第三回バトル・シティ大会
〜予選(前編)〜
製作者:表さん




※この小説は『やさしい死神』の“続編”です。前作を読んでいないと不明な点も多いのでご注意下さい。以下の4つが既読であることを“推奨”します。なお、RとかGXなどとのリンクは割と曖昧なので、その辺りもご了承下さい。
・『やさしい死神』『逆襲の城之内』『心の在り処』『心のゆくえ』




決闘1 はじまりの朝

 それは春の、とある早朝のこと。
 多くの人間がまだ、布団の温もりに包まれ、“春眠”を貪っている頃。
 静かに日が昇る。電線にとまった雀たちが、チュンチュンと朝の挨拶を交わし合う。

 そんな気持ちの良い、ある晴れた朝のこと。
 童実野町――その町には、『亀のゲーム屋』という小さな店がある。ボードゲーム、パズルゲーム、テレビゲーム、カードゲーム――様々な種類のゲームを取り揃えた、小さなゲームの店。
 大きな売り上げはない。最近では、近所に大きなゲーム店もでき、客の多くはそちらにとられてしまっている。それでもそこそこの固定客はいるし、ゲーム大会を開けば、少なからぬ子供たちが集まる。元々は老人の道楽で始めた店だ。経営者自身、そんな現状にも満足しているのだから、さしたる問題はないだろう。
 最近のゲームの売り上げは、とりわけカードゲームが抜きん出ている。M&W――I2(インダストリアル・イリュージョン)社の生み出した、世界的に有名なカードゲーム。それの売り上げが、店の収入の大半を占めていた。だがそれは、現在、日本中のゲーム販売店で見られる傾向というわけではない。おそらくは『亀のゲーム屋』でのみ、特に顕著に見られる傾向だ。
 『亀のゲーム屋』は、M&Wのプレイヤー――“決闘者(デュエリスト)”たちの間では、かなり有名な店だ。特に、町の決闘者たちの間では、その店を知らぬ決闘者を“モグリ”扱いする嫌いもあるほどに。
 その理由は、そこに住む一人の決闘者によるものである。初代デュエルキング――武藤遊戯。多くの決闘者たちが憧れ、そして目標とする人物。



 不意に店のドアが開き、人影がそこから顔を覗かせた。
「……もう朝か……」
 「閉店」という看板の掛けられたドアを押し開け、店の外へ出る。
 結局、デッキを改良するのに徹夜してしまった――そのことを少し悔やみながらも、彼は身体を大きく伸ばし、深呼吸をする。そして、服のポケットの中から、その成果であるカードの束を取り出す。
 M&Wのゲームを行うのに必要な、“デッキ”と呼ばれる、40枚のカードの束。決闘者たちが“決闘(デュエル)”において自身の力を発揮できるか否か、その死活を分ける“相棒”とも呼べるもの。
 今日、この町では、M&Wの大会が開かれる。ただの大会ではない。“バトル・シティ大会”――海馬コーポレーション主催のもと、町をあげて行われる、大規模なカード大会。その知名度は極めて高く、“世界で最も大きなカード大会”とも評されている。この大会の勝者こそが、頂点に立つ決闘者――“キング・オブ・デュエリスト”だとも言われている。そのためか前大会では、海外の上位ランカーがわざわざ参加しに来るということもあった。
 今回開かれるのは、その“バトル・シティ”の第三回大会。参加資格を得た上級決闘者たちが、今日、この町で相見(あいまみ)えることとなる。
「……いよいよ今日、か……」
 彼はデッキを握り締めた。そして顔を上げると、決意のこもった眼差しで空を見上げる。
 彼もまた、その参加資格を持つ決闘者の一人だ。
 狙うは当然、優勝――“キング・オブ・デュエリスト”の称号。自信はある。この日のために、何ヶ月も前から準備をしてきた。抜かりはない。
「……腕が鳴るわい……」
 そう言うと、彼はニヤリと笑みを浮かべる。そして、自身のデッキのエースカード――『白魔導士ピケル』のカードを取り出した。
 そう――彼の名前は、武藤双六。
武藤遊戯の祖父であり、彼にM&Wを教えた張本人。そして最近ギックリ腰が酷く、週一で病院に通っているご老人である。……ちなみにその理由の八割は、最近入った若い看護婦さん目当てだという。
「ヒョッヒョッ……ついにこの日が来たわい。我が史上最強華麗絶萌のデッキ――“萌え萌えピケルたんデッキ”を世界中に知らしめる日がッ!!」
 そう叫ぶと、彼は近所迷惑も気にせず、高笑いを始めた。

 ――武藤遊戯?
 ――海馬瀬人?

 ――その程度の決闘者……何ぼのモンじゃい!

「――目指すは優勝ただ一つ! 悪く思うな孫よ! 勝負の世界は非常に非情なのじゃわいっ!!」
 と、笑い声に拍車をかける。
 しばらくすると疲れたのか、彼は笑いを止め、ポケットから懐中時計を取り出した。
 まだ朝の6時。大会開始までは四時間もある。
「フム……時間もあることじゃし。準備体操でもしておこうかのう」
 “バトル・シティ”の予選は、この町全体がフィールドとなる。となれば、体力に自信のない人間は当然不利となるだろう。すでに七十歳を超えた双六にとっては、予選が最大の難関といっても過言ではなかった。
 なれば、少しでも身体をほぐし、肉体への負担を軽減させよう――そう考えたのだ。

 だが、それがいけなかった。

「オイッチニ、サン……シッ!?」

 ――グギィィィィッ!!!

 準備運動の最中、背を大きく反らしたところで、悲劇は起こった。
「ぐおおおおおっ!!!?」
 静かな早朝の町に、一人の老人の悲鳴が響き渡る。

 腰の砕ける音がした。


●     ●     ●     ●     ●     ●


「……大丈夫? じーちゃん……」
 枕元で彼の孫――遊戯が、心配そうに訊いてくる。
 あのあと双六は、近くをジョギングしていた親切な青年により救出され、自室の布団で横になっていた。
「ウーン……遊戯、遊戯やぁ……」
 うつ伏せの状態で、ウンウン唸(うな)る。
 大会に出場するため、被せられた布団から脱出せんと踏ん張る――だが腰の激痛が、それを許さない。身体を起こそうとすればするほど、当人にしか分からぬ地獄の傷みが双六を襲い、悶え苦しむことになる。
「……これは、今日の大会参加は無理だね……」
 ため息混じりに、気の毒そうに遊戯は呟く。
「イヤじゃい、イヤじゃい! ワシはこの大会で、世界中にピケルたんの素晴らしさを知らしめるんじゃいっ!!」
 首だけを動かし、子どものように駄々をこねる。
 ヤレヤレとため息を漏らすと、遊戯は双六の腰の辺りを、布団越しにチョコンと突付いてみた。
「ほんぎゃぁぁぁぁっ!!?」
 絶叫。まさに絶叫。
 思った以上の反応に、遊戯は一瞬ギョッとした。
 そのとき――双六の目には、愛孫の姿が悪魔に見えていたという。
「う……ぐふっ」
 遊戯のその一撃で、がっくりと息絶える双六。享年73歳。
「と……とにかく、今日は家で大人しく寝てなよ? こんな状態じゃ、外出なんてできるわけないでしょ?」
 最後の力を振り絞ると、双六は無念そうに、小さく首を縦に振った。
 すでに時刻は8時過ぎ。広場に9時集合なので、そろそろ準備せねばならない。
 お大事に、と一声かけると、遊戯は双六の部屋を後にした。

 現在時刻8時13分――“バトル・シティ大会”予選開始まで、残り1時間47分。
 今大会一のダークホースは、ほとんどの決闘者にその存在すら知られることなく、早々に姿を消した。



決闘2 闇はいまだ晴れず

「よし……デッキの最終チェックOK! あとは決闘盤(デュエル・ディスク)と……“デュエリストカード”か」
 自室に戻った遊戯は、今日の大会で必要なものを最終確認していた。
 机の引き出しを開けると、一枚のカードを取り出す。第三回目になる今大会から使われることになった、大会への参加証明用のカードだ。


武藤 遊戯  D・Lv.10
★☆☆☆☆☆☆☆


 聞くところによると前大会の予選では、正規の参加登録をしていない者まで紛れ込むというトラブルが発生していたらしい。そのため今大会では、正規の大会参加者の証明として、本人の写真を掲載した電子カードが配られることになった。M&Wのカードを模した凝ったデザイン。そしてその右上には、海馬コーポレーションが認定した“デュエリストレベル”が記されている。参加資格はレベル5以上、遊戯のレベルはその中でも最高の“10”とされている。
 カードを見つめながら、遊戯は少しだけ気恥ずかしそうに笑った。噂によると、“デュエリストレベル10”というのは別格扱いであり、今のところ二人しか存在しないらしい。
(もう一人が誰かは、考えるまでもないんだろうなあ……)
 そんな風に思いながら、そのカードをズボンのポケットにしまう。肝心のデッキの方は、腰に巻いたカードホルダーに収めた。
 準備完了。後は出かけるだけなのだが――そこで遊戯は、机の引き出しに入った別のカードへ手を伸ばし、顔を歪めた。


DEATH -MASTER OF LIFE AND DEATH-  /DIVINE
★★★★★★★★★★
【DIVINE-BEAST】
ATK/0  DEF/0


 『死神−生と死の支配者−』――今からおよそ半年前、このカードを引き金として起こった、辛く哀しい事件。もともと三枚存在したこのカードは、最終的には一枚だけ残り、宿されていた“邪気”も完全に失われていた。しかし、これを目にするたびに、遊戯はそのときのことを想起せずにはいられない。
 その闘いの末に、遊戯は一人の――いや、二人の少女と、そして一人の男の魂を救うことができた。
 それでいいと思っていた。
 血を流し、涙を流し、心を賭した。自分は精一杯のことをして、結果として救われた人がいる。だから、それで喜んで構わないのだと。けれど――
 遊戯はもう一枚――“死神”のカードとは違う、未だ禍々しい気配を発し続けるカードを手に取った。いや、それから発せられている“闇”は、半年前のそれよりもさらに大きくなっている。だからこそ遊戯は、瞳に哀しみを湛えずにはいられなかった。


BLOODY TABLET
(CONTINUOUS SPELL CARD)


 『血塗られた石版』――“死神”を呼び出すカードであるとともに、三千年前の“悪夢”を再現した、もう一つの呪われたカード。このカードから未だ拭われぬことのない、強大な“邪気”――その正体を、遊戯は知っていた。
 数ヶ月前のことだ。“死神”を引き金をしてアメリカで起こった数度の事件、その顛末について、海馬瀬人から報告があった。“死神”に魂を吸われ、意識不明となっていた者たち――彼らは一人残らず、息を引き取ったらしい。
 うすうす分かっていたことだ。“死神”は彼らの魂を、別の“誰か”を救うために使用していた。結果として、彼らの命が救われることはないのだと。分かっていた、けれど目をつぶろうとしていた。そんな自分を、ひどく嫌悪した。
 『血塗られた石版』の“闇”が、“死神”が消えた今も力を増し続ける理由――それはおそらく、彼らの“恨み”。別の誰かを救うため、理不尽に犠牲になった者たちの、深き呪いの結晶。

 ――なぜ、こんなことになってしまったのだろう?

 遊戯は、そう思わずにいられない。
 このカードを使った人たちは、そしてかつての“死神”は、自分にとって大切な人を救いたかった――それだけなのに。それだけのはずなのに。
 彼らの真摯な願いは、結果として、強い“負のスパイラル”を生み出した。


 ――なぜ、こんなことになってしまうのだろう?

 ――みんな、自分の大切なものを守りたかっただけなのに

 ――ただ……幸せにしたかっただけなのに

 ――幸せになりたかっただけなのに

 分不相応な問いだ。そう知りつつも、遊戯は考えてしまう。

 ――一体どうすれば……全ての人が、すべからく幸せになれるのだろう?

 と。


「――遊戯〜!! 杏子ちゃんが迎えに来てくれたわよ〜!!」


 下の階から、母の叫び声が聞こえる。杏子とは今日、広場に行く前に、遊戯の家で合流する予定だったのだ。
 遊戯は引き出しを閉じると、ゆっくりと立ち上がった。

 いけない――これから大会なんだ。こんな調子じゃ予選落ちしてしまうかも知れない。

 両の頬を叩き、気持ちを入れ替える。
「よしっ……行こう!」
 気合の入った声でそう言うと、遊戯は決闘盤を片手に、自分の部屋を後にした。



決闘3 くすんだ瞳

「――何なんだよ……この異常な人の数はよぉ……」
 数え切れぬほどの人間に囲まれ、思うように身動きが取れない。そんな状態の中、城之内克也は途方に暮れ、大きなため息を漏らした。
 念のために断っておくが、彼の人気ゆえに人が集まっているわけではない。彼の現在位置――童実野町時計塔広場は現在、恐ろしいほどの数の人間で埋め尽くされていた。
「……まさかコイツラ、全員参加者じゃねえよな……」
 口に出して、絶句する。少なくとも、悠に数百の人数が、この広場に集まっているはずだ。
「んなワケねーだろ。決闘盤を付けてないヤツもいるみたいだし……オレみたいな見物人がかなり紛れてやがんだよ」
 彼の隣の人物――本田ヒロトも、周囲を鬱陶しげに見やりながら、そう応える。
「……つまりオマエが元凶か。さっさと帰ってオレの勝利でも祈ってやがれ!」
「……つれねえなあ、城之内。せっかく応援に来てやったってのによ。オレがいなくなったら、誰がオマエにツッコミを入れるんだ?」
 投げやりな城之内のことばに対し、本田はやんわりと返す。
 中学以来の長い付き合いだ。彼の扱いには誰よりも慣れている自負があった。
「にしてもホント多いよな。どこからこんなに集まってきたんだ?」
 言いながら、本田はざっと周囲を見回した。
 すると、中には外国人らしい姿もいくつか見受けられた。まさか、わざわざ参加しに日本に来たというのだろうか。
「まっ……どんだけの人数が出場しようが、要は強ぇヤツが勝ち上がるんだ! ラクショーラクショー!」
 余裕をかましながら、ヘラヘラと笑う城之内。相変わらず気楽だな、と呆れながら本田は顔を引きつらせた。


「――すごい自信だね……流石は城之内克也、と言うべきかな?」


「……あん?」
 不意に背後から声をかけられ、城之内は振り返る。
 するとそこでは、自分と同い年くらいの金髪の青年が、クスクスと笑みを漏らしていた。
「……誰だ? テメェ」
 馬鹿にされたような気がして、城之内はガンを飛ばした。
 それを見て、青年は慌てた様子で笑いを止め、弁明する。
「ああ……ゴメンゴメン。気に障ったなら謝るよ。君……城之内克也だろう?」
「……? あ、ああ。そうだけど……」
 毒気を抜かれたようで、城之内は目をしばたかせた。
 見覚えのないその青年は、整った顔立ちに緑がかった瞳をした、見るからに美形の青年だった。その点は癪(しゃく)に障ったが、別に悪意があったわけではなさそうだ。短く切り揃えられた金色の髪も染めているわけではなく、どうやら外国人のようである。
「……誰だ? 知り合いか、城之内?」
 後ろから本田が問いかけてくる。知らねえよ、と返してやろうと思ったが、その前に青年が答えた。
「失礼、先に自己紹介すべきだったね。僕は“カール・ストリンガー”。イギリスから来たんだ。よろしく」
 紳士的な様子で、青年――カールは右手を差し出してきた。本田も少し慌てた様子で右手を出し、握手に応じる。相手が見知らぬ外国人ということで、少し上がってしまったらしい。
「ほっ……本田ヒロトだ。よろしく」
 戸惑い気味に応える。なに声裏返してんだよ、と城之内は笑ったが、ご丁寧に城之内にも握手を求めてきた。こちらも慣れない様子でそれに応える。
「んで……何でオレの名前知ってんだよ、オマエ?」
 ニコニコと笑みを湛えながら、機嫌良さげにカールは応じる。
「そりゃあ知っているさ。君は有名人だからね」
 有名人?と城之内は首を傾げる。その様子を見て、カールはクスリと笑った。
「自覚がないみたいだね。これまで二回開かれたバトル・シティ大会で、君は連続四位の実力者……デュエルの世界では有名だよ。武藤遊戯・海馬瀬人の次くらいにね」
「そっ……そうなのか?」
 城之内は目を輝かせた。そうか、自分はいつの間にかそんな有名人になっていたのか――と。海馬の次というのは気に入らないが、そこは妥協のしどころだろう。
「――いいヤツだなオマエ! さっきは悪かった! そーかそーか! オマエもまあがんばれよな!」
 城之内は少しも悪びれない様子で、カールの背をバシバシと叩く。
「ハハ……どうもありがとう」
「……このバカを図に乗らせるようなことは、あまり言わないでくれ……」
 本田は軽く頭を抱えた。


『皆様――大変ながらくお待たせ致しました!』
 喧(やか)ましかった広場に、それ以上に大きな声が拡張されて響く。
 ふと、本田は視線を落とし、身に着けてきた腕時計を確認した。時計の針は、ちょうど九時を指している。
 再び顔を上げると、目の前の建物に備えられた巨大スクリーンに、でかでかとサングラスの黒服が映し出されていた。
『“第三回バトル・シティ大会運営委員長”を務めさせていただきます、磯野です! それではこれより、本大会ルールの説明をさせていただきます! お静かにお聞き下さい』


「――あれ、今回は海馬じゃねえんだな、開会宣言」
 城之内が意外そうに言う。確か前回までは、この役は海馬が務めていたはずだ。
「アイツもどうせ参加してんだろ。今回は自重したんじゃねーのか?」
 顔はスクリーンに向けたままで、本田がそれに応える。
「何にせよ、あのヤローの顔を無駄に見ないで済むかと思うとせいせいするぜ」
 城之内はさぞ満足げな様子で笑みを浮かべた。


『海馬コーポレーションの開く“バトル・シティ大会”も、今回で第三回を迎えることとなりました。これも、近年のデュエリストたちの日々たゆまぬ努力と向上によるものであります。さて――今大会の出場者数は実に、161名。昨今のデュエリストの質の向上に応じ、参加枠を大幅に増やすこととなりました。それに伴い、本選へと進める枠も、これまでの二倍――16名となります!』


 周りががやがやと騒ぎ出す。本選枠が16ならチャンスがある――とでも言いたいのか、歓喜の雄叫びを上げる者もいた。
「人が多いわけだぜ……参加者数、今までの倍以上じゃねーか」
 そう言いながら、城之内はうんざりとした顔をする。


『そして……事前に通達した通り、予選には、参加者全員にお送りした“デュエリストカード”を使用します。本カードがなければ、今大会の予選への参加は不可能となります。また紛失時の再発行なども一切受け付けませんので、くれぐれもご注意ください』
 そう言うと、スクリーンの中の磯野は、一枚のカードを提示してみせた。

磯野  D・Lv.6
★☆☆☆☆☆☆☆

『予選のデュエルを開始する前には、お互いの“デュエリストカード”を確認し合うようにして下さい。このカードは各々の決闘盤とリンクしており、勝敗は常に、このカードに反映されることとなります。下の星は皆さんの“勝ち星”を指し、そして――これこそが、今大会予選で皆さんに競い合って頂くものです』
 と――そこまで話したところで、磯野の持つカードにわずかな変化が生じた。

磯野  D・Lv.6
★★☆☆☆☆☆☆
1勝0敗

『予選参加者同士がデュエルを行い、勝敗が決した際には、このように、それぞれのカードの“星の数”が変化するようになっております。勝てば星が増え、負ければ星が減る。そして最終的に――8つの星を集めた者が、決勝大会へと駒を進める権利を得られるのです!』
 参加者たちから、わっと歓声が上がる。
『逆に、星を全て失った者は予選失格となります。それ以降は何度デュエルに勝利しても、星が増えることはありません。また、他の参加者の邪魔となりますので、速やかに決闘盤を外し、以降は予選デュエルに参加することがないようお願いします』
 そう言うと、再び磯野の持つカードに変化が起きた。

磯野  D・Lv.6
☆☆☆☆☆☆☆☆
1勝2敗
予選失格

『なお……ここでお気づきの方もいるでしょうが、皆さんが争奪する“星”は、ちょうど16人分用意されているわけではありません。本予選は“早さ”を競う面もあり、いち早く星を揃えた者から予選通過が決定します。なお、本大会の開催時間は午後6時までとし、万一それまでに決勝枠が埋まらなかった場合には、本部の方でそれぞれの戦績を考慮の上、後日、予選通過の旨を伝えることとなります。よって、最後まで諦めることなく、本予選を戦い抜いてください!』


「……要するに、早い者勝ちってわけだな。大丈夫かよ、城之内?」
「へっ、予選なんて眼中にねーよ。ヨユーヨユー」
 周りの迷惑などお構いなしに、城之内は高笑いを始めた。といっても、周囲もがやがやとうるさいので、特別目立つこともない。
 ご丁寧に説明してくれるのはありがたいが、磯野が説明しているルールは、ほとんどが事前に伝えられたものだった。よって、あまり聞く必要がないと気づいた決闘者たちは、徐々に勝手なお喋りを始め出していた。
 そんな周りの空気に呑まれたのか、ただルールを聞いているのに飽きた城之内も、スクリーンから視線を落とし、自分のデュエリストカードへ視線を落とす。
「にしても……納得いかねえよなあ」
 まじまじとそれを見つめ、不満げにひとりごちる。


城之内 克也  D・Lv.5
★☆☆☆☆☆☆☆


「――なんでオレのデュエリストレベルは5のままなんだよっ!?」
「ま、大会にゃあ無事参加できたわけだし、別にいーんじゃねえの?」
 城之内の訴えに、本田はヘラヘラと笑って応えた。
 遊戯のデュエリストレベルは10だった。
 ならば彼の次に強い自分には、少なくともレベル9くらい付くのが当然ではないか――というのが、城之内の持論である。
 確かに客観的に見ても、彼の戦績を踏まえると、レベル5というのはいささか不当な評価であろう。恐らくはその背後に、彼と犬猿の仲である男の影があることは想像に難くなかった。
(海馬め……見てやがれよ!)
 拳を握り締め、打倒・海馬に燃える城之内。
「予選なんぞ楽に勝ち上がって――目にもの見せてやるぜっ!」
 だがそんな彼に、横から水を差す者がいた。
「――燃えてるところ悪いけど……そう簡単にはいかないんじゃないかな、城之内君」
 声の主に振り返る。そこでは、先ほど知り合ったばかりの青年、カールが苦笑いを浮かべていた。
「大会参加者が増えたってことは、同時に秀でた実力者も増えたってことだ。たとえば各国を代表する、最強デュエリスト……とかね」
「……あん?」
 城之内は目をしばたかせた。
「僕が聞いた話だと、今回の大会は、各国の最強デュエリスト達にもわざわざ招待状が送られたらしいよ。ドイツのチャンピオンシップで2年連続優勝を収めている“皇帝”――“ティモー・ホーリー”。それから、弱冠12歳にして、この間のフランスチャンピオンシップでディフェンシブチャンピオンを破った
“天才少年”――“エマルフ・アダン”。それから、今年のイタリアチャンピオンシップを制した
“ラッキースター”――“アルベルト・レオ”、とかね」
「ドッ……ドイツにフランスに、イタリア……!?」
 カールからの情報に、城之内は思わず閉口した。
「オッ……オイオイ。日本の大会に、わざわざそんなヤツラが出場しに来るのかよ!?」
 本田の問いかけに対し、カールは澄ました表情で首肯した。
「今じゃ、日本で開かれる“バトル・シティ”は有名だからね。賞金こそ高くはないけど、知名度では間違いなく世界ナンバーワンだ。その最高の名誉を求め、海を越えやって来た最強の猛者たち――ってわけさ。KC側にしてみても、彼らの参加を促して、その評判を磐石にしたいんじゃないかな?」
「……オマエもそう、ってわけか?」
 カールは首を横に振り、飄々とした様子で応える。
「僕は違うよ。そういうレッテルには特別関心ないしね。ただ、強いデュエリストと闘いたい――それだけさ」
「……!」
 軽い調子で言う。だが――その瞳の奥に、城之内はただならぬ“何か”を感じ取る。
「おっと……ルール説明、そろそろ終わるみたいだよ」
 カールは顔を上げ、スクリーンへと視線をやった。


『――以上で、今大会のルール説明を終わります。大会開始は十時ジャスト。それ以前に開始されたデュエルは全て無効となりますので、くれぐれもご注意ください。では――』
 磯野はコホンと咳払いすると、あらんばかりの声量で叫んだ。
『街へ散れ――デュエリストたちよ!! キング・オブ・デュエリストの栄冠を目指して!!』
 彼の一言とともに、本日最大の歓声が、広場に木霊した。



 それが収まると、広場にたむろしていた決闘者たちはゆっくりと、外へ散り散りになってゆく。この広場はすでに人でいっぱいなので、どのみちこのままではデュエルできまい。ある者は自分に有利な場所へ、またある者は当てもなく。
「さて……それじゃあ僕も、もう行こうかな。街で会ったらそのときはよろしく……城之内君」
「あ……ああ」
 そう言うと、カールは踵を返し、他の者たちと同じように広場を去っていく。
「さて……オレらはどうする、城之内? 遊戯たちも広場に来てるハズだし……いちおう探してみるか?」
「………………」
 城之内は、少しずつ小さくなるカールの背中を見つめていた。
(……カール・ストリンガー、か……)
 それは当てのない、ただの勘。だが城之内の、デュエリストとしての確かな勘だった。
(一見軽そうなヤツだったけど……タダ者じゃねえな)
 そして腕を組み、考える。
「……それにしても……アイツの名前、どっかで聞いた気がするんだよなあ。本田、オメーは聞き覚えねえか?」
「あん? なに言ってんだオマエ?」
 二人は立ち止まったまま、揃って首を傾げ合った。





「……城之内君か……予想してたより、ずっといい人みたいだな」
 カールはアスファルトを歩きながら、クスクスと笑みを浮かべた。

 機会があれば闘ってみたい。一人のデュエリストとして。でもその前に――

 カールは右手を上げると、手にしたカードに目をやった。
「……僕がまず闘いたいのは……君じゃなくて、“彼”なんだよね」
 うっすらとした笑みを浮かべたまま、カールは街中へと消えていった。


カール・ストリンガー  D・Lv.9
★☆☆☆☆☆☆☆



●     ●     ●     ●     ●     ●



 一方、遊戯は同じ広場で、隣に立つ少女の電話が終わるのを待ちながら、居心地悪そうに顔を俯かせていた。
「――はい……はい。分かりました、それでは……」
 隣の少女――真崎杏子はそう言うと、携帯電話を耳元から離した。
「……絵空ちゃん、寝坊しちゃったんだって。少し遅刻してくるみたいよ」
 それをしまいながら、隣の遊戯に報告する。
 神里絵空――それは半年前、“死神”のカードをキッカケとする事件の際に知り合った少女の名だ。事情により長期入院を強いられていた彼女は、先日ついに退院し、今年の春から童実野高校の一年生として学校に通い始めることになる。そんな彼女もまた、遊戯や城之内と同様に、今大会に参加することになっていた。
「……それにしても……今回もスゴイわねえ」
 浮かない顔の遊戯を一瞥し、周囲の様子に意識を向ける。

 ――視線がピリピリと痛い。
 周囲の上級デュエリスト達から、殺気にも似た激しい闘志が注がれてきている。

 無論、杏子に対してではない。デュエリストレベル10、今大会優勝候補の一角――武藤遊戯に対してだ。
「うう……視線が痛い……」
 視線の集中砲火を前に、開始前から弱音を吐く遊戯。この情けない様子だけを見れば、彼が優勝候補などとはとても見えないだろう。
「情けないわねえ。ホラ、初めてじゃないんだし、もっとしゃんとしなさいよ」
 男だろ、とたしなめるように言う。遊戯はそれに応えるように、小さく頷くと、ほんの少しだけ胸を張った。ともあれ、これだけ大人数に睨まれているのだ。よく知った幼馴染の性格を踏まえれば、これで開き直れというのはいささか無理があった。
「うーん……遊戯はそろそろ移動した方がいいわね。絵空ちゃんは私が待ってるからさ」
 杏子の提案に対し、遊戯は名残惜しげに頷いた。
 もともと、病院を退院したばかりの絵空には、体力面での不安があった。だから大会参加者ではない杏子が、予選中は彼女についていることにしたのだ。
 本当は遊戯も一緒についていたかったのだが、大会のシステム上そうもいかない。同じ参加者である以上、やはり予選に関しては別行動をとるべきだった。
「そ、そうだね……じゃあ、神里さんによろしく伝えておいてよ」
 そう言うと、遊戯はそそくさとその場を立ち去ることにする。立ち止まって遊戯を見つめている者もいるが、まさかわざわざ追って来ることもあるまい。実際のところ、予選の最初から進んで彼に挑もうとする勇者は、この場には一人もいなかった。
 人ごみをかき分けながら、広場を出る。大会ルールの説明は終わったものの、時計塔広場にはまだ多くの人間が残っていた。もう少し落ち着いたところを探し、対戦相手を見つけるのがベストだろう。
(どっちに行こう……水族館の辺りがいいかな?)
 T字路で足を止め、少しだけ迷ってから歩を進める。
 広場から遠ざかると、それまでの刺さるような数多の視線は、ほとんど感じなくなっていた。
(……予選突破するには、最低でも7勝しなくちゃいけないのか……。予選通過枠は大きくなったけど、今回は少し急いだ方が――)
 と、そのときだった。


 ――ドクンッ!!!


「――!?」
 とつぜん感じた、特異な視線。
 遊戯ははっとして、反射に近い形で踵を返す。
(……!? 何だ!?)
 振り返り、視認しようとする。だが彼の視界の中には、いま感じた視線を送っている者は一人もいなかった。
(……? 気のせい……か……?)
 眉をひそめると、遊戯は再び向き直り、歩き出す。
 いや――おそらく気のせいではない。遊戯は確かに、それを感じたのだ。

 ――闘気とは違う
 ――殺気とも違う

 もっとずっと冷たくて……そして重い。今までとは確かに違う、“異質”の瞳。





 気のせいなどではなかった。
 遊戯が向けた視線の先には――少女が一人、足を止めて立っていた。
 あまりに小さく、そしてあまりに静かな一人の少女。彼女はちょうど雑踏に紛れ、遊戯の視界に入ることがなかったのだ。
 この町の人間なら、よく見知ったブレザー。彼女は、童実野高校の女子制服を着込んでいた。束ねられることもなく、下半身に達するほどに無造作に伸ばされた、長い黒髪。彼女の静かな雰囲気とあいまって、まるで日本人形のようでさえある。
「……武藤遊戯……」
 しかしその口元が、わずかに開き、ことばを吐く。


「――“闇のゲーム”を知る人間……」


 と。

 無表情のまま、冷たい瞳がわずかに揺れる。
 温もりを失ったのはいつだったか――少女はそれを覚えている。全てを失くした、その日のことを。
 だから少女はそこにいた。目的のために。望みを、願いを叶えるために。それだけのために。


 “この世界”を終わらせる――ただそれだけのために。


「…………」
 しばらく遊戯の背中を見つめた後、彼女は振り返り、ようやく歩き出す。
 彼女の特別小さな体躯は、静かに――まるで闇に溶け込むように、人ごみに呑まれ、消えていった。

神無 雫(かみなし しずく)  D・Lv.5
★☆☆☆☆☆☆☆



決闘4 絵空参戦

「――うーん……絵空ちゃん、来ないわねえ」
 一人ボヤきながら、杏子は携帯電話を取り出し、そのディプレイを見つめていた。十時二十分。“少し”遅れる、という話だったので、そろそろ着いてもいいはずだ。
(それとも……もう着いてるのかしら?)
 ふと、そう思う。ここは特段大きな広場ではないが、まだ多くのデュエリストが留まっており、デュエルをしている者もいる。もしかしたら、自分のいる場所が分からないのかも知れない。
 杏子は少し、広場の中を見て回ることにした。動かず待つべきかも知れないが、どちらかというと行動的な杏子には、これ以上黙して待つという選択肢は選べなかった。
「それにしても、多いわねえ……」
 キョロキョロ辺りを見渡しながら、広場のデュエリストをざっと数える。ざっと数十人はいる。恐らく、大会の参加者以外の見学者もいるのだろう。


『――あたしはリバースカードを一枚セットし、『ハーピィ・レディ・SB(サイバー・ボンテージ)』を攻撃表示で召喚!』


 ふと、聞き覚えのある声が聞こえ、杏子は足をとめた。
「……! この声……舞さん?」
 音源に対して振り返ると、そこには大きな人だかりができていた。杏子の記憶が正しければ、声の主は孔雀舞――およそ一年前、決闘王国(デュエリスト・キングダム)で知り合った、大切な友人のものだ。
 彼女はこれまでの“バトル・シティ大会”で、二回とも上位入賞を果たしているデュエルの実力者だ。それだけ人が集まった状況も、容易に理解できた。
(絵空ちゃんも見つからないし……少しだけ、覗いてみようかな?)
 思えば舞とは、昨年末の“第二回バトル・シティ大会”以来、顔を合わせていなかった。たぶん本選の場でも会えるだろうが、可能ならば軽く挨拶しておきたかった。
 その方向へ足を向け、人だかりの合間から、ひょいと中を覗き込む。
 そしてその対戦相手を見て――杏子はぎょっとし、目を丸くした。


「――わたしは……『ダーク・ヒーロー ゾンバイア』を攻撃表示で召喚!!」


 舞の相手をしているのは紛れもなく、今まさに杏子が捜索中の少女――神里絵空であった。


絵空のLP:4000
    場:ダーク・ヒーロー ゾンバイア
   手札:5枚
 舞のLP:4000
    場:ハーピィ・レディ・SB,伏せカード1枚
   手札:4枚

ダーク・ヒーロー・ゾンバイア  /闇
★★★★
【戦士族】
このカードはプレイヤーに直接攻撃をする事ができない。
このカードが戦闘でモンスターを1体破壊する度に、
このカードの攻撃力は200ポイントダウンする。
攻2100  守 500

ハーピィ・レディ・SB  /風
★★★★
【鳥獣族】
このカード名はルール上「ハーピィ・レディ」とする。
攻1800  守1300


「――バトルッ! ゾンバイアでハーピィに攻撃っ!」
 絵空は少しも迷わずに、自軍のモンスターに攻撃宣言を出していた。
 モンスターも迷わず、勢いよくハーピィへと飛び掛る。
「……甘いわね。リバースカードオープン! 『アマゾネスの弩弓(どきゅう)隊』!」
 舞の宣言とともに、5人の筋肉質な女戦士たちが展開される。彼女らはみな弓を構えており、その鋭利な矢尻を、目の前の黒き戦士へと向けていた。
「このカードの効果により……あなたのモンスターの攻撃力は、500ポイントダウンするわ!」

 ――シュバババババッ!

 放たれた矢は全て、ゾンバイアの両足を貫いた。たまらず彼は足を止め、苦悶の声を上げる。そんなことはお構いなしに、ハーピィは逆に躍りかかり、手にしたムチを大きく振るった。

 ダーク・ヒーロー ゾンバイア:攻2100→攻1600

 ――ビシィィィッ!!

「くう……っ」
 ゾンバイアの破壊とともに、絵空のライフがわずかに減少した。

 絵空のLP:4000→3800


「罠を警戒しないなんて……甘いわね、お嬢ちゃん?」
 舞は得意げな笑みを浮かべた。彼女の召喚したハーピィも、同様に、似たような嘲笑を浮かべてくる。
 だが――それを前にして、絵空もまた同じように、口元に笑みを浮かべていた。
(うーん……やっぱり罠だったね)
 心の中で話しかけ、苦笑を浮かべる。すると、彼女にだけ届く声が、腰に巻いたポシェットの中――パズルボックスから聞こえてくる。絵空の中に存在した、“もう一人の絵空”――裏絵空。彼女は半年前の事件を契機に、現在、遊戯から譲り受けたパズルボックスにその魂をとどめている。
『(……どう? 少しは緊張、ほぐれたかしら?)』
 その声に、絵空は大きく頷いてみせる。
 初めての、たくさんの観衆の前でのデュエル。緊張しないはずはない。だからこそ最初のターンは警戒せず、早々に攻勢に回ったのだ。
 『ゾンバイア』には申し訳ないが、先ほどの攻撃宣言のおかげで、肩の余分な力が取れたような気がする。
 絵空はめげることなく、手札から1枚のカードを選び出す。
「まだだよ……わたしは手札から魔法カードを発動。『遺言状』!」


遺言状
(魔法カード)
このターンに自分フィールド上の
モンスターが自分の墓地へ送られた
時、デッキから攻撃力1500以下の
モンスター1体を特殊召喚する事ができる。


(……! モンスターを破壊されたターン、デッキから新たなモンスターを展開できるカード……!)
 舞の表情がわずかにこわばる。絵空はデッキを手に取ると、少し迷いながらも一枚のカードを選び取る。
「わたしが特殊召喚するモンスターは……『シャインエンジェル』! 守備表示!」
 絵空の前に、翼を生やした天使が降り立ち、守備体勢をとる。


シャインエンジェル  /光
★★★★
【天使族】
このカードが戦闘によって墓地へ送られた時、
デッキから攻撃力1500以下の光属性モンスター
1体を自分のフィールド上に攻撃表示で特殊召喚する
事ができる。その後デッキをシャッフルする。
攻1400  守 800


「それから、カードを1枚伏せて……ターン終了だよ」
 そう宣言すると、絵空は顔を上げ、舞を正面から見据えた。


絵空のLP:3800
    場:シャインエンジェル,伏せカード1枚
   手札:3枚
 舞のLP:4000
    場:ハーピィ・レディ・SB,
   手札:4枚


(……なるほどね)
 正面の少女を冷静に観察しながら、舞はデッキに手を伸ばした。
(罠を警戒しなかったのは、『遺言状』が手札にあったから……悪くないわ。でも)
 舞は静かに、引き抜いたカードに視線を落とす。

 ドローカード:ハーピィの狩場

(あたしを初戦の相手に選ぶには……少し無謀だったかしら)
 舞は不敵な笑みを浮かべ、そのカードを盤にセットした。
「あたしはまず、フィールド魔法を発動するわ! 『ハーピィの狩場』!」


ハーピィの狩場
(フィールド魔法カード)
「ハーピィ・レディ」または「ハーピィ・レディ三姉妹」が
フィールド上に召喚・特殊召喚された時、フィールドに存在する
魔法・罠カード1枚を破壊する。
フィールド上に表側表示で存在する鳥獣族モンスターは
攻撃力と守備力が200アップする。


 ハーピィ・レディ・SB:攻1800→2000
             守1300→1500

「……! これは……」
 二人の間のフィールドが、何もない、辺境の荒野へと姿を変えた。
「このカードの効果により、フィールド上の鳥獣族モンスターの攻守は200アップするわ……! さらに、『ハーピィ・レディ1(ワン)』を攻撃表示で召喚!」
 舞のフィールドに新たに、二体目のハーピィが姿を現す。


ハーピィ・レディ1  /風
★★★★
【鳥獣族】
このカードのカード名は「ハーピィ・レディ」として扱う。
このカードがフィールド上に存在する限り、
風属性モンスターの攻撃力は300ポイントアップする。
攻1300  守1400


 ハーピィ・レディ1:攻1300→1600→1800
           守1400→1600
 ハーピィ・レディ・SB:攻2000→2300

「! 攻撃力が上がった……!」
 絵空の反応に、舞は満足げに笑んでみせる。
「『ハーピィ・レディ・1』の特殊能力よ。彼女は風を操ることに長けている……。彼女が場に存在することで、場の風属性モンスターは全て、攻撃力が300アップするのよ。さらに『狩場』の効果で200ポイントアップ。けれど、それだけじゃない……」
 舞のことばに応えるように、召喚されたハーピィは大きく飛び上がる。攻撃宣言を待つことなく、絵空めがけて飛び掛った。
「!? ええっ!?」
 絵空は思わず、場の伏せカードへ手を伸ばす。しかし、相手の攻撃宣言がされていないため、この状況では発動できない。

 ――ズバァァァァッ!!

