君が笑う時まで
16話〜

製作者:Kunaiさん






第16話「ラベンダー ――沈黙」

 ……!

『そんな事をしたら、平見幸恵は――!』

『分かっているよ――これがボクの選択だから』

 藤原君の言葉に、ボクは頷いた。

 幸恵ちゃんを信用しよう。彼女なら、きっと出来る。

『分かった』





 ――幸花高校 デュエルフィールド

 17時6分。銀色の軽自動車が高速でグラウンドへ入って来た。思い切り急カーブを描き、大型デュエルエナジー収束機の付近で停車する。軽自動車の中から2人の人物が出て来た。2人ともボクが――いや、ボク達が待っていた人だ。

「なつみん先生! 幸恵ちゃん!」

 伊吹紅は誰よりも早く2人の名前を呼んだ。平見夏未は遅れてごめん、と言ってからボクの方を向く。彼女の顔は昨日に増して沈痛な表情を浮かべていた。

「カダール……」

 ボクの名前を呟いたきり彼女は口を噤む。だからボクも目を合わせる事しか出来ない。そのまま視線を流して平見幸恵を見る。彼女は目線を一度逸らし、少し経ってから向き直った。

「お願い……藤原くんを助けて……。貴方の事、神之崎さんから聞きました。貴方ならきっと分かってくれる。だから……」

 ……っ。



(――『たす……け、て……』)



 平見幸恵の涙声を聞いただけで、ボクは怖気づきそうになった。小柄で細く、か弱い雰囲気と綺麗な瞳。彼女はあの子とあまりにも似過ぎている。だけどこれも、物事を悪く受け取り過ぎているのかも知れない。やはり脆弱だ、ボクは。

「……彼を救いたいなら、ボクを倒す以外に方法は無い」

 平見幸恵は俯き、下を向いたままになった。彼女も分かっている。他にも聞きたい事や言いたい事がお互いある。だけどもう、ボクと彼女が世間話をする意味は無い。しばらくの沈黙の後、黙って見ていた野口龍明が口を開く。

「幸恵ちゃん、下を向くのは早いぞ」

「野口さん……」

「俺達に任せてくれ」

 彼は笑い、顔元に近づけた自分の左拳を握り締めた。一見すると、いや、どんな観点から見てもこれは何の根拠も無い自信だ。だけどそれは、心の奥底から信用の出来る、信用したい言葉だった。


野口 伊吹&紅【LP:500】
野口:手札2→3枚 伊吹&紅:手札5枚
モンスター:無し
魔法&罠:無し

カダール【LP:50】
手札:4枚
モンスター:究極神龍(攻撃表示・ATK5000)
魔法&罠:セット1枚


「俺はカードをセットし――」

 あのセットされたカードは十中八九、神龍儀式だ。直前の様子から手札に逆転のカードは無かったが、このドローで引き当てた。元の手札がトラップカードなら中々周って来ないターンの性質上、前のターンにセットしていないとは考えにくい。

 そして野口龍明の眼を見れば、逆転のカードはトラップカードではない。彼はまだターンを終わらせる様子がないのが根拠だ。儀式魔法を墓地へ送らず、セットすると言う事は……ボクの発動したカードと同じ、リバース・コーリングか。

「手札からリバース・コーリングを発動! 自分のデッキからメタモルポットを墓地へ送り、俺とカダールは手札を全て捨ててカードを5枚ドローする」


野口 伊吹&紅【LP:500→250】

【リバース・コーリング】 通常魔法
ライフポイントを半分払う。自分のデッキからリバース効果モンスター1体を選択して墓地へ送り、そのリバース効果モンスターのリバース効果を発動させる。「リバース・コーリング」は1ターンにつき1枚しか発動できない。

【メタモルポット】
★2 地属・岩石族 ATK700/DEF600
リバース:自分と相手の手札を全て捨てる。その後、お互いはそれぞれ自分のデッキからカードを5枚ドローする。


「俺はセットした神龍儀式を発動! 手札のレベル4、ブリザード・ドラゴンを3体――計12レベルのモンスターを儀式の生け贄に捧げる!」


【神龍儀式】 儀式魔法
「神龍」と名の付く儀式モンスターの降臨に使用する事ができる。フィールドか手札から、儀式召喚するモンスターと同じレベル以上になるように生け贄に捧げなければならない。このカードの発動に成功した時、このカードは墓地へは行かず自分の手札に戻る。


「融合神龍の究極神龍が光の力なら、対を成す儀式神龍は闇の力を持つ――手札から、皇帝神龍を降臨させる!」

 フィールド全体の雰囲気は一変し、雲の中に幾つもの稲妻が走った。究極神龍と同じように大地も鼓動し、野口龍明のフィールド上には儀式神龍で最強のモンスターが降臨しようとしていた。


【皇帝神龍】
★12 闇属・ドラゴン族 ATK5000/DEF5000
「神龍儀式」により降臨。このカードの攻撃力は自分の墓地に存在する「神龍」と名のついたモンスター1体につき1000ポイントアップする。フィールド上のこのカードを破壊する魔法・罠・効果モンスターの効果が発動した時、自分の手札を2枚捨てる事でその発動を無効にし破壊する。このカードはバトルフェイズ中に攻撃力を半分にする事で、もう1度だけ続けて攻撃する事ができる。


 左右のデュエルフィールドで巨大なドラゴン2体が対峙していた。光の龍と、闇の龍。究極と、皇帝。普通のモンスターとは違ったケタ外れの威圧感。これが儀式神龍で最強の、皇帝神龍……。

「俺の墓地には3体の神龍が存在する事により、皇帝神龍は自身の効果で攻撃力が3000ポイント上がる!」

《墓地に存在する神龍》
【神龍−グラヴィティ・ドラゴン】
【神龍−インパルス・ドラゴン】
【神龍−アイシクル・ドラゴン】

【皇帝神龍】ATK5000→ATK8000


「皇帝神龍で究極神龍に攻撃! カイザー・トゥエルブ・フレアッ!!」

 膨大なエネルギーを含めた闇の波動が究極神龍へと向う。だけどボクは、皇帝神龍の登場を予測していなかった訳ではない。

「トラップカード、和睦の使者を発動。このターン、究極神龍は破壊されずダメージも受けない!」


【和睦の使者】 通常罠
このカードを発動したターン、相手モンスターから受ける全ての戦闘ダメージを0にする。このターン自分モンスターは戦闘によっては破壊されない。


 皇帝神龍の攻撃は辺り一面に拡散し、攻撃が完全に停止する。

 ボクの思った通りだった。おそらく野口龍明はこの中で最もデュエルキングに近い存在。例えデュエルキングのような力量が無くとも、彼と同様、引きの強さと共に心の強さも兼ね備えている。残念だけど、やっぱりボクには無い部分だ。

「……カードを1枚セットし、ターンエンドだ」

 彼は1枚のカードを見続け、セットした。あのカードは間違いなく神龍デッキ最強の攻撃力上昇トラップ。野口龍明は分かっている。今のターンが彼にとって最後のターンであり、最後のカードになる事を。あの1枚のカードに全てを賭けている。ボクがそれを分かっている事も、彼は分かっているだろう。ボクに強い目線を送っているのは、メッセージのつもり……か。


野口 伊吹&紅【LP:250】
野口:手札1枚 伊吹&紅:手札6枚
モンスター:皇帝神龍(攻撃表示・ATK8000)
魔法&罠:セット1枚

カダール【LP:50】
手札:4枚
モンスター:究極神龍(攻撃表示・ATK5000)
魔法&罠:無し


「ボクのターン、カードを2枚ドロー!」

 やはり彼とは違う。ボクはこれまでのデュエリストなのか。野口龍明は自分の力量を証明して見せたが、もう限界だ。これだけの条件があるのにも関わらず、ボクがやれるのはここまで。次のターン、伊吹兄妹がモンスターを召喚すれば防ぐ手立てはもう無い。

「究極神龍を守備表示へ変更。カードを1枚セットし、ターンエンドだよ」

 絶対的な攻撃能力を持つ、究極神龍を守備表示にする。ボクが不利な状況になっている事に気が付いた伊吹兄妹は揃って目線を強めた。

「俺達のターンだ! ドロー!」

 伊吹紅はデュエルディスクの墓地ゾーンから火霊使いヒータを取り出し、伊吹の持っている手札からカードを1枚引っ張る。

「私は墓地の火霊使いヒータをゲームから除外して、炎の精霊イフリートを特殊召喚!」


【炎の精霊 イフリート】
★4 炎属・炎族 ATK1700/DEF1000
このカードは通常召喚できない。自分の墓地の炎属性モンスター1体をゲームから除外して特殊召喚する。このモンスターは自分のバトルフェイズ中のみ、攻撃力が300ポイントアップする。


「そして俺は炎の精霊 イフリートを生け贄に、ヘルフレイムカイザーを生け贄召喚する!」

「……!」

 場を制圧する黒霧がフィールド全体に広がる。全てを包み込んだ瞬間、爆発するように黒炎が広がった。その様子に2体の神龍でさえ、引き下がったようにも見える。広がった全ての黒炎が集約され、炎の化身が伊吹兄妹の前に現れる。


HELL−FLAME−KAISER(ヘルフレイムカイザー)
★5 炎属・炎族 ATK0/DEF0
このカードは生け贄に捧げる事ができない。このカードを生け贄召喚する場合、自分フィールド上の炎属性モンスターを任意の数だけ生け贄にできる。このカードの生け贄召喚に成功した時、生け贄に捧げた炎属性モンスターの数だけ自分の墓地から炎属性モンスターをこのカードに装備する。このカードの攻撃力は装備したモンスターの攻撃力の数値分アップする。このカードが自分フィールド上から離れる時、装備した炎属性モンスター1体を墓地へ送ることでこのカードは自分フィールド上から離れない。


「ヘルフレイムカイザーの効果発動。俺は墓地からヘルフレイムエンペラーをこのカードに装備させる!」


【HELL−FLAME−KAISER】ATK0→ATK2700


「速攻魔法、HELL−FLAME(ヘルフレイム)−R(リカバリー)を発動! 墓地から炎の精霊 イフリート、炎帝テスタロスをヘルフレイムカイザーに追加装備させる!」


HELL−FLAME(ヘルフレイム)−R(リカバリー)】 速攻魔法
墓地から炎属性モンスター2体を選択し、「HELL−FLAME−KAISER」に装備する。

【炎帝テスタロス】ATK2400 【炎の精霊 イフリート】ATK1700

【HELL−FLAME−KAISER】ATK2700→ATK6800


「皇帝神龍! 究極神龍を攻撃だ! カイザー・トゥエルブ・フレア!」

 皇帝神龍の圧倒的なパワーは、究極神龍をも容易く粉砕した。ソリッドビジョンが木端微塵に砕け、フィールド全体を揺るがす。

「まだ攻撃は終わっていない。皇帝神龍はバトルフェイズ中に攻撃力を半分にし、2回目の攻撃を行える!」


【皇帝神龍】ATK8000→ATK4000


「2回目の攻撃、カダールに直接攻撃だ!」

「トッ、トラップカード発動。このガード・ブロックは戦闘ダメージをゼロにする……カード」


【ガード・ブロック】 通常罠
相手ターンの戦闘ダメージ計算時に発動する事ができる。その戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になり、自分のデッキからカードを1枚ドローする。


 眼前に現れた長方形のバリアが皇帝神龍の攻撃を遮り、攻撃を防ぐ。

「カダールッ! あんたのフィールド上にはもう何も無い! 私がこの攻撃で全部終わらせる!」


カダール【LP:50】
手札:5枚
モンスター:無し
魔法&罠:無し


 この攻撃を受ければ、ライフポイントはゼロだ。

 ボクが?



(――【LP:0】)



「……う……ああっ……!」

「ヘルフレイムカイザーで、カダールに直接攻撃よ!」



 …………。



「ど、どうして攻撃しないの。ヘルフレイムカイザーが動かない……」

「待て、紅ちゃん。カダールのデュエルディスクを見るんだ」

「え?」

「ライフカウンターの部分に『DARW 1(ドロー ワン)』と表示されている。カダールはまだ、ガード・ブロックの効果でカードをドローしていないだけだ」

「はははっ。もう恐慌状態は過ぎたと思っていた……けど……やっぱり、消えちゃうのは……少し、怖い……かな……」

 両手が震えていた。身体だけじゃなく、心の中で押さえていた物が抑え切れなくなっていた。もう、どうにもならない。あの時の事が怖い。あの子の事も、自分のした事も全てが。

「カダール! そのカードを引け!」

 野口……龍明……?

「俺の構築した融合神龍デッキを、お前が構築し直しているのは分かっている。だが、お前ならあのカードをデッキに残している。デュエルキングのピンチを何度も救った、あのカードが!」

 この窮地を脱するカード? 相手ターンで、手札から発動出来るカード。彼の言う事に従い、ガード・ブロックの効果でカードを1枚引く。野口龍明は伊吹紅にアイコンタクトを取り、攻撃を促した。

「ヘルフレイムカイザーでカダールに直接攻撃よ! カイザー・ブラスターッ!」

 炎の皇帝が全身から撃つ、黒炎の火柱が向って来る。

「ボクは……ボクは、手札からクリボーを捨てて効果を発動! その攻撃ダメージをゼロにする!」

 クリボーが目の前に現れ、ヘルフレイムカイザーの攻撃を受け止める。ボクの僅かなライフポイントを守ってくれた。


【クリボー】
★1 闇属・悪魔族 ATK300/DEF200
相手ターンの戦闘ダメージ計算時、このカードを手札から捨てて発動する。その戦闘によって発生するコントローラーへの戦闘ダメージは0になる。


 これはデュエルキングもデッキに入れていたカードだ。確かにJデュエルハイスクールからデッキを持ち出した時、このカードはデッキに入っていた。ボクの目的は神龍のカードだから、デッキの気に入らない部分は自分で変えた。だけど、このカードは残していた。ふふっ……運が良かったかな。

「カダール、もう話してくれないか。お前の全てを」

 話す? 話すだって?

