ALTERNATE -ROOTS-
製作者:白峰蛍さん
※まえがき※
この作品は、私「白峰蛍」が遊戯王の世界観を元にした二次創作です。
原作とアニメが都合よく混在していたり、その関係で一部設定が改変されていたりしますがご了承ください。
ペガサス会長は元気ですし、Rのキャラも割と出たり、GXへの妙なリンクが存在していたりします。
ルールというか展開としては原作寄りです。OCGは中学生以来に復帰したばかりなので、知らないカードが多いかもしれません。
あと、割とオリカ率が高いかと思われますがご了承ください。
第一話 −追憶−
とある総合病院の一室にて。
必要最低限の物しか置かれていない殺風景な部屋に、桐原優希は簡素な椅子に腰掛けていた。手には黒いボストンバッグの持ち手を握り締めている。
他人から見れば、これから旅にでも出かけるように見えるのだろう。半分間違いではない―――優希は確かに日本を離れるのだから。そして恐らくは暫く戻ってこないだろう。
優希はふとデッキケースを取り出し、その中から一枚のカードを取り出す。傷付かないようにカードスリーブに収められたカードを手に取り凝視する。
黒衣の戦騎女 / 闇
★★★★★★★★
【戦士族】
このカードに装備された装備カード1枚につき、このカードの攻撃力は500ポイントアップする。
ATK:2800 DEF:2300
《黒衣の戦騎女》―――カードゲーム『M&W』におけるレアカードだ。然程強力な効果は持たないものの、基本能力値が高い上級モンスターであるが故に決闘に於けるエンドカードとなる事が多い。
そして優希が姉に―――目の前でベッドに横たわっている女性から託されたカードでもある。
四年前、優希の姉―――桐原優依は日本を離れた。元々両親が共働きで家に居る事が少なかったため、優依は優希の事を気に掛け、そして優希に『M&W』を教えてくれた。
既に優依は全国の強豪決闘者に含まれる程の強さで、六年前の第一回バトル・シティにも予選敗退したものの参加している。
そして第一回バトル・シティから二年後に海馬コーポレーションとインダストリアル・イリュージョン社によるプロデュエリスト制度が設立され、デュエルアカデミアやデュエル・カレッジといった決闘者養成施設も設立されることとなった。
優依はアメリカにあるデュエル・カレッジ本校に入学する為に日本を離れ、その際に優希に《黒衣の戦騎女》を託した。―――暫く戻って来れないからと言って。
とはいえなんだかんだで半年の長期休暇には戻ってきたし、卒業してプロデュエリストとなった後も、頻繁に家に戻ってきていた。恐らくは優希を心配させない為だろう。
しかし二年前の第二回バトル・シティ準決勝にて。
―――優依は戻ってこなかった。
バトル・シティ決勝トーナメントの舞台である童実野スタジアム。その中央に二頭の竜が向かい合い、その傍らには自らの竜を使役する決闘者が立っていた。
―――《深蒼の女帝竜》と桐原優依。
―――《青眼の究極竜》と海馬瀬人。
相変わらず何を考えているのか掴めない優依に対し、海馬は苦虫を噛み潰したような表情をしている。その原因は恐らくフィールドの《青眼の究極竜》―――優依が発動した永続罠《絶氷の封印》によって氷漬けにされている海馬最強の僕だろう。
勝利を確信し《究極竜》を召喚し攻撃を仕掛けたはいいものの、《絶氷の封印》を発動され攻撃を封じられた。《絶氷の封印》の特殊効果により、戦闘破壊耐性・表示形式固定・生贄不可―――そして毎ターンの攻撃力減少効果を付与されてしまった。
更に《深蒼の女帝竜》は、1ターンに一度相手のリバースカードを破壊する効果を秘めており、何らかの策を講じても事前に潰されてしまう。このままでは毎ターン《女帝竜》の攻撃を受け続け敗北するのは目に見えていた。
『奇跡』でも引き当てない限り確定された敗北。そして何より敗北に近い要因は、これから優依のターンが始まるところだった。
或いは―――『災厄』が相手に降り注げば負けは免れるのかもしれないのだろうが。
「私のターンですね。カードドロー」
左腕に装着している決闘盤よりカードをドローする。元々表情が読めない事に加えて、優依が着用している白いワンピースにより、少し見ただけではとても決闘者には見えない。差し詰め深窓の令嬢と喩えた方がまだ頷ける。
しかしドローしたカードをカードを確認した瞬間、優依の表情が揺らぎ、硬直する―――誰の目にも明らかな驚愕と、僅かばかりの恐怖に。
「桐原優依、1ターンの制限時間は3分までだ。あと30秒―――」
暫くカードを手にしたまま動いていなかったのか、時間だけが過ぎていた。優依は手を僅かに震えさせながら、手札の中から一枚を決闘盤にセットし発動させる。カードを読み取った決闘盤が処理を開始しその結果を立体映像によって形にする。
「魔法カードを発動―――《融合解除》」
融合解除 / 魔法カード
フィールド上の融合モンスター1体の融合を解除する
カード名を宣言するその声は、深層心理が伺えないどころか無機質ですらあった。その『異質』に対戦者である海馬や多くの観客が不審を抱く。勘のいい者なら或いは気づいていたのかもしれない―――何か別の意思が優依に介在している事を。
《融合解除》が発動し、フィールド上の《女帝竜》が三体の龍へと分離する。《深蒼の氷龍》―――《純白の戦騎女》と対を成す、優依の切り札が一つだ。
―――この状態で融合を解除して何になるのだろうか?
対峙する海馬は思考を巡らせる。《究極竜》の攻撃力が3000以下になれば三体同時攻撃で大ダメージも有り得るのだろうが、海馬のライフポイントは既に500を切っている。態々融合解除しなくても、オーバーキルを狙っていたとしても、このタイミングでの融合解除は可笑しい―――まさか!?
そこまで考えて、海馬はある答えに行き着いた。
フィールド上に存在する三体のモンスター。これを用いて行うのは―――そう。
―――『神』の降臨
『M&W』の世界には、三枚の神のカードが存在する。
《オシリスの天空竜》及び《オベリスクの巨神兵》そして《ラーの翼神竜》の三枚のカードからなる『神のカード』―――正に『神』と呼ぶに等しい力を秘めたそのカードは、第一回バトル・シティに於いて『決闘王』武藤遊戯の掌に集まった。そして今では『M&W』発祥の地であるエジプトに保管されている筈だ。
「三体の《氷龍》を生贄に捧げ―――」
自らが最も信頼している僕を躊躇いもなく生贄に捧げる。その光景はある意味恐怖とも言える。
本来ならばもう神は存在しない筈―――しかし今召喚されようとしている『それ』からは、神にも匹敵する力を感じ取れる。それも『邪神』と呼べるような禍々しさを伴って。
ついに『それ』は現れた。
氷を削って創られたような槍を構える、アイスブルーの鎧を纏った女騎士。背には三対の『氷の翼』を有していた。
確かに『神』と呼べるだけの神々しさを秘めており―――同時に『邪神』と呼べるだけの禍々しさと、恐怖で構成された冷たさも伴っている。
「―――ッ」
次の瞬間、優依は前触れもなく倒れた。
―――そして二年後の今に至るまで、目を覚ましていない。
医者によると全くの原因不明で、治療の糸口も見つからないという。
不意に優希はもう一枚のカードを取り出す。デッキからではなく、別に収められていた『それ』を手に取ると、掌に冷たさを感じる。
Testament Cavalier -ArchRoots of Bestla- / ?
★★★★★★★★★★
【Divine】
????
カードのイラスト欄には、氷を纏う美しい騎士が描かれている。このカードが『神』に匹敵するのなら、それも頷ける程に。
そして同時に、この騎士に似つかわしくない禍々しさと冷たさも感じる。
優依が持っていたカードを密かに優希は回収し手元に保管していた。優依の意識不明の原因―――それを解く術を見つける為に。その為には、このカードは必要な気がしたからだ。
「―――行ってくるね、姉さん」
優希は椅子から立ち上がり、ボストンバッグの持ち手を握り直す。これから優希もデュエル・カレッジの入学試験を受けに行く。
決闘者としての実力や知識は十分にある。優依のようになりたいと思い、これまで努力してきた。それ故に優依は《黒衣の戦騎女》を託してくれた―――託すに値すると認めてくれたのだろう。優希にとっての誇りでもある。
いつか、昔に約束した。
最初は優依がほんの軽い冗談のつもりで言ったのだが、優希は実現させたいと思う。
その為には、自分の実力を高め、そして優依の目を覚まさなければならない。
『決闘者の頂点を決める戦いで、二人で戦いたい』と。
第二話 −前哨戦−
アメリカの西海岸にある大都市の一つにて。デュエル・カレッジ本校の試験が行われようとしていた。
世界中から多数の入学希望者が集まり、彼らは続々と試験会場へと入場していく。
海馬コーポレーション主導のデュエル・アカデミアと異なる点は、入学年齢が18歳以上である事と、在籍中でもプロ認定試験に受かればプロデュエリストとして活動できる点にある。
そして入学試験はアカデミアに比べて厳しいが、講義の完成度はアカデミアのそれと比べて高い。要するに敷居が高いのだ。
試験は午前中の筆記試験と、午後の実戦試験によって行われる。
筆記試験の内容はカードの効果や処理、『M&W』とそれに関わる事柄の歴史について。午後の実戦試験は受験生がデュエル・シミュレーション・マシンとデュエルを行い戦闘経過と結果により判定され、その性質は海馬コーポレーションのデュエリストレベル認定試験に近い。最悪負けても、そこまでに至る戦術次第では合格ラインも十分に有り得る仕組みだ。
優希は受験カードを受付の試験官に掲示して試験会場に入った。何処かの大学の教室を借りているのだろう。階段状の試験会場には、多数の受験生が会場内で待機していた。
「まさか……これほどとはね。流石はカレッジの入学試験といったところかしらね」
受験生の人種も国籍も様々だ。カレッジ自体は他の国にも幾つか分校が存在するが、本校の講義レベルが高いため、本校の受験を希望する者が非常に多い。
優希は早速筆記用具を取り出し、受験カードを机の横に掲示して準備を整える。
暫くして全受験生の入場が終わり、問題用紙と解答用紙が配られた。続いて試験開始の合図―――制限時間は90分だ。
名前を記入して問題用紙を広げ、試験問題へと向かい合う。このような試験は高校以来だ。優希は普通の大学に進学せずデュエル・カレッジへの入学を決めた時に、友人は「試験が楽そうで羨ましい」などと言っていたが、殆ど変わりはないだろう。強いて言うなら試験内容が『M&W』に関する物であるぐらいか。
―――《押収》の発動をトリガーとして《白衣の天使》や《白兵戦》の発動か可能か?
―――《コストダウン》を発動して召喚した《グリード・クエーサー》の、《コズミック・スペース》発動下のフィールド上に於けるライフ・スター数を答えよ。
―――《拡散する波動》で攻撃後バトルフェイズ中に《リビングデッドの呼び声》を発動し、特殊召喚されたモンスターは攻撃が可能か?
―――《王家の眠る谷−ネクロバレー》発動中に《魔術の呪文書》が墓地に送られた際に効果が発動するか?
