子もなく、無頓着に階段を降り始める。
 そして、

 “獏良了”は、ニイッと口元を歪ませ――“強欲”の笑みを湛えた。



決闘110 闇の目醒め

「―― 一体なんだったんだろうね……さっきのデュエルの終わり方」
 青眼ドームの入場口付近で、不満ありげに絵空がごちる。
 遊戯・絵空・杏子・本田・舞の5人は、医務室への見舞いを済ませた後、共に会場から出て来ていた。時間差ができたためか、周辺の観戦客もそう多くはない。
「当の獏良君は『用事を思い出した』って言って、すぐ帰っちゃったし……何があったのかしらね、ホント」
 遊戯・杏子・本田の3人は特に、獏良の最後に召喚したモンスターが気に掛かっていた。
 “ゾーク・ネクロファデス”――それは三千年前、“彼”の世界に存在した怪物であり、“闇RPG”で対峙した最後の敵。
(……M&Wのカードは、三千年前に存在した怪物をモチーフにして作られている。“ゾーク・ネクロファデス”もカード化されていてもおかしくない……のかも知れないけど)
 遊戯はふと、月村浩一の言葉を思い出す。午前中の試合が終わった後、医務室での会話を。


彼らが崇拝する神の名は――“ゾーク・アクヴァデス”。たしか、世界の“創造神”として崇めていたと思ったが……


(……分からない。そもそも“ゾーク”って、いったい何なんだ……?)
 思わず眉間に皺が寄る。
 自分の把握できていないところで、“何か”が起こりつつある――それを感じずにはいられない。

「――それじゃ……アタシももう行くわ。またどこかで会いましょう」
「え……舞さん、明日は来ないんですか?」
 驚いた様子の杏子に対し、舞は苦笑気味に応える。
「今回は特に反省点が多かったからね……次の賞金トーナメントの準備もあるし。準決勝と決勝は、テレビ中継されるって言うから……それで観戦できるのを期待しとくわ。城之内のヤツにも伝えといてちょうだい。頑張れ、って」
 目を一度伏せてから、遊戯と絵空の二人を見る。
 二人が頷いてみせると、納得した様子で頷き返した。
「――ま、近いうちにまた寄るわよ。……アイツに伝えときたいこともあるし、ね」
「……? 伝えたいこと?」
 聞き返す杏子に対し「ちょっとね」と舞は応える。
「人の心配してる場合じゃないし……またの機会にしとくわ。じゃあね、また会いましょう」
 手を振り、軽い調子で舞は別れる。
 人混みに消える背を見届けながら、本田は側の時計塔を見上げた。
「……さて、オレらはどうする? 遊戯と神里は明日も試合あるし……今日はもう帰るか?」
 “千年聖書”のウジャトが光る。
 絵空と交代した天恵が「申し訳ありませんが」と、口を挟んだ。
「私はこのあと遊戯さんと――デートの約束がありますので♪」
 満面の笑顔で、天恵は言う。
 杏子と本田の2人は、揃って目を丸くした。





「――それで? オレだけに話って何なんだよ、リシド?」
 その頃、医務室にて。
 一人、その部屋に残った城之内は、改めてリシドに問い掛けた。
 現在、医務室にいる人間は4名。城之内、リシド、イシズ、マリク――もっとも、先のデュエルで倒れたマリクは、いまだ目を覚まさぬ状態なのだが。
「……城之内よ。お前は明日の二回戦……あの“魔神”に対し、勝つ自信があるか?」
「……!」
 城之内の表情が強張る。

 一回戦第三試合、マリクを追い詰め、葬った“魔神”――『カーカス・カーズ』、『ブラッド・ディバウア』。そしてまだ見ぬ、3体目の“魔神”。
 シン・ランバートの操る“魔神”なるカードからは、あの“三幻神”にも匹敵しうる“神威”を感じた。一度『ラーの翼神竜』の攻撃により死に掛けている城之内には、それが痛いほどに伝わっていた。