「話したら……ボクの行動が、無意味になるじゃないか……」

「お前は俺達の敵じゃない事くらい、もう分かっている。このデュエルも、本当は賢治を救おうとしているんじゃないのか?」

 …………。

 野口君以外の全員は驚いた様子だったが、黙ってボクの言葉を待っているようだった。平見幸恵も声を出さないで待っていた。だけどボクには何となく分かる。彼女だけはボクの話を聞きたくないんだ。ボクの事を聞けば、ボクとは戦いにくくなる。優しい子だ。でもキミは、藤原賢治の為に頑張る力がある。ならばキミはどうするか。

「お願いします。カダールさん」

 そっか。だったら言おう。ボクも彼女と同じく、決心した。

「9年前くらい前かな。夏休みの、暑い時期だった。ボクと母さんはI2社のトラックに乗り、社員の人とカードの配達に行っていたんだ。だけどあの時、ボク達のトラックと家族を乗せた自動車は衝突事故を起こしてしまった」

 その時は一瞬、何が起こったのか分からなかった。

 辺りは炎に包まれ、鉄とガソリンの臭いがした。トラックと自動車は妙な衝突をしてしまったのか、外には出られない空間のようになっていた。最初はもちろん、パニックになったよ。だけど、まずは母さんを探そうと思った。戸惑いと不安で声も出なかったけど、その意思だけを頼りに立ち上がったんだ。でも、母さんはどこにもいない。そこにボクの眼前に悪魔のような白光の影が現れたんだ。

『お前の母は、先に死へと向った』

「お、お前は……」

『我は、破滅の光。お前には人より数倍深い、憎悪になり得る力がある。我と共に、この世界を破滅に導くのだ』

「でも……ボク……」

『お前の言う、デュエルキングの道を達成してからでも遅くは無い。やがて破滅の時が来た時、数多ある破滅の光と共同すればいい』

「それでも! ボクが世界を破滅させるなんて、そんなのイヤだ!」

『ならば今、この世界で起こっている事を見せよう――』

 破滅の光がそう言うと、一面が白い光に包まれた。ボクの身体は半透明になり、全身の痛みもなぜか消えていた。光が収まると、ボクは全く別の場所へと来ていた。広々とした薄暗い、不気味な場所。僅かな照明。

 そこで気が付いた。黒服の男3人と、8〜10歳くらいの少女が1人でデュエルをしていたんだ。女の子1人相手に、男は3人掛かりで戦っていた。女の子の肢体に付けられた黒い輪が付けられ、突然それが赤く光ったんだ。

「きゃあああああ!」


【LP:4000→3500】


「たす……け、て……」

 女の子は声が出せず微かに呟いた。小柄で細く、か弱い雰囲気と綺麗な瞳の女の子だった。

「助けを呼ぶのかい? ここには誰もいましぇんよ?」

「がんばれぇ〜!」

「ヒャヒャヒャヒャ!」

 この様子で理解した。こいつらは、この子を殺そうとしているんだ。

『や、やめろぉ!!』

 ノドを痛めてしまいそうな叫びは誰にも届かない。ボクが何度叫んでも、男達は嘲笑うかのように続けていた。女の子は歯を食いしばって耐えていた。しかしそれも、徐々に限界へと近づいていた。


【LP:1200】


『無駄だ。ここにはお前の意思だけが来ている。しかし案ずるには及ばない。この者はお前の母親のように、一足先に破滅へ導かれるだけだ』

「ふざけるな! そんな事は絶対にさせない!」

 なぜ、この子がこんな目に遭う。なぜ、こんな奴らが生きているんだ。あの子をこんな所で薄命にさせてたまるか。でもどうする。ボクは何も干渉出来ない。手を拱くしか出来ないのか。……違う。そうか。ボクが悪魔になればいいんだ。例えそれが悪事の片棒を担ぐ事になってでも。破滅の光を使えば、救えるかも知れない。だったらやるしかなかった。

「……分かった。ボクが何でもする。世界を破滅に導くのなら全てボクがやる。だからこれを止めてくれ! 今すぐボクに力をくれ!」

 破滅の光の発した言葉に、ボクは愕然とした。――もう、遅い。

 それを言ったきり黙っていた。ライフポイントは更に減っていた。あの子は身体を動かす事も出来そうになかった。


【LP:700】


「攻撃ィー!」

「誰か……誰か止めてくれ。止めろぉ! 止めてくれええええええええええ!!」



【LP:0】



 結局、ボクはあの子を救えなかった。服に描かれたウサギの絵が、引き裂かれたように赤く染まっていたのを鮮明に覚えている。

 その場で座り込み、地面に向って泣いた。この時だけじゃない。昨日の今日まで、ボクはずっと失意に飲まれていた。毎日、この子の事を考えると手足が震えて涙が止まらなかった。怖い夢を見る事、あるよね。目覚めた後、今は夢か現実か分からなくて凄く怖い時がある。だけどボクが見たのは、現実だった。

「くそっ……くそぉおおおおお!」

『これがお前の生きている世界なのだ。不条理であり不平等な世界。力なき者は滅び、力ある者は何でも許される。お前はこんな世界でいいのか。数多ある破滅の意志と共に、この世界を破滅へと導けるのだ』

 瞳を閉じていたボクは、いつの間にか自分の肉体へと戻っていた。全身打撲を受けていたからなのか、さっきよりも身体が重く、痛かった。まるで電池の切れた玩具のように絶望していたボクを呼び覚ましたのは、大人びた男性の声と男の子の大声だった。


――「やめろ、賢治! 危険だから近づくな!」


――「はなしてよ父さん! ユキちゃあああああああん!」


 ユキちゃん。

 ボクから少し離れた場所に、小さな女の子が倒れていた。それは、さっき見た女の子なのかと思った。そんなのは錯覚で、都合の良い解釈で、バカな考えかも知れない。だけどこれは、ボクに人を救える最後のチャンスをくれたと思えた。流れてくる涙を拭き、全身の痛みを堪えて向った。この子なら、ボクでも救う事が出来る。どんな事があっても守ろうと思った。どんな事があっても。ボクはその一心で、外から助けが来るまで守り続けた。

 それが幸恵ちゃん、キミだ。

「……カダール……さん……」

「何も言わないでいいよ。まだ、これで終わりじゃない」

 ボクの体は見るに耐えない火傷だらけになっていた。でも、そんな事よりもあの子を救えなかった事が何よりも悔しかった。だからボクは最後の最後まで、自分が死んだ事に気が付いていなかったと思う。でもこの時、死への後悔は無かった。あの子の死に比べれば、ボクの死なんてちっぽけだ。

 幸恵ちゃんを助けた後、ボクはいつの間にか意識を失っていた。そして目を覚ました時、辺りは真っ白な空間だった。今度は自分の姿さえ見えない。ボクは死んだのか。何となくだけど、そんな気がした。ここは何処だ。これからどうしようか。そう思っていた時、破滅の光が現れた。

『お前の肉体は死んだ。だがチャンスはある。我と共に、世界を破滅に導く為に蘇るのだ』

 ボクは破滅の光を受け入れた。それは、ほんの数秒。一瞬で全身に力を感じた。それと同時に、確信した。破滅の光がボクに力を与えればあの子は助かっていた。ボクの決断が遅れてしまったのが原因ではないと安心してしまった、自分自身が何よりも憎かった。

「そうだね。だけど」

 右手を破滅の光へ向ける。感覚的な物だったと思う。ボクは全身全霊を掛けてその存在を否定する為に力を放った。

「ボクを――いや、あの子を――救ってくれなかったキミは、邪魔だ」

『キ、貴様! ギィヤアアアアアアア!!』

 ボクは世界を破滅させたりしない。確かにここは、不条理で不平等な世界かも知れない。でもこの世界には母さんや父さんのように、ボクを好きになってくれる人がいる。悪い所があっても、良い所だってたくさんある。デュエルキングを目指そうと思える、夢を持つ事が出来る場所でもあるから。





第17話「インディアン・ジャスミン ――あなたと一緒に」

 話を区切り、みんなの様子を窺う。真っ二つにされたように男女で様子が分かれているようだった。

 野口君、伊吹君、鳥野君、定岡のおじさん。4人はボクが憎んだ者達へ義憤を感じているようだった。4人とも涙腺は固そうだ。紅ちゃん、平見先生の2人は大粒の涙を流していた。紅ちゃんは、顔を隠していたけど。そして一番泣きそうだと思っていた幸恵ちゃんは、涙をぐっと堪えていた。ボクは軽い深呼吸をしてから話を続ける。

「野口君。キミと藤原君、ボクの3人はよく似ていると言ったね。その通りだと思うよ。だけどキミ達とボクが違う部分は、ボクは復讐に走った側の人間だと言う事。この瞬間からボクは破滅の光を操る術を徹底的に試し、ボクは何年も掛けてあの子を殺した3人の男を捜し出し、命以外の全てを奪おうと自分が持てる憎悪の全てを解放した。1人目はあの時から2年、2人目は5年。3人目は8年も掛ってしまった。そう、ボクが復讐を終えたのは去年なんだ。


――「た、た、助けてくれぇぇ!!」

――「キミはそれを言ったあの子を救ったのか。言ってみてよ」


――「あ、あれは衝撃増幅装置のテストだったんだ! ガキだったらどれくらい持つのか実験しろと言われてやった事だ! やらなかったら俺が殺されていたんだ!」

――「そうかも知れないね。だけどボクが許せないのは人の死を喜び、今も尚続けている事だ」


――「そんな昔の事、なんで今更……8年だぞ……どうかしている……!」

――「どうかしている、か。一理あるよ」

――「ひっ……うぎゃあああああああああああ!」


 最後の1人を見つけ、復讐をやり遂げた時、やっと気が付いた。ボクにはもう時間が残っていない。この力も、いずれは尽きる。それが凄く怖かった。この力を失えば、ボクは死ぬに決まっている。

 その時になって初めて復讐した事を後悔した。極論で言えば破滅の力を奪い取り、あの子を殺した奴らを生け贄にすれば蘇るチャンスだってあった。ボクは父さんや母さんへの恩返しよりも、復讐を選択してしまった。でも今からデュエルキングを目指せるのか。仮に人の命を奪っても、ボクが力を失えばそれで終わり。ボクは結局、出来なかったんだ。1人になったボクは、他人から全てを奪い取ってでも、デュエルキングを目指す事が出来なかった。

 ボクは自分の行動を自問した。だけど答えは無い。最終的に思った事は、もう時間が無いのなら、その時間を有効に使わなければならないと言う事。

 そこで今回の事を計画した。

 刃金沢――こいつはキミ達の参加したジェネックスの直前、幸恵ちゃんに恐怖を与えた。藤原君にとって敵と言うべき存在。刃金沢を上手く騙し、藤原君の所へと向わせてデュエルをやらせた。2人が死なない程度にデュエルエナジーを吸収すると同時に、ボクが藤原賢治を乗っ取る。

 次に幸恵ちゃんにボクの姿を見せ、本気でボクを倒してくれるように仕向ける。融合神龍を入手したのは、もちろん父さんの創ったカードだからと言う気持ちもあった。でも真意は融合神龍が奪われたとなれば、油断する事なく幸恵ちゃんは本気になって戦うだろうと思っていた。

 父さんの全てを教え込んだ幸恵ちゃんが全力を出せば、ボクを完璧に打ちのめしてくれるだろう。そうすれば自分がもし生きていても、デュエルキングにはなれなかったと思い込む事が出来る。父さんにも最後まで頑張ったと認めて貰える。その後に、藤原君を元に戻せばいい。人から何も奪う事なく最後まで自分自身が納得出来る、最も良い方法だと思っていた。

 だけどそれは違っていた。ボクの予想に頼りきった軽薄な行動に、幸恵ちゃんを傷つけてしまった。それだけじゃない。父さんには幸恵ちゃんとボクを天秤に掛けさせてしまい、みんなにも悲しい思いをさせてしまった。ボクは人の気持ちを理解していなかったんだ。もし藤原君を返す事が出来ても、幸恵ちゃんの心に大きな傷を付けた。藤原君がいなくなった時、キミが泣いているのを見てボクは酷く怯えた。

 皮肉なのかな。自分が許せないと思った人間と、変わらない事をやってしまった。そして……ボクは自分への自己満足を完結させるより、もっと別の目的を見つけた。キミ達が彼を救う決意をした時、ボクも一緒に彼を救う決意をしていたんだ。

「だからボクはどんな事があっても、このデュエルで藤原君を救う。あの時と同じなんだ。幸恵ちゃんを助ける事が出来たように、藤原君も救ってみせる。だけど、今回ばかりは1人じゃ出来そうにない。だからみんなに、特に幸恵ちゃんに力を貸して欲しい」

 ボクの言葉に野口君が真っ先に口を開いた。

「俺達はこのデュエルを使い、デュエルエナジーを集めるのは分かる。だが――」

「わたしは……。わたしは、何をすればいいの?」

「そのデュエルエナジーを使い、幸恵ちゃんを藤原君の心へ連れて行く」

「藤原……くん、の……」

 ボクは頷いて話す。

「ボクがこの身体を捨てて、そこへデュエルエナジーを与えたとしても、藤原君が帰って来るとは限らない。だけどキミを通して、ボクの力を使えば確率はグンと上がる。ボクは信じている、藤原君と幸恵ちゃんなら必ず帰って来る事が出来る事を。だから幸恵ちゃんに頼みたい。ボクには出来ない、これはキミにしか出来ないんだ」