 ハーピィの爪が、絵空の場のカードを切り裂く。切り裂いたのはモンスターではなく――伏せカード。
 舞の攻撃に備えていた罠カード『ドレインシールド』は、なすすべなく破壊され、墓地へ送られてしまった。
「『ハーピィの狩場』のもうひとつの効果……。場にハーピィちゃんが召喚されたとき、場の魔法・罠カードを一枚破壊するのよ」
「……!」
 狙いを崩され、絵空は大きく顔を歪めた。
「これであなたの場に、リバースカードはない……。行くわよ! 『ハーピィ・レディ1』で『シャインエンジェル』を攻撃! 爪牙砕断(スクラッチ・クラッシュ)!!」

 ――ズバァァァァッ!!

 先ほどと同じように、振り下ろした爪が天使を切り裂き、その立体映像が爆散する。
「く……! でもこの瞬間、『シャインエンジェル』の効果発動! デッキから、攻撃力1500以下の光属性モンスターを攻撃表示で特殊召喚するよ!」
 絵空は再び、盤からデッキを取り出した。絵空のことばを聞いても、舞の表情は崩れない。
(特殊召喚できるのは、所詮1500以下のモンスター……。しかも攻撃表示限定。もう一体のハーピィちゃんで、確実にダメージを与えられるわ)
 絵空は黙々とデッキを見返し、その中から一枚を抜き出す。
「わたしが場に出すのは……このモンスターだよっ!」
 絵空が勢いよく、盤にカードをセットする。そのモンスターを見て、舞の表情が豹変する。
「ハ、ハーピィ・レディ……?」
 そう――絵空が場に出したモンスターは、『ハーピィ・レディ』。正確には、身体に強化装備を付けたハーピィ――『ハーピィ・レディ・SB』である。
「ハ、『ハーピィ・レディ・SB』は風属性、しかも攻撃力は1800ポイント……。『シャインエンジェル』の効果では特殊召喚できないはずよ!?」
 絵空はふっと笑みを浮かべた。
「ううん。わたしが特殊召喚したのは、光属性・攻撃力0のモンスターだよ。その正体は……」


ものマネ幻術士  /光

【魔法使い族】
このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、
相手モンスター1体の元々の攻撃力・守備力・
種族・属性となる。
攻 0  守 0


「『ものマネ幻術士』は自身の幻術により、相手モンスター1体の姿を写し取り、同じステータスを得ることができるの。対象は当然……『ハーピィ・SB』!」

 ものマネ幻術士:攻0→攻1800
         守0→守1300
         ★→★★★★
         光属性→風属性
         魔法使い族→鳥獣族

「さらに……『ものマネ幻術士』は属性・種族も写し取ることができるからね。『ハーピィの狩場』と『ハーピィ1』の効果の恩恵も受けさせてもらうよ」

 ものマネ幻術士:攻1800→攻2000→攻2300
         守1300→守1500

(ステータスが完全に並んだ……!?)
 舞の動揺が、見る見るうちに顔色に表れた。『シャインエンジェル』から、まさかの強力モンスター召喚――計算が狂い、プレイに迷いが生まれる。
 場のハーピィたちも舞動揺、驚き戸惑いの表情を浮かべている。唯一、『幻術士』の化けたハーピィだけは、先ほどまでと同じ、余裕げな笑みを浮かべていた。
「……く……!」
 舞は交互に、手札と場の状況を見返した。
 仮にこのままターンを流せば、次のターン、絵空は『幻術士』で『ハーピィ1』を破壊しに来るだろう。そして今、舞の手札には、それを妨害するトラップは存在しない。
(ならばとるべき道は……一つしかない)
 長考の末に、舞はモンスターに宣言する。
「『ハーピィ・レディ・SB』! 『ものマネ幻術士』に攻撃っ!」
 二体のモンスターは同時に、互いに向けて飛び掛かる。
 全く同じ姿をした、同ステータスのモンスター。やるまでもなく、その戦闘の結果は見えていた。

 ――ズババァァッ!!!

 二体のハーピィは互いを裂き合い、同時に姿を消す。舞は大きく顔を歪めた。攻撃力2300、上級モンスター並みに強化したハーピィが、こうも簡単に倒されるなんて――と。
 そして気づく。自分の心にあった油断、驕りに。
 予選程度で、自分が負けるはずがない――そうした甘えが、舞の中には少なからず存在した。
(デュエルは一つのミスが、最終的に敗北へと繋がるゲーム……。この子は決して弱くない。油断すれば、足元をすくわれてしまう。ならば……)
「――あたしはカードを一枚伏せ……ターンエンドよ!」
 舞の瞳が、より一層に鋭さを増す。
(全力をもって――叩き潰す!!)

絵空のLP:3800
    場:
   手札:3枚
 舞のLP:4000
    場:ハーピィ・レディ1(攻1800),伏せカード1枚
   手札:2枚



決闘5 不発

「わたしのターン、ドロー!」
 絵空は勢いごんで、デッキからカードを引いた。

 ドローカード:強制転移

 カードを手札に加え、考える。
 ここまでの流れは悪くない。あの孔雀舞とも、ちゃんと互角に闘えている。問題は、どうやって優位に立つか。
(……わたしの手札に、攻撃力1800以上のモンスターはいない……。ここは様子見かな)
 手札から、三枚のカードを選び出す。そこでふと、周囲の決闘者たちの会話が耳に入ってきた。


「――オイ……あの子、結構すごくねえ?」
「――ああ。あの孔雀舞相手に、少しも負けてねえよ。大したモンだぜ」
「――打倒武藤遊戯、ってのも、あながち無謀じゃないかもな……」


 絵空の動きが止まる。
 表情が緩み、もっと褒めてと言わんばかりに、耳をそばだてた。


「――まだ小学生だろ? それなのに、これだけやれるとは……末恐ろしいな」
「――え、そうなのか? あの子が着てるの、学生服だろ?」
「――バカ、小学校でも学生服な所もあるだろ」
「――何だ、俺はてっきり、今年の春から中学生なのかと……」
「――いや、制服マニアな俺のデータベースによればだな……あれは童実野高校の女子制服のハズ」
「――え、あれ高校生なの? マジ?」
「――バカ、んなわけねえだろ。きっと姉ちゃんのお古とかだよ」
「――ただのコスプレ好きかも知れんぞ」
「――いやいや、飛び級の超天才児という説も……」


 外野ががやがやと、諸説を展開し始める。もはや話の矛先は、デュエルとは何の関係もなかった。
 「某組織の薬で小さくなった」説が有力視された辺りで、絵空の堪忍袋が破裂した。
「――小学生じゃないもん!! 正真正銘、今年17歳の高校生だもんっ!!!」
 ……ムキになって叫ぶ辺り、見るからに小学生であった。
『(……ちょっと。そんなことより、デュエルに集中しなさい! 負けるわよ!)』
「う〜っ……」
 絵空にしてみれば、「そんなこと」などではなかった。病院では散々「小学生」と間違えられたことがあり、それは絵空の、大いなるコンプレックスの一つなのだ。
「カードを2枚伏せて――『魂を削る死霊』を守備表示! ターン終了だよ!」
 絵空の場に現れたのは、鎌を携えた死霊モンスター。彼は実体を持たないため、戦闘で破壊されない無敵のモンスターだ。


魂を削る死霊  /闇
★★★
【アンデット族】
このカードは戦闘によっては破壊されない。
魔法・罠・効果モンスターの効果の対象に
なった時、このカードを破壊する。この
カードが相手プレイヤーへの直接攻撃に
成功した場合、相手はランダムに手札を
1枚捨てる。
攻 300  守 200


「あたしのターン! ドロー!!」
 先ほどまでとはまた違い、気迫のこもった調子で、デッキからカードを引く舞。

 ドローカード:万華鏡−華麗なる分身−

「見せてあげるわ……ハーピィデッキの真の恐ろしさを! 魔法カード発動! 『万華鏡−華麗なる分身−』!! このカードの効果により、ハーピィを三体に分身させる……出でよ、『ハーピィ三姉妹(レディース)』!!」


ハーピィ・レディ2(ツー)  /風
★★★★
【鳥獣族】
このカードのカード名は「ハーピィ・レディ」として扱う。
このモンスターが戦闘によって破壊した
リバース効果モンスターの効果は無効化される。
攻1300  守1400

ハーピィ・レディ3(スリー)  /風
★★★★
【鳥獣族】
このカードのカード名は「ハーピィ・レディ」として扱う。
このカードと戦闘を行った相手モンスターは、
相手ターンで数えて2ターンの間攻撃宣言ができなくなる。
攻1300  守1400


 ハーピィ・レディ2:攻1300→攻1600→攻1800
 ハーピィ・レディ3:攻1300→攻1600→攻1800

「!! 攻撃力1800のモンスターが、一気に三体……!?」
 絵空は驚き、目を見張った。恐ろしいほどの展開力。しかもその攻撃力も軒並み高い。並の下級モンスターでは手の付けようがないほどに。
「それだけじゃないわ。あたしの場に再び、ハーピィが特殊召喚された……『狩場』の効果発動! 魔法・罠カード一枚を破壊するわ!」
「……!!」
 絵空は思わず、視線を落とした。絵空の伏せカードは現在二枚。このいずれかを選択し、破壊してくるはず――そう考えたからだ。
「……甘いわね」
 舞が小さくほくそ笑んだ。
「あたしが破壊するのは――このカードよ!!」
 舞の宣言とともに、『ハーピィ2』と『3』が勢いよく振り返った。
「えっ……!?」
 絵空は、呆気にとられることになる。二体のハーピィは力を合わせ、よりにもよって――舞の場の伏せカードに爪を向けた。

 ――ズババァァッ!!

 引き裂かれる刹那、そのカードはリバースされたようだった。だが、その正体が何かも分からぬうちに破壊され、ソリッドビジョンが砕け散る。
「……!? プ、プレイングミス……!?」
 予想通りの反応。
 そうかしら、と舞は嘲るように笑ってみせた。

 ――ズドォォォンッ!!

「!?? えっ……ええっ!?」
 絵空は再び困惑する。唐突に、絵空の場の無敵モンスター『魂を削る死霊』が爆発し、破壊されてしまったのだ。
「種明かししてあげるわ……。あたしのハーピィが破壊したのはこのカード……『鎖付き爆弾(ダイナマイト)』!」


鎖付き爆弾
(罠カード)
このカードは攻撃力500ポイントアップの装備カードとなり、
自分フィールド上のモンスターに装備する。
装備カードとなったこのカードが他のカードの効果で破壊された場合、
全フィールド上からカードを1枚選択し破壊する。


「あたしは『狩場』の効果で破壊される寸前に、このカードを発動した……。その効果により、『魂を削る死霊』を破壊させてもらったわ。戦闘で破壊できない、厄介なモンスターだからね」
「……!」
『(流石は孔雀舞……ハーピィデッキの特長を、十二分に活かしているわ)』
 絵空は素直に頷いた。
 それでも、絵空は怖じけない。正面から舞を見据える、対等な決闘者として。
 これで絵空の場には、壁となるモンスターが一体も存在しない。ここで舞のハーピィ三体の攻撃が決まれば、絵空の敗北で勝負は決まる。
「いくわよ……ハーピィ・レディースで、プレイヤーへダイレクトアタック!!」
 舞のハーピィ三体が、翼をはためかせ、勢いよく襲い掛かってくる。絵空は迷うことなく、場の伏せカードに手をかけた。
「リバースカードオープン! 『スケープ・ゴート』ッ!」
 絵空の場に四体の、色違いの「身代わり羊」たちが現れた。

 ――ズバババァァァッ!!!

 そのうちの三体が、ハーピィの爪によって引き裂かれる。攻撃された羊たちは、みな、抵抗する素振りもなく消滅した。残された「羊」は早くも一体。だが彼らの犠牲のおかげで、絵空のライフは無傷である。
「やるわね……ターンエンドよ」
 悔しげな様子は微塵も見せず、舞はターンを終了した。


絵空のLP:3800
    場:羊トークン,伏せカード1枚
   手札:1枚
 舞のLP:4000
    場:ハーピィ・レディ1(攻1800),ハーピィ・レディ2(攻1800),
      ハーピィ・レディ3(攻1800),ハーピィの狩場
   手札:2枚


「いくよ……わたしのターン!」
 デッキからカードを引く前に、絵空は場の状況を確認した。
(この状況……このターンでいいカードを引かないと、かなり厳しいね)
 『万華鏡』を始めとする展開から、形勢は舞の方へと傾き始めている。このターンで挽回しなければ、一気に勝負を決められてしまうかも知れない。
(頼むよ……わたしのデッキ!)
 デッキに願いを込め、カードを1枚引き抜く。

 ドローカード:強欲な壺

「よし……手札から『強欲な壺』を発動! カードを2枚ドロー!」
 勢いごんで、さらに二枚を引く。デュエルにおいて、手札は可能性の数を意味する。多くのカードを引くほどに、デュエリストの可能性は広がっていく。
「……! あっ……」
 そして引いたカードのうちの一枚を見て、絵空の表情が変わった。
 わずかな間。何かを計算するかのように、視線があらぬ方向へ泳ぐ。
(――……!! やった……勝った!!)
 次の瞬間、そのカードを颯爽と持ち替え、決闘盤にセットする。
 引き当てたのは紛れもなく、絵空のデッキに存在する“最強のモンスター”。世界に五枚しか存在しない、絵空のデッキで間違いなく最高のレア度を誇るカード。
「わたしは、墓地に眠る『シャインエンジェル』と『魂を削る死霊』をゲームから除外して……」

 ――カァァァァァッ……!!

 絵空のフィールドに、二本の光の柱が立つ。
 一つは黄金、もう一つは漆黒。二本はすぐに混じり合い、その中から、一人の混沌戦士が姿を現す。
「……特殊召喚! 『カオス・ソルジャー ―開闢の使者−』っ!!」


カオス・ソルジャー −開闢の使者−  /光
★★★★★★★★
【戦士族】
このカードは通常召喚できない。
自分の墓地の光属性と闇属性モンスターを1体ずつゲームから除外して
特殊召喚する。自分のターンに1度だけ、次の効果から1つを選択して
発動ができる。
●フィールド上に存在するモンスター1体をゲームから除外する。
この効果を発動する場合、このターンこのカードは攻撃する事ができない。
●このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊した場合、もう1度だけ
続けて攻撃を行う事ができる。
攻3000  守2500


「!? カオス・ソルジャーですって!?」
 召喚されたモンスターを見て、舞の表情がこわばった。昨年のこと、決闘王国のトーナメントで、遊戯の『カオス・ソルジャー』に倒されたときのことを思い出す。
(伝説の剣闘士、カオス・ソルジャー……。でもどういうこと!? あのときとは召喚条件が違う。儀式モンスターじゃない……!?)
 唐突な強力モンスターの出現に、舞はたまらず狼狽した。
 攻撃力3000のモンスターを、こうも簡単に――でも、と舞は思い直す。
「まだよ……。あたしの場のハーピィ三姉妹は、その力を合わせることで攻撃力を2700まで上昇可能! さらに『ハーピィ1』と『狩場』の効果で、攻撃力3200……! わずかだけれど、届かない!」
 舞の場のハーピィたちは、身を寄せ、『カオス・ソルジャー』に対抗しようとする。
「こっちもまだだよ。リバーストラップ発動! 『砂塵の大竜巻』!」


砂塵の大竜巻
(罠カード)
相手フィールド上の魔法または罠カード1枚を
破壊する。破壊した後、自分の手札から
魔法か罠カード1枚をセットする事ができる。


 巨大な竜巻が発生し、それは舞の場のカードを襲う。
「このカードの効果で、『ハーピィの狩場』を破壊するよ!!」

 ――ビュォォォォォッ!!

 竜巻が、舞の場のフィールド魔法を吹き飛ばす。結果、周囲を覆っていたソリッドビジョンは消え、地面はただのアスファルトへと姿を戻す。

 ハーピィ・レディ1:攻1300→攻1600
 ハーピィ・レディ2:攻1300→攻1600
 ハーピィ・レディ3:攻1300→攻1600

「……! ハーピィたちの攻撃力が……!」
 舞は顔をしかめた。これでは三姉妹の力を結束したところで、『カオス・ソルジャー』と相撃ちまでしか望めない。
 しかし元々、絵空の狙いは相撃ちなどではない。
 このターンで舞のライフを0にすること――そのための布石は、すでに整っている。
「『砂塵の大竜巻』の効果により、手札のカード1枚を場にセットするよ。さらに、『羊トークン』を攻撃表示に変更して……リバースマジック発動! 『強制転移』っ!」
「!? 強制転移ですって!?」


強制転移
(魔法カード)
お互いが自分フィールド上モンスターを1体
ずつ選択し、そのモンスターのコントロール
を入れ替える。選択されたモンスターは、
このターン表示形式の変更は出来ない。


「このカードの効果によって、互いのプレイヤーは、モンスターを一体ずつ交換しなければならない。わたしが選ぶのは当然、攻撃力0の『羊トークン』だよ」
 舞の頬を、汗が伝う。
 明らかな動揺と焦りが、舞の表情に浮かび上がる。
(何て攻め方をするの、この子……! 守勢に回っていた今までとはまるで違う。畳み掛けるように攻めて来る……!!)
 絵空の手による怒涛の攻めに、舞の心がわずかに怯む。
 もともと絵空は、打たれ強く、じっくり堅実に攻めるようなタイプの決闘者ではない。どちらかと言えば攻めに特化し、ペースを強引に掴み取るタイプ――ある意味では、舞と同種の決闘者。
「……。あたしは、『ハーピィ・レディ2』を選ぶわ……」
 口惜しげに、ハーピィ一体のコントロールを移動させる。
 これで、『三姉妹』の攻撃を結集し、『カオス・ソルジャー』に対抗する目論見は崩れたことになる。


絵空のLP:3800
    場:カオス・ソルジャー −開闢の使者―,ハーピィ・レディ2(攻1600)
   手札:1枚
 舞のLP:4000
    場:ハーピィ・レディ1(攻1600),ハーピィ・レディ3(攻1600),羊トークン
   手札:2枚


(上手くいった……! これで――勝てる!)
 勝利を確信する絵空。勢いごんで宣言し、バトルフェイズに入る。
「まずは……『ハーピィ・レディ2』で『ハーピィ・レディ3』を攻撃っ!」

 ――ズババァァッ!!

 二体のハーピィが互いを攻撃し、相撃ちとなる。
 自分のモンスター同士が争い合い、破壊されるのは、見ていていい気分ではない。舞は不愉快げに眉をしかめる。
「――さらに! 『カオス・ソルジャー ‐開闢の使者‐』で……『ハーピィ・レディ1』を攻撃! カオスブレードッ!!」
 『カオス・ソルジャー』は、手にした剣を両手に構えると、ハーピィめがけて躍りかかった。

 ――ズバァァァッ!!!

「!! くうっ……!!」
 彼の剣は難なく、眼前のハーピィを両断し、破壊した。その衝撃は舞にも伝わり、決闘版のライフ表示が大きく変動する。

 舞のLP:4000→2600

(……これで、あたしの場のハーピィは全滅……! やってくれるわ)
 舞は舌打ちをひとつした。だが、攻撃表示の「羊トークン」を破壊されなかったのは、不幸中の幸いとも思えた。
 ライフはまだ2600、十分にある。まだまだ逆転は可能――そう思っていた。
 だが、絵空の思わぬ発言が、彼女の思考に水をさす。
「次のターンはないよ。舞さんの場のモンスターを破壊したことで……『開闢の使者』の特殊能力発動! このターン、『開闢の使者』は追加攻撃が許される!」
「!!? 何ですって!?」
 舞の表情が、一気に青ざめる。
 現在、舞のライフは2600。逆転を狙うには十分な数値だが、攻撃力3000の連続攻撃を受けきるには足りない。
(攻撃力3000で、追加攻撃可能……! そんなバカな!?)
 舞の手札には、この状況に対応できるカードはない。絵空のことば通り、追加攻撃を受ければ敗北が決まる。
「いくよ……! 『開闢の使者』の追加攻撃! 開闢双破斬!!」
「ッ!!」
 舞は思わず身構えた。
 だから――“その異変”には、すぐに気づくことができなかった。


「……えっ……?」
 先に驚きを漏らしたのは、絵空の方だった。
 周囲がざわざわと囁き出す。
 舞は唖然とし、目をしばたかせる。

 ――『開闢の使者』は、絵空の指示に従わなかった。

 彼はピクリとも動くことなく、絵空のフィールドで仁王立ちしている。
(攻撃……しない……!??)
 絵空の瞳が、驚きに見開かれた。


絵空のLP:3800
    場:カオス・ソルジャー −開闢の使者―
   手札:1枚
 舞のLP:2600
    場:羊トークン
   手札:2枚



決闘6 信じるしもべ(前編)

「え……? あれ……?」
 絵空はすぐには、その事態を呑み込むことができなかった。
 モンスターが攻撃しない――なぜ攻撃しないのか、理由が全く分からない。
(い……今わたし、『攻撃』って言ったよね? 言い間違えてないよね??)
 心の中で、確認する。もちろん、自分の中の“もうひとりの自分”に問いかけるために。
『(え……ええ。確かにそのはずだけど……)』
 裏絵空もまた、動揺していた。
 しかし、もしかしたら本当に言い間違えたのかも知れない――そう思い、もう一度丁寧に言い直してみた。
「かっ、『カオス・ソルジャー −開闢の使者―』で攻撃! 対象は『羊トークン』だよっ!」
 しかし動かない。
 『カオス・ソルジャー −開闢の使者―』は、まるで絵空に反目するかのごとく、微塵も動かず、その場に屹立している。
(どっ、どういうこと?? 決闘盤の故障っ!??)
 再び絵空は、困惑の坩堝に叩き落される。考えて見れば、決闘盤を用いたデュエルで、このカードを召喚したのは初めてだ。

 まさか――絵空と裏絵空の脳裏に、一つの懸念が浮かび上がった。

『(……もしかしたら……世界に五枚しかないカードだから、KCのカードデータベースに登録されていないのかも……)』
「うえええええっ!!??」
 絵空が素っ頓狂な悲鳴を上げた。
「じゃっ……じゃあ、このソリッドビジョンは!? ソリッドビジョンはちゃんと出てるよ!?」
『(……もしかしたらだけど……『開闢の使者』じゃないのかも)』
「……!? ど、どーゆーこと??」

 つまり――場に現れているソリッドビジョンは、『カオス・ソルジャー −開闢の使者―』ではなく、儀式モンスターの『カオス・ソルジャー』のもの。未登録のカードであるものの、『開闢の使者』は紛れもなくI2社製のカード。結果として決闘盤は、そのカードを儀式モンスター『カオス・ソルジャー』として誤認識し、映像化したのかも知れない、というのが裏絵空の弁だ。

「たっ、ただの『カオス・ソルジャー』なの!? ウソでしょ!?」
 モンスターを指差し、顔を下ろして裏絵空に抗議する。世界に三枚しかない(しかも個人が独占している)『青眼の白龍』や、一枚ずつの神のカードはちゃんと出るのに、と。
 それにつけても、“ただの”とは散々な言われようだ。これでも“伝説の剣闘士”なのに……。
 『カオス・ソルジャー』が心なしか、背中で泣いているようだった。

(……?! さっきから、何を独り言つぶやいているの……?!)
 舞は先ほどとは別の意味で、呆気にとられていた。周囲で観戦していた決闘者たちも、絵空を奇異なものを見るような目で、観察してきている。

『(とっ……とにかく落ち着きなさい。特殊能力は使えなくても、攻撃力3000のモンスター。活躍は十分に期待できる。相手の場には「羊トークン」のみ……こちらの優勢は変わらないわ!)』
「! そ、そっか! そうだよね!」
 脳内会議を終えた絵空は、とにかくゲームを続けることに決めた。言われて見れば『カオス・ソルジャー』も、あの『青眼の白龍』と同等の能力値を誇っているのだ。これ以上の文句を言っては、バチが当たるであろう。
 『カオス・ソルジャー』の背中が、先ほどよりも頼もしく思えてきた。

「わたしはこれで、ターン終了だよっ!」

 ――ジッ……ジジジッ……

 しかし次なる異変が、少女を襲うことになる。
 『カオス・ソルジャー』のソリッドビジョンが、少しずつノイズを交え安定しなくなってきた。
「……へっ……?」
 絵空の目が点になる。
 『カオス・ソルジャー』のソリッドビジョンは、次の瞬間には何もなかったかのように――忽然(こつぜん)と、姿を消してしまった。
『(……儀式モンスター版『カオス・ソルジャー』の召喚条件も満たしていないし……当然かもね)』
 むしろ1ターン活躍してくれただけでも、奇跡と呼べるのかも知れない。
 二人の絵空は揃って、頭を抱え込んでしまった。


絵空のLP:3800
    場:
   手札:1枚
 舞のLP:2600
    場:羊トークン
   手札:2枚


 『カオス・ソルジャー』の消滅により、絵空のフィールドはがら空きだ。対する舞のフィールドにも、戦闘能力皆無のトークンのみ。
(……ゲームを進めていいのかしら……?)
 独り言を続ける絵空を前に、舞が顔をひきつらせ、ぎこちない様子でカードを引く。引き当てたのはトラップカード。
 少し躊躇いながらも、手札から一枚のカードを選び出す。
「よく分からないけど、ゲームを進めさせてもらうわよ! あたしは『ネフティスの導き手』を召喚! そして……特殊能力を発動!」
「!」
 舞の宣言により、絵空はようやく我に返った。

 ――ドシュウウウウッ!!!

 舞の場の二体のモンスター――『ネフティスの導き手』と『羊トークン』が、光の渦に包まれる。やがてその光は赤みを帯び、炎へと変わっていく。


ネフティスの導き手  /風
★★
【魔法使い族】
このカードを含む自分フィールド上のモンスター
2体を生け贄に捧げる事で、デッキまたは手札から
「ネフティスの鳳凰神」1体を特殊召喚する。
攻 600  守 600


「このカードの効果によりデッキから……あたしのデッキの最強モンスターが特殊召喚されるわ。見せてあげる、最高レベルのレア度を誇る、最上級の鳥獣モンスター……『ネフティスの鳳凰神』!!」
「!? ネフティスの鳳凰神!?」
 聞いたことがあった。
 世界に十数枚しか存在しないと言われる、超レアモンスター――『ネフティスの鳳凰神』。神のカードや『青眼』に比べれば見劣りするものの、コアなカードコレクターなら幾ら積んでも手に入れたい、最高レベルのレアカードだ。
 燃え上がる炎の中から、金色の鳳凰が姿を現す。見るからに美しく、華麗なモンスター。厳かに現れたそれは、炎をまとった翼を動かし、宙へと羽ばたいた。


ネフティスの鳳凰神  /炎
★★★★★★★★
【鳥獣族】
このモンスターがカードの効果によって破壊された場合、
次の自分のスタンバイフェイズ時にこのカードを特殊召喚する。
この方法で特殊召喚に成功した場合、
フィールド上の魔法・罠カードを全て破壊する。
攻2400  守1600


(そんな、レベル8の最上級モンスターだなんて……!)
 絵空は思わず、自分のフィールドを見返した。『カオス・ソルジャー』の消滅により、残されたカードは1枚もない。さらに手札にも、ライフコスト付きの魔法カードが一枚きり。
「いくわよ……! 『ネフティスの鳳凰神』の攻撃! エターナル・ブレイズッ!!」

 ――ズドォォォォッ!!!

 ネフティスの口から、強烈な勢いで炎が放出される。
 それは絵空を直撃し、その身を焦がし、焼き尽くさんとする。
「――きゃあああああっ!?」
 ソリッドビジョンと分かっていても、あまりの迫力に悲鳴をあげずにはいられなかった。

 絵空のLP:3800→1400

「う……くうっ……!」
 たまらず尻餅をつき、うなだれてしまう。
 絵空の全身からは、先ほどの攻撃の名残として、所々から煙が上がっていた。
「まずはこれで逆転……ね」
(立ち直す暇なんて与えない……。この最強モンスターで、一気に押し切る!!)
 それを好機と睨み、舞の瞳が鋭さを増した。

「カードを二枚伏せて――ターンエンド!」
「…………」
 呆然と、絵空はネフティスを見上げていた。立ち上がることも忘れ、ただただ見上げていた。
『(――しっかりしなさい!! あなたのターンよ!!)』
「えっ……? あ、うん……」
 よろけながら、ゆっくりと立ち上がる。

 上級モンスターの一撃には、数値上の単純な破壊力のみならず、相手の戦意を砕く効果がある。
 特に、『カオス・ソルジャー −開闢の使者―』という最強カードを、予想外の形で失った直後の大逆転――絵空の心を折るのには、十分過ぎる威力があった。一度勝利を確信しただけに、絵空の精神的ダメージは尋常ならぬものだった。

(わたしの手札はたった一枚……。しかも、1000ポイントもライフコストが必要なカード。これを使ったらもう、ライフは400しか残らない……)
 ネフティスを倒せたとしても、ライフはほとんど残らない。逆転を狙おうにも、手札がない。
(ダメだ……勝てないよ……)
 絵空は心で自嘲した。初戦の相手に舞を選んだことを、心の底から後悔する。

 何て身の程知らずだったんだろう――そんなふうにさえ思ってしまう。

「わたしのターン……ドロー」
 絵空の覇気は、消えていた。
 弱々しい様子でカードを引き、視界に入れる。

 ――ドクンッ……!

「――……!」
 しかし――ドローカードを見て、顔色が変わる。
 絶望に囚われかけた心に、希望が宿る。

 何故だろう――このカードを手にすると、不思議な力が沸いてくる。

 理由なんて分からない。
 『開闢の使者』に比べれば使いづらいし、レア度も全然高くないモンスター。

 けれどこれを手にすると、勇気が沸いてくる。がんばろうと思えてくる。

 何故なんだろう――絵空はそれを知らない。覚えていない。
 どうやって手に入れたものなのか、それさえも忘れてしまった。けれど――

「ライフを1000支払い……魔法カード発動! 『簡易融合(インスタント・フュージョン)』!」
「!? この状況でライフコストを……!?」
 舞の表情がわずかに曇った。


簡易融合
(魔法カード)
1000ライフポイントを払う。
レベル5以下の融合モンスター1体を特殊召喚する。
この効果で特殊召喚した融合モンスターは
攻撃する事ができず、エンドフェイズ時に破壊する。
「簡易融合」は1ターンに1度しか発動できない。
(この特殊召喚は融合召喚扱いとする)


 絵空のLP:1400→400

「このカードの効果により、1ターンのみ、レベル5以下の融合モンスターを呼び出すことができるよ。わたしはこの効果で……『黒き人食い鮫』を特殊召喚!」



黒き人食い鮫  /水
★★★★★
【魚族】
「シーカーメン」+「キラー・ブロッブ」+「海原の女戦士」
攻2100  守1300


(瞳に戦意が戻った。一体、何をするつもり……!?)
 『簡易融合』から呼び出されたのは、何の効果ももたない融合モンスター。攻撃力もネフティスに及ばない。それどころか、攻撃宣言すら許されないモンスター。
「……わたしは、『黒き人食い鮫』を生け贄に……」

 ――ドシュゥゥゥッ……!!

 モンスターが、光の渦に包まれる。

 何故だろう――このカードを見ていると、力が沸いてくる。
 誰かが背中を押してくれている、そんな気持ちになってくる。

「――『偉大(グレート)魔獣 ガーゼット』を……召喚っ!!」


偉大魔獣 ガーゼット  /闇
★★★★★★
【悪魔族】
このカードの攻撃力は、生け贄召喚時に
生け贄に捧げたモンスター1体の元々の
攻撃力を倍にした数値になる。
攻 0  守 0


 一転して召喚されるのは、グロテスクな形をした、禍々しい雰囲気のモンスター。
 『開闢の使者』や『ネフティス』に比べれば、外見も能力も、見劣りしがちなカード。

 最強からは程遠い。絵空のデッキとの相性も、決して良くはない。
 けれど紛れもなく、このカードは――絵空が最も信頼する、“最高のカード”。

「『ガーゼット』の攻撃力は、生け贄に捧げたモンスターの攻撃力の倍! よってその攻撃力は――4200ポイント!」

 偉大魔獣 ガーゼット:攻0→攻4200

(攻撃力4200……! 神クラスじゃない!!)
 思わぬモンスターの登場に、舞の顔に焦りが浮かぶ。
 最上級モンスター『ネフティス』の攻撃力を、1800も上回る――爆発力だけならば、最高レベルのモンスター。
(ここで攻撃を通せば、1800ポイントのダメージ……!!)
 舞は視線を落とし、自身の伏せカードを確認する。舞の脳裏に、一つの迷いが生まれる。
「いっくよお……! 『偉大魔獣 ガーゼット』の攻撃っ!」
 『ガーゼット』はその巨体を飛び上がらせ、宙を舞う『ネフティス』へと殴りかかる。
 絵空も空いた右拳で“グー”をつくり、『ガーゼット』同様にそれをかざした。
「――グレート・パンチッ!!!」
 『ガーゼット』は『ネフティス』を叩き落さんと、右拳を勢いよく叩きつけた。
 だが次の瞬間――『ネフティス』の覆っていた炎が、瞬間的に勢いを増した。
 舞の場の、罠カードが発動されたのだ。
「――リバーストラップ発動! 『ゴッドバードアタック』ッ!!」


ゴッドバードアタック
(罠カード)
自分フィールド上の鳥獣族モンスター1体を生け贄に捧げる。
フィールド上のカード2枚を破壊する。


「このカードは『ネフティス』を生け贄に、場のカード2枚を破壊するカード……! ガーゼットの攻撃は通さないわ!」

 ――バシィィィィィッ!!!!!

 『ネフティス』の全身を覆う、“炎の鎧”。その姿は、神のカード『ラーの翼神竜』の特殊形態をも彷彿とさせる。
 攻撃力4200を誇る一撃でも、それを破ることはできない。一撃を防がれたガーゼットは、バランスを崩しながらも着地し、体勢を整える。
(とはいえこのカード……威力は強力だけど、発動タイミングも選ぶのよね)
 相手の攻撃を防いだにも関わらず、舞の表情は優れない。
 舞は顔をしかめたまま、場の状況を確認した。


絵空のLP:400
    場:偉大魔獣 ガーゼット(攻4200)
   手札:0枚
 舞のLP:2600
    場:ネフティスの鳳凰神,ゴッドバードアタック,伏せカード1枚
   手札:0枚


(『ゴッドバードアタック』は、場のカード2枚を“必ず”選択し、破壊しなければならないカード……! 相手の場に『ガーゼット』しかいない以上、あたしの場の伏せカードも一緒に破壊しなければならないわけだけど……)
 問題は――この状況で、その伏せカードを発動させるべきか否か。
 現在のところ、お互いの手札の枚数は0だ。つまり、このままでは毎ターンの“引き”に全てを託すことになる。それは非常にリスキーな展開であり、好ましくない状況だ。
「仕方ない……『ゴッドバードアタック』で破壊される前に、このカードも発動しておくわ! 『天よりの宝札』!」

 ――ズドォォォォッ!!!

 伏せカードの発動を合図にしたかのように、『ネフティス』の全身を覆う炎が爆発し、さらに勢いを増した。
 その勢いのまま飛び上がると、『ネフティス』は『ガーゼット』へ特攻を仕掛けた。

 ――ズドォォォォンッ!!!!!