―――《無限の手札》と《魔力の棘》発動中で、なおかつ相手の手札が七枚以上の状態で《無限の手札》を破壊した際の処理を述べよ。
このような問題が約100問ぐらい続き、午前中の筆記試験は終了した。
問題の難易度自体は然程高いとは思えなかったが、兎に角数が多い。流石に疲れたので早めに昼食を摂ろうと、席を立とうとした時―――
「う〜〜、やっと終わったよぉ」
隣に座っていた赤毛の少女が背伸びしながら独り言にしては大きい声を上げる。背伸びをすると赤毛の少女のツインテールが動きに合わせて揺れた。
確かに背伸びしたくなる程の試験であった事は同意する。事実それだけの問題量だったのだから。
「結構難しかったよねぇ〜……試験。さすがカレッジって感じだよ」
―――どうやら自分に話し掛けているらしい。正直早々に昼食を摂りたいのだが、そのまま無視してしまうほど社会不適応者でもなく―――
「まあね。問題自体は兎も角、量が多いから手間取ったけどね」
「問題自体は兎も角……って、簡単だったのアレ!?」
ツインテールの赤毛少女がオーバーに驚く。彼女にとって試験問題は難問の連続だったらしい。
尤も優希にとっては、基礎とカード効果を覚えていれば然程難しい問題ではないのだが。
「ルールとカードの効果を把握していれば問題ないと思うけど?」
「ん〜……ホラ、ルールとか細かいのは難しいじゃない。自分の使ってないカードとかは特に」
確かに『M&W』のカードの種類は数千種以上にも及び、現在もその数は増大している。当然にカードの効果も多種多様に及び、それら全てを把握するのは難しいだろう。
しかし、カードの効果を把握していれば相手のデッキや戦術の傾向もある程度把握でき、対策も立てやすい。仮にもプロの決闘者になろうというのならば、カード効果の把握は出来て当然なのだが。
「やっぱあたしにこういうのは向かないよ。午後の実戦でどうにかなるかなぁ」
そう言うと赤毛少女はもう一度背伸びし、盛大にあくびをしながら席を立った。そしてふらふらとどこかに去ってしまう。
「とりあえず、私もご飯食べないとね……」
午後の実戦試験はどうあろうと、いつも通りに闘うしかない。要求されるのはプレイングスキルと戦術構成ぐらいだ。優希は筆記用具を片付けて席を立つと、食堂へと向かった。
実戦試験は、他の受験生もその様子を見ることが出来る。既に何人かの受験生が実戦試験でシミュレーション・マシン相手に闘っており、その様子を既に試験が終わった受験生や、これから試験を受ける受験生が眺めていた。
「《ブラックマジシャン・ガール》で、守備表示の《ジェルエンデュオ》に攻撃! ブラック・スピア・バーニング!」
貫通効果を備える《ブラック・スピア》を装備しているのか、杖ではなく槍を構えた《ブラックマジシャン・ガール》が双子の天使である《ジェルエンデュオ》に、槍に宿した炎を放ち攻撃を仕掛ける。《ジェルエンデュオ》は放たれた炎の螺旋に飲み込まれ、やがて光の粒子となって消滅していく。
《ジェルエンデュオ》は戦闘破壊耐性を備えているモンスターであるが、コントロールするプレイヤーがダメージを受けると自壊する効果も持っている。更に守備力はゼロなので、《ブラックマジシャン・ガール》の貫通攻撃を受けて自壊し、更に貫通ダメージによりシミュレーション・マシンのライフポイントが削られゼロを示した。
<受験番号227、シャルロット・ヴァン・ヘルメスの勝利!>
よく見ると闘っていた決闘者は、先程の赤毛少女だった。赤毛少女もといシャルロット・ヴァン・ヘルメスは「やった!」と飛び跳ねつつ自分の勝利を喜んでいた。
先程までの決闘を見ていたが、魔法使い族―――主に《ブラックマジシャン・ガール》を中心とする戦術の完成度も結構高い。
若し実際に対戦したら、自分ならどのように戦って倒すか―――ふと、そんな思考を巡らせてしまった優希は、自分の考えに気づいて失笑する。互いにカレッジに入学したら闘う機会はあるのかもしれないのだが、今はそれどころではない。
「筆記試験は苦手だって言ってたのに……思ってたよりもやるわね」
「ええ。彼女は欧州のジュニア大会に於いても、何度も優勝経験がありますから」
中性的な声が優希の呟きに相槌を打った。優希はその声のする方向へ顔を向けると、そこに居たのは―――
「月行さん!」
優希の隣にいたのは天馬月行―――デュエル・カレッジの現校長その人だった。インダストリアル・イリュージョン社会長のペガサス・J・クロフォードの元で育ち、カレッジの開校時には第一期生として優依と共に在籍していた。その関係で何度か面識もある。つい最近になって校長を任せれているのだが、決闘者としての技量は非常に高く、「パーフェクト・デュエリスト」とまで呼ばれている。
「試験の様子を見に来ていたのですが―――貴女も試験を受けに来ていましたか」
「ええ。私も姉さんのようになりたいですから」
優依に起こった『例の』事を思い出したのか、月行の顔が僅かに曇る。月行は優希が『あのカード』を手にしている事を知っているため、どこかで優希が優依と同じ運命を辿るのではないのかと危惧している。未だカードの全貌が解明されていないため尚更に。しかし次の瞬間には曇った表情は消え、
「貴女程の決闘者なら、何ら問題はありませんよ。実戦試験に期待しています」
<受験番号241、桐原優希―――4番のデュエルリングにて待機してください>
アナウンスが、優希の試験開始が近い事を知らせた。優希は決闘盤をセットし、
「―――どうやら私の番のようですね。次はカレッジで会いましょう、月行さん」
「そうですね。カレッジの入学式で、また会いましょう」
優希はデッキから《黒衣の戦騎女》を取り出す。
優希はこのカードを持っていると、優依が見守ってくれているような気がした。カードの精霊だとか、そんな非科学的な迷信こそ信じてはいないが、この感覚だけは信じられる。そして優希にとっての、かけがえのない戦友でもある。
優希は《黒衣の戦騎女》のカードをデッキに戻し、デュエルリングへと向かう。
《黒衣の戦騎女》と共に勝利を得る為に。
第三話−実戦試験−
優希は試験用のデュエルリングに通された。そこで待ち構えていたのは、妙に大仰なデュエル・シミュレーション・マシンだった。
<それでは試験を開始します。デッキをシャッフルし、決闘盤にセットしてください>
今時そうそうない、いかにも機械らしい無機質な音声が試験開始を告げる。優希は支持された通りにデッキをシャッフルし、決闘盤にセットした。そしてデッキからカードを6枚ドローする。
<それでは私の先攻でスタートです。カードをドローします>
マシンの手前に表示されていた手札が6枚から7枚に増える。戦術の構築を行っているのだろうか、しばらくその状態のまま動かない。
暫くしてから手札が6枚に減り、代わりにフィールド上にモンスターが一体出現する。
<《ハーピィ・レディ−アエロ−》を攻撃表示で召喚します>
ハーピィ・レディ−アエロ− / 風
★★★★
【鳥獣族】
このカードのカード名は「ハーピィ・レディ」として扱う。
このカードがフィールド上に存在する限り、風属性モンスターの攻撃力は300ポイントアップする。
ATK:1300 DEF:1400
―――《ハーピィ・レディ−アエロ−》鳥獣族の基本モンスターだ。その効果はフィールド上の風属性モンスターの攻撃力を300ポイント上昇させる。
恐らくはハーピィ若しくは鳥獣族を中心としたデッキなのだろう。《ハーピィ・レディ−アエロ−》は自身の効果で攻撃力が1600に上昇した。ハーピィ・レディは、電撃を迸らせる鞭を構えて優希を睨みつける。
<ターンエンドです>
マシンがターンエンドを告げ、優希にターンが回ってくる。優希はデッキからカードをドローし手札に加え、手札内のカードを相手フィールドのカードを見比べ思案する。
「私は《幻影の守護騎士》を守備表示で召喚」
幻影の守護騎士 / 光
★★★★
【戦士族】
バトルフェイズ中のみこのカードの守備力は1000ポイントアップする。
ATK:700 DEF:1100
小型の盾を持つ騎士が優希のフィールドに顕現した。騎士が持つ盾は小型で大きな攻撃を防ぐには適していないように思えるが、盾の周囲の空間が揺らいでいるのが目に見える―――見えない強固な、幻影の障壁を展開しているのだろう。
幻影の守護騎士は基本ステータスこそ低いものの、その特殊効果により守備力が実質2100となる。
生贄召喚して上級モンスターでも呼ばない限り、そうそう倒される事はない筈だ。しかし同時に保険も展開しておく。
「リバースカードを一枚セットし、ターン終了」
<私のターン、カードをドローします>
続いてマシンへとターンが移り、程無くしてフィールド上にもう一体モンスターが召喚される。
<メインフェイズに移行―――《有翼賢者ファルコス》を攻撃表示で召喚します>
有翼賢者ファルコス / 風
★★★★
【鳥獣族】
このカードが戦闘によって破壊し墓地に送った表側攻撃表示の相手モンスターを、相手のデッキの一番上に戻す事ができる。
ATK:1700 DEF:1200
今度は鷹の頭と翼を持つ賢者がフィールドに出現し、ハーピィ・レディの隣に並ぶ。《有翼賢者ファルコス》はバウンスする効果を持つモンスターだ。しかもデッキの一番上に戻すため、結果的に相手のドローを封じる事が出来、状況次第ではかなり凶悪なモンスターと化す。
<《有翼賢者ファルコス》は、《ハーピィ・レディ−アエロ−》の効果で攻撃力上昇。攻撃力が2000となります>
攻撃力2000―――大概の下級モンスターなら潰せる数値だ。しかしまた《幻影の守護騎士》の守備力には届かない。
<フィールド魔法《デザートストーム》を発動させます。フィールド上の風属性モンスターは攻撃力が500ポイント上昇します>
デザートストーム
【フィールド魔法】
風属性モンスターの攻撃力は500ポイント上昇し、守備力は400ポイントダウンする。
これでファルコスの攻撃力は2500となり、ハーピィの攻撃力は2100となる。ファルコスの効果により《幻影の守護騎士》がバウンスされ、再度フィールドに召喚してもまた戻されドローを結果的に潰される。
これを防ぐにはフィールド上にモンスターを出さずにダイレクトアタックをさせるしかないが、そうなれば総攻撃を受けて一瞬で敗北してしまうだろう。
しかし優希は慌てることなく、フィールドを見据えている。
<《有翼賢者ファルコス》で《幻影の守護騎士》を攻撃します>
「リバース・トラップ発動―――《剣の呪縛》」
剣の呪縛
【永続罠】
デッキから装備カードを一枚選択し墓地に送る。相手モンスター1体の攻撃を無効にし、攻撃力を500ポイントダウン。
このカードがフィールド上に存在する限り、指定したモンスターは攻撃を行う事ができない。
優希のフィールド上にあるリバース・トラップが発動する。デッキから装備カードを一枚選び出し、そのカードを決闘盤の墓場に送った。
次の瞬間、波打つ刀身を持つ『紅い剣』がファルコスを貫き動きを止める。
「《フランベルジュ》を墓地に送り、《有翼賢者ファルコス》の攻撃を無効にするわ」
残る《ハーピィ・レディ−アエロ−》では、《幻影の守護騎士》の守備を超える事はできない。
しかしここで《剣の呪縛》を使用する事になるとは思わなかった。ハーピィを生贄に上級モンスターを召喚するとばかり読んでおり、上級モンスターを封じられればベストだったのだが。しかしこのターンを乗り切る事により、更なる守備―――そして『反撃の牙』を構築できる。
<ターン終了です>
音声が機械的にターン終了を告げる。続けて優希は一枚カードをドローし手札に加える。
「私は《宮殿の守護兵》を守備表示で召喚」
宮殿の守護兵 / 地
★★★★
【戦士族】
このカードの通常召喚に成功した時、デッキから攻撃力1500以下の戦士族モンスターを一体、守備表示で特殊召喚できる。
このカードの効果で特殊召喚されたモンスターは、召喚されたターンに表示形式を変更する事ができない。
ATK:1200 DEF:1900
「《宮殿の守護兵》の特殊効果により、私は《重装騎士》を召喚するわ」
重装騎士 / 地
★★★★
【戦士族】
このカードがフィールド上に存在する時、自分フィールド上の戦士族は相手がコントロールする魔法・罠・特殊効果の対象にならない。
ATK:800 DEF:2200
これで合計三体の守備表示モンスターが優希のフィールドに並んだ。しかし《幻影の守護騎士》はまだしも、他の二体ではハーピィの攻撃は防げない。
「私は永続魔法《フォートレス》を発動。自分フィールド上の守備表示モンスターは、守備表示モンスター1体につき守備力が300ポイントアップする」
フォートレス
【永続魔法】
自分のフィールド上に存在する守備表示モンスターは、守備表示モンスターの数×300ポイント守備力がアップする。
優希のフィールドに存在する守備表示モンスターは3体で、上昇する守備力はそれぞれ900となる。《幻影の守護騎士》の潜在守備力は3000、《宮殿の守護兵》は2700、《重装騎士》は2900―――いずれも上級モンスターでも破る事が困難な、鉄壁の防御と化した。
「これで私のターンは終了」
―――これで全ての布石は整った。あとは上級モンスターを召喚して反撃を開始するだけだ。
<私のターン、カードをドローします>
暫しマシンの動きが止まり、フィールド上の戦況を把握して再び動き出す。
<手札より魔法カード《怪鳥の暴風》を発動します>
怪鳥の暴風
【通常魔法】
自分のフィールド上に存在する鳥獣族モンスター1体を生贄に捧げ、フィールド上の魔法・罠カードを全て破壊する。
<この効果により《ハーピィ・レディ−アエロ−》を生贄に捧げ、《剣の呪縛》と《フォートレス》、《デザートストーム》を破壊します>
暴風がフィールドを蹂躙し、優希とマシンのフィールド上に存在する魔法・罠カードを破壊していく。《怪鳥の暴風》により《フォートレス》を失い、優希の守備モンスターの守備力は元に戻った。とはいえ《デザート・ストーム》も破壊された為、ファルコスの攻撃で守備表示モンスターを破壊する事は出来ない。