「……分からねえ。だが……全力で闘ってやる! お前やマリクをこんな目に遭わせたヤツを……オレは絶対に許さねえ! 真っ向からぶつかって、ぶっ倒してやるぜ!!」
 恐怖を払うように、気合十分に叫ぶ。
 その様子を冷静に観察し、「そうか」とリシドは呟いた。
 そして、
「だが……お前は負けるよ、城之内」
「……!? え……っ?」
 予想外の言葉に、呆気にとられる。そんな様子を意に介さず、当然のごとくリシドは語った。
「実際に闘った私には分かる……断言しよう。お前はシン・ランバートには勝てない……明日の試合は棄権すべきだ」
「!? 棄権……だと?」
 リシドは頷き、言葉を続ける。
「……先のお前のデュエルは、モニターで見せてもらった。フランス王者を相手に逆転勝利……なるほど見事なものだった。だがあれは、相手の甘さ故の辛勝……本来ならば負けていた。お前のデュエリストレベルはまだ、遊戯や海馬には遠く及ばない……違うか?」
「……っ! そりゃあ……オレはまだ、遊戯には全然勝てねぇかも知れねぇけどよ。それでも――」
「――ならば遊戯に任せるべきだ。シン・ランバートの使う“魔神”……あのカードは危険すぎる。負ければお前も、タダでは済まない」
 城之内は不愉快げに顔をしかめる。
 だがすぐに息を吐き出し、気持ちを鎮めた。
「……心配してくれてんだよな? ありがとよ。だが……オレはデュエリストだ。決闘から背は向けねぇ。前を見据える! それがオレのプライド――オレの目指す“真のデュエリスト”だ!!」
 啖呵を切ってみせた後、「わりぃな」と城之内は続ける。
「忠告として受け取っとくよ。これはオレのワガママだ……気にしなくていい。でも、少しくらいは期待してくれよ? オレがアイツを……あの野郎の“魔神”をぶっ倒すところを、よ」
 踵を返し、病室を後にしようとする。だがそんな彼の背を、リシドは呼び止めた。
「……予想通りの返答だ。話だけでは通じない……それは分かっていた。だから……」
 城之内は振り返り、目を見張った。
 リシドはベッドから足を下ろし、決闘盤を掴んでいる。
「おっ……おい! 無茶すんなよリシド! お前まだ身体が……」
 苦痛で顔を歪めつつも、「問題ない」とリシドは応える。
 イシズも承知の上なのか、そんな彼を気遣いながらも、制止はしない。
「デュエルで証明しよう……城之内よ。お前が勝てば、もう止めはしない。だが私が勝てば、明日の試合は考え直してもらう……いいな?」
「……!! リシド、お前……!?」
 思わぬ事態に面食らう。だがリシドの眼差しを見て、城之内も覚悟を決めた。
 挑まれたデュエルからは逃げない――それは彼の、確かなプライドなのだから。





 ――そして時を同じくして、青眼ドーム内、選手用通路にて。
 神無雫は一人、ドーム内を彷徨っていた。人気の無い通路を、薄暗い場所を探し、徘徊する。
 そして、

「――貴様は……」

 背後からの声に、雫は反応する。目当ての人物からの声に、彷徨の足を止める。

「――貴様は一体……何者だ……!?」

 雫はゆっくりと振り返る。
 そこにいたのは二人の男。銀の長髪をした三白眼の巨漢――ガオス・ランバート。そして金髪の青年にして、ガオスの側近――カール・ストリンガー。
「………………」
 睨み付けるガオスに対し、雫は無表情に彼らを見据える。
 それに痺れを切らし、ガオスは再び問い掛けようとした――そのとき、

「――オレ様のカワイイ“人形”に用かい……? “神に従う人”よ」

 神無雫の背後から、コツコツと足音を響かせ、青年が現れた。
 見覚えのあるその顔に、ガオスは不可解げに眉を寄せる。そして、
「貴様は……リョウ・バクラ……!?」
 ガオスの問いに、青年は応える。「違ぇよ」と。
「……耳の穴かっぽじって良く聞きな。オレ様の名は“バクラ”――」
 ニイッと“強欲”の笑みを湛え、青年は厳かに名乗りを上げた。


――“盗賊王”バクラ様だ!!!




幕間Uへ続く...





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