 嘘つきだな、ボクは。でも誓っていい。

 嘘は1つだけだ。

 幸恵ちゃんを見る。もう少し考える時間が必要だと思ったけど、そうでもなかった。彼女は二つ返事のように、首を縦に振った。

「……わたしが行きます。行かせて下さい!」

 ボクは笑顔で頷いた。信じてくれた……か。良かった。みんなもボクを信じてくれたようだった。

「俺はカードを1枚セットして、ターンエンドだ」

 紅ちゃんはすっかり泣いてしまっており、伊吹君がターンを進める。これが……これが、ラストターンだ。


野口 伊吹&紅【LP:250】
野口:手札1枚 伊吹&紅:手札2枚
モンスター:皇帝神龍(攻撃表示・ATK8000),HELL−FLAME−KAISER(攻撃表示・ATK6800)
魔法&罠:セット2枚,炎属性モンスター×3(装備カード)

カダール【LP:50】
手札:5枚
モンスター:無し
魔法&罠:無し


「ボクのターン、ドロー!」

 生涯最後のドローか。少し名残惜しい。だけどボクには勿体無いカードをドローする事が出来た。これさえあれば、デュエルエナジーを最大限に引き出す事も可能だ。ボクの最後のデュエルとして誇れる、最後の戦いとして。

「墓地に存在する神龍−クエイクハリケーン・ドラゴン、神龍−ディフェンス・ドラゴンをゲームから除外し、終焉神龍を発動!」

「神龍デッキ、最後のカード……。そのカードを引き当てたのか」


【終焉神龍】 通常魔法
自分の墓地の「神龍」と名のついたレベル6以上のモンスター2体をゲームから除外して発動する。このターン、自分は手札・デッキ・フィールド・墓地の「神龍」と名のついた通常魔法・通常罠カードをそれぞれ1枚発動する事が出来る。


「ボクは墓地から、究極神龍復活融合を発動。これは墓地からの発動により、ボクはライフを払わず、墓地から究極神龍を特殊召喚が可能となる!」


【究極神龍復活融合】 通常魔法
ライフを半分払う。ゲームから除外されている自分の「神龍−ブリザード・ドラゴン」「神龍−バーニング・ドラゴン」「神龍−ハリケーン・ドラゴン」「神龍−アース・ドラゴン」「神龍−ヘヴン・ドラゴン」「神龍−ヘル・ドラゴン」を全て墓地へ送る事であらゆる召喚条件を無視して、自分の墓地から「究極神龍」1体を特殊召喚する。

【究極神龍】ATK5000


 6枚の翼を広げた究極神龍が咆哮を上げ、フィールド上へ蘇る。究極神龍……ボクと一緒に、藤原君と幸恵ちゃん、みんなを救って欲しい。

「終焉神龍によって、デッキからトラップカード――神龍魂を発動させる。キミ達も知っている通り、このカードは墓地の神龍と名の付いたモンスター全ての攻撃力を集結させるカードだよ」

 神龍魂を発動すると、白い透明の姿をした神龍達が次々にフィールド上に現れる。


【神龍魂】 通常罠
自分が1000ライフポイント以下の時のみ発動する事ができる。自分フィールド上の「神龍」と名のついたモンスター1体を選択する。このターン、選択したモンスターのみが攻撃可能になり、自分の墓地に存在する「神龍」と名のついたモンスター全ての攻撃力を加える。発動ターンのエンドフェイズ時、このカードを発動したプレイヤーは墓地に存在する全てのモンスターの攻撃力分のダメージを受ける。

《墓地の神龍モンスター》
【神龍−ブリザード・ドラゴン】ATK1400
【神龍−バーニング・ドラゴン】ATK1600
【神龍−アース・ドラゴン】ATK1500
【神龍−ハリケーン・ドラゴン】ATK1200
【神龍−ヘヴン・ドラゴン】ATK1000
【神龍−ヘル・ドラゴン】ATK1300
【神龍−イーグル・ドラゴン】ATK1900
【神龍−レオン・ドラゴン】ATK1700
【神龍−グリフォン・ドラゴン】ATK3400


 幾多の神龍は究極神龍へと集結し、その攻撃力を高めて行く。その数値は攻撃力の4倍もの数字だった。


【究極神龍】ATK5000→ATK20000


「攻撃力……2万……!」

「究極神龍で、皇帝神龍を攻撃――ファイブ・ギガソニック・スーパーノヴァ!」

 神龍の全エネルギーを集中させ、フィールド上が揺れ動く。デュエルエナジー収束機のメーターが急上昇している。でも、まだ足りなかった。出来れば皆からはデュエルエナジーで体力を吸い取らせたくない。ボク自身の残った力の全てと、このデュエルで起こしたデュエルエナジーだけで決着を付けたい。

 そんな期待に、野口君と伊吹兄妹は答えてくれた。

「お前の使う融合神龍の力、見せて貰った。俺もそれに全力で答えてやる。リバースカード、オープン! 俺もトラップカード、神龍魂を発動!!」

 紅ちゃんは涙声でカードを発動させる。伊吹君は妹の両肩を支えていた。

「私だぢも、援護射げぎを発動!」

「このカードの効果でヘルフレイムカイザーの攻撃力を、皇帝神龍の攻撃力に加える!」


【神龍魂】 通常罠
自分が1000ライフポイント以下の時のみ発動する事ができる。自分フィールド上の「神龍」と名のついたモンスター1体を選択する。このターン、選択したモンスターのみが攻撃可能になり、自分の墓地に存在する「神龍」と名のついたモンスター全ての攻撃力を加える。発動ターンのエンドフェイズ時、このカードを発動したプレイヤーは墓地に存在する全てのモンスターの攻撃力分のダメージを受ける。

【援護射撃】 通常罠
相手モンスターが自分フィールド上モンスターを攻撃する場合、ダメージステップ時に発動する事ができる。攻撃を受けた自分モンスターの攻撃力は、自分フィールド上に表側表示で存在する他のモンスター1体の攻撃力分アップする。


 3種のモンスターはそれぞれが雄叫びをあげ、フィールド全体に共鳴していく。大地が更に鼓動し、膨大なエネルギーが集結していた。

 野口君は一歩前に出て、口を開く。

「カダール、お前はどうしてデュエルキングになりたかったんだ?」

 デュエルキング……か。

「父さんも母さんも、デュエルモンスターズが大好きだったから。ボクの夢を笑わず、一緒に頑張ってくれたから。でもこれは目標となってからの理由。――本当はデュエルキングになって、彼が持っているような友達が欲しかった。どんな時でも裏切らない、どんな時でも裏切れない、大事な友達が……」

「武藤遊戯はデュエルキングだから友達を得たんじゃない。彼は自分自身の手で掴み取ったんだ。お前も自分自身の力で俺達の気持ちを動かした。俺達とお前は、友達だ!」

 彼の言葉に涙が出そうになった。そんな事を言われたら、自分が生きていたら良かったと思うじゃないか。でも。

 でも、凄く嬉しかった。

「ありがとう、野口君」

 彼は乱雑に目を擦り、涙を拭って笑う。フィールドに現れた、神龍−アイシクル・ドラゴンの霊体が皇帝神龍へと憑依し、その攻撃力を上昇させる。


【神龍−アイシクル・ドラゴン】 +ATK2500
【皇帝神龍】ATK5000→ATK7500
【究極神龍】ATK20000


「鳥野君、キミは野口君と友達だったね。ボクは今日、初めて友達が出来た。友達って、自分にとってどういう存在なんだろう」

 鳥野君は少しだけ考えてから言った。

「難しい質問だ。まだ私も自分の言葉では見出せていない。だからこれは、デュエルキングの友の言葉だ。その者を好きになり、いつの間にか自分の事も好きになれる。だからこそ一緒にいて欲しい存在。それが友達。だから自信を持って、自分の事を好きになるといい」

 ライバルだけど、友達。彼らもデュエルキングに負けない結束の力を持っているんだ。それがとても、羨ましかった。


【神龍−インパルス・ドラゴン】 +ATK1900
【皇帝神龍】ATK7500→ATK9400
【究極神龍】ATK20000


 平見先生は泣きじゃくり、嗚咽を漏らしていた。昨日よりもずっとずっと、泣いていた。ボクの目線に気が付くと涙を押し殺し、精一杯叫ぶ。

「あなた、嘘つきよ! 幸恵と戦うんじゃないの!? その為に、頑張るんじゃないの? あたしは、どうすればいいのよ!」

 本当はそうしたかったと思う。だけど彼女の涙を見た時から、ボクの戦意は別の方向へ行っていた。それを隠し通す為に、彼女の前では幸恵ちゃんと藤原君を不幸にさせる振りをしてしまった。でも、それを言う必要は無いかな。一言でいい。

「これがボクの選択だから」

「あなた、バカよ。バカぁぁ……!」

 ボクは知っている。平見先生は少し意地っ張りな所があるけど、誰よりも少女のように繊細で傷つきやすい。父さんと母さん以外で、ボクの事をこんなに心配してくれる人がいるのは嬉しかった。


【神龍−グラヴィティ・ドラゴン】 +ATK600
【皇帝神龍】ATK9400→ATK10000
【究極神龍】ATK20000


 次は定岡のおじさんがボクを見た。生きていた頃には見た事がない、複雑な思いの混じった表情をしていた。

「カダール。お前は自分の死がちっぽけだと言った。でも考えたか。お前の死後、神之崎がどんな思いをしていたか。神之崎にとって、カダールという人間の死こそが最も残酷な現実だったんだ。それを、ちっぽけなんて言うんじゃない」

「……! ごめん……なさい……」

 最後まで、定岡のおじさんには叱られっぱなしか。子供の頃も教えられたり、叱られたりもしたな。父さんとは行き違いもあったようだけど、いつもお互いを心配していたよね。2人は野口君と鳥野君の仲とは違った友情があったのかな。


【炎の精霊イフリート】 +ATK1700
【皇帝神龍】ATK10000→ATK11700
【究極神龍】ATK20000


「伊吹君。ボクがもし生きていたら、幸恵ちゃんが妹になっていたかも知れない。だからキミの妹、紅ちゃんの事を教えて欲しいな」

「兄を平気で馬鹿扱いしてくる。そのくせに顎で使おうとする。冷蔵庫に置いていた限定物のプリンを俺が勝手に食べた時、本気で殴られた事もあった。服が欲しいから金をよこせと強請り、まるで自分の金で買ったように着ている」

 伊吹君は横目で紅ちゃんを見ながら言う。きっと今着ている服がその服なんだろう。でもそれは伊吹君が買ってくれたからこそ、お気に入りの服になっているんじゃないのかな?

「キミは紅ちゃんが嫌いなのかい」

 伊吹君はぶっきらぼうに、こう言った。

「……嫌いでは、ない」


【ヘルフレイムエンペラー】 +ATK2700
【皇帝神龍】ATK11700→ATK14400
【究極神龍】ATK20000


 ボクが話しかけるずっと前から、紅ちゃんは涙でボロボロになっていた。この子は平見先生とよく似ている。自前の明るさで、自分の脆い部分を隠している優しい子だ。ボクの話をちゃんと聞いてくれて、痛みを共感してくれた。

「紅ちゃん。プロデュエリストのエド・フェニックスが使っていた、D−HERO デビルガイを覚えているかな」

「んなっ……なによ。覚えてる、けど、何が関係あんのよ!」

 紅ちゃんは最近、何かあるとよく言っていた。「タイムカプセルに放り込み、除外してからサイクロンでタイムカプセルのカードを破壊する」と。デュエルモンスターズでは裏側で除外されたカードを、そのデュエル中に再使用する事は困難であり、ちょっとした意地悪にもなる。とても面白い例えだと思った。だからボクも考えていたんだ。

「デビルガイの効果でゲームから除外し、2ターン後に帰ってくる前にモンスターカードゾーンを埋めてしまうよ――なんてのは、どうかな」

 デビルガイによってゲームから除外されたカードが帰ってくる時、モンスターカードゾーンに空きが無い場合、フィールドへは帰って来られず墓地へと送られてしまう。

 藤原君は言った。満席の教室には、もう座れないと。

「バカ! よ、よく、わがんないっ!」

 彼女の様子に、ボクはつい微笑んでしまう。

 あっ。

 ――そうだった。


【炎帝テスタロス】 +ATK2400
【皇帝神龍】ATK14400→ATK16800
【究極神龍】ATK20000


「紅ちゃんとの約束、忘れる所だった。ボクのせいでキミに悲しい思いをさせてしまった。ごめんね、幸恵ちゃん」

「ううん。でも、カダールさん……。わたしと似ている子のこと、少しだけ言いたい事があります。復讐を肯定する言葉……かも知れません、でも、カダールさんがその3人を止めたおかげで、救われた人達も大勢いるはずです。だからその事で、もう落ち込まないで」

「分かった。約束するよ」

「もう1つ、いいですか? 今回のことも……カダールさんは、まだ罪悪感が残っていると思います。でもね、わたしは嬉しいんです」

「……?」

「今回の事で、わたしにとって藤原くんがどれ程大切な存在なのかを改めて気が付く事が出来ました。確かに最初は凄く悲しくて、辛かった……。でも、藤原くんを失ってはいない。本当の意味で失う前に、この気持ちに気が付く事が出来ました。また、藤原くんと会えます。あなたは昔も今も、わたしを救ってくれました。これから藤原くんまで救ってくれます。だから、わたしは嬉しいです。ありがとう、カダールさん……」