にもかかわらず、マシンは機械音声を発しながら次の行動に移行する。
<《有翼賢者ファルコス》を生贄に捧げ、《魔鳥フレスベルク》を召喚します>
ファルコスが渦に込みこまれ消滅。その代わりに黒い翼を持つ巨鳥がフィールド上に出現する。
魔鳥フレスベルク / 風
★★★★★★
【鳥獣族】
このカードが風属性・鳥獣族モンスターを生贄召喚に成功した時、以下の効果を得る。
●このカードは1度のバトルフェイズ中に2回攻撃する事ができる。
ATK:2300 DEF:1500
<《有翼賢者ファルコス》を生贄にした事により、《魔鳥フレスベルク》に連続攻撃効果を付与します>
《魔鳥フレスベルク》は攻撃力だけなら他の上級モンスターと当たり負けする事が多い。しかし優希のフィールド上に存在する守備表示モンスターなら問題なく撃破でき、更に連続攻撃能力を有している為、一気に守備を削る事が可能となる。
<装備魔法《ペネトレイト・フェザー》を《魔鳥フレスベルク》に装備します>
ペネトレイト・フェザー
【装備魔法】
装備モンスターの攻撃力を500ポイント上昇させる。
鳥獣族に装備した場合、自分のモンスターが守備表示モンスターを攻撃した時にその守備力を攻撃力が越えていれば、その数値だけ相手に戦闘ダメージを与える。
これで《魔鳥フレスベルク》攻撃力アップの上、更に貫通効果を備えた。反撃に出ようとも、攻撃力2800では太刀打ちできる上級モンスターも自ずと限られてくる。優希の《黒衣の戦騎女》でも相打ちがいいところだろう。
<更に永続魔法《追撃》を発動します>
追撃
【永続魔法】
自分のフィールド上のモンスターが攻撃した時、相手ライフポイントに500のダメージを与える。
<《魔鳥フレスベルク》で《宮殿の守護兵》を攻撃します>
《魔鳥フレスベルク》が羽ばたき、更に黒い羽根を無数に飛ばす。剣のように鋭利な羽根は《宮殿の守護兵》を次々と射抜き、羽根による一斉射撃を受けた《宮殿の守護兵》は光の粒子となって霧散する。
<《ペネトレイト・フェザー》の効果で貫通ダメージ900を与えます>
<《追撃》の効果を発動し、貴方のライフポイントに500ダメージを与えます。更に《魔鳥フレスベルク》で《幻影の守護騎士》を攻撃します>
優希:LP4000→3100→2600
今度は《幻影の守護騎士》が黒い羽根に射抜かれて四散する。
<《ペネトレイト・フェザー》の効果で貫通ダメージ700を与えます。《追撃》の効果を発動し、貴方のライフポイントに500ダメージを与えます。ターン終了です>
優希:LP2600→1900→1400
「くっ……やって、くれるわね。流石はカレッジの実戦試験といったところかしら、容赦ないというか」
試験会場における、デュエル・シミュレーション・マシンの管理室。ここでは各受験生の戦況やマシンの状況が表示され、それを試験官が監視している。
「―――試験の状況は如何ですか?」
管理室に足を運んだ月行が、近くに居た試験官に尋ねる。試験官はモニタから目を離すと月行へと向き直り答える。
「はい。今の所は特に問題ありません」
「そうですか―――ふむ。三番のデュエルリング……セシリア・フォルスターさんとか、なかなか興味深い戦術を展開しています」
モニタを覗き込んだ月行が、繰り広げられている実戦試験の一つを目にし呟く。
「ええ、彼女はイギリスの大会で好成績を収めていますし、彼女と……まだ年齢は低いですがエド・フェニックスは将来有望でしょう。エドがカレッジに入学していないのが残念ではありますが」
「―――校長!」
満足げに試験官が語る中、もう一人の試験官が驚愕に近い大声を上げる。
「どうしました?」
月行はもう一人の試験官の元に駆け寄りモニタを目にする。モニタが映しているのは四番のデュエルリング―――受験生は桐原優希だ。
まさか優希に何か異変が―――月行の表情が強張るが、改めてモニタを確認すると、特に異常は見られないようだが、
「マシンのデッキデータに存在しないカードが混入しています。更に戦術レベルが最大に……」
「―――なんだって?」
要するにデッキデータを改変し、本来存在しないカードをマシンは手にしている事になる。更に戦術レベルが最大―――本来試験用のマシンは、受験生の戦術を分析する為に戦術レベルを低く抑えている。それが最大であるという事は、全力で優希を潰す為にマシンが闘っている事を意味する。しかも、本来存在しない強力なカードを加えて。
どこともしれない闇の中にて、一人の男がノートパソコンの画面を眺めていた。画面にはデュエル・カレッジに於ける実戦試験の様子が映し出されており、それらは闇を僅かに照らしている。
実戦試験―――四番のデュエルリングにおける戦況はマシンが有利だ。それもその筈―――ノートパソコンの目の前に居る男がマシンのデッキデータと戦術レベルを操作しているのだから。並大抵の決闘者ではマシンを倒す事など出来ないだろう。
カレッジ側はクラックの痕跡から犯人を辿るのだろうが、それは徒労に終わる。イリュージョン・インダストリアル社内でも、特定の人物にしか与えられないコードでアクセスしたからだ。しかもアクセス跡は残らず、フェイクの痕跡を残している。
仮に犯人を特定できたところで出てくるのは何処かの空室マンションと、ストリート・チルドレンの名前ぐらいだ。
「この程度で敗れるようなら、それまで―――か」
モニタを眺めていた男が呟く。男はただ実戦試験で追い詰められている受験生―――優希を見ていた。
「『白の公女』に代わる『拠り代』となるか―――確かめさせてもらう。兄さんが余計な介入をしなければいいけど」
第四話−更なる追撃 告死鳥アズラエル−
<受験番号241の桐原優希さん、今直ぐ実戦試験を中止してください>
突如実戦試験中のデュエルリングに響き渡るアナウンスに、試験会場に居た者が戸惑いを見せる。
実戦試験を観戦している、既に試験が終わり或いはこれから試験を受ける者。別のデュエルリングで試験を行っている受験生。
そして―――名指しで試験中止を命じられた優希本人が、なによりも戸惑っていた。
「どういう………事ですか?」
<4番のデュエル・シミュレーション・マシンに不正アクセスが行われ、デッキデータと戦術レベルの改竄が行われました。現段階では公正な試験を行う事は不可能との裁定です。なお、合否判定は筆記試験と実戦試験の途中経過で行われます>
という事は、今優希が闘っているのは試験用のデッキと戦術レベルを持ったマシンではなく、強力なデッキを持った最強クラスの戦術レベルを誇るマシンという事なのだろう。しかし―――
「―――冗談じゃないわよ」
優希は忌々しげに吐き捨て、決闘盤を構える。試験中止する為デッキに手を置くのではなく、飽くまでも決闘続行の明確な意思を以って。
「すみませんが、このまま試験を続行させてもらえませんか」
<しかし。この状態では公正な試験が行えませんし、このままでは―――>
明らかに戸惑っている声色で、試験官の一人はアナウンス越しに反駁する。優希の敗色が濃厚なので、実戦試験を中止した方が賢明なのだと言いたいのだろう。しかしその選択は優希にとって到底承諾できるものではなかった。
「誰がこんな下らない小細工を仕掛けたかは分かりませんが、そんな人の思惑通りに敗北する訳にはいきませんので。それに―――」
優希は試験会場を見回すと、観戦している受験生の内十数人かが何やら小声で話している。優希を見る目があまり好意的でないことを察すると、『実戦試験に負けそうになったから、試験が中止になった』とでも思っているのだろう―――下らない。
とはいえ、優希にしてみれば別に彼らがどう思おうが喚こうが知った事ではない。
そう、そんな事は如何でもいい。要するに判定勝ちのような終わり方が納得いかない。そして―――
「この程度の障害なら大した事はありませんよ。正面から打ち破って見せますから。このまま試験を続行してください」
―――自分は決めた筈だ、プロデュエリストになると。
トップクラスのプロデュエリストに―――姉と比べればこの程度のマシンなどゴミ程度の強さでしかない。
そんな敵に敗北するようであれば、所詮はそれまでだったのだろう。
<―――分かりました。それでは試験を続行してください>
この異例の措置に試験会場がざわめく。試験続行を許可するまでに間があったことから、恐らくはその間に月行が許可を出したのだろう―――無茶をきかせてしまった。尚更に負けるわけにはいかない。
「きりはら……ゆうき………まさか、あの桐原優希だったなんて………」
シャルロット・ヴァン・ヘルメスは、4番のデュエルリングで試験中止の指示を一蹴し、決闘を続行している受験生―――桐原優希を注意深く見ていた。
シャルの知っている限りでの優希は、日本に於けるジュニア大会でも何度か優勝経験があり、第二回バトル・シティに於いても予選落ちではあるものの出場経験がある。
尤もそれ以上にプロデュエリストであった『桐原優依』の妹であるという点が大きく、あまり優希が取り上げられる事はないのだが。
それだけに、午前中の筆記試験が終わった時に少し話しかけた相手が優希だったとは、全く気づかなかった。
「さってと。お手並み拝見……と、いこうかな」
先程までセシリア・フォルスターの実戦試験を見ていたのだが、シャルの興味は優希へと移った。
既にセシリア・フォルスターの試験は彼女の圧勝で終わっており、デュエルリングには『光神機』に似た『神装機』系統のモンスターを中心に、天使族のモンスターが数体佇んでいるのみだった。
優希の眼前に《魔鳥フレスベルク》が、黒い翼を広げて滞空している。神話に於ける凶鳥の銘を冠した魔物は、今まさに優希に災いを為していた。連続攻撃に貫通効果―――そして相手の永続魔法《連撃》により、優希に守備を構築させる事を許さない。
となると反撃を試みるしかないのだが……、優希は自分の手札に目をやる。
―――今の手札では正直厳しい、というか心許ない。先程は勝利宣言をしたものの、これではこのターンをしのぐ事すら危うい。これから引くカードで少しはマシになればいいのだが。
「私のターン、ドロー!」
デッキからドローしたカードを即座に確認―――これなら、いける!
優希は魔法カードを一枚決闘盤にセットし発動させる。
「魔法カード《天使の施し》を発動」
《天使の施し》―――デッキから三枚カードをドローし二枚墓地に捨てる効果を持つ魔法カードだ。要するにドロー加速&手札入れ替えなのだが、墓地に送る効果によりセメタリー・アドバンテージも稼げるため、多くの決闘者がこのカードを用いている。
「私はデッキから三枚ドローし、二枚を墓地に送る」
今優希の手札には『墓地に存在する事で意味を成すカード』と『墓地に存在するカードにより真価を発揮するカード』が存在している。
墓地に送るのは前者―――それら二枚のカードを手札から墓地に送る。
優希のデッキコンセプトと戦術は大きく分けて二段階に分かれる。最初は守備能力の高い下級モンスターや魔法・罠を駆使して敵の攻撃を防ぎ疲弊させ、そして攻撃的な上級モンスターにより反撃に転じる。
今まさに『反撃』を行うのだが、敵の戦力を疲弊させるには至っていない。余力を残した敵が、如何なる反撃に転じるかどうかは予測が付かないが、今は反撃を行うしか術はない。
―――たとえそれが、敵の意図によって袋小路に追い詰められているとしても。
「《重装騎士》を生贄に捧げ―――」
守備表示でフィールドに残留していた《重装騎士》が渦に飲み込まれ、光の粒子となり分解していく。そして召喚されるのは『反撃の牙』たる上級モンスター……
「《魔導仕掛の近衛騎士》召喚!」
魔導仕掛の近衛騎士 / 闇
★★★★★★
【戦士族】
このカードの召喚・特殊召喚に成功した時、自分の墓地から魔法カードを5枚まで選択しゲームから除外する。
この効果で除外したカード1枚につき、このカードの攻撃力は300ポイントアップする。
ATK:2000 DEF:1800
新たにフィールドに呼び出されたのは、魔術の紋様が刻まれた、紅い鎧を纏う騎士だった。全身を鎧で覆われており頭部はフルフェイスの兜と―――眼に当たる部分には紅の単眼が備えられている。
《魔導仕掛の近衛騎士》―――その銘が示す通り、魔導により動く人ならざる騎士。
そして人ならざる騎士は、魔導を取り込みその力を増す。
「《魔導仕掛の近衛騎士》の特殊能力を発動するわ。墓地より四枚の魔法カードをゲームから除外し―――」
墓地から《フランベルジュ》《フォートレス》《天使の施し》《鳳剣ラナンキュラス》が引き出され、光の粒子となった立体映像のカードは《魔導仕掛の近衛騎士》へと吸い込まれていく。
《天使の施し》で装備魔法の《鳳剣ラナンキュラス》を墓地に送ったのも、この特殊効果による攻撃力の上昇値を底上げするためだった。
「《魔導仕掛の近衛騎士》の」攻撃力は1200アップし、攻撃力3200となる」
類似した効果を持つモンスターは他にも存在するが、《魔導仕掛の近衛騎士》は自分の墓地が対象となる為その効果をコントロールしやすい。
「(よし―――これなら《魔鳥フレスベルク》を倒せる)」
デュエル・シミュレーション・マシンの管理室にて、優希の実戦試験を見届けていた月行が心中で呟き、感心する。優希の―――決闘者の気質からして、試験中止を拒否するだろうとは思っていたが、1ターンで劣勢からの建て直しを為すのは予想外であり―――同時にやはりと思う。しかし―――
「(―――反撃に転じた以上、早期に決着をつけなければ逆に危ない)」
月行の知る限りでは、優希のデッキに入っている下級モンスターは守備向けな性能を持つもので占められており、逆に上級モンスターは攻撃的なモンスターが多い。
となるとモンスターで更に追撃を加えるなら、更なる上級モンスターの召喚が必要となる。当然ながら上級モンスターを召喚するなら、特殊召喚でない限り生贄を必要とし―――つまりはターンを費やしてしまう。
その間に相手の体勢を立て直されれば、上級モンスターを召喚するのに時間の掛かる優希が不利になる。
「(この状況で如何攻めつつ、『保険』を掛けるか………)」
「《魔導仕掛の近衛騎士》で《魔鳥フレスベルク》に攻撃!」
―――デッドエンド・ブリンガー!