「!! きゃあ……っ!!」
 凄まじい衝撃とともに、『ガーゼット』の全身は焼き尽くされ、爆散する。
 しかしそれでは足りないのか、勢い余った『ネフティス』は、舞の場に舞い戻り、『天よりの宝札』を焼き尽くす。
 そこでようやく動きを止め、『ネフティス』はその炎とともに勢いを失い、消滅した。この場合には、『ネフティス』の特殊能力が発動することもない。舞にしてみれば、非常に痛い損失であった。
「……そして、『天よりの宝札』の効果処理。互いのプレイヤーは手札が6枚になるよう、カードをドローするわ」
(……! よしっ!)
 絵空と舞の二人は、それぞれ6枚ずつカードを引く。絵空はその6枚を、丁寧に確認した。
 『ガーゼット』の攻撃は成功せず、破壊されてしまった――だが、その攻撃は無駄だったわけではない。結果として『ネフティス』を除去することに成功し、加えて舞の『天よりの宝札』で手札を補充することができた。
(ありがとね……『ガーゼット』)
 その犠牲を無駄にしないためにも――諦めるわけにはいかない。
「カードを1枚伏せて……ターンエンド!」
 手札に存在する2枚のトラップのうち、1枚を伏せてターンを終えた。

 劣勢は変わっていない。残されたライフポイントも、風前の灯。
 けれど絵空の瞳には、先ほどとは違い、確かな希望が映されていた。

絵空のLP:400
    場:伏せカード1枚
   手札:5枚
 舞のLP:2600
    場:
   手札:6枚



決闘7 信じるしもべ(後編)

「あたしのターン、ドロー!」
 舞はカードを引くと、絵空の場のリバースカードを見つめ、顔をしかめた。
(あれは恐らく、このターン、あたしの攻撃を防ぐトラップ……。今あたしの手札には、相手の伏せカードを除去できるカードはない……)
 手札を見つめ、顔をしかめる。思ったよりいいカードが、手札に揃わなかったのだ。
(とは言え、相手のライフは残り400。攻撃を躊躇するわけにはいかないわ!)
「あたしは、墓地の『ネフティスの導き手』をゲームから除外し……『シルフィード』を特殊召喚!!」
 舞のフィールドに、風を操る天使が颯爽と現れた。


シルフィード  /風
★★★★
【天使族】
このカードは通常召喚できない。
自分の墓地の風属性モンスター1体をゲームから除外して特殊召喚する。
このカードが戦闘によって破壊され墓地に送られた時、
相手はランダムに手札を1枚捨てる。
攻1700  守 700


「いくわよ……バトル! 『シルフィード』で、プレイヤーにダイレクトアタック!」
 風を操り、身軽そうに跳びかかると、絵空めがけて武器を振るう。

 ――ガキィィンッ!!

「!? なっ……!?」
 絵空が発動したのは、通常とは少し異なる、特殊なトラップカード。
「リバースカードオープン……。トラップモンスター『アポピスの化身』!」
 絵空の場には、剣と盾を携えた、大蛇の姿をしたモンスターが現れていた。『シルフィード』による攻撃は、その頑丈な盾により、しっかり受け止められている。

 アポピスの化身:守1800

「アポピスの化身の守備力は1800……。少しだけど、反射ダメージを受けてもらうね」
「……っ……!」

 舞のLP:2600→2500

「あたしはカードを2枚伏せて……ターン終了よ!」
「わたしのターン、ドロー!」

 ドローカード:サイバー・ドラゴン

「……! いくよ……! わたしは『アポピスの化身』を生け贄に捧げて――『雷帝ザボルグ』召喚っ!」
 蛇の戦士が姿を消し、新たに、雷を操る戦士が召喚される。


雷帝ザボルグ  /光
★★★★★
【雷族】
このカードの生け贄召喚に成功した時、
フィールド上のモンスター1体を破壊する。
攻2400  守1000


 ――バチッ……! バチチッ!!

 その両拳には雷が宿っており、それらが激しく火花を散らす。
「――そして、特殊能力発動! このモンスターの生け贄召喚に成功したとき、場のモンスター1体を破壊できる! いっけぇ、ザボルグ――雷光一閃っ!!」
 ザボルグは振りかぶると、右拳を大地に突き立てた。

 ――バヂヂヂヂヂッ!!

 電撃が地を走り、敵モンスターを襲う。
 それはシルフィードを直撃し、一瞬にして焼き尽くした。
「くっ……!?」
 舞の顔に焦りが浮かぶ。
「これで場はがら空き……! ザボルグでダイレクトアタックっ!」
 今度は、両掌に集中した電撃を、舞めがけて一直線に放出する。
 舞は一瞬、場の伏せカードを確認した。そのカードを発動すれば、ザボルグの直接攻撃を防ぐことはできる。
 だが舞はあえて、このタイミングではそのカードを発動させなかった。

 ――バヂィィィィッ!!!

「――!! くぅ……っ!」
 上級モンスターの一撃をモロに受け、舞の身体が震えた。

 舞のLP:2500→100

(よしっ…! 逆転だ!)
 対照的に、絵空はガッツポーズを決めてみせる。

 逆転といっても、すでに互いのライフは残りわずか。次に一撃を受けた方が負けとなる――そういう、際どい局面であった。
「わたしはさらに、カードを二枚伏せて……ターン終了だよっ」
 二人の場にはそれぞれ、二枚ずつの伏せカードが並んだ。
「あたしのターン……ドロー!」

 ドローカード:天使の施し

「……! あたしは魔法カード『天使の施し』を発動! デッキから三枚引き、二枚を墓地へ置くわ!」

 ドローカード:ハーピィ・クイーン,銀幕の鏡壁(ミラーウォール),ハーピィ・クイーン

(……! よし!)
 良いカードを引けたことで、舞の瞳に強さが宿る。少し考えてから、二枚のカードを墓地へ送った。
「いくわよ……! あたしはカードを一枚セットし、『ハーピィズペット仔竜(ベビードラゴン)』を召喚! 攻撃表示!」
 舞の場に、新たなモンスターが召喚される。それは、あまりに小さな子供の竜。その攻撃力はたった1200。デュエル終盤で召喚されるには、あまりにも頼りないモンスター。
「確かに……この子は、一体では何もできない未熟なモンスターよ。でもね、守るべき“主(あるじ)”を得ることで、真の力を発揮する……! いくわよ、これがあたしの真の切り札! リバースカードオープン! 『ヒステリック・パーティー』!!」


ヒステリック・パーティー
(永続罠カード)
手札を1枚捨てる。
自分の墓地に存在する「ハーピィ・レディ」を可能な限り特殊召喚する。
このカードがフィールド上から離れた時、
このカードの効果で特殊召喚したモンスターを全て破壊する。


(あたしのデッキで“最強のモンスター”は、間違いなく『ネフティスの鳳凰神』……。でも、あたしが一番信頼する、“最高のモンスター”は――)
 舞は手札1枚を墓地へ置き、新たに、4枚のカードを取り出した。
「――蘇れ、ハーピィ・レディーたち!!」
 舞のフィールドに次々と、ハーピィたちが展開されていく。『ハーピィ・レディ1』、『ハーピィ・レディ・SB』、そして――『ハーピィ・クイーン』2体。


ハーピィ・クイーン  /風
★★★★
【鳥獣族】
このカードを手札から墓地に捨てる。
デッキから「ハーピィの狩場」1枚を手札に加える。
このカードのカード名は、フィールド上または墓地に
存在する限り「ハーピィ・レディ」として扱う。
攻1900  守1200


(!? モンスターが一気に五体……!?)
 予想だにせぬ反撃に、絵空は驚愕した。だが、召喚された四体のモンスターはいずれも、絵空のザボルグを倒すには力量不足のモンスター――そのはずだった。

 ハーピィズペット仔竜:攻1200→2400
            守600→1200


ハーピィズペット仔竜  /風
★★★★
【ドラゴン族】
このカードは自分フィールド上に存在する「ハーピィズペット仔竜」を除く
「ハーピィ」と名のついたモンスターの数により効果を追加する。
1体:このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
相手は自分フィールド上に存在する「ハーピィズペット仔竜」を除く
「ハーピィ」と名のついたモンスターを攻撃対象に選択できない。
2体:このカードの元々の攻撃力・守備力は倍になる。
3体:1ターンに1度、相手フィールド上のカード1枚を
破壊する事ができる。
攻1200  守 600


「!! 攻撃力が上がった……!!」
「言ったでしょう? この子は“主”を得ることで、真の力を発揮する……! 場にハーピィが二体以上いるとき、攻撃力が倍になるわ! さらに、『ハーピィ1』の効果……フィールドの風属性モンスターは全てパワーアップする!」

 ハーピィズペット仔竜:攻2400→攻2700
 ハーピィ・クイーン:攻1900→攻2200
 ハーピィ・クイーン:攻1900→攻2200
 ハーピィ・レディ・SB:攻1800→攻2100
 ハーピィ・レディ1:攻1300→攻1600

「……!! 仔竜の攻撃力が、ザボルグを上回った……!」
 それだけではない。舞の場にはまだ、攻撃力2000超のモンスターが三体もいる。過剰なまでの展開力――それこそが、ハーピィデッキの真の恐ろしさ。
 先ほどまでがら空きだった舞のフィールドはすでに、五体もの強力モンスターで、所せましと埋め尽くされていた。


絵空のLP:400
    場:雷帝ザボルグ,伏せカード2枚
   手札:3枚
 舞のLP:100
    場:ハーピィズペット仔竜(攻2700),ハーピィ・クイーン(攻2200)×2,
      ハーピィ・レディ・SB(攻2100),ハーピィ・レディ1(攻1600),
      ヒステリック・パーティー,伏せカード2枚
   手札:2枚


「それだけじゃないわ……さらに、場にハーピィが三体以上いるとき、仔竜は1ターンに1度、相手の場のカード一枚を破壊できる。あたしが破壊するのは……そうね」
 余裕を含んだ笑みのまま、舞はふと腕を組み、思考する。
(あたしの仔竜が攻撃力で上回った今、ザボルグは大した脅威じゃない……。むしろ警戒すべきは、トラップ。仮にミラーフォースでも伏せられていたら、目も当てられないわ。ならばここは――)
「――あたしが破壊するのは……あなたの場の、リバースカード!」
 2枚のうち1枚を選ぶ。すると、仔竜はそのカード目掛けて、勢いよく炎を噴き出した。
「そうはさせないよ……! トラップオープン! 『和睦の使者』!!」
 絵空も負けじと、そのカードを開いた。


和睦の使者
(罠カード)
相手モンスターからの戦闘ダメージを、
発動ターンだけ0にする。


 現れた使者たちの力により、絵空のフィールド全体が、半透明のバリアに覆われた。
「これでこのターン、わたしの受けるダメージは0……! 舞さんのハーピィたちの攻撃も無効になるよ!」
「やるわね……。あたしはこれで、ターン終了よ」
 口惜しげな様子もなく、舞はターンを終了した。

(粘るわね……! でもどのみち、次のターンで終わりよ!)
 2枚のリバースのうち、一枚を見つめてほくそ笑む。


誘惑のシャドウ
(魔法カード)
このカードの魔力が備わった者は敵を
戦闘ホルモンによって誘惑し攻撃を強制することができる


 絵空のメインフェイズ終了と同時に『誘惑のシャドウ』を発動すれば、次の舞のターンを待つことなく、絵空のモンスターに攻撃を強制することができる。そうなれば――それを仔竜で迎撃し、ダメージを与えることができる。
 さらに、その隣のもう一枚のリバースカード――それは舞のデッキでも二番目のレアリティを誇る、超強力な永続罠カード。
 死角のない、磐石の体制。舞はすでに心の中で、ほとんど勝利を確信していた。


(この状況……かなりマズイ……!!)
 対する絵空は冷や汗をかきながら、自分の手札を見返した。

 絵空の手札:早すぎた埋葬,禁忌の合成,サイバー・ドラゴン


早すぎた埋葬
(装備魔法カード)
800ポイントライフポイントを払う。
自分の墓地からモンスターカードを1体選んで
攻撃表示でフィールド上に出し、このカードを
装備する。このカードが破壊された時、
装備モンスターを破壊する。

禁忌の合成
(魔法カード)
自分の場または墓地にそれぞれ存在する「ガーゼット」と名の付く
モンスターと他のモンスター1体をゲームから除外し、融合させる。
この効果で融合召喚したモンスターが場を離れたとき、
そのモンスターの元々の攻撃力分のダメージをプレイヤーは受ける。

サイバー・ドラゴン  /光
★★★★★
【機械族】
相手フィールド上にモンスターが存在し、
自分フィールド上にモンスターが存在していない場合、
このカードは手札から特殊召喚する事ができる。
攻2100  守1600


(……『早すぎた埋葬』はライフコストを払えないし、『サイバー・ドラゴン』もこの状況じゃ特殊召喚できない……。場に伏せたままの魔法カードも、この状況じゃほとんど役に立たない。つまり、実質的に役に立つのは、『禁忌の合成』だけ……)
 しかし――『禁忌の合成』の発動には、大きなリスクを伴う。舞の場に二枚もリバースカードが残されている今、この状況で発動するのはあまりに大きな博打といえる。
(……せめてこのターンのドローで、いいカードを引ければ……!)
 絵空は唾を飲み込むと、自分のデッキへ手を伸ばす。
「わたしのターン――ドローッ!!」
 そして引き当てたカードを見て、絵空の顔色が変わった。

 ドローカード:聖なるバリア−ミラーフォース−

絵空のLP:400
    場:雷帝ザボルグ,伏せカード1枚
   手札:4枚
 舞のLP:100
    場:ハーピィズペット仔竜(攻2700),ハーピィ・クイーン(攻2200)×2,
      ハーピィ・レディ・SB(攻2100),ハーピィ・レディ1(攻1600),
      ヒステリック・パーティー,伏せカード2枚
   手札:2枚



決闘8 能動

(……!! 『聖なるバリア−ミラーフォース−』、これなら……!!)
 暗く沈みかけていた絵空の表情が、ぱっと明るくなった。
 『聖なるバリア−ミラーフォース−』は、数あるトラップの中でも、最高レベルの威力を誇るものとして有名なカードだ。発動に成功すれば、相手の場の攻撃モンスターを一気に殲滅できる。相手の場にモンスターが多く存在するほどに、その効力は期待される。
 舞の場に五体ものモンスターが展開されている今では、願ってもないカードだ。
(この状況で『禁忌の合成』は危ないし……ウン。やっぱり1ターン待って、ミラーフォースを伏せるべきだよね)
 そう自分に言い聞かせると、手札から二枚のカードを選び出す。しかしその動作も、途中で止まる。
(でも……『ハーピィズペット仔竜』の効果で、もしも発動前に破壊されたら……)
 絵空のプレイに、迷いが生じる。
 『聖なるバリア−ミラーフォース−』は確かに強力だが、発動タイミングを選ぶカード。舞が攻撃宣言をしてくれない限り、発動することはできない。発動前に破壊されては、元も子もないのだ。
(でも……牽制(けんせい)のために二枚伏せれば、確率は2分の1だし……)
 追い詰められたこの状況では、決して分の悪い賭けではない。ミラーフォースを破壊されれば負け、発動できれば勝ち。
(……『禁忌の合成』を使って、このターンで勝負することもできるけど……)
 けれど――何故か心が、そのカードを使うことを拒んでいた。そのカードの使用を、恐れていた。

 ――ミラーフォースを伏せるべきか?
 ――それとも、『禁忌の合成』で勝負に出るべきか?

 考えすぎて、頭が混乱してくる。
 どちらが正しいのか、どちらが間違いなのか、まるで分からない。

「…………」
 右手が震えていた。
 右往左往した挙句、右手が自然に、ミラーフォースのカードを掴む。

『(……本当にそれでいいの?)』
「!」
 裏絵空の突然の問いに、絵空の動きが固まった。
(も、もうひとりのわたしは……『禁忌の合成』の方が正解だと思う?)
 思わず、すがるように訊いてしまう。それに対し裏絵空は、「さあ?」とぶっきら棒に応えてみせた。
『(難しい局面だし……どちらが正解かなんて、やってみないと分からないと思うわ。あくまで個人的な意見としてならば……舞さんの場のトラップカード、用心した方がいいと思う。『天使の施し』で手札交換した後に出したものだし)』
(……? じゃあ、何で止めたの?)
 ミラーフォースのカードを掴んだままで、絵空は首を傾げる。
 裏絵空の個人的判断では、相手の伏せカードは危険。ならば尚更、ここはミラーフォースを伏せた方がマシではないのか。
『(あなたらしくないと思ったから)』
「!」
 手の震えが止まった。右手の指が、自然とカードから離れる。
(……わたしらしいやり方……?)
 瞳から、全ての迷いが消えていく。
 いつもの自分ならどうするか――それを考える。

 『ミラーフォース』を伏せた場合、次のターン、舞がそれを破壊できるか否かに、勝敗を預けることになる。つまり、相手の選択に運命を委ねる――消極的な、受身の一手。

「…………」
 手が自然に動く。今度は、『禁忌の合成』のカードをしっかりと。
(……いつものわたしなら、そんなの……)

 ――きっと、ツマラナイと言う
 ――少しくらい危険でも、自分自身の手で、積極的に勝利を引き寄せたいと思う
 ――だってその方が……“面白いから”

「――魔法カード発動! 『禁忌の合成』!!」
 決闘盤にセットすると、そのカードがソリッドビジョンとして現れた。


禁忌の合成
(魔法カード)
自分の場または墓地にそれぞれ存在する「ガーゼット」と名の付く
モンスターと他のモンスター1体をゲームから除外し、融合させる。
この効果で融合召喚したモンスターが場を離れたとき、
そのモンスターの元々の攻撃力分のダメージをプレイヤーは受ける。


「このカードは、わたしの墓地の『ガーゼット』と他のモンスターを融合させるカード……! この効果でわたしは、墓地の『偉大魔獣 ガーゼット』と『カオス・ソルジャー −開闢の使者―』を融合させるよ!」
「――!? 何ですって!?」
 絵空の場に、空間の歪みが生じる。そしてその中から現れる、野獣のような、荒々しいモンスター。
「『究極合成魔獣 ガーゼット』を――融合召喚!!」


究極合成魔獣 ガーゼット  /闇
★★★★★★★★
【悪魔族】
「ガーゼット」と名の付くモンスター+モンスター1体
このカードの融合召喚は上記のカードでしか行えない。
このモンスターの元々の攻撃力は、
融合素材としたモンスターの攻撃力の合計となる。
このモンスターの融合召喚に成功したとき、
自分の場の他のモンスターを全て生け贄に捧げ、
その攻撃力を吸収する。
攻 ?  守 0


「『究極合成魔獣 ガーゼット』の攻撃力は、融合素材としたモンスターの合計値……! よって、3000ポイントだよ!!」

 究極合成魔獣 ガーゼット:攻?→攻3000

(攻撃力3000……確かに強力だけど、そこまでの脅威じゃないわね)
 舞は表情を崩さずに、冷静に場の状況を分析した。
 『禁忌の合成』で融合したモンスターを破壊すれば、プレイヤーはその攻撃力分のダメージを受けねばならない。それを踏まえれば、むしろ舞にとっては好都合ともいえる展開だ。
(もう迷わない……! このターンで――決める!!)
 絵空の強い瞳が、舞の場のモンスター――『ハーピィズペット仔竜』を正面から見据えた。
「いっくよぉ……ガーゼットの効果発動! このカードの融合召喚に成功したとき、自軍のモンスター全てを吸収し、その攻撃力を得る!!」
「!? なっ……!?」
 絵空の『雷帝ザボルグ』が、光の渦に包まれ、消えていく。
 それとともに、ガーゼットの肉体が強化され、その力を増していった。

 究極合成魔獣 ガーゼット:攻3000→攻5400

「攻撃力……5400……!!!」
 舞はごくりと、唾を飲み込んだ。
 神をも一方的に撃破できる、圧倒的な攻撃力。
(……この攻撃が通れば、わたしの勝ち……! 通らなければ、わたしの負け!)
 実にシンプルな、決着の付け方。
 絵空は握り拳をつくると、場のモンスターへ指示を出す。
「いっけえ――ガーゼットッ!! ペット仔竜を攻撃っ!」
 ガーゼットは仔竜に駆け寄ると、その異様に野太い右腕を勢いよく振り下ろした。

 ――ガギィィィィンッ!!!!!!

 ガーゼットの右腕が、舞の仔竜を容赦なく粉砕した――はずだった。
「…………。惜しかったわね……」
 舞のフィールドではすでに、一枚の罠カードが表にされていたのだ。
「永続罠発動……『銀幕の鏡壁(ミラーウォール)』!」


銀幕の鏡壁
(魔法カード)
相手プレイヤーが攻撃を宣言した時
「銀幕の鏡壁」が敵モンスターの攻撃力を半減させる


 ガーゼットの右拳は、突如現れた“鏡の壁”により受け止められていた。
 さらに、その魔法の鏡に映った自分を攻撃したことで、自身にもダメージが及ぶ。

 究極合成魔獣 ガーゼット:攻5400→攻2700

「……!!! ガーゼットの攻撃力が……!!」
「……『ハーピィズペット仔竜』と並んだ……わね」
 舞がニヤリと笑った。
 攻撃宣言を受けた仔竜は、すでに迎撃態勢に入っている。

 ハーピィズペット仔竜:攻2700

「本当に惜しかったわ……あと100ポイントでも攻撃力があれば、こちらの負けだったもの」
 仔竜の口の中では轟々と、蒼い炎が燃え盛っている。何とかしようにも、絵空の手札にはもう、その攻撃を止めるカードはなかった。
「これで終わりよ! ハーピィズペット仔竜の反撃! セイント・ファイヤー・メ――」
 だが次の瞬間、舞は信じられないものを見る。

 ――ズガァァァァッ!!

「――!??」
 驚愕に、舞の全身が竦んだ。
 一条の光線が仔竜の横を通り過ぎ、そして――瞬く間に、『ハーピィ・レディ1』の身体を粉砕していたのだ。
 絵空のフィールドでもまた、一枚のリバースカードが発動されていた。
「リバースマジック発動……『シールドクラッシュ』!」


シールドクラッシュ
(魔法カード)
フィールド上に守備表示で存在する
モンスター1体を選択して破壊する。


(そんな……シールドクラッシュですって!? このタイミングで!??)
 残りライフ100のこの状況、舞は念のため、攻撃力の低い『ハーピィ・レディ1』を守備表示にしていた。『ハーピィ1』が場から姿を消したことで、風属性モンスター全ての攻撃力は300ポイントずつダウンする。

 ハーピィズペット仔竜:攻2700→攻2400
 ハーピィ・クイーン:攻2200→攻1900
 ハーピィ・クイーン:攻2200→攻1900
 ハーピィ・レディ・SB:攻2100→攻1800

 ――ビシッ!! ビシシッ!!!

「!!? こ、今度は何!?」
 舞ははっと顔を上げた。
 舞のフィールドに張られた鏡の壁――それに少しずつヒビが入る。ガーゼットの並外れた腕力が、舞の永続トラップを力任せに破ろうとしているのだ。
「いっ……けぇぇーっ!! ガーゼットッ!!」

 ――バギィィィィンッ!!!

「!!! な、何ですってっ!?」
 砕け散り、宙を舞う鏡の破片の中、ガーゼットの右腕が、舞の仔竜へ振り下ろされた。
「――アルティメット・パンチッ!!!」

 ――ズドォォォォンッ!!!!!!

 轟音とともに、凄まじい衝撃波が二人を襲った。
「!! きゃあ……っ!!」
 その力に耐えられず、二人は揃って、後ろに倒れこんだ。


 爆煙が、二人の周囲を舞っていた。だから周りの観衆達は、どちらが勝利したのか、すぐには分からなかった。
 いち早く分かっていたのは、二人の――いや、三人のデュエリストたち。
『(おめでとう……もうひとりの私)』
 砂埃の中、後ろに引っくり返りながら、絵空は一人、満面の笑みを浮かべていた。

 舞のLP:100→0


絵空のLP:400
    場:究極合成魔獣 ガーゼット
   手札:3枚
 舞のLP:0
    場:ハーピィ・クイーン×2,ハーピィ・レディ・SB
      ヒステリック・パーティー,伏せカード1枚(『誘惑のシャドウ』)
   手札:2枚



決闘9 夢路

 ――ピッ、ピピピッ

 ふと、ポケットに入れていたカードから、電子音のようなものが聞こえてくる。
 絵空はそれを取り出すと、音の正体を確認した。


神里 絵空  D・Lv.?
★★☆☆☆☆☆☆
1勝0敗


 星の数が増えている――それを見て、絵空の表情がぱあっと明るくなる。決闘盤を通して送られたデータが、デュエリストカードに早速反映されたのだ。

「――いいデュエルだったわ……完敗よ」

 ふと顔を上げると、先ほどまでデュエルをしていた対戦相手――孔雀舞が、右手を差し出してくれていた。
 いまだ尻餅をついたままだった絵空は、それに甘んじ、手をとることにした。舞に引っ張られながら、少しぎこちない様子で立ち上がる。
「本当にいいデュエルだったわ……あたしに目立ったプレイングミスはなかった。それなのに、完全にその上をいかれた……」
 舞は真剣な瞳で、自分のデュエリストカードを見つめた。


孔雀 舞  D・Lv.8
★★☆☆☆☆☆☆
2勝1敗


(あたしもまだまだ力不足……ってわけね)
 舞は思わず笑みを漏らした。
 自嘲と……そしてどこか、嬉しげな笑み。
 悔しくないはずはない。けれどここで腐ったところで、得られるものは何も無い。
(大切なのはこの後……)

 ――この敗北を糧とし、自分を飛躍させること
 ――勝利よりも敗北の方が、得られるものはずっと多いのだから

「……これはまだ予選。負けたあたしにもまだまだチャンスがある……」
 次に闘うときは、負けない――そう心に誓うと、舞は改めて右手を差し出してきた。
「――本選で、また会いましょう……神里絵空さん」
「……! え、あ……」
 差し出された手を見つめ、今度は躊躇してしまう。

 心に何かが、こみ上げてくる。
 嬉しくて。認めてもらえたことが、ただ嬉しくてたまらなかった。

 握手に応えると、絵空は、はっきりとした口調で応えた。

「――はいっ! 本選でお会いしましょう!」
 と。



 舞はそれから踵を返すと、さっさとその場を立ち去ってしまった。
 その背中を何気なく見つめていると、後ろからぽんと肩を叩かれる。
「――おめでとう、絵空ちゃん」
 振り返ると、そこには杏子がいた。
 そこでようやく、杏子に会うために広場まで来ていたことを思い出す。
「あっ……ご、ゴメンナサイ。ついデュエルしてみたくなっちゃって……」
 慌てて謝ると、杏子はくすくす笑って許してくれた。
「あれ……そういえば、杏子さんたちは、舞さんと知り合いなんじゃあ……」
 声かけなくて良かったの?と問いながら、絵空が振り返る。だがすでに、舞の背中は見えなくなっていた。
「うん。でもプライドの高い人だから……今は、声かけない方がいいかなって」
 そう言って、杏子は小さく苦笑した。

 確かに――舞ほどのデュエリストともなれば、予選で、しかも無名のデュエリストに負けたとあっては、その精神的ダメージは小さくないのであろう。
 さっきの握手も、実は少し無理をしていたのかも知れない――そう思うと、絵空は少しだけ居たたまれない気持ちになった。

「……それで、どうだった? 大会に出て初めてのデュエルは……やっぱり緊張した?」
 少し屈みこんで、杏子が問いかけてくる。
 絵空は頷き、そしてすぐに続けた。
「でも……すごく楽しかった!」
 と。
 まるで幼い子供のように、無邪気な笑顔で応えてみせる。


 ――思っていたより緊張して
 ――思っていたより大変で

 ――でも……思っていたよりずっと楽しくて
 ――そしてすごく……嬉しかった

 病院の中では得ることができなかった……幸せな、夢見た時間。

(でも……夢じゃないんだよね)
 目をきらきらと輝かせ、まだカードをセットしたままの決闘盤を見つめる。
 絵空のことばに、裏絵空は相槌を打った。
『(それに……まだまだ、これからよ)』
 絵空はもういちど、デュエリストカードを確認した。
 予選突破するためには、最低でも6勝――あと6回以上も、デュエルが出来る。

『(……さ。本選出場まで、残りあと6勝――がんばりましょう!)』
「――うんっ!」
 裏絵空のことばに、絵空は、満面の笑みで頷いてみせた。



●     ●     ●     ●     ●     ●



 その頃――、童実野公園噴水前にて。


城之内のLP:100
     場:リトル・ウィンガード,綿毛トークン×2
    手札:1枚
 青年のLP:1300
     場:ワイトキング(攻4000),魂を削る死霊
    手札:2枚


「――いくぜ、オレのターン! オレはモンスター三体を生け贄に捧げて……『ギルフォード・ザ・ライトニング』を召喚っ!!」
 城之内のフィールドに、背中に大剣を背負った、巨大な戦士が喚び出される。
「いくぜ! ギルフォード・ザ・ライトニングの特殊能力発動! このカードが三体の生け贄で召喚されたとき、相手の場のモンスター全てを破壊することができる!! いけ――ライトニング・サンダーッ!!!」
 伝説の騎士(ギルフォード・ザ・ライトニング)は剣を抜き放つと、光り輝くそれを、力いっぱい振り下ろした。

 ――ズガガガガガァンッ!!!!

「うわっ……! 僕のワイトキングが!?」
 城之内の対戦相手である青年が、驚きの声を上げた。
「よっしゃあ! これでアンタの場はがら空きだ! ギルフォード・ザ・ライトニングの直接攻撃――ライトニング・クラッシュ・ソードッ!!」

 ――ズバァァァァッ!!!

 青年のLP:1300→0

「よしっ! これでまずは一勝っと!」
 小さな電子音とともに、城之内の持つデュエリストカードに勝ち星が増える。


城之内 克也  D・Lv.5
★★☆☆☆☆☆☆
1勝0敗


 そこでふと、城之内の腹も奇妙な音を鳴らした。
「っと……もうそんな時間か?」
 そう呟きながら顔を上げ、公園に備え付けられた、丸時計の針の位置を確認した。
 まだ11時を回るところだ。昼食をとるには少し早い。
 だが城之内の腹時計は、すでに昼時の到来を伝えていた。

「うし……そろそろメシにすっか!」
 勝利の余韻を味わいながら、上機嫌でそう言った。



決闘10 仮面の男

「城之内よお……オメー、もうちょっと急いだほうがいいんじゃねーか?」
 「1勝0敗」と表示されたカードを見ながら、本田が城之内に忠告する。
 二人はいま牛丼屋に入り、カウンター席で、注文の品が届くのを待っていた。
「何言ってんだよ、オレはあの城之内克也だぜ? ゆっくりやっても釣りがくるくらいだぜ!」
 胸を不必要に張ると、城之内はワハハと笑ってみせる。
「ったく……知らねーぞ、後で困ったって」
 本田は軽く頭を抱えた。
 予選開始直前、“カール・ストリンガー”なる青年に煽(おだ)てられてから、ずっとこんな調子だ。
「その割にはオメー、さっきはずいぶん接戦だったじゃねえか。ちょっと弛(たる)んでんじゃねーのか?」
 デュエリストカードを返しながら、本田が半眼で指摘する。
「うぐっ……ま、まあ、最初ちっと油断してたからな。まー最終的には勝ったし、ちょうどいいハンデだったろ!」


「――しかしそのわずかな驕りが、致命傷になることもある……」


「……? あん?」
 左隣から、会話に割り込む者がいた。
 先ほどまではいなかったはずの男が、城之内の隣の席に座っている。
「油断からわずかなミスを、そしてそのミスが、取り返しのつかない結末をもたらすこともある……。たとえば大切な人の死、とかね」
「……? 何だアンタ、オレに喧嘩売ってん……」
 だが、その男の顔を見たところでギョッとした。いや、正確には、男の顔は確認できなかった。
 男は仮面を付けていた。さらによく見ると、男は赤のスーツに、ストライプの入った大きな蝶ネクタイを付けている。

 奇妙だ。

 それが城之内の、初見の感想だった。
 蝶ネクタイとお揃いで、彼の仮面にも、黒と白の縞模様が入っている。

 不気味だ。

 それが、次に抱いた感想だった。


「オッ……オイ、城之内。あんま関わらない方がいいんじゃねーか?」
 右隣から、本田がそっと耳打ちしてくる。その忠告には、素直に従うことにした。
「ああ……これは失敬、自己紹介がまだでしたね。ワタクシ、こういう者でして……」
 そう言うと、男は城之内の目の前に、名刺を突き出してきた。
 無視したかったのだが、何せ、目の前に出されたのでは見ないわけにもいかない。露骨に嫌そうな顔をしながら、渋々それを確認した。
「『パンドラ鈴木』……『奇術師』だあ?」
 胡散臭そうに言うと、いかにも、と頷いてくる。
「最近復帰したばかりで、名は売れておりませんがね……。いずれ、世界に名だたるマジシャンとなるつもりです。お見知りおきを」
「はあ……そりゃドーモ」
 そう言われてみると、男のその珍妙な格好にも、少しだけ理解が及んだ。
 なるほど、日常世界においては、彼の格好は十二分に浮いているが、マジックショーでも始まろうものなら、その場にさっと溶け込んでしまうかも知れない。
「で……その鈴木さんだか佐藤さんだかが、オレに何の用だ? 言っとくが、オレはアンタを見たことも聞いたこともねーぞ」
 茶をすすりながら、吐き捨てるように言う。
 男の職業が手品師であろうがサラリーマンであろうが、どのみち胡散臭いことに代わりはない。そもそもそんな格好で牛丼屋に来ている、その時点で変人確定である。
 男――パンドラ鈴木は、ニッと、少し不気味な笑みを浮かべてみせた。
「実は私、あなたのご友人……武藤君に以前、大変お世話になりましてね。その礼をお伝えいただきたいと……」
「……? 武藤って……遊戯にか?」
 城之内は眉をひそめた。

 はて、遊戯からは、こんな妙ちきりんな知人がいるなど聞いたこともないが――そう思い、小首を傾げる。

「つーか、よくオレが遊戯の知り合いって分かったな。オレはアンタと会ったこと、ないよな?」
 鈴木も茶をひとすすりすると、落ち着いた様子で応えた。
「……私も、“コレ”なものでしてね」
 そう言って、左腕をかざしてみせる。その腕には、城之内と同じ――決闘盤が装着されていた。さらに鈴木は、大会参加資格の証明である、自身のデュエリストカードも提示した。


パンドラ鈴木  D・Lv.6
★☆☆☆☆☆☆☆
0勝0敗


「――何だ! オッサンもデュエリストなのかよ!」
 喉のつかえがとれたように、城之内の語調が上がった。
 同じ“デュエリスト”であるという共通点が、城之内の心から警戒心を取り除き、シンパシーを生む。
「ってことは……アンタも大会参加者なのか。へ〜」
 無視を決め込んでいたはずの本田が、会話に割り込んできた。デュエリストであるという証言は、どうやら本田の警戒も緩めたらしい。
「なるほど、遊戯とはデュエル関係の知り合いってわけか! そーかそーか! オレもデュエリストの間じゃ有名だっていうし、それで分かったんだな!」
 そう言って、城之内はまた高笑いを始めた。
 含み笑いを浮かべると、ええ、とパンドラは応える。
「とても有名ですよ……あなたは。武藤遊戯の“金魚のフン”としてね」
「……あ?」
 高笑いが止まる。
 固まった表情で、城之内は無言で問い直す。
「何なら“腰巾着”でも構いませんよ。同じ意味ですがね」
 パンドラは、ククッ、と笑ってみせる。
 城之内の眼が、一気に鋭いものへと変わった。怒鳴り、掴みかかろうとしない辺りは、彼も立派に成長したのかも知れない。
「テメエ……やっぱオレに、喧嘩売りにきたのかよ?」
 常人なら確実に尻ごむ迫力で、ガンを飛ばす。

「おっ……お客さん! 揉め事は困りますよ!!」
 若い、アルバイトの店員らしい青年が、丼を片手に止めに入った。どうやら注文の品が届いたらしい。三人の目の前に、揃って丼が置かれた。
「激情家ですねえ……カードを扱う者として、あまり好ましくない傾向だ。常に冷静に、自分を見失わないこと……奇術のみならず、デュエルにおいても非常に大切なことです」
 パンドラは木製の箸を割ると、目の前の「豚丼並盛り」に手を伸ばす。
「“金魚のフン”でないというならば……証明して下さいよ。あなたもお得意の、デュエルの腕でね……」
「……! おもしれえ……目にもの見せてやるぜ!」
 啖呵(たんか)を切ってみせると、城之内も同様に、割り箸を掴む。
 “腹が減っては戦はできぬ”と言わんばかりに、二人は勢いよく目の前の丼を掻き込んだ。ちなみに城之内が注文したのは、「牛丼大盛りツユだく」だ。
 本田から見たその光景は、ひどく珍妙であったという……。


●     ●     ●     ●     ●     ●


「予告KO宣言! ズバリ、1ターン目で貴様はオレに敗れるぜ!」
「……いや、それは流石に無理だろ」
 どんな時でもツッコミは忘れない。それが今作での、本田の位置づけである。

 早めの昼食をとり終えた3人は店を出ると、人目もはばからず、早速デュエルを始めようとしていた。
 もっとも今日に限っては、町中の至る所でデュエルが行われているのだ。車の進入規制まで敷かれているため、車道で堂々とデュエルすることも可能である。

「油断すんなよ城之内〜! 負けたらカッコ悪いぞ〜!」
 本田からの声援に、任せとけ、と応える。
 デュエルするのが城之内と知ってか知らずか、いつの間にか、そこそこのギャラリーが見物に集まってきた。
「……デュエルを始める前に……一つ、伝えておきたいことがあります」
「……ああ? 何だ、今さら怖気づいたのかよ?」
 とんでもない、と肩を竦(すく)めてみせると、パンドラは気味の悪い笑みを浮かべた。
「武藤遊戯が“ブラック・マジシャン”を切札としていることは、貴方もよくご存知のはず。そして宣言しておくと……私の切札もまた、“ブラック・マジシャン”なのです」
「……!? テメーも“ブラック・マジシャン”使い……だと?」
「……ええ。そして断言してもいい。純粋な“マジシャン使い”としてならば、私は――」
 不敵な笑みで、パンドラは言い切った。
「私のデュエルの腕は――武藤遊戯の上をいきます」
「!? 何ぃ!?」
 パンドラは笑みを浮かべている。
 はったりめいたものとは違う、はっきりとした自信に裏打ちされた、揺るがない笑み。
「面白ぇ……見せてもらおうじゃねえか、テメーの実力をよ!」
 城之内は決闘盤を構えると、5枚のカードを抜き放つ。
(さて……見せていただきましょうか、城之内克也)
 パンドラも同じように、5枚のカードを手に取った。
(あなた達に果たして……あの方に、“ルーラー”に抗うだけの力があるのかを、ね)


 城之内のLP:4000
      場:
     手札:5枚
パンドラのLP:4000
      場:
     手札:5枚



決闘11 VSパンドラ鈴木!