「本当に寛容だね、幸恵ちゃんは」

 結局、幸恵ちゃんと決着を付ける事は出来なかった。何もかもが中途半端だな、ボクは。ごめんよ、父さん。


≪皇帝神龍の効果≫ +ATK3000
【皇帝神龍】ATK16800→ATK19800
【究極神龍】ATK20000


『……ル……! カダール!』

 その時、隅にある端末のスピーカーから声が聞こえた。父さんだった。ボクは予想外の声に、叫んで反応してしまった。

「父さん!」

『カダール、よく頑張ったな』

 父さんが喋った後、少しだけノイズ音だけが聞こえる。3秒間、父さんは何を言うべきかを考えていた。

『さらばだ。さらばだ、カダール』

「元気でね、父さん」

 皇帝神龍は攻撃力の上昇を止め、ついに2体の龍の攻撃が激突する。光と闇のエネルギーは交差し、フィールド全体に留まった。これがお互いの出来る、渾身の一撃だ。


【皇帝神龍】ATK19800
【究極神龍】ATK20000


 膨大なエネルギーは大爆発を起こし、デュエルフィールド中央にデュエルエナジーが集結していく。究極神龍の攻撃力に負けた皇帝神龍は消滅し、わずかなダメージ分がライフポイントから引かれていた。


野口 伊吹&紅【LP:250→50】


 さぁ、いよいよだ。少し力が抜けてしまい、そのまま土の上に座ってしまった。幸恵ちゃんは察して、ボクへと歩み寄った。集結したエネルギーが暴風となり、髪は真横に揺れていた。ボクは咄嗟に右手を差し出す。だけど幸恵ちゃんは、少し手を前にやりながら迷っていた。

 フフッ、そうか。

「これは藤原君の手だよ」

 幸恵ちゃんは頷いてから両膝をつき、手を差し出してくれた。どこまでも一途な子だと思った。キミなら出来る。藤原君と一緒に、キミ自身も救うんだ。幸恵ちゃんは藤原君の手をぎゅっと握り、目を閉じた。

「お願いします、カダールさん」

「任せて。藤原君の心の中で、2人で帰って来たいと思う気持ちがあれば必ず戻って来られる。後事をキミに任せてごめんよ。でも藤原君と一緒に帰って来て、幸せになって欲しい」

 その瞬間、白光が発生しデュエルエナジー全てを吸収していく。幸恵ちゃんがボクの言葉に頷いたのか、頷いていないのかは見えなかった。だけど、それは見なくても分かっている。確信を持った時、ボクは徐々に藤原君から離れていくような感じがした。


「カダーーーールッ!!」


 野口君がボクの名前を呼んだ瞬間、全エネルギーを吸収して閃光する。光は一瞬にして消えて綺麗な夕日へ戻っている。藤原君の服と髪は元通りになり、幸恵ちゃんと2人で寄り添う様に目を閉じていた。ボクは完全に藤原君から離れていた。幸恵ちゃんもきっと、藤原君の所へと向ったんだろう。

 あの時と同じだ。真っ白の空間になり、妙に眠たい気分だった。これからボクはどうなるんだろう。出来ればもう、何も無い所がいい。そんな時、ボクの目の前に2人の姿が見えた。

 1人が不器用に歩き、左手でボクの右手を握った。人の温かさだった。

『ありがとう。ありがとう』

 あの時の女の子、なのかい。

 とても可愛く笑っていた。ボクの為に?

 夢? これは夢だよね?

『頑張ったね、カダール』

 はははっ……。父さんも母さんも、同じ事言っているよ。

 でもボクを貶さず、褒めてくれた2人が大好きだ。

 その為にボクは今まで頑張る事が出来たんだ。

 あの女の子は今、幸せそうに笑っている。母さんにも、また会えた。

 夢かも知れない。だけど。

 夢でも、いいかな。

 夢でも、いいよね?

 ずっとずっと、笑顔でいて欲しいな。

 みんなで一緒に。





【神龍魂】 通常罠
自分が1000ライフポイント以下の時のみ発動する事ができる。自分フィールド上の「神龍」と名のついたモンスター1体を選択する。このターン、選択したモンスターのみが攻撃可能になり、自分の墓地に存在する「神龍」と名のついたモンスター全ての攻撃力を加える。発動ターンのエンドフェイズ時、このカードを発動したプレイヤーは墓地に存在する全てのモンスターの攻撃力分のダメージを受ける。

野口 伊吹&紅【LP:50→0】
カダール【LP:50→0】








































































 一瞬の光に目を閉じ、目を開けた時には本当に別世界へ飛ばされたように場所が変わっていました。大空も、滑り台もブランコも砂場も、セピア色の風景でした。ここは藤原くんと再会した、思い出の公園。でも、妙に静かで誰の声も聞こえません。

 わたしは藤原くんを必死に探しました。

「藤原くん! どこにいるの!」

 周りを見渡していると、背後から小枝を踏んだ音が聞こえます。まさかと思って後ろを振り返ると、学生服を着た藤原くんがいました。

「藤原くんっ!」

 目から涙が溢れ出し、身体が震えました。やっと、やっと会えた!

「ユキちゃん。来てくれたんだね」

 藤原くんの優しい笑顔と声を聞くだけで、嬉しくて声も出せませんでした。昂ぶる胸を押さえて、やっとの思いで声を絞り出します。

「うん! わたし、藤原くんに逢いに来たよ!」

 わたしが駆け寄ると、藤原くんはゆっくりと笑顔を消します。その悲しげな眼は何かを語りかけているようで、つい立ち止まってしまいました。

「ユキちゃんがここへ来た、本当の理由。ボクには分かっている」

 …………。

「ボクはみんなの所に帰りたい。だけど、ユキちゃんの思いは違う」

 藤原くんの言葉に、わたしは正直に頷きました。やっぱり藤原くんは分かっていた。わたしの――わたしの選択を。

「うん。わたしは藤原くんと、ずっとここにいる」





第18話「カイザイク ――悲しみは尽きない」

 可能だった。

 究極神龍、皇帝神龍の持つ力が衝突した時、発生するデュエルエナジーは強大だ。それを使えば藤原君も幸恵ちゃんも無事に帰って来る事が出来るだろう。むしろ、こう言い変えるべきかも知れない。気持ちの強い2人なら失敗は有り得ない。

『それなら、ユキちゃんをボクの所へ送って欲しい』

 ……!

『そんな事をしたら、平見幸恵はここに残ると言うかも知れない!』

『言うと思う。それは分かっているよ。だけど、このままだとユキちゃんの気持ちを払拭させる事は出来ない。またボクがいなくなってしまった時、この時以上の深い哀傷を抱く事になってしまう。――それに、ボクはユキちゃんに言わなくちゃならない事がある。それを話す良い機会でもある。信じて欲しい。これがボクの選択だから』

 藤原君の言葉に、ボクは頷いた。

 幸恵ちゃんを信用しよう。彼女なら、きっと出来る。藤原君と一緒に、戻って来られる。

『分かった』

 何て言って、この方法を実行しようかな。みんなはデュエルエナジーさえ集まれば藤原君は戻れると信じている。だったら、それは無理だと言う事にしよう。無理とは言わなくても、デュエルエナジーを集めて放っても確立は低い事にするんだ。

『ありがとう。カダール君』





「…………」

 何かを考えていたのか、藤原くんは口を噤みました。

 自分でも分かっています。この選択は間違っている。わたしは間違っていると分かっていて、残る事を選択しました。でも。それでも。間違っていたとしても。この選択はわたし達にとって決して不幸にならない、幸せな選択。

「……藤原くんがいなくなってから……今まで見えなかった事が見えたの……」

 自分の心に残った痛む気持ちを、何度も復唱するように思い出しました。

 桜田さんは自分のお店に落書きをされていて、凄く悲しそうだった。誰がやったのか分からない不安感と、後始末をする自分へのやるせない気持ち。

 その時に、テレビで報道されていた事件もありました。童実野町で子猫が殺される事件。小動物を虐殺する事に興じる人への怒りと、無抵抗な子猫の事を思う鎮痛な気持ち。

 それは小動物だけに留まらなかった。カダールさんが話していた、幼い子供を使った残虐な実験、それに対して何も出来なかったと自責の念に駆られていたカダールさんの気持ち。

 藤原くんの、お父さんとお母さんが殺害された事件。無関係な者を狙った、同情の余地も無い身勝手な行動。大切な人を傷つけられ、心の奥底が爪を立てて掻き毟られるような気持ち。

 これらは全て、人によって起こされた事件です。どうして、どうしてこんな事をする人がいるの? そしてその矛先は、いつ藤原くん自身に向くか分かりません。もし藤原くんがそんな事になったら、わたしはどうすればいいの? カダールさんはその優しさ故に、復讐をしました。でもわたしには、その人達に復讐をする勇気はありません。永遠に消えない重苦を背負って、ただ泣いて、じっとするだけ。そんなの絶対に耐えられない。



 怖いのは何も、人だけではありません。わたしのお父さんとお母さんが事故で亡くなった時、カダールさんは自分とお母さんを失っていました。カダールさんは、わたしを助けちゃったから――。

 もし、藤原くんが重い病気にかかってしまったら? 治せないで、話せないで、わたしを見てくれなかったら? その期間を与えられる事も無く、突然と死んでしまったら? 人が人を不幸にしなくても、ほんの小さなきっかけで藤原くんがいなくなってしまうかも知れない。

「それだけじゃない! あの世界には、まだわたしの知らない、怖いことがたくさんある! 藤原くんがいなくなるのは絶対に嫌! だから、そんな所にいて欲しくないの!」

 それなら――その世界から、藤原くんが離れればいいと思いました。藤原くんが外の世界で不幸にならなければ、きっとここで幸せになれる。1人ぼっちじゃなくて、2人で一緒になれます。

「ユキちゃんの言う通りだよ。あの世界にはまだボク達の知らない、悲しい事や辛い事があると思う。だけど、カダール君の話を断片的に聞いちゃいけない。彼はその世界をどうしたか」

 ……。

 カダールさんはその世界を無くそうとは思わなかった。それは自分を好きになってくれる人がいたから。悪い事があっても、良い事だってたくさんあるから。自分が夢の為に頑張れる場所だから。

「カダール君だけじゃない。ユキちゃんを送り出した、みんなの気持ちを裏切る事にもなるんだよ」

 藤原くんは自分の気持ちを伝えようと、わたしの瞳の奥を覗き込むように続けました。

「ユキちゃんと平見先生が幸花高校に到着する前、野口さんはボクに救われていた事を話していた。それは初めて聞いた事だったし、ボクもそんな事で野口さんを救っていたとは思ってもいなかった。これから本当の意味で恩返ししなければならないのは、ボクの方だ。

 伊吹君の事に関しても、気が付かなかった事が多かった。自分の身近にいた伊吹君を、友達とだけしか見ていなかった。彼を本気でライバルとして自覚し、ライバルとして向き合う事をしなかった。ボクはライバルとして、幸花高校を卒業する前に、伊吹君と本気で戦いたい。

 紅ちゃんは何より、友達であるユキちゃんの為にここまで来た。みんなが大人になった時、こんな事があったと話したい。楽しい事も嫌な事も、みんなで共有したいと言っていたんだ。それが紅ちゃんの楽しみなら、ボクはそれに答えるつもりだ。

 平見先生だって、ユキちゃんへの思いは紅ちゃんに負けていない。先生がカダール君と戦った後、ボクとユキちゃんの為に生きているとまで言っていたんだよ。ボク達がここから戻って来られなかったら、どうすると思う。先生が最後まで信じた、カダール君を恨む事にもなってしまう。

 鳥野さんは決戦前、野口さんのデッキ調整だけでなく心の準備も整えた。定岡先生は迷いが残っていた伊吹君を立ち上がらせ、紅ちゃんと共に決意に向わせた。神之崎さんはユキちゃんの事を本当の家族として送り出し、カダール君の気持ちを汲み取った」

 藤原くんの気持ちは痛いほど伝わってきました。それはきっと、わたし自身も分かっていた事だから。でも、それでも。

「それでもわたしは、藤原くんと一緒がいい! だって、わたしは藤原くんの事が大好きだから! 大切な人に、幸せになって欲しいから! ずっとずっと、一緒にいたいから!」

「ユキちゃん。自分の足元を見て」

 ――?

 わたし達の足元には、いつの間にかデッキの入ったデュエルディスクが置かれていました。

「ここに残りたいなら、その気持ちをデュエルに託して欲しい」

 藤原くんの言葉を聞いて――ふと、空を見上げました。空も遊具も木々も、セピア色の世界。ここには空を飛ぶ鳥や、昆虫も地面にはいません。だけど、ここには藤原くんがいてくれる。そこにわたしも、一緒にいられる。わたしが勝てば、藤原くんも分かってくれる。

 足元のデュエルディスク拾い、2人同時に構えました。ライフカウンターが赤く光って、モンスターカードゾーンが広がって展開されます。

 これが、最後のデュエル。


幸恵【LP:4000】
藤原【LP:4000】


「わたしのターン、ドロー!」

 今の藤原くんは強い。わたしが勝てるかどうか、不安でいっぱいでした。まずは自分の手札を見て、次のターン藤原くんが行動するであろう手を読まないといけません。

「モンスター1体とカードを1枚セットして、ターン終了です」

「ボクのターンだ。ドロー」

 当然ですが、藤原くんの手札は6枚。彼の持つ1枚1枚のカードがわたしにとって脅威でした。

「手札からD.D.アサイラントを召喚する!」


【D.D.アサイラント】
★4 地属・戦士族 ATK1700/DEF1600
このカードが相手モンスターとの戦闘によって破壊された時、相手モンスターとこのカードをゲームから除外する。


「裏側モンスターに攻撃する!」

 藤原くんはセットされたモンスターを指差し、宣言します。このまま戦闘破壊を見送っても良かった――でも、ゲームから除外される効果を放っておく訳にはいきません。

「トラップカード、破壊輪を発動! D.D.アサイラントを破壊、その攻撃力分のダメージをお互いに与えます!」


【破壊輪】 通常罠
フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を破壊し、お互いにその攻撃力分のダメージを受ける。


 8つの手榴弾が装着された輪が爆発し、灰色と黒の混じった爆風が起こります。灰色の爆風が消え、藤原くんのフィールド上にはカードが無くなっていました。


藤原【LP:4000→2300】
幸恵【LP:4000→2300】


 だけどフィールド上には、まだ黒い霧が残っています。破壊輪によって起こった爆風の残留かな、と思っていると――黒霧は瞬時に人型へと変わり、剣を持ってわたしの体を貫きました。

「きゃっ!」


幸恵【LP:2300→600】


 な、何が起こったの?