《魔導仕掛の近衛騎士》の持つ剣が、黒い波動を取り込む。次の瞬間、振るわれた剣により放たれた波動は《魔鳥フレスベルク》を斬り刻み、その巨体を分解し散らしていく。
デュエル・シミュレーション・マシン:LP4000→3600
これで《魔鳥フレスベルク》を撃破し、更に相手フィールド上にモンスターは居ない。しかし優希のデッキに攻撃向けの下級モンスターは少ない。となると更なる上級モンスターを召喚するしかないのだが……
―――選りによって、貴女とはね。
優希の手札に存在する上級モンスターは、《黒衣の戦騎女》のみだった。最上級モンスターである為生贄が二体必要となり、特殊召喚で無い限り召喚するのにターンを費やしてしまう。一応特殊召喚が可能な手段は存在するのだが、あと一枚のキーカードが足りない。
下手に守備向けモンスターを攻撃表示にしダメージを奪おうにも、守備向けのモンスターは攻撃力が軒並み低い。少量のダメージ如きを求め下手に攻撃を仕掛けるのは得策ではない。
「私はこれでターンを終了するわ」
<私のターン、カードをドローします>
マシンは一先ずその場をしのぐ為の手を打つだろうと優希は読んでいた。魔法や罠の補助なしに攻撃力3200のモンスターに抗いうるモンスター……しかも下級モンスターが打ち破る術は自ずと限られてくる。
<《ステルスバード》を守備表示で召喚します>
ステルスバード / 闇
★★★
【鳥獣族】
このカードは1ターンに1度だけ守備表示に変更することが可能。
このカードが攻撃表示に表示変更された際に、相手のライフポイントに500ダメージを与える。
ATK:700 DEF:1700
《ステルスバード》―――表示形式の変更により、相手ライフにダメージを与える効果を持つバーン系モンスターの一種だ。しかも自分で守備表示に表示変更できるので、次の自分のターンで撃破してもダメージを与える事は出来ない為に、壁モンスタートしても秀逸である。
相手の攻撃をロックすることが出来るならば、一方的にダメージを与え続けることも可能な強力なカードと言えるだろう。
とはいえ《魔導仕掛の近衛騎士》の攻撃力の前には、守備力1700は紙屑に等しい。効果を発動する暇さえなく、所詮は1ターン限りの壁モンスターでしかなくなる。
<カードを一枚伏せて、ターンを終了します>
フィールドにリバースカードが一枚セットされ、マシンはターンエンド宣言を行った。
「私のターン。ドロー」
ドローしたカードを手札に加え、相手フィールドに設置されたリバースカードと手札を見比べながら優希は思案する。
あのカードがカウンター系のモンスター破壊カードならば、《魔導仕掛の近衛騎士》を失い攻撃の手が止まる。更に《ステルスバード》を生贄に上級モンスターを召喚されたなら目にも当てられない。とはいえ今が攻撃のチャンスでもある。ならば―――
「私は魔法カード『ハーキュリア・リターナー』を発動するわ」
ハーキュリア・リターナー
【通常魔法】
自分の墓地から地属性・戦士族モンスターを3体までデッキに戻しデッキをシャッフルする。
その後デッキからカードを2枚ドローする。
「墓地から《宮殿の守護兵》と《重装騎士》をデッキに戻し、カードを二枚ドローする」
一先ずは手札を補充しておくに越した事はないだろう。そして補充した手札で保険を掛けられるか模索する。
「私は装備魔法《魔剣アロンダイト》を《魔導仕掛の近衛騎士》に装備」
魔剣アロンダイト
【装備魔法】
戦士族のみ装備可能。
装備モンスターの攻撃力を500ポイント上昇させる。
自分のモンスターが守備表示モンスターを攻撃した時にその守備力を攻撃力が越えていれば、その数値だけ相手に戦闘ダメージを与える。
《魔導仕掛の近衛騎士》の持つ剣が、蒼く淡い光を放つ魔剣へと変化する。貫通効果を備えた魔剣の前では守備表示での時間稼ぎは通用しない。
そして攻撃力は3700となり、下級モンスターの守備力で防いでも大きなダメージを与える事が可能だ。
「《魔導仕掛の近衛騎士》で《ステルスバード》を攻撃!」
―――ディアボリック・ハザード!
魔剣を構えた《魔導仕掛の近衛騎士》が疾走。《ステルスバード》に深々と剣を突き立て、抉り斬る。《魔剣アロンダイト》の蒼い光とステルスバードの蒼い羽毛が派手に散った。
デュエル・シミュレーション・マシン:LP3600→1600
「わーお………一気に形勢逆転じゃない」
自販機で買った缶コーヒーに口をつけ、缶コーヒー独特のジャンクな風味を堪能しつつシャルが感嘆を上げる。優希はこの2ターンの間で一気に形成を立て直し、更にライフポイント差まで一気に縮めた。《魔導仕掛の近衛騎士》が貫通効果を有しているだけに、守備表示での防衛まで封じている。順当にいけばこのまま決着が付く―――はず。
「でも、あのリバースカードが気になるよねぇ………うーん」
―――リバースカードは優希の攻撃宣言に対して発動しなかった。単なるブラフ……若しくは別の発動条件で起動するカードなのか。或いは敢えて攻撃を通させたのか。相手が機械だけに表情から推測する事は不可能なのが厄介だ。無機質なフォルムのマシンから感じ取れるものなど、規則的で静かな駆動音ぐらいだろう。
「これだから決闘って面白いんだよねぇ。如何転ぶか予測が付かないし」
―――『ラプラスの魔』みたいな予定調和は決闘には要らない。
見ている側も、闘っている側も面白くないから。
残った缶コーヒーを飲み干すと、シャルは空き缶を捨てる為に自販機へと向かっていった。
「更に《近衛騎兵》を守備表示で召喚」
近衛騎兵 / 地
★★★★
【戦士族】
自分のフィールド上に他のモンスターが存在する限り、相手はこのカード以外の戦士族モンスターを攻撃対象に選択できない。
また、このカードがフィールド上に存在する限り、自分の戦士族モンスターの守備力は400ポイントアップする。
ATK:1200 DEF:1700
現状で《黒衣の戦騎女》の特殊召喚手段が存在しない限り、生贄を用いて通常召喚するしかない。優希はそう判断し下級の壁モンスターを召喚した矢先―――
<リバースカードを発動します>
突如、マシンのリバースカードが発動した。発動と同時に召喚された《近衛騎兵》と―――それだけではなく、《魔導仕掛の近衛騎士》までもが、突如発生した渦に飲み込まれていく。
この渦のエフェクトは、生贄召喚時に発生するそれと同じだった。という事は―――、
<《シフト・サクリファイス》の効果により、《近衛騎兵》と《魔導仕掛の近衛騎士》を生贄に捧げ―――>
シフト・サクリファイス
【罠カード】
互いのプレイヤーは、相手のフィールド上に存在するモンスターを生贄にしてモンスターを特殊召喚する事ができる。
このカードを使用したプレイヤーは、使用したターンもしくは次の自分のターンでモンスターを召喚・特殊召喚することができない。
生贄に捧げられたモンスターはゲームから除外される。
<《告死鳥アズラエル》を召喚します>
告死鳥アズラエル / 闇
★★★★★★★★
【鳥獣族】
風属性モンスター1体を手札から墓地に捨て、フィールド上の罠・魔法カード1枚を破壊できる。
この効果は1ターンに1度だけ自分のメインフェイズに使用することが出来る。
このカードの攻撃力は、自分の墓地に存在する鳥獣族モンスターの数×300ポイントアップする。
ATK:2500 DEF:1700
フィールドには先程の《魔鳥フレスベルク》よりも禍々しい鳥が出現した。四枚の黒翼を持つ黒と紫の『黒紫鳥』からは『告死鳥』の銘に違わぬ力が、威圧感となって感じられる。
―――選りによって自分のモンスターを全て生贄に捧げられるとは。
優希は忌々しげに歯噛みする。通常召喚を行った直後の為、壁モンスターすら出す事が不可能。
《告死鳥アズラエル》は、リバースカードの封殺と攻撃力上昇効果を併せ持ち、封殺効果のコストが風属性・鳥獣族モンスターならば攻撃力上昇も同時に行える。
<特殊効果により《告死鳥アズラエル》の攻撃力は3700に上昇します>
既に最上級モンスターでも太刀打ちできるかが怪しい数値だ。貫通効果を備えていないのが幸いだが、それもモンスターを召喚され、ガラ空きになったフィールドに直接攻撃をされれば意味が無い。更に永続魔法《追撃》の効果により、あと数回の攻撃を行うだけで優希のライフポイントはゼロになるだろう。
「―――ターン終了」
優希は手元にある罠カード《封呪の剣》を凝視する。発動する事でデッキの装備カードを一枚墓地に送り、モンスターの効果を無効化するのだが、発動したところで《告死鳥アズラエル》の特殊効果で潰されてしまう。破壊のを分かっていて態々設置するのも無意味だ。
<私のターン、カードをドローします>
無機質な声が、マシンによるターン開始宣言を告げる。マシンは機械独特の無情さで決闘を続ける。ただ敵を倒すという定められた思考に従い、伏せカードすら存在していない優希に止めを刺す為に。
しかし決闘を見届けていた月行は、優希の表情を目の当たりにして驚く。
優希は約束された敗北に絶望するでもなく、諦めるでもなく。ただ前方の『敵』を見据えていた。優希の双眸は全く敗北の色に染まっていない。
「(この状況で、尚も勝算がある―――?)」
既に優希のフィールドには壁モンスターはおろか、リバースカードすら存在していないガラ空きの状態だ。例え相手がこのターンに《シフト・サクリファイス》の効果でモンスターを召喚できなくとも、《告死鳥アズラエル》のダイレクトアタックを受ければ一瞬でライフポイントが0になる。
<《告死鳥アズラエル》で、プレイヤーにダイレクトアタックを行います>
四枚の黒翼に雷光が収束―――続いて黒い波動がアズラエルへと取り込まれていく。そして嘴が開き、黒い波動を纏った膨大な雷の衝撃波が放たれる。
衝撃波は真っ直ぐに優希へと殺到し―――、
「(これは………っ!?)」
突如、優希のフィールドに不可思議な紋様を鎧に刻んだ騎士が出現する。
主を護るかのように《告死鳥アズラエル》に立ちはだかったその騎士は、放たれた黒い雷光を掲げた盾で防ぎ霧散していった。
『《遺構の守護騎兵》の特殊能力を発動。墓地にこのカードが存在する時、戦闘ダメージを無効にすることができる。その後《遺構の守護騎兵》はゲームから除外されるけどね』
「(成る程―――墓地からの特殊発動か)」
このタイプのカードなら墓地に存在している為に発動を妨害されにくく、そして敵の意表を突く事が出来る。恐らくは《天使の施し》を発動した際に《鳳剣ラナンキュラス》と共に墓地に捨てていたのだろう。そこまで考えて手札を取捨選択した優希の戦術に感心する。
「(とはいえ、次のターンをどうやってしのぐか)」
流石に二度目の攻撃までは防げないだろう。壁モンスターを出したところで、もう一体召喚されれば追い討ちを受けて敗北が決定する。いや、それ以前に―――
<《告死鳥アズラエル》が攻撃を行った事により《追撃》の効果を発動し、貴方のライフポイントに500のダメージを与えます。ターン終了です>
優希:LP1200→700
戦闘結果の如何に関わらず、二回攻撃を行えば《追撃》で優希のライフポイントはゼロになる。となると次のターンで《告死鳥アズラエル》を倒して勝つしかない。未だ優希の戦意が喪失していないところを見ると、まだ勝算はあるのだろう。しかしキーカードを待っている―――そんな感じだった。
第五話−反撃の十字魔剣 黒衣の戦騎女降臨−
優希は残る四枚の手札を凝視する。これらのカードを組み合わせて戦術を組み立ててはいたが、残り一枚が足りない。
これからドローするカードでそれを引けるかどうかに掛かっている。ならば―――引き当てるしかない!
「私のターン―――ドロー!」
すかさずドローしたカードを確認―――これで勝てる!
「魔法カード《トレード・イン》を発動―――《黒衣の戦騎女》を墓地に送り、デッキからカードを二枚ドローする」
トレード・イン
【通常魔法】
手札からレベル8のモンスターカードを1枚捨て、デッキからカードを2枚ドローする。
このカードの効果により《黒衣の戦騎女》を墓地に送った。あとは―――
「そして魔法カード《死者蘇生》を発動! 待たせたわね―――《黒衣の戦騎女》!!」
フィールドに出現した、黒衣を纏う女騎士。手にした黒い剣を《告死鳥アズラエル》に向け、優希を護るかのように身構える。
「リバースカードを一枚セットし、ターン終了」
―――全ての布石は整った。あとは攻撃を仕掛けてくるだけ。
<私のターン、カードをドローします>
優希のターン終了宣言をうけてマシンが動き出す。しかしマシンは気づいていない。機械故に『分からない』のだろう―――優希の双眸に秘められた勝利の確信を。人であるならば警戒した優希の表情に気付く事なく、マシンは止めを刺すべく動き出す。
<魔法カード《天使の施し》を発動します。カードを3枚ドローし、2枚墓地に送ります>
暫くしてカードの選択が終わったのか、表示されていた手札が減少し―――
<《ハーピィ・レディ−ケラエノ−》と《バードマン》を墓地に送った事により、《告死鳥アズラエル》の攻撃力が600ポイントアップし、4300になります>
能動的に鳥獣族モンスターを墓地に送り、《告死鳥アズラエル》の攻撃力を上昇させている。元々《黒衣の戦騎女》の攻撃力は2800―――既に攻撃力では1500以上の差がある。にもかかわらず、優希の表情は少しも揺るがない。
<《バード・フェイス》を墓地に送り、《告死鳥アズラエル》の特殊効果を発動します。リバースカードを破壊します>
優希のフィールドにセットされていたリバースカードが破壊される。それでも優希の表情は揺るがず―――否、少しは揺るいだのだろう。しかしそれは敗北に揺らいだのではなかった。
「リバースカードは《コーリング・マジック》―――このカードが破壊されたことにより、私は速攻魔法を一枚デッキからフィールドにセットする」
コーリング・マジック
【通常魔法】
相手がコントロールする魔法・罠カードの効果によってセットされたこのカードが破壊され墓地へ送られた時、デッキから速攻魔法カード1枚を選択して自分フィールド上にセットする。
このカードの効果でセットされた速攻魔法は、セットされたターンに発動できる。
そして優希のフィールドに速攻魔法が一枚セットされたが、《告死鳥アズラエル》の効果は既に使用した為に破壊する事は不可能だ。
<《バードフェイス》が墓地に送られたことにより、《告死鳥アズラエル》の攻撃力が300ポイントアップし、4600になります>
これで攻撃力差は2000近く―――《告死鳥アズラエル》の攻撃が通れば全て終わる。
<《告死鳥アズラエル》で《黒衣の戦騎女》に攻撃します>
シャルが戻ってきた時には《告死鳥アズラエル》が、いつの間にか優希のフィールドに出現していた《黒衣の戦騎女》に攻撃を仕掛けようとしていた。
確か攻撃力の差は大分開いていたはず。この状態から装備魔法を装備したところで、装備魔法の平均的な上昇値は500―――《黒衣の戦騎女》の効果をもってしても、1000にしかならない。
にも拘らず、優希から敗北の意思は微塵も感じられない。むしろ、勝利を確信したかのようにも見える。
新たに自販機で買ってきた別の缶コーヒーのプルトップを引きながら、シャルは結末を―――優希による逆転劇を見届ける。
次の瞬間、コーヒーに口をつけたシャルの顔が歪んだ。
「あうー……さっきのが美味しかったかも」
アズラエルの黒翼に雷光と黒い波動が収束し、黒き雷光の衝撃波が放たれる。膨大な衝撃波は《黒衣の戦騎女》を飲み込むかに見え―――
「―――速攻魔法《ディメンショナル・ウェポン》を発動!」
ディメンショナル・ウェポン
【速攻魔法】
デッキから装備魔法を1枚選択し、自軍フィールド上のモンスター1体に装備させる。
この効果により装備した装備魔法は、ターン終了時に破壊される。
《黒衣の戦騎女》の持つ黒い剣が虚空へと飲み込まれる。代わりに現れたのは、鈍色に染まった十字剣だった。
「《逆光の十字魔剣》を《黒衣の戦騎女》に装備する」
『回答者』或いは『報復者』とも呼ばれ、『フラガラッハ』の銘も持つ十字剣。その鈍色の刃は突如輝きを増し―――
「斬り裂け―――《黒衣の戦騎女》!!」
優希の命を受けた《黒衣の戦騎女》が《逆光の十字魔剣》を構えて疾走。正面から衝撃波に向かって剣を構え―――両断する。
《逆光の十字魔剣》に宿る膨大なエネルギーによりベクトルを歪められた衝撃波は四散し、続いて《黒衣の戦騎女》が《告死鳥アズラエル》に斬り掛かり―――
―――レベリオン・スクリームキャリバー!!