「いきますよ……私の先攻、カードドロー!」

 ドローカード:黒い(ブラック)ペンダント

「……そうですねえ……私はカードを一枚伏せ、『見習い魔術師』を守備表示で、ターンを終了しましょうか」
 パンドラの場に、一体の魔術師見習いが姿を現す。


見習い魔術師  /闇
★★
【魔法使い族】
このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時、
フィールド上で魔力カウンターを乗せる事ができる
カード1枚に魔力カウンターを1個乗せる。
このカードが戦闘で破壊された場合、
デッキからレベル2以下の魔法使い族モンスター1体を選択して
自分のフィールド上にセットする事ができる。
攻 400  守 800


「ケッ! 大口叩く割には、随分ヘナチョコなモンスター出すじゃねえか! オレのターン、ドロー! オレはまず……『切り込み隊長』を召喚! 攻撃表示だ!」


切り込み隊長  /地
★★★★
【戦士族】
このカードが表側表示でフィールド上に存在する限り、
相手は他の表側表示の戦士族モンスターを攻撃対象に
選択できない。このカードが召喚に成功した時、
手札からレベル4以下のモンスターを1体特殊召喚
する事ができる。
攻1200  守400


「特殊能力発動! このカードが召喚に成功したとき、手札からレベル4以下のモンスターを特殊召喚できる! この効果で……いでよ、『コマンド・ナイト』っ!」
 城之内の場に早くも、2体もの戦士が並んだ。


コマンド・ナイト  /炎
★★★★
【戦士族】
自分のフィールド上に他のモンスターが存在する限り、
相手はこのカードを攻撃対象に選択できない。
また、このカードがフィールド上に存在する限り、
自分の戦士族モンスターの攻撃力は400ポイントアップする。
攻1200  守1900


「そして『コマンド・ナイト』の効果……自軍の戦士族モンスターは全て、攻撃力アップだぜっ!」

 切り込み隊長:攻1200→1600
 コマンド・ナイト:攻1200→1600

「どーだ見たか! さっきの“金魚のフン”ってことば……すぐに訂正させてやるぜ!」
「なるほど……大した速攻ですね。しかし、その程度で図に乗るのは早計では?」
 不遜な態度の城之内に対し、パンドラはあくまで冷静に返した。
「ヘッ、言ってろ! 『切り込み隊長』でその雑魚モンスターを破壊して……『コマンド・ナイト』でダイレクトアタックだぜっ!」

 ――ズババァッ!!

 細身の剣士が双剣を使い、魔術師を十字に切り裂く。
「おやおや……どうやら、『見習い魔術師』の能力も知らなかったようですね。効果発動! デッキから同名モンスターを、守備表示でセット!」
 パンドラの場に再び、『見習い魔術師』が呼び出される。
「チッ、そんな効果が……。なら、『コマンド・ナイト』でそいつも破壊だっ!」

 ――ズバァッ!!

「無駄ですよ……効果により、再び『見習い魔術師』をセット」
 3体目の、全く同じ魔術師が場に現れる。
「だが……同名カードはデッキに3枚までのはず! 次のターンで確実に破壊してやるぜ! 2枚伏せてターンエンドだ!」
「その通り……しかし、いつまでも守勢に回っているつもりはありませんよ。私のターン、ドロー」

 ドローカード:黒魔術のカーテン

「……! ではまず……『魔導戦士 ブレイカー』を召喚、攻撃表示です」
 パンドラの場に、剣を持った魔法戦士が現れる。


魔導戦士 ブレイカー  /闇
★★★★
【魔法使い族】
このカードが召喚に成功した時、このカードに
魔力カウンターを1個乗せる(最大1個まで)。
このカードに乗っている魔力カウンター1個につき、
このカードの攻撃力は300ポイントアップする。
また、魔力カウンターを1個取り除くことで、
フィールド上の魔法・罠カード1枚を破壊する。
攻1600  守1000


 魔導戦士 ブレイカー;攻1600→1900

「そして効果発動! このカードの“魔力カウンター”を取り除くことで……あなたのリバースカード1枚を破壊します! マジック・ブレイク!」

 魔導戦士 ブレイカー;攻1900→1600

 ブレイカーは言われるままに、手にした魔法剣を勢いよく振るう。するとそこから魔力刃が発せられ、城之内の伏せカード1枚を両断した。

 ――ズバァッ!

「くっ……!? 『モンスターBOX』が!?」
 城之内は顔をしかめた。
 しかしその内心では、もう一枚のリバースを破壊されなかったことをほくそ笑んでもいた。
(運がねえな……鈴木さんよぉ)
 それは罠カード『落とし穴』。相手の攻撃モンスターを破壊し、さらにはプレイヤーにダメージを与えることが可能なカードである。
(『モンスターBOX』じゃ所詮、相手の攻撃をかわせるだけだからな。『落とし穴』なら、あのモンスターを返り討ちにできるぜ!)
 ざまあ見ろ、と言わんばかりに、ブレイカーを見やる。
「さらに私は、セットされた『見習い魔術師』を攻撃表示に変更し……効果発動! ブレイカーに魔力カウンターを補充します」
「って……補充?」
 何ソレ、と、城之内の目が点になる。

 魔導戦士 ブレイカー;攻1600→1900

「そして再び効果発動! もう一枚のリバースも破壊しておきましょう……マジック・ブレイク!」

 魔導戦士 ブレイカー;攻1900→1600

 ――ズバァッ!

 先ほどと同じ、小気味良い斬撃音とともに、城之内の『落とし穴』が両断された。
「なっ……ぬわにぃっ!!?」
 だがパンドラの勢いは、その程度では止まらない。
「さらに手札から装備魔法『黒いペンダント』を発動! ブレイカーに装備することで……攻撃力が500アップします」

 魔導戦士 ブレイカー;攻1600→2100


黒いペンダント
(装備カード)
装備したモンスターの攻撃力は500ポイントアップする。
このカードがフィールドから墓地に送られた時、
相手に500ポイントのダメージを与える。


「バトル! 『切り込み隊長』を攻撃です!」

 ――ズバァァァッ!!!

 ペンダントの魔力を得たブレイカーが、切り込み隊長を両断する。
「くそっ……リバースを全部壊されちまったから、何もできねえ……!」
 城之内はそれを見て、悔しげに歯を噛んだ。

 城之内のLP:4000→3500

「……ターンエンド。さあ、あなたのターンですよ」
「言われなくても分かってら! オレのターン、ドロー!」

 ドローカード:天使の施し

 ドローカードを見やると、城之内は一度場の状況を確認した。


 城之内のLP:3500
      場:コマンド・ナイト(攻1600)
     手札:3枚
パンドラのLP:4000
      場:魔導戦士 ブレイカー(攻2100),黒いペンダント,見習い魔術師,
        伏せカード1枚
     手札:3枚


(見てやがれ……すぐに逆転してやる!)
 そして手札に存在する中で、最も攻撃力の高いレベル4モンスターに指をかけた。
「いくぜ! オレは『蒼炎の剣士』を召喚! 攻撃表示だっ!」
 城之内の場に新たに、蒼い炎を操る剣士が召喚される。


蒼炎の剣士  /炎
★★★★
【戦士族】
このカードが破壊されフィールド上から墓地へ送られた時、
デッキから「炎の剣士」1体を特殊召喚する事ができる。
攻1800  守1600


「コイツは戦士族モンスター、当然『コマンド・ナイト』の効果は適用される……! 攻撃力400アップだ!」

 蒼炎の剣士:攻1800→2200

「バトル! 『蒼炎の剣士』でブレイカーを攻撃っ!」

 ――ズバァァァッ!!!

 パンドラのLP:4000→3900

「――くっ……しかしこの瞬間、『黒いペンダント』の効果が発動しますよ」
「何……ぐあっ!?」
 城之内の全身を、見えない衝撃が襲う。

 城之内のLP:3500→3000

「『黒いペンダント』が墓地へ送られたとき、あなたに500のダメージを与えるのです……残念でしたね」
「チッ……! だがよぉ、テメーも肝心なことを忘れてるぜ! さっきのターン、攻撃表示にした『見習い魔術師』がそのままだ! 攻撃力はたったの400……いけ、『コマンド・ナイト』ッ!」

 ――ズバァァッ!!

「……!! グッ……!!」
 仮面に隠れたパンドラの顔が、わずかだが歪む。

 パンドラのLP:3900→2700

「ざまあ見やがれ! 不用意に攻撃表示になんぞするから、そーいうことになんだよ!」
 高笑いを見せる城之内に対し、あくまで冷静なパンドラ。黙々とデッキを手に取り、一枚のカードを選び出す。
「特殊能力により、このカードをセットします……『聖なる魔術師(セイント・マジシャン)』!」
 パンドラの場に新たに、先ほどまでとは違う女性魔術師が召喚される。


聖なる魔術師  /光

【魔法使い族】
このカードが表になったとき、
自分の墓地から魔法カード1枚を手札に加える。
攻 300  守 400


(セイント・マジシャンか……こいつは見たことあるぜ。確かコイツには、墓地の魔法カードを回収する能力があったはず……。けっこう厄介だけど、今はそれほど脅威じゃねえな)
「カードを1枚伏せて、ターン終了だ!」
「では、私のターンですね……ドロー」

 ドローカード:黒魔族復活の棺

「まずは、場に伏せておいた魔法カードを発動させていただきます。永続魔法発動! 『魔力倹約術』!」
「! “倹約”だと……!」
 聞き慣れた単語に、城之内が思わず反応する。哀しいかな、貧乏人の性である。


魔力倹約術
(永続魔法カード)
魔法カードを発動するために払う
ライフポイントが必要なくなる。


「フフ……このカードが場に存在する限り、私は魔法カードの発動時に必要なライフコストを一切払う必要がなくなります。さあ、いきますよ……魔法カード『黒魔術のカーテン』を発動! 本来、このカードにはライフ半分という大きなコストが要りますが……私は当然、それを支払う必要がありません」
 パンドラの場に、漆黒のカーテンが現れる。
 そしてその中から――1体の、すでに見慣れた黒魔術師が姿を現した。
「いでよ、最上級魔術師――『ブラック・マジシャン』!」

 ブラック・マジシャン:攻2500

「ぐっ……コイツ、本当に……」
 親友の相棒とも呼べるモンスターに、城之内の顔が歪む。
 心なしか、目の前に現れた黒魔術師は、遊戯の召喚するそれよりも禍々しく、邪悪な顔つきをしていた。
「いきますよ……バトル! ブラック・マジシャンで『蒼炎の剣士』を攻撃! ブラック・マジックッ!!」

 ――ズガガガァァッ!!!

 黒魔術師の放つ魔力波動が、城之内の剣士を、一瞬にして消滅させた。

 城之内のLP:3000→2700

「ぐっ……くそっ! だがこの瞬間、『蒼炎の剣士』の効果が発動するぜ! デッキから、レベル6モンスター『炎の剣士』を特殊召喚だ!」
 今度は、『蒼炎の剣士』とは色違いの、赤い炎を操る剣士が姿を現す。


炎の剣士  /炎
★★★★★★
【戦士族】
攻1800  守1600


 炎の剣士:攻1800→攻2200

「……だが所詮は、パワーアップしても黒魔術師には及ばないモンスター……恐るるに足りませんね。カードを1枚伏せて、ターン終了です」
 余裕ありげに、パンドラはエンド宣言を済ませる。
 親友のモンスターと合わせて、それは、城之内の癪に障った。
「へっ、調子に乗ってられるのもそこまでだ! オレのターン! 場に伏せたマジックを発動……『天使の施し』!」
 説明するのももどかしい、とばかりに、城之内はデッキから3枚引くと、ほとんど迷わずに2枚のカードを墓地に置いた。
(喰らいやがれ……このオレ自慢の、必殺コンボ!)
 手札から颯爽と、1枚のカードを発動する。
「魔法カード発動! 『クイズ』ッ!!」
(!! クイズ……!)
 見慣れないカードの登場に、パンドラは目を見張った。
「このカードは、互いの墓地の一番上にあるモンスターを言い当て合うカード……! 間違えた場合、そのモンスターは特殊召喚されるぜ!」
「なるほど……『天使の施し』とのコンボにより、上級モンスターを特殊召喚するつもりですか」
 パンドラは憎々しげに、口元を歪めた。
「オレから答えるぜ! アンタの墓地の一番上は分かってる。オレのモンスターが三連続で撃破したモンスター……『見習い魔術師』だろ?」
 確認するまでもない。
「さあ……次はアンタの番だぜ。当ててみな……オレの墓地の一番上のモンスターをよ!」
 自信満々に、決闘盤を前に突き出してみせる。
 当てられるはずがない――『天使の施し』で捨てたモンスターをパンドラは知らないのだから、と。
 その証拠に、パンドラは口を閉じ、すぐには答えようとしない。
「ヘッ、じゃあ教えてやるぜ! オレが墓地に捨てたモンスターは――」

「――『ギルフォード・ザ・ライトニング』」

「…………。は?」
 城之内の目が点になる。
「あなたの墓地のモンスターは……『ギルフォード・ザ・ライトニング』です。正解ですか?」
「…………」
 固まったまま、頭だけを下げ、ディスクの墓地スペースを確認する。
「な……何で、分かったんだ……?」
 そこにあるのは紛れもなく、城之内のデッキで最強の攻撃力を誇るモンスター――『ギルフォード・ザ・ライトニング』だった。


 城之内のLP:2700
      場:炎の剣士(攻2200),コマンド・ナイト(攻1600)
     手札:2枚
パンドラのLP:2700
      場:ブラック・マジシャン,聖なる魔術師,魔力倹約術,伏せカード1枚
     手札:2枚



決闘12 ライク・ア・スワン

「な……何で分かったんだ? 超能力か??」
 分かるはずのないモンスターを言い当てられ、大いに狼狽する城之内。
(……アレ、でも待てよ……?)
 以前にも確か、こんなことがあったような――過去のことを思い返し、城之内はハッとした。
(誰かが手札を覗き見てやがるのか!?)
 慌てて背後を振り返る。そこには本田と、数人のギャラリーがいる。
 この中にパンドラの協力者がいないとも限らない――そう疑うと、城之内の顔がこわばり出した。
「……心外ですね。手札の覗き見などしていませんよ。私は自ら思考し、墓地のカードが『ギルフォード・ザ・ライトニング』であると読んだのです」
「……!? そ、そんなことできるわけが――」
 できますよ、とパンドラが城之内を制す。
「あなたのデッキで、私の『ブラック・マジシャン』を超える攻撃力を持つモンスターは『ギルフォード・ザ・ライトニング』のみ……。だから、恐らくそのカードではないかと推理したのです」
「!? なぁっ……」
 城之内はことばを失った。
 手札どころか、デッキ自体を覗かれていたのか……?と、城之内の疑心はさらに深まる。
「……失礼ながら貴方のデッキ、研究させていただきました……過去の大会記録を参考にね。それによれば、貴方のデッキの最上級モンスターは3体。『ギルフォード・ザ・ライトニング』、『サイコ・ショッカー』、そして『真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)』……」
「なっ……にぃぃ!?」
 見事に正解だった。城之内のデッキに存在する、生け贄2体を必要とする最上級モンスター――それは確かに、その3体だ。
「その中で、私の黒魔術師の攻撃力を上回るのは『ギルフォード・ザ・ライトニング』のみ。先ほどの貴方の様子、ずいぶん自信ありげでしたからね。それを見て、そのモンスターではないかと思ったのですよ」
「ぐうっ……! き、きたねーぞ!」
 反則だ、とばかりに、城之内はパンドラを糾弾する。
「汚い……ね。それこそ心外な話だ。あなたはこれまでのM&W大会で、複数回の上位優勝を果たした決闘者……警戒し、少なからず対策するのは当然でしょう」
 パンドラの口から、からかうような調子が消える。
「奇術もデュエルも同じだ……覚えておくことですね。優れた人間というのは誰でも、裏では血の滲むような努力を重ねているものです……。表面では涼しい顔をしながらも、外面からは想像もできないような辛酸を舐めている。驕らず、弛まず、怠らず……その謙虚な積み重ねがあってこそ、彼らは上に立ち続けられる」
「……ぐっ……!!」
 思わず怯んでしまう。無意識に、一歩後ずさる。
「今のあなたからは、そういった謙虚さが感じられない……。あなたの心には隙がある。これまでの大会で常に上位入賞を果たしてきたという自信……いや、“過信”がね。それを捨てない限り、私には勝てない……いや、よしんば勝てたとしても、他の者に敗れるのは時間の問題でしょう」
「…………!!」
 カードを握り締め、俯いてしまう。城之内は奥歯を、ぎりぎりと噛み締める。


「――オッ……オイ、大丈夫かよ、城之内?」
 そのまま動かない城之内に、心配になった本田が声をかける。


「…………。うるせえよ……」
「……?」
「さっきからゴチャゴチャと――ゴタクがうぜえんだよっ!!」
 激しい形相が表を挙げると、城之内は勢いごんで宣言する。
「『炎の剣士』!! ヤツのモンスターを叩き斬れェッ!!」

 ――ズバァァッ!!!

 炎をまとった剣が、パンドラの守備モンスター――『聖なる魔術師』を叩き斬った。
「愚かな……冷静さを欠き、自ら墓穴を掘りましたか。セイント・マジシャンの効果発動! このカードが表になったとき、墓地から魔法カードを手札に加えることができる。私が加えるのは当然、『黒魔術のカーテン』……」
「!! あっ……」
 城之内が、はっとした顔をする。
 しまった――と。
「……どうやら『クイズ』のコンボを破られたこと、相当こたえているようですねえ。まあ無理もない、普通なら100%成功する局面だ。しかも成功さえしていれば、形勢は一気に覆っていたでしょうしね……」
「ぐっ……オ、オレは! 『コマンド・ナイト』を守備表示に変更っ! カードを一枚伏せて、ターン終了だっっ!」
 苦し紛れのリバース。それはパンドラの観察眼を通さずとも、誰の目にも明白に映った。
 次のターン、攻撃力2500を備えた最上級魔術師が二体も並ぶことになる――まさに絶望的な状況。焦燥に駆られた顔をする今の城之内に、それを覆す余裕があるとは思えなかった。
「私のターン、ドロー」

 ドローカード:正統なる血統

「では早速、ありがたく使わせていただきましょう。『黒魔術のカーテン』発動! いでよ『ブラック・マジシャン』!!」
 先ほどと同じカーテンが現れ、中から、同じ容姿をした魔術師が邪悪な笑みを覗かせた。


 城之内のLP:2700
      場:炎の剣士(攻2200),コマンド・ナイト(攻1600),伏せカード1枚
     手札:1枚
パンドラのLP:2700
      場:ブラック・マジシャン×2,魔力倹約術,伏せカード1枚
     手札:3枚


「……!! くそっ、ブラック・マジシャンが2体も……!!」
 浮き腰気味の城之内。その様を見て、パンドラはあざ笑う。
「もっとやるものだと思っていましたが……城之内克也、とんだ期待はずれですね」
 パンドラは迷うことなく、攻撃宣言に入った。
「『ブラック・マジシャン』2体で――相手モンスターを攻撃ぃっ!!」
 それは周囲の誰が見ても、城之内を死の淵へと追いやる宣告だった。
 だが――
「……。今オマエ、『攻撃』っつったよなあ……?」
「エ……?」
 城之内の顔色が一変する。まるで水を得た魚のように、自信を取り戻していく。
「『ギルフォード・ザ・ライトニング』の召喚に失敗した今……確かにオマエのマジシャンを倒すのは難しい。オレのデッキにはもう、単体で攻撃力2500以上のモンスターはいねえからな。だから――」
 城之内は、場のリバースカードに手を伸ばした。
「お前自身のモンスターに倒してもらうぜ! リバースオープン! 『マジックアーム・シールド』ッ!!」


マジックアーム・シールド
(罠カード)
敵モンスターが攻撃を宣言した時に発動
相手の場のモンスター1体を
マジックハンドで呼び寄せ身代わりにする


 『炎の剣士』の左腕に、“盾”が現れ、装着される。
 そこから勢いよく『マジックアーム』が射出されると、すでに攻撃態勢に入っていた魔術師のうち一体を掴み、強引に引き寄せた。
「!! しまった、これは……!!」
 二体のブラック・マジシャンは、向かい合う形で置かれてしまった。もはや攻撃停止も、軌道修正も間に合わない。
「――ブラック・マジックッ!!」
 驚愕するパンドラの代わりに、城之内が声高に叫んだ。

 ――ズガガガァァンッ!!!!

(……!! まさか、こんなことが……!?)
 一瞬のうちの逆転。
 パンドラの両の瞳が、驚きに見開かれる。


 城之内のLP:2700
      場:炎の剣士(攻2200),コマンド・ナイト(攻1600)
     手札:1枚
パンドラのLP:2700
      場:魔力倹約術,伏せカード1枚
     手札:3枚


「……私のことばに激昂したのはフェイク……!! 私が警戒を緩め、黒魔術師二体で攻撃するよう、誘導するためか!!」
 『マジックアーム・シールド』――そのカードの存在を、パンドラは知っていた。だが、先ほどの城之内の様子から、気を緩め、失念してしまっていた。
「……礼を言うぜ。なるほどな……確かに、今さっきまでのオレは、図に乗って油断してたかも知れねえ。だがよ、オレだってマグレでここまで来たわけじゃねえんだ! こっからは本気も本気のマジモード! 全力で闘ってやるから覚悟しな!!」
「……! 面白い……」
 城之内の啖呵(たんか)を前に、パンドラは不敵な笑みを浮かべてみせた。
「ならば私はカードを1枚伏せ――ターン終了です!」
 場にセットしたのは、先ほど引き当てた罠カード――『正統なる血統』。


正統なる血統
(永続罠カード)
自分の墓地から通常モンスター1体を選択し、攻撃表示で特殊召喚する。
このカードがフィールド上に存在しなくなった時、そのモンスターを破壊する。
そのモンスターがフィールド上に存在しなくなった時、このカードを破壊する。


(このカードは『ブラック・マジシャン』を蘇生可能な罠カード……。迂闊に攻撃してくるなら、返り討ちにしてあげますよ……)
 さあ、どうしますか――そう言わんばかりに、城之内に視線を送る。
「オレのターン! オレはまず、『強欲な壺』を発動! デッキからカードを2枚引くぜ!」
 城之内は勢いよく、2枚のカードを抜き放つ。
(今、オレの場のモンスターの総攻撃力は3800。そのままダイレクトアタックが通れば、一気に勝負を決められるが……)
 気になるのは、パンドラの場の伏せカード2枚。
 ブラフとも考えられる。下手に警戒しすぎれば、せっかくの勝機を逃す可能性だってある。だが――よく考えた上で、城之内は一枚のカードを選び出した。
「……オレはこのターン! 2体のモンスターを生け贄に――最上級モンスターを召喚するぜ!」
「!」
「『炎の剣士』と『コマンド・ナイト』に、いでよ――」
 城之内はその一枚を、決闘盤に叩き付けた。
「――『人造人間サイコ・ショッカー』ッ!!」
 二体の戦士の代わりに現れたのは、グロテスクな顔つきをした、怪しげな雰囲気の電脳モンスターだ。
(そうだ……オレにだって、積み重ねてきたものはある!)
 パンドラの言う努力も重ねてきたし、辛酸だって舐めてきた。
 『サイコ・ショッカー』――このカードは、以前のバトル・シティにおいて、アンティカードとして入手したもの。自分がデュエリストとして積み重ねたことの、結晶のうちの一つ。
「特殊能力発動! 相手の場のトラップ全てを破壊する! いけ――トラップサーチッ!!」
 サイコ・ショッカーの怪しげな両目が光り、そこから二本の光線が放たれた。

 ――ドカンドカンッッ!!!

 二筋の光線は的確に、パンドラの場のリバース二枚を貫く。『黒魔族復活の棺』と『正統なる血統』――ともに黒魔術師復活用の罠カードを。
「わ、私の場のカードが……!!」
 これにより、パンドラの場に残されたのは永続魔法『魔力倹約術』のみ。正真正銘、完全なガラ空き状態となる。
「いくぜ、バトルフェイズ!! 電脳エナジー・ショックッ!!!」

 ――ドゴォォォッ!!!

「ぐはああああっ!!!」
 サイコ・ショッカーの放った光弾が、パンドラの身体を吹き飛ばした。

 パンドラのLP:2700→300


 城之内のLP:2700
      場:人造人間サイコ・ショッカー
     手札:2枚
パンドラのLP:300
      場:魔力倹約術
     手札:2枚



決闘13 マスター・オブ・マジシャン!

「く……まさかこの状態で、サイコ・ショッカーを喚び出されるとは……!!」
 口元を歪め、ふらつきながら立ち上がるパンドラ。
「オレはこれでターンエンド! さあ、アンタのターンだぜ鈴木さんよお!」
 そう言うと、城之内はガッツポーズをとってみせる。
 不利な形勢からの、圧倒的な逆転劇――それは自然と、城之内の精神を高揚させる。
「……私のターン……ドロー」
 残りわずかとなったライフ数値を眺めながら、パンドラがカードを引く。
「私はカードを1枚伏せ……このカードを発動します! 『早すぎた埋葬』! このカードは、自分の墓地のモンスター1体を蘇生召喚できる。蘇生するのは当然、『ブラック・マジシャン』……!」
「……!? だ、だが、そのカードには800ポイントのライフコストが要るはず! それを払えばお前のライフはゼロに……!?」
 パンドラの場に、魔法カードのソリッドビジョンが新たに出現する。だがしかし、パンドラのライフポイントが減少する気配はない。
「忘れましたか……? 『魔力倹約術』がある限り、私は魔法カードのコストを払う必要がないのです」
「……! あっ……」
 パンドラの場に再び、先ほどと同じ黒魔術師が復活する。
「バトル! サイコ・ショッカーを攻撃ぃっ!!」

 ――ズガァァンッ!!!

 黒魔術師の放つ念動力が、サイコ・ショッカーの身体を打ち砕いた。
「ぐあっ……! く、くそっ!」

 城之内のLP:2700→2600

(このヤロー、何度も何度も『ブラック・マジシャン』を召喚しやがって……これじゃキリがねえ。何とか、マジシャンの攻撃力以上のモンスターを呼びださねえと……!)
 パンドラのエンド宣言を聞くと、城之内は颯爽とデッキに手を伸ばす。
(いまオレの手札には、低級モンスターと魔法カードが1枚ずつ……! これじゃあ『ブラック・マジシャン』を倒せねえ! このドローに賭けるっきゃねえ!!)
 想いをこめて、カードを引く。それが通じたのか、城之内が引き当てたのは、トリッキーな効果を持つ強力カードだ。
「いよっしゃああ! オレが発動するのはこのカードだ! “幻想(イリュージョン)カード”……『ものマネ幻想師』! コイツには、相手が場に出したカードをコピーする特殊能力がある! オレがコピーさせるのは……今もオマエの場に残ってる装備カード、『早すぎた埋葬』!」
「!! 何っ……!!」
 城之内の場に、パンドラの場に存在するものと同じカードが現れる。
「ライフコスト800を払い……いくぜ! 『ギルフォード・ザ・ライトニング』を蘇生召喚だッ!!」
 城之内の場に、巨大な剣を背中に背負った最上級戦士――伝説の騎士が蘇る。
「へへっ……コイツの攻撃力は2800! 魔法・罠のサポートなしでも、ブラック・マジシャンを撃破できるぜっ!」

 城之内のLP:2600→1800

 伝説の騎士は剣を抜き放つと、目の前の黒魔術師相手に堂々と構える。
(鈴木の残りライフはわずか300……! この攻撃が決まれば、オレの勝ちだ!)
「いけ、伝説の騎士! ブラック・マジシャンを攻撃だっ!」
 伝説の騎士は躍りかかると、黒魔術師めがけて勢いよく剣を振るった。
「させません! 罠カード発動『生贄の祭壇』!」


生贄の祭壇
(罠カード)
自分フィールド上のモンスターを1体選択して墓地に送る。
このモンスターの元々の攻撃力分のライフポイントを回復する。


 ――ガシィィィィンッ!!!

 伝説の騎士の大剣は、空しく地面へ突き刺さった。攻撃が命中する瞬間、パンドラの黒魔術師は忽然と姿を消した――いわゆる“サクリファイス・エスケープ”である。
「……生贄に捧げたモンスターの攻撃力分、私のライフを回復します……」

 パンドラのLP:300→2800

(ライフを大幅に回復されちまったか……! だが、場の状況は再びオレに有利! ブラック・マジシャンももう怖かねえ……このまま一気に押し切れる!)
「オレはこれでターンエンドだ!」
 勢いに乗る城之内とは対照的に、パンドラの表情は優れない。
(マズイですね……このターンで何か、起死回生のカードを引かないと……)
 パンドラは手札の、1枚のカードを見つめた。それが今の、パンドラに残された唯一の可能性。
 しかし如何せん、それはレベル9の条件召喚モンスター。これ単体では、場に出すことすら不可能なのだ。
「私のターン……ドローッ!」

 ドローカード:魔導サイエンティスト

「……!! きたぁ! 私は『魔導サイエンティスト』を召喚し……特殊能力を発動っ!!」
 パンドラの場に現れたのは、とても戦力になりそうもない、歳のいった老人だった。
 だが――その貧弱そうなモンスターが、思わぬ強力な能力を発揮する。


魔導サイエンティスト  /闇

【魔法使い族】
1000ライフポイントを払う事で、
レベル6以下の融合モンスター1体を特殊召喚する。
この融合モンスターは相手プレイヤーに直接攻撃する事はできず、
ターン終了時に融合デッキに戻る。
攻 300  守 300


「ライフコスト2000を支払い……2体のモンスターを特殊召喚します! いでよ、『クリッチー』っ!!」
 パンドラのライフポイントが大きく動き、そして新たに、2体の魔法使いが出現する。

 パンドラのLP:2800→800


クリッチー  /闇
★★★★★★
【魔法使い族】
「黒き森のウィッチ」+「クリッター」
攻2100  守1800


「……?! 攻撃力2100……ライフ2000払ってまでそんなの並べて、何を……!?」
「……大切なのは攻撃力でなく、レベルですよ」
 そう言うと、パンドラは最後の手札を右手に持ち替えた。
「お見せしましょう。私のデッキで最強のモンスター……ブラック・マジシャンの進化系の一つ! 2体の上級マジシャンを生け贄に捧げ――」
 2体の『クリッチー』が同時に、光の渦に包まれる。
 1体のマジシャン――いや、“魔法神官”が、パンドラのフィールドに降臨する。
「来い!! 『黒の魔法神官(マジック・ハイエレファント・オブ・ブラック)』ッ!!!」


黒の魔法神官  /闇
★★★★★★★★★
【魔法使い族】
このカードは通常召喚できない。
自分フィールド上に存在するレベル6以上の魔法使い族モンスター
2体を生け贄に捧げた場合のみ特殊召喚する事ができる。
このカードがフィールド上に存在する限り、
罠カードの発動を無効にし破壊する事ができる。
攻3200  守2800


(何だ……このモンスターは!?)
 ブラック・マジシャンと酷似したモンスター。しかし、装束や杖の変化を見る限り、明らかにその上位系魔術師であることが伺えた。
(攻撃力3200……!! 鈴木のヤロウ、『ブラック・マジシャン』が切札じゃなかったのかよ!?)
 城之内はさっと、自分の場の状況を確認した。
 リバースカードはない。攻撃力2800を備えた、伝説の騎士のみだ。
「バトル! 伝説の騎士を粉砕なさい、『黒の魔法神官』!!」
 魔法神官は跳び上がると、その杖の先を伝説の騎士へ向けた。
「セレスチアル・ブラック・バーニングッ!!」

 ――ズドォォォォォッ!!!!

「!! ギルフォード・ザ・ライトニングッ!!」
 魔法神官の放つ巨大な魔力弾により、伝説の騎士は粉々に打ち砕かれる。
 同時に、城之内の盤に表示されたライフポイントがわずかに減少した。

 城之内のLP:1800→1400

「チキショウ……まさか、海馬の青眼を上回るマジシャンが出てくるなんて……!!」
「私はこれでターン終了……さあ、あなたのターンです」
 城之内は手札を確認する。場のカードはこれでゼロ。手札にも、起死回生のカードは全くない。
「オレのターン!! ドローッ!!」
 それでも諦めず、カードという名の剣を、デッキから抜き放った。

 ドローカード:悪魔のサイコロ

(……!! よ、よし! これなら!!)
 願ってもないカード。城之内の目に強さが宿る。
「いくぜ!! オレはまず、『魔封剣士 フォビッド』を攻撃表示で召喚っ!!」
 城之内の場に、魔法の剣を携える、1人のホビット族の戦士が現れた。


魔封剣士 フォビッド  /闇
★★★★
【戦士族】
戦闘により破壊されたとき、
フィールドに“魔封の剣”を遺す。
攻1400  守1700


「『魔導サイエンティスト』を攻撃! フォビッド・ソードッ!」

 ――ズバァァッ!!

 ホビットの戦士は、その小さな体躯を跳び上がらせると、対象のモンスターへと斬りかかる。『サイエンティスト』の守備力はわずか300、何の問題もなく破壊される。
「カードを2枚伏せて……ターン終了だ!」


 城之内のLP:1400
      場:魔封剣士 フォビッド,伏せカード2枚
     手札:0枚
パンドラのLP:800
      場:黒の魔法神官,魔力倹約術
     手札:0枚


(……攻撃力1400のモンスターを攻撃表示……なるほど、リバース頼みですか)
 パンドラの口元がニヤリと歪む。
「私のターン、ドロー!」

 ドローカード:我が身を盾に

「……! いきますよ、黒の魔法神官の攻撃! セレスチアル・ブラック・バーニングッ!!」

 ――カァァァァァッ!!

 魔法神官の持つ杖に、闇の魔力が凝縮されていく。だが、ここが好機とばかりに、城之内の手が動く。
「この瞬間――罠カード発動! 『悪魔のサイコロ』!!」
 城之内の場に、サイコロを抱えた小悪魔が現れる。彼は現れるや否や、手にしたサイコロを勢いよく放った。
 そして、振られたサイコロの出した目は――『4』。
「いよっしゃああ!! これで魔法神官の攻撃力は4分の1! 余裕で返り討ちだぜっ!!」
 喜々とした様子の城之内。魔法神官の攻撃力は、4分の1で800ポイントになっているはず――そう思っていた。
「……。あれ?」
 だがすぐに、異変に気が付く。『4』というなかなか大きな数字が出たくせに、魔法神官の風体はまるで変わらず、杖の魔力だけがどんどん強まっていく。
「残念でしたね……『黒の魔法神官』の特殊能力。それは、罠の発動を無効にし、破壊するというもの……」
「!? 何……!?」
 黒の魔法神官の全身が、淡い光を発する。
 それを浴びて、地面に転がったサイコロは、一瞬にして砕け散った。
「そして、モンスター間の攻撃力差は1800! あなたのライフは1400――これで終わりです!!」
「――く、まだだ! リバースマジック『右手に盾を左手に剣を』っ!!」

 黒の魔法神官:攻3200→攻2800
        守2800→守3200
 魔封剣士 フォビッド:攻1400→攻1700
            守1700→守1400

 ――ズドォォォッ!!!

「――っ!! ぐああっ!!」
 煙が立ち上る。
 魔力弾の衝撃を受け、城之内の身体が大きくのけ反った。

 城之内のLP:1400→300

「ホウ……持ち堪えましたか。しかしこれで、場のカードは全滅……手札もゼロ。悪あがきもここまで――」
 と、そこでパンドラは口をつぐんだ。
 煙の中、城之内の場にはまだ“何か”が残されていたのだ。目を凝らし、その正体を確認する。
「……先ほどのモンスターの、剣……!?」
 城之内の場には一本、先ほどのホビットが使った剣が、地面に突き刺さっていた。
「魔封剣士が破壊されたとき……『魔封の剣』がフィールドに遺されることになる。残念だったな」
 城之内は、強がって笑ってみせる。
「ですが……そんな剣一本で何ができます? この魔法神官を前に!」
 上段の姿勢を崩さぬまま、パンドラはカードに手をかける。
「カードを1枚伏せ、ターンエンド! さあ、あなたのターンです! 最後のね!」
「…………!」
 城之内は顔をしかめ、現在の状況を確認した。
 確かに――今の自分に残されているのは、あくまで補助的な効果を持つだけの『魔封の剣』のみ。もはや手札も、一枚も残っていない。普通に考えて、最悪に近い状況だった。
(でもよ――こんなところで諦めやしねえよ!!)
 それでも迷わず、デッキに手を伸ばす。
(今までだって何度も……色んな、絶望的な状況を乗り越えてきた。今回だって……!!)

 絶対に――諦めない!!