 人型の黒霧は藤原くんのフィールド上へと戻り、その姿を現しました。

「……! 冥府の使者、もう1つの特殊能力……」

「そう。このカードはフィールド上にカードが存在せず、相手からダメージを受けた時に特殊召喚出来るモンスター。このカードが効果ダメージで特殊召喚された場合、受けたダメージをそのまま相手にダメージとして与える」


【冥府の使者ゴーズ】
★7 闇属・悪魔族 ATK2700/DEF2500
自分フィールド上にカードが存在しない場合、相手がコントロールするカードによってダメージを受けた時、このカードを手札から特殊召喚することができる。この方法で特殊召喚に成功した時、受けたダメージの種類により以下の効果を発動する。●戦闘ダメージの場合、自分フィールド上に「冥府の使者カイエントークン」(天使族・光・星7・攻/守?)を1体特殊召喚する。このトークンの攻撃力・守備力は、この時受けた戦闘ダメージと同じ数値になる。●カードの効果によるダメージの場合、受けたダメージと同じダメージを相手ライフに与える。


「まだボクのバトルフェイズは終わっていない。冥府の使者ゴーズで、裏側モンスターに追加攻撃する!」

 冥府の使者が深紅のマントを揺らし、手にした剣で裏側のモンスターカードを縦断します。引き裂かれたカードから2体の獣族モンスターが現れ、2枚のカードとなりセットされました。

「わたしが守備表示にしていたカードは素早いモモンガ! このカードの効果でライフポイントを回復させ、デッキから2体のモモンガを特殊召喚します!」


【素早いモモンガ】
★2 地属・獣族 ATK1000/DEF100
このカードが戦闘によって墓地へ送られた時、自分は1000ライフポイント回復する。さらにデッキから「素早いモモンガ」をフィールド上に裏側守備表示で特殊召喚する事ができる。その後デッキをシャッフルする。

幸恵【LP:600→1600】


「カードを1枚セットして、ターン終了だ」


幸恵【LP:1600】
手札:4→5枚
モンスター:素早いモモンガ×2(裏側守備表示・DEF100)
魔法&罠:無し

藤原【LP:2300】
手札:3枚
モンスター:冥府の使者ゴーズ(攻撃表示・ATK2700)
魔法&罠:セット1枚


 藤原くんのターンが終わり、デッキからカードを1枚引きます。

 このままセットされた素早いモモンガ2体が戦闘破壊されれば、残り少ないライフポイントを回復する事が出来ます。でも藤原くんが易々と攻撃するとは限りません。少し危険かも知れませんが、藤原くんより先手を打たなければ、負けてしまう――!

「魔法カード、レベルチートを発動します。フィールド上のモモンガ2体を生け贄に、デッキからサイレント・マジシャンLV8を特殊召喚!」

 2体のモモンガは赤と青のサイコロに変化し、真上に飛びます。2つのサイコロはブランコの付近で4の目を出すと、わたしのフィールド上に白銀のロングヘアーが特徴的な最上級魔法使いが現れます。


【レベルチート】 通常魔法
自分の手札・デッキ・墓地から「LV」を持つモンスター1体を選択する。選択したモンスターがレベル5以上ならば1体、レベル7以上ならば2体を自分のフィールド上モンスターを生け贄に捧げる。その後、選択したモンスターをあらゆる召喚条件を無視して特殊召喚する。この方法で特殊召喚されたモンスターのモンスター効果は無効化される。(この特殊召喚は正規の方法での特殊召喚扱いとする)

【サイレント・マジシャンLV8】(効果無効)
★8 光属・魔法使い族 ATK3500/DEF1000
このカードは通常召喚できない。「サイレント・マジシャンLV4」の効果でのみ特殊召喚できる。このカードは相手の魔法の効果を受けない。


「サイレント・マジシャンLV8で、冥府の使者ゴーズを攻撃! サイレント・バーニングッ!」

 沈黙の魔術師が手にした杖に力を蓄え、冥府の使者へ向います。その様子に藤原くんは表情1つ変えず、デュエルディスクに手を触れます。

「トラップカード、次元幽閉を発動。攻撃モンスターをゲームから除外する」

「っ……!」

 サイレント・マジシャンは目の前に現れた、黒と紫色の空間に吸い込まれ、完全に姿を消してしまいました。


【次元幽閉】 通常罠
相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。その攻撃モンスター1体をゲームから除外する。


 やっぱり一筋縄では行きませんでした。だけど、このままターンを終了させて冥府の使者を残しておくのは危険です。次のターンにもし、藤原君の切り札であるサイレント・ソードマンを召喚されてしまうと、手札の魔法カードが無力になってしまう。それなら思い切って、このカードを使わないといけません。

「メインフェイズ2に移行して、手札から地砕きを発動! 冥府の使者ゴーズを破壊し、モンスターを守備表示でセット。これでターンエンドです」


【地砕き】 通常魔法
相手フィールド上の守備力が一番高い表側表示モンスター1体を破壊する。


 これで藤原くんのフィールド上にはモンスターカードが存在しません。でも藤原くんがデッキからカードを引いた時、わたしは藤原くんの仕掛けた本当の意味での罠に気が付く事になります。

「ボクのフィールド上にモンスターが存在しないため、手札からサイバー・ドラゴンを特殊召喚する!」


【サイバー・ドラゴン】
★5 光属・機械族 ATK2100/DEF1600
相手フィールド上にモンスターが存在し、自分フィールド上にモンスターが存在していない場合、このカードは手札から特殊召喚する事ができる。


「サイバー・ドラゴンで裏側守備表示モンスターを攻撃! エヴォリューション・バースト!」

 その攻撃を止められる方法も無く、セットされた時の魔術師が破壊されます。次の手をどうしようか考えていた時、藤原くんの視線に気が付きました。

「ユキちゃん。2年前、デュエ研のメンバーと花火をしたよね。あの時の気持ちを思い出してみて」

 2年前……花火の夜……藤原くん……。

 わたしは藤原くんと会えた事が凄く嬉しくて。でも、それを藤原くんには伝えられなくて。とても、苦しかった。だけど藤原くんは隣にいてくれた。苦しかったけど、隣にいてくれるだけで嬉しかった。

「ボクはその気持ちに気が付くことが出来なかった。気が付くどころか、仲間が一緒にいる事に寂しさばかりを感じていたんだ。自分の隣から仲間がいなくなってしまうんじゃないか、また1人ぼっちになってしまうのかと思っていた。そんなボクを、ユキちゃんは励ましてくれた。野口さん、伊吹君、ユキちゃんが隣にいてくれる事を教えてくれたんだ」

「うん……でも……」

「あの時のユキちゃんの笑顔は、今後のボクにとって一番大切なものになった。それは今でも変わらない。これからもずっと、そう思っている」

 彼の言葉はわたしの胸に突き刺さりました。

 藤原くんはわたしに、こう言っているのです。ここにいても、わたしは本当の意味で笑顔にはなれない。あの時のわたしを取り戻すために、自分は戦っている、と。

 それなら、わたしは何の為に戦っているの? ここにいて、わたしの大好きな藤原くんの笑顔を見る事ができるの?

 でも……でも……!

 わたしは心の中で、悲しかった事を必死に思い出しました。あんな思いをするくらいなら、やっぱりここに残っていた方が良いと思いました。わたしの選択は不幸にはならない――心の中で何度も何度も、自分に言い聞かせました。

 藤原くんは少し深呼吸をして、言いました。

「ターン終了だよ」


幸恵【LP:1600】
手札:2枚
モンスター:無し
魔法&罠:無し

藤原【LP:2300】
手札:3枚
モンスター:サイバー・ドラゴン(攻撃表示・ATK2100)
魔法&罠:無し





第19話「カワミドリ ――最後の救い」

 わたしのターン。これで手札は3枚。だけどキーカードが足りません。少し危険だけど、このカードを使うしか……。

「魔法カード、博打(ばくち)の宝札を発動します。このカードの効果でデッキからカードを2枚ドロー!」

「だけど、博打の宝札にはデメリットがある」

「うん。ドローしたカードの種類によって、このカードのデメリット効果も発動します」


【博打の宝札】 通常魔法
自分のデッキからカードを2枚ドローする。この効果でドローしたカードをお互いに確認し、カードの種類によりこのカードは以下の効果を発動する。●魔法:相手はデッキからカードを2枚ドローする。●罠:自分のデッキの上からカードを2枚墓地へ送る。●モンスター:このターン、自分はバトルフェイズを行う事ができない。

≪ドローカード≫
【THE トリッキー】モンスターカード
【マジック・ストライカー】モンスターカード


「ドローしたカードは2枚ともモンスターカード。デメリット効果によって、わたしはこのターンのバトルフェイズを行えません。でも!」

 手札の1枚を取り、藤原くんへ見せます。

「魔法カード、沈黙の杖−LV8を発動! このカードの効果で手札からレベル5のTHE トリッキー、レベル3のマジック・ストライカーを墓地へ送り、ゲームから除外されたサイレント・マジシャンLV8を特殊召喚!」


【沈黙の杖−LV8】 通常魔法
自分のフィールド・手札から合計レベルが8以上になるようにカードを生け贄に捧げる。自分の手札・デッキ・墓地・除外されている「サイレント・マジシャンLV8」1体をあらゆる召喚条件を無視して特殊召喚する。


 トリッキーとマジック・ストライカーの姿が重なると、一直線に並んだ8つの星が光り輝き、サイレント・マジシャンLV8へと姿が変化しました。


【サイレント・マジシャンLV8】ATK3500


「カードを1枚セットして、ターン終了です」

 サイレント・マジシャンは藤原くんと出会ってから、わたしのデッキに入るようになりました。それは藤原くんがサイレント・ソードマンを使っていたからです。わたし達はお互い、片方のカードしか持っていなかった。だから自然と藤原くんがソードマンを使い、わたしがマジシャンを使うようになったのです。わたしがこのカードをデッキに入れた時、藤原くんの見せてくれた照れ笑いが、何よりも嬉しかった。

 その笑顔を……わたしは、消してしまうのかな……。

「ボクのターンだ。ドロー!」

 藤原くんは一番左のカードを手に取り、デュエルディスクへ置きました。

「マシュマロンを攻撃表示で召喚!」


【マシュマロン】
★3 光属・天使族 ATK300/DEF500
裏側表示のこのカードを攻撃したモンスターのコントローラーは、ダメージ計算後に1000ポイントダメージを受ける。このカードは戦闘によっては破壊されない。(ダメージ計算は適応する)


「フィールド上のサイバー・ドラゴン、マシュマロンを生け贄に、ボクもレベルチートを発動。手札からサイレント・ソードマンLV7を特殊召喚する!」

 2体のモンスターが2つのサイコロになり、今度は2つ並んだ鉄棒の辺りに転がって6と1の目が出ます。サイコロが光り輝くと、藤原くんのフィールド上に最上級のサイレント・ソードマンが現れました。


【レベルチート】 通常魔法
自分の手札・デッキ・墓地から「LV」を持つモンスター1体を選択する。選択したモンスターがレベル5以上ならば1体、レベル7以上ならば2体を自分のフィールド上モンスターを生け贄に捧げる。その後、選択したモンスターをあらゆる召喚条件を無視して特殊召喚する。この方法で特殊召喚されたモンスターのモンスター効果は無効化される。(この特殊召喚は正規の方法での特殊召喚扱いとする)

【サイレント・ソードマンLV7】(効果無効)
★7 光属・戦士族 ATK2800/DEF1000
このカードは通常召喚できない。「サイレント・ソードマンLV5」の効果でのみ特殊召喚できる。このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、フィールド上の魔法カードの効果を無効にする。


「そしてLV7に装備魔法、バトル・オーラを装備!」

 沈黙の剣士は構えていた大剣を強く握り、全身から青い闘気を発します。


【バトル・オーラ】 装備魔法
戦士族のみ装備可能。装備モンスター1体の攻撃力は300ポイントアップする。装備されているこのカードを墓地に送る事で、このターン装備モンスターは相手プレイヤーに直接攻撃をする事ができる。この効果はバトルフェイズ中にも行なえる。


「このバトル・オーラの装備を解除する事で、LV7は直接攻撃が可能となる! サイレント・ソードマンLV7でユキちゃんに直接攻撃! 沈黙の剣――LV7!」

 沈黙の剣士は、公園に置かれた滑り台よりも高く飛翔し、片手で大剣を振り下ろしました。でも、その攻撃は防げます!