―――輝きを増した《逆光の十字魔剣》により《告死鳥アズラエル》は斬り捨てられ、霧散する。
同時にマシンのライフポイントが変動し、カウンターがゼロを表示した。
デュエル・シミュレーション・マシン:LP1600→0
逆光の十字魔剣
【装備魔法】
自分がコントロールする魔法・罠・モンスター効果によって起こった攻撃では、このカードの効果は発動しない。
このカードの効果は、相手バトルフェイズ中のみ有効となる。
装備したモンスターに攻撃を行ったモンスターのレベル×400ポイントだけ、装備モンスターの攻撃力がアップする。
《告死鳥アズラエル》のレベルは8―――つまり攻撃力の上昇値は3200となる。その上で《黒衣の戦騎女》の特殊効果で更に攻撃力が500アップし、総攻撃力は6500に変化し、結果として《告死鳥アズラエル》は返り討ちに遭った。
「―――私の勝ちね」
展開状態の決闘盤を折りたたみながら、優希は呟く。試合を見ていた月行と―――この実戦試験に於いて、下らない小細工を仕掛けた『誰か』に向かって。
「―――『プロジェクト・C』はどうなっている?」
暗闇の中で無数のモニタが淡い光を放っている。その一つ一つに、数々のデータが映し出されては流れていく。
背後に居た男性の問いかけに、モニタを眺めていた淡い長髪の男が淡々と答える。
「今のところ貴方の『紅の獣王』……そして『碧の怪翼』は問題ない。あと少しで封印が解除される筈です」
「問題はやはり―――『蒼の死翔』か」
男性がモニタの一つを眺め、苦々しげに呟く。
「それはそうですよ、元々彼女は『誓約の天騎士』に選ばれているのですから」
「フン―――それだけに抵抗力が強いということか」
「とはいえ彼女に関しては少し―――面白い方向になりそうです。それに貴方と違って、自分の意思で受け容れたわけではありませんからね」
長髪の男は腰掛けていた椅子を回転させ、男性へと向き直る。
「そうでしょう―――『パラケルスス』」
二ヵ月後、カレッジの入学式が行われた。
試験から数日後、帰国した優希の元に合格通知が届いた。当然の結果―――とまでは思わなかったが、今までの努力が報われた気がした。
既に寮には入っており、実家から必要な物は全て持ち込んである。
といっても元々優希の部屋はあまり飾りっ気のない、端的に表すと殺風景な部屋である為に、持ち込むような物はあまりないのだが。
生活用品や衣服を除けば―――それこそカードぐらいだろう。
そういえば昔姉に、もっと可愛らしい部屋にしたらと失笑されたことがある。
ふと立ち止まって周りを見渡すと、同じく入学式に参加するであろう学生が講堂に向かっている。
携帯を取り出して時間を確認。確かそろそろ入場の時間になる筈だ―――急がないと。
優希は携帯の電源を切ってからポケットにしまい、講堂に向かって歩きはじめた。
―――今日、ここから始まる。
―――そしていつか、超えてみせる。
―――数多の決闘者を―――姉さんを。
―――目を覚ますまでに、私は力をつけなくてはならない。
―――決闘王になるのは、この私だ。
第六話 −魔女の領域 優希VSシャル(前編)−
カレッジの入学式を数日後に控え、優希は寮の自室で荷物の整理を行っていた。
何個か詰まれたダンボールの中から一つを開け、中に収められた衣服を取り、備えられた棚やクローゼットに収納していく。
続いて事前に購入してあった教科書や書籍を本棚に収め、ノートパソコンを取り出しネットを利用できるように設定する。
「ふぅ………」
一通り荷物の整理が終わり、冷蔵庫からペットボトルのレモンティーを手に取り喉を潤す。
この手のレモンティーは甘すぎると一部では言われているが、優希にとってはこれ位が丁度よかった。元々糖分補給の為なので、実のところあまり拘りも無いのだが。
ふと、部屋の隅に積まれたダンボールへと目をやる―――確か同居人の荷物だった筈。しかしダンボールの数は優希の実に三倍はあるだろう。尤も優希の荷物が少なすぎるだけで、これが標準なのかもしれない。
―――そういえば同居人は誰になるのだろう?
すっかり確認する事を失念していた優希は、同居人の名前を確認しようとした時、
「うー……。やっぱり時差ボケが酷いよぉ……って、あらー………」
突然部屋の扉が開かれ、眠そうな顔をした赤毛のツインテール少女が、何事かを呟きながら部屋に入ろうとし……立ち止まる。
何処かで見たような気がする。優希が記憶を探っていると―――
「………あーっ!」
突如ツインテール少女が大声を上げ、優希を指差す。
あまりにも突然の事だったので、思わず優希も身構え―――ようやく、眼前のツインテール少女の名前を思い出した。
「シャルロット・ヴァン・ヘルメス………貴方が、同居人?」
「これはこれはー………運命の巡り合わせっていうのかなぁ。桐原優希さん」
「なーんだぁ。わたしの実戦試験も見てたんだね」
「ええ。私の試験の前だったし、ちょっと目に留まったから」
優希と話しつつ、シャルは部屋に残っているダンボールを空け、服を自分のクローゼットに収納する。
シャルの持ってきた服は優希のそれよりも数が多く、そして過剰にレースや黒や白のフリルが付いた物が多数存在していた。
改めて見ると、シャルの着ている服もそんな感じの服だった。普通に可愛らしいとは思う。
「この中の本は………?」
「うん。全部本棚でいいよー」
ダンボールの中にある本を、優希は手に取って本棚へと収めていく。教科書ぐらいしか持ってきていない優希と違って、シャルが持ってきた本は沢山あった。尤もその大半が―――
「………この本は?」
一冊のハードカバー装丁の、古そうな本を手に取り優希が尋ねる。
見慣れぬ言語で題名が書かれ、如何にもファンタジー世界に出てくる『魔導書』といった雰囲気を醸しだしていた。
「ああー……それ魔導書だよ」
「魔導書………?」
シャル曰く『魔導書』を手に取り、優希はまじまじと見つめる。
確かにそれっぽい印象を受けるが、それ以上のものは何も感じない。
「ホラ、わたしの家って魔法使いだから」
続く言葉に優希は混乱する。『魔導書』に『魔法使い』―――?
シャルが魔法使い系デッキを使うのは知っていたが、流石にこれには戸惑う。
優希はこの手の非科学的な物はあまり信じておらず、胡乱気に『魔導書』を見つめる。
「ゴメンゴメン。魔法使いといっても昔その家系だった―――って言ったほうがよかったね」
優希の胡乱気な表情を見て、シャルが軽く笑う。
しかし優希にとっては未だに非現実的な話だ。『M&W』にも神のカードや千年アイテムに関わる、幾つかの非現実的な逸話が存在しているものの、その何れもが確証も無く、飽くまでも『御伽噺』の域を出ない。
「私のお父さんはお医者さんだし、お兄ちゃんは決闘者だったしね」
「決闘者ね………」
兄弟が決闘者だった……不意に優希は優依の事を思い出す。少し自分と似ている……と優希は思うが、そこで違和感を感じる。
「『だった』………?」
「うん………そこそこ活躍してたプロデュエリストだったんだけど、『グールズ』に………」
『グールズ』………世界規模のカード窃盗組織の名を聞き、優希は顔をしかめる。発足当初は決闘による半強制的なアンティ・ルールでカードを奪ったり、レアカードの偽造や裏ルートを通じての流通を行っていた。
第一回バトル・シティに於いて構成員である多数のレアハンターが敗北し、組織自体の力は弱体化したと思われていたが、ここ数年で強力な指導者を得たのか、活動が再び活発化。更には対戦相手が殺害され、デッキごとカードを奪われた事例も少数ながら存在する。そして第二回バトル・シティに於いても数名の構成員が大会に潜伏していたらしい。恐らくはシャルの兄は………
そこまで考え、優希はふと気がつく。
出会ってからというものコロコロと表情を変えるシャルだったが、今まで暗い表情や悲しげな表情を見せた事はない。
しかし今シャルが浮かべている表情は、まさに悲しみを凝縮したかのようだった。
彼女の兄に何があったのかは、飽くまでも推測の域を出ないが……それでもシャルにとっては相当なものだったのだろう。
「シャル………」
優希は声を掛けるが、続く言葉が紡げない。
こういう時に、どんな言葉を掛ければいいかが分からない。
そして不意に出た言葉は―――
「決闘……しよう。私と………」
あまりにも突飛で、自分でも戸惑ってしまう言葉だった。
優希自身がそう思っているだけに、シャルにとってはあまりにも唐突で、目を瞬かせている。
しかし漸く優希が言わんとしている事を理解し、頷く。
「いいよ。私も優希と闘ってみたかったし」
そう言ってシャルはダンボールの一つを漁りだすと、決闘盤とデッキを取り出す。そして腕に決闘盤を装着し展開・起動させる。
既にシャルの表情からは、先ほどの暗い表情は跡形もなく―――とまでは言わないが、ぱっと見では分からない程に消えていた。
優希も決闘盤とデッキを取り出し、同じように起動させる。
「部屋の中じゃ狭いから、外に出ようか」
寮のテラスにて、優希とシャルは互いに向かい合っていた。周囲には何事かと様子を見にきた学生が集まっている。
「―――ちょっとちょっと、アレって桐原優希とシャルロット・ヴァン・ヘルメスじゃない」
「―――マジかよ。桐原優希ってアレだよな、入学試験の時に?」
「―――ああ。試験でトラブったけどそのまま勝っちまったんだよな」
「―――ってかなんで闘ってんの、あの二人?」
「―――いいじゃん別に。ていうかあの二人の決闘なんて、そう見れるものじゃないし」
優希は観戦している学生を軽く見回すが、別に邪魔でもないので好きにさせておく。そしてデッキをシャッフルし、決闘盤にセットする。
シャルも準備が終わったらしく、決闘盤を構えた。
「「決闘!!」」
「わたしの先行だね―――ドロー!」
先ずはシャルからの先行で始まる。カードをドローして手札に加えたシャルは、しばし思考を巡らせてから一枚のカードを決闘盤にセットする。
「フィールド魔法《魔女の塔》を発動」
フィールド魔法が発動し、寮のテラスは瞬く間に姿を変え―――次の瞬間、周囲の景色は不可思議な塔の内部に変わっていた。
「これは………?」
壁面に備えられている本棚には魔導書が多数収められており、壁に埋め込まれた魔法金属が照明になっているのか、仄かに光を放っている。辺りには魔術や錬金術に使用する小道具が散乱している。
そして何より不可思議なのが………塔内部のあまりにも支離滅裂な構造。足元に扉があったり、階段が壁面から壁面に向かって伸びていたりと、見ているだけで感覚が歪みそうになる光景だった。
魔女の塔
【フィールド魔法】
魔法使い族モンスターが召喚・特殊召喚された際に、このカードに魔力カウンターを1つ載せる。
フィールド上の魔法使い族モンスターは、このカードに載せられた魔力カウンターの数×100ポイントだけ攻撃力・守備力が上昇する。
「続いて《エンチャント・ソーサレス》を守備表示で召喚するね」
エンチャント・ソーサレス / 光
★★★★
【魔法使い族】
1ターンに1度、自分のフィールド上に存在する魔力カウンターを乗せる事ができるカード1枚に、魔力カウンターを1個乗せる事ができる。
攻撃力:600 守備力:1400
フィールドに出現したのは、白いフードを被り杖を手にした女魔術師だった。
しかし杖や法衣の装飾も簡素なもので、大した力を持っていない下級の魔術師にしか見えない。
「《エンチャント・ソーサレス》が召喚された事により、《魔女の塔》の効果が発動―――魔女の塔に魔力カウンターが1つ載せられる」
《エンチャント・ソーサレス》の杖に魔力が凝縮。淡く輝くそれは塔の壁面へと吸い込まれていき、魔力を取り込んだ塔の魔法金属が一瞬だけ輝きを増す。
そして《エンチャント・ソーサレス》のステータスが変動し攻撃力が700に、守備力が1500へと変動する。
「続いて《エンチャント・ソーサレス》の特殊効果を発動させて、《魔女の塔》に魔力カウンターをもう一つ載せるよ」
《魔女の塔》に魔力カウンターを供給した《エンチャント・ソーサレス》は、その攻撃力と守備力を更に100ポイント増加させた。
「塔は魔術師より更に魔力を得、そして魔術師は力を増す『魔女の領域』―――って、ところかしら」
口には出さないものの、シャルの取る行動を眺めつつ優希は戦術を推測していく。
恐らくは《魔女の塔》の特殊能力を生かす為に、魔力カウンターを供給できるカードを投入している。
そして魔法使い族で固めたモンスターのステータスを上昇させ、一気に攻撃を仕掛けるという戦術なのだろう。
更には魔力カウンターの安定供給を行う《エンチャント・ソーサレス》により、ステータスの上昇速度を加速させている。
「そんなところかな。私はカードを一枚伏せてターンエンドだよ!」
「私のターン、ドロー!」