「オレのターン!! ドローッ!!」
 微塵も怯まず、カードを抜き放った。

 ドローカード:運命の宝札

「いよっしゃああっ!! オレは『運命の宝札』を発動! サイコロを一つ振り……出た目の数だけ、カードをドローできるぜ!!」
「!! この状況で手札増強カードを……!!」
 手札のない城之内にとって、願ってもないカードだ。どこからともなくサイコロが現れ、それが地面に放り投げられる。


運命の宝札
(魔法カード)
サイコロを1回振る。出た目の数だけデッキからカードをドローする。
その後、同じ数だけデッキの1番上からカードをゲームから除外する。


 そして、出た目の数は――『3』。
「3ですか……最大で6枚ドローできるカードとしては、微妙な枚数ですねえ」
「へっ、言ってろ! オレはデッキから3枚ドローし、さらに3枚をゲームから除外する!」
 これで、城之内の手札は3枚。罠カードが1枚に、モンスターカードが2枚。
「……! オレは……カードを1枚伏せ、ターンエンドだ!」
 城之内の場に1枚だけ、裏側表示のカードが浮かび上がった。
「おやおや……壁モンスターすら出さないとは。引きが悪かったのでしょうかね?」
 からかい気味に言いながら、パンドラもデッキに手を伸ばす。
「……待ちな、鈴木。てめえのターンが始まる前に、一つ教えてやるよ。次のターンでほぼ勝負は決まる……オレかオマエ、どちらかの勝利でな!」
「……? 何ですと?」
 デッキに伸ばした手が止まる。
「このギャンブル……確率は2分の1。外せばもちろんオレの負けだ。だがよ……」
 城之内は不敵な笑みで、目の前の男を見据えた。
「これを当てれば――オレの勝ちだっ!!」


 城之内のLP:300
      場:魔封の剣,伏せカード1枚
     手札:2枚
パンドラのLP:800
      場:黒の魔法神官,魔力倹約術,伏せカード(我が身を盾に)
     手札:0枚



決闘14 half and half

「馬鹿な……そのリバースは罠カードのはず。もうお忘れですか? 私の『黒の魔法神官』の特殊能力を……」
 パンドラは頼もしげに、自分の場の魔法神官を見つめた。彼の特殊能力――それは、罠カードの発動の無効化。上位の魔法神官である彼の前には、いかに巧妙なトラップであろうと無力と化すのだ。
「へっ、アンタこそ忘れてんじゃねえのか? オレの場に残された……コイツのことをよ」
 目線で示してみせる。それは、『魔封剣士 フォビッド』が破壊された際に現れたもの。彼の手にしていた魔法の剣は、いまだ城之内のフィールドに突き刺さったまま、残り続けている。
「コイツは「魔封剣士」の一族に伝わる「魔封の剣」……! これが場にあるとき、相手のカード効果を一度だけ無効にすることができる!」
「!? 何……!」
 パンドラの口元が歪む。つまりその効果を利用すれば、城之内は一度だけ罠カードを発動可能になるのだ。


魔封の剣
「魔封剣士 フォビッド」が戦闘で破壊されたとき、場に遺される。
相手の魔法・罠・モンスター効果の発動を1度だけ無効にできる。
その後、無効にした魔法・罠カードは持ち主の手札に戻る。


(……ミラーフォースのような、モンスター破壊系の罠か? それならば、私の場のリバースカード『我が身を盾に』で防ぐことができる。しかし承服いかないのは、“2分の1の確率”という彼の宣言……どういう意味だ?)


我が身を盾に
(魔法カード)
相手が「フィールド上モンスターを破壊する効果」を持つカードを発動した時、
1500ライフポイントを払う事でその発動を無効にし破壊する。


「……。私のターン、ドロー」

 ドローカード:アクア・マドール

「……。私は『アクア・マドール』を守備表示で召喚し――」
 パンドラの場に、仮面を付けた魔術師が現れ、守備態勢をとる。

 アクア・マドール:守2000

(――どうする? 乗るか反るか……普段なら、ここは乗る局面ですが……)
 城之内の目が気になった。
 彼の目には迷いがない。とても“2分の1の確率”にかけているようには見えない。彼の目は確かに、自信に満ち溢れている。
「何だ……ビビっちまって、攻撃できねえのかよ?」
「…………」
 安い挑発だ。カードゲームにおいて、駆け引きは重要な要素。パンドラは、その程度の誘いに惑わされるような甘いデュエリストではない。
(どうする……? 仮に次のターン、『魔封の剣』を除去できれば、彼のトラップは無効化できるが……)
「……しゃあねえヤツだな。なら見せてやるぜ……コイツの正体をな」
「!? なっ……!?」
 城之内はおもむろに、自分の伏せカードを手に取り、その正体を示してみせた。


ヒーロー見参
(罠カード)
相手の攻撃宣言時、自分の手札から
相手プレイヤーがカード1枚をランダムに
選択する。それがモンスターカードだった場合は
フィールド上に特殊召喚する。
違った場合は墓地に送る。


「コイツは、オレの手札のモンスター1体をランダムに選択し、特殊召喚できるトラップ……。今、オレの手札は2枚。両方ともモンスターカードだ。そして片方だけが、オマエの魔法神官を倒せるモンスター……ってわけさ。な、2分の1だろ?」
「……!!」
 パンドラは眉をひそめた。
 城之内の目は、嘘を吐いていない。十中八九、本当のことなのだろう。
 自らの非公開情報を提示してまで、彼は“2分の1の確率”に賭けたがっている。いや、“2分の1の確率”に勝てることを信じている。自分の運命を確信している。
(なるほど……城之内克也、キミはそういう決闘者ですか)
 パンドラの口元が、わずかに綻(ほころ)んだ。
 不安も、恐怖も、迷いもない。ただ信じ抜いている――自分自身を。
「……そうそう出来るものではありませんよ、“その目”は。ただの馬鹿か、あるいは……」
 呟きながら、パンドラは城之内をはっきりと見据えた。
「――いいでしょう! そのギャンブル、受けてたちます!!」
 パンドラは右手を掲げ、攻撃宣言を出す。
「黒の魔法神官!! プレイヤーにダイレクトアタックです!!」
「――トラップ発動ぉっ!! 『ヒーロー見参』っ!!!」
 城之内は宣言どおり、場のトラップを発動させた。そして同時に、城之内の「魔封の剣」が、そのトラップの身代わりとなり消滅する。
「さあ、選びな!! 鬼が出るか蛇が出るか……オメー自身の手でな!!」
 城之内は二枚の手札を、パンドラに向けて突きつけてみせた。
「…………」
 パンドラは仮面の下で、城之内の目を凝視する。
「では……そうですねえ。右、がいいでしょうかねえ……?」
 ことばを使い、揺さぶりをかける。奇術師であるパンドラは、基礎能力として人間観察に長けている。こういったカードの駆け引きは、彼の得意分野である。
「……右? どっちから見てだよ?」
 だが、城之内の両の瞳は、一切揺れることがない。
(彼はギャンブルカードも多用するデュエリスト……なるほど、それなりに場慣れもしているようだ)
 だが、小手先の技術だけなら、パンドラの目は誤魔化せない。肝要なのは、心の持ち方――彼の強固な意志が、深層心理の透視を頑なに妨害する。
「なるほど……下手な小細工は無意味そうだ。ならば私も、自分を信じて――」
 今度はカードだけを見つめる。
 カードの透視など不可能、そんなことは知っている。だがパンドラは、カードの裏地を見つめることで、自らの“直感”を純粋に研ぎ澄ます。
「右を……私から見て、右を選択します!!」
「…………」
 城之内は静かに、そのカードを右手に持ち返る。
「……。こっちで、いいんだな……?」
 パンドラは静かに頷いた。
「“当たり”だぜ……鈴木。てめえが選んだカードは……」
 “当たり”――そのことばが果たして、どちらのデュエリストにとってのものかはまだ分からない。
「コイツだ!! オレが最も信頼するしもべ――『真紅眼の黒竜』っ!!!」
 城之内の場に、新たなモンスターが現れる。
 巨大な体躯を有する、紅い眼をした、黒いドラゴン。雄雄しくも美しいモンスターが、城之内を護らんと、眼前に立ちはだかった。
(レッドアイズ……城之内克也のデッキに残された、最後の最上級モンスター! だが、その攻撃力はわずか2400……)
 パンドラは確信する――勝利を。
 城之内の場にリバースカードはもう無い。さらに、レッドアイズは何の特殊能力も持たない通常モンスター。つまり、そのままの攻撃力で勝負するしかない。
 魔法神官の攻撃力は3200――容易く勝利できる。
「どうやら、ギャンブルに失敗したようですね! これで――」
 魔法神官がその杖に、強大な魔力を注ぎ込む。
「……言ったろ……? “当たり”だってな」
 だが次の瞬間、城之内は不敵に笑ってみせた。
「この瞬間――手札の『勇敢な魂(ブレイブ・ソウル)』の効果発動っ!!」
「!!? 手札で効果発動するカード!?」


勇敢な魂  /炎
★★
【炎族】
フィールド上のこのカードは、エンドフェイズ時に破壊される。
自分の場のモンスターが戦闘を行うとき、手札からこのカードを
そのモンスターに装備することができる。このカードが装備カードと
なったとき、次の効果を選択して適用する。
●1ターンの間、装備モンスターの攻撃力を500ポイントアップ。
●1ターンの間、装備した通常モンスターの攻撃力を1000ポイントアップ。
攻 500  守 500


「コイツの効果で、オレのレッドアイズは、攻撃力が1000ポイントアップする!! 燃え上がれ! レッドアイズッ!!!」
 城之内の叫びに応えるように、黒竜は高らかに嘶(いなな)いた。その紅い両眼が、燃えるように輝きだす。

 真紅眼の黒竜:攻2400→攻3400

 かっとアギトを開くと、その中に、轟々と燃え盛る火炎弾を生み出した。
「レッドアイズの反撃――ダーク・ギガ・フレアッ!!!」

 ――ドゴォォォォォッ!!!!

「ぐあああああっ!!!」
 放たれた業火が、攻撃宣言に入っていた魔法神官を一瞬で焼き払い、吹き飛ばした。

 パンドラのLP:800→600

「くうっ……! まさかそんな方法で、魔法神官の攻撃力を上回るとは……!!」

 真紅眼の黒竜:攻3400→攻2400

「反撃のチャンスは与えねえ……! いくぜオレのターンッ!」
 城之内はカードを引き抜くと、躊躇することなく、それを発動した。
「魔法カード発動――『H−ヒートハート』ッ!!」


H−ヒートハート
(魔法カード)
自分フィールド上に存在するモンスター1体を選択して発動する。
選択したモンスターの攻撃力は500ポイントアップする。
そのカードが守備表示モンスターを攻撃した時、その守備力を攻撃力が
越えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。
この効果は発動ターンのエンドフェイズまで続く。


「コイツの効果で、レッドアイズの攻撃力は500アップ! さらに貫通効果を得るぜ!!」

 真紅眼の黒竜:攻2400→2900

「いけえ、レッドアイズ! 黒・炎・弾っ!!」

 ――ズドォォンッ!!!

 レッドアイズの放つ炎弾が、パンドラの守備モンスターを破壊する。その衝撃はプレイヤーをも襲い、ライフポイントを容赦なく削った。

 パンドラのLP:600→0

「うっしゃああ!! オレの勝ちだぜっ!!」
 自らの勝利を確認すると、城之内は快心のガッツポーズをとってみせた。


 城之内のLP:300
      場:真紅眼の黒竜(攻2900)
     手札:0枚
パンドラのLP:0
      場:魔力倹約術
     手札:0枚


「ったく……冷や冷やさせやがって、また接戦じゃねーかよ」
 ひとり悦に入っている城之内に、本田が駆け寄る。
「うっせーな、勝ちゃあいいんだよ、勝ちゃあ!」
 と、城之内のデュエリストカードから、電子音が鳴る。

城之内 克也  D・Lv.5
★★★☆☆☆☆☆
2勝0敗

「なるほど……貴方の実力、しかと見させていただきました」
「……!」
 パンドラがゆっくりと、その顔を上げた。
「城之内克也……あなたの“力”を見込んで、あなたに……そして、武藤遊戯に伝えて頂きたいことがあります」
「……あん?」
 城之内は眉をひそめる。
「第一回バトル・シティ……あなた方は、マリク・イシュタール率いるカード強奪集団“グールズ”と闘い、勝利した。結果、グールズは解散……全ては終わったかに見えた。しかし、あなたはご存知ですか? グールズに、その前身たる組織があったことを……」
「……? グールズの……前身? オマエ何を……」
 パンドラはコクリと首肯した。
「組織の名は“ルーラー”……私はかつて、その組織の構成メンバーでした。そして今、彼らは再び動こうとしている……何かをしでかそうとしているのです。この大会でね」



決闘15 闇の嘶(いなな)き

「で……何なんだよ、その“ルーラー”ってのは」
 木製の椅子にもたれながら、本田が改めて問いかける。
 大勢に聞かれるのは好ましくない、というパンドラの提案で、三人は近くのファミリーレストランに入っていた。
 パンドラの仮面を見たとき、ウェイトレスがギョッとした顔になったのは言うまでもない。
「グールズの“前身”とか言ってたよな。どういう意味だ?」
 注文したピザを齧(かじ)りながら、城之内は首を傾げてみせる。
 焼きたてと思わしきピザは熱々で、チーズも程よく溶けていた。そういえばピザなんて、長く食べてなかったな――頭の片隅でそう思い、よく味わって食べることにした。
「ことば通りの意味ですよ。“グールズ”は約三年前、弱冠14歳の少年に過ぎなかったマリク・イシュタールの手により作られた組織。カードの強奪・偽造などを行い、M&W界に混沌を投げ込んだ集団です。しかしそれは、彼が一から築き上げたものではない……ある既存の集団を乗っ取り、作り変えたものに過ぎないのです」
「……? つまり、こういうことか? “グールズ”の原型は、マリクが入るより以前から出来ていて……そいつの名前が“ルーラー”。んで、グールズが解散した今、そいつらがまた息を吹き返し始めている……と」
 本田のことばに、パンドラは首肯してみせた。コーラを啜りながら、城之内がことばを続ける。
「要するに、グールズの残党みたいなもんかよ?」
 パンドラは今度は、首を横に振って否定した。
「ルーラーとグールズは、そもそもの活動目的が異なります。グールズはマリク・イシュタールの、千年パズルに宿る“ファラオ”への私怨のために動いていた……。少なくとも当時のルーラーは、別の目的のために動いていました」
「……別の目的って?」
 しばらくの沈黙を置いて、パンドラが答える。
「現行世界の終焉と……新世界の構築」
 ……間があった。
 城之内と本田の目が点になる。
 何言ってんだオマエ、と言わんばかりに、目の前の仮面男を見つめる。
「まあ、当然の反応でしょうがね。しかしあなた方は知っているはずでしょう? 千年アイテム……そしてM&Wにまつわる、数千年前の“闘い”の歴史を」
「…………」
 二人は顔を見合わせ、“闇RPG”でのことを思い出す。“大邪神ゾーク・ネクロファデス”――三千年前、闇の力を用い、世界を滅ぼさんとしていたとんでもない化け物のことを。
「まさかアイツを……“ゾーク・ネクロファデス”を復活させる気だってのかよ!?」
 城之内は、自分で言ってぞっとした。あんなものが現代社会に現れるなど、想像したくもない。怪獣映画も真っ青の地獄絵図である。
「さあ……具体的には分かりません。“計画”の詳細を知っていたのは、ルーラーの首領“ガオス・ランバート”と、数名の側近のみであったと言いますし」
 私は下っ端でしたのでね、とパンドラは自嘲気味に呟いた。
「でもよー、その“ガオス”ってのも、まだ14歳のマリクに組織を乗っ取られたってことだろ? あんま大したことねーんじゃねーのか?」
 軽い調子で、本田が言う。
 いくらマリクが“千年杖(ロッド)”を持っていたとはいえ――仮にゾーク復活を画策できるような大物だとすれば、簡単に負けるわけがない。たかが14歳のマリクに組織を乗っ取られた、という時点で、その男の器はたかが知れているように思えた。
「仕方がありませんよ……当時“ガオス・ランバート”は行方不明でした。一部の噂では、エジプトの地にて、何者かに殺害されたとも聞く。組織はその代理として彼の息子、“シン・ランバート”を立てた……しかしまだ若い彼に、“ルーラー”という巨大組織を統率することは不可能だった」
「そこをマリクに乗っ取られた……と?」
 何となく話が見えてきた。頭の中で話の流れを整理しながら、城之内はウンウン頷く。
「ところで……“ガオス・ランバート”の名を、貴方たちはご存知ですか?」
「? 何だ、有名人か何かなのか?」
 本田が首を傾げると、ええ、とパンドラは頷く。
「ガオス・ランバート……彼は、M&Wの生みの親・I2社の初代名誉会長です」
「…………。何ィィィッ!!?」
 城之内は思わず立ち上がり、叫んでしまう。
 周囲の批判的な視線を感じて、愛想笑いを浮かべながら、再び着席した。
「I2社で一番偉かったヤツが、何でカード強奪とか偽造の組織つくってんだよ!? おかしいだろ!?」
「さあ……何故ガオス・ランバートがそのようなことをしていたのかは分かりません。しかし思うにそれが、“ルーラー”の目的にとって“必要なこと”だったからではないでしょうか?」
「……? どういうことだよ?」
 パンドラ曰く、“ルーラー”の最終目的は“世界の終焉と再構築”というもの。M&Wなどというカードゲームとは、常識的には繋がりようがない。
「一説によれば……M&Wの大元は、ペガサスではなくガオス氏により作られたとも聞きます。ペガサスはあくまで、彼の提案したゲームを形にしたに過ぎない……とね。考えてみれば、一美術家に過ぎなかった彼が、このように大勢の人間を魅了するゲームを独力で作れるでしょうか? ペガサスはその絵画の才を、あくまでカードデザインに生かした。このゲームのルールやカードの詳細は、実はガオス氏の考案したものではないか……とね」
 つまり――と、次の一言をパンドラは強調した。
「M&Wは“ルーラー”の最終目的のために、必要なゲームであった。そのためだけに彼は、これをペガサスに作らせたのかも知れない……。カードの偽造・強奪を行い、その行く末までもコントロールした。……もっともあくまで、私の憶測ですがね」
「…………!!」
 城之内は視線を逸らし、考え込んでしまう。


 ――世界を破滅させる?
 ――そのためにM&Wを?
 ――それだけのために……このゲームを創った?


 だんだん腹が立ってくる。
 手のひらの上で踊らされていたような――いいように遊ばれていたような、苛立たしい感覚。
 城之内はそういう傲慢そうなタイプの人間が、特に嫌いだった。
「でもよー、話がでか過ぎて何がなんだか。……“アイツ”はもう冥界に還っちまったし……こんな話、オレらにされてもな」
 もっともらしいふうで、本田が言う。
 なあ、と城之内に同意を求めると、彼は無言で腕組みをしていた。
「……この話をしたのは他でもない……あなた方がかつて千年アイテムに関わっていたこと、そして……腕の立つデュエリストであることを見込んで話しているのです」
「……? どういうことだよ?」
 黙りこんだままの城之内に代わり、本田が問う。
「……思うに、彼らの目的達成のためにはM&Wが不可欠……ということではないでしょうか。ガオス氏のM&Wに対する執着は、少々度を過ぎていた……そこには必ず、何らか意味があるはず。彼らはこの先、何らかの形でこのゲームを利用してくるはずです。つまり――」
 城之内が唐突に、その口を開く。
「――そいつらを止められるとしたら、同じM&W……オレたちデュエリスト、ってわけか?」
「……ご名答。確証はありませんがね」
 パンドラはそう言って、大きく頷いてみせた。
 話をいったん区切ると、手元のコーヒーに手を伸ばす。いつの間にか冷めてしまったが、喉を潤すにはちょうど良い。
「だが……それでも納得がいかねえ。アンタは元グールズで……ルーラーってやつの一員だったんだろ? 何でこんな話をオレらに? ルーラーを裏切るってことかよ?」
「……。さあ……どうでしょうね」
 パンドラは顔を逸らすと、どこか遠い目をした。
「ルーラーは、“ある共通の想い”に囚われた者たちの集まり……“死に至る病”に冒された者たちの塊だ。私はその病が治ってしまった……だから分からなくなった。彼らが正しいのか否かが……ね」
「……? “死に至る病”?」
 何か病気だったのか?と城之内は問う。
 パンドラが神妙な面持ちで口を開こうとする――しかしその瞬間、何かが振動する音がした。
「あ……失敬、私ですね」
 そう言うと、パンドラは上着のポケットから携帯電話を取り出した。
 城之内たちは、仕方ない、といった様子で黙り込む。すみませんね、と言いながら、パンドラは通話ボタンを押した。
「はい、もしも――」

――一体いま何時だと思ってるんですか鈴木さんっ!!!!

 凄まじい怒声だった。
 パンドラのみならず城之内たちにも届く、素晴らしい声量。声の感じから察するに女性らしかったが、彼女の肺活量はきっと、男性顔負けのものだろう。

また寝坊ですか!? それとも一月早い五月病ですか!? もし来なかったら、貴方がピケル萌えだってことバラしますよ!? お客さん全員に大暴露大会ですよ!?

 凄まじいテンションの女性だった。というか大暴露大会って何だ。
 パンドラはとにかく謝っていた。傍観している分にも気の毒なほど、ひたすら頭を下げていた。電話越しなのに。
「さ、三十分……いえ! 二十分で着きますから!! はい!! はい必ずっ!!!」
 そこでようやく通話が切れる。
 パンドラはほっと、心底安心したようにため息を吐いた。
 しかし次の瞬間、城之内たちを含めた大半の客からの、冷たい視線に気づくことになる。
「……。コ、コホン。し、失礼いたしました……彼女は今の私の、奇術のパートナーでしてね。今日の公演の舞台入りが遅いので、心配して連絡をくれたようで……」
 心配というよりは、早く来いと脅迫しているようだったが。
「……ピケル萌えだったんだ……」
 城之内がニヤリと笑う。パンドラがギクリとした様子で後ずさった。
 電話ごしの彼女の発言によれば、外出する時も風呂に入る時も寝る時もいつも一緒らしい、ピケルのカードと。つまり、今もどこかに持っているわけだろう。
「とっ……とにかく! 私は急ぎの用が出来ましたし……これで失礼します! 話すべきことは大体話しましたしね!!」
 そう言うと、パンドラはせかせかとシルクハットを被り、逃げるように立ち上がった。
「あ、ちょい待ち。忘れモンだぜ」
 城之内はすかさず、テーブル上の伝票を差し出した。城之内がニヤリと笑ってみせると、パンドラは渋々といった様子でそれを奪い取る。彼女の漏らした弱味は、彼ら二人の間に明確な序列関係を築いてしまったらしい。
「ああ……それと! デュエル前にも言いましたが……武藤君に、くれぐれも礼を伝えておいて下さいね」
 パンドラはニッと、笑みを浮かべてみせた。
「あなたに命を救われたパンドラは……夢を取り戻し、今は前を向いて生きているとね」
「……! 分かった、伝えといてやるよ」
 この男と遊戯の間に何があったのか、城之内は知らなかった。
 しかし、お人好しの遊戯のことだ。敵であるはずのこの男を庇い、救ってやったのだろう――その程度のことは、容易に想像がついた。

 頭を下げ、会計を済ませると、パンドラはそそくさと店を出て行った。
「つーか……あのオッサン、ピケル萌えって……」
 本田が口元を引きつらせる。最後まで胡散臭いヤツだったな、と。
「ま、「ピケル好きに悪いヤツはいない」って、前に双六じいさんが言ってたし……結構いいヤツだったじゃねえか?」
 そう言って、パンドラの奢りが確定したピザを摘む。心なしか、さっきより美味しく感じられた。
「……あんなとんでもない話された後だってのに、お前はホントにマイペースだなあ」
 呆れと感心を含んだ眼で、本田は城之内を見やった。
「とにかくさっきの話、早く遊戯たちにも伝えたいところだけど……どこにいるか分からねえし。教えるとしたら予選終了後かな……」
「――まっ!! ルーラーだかカレールーだか知らねえが……この城之内様がぶっ潰してやっから、大船に乗ったつもりでいろって!!」
 ワハハと高笑いする城之内。結局、デュエル前と何ら変わっていない。
「……ドロ船じゃねえことを祈ってるよ」
 ピザにがっつく城之内をよそに、本田はため息を漏らした。



●     ●     ●     ●     ●     ●



 ――同刻、童実野水族館付近――

「〜〜♪」
 絵空は杏子と並び歩きながら、ニコニコと満面の笑みを浮かべていた。
 歩調は軽やかで、鼻歌まで口ずさんでいる。しかしその音程は、可哀想なほどにハズれていた。哀しいかな、絵空は音痴だという裏設定なのだ。
「ウーン、快調快調! この調子ならあっという間に予選突破だね、もうひとりのわたし!」
『(もう……調子に乗っちゃ駄目よ。まだ半分なんだし)』
 分かってるよ、と応えると、絵空は自分のデュエリストカードを見つめた。


神里 絵空  D・Lv.?
★★★★☆☆☆☆
3勝0敗


「大丈夫大丈夫! 残り4勝、時間はまだ12時過ぎだし……これなら一位通過も夢じゃないって!」
 ワハハ、と笑ってみせる絵空。相棒の暴走ぶりに、裏絵空は大きくため息を吐いた。

「ね……ところで絵空ちゃん。そろそろお昼にしない? もう正午だし」
 杏子が横から提案する。そうだね、と絵空も応えた。
「わたし外食なんて久しぶりだよ〜。ね、もうひとりのわたしは何食べたい? お寿司とか?」
『(……ほどほどにしておきなさい。午後眠くなるわよ)』
 そもそも学生は、気軽にお寿司なんて食べないわよ、と裏絵空。
 そうなの?と絵空は首を傾げた。

 一方で、杏子は会話を繋げづらくて、苦笑を浮かべていた。
 杏子には、パズルボックスに封印された状態である裏絵空の声が聞こえない。杏子を含めてハタから見ると、脈絡の掴めない独り言にしか聴こえないのだ。
(それにしても……本当に仲が良いのね、二人とも)
 絵空の独り言(のように見える)の、楽しげな様子を見ていれば容易に分かった。この二人の間に、どれほど強い絆があるのかが。
 彷彿(ほうふつ)とさせた。遊戯と、千年パズルに宿っていた――“彼”のことを。
 切ない気持ちが、胸を強く締め付ける。彼への想いは、未だに褪(あ)せずに残っている。いつの日か、また会えるときがくるのではないか――そんなありえない期待も、ほんの少しだけど残っていた。
 だからこそ、ふと不安を覚えた。
 二人の遊戯と同じように、固い絆で結ばれた、二人の絵空。

 この二人もいつか、遊戯たちのように、離れ離れになる日が訪れ得るのだろうか――と。


「わたし、牛丼って食べてみたいなあ。けっこう世間で騒がれてるみたいだし♪」
『(……アレは“値段の割に美味しい”ってだけだと思うけど)』
 微笑ましい、楽しげな会話。
 しかし――

 ――ドクンッ!!!

「――……!!」
 絵空はその瞬間、はっとした。
 慌てた様子で振り返り、辺りをキョロキョロと見回す。
「どっ……どうしたの? 絵空ちゃん?」
 驚いた様子で、杏子が問う。
「何か今……すごい鳴き声がしたから! モンスターの……うん、多分ドラゴンの!」
「……え?」
 きょとんとした顔で、杏子は首を傾げる。
「そんな音した? 私は聴こえなかったケド」
 とはいえ杏子にしてみても、耳を澄まして待っていたわけではない。
 ゴメン、聴き逃したかも、と伝える。
『(私も聴こえなかったけど……本当に“すごい鳴き声”だったの?)』
「え……もうひとりのわたしも?」
 おかしいなあ、と絵空も首を傾げた。
(すごく大きな音だったと思うんだけど……うーん?)
 軽く、悩みこんでしまう。

 多分、あの声だ――広場に向かう途中で聴いた、異様に力強く、そして何だか、怖い感じのする咆哮。
 いやむしろ、あの時よりも大きく、そして近くに聴こえた。だからこそ、杏子と裏絵空が聴き逃すのは、ありえないことのように思えた。

 頭にハテナマークを浮かべたまま、周囲をもう一度見回した。
 それらしいソリッドビジョンは出ていないし、やはり気のせいなのだろうか。
「……? 大丈夫、絵空ちゃん?」
 心配そうに、杏子が覗き込む。
 それに対し絵空は、大丈夫、と応える。
『(そんなに大きく聴こえたの? その……ドラゴンの鳴き声って)』
「ウン。それになんだか、すごく近かったような……?」
 しかしどんなに考えても、答えは見つからない。

 音はもう聴こえない。ただの気のせいとは思えないが、すでに聴こえない以上、これ以上は探求のしようがなかった。

(ま……いっか)
 現実にドラゴンがいるはずはないので、どう考えてもそれは、ソリッドビジョンによるモンスターのものだ。ならばそのうち、そのモンスターと対峙する機会もあるかも知れない。
 この件は一度忘れて、絵空はとりあえず昼食を考えることにした。

「……? あれ、何だろう?」
 しかしそこで、一つの人だかりが目に入った。
 集まっている人たちが決闘盤を付けている辺り、誰かがデュエルをしているらしかった。
「すごく集まってるけど……誰かしら?」
 杏子の興味もそちらに向いた。
 ふと、傍観者の声が耳に入る。


「――あれが武藤遊戯か……思ってたより小っちぇえな」
「――相手の外国人、誰だ? 強ぇのか?」


「エ……遊戯?」
 杏子と絵空は顔を見合わせた。
 小走りに駆け寄ると、人の合間から中の様子を覗き込む。


「――ボクの先攻だね。カードを1枚伏せて……『キングス・ナイト』を攻撃表示で召喚! ターン終了だよ!」


「あっ……ホントに遊戯くんだ」
 小さな身体を駆使して、絵空は前の方へ出た。遊戯の後姿が、はっきりと視認できた。
「相手は……外国の人、みたいだね」
 遊戯と相対する形で、金髪の青年が決闘盤を構えていた。黒いハチマキを頭に巻いた、人懐っこい印象のある美青年。
「……あれ? あの人、どこかで見たような……?」
 口元に手を当てて、考える。しかしその疑問には、裏絵空が即答してくれた。

『(――カール・ストリンガー……。イギリス最強のデュエリストだわ)』

 と。


 遊戯のLP:4000
     場:キングス・ナイト,伏せカード1枚
    手札:4枚
カールのLP:4000
     場:
    手札:5枚



決闘16 英国最強の男

「僕のターンだね、ドロー。よし……僕は『レスキューキャット』を召喚し、特殊能力を発動よう」
 工事現場のようなヘルメットを被った愛らしいネコが、首にかけたホイッスルをピーッと鳴らした。その愛らしい外見と仕草が、周囲のデュエリストたちの気持ちを和ませる。


レスキューキャット  /地
★★★★
【獣族】
自分フィールド上に存在するこのカードを墓地に送る事で、
デッキからレベル3以下の獣族モンスター2体をフィールド上に特殊召喚する。
この方法で特殊召喚されたモンスターはエンドフェイズ時に破壊される。
攻 300  守 100


「この子のホイッスルは、新たな獣族の仲間を呼ぶ……僕が呼び出すのはこの二体だ。来い、『素早いモモンガ』『ハイエナ』っ!」
 カールの場に一気に、二体の獣モンスターが並んだ。すると、自分の役目は終わったと言わんばかりに、ネコはその場から退散していく。


素早いモモンガ  /地
★★
【獣族】
このカードが戦闘によって墓地へ送られた時、
自分は1000ライフポイント回復する。
さらにデッキから同名カードをフィールド上に
守備表示で特殊召喚する事ができる。
その後デッキをシャッフルする。
攻1000  守1000

ハイエナ  /地
★★★
【獣族】
このカードが戦闘によって破壊され墓地へ
送られた時、デッキから「ハイエナ」を
特殊召喚する。その後デッキをシャッフルする。
攻1000  守 300


「……ご苦労様。さて、僕はカードを2枚伏せて……いくよ、武藤くん。2体のモンスターで、『キングス・ナイト』を攻撃っ!」
「!? 攻撃力1000で……攻撃してくる!?」
 意外な展開に、遊戯が驚きの声を上げた。
 追撃のマジックを発動する気配もない。二匹の獣はそのままで、ナイトを破壊しようと襲い掛かってきた。
「くっ……! 迎撃するんだ、キングス・ナイトっ!」

 ――ズバズバァァッ!!!

 二匹はまとめて、一刀両断にされる。
 それにより、カールのライフポイントが大きく減少した。

 カールのLP:4000→3400→2800

「くうっ……。でも、ただではやられないよ。モンスター2体の効果発動! 同名モンスター2体を、それぞれフィールドに特殊召喚する! 来いっ!」
 モモンガとハイエナが、2体ずつフィールドに出現する。
 遊戯は目を疑った。たった1ターンでモンスター4体を展開――にわかには信じがたい光景だ。
「おっと……そうそう。モモンガにはもう一つの効果があるんだ。このモンスターが戦闘で破壊されたとき、僕のライフが1000回復するよ」

 カールのLP:2800→3800


 遊戯のLP:4000
     場:キングス・ナイト,伏せカード1枚
    手札:4枚
カールのLP:3800
     場:素早いモモンガ×2,ハイエナ×2,伏せカード2枚
    手札:3枚


「ホントだ……獣族モンスターを使ってるし、“カール・ストリンガー”で間違いなさそうだね」
 ハチマキなんてしてるから分からなかったよ、と絵空はボヤく。
「……? 何? 絵空ちゃん、あの人のこと知ってるの?」
 ちょっとカッコいいけど、と杏子がミーハーなことを言う。
 そうだよね、と絵空もそこは大きく肯定しておいた。
「あの人はカール・ストリンガー……イギリスで行われるチャンピオンシップで、4年連続優勝しているディフェンシブチャンピオンなの」
「……!? つまり……イギリスで一番強いデュエリストってこと!?」
 杏子は驚きながら顔を上げた。



 そのことを知ってか知らずか、遊戯はいつものようにカードを引く。
「ボクは『クィーンズ・ナイト』を攻撃表示で召喚! この瞬間、場にキングとクィーンが揃った……! デッキから、『ジャックス・ナイト』を特殊召喚!」
「……! へえ、これが噂に聞く「絵札の三騎士」ってやつか」
 カールが楽しげに、にっと笑みを浮かべる。


キングス・ナイト  /光
★★★★
【戦士族】
キングとクィーンが場にある時、
ジャックをデッキから場に出せる。
攻1600  守1400


 遊戯のフィールドでは、出揃った三人の騎士たちが剣を合わせ、各々の結束を確かめ合っている。
「バトル!! 絵札の三騎士で……総攻撃だっ!!」

 ――ズバババァァッ!!!