「トラップカード、ガード・ブロックを発動! 戦闘ダメージをゼロにして、デッキからカードを1枚ドローします!」

 沈黙の剣士の攻撃がバリアに直撃し、金属がぶつかる轟音が鳴り響きます。


【ガード・ブロック】 通常罠
相手ターンの戦闘ダメージ計算時に発動する事ができる。その戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になり、自分のデッキからカードを1枚ドローする。


「…………」

 あっ……。

 また視線を感じたので、その方向を向きました。今度は藤原くんじゃない――わたしは自分の斜め上にいた、サイレント・ソードマンと目が合っていました。不思議とその瞳は藤原くんと同様、わたしに何かを伝えようとしているような気がしたのです。

「ボクはカードを1枚セットし、ターン終了だ」


幸恵【LP:1600】
手札:1枚
モンスター:サイレント・マジシャンLV8(攻撃表示・ATK3500)
魔法&罠:無し

藤原【LP:2300】
手札:0枚
モンスター:サイレント・ソードマンLV7(効果無効・攻撃表示・ATK2800)
魔法&罠:セット1枚


「わたしのターン、ドロー! サイレント・マジシャンLV8で、サイレント・ソードマンLV7を攻撃――サイレント・バーニングッ!」

 沈黙の魔術師が最大級の魔力を放つと、沈黙の剣士は剣で受け止める体勢を取ります。

「セットしていた和睦の使者を発動! このターン、サイレント・ソードマンは破壊されず、ダメージも受けない!」


【和睦の使者】 通常罠
このカードを発動したターン、相手モンスターから受ける全ての戦闘ダメージを0にする。このターン自分モンスターは戦闘によっては破壊されない。


 攻撃が思うように届かない。お互いの信頼するモンスター同士による接戦でした。それはまるで、わたしが藤原くんを残らせようとしている事と――藤原くんがわたしと一緒に帰ろうとしている事――お互いの相反している意思を表しているようでした。

「わたしはカードを1枚セットして、ターンエンドです」

「ボクのターン、ドロー! 手札から博打の宝札を発動。このカードの効果で、デッキからカードを2枚引く」


【博打の宝札】 通常魔法
自分のデッキからカードを2枚ドローする。この効果でドローしたカードをお互いに確認し、カードの種類によりこのカードは以下の効果を発動する。●魔法:相手はデッキからカードを2枚ドローする。●罠:自分のデッキの上からカードを2枚墓地へ送る。●モンスター:このターン、自分はバトルフェイズを行う事ができない。


 藤原くんはカードを2枚引きます。ドローしたカードをわたしにも確認させる様に、指だけを上手く動かしてカードを反対に向けました。ドローされたカードは魔法カードと、トラップカード。


≪ドローカード≫
【団結の力】魔法カード
【ガード・ブロック2】罠カード


「ユキちゃんはデッキからカードを2枚引き、ボクは上からデッキのカードを2枚墓地へ送る」

「待って! 藤原くんの墓地へ送られたのは」

 藤原くんが黙って見せたのは、冥府の使者カイエンと異次元の女戦士でした。

「そして団結の力を発動、サイレント・ソードマンLV7の攻撃力を800アップさせる!」


【団結の力】 装備魔法
自分のコントロールする表側表示モンスター1体につき、装備モンスターの攻撃力と守備力を800ポイントアップする。

【サイレント・ソードマンLV7】ATK2800→ATK3600


「サイレント・ソードマンLV7でサイレント・マジシャンLV8を攻撃! 沈黙の剣−LV7!」

「トラップカード、和睦の使者を発動しますっ!」

 ガード・ブロックの時と同じバリアが現れ、サイレント・ソードマンの攻撃を防ぎました。沈黙のモンスター2体はフィールド上に留まり続け、まだ攻防が続いています。藤原くんが負けない気持ちなら、わたしも尚更負ける事はできません。自分の気持ちを、彼に思いを伝える為にも。

「カードを1枚セットして、ターン終了だよ」


幸恵【LP:1600】
手札:3枚
モンスター:サイレント・マジシャンLV8(攻撃表示・ATK3500)
魔法&罠:無し

藤原【LP:2300】
手札:0枚
モンスター:サイレント・ソードマンLV7(効果無効・攻撃表示・ATK3600)
魔法&罠:セット1枚,団結の力(サイレント・ソードマンLV7に装備)


「わたしのターン、ドロー! 速攻魔法、サイクロンを発動! サイレント・ソードマンLV7に装備された団結の力を破壊します!」


【サイクロン】 速攻魔法
フィールド上の魔法または罠カード1枚を破壊する。

【サイレント・ソードマンLV7】ATK3600→DEF2800


 これで沈黙の剣士の攻撃力を下げる事が出来ました。藤原くんのセットしたあのカードは博打の宝札でドローした、ガード・ブロック2。それならこのタイミングで発動するはず。

「サイレント・マジシャンLV8で攻撃!」

「トラップカード、ガード・ブロック2を発動。このターン、サイレント・ソードマンLV7は戦闘では破壊されない」

 沈黙の剣士は魔術師の攻撃を受け止め、余波が藤原くんを襲います。


【ガード・ブロック2】 通常罠
相手ターンの戦闘ダメージ計算時に発動する事ができる。モンスターはその戦闘では破壊されず、自分のデッキからカードを1枚ドローする。

藤原【LP:2300→1600】


「そしてガード・ブロック2の効果で、デッキからカードを1枚ドローする」

 藤原くんの手札は1枚。次のターンのドローフェイズを含めれば2枚になります。もし次のターン、藤原くんがサイレント・ソードマンの攻撃力を上昇させる方法をとった場合、その攻撃を防ぐ事は出来ません。助かる方法も運頼りになってしまいます。でもわたしのデッキに入っているカードで逆転の手段は、それしかありません。

「装備魔法カード、早すぎた埋葬を発動。このカードの効果で、墓地のTHE トリッキーを特殊召喚します」


【早すぎた埋葬】 装備魔法
800ライフポイントを払う。自分の墓地からモンスターカードを1体選択して攻撃表示でフィールド上に特殊召喚し、このカードを装備する。このカードが破壊された時、装備モンスターを破壊する。

幸恵【LP:1600→800】

【THE トリッキー】ATK2000


 一見無駄に思える、早すぎた埋葬の発動。でもこのセットしたカードで、あのカードを引く事が出来れば。わたしのデッキに入った1枚のカードを引き当てる事が出来れば。

「カードを1枚セットして、ターンエンド!」


幸恵【LP:800】
手札:1枚
モンスター:サイレント・マジシャンLV8(攻撃表示・ATK3500),THE トリッキー(攻撃表示・ATK2000)
魔法&罠:早すぎた埋葬(トリッキー),セット1枚

藤原【LP:1600】
手札:1→2枚
モンスター:サイレント・ソードマンLV7(効果無効・攻撃表示・ATK2800)
魔法&罠:無し


「魔法カード、貪欲な壺を発動。墓地のD.D.アサイラント、サイバー・ドラゴン、マシュマロン、冥府の使者カイエン、異次元の女戦士をデッキに戻し、カードを2枚引く!」

 藤原くんは5枚のカードを別々の箇所へ入れ、デッキをシャッフルします。

「装備魔法、早すぎた埋葬を発動。800ライフを払い、墓地から冥府の使者ゴーズを特殊召喚!」


藤原【LP:1600→800】

【早すぎた埋葬】 装備魔法
800ライフポイントを払う。自分の墓地からモンスターカードを1体選択して攻撃表示でフィールド上に特殊召喚し、このカードを装備する。このカードが破壊された時、装備モンスターを破壊する。

【冥府の使者ゴーズ】ATK2700


「さらに受け継がれる力を発動! 冥府の使者ゴーズの攻撃力を、サイレント・ソードマンLV7へ加算させる!」

 沈黙の剣士の大剣に、冥府の使者ゴーズが憑依するようになります。大剣に強大な攻撃力が集まります。――攻撃力を、上昇させる手段。


【受け継がれる力】 通常魔法
自分フィールド上のモンスター1体を墓地に送る。自分フィールド上のモンスター1体を選択する。選択したモンスター1体の攻撃力は、発動ターンのエンドフェイズまで墓地に送ったモンスターカードの攻撃力分アップする。

【サイレント・ソードマンLV7】ATK2800→ATK5500


「サイレント・マジシャンLV8に攻撃する!」

 わたしにはもう、後が残されていません。このカード1枚に全てを賭けるしかない。左腕のデュエルディスクを胸元に寄せて、残った1枚の手札を墓地へ置きました。

「手札を全て捨て、セットしていた魔法の教科書を発動!」


【魔法の教科書】 速攻魔法
手札を全て墓地に捨てる。自分のデッキからカードを1枚ドローし、そのカードが通常魔法カードだった場合そのカードの効果を発動する事ができる。


 怖かった。デッキからカードを引くのが、こんなに怖い事だとは思いませんでした。カダールさんの夢見たデュエルキングも、この一瞬が怖かったのだと思います。

 逆転になるか、ならないか。このドローでわたしが引かなければ、元の世界に戻らなければならないからです。元に戻れても、それは藤原くんと一緒にいられるから、とっても嬉しい事。みんなとも、また会えます。それでも、わたしは。

「――! わたしが引いたのは、受け継がれる力! フィールド上のTHE トリッキーを墓地へ送り、その攻撃力をサイレント・マジシャンLV8に加えます!」

 トリッキーは沈黙の魔術師の杖の一部となり、その魔力を高めました。魔術師と剣士は互いに牽制し合い、両者とも攻撃の準備を整えます。


【サイレント・マジシャンLV8】ATK3500→ATK5500
【サイレント・ソードマンLV7】ATK2800→ATK5500


「――沈黙の剣−LV7!」

「――サイレント・バーニング!」

 2体のモンスターは衝突し、莫大な力を残して消滅しました。公園には、わたし達しかいません。残った物はお互いのわずかなライフポイントと、藤原くんの手札が1枚だけ。


幸恵【LP:800】
手札:無し
モンスター:無し
魔法&罠:無し

藤原【LP:800】
手札:1枚
モンスター:無し
魔法&罠:無し


「ふふっ……はははっ!」

 藤原くんは気が抜けたように笑い、いつもの笑顔に戻りました。わたしもつい微笑んでしまい、安心して腰を下ろしてしまいそうでした。

「凄いなぁ、ユキちゃん。ボクはここまで手を抜かず全力で戦った。だけどユキちゃんのライフポイントを削り取る事は出来なかった」

「わたしだって、本気で戦ったもん」

 今頃、気が付きました。お互いのライフポイントが減る度に、わたしと藤原くんの心の距離はいつの間にか近づいていたのです。藤原くんも、わたしの為に戦っていた。わたしも、藤原くんの為に戦っていた。もうわたし達は、心の中ではお互いが目の前にいます。どういう結果にしろ、あと1歩。それを踏み出した方が、このデュエルに勝てるような気がしました。

「ボクはキミに話さなきゃならない事がある。カダール君とも、約束したからね」

 藤原くんは少しだけ戸惑ったけど、真剣な表情に戻ってこう言いました。

「子供の頃、ユキちゃんがボクに言った言葉。覚えているかな?」





最終話「スイートピー ――優しい思い出」

『いよいよ明日だね、ユキちゃん!』

『あっ、う、うん!』

 男の子が嬉しそうに話し掛けましたが、女の子は慌てて返事をしました。この時、女の子は考え事をしていたのです。今の気持ち、言おうかな。言わないでおこうかな。

 女の子は言う方を選びました。

『あのね、藤原くん。わたし、明日がとってもたのしみなの』

『ボクもだよ! 夏休みでさいしょの、おでかけだしね』

 男の子の言葉を聞くと、女の子は顔を横に振ります。

『ううん。ちがうの。お父さんとお母さんはおしごとばっかりで、とてもさみしかった。でも明日はさみしくない。だから明日がうれしい。藤原くんといっしょに、海へいけるから!』

『ユキちゃんがうれしいのは、明日だけ?』

『えっ?』

 男の子は寂しげな表情で女の子を見ます。どうしてそんなに寂しそうなの? 女の子が聞こうとした時、男の子は続けて言いました。

『ユキちゃんがうれしいのは、明日だけ? つぎの日は?』

 男の子の言葉に女の子は完全に黙り込んでしまいます。それを見た男の子は自分の赤く染まった頬をかいて、横を向いて話しました。

『長いけど、あと10年まってくれないかな』

『……?』

『ユキちゃんは1人でさみしかったんだよね。ボクが18さいになれば、ごけっこんができるようになる。ユキちゃんのそばにいて、ずーっと好きでいてあげる。だからユキちゃんも、ボクのことを好きでいてほしい! ……どうかな?』















「わたし、何か変な事を言っちゃった?」

 藤原くんの質問にわたしは動揺しました。鮮明に思い出す事が出来たのは2年前、童実野埠頭に向う時でした。夏休みに藤原くんと2人で海へ行く話をして、藤原くんが好きと言ってくれたこと。わたしは何を言ったのかな。

「目を閉じて、ユキちゃん」

「……? うん」

 目を閉じ、少し下を向きます。藤原くんがすぐに「もういいよ」と言ったほんの一瞬。辺り一面はわたし達のお気に入りの公園から、少し古い全く別の公園へと変わっていました。

 さっきまでの公園だと滑り台があった辺りに、小学生くらいの男の子と女の子がベンチに座っていました。藤原くんもそれを見てわたしの隣に来ます。


『うん! わたしも好きでいるよっ! ありがとう、藤原くん!』

『く、苦しいっ』

 あっ……。

 2年前、デュエル・アカデミア戦が終わって、藤原くんの所へ行く時に見た夢と全く同じ光景が見えました。あの時はここで目が覚めて、わたしは藤原くんと再会しました。

「肝心なのは、次だよ」

 藤原くんはわたしの肩に手を置いて、そのまま指差します。ちょうどその時、女の子が嬉しそうに男の子を見つめていました。見ているこっちが恥ずかしくなるくらい、女の子は満面の笑みを浮かべています。

『わたしね、大きくなったらお花屋さんになりたかったの!』

『ユキちゃんは花が好きだからね。でも「なりたかった」っていうことは、もうならなくてもいいの?』

『うん。だって藤原くんがいっしょにいてくれるなら、なれなくたっていいもん。わたしの夢は、藤原くんとずっと一緒にいること!』

 ……子供の頃からこんな事を。一途と言えば良い言い方ですが、悪い言い方をするとこの頃から何も変わっていない事になります。いくら藤原くんと一緒にいるのが長いからと言って……。



『それじゃあ、ボクがお花屋さんになるよ。ユキちゃんの夢がボクといっしょにいる事なら、ボクの夢はお花屋さんになることだ。ユキちゃんの夢、ボクが2つ叶えてあげる!』



「えっ!」

 男の子の言葉に、わたしは息を呑みました。

 うそ……。藤原くんは……。

「ボクはこの事を思い出した時から、ずっと花の勉強をしていた。分かりにくい事は桜田さんに聞いたりしていた。当たり前だけど、周りの人から桜田さん個人に会いに行っていると思われたくないから伊吹君や紅ちゃん、平見先生と一緒に行ったよ」

 藤原くんの言葉を聞いて、桜田さんの言葉が脳裏に浮かびました。


 ――「ううん、ダメダメ。これは私の仕事だからね。あなたの仕事は、いつもの元気な幸恵ちゃんになること――ってそうよ、藤原君はどうしたの? 藤原君はユキちゃんに優しいんだから、こういう時こそウ〜ンと甘えなさい!」

 ――「ホントに大切にしないとダメよ。あんなに幸恵ちゃんの事を考えてくれている人は他にいないんだから、ね?」


 仕事と言った後、桜田さんは思い出すように藤原くんの事を聞いたこと。藤原くんを必要としなさいと言ったこと。藤原くんを大切にしないといけないと言ったこと。

 藤原くんは、わたしの為に……?