毎ターン魔力カウンターを補充する《エンチャント・ソーサレス》が存在する限り、毎ターンシャルの魔法使い族モンスターは攻撃力と守備力を上昇させる。
放っておくと厄介な事になるだろう―――ならば、早めに無力化するか退場してもらうしかない。
優希はドローしたカードと手札を合わせて戦術を構築していく。手札には守備力2200の《重装騎士》と、レベル6の上級モンスター《宵闇の魔剣士》が存在する。
次のターンに魔法やモンスター効果を封殺するカードを引ければいいのだが、引けない場合は《宵闇の魔剣士》を召喚して対処するしかない。
「《重装騎士》を守備表示で召喚し、ターンを終了するわ」
―――《重装騎士》の守備力は2200と高く、そう簡単に突破できる数値ではない筈だ。
このターンを乗り切れば、次のターンで《エンチャント・ソーサレス》には消えて貰う。
「私のターンだね、ドロー!」
シャルはドローしたカードを手札に加え吟味する。やがて次の手が固まったのか、一体のモンスターを召喚した。
「《マジシャンズ・ヴァルキリア》を攻撃表示で召喚するよ!」
マジシャンズ・ヴァルキリア / 光
★★★★
【魔法使い族】
このカ−ドが表側表示でフィールド上に存在する限り、相手は他の表側表示の魔法使い族モンスターを攻撃対象に選択できない。
攻撃力:1600 守備力:1800
「マジシャンズ・ヴァルキリア………?」
《マジシャンズ・ヴァルキリア》―――かの有名な《ブラックマジシャン・ガール》に酷似した魔法使いがフィールドに出現する。
しかし深緑を基調とした衣装に、碧の宝玉が嵌め込まれた魔杖―――よく見ると細部が異なる。
そして戦乙女の銘が示しているのか、どこか顔つきも精悍だ。
「ねーねー知ってる? この子は《ブラックマジシャンガール》の妹弟子なんだって」
突然聞かされた雑学に、優希は少し感心する。
恐らくは『M&W』内のお遊び的な設定の一つだろう。例えば戦士ダイ・グレファーと荒野の女戦士が宿敵だとか、そういった類の物だ。
《ブラックマジシャンガール》が《ブラックマジシャン》の弟子だと言うのは有名だが、これは流石に初耳だった。流石は魔法使いデッキの使い手と言うべきか。
「《マジシャンズ・ヴァルキリア》が召喚に成功したのと《エンチャント・ソーサレス》の効果で、《魔女の塔》に二つ魔力カウンターを載せるよ」
これで《魔女の塔》の魔力カウンターは累計4個となり、攻撃力は400上昇する。
守備表示の《エンチャント・ソーサレス》の守備力は1800だが、《マジシャンズ・ヴァルキリア》の攻撃力は2000―――決して無視できない数値だ。
「《マジシャンズ・ヴァルキリア》で《重装騎士》に攻撃―――イリュージョン・マジック!」
にも拘らず、シャルは《マジシャンズ・ヴァルキリア》に攻撃命令を出した。当然《マジシャンズ・ヴァルキリア》の放った攻性魔術は《重装騎士》の鎧を貫通する事ができず、シャルは反射ダメージを受けてしまう。
シャル:LP4000→3800
何故―――と、優希はシャルのフィールドに目を移した時、そこに広がっていた光景に驚愕する。
「《マジシャンズ・ヴァルキリア》がもう一体………!?」
シャルのフィールドには《エンチャント・ソーサレス》と、二体の《マジシャンズ・ヴァルキリア》が存在していた。いつの間に召喚されたのか、《魔女の塔》の特殊効果で更に攻撃力が100ポイント上昇している。
「罠カード《マジシャンズ・サークル》を発動させてたんだ―――このカードの効果は、魔法使い族が攻撃する時にお互いにデッキから攻撃力2000以下の魔法使い族モンスターを特殊召喚できるんだよ」
マジシャンズ・サークル
【通常罠】
魔法使い族モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
お互いに自分のデッキから攻撃力2000以下の魔法使い族モンスター1体を選択し、それぞれ自分のフィールド上に表側攻撃表示で特殊召喚する。
「《マジシャンズ・サークル》の効果は優希も使うことが出来るけど―――魔法使いがデッキに入っていたらね」
「ええ。生憎と魔法使いは私のデッキに一枚もないの」
―――《エンチャント・ソーサレス》の特殊効果のみに依存せず、他の特殊召喚手段をも確立しているとは。優希は一筋縄ではいかないと確信し、表情を引き締める。
しかもシャルのフィールドには《マジシャンズ・ヴァルキリア》が二体存在している。《マジシャンズ・ヴァルキリア》の特殊効果は、他の魔法使い族モンスターを攻撃対象にさせないというものである。
しかし、《マジシャンズ・ヴァルキリア》がフィールド上に二体存在している場合だと、互いが互いの効果を発揮し、攻撃対象を選択する事が不可能になってしまう。
上級モンスターを召喚しようにも、攻撃対象が選択できなければ戦闘破壊すら不可能だ。
「更にカードを一枚伏せて、ターン終了だよ」
第七話 −魔女の領域 優希VSシャル(後編)−
次のターンでシャルはもう一体魔法使い族モンスターを召喚し、更に《エンチャント・ソーサレス》の特殊効果を使用する。
そうなれば《マジシャンズ・ヴァルキリア》の攻撃力は2300となり、《重装騎士》の守備力を打ち破る事が出来る。
上級モンスターを召喚したところで、攻撃が出来なければ相手に攻撃力上昇の時間を与えてしまう。
「私のターン、ドロー!」
優希は即座に引いたカードを確認―――これならいけると確認し、手札に加える。
「リバースカードを一枚セット」
伏せたのは《ディメンショナル・ウェポン》―――デッキから装備カードを1ターン限定で引き出せる速攻魔法だ。
これなら《マジシャンズ・ヴァルキリア》が攻撃を仕掛けてきた時に、装備魔法を呼び出して返り討ちに出来る。
「《重装騎士》を生贄に捧げ―――《宵闇の魔剣士》を召喚!」
《重装騎士》が光の粒子となって消えていき、黒いコートを纏った剣士が出現した。
差し詰め『Night Blade』といったところだろうか。黒いコートは元より、手にした剣さえも夜のような濃い闇の色をしている。
宵闇の魔剣士 / 闇
★★★★★★
【戦士族】
手札を一枚捨てることで、このカードはターン終了時まで、1度のバトルフェイズ中に2回攻撃する事ができる。
攻撃力:2400 守備力:1500
《マジシャンズ・ヴァルキリア》を撃破した後に、《宵闇の魔剣士》自身の特殊効果を用いて、一気にシャルのフィールド上のモンスターを減らす事が出来る。
そのままの勢いで攻め切れればいいのだが―――《マジシャンズ・ヴァルキリア》のロックを解除した場合の事も想定してあるだろう。その際に如何動くかが重要だ。
「私はこれでターンエンドよ」
「わたしのターンね、ドロー!」
シャルは引いたカードを手札に加え、優希のフィールドと見比べる。《宵闇の魔剣士》を警戒しているのだろうか……と思った矢先、
「魔法カード《カード・ヘキサチーフ》を発動!」
「………ッ!」
カード・ヘキサチーフ
【通常魔法】
相手フィールド上のリバースカード全てを発動不可能にし、破壊された際の効果も無効化する。
このカードの発動以降にセットされたカードに、このカードの効果は適応されない。
「多分伏せてたのは《ディメンショナル・ウェポン》かな? わたしが攻撃した時に《逆光の十字魔剣》でも引っ張ってくる予定だったかもしれないけど、残念だったね」
―――流石に、ある程度は優希の戦術が知られているだけあって、そう思い通りにはさせてくれないらしい。
《魔導仕掛の近衛騎士》に取り込ませる為の魔法カードでもあったのだが、これでは発動すら出来ず墓地にも送られない。
「《ステラマリス》を守備表示で召喚して、《エンチャント・ソーサレス》の特殊効果を発動するよ」
ステラマリス / 光
★★★
【魔法使い族】
ドローフェイズの前に、魔法・罠・モンスターカードのいずれかを宣言する。
ドローしたカードが宣言した種類のカードならば相手プレイヤーに見せ、追加でもう一枚ドローできる。
追加ドローの際にカードの種類を宣言することはできない。
攻撃力:500 守備力:800
これで魔力カウンターは7個―――ステータスの上昇値は700となり、次のターンで《マジシャンズ・ヴァルキリア》の攻撃力は《宵闇の魔剣士》を上回る。
「《マジシャンズ・ヴァルキリア》を守備表示にして、ターン終了だよ」
元々の守備力は1800である為に、《魔女の塔》の影響下では守備力は2500。何か不測の事態が起こっても、守備力では《宵闇の魔剣士》の攻撃は通らないという事だろう。
《マジシャンズ・ヴァルキリア》の攻撃力が次のターンで《宵闇の魔剣士》を上回る以上、このターンで反撃の糸口を掴まなければいけない。
既に手札にある魔法カードだけなら、《マジシャンズ・ヴァルキリア》の迎撃時に発動して倒せる。
しかし、それだけでは単なるその場しのぎにしかならない。
シャルの魔法使い族モンスターを強化している《魔女の塔》自体を対処しなければ、戦況が有利に傾く事はないだろう。
ならば、自ずと必要なカードは特定できる。
―――あとは、そのカードを引き当てられるか否かだ。
「私のターン、ドロー!」
引いたカードは《封呪の剣》―――これで《マジシャンズ・ヴァルキリア》の特殊効果を無効化し、そしてもう一枚の速攻魔法で、シャルの『魔女の領域』を無力化できる。
「リバースカードを二枚セットし、《幻影の守護騎士》を守備表示で召喚―――ターン終了よ」
シャルは優希のフィールドに伏せられていたリバースカードを眺めていたが、カードをドローすべくデッキに手を掛ける。
「ドロー前に《ステラマリス》の効果を発動して―――わたしは『モンスターカード』を宣言するね」
そしてシャルはカードをドローし、引いたカードを優希に見せる。そのカードは優希にとっても、よく知っているカードだった。
「―――引いたカードは《ブラックマジシャン・ガール》! 当たったからもう一枚、カードをドローできるよ」
もう一枚デッキからドローしたシャルは、計二枚のカードを手札に加える。
「リバースカードを一枚セットしてから《ステラマリス》を生贄に捧げ―――」
占星術師が光の渦に飲み込まれ分解していく。そして代わりに、魔術師の少女がフィールドに出現する。そう、シャルの切り札であり『魂のカード』でもある―――
「《ブラックマジシャン・ガール》召喚!」
左右に《マジシャンズ・ヴァルキリア》を従えた《ブラックマジシャン・ガール》が、紅の宝玉が埋め込まれた魔杖を構える。
「更に《エンチャント・ソーサレス》の特殊効果を発動して、《魔女の塔》に魔力カウンターを載せるよ」
これで《ブラックマジシャン・ガール》の召喚分も含めると魔力カウンターは累計9個。
《宵闇の魔剣士》を倒すには十分なステータス補正を、フィールド上の魔術師に与えている。しかし―――
「残念ね。リバースカード・オープン―――《封呪の剣》」
突如《マジシャンズ・ヴァルキリア》に剣が突き立てられる。
剣より魔法陣が描かれ、《マジシャンズ・ヴァルキリア》の動きと―――特殊能力を完全に封じた。
封呪の剣
【罠カード】
デッキから装備魔法を1枚選択し墓地に送る。
相手モンスター1体の特殊効果は、このカードがフィールド上に存在する限り無効となる。
「《麗剣ストレリチア》を墓地に送り、《マジシャンズ・ヴァルキリア》の特殊効果を無効にするわ」
片方の《マジシャンズ・ヴァルキリア》の特殊効果が無効になった事により、二体存在する事でのロック戦術を破る事に成功した。
とはいえこの状態では特殊効果を封じているだけなので、完全にロックを解除するには戦闘での撃破を必要とする。
「でも遅かったね。もう《マジシャンズ・ヴァルキリア》の攻撃力は2500―――《宵闇の魔剣士》なら倒せるよ」
「―――まさか。私がそこまで読んでいないとでも思った?」
優希の口の端が釣りあがる。《マジシャンズ・ヴァルキリア》が封じられたのは飽くまでも特殊効果。攻撃まで封じられたわけではない。
このままだと優希のモンスターは総攻撃を受けて全滅するだろう。にも拘らず優希の自身あり気な表情は崩れない。
「既に完成しているのよ。貴女の『魔女の領域』を攻略する為のコンボが」
「ふーん。なら、攻略して見せなさいよっ―――《マジシャンズ・ヴァルキリア》を攻撃表示!」
優希の挑発に乗ったわけではないのだが、シャルは総攻撃を行うべく主力の魔術師を攻撃表示へと変更。《マジシャンズ・ヴァルキリア》の持つ、碧の宝玉が埋め込まれた魔杖が優希へと向けられる。
「戦闘フェイズ―――まずは《マジシャンズ・ヴァルキリア》で《宵闇の魔剣士》を攻撃―――イリュージョン・マジック!」
「リバース・マジック発動《武装再生》―――《封呪の剣》で墓地に送った《麗剣ストレリチア》を《宵闇の魔剣士》に装備」
迎撃する《宵闇の魔剣士》の剣が虚空へと飲み込まれ、代わりに装飾の施された金色の細剣が握られる。
―――スプレンティッド・インパルス!