 カールの場の『ハイエナ』2体、そして『モモンガ』1体があっという間に斬り払われた。
「トラップを恐れずに攻撃してくるか……やるね。でもこの瞬間、破壊されたモモンガの効果で、僕のライフが回復するよ。さらに――」

 カールのLP:3800→4800

 カールはこのタイミングで、場の伏せカードに手をかけた。
「リバーストラップ発動! 『食物連鎖』! このカードの効果により僕は、デッキから獣族モンスターを特殊召喚できる!!」


食物連鎖
(罠カード)
自分の場の獣族・獣戦士族モンスターが戦闘で
破壊され、墓地へ送られたターンのバトルフェイズ
終了時に発動。そのモンスターよりレベルの高い
同種族モンスターをデッキから特殊召喚する。


「このカードで特殊召喚するのは、攻撃力2600の最上級モンスター……『森の番人グリーン・バブーン』だ!!」
 カールの場に新たに、巨大な棍棒を軽々持つ、凶暴そうな獣モンスターが現れた。


森の番人グリーン・バブーン  /地
★★★★★★★
【獣族】
自分フィールド上に存在する獣族モンスターが破壊され
墓地へ送られた時、1000ライフポイントを払う事で
手札または墓地からこのカードを特殊召喚する事ができる。
攻2600  守1800


「……!」
 遊戯の顔がこわばる。こうも早く最上級モンスターを召喚されるとは――思ってもみない展開だ。
(でも……対抗策はある)
 得意げな笑みを向けてくるカールに、遊戯もまた、同様のものを返した。
「まだだよ。エンドフェイズ前に、手札から『融合』を発動! 絵札の三騎士を束ね、融合召喚――天位の騎士『アルカナ ナイトジョーカー』!!」


アルカナ ナイトジョーカー  /光
★★★★★★★★★
【戦士族】
「クィーンズ・ナイト」+「ジャックス・ナイト」+「キングス・ナイト」
このカードの融合召喚は上記のカードでしか行えない。
フィールド上に存在するこのカードが、魔法の対象になった場合魔法カードを、
罠の対象になった場合罠カードを、効果モンスターの効果対象になった場合
モンスターカードを手札から1枚捨てる事で、その効果を無効にする。
この効果は1ターンに1度だけ使用する事ができる。
攻3800  守2500


「……!! 攻撃力3800……僕のバブーンを超えるモンスターを、こうも容易く召喚してきたか!」
 カールの笑みは崩れない。
 いや、先ほどまでとは違う――優位に立ったときの笑みではなく、武者震いに近い感覚。
 強い相手と闘える、ただそれだけの、歓喜の笑み。
(この人……すごく強い。気を抜いたら、すぐにやられてしまう……!)
 遊戯もまた、カールの強さを悟る。
 でも何故だろう――遊戯の口からも、彼と同じものが漏れる。強い相手と闘える、ただそれだけの、歓喜の笑み。決闘者の本能。
「カードを1枚伏せて――ターンエンド!」


 遊戯のLP:4000
     場:アルカナ ナイトジョーカー,伏せカード2枚
    手札:2枚
カールのLP:4800
     場:森の番人グリーン・バブーン,素早いモモンガ,伏せカード1枚
    手札:3枚


「よし……今のところ、遊戯の方が有利な形勢みたいね。イギリス最強っていっても、これなら……!」
 期待のこもった眼差しで、杏子は遊戯の背中を見つめた。
 そうだ――遊戯だって、世界に名だたる上級決闘者なのだ。相手が英国最強といえど、そうそう引けはとらないのだ、と。
「でも……カール・ストリンガーは、いろいろ“折り紙つき”のデュエリストだから。そう簡単にはいかないと思うよ」
 いろいろ?と杏子が問うと、絵空は少し困ったような顔をした。
「ええっと……このことは、もうひとりのわたしの方が詳しいと思うんだけど……」
 そう言って、絵空はパズルボックス入りのポシェットへ視線を落とす。
 分かったわ、と裏絵空が返すと、パズルボックスのウジャト眼が小さく輝く。
 人格の交代。絵空の人格が中へ引っ込み、裏絵空のそれが表に出る。


「……カール・ストリンガーが台頭してきたのは、今から4年前……。イギリスで初めて、M&Wの国内大会が開かれたときのことです。当時14歳のカールはその若さで、見事チャンピオンの座についた……。でも、当時の彼の評判は、あまり好ましいものではなかったの」
「……? 評判が良くなかった……? どうして?」
 裏絵空の表情が、わずかに曇る。
「当時の彼がキーカードとしていたのは『スケープ・ゴート』……。攻守0の「羊トークン」を有効活用し、『強制転移』や『団結の力』、『キャノン・ソルジャー』などのトリッキーなカードを主軸にする、相手の攻撃をいなして闘うタイプだった。まだM&Wの発展が不十分だった、当時のイギリスでは……その闘いは“邪道”と見なされていました。国内のデュエリストは、彼の戦術を“姑息”と評し、卑下した。そんな彼に、皮肉を込めて付けられた最初の異名が“sheep
kid(シープキッド)”……つまり、“臆病者”」
 何体もの「羊トークン」に身を隠し、強力モンスターを召喚するわけでもなく、こつこつとアドバンテージを稼いでいく彼のそれは、好ましいものとは見られなかった。
「けれどその翌年……再び開かれたイギリス大会で、彼らは度肝を抜かれることになる。彼がそのとき披露した戦術は、以前とは全く異なるタイプ――上級モンスターを召喚し、力で相手を一気に捻じ伏せるタイプのデッキでした。そして彼はまたも、見事優勝してみせた。そして彼は平然と、こう言ったそうです……「みなさん、これで満足ですか?」――と」
 世間の評価は一変した。彼は、大人しい羊しか相手にできない“シープキッド”などではなかった――正真正銘、勇敢な“デュエリスト”であった、と。
 もともと彼は、トリッキーなカードを使い、緩やかに攻めていく“柔”のタイプのデュエリストだった。だが、2年目のイギリス大会で見せた彼の戦術は、一変した“剛”のタイプ――どちらのタイプでも一国の頂点に立てる、空前絶後の実力者。

「……そしてそれ以降は、両方の強さを兼ね備えた戦術を繰り出すようになった……。圧倒的な技量差で、以来、無敗伝説を築き続けています」
「……!! そんな、それじゃあ……」
 杏子のことばに続けるように、裏絵空は言う。
「このデュエル……遊戯さんにとって、非常に厳しいものになると思います」



「僕のターン、ドロー」
 カールは颯爽と、1枚のカードをドローする。
「『アルカナ ナイトジョーカー』……攻撃力3800か。確かにこのままじゃ、僕のモンスターでは勝てないな。でも、それなら……」
 手札から一枚のカードを、勢いよくセットした。
「獣たちの力を、“結束”させるまでだ! 装備カード『団結の力』を発動!」


団結の力
(装備カード)
自分のコントロールするモンスター1体につき、
装備モンスターの攻撃力と守備力を800ポイントアップする。


「グリーン・バブーンに装備……これにより、攻撃力が1600ポイントアップ!」

 森の番人グリーン・バブーン:攻2600→攻4200

「……! 『ナイトジョーカー』を上回った……!!」
 一回り巨大化したバブーンを見て、遊戯がわずかに怯む。
「いくよ……バトルだ! バブーン、ナイトジョーカーを攻撃!!」
 バブーンは棍棒を振り上げると、遊戯のモンスターを叩き潰さんとする。
「させないよ……トラップ発動! 『六芒星の呪縛』!」

 ――ガシーン!!

 六芒星の魔法陣が現れ、バブーンの身体を捕らえる。
「このトラップの効果により、バブーンは攻撃を封じられ、攻撃力が700ダウンする!」
「なるほど……なら僕も、場のリバースを発動しよう。フィールド魔法『野生の森』!」


野生の森
(フィールド魔法カード)
全ての昆虫・獣・植物・獣戦士族モンスターは
対象をとる相手のカードの効果を受けず、
攻撃力と守備力は、200ポイントアップする。


「このフィールド効果により、バブーンの受ける呪縛効果は無効になる。よって――」

 森の番人グリーン・バブーン:攻4200→攻3500

「!? これは……」
 遊戯のフィールドでも、1枚の魔法カードが表にされていた。
「リバースマジック……『魔法解除』!」


魔法解除
(魔法カード)
敵から受けたすべての魔法効力を打ち消す。


 表にされた『野生の森』のソリッドビジョンが、見る見るうちに消滅していく。
「『魔法解除』で『野生の森』を無効化したか……いや、狙いはそれだけじゃないな」
 カールは感心したように、自分の場のもう一枚のカード――『団結の力』を見やる。
 『魔法解除』は、相手の発動した魔法効力を“全て”打ち消すカード。バブーンに装備された状態の『団結の力』も、その効力により消滅する。

 森の番人グリーン・バブーン:攻3500→攻1900

 遊戯のLP:4000
     場:アルカナ ナイトジョーカー,六芒星の呪縛
    手札:2枚
カールのLP:4800
     場:森の番人グリーン・バブーン(攻1900),素早いモモンガ,伏せカード1枚
    手札:3枚


「やるね、武藤くん……。ここまで白熱したオープニングは久々だよ。わざわざ日本まで来た甲斐があるってものだ」
「え……いや、そんな」
 こちらこそ、と照れた様子で遊戯が応える。
「謙遜しなくていいさ。僕は、君とデュエルがしたくて日本に来たようなものだしね」
 カールはクスリと、人懐っこい笑みを零した。
「見せてもらったよ、前回……第二回バトル・シティ大会の決勝戦。君と海馬瀬人……ともに素晴らしいデュエルだった。でも特に、僕が闘ってみたいと思ったのは……武藤くん、君の方だ」
「え……でも」
 遊戯は意外そうに、目を瞬かせる。
「分かってるさ。第二回バトル・シティ大会を制したのは、君ではなく海馬瀬人……非常に僅差の決着だったけどね。でも……僕の中の評価では、彼よりもむしろ君の方が高い」
 カールの両の瞳が、一瞬だけ真剣みを増した。
「――君の中にはまだ……“何か”がある気がしてならない」
「……!?」
 遊戯の顔が曇る。
 それを察したのか、カールはすぐに相好を崩し、ゴメンゴメンと謝罪した。
「いや、すまない。変なことを言ってしまったね。ただ、これだけは言っておこうと思って。君の“それ”を見極めること……それが僕の、来日の一番の動機なんだよ」
 そこまで言うとカールは、遊戯に、デュエルの続行を促した。
 遊戯は少し優れない表情で、デッキに指を伸ばす。
「……ボクのターン、ドロー」

 ドローカード:強欲な壺

 遊戯は気持ちを切り替えると、目の前のカードに意識を集中した。
「いくよ! 僕は『強欲な壺』を発動し、カードを2枚ドロー。さらに、『サイレント・ソードマンLV0』を召喚し……バトルフェイズ!」
 遊戯は顔を上げ、カールの場のモンスター2体を見据えた。
「まずは……サイレント・ソードマン! 素早いモモンガを攻撃だっ!」
 新たに呼び出された少年剣士は、その身軽な体躯を活かし、勢いよく飛び掛った。

 ――ズバァッ!

 未成熟ながらも澄んだ太刀筋で、モモンガを見事に両断する。その瞬間、モモンガの効果が発動し――カールのライフが回復した。

 カールのLP:4800→5800

「さらに!! 『アルカナ ナイトジョーカー』で……バブーンを攻撃っ!!」
 天位の騎士はその大剣で、六芒星に囚われたバブーンに、力強く斬りかかった。

 ――ズバァァァッ!!!!

「!! くっ……!!」
 バブーンが斬り裂かれ、強い衝撃がカールを襲った。
「よしっ!! バブーンを撃……」
 だが次の瞬間、遊戯は自分の目を疑った。
 戦闘に勝利したはずのジョーカーが、にわかに苦しみ出す。
「種明かしをしようか……僕はバブーンが破壊される瞬間、このトラップを発動させたんだ。『ポイズン・クロウ』!」


ポイズン・クロウ
(罠・装備カード)
獣族・獣戦士族・鳥獣族モンスターのみ装備可能。
装備モンスターが戦闘を行うことによる、
コントローラーへの戦闘ダメージは0になる。
また、装備モンスターと戦闘を行ったモンスターは、
ダメージ計算終了時に破壊される。


「『ポイズン・クロウ』は野生の獣に、“毒の爪”を与えるカード……。その毒を受けたモンスターは、どれほど高い攻守を誇ろうとも破壊される……」
 天位の騎士はそのまま消滅し、遊戯のフィールドから姿を消した。
「僕のバブーンも破壊されたし……痛み分け、ってトコかな?」
 カールが笑顔を振りまく。しかし、対する遊戯の表情は優れなかった。
 『ポイズン・クロウ』の効果により、カールはライフポイントも減っていない。今のところは実質的に、カールが優位に立っている。さらに――遊戯はまだ知らないが、『バブーン』には、倒されてなお発動する特殊能力があるのだ。
「ボクはカードを1枚伏せて……ターン終了だよ」
 遊戯のエンド宣言とともに、周囲が大きくため息を吐いたようだった。
 序盤から最上級モンスター同士の激突、魔法・罠の応酬――見ている者全員から、感嘆のため息が出る。


「何か……出だしから、すごいことになってるわね」
 その空気は、決闘者でない杏子にも十分伝わっていた。
 裏絵空もまた、目が離せないといった様子で、完全に黙り込んでいる。
(……次は一体、どんなカードを出すつもり……?)
 互いの最上級モンスターの消滅により、フィールドはほぼリセットされた状態。次に出されるカードが、その後のデュエル展開を占うに違いない。
 デュエリスト全員の視線が、カールの動作に注がれていた。


「僕のターン、ドロー」
 そんなことはお構いなしに、カールはマイペースにカードを引く。そして、そのカードを確認したところで――カールの相好があからさまに崩れる。
 良いカードを引いたのだ、見ていたデュエリスト全員がそう思う。
「紹介するよ、武藤くん。“彼”はこの大会から、僕のデッキに投入された新しいパートナーなんだ」
 引いたばかりのカードを、決闘盤にセットする。
 一体、どんな強力モンスターを召喚するのか――カール以外の全員が、その正体を注視する。
「僕のデッキの核とも言えるモンスター……エースカードだ。いでよ、『おジャマ・グリーン』っ!!」
「……へっ?」
 遊戯の目が点になる。
 周囲のデュエリストたち全員も、揃って同じ顔をしていた。
 カールの場に現れたモンスター、それは――お世辞にも「強そう」とは言い難い、貧弱そうな、そして……不細工な面構えのモンスターだった。


 遊戯のLP:4000
     場:サイレント・ソードマンLV0,伏せカード1枚
    手札:2枚
カールのLP:5800
     場:おジャマ・グリーン
    手札:3枚



決闘17 百獣猛攻

 杏子一人だけが、その状況をすぐには呑み込めずにいた。
「エ……何? あのモンスター、もしかして強いの?」
 カールの場に現れた、全身緑色のモンスター。
 見ようによっては愛嬌のある顔だが、長い舌を垂らし、パンツ一丁で肩肘をつき、ふんぞり返っているそれは、杏子の目から見て、かなり弱そうなモンスターだ。
「…………」
 短い沈黙を置いて、裏絵空が静かに回答した。
「……ただの低級モンスターです……」
 と。


おジャマ・グリーン  /光
★★
【獣族】
あらゆる手段を使ってジャマをすると言われているおジャマトリオの一員。
三人揃うと何かが起こると言われている。
攻 0  守1000


「さて、僕はカードを1枚伏せてターン終了だよ」
 見るからに頼りないモンスターの後ろに、リバースカードが1枚置かれた。
「…………」
 遊戯は呆然と、その低級モンスターを見つめる。
 何が狙いだ?――それを、頭の中で考える。睨めっこを続けていると、「何見てんだよ」と言わんばかりに、おジャマがガンを飛ばしてきた。
「……? どうしたの? 君のターンだけど」
「え……あ、ウン」
 遊戯は慌てた様子で、自分のデッキに指をかける。
「ボクのターン、ドロー! この瞬間……サイレント・ソードマンはレベルを上げ、攻撃力が500ポイントアップするよ!」

 サイレント・ソードマンLV1:攻1000→1500

(これでカール君の守備モンスターの能力値は上回った。倒せるのか……?)
 疑心暗鬼ながらも、遊戯は沈黙の剣士に指示を出す。
「バトル! 相手モンスターを攻撃だっ!」

 おグ『ぎゃあ〜っ! やめて、来ないでぇぇ〜っ!』


 ――ズバァァッ!!

 カールのモンスターは、普通に破壊された。その前に何か聴こえた気もするが……遊戯はあえて気にしないことにした。
「……。普通に倒せた……」
 遊戯は思わず、口に出して確認する。リバースカードが発動するようなこともなく、何の滞りもなく倒せた。
「そりゃあそうだよ。『おジャマ』自体は何の効果も持たない、通常モンスターだからね」
 カールはしれっとそう言った。そして、「でもね」と続ける。
「何か聴こえてこないかい……? そう、同胞を失ったことによる、“あるモンスター”の悲しみの声が……」
「エ……!?」
 遊戯の両目が、驚きに見開かれる。
 カールの場には、再び――先ほど確かに倒したはずの最上級モンスター、『森の番人グリーン・バブーン』が復活していた。
「彼は見かけによらず、非常に仲間想いのモンスターでね……。同種族、つまり獣族モンスターが破壊されるたび、復讐のためフィールドに舞い戻るんだ。たとえ何度破壊され、墓地へ送られようと……」
 ただしライフコストは要るけどね、とカールは穏やかに付け加える。だが、『素早いモモンガ』によるライフ回復を行っていた彼にしてみれば、そんなコストも微々たるものだ。

 カールのLP:5800→4800

(……!! マズイ、この状況は……!)
 おジャマが囮だったことに気づき、遊戯の心に焦りが生じる。
 2600ポイントもの攻撃力を誇り、ライフを支払えば何度も復活するモンスター――遊戯の今の手札では、それに対応しきれない。
「く……ボクは『ビッグ・シールド・ガードナー』を守備表示で出し、ターン終了だよ!」


 遊戯のLP:4000
     場:サイレント・ソードマンLV0,ビッグ・シールド・ガードナー,
       伏せカード1枚
    手札:2枚
カールのLP:4800
     場:森の番人グリーン・バブーン,伏せカード1枚
    手札:2枚


「僕のターン! 僕はまず、手札から魔法カードを発動……『天使の施し』! デッキから3枚引き、2枚を墓地に送るよ」
 カールはほとんど迷うことなく、2枚のカードを墓地に置く。
「……そして、僕が墓地へ捨てたのは、魔法カード『おジャマジック』……。このカードは、墓地へ送られたとき効果を発動するものでね。その効果により、『おジャマ』3枚を手札に加えさせてもらうよ」


おジャマジック
(魔法カード)
このカードが手札またはフィールド上から墓地へ送られた時、
自分のデッキから「おジャマ・グリーン」「おジャマ・イエロー」
「おジャマ・ブラック」を1体ずつ手札に加える。


 カールの手札が一気に、6枚にまで増強される。だが所詮、そのうち3枚は使い道の少ない雑魚モンスター――この時点では、大した脅威ではない。
「……さらに。僕はトラップカード、『砂塵の大竜巻』を発動! 君の場のリバースカードを破壊させてもらう!」
「!? なっ……!」
 突如、砂嵐が巻き起こり、遊戯の場のリバースカードを襲う。

 ――ビュォォォォォッ!!

 突風がそれを吹き飛ばし、破壊する。破壊されたのは『ミラーフォース』――強力なカードを破壊され、遊戯は顔をしかめた。
「いいカードを破壊できたようだね……。でも、僕の本当の狙いはここからだ。『砂塵の大竜巻』の効果により魔法カードをセットし、発動……『手札抹殺』!」
「! 手札抹殺……!?」
 見覚えのあるカード。当然だ、それは遊戯のデッキにも投入されたコモンカードである。
 遊戯は2枚のカードを、カールは5枚を新たに引く。
 『おジャマジック』で手札枚数を稼ぎ、『手札抹殺』でそれを有用カードと交換する――それが、カールの主戦術の一つ。
「おっと……これで終わりじゃないよ。いま捨てたカードに、2枚目の『おジャマジック』があったからね。僕はもう一度、おジャマ3枚を手札に加える」
「……!! なっ、それじゃあ……!!」
 遊戯は驚愕した。ターン開始前にはたった2枚だったカールの手札が、あっという間に8枚にまで増えている。
「そしてバトルフェイズ……! バブーンで沈黙の剣士を攻撃!!」
 バブーンは棍棒を振り上げると、沈黙の剣士めがけ思い切り叩き付けた。

 ――ズドォォォォンッ!!!

「!! うわ……っ!!」
 未成熟な沈黙の剣士は、その重圧に耐えられない。
 押し潰され、彼が砕け散るのと同時に、遊戯のライフポイントが大きく動いた。

 遊戯のLP:4000→2900

(……これで、ボクの場に残されたのは、守備モンスター『ビッグ・シールド・ガードナー』のみ……!!)
 その守備力は2600ポイント――つまり、バブーンの攻撃力と全く同じ数値。
 手札はたったの2枚。起死回生のカードがない以上、ここはこの壁モンスターで持ち堪えるしかない。
「僕はカードを1枚伏せて、ターンエンド……。この時点で、僕の手札は7枚。本来ならエンドフェイズ時、手札が6枚になるよう、1枚捨てなくちゃいけないんだけど……」
 カールはふっと笑みを零した。
「……どうやら、その必要はないみたいだ」

 ――ズゴゴゴゴゴ……!!!

 次の瞬間、地の底から、獰猛そうな野獣の雄叫びが、フィールド全体に響き渡った。
「僕はさっき、『天使の施し』の効果で『暗黒のマンティコア』を墓地へ送っていたんだ。このモンスターはエンドフェイズ時、獣族・獣戦士族・鳥獣族モンスターを墓地に送ることで、代わりに復活することが可能なモンスター。手札から『おジャマ・ブラック』を墓地へ送って、マンティコアを復活させるよ」


暗黒のマンティコア  /炎
★★★★★★
【獣戦士族】
このカードが墓地に送られたターンのエンドフェイズ時に発動する事ができる。
獣族・獣戦士族・鳥獣族のいずれかのモンスターカード1枚を
手札または自分フィールド上から墓地に送る事で、
墓地に存在するこのカードを特殊召喚する。
攻2300  守1000


 おブ『どうせオレタチはやられ役ですよぉ〜〜』

 地響きを鳴らしながら、カールの場に、新たな上級モンスターが喚び出される。
 形勢は、誰が見ても分かるほどに、明らかに顕在化してきていた。


 遊戯のLP:2900
     場:ビッグ・シールド・ガードナー,
    手札:2枚
カールのLP:4800
     場:森の番人グリーン・バブーン,暗黒のマンティコア,伏せカード1枚
    手札:6枚


「ボッ……ボクのターン!」
 焦る気持ちをなだめながら、遊戯は自分の手札を確認する。たったの2枚、この劣勢を覆すには、あまりに頼りない手札を。

 遊戯の手札:マジシャンズ・ヴァルキリア,魔力解放

(駄目だ……この手札じゃ、形勢は覆せない。何かキーカードを引き当てないと!)
 険しい表情のままで、デッキに手を伸ばす。そして願いを込めて、カードを引き抜いた。
「……! ボクは、カードを2枚伏せてターン終了だよ」
 キーカードは引けなかった。ドローできたのは、この守備態勢をわずかに補強できるだけのカード。
「僕のターン、ドロー」
 対照的に、カールは軽やかな様子でカードを引く。彼の手札は7枚、有り余るほどのカードが、その左手には握られている。
 それを自慢するかのように、彼は視線を右往左往させ、次の戦術を考える。
「よし……これでいこう。僕は『おジャマ・イエロー』を召喚。攻撃表示だ!」


 おイ『イエエ〜イ! アタシだけでもがんばるわよぉ〜ん!』


 ……何か聞こえた気がしたが、気にしない方向で。
「さらに手札から、魔法カードを発動。『強制転移』!」
「!! しまった、強制転移……!!」
 苦虫を噛み潰したような表情で、遊戯はそのカードを見つめた。
 一瞬のうちに、遊戯の場のBSGと、カールのおジャマのコントロールが入れ替えられてしまう。
 これで遊戯の場には、攻撃力0のモンスターのみ――しかもご丁寧に、攻撃表示だ。
「そしてバトルフェイズ!! バブーン、おジャマ・イエローを攻撃だっ!!」


 おイ『え、何!? ちょっ……こんなの酷くない!? カー君、アタシたちのこと「エースカード」とか言ってなかった!? それにバブさんは「仲間想い」なんじゃなかったっけ!? 何で躊躇いもなく攻げk』


 ――ドズゥゥゥゥンッ!!!

 野太い棍棒が、黄色の塊を容赦なく叩き潰した。
 そして――その衝撃は遊戯を襲い、彼のライフを大幅に削っていった。
「ぐう……っ!!!」
 遊戯のライフは最早、風前の灯だ。

 遊戯のLP:2900→300

「さて……この一撃で決まりかな? マンティコア、武藤くんにダイレクトアタックっ!!」
「……っ!! させない! トラップ・フィールド! 『ストロング・ホールド』ッ!!」


機動砦 ストロング・ホールド
(罠・フィールドモンスター)
プレイヤーへの攻撃時にフィールドカードとして場に出る。
その攻撃を無効とし その後は守備力2000の砦となる


 ――ガィィィィィンッ!!!

 繰り出される野獣の爪を、『機動砦』が何とか受け止めることに成功した。
「『ストロング・ホールド』は発動時、相手モンスター1体の攻撃を無効にする……! そしてその後、守備力2000の砦モンスターとなるよ!」
「なるほど、こちらの直接攻撃を無効にし、なおかつ壁モンスターを場に出現させるトラップか。いいカードだ、でもね……」
 カールは場の伏せカードに手をかけた。
「君の心を折る意味でも……このカードで追撃しておこうか。トラップ発動! 『キャトルミューティレーション』!」


キャトルミューティレーション
(罠カード)
自分フィールド上に存在する獣族モンスター1体を手札に戻し、
手札から戻したモンスターと同じレベルの獣族モンスター1体を特殊召喚する。


「『バブーン』を手札に戻し……再召喚! この意味、分かるよね?」
 一瞬姿を消したバブーンが、再びそのままの姿で現れる。
 一見したところ、この行動の意味は理解できない。現に、その場にいたデュエリストの何割かは、彼の行動に首を傾げ合っていた。
 そんな彼らの疑問に答えるかのように、バブーンは勢いよく棍棒を振り上げる。
「……一度フィールドを離れたバブーンは、再攻撃が可能となる……。バブーン! ストロング・ホールドを破壊しろ!!」

 ――ズガァァァァンッ!!!

「!! くぅ……っっ!!」
 力任せの一撃により、文字通り、最後の砦までも粉砕される。
 これで、遊戯の場にモンスターはゼロ――対するカールの場には、上級モンスターが2体。ライフは言うまでもなく、歴然の差。
「カードを1枚伏せて、ターン終了。さあ、君のターンだよ武藤くん」
 すまし顔で、カールは遊戯に促した。


 遊戯のLP:300
     場:伏せカード1枚
    手札:1枚
カールのLP:4800
     場:森の番人グリーン・バブーン,暗黒のマンティコア,
       ビッグ・シールド・ガードナー,伏せカード1枚
    手札:4枚


「そんな……ウソでしょ!? あの遊戯が、手も足も出ないなんて……!!!」
 杏子は青ざめ、絶句した。
 あまりにも一方的なデュエル展開――これほどまで一方的に遊戯がやられたことが、果たしてこれまであっただろうか?
 裏絵空を見る。彼女もまた神妙な面持ちで、沈黙したまま、デュエルの行く末を見守っている。
 彼女ら二人だけではなく、ことばを失っているデュエリストは大勢いた。仮にも遊戯は、日本を代表するデュエリストの一人――その彼が、こうも一方的にやられてしまうのか、と。
 その場の誰が見ても、すでに、遊戯の敗色は濃厚だった。遊戯はすでに諦めているだろうと、大半の人間が思った。


「……! ボクのターン!」
 だがしかし、遊戯は諦めていない。絶望的なこの状況で、なおデッキに指を伸ばす。
「ドロー! ……リバースカードを1枚セットして、ターン終了だよ!」
 早々に自分のターンを終えると、変わらぬ瞳でカールを見据えた。
「僕のターン! ……今さら、1枚や2枚のリバースカードで状況が変わるとも思えないけど……またその場しのぎのカードかな?」
 引いたカードを確認しながら、カマをかけるようにカールが問う。
「いいさ、攻撃してみれば分かることだ……。バブーン、マンティコア! ダイレクトアタックだっ!!」
 2体の重量級モンスターが、遊戯に向かって躍りかかる。
 これで終わりか――多くのデュエリストが、そう思った。
 だがその刹那、遊戯の口元が綻んだ。
「リバースカードオープン! 『死者蘇生』!!」
「!? 何……!」
 この土壇場でリバースしたのは、墓地のモンスターを復活できる、強力な威力を持ったマジックカード。カールは咄嗟に、今まで墓地に送られたモンスターを顧みる。
「……モンスターを守備表示で復活させる気かい? だが、そんなことをしても時間稼ぎにしか――」
「――ううん、違うよ」
 遊戯は迷うことなく、墓地から、1体の上級モンスターを選び出す。
「ボクが墓地から召喚するのは、レベル8の最上級モンスター……君の『手札抹殺』の効果で、墓地へ送られていたカード――」
 そしてその切札を、決闘盤に勢いよくセットする。
「――これがこの状況を打開できる、起死回生のモンスター……! いでよ、『破壊竜ガンドラ』っ!!」
「!?」


破壊竜 ガンドラ  /闇
★★★★★★★★
【ドラゴン族】
破壊竜ガンドラは召喚されたターン終了時、墓地に行く。
プレイヤーのライフを半分払いフィールド上の全ての
モンスターを魔法攻撃により破壊、ゲームから取り除く。


 遊戯のフィールドに突如、漆黒の巨大竜が降り立つ。
 その巨大な体躯ゆえか、カールのモンスター2体は怯み、動きを止める。
「ライフポイント半分を支払い――特殊魔法攻撃で迎撃!!」

 遊戯のLP:300→150

 ガンドラが大きく咆哮する。
 そして、全身が赤い光を放ち出し――フィールドに、破壊の雨を降らせた。
「デストロイ・ギガ・レイズッ!!!」


 遊戯のLP:150
     場:破壊竜ガンドラ,伏せカード1枚
    手札:1枚
カールのLP:4800
     場:森の番人グリーン・バブーン,暗黒のマンティコア,
       ビッグ・シールド・ガードナー,伏せカード1枚
    手札:5枚



決闘18 神獣

 ――ズガガガガガガガァァァッ!!!!!

 破壊の赤光が、フィールドの全てを覆いつくす。
 放たれた閃光はあまりに暴力的で、その場にいる誰もが手をかざし、自らの両目を守った。
 訪れる静寂。
 先ほどの轟音がまるで嘘だったかのように――2人のフィールドのモンスターは全て、綺麗さっぱりいなくなっていた。


 遊戯のLP:150
     場:伏せカード1枚
    手札:1枚
カールのLP:4800
     場:伏せカード1枚
    手札:5枚


「上手い……! カールの主力モンスターを、まとめてゲームから除外した!」
 裏絵空が感嘆の声を上げる。
「でも……二人のライフポイント差は歴然よ!? このままじゃあ……」
 杏子の懸念に対し、裏絵空は「大丈夫」と応える。
「カールの切札……『バブーン』と『マンティコア』は、墓地に送られた場合にのみ効果を発動できる。つまりゲームから除外した場合、その特殊能力は無効……。これで、2体のモンスターは完全に封じることができた! これでカールは、本来の戦術サイクルを失った……流れは遊戯さんに来るはずです!」
 問題は――その流れを、遊戯がどこまで活かせるか。
 ライフは残りわずか、手札差も歴然。逆転を狙うならば――この時を、相手が場を持ち直すまでの隙を、決して見逃してはならない。
 しかし相手のライフは4800、初期ライフよりもさらに高い。ここから形勢を覆すのは、普通ならば不可能――そう、“普通ならば”。
(……それでも、遊戯さんなら……!)
 裏絵空は固唾を呑んで、デュエルの動向を見守る。



「僕は『激昂のミノタウルス』を攻撃表示で召喚し、ターンエンドだ!」
 苦々しい表情を浮かべながらも、カールは懸命にモンスターを召喚する。
(落ち着け……彼のライフはわずか150、風前の灯だ。キーカードは除外されたが、勝ち目は十二分にある!)


激昂のミノタウルス  /地
★★★★
【獣戦士族】
このカードが自分フィールド上にで存在する限り、
自分フィールド上の獣族・獣戦士族・鳥獣族モンスターは、
守備表示モンスターを攻撃した時にその守備力を攻撃力が
超えていれば、その数値だけ相手に戦闘ダメージを与える。
攻1700  守1000


「ボクのターン! カードを1枚セットし、『マジシャンズ・ヴァルキリア』を守備表示! ターン終了!」
 手札のカード全てを出し尽くし、遊戯はターンを終えた。


マジシャンズ・ヴァルキリア  /光
★★★★
【魔法使い族】
このカードがフィールド上にで
存在する限り、相手は他の魔法使い族
モンスターを攻撃対象に選択できない。
攻1600  守1800


「僕のターン。……どうやら、この絶好の機会を活かすカードが手札になかったようだね……。君がもたついている間に、僕は場を持ち直させてもらうよ! カードを1枚伏せ、場の『ミノタウルス』を生け贄に――2体目の『暗黒のマンティコア』を召喚!」
「!! なっ……!」
 生け贄召喚されたのは、先ほど倒したばかりの怪物と同じ、“不死”の能力を持つモンスター。
「バトル! マンティコア! ヴァルキリアを攻撃だっ!!」

 ――ズシャァァァッ!!!

 巨大獣の爪が、ヴァルキリアの身体を容赦なく引き裂く。
「残念だったね……僕のデッキに『暗黒のマンティコア』は2枚入っているんだ。これで――」
「……!」
 遊戯の右手が、場のリバースカードに伸びた。
「リバーストラップ発動! 『師弟の絆』!!」
「!? 何っ……!」
 カールの眉間に皺が寄った。


師弟の絆
(罠カード)
自分の魔術師が破壊され、墓地に送られた
ターンのエンドフェイズに発動。
そのカードよりレベルの高い魔術師一体を
墓地から特殊召喚できる。


「レベル5以上のマジシャンを蘇生召喚するトラップ……? だが、君の墓地に上級マジシャンは……」
「……ううん。ガンドラ同様、君の『手札抹殺』で墓地へ送られた魔術師がいるよ。それは――」
 遊戯のフィールドに颯爽と、一人の黒魔術師が復活する。
「いでよ!! ブラック・マジシャン!!」


 遊戯のLP:150
     場:ブラック・マジシャン,伏せカード1枚
    手札:0枚
カールのLP:4800
     場:暗黒のマンティコア,伏せカード2枚
    手札:3枚


(……!! 武藤くんの切札、ブラック・マジシャンか……! 攻撃力2500、マンティコアを上回っている……!!)
 だが――手札に獣族モンスターがある以上、マンティコアには“不死”の能力が備わっている。そして場の伏せカードは、相手モンスターを破壊可能なカード。カールの優位は、まだ変わっていない。
「ボクのターン、ドロー! ボクは……場のマジックカードをオープン! 『魔力解放』!!」
「!? 魔力解放!?」
 予想だにしないカードに、カールの表情が歪んだ。


魔力解放
(魔法カード)
フィールド上の魔術師一体の魔力レベルを上げる。


「この魔法カードは、マジシャンに秘められた魔力を解放し、レベルを上げるカード……! このカードの効果を受け、ブラック・マジシャンは魔術師として成長を果たす!」

 ――カァァァァァッ……!!!

 黒魔術師の全身が、黒い光に包まれる。
 そしてその中から現れるのは――新たに“混沌”の力を習得した最上級マジシャンの姿。
「いでよ!! 『混沌の黒魔術師』っ!!」


混沌の黒魔術師  /闇
★★★★★★★★
【魔法使い族】
このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、
自分の墓地から魔法カード1枚を選択して手札に加える事ができる。
このカードが戦闘によって破壊したモンスターは墓地へは行かず
ゲームから除外される。
攻2800  守2600


「そして、『混沌の黒魔術師』の効果発動……! このモンスターの召喚に成功したとき、墓地の魔法カード1枚を手札に加えることができる。ボクが手札に加えるのは『死者蘇生』のカード……!」
「……!!」
 カールは怯んだ。先ほどまでのワンサイドゲームから一転しての猛反撃――カールにしてみれば、非常に面白くない展開だ。
「バトル!! 『混沌の黒魔術師』の攻撃――滅びの呪文−デス・アルテマ!!!」

 ――ズォォォォォッ……!!!

 混沌の黒魔術師の杖の先に、強大な魔力が放出され、凝縮されていく。
「くっ……! だが、一方的にやられるわけにはいかない! リバーストラップ『ポイズン・クロウ』ッ!!」
 マンティコアの両腕の爪が、怪しい、緑色の輝きを発した。
「混沌の魔術師に反撃だ! いけぇっ!!」
 魔術師の魔力砲を恐れることなく、その太い脚で、一足飛びに躍りかかる。

 ――ズドォォォォンッ!!!

 その結果、相撃ち――滅びの呪文で吹き飛ぶ刹那、マンティコアの毒爪が、わずかに魔術師の身体を掠めていた。
 混沌の黒魔術師は苦しみ出し、やがてマンティコア同様に消滅する。
「……残念だったね武藤くん。マンティコアは不死のモンスター。このターンの終了時には墓地から舞い戻る。これで――」
「……。ううん……」
 遊戯は静かに、首を横に振った。
「混沌の黒魔術師の「滅びの呪文」は、破壊したモンスターをゲームから除外することができる……! ガンドラのとき同様、今回もマンティコアは復活できないよ」
「……!! なっ……」
 カールの瞳孔が、大きく見開かれる。
 これでカールのデッキは――バブーンに続き、マンティコアの特殊能力まで、完全に封じられたことになる。
「ボクはカードを1枚伏せて、ターン終了だよ!」


 遊戯のLP:150
     場:伏せカード1枚
    手札:1枚
カールのLP:4800
     場:伏せカード1枚
    手札:3枚


(マズイな……! 僕のデッキの戦力は、これで大幅に下がったことになる。だが……)
「僕のターン……ドローッ!!」
 カールの声が強張る。カールは眉根を寄せたまま、引き当てたカードを確認した。

 ドローカード:強制転移

「……! 僕はこのまま何もせずに……ターンエンドだ」
「ボクのターン、ドロー!」

 ドローカード:魔封壁

「いくよ、リバースカードオープン『死者蘇生』! 蘇れ、『ブラック・マジシャン』!」
 遊戯のフィールドに再び、黒魔術師が姿を現す。
「いけ、ブラック・マジシャン! ダイレクトアタックだっ!!」
「――リバースマジック! 『スケープ・ゴート』っ!」

 ――ズガァァァッ!!!

 放たれた渾身の魔力は、唐突に現れた「羊トークン」1体により受け止められ、カールには届かない。
「……! カードを1枚セットして、ターンエンド!」
 上手く攻めきれないことに、遊戯は焦燥を隠せない。遊戯のライフはわずか150――これ以上デュエルを長引かせれば、それだけリスクを背負うことになる。
 場に残された3体の「羊トークン」は、カールにしてみれば絶好の壁モンスターたちだろう。
「いくよ……僕のターン! このカードで終わらせる……『おジャマ・グリーン』を攻撃表示で召喚し、魔法カード発動! 『強制転移』っ!」
 発動されたのは、互いのモンスターのコントロールを強制的に交換するカード。
 遊戯の場にモンスターは一体のみ。このままでは遊戯は、フィールドの要たる最上級魔術師を奪われてしまう――だが。
「させないよ! リバースマジック『魔封壁』!!」
 黒魔術師の周囲を、半透明の膜が覆う。


魔封壁
(魔法カード)
魔封壁の発動したターン、
自軍のモンスターはあらゆる魔法攻撃をハネ返す


「このカードは、あらゆる魔法効果からボクのモンスターを護る……! よって、君の『強制転移』の効果は適用されない!」
「! しまった……!!」
 カールの場には、無意味に闘う気になっている緑の塊が一体。
「ボクのターン! いけ、ブラック・マジシャン!!」
 黒魔術師は頷くと、その杖の先をおジャマへと向けた。
「黒・魔・導(ブラック・マジック)!!」

 ――ズガァァァァンッ!!!

「!! うあ……っっ!!」
 攻撃表示モンスターが破壊されたことにより、そのダメージはカールにも及んだ。それはこのデュエル中、遊戯が初めて与えた、まともなダメージである。

 カールのLP:4800→2300

「リバースを1枚セットし……ターン終了だよ!」
「…………」
 カールの頬を、一筋の汗が伝った。
(駄目だな……並大抵のカードでは、今の武藤くんの勢いは止まらない。このままでは……)

 ――何か、決定力が要る
 ――流れを引き戻すには……それ相応の、確かな力を持ったカードが

 それを悟り、カールはデッキに手を伸ばす。
「僕のターン――ドローッ!!」
 声を荒げ、カードを引く。
 カールはその正体を、目では確認しなかった。
 ただ引き抜いた瞬間、指先を通して伝わってきた“カードの鼓動”、それが、引き当てたカードの正体をカールに確信させた。
(来た……“あのカード”が!!)
 目で改めて確認する。間違いない、尊敬する“あの方”から貰い受けた、最強の切札。レベル10を誇る、神にも劣らぬモンスター。
「……いいデュエルだったよ……武藤くん」
 唐突に、静かな口調でそう言った。
 そのあまりに落ち着いた様子が、遊戯の心を不安にさせる。
 カールは勝ち誇った表情で、そのカードをかざしてみせる。
「このモンスターを、公式のデュエルで召喚するのは、これが初めて……! 君を初めての相手にできること、心から嬉しく思う」

 ――ドシュゥゥゥゥッ!!!