「でも、ここからがボクらしいんだよ。

 ――これでいいのだろうか。この選択は間違っていないのか。

 子供じゃなくなったボクは、自分の夢に対して現実的な不安を感じるようになった。もちろんユキちゃんの願いを叶えたいという根本は変わらなかったよ。だけど子供の頃の思い出に執着し、花屋さんになろうとして、失敗して、ユキちゃんに迷惑を掛けてしまうんじゃないか。そう考えてしまった。

 技術的な面でもそうだ。ボクが本当に技術を得る事が出来るのか。出来たとしても、大勢の中から勝ち残れるのだろうか。ユキちゃんを守れる、立派なお店に出来るのだろうか。

 ならば、そんな不確実な事をする必要があるのか。本当にユキちゃんの幸せを考えるのならボクは子供の頃の考えを捨て、もっと確実な勉強を続けた方がいいかも知れない。

 ボクはふと思った些細な考えから、失敗する事を極度に恐れた。ユキちゃんの為に頑張れるという希望に潜む、ほんの僅かな絶望に。それを1度意識してしまうと心の中で蓄積されるように大きくなっていった。それが丁度、半年くらい前だった」

 半年前って……それじゃあ、もしかして……。

「そうだよ。ボクがデュエルを辞めようと考えていたのも、これが原因だったんだ。学校の勉強は必要な事だと割り切って集中は出来た。ユキちゃんと一緒にいる時間は決して無駄じゃないから、心から楽しむ事が出来た。だけどデュエルだけはボクにとって足枷のような気がしていた。様々な切っ掛けを与えてくれたデュエルモンスターズの存在に、ボクは意味を問い質した。ユキちゃんの夢を叶える為に、本当に必要な物かと自分の中で勝手に葛藤した。

 だけどそんな不甲斐ない自分を見せたくなくて。ボクは本当に相談したい事を隠し、わざと半年前のジェネックスでの失敗を振り返ったんだ。

 それなのに、こんなボクをユキちゃんは必死で支えてくれた。心の奥底から力になりたいと言っているような、力強いくて優しい気持ちが泣きたいほど嬉しかった。確かにユキちゃんの言葉で、野口さんや十代君とデュエルで決着を付けたい気持ちも蘇った。でも本当の意味でボクは夢の為に頑張る決意が出来た。ユキちゃんの為ならきっと出来る。もう少し自分を信頼しよう。今でも花の事を愛せるユキちゃんを喜ばせ、幸せにしてあげたい。

 それと同時にボクは本当にバカだと知った。最も肝心な事を忘れていたんだ。デュエルで負け続けた事や、辞めようとした事よりもずっとバカだ。心の中で救いようがない奴だと自嘲までした。だって、童実野埠頭で自分がユキちゃんに言った事だったんだ。


 ――『ボクはずっとユキちゃんを好きでいられるよ。ボクが失敗しちゃってユキちゃんに嫌いになられても、すぐに好きでいてくれるように努力する。だからユキちゃんも、だよ?』


 ボクはユキちゃんと逢えたあの日から何度も躓いてしまった。だけど最後はいつだって立ち上がっていたんだ。ユキちゃんの事を思って立ち上がったり、ユキちゃん自身の力も借りて立ち上がった」

「わたしも……わたしも、あなたがいるから頑張ったよ!」

 ジェネックスの参加メダルを取られてしまった時も。カダールさんと戦う決意をしたのも。ううん、他にも言いきれないほど藤原くんを思って頑張った事が、たくさんありました。

「だけどボク達は、まだ頑張れる。どうしてなのか分かる?」

 藤原くんは両手をわたしの肩において、ゆっくり、優しいお母さんが言うように言いました。

「元の世界に帰ったら、今夜はずっと2人で語り明かそう。子供の頃の思い出話や、ユキちゃんと再会した時の事から今の事までを振り返ろう。それが話し終わったら、これから先の事を考えよう。他愛の無い事でも何でもいい。そういえば紅ちゃんを驚かせるようなフレーズはまだ完成していなかったね。それも考えなきゃ。

 ボクが運転免許を取ったら、2人でドライブに行こう。景色の良い場所へ行って、2人で作ったお弁当を持って行こうよ。日帰りじゃない、遠い旅行にも行きたいな。ユキちゃんには地図を片手に隣でボクのナビをして欲しい。ガイドマップがボロボロになるくらい2人で見て、いっぱい予定を考えよう。

 旅行先で美味しいご飯を食べて、2人で笑って食事しよう。2人で料理も作ろう。ボクはあんまり作れないから、色々教えて欲しい。ユキちゃんの作るお菓子は暴力的に甘いけど、また食べたいな。

 ボクはユキちゃんの為に頑張ろうと思っている。だけどまた何処かで絶望を感じ、落ち込んでしまうかも知れない。その時が来たら、ボクを励まして欲しい。だけどユキちゃんが落ち込んだ時だって、ボクがユキちゃんを励ましてあげる。

 思い出の中で人に褒められた事、楽しかった事、幸せだった事を話すんだ。今この瞬間、ボクがユキちゃんの隣にいるって事を実感させる。これから起こるであろう楽しい事を、たくさん想像させてやるんだ」

 だめ……泣いちゃ、だめ。

 藤原くんはわたしの前に出て、手を繋ぎました。わたしよりずっと大きくて、とても温かい。繋いだ手より身体中の方が温かくなっています。

「ユキちゃん。深呼吸して」

 ――うん。

 瞳を閉じて、息を吸います。少し苦しくなった時、ゆっくりと息を吐きました。藤原くんは表情を崩し、微笑みかけるような笑顔で――




















「帰ろうよ。幸せになる為に」



















 藤原くんのたった一言が、わたしを締め付けた何かを解いてくれたような気がしました。悲しいけど嬉しい、嬉しいけど悲しい、大粒の涙がこぼれます。

 わたし……わたしは……

「……みんなと、藤原くん、裏切っちゃっ……た……」

 どうして。どうして、こんな気持ちになるの?

 元の世界に帰りたくないと思っていたのに。嫌なこと、いっぱいあるのに。胸が締め付けられるくらい、苦しいのに。だからわたしはここに残りたいと強く願いました。今でもそれが正しいと、何度も心の中で唱えていました。それなのに、それなのに。

 藤原くんと、ずっと一緒にいる。それだけでわたしは嬉しい。だけどわたしは、まだまだ藤原くんと一緒にしたい事がありました。――わたしの知らない怖い事がたくさんあるように――わたしの知らない藤原くんと共に過ごす、幸せな時間があったのです。

 藤原くんと、ずっとずっとお話したい。子供の頃からの気持ち、もっともっと伝えたい。藤原くんの気持ちも聞きたい。藤原くんがわたしの夢を気にしてくれていた事、お礼を言いたい。2人で一緒にフレーズを考えて、紅ちゃんを驚かせたい。

 藤原くんの言うとおり、わたしが隣でナビをしてあげたい。いっぱいっぱい、2人で予定も立てたい。藤原くんと一緒に料理したり、教えてあげたり、食事をしたい。

 あなたが落ち込んだ時、わたしは精一杯自分の気持ちを伝えます。わたしが落ち込んでしまった時、あなたはわたしの手を握ってくれるよね?

 だから。

 今のわたしの気持ちが、藤原くんへ伝わるように。あなたに届くように。

 精一杯、涙声で叫びました。

「わたし、帰りたいよぉ……藤原くんと一緒に、帰りたい……うぅ……っ」

 小さな子供のように、声を上げて泣いてしまいました。涙声の自分と、心の整理が上手く出来ない自分と、何よりここに残ると言ったのに帰ろうと思った自分が恥ずかしかった。でも、わたしは帰りたいと思いました。頬が熱くて、涙が止まりません。すごく悲しくて。すごく嬉しくて。

 藤原くんはわたしのスカートの右ポケットに手を入れて、ピンク色のハンカチを取り出しました。ど、どうしてわたしが右に入れている事、知っているの?

「ユキちゃんの事、よく見ているから」

 ……もう。

「ほら。顔を上げて」

 わたしが藤原くんを見上げると、頬と目元の涙を優しく拭ってくれました。そのまま、わたしの全てを見てくれるように瞳を覗き込みます。藤原くんはハンカチを持っていない手で自分の頬をかいて、照れ笑いをしながらわたしから目線を外しました。

「ちょっと恥ずかしい事を言うよ。ユキちゃんはいつまでボクを藤原くんって呼ぶの? 何年後か分からないけど、ユキちゃんも藤原になるんだよ」

 ……?

 わたしが、藤原くん?

 あっ!

「えっ、あ、あの」

 藤原くんの言葉の意味が分かった時、涙が完全に止まり、本当に全身が発火するかと思うくらい身体が熱くなりました。わたしの夢、それを叶えるには必然的にそういう事になります。平見幸恵ではなく。藤原幸恵に。でもやっぱり、それを実感すると照れてしまいます。

「結婚指輪は2人で決めよう。一生の宝物だからね。贅沢な白いウェディングドレスもボクが着せてあげる。特別でも何でもない普通の披露宴をしよう。だけど野口さんや紅ちゃんを笑わせる為に、ユキちゃんをお姫様抱っこして入場してやるんだ。みんなを呼んで、普通だけど特別な1日にしようよ」

 胸が苦しい。なのに嬉しい。彼の一言一句を想像してしまい、ぼーっとしてしまいました。その様子を見た藤原くんは困惑した笑顔で言います。

「やっぱり、言わない方が良かったかな?」

「ううん! とっても嬉しい! でもね、まだ慣れていないから……その、間違えちゃうかも知れないけど……デュ、デュエルの続きだよ」

 どうして恥ずかしいのかな。

 藤原くんを、名前で呼ぶだけなのに。

 唇をかみ締め、彼を見つめ。思い切って言いました。

「賢治くんっ!」

 あなたは小学校で初めて会った時、わたしに声を掛けてくれたよね。そして、ユキちゃんと呼んでくれた。時が経つにつれ、あなたに友達以上の感情を持つようになりました。一緒にいたら楽しい、一緒にいたら嬉しい存在。2人で約束したあの日。自分が大人になった時の事を考えると、夜も眠れなかった。胸がきゅっと苦しくなるくらい、あなたの事が大好きになっていた。そして今は、あの時よりもずっと大きな気持ちになりました。

 この世界も、わたしは好き。少し寂しい気持ちになるセピア色の公園と、何1つ変わらない静かな空間。わたしは賢治くんと一緒にいられるだけで、幸せだけど。

 それでも――。


幸恵【LP:800】
手札:無し
モンスター:無し
魔法&罠:無し

藤原【LP:800】
手札:1枚
モンスター:無し
魔法&罠:無し


「この手札1枚は今、使えるカードじゃない。ボクはこのままターンを終了するよ」

「わたしのターン! 手札から貪欲な壺を発動、墓地の素早いモモンガ3体、マジック・ストライカー、THE トリッキーをデッキに戻してカードを2枚ドロー!」


【貪欲な壷】 通常魔法
自分の墓地からモンスターカードを5枚選択し、デッキに加えてシャッフルする。その後、自分のデッキからカードを2枚ドローする。


 ――! このカードなら。

「わたしは魔法カード、アームズ・ホールを発動。デッキの1番上のカードを墓地へ送り、デッキからリミット・ジャンクションを手札に加えます!」


【アームズ・ホール】 通常魔法
自分のデッキの一番上のカード1枚を墓地へ送り発動する。自分のデッキまたは墓地から装備魔法カード1枚を手札に加える。このカードを発動する場合、このターン自分はモンスターを通常召喚する事はできない。


「そしてアームズ・ホールの効果で墓地へ送られたのは、リビングデッド・ドロー。このカードでわたしは、カードを1枚引きます」


【リビングデッド・ドロー】 通常罠
このカードが墓地へ送られた時、自分のデッキからカードを1枚ドローする。この効果を発動したターンのエンドフェイズ時、相手はカードを1枚ドローする。


「装備魔法、リミット・ジャンクションを発動! カード効果で墓地から、時の魔術師を攻撃表示で特殊召喚!」


【リミット・ジャンクション】 装備魔法
自分の墓地から攻撃力1500以下のモンスター1体を特殊召喚して、このカードを装備する。このカードがフィールド上から離れた時、そのモンスターを破壊する。この効果で特殊召喚した効果モンスターの効果は無効化される。

【時の魔術師】(効果無効)
★2 光属・魔法使い族 ATK500/DEF400
コイントスで裏表を当てる。当たりは相手フィールド上モンスターを全て破壊する。ハズレは自分フィールド上のモンスターを全て破壊する。さらにこの効果によって破壊された自分のモンスター全ての攻撃力を合計し、その半分のダメージを受ける。この効果は1ターンに1度だけ自分のメインフェイズに使用する事ができる。


「時の魔術師で直接攻撃!」

 右手に持ったステッキで七色の光線を発して、賢治くんの身体に命中させます。これで賢治くんのライフポイントは残り300。


藤原【LP:800→300】


「そして魔法カード、エクスチェンジを発動します!」

「……!」


【エクスチェンジ】 通常魔法
お互いに手札を公開し、それぞれ相手のカードを1枚選択する。選択したカードを自分の手札に加え、そのデュエル中使用する事ができる。(墓地へ送られる場合は元々の持ち主の墓地へ送られる)