《宵闇の魔剣士》は《麗剣ストレリチア》を振るい、《マジシャンズ・ヴァルキリア》の魔法を跳ね返し更に両断。
返り討ちに遭った《マジシャンズ・ヴァルキリア》は、光の粒子となって四散していく。
シャル:LP3600→3400
武装再生
【速攻魔法】
自分の墓地に存在する装備魔法を1枚選択し、自分フィールド上のモンスター1体に装備させる。
この効果により装備した装備魔法は、ターン終了時に破壊される。
「うーっ。でも《ブラックマジシャン・ガール》の攻撃が残って―――」
「―――《麗剣ストレリチア》の効果発動。このカードを装備したモンスターが相手プレイヤーに戦闘ダメージを与えた時、相手フィールド上の魔法・罠カードを1枚破壊するわ」
麗剣ストレリチア
【装備魔法】
戦士族のみ装備可能。
装備モンスターの攻撃力を400ポイント上昇させる。
このカードを装備したモンスターが相手プレイヤーに戦闘ダメージを与えた時、相手フィールド上の魔法・罠カードを1枚破壊する。
「えーっと……まさか………」
「そのまさかよ。《魔女の塔》を破壊させてもらうわ―――幾ら魔力カウンターが乗っていようと、破壊してしまえばそれで終わりだから」
《麗剣ストレリチア》の輝きが一掃に増し、同時に魔力を伴った波動を起こす。拡散していく波動は《魔女の塔》の外壁から崩壊させていき―――次の瞬間には、不可思議な光景から寮のテラスへと周囲の風景へと戻っていた。
「《魔女の塔》を失った魔法使い族モンスターは、その攻撃力が元に戻る」
そう。高攻撃力を維持できたのは《魔女の塔》というフィールド魔法があってこそのもの。
そのフィールド魔法がなくなった今、シャルの魔法使い族モンスターで《宵闇の魔剣士》に勝てるモンスターは存在しない。
切り札である筈の《ブラックマジシャン・ガール》でさえ、その攻撃力は2000しかないのだ。
「………リバースカードを2枚セットして、ターン終了だよ」
攻撃表示で召喚した《ブラックマジシャン・ガール》は当然として、一度攻撃表示にした《マジシャンズ・ヴァルキリア》は次のターンまで表示形式を変更できない。
尤も、次のターンまでフィールドに存在していれば………の話だが。
―――それにしても。やはり優希は強いとシャルは実感する。
《ヴァルキリア》の攻撃封鎖は破るだろうと思っていたが、《魔女の塔》まで破壊されるとは思わなかった。
とはいえ、まだ代替手段はある。優希も1枚のフィールド魔法―――それも破壊されれば終わりという脆いカードに全ての戦術を依存しているとは思っていないだろう。
―――《混沌なる黒魔女》にて、反撃の剣を砕いてみせる。
一方、優希とシャルの決闘を眺めていた学生達の中で、一人の男がその戦況を分析していた。
否、分析と称するのは傍から見れば不適切な表現かもしれない。しかし彼にとっては、紛れもなく戦況の分析である。
「いやぁ〜……実に美しいねぇ。そして鮮やかなまでの反撃!」
男―――フェルナン・ヴェルヌは眼鏡のブリッジを人差し指で押し上げながら、眼前の決闘を褒め称える。
周囲の学生は出来るだけフェルナンから遠さがり、変人とは関わりたくないと言わんばかりに無関係を装っていた。
「しかぁ〜し! 惜しむらくは美しい《マジシャンズ・ヴァルキリア》を倒してしまったことだろうか。実に美しくない!」
フェルナンは幼少の頃から飼っていた子犬が死に瀕した時のように嘆く。
ひとしきり嘆いてから、隣に居る知的な風貌の女学生に同意を求める。
「君もそう思うだろう、ケイトくん」
「―――いえ。全く同意しかねます」
ケイトと呼ばれた女学生は、フェルナンの問いに対して即全否定し、嘆息する。
「しかし。シャルロット・ヴァン・ヘルメスがこのまま終わるとは思えません」
「僕もそう思うよ。彼女があの可憐な《ブラックマジシャン・ガール》を、むざむざと倒されるような真似をするハズがない」
ケイトの言葉に頷きながら、フェルナンは再び静かに、両者の決闘を分析していく。
「さぁて………見せてくれよ。美しい決闘を。この僕に!」
第八話 −光と闇の洗礼 混沌なる黒魔女−
フィールド魔法《魔女の塔》が無くなった今、優希の《宵闇の魔剣士》の攻撃を阻むモンスターは存在しない。
シャルの場に存在する2枚のリバースカードが気になるが、攻撃を仕掛けられる内に仕掛けた方がいいだろう。
「私のターン、ドロー!」
優希の手札にはもう1体の上級モンスター《魔導仕掛の近衛騎士》が存在する。既にフィールドには《幻影の守護騎士》が存在している為、即座に召喚する事が可能だ。
ただ《魔導仕掛の近衛騎士》の特殊効果を使おうにも、墓地の魔法カードが《武装再生》と《麗剣ストレリチア》の2枚しかないので、上昇する攻撃力が600ポイントしかない。
「《幻影の守護騎士》を生贄に捧げ―――《魔導仕掛の近衛騎士》を召喚!」
《宵闇の魔剣士》と並んで、紅の甲冑に身を包んだ騎士が優希のフィールドに出現する。
「《魔導仕掛の近衛騎士》の特殊効果を発動し―――」
「リバースカード・オープン―――《スペルアスピレイト》!」
スペルアスピレイト
【罠カード】
相手の墓地から魔法カードを5枚まで選択しゲームから除外する。
この効果で除外したカード1枚につき、自分のライフポイントを400ポイント回復する。
「ざーんねんでした。《魔導仕掛の近衛騎士》の特殊効果を使用する前に、優希の墓地にある魔法カードは除外するよ」
シャル:LP3400→4200
「わたしはライフポイントを800回復して、《魔導仕掛の近衛騎士》の特殊効果は不発だね」
ゲームから除外する魔法カードが存在しなければ、特殊効果による攻撃力上昇値がゼロ―――つまり、《魔導仕掛の近衛騎士》の攻撃力は、元々の攻撃力である2000から変化しない。
とはいえ、それでもシャルの魔法使い族モンスターを撃破するには十分な数値だ。更に《宵闇の魔剣士》の特殊効果を使い、連続攻撃を叩き込めば一気に一掃できる。
「《宵闇の魔剣士》の特殊効果を発動。手札を1枚捨て、バトルフェイズ中に2回攻撃を可能にし―――まずは《マジシャンズ・ヴァルキリア》に攻撃!」
《麗剣ストレリチア》を失い、元の黒い剣を手にしている魔剣士が疾駆。《マジシャンズ・ヴァルキリア》を一刀の下に斬り伏せる。
―――ナイトメア・エリミネイション!
シャル:LP4200→3400
「続けて《ブラックマジシャン・ガール》を攻撃!」
更に返す刃で《ブラックマジシャン・ガール》を両断。魔術師の少女は光の粒子となって儚く消えた。
なにやら自らの半身を引き裂かれたような、或いは魂のカードを海に投げ捨てられたかのような悲痛な叫びが聞こえた気がしたが気のせいだろう。少なくともシャルではないのは確かだ。
シャル:LP3400→3000
「くっ………リバースカード・オープン―――《光と闇の洗礼》を発動するよ!」
光と闇の洗礼
【速攻魔法】
このターンに倒された魔法使い族モンスターを1体選択する。
選択した魔法使い族モンスターは光と闇の力を得て、1度だけ復活する。
突如、光と闇が一箇所に収束していく。
収束した光と闇は溶け合い、一つの混沌となる。
そして混沌は肥大し、やがて魔術師の形を成した。
「わたしは《ブラックマジシャン・ガール》を復活―――光と闇の力を得て、《混沌なる黒魔女》となる!」
新たにフィールドに現れたのは、黒と紅の装束を纏う魔女だった。
差し詰め《混沌の黒魔術師》の《ブラックマジシャン・ガール》バージョン。
混沌なる黒魔女とでもいうべきか。しかし―――
混沌なる黒魔女 / 闇
★★★★★★★
【魔法使い族】
降臨に成功した時、デッキから魔法カード1枚を選択して手札に加える事ができる。
墓地に存在する「ブラック・マジシャン」1体につき、このモンスターの攻撃力は700ポイントアップする。
このモンスターが戦闘で破壊したモンスターは墓地に行かずゲームから除外される。
攻撃力:2300 守備力:2000
《混沌の黒魔術師》ならまだしも、攻撃力が2300ならば《宵闇の魔剣士》に及ばない。
既に手札には、それらを補う魔法カードが存在しているのだろうか。
否、それ以前に―――
「《混沌なる黒魔女》の特殊効果で《双蛇杖カドゥケウス》を手札に加えるよ」
《双蛇杖カドゥケウス》―――装備する魔法使いのレベルに応じて、その攻撃力を上昇させる装備魔法。
高位魔術師が装備してこそ真価を発揮するそれは、正に《混沌なる黒魔女》にとって最適な装備魔法といえるだろう。
「《魔導仕掛の近衛騎士》で、《エンチャント・ソーサレス》を攻撃!」
―――デッドエンド・ブリンガー!
《魔導仕掛の近衛騎士》の持つ剣に黒い波動が収束。放たれた波動は《エンチャント・ソーサレス》を斬り刻む。
《エンチャント・ソーサレス》を倒したものの、このままでは苦し紛れでしかない。
「………ターン、終了」
シャルは優希のフィールドに存在する2体の上級モンスターを見比べる。
何れも攻撃力を増強させれば《混沌なる黒魔女》で問題なく倒せるが、優希が《宵闇の魔剣士》のコストで手札に捨てたカードが不透明な以上、警戒はできない。
実戦試験の時のように《遺構の守護騎士》でも捨てられていれば戦術が狂う。
「わたしのターン、ドロー!」
とはいえ、ここは優希のモンスターを倒していくのが無難だろう。
先ずは攻撃力が高く、手札コストを巧く利用できる《宵闇の魔剣士》から。
「《双蛇杖カドゥケウス》を《混沌なる黒魔女》に装備するよ」
双蛇杖カドゥケウス
【装備魔法】
魔法使い族のみ装備可能。このカードには魔力カウンターを乗せることができる。
装備した魔法使い族のレベル×100ポイントだけ、装備モンスターの攻撃力がアップする。
更にこのカードに乗っている魔力カウンター1個につき、攻撃力が100ポイントアップする。
このカードが墓地に送られた時、自分フィールド上の魔力カウンターを1つ取り除くことで、このカードを手札に戻すことができる。
《混沌なる黒魔女》の杖が、双蛇を象った魔杖へと変化する。これで攻撃力は3000―――優希のモンスターを倒すには十分な数値だ。
しかしそれだけでは、優希の反撃を断つには足りないだろう。それなら―――
「更に《ルーンエヴォーカー》を攻撃表示で召喚!」
ルーンエヴォーカー / 光
★★★★
【魔法使い族】
自分のフィールド上に「ルーンエヴォーカー」以外の魔法使い族モンスターが存在する場合、このカードを攻撃対象に選択する事はできない。
このカードが自分フィールド上に存在する限り、自分フィールド上に存在する魔法使い族モンスターの攻撃力・守備力を200ポイントアップする。
攻撃力:1600 守備力:1200
「《混沌なる黒魔女》で《宵闇の魔剣士》を攻撃―――カオティック・アビス!」
《双蛇杖カドゥケウス》へと漆黒の魔力が収束し肥大。《混沌なる黒魔女》は、収束した膨大な魔力を宿した魔杖を《宵闇の魔剣士》へと向け、魔力の塊を放つ。
総攻撃力3200となった《混沌なる黒魔女》の攻撃は、《宵闇の魔剣士》容易く粉砕し混沌へと還していく。
優希:LP4000→3200
「更に速攻魔法《デュアルアサルト》を発動―――《混沌なる黒魔女》の攻撃力の半分だけ、相手モンスターにダメージを与える!」
デュアルアサルト
【速攻魔法】
自分フィールド上のモンスターが相手モンスターを破壊した際に発動可能。
500ライフポイントを支払い、相手モンスターを破壊したモンスターの攻撃力の半分の数値分だけ、相手フィールド上の全てのモンスターにダメージを与える。
再び《混沌なる黒魔女》の魔杖へと魔力が収束し放たれる。広範囲に拡散した魔力は《魔導仕掛の近衛騎士》へと直撃。
直撃を受けながらも《魔導仕掛の近衛騎士》はなんとか踏みとどまったが、既に全身を覆う甲冑の半分以上は破壊され、魔力が漏れ出ているのが分かる。
更に片膝をつき、力無く剣で体を支えているだけで手一杯だろう。
1600ポイントのダメージを受け、攻撃力400となった《魔導仕掛の近衛騎士》では、最早まともに戦闘する事すら不可能。
「続けて《ルーンエヴォーカー》で《魔導仕掛の近衛騎士》に攻撃!」
自身の効果で攻撃力1200となった《ルーンエヴォーカー》が魔杖を構えて魔法の詠唱を行う。
既に戦闘能力の殆どを喪失している《魔導仕掛の近衛騎士》は、ぎこちない動きで剣を構えようとするが、そこへ容赦なく放たれた魔力弾が直撃する。
まともな迎撃すらまま敵わぬまま、壊れかけた《魔導仕掛の近衛騎士》は完全に機能停止し、光の粒子となって消えていく。
優希:LP3000→1600
「リバースカードを1枚セットして、ターン終了だよ」
何とか優希の上級モンスター群を一掃する事に成功したが、次のターンで如何転ぶかは分からない。
戦局自体が一進一退であり―――何よりも、未だ優希の切り札である《黒衣の戦騎女》が召喚されていない以上、勝負の行方は不明といえる。
「私のターン、ドロー!」