 唐突に、カールの場の「羊トークン」3体が“光の渦”に包まれた。引き当てた切札を召喚するための、生け贄の光だ。
「通常、「羊トークン」は上級モンスター召喚の生け贄にはできない。しかし、このモンスターの条件召喚には、3体の獣族・獣戦士族モンスターが生け贄になればいい。「羊トークン」を生け贄にすることも可能なんだ」
 そしてカールはそのカードを、決闘盤に叩き付けた。
「現れろ――僕のデッキの最強モンスター! 『神獣 ガディルバトス』!!!」

 ――ピシャァァァァンッ!!!

「!? なっ!?」
 カールのフィールドに突然、稲妻が落ちた。
 否、稲妻ではない――光輝く獣だ。長い一本角を生やした、真っ白な美しいユニコーンが、眩い光を発し、フィールドに降臨していた。


神獣 ガディルバトス  /光
★★★★★★★★★★
【獣族】
このカードは通常召喚できない。
自分の場の獣族・獣戦士族モンスター3体を
生け贄に捧げたときのみ特殊召喚できる。
ライフポイントを半分払うことで、自分の墓地・除外ゾーンの
獣族・獣戦士族モンスターを全てデッキに戻し、シャッフルする。
この効果でデッキに戻したカード1枚につき、このモンスターの
攻撃力・守備力は200ポイントずつアップする。
●守備表示モンスター攻撃時、その守備力を攻撃力が越えていれば、
その数値だけ相手に戦闘ダメージを与える。
●相手が魔法・罠カードを発動したとき、手札を1枚
デッキの一番上に戻すことで、その効果を無効にし破壊できる。
攻1000  守 0


(何だ……このモンスターは!??)
 見たこともないモンスター。いや、それ以上に――そのユニコーンから発せられる気配は、通常のモンスターとは明らかに異なっていた。
 たとえるならば、そう――彷彿とさせる、“神のカード”を。
 目の前の獣から発せられるそれは紛れもなく、三幻神の発する“神威”に極めて近いものだった。
「……『ガディルバトス』の効果発動……。ライフの半分を支払うことで、僕の墓地・除外ゾーンの獣族・獣戦士族モンスター全てをデッキに戻す。僕の墓地・除外ゾーンに存在するモンスターは、ちょうど20体……。そして戻したモンスター1体につき、200ポイント攻守がアップする!」

 カールのLP:2300→1150

 ――カァァァァッ……!!!

 ユニコーンの全身を覆う光が、その立派な角に凝縮されていく。
 限界まで圧縮されたそれは火花を散らし、目の前の遊戯を威圧した。

 神獣 ガディルバトス:攻1000→攻5000
            守0→4000


 遊戯のLP:150
     場:ブラック・マジシャン,伏せカード1枚
    手札:1枚
カールのLP:1150
     場:神獣 ガディルバトス(攻5000)
    手札:3枚


「あ……ああ……!?」
 全身が震えた。
 ユニコーンの発する“神威”を前に、かつて神を目の当たりにしたときの恐怖が蘇る。
「……誇っていいよ、武藤くん……。僕にこのカードを出させたんだ……本当に、素晴らしいデュエルをだったよ……」
 ユニコーンがその角を、眼前の黒魔術師へと向けた。
「『神獣 ガディルバトス』の攻撃――シャイニング・ペネトレイションッ!!」
 カールが叫ぶと同時に、ユニコーンは、その巨大な体躯からは予想できない凄まじい速さで、黒魔術師へ突撃してきた。
「リッ、リバーストラップ発動!! このカードで――」
「――無駄だぁっ!!」

 ――カァァァァァッ!!!

「ガディルバトスの特殊能力……手札1枚をデッキに戻すことで、相手の発動した魔法・罠の効果を打ち消すことができる! シャイニング・ホーンッ!!」
 ユニコーンの持つ一本角が、その輝きを増し、遊戯の場のトラップの魔力を打ち消す。
 これで――神獣の攻撃を妨げるものは、もはや何も存在しない。
「!! ブ、ブラック・マジシャンッ!!!」
 咄嗟に、遊戯が叫び声を上げた。だがもう遅い。黒魔術師が構えるよりも早く、ユニコーンはその角を、彼の懐に潜り込ませていた。

 ――ズドォォォンッッ!!!!!
 その鋭利な先端を、魔術師の腹へと突き立てた。



決闘19 魂のカード!

 静寂が、辺りを包み込んでいた。
 みなが驚きに口を開け、そのまま動けないでいる。何も喋れないでいる。
「……何だ……?」
 最初に声を発したのは、カールだった。
「何なんだ……そのカードは!??」
 狼狽とともに。


 遊戯のLP:150
     場:ブラック・マジシャン,魂の停滞
    手札:0枚
カールのLP:1150
     場:神獣 ガディルバトス(攻5000)
    手札:2枚

魂の停滞
(永続罠カード)
手札を全て捨てて発動。このカードがフィールド上に
表側表示で存在する限り、このカードとお互いの場の
モンスターカードは全て墓地に送ることができず、
また、お互いのライフポイントは増減できない。
ターン終了時、このカードはゲームから除外される。


 周囲がざわつき始める。
 『神獣』の角は、黒魔術師の腹を貫くことなく、彼を覆う“不思議な光”に完全に受け止められていた。どれほど両脚で地を蹴ろうと、その先端が彼に刺さる気配はない。それどころか、彼の身体は少しも後退しなかった。


(……相変わらず、不思議なカードだわ……)
 裏絵空は目を細めた。
 半年前、『死神』を前にしたときもそうだった。本来ならば、破壊されてもおかしくない局面で――このカードはしぶとく、場に残り続ける。まるでカードを越えた“何者か”の意志が、それに力を与えているかのように。


(なぜ無効化できなかった……!?)
 カールは呆気にとられ、その状況をいぶかしんだ。
 『魂の停滞』――見たこともないカードだ。だが、『神獣』の効果をもってすれば、その効果も無効にできたはず。しかし現に、『魂の停滞』は『神獣』の能力をも退け、黒魔術師と遊戯の命を繋ぎ止めている。
(……何だ……?)
 違和感があった。
 カールは、場に現れた『魂の停滞』のソリッドビジョンを凝視する。しかし特別、何も見えない。
「…………」
 カールは額に右手を当てた。
 縛りつけたハチマキごしに、布に隠した額の“それ”に意識を集中させる。
「…………!?」
 魂が見えた。『魂の停滞』にはわずかながら、何者かの魂が――“心”が残されている。
 見えた気がした、遊戯の隣にもう一人。同じ容姿をした――しかし異なる雰囲気の少年が。
(……そういうことか)
 カールはクスリと笑みをこぼす。合点がいった、というように。
「どうやら『神獣』の力をもってしても、そのカードの効果は破れないらしいね……。戻れ、ガディルバトス」
 先ほどまでしつこく角を突き立てていたユニコーンは、主の指示に従い、彼のフィールドへと戻る。
「でも……そのトラップの効果は1ターンのみのはず。結局は一時しのぎに過ぎない……。君のデッキに、僕の神獣を倒せるカードはあるのかい?」
 カールのエンド宣言とともに、『魂の停滞』は消滅し、場を離れる。
 これで遊戯に残されたカードは、正真正銘『ブラック・マジシャン』のみ。手札もゼロ、このターンのドローに賭けるしかない。
「あるよ……一枚だけ」
 しかし遊戯の瞳は、まっすぐ前を見据えていた。
(そうだ……“彼”ならきっと、絶対に……!)
 どれほど追い詰められようと、絶体絶命の状況でも、決して諦めはしない。最後のその一瞬まで、決して匙を投げ出さない。
 黒魔術師を見る。彼は振り返ると、それに同意するように頷いてみせた。
「いくよ――ボクのターン、ドローッ!!」
 遊戯はカードを引き抜いた。恐らくは、最後になるであろうドローカードを。
「リバースカードを1枚セットし、ターン終了だよ!」
 黒魔術師の真後ろに、1枚のリバースカードが浮かび上がる。
「……! リバースを伏せたか……僕のターン!」
 カールもまた、同じようにカードを引く。そして注意深く、遊戯の様子を観察した。
(ガディルバトスの能力は、すでに説明したはず……。魔法・罠の効果は発動できない、と)
 『魂の停滞』はあくまで“例外”のカード。それ以外の魔法・罠なら、神獣の効果で大抵無効化できるはず。
(リバースは何だ……? 何が狙いだ? ハッタリで僕の攻撃を躊躇させる策か、あるいは……)
 カールは熟考した。そしてその末に、一つの答を導き出す。
「……面白い。受けてたとう、この勝負! 僕の切札と君の切札……どちらが上をいくかね!」
 そしてカールは声高に、攻撃宣言を下した。
「いけ、ガディルバトス!! シャイニング・ペネトレイション!!!」

 ――カァァァァァッ……!!!

 ユニコーンのつけた一本角が、より強く輝きだす。
 そしてその瞬間――遊戯の右手が動いた。
「勝負だ、カール君! リバースカード発動! 『フォビドゥン・マジック』ッ!!」

 ――カッ!!!

 黒魔術師の足元に、光の魔法陣が描き出された。


フォビドゥン・マジック
(魔法カード)
自分フィールド上のレベル6以上の魔術師1体を
選択して発動。選択したモンスターはこのターン、
攻撃することができない。発動ターン、選択した
モンスターが場に存在する限り、このカードを除く
フィールド・墓地・手札の全てのカードの効果は
禁じられる。このカードへのカウンタースペルも
無力と化す。


 ――カァァァァァァァッ……!!!

 黒魔術師の杖の先に、黄金に輝く魔力が収束されてゆく。黒魔術師であるはずの彼にすれば、ひどく不自然な光景だ。
「!! なっ、これは……!!!」
 カールは驚愕した。
 彼の神獣の一本角が宿していた光が――みるみるうちに、その威力を失っていく。
 神獣の角を離れ、魔術師の杖に吸い取られてゆく。
「……『フォビドゥン・マジック』は、全ての魔力を奪う最上級スペル……!! その効果により、その角に宿る力を全て吸い取らせてもらうよ!!」
「っ……!! だが! ガディルバトスはその特殊能力により、君の魔法カードを――」
 だが、カールの狙いは叶わない。
 急速なスピードで相手の魔力を奪う『フォビドゥン・マジック』は、相手に抵抗のスキを一切与えない。

 ――シュゥゥゥゥゥ……

「!! バカな、ユニコーンの角が……!?」
 消えていく。
 神獣の力の要たる角は、もともと純粋魔力の塊だ。『フォビドゥン・マジック』により魔力を吸い尽くされた結果、それは最早、原型を保てなくなっていた。

 神獣 ガディルバトス:攻5000→攻1000

 ユニコーンの証たる角を失った白馬に、黒魔術師は左手の平を広げてみせる。
「……そして! ブラック・マジシャンの反撃――」
 左手に収束した黒色の魔力を、眼前の獣へ叩き付けた。
「――ブラック・マジックッ!!」

 ――ズガァァンッ!!!

 一本角を失った神獣には最早、それを受け止めるだけの力がなかった。
「うあ……っ!!」
 神獣は消滅し、超過ダメージがカールを襲った。

 カールのLP:1150→0


 遊戯のLP:150
     場:ブラック・マジシャン
    手札:0枚
カールのLP:0
     場:
    手札:3枚


 わっと歓声が上がった。
 息も吐かせぬ激戦の末、そのデュエルを制したのは――終盤、驚異的な逆転劇を見せた、武藤遊戯だ。


武藤 遊戯  D・Lv.10
★★★★★☆☆☆
4勝0敗

カール・ストリンガー  D・Lv.9
★★★☆☆☆☆☆
3勝1敗


「……な、何とか勝てたぁ……」
 遊戯はほっと、大きく息を吐き出した。
 久しくなかった超接戦。それに勝利できたことに、心から安堵し、胸を撫で下ろす。
「……負けたよ。完敗だ、武藤遊戯くん」
 ふと我に返ると、先ほどまでデュエルしていた相手――カール・ストリンガーが、右手を差し出してきていた。
「まさか僕の神獣まで倒されるとはね……参ったよ。でも楽しかった。素晴らしいデュエルをありがとう」
「え……あ、いや」
 少し戸惑ってから、遊戯も右手を差し出した。
「こちらこそ……。楽しいデュエルだったね」
 握手を交わす。それはお互いが、相手をデュエリストとして認めた確かな証。

 誰が最初かは分からない。だがそこにいた誰かが、パチパチと手を打ち始めた。
 それは次第に伝わってゆき、そこにいる者の多くが、拍手を始めた。二人のデュエリストを称え、労うように。
「これで君は4連勝、残り3勝か……あと少しだね」
「ウン。でもカールくんだって、まだ1敗だし……お互い、がんばろうよ」
「……ああ。また会おう……本選の舞台で」
 そしてゆっくりと、手を離した。


「……おめでとうございます、遊戯さん」
 ふと、背後から声をかけられ、遊戯は振り返った。
 そこには絵空と杏子が、満面の笑みで立っていた。
「途中はどうなるかと思ったけど……流石じゃない」
 杏子がそう賞賛すると、遊戯は照れ臭そうに頬をかいた。
「ウーン……でも、すごい接戦だったしね。どっちが勝ってもおかしくなかったと思うし」
「でも……遊戯さんは、そのデュエルに勝利した。本当にお二人とも、素晴らしいデュエルでしたよ」
 微笑を浮かべる裏絵空。まるで自分のことであるかのように、心から喜ぶ。
「……あ、そうそう。私たち、これからお昼食べるところだったのよ。遊戯もまだでしょ? 一緒に食べましょうよ」
 そういえば、と、遊戯は腹に手を当ててみた。
 改めて意識を向けてみると、自分の胃が、空腹を訴えて悲鳴を上げていた。
「あ……そうだ。もし良かったら、カール君も一緒に――」
 遊戯は振り返るがしかし、すでにそこにカールの姿はなかった。
 もう行ってしまったのか、と残念そうに目を伏せる。
(まあでも……本選でまた会えるかな)
 彼レベルの実力者なら、一敗程度のハンデは難なくクリアできるはずだろう。
「よし、それじゃどこかに入ってお昼にしよっか。神里さん、なに食べたい?」
「あ……えと、遊戯さんがお好きなもので……」
 三分ほどの協議を経て、三人は近くの「バーガーワールド」に行くことに決定した。



●     ●     ●     ●     ●     ●



 カールは路地裏を歩いていた。人気のない暗がりで、不意にその足を止める。

「――どうだったね……ユウギ・ムトウは?」

 背後から、野太い男の声がする。
 カールは振り向かず、静かに応える。
「素晴らしいデュエリストです……完敗でした。まさか僕の“精霊(カー)”、『ガディルバトス』までが敗れるとは……想像以上です。純粋なデュエリストとしてならば、申し分ない実力者ですね」
 カールは苦笑を浮かべてみせる。だが背後の男にしてみれば、それは大した問題ではない。
「戯れはよせ……。我が問いの真意、分からぬ貴様ではあるまい?」
 カールは首肯すると、後頭部の、ハチマキの結び目に手を伸ばす。
「“魂(バー)”の質は上等……しかも、相当な量を持っていますね。僭越ながら恐らく、貴方様に勝るとも劣らぬものを感じました。しかし――」
 ハチマキをとる。
 そしてその下から覗く、カールの額に輝く黄金の瞳――“ウジャト眼”。
「――残念ながら彼からは、一切の“魔力(ヘカ)”が感じられない。常人以下……珍しいほどですよ。あれだけのバーを持ちながら、ヘカは皆無……実に惜しい人材です」
 ヘカがあって初めて、バーは有用に働く。ヘカ無きバーなど、宝の持ち腐れ以外の何物でもない。
「つまり……ゴミか」
 カールは失笑すると、男のことばに同意を示す。
「そして……懸念されていたファラオの魂ですが、問題ありません。彼の中から、第三者のバーは感じられなかった……また、彼の使用するカードから、ファラオの魂の“残り香”のようなものが感じ取れました。十中八九、ファラオは冥界へ還ったでしょう」
「つまり……ユウギ・ムトウは我々の障壁とはなりえない。それが貴様の判断か?」
 カールは迷わず首肯する。男はそれを見ると、口元に小さな笑みを浮かべた。
(ユウギ・ムトウ……、“闘いの儀”とやらで、“王”の座を受け継いだ可能性も懸念したが……魔力なしには、“遺産”の制御などできまい)
「……ご苦労だった、カール。貴様の役目は終わった……これからどうする? 引き続き、この大会に参加するかね?」
 まさか、とカールは肩を竦めてみせる。
「“ルーラー”に敗北は御法度……彼に敗北した以上、醜態は晒せません。僕の大会はここまでです。それに……」
 取り出したデュエリストカードを握り潰すと、カールは男に振り返った。
「……聞くところによると、シン様もご参加されているとのこと……。これ以上深入りして、“魔神”の餌食になりたくはありませんからね」
 カールの三つの瞳が、目の前の男を見据え、その名を呼ぶ。

「――ガオス・ランバート様」
 と。



決闘20 タッグ(前編)

「……『開闢の使者』が召喚できなかった?」
 新商品である“ヒーローバーガー”を頬張りながら、遊戯は意外そうに問いかけた。
 時刻はすでに1時を回っている。遊戯・杏子・絵空の3人は、最寄のハンバーガーショップ「バーガーワールド」2階にて、少し遅めの昼食をとっていた。
「ウン。“もうひとりのわたし”とも話したんだけど……もしかしたら、『開闢の使者』がKCのデータベースに登録されてなくて、代わりに儀式モンスターの『カオス・ソルジャー』が出てきちゃったんじゃないかって」
 裏メニューである“サーモンバーガー”に齧(かじ)り付きながら、絵空は不服そうに応えた。ちなみに裏メニューであるそれを知っていたのは、杏子が以前、“バーガーワールド”の他店舗でアルバイトをしていた経験による。
「おかげで初戦、すっごく危なかったんだから……それでも何とか勝てたけど♪」
 不満を漏らしながらも、サーモンバーガーに満足な絵空はご機嫌の様子だ。
(『開闢の使者』が登録されていない……?)
 遊戯は眉をひそめる。
 遊戯は以前、決闘盤のソリッドビジョンシステムについて、少し詳しく聞いたことがあった。その知識によれば、カードのソリッドビジョンは、I2社から送られた全カードデータに合わせて漏れなく設定されているはずだ。
 このことから、原因として考えられるのは主に2つ――I2社が送るカードデータに『開闢の使者』が無かったか、KC社がソリッドビジョンを作らなかったということ。
(あの完璧主義の海馬君のことだから、後者はないと思うんだけど……)
 となれば、可能性が高いのは前者か。しかしこれまで、セットした正規カードのソリッドビジョンが出なかったというケースは聞いたことがない。

 ――『開闢の使者』だけが抜けている?
 ――何万種類と存在する、カードの中で……?

(……それとも……全く別の理由か……?)
 不可思議なその現象について、遊戯は色々と考察する。しかし当の絵空にしてみれば、そこまで深く追求するつもりはないらしい。
「……まあ1ターンだけなら、攻撃力3000のモンスターとして使えるわけだし……とりあえずはデッキから抜かずに、使っていくつもりだけどね」
 もぐもぐと、絵空はバーガーをよく噛んでから飲み込んだ。通常のハンバーガーとは異なる、なかなかヘルシーな口当たりの逸品だった。裏メニューなんかじゃなく、正式に売り出せばいいのに――と、思わずにいられない。
「ともあれこれで、遊戯は5ツ星、絵空ちゃんは4ツ星か……まだ1時過ぎたばっかりだし、案外簡単に予選通過できるんじゃない?」
 杏子のことばに、絵空は楽観的にウンウン頷いてみせる。しかしそこで、裏絵空が口を挟んだ。
『(調子に乗っちゃダメよ。まだ半分、勝負はこれからなんだから)』
 釘を刺され、は〜い、と少し不満げに応える。しかしそこでふと、絵空はあることに気が付いた。
(そうだ。もうひとりのわたしも食べる? サーモンバーガー。すごく美味しいよ?)
『(いいわよ、私は。あなたが全部食べなさい)』
 裏絵空のことばに、絵空は眉をへの字にした。
(もうひとりのわたしってさー……基本的に遠慮するよね)
『(……そう? そんなことないと思うけど)』
 そんなことあるよ、と絵空はぼやきながら、バーガーを口に放り込む。
(わたしは“もうひとりのわたし”のそういうところ、嫌いじゃないけど……そういうのは“損”だと思うよ。欲しいものは欲しいって言わないと……幸せ取り逃がしちゃうよ?)
『(……。いいわよ、私は。あなたが幸せなら、私も幸せだもの)』
 しれっとした返事に、絵空は軽くむくれた。何だか上手くはぐらかされたような気がして、少し意地になった。
(そんなこと言わないでさー、一口くらい食べなって! 絶対おいしいから!)
『(……そんなこと言ってアナタ、全部食べちゃってるじゃない)』
「……へっ? あれっ」
 絵空が声を上げた。いつの間にか手元のバーガーが無くなっている――というか、あまりの美味しさに、無意識に平らげていたらしい。
(……。よし、もう一個たのもう!)
『(太るからやめておきなさい)』
 間髪いれずに却下された。




「――さて……大体食べ終わったし、そろそろ大会に戻ろっか?」
 注文したバーガーとポテトがほぼ底を尽いた辺りで、遊戯がそう提案した。
 実に正論だった。こうしたファーストフード店は、ともすると無意味に長居しがちだ。今大会の予選が「早い者勝ち」である以上、それは死活問題である。
(でも……遊戯くんとはまた別行動なんだよね)
 せっかく合流できたのに、と、絵空は何だかもったいないような気がした。
 しかし、まさかここで遊戯と闘(や)り合うつもりはないし、一緒に行動するわけにもいかない。そんなことをしたら、対戦相手の取り合いになってしまう。
(……! そうだ!)
 その瞬間、絵空の脳裏に名案が浮かんだ。
「――ねえ、タッグデュエルしようよ!!」
 浮かぶや否や、提案する。結果、遊戯たちは不意を突かれた形になり、揃って目を瞬かせた。
「ね、せっかく会えたんだしさ。また別行動する前に一度……どう?」
 ふと、遊戯は大会規定を思い出す。確かにルール上、予選におけるタッグデュエルは禁止されていない。それに、絵空の実力は知っているし、タッグパートナーとしては申し分ないだろう。
 一見悪くない話だ。しかしよくよく考えると、一つ、重大な問題がある。
「でもさ……相手がいないよね」
 遊戯の指摘に、絵空が「あ」と口を空けた。
 バトル・シティ大会は基本的に、1対1を主としたデュエル大会である。仮に“タッグデュエル”を得意とするコンビなどが出場してきても、本選で、1対1のデュエルになったとき絶対困ることになる。
 故に、好んでタッグデュエルをしたがるデュエリストは、今大会には普通出ていない。そういうコンビは、タッグ専門のデュエル大会に出場するべきだろう。
 そもそも、仮に4人のデュエリストが相対したとしても、1対1×2になれば済むことなのだ。1対1のシングル戦に特化してくるであろう出場者にしてみれば、わざわざタッグを組んで、パートナーに命運を預けるリスクを踏みたがりはしないのだ。
「う〜ん……確かにその通りだね」
 残りわずかのオレンジジュースを啜りながら、残念、と呟く。
(……名案だと思ったんだけどなあ……)
 しかし、諦めかけた丁度そのとき、唐突に叫び声がした。


「――何やとぉ!! もういちど言ってみぃや羽蛾ぁ!!!」
「ヒョヒョヒョ! ホントのことを言っただけだピョー!」
 関西弁と、あまりに特徴的な笑い方。
 はて、どこかで聞いたような――そう思い、遊戯と杏子は視線を向けた。
「何度でも言ってやるピョー! 恐竜デッキなんて時代遅れなんだよ! 最強なのはオレの昆虫(インセクト)デッキさ! ヒョヒョ」
「何やとぉ! 上等や、表に出ぇ!!」
 テーブルを叩くと、竜崎は勢いよく立ち上がった。望むところだ、と返しながら、羽蛾もテーブルを立つ。


「「……あ」」
 そこで初めて、遊戯たちと目があった。
 思わぬ遭遇に、絵空以外の全員が硬直し、動けなくなる。
「……誰? 知り合い?」
 互いが挨拶するより早く、ストローを咥えたままの絵空が訊く。
 もともと仲が良いわけでもないので(というか、エクゾディアの一件などから、むしろかなり悪い)、遊戯は挨拶より先に、絵空に説明した。
「あ……エート、二人は羽蛾君と竜崎君っていって……」
「……ハガとリュウザキ?」
 はて、どこかで聞いた名前だ――そう思い、絵空は咄嗟に、頭の中の引き出しを漁ってみた。
 運よくすぐに思い出し、ああ、と手を叩く。
一位と二位の人だね!」

 ――グサグサッ!!

 無垢なことばの刃が、二人の胸に突き刺さる。『元』――確かにその通りだ。遊戯や海馬が台頭してきて以来、めっきり知名度が下がったが、彼らにもそんな栄光の時代があったのだ。
(く……このガキ、可愛い顔して、気にしてることを……!!)
 羽蛾は恨めしげに絵空を見やった。しかしそこで、絵空が決闘盤を持っていることに気が付く。
(このガキも大会参加者か……見ない顔だな。見たことないってことは、どーせあんまり強くないんだろうが……遊戯の知り合いなのか。待てよ……?)
 羽蛾の頭に、名案が浮かんだ。
 浮かぶや否や、それを実行に移す。大した行動力である。
「遊戯ぃぃぃ!!! ここで会ったが百年目!!! 勝負だぁぁぁぁっ!!!」
 呆気にとられ、遊戯は目をしばたかせる。
 右手人差し指を遊戯に突きつける羽蛾に、竜崎が「アホか」とツッコむ。
「オマエなあ、身の程わきまえた方がええで? 遊戯と予選で闘うなんて、勝ち星がいくつ余ってても――」
「……竜崎、ちょっと来い」
 そう言うと羽蛾は、竜崎を連れて後退した。
 そして、遊戯たちには聞こえないよう、しゃがみ込み、小声で相談を始める。


「(確かに遊戯は強い……オレのパワーアップしたスーパー昆虫デッキでも、勝つのは難しいだろうさ。ケド……オレとオマエ、二人がかりなら何とかなると思わないか?)」
「(……? どういうことや?)」
 羽蛾はちらりと、絵空の方を見た。竜崎もそれに習い、絵空の存在を確認する。
「(あのガキ……決闘盤を持ってる。たぶん大会参加者だ! そして遊戯の友人……使えると思わないか?)」
「(使えるやて? オマエ一体……)」
 羽蛾はニヤニヤと、いやらしい笑みを浮かべた。


 相談が終わったのか、二人は立ち上がると揃って遊戯を指差した。
「遊戯!! ワイもオマエに挑戦するでぇ!! 優勝候補のオマエから、正々堂々と勝ち星ゲットしたるわ!!」
 遊戯は目を丸くした。問題は、二人の指が同時に自分に向いていることだ。
「それは別に構わないけど……どっちからやるの?」
 待ってましたと言わんばかりに、二人は揃って笑みを浮かべた。
「ヒョヒョ! 当然オレから、といきたいところだけど……」
「ワイも早くオマエに挑戦したくてなあ。困っとるんや!」
 そこでだ――と、羽蛾が提案する。
「そっちの子……見ない顔だけど、大会参加者なんだろ? ここは一つ、タッグデュエルでまとめて決着つけるってのはどうだ?」
「えっ……わたし?」
 絵空は目を瞬かせると、遊戯と顔を見合わせた。
(ここまでは打ち合わせ通り……! あとはどうやって、この二人をその気にさせるかだが……)
 羽蛾は頭の中で、いくつかの話術をシミュレーションしてみた。どう断られても食い下がれるよう、様々なパターンを考える。
「……ウン、いいよ。やろうよタッグデュエル」
 だがあっさりと、遊戯はOKした。
 バカめ――と、羽蛾と竜崎は揃ってほくそ笑んだ。
 羽蛾は絵空を、無名の弱小デュエリストと推測した。そこで、こう考えたのだ――タッグデュエルに持ち込み、早々に絵空をリタイアさせれば、その後は2対1でデュエルを挑めるではないか、と。仮に遊戯が絵空を庇い、すぐには倒せなかったとしても、弱点を抱えながら闘うことになるには違いない。それならば、遊戯相手にも十分勝機がある――そういう狙いだ。
「ヒョヒョ……それじゃあ早速、外に出ようか。ヒョヒョヒョ」
 気が変わらないうちにと、羽蛾は二人を促した。




「(いいな……まずはあの娘の方を狙うんだ。遊戯は後回し……タッグデュエルでは、弱い方を先に狙うのがセオリーだからな!)」
「(分かっとるわ。言っとくが、どっちが遊戯を倒しても恨みっこなしやでぇ!)」
 ひそひそ話をしながら、ククッと二人は笑いを堪える。

『(……良かったわね、すぐに相手が見つかって。でも……遊戯さんの足を引っ張っちゃダメよ?)』
 裏絵空の声に、モチロン、と絵空が応える。
「とは言っても……がんばるのは、わたしじゃないんだけどね♪」
『(……え?)』
 絵空はしたり顔で、隣の遊戯に話しかける。
「遊戯くん! タッグデュエル、一緒にがんばろーね……と、言いたいところなんだけど」
 絵空はニヤニヤと悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「もうひとりのわたしが、ど〜〜〜しても遊戯くんとタッグが組みたいっていうから、これから入れ替わるね♪」
『(――えっ? ちょっ、何を……)』

 ――カッ!!

 パズルボックスのウジャト眼が、唐突に輝いた。
 結果として、人格交代がなされる。絵空が中へ引っ込んだことで、裏絵空は強制的に表に出てくる。
「えええええっ!? ちょっと、もうひとりの私ぃっ!?」
 予想だにしない展開に、裏絵空は大いに狼狽した。
 心の中で抗議をするが、絵空は、ウンともスンとも応えない。
「……神里さん」
「え……ひゃいっ!?」
 急に話しかけられ、裏絵空は声が裏返ってしまった。
「ちっ……ちち、違うんですよ! これはあの、もうひとりの私が! あーでも、違うと言っても、遊戯さんとタッグを組みたくないとかではなくて……その……」
 変に意識して、早口で暴走してしまう。しかしそれに頓着した様子もなく、遊戯はにっこりと笑った。
「神里さんとタッグ組むのは初めてだけど……がんばろうね」
 女殺しの爽やかスマイル(裏絵空ビジョン)を向けてくる。裏絵空の顔がボッと、真っ赤に染まった。


 かくして始められる、デュエリスト4人によるタッグデュエル。
 各々の初期ライフは4000。ライフが0になった者から退場となり、先に相手タッグのライフを0にした方が勝ちとなる。
 ターン移行の順番は、「羽蛾→絵空→竜崎→遊戯」という形で決まった。

「ヒョヒョ……それじゃあ始めるぞぉ! デュエル!!」
 羽蛾の先走った宣言で、タッグデュエルが開始された。


 羽蛾のLP:4000  手札:5枚
     場:
 絵空のLP:4000  手札:5枚
     場:
 竜崎のLP:4000  手札:5枚
     場:
 遊戯のLP:4000  手札:5枚
     場:



決闘21 タッグ(中編)

「ヒョヒョ……オレの先攻からだ。ドロー」
 ドローカードを見てほくそ笑む羽蛾。
(……のっけから飛ばして、ビビらせてやるか……)
 ニヤニヤと笑いながら、2枚のカードを選び出す。
「オレは! 『ネオバグ』を召喚し……魔法カード『孵化』を発動ぉ!」


孵化
(魔法カード)
自分のフィールド上モンスターを1体生け贄に捧げる。
その生け贄モンスターより1つレベルの高い
昆虫族モンスターをデッキから特殊召喚する。


「『ネオバグ』のレベルは4……つまり、デッキからレベル5のインセクトを特殊召喚できる! 『アルティメット・インセクトLV5』を召喚ピョー!」


アルティメット・インセクトLV5  /風
★★★★★
【昆虫族】
「アルティメット・インセクトLV3」の効果で特殊召喚した場合、
このカードがフィールド上に存在する限り、全ての相手モンスターの
攻撃力は500ポイントダウンする。
自分のターンのスタンバイフェイズ時、このカードを
墓地に送る事で「アルティメット・インセクトLV7」1体を
手札またはデッキから特殊召喚する。
攻2300  守備力 900


「私のターン、ドロー!」
 裏絵空が軽やかな手つきでカードを引く。
(とにかくこうなったら……やるしかないわね)
 大きく深呼吸をする。
 そして落ち着くと、2枚のカードを選び出す。
「私はカードを1枚セットし、『シャインエンジェル』を守備表示で召喚! ターン終了です」
「ワイのターンや、ドロー! ワイは2枚セットして、『暗黒(ブラック)ステゴ』を守備表示で出す! ターン終了やで」


暗黒ステゴ  /地
★★★★
【恐竜族】
このカードが相手モンスターの攻撃対象に選択された時、
このカードは守備表示になる。
攻1200  守2000


「ボクのターン! リバースを2枚セットして、『マシュマロン』を守備表示! ターン終了だよ」


 羽蛾のLP:4000  手札:4枚
     場:アルティメット・インセクトLV5
 絵空のLP:4000  手札:4枚
     場:シャインエンジェル,伏せカード1枚
 竜崎のLP:4000  手札:3枚
     場:暗黒ステゴ,伏せカード2枚
 遊戯のLP:4000  手札:3枚
     場:マシュマロン,伏せカード2枚


(タッグデュエルでは全プレイヤーが、1ターン目に攻撃できない……つまり、遊戯が攻撃できるのはこのターンの最後! それまでに、小娘を脱落させてやるピョー!)
 キシシと笑いながら、羽蛾はカードをドローする。
「この瞬間! オレの究極昆虫(アルティメット・インセクト)の効果発動! 究極昆虫はオレのスタンバイフェイズごとにレベルアップする! 『究極昆虫LV5』を生け贄に……『究極昆虫LV7』を特殊召喚ぅ!!」


アルティメット・インセクトLV7  /風
★★★★★★★
【昆虫族】
「アルティメット・インセクトLV5」の効果で特殊召喚した場合、
このカードが自分フィールド上に存在する限り、全ての相手モンスターの
攻撃力・守備力は700ポイントダウンする。
攻2600  守1200


 完全な成体となった巨大昆虫が、羽ばたき、周囲に毒鱗粉をバラ撒く。
「攻撃力は2600……ヒョヒョ、しかも、それだけじゃないピョー! コイツの撒く鱗粉は猛毒でね……オマエラのモンスターは全て、攻守が700ポイントもダウンするんだぁ!」

 シャインエンジェル:守800→守100
           攻1400→攻700
 マシュマロン:守500→守0
        攻300→攻0

「ヒョヒョヒョ……さらに『共鳴虫(ハウリング・インセクト)』を攻撃表示で召喚し、バトルフェイズ開始ぃ!」


共鳴虫  /地
★★★
【昆虫族】
このカードが戦闘によって破壊され墓地に送られた時、
デッキから攻撃力1500以下の昆虫族モンスター1体を
自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。
その後、デッキをシャッフルする。
攻1200  守1300


「『共鳴虫』! 弱体化したザコ天使を攻撃ぃぃっ!!」
 『共鳴虫』が羽を動かし、特殊な音波を発する。

 ――ズガァァンッ!!

 それを受けたシャインエンジャルは、破壊され墓地へ送られる。しかしここまでは、裏絵空にしても狙い通りの展開だ。
「この瞬間、シャインエンジェルの特殊能力発動! その効果により私は、攻撃力1500以下の光属性モンスターを攻撃表示で特殊召喚できます!」
 宣言すると、裏絵空はデッキを盤から外した。
(ヒョヒョ……攻撃力1500以下のモンスターなんか、怖くもなんともないピョー。攻撃表示で出てきたところを、究極昆虫で叩き潰してやる!)
「……私が呼び出すのは、このモンスターです……。出でよ、『ものマネ幻術士』!」
「……ピョ?」
 羽蛾の目が点になる。
 裏絵空の場に現れたのは紛れもなく、今も自分の場で鱗粉をばら撒いているモンスター――『究極昆虫』。
「『ものマネ幻術士』の効果……場に召喚されたとき、相手モンスター1体をコピーすることができます」


ものマネ幻術士  /光

【魔法使い族】
このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、
相手モンスター1体の元々の攻撃力・守備力・
種族・属性となる。
攻 0  守 0


 ものマネ幻術士:攻0→攻2600
         守0→守1200
         ★→★★★★★★★
         光属性→風属性
         魔法使い族→昆虫族



「オ……オレの究極昆虫をコピーだとぉぉ!??」
 予想外のモンスターに、大いに狼狽してみせる小物・羽蛾。
「……ただし……その特殊能力まで模倣することはできません。羽蛾さんの『究極昆虫』の効果により、こちらの攻守は下がります」
「……ピョッ?」
 羽蛾の『究極昆虫』の撒く鱗粉に苦しみ、裏絵空の場の昆虫は活力を失う。

 ものマネ幻術士:攻2600→攻1900
         守1200→守500

「…………。なっ、なぁ〜んだ! 驚かせやがってぇ! それなら怖くも何ともないピョー! 究極昆虫、そのパチモンを破壊だぁぁ! ポイズン・ブレスッ!!」
 究極昆虫は羽ばたきながら口を空け、毒を大量に含んだ、緑色のブレスを吐き出す。
 だがその刹那、裏絵空の場のリバースカードが開いた。
「――リバースマジック! 『収縮』!」
「……ピョ?」
 羽蛾の目が、再び点になる。
 羽蛾の究極昆虫はみるみるうちに縮んでいき、その迫力を失っていた。

 アルティメット・インセクトLV7:攻2600→攻1300

 ――ズガァァァァッ!!