「これは、わたしの気持ちだよ」

 ――サイレント・マジシャンLV4。

 そのカードに心を込めて賢治くんへ手渡します。賢治くんは笑顔で受け取り、反対の手で1枚のカードを裏向きで手渡しました。

「その気持ち、ボクだって負けていないよ」

 ――サイレント・ソードマンLV5。

 やっぱりそうだった。こんな事をしたら、負けちゃうかも知れない。でも、あなたのカードでわたしは勝ってみたい。あなたの力がわたしにとって、どれほど大切で強いものかを証明したい。

 だけどこのターン、わたしはアームズ・ホールを発動してしまったので通常召喚が出来ません。次のターンが、勝負を決めます。

「墓地へ送られたリビングデッド・ドローの効果で、ボクはデッキからカードを1枚ドローする。そして手札から、サイレント・マジシャンLV4を召喚!」

 白銀の帽子と服を身に纏う、小柄な女の子。だけどその姿はサイレント・ソードマンLV7より強く、賢治くんを守ろうとしているように見えました。賢治くんに勝つ為には、同時に彼女にも勝たなければなりません。


【サイレント・マジシャンLV4】
★4 光属・魔法使い族 ATK1000/DEF1000
相手がカードをドローする度に、このカードに魔力カウンターを1個乗せる(最大5個まで)。このカードの乗っている魔力カウンター1個につき、このカードの攻撃力は500ポイントアップする。このカードに乗っている魔力カウンターが5個になった場合、次の自分のターンのスタンバイフェイズ時に表側表示のこのカードを墓地に送る事で「サイレント・マジシャンLV8」1体を手札またはデッキから特殊召喚する。


「サイレント・マジシャンLV4で、時の魔術師を攻撃! サイレント・バーニング!」

 沈黙の魔術師は杖に魔力を溜め、時の魔術師へ向けて放ちます。これでわたしのライフポイントも、残り300。


幸恵【LP:800→300】


「カードを1枚セットして、ターン終了」

 これがきっと、ラストターン。

 どういう結果にしろ、このカードを引けば元の世界に帰る事になります。だから、わたしはカードを引きました。

「わたしの――ターン!」


【サイレント・マジシャンLV4】ATK1000→ATK1500


 カードをドローした事によって、沈黙の魔術師の攻撃力が上がります。賢治くんはわたしのカードを使ってくれた。わたしも賢治くんのカードを使う!

「この時、わたしの墓地から黄泉ガエルを特殊召喚!」

「えっ!」

 セピア色の空から、黄泉ガエルはゆっくりとフィールド上へ現れました。わたしが魔法の教科書の発動をする時、このカードを墓地へ送っていたのです。


【黄泉ガエル】
★1 水属・水族 ATK100/DEF100
自分のスタンバイフェイズ時にこのカードが墓地に存在し、自分フィールド上に魔法・罠カードが存在しない場合、このカードを自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。この効果は自分フィールド上に「黄泉ガエル」が表側表示で存在する場合は発動できない。


「フィールド上の黄泉ガエルを生け贄に、手札からサイレント・ソードマンLV5を召喚!」

 召喚される際の風圧で、わたしの前髪を揺らしました。沈黙の剣士がわたしを守ってくれるように聳え立ち、銀に輝く剣を構えます。その姿は賢治くんと同じくらい頼もしく、格好良く見えました。


【サイレント・ソードマンLV5】
★5 光属・戦士族 ATK2300/DEF1000
このカードは相手の魔法の効果を受けない。このカードが相手プレイヤーへの直接攻撃に成功した場合、次の自分のターンのスタンバイフェイズ時に表側表示のこのカードを墓地へ送る事で「サイレント・ソードマンLV7」1体を手札またはデッキから特殊召喚する。


 沈黙の剣士は少し後ろを向いて、アイコンタクトを取ります。わたしも言葉にはせず、心の中で唱えました。――わたしと一緒に、力を合わせて下さい。あなたが賢治くんの力なら、きっと勝てるから。

 わたし達は2人で、サイレント・マジシャンと賢治くんの方を向きました。最初に目が合ったのは、沈黙の魔術師。――わたしはあなたの力を借りて、ここに残ろうとしました。あなたに勝つ事で、一緒にやり直したい。沈黙の剣士と力を合わせて。


幸恵【LP:300】
モンスター:サイレント・ソードマンLV5(攻撃表示・ATK2300)
魔法&罠:無し

藤原【LP:300】
モンスター:サイレント・マジシャンLV4(攻撃表示・ATK1500)
魔法&罠:セット1枚


 最後に賢治くんを見つめました。一瞬だけど、永遠のような時間。わたしはいつも、あなたの笑顔に救われていたよ。あなたがそうしてくれたように、わたしも賢治くんの笑顔を取り戻したい。――いくよ、賢治くんっ!

「サイレント・ソードマンLV5で、サイレント・マジシャンLV4を攻撃!」

 沈黙の剣士は空中を飛翔し、沈黙の魔術師へ向かって思い切り剣を振り下ろします。わたしも賢治くんも目を離さない。戦う2人も、お互いから目線を外しません。

 沈黙の魔術師は杖を両手で構え、叩き付けられた大剣を受け止めてしまいました。

「ボクだって負けられない。ユキちゃんがボクのサイレント・ソードマンを信じてくれたように、ボクもユキちゃんのサイレント・マジシャンを信じている!」

「……!」

 わたしは賢治くんの足元に立体化している、セットされたカードに気が付きました。

「速攻魔法、武装再生を発動! このカードの効果でデッキから、ハッピー・マリッジを発動する!」


【武装再生】 速攻魔法
バトルフェイズ中のみ発動する事ができる。自分のデッキまたは墓地から装備魔法カード1枚を選択し、自分フィールド上に表側攻撃表示で存在するモンスターに装備する。

【ハッピー・マリッジ】 装備魔法
相手のモンスターが自分フィールド上に表側表示で存在する場合に発動する事ができる。装備モンスターの攻撃力は、そのモンスターの攻撃力分アップする。

【サイレント・マジシャンLV4】ATK1500→3000


 沈黙の魔術師の全身が純白に輝き、杖を押して沈黙の剣士を払いのけました。その隙に剣の力を超える魔力を杖に溜め、沈黙の剣士へ向けます。対して沈黙の剣士も空中で身体を捻り、再び剣を振り下ろす体勢を取りました。

 賢治くんを幸花町で見つけた時、とっても嬉しかった。

 賢治くんは、いつも笑顔でわたしと一緒にいてくれた。

 賢治くんが落ち込んだ時は、一緒に支えて前を歩くから。

 賢治くんの事、大好きだから。

 賢治くんと、ずっと一緒にいたいから!

「わたしだって、あなたの気持ちに負けないっ!」

 手札に残った最後のカードをデュエルディスクに差し込むと、そのカードがソリッドビジョン化され、光り輝いて発動します。

「わたしも手札から武装再生を発動! 発動するのはもちろん、ハッピー・マリッジ!」

「っ――!?」


【サイレント・ソードマンLV5】ATK2300→ATK4600


 サイレント・ソードマンは左手を突き出し、右手で持った大剣を構えて急降下します。――だけど。サイレント・マジシャンは更に瞳を輝かせ、両手で持った杖でフィールド全体を輝かせました。





 手札が1枚残っていたのは、わたしだけじゃない。藤原くんも、ドローフェイズに引いたカードが手札に残っていた。……賢治くんの、いじわる。





「この瞬間、手札からオネストの効果発動! サイレント・マジシャンLV4の攻撃力にサイレント・ソードマンLV5の攻撃力を加算する!」


【オネスト】
★4 光属・天使族 ATK1100/DEF1900
自分のメインフェイズ時に、フィールド上に表側表示で存在するこのカードを手札に戻す事ができる。また、自分フィールド上に表側表示で存在する光属性モンスターが戦闘を行うダメージステップ時にこのカードを手札から墓地へ送る事で、エンドフェイズ時までそのモンスターの攻撃力は、戦闘を行う相手モンスターの攻撃力の数値分アップする。

【サイレント・マジシャンLV4】ATK3000→ATK7600


 天使のような翼で空を飛び、サイレント・マジシャンは一面を真っ白に照らします。フィールド上のカードが消え、公園も消え、いつの間にか左腕に装着していたデュエルディスクも消えて、その中で賢治くんとわたしだけが残りました。


幸恵【LP:300→0】


 わたしは賢治くんの所に駆け寄り、賢治くんの胸に飛び込みます。賢治くんはわたしの腰に左手をあて、右手で後ろの髪を撫でてくれました。

「賢治くん?」

「えっ。どうしたの」

 疑問形で呼んだ事が不思議だったのか、賢治くんは戸惑っていました。やっぱり賢治くんは、わたしの言葉に答えてくれた。それが嬉しくて、また呼んでしまいました。

「賢治くん!」

「大丈夫、ボクはここにいるよ。だから帰ろう、ユキちゃん」

「うん!」

 わたし達は一面と同じ、淡い光に包まれました。離れたくない。離したくない。賢治くんの背中に手を回し、ぎゅっとしました。心と身体の温もりは消える事なく、視界が遮断されて――


































































「賢治!?」

「うわっ」

 野口さんの声で目を開けた瞬間、白い天井が見えた。正確には夕日の彩る、橙色の天井と壁かな? ボクは保健室のベッドの上で眠っていたようだ。そういえば少し薬品臭い。

 伊吹君、鳥野さん、定岡先生の3人も室内にいたらしく、大急ぎでボクの所に来てくれた。野口さんはいつもの朗笑するような笑顔でボクを見る。

「遅いな。心配するじゃないか」

「ごめんなさい。野口さん」

「……。お前、いつまで俺をさん付けで呼ぶつもりなんだ。なんか痒いし、俺は賢治より偉くも何ともないぞ」

 野口さんの言葉を聞いて、噴出すかと思った。さっきボクがユキちゃんに言った恥ずかしい言葉と、言っている事がそっくりだ。やっぱりボクは野口さんとよく似ているなぁ。

「ごめん、龍明君!」

 龍明君はもう1度笑ってから後ろへと下がった。次は伊吹君だ。

「あんまり無理はするなよ。藤原部長」

 普段は冷笑、良くても微苦笑するくらいだった伊吹君は見違える程の笑顔だった。だけどそれをボクに見せてしまった事に気が付いたのか、慌てていつもの目を細めた表情へ作り変えてしまった。

「分かっているな」

「分かっているよ。ボク達の卒業式、お互いに決着を付けよう」

 龍明くん以外の大切な友達であり、ライバル。伊吹君と戦う事もボクの目標の1つだ。今度は定岡先生と鳥野さんが2人で来た。

「不思議だ。藤原君とは先日、デュエル大会の話をしていたのに、なぜか遠い昔のような気がする」

「生還おめでとう。友の友を失う事にならないで、本当に良かった」

 鳥野さんと定岡先生は安心しながら笑った。龍明君や伊吹君と違う、どこか大人っぽい表情だ。

「申し訳ありません。心配を掛けました」

 ボクは左右を見て、右側にいる事を確認した。ユキちゃんは隣のベッドで眠っている。自分でもバカだと思うけど、誰にも見せたくないくらい可愛い寝顔だと思った。

 被さっていた薄い掛け布団から出て、下に置かれていた靴を履く。その時、保健室のドアが開く。紅ちゃんと平見先生が来た。

「ぐぎょわぁぁぁ!! ふ、ふじわらさん!」

「え、あっ、戻って来たのかコノヤロォー!」

 ボクから行こうと思った時には、既に2人は駆け寄ってくれた。平見先生は抱きついてくれるのかと思ったら、制服の袖を両手で握って前後に体を揺らしてきた。そ、そんなに揺らすと靴が脱げそうになりますって。

 紅ちゃんは後ろに回って、背中をグーで押し込むように攻撃してきた。奥に入り込んで少し痛い。でもそれがとても懐かしくて、心地良かった。

「遅くなりました。平見先生。紅ちゃんも、そんなに驚かなくても」

「驚くよっ! 今度こんな事になったら、藤原さんをデビルガイで除外して、モンスターゾーンを全部埋め尽くしてやるんだから!」

「……あたし達に……2度と、心配かけんなよぉ……」

 紅ちゃんは元気に笑い、平見先生は瞳に溜まった涙を堪えながら笑ってくれた。2人とも、最高の笑顔だ。

「あと、1人」

 ほんの少しの距離を歩き、眠っているユキちゃんを抱き起こした。でもこうしてユキちゃんの柔らかい温かさを感じていると、どうしても不安になってしまう。またボクの悪い癖だ。もしかしたら心の中で閉じ篭っていた方が、ボク達2人にとって幸せだったのかも知れない。ボクの方こそ自分の未来に自惚れた選択だったのかな?

 ううん。わたしは帰って来た事に後悔はしていないよ。だって、気が付いたもん。どんな事があっても賢治くんは、わたしの心にいてくれた。あなたがいなくなってしまった時も、賢治くんの為に頑張る事が出来たから。それにわたし達には、やり遂げていない事がたくさんあります。

 だからこそボクも頑張れる。ユキちゃんを幸せにする為に結婚して、花屋さんにもなって見せるんだ。そしてその時に、この場所へ帰って来て本当に良かったと思えるようにしてやるんだ。もし夢を全て叶える事が出来ても、それで終わりじゃない。次の新しい目標を必ず見つけてやる。

 賢治くんと。

 ユキちゃんと。

 2人で一緒に。

「ただいま、ユキちゃん!」

「おかえり、賢治くん!」














































 ――――おかえり、賢治くん!













































うつむいていた顔を上げて、
































君が笑う時まで
Fin












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