完全にシャルへと戦況は傾いている。今まで一進一退ではあったものの、決着が付くのはそう遠くはない筈―――とはいえ、優希の勝利で終わる確率は低い。
既に《黒衣の戦騎女》を召喚し、更に《混沌なる黒魔女》を退ける事は可能。
とはいえ飽くまでも退けるだけであり、その後の勝利に繋げられるかは微妙―――結局はその場しのぎにしかならないだろう。
一先ずは手札を補充して戦略を立て直すしかない―――ドローした魔法カードを決闘盤にセットする。
「魔法カード《天使の施し》を発動―――デッキから3枚ドローして、2枚捨てるわ」
手札に加えたカードを吟味して、選択したカードを―――当然、墓地にて効果を発揮するカードを捨てる。
これでも勝率は少しマシになった程度。しかし動き出すには十分な―――分は悪くない賭けだ。
「《宮殿の守護兵》を守備表示で召喚し、特殊効果を発動―――デッキから《冥界への導き手》を特殊召喚」
冥界への導き手 / 闇
★★★★
【戦士族】
このカードがフィールド上で破壊された時、デッキからレベル4以下の闇属性モンスター1体を選択し墓地に送ることができる。
攻撃力:1200 守備力:1500
この《冥界への導き手》が破壊されれば、コンボを構成するカードが墓地へと送られることになる。
しかしそれを警戒して攻撃を仕掛けてこない恐れもあるのが欠点とも言える―――特に優希のデッキは、墓地から効果を発揮するカードが多いので、ある意味当然なのだが。
「更にリバースカードを1枚伏せて、ターン終了」
優希のフィールドに召喚されている黒い下級騎士―――《冥界への導き手》を破壊する事でコンボの完成を狙っているのは、火を見るより明らかだった。しかし―――
「わたしのターンだね、ドロー」
―――《冥界への導き手》を攻撃しなければ、恐らく優希のコンボは完成しない。
とはいえ貫通装備がシャルの手元にない以上、コンボ完成を促進するのを承知で攻撃するしかないだろう。
下手に攻撃の手を緩めると、更なる反撃を許してしまう恐れがある。しかし、それ以上に―――
「―――《ルーンエヴォーカー》で《冥界への導き手》を攻撃するよ」
―――優希の反撃が見たい。そう思うところもあった。
この状況を如何覆すのか、この状況から如何逆転するのか。
何より主役の《黒衣の戦騎女》が出てこないまま終わるのでは物足りない。
「《冥界への導き手》が破壊された事により特殊効果発動―――デッキから《冥府の守護騎士》を墓地へと送る」
《冥府の守護騎士》―――確か、墓地から自身を除外する事で、墓地に眠る他の戦士族モンスターを召喚するモンスターだった筈。
てっきり戦闘ダメージを無効化する《遺構の守護騎士》でも墓地に送っているとばかり読んでいた。
或いは既に墓地へと送られているのかもしれない。
冥府の守護騎士 / 闇
★★★★
【戦士族】
墓地に存在するこのカードをゲームから除外することで、墓地に存在するレベル4以下の戦士族モンスターを自分フィールド上に特殊召喚する。
攻撃力:1200 守備力:1700
「更に《混沌なる黒魔女》で《宮殿の守護兵》を攻撃―――カオティック・アビス!」
《混沌なる黒魔女》の持つ魔杖に魔力が収束し、混沌を秘めた魔力弾が《宮殿の守護兵》に直撃し粉砕。
強大な魔力は《宮殿の守護兵》を冥界に送ることすら許さず、その存在自体を抹消する。
「―――《冥府の守護騎士》の特殊能力発動。《双璧の守護者》を墓地から復活させるわ」
双璧の守護者 / 地
★★★★
【戦士族】
戦士族モンスターを生け贄召喚する場合、このモンスター1体で2体分の生け贄とする事ができる。
攻撃力:900 守備力:1900
ガラ空きになった筈の優希のフィールドに、楯を構えた二人の騎士が出現する。その特殊効果からして、恐らくは―――
「それが《黒衣の戦騎女》を召喚する布石……ってトコかな?」
「ええ。次のターンで召喚させてもらうわ―――《黒衣の戦騎女》をね」
優希は手札より《黒衣の戦騎女》のカードを取り出し、シャルへと向ける。
次のターンでと宣言した以上、既に優希はこの状況を覆す戦術を構築し終えているのだろう。
「私はこれでターン終了だよ―――なら、見せてもらおうかな。優希の《黒衣の戦騎女》をね」
優希はカードをドローし手札に加える。
既に戦術は構築できており、残念ながらドローしたカードでは、戦術の改良と成功確率の上昇は望めそうになかった。
ならば―――このターンで動くしかない。
「まずは《双璧の守護者》を生贄に捧げ―――《黒衣の戦騎女》召喚!」
《双璧の守護者》が光の渦に飲み込まれ消滅。そして黒衣の騎士がフィールドに降臨する。
「リバース・マジック発動《黙する死者》―――これで、墓地の《宵闇の魔剣士》を復活させるわ」
身を護るように剣を構えた魔剣士が、再びフィールドに出現する。
しかし《黙する死者》の効果で攻撃表示への変更はできない。
その名の通り黙したまま、フィールド上に留まるしか出来ない。
優希は更に手札のカードを1枚、決闘盤にセットする。
データを読み込んだ決闘盤が、セットしたカードを表示し効果を発動。
「更に手札から装備魔法《シンクロニック・アビリティ》を発動―――《黒衣の戦騎女》は500ポイントアップし、更に《宵闇の魔剣士》の特殊効果も共有する」
シンクロニック・アビリティ
【装備魔法】
装備したモンスターは、自分フィールド上に存在する同族モンスターの特殊効果を全て共有する。
《宵闇の魔剣士》の連続攻撃能力を共有するのみならず、《シンクロニック・アビリティ》が装備魔法であるという点を利用し、更に攻撃力を上昇させた。
「これで《黒衣の戦騎女》の攻撃力は3300―――手札を1枚捨て、《混沌なる黒魔女》に攻撃!」
―――スクリームキャリバー!!
黒い剣を構えた《黒衣の戦騎女》が、真っ直ぐに《混沌なる黒魔女》へと向かう。
しかし混沌さえも斬り裂く一撃を放とうとした《黒衣の戦騎女》は、突如眼前に出現した筒へと飲み込まれる。
「リバースカード・オープン―――《魔法の筒》!」
魔法の筒に飲み込まれた《黒衣の戦騎女》は、もう一方の筒より飛び出す。
―――必殺の一撃を放とうとしたまま、立ちつくす優希へと殺到する。
既にベクトルを歪められた攻撃は回避不可。攻撃力3300が直撃する―――にも拘らず、優希の口元が綻ぶ。
「残念ね―――《遺構の守護騎士》をゲームから除外し、ダメージを無効化するわ」
不可思議な紋様を鎧に刻んだ騎士が、優希の眼前に出現し盾を構える。
その騎士を《黒衣の戦騎女》は両断。
攻撃をまともに受けた《遺構の守護騎士》は、光の粒子となり四散していく。
「攻撃を跳ね返して返り討ちにする予定だったみたいだけど、私の守備戦術のが一枚上手だったようね」
「《遺構の守護騎士》には警戒してたんだけど、こんな形で使われるなんてねぇー………」
「続けて《黒衣の戦騎女》で《混沌なる黒魔女》に攻撃!」
《黒衣の戦騎女》による二度目の攻撃が行われる。
攻撃を防ぐ罠も存在しないシャルのフィールドを直進し、《混沌なる黒魔女》を真っ向から斬り裂いた。
自身の膨大な魔力を制御できなくなった《混沌なる黒魔女》は、顔を苦痛に歪めながら魔力を暴走させ、混沌へと還っていく。
シャル:LP3000→2900
「《混沌なる黒魔女》を撃破し―――ターン終了」
―――切り札である《混沌なる黒魔女》を失ってしまったが、まだライフポイントとモンスターは残っている。
次のターンで更に体勢を立て直せば、まだまだ戦える。
優希は既に手札を使い切っているため、うまく乗り切れば形勢は更に逆転する筈。
シャルはデッキからカードをドローし―――暫しそのカードを眺めていた。
『輪廻の黒聖女』と呼ばれている最凶クラスのカード。しかし、今のままでは召喚することすら不可能。
「《メズマライズ・ソーサレス》を守備表示で召喚して、ターン終了だよ」
メズマライズ・ソーサレス / 闇
★★★★
【魔法使い族】
このカードは戦闘によっては破壊されない。
魔法・罠・効果モンスターの効果の対象になった時、このカードを破壊する。
魔法使い族モンスターを生け贄召喚する場合、このモンスター1体で2体分の生け贄とする事ができる。
攻撃力:1600 守備力:500
戦闘破壊体耐性を持つモンスターではあるが、その効果ゆえに装備魔法を装備させられると自壊してしまう。
とはいえ優希のデッキには戦士族専用の装備魔法が多いため、その可能性も低い筈。
このモンスターで戦線を
「私のターン―――《宵闇の魔剣士》を生贄に捧げ、《精霊の魔剣士》を召喚!」
《精霊の魔剣士》 / 地
★★★★★
【戦士族】
このカードの攻撃力が守備表示モンスターの守備力を超えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。
また、このモンスターはフィールド上に特定の属性を持つモンスターが存在する場合、以下の効果を得る。
●光属性:このカードが相手ライフに戦闘ダメージを与えた時、自分のデッキからカードを1枚ドローする。
●闇属性:このカードが相手ライフに戦闘ダメージを与えた時、相手はデッキの上から1枚カードを墓地に送る。
攻撃力:1900 守備力:1400
「貫通効果モンスターかぁ。選りにもよってキッツイねぇー……」
「それだけじゃないわ。《精霊の魔剣士》の特殊効果をずべて使用可能になるのよ。闇属性の《黒衣の戦騎女》のみならず、シャル―――貴女のフィールドに存在する光属性の《ルーンエヴォーカー》によってもね」
如何に《メズマライズ・ソーサレス》が戦闘破壊耐性を持っていようが、貫通効果の前では単なる的でしかない。
「《精霊の魔剣士》の攻撃!」
《精霊の魔剣士》が剣を構え、《メズマライズ・ソーサレス》へと斬り掛かる。
正面から斬撃を受けた《メズマライズ・ソーサレス》ではあるが、その瞬間に何処へと姿を消してしまう。
次の瞬間、別の場所より再び姿を現したが、斬撃を受けた跡はどこにもなかった。
しかし斬撃の余波は確実にシャルへと届きダメージを与える。
シャル:LP2900→1500
「更に《精霊の魔剣士》の特殊効果発動―――私はデッキからカードをドローし、貴女のデッキからカードを墓地に送る」
そして《黒衣の戦騎女》は、《シンクロニック・アビリティ》の効果により《精霊の魔剣士》の効果も全て共有している。
つまり《黒衣の戦騎女》の攻撃にも貫通効果が共有され―――
「《黒衣の戦騎女》で《メズマライズ・ソーサレス》を攻撃!」
―――スクリームキャリバー!!
剣を構えた《黒衣の戦騎女》が疾走し、剣を振るう。
放たれた斬撃によって発生する衝撃波は、甲高い叫喚のようにも聞こえる。
叫喚の剣を真っ向から受けた《メズマライズ・ソーサレス》は、幻影を用いて生き延びるが、余波はシャルへと届きライフポイントを残さず削っていく。
シャル:LP1500→0
「んー……あとちょっとでいけたのになぁ。やっぱり強いよね、優希はさ」
「どっちが勝っても可笑しくはなかったけど―――次があっても負けないようにするわ」
決闘が終わった後、優希とシャルは部屋に戻り部屋の片付けの続きを行っていた。
相変わらずダンボールの量は多いが、既にその大半は片付けられている。
「そうだね。『次』は楽しみにしてるよ」
「ええ。いつか―――そう遠くない内に」
決闘をしようと思えば、いつでもできる。
だからこそ、次があるのなら相応の『舞台』で、互いに全力で行いたいものだと思う。
尤も―――シャルは少し思案する。
『次があるのなら』―――恐らく次は、苛烈な決闘になるかもしれない。
それこそ、宿命の決闘と呼ぶに相応な程に。
「それよりも……大丈夫なの?」
優希がシャルの顔を覗き込みながら、少し心配そうに尋ねる。
シャルは何のことだか察しが付かなかったが―――暫くして、今日の決闘前の事だと気が付く。
「だーいじょうぶだよっ。お兄ちゃんのことならそんなに気にしてないし」
残っている本を棚に納めながらシャルは軽く笑う。
つい数時間前に見せた暗い表情は、完全に消え去っている。
「―――なら、いいんだけどね」
優希としては、シャルは兄弟を亡くした―――という意味では、似たような境遇である為、気掛かりになっていた。
表面上は笑ってはいるが、周囲の人間を心配させないようにしているのかもしれない。
―――今の自分がそうであるように。
「よし……っと、これでおわりーっ!」
最後の一冊を本棚に収めたシャルが、背伸びしながらベッドに向かいうつ伏せに倒れた。
思いっきりそのまま寝るつもりなのだろう。それどころか静かな寝息まで立てている。
しかも時計の示している時刻は、未だ午後八時。
そのまま寝ていると風邪を引くだろう―――優希は苦笑しつつもシャルに布団を掛ける。
夕食を食べる間もなく寝てしまったので、夜食ぐらいは作っておいたほうがいいかもしれない―――優希は台所へと向かい冷蔵庫を開け食材を取り出した。
続く...