 同じように放たれたブレスに押し負け、羽蛾の究極昆虫はあっという間に返り討ちに遭った。

 羽蛾LP:4000→3400

「さらに……羽蛾さんの場の究極昆虫が破壊されたことで、私たちの場のモンスターのステータスは、もとに戻ります」

 ものマネ幻術士:攻1900→攻2600
         守500→守1200
 マシュマロン:守0→守500
        攻0→攻300

「…………」
 呆気にとられる羽蛾。横の竜崎から檄が飛んだ。
「何やっとんや羽蛾ぁ!! 油断しとる場合やあらへんでぇ!」
「ぐっ……う、うるさい! オレはリバースを2枚セットして、ターン終了だぁっ!!」


 羽蛾のLP:3400  手札:2枚
     場:共鳴虫,伏せカード2枚
 絵空のLP:4000  手札:4枚
     場:ものマネ幻術士(攻2600)
 竜崎のLP:4000  手札:3枚
     場:暗黒ステゴ,伏せカード2枚
 遊戯のLP:4000  手札:3枚
     場:マシュマロン,伏せカード2枚


(小娘の場には攻撃力2600のモンスター……当然攻撃してくるはず。そこをトラップで迎撃してやる!)
 仕返しだ、と言わんばかりに、羽蛾は心の中でほくそ笑んだ。
「私のターン、ドロー!」
 ドローカードを確認すると、裏絵空は相手のフィールドを注視した。
(相手の場には、合計4枚のリバース……迂闊に攻撃すれば、当然返り討ちに遭う。それなら……)
「……私は、『ものマネ幻術士』を生け贄に捧げて……」
「!?」
「攻撃力2600を生け贄やて!?」
 度肝を抜かれる2人をヨソに、裏絵空はそれをフィールドに呼び出す。
「召喚……『氷帝メビウス』!」
 巨大昆虫は姿を消し、代わりに、氷を操る甲冑戦士が喚び出された。


氷帝メビウス  /水
★★★★★★
【水族】
このカードの生け贄召喚に成功した時、
フィールド上の魔法・罠カードを2枚まで
破壊する事ができる。
攻2400  守1000


「特殊能力発動……場の魔法・罠カード2枚を破壊します。絶対零度っ!!」
 メビウスは両の拳を、地面に力いっぱい叩きつけた。
 そこから発せられた冷気が相手の場に迫り、2枚のカードを凍りつかせる。氷に覆われたカードはその後、なすすべなく砕け散り、消滅した。
「ワッ……ワイの『落とし穴』がぁ!?」
「……!」
 竜崎と羽蛾のリバースを1枚ずつ――『落とし穴』と『殺虫剤』を破壊した。
「さらに『遺言状』を発動! その効果により、デッキから『ならず者傭兵部隊』を特殊召喚します!」


遺言状
(魔法カード)
このターンに自分フィールド上の
モンスターが自分の墓地へ送られた
時、デッキから攻撃力1500以下の
モンスター1体を特殊召喚する事ができる。

ならず者傭兵部隊  /地
★★★★
【戦士族】
このカードを生け贄に捧げる。
フィールド上のモンスター1体を
破壊する。
攻1000  守1000


「『ならず者傭兵部隊』の特殊能力……! 彼らは玉砕攻撃をしかけることで、相手モンスター1体を破壊することができます。行って、『ならず者』たち!」
 ならず者集団は一致団結し、巨大な昆虫へ特攻をしかける。

 ――ドコッ! バキッ! ズカッ! ボコッ!

 袋叩きに遭う共鳴虫は、抵抗むなしく破壊され、墓地へと送られる。
 その後、疲弊しきったならず者たちも姿を消し、フィールドからいなくなった。
(チッ……『共鳴虫』は戦闘で破壊されなきゃ能力を発揮できない。思ったよりやるじゃないか)
 だが――と、羽蛾は自分の場に残された、最後のリバースカードに目をやった。
「カードを1枚伏せ……バトルフェイズ! 氷帝メビウスで、羽蛾さんにダイレクトアタックっ!」
(キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!!!)
「ヒョーヒョヒョヒョヒョ!! リバーストラップ発動ぉぉ!! 『聖なるバリア―ミラーフォース』ゥッ!! こいつの効果でオマエのモンスターは……」
 と、そこに遊戯が横槍を入れた。
「させないよ! リバースマジック『罠はずし』!」
「……ピョッ?」
 羽蛾の目がまたもや点になった。
 一瞬だけ羽蛾を覆った半透明のバリアが、あっという間に消え失せる。
 そして目の前に迫るのは、一本の鋭利な氷柱。
「ギョェェェェ〜〜ッ!!!」

 ――ドスッ!!!

「う……ぐふっ」
 氷の槍に腹を貫かれ、羽蛾は思わず蹲(うずくま)った。
 無論、実際にはただの立体映像なわけだが、羽蛾がこのターンに受けた精神ダメージは非常に大きい。

 羽蛾のLP:3400→1000

「あっ……ありがとうございます、遊戯さん!」
「ウン。この調子で、どんどん攻めて行こうよ!」
 互いの信頼を確認し合う、遊戯と裏絵空。対する羽蛾と竜崎はというと、早くも歩調が狂い始める。
「なっ……何で何もしないんだよぉぉ! オマエの守備モンスターでオレを守れよぉぉぉ!!」
「アッ、アホかぁ! オマエの面倒なんかイチイチ見てられるかぃっ!!」


 羽蛾のLP:1000  手札:2枚
     場:
 絵空のLP:4000  手札:2枚
     場:氷帝メビウス,伏せカード1枚
 竜崎のLP:4000  手札:3枚
     場:暗黒ステゴ,伏せカード1枚
 遊戯のLP:4000  手札:3枚
     場:マシュマロン,伏せカード1枚


「ワイのターンや、ドロー!」
(羽蛾は頼りになれへん……こうなったら、ワイ一人で何とかしたるわ!)
「いくでぇ! 『暗黒ステゴ』を生け贄にして……リバースカードオープン! 『大進化薬』!!」


大進化薬
(魔法カード)
自分フィールド上の恐竜族モンスター1体を生け贄に捧げて発動する。
このカードは発動後(相手ターンで数えて)3ターンの間フィールド上に
残り続ける。 このカードがフィールド上に存在する限り、
恐竜族モンスターの召喚に生け贄は必要なくなる。


「コレでワイは、上級モンスターを生け贄なしで召喚できるんや! ヘヘ……ほないくでぇ! ワイの第一の切札……『究極恐獣(アルティメットティラノ)』を召喚やぁ!!」
 竜崎の場に新たに、漆黒の鱗を身に纏った巨大恐竜が喚び出された。


究極恐獣  /地
★★★★★★★★
【恐竜族】
このカードが自分のバトルフェイズ開始時に攻撃表示だった場合、
一番最初にこのカードで相手フィールド上に存在する全ての
モンスターに1回ずつ攻撃しなければならない。
攻3000  守2200


「ヘヘ……コイツの攻撃力は3000! 攻撃力だけなら、あの青眼と互角のモンを持っとるんや! どや! チビったかぁ!?」
 究極恐獣は相手を威嚇せんと、凶暴そうな雄叫びを上げる。
 しかしどうにも、目の前の二人の反応はイマイチ鈍い。
 煮え切らないものを感じながらも、竜崎はバトルフェイズに入る。
「強がってられるのも今のうちや……行け、究極恐獣! 氷帝メビウスを攻げ……」
「トラップ発動……『六芒星の呪縛』!」

 ――ガシーンッ!!!

 攻撃体勢に入ったところであっけなく、遊戯の発動した魔法陣に捕らわれた。

 究極恐獣:攻3000→攻2300

「ワッ、ワイの究極恐獣がぁぁぁ!??」
 せっかく呼び出した最上級モンスターを封じられ、うろたえまくる小物・竜崎。
(こっ……このままやと、あの嬢ちゃんのモンスターに、戦闘で負けてまう!)
 竜崎は慌てて、手札のカードを確認した。そしてそこで、一枚の魔法カードに気づく。
「そっ、そうや。コイツがあったわ! ワイは魔法カード『テールスイング』を発動!」


テールスイング
(魔法カード)
自分フィールド上に存在するレベル5以上の
恐竜族モンスター1体を選択して発動する。
相手フィールド上に存在する、選択した恐竜族モンスターの
レベル未満のモンスターを合計2体まで選択し、持ち主の手札に戻す。


「吹っ飛ばせ……究極恐獣っ!!」
 魔法陣に捕らわれながらも、究極恐獣は力任せに身体を半回転し、長い尻尾を振るった。

 ――ブォォンッ!!!

 そして、それが巻き起こす衝撃波は、絵空の『氷帝メビウス』と遊戯の『マシュマロン』を、まとめてフィールド外まで薙ぎ飛ばした。これで遊戯・絵空コンビの場には、1体もモンスターが存在しなくなった。
「どや、見たかぁ! ワイはさらに、カードを1枚伏せて……ターン終了や!」


 羽蛾のLP:1000  手札:2枚
     場:
 絵空のLP:4000  手札:3枚
     場:伏せカード1枚
 竜崎のLP:4000  手札:1枚
     場:究極恐獣(攻2300),大進化薬,伏せカード1枚
 遊戯のLP:4000  手札:4枚
     場:六芒星の呪縛


「ボクのターン! ボクは『サイレント・ソードマンLV0』を攻撃表示で召喚!」
 遊戯のフィールドに新たに、少年剣士が姿を現す。
「『六芒星の呪縛』の効果を受けている『究極恐獣』は、自由に身動きがとれない……! 今なら、羽蛾くんを直接攻撃できる!」
「!! なっ、何ぃぃっ!?」
 青ざめる羽蛾。羽蛾のライフはわずか1000、そして沈黙の剣士の攻撃力も丁度1000。
「いけ、サイレント・ソードマン! 羽蛾くんにダイレクトアタックだ!」
 沈黙の剣士は身軽に跳び上がると、羽蛾めがけて勢いよく斬りかかった。
「ワイに感謝せえよ、羽蛾ぁ! 永続トラップ発動! 『化石発掘』!!」


化石発掘
(永続罠カード)
手札を1枚捨てる。
自分の墓地に存在する恐竜族モンスター1体を選択して特殊召喚する。
この方法で特殊召喚されたモンスターのモンスター効果は無効化される。
このカードがフィールド上に存在しなくなった時、そのモンスターを破壊する。
そのモンスターが破壊された時このカードを破壊する。


「へへ……見せたるでえ、ワイのパワーアップした恐竜デッキの真の恐ろしさを! 手札の最上級モンスターをコストにし……そしてそれを復活させる! 出でよ『暗黒恐獣(ブラックティラノ)』ォッ!!」


究極恐獣  /地
★★★★★★★★
【恐竜族】
このカードが自分のバトルフェイズ開始時に攻撃表示だった場合、
一番最初にこのカードで相手フィールド上に存在する全ての
モンスターに1回ずつ攻撃しなければならない。
攻3000  守2200


「おおお!! ナイスだ竜崎ぃぃ!」
「へへ、コイツで、そのチビッ子剣士を迎撃や! レックスボンバー!!」
 沈黙の剣士を踏み潰さんと、新たな巨大恐竜が迫る。
「トラップオープン! 『和睦の使者』!」
 その瞬間、今度は裏絵空のリバースカードが開いた。

 ――バシィィィィッ!!!

 沈黙の剣士の周囲をバリアが覆い、それが、恐竜の反撃を退けた。
「チィッ……防ぎおったか!」
 竜崎は悔しげに、舌打ちを一つした。
「ありがとう、助かったよ神里さん」
 いいえ、と笑顔で遊戯に返す裏絵空。
「よし……ボクはカードを1枚伏せて、ターン終了だよ!」


 羽蛾のLP:1000  手札:2枚
     場:
 絵空のLP:4000  手札:3枚
     場:
 竜崎のLP:4000  手札:0枚
     場:究極恐獣(攻2300),暗黒恐獣,化石発掘,大進化薬
 遊戯のLP:4000  手札:3枚
     場:サイレント・ソードマンLV0,六芒星の呪縛,伏せカード1枚



「ああ〜っ! 惜しいっ、あと少しだったのにっ!」
 杏子はもどかしそうに叫んだ。
 タッグデュエルでは、片方のプレイヤーを倒せれば、実質2対1に持ち込むことができ、一気に勝利を呼び込める――それくらいのことは、杏子も知っていた。
 いつの間にか、4人の周りにはギャラリーが集まり、周囲の注目も高まってきている。
(いきなりだったから、どうなるかと思ったけど……2人の息もピッタリだし、何とかなりそうじゃない!)
 ウンウンと頷きながら、杏子は悦に入る。



「――フン……。まさかタッグデュエルなどしているとはな。相変わらず温(ぬる)いヤツだ……」



「……!? エ……」
 聞き覚えのある声に、杏子は咄嗟に振り返る。
 周囲のデュエリストたちがざわめき出す。意外な人物の登場に、杏子は驚き、目を見開いた。



決闘22 タッグ(後編)

「オッ……オレのターン、ドロー!」
 一人だけライフが残り少ないことに焦りを浮かべながら、羽蛾がカードをドローする。

 ドローカード:DNA改造手術

(!! や、やったピョー! これなら……)
 良いカードを引き当てたことで、羽蛾の表情に明るさが戻る。
「いくぞぉ! オレはまず『甲虫装甲騎士(インセクトナイト)』を攻撃表示で召喚だぁ!」
 羽蛾のフィールドに新たに、武装した昆虫騎士が召喚される。その攻撃力は1900。
(沈黙の剣士は、ターン経過ごとに攻撃力を上げるモンスター……。厄介だが、今はまだ大したモンスターじゃない。ここは……)
「ヒョヒョ! そっちの小娘に攻撃するピョー! インセクトナイト、直接攻撃だぁ!!」
 絵空のフィールドには今、1枚もカードが存在しない。これなら問題なく、羽蛾の昆虫騎士の攻撃は通る――かに思えた。
「させないよ! トラップ・フィールド『ストロング・ホールド』!」

 ――ガキィィンッ!!

 遊戯の発動したトラップにより、絵空の場に「砦モンスター」が出現する。機動砦はその太い腕で、昆虫騎士の剣を難なく受け止めた。
「チィッ……だが次のターン、オレのデッキの恐ろしいコンボを見せてやるピョー! リバースを2枚セットしてターン終了だぁ!」


 羽蛾のLP:1000  手札:0枚
     場:甲虫装甲騎士,伏せカード2枚
 絵空のLP:4000  手札:3枚
     場:
 竜崎のLP:4000  手札:0枚
     場:究極恐獣(攻2300),暗黒恐獣,化石発掘,大進化薬
 遊戯のLP:4000  手札:3枚
     場:サイレント・ソードマンLV0,機動砦 ストロング・ホールド,
       六芒星の呪縛,


(ヒョヒョ……オレの場のリバースは、『虫よけバリアー』と『DNA改造手術』! 『DNA改造手術』の効果で、フィールドのモンスターを全て昆虫に変えてやれば……お前らはもう攻撃できないピョー!)
 堪えきれない笑い声が、羽蛾の口元から漏れ出す。


DNA改造手術
(永続罠カード)
発動時に1種類の種族を宣言する。
このカードがフィールド上に存在する限り、
フィールド上の全てのモンスターは自分が宣言した種族になる。


「私のターン、ドロー! …………」
 裏絵空はカードを引くと、遊戯に視線を向ける。
 遊戯は何も言わず、首を縦に振った。
「いきます……! 私は『ストロング・ホールド』を生け贄に、上級モンスターを召喚します!」
「!? パートナーのモンスターを生け贄だと!?」
 羽蛾は眉をひそめた。
 確かにそれは、タッグデュエルのルール上、可能――だがそれは下手をすると、パートナーとの信頼を壊しかねない行為だ。
(アイコンタクトだけで、その判断をしやがった……! うすうす思ってはいたが、コイツラ……間違いない! タッグを組んだ経験があるな!?)
 それも一度や二度ではない、何度も組んだ経験があるはず――そう羽蛾は予想した。

 実際は初めてなのだが、周囲のギャラリーのほとんども、彼らを「タッグデュエルの経験者」だろうと考えていた。それほどに、彼ら2人の連携はよく取れていたし、急造コンビだなどとは到底思えなかった。

(一体、何の上級モンスターを出してくる気や……!?)
 竜崎は顔をしかめ、絵空の出すカードに注目する。
「ストロング・ホールドを生け贄に……いでよ、『氷帝メビウス』!」
「……へっ?」
 竜崎は思わず、間の抜けた声を出してしまった。絵空が場に呼び出したのは、先ほどまでもフィールドに存在していたモンスター。
(……。あ、そやった! 『テールスイング』の効果で、手札に戻してたんやったぁ!!)
 1ターン前の自分のプレイを、早くも後悔する竜崎。『テールスイング』はあくまで、場のモンスターを“破壊”するのではなく、“手札に戻す”だけの効果なのだ。
「特殊能力発動! 竜崎さんの『化石発掘』と、羽蛾さんのリバース1枚を破壊します!」
 見る間に2枚のカードが凍り付き、砕け散る。そして、『化石発掘』が破壊されたことで、『暗黒恐獣』も砕け散り、墓地へと眠る。
「オッ、オレの『虫よけバリアー』がぁ!?」
「ワイの『暗黒恐獣』がぁぁ!!?」
 2人は揃って、大きな悲鳴を上げた。
「そして、カードを1枚伏せて……バトルフェイズ! インセクトナイトを攻撃! アイス・ランスッ!!」

 ――ドスゥッ!!!

 氷の槍が、昆虫騎士の腹を貫く。そして残りわずかな羽蛾のライフが、さらに削り取られる。

 羽蛾のLP:1000→500

(くそっ……この小娘、明らかにオレを狙ってきてやがる! オレの場のリバースはもう役に立たない! 竜崎のヤツに頼るしか……!)
 羽蛾は睨めつけるように、横目で竜崎の様子を確認する。


 羽蛾のLP:500  手札:0枚
     場:伏せカード1枚(DNA改造手術)
 絵空のLP:4000  手札:2枚
     場:氷帝メビウス,伏せカード1枚
 竜崎のLP:4000  手札:0枚
     場:究極恐獣(攻2300),大進化薬
 遊戯のLP:4000  手札:3枚
     場:サイレント・ソードマンLV0,六芒星の呪縛,


「ワイのターン、ドロー。……ターンエンドや」
「んなぁぁぁっ!!?」
 羽蛾が、素っ頓狂な悲鳴を上げた。
「バッ、バカ野郎! 何でカード出さないんだよ! オレが負けちゃうだろぉ!?」
「しっ、仕方ないやろ! 手札1枚しかないんやでえ!?」
 すでに、2人のチームワークはガタガタだった。

「ボクのターン! この瞬間、沈黙の剣士はレベルが上がり、攻撃力500ポイントアップ!」

 サイレント・ソードマン:攻1000→攻1500

「カードを2枚セットして……バトル! 羽蛾くんにダイレクトアタックだ!」

 ――ズバァァァッ!!

 羽蛾は剣士の斬撃を喰らい、尻餅をつく。
「!! はっ、羽蛾ぁぁっ!!」

 羽蛾のLP:500→0

「ぐっ……く、くそぉっ! まだだ、諦めるな竜崎! オマエが勝てば、オレも勝ったことになる……! そうすれば問題ない!!」
「むっ、無茶言うなやぁっ!!」
 ただでさえフィールドは不利な状態なのに、この上1対2――ここから逆転など、できるわけがない。加えて魔法カード『大進化薬』も、発動してから相手ターンで数えて3ターンが経過したため、場から消滅した。


 絵空のLP:4000  手札:2枚
     場:氷帝メビウス,伏せカード1枚
 竜崎のLP:4000  手札:1枚
     場:究極恐獣(攻2300)
 遊戯のLP:4000  手札:2枚
     場:サイレント・ソードマンLV1,六芒星の呪縛,伏せカード2枚


 羽蛾が敗北したことで、そのターンはスキップされ、裏絵空のターンに移る。
「私のターン、ドロー! 私は『ホーリー・エルフ』を守備表示で召喚して……バトル! メビウスで『究極恐獣』を攻撃します!」

 ――ドスゥゥッ!!!

「!! アッ、究極恐獣ォォっ!!」
 最後の希望を打ち砕かれ、今度は竜崎のライフが減少する。これでもはや、竜崎の場には1枚のカードも存在しない。

 竜崎のLP:4000→3900

「カードを1枚セットして、ターン終了です!」
「ワイのターン!! こうなりゃ当たって砕けろや! ドローッ!!」
 半ば自棄(やけ)になりながら、竜崎はカードを抜き放つ。

 ドローカード:暗黒(ブラック)プテラ

「かくなる上は……! ワイは『暗黒プテラ』を召喚し、『モンスターゲート』を発動やぁぁ!!」


暗黒プテラ  /風
★★★
【恐竜族】
このカードが戦闘によって破壊される以外の方法で
フィールド上から墓地に送られた時、このカードは持ち主の手札に戻る。
攻1000  守 500

モンスターゲート
(魔法カード)
自分フィールド上のモンスター1体を生け贄に捧げる。
通常召喚可能なモンスターが出るまで自分のデッキをめくり、
そのモンスターを特殊召喚する。他のめくったカードは全て墓地へ送る。


 空間に穴が開き、竜崎の召喚したモンスターを呑みこんでゆく。
「一か八かの大博打や! ここで強力モンスターを引ければ、まだ望みはあるでえ!!」
 そう言いながら、竜崎はカードを数枚めくった。
 城之内並みの強運を祈りながら――そして、奇跡は起きたのだ。
「……!! 来たで来たで来たでぇぇぇっ!! 引き当てたのは、ワイのデッキで最強のモンスターや! いでよ、『超伝導恐獣(スーパーコンダクターティラノ)』ォォォッ!!!」
 穴の中から、いまだかつてない巨大恐獣が吐き出された。


超伝導恐獣  /光
★★★★★★★★
【恐竜族】
自分フィールド上のモンスター1体を生け贄に捧げる事で
相手ライフに1000ポイントダメージを与える。
この効果は1ターンに1度しか使用できない。
また、この効果を発動した場合、そのターン
このモンスターは攻撃宣言をする事ができない。
攻3300  守1400


「どや、見たかぁぁ!! まだ勝負は分からへんでえ!! さらに、魔法のコストで墓地へ送られた『暗黒プテラ』は手札に舞い戻る! いくでぇ……沈黙の剣士を攻撃ぃぃっ!」
 伝導恐獣の全身で、電気が火花をバチバチと散らす。
 そして口を開くと、強烈な電撃砲を放出した。しかしそれと同時に、裏絵空の手が動く。
「トラップ発動……『ドレインシールド』!」

 ――バジィィィィィッ!!!!

 裏絵空のトラップにより、沈黙の剣士は半透明の盾に守られた。そして、そのカード効果により――電撃は吸収され、裏絵空のライフが大幅に回復する。


ドレインシールド
(罠カード)
相手モンスター1体の攻撃を無効にし、
そのモンスターの攻撃力分の数値だけ
自分のライフポイントを回復する。


 絵空のLP:4000→7300

「なっ、何やてぇぇぇっ!!?」
 あまりのショックに、絶叫する竜崎。せっかく逆転の糸口を見つけたと思ったのに――逆に相手にライフを、大幅に回復されてしまった。
(おっ……落ち着け! フィールドで一番強いのは、間違いなくワイの『超伝導恐獣』や! コイツを倒さん限り、ワイにダメージは通らん……まだまだ勝負は分からへん!)
「ワッ、ワイはこれでターン終了やぁ!!」
 一縷の望みに賭けて、竜崎は最後まで抵抗することを決意する。


 絵空のLP:7300  手札:1枚
     場:氷帝メビウス,ホーリー・エルフ,伏せカード1枚
 竜崎のLP:3900  手札:1枚(暗黒プテラ)
     場:超伝導恐獣
 遊戯のLP:4000  手札:2枚
     場:サイレント・ソードマンLV1,伏せカード2枚


「ボクのターン! この瞬間、沈黙の剣士はさらにレベルを上げる……これで攻撃力は2000だ!」

 サイレント・ソードマン:攻1500→攻2000

「…………」
 遊戯は注意深く、フィールドの状況を確認する。自分の場のリバースカード、そして、絵空の場のモンスターを。
「よし! ボクは沈黙の剣士を生け贄に捧げて……『ブラック・マジシャン・ガール』を召喚!」
 沈黙の剣士が光の渦に消え、新たに、黒魔術師の少女が姿を現した。
(攻撃力は同じ2000ポイントのはず……わざわざ生け贄召喚なんぞして、何のつもりや!?)
 遊戯の行動の理由が読めず、動揺する竜崎。
「さらに……リバースマジック発動! 『魔力解放』! この魔法効果により、ブラック・マジシャン・ガールに内在する魔力を解放し、レベルアップさせるよ!」
 外見こそ変わらないが、魔術師の少女を覆う魔力が、その強さを一段と増した。


魔力解放
(魔法カード)
フィールド上の魔術師一体の魔力レベルを上げる。


 ブラック・マジシャン・ガール+(プラス):攻2500

「なっ……何や、ビビらせおってからに。攻撃力500上がっただけやないけ! その程度で、ワイの恐竜は倒せへんでえ!」
「……確かにそれだけじゃあ、竜崎くんのモンスターの攻撃力には届かないけど……」
 遊戯は裏絵空に目をやった。裏絵空は頷き、それに応えてみせる。
「『ホーリー・エルフ』の特殊能力発動! 『ホーリー・エルフ』は自身の攻撃力を、味方モンスター1体に与えることができます!」
「!? な、何やとぉ!?」
 エルフが呪文を唱えると、黒魔術師の少女の魔力は、さらに強化されていく。


ホーリー・エルフ  /光
★★★★
【魔法使い族】
1ターンの間、場のモンスター1体に、
自らの攻撃力を全て与えることができる。
この効果はデュエル中一度しか使用できない。
攻 800  守2000


 ホーリー・エルフ:攻800→攻0
 ブラック・マジシャン・ガール+:攻2500→攻3300

「ワ、ワイの恐竜と攻撃力が並んだ……! 相撃ちにする気か!?」
 遊戯は首を横に振った。
「まだだよ。『魔力解放』の効果により、ブラック・マジシャン・ガールは新たな特殊能力を得ることができた……! 自分の墓地の魔法カードをゲームから除外することで、除外した枚数×100ポイント、攻撃力を上げることができる!!」


ブラック・マジシャン・ガール+  /闇
★★★★★★★
【魔法使い族】
このカード名はルール上「ブラック・マジシャン・ガール」とする。
墓地に眠る「ブラック・マジシャン」の数だけ攻撃力を500ポイント上げる。
ダメージステップ時、自分の墓地の魔法カードを任意の枚数ゲームから除外する
ことで、1ターンの間、除外した枚数×100ポイント攻撃力がアップする。
攻2500  守1700


「ボクの墓地に存在するのは、『罠はずし』『魔力解放』の2枚だけ……。でもタッグデュエルでは、パートナーの墓地のカードも、同様に処理することが可能になる。ボクはさらに、神里さんの墓地から『収縮』『遺言状』も除外する。合計、400ポイント攻撃力が上がるよ!」

 ブラック・マジシャン・ガール+:攻3300→攻3700

「いくよ! ブラック・マジシャン・ガールの攻撃――ブラック・バーニングッ!!」

 ――ズドォォォッ!!!!

「どわあああああっ!!?」
 少女の放つ魔力弾が、恐獣の身体を打ち砕いた。

 竜崎のLP:3900→3500


 絵空のLP:7300  手札:1枚
     場:氷帝メビウス,ホーリー・エルフ,伏せカード1枚
 竜崎のLP:3500  手札:1枚(暗黒プテラ)
     場:
 遊戯のLP:4000  手札:2枚
     場:ブラック・マジシャン・ガール+,伏せカード1枚


「私のターン! 私は手札から魔法カード『増援』を――」
 と、そこで裏絵空の動きが止まった。
 竜崎がデッキに右手を載せ、白旗を振っていたからだ。
「も……もう無理やて……」
 竜崎はへなへなと、その場に座り込んでしまった。

 竜崎のLP:3500→0

(……! 勝っ……た……?)
 裏絵空はぽかんと口を開けた。
 あっという間だった――本当に、あっという間に感じられた。それほどに、実に心地よく闘え、同時に物足りなさも覚えた。
「…………」
 遊戯に振り返る。
 二人はごく自然な形で、互いの両手を合わせ、ハイタッチを交わした。

 ――パンッ!

 そこでやっと、自分たちの勝利を実感した。


武藤 遊戯  D・Lv.10
★★★★★★☆☆
5勝0敗

神里 絵空  D・Lv.?
★★★★★☆☆☆
4勝0敗


『(うーん……見事なタッグっぷりだったね。さすがはもうひとりのわたし♪)』
 そこでやっと、さっきまで音信不通だった絵空の声が聞こえてくる。
(全く……本当に強引ね、あなたは)
 ヤレヤレと、裏絵空はため息を吐いてみせた。
『(まあまあ。楽しかったでしょ? 遊戯くんとのタッグデュエル〜♪)』
 もう、と裏絵空は軽く拗ねてみせた。

「――それにしても……すごくスムーズにデュエルできたね。連携がすごく取り易かったし……ボクと神里さん、相性がいいのかな?」
「……へっ?」
 遊戯の何気ない発言に、裏絵空の顔面が、再び真紅に染め上げられる。
『(わ〜! 相性いいだなんて! 愛の告白だよこれは! 女殺しの名文句だね!)』
「なっ……!! ちょっと黙ってなさい、あなたはっ!!」
 思わず、声に出して叫ぶ。それを聞き、キョトンとする遊戯。
「あ、あうっ……ち、違うんです今のは! 今のは“もうひとりの私”に対してであって、遊戯さんに言ったわけじゃ……」
 裏絵空は頭の中で、ぐるぐると何かが渦を巻いているようだった。


「――フン……まあ、悪くない内容だったな。対戦相手のレベルを考えれば、そこそこ上等な内容だろう」


「……!」
 聞き覚えのある声。遊戯ははっとして、その声の主に振り返る。
「腕は落ちていないようだな……安心したぞ、遊戯」
「……! 海馬くん……」
 そう――その男の名は、海馬瀬人。
 今大会の主催者にして、優勝候補の一角。前大会の決勝で争った、避けて通れぬ最強デュエリストである。



決闘23 闇の断片

「これで星は幾つだ……? 遊戯」
「え……あ、えっと」
 海馬に突然訊かれ、遊戯は少し慌てた様子で、手に持ったデュエリストカードを海馬に向けた。
「フン……6ツ星か。まあ、悪くはないな」
 そう言うと、今度は海馬が、自身のデュエリストカードを示してみせる。


海馬 瀬人  D・Lv.10
★★★★★★★☆
6勝0敗


 それを見た周囲がざわめく。あと一勝、たった一勝で予選突破が決まる。
 そしてそれは同時に――あと一戦、予選デュエルを要することを意味する。

 周囲の緊張が高まった。みなが、少なからず期待する――“海馬瀬人VS武藤遊戯”、前大会の決勝で繰り広げられた、至高のデュエルの再現を。

 だが次の瞬間、海馬の視線が遊戯から外れた。
「……。そちらの娘……名前は?」
 海馬の高圧的な瞳が、ジロリと睨む。裏絵空は少しビクつきながらも、慌てて応える。
「えっ、絵空です。神里絵空」
 それを聞き、そうか、と呟く。
「なるほど、貴様が以前、遊戯の言っていた……。悪くないデュエルだった。その実力ならいずれ、デュエリストレベル7以上は堅かろう。まあ、せいぜいがんばることだ」
 それだけ言うと、海馬は興味を失ったように、ふいっと視線を逸らす。

『(ウーン……何だか思ってた以上に、怖そうな人だねぇ)』
 中に引っ込んでて良かった、と絵空は安堵のため息を吐いた。

「さて……安心しろ、遊戯。ここで貴様と闘うつもりはない。まあ、貴様を倒して予選通過というのも、それはそれでオツなものだが……」
 ククッと笑みを漏らしてみせると、海馬の瞳の鋭さが増した。
「――貴様と決着をつけるには、相応の舞台が必要だ。そしてそれは、決勝の場以外にはあるまい……」
「……!」
 ぴりぴりと、空気が痛かった。
 周りにいた決闘者たちも、揃って唾を飲み込む。
「決勝の舞台で待つ……予選などでもたつくな。オレを失望させることだけは許さんぞ」
 それだけ言うと、海馬は踵を返し、背中を向けた。
 多くの者が、溜め息を吐いた。落胆と安堵の入り混じった、複雑な溜め息を。
 しかし不意に、海馬の足が止まる。顔だけで振り返ると、先ほど以上に好戦的な笑みを浮かべた。

「――このオレの力で……貴様のその“化けの皮”、今度こそ全て剥ぎ取ってくれる。貴様の中の全てを、残らず暴き出してくれるわ……!!」

「…………!」
 遊戯はそれに、応えなかった。表情を曇らせたまま、海馬の背中を見つめる。
 海馬を再び歩を進め、その場を立ち去っていった。

(……? 遊戯さんの……“化けの皮”……?)
 裏絵空は、海馬のその一言が、やけに心に引っかかった。



●     ●     ●     ●     ●     ●


 その頃――童実野町、時計塔広場付近の路地裏にて。
「ハァッ……!! ハァッ……!!」
 決闘盤を付けた青年が一人、荒い息を吐いていた。青年――名蜘蛛コージの精神は、未だかつてない戦慄に冒されていた。
 名蜘蛛は以前にも、似たような体験をしていた。第一回バトル・シティ、その予選において、海馬瀬人とデュエルしたときのこと。三幻神の一つ“オベリスクの巨神兵”の一撃を受け、一生ものの心理的外傷(トラウマ)を負った。

 あまりにも似ていた――そのときに。本能が、危険だと訴え続けていた。
「オッ……オオ、オレは……『サファイアドラゴン』を守備表示で召喚……!」
 がたがたと震える手で、モンスターを壁にする。目下のところ彼には、他にできることがない。逃げ出したくても、足が竦んで動けない。そして何より、目の前の“悪魔”の攻撃を受けることだけは、何が何でも避けたかった。
「……粘るねえ……キミも」
 目の前の青年が、つまらなそうにカードを引く。短い銀髪に紅い瞳をした、恐らくは十代後半くらいの青年だ。
「そろそろ飽きちゃったよ……コレの繰り返しにもさあ」
 そう言いながらも、被虐的な笑みを浮かべる。愉しくて仕方がない、そんな印象を見る者に与える――もっとも、人気のない路地裏で行われるこのデュエルには、一般のギャラリーは一人もいないのだが。
「ホラ、ご馳走だよ。残さず食べな――『ブラッド・ディバウア』」
 彼の場の、巨体が動く。
 野太い片腕を伸ばし、名蜘蛛の召喚したモンスターをワシ掴みにする。そして軽々掴み上げると、口の中へと放り込み、バリボリと噛み砕く。
「あ……ああ……!?」
 もう何度目だろう、名蜘蛛の出すモンスターは、全てその“悪魔”に喰らわれ、墓地へ送られている。
 “悪魔”の口からは、血が垂れ流れていた。無論、“悪魔”のものではなく、幾度となく食われていった、名蜘蛛のモンスターのものだ。
「怖いのは分かるけどさあ……もがけばもがくほどドツボにはまってるの、分からない?」
 小馬鹿にしたように、青年はククッと笑ってみせる。
「う……あ……あ……?」
 名蜘蛛は手札を見て、愕然とした。もう、壁にできるモンスターがいない――“悪魔”の攻撃から逃れることはできない。
「やっと終わり……? じゃ、そろそろ狩らせてもらおうかな」
 青年は、ニィッと残酷な笑みを浮かべた。恐怖のあまり、名蜘蛛は尻餅をつきそうになる。
「……親父からは、「殺しはするな」って言われてるんだけどさあ……コイツがこんだけ“成長”しちゃうと、ちょっと自信ないよね」
 “悪魔”は握り拳を作ると、攻撃対象――名蜘蛛を見据えた。
「ブラッド・ディバウアの攻撃――ブラッディー・クラッシャーッ!!!」

 ――ズギャァァァァァァンッ!!!!!!!!!!!!

 悲鳴などなかった。ただ凄まじい轟音とともに、名蜘蛛の身体は後方のコンクリートまで吹き飛び、そこにめり込むほどの衝撃を受けた。
 意識はない。彼は白目を剥き、気を失っている。少なくとも、骨の数本は軽く砕けているだろう。
 デュエルの勝利を確認すると、青年は、決闘盤にセットされたカードを取り外した。同時に、先ほどまでそこに存在していた“悪魔”が姿を消し、静寂が訪れる。


BLOOD DEVOUR  /DIVINE
★★★★★★★★★★
【DIVINE-BEAST】
???
ATK/4000  DEF/4000


「……何か用かい?」
 振り返らずに、青年は問いかけた。彼の背後には一人、漆黒のマントを身にまとった男が立っている。
「――はい。それが…………」
 男の報告を聞き、青年の顔色が変わる。
 笑い声が漏れる。心底嬉しそうに、高笑いを発する。
「クハッ……ハハハッ……! やっとだ……やっとキミに会えるね……マリク……!」
 そしてその表情が、酷く醜く歪んでいく。
「やっとキミに復讐できるよ……マリク・イシュタールッ……!!!」
 憎しみに顔を歪めたまま、青年はその場を立ち去った。

 一枚のデュエリストカードを手にして。


シン・ランバート  D・Lv.7
★★★★★★★☆
6勝0敗







予選(後編)へ続く...




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